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そのほかのことで彼女が恐れるのは、電気と雷である。彼女は、いわ
ば電気の超良導体である。
霊感が出てからというもの、台所で電灯のスイッチを入れようとする
と、ビリビリビリッと強く感電するのだ。妹や他の人は何でもないのに
彼女だけが感電する。どうも特殊体質に変化しているらしい。まるで濡
れた手で電源にじかに触るように感電する。
だから電気器具は、白黒テレビ以外持っていなかった。ラジオは、器
械がなくとも直接聞こえるから必要ない。
空でゴロゴロ雷が鳴っている間、わかの頭はビリビリ、ビリビリ、と
おさまらず、彼女は、蚊帳を張った寝室のベッドの上や畳の上で、布団
を何枚も被って頭を抑えて苦しむのである。
その間は神は出て来ない。
だから、わかが神に《あとどのくらい時間が経てば雷が治まりますか》
という質問をすることは絶対に不可能である。
前述したテレビの見え方は、夢と混ざってわかりにくいが、この後は、
ラジオと同じように直接受信するようになった。紅白歌合戦の放送を、
長谷川わかはベッドの中で見る。彼女は白黒テレビしか持っていないが、
霊感で見るとカラーである。
ベッドの上を向いて寝て、目をつぶったまま霊感でテレビが見えるか
ら、楽であることこの上ない。有名な寺院などで鳴らす除夜の鐘の中継、
元日の早朝に放送される富士山頂の初日の出、早朝の明治神宮などでの
初参りの実況中継、篳篥(ひちりき)の演奏に合わせて舞われる雅楽な
どを、わかは楽しみに見てきた。
――念のために、テレビを無装置で受信したら、NHKの受信料はどう
なるのか、たずねてみたことがある。テレビを視聴する場合、1997年の
段階では、少しでも映像受信したら有料だということであった。
「じゃ、器機なしで受像したら、盗聴になりますか?」と聞いてみた。
「それは不可能です」と言う返事であった。一般には確かにそうだろう。
わたしの神は、予言をはずした事はないわね。みな神が言い当てて教
えてくれるから、その通り人に伝えるだけで、わたしの単独の力ではあ
りませんよ。わたしでなくて神が予言するのです。
未来がどうなるか、過去がどうであったか、そういうことを見るとき、
わたしは、そうね、道具に過ぎないのですわね。だからただ聴いていま
すよ。すると、立体的に見える絵(三次元映像)やら、神による説明が
出てくる。神様が何でも教えてくれるから、わたしは余計に馬鹿になっ
てしまうのですね」
そういってわかはまた、おかしそうに笑っている。私には何も聞こえ
ない。
「『馬鹿になったんじゃない。生まれながらにして馬鹿じゃないか』と
言ってます」
ある日、長谷川わかは「わたしは名を残したいのよ」と言った。
「わたしほど、霊感の修行した人はないのです。人の十倍もやって、強
い霊感が出たのです。頭の中で神の声が聞こえる、人間の知らない遠い
ところや未来や過去の事がわかる、こういうわたしの脳を世界中の学者
に研究していただきたいのです」
「忠臣蔵」でも、ルネッサンスの画家ボッティチェリーでも、モデルの
シモネッタでも、レオナルド・ダ・ヴィンチでも、だれとでも連絡のと
れる脳である。「髪の毛と髭が続いてしまっている人」(マルクス)が、
東西ドイツ統合、ソ連の崩壊を予言したこともあった。
さらに言えば、当事者と会話ができる。大石内蔵助や浅野内匠頭、ソ
クラテス、イエス・キリストなどである。視覚と聴覚が3D映画のよう
にシンクロするのだ。キリスト教の大天使ミカエルや聖母マリアも半年
間にわたって空中高く出現したことがある。
長谷川わかは、そもそもノイローゼを治すために神を拝んだだけだ。
だが、病気が治ったのとひきかえに霊感が出てしまった。自分の口を使
って神が大声で話し、自分の体が勝手に舞い、外国人オペラ歌手が憑り
移ったりする。そうかと思えば、人の病気をジャンジャン治し、死ぬ運
命の胎児や赤ん坊を助け、警察の犯人捜査に協力し、神の代わりに揮毫
させられたり(神が長谷川わかの身体を使って霊書をする)、株価の上
下を当てるなど、いろいろなことをさせられた。
そういう事実が、この世の中に本当にあったのだと、自分おいて発現
した内容がどんなものであったかの記録を残したい。そして、そういう
脳を医者や科学者に研究してもらいたい、ということであった。
《長谷川わかさん、貴女は、神の囁きの事実と、霊感のあった長谷川わ
かの名を世に残したいと思っている。ご希望通り、必ず、「忠臣蔵」や
「松の廊下」や、「水戸黄門」、「ソクラテス」、「ケネディ」、など、
私が貴女のやった事の、ありのままを記述してノンフィクションにして
出版して、長谷川わかの名を世に残して上げます!》と、念じ、超高次
脳機能ユーエツ霊視聴実験の事を記述する事を誓った。そして、
「イエイ!」と九字を切った。
彼女は、「偉い!」
と、言った。その声はハッキリしていた。約300年も前のひとの心の
中で思っていることがわかるひとだ。彼女は、遠くの神社やお寺で、た
とえば、女性が、早く今のひとと別れて新しい彼氏と結婚できますよう
に!とか、祈っている言葉が全部聴こえる。このぐらいの、長谷川わか
の頭と私の頭の距離80センチぐらいの所で、念じているのはわけなく通
ずる。
こうして、一方通行的だが、会話ができた。

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さそい水さん