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書籍の感想です。今回は「赤の円環」です。赤の円環(トーラス)/涼原みなと【合計3000円以上で送料無料】この小説は世界観が非常に面白いです。この世界は円環(トーラス)と呼ばれているんですが、盃のような形をしていて、人々は盃の内側に住んでいます。盃の内側は段々畑のようになっていて、その段の部分に家を建てたり、畑を作ったりして生活しています。これでみんなが支障なく暮らしていければ問題ないのですが、肝心の水が盃の一番底の部分にしかありません。そのため、その水を行き渡らせるために、水を汲み上げて上の段に供給する仕組みを大事に大事に使っています。そうは言っても、当然、上の段は非常に乾いていて住みにくい。下の段は水がふんだんにあって裕福。利権も絡んで、政治家や大地主のような偉い人は下の段に住み、その他の者は上の段に住んでいる世界なわけです。このトーラスの外側って何もないんですよ。かといって閉鎖空間というわけではなく、極端に言えば外縁を乗り越えていけば外に行けてしまう。落ちて死んじゃうだけですが・・・外側の世界はどうなっているのか?このトーラスは何らかの避難設備なのか?世界にはこのトーラスに住んでいる者以外生きている者はいないのか?こんなすごいものを作ったのは一体誰なのか?すごく興味深い設定です。物語は、そのトーラスの上のほうの段に住んでいる男勝りな女フィオルが下の段に住んでいた頼りない男キリオンに出会い、ある探し物を頼まれたことで、世界の秘密を知ってしまい・・・みたいな感じで進んでいきます。ただ、ラストまで読み進めても、トーラスの秘密、世界の秘密ははごく一部しか解き明かされません。また、トーラスが抱える問題も部分的に解決したのみで、問題は山積したままです。なので、いろいろ明らかにしてくれると思った方には拍子抜けかもしれませんが、私は、種明かしがこの小説の本筋なのではなく、困難の中、あがいてあがいて精一杯生きる人々の姿を描きたかったのだと思います。実際のところ、フィオルもキリオンも奇跡を起こしたわけではなく、あきらめが悪いことで、頑張って頑張って少しだけ納得できる未来を手に入れただけです。でも、私はこの二人の頑張りにとても共感しました。続きがあったら読んでみたいなぁと思った作品です。
2020.01.24
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書籍の感想です。 今回は「夢より短い旅の果て」です。夢より短い旅の果て (角川文庫) [ 柴田よしき ] 旅情って言葉ありますよね。 この小説を読むと「ああ、鉄道旅してみたいなぁ」と思います。そのくらいとても旅情を感じます。 物語の本線は大学の「鉄道旅同好会」(鉄道同好会、ではなく、「旅」が入ることがこの同好会のこだわりらしい)に所属していた叔父が謎の失踪を遂げてしまい、その謎を追いかけるために、同好会の入会した香澄の成長物語なのですが、それに負けず劣らず町並み、駅舎、鉄道そのものの素敵な描写に魅了されます。 例えば、JR氷見線の景色の美しさ。景色の美しい場所はたくさんあると思います。ですが、氷見線はそれだけではない。空の蒼さ、日本アルプスの雪の白、日本海の水色が見事なコントラストを描き、さらにその真ん中にトンネルがあることで、その絵の中に飛び込んでいくかのような、「まるで自分が絵の中の一部になってしまうかのような感動」を味わえるのだそうです。 うーん、ぜひ見てみたい、と思っちゃいました。 さらに良いところは、この小説、単に見どころ満載な路線だけ書いているわけではないところです。 横浜市にある「こどもの国線」なんてものも取り上げています。鉄道旅同好会は各駅でその路線に乗り、そのレポートを書くことを義務付けています。こどもの国線は駅が3つしかなく、叔父の行方を追うという邪な理由で入会した香澄は鉄道に詳しくないため、できるだけ楽な路線という理由でこどもの国線を選びします。しかし、香澄はこどもの国線を選んだことを後悔します。こんな短い路線では、見どころも少なく、「旅」という言葉にふさわしいレポートを書くことができないからです。 しかし、鉄道旅同好会の部長に鉄道とは人を乗せる乗り物であり、乗客それぞれに人生があり、それぞれの旅があると教えられます。そう言って、駅のベンチに座っていた男性に話しかけるのでした。そして、それはそれは素敵なエピソードを聞かせてもらうのでした。 そうなのです。こんな近くでも、こんな短い路線でも、「旅はできる」。この小説はそう教えてくれます。 いやー、良い小説です。お勧めです。
2020.01.14
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書籍の感想です。今回は「ウィリアムが来た時」です。ウィリアムが来た時 [ サキ ]作品の紹介で「ディストピア歴史IF群像劇」と書かれていて気になって読んでみました。この小説は「もしこうなってしまっていたら」という感じの小説です。ドイツが電撃的に制海権、制空権を制し、イギリスを降伏させた、ということで話はスタートします。ドイツはイギリス人にドイツ人より重い課税は強いますが、それでも奴隷のようなひどい扱いはしません。そのせいで、イギリス人の中でも「ドイツに反発するより、ドイツ人の支配の中でより良く生きていく道を模索するべき」という人と「見た目は従順な振りをして反抗する機会を窺っている」という人が入り乱れ、混乱していきます。ドイツはイギリス人をさらに取り込むため、そして、さらに弱体化させるために、徴兵制を導入するにあたりある法律を可決します。それは「徴兵される人はドイツ人のみ。イギリス人は武器を持たなくて良い」というものです。徴兵に行きたくなかったイギリス人は大喜び。しかし、反対にイギリス人は武器の扱いに慣れる機会を失ってしまったのです。こうして、ドイツにより飼いならし政策は進んでいきます。後は若者を取り込めば、後世まで完全に支配下に置けると考えたドイツは・・・こういう展開だと、革命が起きるとか、ドイツの皇帝が亡くなるとかそういうエンディングを予想していたのですが、意外なエンディングでした。全体的に静かに話が流れていき、エンディングも静かに終わりを迎えます。しかし、希望も感じるエンディングで、「なるほどねぇ」と思ってしまいました。ちなみにこれはサキというイギリス人作家の作品なのですが、第1次大戦前に書かれたもののようです。世情に不安を抱えた中で感じたことを表現した作品なのかもしれませんね。
2020.01.05
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