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斜めからインドネシアを眺めよう 112昨年は娘夫婦と孫たちがドイツから来ていたので、賑やかだったが、この冬は、夫婦二人きりで寂しい。できれば、一年おきに正月には全員揃えばいいと思っている。次回をお楽しみにします。もがいた一年でした。そして、他人任せでは自分の思うようにはならないことを、改めて確認させられました。いろいろな観点から、やはり、自分で再度、やることにした。やるからには、それなりに、利益を追求しながら、従業員に配分し、客先には適正価格で安定した品質と納期を提供する。これらのことは、自然に自分流でできるので、全然、負担とは思わない。簡単に淡々と達成できるでしょう。わからない日本人に気を使ったり、説得しようと努力して説得できなかったり、そういうことから解放されたりで、ストレスとはまったく関係なくなる方が、よほど、快適になるでしょう。自分最後のお勤めです。最後はこれで、締めくくる。皆様、良いお年をお迎えくださいというところでしょうか。来年はどうでしょう。道は自分で開くしかないのですから。 年末年始の団らんの話の種に、一人正月の時間つぶしにhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/から、インドネシアの旅と生活を満喫してください。
2008.12.31
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斜めからインドネシアを眺めよう 111静岡カントゥリー島田コースで今年最後のゴルフ。吉田町の茶畑に囲まれている。新しく開港する空港の近くである。ゴルフとは、椰子の木がある広い場所で、半袖、短パン、熱い熱いと水を補給しながらやるものだと思っている。ところがこの時期の日本でのゴルフは非常に厳しい。山の中のゴルフ場なので、静岡と言えども非常に寒い。長袖の下着と厚手のシャツ、その上にジャンパーやセーターなどで武装しなければならない。体の動きが全然違う。そのうえ、勿論、水の補給などしない。途中の茶屋であったかいお茶などを補給する。鼻水たらたらなので、チュッシュペーパーは必需品である。山の中の上り下り道は水分が凍っているので滑りやすい。急いで歩こうとすると大変危険なので、そろりそろりと歩かなければならない。日陰のグリーンは表面が凍りですべすべになっていることがある。ボールが止まらない。汗を全くかかない。終わっても、シャワーや風呂を使う気になれない。それは、それで、PT.Kをどうするかという、インドネシアの話。結論から言うと、可能性高いが、すぐということではない。Sさんは、意欲があるし、K社の方の条件もそんなに厳しいものではない。K社の選択は売るか閉鎖かのはずなので、私としては、なんとか早くまとめてもらうために、もう一度、押出し設備について、移動をキャンセルするように手を尽くしたいと思う。あくまでも、インドネシアの押出成形をインドネシア人だけで自立させたいためである。年末年始の団らんの話の種にhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/から、インドネシアの旅と生活を満喫してください。
2008.12.30
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斜めからインドネシアを眺めよう 110銀行へ行って、円をUS$に、大量(私にしてみれば)に両替した。ドル預金に替えたのです。インドネシアで手配する装置の支払いのためにと、今、ドル安で両替のチャンスだと考えたからです。銀行には、設備購入資金として預金をおろして使うことを伝えた。今後、二三年が最後の勝負になると思うし、この、多分、100年に一度といわれる、歴史的な世界的不景気の時に行動を起こすことは、最良のチャンスだと思う。安上がりで立ち上げることができるし、原材料も最安値で購入できる。客先は、安く購入できる仕入れ先を探している。輸入品をインドネシア調達に切り替えようという意欲が高まっている。35年前、会社を始めて立ち上げたとき、30歳の時はちょうど、ニクソンショックとか第一次石油ショックと言われた大不景気の時だったことを思い出す。国は違うが雰囲気はほとんど同じ、当時と同じように、私に独立を勧める会社はあったし、会社を作ればすぐ仕事をやってほしいと言われているし、何人かのインドネシア人から、わたしの会社で仕事をしたいと言われている。そんな期待を裏切らないようにしたいと思う。選択肢はもう一つあるが、30日の会談を経てから、方向が少しだけ、見えてくると思うが、決定的なものにはならないと考えるので、二本立てというより、私は設備を先行し、生産準備を先行し、生産を開始してしまうつもりでいる。 ターゲットを明らかにするのは初めてですが、これで、資金的に準備ができたので、三月の末にはプロファイルの生産を始めさせる。
2008.12.29
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斜めからインドネシアを眺めよう 109間もなく行動に出る会社の設立は、インドネシア製の設備で揃えようと考えている。インドネシア人によるインドネシア人のための押出成型工場の設備である。元気なうちに、96年来の目的をかなえることが目的である。邪魔な日本人はもういらない。日本人で技術を分かっている人はインドネシアには私以外いない。わかっていない日本人が、分かっているインドネシア人を評価したり、命令したりする会社はもういらない。彼らに任せることができる日本人もいない。エコ設備のため、何台かの設備を送ってもらうよう、ある人たちにお願いした。中古設備だが、どこかの会社の設備よりはるかに最近のものである。磨けば新品に見えるし、各種コントロールもデジタルでできる。日本から中古を安い価格で輸入するにはベアチュカイ(税務署、税関)のハードルを越えなければならない。そこは、その関係の友人がいるので、簡単に超えることはできる。今、PT.Kから、PT.Aへの設備移転がストップしているのはベアチュカイのOKをいつまでも得られないからです。なぜ、得られないか?私は分かっている。それは、友人からの情報である。税関への最初の申告の仕方が間違っていたことをきっかけに、PT.Kからの内部告発によって、今まで何年か分の申告状況を調査されだしたのです。よくある話です。これで、多くの日系企業は、アンダーテーブルをふんだくられているのです。しかし、KPKとう、汚職取締組織が目を光らせているので、袖の下で済ましてしまうことが簡単にできなくなっている。そこで、形式通りに査定しなければならないので、時間がかかるのです。いつまでかかるという返事はもらえないほど、長くかかるのです。インドネシア人が経営する小企業なら、審査などしても取れるお金はないので、審査をされることはない。私の老後の生活費まで使いこんでしまわないように、資金節約で設備をしなければならない。それでも、一番肝心な部分は私デザインの新品を調達する、インドネシアで作る。日本での新品の三分の一の価格で手に入れられる。年末年始のテレビ番組に飽きたら、趣を変えて、http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/から、インドネシアの旅と生活を満喫してください。
2008.12.28
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斜めからインドネシアを眺めよう 108短期間で忙しいので、帰国すれば決まってやることは、インスタント食料品や応急薬(目薬、鎮痛剤、オロナイン)季節による果物、今なら干しカキやミカンや甘栗などを空いた時間に購入しておくことだ。また、工具類で日本でしか手に入れることができないもの、シックネスゲージやプラスチックハンマーなどは、庭木の剪定はさみも、あればインドネシアで重宝する。ドリル関係も0.1mm単位で揃えれば、穴をあけるだけでなく、内径チェックジグとして使えるし。ノギスが狂っていないかどうかもチェックできる。先祖への墓参り、お彼岸には行けないので、帰国した時は行くようにしている。私の生まれ故郷でもあるし、富士川町という、風光明媚な土地なので気持ちが洗われる。特に正月は間違いなく美しい富士山と愛鷹山(あしたかやま)を麓から全部のパノラマを堪能できる。こんな素晴らしい景色を見る人は少ないと思うくらいだ。そして、90何才かになった母親のご機嫌うかがいである。私の妹と一緒に同じ静岡市内に暮らしているが、頭脳は明晰、歩行はちょっと不自由、まだまだ、長生きしてもらわないと困る。百円ショップによって、インドネシア人が喜びそうなもの、例えばドラえもんやキティのキーホルダーや日本の景色や花のカレンダー、そんなものを土産に持って戻る。時々日本語学校へ行っているが、そこの学生に喜ばれる。 妻から 昨日、夜、明日どこかへ行く予定はないの?と聞かれた。買い物に行く予定があるよ。と答えた。どこかへ用事があって、予定がないなら、送って行ってもらいたいからと、言われることを予想していた。ところが、全然、違っていた。「明日、生け花教室で生徒さんが、今年最後の作品を正月用にしたいからと、材料を自分で、買ってきて集まるから、10:00~14:00頃まで、出かけていってほしいけど、いい?」と言われた。10人以上集まるから、客間と私のくつろぎ部屋と二回の娘の部屋も使うので、私が、家にいては困るのである。私は買い物に出かける予定があったが、何時まで戻ってこないで、と、頼まれて、複雑な心境だった。15:00頃、家に戻ったら、綺麗に片付いていて、すべて終わっていた。参加者の孫たちも何人か来て、楽しかったと、言われた。民生委員をしているので、呼び出されて夕方出かけて行って、まだ、帰ってきていない。 だから、安心してインドネシアで仕事ができる。年末年始のテレビ番組に飽きたら、趣を変えて、http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/から、インドネシアの旅と生活を満喫してください。
2008.12.27
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斜めからインドネシアを眺めよう 107一日遅れの静岡着で、総合病院の今年診療最終日、4日朝、出発なので、今日しかない。予約時間を14:00に変更して、先ほど、薬を三ヶ月分処方してもらい、受け取ってきた。その足で、太田化工に行って、装置の交渉をした。インドネシアへ送ってもらうためである。また、旦那さんを通して、出産したばかりのユニーさんにインドネシアからの食料品の土産を渡した。やっと、 駿河の国は丸子の宿の我が家に落ち着いている。野次さん喜多さんが立ち寄ったが、夫婦げんかのために食べることができなかった、“とろろ汁の丁子屋”は近い。インドネシアには無い暖房を利かせて、くつろいでいる。今日、16:00過ぎに到着した。寒い。静岡は温暖な気候で、冬暖かく夏はそれほど熱くない、過ごしやすい土地ではあるが、さすがにインドネシアから冬に戻るのはつらい。第一、飛行機から降り立ったときの服装が、冬の状態ではない。到着日と出発日の二日だけ耐えればいいだけなので、冬服は準備しないし、着ない。成田エックスプレスをホームで待っているときが一番つらいが、冬服を持っていない恵まれない人のようで、まわりの視線が気になる。熱いお茶のボトルを握り締めたり、ほほに当てたりしている。二日三日で、両足に痒い痒い湿疹が出来始める。保湿クリームを塗っても効果がない。毎年繰り返すが、今回も当然覚悟をしている。ひどくなる前にインドネシアへ戻るといいと思う。年末年始のテレビ番組に飽きたら、趣を変えて、http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/から、インドネシアの旅と生活を満喫してください。
2008.12.26
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斜めからインドネシアを眺めよう 106今、ジャカルタ空港にいる、22:15発のガルーダで日本へ出発、直前である。しっかり、間に合っている。別に何もない。先ほど、おいしくない、高い、狐うどんを食べただけ。今回は予約を取るのが難しかったのでしょう、知り合いの日本人は一人もいない。昨日、今日に変更の予約が、よく、とれたと思う。直前に駆け込んだ方が思いがけなく空きがあるのかもしれない。この便はバリ、デンパサールから観光を終えた日本人の若者を主体にトランジットジャカルタのため、瞬間的に空港待合室が日本語であふれている。機内は華やかで賑やか、ジャカルタ発のJALとは雰囲気が全く違う。ジャカルタから乗るインドネシア人や日本人は乗客の十分の一くらいです。この時期は満席、横になって眠ることはできない。ビジネスクラスはさすがにジャカルタからの日本人が大半。私は、ビジネスクラスを利用したことがない。メリットを感じないし、予約は二か月前にするので、エコノミーが既に満席ということはないからです。新年のバリからジャカルタまでの国内便の予約が取れないらしい。それでも、年間で一番高く、其のうえ、サーチャージとかいう、よくわからない費用が今、ピークになっているからです。1065US$でした。一月予約分から、からそのサーチャージが下げられるという情報は入っています。原油の価格と二三か月遅れて連動になるようです。 年末年始のテレビ番組に飽きたら、趣を変えて、http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/から、インドネシアの旅と生活を満喫してください。携帯電話のフラッシュを使ってインターネットにアクセスしてこれを送った。
2008.12.25
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斜めからインドネシアを眺めよう 105まったくなさけない。飛行機にのりおくれた。ガルーダをいつも使っているので全く時間を確認しなった。いつもよりにじかんはやくなっていたのに気は付かなかった。空港に着いたとき、上海行きかと聞かれ変だと思ったがまだ気が付かなかった。カウンターで初めて分かった。23:55の出発時間が22:15になっていたのでした。 飛行機が動き出した時間に私はカウンターに着いたのでした。がっくり。どうしようもないので、ガルーダのチケット売り場へ行って明日ということにしてもらった。空きがあってよかった。 そんなことで、いま、家に戻ったばかりです。JALは良くじかんh案変更をするので注意をするが、ガルーダは10年以上変更がないので、変更のことなど全く考えなかったし、旅行社からの注意も無かった。もう、今日になるが、夕方の19:00には会社から出発しなければならない。
2008.12.24
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斜めからインドネシアを眺めよう 104残念ながら、世界中の大不況によって、大きな打撃をインドネシアも受け始めている。自動車とバイクが景気の牽引をしてきた優等生だった。ここ数年、15~30%の上昇を続けてきたが、二三か月前から売上の伸びが鈍化し、先月は昨年同月並みに落ち込んだ。年間では、記録を更新し、大きな伸びになっているが、来年は確実に二三年前の売り上げに戻ってしまうでしょう。ここまでの伸びに従って工場の増築や設備の増強をしてきた会社は、どうするのでしょうか。新しい装置を使うどころか、今までの装置も止めなければならない状態に落ちっている。契約社員はいち早くカットした会社が多い。韓国系の企業はもっと、深刻である。従業員をどんどん切っている。仕事を失った人々にこの国は何の援助も補償もしない。失業保険などない。購買力は急降下、銀行も貸し渋り、これでは当然、不景気になる。クリスマス、年末年始のセールも全く期待できないとの予想。MMのLGの生産量は三分の一までになっているそうです。来月は一か月生産ストップなどという噂も出回っている。それにしては、ゴルフ場で会う、韓国人は、あまり、深刻な話はしていない。いつものように声は大きく、笑い声も大きい。ヲンで給料をもらっているなら生活も厳しいだろうが。
2008.12.23
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斜めからインドネシアを眺めよう 103来年から始動のために、新しい機械の見積もりを依頼した。あまりのも古い機械を使っていて、交換部品や交換の手間暇、ストップの時間、無駄が多い。従業員にもストレスをかけるばかりである。経営の責任として、これらのことは解消してやらなければならない。博物館行きのような装置を使っていては良い製品はできない。信頼性は全くない。よく十何年もこんな装置を使わせているなと思う。監視カメラと装置とどちらが重要なのでしょうか。頭が変になりそう。装置の見積もりを取って、毎月の償却費がどれくらいになるかを提示し、新しい装置を購入するよう提案をする。提案は簡単に却下されるでしょう。中国製で、信頼性はいまいちだが、とにかく価格で大きなメリットを出せると思う。日本の中古市場の価格と比較する必要もある。マクタでなんとか生産できないかと挑戦をさせる。状況、覚悟は35年前と同じである。お客さんから、すでに私が始めれば仕事を回すと言われている。実際に私がやるわけにいかない。しかし、運営者はインドネシア人の技術者としてインドネシアではこの道トップの人がやる。スタッフも精鋭ばかりを集める。
2008.12.22
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斜めからインドネシアを眺めよう 102 Kから来た従業員の全部が丸々と太ってしまっていた。この会社の従業員は皆どちらかというと痩せている。やはり、待遇の問題だと感じる。K社の弁当代は5500ルピア、F社は4500ルピアこの1000ルピアの違いは大きい。100人分でも一日800円の違いである。一か月で、2万円の違いである。K社から来た人たちはこの会社でダイエットができるかもしれない。 そのうえ、K社は10時に牛乳を支給している。これらが10年続けば体格に大きな違いが出ることを証明している。 インドネシア人には昼の弁当を持ってくるという習慣はない。すべてが支給される弁当(ケータリング)を食べる。その価格は4500~6500ルピアである。これは、経営する日本人の裁量次第です。だから、会社によって内容にずいぶん差があります。それは、運だけです。朝食を会社で食べる人は多い。だいたい、カップヌードゥルかカキリマで買ったナシブンクス(ご飯を油紙に包んで、鳥スープなどと一緒に食べる)のテイクアウトである そして、日本人が従業員と共に食べる会社の弁当は内容がいい。日本人は日本食レストランで外食する会社は弁当の内容が貧困である。日本食レストランでの一食の値段は1000円位でしょう。従業員弁当の20人分です。日本人用のケータリング(日本食レストランからの仕出し弁当)は700円位ですが、内容が固定しているので、長続きしない。 私は4500ルピア(40円)の弁当を、従業員と一緒に食べています。ダイエットのためです。おいしくないが食べることはできるし、何より、インドネシア人に親しまれる。
2008.12.21
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斜めからインドネシアを眺めよう 101 LPGのガスボンベ3Kgというのが、つい半年前辺りにお目見えした。普通、家庭で使うのは15Kgで、私が初赴任した時1996年には既にあって、使っている。最初、中身と一緒にボンベも買う。次からはボンベを返して中身が入っているボンベと交換し、中身の代金だけを支払うシステムだ。 今回、原油価格の高騰で灯油の価格がめちゃくちゃ高くなった。インドネシアは、原油は輸入国になってしまったが、LPGはまだ輸出国である。価格を抑えることができるので、貧困層に3Kgボンベを無償で配った。灯油を使わなくても明かりが取れるように、である。配った後の交換は中身代を払うことになる。それは、当然である。ところが、交換用にストックがお店になければならないが、無償でくばったあとボンベが全く足りなくなってしまった。新規用、ストック用、ボンベの生産能力が追いつかないのです。カラワンのPT.Aでも作っている。 そこはインドネシア人でなくても、その、状態に耐えられない。抗議でどの都市でも大騒ぎになってしまった。暴動のような大騒ぎになっているところもある。 政府というか行政も、無償で配る分の倍くらいのボンベを作ってから実施すればよかったのに、配る分だけしかできていないのに配ってしまった。考えが足りない。インドネシアらしい。もう、今は灯油も下がってきたので、大増産の号令を掛けて24時間、休みなしで作っているが、あまってしまうのではないでしょうか。読みが浅いというか、的が外れているというか。日本人にもそういう人が多いが。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%203.htmlインドネシア旅行記はこちらhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/私の仕事はこちら
2008.12.20
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斜めからインドネシアを眺めよう 100インドネシアに限らないが、私の仕事に対する姿勢は、“皆さん楽しく、私も楽しくなければ仕事ではない”です。私がいる部屋は、この会社の中では、皆さん一番リラックスできるようです。言いたいことを言います。聞きたいことを何でも聞きます。いつも、冗談が交じっています。そして、この部屋の人たちが、製造の責任をすべて受け持っています。社長に提出資料もここで作られます。楽しいので皆さんの出入りが激しい。総じて賑やかです。会議はしません。会議よりよほど自由に発言できるからです。本当は、小企業ですから会社のトップの部屋がこういう感じでなければならないと思います。ということは、他の場所は、楽しくないということです。ですから、私の考えでは、私の部屋だけが仕事の場所で、他の場所は、あまり居たくない、あまり行きたくない場所ですから、仕事の場所ではないということです。この会社全体では仕事ではないのです。それでは、何をする場でしょうか。何もしない、無意味な場所です。私は、楽しくない場所からは逃げますし、行きたくありません。なぜなら、仕事をしたいからです。どうしても、楽しくない場所ばかりになってしまったら、自分で別の仕事の場所を作ります。そして、それは楽しい場所になります。できる人とできない人がいるわけで、私のように出来ると思っている人でも、パニック障害になってしまうわけで、何がいいやら悪いやらこの世の中、わかりません。結局 もがいているだけかもしれませんが。
2008.12.19
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斜めからインドネシアを眺めよう 99こちらの総合病院は、いろいろな科のDr.が何時何曜日に何時から何時まで診察するか予告がない。大体決まっているらしいが、表にして知らせるほどまでに決まっていないので、かかる前に問い合わせていくしかない。決まったDr.にどうしても診察してもらうならなおさらのことである。今回の耳鼻咽喉科のDr.も17:00から24:00までとか、10:00から21:00までとか決まっていないので聞かないで行くと、また、出直すことになってしまう。 耳垢、その後、月曜日の夜、20:00に病院へ行った。夜遅く行くのは初めてだったが、込み具合には驚いた。24時間オープンだから、夜、多くの人が来ることが分かった。Dr.も、どの科も20:00頃から診察を始めていた。患者がいなくなるまでだそうだ。だから、薬局がネックになって、診察、治療が終わって30分以上待たされた。さて、耳はどうか、前回とは別のDr.だったが、痛い左の耳から掃除をし始め、長い金属棒で容赦なくかき回わすのでめちゃくちゃ痛い。涙が出そうだった。終わって、今度はいたくない右耳の掃除を始めた。これも同じ方法だったので、痛くて仕方がない。子供なら、大泣きするでしょう。“サキッ”と、つい叫んでしまった。治療が終わったが、今までいたくなかった、右耳が痛くなってしまった。痛み止めと化膿止めと治療費で、閉めて、15万2千Rp(1200円)だった。それから、二日後、痛みは全くなくなり、完治したと判断。皆さん、耳垢はこまめに掃除しましょう。病院はクリスマスの飾りつけで、内部が華やかだった。基本的には、当番医とか救急医という言い方はない。専門のDr.がいるかいないかは別にして、24時間オープンである。診療拒否という話は聞いたことがない。とにかく何時でも、どんな症状でも受け入れる。それで、適切な処置がとられるどうかは、あとは、運次第です。これは日本でも同じこと、ただ、病院で受け入れたということで、一応、安心はする効果はある。
2008.12.18
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斜めからインドネシアを眺めよう 98テング熱ではありません。デングーです。インドネシア語でDemam berdarah(ドゥマン ブルダラー)英語でDengue Fever、日本にあるのでしょうか。日本では、この患者がいるという話は聞いたことがありません。インドネシアでは普通にあります。蚊が媒体です。40℃くらいの高熱になり、血小板が少なくなるので、体中に湿疹が広がります。99%は一日二日の入院で、一週間ぐらいの自宅安静で治ってしまいます。日本人の知人でもかかった人を何人も知っています。雨季の今、水たまりがあちこちにできるので、ボーフラが住みやすくなり、蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカなど)が大量に発生するので、デングー熱のシーズンです。当たり前のように解熱剤など対処薬を投与し完治させます。特にびっくりするような危ない病気ではありませんが、かからない方がいいに決まっています。人から人に移しません。テレビでも、撲滅キャンペーンで、水たまりを無くそうと云っています。前に、蚊のことを書きましたが、これらのシマカは5%ほどで、昼間、活発に活動するそうで、昼間の蚊に刺されないように気をつけた方がいいといわれています。夜の蚊は痒いのを我慢できれば、いくら刺されても心配ないそうです。本当でしょうか。インドネシアへ旅行の方は頭に入れておいた方がいいと思います。デングー出血熱にかかると命取りになるそうですが、かかって死んだという話はこちらでも聞いたことがありません。確率は微小でしょう。だから、心配しても仕方がありません。
2008.12.17
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斜めからインドネシアを眺めよう 97 路肩走行禁止、緊急車両用という看板も、日本の警察の指導である。これも、間違いである。自己責任で、どんどう使ったほうが合理的です。 事故や故障やノロノロ走行が道をふさぐことによる渋滞は日常茶飯事です。これで、路肩通行を禁止するなら、全面的に封鎖するしかない。緊急車両は通る時だけ開けばいい。 そうしない限り、当然のように渋滞の時は路肩を走行する。走行しなければ時間のロスだからです。考えは誰も同じ、バスは必ず路肩を走行します。 いちいち、取り締まりをしても運が悪い一台が犠牲になるだけです。一だい捕まっていれば、他の車は捕まることはありません。安心して、路肩を走れます。普通走行するより二分に一、三分の一の時間で通り抜けられます。 いっそのこと路肩も車線に認めればいいのです。走って、落ちてしまえば自己責任です。こちらは何でも自己責任が好きです。緊急車両は中央線側に隙間があるのでそちらを通ればいいと思う、実際にVIPや救急車はそうしている。穴ぼこに車が突っ込んで、事故死しても自分が悪いのです。道路公団の責任はないのです。免許証がそれを象徴しています。テストはありません。ただ、購入するだけです。講習費を上げて、購入した人に、法規の本でも渡せばいいのだが、それもない。日本の警察が指導するならこういうことをアドバイスすればいいと思う。
2008.12.16
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斜めからインドネシアを眺めよう 96スマランまでの北周りの道中、あい変わらず、舗装のし直しの連続でした。雨季の真っ最中ですから、穴ぼこがどんどん多くなり深くなる季節です。それにすっ込んだトラックのパンク事故が増えるシーズンでもある。それを、修理するため、何重にも貼り重ねたアスファルトを底まではがし、土をまたならして、舗装をしている。断続的に渋滞になっている。突然片側二車線の四車線が、肩がわだけの双方通行に変わる。いきなり、対向車が現れる。それでも、遅いトラックを抜こうとして正面からくる車と鉢合わせになり、お見合いをしばらくする状態も平気のようだ。日本の警察の指導でしょうが、二車線道路に左車線を使いましょう、右車線は追い越し専用です。という、看板が最近いたるところに掲げられだした。結局、速度が遅いトラックは人や自転車やバイクが多い左を使いましょう。何も障害のない中央寄り、右車線は追い越しだけに使いましょう。これは、インドネシアの実態を全く認識していない。これを実行している車は非常に少ないが邪魔で危険である。多くのアンコッタ(ミニバス)がところかまわず停車するし、速度の変化も激しい。オジェック(バイクたくしー)も、ところかまわず発進、停車する。道端の屋台レストランや店の前には駐車している車が多い。大型トラックやバスの通行には向かない。だから、当たり前のように中央寄り右車線を走っている。当然のように追い越しのときだけ、左車線を使う。追い越し終わったら、右に入り、もっと早い車のために左車線は空ける。それが、自然のマナーになっている。その方が安全だし、大変合理的だと思う。 日本の警察の指導は間違っている。
2008.12.15
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斜めからインドネシアを眺めよう 95笑われ話、一か月ほど前から、左の耳の奥に何やら違和感が出始めていた。パニック障害の症状かと思い、あまり気にしていなかったが、二週間前辺りから、ゴロゴロとし出した、アンボンへ行っている時には若干、ほほ全体で軽い痛みを感じるようになった。昨日からその痛みがずっと続くようになり、食べる時に口を開くと痛みがひどくなり物を噛みにくくなったしまった。痛みが引かないので、病院へ行った。PHP(耳鼻咽喉科)にかかった。原因の予想はしていた。耳垢が固まって奥の方にへばり付き、それが大きくなって、奥の方の壁を圧迫して炎症を起こしているのだと。思ったとおりだった。医者に言われた。ゴミがいっぱい詰まっていると。看護婦も医者も笑っていた。固まって、へばりついているので、今は取れないと言われた。耳垢を溶かす薬をもらって、毎日差し、三日以上後にまた来なさいと言われた。料金は薬(溶剤と痛み止め)込み保険なしで、10万ルピア、約800円だった。安い。日本なら3割負担でそれ以上かかるでしょう。実は小学校の二年生の時に、同じ経験があったのでした。やはり、溶かす薬をもらって、何日後かに取ってもらいに行ったら、真黒な当時の小指の先くらいの塊が出てきてびっくりしたことがあった。その時は、父親と一緒だったが、私の耳垢は油性が強く、自然に落ちにくいし、固まりやすいから、こまめに掃除をするようにと言われた。それから、55年以上後、おなじことになるとは・・・・。この状態で、旅に出たわけで、先ほど12時間のドライブを終えて家に着いた。
2008.12.14
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斜めからインドネシアを眺めよう 94ごみの話が続きますが、私の家のゴミはどうしているかというと、新聞雑誌ダンボールとペットボトルと缶類は保管しておきます。これが昔の、日本と同じようにトイレットペーパーかティッシュペーパーと交換できるのです。今までは、住んでいた場所の管理事務所の人が取りに来ただけなので、行く末がどうなるか知りませんでしたが、今は一戸建てを借りていますから、自分で処理しなければなりません。その他の生ゴミや粗大ゴミは家の前に出しておくと、いつの間にか、誰かが持って行ってくれます。多分、この分譲地の管理事務所で処理してくれているのでしょう。私が住む分譲地では、捨てればそこがゴミ捨て場ということはありません。道端にプラスチックの袋が風で移動していることもありません。いわば、ゴミ処理については模範地域のようなものです。インドネシア中がこんな街になればいいと思いますが、中流以上の数%の人たちが住める場所ですから、例外中の例外というしかありません。それに、この辺りにしては珍しくクリスチャンが多い。ミッションスクールも近くにある。私の家の大家もクリスチャンでブカしで開業医をしている。 今朝、04:30 車で出発し、中部ジャワの果物園の見学と試食にきている。テレビで、プリモーションをしていたので、ぜひ行って見たいと思っていた。丁度、雨季の真っ最中で、果物が実る季節である。ドリアン、ランブータン、サラッ、などなど、インドネシアの果物はほとんどスーパーや道端で売っているのを見たことがあるし、食べたことがある。また、それらの果物の木も見たことがある。しかし、木に果物がなっている姿を見たことがあるのはヤシとバナナとナンカだけで、他はどういう状態で木にぶら下がっているのか見たことがなかった。今は中部ジャワのバタンという町のホテル、スンダンサリにいる。
2008.12.13
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斜めからインドネシアを眺めよう 93今年の清水寺恒例の漢字が“変”と聞いて、意味は変化の変ではなくて、文字通り“変”は、奇妙、不思議、おかしい、?、 疑問に思う、そんなバカな、理解できない、そういった意味だと思う。清水寺のお坊さん、インドネシアの私の身のまわりで起きていることを、何故知っているんでしょうか。まさに、今年、私の身の回りの組織、人、行動、成り行き、などなどが、全部“変”です。まだこれからも当分の間“変”が続くでしょう。来年も“変”続くでしょうから、私は逃げだします。逃げ出さないと私の頭や体までが“変”になってしまいそうです。待っていても“変”は、無くなるどころか、増すばかりだと思うので、自力で脱出するしかない。まったく、そんな、もがかなくてもいいと思うのですが、違うと思うこと、“変”だと思うことをそのままにしておけないので、行動するしかない。変化したい。
2008.12.12
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斜めからインドネシアを眺めよう 92カリマンタンのバリクパパンという町で、車の中にゴミかごを常備しなければならないという条例が施行された。なるほど、インドネシアの車からのポイ捨ては悪質である。大人がどんどん捨てるのですから子供も当然捨てる。バスの後ろに着くとひどいもの、ペットボトルは序の口で、瓶や缶が降ってくる。実際に遭遇したものでは、食べ残しの麺やスープがまだ入っているカップ麺のカップ、嘘と思うでしょうがオムツ。条例が施行されたバリクパパンの様子はどうでしょうか、その後のニュースによると罰金を10.000ルピア取って、ゴミ箱を配っているが、実施率は20%くらいだそうだ。インドネシアのことです。この条例のことも半年後には、無いのと同じことになってしまうでしょう。 しかし、行政や政府は、少しは気にしていることが分かりました。ゴミのポイ捨てはいけないことだから、止めましょうと、運動する人がいることはいるのです。ところかまわずの喫煙と、ところかまわずのゴミ捨ては、インドネシアの最も恥ずかしい部分だということを大統領が宣言したらいいと思うのですが、そこまですることが恥ずかしいのでしょうか。
2008.12.11
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斜めからインドネシアを眺めよう 91こちらの人は、日本、ジャパンに大変弱い。品質は最高、壊れることはない。値段も高いが、完全に信じている。テレビコマーシャルで、盛んに日本製とか、日本生まれとか、日本品質とかいう文句が出てくる。使う方も、メイドインジャパンなら、誰にでも自慢ができる。中国製や韓国製も工業製品を中心に、日本製品に似たものがあるが、やはり、日本製のシェアーは崩れない。値段だけではないことをインドネシア人は信じている。現在、化粧品で、奇妙な事件が起きている。美白化粧品である。ドウクターカタヤマ推奨という、日本で認められた化粧品といううたい文句である。価格は50g、1万円とか2万円で売り出している。破格に高い。これを、有名な女優さんが何人も実際に買って使ったのです。ところが、美白どころか、肌が荒れ、皮膚炎を起こしてしまった。それ中国製かという、疑いになった。しかし、本当は、インドネシア人が、なんとかと何とかを混ぜて、乳状にしてビンに詰めて、人を雇って、女優達に効能を言って売り歩いたそうです。その時のビラにカタヤマ何とかという日本人が開発した、化粧品ということを書いて宣伝文句にしていたとか。笑い話にもならない、嘆かわしい、やつらがいるものです
2008.12.10
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斜めからインドネシアを眺めよう 90 コーヒーのボトルはない。カンコーヒーはネスカフェなどの輸入品がある。ところが、テーのボトルは大変豊富である。すべてが甘ったるい。テーソスロという銘柄が一番有名である。テーボトルというとこれが出てくる。レストランのメニューにあるくらいだ。最近、テーヒジャウといって。緑茶を売り物にしているテーボトルが人気だ。これも、日本へのあこがれの一つでしょう。コマーシャルのバックに茶畑と富士さんが出てくる。 一般のインドネシア人は、実際の緑茶はどういうものか知らない。色も味も知らない。おそらく、味は絶対合わないと思う。日本茶のボトルは全く売っていない。そこで、名前だけ借りて、実際は、砂糖入りの紅茶と変わりない。緑茶と書いた茶葉も売っているがお湯をかければ紅茶である。 私から言えば、従来のテーボトルと何も変わっていないと思うのだが、こちらの人はテーヒジャウの方がおいしいという。20%くらい高いが人気がある。 日本人が緑茶を飲むように、テーを飲みながら食事をします。レストランでも必ず飲み物の注文は?と聞かれます。多くの人はテーを注文します。水を注文しても支払は発生します。水はただではありません。
2008.12.10
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マルクのアンボンに行って、先ほど家に着いた.6日朝、ジャカルタ06:00に出発、マルクの時間12:40に着いた。パプアの近くなので、日本と同じ時間です。ジャカルタより二時間早い。空港について、レジストレーションの係りの人から、呼び止められた。外国人はアンボンに入る時に、登録しなければならないといわれ、事務所に連れていかれて、パスポートやキタスを求められた。それだけだが、こんなことは初めての経験なので、外国人は知っておく必要があると思った。旅行社から何の情報も無かった。ブログは二日お休みでした。アンボンの町中やホテルのワイヤス、いつも旅先で使っているモバイルホーンのフラッシュで試したが、ローディングをすることがこの島ではできなかった。 旅行記は明日にでも書こうと思う。
2008.12.08
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斜めからインドネシアを眺めよう 89飲み物は一般的には紅茶、テーである。テーパナスとテーディンギン“熱いか冷たい”かで、分ける。それがマニスかタワール“砂糖を入れるか入れない”かで、分ける。組み合わせで4種類になる。茶葉も売っているが探すか聞かないと出会わない。ティーバックが大部分です。お湯を入れればすぐ濃い茶色になります。人工の色と味を使っているのがほとんどだと感じる。余りにもすぐに濃くなる過ぎる。そして、二度は使えない。すぐ、色と味が出てしまうからの残っていない。そこら辺りの店でもテーパナスはメニューにあります。しかし、ティーバックを使います。どこも、最初に作った濃いテーを残しておいて、それをエキスにして、お湯や水を足してちょうどいい濃さにして出しています。その方が、濃さが一定になるし、何ハイにも使えて安くて済む。ミルクティーのメニューはない。テーススはないのです。テーにミルク(コーヒーに入れる粉ミルク)を入れると、そんなことしておいしいの?というような顔をされます。イギリスのティータイムのティーはミルクティーが普通だよと、うんちくを語っても無駄である。
2008.12.05
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斜めからインドネシアを眺めよう 88コーヒーは街中の店で何も言わないで頼めば、粉が解けないまま混じったものが出てきます。そのまま飲めば粉と一緒に飲むことになります。こちらの人はそれが普通です。しかし、私は、それが苦手なので、しばらく、そっとしておいて、粉が沈んでから上澄み液を飲みます。その前に砂糖やミルクを入れます。インスタントコーヒーもABCやTORABIKAなどがありますが、粉は解けないのが大部分です。それでも、中には少しですが、粉がなくなるものもあります。ミルクと砂糖がたっぷり入っていて、甘すぎる。日本でおなじみのネスカフェも売っています。私は煙草と同じで、パニック障害になって以来、コーヒーを常時飲むことはしなくなりました。以前はネスカフェを飲んでいました。ちょっとしたレストランでは、コーヒーのメニューにネスカフェがあります。普通のコーヒーの倍の値段です。タナトラジャのトラジャコーヒーは有名です。これも一般的には粉になっていますが溶けない。その舌触りが良いと、インドネシア人は言います。 コピーススといって、ススとはミルクのことですから、ミルクコーヒーのことです。粉コピーにコンデンスミルクをたっぷり入れます。コップの底に1.5cmほどです。これがめちゃくちゃ甘い。インドネシア人はこれが好き。インスタントのコピーススも甘すぎる。
2008.12.04
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斜めからインドネシアを眺めよう 87私は40年以上吸っていたが、三年ほど前、パニック障害になって以来、タバコはきっぱりやめた。やめてしまえば吸いたいと全く思わない。それはそれで、インドネシア、ジャカルタの車、バス、公共の屋内では禁煙が100%である。レストランは喫煙席があるが、次第に全面禁煙の方向に向かっている。これは万国共通で、おくればせながら、進んでいる。しかし、インドネシア人が規則を守らないのはすごいもので、バスの運転手が当たり前のようにくわえ煙草の片手運転をしている。観光バスや会社員の送迎バスでも運転手は窓から煙を噴きだしながら運転している。さすがに、バスレーンを走るトランスジャカルタではそういう光景はにないが、一般バスやタクシーの運転手はよく吸っている。ジャカルタの国際空港は、全面禁煙は勿論だが、タバコの吸い殻がそこかしこに落ちている。灰皿があっても、其処で吸う人は少ないし、灰皿に捨てる人はいない。歩きながらどこでもポイポイである。空港の職員が吸っているのです。サテライトから長い通路を通ってイミグレに行く間にも落ちている。落ちている吸殻を掃除する人もいるが、後から後から捨てるから、まったく見えなくなることはない。ガソリンスタンドのにいちゃんも、ガソリンを入れるために行列している車の運ちゃんも、窓を開けて吸っている。すごい光景である。ガソリンタンクローリーの兄ちゃんが吸っているからこれもすごい。プルタミナ(国営の石油製品会社)はどうなっているの?
2008.12.03
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斜めからインドネシアを眺めよう 86インドネシアの煙草の喫煙率は恐らく世界一ではないでしょうか、老若男女の多くの人たちがたばこを吸っている。特に子供たち、タバコを拾って吸っている。一般的に、日本のたばこより強い、その強さも平均で10倍ありそう。ニコチン、タールの量が過ごそう。匂いがきつい。それを、一杯一杯吸う。爪先でつまめるくらいまで吸う。日本人の吸い方はもったいないという。フィルターまで、まだ余裕がある状態で捨てている日本人が多いからだ。値段はインドネシア人の所得を考えれば決して安くないが、一本売りもしているので、購入しやすい。子供帰る。お菓子を買う小遣いでタバコを買っている。中学、高校の女性とも集団で、すっていることは珍しくない。 煙草の広告は、これもすごい。中央分離帯や路肩の幟や看板の広告の50%は煙草の広告と云っていい。意味がわからない広告を何の広告か尋ねればたばこという返事が返ってくるでし ょう。煙草以外の広告はその品物の絵が書いてあるが、タバコの広告にたばこの絵は描いてない。政党の旗と煙草の旗が多いが、政党の旗は時期が限定される、タバコはいつでも、どこでも、である。 儲かっているから、経営者は長者番付のトップになっているし、各種催しのスポンサーになっている。市民マラソン、スポーツ全般で何々カップという選手権にも必ず広告が大きく出る。
2008.12.02
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斜めからインドネシアを眺めよう 85 装置はまだ来ない。今度は、いつ来るという見通しもつかなくなったらしい。こうなると“狼と少年”の少年も尻尾を巻いて逃げだしそう。装置がないのに、J社時代の教え子たちだけがやってきた。会社の方針で、私の役割を彼らに紹介することはなかった。彼らがどんな部署に配置されるかも紹介はなかった。要は、私はこの会社に表面立っては存在しないことになっているのです。多分、今日という日は、さまざまな点で分岐になるでしょう。B社は大きな問題を自ら招いて、難しい局面が次々に現れるでしょう。本社の方もこの不景気を乗りきること、絶えることを強いられるでしょう。できないかもしれない。移ってきた従業員は、各種の仕事について、復帰を待ったら良いと思う。船頭次第ですが、乗り切れば大発展をするでしょう。 K社は今日、ある人の訪問を受けて、何かが具体的に始まり、何かの終わりが始めるでしょう。前回の仲介が失敗したが、今回は交渉する人が高度な知識と良識を持っておられる方なので、客先にとってもインドネシア人従業員にとっても満足が出来る結果になる可能性が高い。期待します。 私といえば、行動はまださきです。二社の成り行きをしばらく眺めて、態度を決めようと思っていることにしておきましょう。こういうことを眺める機会が目の前にあることは恵まれていると思う。 実際には、決まっています。65才、まだまだ、これからやらなければならないことが山ほどあります。目標ははっきりしています。
2008.12.01
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