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イラクで権限移譲されたが・・・・インフラ復興の大部分はベクテルなどの米企業に発注されることになっているようだ。アメリカでは もしかしたらベクテルはお国の為に働く愛国的企業ということになっているかもしれない。米軍が壊し、米企業が復興する。というシナリオがあったとしたら、戦争と復興はアメリカ主導の公共事業ではないか?(日本の官僚/ゼネコンもここまで悪どくはない!)これって究極のマッチポンプというべきか?日本も自衛隊を派遣しているから、おこぼれにありつけるだろうか?イラクにもかなりの建設業があるらしいので、米企業はせめてイラクの業者を優先的に使ってもらいたいところである。戒厳令なしで治安をどう回復するか?難しい課題でしょうね。
2004.06.30
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娘が「ネコってこんなに狂暴なの?」と手を焼きはじめた。フータロー(プータローではない)が今日も元気です。ケージに入れられると 今にも死にそうな悲しい鳴き声をあげているが、開けて出してやると豹変して走りまわる。招いても来ないけど、背を向けると忍び寄ってかかとにむしゃぶりつく。いかにも 猫そのものですが・・・・私としては そのミニチュアの野生がわりと好きなんですよ。誰に教わったわけでもないのに壁のコーナーに飛びつき天井めがけて駆け登るは階段を駆け下りるはと 野生を証明してくれています。 あと一年くらい我慢すれば落ちつくらしいが足元にまつわりつき 足の指をガジガジするのはなんとか ならないもんだろうか。
2004.06.27
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「何が日本をあの滅亡に駆り立てたか」という疑問がこの個人的歴史学シリーズを書き始めた動機ですが・・・・・歴史学を自習してみて丸山真男さんが唱えたという「無責任の体系」という概念には何となく気付いていたが、経済評論家の野口旭さんは丸山さんの概念を乗り越えて「責任最小化はシステムが持つ普遍的弊害」と論じている。明解な論調であり旧陸軍の限界をある面言い当てているように思います。野口さんは旧陸軍の限界を論じているが、これは長期安定政権下の現在の官僚制度に対するまさしく的を射た病理解剖になっているように思います。ところで旧陸軍は敗戦によって崩壊したが、我が官僚社会主義は外圧によってしか改革できないのだろうか?1940年体制を払拭しないどころか、ますます強化している我がアホタレ官僚に傾聴してもらいたい野口さんの弁を以下に抜粋してみます。(旧陸軍の個所を 官僚に置きかえるとピッタリはまります)●日本の旧陸軍は、中国大陸などで統制なき暴走を繰り返した。それは結果として、日本の国際的地位を貶め、国家および国民に重大な損失および不利益をもたらした。にもかかわらず、日本の旧陸軍は、それに対する責任を真の意味で問われることはなかった。そして、愚鈍な恐竜のように肥大化し続けたのである。 丸山は、こうした病理の源を、日本社会あるいは個人の意識における前近代性に由来する「責任倫理の欠如」に求めている。筆者は、丸山が問題への答えをそのような文脈に押し込めたことは、丸山の的確無比な問題提起を自ら矮小化してしまったと考えている。しかしそれは、丸山の限界というよりは、「日本社会の前近代性」という講座派的なドグマと分かちがたく結びついていた、日本の社会科学の限界だったというべきであろう。 筆者は、日本の旧陸軍がこのように振る舞ったのは、当時の日本人に近代的な責任倫理が欠けていたためだとは少しも考えない。おそらく、どのような組織であれ、その成員が組織を通じて自らの利益を拡大しようとする限り、基本的にはこの旧日本陸軍と同じように行動するであろう。 それは要するに、自らに課せられる責任を最小化すると同時に、自らの権益を最大化するということである。責任とは、組織にとっては外在的な制約にすぎないから、それは少なければ少ないほど望ましい。それに対して、組織の権益は、多ければ多いほど望ましい。というのは、組織の権益がより多くなれば、その成員の「分け前」が増える可能性もより高まるからである。旧日本陸軍は、まさしくそのように、組織にとって最も合理的な行動をとったにすぎない。 いうまでもないが、組織の側におけるこうした「合理的」な行動は、その組織の成員にとっては望ましいことではあっても、その組織の外側の社会全体には膨大な損失をもたらす。だからこそ近代社会は、特定の組織がこのような意味での合理性を自由に追求することがないように、さまざまな装置を制度化してきたのである。民主的法治社会の根幹たる三権分立、あるいは軍隊の文民統制のような原則は、その最も代表的なものである。要するに、われわれの社会が十分に健全であるためには、どのような組織に対してであれ、「自らが自らを治める」という無責任を許容してはならないのである。外在的な制約なき組織とは、腐敗を運命付けられた組織のことに他ならない。。 ●問題はむしろ、「営利を目的にしない組織」にある。それは例えば、公的企業であり、官僚組織である。公的企業がしばしば規律を欠きがちなのは、赤字を垂れ流し放題であった、かつての国鉄の惨状を想起すれば明らかであろう。また、官僚組織が一般に、その本来の責務の遂行以上に「権限」の獲得に熱心なことは、実例を挙げるまでもないであろう。 これらはもちろん、社会全体の観点からは由々しい事態ではあるが、その組織それ自体にとっては、組織全体にとっての責任を最小化し、権益を最大化しようとする、きわめて合理的な行動にすぎない。したがって、社会は、こうした組織に対しては、組織本来の目的を逸脱することなく適切に果たすように、常に厳しい「規律」を求め続けていかなければならないのである******************************************************************なるほど 行政とか改革を官僚任せにしてはいけないということが、よく判りますね。しかし 外国の軍隊が旧陸軍よりマシだった理由の説明が抜けているので、旧陸軍の限界としては少し説明不足の感があるように思います。責任から逃走し続ける組織の病理
2004.06.26
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左のAvant toute choseの頁で以下追記しました。最近のシャンソンが聞けるけど、自分の好きな歌手が歌っているわけでもないし・・・・当たり外れがあるけど、最近はどんなんが流行っているのかわかるだけでもいいか と思い日記にupしました。放送の冒頭とか曲の紹介のシャベクリ(歌詞もだけど)は理解できませんが、(カールさんなら理解できるかも?)この放送をかけっぱなしにしても 書き込みには邪魔にならないし、仏文ディクテの訓練にもなるし(なるかな?)けっこう重宝しています。ただし聞いてみると トラディッショナルシャンソンあり、カンツオーネあり、ファドあり、ボサノバあり、独語シャンソンあり、アルゼンティンタンゴあり、ロシア歌謡ありでジャンルは広いようですが。(英語と日本語の歌がなかったなー 6/27追記)*******************************************************France musiquesで 最近のシャンソンを聞いてみる?emissions――on connait la chanson――Ecouter l'emissionとクリックすれば聞けるよ。
2004.06.25
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自衛隊の多国籍軍参加に際してこじつけ三段論法で持論を述べてみます。1.有事法制化で 日本は自衛の戦争ができる国になった。2.「多国籍軍に参加する」という勇み足の表明で、内閣法制局もオタオタするほど勇ましい為政者がいる。3.因って、日本は有事と判断すれば外国にまで出かけて戦争しかねない国になった。怖いのは、有事とは何か?だろうと思うのですが・・・・アメリカの有事は日本の有事かもしれないが、即リンクするのはどう考えてもおかしいだろう。(このへんは程度の問題か?)最悪のシナリオとしては、今後もネオコンの手先となって日本が侵略戦争を行うことだろうが・・・・イラクではなし崩しにそういう事態になっているのが、不気味な気がする。バカなブッシュ、テロ、石油、北朝鮮とかを天秤にかけて政策を決めるのは難しいでしょうが・・・テロに対して強攻策は通用しないというのが世界の共通認識なので、ブッシュに隷従してアラブを敵にまわしたのは、バカな選択だったと後悔するのではないだろうか。
2004.06.24
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1945年6月23日という日は沖縄戦終戦の日です。日本人で6.23と問われて即答できる人がどれだけいるでしょうか?小泉首相が今日 式典に参加するために沖縄に行っているが参院選前の点数稼ぎとしか 思えないんですが。今朝のテレビ報道に出ていたが・・・沖縄戦に参戦した米軍の日系兵が、思い出の地オキナワを訪れていた。民間人を壕の外へ追い出した日本兵がいたと聞いているが・・・(軍隊は足手まといの民間人を守らないというのが世の常識らしい)銃を持たずに上半身裸になって壕に入り、民間人に投降を呼びかけたという日系兵の彼こそ真の勇者ではないだろうか?海外に住む日系人に真のヤマトダマシイを見ることがよくありますね。最近の日本本土の日本人よりも よっぽど良質の日本人ではないでしょうか?「生きて虜囚のはずかしめを受けず」の帝国陸軍戦陣訓は勇ましいが、鉄の雨を受けたオキナワでもその枠から逃れ得ない官僚軍人の愚かしさが哀れというか無惨というか?責任者は誰だ?という気がします。
2004.06.23
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台風一過素晴らしい星空になった。南天には さそり座のアンタレスがくっきりと見える。きょうの午後に台風が近畿あたりを通ったが・・・通過後は雨はほとんど降らず退社時は傘なしで夕焼けまで見えた。拍子抜けの感があったなー まあいいけど。第2室戸台風の風速60mを経験した身としてはたいがいの台風にはびくともしないぞ。阪神大震災の震度7を経験した身としては 怖いものなしだ。(これは自慢になるのか?)それにしても梅雨時期の台風が頻発しているが異常ですね。俳句の季語がずれてしまうような昨今の異常気象です。
2004.06.21
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ひまじんさんの日記で小川功太郎さんの生前メールの紹介があった。最前線のフリージャーナリストの思いが伝わってきます。正確に言うとりょうちゃん0622さんの日記で紹介があったのですが、トラックバックOKということなので、早速試してみます。現在のイラクでは、米軍のファルージャ攻撃が激化していて19日には民間人20人ほどがミサイル攻撃で死亡したそうです。つい最近 過激派の自爆攻撃で治安維持要員の受付けに集まっていた市民40人ほどが死んだとのニュースがあったが・・・イラク市民は米軍からもイラク過激派からも攻撃を受けていて、誰に怒ればいいか?という状況ですが、やはり怒りは米軍に向かうでしょうね。かっては解放軍とされた米兵にしても(ひいては自衛隊員にしても)軍需企業、石油利権などの為に命をかけるのは お国の為とは言え やりきれないでしょう。イラク市民と米国市民は(古い用語だが)連帯してブッシュにNOをつきつけ、日本人は小泉首相の責任を問い質す必要があると思うのですが。
2004.06.20
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本を探すときは書評を頼るが、書評が無数にあり何を頼るかで迷ってしまうが・・・・最近は秀さんとか幻泉館さんとか楽天仲間の書評に頼ることが多くなった。・『ためらいの倫理学』内田樹 角川文庫 629円・『終わりなき日常を生きろ』宮台真司 ちくま文庫580円秀さんがいいぞいいぞ!と誉めるので、宮台さんと内田さんの本を買ってただいま鋭意読書中です。お二人は社会学、哲学と難しい学問の先生であるが、学問素人の我々にも興味を惹く視点で書かれているので・・・・わざわざ身銭をきって本を買い、読んでいる次第です。我々はあと数年で定年を迎える団塊の世代であるが、功罪あいなかばする世代だと思います。宮台さんの世代は、自然を五感で感じる体験が少なかったからか自然に対する感覚が微妙に異なるようだが・・・微妙な差はあるにしろ 言ってる事は鋭く、目から何枚もウロコが落ちる気がします。しかし 終わり無き日常を生きる知恵こそ必要と説き・・・・90年代的状況は世代問題である。・自然によって象徴される共同体が崩壊した後の輝かしき“虚構の共同体”・偽者の父親が唱える善悪図式とか読んでいると 疲れることしきりです。 宮台さんは 我々の過ごした反逆の日々を羨ましく思う反面、我々の繰言とか偽善を切って捨てる・・・・世代の差を感じるとともに、我々は世の桧舞台から降りようとしている事をいやおうなく感じてしまいます。一方 内田先生であるが、年代も近いせいか しっくりきます。宮台さんとは異質なペーソスがあるというか、年の功を感じますね。 (続きは また書きます。)
2004.06.19
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娘が 子猫をもらってきた。とうとう我が家にもネコが来たわけだ。嫁さんの方針があり、我が家ではネコを飼えないと諦めていたが・・・娘の強引さに嫁さんが折れたようだ。白の日本ネコ(雑種とも言うのか?)のオスで名前はまだ 無い。元気に走りまわっているが ベランダから落ちないか心配である。しかし なにより 娘と共通のオモチャができたようで 嬉しい。
2004.06.18
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無料の百科辞典として知っている人もいるでしょうが・・・・無料で利用できて、利用者が造る日々進化増殖する百科辞典とも言えるウィキペディアのことです。最近になって利用しているのですが、その便利さもさることながら、設立趣意がいいですね。まさに進化するオープンソースの百科辞典です。・OSでならリナックス・文学書でなら青空文庫という反商業的でオープンソースの考えは好きですねーえげつない商売で最近とみに不評をかっているマイクロソフトに刃向かうリナックスは、内容は私にはチンプンカンだけど、その反米的な姿勢が好きです。(話がだんだんそれてくるなー)ところでウィキペディアはアメリカ生まれらしいが、いいものはいいとしか言いようがないなー。(アメリカ嫌いの私にしても ここは折れるしかない)皆のために知識を貯めるという知恵がオープンソースということだと思うんですが・・・インターネットという手段を得たいまでは加速度的に進化する可能性があると思うんですよ。ウィキペディアの一端がガイドブックとその検索例(下記)からうかがえると思います。Wikipedia:ガイドブック満州事変(ウィキペディア)宮沢賢治の作品を青空文庫で読むことができます。
2004.06.15
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SFネタ探しをしていてブライアン・オールディスへのインタビューというHP(下記)を見つけた。インタビュアー入江さんも翁のアメリカ嫌いに驚いたが、私も驚き、うれしくなったのでHPから無断転載します。●「彼らは自分を笑うことも出来ない。アメリカ人の感覚は十字軍の時代のヨーロッパ人から少しも進歩していない。やってることはコルテス、ピサロと同じ。まったく世界の警察が聞いて呆れるよね。あいつらは世界の異端審問官だよ。そのものだよ」 インタビューはのっけから(悪口で)盛り上がった。アンチアメリカに関しては儂も負けてはいない。まあ、まさかこのインタビュー、この段階では30分の予定が2時間に延びるとは思っていなかったが。とまれ、今までにも“アメリカ嫌いネタ”はしょっちゅうだった。英国人の定番アイテムではある。が、ここまで激しい拒絶感は初めてだったかもしれない。翁はこう締め括った。「結局、幸せなんて人それぞれじゃないか。アメリカ人の幸せの基準からすれば僕はちっとも幸せな人間ではなくなってしまうけど、僕は僕の人生を自分自身で選んできたし、今とても幸せだ。何故不幸だと決め付けられなきゃならない。幸せの形がたった一つしかない国、それが不幸なアメリカという場所だ」ところで、オールディスとキューブリックは仲良しさんで、キューブリックはオールディスの作品を映画化しようとしていたという・・・・・すごい!キューブリックは鬼籍に入ってしまったが「地球の長い午後」などが映画化される・・・という夢のようなことがあり得たんだ。映画化しようとしたのは「AI」という映画(未完)で、2人を不仲にまでした苦労話もHPから転載します。●二人の決別の引導を渡したのがその“違った新しい話”だったのは皮肉としか言いようがない。即ち、未完に終わった『AI』である。内容についてはエスクァイアに詳しいが、産児制限を余儀なくされた未来社会を舞台に自分がアンドロイドであることを知らない少年と、人間の母親の関係を描いた水彩画のような短編がオリジナル・ベースド・ストーリーとなっている。こちらのほうがオールディスらしいといえば、ずっと“らしい”。 「彼との仕事が大変なのはもう周知だった、覚悟もしていた。戦いになることも分かっていた。どれほど苦労の多い骨折りと心労の連続であったかは僕の前に共同脚本を仕上げたクラークからよくよく聞かされていた。しかしその結実があの『2001‥』だ。クーブリックとの仕事には、それだけの価値があると信じていたし、信じられた。あのさ、クラークの作品は外向きでしょ?世界が外に向かって広がってる。僕の作品は世界は内に向かってどんどんメルトダウンしていくタイプ。正反対といっていいくらいだ。どちらかというと間違いなくクーブリックは僕と同じ内向型。どっちが大変かといったら絶対に僕だろうね。気が合うのと、仕事がしやすいのとは別問題だからね。クラークと僕は別の種類の懊悩を経験した筈だよ。」オールディスへのインタビューキューブリック
2004.06.13
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ニューウェーブと言っても何を指すかピンとくる人も少ないかも知れない。一時期、SFばかり読んでいた時期がある。クレメント、ブラッドベリ、クラークなどの50年代SFに続いて、ニューウェーブと呼ばれた60年代SFが登場した。バラード、オールディス、ディック、レム・・・ここまでは 良く読んだけど、私のSF熱は それ以降 ハシカのように冷めてしまった。どうも それ以降にSFが隆盛を極めているという噂を聞かないので、私のSF熱は SFの幸せな隆盛期に感染していたようである。SF映画にしても クラーク原作の「2001年宇宙の旅」、ディック原作の「ブレードランナー」を越える映画が現われていないようだ。科学は依然として進歩しているが・・・・科学はユートピアをもたらさないとする60年代SFまで登場してしまったので(科学仕立ての読物ネタは出尽くしてしまい)読物としてのSFはピークを通り越したのではないだろうか?それとも SFが変質し、バラード、ディックなどはオールドファッションになったのだろうか?(最近のSF事情をよく知らないが、最近はサイバーパンクSFとやらが主流とか?)高度成長期を経た我々は鉄腕アトムとSFに夢を見ることができたが・・・・最近の子は押井守の『イノセンス』のようなアニメに夢を見ることになるのだろうか?(この映画はまだ見ていないが、予告では病的なイメージを受けるのだが)個人的希望ですがクレメントの「重力への挑戦」とかのハードSFを映画化してほしいけど、無理だろうなー2001年宇宙の旅ブレ-ドランナー重力への挑戦60年代ニューウェーブサイバーパンクSF
2004.06.12
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♪あーめが降ーります 雨が降る♪遊びに行ーきたし 傘は無し♪紅緒のカッコも 緒が切れた梅雨のこの時期 この唄を思い出す。団いくま(たしか難しい字ですよね)の「パイプの煙」だったか?嫌なメロディーの筆頭として この唄が紹介されていた。たしかに陰鬱なメロディーではあるが・・・団塊の我々の子供時代の つまり高度成長期の前の物が少なく エネルギー消費がささやかなそう言えばテレビも 蛍光灯もまだ無かった薄暗い白熱灯の部屋から眺める梅雨の雨・・・というような心象風景がうかんでくる。嫌なメロディーかもしれないが我々には思い出のメロディーとして 残るのかも知れない。とは言っても 陰鬱なメロディーよりはせめて 哀愁のメロディーとかのほうが良いにきまっているが。
2004.06.11
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出生率が1.29にになったそうだこれは日本民族の衰退が不可避とのレッドカードだろう。年金法案が通ったあとに この発表を出したということは犯罪的遅延行為だったのかもしれないなー(だれが厚労省の遅延行為を指揮したのか?坂口大臣か?)これで 年金制度の見直しがまた必要になる。こういう統計は のらりくらりの官僚答弁など吹っ飛ぶくらいリアルに実態が表れるようだ。植物などは 危機に際して通常以上に花を咲かすようだが、知的水準の高い日本などでは・・・・夢の無い未来、劣悪な子育て環境に対して 生活防衛なのか諦めなのか?子造りを控えてしまう!お役人と政府が 今のままならどうあがいても出生率回復は困難だろうなー必要な施策としては 政権交代とか、薄情けの役人そのものを削減するとかの抜本的な(おや これは官僚用語だ)改革が必要だろう。ところで 社会保険庁を廃止統合するという民主党の改革案がいいではないか!(野党の遠吠えというのがいささか空しいが。)しかし 国鉄民営化以降、最近の改革は官僚の抵抗で、ことごとく“焼太り”に終わっているようだ。官僚まかせの改革は、システムのヒズミになるだけで改革には値しないことを・・・いやと言うほど見てきた。
2004.06.10
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ドイツ国境に近い名もしらない村の公園のテーブルにスーパーで買った一番安いペット入りワインを据えて夕闇が深まり人目が無くなるのを待つようにイルキン(その日知合ったトルコ青年)と歌も交えてカタコトの英語、仏語チャンポンで盛り上った。その村までは列車で来たような記憶がある。なにしろ パリ郊外でのヒッチハイクはヒット率最悪でヒッチハイクを諦めかけていたものです。パック(イースターホリデイ)に突入し、語学学校も休校になり・・・よし!旅行だ、ヒッチハイクだ!と勇んで下宿を出たものだが・・・・ヒッチハイクというものは、たやすいものではなかった。すごすご帰ると下宿のマダムに合わす顔が無いしなー(困った)もう諦めて止めようかと思ったころに、2人でやろうぜと持ちかけてきた髭面の青年がイルキンだった。泊りは小学校の教室という私の提案に彼も了解していた。以前 貧乏旅行を決行したときもなぜか 泊りは小学校の教室としか思いつかないのだ。(これって ヘン?)夜も深まり ワインボトルも空になり小学校とおぼしき建物への侵入にも成功した。(後で思ったが、よくこんな物騒な真似をしたものだ)寒気を防ぐものとしては、YH用の袋シーツしかなくて寒かったなー!イルキンはそんなものは無くて着の身着のままだった。翌日は 運良くヒッチハイクに成功するのであるが・・・長くなるので また次に書くことにしよう。
2004.06.09
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翌日も 雨もちらつくなか道路際で2人でかなりトライしたがヒットせず 諦めかけた頃・・・拾ってくれたんです。後でわかったが、ドイツに向かう共産党系の若者達の2台の車であった。彼らにしては ワークキャンプに加えるため、枯れ木も山のにぎわいだったのかもしれないが、いずれにしても 文句は無いし有り難い気まぐれであった。ハイウェイに入ったあと 沿線に白い墓石群が見えたが、もしかしたら第一次大戦の激戦地を突っ切っていたのかも知れない。着いた所はフランクフルト・アムマイン郊外の緑あふれる環境の研修施設のような所であった。とにかく清潔で快適な宿舎であり貧乏旅行の身には先ず浴びた温水シャワーが嬉しかった。当然のごとく出る湯水、建付けのよい窓とかにドイツを感じた次第です。(フランスではシャワーから湯水がいつも出るとは限らない)一息ついたあと ホールにほぼ全員集まり顔合わせしたが、独仏でほぼ半々の二十歳前くらいの20名ほどの男女であった。3泊くらいの研修?の予定らしかったが、楽しく遊んで共産党に好意が得られれば儲けものという感じの催しだった。日本人、トルコ人の飛び入りには、最初は物珍しく扱われたがすぐ飽きられたようだ。日本人といえばジュードーであり女の子が教えて教えてと、やけにフレンドリーであったが、これがくせもので・・・キャンプでのつかの間のカップル探しの意味があったのかもしれない。(ワークキャンプのしきたりに遅れをとっていたようであり惜しいことをした)2日目の晩に相部屋のイルキンから一時閉めだしを食らい、3日目に憤然として(笑)・・・お遊びにも周りの男にも幻滅してか?同じくブーたれていたパリジェンヌを誘って日を余してパリに帰ることになった。(不定期に 続く)
2004.06.08
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今日は 昨日から一転し蒸し暑いぞ!関東から近畿まで入梅宣言が出たようだ。スッキリしない天気だがせめて 色づくアジサイでも眺めてやりすごすしかないか。楽天仲間が今日の日記でユースホステルのことを書いていた。無計画な無銭旅行への憬れ!というかっての思いをふいに思いだした。旅といえば“無計画な無銭旅行”、ヒッチハイクがベスト!という馬鹿な思いがどこかにあり、若気の至りともいえる旅行をしてしまった。どういう訳か“泊りは小学校の教室”という短絡した計画しか思いつかず、とりあえず食費程度を持って出発するのである。急にゴールデンウィークになったので・・・・学校の寮から 4馬鹿がママチャリに乗って剣山方面にアポ無し旅行にでかけた。夕方になり小学校の塀を乗り越えようとしたときオイオイと呼びとめられてそのオッチャン(先生だった)の家に一宿一飯の恩義を受けることになる。どういう経緯か忘れたが天理教のヤシロに泊めてもらったりして朝っぱらからお勤めのドンチャンで眠りを妨げられたという・・・人生いたるところに青山ありという体験をしたなーちなみに 雪の残る剣山山頂では実習作業服に運動靴というイデタチで全員寒い思いをし、早々に下山した記憶がある。(機械工学科では鋳造、鍛造、機械工作など、野暮な実習服で作業するわけだが、リュックには防寒着としてはその服しか無かったみたい。ーーーだんだんと素性をばらしています。)トルコの髭面青年とドイツ方面へヒッチハイクしたことがあるが、このときは念願の小学校宿泊を果たしたので、また日を改めて書こうと思う。
2004.06.06
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トッテカケタカ♪ ホーホケキョ♪裏山でホトトギスとウグイスの共演がにぎやかです。梅雨を通りすぎたような日差しの気持ちのいい朝です。豊岡では30℃くらいの真夏日になるとのこと。夏の予感!というより もう夏という感じで桜の花見で 浮かれていたのがウソみたいですね。先週行った離宮公園ではバラと菖蒲がピークでアジサイはモーすこしという見頃だったがこれから アジサイが楽しみなシーズンです。 シチダンカ山アジサイ、甘茶、シチダンカとアジサイ属の好きなMドングリです。
2004.06.05
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悪党党総裁のハマコーはたけしのTVタックルでは準レギュラーであり少々 度外れな発言で他の出演者の発言機会を奪っていても視聴率第一の方針で それは許されている。このハマコーにいちいち怒ってみても 大人げないがなんで苛立つのか考えるのも有意義だと思う。先ず彼の弁論術、ディベートのテクニックである。1大きな声でドスをきかせて持論を述べる。2事前に得意分野を調べておき、状況不利になると その分野に話を変え他を追求する。3悪党党と・・自ら卑下して冗談に持ち込む。・・・となかなか議論が深まらないのである。屁理屈を通すためのテクニックとしては有効かもしれないが学究的な弁論術とは言えず、政治屋の弁論術だろう。次に彼の持論であるが・・・日本国の安寧にとっては、たとえ隷属的であってもアメリカに従うべきである・・と例のドスを効かせて述べている。安全はタダで得られるものではないし・・・たしかに国民の安全には、日米軍事同盟の占める重要度は大きいだろう。しかし ブッシュの愚かな選択まで目をつぶれとまでハマコーは言う。(実際はそういう言質をとられないように論じてはいるが、言ったに等しい)この意見は彼の持論だろうが、何かの利益を代弁しているのか?ハマコーの裏には 何かいるのか?と要らぬ詮索までしたくなるほどのでしゃばりよう・・・ですね。ところで ハマコーの対極にいるような石原都知事と対談したら面白そうですね。どちらもドスが効いているが、タカ派でもこれだけ意見が違っている。(日記に2日の穴が開いたので 穴埋め日記でした)
2004.06.04
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戦時中は翼賛ジャーナリストだった花森安治が戦後に痛恨の思いで書いたと言われる『一銭五厘の旗』を抜粋して紹介します。星一つの二等兵のころ 教育掛りの軍曹が突如として どなった貴様らの代わりは 一銭五厘で来る軍馬は そうはいかんぞ聞いたとたん あっ気にとられたしばらくして むらむらと腹が立ったそのころ 葉書は一銭五厘だった兵隊は 一銭五厘の葉書で いくらでも召集できる という意味だった。そういえば どなっている軍曹も一銭五厘なのだ 一銭五厘が一銭五厘をどなったり なぐったりしている考えてみれば すこしまえまで貴様ら虫けらめ だったよらしむべし知らしむべからず だったしぼれば しぼるほど出る だった明治ご一新になって それがそう簡単に変わるわけはなかった大正になったからといって それがそう簡単に変わるわけはなかった富山の一銭五厘の女房どもが むしろ旗を立てて米騒動に火をつけ神戸の川崎造船所の一銭五厘が同盟罷業をやって馬に乗った一銭五厘のサーベルに蹴散らされた昭和になっただからといって それがそう簡単に変わるわけはないだろう満州事変 支邦事変 大東亜戦争貴様らの代わりは 一銭五厘で来るぞ とどなられながら 一銭五厘は戦場をくたくたになって歩いたへとへとになって 眠った一銭五厘は 死んだ一銭五厘は けがをした 片わになった一銭五厘を べつの名で言ってみようか<庶民>ぼくらだ 君だあのまま負けないで 戦争がつづいていたらぼくらは 死ぬまで戦死するか 空襲で焼け死ぬか飢えて死ぬかとにかく死ぬまで 貴様らの代わりは 一銭五厘で来る とどなられて おどおどと暮らしていなければならなかった負けてよかったいつのまにか 気がついてみるとおまわりさんは 笑顔をみせなくなっているおいおい とぼくらを呼び役所へゆくと みんな むつかしい顔をしていったい何の用かね といいそんなことを ここへ言いにきてもダメじゃないかと そっぽをむく今度は どんなことがあってもぼくらは言う困ることを はっきり言う人間が 集まって暮らすためのぎりぎりの限界というものがあるぼくらは最近それを越えてしまったぼくらの旗は こじき旗だ ぼろ布端布をつなぎ合わせた 暮らしの旗だぼくらは 家ごとに その旗を 物干し台や屋根に立てる見よ世界ではじめての ぼくら庶民の旗だぼくら こんどは後へひかない(8号・第2世紀 昭和45年10月)かなり長い文章だが 私の独断でずたずたに抜粋してしまったので暮らしの手帳社の本などで全文を読まれることを推奨します。花森安治は、こう言っています。「ボクは、たしかに戦争犯罪をおかした。言訳をさせてもらうなら、当時はなにも知らなかった。しかしそんなことで免罪されるとは思わない。これからは絶対だまされない、だまされない人を増やしていく。その決意と使命感に免じて、過去の罪はせめて執行猶予にしてもらっている、と思っている」
2004.06.02
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