全53件 (53件中 1-50件目)

図書館で『翻訳はめぐる』という本を、手にしたのです。目次を見れば・・・翻訳に関連する表記、本などあらゆることが語られているので興味深いのです。(「BOOK」データベースでは華麗なる脱線と表現しています)【翻訳はめぐる】 金原瑞人著、 春陽堂書店、2022年刊<「BOOK」データベース>より翻訳家兼大学教員40年翻訳書600冊。翻訳にはじまり、英語、日本語、表記、古辞書、サリンジャーまでー華麗なる脱線。金原先生の公開講座。<読む前の大使寸評>目次を見れば・・・翻訳に関連する表記、本などあらゆることが語られているので興味深いのです。rakuten翻訳はめぐる「Ⅰ 翻訳家の悩みは尽きない」の冒頭で翻訳の(脱線ぎみの)実態を、見てみましょう。p12~15<① 古びゆく翻訳> いってしまえば、翻訳とはせいぜい(ほぼ=)だと思う。訳者が原文を読んで捉えたものを、訳者の知識、情報、感性を駆使して作り上げた代替物。そして訳者がその時代、その環境にいるからには、訳文はその時代や環境を反映する。 端的な例をあげると、『不思議の国のアリス』の明治時代の翻訳だ。最初の完訳に近いものが明治43年(1910年)の丸山英観の『愛ちゃんの夢物語』。タイトルからもわかるように、「アリス」は「愛ちゃん」になっている。翌年に出版された丹羽五郎編の『長篇お伽噺 子供の夢』では「綾子さん」になっている。さらに、綾子さんが菌(きのこ)を食べて首が伸びるところは、こんなふうに訳されている。・・・是(これ)は叉何と云う不思議な事なのやら、今度は綾子さんの肩が何処かへ無くなつてしまって居るではありませんか。併し肩が無くなつたと思つたのは全く綾子さんの考へ違ひで、其の実綾子さんは左の菌の利目でもつて、轆轤首になったのでありました。 ほかにも、明治30年代に出た土居春曙と黒田湖山の共訳による『〇』のモーグリの挿絵が金太郎体型だったりするのをみると、あ、そうか、当時の人にとって山野を駆けめぐり、猛獣と同等に渡り合う少年は、金太郎だったのかと、思わず膝を打ったりする。 このように、翻訳は時代の影響をもろに受ける。もちろん、自国の小説も同じなのだが、そこがオリジナルでない翻訳の悲しさで、すぐに古びていくところが違う。名作、古典として後世に残る作品は、その時代の人がその時代に書いたもので、のちの人々が読んでも違和感がない。それに対し、昔の翻訳は違和感だらけだ。さきに上げた『アリス』や『狼少年/ジャングルブック』の例も違和感があまりにも大きくて、かえって新鮮に思えるくらいだ。 もうひとつ、翻訳を古びさせるものがある。それはその時代時代の翻訳観だ。つまり翻訳はどうあるべきかという考え方が時代によって変わる、これがまた面倒だ。明治時代の翻訳家は、日本人に理解しがたい、伝えづらい、(訳者によくわからない)部分は削除するか、大胆に翻訳したりしていたが、ある程度、外国の文化が日本でも知られるようになると、そういう逸脱はなるべく避けられるようになる。しかし、戦後何十年かたつまで、翻訳はかなり自由だった。たとえば、石井桃子訳、エリナ・ファージョンの『ムギと王さま』の冒頭。村に、ひとりのばかがおりました。ところが、それが、どうして、ふつうどこにでもいて、使い走りなどしている「村のあほう」とはちがいました。 かなり説明的な訳で、少なくとも「使い走りなどしている」は原文にはない。石井桃子は戦後の児童文学の翻訳家としてとてもいい仕事を残しているが、いま読むとどうしても冗長に思えてしまう。思い入れたっぷりに訳している感じがするのだ。 新薬をテーマに講演した際、資料として河野万里子さんにフランス語の『星の王子さま』の新旧訳文の比較サンプル、関口英子さんにイタリア語の『マルコヴァルドさんの四季』の新旧訳文の比較サンプルを作っていただいた。 どちらも新訳のほうがはるかに短い。また、サマセット・モームの『月と六ペンス』も、中野好夫訳が433ぺージなのに対し、金原瑞人訳は369ページ。どちらも新潮文庫で字詰めも同じだ。昔、中野好夫がエッセイに、「こいつは一本やられたねえ」という一文を、原文にはないのに、どうしても入れたくていれてしまったと書いてあったのを覚えている(〇) これに対し最近の翻訳家は原作を尊重して、原文にないものは入れない、原文にあるものは省かないという立場の人がほとんどだ。さらに原文の雰囲気や、登場人物のキャラや、文体のリズムまで忠実に再現しようとする。涙ぐましい努力だ。ある意味、訳者は黒子であるべきだという理念に基づいて翻訳している人もいる。 なら、金原はどうなんだとたずねられると、ちょっとつらい。そこまでストイックに訳してはいないような気がする・・・というか、物によってはかなり自分の色を濃く出していたりして、たまに反省することもある。とはいえ、原文至上主義であることは間違いない。『翻訳はめぐる』1:鳥山明伝説
2024.12.31
コメント(0)

図書館で『翻訳はめぐる』という本を、手にしたのです。目次を見れば・・・翻訳に関連する表記、本などあらゆることが語られているので興味深いのです。(「BOOK」データベースでは華麗なる脱線と表現しています)【翻訳はめぐる】 金原瑞人著、 春陽堂書店、2022年刊<「BOOK」データベース>より翻訳家兼大学教員40年翻訳書600冊。翻訳にはじまり、英語、日本語、表記、古辞書、サリンジャーまでー華麗なる脱線。金原先生の公開講座。<読む前の大使寸評>目次を見れば・・・翻訳に関連する表記、本などあらゆることが語られているので興味深いのです。rakuten翻訳はめぐるまず「Ⅲ 縦書きか横書きかって、そんなに重要?」で鳥山明伝説を、見てみましょう。p109~112<④ 鳥山明伝説> 日本のマンガ(縦書き)を、欧米で出版する場合(横書き)、ページをそのまま左右反転させるのが一般的だったはずなのに、なぜか、『ドラゴンボール』は反転させていない。なぜだろう、というところで前回は終わった。 今回はその続き。 英語版『DRAGON BALL 18』の裏表紙をみると、‘This book reads from right to left’と書かれている。「この本は右から左に読んでいくんだよ」ということだ。また矢沢あいの『NANA ナナ』(集英社)の英語版も左右反転させていない。そして裏表紙には同じように‘This book reads from right to left’と書かれている。 このふたつの例からわかるように、あるときから、日本のマンガを欧米で出版する場合、左右反転させなくなったのだ。そのかわり、裏表紙に但し書きがついている。 こんな但し書きのあるコミックはおそらく日本か台湾のものだけだろう。たとえば、欧米でも注目されだした韓国のコミックの場合、韓国版の文字はハングルだから横書きだ。これは反転させる必要なんかまったくない。考えてみれば、中国だって簡体字になってからはほとんど横書きなわけで、中国のコミックもそのままでOK。 問題は縦書きの国だ・・・といっても、もう日本と台湾くらいしか残っていない。 それにしても、いつから日本のコミックを欧米で出版するとき、左右反転しなくなったのか。これについては、こんな逸話がある。『ドラゴンボール』がドイツで翻訳出版されることになったとき、作者の鳥山明が猛反対した。 絶対に反転させるな! 反転してほしくない理由はいくつかある。たとえば、これまでに何度かあげてきた、右利きが左利きになってしまうというのも大きい。ピストルを右手に持つか左手に持つか、腕時計を右手にするか左手にするか、サッカーのときのシュートの利き足はどちらか、わたしの彼は左利きなのか右利きなのか・・・このあたり、どうでもよさそうでありながら、けっこう大きい。 やっぱり、結婚指輪は左の薬指だろうし。「あの旦那、これでみを滅ぼしちゃったんだって。ばかだねえ」というときは、やっぱり、左手の小指だろう。それから前にも書いたが、日本のマンガにしょっちゅう出てくる漢字を左右反転させると、これも変だ。 しかし、もうひとつ大きな問題がある。それは、左右反転させると、微妙に絵のバランスが崩れるのだ。素人目にはさほど変わらないようにみえるが、描いた本人がみればすぐにわかる。あまり気持ちのいいものではないらしい。 ここで再び、鳥山明に話をもどそう。彼はとにかく、左右反転させた形でドイツ語版を出すことを拒否した。 そして、日本語版と同じ右綴じでドイツで出版して、ベストセラーになった。 このとき、みんなが、なんだ、これでもいいんじゃん、と痛感したんだと思う。それ以後、日本のコミックが欧米で出版されるときh、左右反転させなくなったらしい。 日本語のコミックの吹き出しは縦書きで、欧米は横書き、だから、読みやすいように、かつては左右を反転させていた(絵は字に従う)のが、コミックって、やっぱり絵が大切でしょう、都有発送から、反転させないで欧米で出版して見たら、十分に、いや、もしかしたらそれ以上に売れた。そして以後、それが踏襲されているというわけだ。この場合、絵が反乱を起こして字に打ち勝ち、字を従えたといってもいいケースだ。 たとえば、集英社のマンガ雑誌『少年ジャンプ』の英語版SHONEN JUMPも右綴じだ。ただ、アメリカ版のSHONEN JUMPは、表紙も裏表紙も同じ絵なので(日本では考えられない)、どっちから読めばいいのかわからない。そのため表紙には、‘Read Right to Left’、裏表紙には‘Open on Other Side’(反対側から開いてください)と書いてある。 ここで思い出すのは、前に書いたように、欧米の絵本を日本語に訳すとき、かつては縦書きで訳していたのを、戦後、絵をそのままに使って、横書きにするようになったことだ。字より絵を大切にしたといってもいい。 人間ってすごい・・・というか、ずいぶんいい加減だなと思う。横書きを縦書きにするのも平気だし、縦書きを横書きにするのも平気だし、右綴じの本を左綴じにしたり、左綴じの本を右綴じにしたりするのも平気なのだ。 言い換えれば人間の頭は自由なのだと思う。そしてこんな大胆で節操のないことを許す文字ってなんていい加減で、かつ便利なんだろう。鳥山さんの「ドラゴンボール」は世界では日本マンガのレジェンドになっているようですね♪「アジアで広がる鳥山明さんへの哀悼」というネット記事もあるでよ~♪
2024.12.30
コメント(0)

日中韓の思考パターンにふれた『東アジア「反日」トライアングル』という本が興味深いので・・・復刻して読み直してみようと思ったのです。*********************************************************図書館で『東アジア「反日」トライアングル』という本を手にしたのです。朴大統領が辞意を表明し、日中韓サミットも遠のく感があるのだが・・・この際、滞韓歴6年の古田さんの目を通して、中韓を眺めてみたいわけです。【東アジア「反日」トライアングル】古田博司著、文藝春秋、2005年刊<「BOOK」データベース>より中華思想の本家・中国。小中華の韓国。遊撃隊国家の北朝鮮。彼らの「国是」である反日の起源をたどり、各国の主張を実証的に説得力をもって論破。東アジアに共生共存の可能性をさぐる。<読む前の大使寸評>朴大統領が辞意を表明し、日中韓サミットも遠のく感があるのだが・・・この際、滞韓歴6年の古田さんの目を通して、中韓を眺めてみたいわけです。rakuten東アジア「反日」トライアングル付論「シャーマン化する在日文化人」から、柳美里氏の小説を見てみましょう。p152~156 <恨の本義> 柳美里氏がこの小説『8月の果て』で一貫して言いたかったことは、そのような矮小な表現上の錯誤とは無関係である。『東京新聞』夕刊(2004年9月2日付)のインタビューに答えているように、マラソンランナーで大成したかった祖父が、思いを果たせず、異境日本で一日一日とその無念さを募らせていった、その「恨」を解きたかったというのである。 「恨」とは、日本語の「恨み」ではなく、東海大学の小倉紀蔵氏の言うように「自分がいるべき場所、自分があこがれる姿に、今自分がいないことに対する無念の気持ち」のことであり、この気持ちを持つことを「プムタ(抱く)」といい、それを解消することを「プルダ(解く)」という。朝鮮民族の意識構造に関わる含蓄の深い言葉である。 氏は、さらに祖父の「ハンプリ(恨解き)」に止まらず、それを朝鮮の歴史に反映させる。オフィシャルサイトのブログでも「この作品は、言葉を発することができず(拷問され、陵辱され、生き埋めにされて)殺された、その存在さえも認められていない死者たちの声に耳を澄まし、その声を(聴こえるままに)書き留めた作品なので、死者たちの名に賭けて、このまま流産させるわけにはいかないのです」(2004年3月17日)と述べ、朝鮮民族のハンプリをするシャーマンの役割を敢然と身に引き受けて、屹立するかに見えるのである。 <在日一世の神話化> そこで登場するのが、マラソンランナーで共産主義者であった、故郷蜜陽の大叔父・李雨根という美丈夫であり、彼を恋い慕った乙女の金英姫である。李雨根は終戦後の韓国の反共社会のなかで韓国人刑事に撃たれ生き埋めにされ、金英姫は植民地時代末期に女衒に騙されて武漢に慰安婦として送られる。この二人のハンプリが、小説後半の大きなテーマとなっている。 もちろん柳美里氏は、歴史的な考証をしっかりとしており、慰安婦に日本軍が関わっていたという史料が、いかようにも発見できないという事実をよく知っている。あるレフトファッショのプロパガンディストは、ユダヤ人大虐殺を指示したという、ヒトラーの命令書が発見できないということを例に挙げ、史料がなかったといっても事実がなかったとは言えないと強弁するが、それは状況証拠からいくらでも実証可能な事実であり、状況証拠からも軍の関与が証明できない慰安婦とは問題自体の性質を異にするのである。 柳美里氏は小説のなかで、注意深く慰安婦に関する日本軍の関与を避けて記述しており、その筆致は、あくまでも公正である。 もし柳美里氏の筆が政治的な動機に踊らされていたとするならば、被「強制連行」者と、「従軍」慰安婦との死後結婚を最後に叙述するという誘惑に駆られたかもしれない。しかし、すでに朝鮮研究では、首都大学東京の鄭大均氏が、典型的な在日一世が1930年代の始めに日本に出稼ぎにやってきた人々であり、戦時中の動員労働者の多くは戦後、故国に帰還していることを検証している。 「強制連行」幻想や慰安婦等の実態をふまえて、柳美里氏が慎重に錯誤や策意に加担せず、「従軍慰安婦」について、『朝日新聞』の意向に沿わないものを書いたら即打ち切りという旨が盛り込まれた、へのサインを敢然と拒否したことは、前述の『新潮』誌のインタビューで氏自身が確信しているところである。 そして最終部分で、李雨根と金英姫の死後結婚を記述する。死後結婚とは、未婚のまま恨を抱いて死んだ男女に、シャーマンの導きで結婚式を挙げさせる儀式のことで、氏は『サンデー毎日』(004年9月12日号)のインタビューに答えて、死者の魂を呼び起こす儀式に韓国で実際に参加し、「巫女が歌謡曲のようなものを歌ったり、笑いを誘うような掛け合いがあったりする。陰気になりきれないのは韓民族の特性かもしれませんね」と語っている。 しかし、参加したであろうこの儀式の素描には疑問がある。というのは、死後結婚には、死者の本貫(出身地名を冠して氏族名)と四柱(生年月日、時間)が絶対に必用なのであり、これがなければいかなるシャーマンも死者の魂を呼び出すことができない。奇妙なことに、柳美里氏の死後結婚に関する叙述には、これが全く記されていないのである。 とはいえ、本書はあくまで小説という虚構の分野であるから、朝鮮研究から見て細かい事実をいちいち指摘すること自体無粋なのかもしれない。しかし、本人が語っているように、朝鮮語を話すことができず、朝鮮研究の現今における研究レベルにも詳しくない、いわば「素人」として、よくこの大作を書き上げたものと驚嘆を禁じ得ないのである。『東アジア「反日」トライアングル』1:中華思想『東アジア「反日」トライアングル』2:日韓の歴史認識『東アジア「反日」トライアングル』3:柳美里氏の小説*********************************************************2016.12.05XML『東アジア「反日」トライアングル』3https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201612050001/
2024.12.30
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・絲山秋子『神と黒蟹県』(3/02予約、副本3、予約63)現在13位・内田樹『勇気論』(7/07予約、副本?、予約?)現在3位・消費者金融ずるずる日記(8/27予約、副本6、予約112)現在66位・パッキパキ北京(8/29予約、副本9、予約111)現在47位・転がる珠玉のように(9/05予約、副本7、予約87)現在43位・原爆裁判(9/11予約、副本?、予約133)現在83位・沈む日本4つの大罪(10/10予約、副本?、予約?)現在7位・官僚国家 日本の闇(10/28予約、副本2、予約47)現在38位・森永卓郎『身辺整理』(11/20予約、副本4、予約76)現在68位・金原ひとみ「ナチュラルボーンチキン」(12/03予約、副本?、予約?)現在144位・おかしゅうて、やがてかなしき (12/12予約、副本?、予約?)現在2位・猫社会学、はじめます(12/17予約、副本?、予約?)現在19位・宙かける教室(12/28予約、副本1、予約388)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』・沢木耕太郎『深夜特急』<予約候補>・中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・井上ひさし『本の運命』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・「中国」はいかにして統一されたか・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」・畑正憲『どんべえ物語』:図書館未収蔵・ヤマザキマリ『水木しげる厳選集 異』:図書館未収蔵・書いてはいけない日本経済墜落の真相:図書館未収蔵・金水敏『よくわかる日本語学』・闇の中国語入門・奪還 日本人難民6万人を救った男:・花まんま・森永卓郎『官僚生態図鑑』:図書館未収蔵・水族館飼育員のキッカイな日常・麻田雅文『日ソ戦争』<予約分受取:9/01以降> ・パンとサーカス(8/28予約、9/01受取)・川上未映子『黄色い家』(7/24予約、9/12受取)・高野秀行『イラク水滸伝』(1/06予約、9/22受取)・池澤夏樹『ノイエ・ハイマート』(6/29予約、10/13受取)・三浦しおん『しんがりで寝ています』(4/12予約、10/27受取)・有田芳正『誰も書かなかった統一教会』(7/27予約、11/14受取)・ぜんぶ、すてれば(11/07予約、11/14受取)・カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」(4/27予約、11/21受取)・小倉ヒラク『アジア発酵紀行』 (5/14予約、12/12受取)・前田和男『昭和街場のはやり歌』 (5/10予約、12/19受取)**********************************************************************【神と黒蟹県】絲山秋子著、 文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より「黒蟹とはまた、微妙ですね」。日本のどこにでもあるような「地味県」の黒蟹県。そこで暮らす、そこを訪れる、名もなき人々や半知半能の神がすれ違いながら織りなす、かけがえなく、いとおしい日々。まだ名付けられていない人間関係を描き続けてきた著者真骨頂の連作小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/02予約、副本3、予約63)>rakuten神と黒蟹県【勇気論】内田樹著、光文社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりモヤモヤを抱えた編集者との“カウンセリング”往復書簡。ジョブズ、フロイト、孔子、伊丹万作、河竹黙阿弥、大瀧詠一、パルメニデス、富永仲基…話頭は転々として奇を極めー。いまの日本人に一番足りないものは何だろうか?読めば心が軽くなるーウチダが綴る9通のメッセージ。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/07予約、副本?、予約?)>rakuten勇気論【消費者金融ずるずる日記】 加原井末路著、三五館シンシャ、2024年刊<「BOOK」データベース>より1990年代の半ば、30歳のときに足を踏み入れ、50歳で退職するまでの20年を私はこの業界ですごし、お金にまつわる悲喜こもごもを目撃した。私が在籍した期間は、消費者金融業界が栄華を極めてから、2010年の法改正施行を経て、没落していく年月でもあった。-本書にあるのはすべて私の実体験である。「お客を追い込む仕事」。サラ金社員が経験した、貸し手と借り手のお金の修羅場。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten消費者金融ずるずる日記【パッキパキ北京】綿矢りさ著、集英社、2023年刊<「BOOK」データベース>よりコロナ禍の北京で単身赴任中の夫から、一緒に暮らそうと乞われた菖蒲。愛犬ペイペイを携えしぶしぶ中国に渡るが、「人生エンジョイ勢」を極める菖蒲、タダじゃ絶対に転ばない。過酷な隔離期間も難なくクリアし、現地の高級料理から超絶ローカルフードまで食べまくり、極寒のなか新春お祭り騒ぎ「春節」を堪能する。街のカオスすぎる交通事情の把握や、北京っ子たちの生態調査も欠かさない。これぞ、貪欲駐妻ライフ!北京を誰よりもフラットに「視察」する菖蒲がたどり着く境地とは…?<読む前の大使寸評>追って記入rakutenパッキパキ北京【転がる珠玉のように】ブレイディみかこ著 、中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりLike A Rolling Gem。大人の山あり谷ありライフを越えていけ!結婚するゲイの友人、職人魂を燃やす父、イギリスで、日本で、社会の底を支える労働者たちの人生劇場。泥くさい毎日を“宝石”に変える著者3年ぶりの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約(9/05予約、副本7、予約87)>rakuten転がる珠玉のように【原爆裁判】山我浩著、毎日ワンズ、2024年刊<商品説明>より日本初の女性判事・三淵嘉子が昭和三十年代に裁判官を務めた「原爆裁判」に焦点を当てた書き下ろし。原爆を巡るアメリカの闇を追及すると共に三淵嘉子の半生を紹介、さらに、世に名高い「原爆裁判の判決文」も付載した一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/11予約、副本?、予約133)>rakuten原爆裁判【沈む日本4つの大罪】 植草一秀×白井聡著、ビジネス社、2024年刊<「BOOK」データベース>より捏造と欺瞞、狡猾と策略で、夢も希望も失った日本人に告ぐ!奴隷国家に堕した日本の国難に打ち勝つ再生への処方箋。経済学の論客と気鋭の政治思想家が日本のタブーに斬り込む!LGBTQ、SDGs、コロナワクチン、政権と大企業の罠、メディア腐敗etc。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約 (10/10予約、副本?、予約?)>rakuten沈む日本4つの大罪【官僚国家 日本の闇】泉房穂著、 集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より2002年10月、右翼団体代表を名乗る男に襲撃され命を落とした政治家・石井紘基。当時、石井は犯罪被害者救済活動、特殊法人関連の問題追及等で注目を浴びていた。その弱者救済と不正追及の姿勢は、最初の秘書・泉房穂に大きな影響を与えた。石井は日本の実体を特権層が利権を寡占する「官僚国家」と看破。その構造は、今も巧妙に姿を変え国民の暮らしを蝕んでいる。本書第1部は石井の問題提起の意義を泉が説き、第2部は石井の長女ターニャ、同志だった弁護士の紀藤正樹、石井を「卓越した財政学者」と評する経済学者の安冨歩と泉の対談を収録。石井が危惧した通り国が傾きつつある現在、あらためてその政治哲学に光を当てる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/28予約、副本2、予約47)>rakuten官僚国家 日本の闇【身辺整理】森永卓郎著、興陽館、2024年刊<「BOOK」データベース>よりいきなり、ステージ4のがん告知を受けた、森永卓郎の「遺言」。迷惑をかけずに、跡形もなく消え去りたい。渾身の「死に支度」ドキュメント。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/20予約、副本4、予約76)>rakuten身辺整理【ナチュラルボーンチキン】金原ひとみ著、河出書房新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりルーティンを愛する45歳事務職×ホスクラ通いの20代パリピ編集者。同じ職場の女から導かれて出会ったのは忘れかけていた本当の私ー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/03予約、副本?、予約?)>rakutenナチュラルボーンチキン【おかしゅうて、やがてかなしき 】 前田啓介著、集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より岡本喜八は1924(大正13)年生まれ。『独立愚連隊』『日本のいちばん長い日』『江分利満氏の優雅な生活』など、戦中派の心情をそこかしこに込めた映画を撮り続けた職人肌の監督として知られる。陸軍予備士官学校で終戦を迎え、戦後映画界に復帰すると、戦争、時代劇、SF、青春群像など、バリエーション豊かで喜劇性にあふれた作品をつくった。喜八が生涯を通じてこだわり抜いた戦中派とは何なのか。新たに発掘された若き日の日記をひも解きつつ、映画監督・岡本喜八の実像と戦中派の心情に迫るノンフィクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/12予約、副本?、予約?)>rakutenおかしゅうて、やがてかなしき 【猫社会学、はじめます】 赤川学(著・編)、筑摩書房、2024年刊<「BOOK」データベース>より猫が教えてくれた、「ただ、いるだけ」の価値。約9500年にわたる猫と人類の歴史のなかで、もっとも関係が深まったのが現代。その諸相に光を当て、“猫と人間の幸福な未来”を構想。猫を愛する社会学者たちによる“猫社会学”の誕生!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/17予約、副本?、予約19)>rakuten猫社会学、はじめます【宙わたる教室】 伊与原新著、文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より東京・新宿にある都立高校の定時制に集った、さまざまな事情を抱えた生徒たち。彼らは「科学部」を結成し、「火星のクレーター」を再現する実験を始めた。煌々と明かりが灯った夜の教室で、小さな奇跡が起きるー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/28予約、副本1、予約388)>rakuten宙わたる教室【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・デジタル朝日「好書好日」でめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2024.12.29
コメント(0)

図書館で『「お笑い」日本語革命』という本を、手にしたのです。松本さんは『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」のプロデューサーだったのでチョイスしたのです。【「お笑い」日本語革命】松本修著、 新潮社、2010年刊<「BOOK」データベース>より新国民語「マジ」の発信者は誰?「キレる」を広めた張本人は?新語発生の瞬間を本邦初公開。名著『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」プロデューサー。「TV界の柳田國男」が放つ驚愕の日本語論。<読む前の大使寸評>松本さんは『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」のプロデューサーだったのでチョイスしたのです。rakuten「お笑い」日本語革命「マジ」という言葉を我ら団塊世代も使うようになってきたが・・・第一話『「マジ」の拡散とルーツ』の冒頭を、見てみましょう。p25~28<第一章 「マジ」の世間への流出>■「マジ」と芸人 人から意外な情報を聞かされて、「えーっ! マジで?」 とは、よく耳にする表現である。この「マジで」は、「本当に」という意味である。「冗談で言ったのに、あいつはすぐマジになってしまう・・・」 とぼやく、この「マジになってしまう」は「本気になってしまう」。 深刻めいて話しかけて、「きょうはちょっとマジな話になってしまいますが」 この「マジな話」は「真面目な話」のこと。たぶん本来の意味だろう。つまり「真面目」が短縮されて、「マジ」になったものかと思われる。・・・このように「マジ」は、本当、本気、真面目といった意味で広く世間でもちいられている。普通の話しことばとして、しっかり日本人の会話の中に溶け込んでいる。 しかし、この「マジ」は、もともとは「素人さん」の使う言葉ではなかった。 1972年、私が大学を卒業して朝日放送に入社し、アシスタントディレクターとして、大阪のなんば花月や角座などの演芸場の楽屋に出入りしていた時代には、「マジ」は寄席の「芸人さん」たちの間だけにでしか流通していない、特殊な言葉だった。観客や一般人の前では決して使わない「楽屋ことば」、すなわち「隠語」のひとつだったのである。 それが、いったいいつ頃、どんな風にして、世間に広まったのだろう。 かつて大阪の楽屋社会では、いろいろな特殊語が使われていた。たとえば、「タロ」といえばお金のこと、「ザイマン」といえば漫才のこと、「ゲーマン」といえば5万円のこと。これらは、一般人に話の内容を知られないようにするために重宝される隠語だったが、現在はいずれも廃れてしまっている。「マジ」は、それらの隠語とはまたニュアンスが違って、芸人さん同士の特別な仲間意識に基づいた、身内だけのちょっと小粋めかした表現であったかと思う。「シャレかマジか、どっちなんや?」 と言えば、「冗談か本気か、どっちなのか?」 という意味である。「マジ(本気)」は「シャレ(冗談)」の反意語としても使われていた。 この「マジ」は、「タロ」「ザイマン」「ゲーマン」などの隠語とは逆に、廃れるどころか、いつの間にか世間に流出し、今では誰もが知っている日本の話しことばのひとつとなったのである。 世間の人が使うのをよく耳にしながら、しかし私はこの「マジ」という言葉をなかなか容易に使えないできた。この言葉は芸人さんの言葉だ、という原体験としての記憶が、厳として残っていたからである。 私のような、テレビ局に勤める一サラリーマンのごときが、芸人さん独自のステイサスを支えるような言葉を使うなどとは、まことにおこがましいこと、と考えていた。1970年代前半、私がADであったり、新米のディレクターであったころ、芸人さんに向かって「マジですか?」などとは、とてもとても言えなかった。 それはちょうどお寿司屋へ行って、「お茶をください」と言う代わりに、「あがりください」と言ったり、「シャリ(ご飯)は少なめに」「むらさき(醤油)をもう少し」「おあいそ(お勘定)お願いします」などと、職人言葉を使うこととよく似ている。「マジ」などと楽屋ことばを気安く使ったら、芸人気取りの生意気な若造めと、誰からも見下げられるのおではないか。そんな怖さが心の中に刷り込まれたように残っていたから、今でも自分が「マジ」を使うことを躊躇してしまうのである。『「お笑い」日本語革命』1:まえがき
2024.12.29
コメント(0)

図書館で『「お笑い」日本語革命』という本を、手にしたのです。松本さんは『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」のプロデューサーだったのでチョイスしたのです。【「お笑い」日本語革命】松本修著、 新潮社、2010年刊<「BOOK」データベース>より新国民語「マジ」の発信者は誰?「キレる」を広めた張本人は?新語発生の瞬間を本邦初公開。名著『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」プロデューサー。「TV界の柳田國男」が放つ驚愕の日本語論。<読む前の大使寸評>松本さんは『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」のプロデューサーだったのでチョイスしたのです。rakuten「お笑い」日本語革命まず「まえがき」を見てみましょう。p1~3<まえがき> ここ2、30年、現代の日本の話しことばを変革してきた大きな原動力のひとつは、お笑い番組であり、お笑いの芸人だったのではないか。ずっとそう感じ続けてきた。 お笑いの世界の人々がリードして、現代の日本語を変えてきたのではないか。 バラエティ番組を含むお笑い番組は古くから、一発ギャグや流行語の類いを数多く発信して人々を楽しませてきた。しかし、それらは一過性のものとしていっときだけもて囃され、やがて時とともに忘れ去られることが多かった。お笑いの世界の力はずっとその程度のものだと考えられてきたのである。 ところが、近年のお笑い番組が発信してきたのは、やがてはかなく消え行く運命の言葉だけではなかった。いっとき世間にもて囃されただけではなく、やがてこの日本社会に定着し、日本語を変えていった言葉も少なくなかったのである。私たちは今まで、そうした事実に対してあまりにも無関心でいた。それは日本語とコミュニケーションのあり方を根底から変えたという意味で、「革命」と呼んでもいい事態なのではないか。「日本語に革命をもたらす」とは、巣に古い表現を捨て去り、新たな表現に変えるということにとどまらない。それまでの日本語になかった新しい表現のしかたを加えるということでもある。それまでなら表現しようのなかった感情やものの状態を新たに表現する。また今までにはなかった話法を広める。日本語に革命をもたらすとは、そのように日本語を変革して、さらに豊かな言語にするということなのである。 ビートたけし、明石家さんま、とんねるず、ダウンタウンなどなど・・・。その時代時代のトップを走り続けてきた笑いのスターたち。彼らがスターたり得た理由は、ひとえに自由なトークで笑いをつむぎだすという言語能力にひいでていたからである。彼らは研ぎ澄まされた感性でさまざまな新鮮な言葉を操って、魅力的な、笑いのコミュニケーションのシーンをつむぎ出してきた。そんな彼らによる言語の影響力は、とても大きかった。 こうした笑いの才能たちが駆使した新しい語彙(業界用語や関西方言も含まれる)や言い回しが、電波というメディアに乗せられて、まずは若者たちの心に届けられた。やがて若者たちの成長とともに、それは日本人の話しことばの世界に組み込まれていったのである。 30数年間、朝日放送に勤め、テレビのバラエティ番組を作り続けてきた私は、人気の芸人さんたちや、自分たちが作っているテレビやラジオ番組が、時代の、そして日本語の革命をなしとげていくさまを如実に実感し続けてきた。 私は本書において、自らがテレビバラエティのディレクター、プロデューサーとして生きてきた経験を背景に、お笑い芸人さんたちが、あるいはテレビやラジオの番組が、日本の話しことばを変革していった歴史の一端を、具体的にいくつかの用語や言い回しに注目して、明らかにしてゆきたいと思う。 取り扱う言葉の数はそれほど多くはないが、一事を深く知れば、やがて万事に向けた視点が生まれることになるだろう。 いくつかの語彙について、それが生きてきた運命を丹念にたどることにしよう。 世に流行し、定着したそうした言葉は、いったいどのような出自を持つものなのか? また、何ゆえに番組や芸人さんは、それらを電波で振りまいたのか? 探索をいくつか重ねることで、闇に隠れていた歴史的真実が、おのずと浮かび上がってくることだろう。 私が関西を基盤に生活し、番組を発信してきたために、本書の記述は、おのずから関西からの視点によって書き進められることになる。はるか遠い東京の街で、受容され、消化され、運用され、定着していった、さまざまな言葉たち。ここ数十年のそれらの運命のありようを明らかにすることは、同時に東京の市民文化、その本質や世界観を探ることにつながるかもしれない。 今から「お笑い」日本語革命の真相を探ってゆこう。探索の向こうには、きっと思いがけない、興味深い世界が待っているはずだ。
2024.12.28
コメント(0)

図書館で『大人の読解力を鍛える』という新書を、手にしたのです。齋藤さんは新書をたくさん出す人で、あまり好みではないのだが、この本の狙いが興味深いので、チョイスしたのです。【大人の読解力を鍛える】齋藤孝著、 幻冬舎、2019年刊<「BOOK」データベース>より人間関係におけるトラブルの多くは、相手が「何を伝えたいか」「何を言いたいか」を正しく理解できていないことに端を発している。情報が複雑に飛び交う現代だからこそ、言葉を、言葉の集合体としての情報を、正確に読み解く力が不可欠なのである。具体的なテキストを挙げながら、行間を読む、感情を読む、場の空気を読む、想像力を働かせて相手の心情を察するといったコミュニケーション全般のスキル向上を目指す。社会人必読の一冊。<読む前の大使寸評>齋藤さんは新書をたくさん出す人で、あまり好みではないのだが、この本の狙いが興味深いので、チョイスしたのです。rakuten大人の読解力を鍛えるまず第一章「大人に必要な読解力」の冒頭から、見てみましょう。p13~17<1 真意を理解する>■芯でとらえる力 言葉の中心を見極めて確実にミートする 大人の読解力の基本は「相手の伝えたいことの中心=真意を捉える」ことにあります。野球にたとえるなら、ボールをバットの「真芯」で捉えて打ち返すバッティング技術のようなものと言ってもいいでしょう。芯で捉えられる人は、どんな変化球が来ても、ピッチャーが手を滑らせて大きく外れたボールでも、巧みに対応できます。真芯がどこにあるのかをわかっているから、捉えることができるのです。 文章や言葉の読解も同じことです。 真意を的確に読み取れる読解力のある人は、どんな小説を読んでもどんな映画を観ても、作者や監督の意図をあまり外さずに把握できますが、読解力のない人は、何を読んでも何を観てもことごとく外します。そうした読解力の欠如によって、ときに社会人としての資質を疑われる恐れもあるのです。 多種多彩な球種を投げるピッチャーが増えた現代野球では、何よりボールを芯で捉える確実なミート力が重要視されます。同様に、さまざまな情報が複雑に行き交っている現代社会では、相手の言葉の真意を捉えて誤解や取り違えをしない「言葉のミート力=大人の読解力」が不可欠になります。 読解力というのは現代を生き抜くのに必要な共通の能力なのです。■文脈でとらえる力 単体ではなく前後の関係性から真意を把握する「言葉」はそれひとつだけで成り立っているものではありません。 言葉は、他の言葉とつながって、連なって、文になることで意味を持ちます。さらに、他のどんな言葉と、どのようにつながるかによって、同じ言葉でもその意味合いやニュアンスは変わってきます。 さらに言葉がつながった文は、他の文とつながり合いながら展開し、文章というひとつの「意味の織物」のようになります。 こうした言葉や文のつながりや関係性をしっかりと見極め、そのなかで意味を的確に把握する力を、「文脈を読む力=文脈力」といいます。 文章を書くときには、これまでに書いてきたことをふまえ(前)、論理的に先の展開へとつながるように(後)、という「前後関係」を考えながら書くことが大事になります。筋道が立っていない、唐突で論理的なつながりがない、前と後で意味が矛盾している・・・こうした脈絡のない文章では、意味が正しく伝わりません。 文章を読むときにも、これまでに書かれてきたことをふまえ、この先、どのようにつながって続いていくのか、という展開を推測しながら読む。前後関係を無視して一語一文を単体のまま読んでいても、書き手の真意を正しく汲み取れません。 例えば、「彼の意見は適当だったと思う」 この一文における「適当」という言葉はどんな意味に捉えればいいでしょうか。 そもそも「適当」という言葉には「ふさわしい」「ぴったりの」「ちょうどよくあてはまる」なその他に、「いい加減」「雑」といった意味もあります。むしろ最近では後者の意味合いで使われることのほうが多いかもしれません。ただ、例に挙げたこの一文だけでは、この「適当」がどちらの意味で使われているのか判断がつきません。 もしこの例文の前にもう一行、「彼はスマホのゲームに夢中で、こちらを見向きもせずに面倒くさそうに言った」 こちらがあればどうでしょう。ここでの「適当」は、どうやら「いい加減」という意味だろうと推測できます。
2024.12.28
コメント(0)

今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「日本語」でしょうか♪<市立図書館>・「お笑い」日本語革命・大人の読解力を鍛える・翻訳はめぐる<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【「お笑い」日本語革命】松本修著、 新潮社、2010年刊<「BOOK」データベース>より新国民語「マジ」の発信者は誰?「キレる」を広めた張本人は?新語発生の瞬間を本邦初公開。名著『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」プロデューサー。「TV界の柳田國男」が放つ驚愕の日本語論。<読む前の大使寸評>松本さんは『全国アホ・バカ分布考』の著者にして、「探偵!ナイトスクープ」のプロデューサーだったのでチョイスしたのです。rakuten「お笑い」日本語革命【大人の読解力を鍛える】齋藤孝著、 幻冬舎、2019年刊<「BOOK」データベース>より人間関係におけるトラブルの多くは、相手が「何を伝えたいか」「何を言いたいか」を正しく理解できていないことに端を発している。情報が複雑に飛び交う現代だからこそ、言葉を、言葉の集合体としての情報を、正確に読み解く力が不可欠なのである。具体的なテキストを挙げながら、行間を読む、感情を読む、場の空気を読む、想像力を働かせて相手の心情を察するといったコミュニケーション全般のスキル向上を目指す。社会人必読の一冊。<読む前の大使寸評>齋藤さんは新書をたくさん出す人で、あまり好みではないのだが、この本の狙いが興味深いので、チョイスしたのです。rakuten大人の読解力を鍛える【翻訳はめぐる】 金原瑞人著、 春陽堂書店、2022年刊<「BOOK」データベース>より翻訳家兼大学教員40年翻訳書600冊。翻訳にはじまり、英語、日本語、表記、古辞書、サリンジャーまでー華麗なる脱線。金原先生の公開講座。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten翻訳はめぐる「日本語大博物館」と言う本も面白いので、参照ください。【日本語大博物館】紀田順一郎著、ジャストシステム、1994年刊<「BOOK」データベース>より活字からワープロまで。漢字廃止運動からデータベース開発まで。この100年、日本語〈近代化〉に注がれた全情熱の軌跡を追う。埋もれた資料を発掘、豊富なカラー図版で迫る、初の〈日本語大博物館〉。<大使寸評>カラー写真の多い本であり、タイトルに表れた“大博物館”という表現も当たらずとも遠からずでしょう。言語王国の司祭を目指す動きがあったようで・・・新言語創出の魅力(魔力)とでも言うんでしょうか♪<図書館予約:(2/28予約、3/04受取)>Amazon日本語大博物館2016.03.06XML「日本語大博物館」https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201603060001/
2024.12.27
コメント(0)

このところサイバー攻撃は頻発するし、ネットにはフェイク画像が溢れているし、兵庫県知事選の疑惑は深まるし、何が正しいのか?という事例が増えてきた昨今であり・・・『“正しい”を疑え!』という本を読み直してみようと思ったのです。*********************************************************図書館に予約していた『“正しい”を疑え!』という本を、待つこと2ヶ月ほどでゲットしたのです。 他人がのたまう“正しさ”を自分に照らして疑うことは、まあ大事なことなので・・・真山仁さんはどのように述べているのか見てみようと思うのです。 【“正しい”を疑え!】真山仁著、岩波書店、2022年刊<「BOOK」データベース>より「自分の考えは絶対に正しい」と自分の意見を押し付ける人、他人の意見に安易に流される人…。不安と不信が蔓延する社会において私達はいったい何を拠り所にすればよいのか?作家・真山仁から困難な時代を生きる人々へ魂のメッセージ。自分を信じて自分らしく生きるためのヒント。<読む前の大使寸評>他人がのたまう“正しさ”を自分に照らして疑うことは、まあ大事なことなので・・・真山仁さんはどのように述べているのか見てみようと思うのです。<図書館予約:(12/22予約、副本6、予約8)>heibonsha“正しい”を疑え!「3章 不安は“正しい”を求める」から、日本人の不安を見てみましょう。p36~39<日本人は不安気質?> 不安は、なぜ生まれるのでしょう。 要因は人それぞれですが、自分自身の立場があいまいだと不安が膨らむことは、共通していると思います。 屋外にいるときに目を閉じてみてください。 突然、周囲が見えなくなると、簡単には歩けないでしょう。人とぶつかるかもしれません。あるいは、何かにつまずく、水たまりにはまる、もしかしたら崖から落ちる・・・。 ああ、どうしよう。どっちへ行ったらいいの! あなたの頭の中でどんどん膨らんでいく恐怖・・・それが、不安です。 さらに、耳をふさがれ、嗅覚も感じないようにされたら、もうその場にしゃがみ込んで助けを待つしかありません。 現代社会は、いつでもそんな状況にあなたお陥れることができる、「危険な世界」なのです。 今まで書いてきたように、日本では、何でもかんでも事実を明確にするより、場の空気を読み、ことを荒立てずにすませる社会風潮が長く続きました。 目を開けていてもわからないことだらけなのに、わかりやすく説明してもらえず、自分で感じ取れ、と放り出されてしまうのです。 生まれ育った場所にずっと住むのであれば、情報や知識は徐々に身につくので、不安はあまり大きくなりません。 でも、転校、進学や就職などで、まったく知らない場所や環境に身を置く可能性は誰にでもあります。 わからないから教えて、と誰にでも物怖じせずに言える人は、新しい環境になじみやすく、不安も解消されていくでしょう。 でも、日本人にはシャイな人が多い。また、他者とのコミュニケーションが苦手な人も増えているようです。苦手意識がある上に、そんなことも知らないなんてバカじゃないのと思われる、恥ずかしいと考えて、自分でハードルを上げてしまう。よくないループです。<情報の氾濫が不安を深刻にする> 新聞、テレビ、オンライン・ニュースなど情報を伝えるメディアの発達と普及によって、誰かに直接尋ねなくても、新しい環境や時代の変化、あるいは社会状況を把握できるようになりました。 さらに、誰もがスマホを手にし、SNSが普及していますから、情報は手軽に入手できます。 スマホとSNSが不安を解消! となるはずが、実際は逆に、日々の不安はさらに広がり、深刻になっています。 どうしてだと思いますか? 主な原因は、情報の氾濫です。 発信される情報が爆発的に増えて、処理が追い付かなくなり、人々は情報の海に溺れ始めたのです。 自らシャットアウトしない限り、時々刻々あふれんばかりに届く情報に溺れてしまい、どれが真実で、どれがフェイクかを見極める余裕もなくなりました。 こうして、不安は深刻の度を強めています。 不思議ですよね。 場の空気から自力で情報を得なければならない社会も不安ですが、情報が山ほどあるのも不安。 何事もほどほどがいい、ということに尽きます。 スマホを使う時間が長く、生きていくためにSNSが欠かせないツールとなっている私たちは、日々、不安や不信と隣り合わせで暮らしています。 現代社会は、過去に類のない不安社会なのです。『“正しい”を疑え!』2:日本人は不安気質?『“正しい”を疑え!』1:SNSに影響されすぎてない?*********************************************************■2023.02.23XML『“正しい”を疑え!』2https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202302230000/
2024.12.27
コメント(0)

図書館で『こんな雨の日に』という本を、手にしたのです。カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュという是枝監督が尊敬する2人の女優の初共演とのことで・・・興味深いのです♪【こんな雨の日に】是枝裕和著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より映画コンテ、自身が撮影した写真、撮影の記録とともに、是枝監督自身が映画について、現在の想いを綴るー<読む前の大使寸評>カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュという是枝監督が尊敬する2人の女優の初共演とのことで・・・興味深いのです♪rakutenこんな雨の日に是枝さんが「はじめに」でこの脚本の成り立ちを語っているので、見てみましょう。三谷幸喜さんの脚本による芝居もあったそうで、興味深いのです。p18~20<はじめに> この本のタイトルになっている『こんな雨の日に』というのは以前僕が書いていた未完成の脚本の題名である。もともとは2003年の暮れ、パルコ劇場で上演するべく準備していたもので、この時は無理を言って、パルコ劇場の舞台裏や三谷幸喜さんのお芝居の稽古を見学させてもらったりしていたのだが、残念ながら実現には至らなかった。『こんな雨の日に』は、キャリアの晩年を迎えた老女優の物語で、上演前と上演後の楽屋だけを舞台にしたものだった。「こんな雨の日にお芝居観にくる人なんているのかしら・・・」と化粧をしながら楽屋で主人公が呟く、その台詞をタイトルにした。 演出家はテレビ出身、共演者はアイドルタレント。それでもこの小娘の人気をあてにしないと今の彼女では客席を埋められない。そのことは本人もわかっている。わかっているから長年彼女の身の回りの世話をしてきたマネージャーに当たり散らす。 上演されるのはレイモンド・カーヴァーの『大聖堂』。テーマは同性の友情。しかし、友だちがひとりもいない老女優にはこの物語がさっぱりわからない。いつもなら公演が始まって1週間もすると彼女の芝居について細かくアドバイス」を記した手紙が届くのだが、今回はなぜか届かない。そのことにもイライラしていた。 手紙の主は誰なのか? もしかすると昔世話になったあの監督? それとも昔付き合っていたあの役者? とうとう楽日まで手紙は届かなかった。部隊がハネた後、楽屋に座っているひとりの老婆がやってくる。手紙の主はクロークで働いていた彼女の夫だった。彼女のファンだった老婆が、夫と一緒にお芝居を観て、夫が代筆してくれていたのだと言う。夫は初日の前日、息を引き取っていた。 ここで女同士の友情が芽生える。 あぁ・・・もう1日、公演日が残っていたら、もう少し上手に演じられるのに・・・と彼女は思う・・・。2人は連れ立って劇場の表に出て、雨が雪に変わった街に消えていく・・・。 そんなお話だった。 イメージキャストとしては女優に若尾文子、クローク係の妻を希林さんで考えていた。 それから15年経ち、この脚本はタイトルも舞台もキャストも変わりながら、新たに生まれようとしていた。この本は、その出産までの過程を追った記録の一部である。『こんな雨の日に』1:友情の物語
2024.12.26
コメント(0)

図書館で『こんな雨の日に』という本を、手にしたのです。カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュという是枝監督が尊敬する2人の女優の初共演とのことで・・・興味深いのです♪【こんな雨の日に】是枝裕和著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より映画コンテ、自身が撮影した写真、撮影の記録とともに、是枝監督自身が映画について、現在の想いを綴るー<読む前の大使寸評>カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュという是枝監督が尊敬する2人の女優の初共演とのことで・・・興味深いのです♪rakutenこんな雨の日にプロデューサーの福間美由紀が企画段階の「こんな雨の日に」を語っているので、見てみましょう。p142~146<伴走:福間美由紀> この10年来、パリで監督が定宿としてきたホテルがある。左岸6区のBel Ami。朝食のはちみつとハムがとても美味しい。この作品では、2017年春から2018年春までのロケハンやオーディション、そして2019年夏の最後の仕上げ作業の際に滞在した。Bel Ami、その意味は「良き友人」だ。 この企画のきっかけも、映画を通じた友情だった。2005年以降、是枝作品のフランスのパブリシストであるマチルド・インセルティさんの紹介で、ジュリエット・ビノシュさんと会う機会をたびたび得てきた。2011年2月には、私が担当したコ・フェスタ内のイベントでビノシュさんと是枝監督が登壇し、<女優とは、演じるとは、何か?>をテーマに3時間を超えて熱く対談した。 その慰安に冬の京都を旅し、「いつか必ず一緒に映画を作りましょう」というビノシュさんの誘いに、ぜひ、と監督は即答した。同行しながら密かに高揚したが、どこかでまだ夢物語だと思っていた。でも、ゆっくりと船が動き出したのは、あのときだった。 この企画の出発から、プロデューサーとして監督の伴走をしながら見てきた風景を思い起こしつつ、積み上げてきた日々について、僭越ながら書かせていただこうと思う。そこに、この作品と向き合う監督の視線や背中が、おぼろげに浮かんでくればと思う。 ビノシュさんとは少しずつアイデアのやりとりを重ね始めた。日本を舞台にしたフランス小説を原作にと提案されたこともあったが、監督の食指は動かなかった。フランスを舞台に外国人キャストのみで描くという揺るぎない考えがあったようだった。 2015年10月、『海街diary』のプロモーションでパリを訪れた。ある晩、パブリシストのマチルド宅のディナーに招かれ、手づくりのイタリアンをご馳走になった。なかでもラザニアはとっても美味しかった。フランス人8人が一斉にわいわい話し始めて、硬軟いろいろな話題が食卓を飛び交った。総じて女性たちが強くて饒舌、男性たちは一見頼りなさげだが穏やかに見守っているという関係が微笑ましく、是枝作品を地でいっていた。 この場を監督はずいぶん面白がり、あんなフランス人家族の食事の場面いいよねぇ、撮りたいなあ、としきりに言いながら帰途についた。その夜私は確か風邪をこじらせて高熱で朦朧としながら通訳したりしていたのだが、監督の頭に浮かんだイメージを聞きながら、これから何か新しい家族の食卓シーンが生まれるのだろうか、と想像がよぎったことを憶えている。 あるとき、『こんな雨の日に』と題されたプロットを監督から渡された。16年前に書かれた、老女優の楽屋のみを舞台とした未完成の戯曲がおおもとである。最初のタイトルは『クローク』、ある友情の物語だった。監督は、これをフランスの老女優である母と女優になれなかった娘の話にしようと大胆な改訂を思いついたのだ。 そして、フランスで撮るならば、カトリーヌ・ドヌーヴを撮りたい。自分の作品で、ドヌーヴとビノシュという海外でもっとも尊敬する2人の女優の初共演を、母娘の物語として実現したいと考えた。フランスをはじめとする近年のヨーロッパでファミリードラマといえば、移民や人種問題を背景とした作品が多いが、監督はあえてそこに利いた風な目配せはせずに、映画/演技という切り口を見出した。 フランス映画史への敬意と、25年間カメラを通して対峙し魅了され続けてきた「女優」という存在への考察と愛、「演じるとは何か」という監督にとって必然的に内から湧きあがる切実な問いが、ファミリードラマという普遍性に包まれながら溢れ出していく・・・この企画はそうして始まった。
2024.12.26
コメント(0)

トランプ氏が新大統領になるし、イスラエルのネタニヤフ政権軍がレバノンへの猛爆撃を加えるし・・・ガザ地区の今後に光明は見えてこないのです。・・・ということで、かつて読んだ『エクソダス』という本を復刻して読んでみます。*********************************************************図書館で『エクソダス』という本を、手にしたのです。めくってみると、論文スタイルでぎっちり書かれてあり読みにくいが・・・移民、ディアスポラを扱っていて、大使のツボが疼くのです。【エクソダス】ポール・コリアー著、みすず書房、2019年刊<「BOOK」データベース>より『最底辺の10億人』のグローバルな視点から、コストと便益の両方を見すえた、モデルを提示。“移民自身”“受入国の住民”“送出国に残された人々”という三つの立場にバランスよく目配りしつつ、移住のグローバルな経済的、社会的、文化的影響を分析する。<読む前の大使寸評>めくってみると、論文スタイルでぎっちり書かれてあり読みにくいが・・・移民、ディアスポラを扱っていて、大使のツボが疼くのです。rakutenエクソダス「第2章 移住はなぜ加速するのか」から加速する移住を、見てみましょう。p38~41<所得格差が移住にどう影響するか> 移住はディアスポラを生み、ディアスポラが移住を推進する。どちらがニワトリでどちらが卵なのだろう? これに関してだけは、謎はない。20世紀、富裕国が貧困国からの移民に国境を閉ざしていた長い期間のため、1960年ごろには大きなディアスポラはなかったことがわかっている。 1960年以降、ディアスポラが腰を据える前段階として移住があった。初期のディアスポラは大きな所得格差にもかかわらず取るに足りない数で、国境が開かれてもごくわずかしか移住しなかった。移民を受け入れてくれる先発組がまだいなかったため、移住にかかる費用が高すぎたのだ。 所得格差とディアスポラとの相互作用は、衝撃的ながらもわかりやすい力学を生む。移民の流入は、格差に加えて、どれだけの移民がすでにいるかによって変わるのだ。移民の数の蓄積につれてあとに続く移民の流れも増えるため、格差が一定であれば、移住は加速する。 経済学者は、常に均衡を探す。拮抗する力がバランスをとって、システム全体が静止状態にある地点を求めるのだ。移住のシステムが静止状態になるには、二つのはっきり異なる形がある。移住率が加速せずに一定になるか、あるいは、静止状態をもっと学問的に言えば、国と国の間での人の純フローが止まるということだろう。 この所得格差とディアスポラの単純な相互作用のプロセスが、いずれかの均衡をもたらすことはあるだろうか?<均衡が必要ない理由> 所得格差を一定とすると、移住の加速が止まるのはディアスポラの増加が止まったときだけだ。移住は常にディアスポラに増員を送りこんでいるので、ディアスポラの規模を減らす相殺的なプロセスをなにかしらなければ、その増加は止まらない。ディアスポラは理解しやすい概念だが、測定するのがやっかいだ。 通常、測定にはたとえばその国に住んでいるがそこで生れたわけではない人の数などの代数変数を用いる。だがディアスポラの妥当な概念はその出自ではなく、行動によって定義される。移住率にとって重要なのは、新たな移民と関係があり、彼らを支援することができる人の数だ。その意味では、ディアスポラからの脱落率は移民の死亡率ではなく、文化や義務感の伝達によって変わってくる。 私は移民の孫だが、エルンスバッハからイギリスに移住したいと願う人の役に立つことは一切できない。祖父があとにした美しい村には一度戻ったことがあるものの、そこの人々とも、イギリスにいるほかのドイツ人の子孫たちともなんらつながりを持っていない。つまり、私はディアスポラではないのだ。だが、移民のほかの孫たちの中には、そういう意味でディアスポラに属している者もいる。 ほとんどの社会において、ディアスポラの境界線は曖昧になっている。多くが移民としての過去に片足を、主流の未来に片足を突っこんだ状態だ。(中略) 私の父がしたように、移民の子どもが今暮らしている社会の一員として自分を再定義するのかもしれない。あるいは、長い時間を経て、移民家族の子孫が母国から精神的に切り離されていくのかもしれない。切り替っていくディアスポラの割合は、年ごとに高かったり低かったりするだろう。この割合を、「吸収率」と呼ぼう。たとえば、毎年ディアスポラ100人のうち2人が主流社会に吸収されるとすれば、吸収率は2%になる。 吸収率は、移民はどこから来たか、そしてどこに来たかによって大きく異なる。政策によっても異なる。この影響については第3章でもっと徹底的に議論しよう。ところで、「エクソダス」と聞けば、ポ-ル・ニューマン主演の映画『栄光への脱出』を思い出すのだが・・・観た当時は、強制移住とかユダヤ人問題に関心があったわけではありません(汗)。『エクソダス』3:加速する移住『エクソダス』2:第1章 移民というタブー『エクソダス』1:プロローグ*********************************************************■2021.08.28XML『エクソダス』3https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202108280001/
2024.12.25
コメント(0)

図書館で『酒は人の上に人を造らず』という本を、手にしたのです。我が郷里出身の著者が酒飲み話しを披露しているようだが・・・いかなるものかとチョイスしたのです♪【酒は人の上に人を造らず】吉田類著、中央公論新社、2018年刊<「BOOK」データベース>より『土佐日記』の作者・紀貫之は、国司の任を終えた送別の宴で連日、熱烈に歓待された。酒好きが多く、酔うほどに胸襟を開く土地柄なれば、開放的な酒宴は今なお健在、と高知出身の著者は言う。福沢諭吉の名言ならぬ「酒は人の上に人を造らず」を地でいく著者は、東京の下町をはじめ、北海道、福島、京都、愛媛、熊本など各地を訪ね、出会った人たちと縁を結ぶ。酒場の風情と人間模様を描く、読みごたえたっぷりの紀行エッセイ。<読む前の大使寸評>我が郷里出身の著者が酒飲み話しを披露しているようだが・・・いかなるものかとチョイスしたのです♪rakuten酒は人の上に人を造らず著者が青春時代にすごしたパリやロンドンでの生活を、見てみましょう。p65~68<パリのバックパッカー> 僕が西洋美術に傾倒していた青春時代。渡仏するころで、画家としての闇雲な一歩を踏み出した。 パリでは、知人の画家夫婦からアトリエとして屋根裏部屋を又借りしていた。家主は気のいいフランス人の老夫婦で「偉大な画家を目指してください」などと社交辞令も言ってくれる。重厚なアパート形式の住宅は初めて。エレベーターのない8階で元メイド用の部屋だ。傾斜した天窓だけがパリの空とつながっていた。 展覧会用の絵を描きながら夜明かしすることもあった。バゲット(フランスパン)と赤のテーブルワインだけで過ごす。至ってつつましい生活。けれど、一歩街へ出れば歴史的建造物やミュージアム、街路樹の脇には洒落たカフェといった、パリならではの洗練された環境。10分ほど歩けばロダン美術館があり、少し足を延ばせばセーヌ川に架かるデコラティブなアレクサンドル三世橋へ至る。食料はモンパルナスのスーパーで調達。パリの街並みは、そんな日常さえもシャンソンの歌詞になる。 セーヌ川の中州のシテ島を挟んで架かる橋「ポン・ヌフ」は新しい橋を意味する。アーチが並ぶシンプルな二つの橋の総称で、セーヌ川に美しい影を映している。名前とは裏腹にパリ最古の橋だ。東京の新橋をポン・ヌフになぞらえて詠んだ一句。「新橋(ポン・ヌフ)の宵五月雨るる狐悲(こい)ごころ」 寂しさで萎えてしまいそうな心を、どうにかつなぎとめてくれたのは、芸術家としての誇りだった。 シテ島の上流部にはのーとるだむ寺院が聳え建つ。重厚なゴシック建築初期の傑作と言われる大聖堂に圧倒される。(中略) 日本人の海外パッケージツアーがブームとなり初めていた1970年代半ば、バックパッカーと呼ばれる旅スタイルの若者たちも珍しくなかった。リュックサックを背負い、チケットやホテルは自分で手配する気ままな旅。自由な反面、リスクも背負う。当時、ヨーロッパでも旅行者を狙う強盗犯罪は横行していた。生真面目でおとなしい日本人旅行者は、おあつらえ向きのカモと見なされていた。 僕が拠点としていたパリは、ほぼヨーロッパの中心に位置する。少し足を延ばせばオランダのアムステルダムにあるゴッホ美術館、ロンドンではかつてのテート・ギャラリー(現テート・ブリテン)など、好きな画家たちの作品が身近に鑑賞できた。この時は僕もバックパッカーとなった。 ロンドンではアールズ・コート(Èarls Court)の安宿に滞在。早朝から軽くジョギングしながら近くのハイドパークまで行く。広大な敷地内にはリスが遊ぶのみ。まだ、人の姿はない。すると青葉の繁る木々の影から、突然、乗馬服の助成が颯爽と栗毛馬を駆って現れた。まるで映画のワンシーン、貴族社会の片鱗を窺わせる。 午後はダブルデッカーに乗って美術館めぐり。かねてより心酔していたターナー、リチャード・ダッド、ウィリアム・ブレイクの作品を目の当たりにする喜びはひとしおだ。 夜は、ぐっと庶民的なパブを探検する。たいていの店は、ビアタップ(生ビールの注ぎ口)の並ぶカウンターがメインの造りだ。ポピュラーな生ビールの一つ、パスペールエールの味を覚えた。『酒は人の上に人を造らず』1:とりあえずビール
2024.12.25
コメント(0)

図書館で『酒は人の上に人を造らず』という本を、手にしたのです。我が郷里出身の著者が酒飲み話しを披露しているようだが・・・いかなるものかとチョイスしたのです♪【酒は人の上に人を造らず】吉田類著、中央公論新社、2018年刊<「BOOK」データベース>より『土佐日記』の作者・紀貫之は、国司の任を終えた送別の宴で連日、熱烈に歓待された。酒好きが多く、酔うほどに胸襟を開く土地柄なれば、開放的な酒宴は今なお健在、と高知出身の著者は言う。福沢諭吉の名言ならぬ「酒は人の上に人を造らず」を地でいく著者は、東京の下町をはじめ、北海道、福島、京都、愛媛、熊本など各地を訪ね、出会った人たちと縁を結ぶ。酒場の風情と人間模様を描く、読みごたえたっぷりの紀行エッセイ。<読む前の大使寸評>我が郷里出身の著者が酒飲み話しを披露しているようだが・・・いかなるものかとチョイスしたのです♪rakuten酒は人の上に人を造らずまず、「とりあえずビール」の話しから見てみましょう。p58~62<ビバ! 麦酒!!>「とりあえずビールにしましょう」 たいていの飲み会は、この言葉から始まる。「熊本の〝飲み方〟では〝さしより生〟が合言葉なんですよ」 地震見舞いで郷里の熊本市に戻った仕事仲間が電話口で話す。〝さしより〟とは〝とりあえず〟を意味する熊本弁。〝生〟はもちろん生ビールだ。とにかく生ビール抜きの酒席は考えられないという。ちなみに、仲間内でワイワイと盛り上がる飲み会のことを熊本の方言で〝飲み方〟と呼ぶ。「居酒屋で〝さしより生〟の元気な声を早く聞きたいですね」 途中で電話を代わった地元紙編集長の言葉だ。電話の向こうから編集スタッフたりの賑わいが伝わってくる。だが、市内の盛り場は自粛ムードで静かだという。「まだ、飲み屋へ繰り出す気分にはなれないみたいですね」 そう訊ねてみた。沈んだ気持ちを吹っ切る糸口は見えているのだろうか。「大丈夫です。熊本流〝飲み方〟の復活で活気を取り戻しますよ」 僕の郷里高知県は〝飲酒天国〟を自負する。僕は清酒こそが土佐の代表酒だと思い込んでいた。たしかに成人一人当たりの清酒消費量も少なくはないが、47都道府県中で15位前後。ところが、ビールの消費量は東京のような大都市に次いで高知の名が挙がってくる。しかも一日にかける飲食費用は全国平均を大きく上回って、高知が全国一位とも言われる。「所得が低いわりにゃあ、土佐人の酒代はぶっちぎりのトップぜよ」 誇らしげに語った店主の髭面が浮かぶ。カウンターに連日午前中から飲み客が集う、高知市内の名物酒場「葉牡丹」だ。宵越しの銭は持たない土佐っ子、ビールの泡と消える酒代の割合も増えているのだろう。一方、清酒の売上げが伸び悩む県内の蔵元たちが危機感を募らせて会合を持った。界の冒頭、開会の挨拶に続いて乾杯の発声。酒蔵の社長らが一斉に呷ったのは、冷えたビールだった。 高知の飲酒量を押し上げているのは、ハチキン(男勝り)女性の存在が大きい。ビールの消費量にも拍車をかけていそうな気がする。そう感じたのは、高知市内の料亭旅館「臨水」の女将とベテラン仲居頭の積極ぶりを目の当たりにした時だった。「は~い、みなさん、仲居たちにもビールを飲ませちゃってや~」 三味線のバチさばきも怪しくなった女将が座敷客に呼びかける。ビールを注がれた仲居さんたちは、キューッと一気に飲み干す。見事な飲みっぷりに客たちも大喜び。興に乗った女性客が土佐のお座敷芸〝しばてん踊り〟にチャレンジした。岡山から来たという長身の彼女は即興でベリーダンス風にアレンジ、座敷は抱腹絶倒、拍手喝采。(中略) 以前、閏年の2月29日に高知のどこかでビアガーデンがオープンした。切りのいい3月1日としなかったのは〝日本一早いオープン〟を掲げたかったからだろう。また、2013年8月に四万十市で日本の観測史上最高気温41度を奇特。ニュース映像には、嬉しそうにピースサインで応じる地元若者たちの笑顔が映っていた。何であれ日本一と呼ばれるのが大好きな県民性のようだ。〝日本一の暑さ〟を体験しようと他県からも車が押し寄せた。おかげで、四万十市の入り口は渋滞したと聞く。県外からの来訪者曰く、「この暑さ、ビール飲むしかないわ」 いずれにしても高知の気候は温暖で湿潤。夏ともなれば、沿岸部は炎帝の放つ灼熱の光線に見舞われる。土佐っ子はこれに対抗する方法を思いついた。ビアジョッキを楯代わりに炎帝の頭上からの攻撃を跳ね返せばいい。この時季、至るところで潮風にはためく幟が林立する。幟には〝風林火山〟ならぬ〝たっすいがは、いかん!〟の大文字。土佐弁で〝たっすい〟は〝軟弱〟の意となる。実はこのキャッチコピー、高知のビール市場でトップシェアに躍り出たビールメーカーのもの。方言のストレートな表現力が地元民の心を掴んだといえる。(中略) キンキンに冷えたビールのツマミは、是非とも知りたいところ。カツオの塩タタキは言うに及ばないが、僕ならウツボの唐揚げをお薦めしたい。からっとサクサクの食感の後、淡白な旨味が舌にほぐれる。そこへビールの波頭が寄せれば〝土佐流の涼〟がえられる。強面のウツボ、強壮効果はスッポンやウナギにも勝るとも劣らない。お試しあれ。ウツボの唐揚げ
2024.12.24
コメント(0)

図書館に予約していた『昭和街場のはやり歌』という本を、待つこと7ヵ月ほどでゲットしたのです。『テネシー・ワルツ』『カチューシャ』『何日君再来』『イムジン河』など、古すぎてカラオケでもリクエストしにくいが・・・それが団塊世代の歌なのかな。【昭和街場のはやり歌】前田和男著、 彩流社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「はやり歌」から、明日の日本の姿が見えてくる…。歌とともに時代を共有した「団塊」といわれるベビーブーマー世代が、エピソードを交え描く歌謡社会文化論!<読む前の大使寸評>『テネシー・ワルツ』『カチューシャ』『何日君再来』『イムジン河』など、古すぎてカラオケでもリクエストしにくいが・・・それが団塊世代の歌なのかな。<図書館予約:(5/01予約、副本?、予約8)>rakuten昭和街場のはやり歌ザ・フォーク・ククルセダーズのヒット曲『イムジン河』を、見てみましょう。p182~185<第13話 〝分断のシンボル歌〟が今もうたいつがれる不幸> ■朝鮮総連から発売に「待った!」 前話の美空ひばりの出自についてもそうだが、在日朝鮮人問題は、今なお戦後日本に積み残された歴史的な課題でありつづけている。それは解決されるどころか、しこりの瘤を大きくするばかりだ。この問題を「わが事」として考えさせられる歌がある。「イムジン河」をはじめて聞いたのは、いつだったろうか? たぶん大学2年のころ、当時の10代、20代にはもっとも身近で重要な情報源であった深夜ラジオからだったと思うが、初めてのはずなのになぜか既視感ならぬ〝既聴感〟があった。 ♪北の大地から南の空へ/飛び行く鳥よ 自由の使者よ ♪誰が祖国を二つにわけてしまったの ♪虹よかかっておくれ/河よおもいを伝えておくれ ♪イムジン河 水清く/とうとうと流る イムジン河とは南北朝鮮を分断する38度線付近を流れる「臨津江」。韓国では「イムジンガン」、北朝鮮では「リムジンガン」と発音される。歌詞の文脈からして、「南北に分断された半島の人々の望郷と〝一つの祖国〟への願いをこめた歌」である。それが共感をもって受け入れられたのは、折しも日韓闘争をへて、街頭ではベトナム反戦運動が燃えさかり、多くの若者たちの間に隣国の〝南北融和〟を期待する雰囲気があったからだろう。今では信じがたいことかもしれないが、半世紀前は「南」が軍事政権下の恐怖政治であったぶん、「社会主義国家」と呼ぶにはいささかためらいがあっても「北」ががバラ色に見え、「北」のイニシアティブによる半島の融和に期待があったのである。ちなみにその2年後、赤軍派が「よど号」を乗っ取って目指したのも北朝鮮であった。 しかし、この楽曲が若者たちの共感を呼んだのは、〝政治の季節〟という時代背景だけでは説明しきれない。同時代者の筆者の肌感覚からすると、それまったかもしれないが、〝ナンセンスのきわみ〟と〝シリアスのきわみ〟の異化・相乗効果のほうが、共感を呼んだ理由としては大きかったように思われる。すなわち、「♪天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいしねえちゃんはきれいだ」 のナンセンス・コミックソング「帰ってきたヨッパライ」でブレイクしたフォークルが、その直後に、「♪誰が祖国を二つにわけてしまったの」の政治的メッセージソング「イムジン河」をリリースしたことによる〝ミスマッチ感のきわみ〟が、鬱憤と怒りを抱える若者たちにいっそう受けたのではないか。 これがシリアス一途の岡林信康ら反戦フォーク一派が発信元だったら、これほどの共感を呼んだかどうか。(中略) その上で、もうひとつの出来事が加わって、その社会的事件度はさらに倍化する。 北朝鮮系の在日朝鮮人総連合会(朝鮮総連)から、発売に「待った」がかかったのである。 改めて当時の報道を確認してみると「『イムジン河』に物言い/朝鮮総連 作者名を命じせよ」の見出しを掲げた朝日新聞、1968年2月20日夕刊には、五段抜きの記事で概要が次のように報じられている。「(『イムジン河』は)2年ほど前から関西地方で流行しており、昨年秋、フォーク・クルセイダーズの私家版レコードに入れられた。関西地方では、ラジオのヒット・パレードの上位に進出するほど人気を呼んだ。このヒットに目をつけた同社(東芝音楽工業)があらためてフォーク・クルセイダーズの歌で吹き込み、2月21日発売を目標に13万枚をプレスした」 これに対して朝鮮総連側は、こう「物言い」をつけた。「昭和38年ごろ、北朝鮮でつくられたもので、2、3年前から在日朝鮮人の間でもよく歌われるようになった。作詞は祖国の国歌を作詞した朴世永、作曲は高宋漢。原曲は2番までであったが、東芝音楽工業のものは3番まであり、しかも2番の歌詞が原曲といちじるしく違う」(中略) かくして、「イムジン河」はレコード化されることなく「お蔵入り」になっただけでなく、放送界からも「禁歌」として放逐されたのである。『昭和街場のはやり歌』1:「何日君再来」
2024.12.24
コメント(0)

図書館に予約していた『昭和街場のはやり歌』という本を、待つこと7ヵ月ほどでゲットしたのです。『テネシー・ワルツ』『カチューシャ』『何日君再来』『イムジン河』など、古すぎてカラオケでもリクエストしにくいが・・・それが団塊世代の歌なのかな。【昭和街場のはやり歌】前田和男著、 彩流社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「はやり歌」から、明日の日本の姿が見えてくる…。歌とともに時代を共有した「団塊」といわれるベビーブーマー世代が、エピソードを交え描く歌謡社会文化論!<読む前の大使寸評>『テネシー・ワルツ』『カチューシャ』『何日君再来』『イムジン河』など、古すぎてカラオケでもリクエストしにくいが・・・それが団塊世代の歌なのかな。<図書館予約:(5/01予約、副本?、予約8)>rakuten昭和街場のはやり歌まず私が好きな歌手でもあるテレサ・テンのヒット曲から、見てみましょう。p212~216<第15話 時代を超えて的にも味方にも愛されたラブソング「何日君再来」> ■数奇な運命に翻弄された謎と矛盾に満ちた唄 戦後日本のつまづきは、半島と大陸における歴史的負債を清算しないままの再出発だったことにある。戦前につくられた歌謡曲のほとんどはその紛れもなき物証でしかない。ところが、そのなかに日本と近隣諸国との関係を修復するどころか、彼らの政治体制を揺るがしかねない歌がある。「歌は世につれ、夜は歌につれ」といわれる。たしかに前段はそうかもしれないが、後段はどうだろうか。世につれた歌が「はやり歌」になることはままあるが、歌につれて世の中が変わるなんてことはそうはない。あったとしても、そのほとんどは「はやり歌」から現実の風俗やファッションが生まれる程度の話であって、「時の政治」を変える歌などめったにない。 わが70余年の人生をふりかえってみて、〝めったにない事例〟として、すぐに思い浮かぶのは、PPM(ピーター・ポール&マリー)の「花はどこへ行った」、ボブ・ディランの「風に吹かれて」、サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」、そしてビートルズの「ヘイジュード」である。 前2曲は1960年代にアメリカ発の公民権運動とベトナム反戦運動を世界の若者たちのあいだに伝播・浸透させた。「明日に架ける橋」はアレサ・フランクリンのカバー曲が南アフリカのアパルトヘイト撤廃運動のシンボルソングとなり、「ヘイジュード」は、1968年の〝プラハの春〟がソ連軍の侵攻で踏みにじられたときに、チェコの国民的歌姫マルタ・クショバが歌詞を「抵抗歌」に変えて歌い継がれ、ソ連崩壊を受けて、1990年にようやく当地に無血の〝ビロード革命〟をもたらした。そして、そのいずれのエピソードも、私の記憶に、同時代者として印象深く刻みこまれている。 そうそう、もうひとつ私自身の身近に事例があった。世界でベトナム反戦運動が盛り上がった最中、日本は新宿の西口広場に出現した「フォークゲリラ」である。当時は参加者の一人として、束の間、反戦の歌声が時代を変えるのではないかと思ったものだったが、なんのことはない、数年で泡沫の夢と消えてしまった。 しかし、そんな昔の記憶をひきよせているうちに、それらの楽曲よりも、はるかに数奇かつダイナミックに「時代と政治」を動かした歌を失念していたことに気づかされた。 それは「何日君再来」である。 ♪忘れられない あのおもがけよ ♪ああいとし君 いつまたあえる ♪何日君再来(フォーリン・チュン・ツァイライ) 戦前、日中戦争の最中の1938(昭和18)年に、上海国立音楽専科学校生だった劉雪庵が作詞・作曲、翌年に抗日運動に挺身する青年を主人公にした映画の主題歌につかわれて中国人たちの間で人気を博すいっぽう、不倶戴天の敵である当地の日本人向けにもカバーされ、やがて〝内地〟にもちこまれて空前のヒットとなった楽曲である。 出生からしてすでに謎と矛盾に満ちたこの歌は、その後、驚くべき有為転変を繰り返して「時代の歌」となっていくのだが、本稿では、その数奇な運命にわが体験を重ねながら、検証をこころみる。■「何日君再来」の「君」とは? 日中戦争の最中に謎めいた生を享けた「何日君再来」だが、戦後しばらくは、私たち〝戦争を知らない世代〟にとっては、親や祖父母たちのために時たまテレビの「懐メロ番組」から流される歌でしかなかった。そして、戦前を知る人もふくめて日本人の口の端にこの歌がのぼることも、ほとんどなかった。 そんな中で、同時代者でもない戦後生まれの私がこの歌に出会ったのは、祖母の影響であった。「何日君再来」を日本人として初めて「いつの日君くるや」のタイトルでカバー、中国戦線の日本軍兵士をこの歌で慰問して爆発的ヒットをもたらしたとされるのは、渡辺はま子である。横浜の生まれ育ちが自慢の祖母は、その渡辺はま子が横浜の「浜」から芸名をとったことに加え、横浜高等女学校(現・横浜学園高校)の後輩でもあることから大のファンだった。テレビの懐メロ番組に渡辺はま子が出演すると、きまって彼女との因縁を繰り返し孫の私と妹に聞かせる。おかげで、私は「何日君再来」はもちろん、彼女の持ち歌である「支那の夜」「夜来香」などの〝支那物〟を今もそらんじることができる。 しかし、それは私にとってけっして喜ばしいことではない。 祖母は明治の生まれにしては近代的な教養の持ち主ではあったが、折に触れて、中国人と朝鮮人を〝放送禁止のヘイト用語〟をもって悪しざまに侮蔑。その一方で一人息子であった私の父親が職業軍人としていかに優秀だったかを語る。事実のほどは定かではないが、天皇から「恩賜の銀時計」をもらったというのが祖母の昔語りの白眉で、そのBGMに欠かせないのが愛唱歌の「何日君再来」だった。 しかし、私が高校に進学、祖母のくびきから離れて日本の戦中の歴史を知るようになってからは、私は祖母の昔語りをこう解釈して、もはや受け容れることはできなくなった。祖母にとって「何日君再来」の「君」とは、中国をふくむアジアに「王道楽土」をもたらす「盟主たる日本」であり、自慢の一人息子はその先兵として勲功をたてる、そんな時代が「再来」してほしいが今や詮ない夢になってしまったという無念を、この歌に仮託していたのかもしれない、と。 だからといって、祖母が特殊かつ例外的日本人だったわけではなく、程度の差はあれそうした思いを戦前生まれの日本人の多くは「何日君再来」に仮託していたはずである。そして、それに対して〝戦争を知らない世代〟が違和感をもつのもまた当然であると、その時の私は思っていた。 ところが20年ほどして、それが一面的かつ平板な理解にすぎないと思い知らされる事件が起きた。中国人蔑視を内包していると思われた「何日君再来」が、中国の人々の間でリバイバルしているという報道が伝わってきたのである。 それは、1977年に三度目の復活を果たした鄧小平が改革開放政策を打ち出してから2、3年後のことだった。当時の資料をあたっていると、折しも来日中の華国鋒首相の関連ネタで、「なぜか戦前の日本の歌が流行」の三段見出しをつけた以下の囲み記事に行き当たり、往時に引き戻された。「華国鋒中国首相の訪問で日本中が湧きたっているが、中国主要都市の若者の間ではなぜかいま、日本軍占領時代に流行した歌『』(中国名『何日君再来』)が爆発的人気を呼んでいる。ホテルの服務員は仕事をしながら口ずさみ、地方の幼稚園では日本人参観団を歓迎するのに、教師がこれを歌い、生徒が男女一組になって曲に合わせてダンスする光景もあるほど」(毎日新聞、1980年5月29日夕刊) 文章からも記者の驚きが伝わってくるが、当時の日本人も私も、これには大いに驚かされた。そして、改革開放政策によって中国の人々は戦前の日本の歌を愛唱できるほど自由になりつつあるのかと歓迎する一方で、これで「何日君再来」がもつ反中的な含意がいくらかは免罪されるかもしれないと安堵を覚えたものだった。(中略) もう一つ私たち日本人を驚かせたのは、かつての「亡国の歌」を40年ぶりによみがえらせたのがテレサ・テンだったことで。マスコミ報道によると、香港でコピーされたこの曲のカセットテープが出回っていてひっぱりだこなのだという。すでにテレサハ、台湾の人気アイドル歌手から香港やシンガポールやマレーシアなどの中華文化圏で「アジアの歌姫」として活躍、5年前の1975年には日本に上陸、2作目の「空港」が大ヒットして第16回日本レコード大賞新人賞を受賞、テレビの歌番組にも出ずっぱりで、ラブソングを得意とする人気スター歌手の仲間入りを果たしていた。 そのテレサが日中間のいわくつきの懐メロをわざわざカバーするとは、たとえれば山口百恵が戦前の軍国歌謡を愛唱するようなもので、一部の音楽業界通にはその背景は知られていたようだが、私たち一般の日本人からするとミスマッチ以外の何物でもなかった。 さらに私たちを驚かせたのは、テレサがリバイバルさせた元「亡国の歌」がますます流行をみせ、中国のトップリーダーに、「小鄧が老鄧にかわって天下を制した」と嘆かせたというエピソードがまことしやかに伝わってきたことだ。「小鄧」とは鄧麗君が中華名のテレサ・テン、老鄧とは十数億の民を擁する大国の最高指導者・鄧小平である。 一アイドル歌手の人気が近代史に名を留める大政治家のそれを凌駕したとは驚きだったが、それはとんでもない危うさをはらんでいた。案の定、「小鄧」ことテレサ・テンがリバイバルさせた「何日君再来」は2年ほどで、当局から精神を汚染させる「黄色歌謡」の一曲として禁歌の指定をうけた。先の毎日新聞の記事に紹介されていた中国政府の懸念の論評が現実となったのである。You Tubeのテレサ・テン/ 何日君再来が、ええでぇ♪
2024.12.23
コメント(0)

今ではテレビ番組でコメンテータとして売れている女史であるが・・・エッセイから対談本、文明批評など、何でもこなすのがスゴイ♪調べてみると、この本を取り上げるのは3度目となっております(忘れんとってや)*********************************************************図書館で『江戸の想像力』という本を、手にしたのです。江戸の想像力もさることながら・・・想像力を膨らませて、この本を書ききる著者のガムシャラな筆力に驚くのでおます♪ところで、この本にはデジャブを感じて借りたのだが、帰って調べると3ヶ月ほど前に借りていたのです(またか)【江戸の想像力】田中優子著、筑摩書房、1992年刊<「BOOK」データベース>より近世的なるものとは何だったのか―。平賀源内と上田秋成という同時代の異質な個性を軸にしながら、博物学・浮世絵・世界図・読本といったさまざまなジャンルの地殻変動を織り込んで、江戸18世紀の外国文化受容の屈折したありようとダイナミックな近世の〈運動〉を描いた傑作評論。1986年度芸術選奨文部大臣新人賞受賞作。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、思いのほか画像の多いのが楽しい本である。この本のデータは1992年刊の文庫本のものだが、借りたのは1986年刊のハードカバーでした。amazon江戸の想像力「第1章 金唐皮は世界をめぐる」の冒頭から、見てみましょう。<第1章 金唐皮は世界をめぐる>p3~7 江戸に「きんからかわ」というものがあって、世界をめぐりめぐったすえ、刀がなくなって腰のあたりがすーすーする明治の男たちの腰を飾った。 もっとも、明治になる前からもう男たちの腰は空しかった。鉄砲用の火薬は使いどころが無くなり、男たちの身体から射撃されるかわりに、両国橋の花火となって炸裂した。刀は腰にさびついて、鞘は単なる腰の飾りとなった。そして、どうせアクセサリーならもっと飾ってやろうと、印籠には根付や緒締めの玉を細工し、煙草入れや巾着には15世紀イタリアのルネッサンスと、17世紀ヨーロッパのバロックと、18世紀フランスのロココとを、オランダを介して持ち込んだのだった。 江戸の男を18世紀末のピーコックにしたのは、東インド会社という、アギーレをサラリーマン化したような連中だった。むろん彼らはピーコックになるひまがなかった。日本からきんきらきんの皿や壷を積み出し、帰りにデルフトの応接間の壁から「きんからかわ」を剥ぎ取って来るので忙しかった。 「きんからかわ」は「金唐皮」と書く。「金唐皮」とは、その研究の第一人者である徳力彦之助氏に拠って出来るだけ正確に表現すると、タンニンでなめした皮革に接着塗料を塗って合金の箔を貼り、金属に彫った型でプレスしてエンボス(浮き出し)を作り、さらにその上から塗料で彩色等をほどこして壁材などに使用したもの、である。 このうちのどれが欠けても偽物であるが、江戸における金唐皮を語ろうとすると、多くの偽物について語ることになる。■世紀末天明様態 ここで話は変わる。山東京伝は天明の洒落本に『通言総籬』というのを書いた。黄表紙『江戸生艶気樺焼』が受けに受けたので、同じ主人公に洒落本という別のジャンルにも出演してもらったのだった。 その黄表紙界のスター・艶二郎は、『通言総籬』で頭のてっぺんから足の先まで、「天明ぶり」という華麗にして遊惰、安逸、骨なしのファッションで登場したのだった。 黒茶の小紋が入った黄八丈の着物に、お納戸茶の帯をしめ、黒八丈のずらりと長い羽織をひっかける。八丈の下には、さらに舶来広東縞の着物、さらにその下には紺螺鈿絞りの襦袢を着けて、下からは花色縮緬の裾廻しがちらりと見えるしかけ。頭巾を襟巻にして、吉原の通人用の草履を穿き、黒皮の足袋をつける。 梅花形の模様のついた脇差を差し、諏訪町の有名理髪師に額の毛を抜かせて、広くなったおでこを見せながら、当時はやりの本多まげを結い上げる。さかやきはもちろん剃って二日目、この日がいちばんキマるのだ。 艶二郎の本多まげは、天明の男たちの流行の最先端である。堅気の人々はしぶい顔をして、これを「疫病本多」と呼ぶ。髪の毛をわざわざ少なくするからである。眉毛は、男も剃って細くする。これを「かったい眉毛」という。「かったい」とは「癩」と書く。ハンセン氏病のことである。帯は極細で、これも嫌悪をこめて「首つり帯」と呼ばれる。 羽織はあくまでも長くだらしない。織り方は縮緬と八丈が流行った。小袖は黒、帯は緋、その他は鳶色と鶸茶色の使用が群を抜いていた。刀は完全に装飾品となり、細みの大小が好まれる。そして男女とも面を包む頭巾が用いられた。 こういうわけのわからないファッションには、いつの時代でも、眉をひそめる人がいるものだ。あるひと、怒り心頭に発してこう書かずにはいられなかった。天明年中、おろかなる弱輩もの、かくのごとく流行るなれど、心有る人達は流行姿に心を移さず。皆小家の供侍、または軽き御家人、町方は職人等の手下、おろか者の致せし事、(『宝暦現来集』)ウーム 「疫病本多」ってか、いつの時代にもバカタレはいるもんで・・・昨今の男性のヘアファッションだって、相当に疫病がかっているけどね。『江戸の想像力』4:金唐皮は世界をめぐるp3~7『江戸の想像力』3:日本人のアジア交易pi~vi『江戸の想像力』2:江南から日本列島への亡命者p134~137『江戸の想像力』1:中国文化、特に中国版画p95~97*********************************************************■2019.06.28XML『江戸の想像力』4https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201906280002/
2024.12.23
コメント(0)

図書館に予約していた『アジア発酵紀行』という本を、待つこと7ヵ月ほどでゲットしたのです。「第1章 茶馬古道の味噌汁茶」には茶間古道の地図が載っているが・・・中国雲南省のチベット族自治州のシャングリラ→大理市→プーアル市→タイ族自治州のシーサンパンナに至る茶間古道が秘境という感じでエキゾティックである。あの高野秀行さんがこの冒険行を讃えるのもうなづけるのである♪【アジア発酵紀行】小倉ヒラク著、文藝春秋、2023年刊<出版社>よりアジアの巨大な地下水脈をたどる冒険行。「発酵界のインディ・ジョーンズ」を見ているようだ!ーー高野秀行(ノンフィクション作家) 自由になれーー各地の微生物が、奔放な旅を通じて語りかけてくる。ーー平松洋子(作家・エッセイスト)発酵はアナーキーだ! チベット~雲南の「茶馬古道」からインド最果ての内戦地帯へーー前人未到の旅がいま幕をあける! 壮大なスケールでアジアの発酵文化の源流が浮き彫りになる渾身作。<読む前の大使寸評>「第1章 茶馬古道の味噌汁茶」には茶間古道の地図が載っているが・・・中国雲南省のチベット族自治州のシャングリラ→大理市→プーアル市→タイ族自治州のシーサンパンナに至る茶間古道が秘境という感じでエキゾティックである。あの高野秀行さんがこの冒険行を讃えるのもうなづけるのである♪<図書館予約:(5/14予約、副本2、予約21)>rakutenアジア発酵紀行「第1章 茶馬古道の味噌汁茶」でディープ発酵文化の片鱗を、見てみましょう。p30~35<チベットの味噌汁茶> 牧草地の周囲を見ると、ポツンポツンと民家が建っている。裏から見ると堅牢な石造り、表から見ると風情のある木造住宅という。これまで見たことがないような不思議な様式の家々。高地チベット族の伝統家屋だ。宮本さん(旅のコーディネーター)の紹介で、代々この土地に住む典型的な農家を見学する機会に恵まれた。 家の敷地に入ってみると、まずその大きさに圧倒される。家というより小型の砦の風情だ。付近の家々はだいたい共通の2階建て。基本的な骨組みは分厚い石を積んでつくり、その石積み構造を付近の山々で伐りだしてきた、明治大正の立派な古民家でしかお目にかかれないような巨大な木製の梁で補強している。 ファサードはこれまた古式ゆかしい日本家屋や神社仏閣でしか見られない繊細な彫り物が施された建具で覆われ、「なんと手間とお金がかかったお宅で・・・」と圧倒されてしまう。 なお僕が伺ったこの家は新築らしく、ここチベット自治州の集落では今でもこの手間のかかった伝統住宅を再現する大工技術が受け継がれ、21世紀に至っても、地元民は現代風の建て売り住宅に目もくれず、家を建てるなら頑なにチベットスタイルにこだわるそうだ。 敷地をキョロキョロ見回してみると、納屋では円錐形の不思議なかたちをしたバターらしきものが陰干しされていたり、家の前にこれまた見たこともない麦らしき穀物が敷き詰められていたりする。 玄関をくぐると軽く3m以上ありそうな天井高のだだっ広いリビングに通された。真ん中には立派な薪ストーブ。そのまわりをイスやローテーブルが囲み、ご近所さんが数人世間話に興じている。ストーブの輻射熱で部屋はポカポカと暖かく、奥のソファに腰を下ろすと子猫がピョン!と僕の膝に乗ってきた。「ぜひチベットのお茶を飲んでいってください」 と一家の主の、赤く日に焼けた肌のおじさんがチベットスタイルのお茶の準備をし始めた。ご主人のチベット語を別の村人が中国語に翻訳し、それを宮本さんが日本語に通訳するかたちでインタビューが始まった。集まったご近所のおじさんおばさんはみんなシャイで、もの静か、でも温かい雰囲気だ。東北の農家のおうちに遊びに来た気分になる。 しかしこの穏やかなチベットの人々。歴史を紐解いてみるとアジア屈指の戦闘民族の末裔なのである。中世の時代、チベットは吐蕃と呼ばれ、当時の中華帝国もうかつに手を出せない強国だった。この吐蕃と争いではない方法で関係性をつくるために、中国は雲南南部でとれる茶を送った。これが茶馬古道の起源の一つである。 それでは雲南のディープ発酵文化の世界に入っていこう。 僕の目の前には、ほかほかと湯気を立てるカプチーノ色のお茶がある。しかし香りは僕たちの知っている緑茶や紅茶とは全く違う。茶葉特有の爽やかさはなあく、どちらかというと香ばしくて食欲をそそるような匂いが引き立つ。 一口ズズッと飲んでみると、まず感じるのはまろやかなうま味。これはまあわからないこともない。次に程よいしょっぱさ、そして舌に染み渡っていくコク・・・これは、バター? このチベット茶、ざっくり説明するならば、<発酵した茶葉とヤクのバターを混ぜ、塩を加えて煮出したスープ> 日本人がイメージする、嗜好品としてのお茶とは全く趣が異なる飲料なのだね。 では要素を分解して順に説明する。このお茶の最大の特長はヤクのバター。チベット高地民の主たるタンパク源だ。作物の乏しい高地では、豊富に搾れるヤクの乳を様々な方法で発酵させて栄養価と保存性を高める。 まず乳を搾ったら、煮出して沸騰させ、一晩乳酸発酵させる。発酵してドロッとした乳を攪拌し、固形状になったものを取り出して乾燥・熟成させてバター(実際は酸味があってチーズとバターの中間のような味)をつくる。このバターがヤクの乳の「一番搾り」。バターを取り出した後の粘度の低い乳脂肪分はもう一度発酵させてヨーグルトにする。これが「二番搾り」。 最後に残ったサラサラの乳清(ホエー)は軒先に晒されていたハダカムギの粉と一緒に捏ねてパン状に発酵させて焼く。畑作がかぎりなく困難な高地において、主要なタンパク源はヤクの乳と肉、そしてカロリー源が、高地でも生育するタフな穀物、ハダカムギなのだ。 では次へ。カロリーやタンパク質と並んで、人間の健康維持に欠かせないビタミン源。これを司るのがお茶だ。僕が振る舞ってもらったお茶は、日本で一般的に飲まれる爽やかな香りの緑茶と違い、ほぼ真っ黒に乾燥し熟成させた香りのものだ。 これは茶葉をカビや乳酸菌などの微生物によって発酵させた「後発酵茶」というカテゴリーに属する。雲南名物のプーアル茶の系譜だ。もちろん大規模な畑作ができないチベットの高地で栽培されたものではなく、雲南の南部や貴州・四川などの温暖な平野部から遠路はるばる運ばれてきたものだ。 最後に塩である。海から遠く離れてはいるが、ヒマラヤ山脈に位置するチベットには岩塩の伝統がある。チベットの名産品である岩塩は、自家消費はもちろん、海塩の取れない中国平野部やネパールに輸出された数少ない外貨獲得商品だったのである。 つまり、茶馬古道の「上り(雲南→チベット)」はお茶が、「下り(チベット→雲南)」は塩が運ばれた。茶と塩は実は茶馬古道の始発と執着の両名物なのだ。 茶馬古道の歴史的なエピソードがええでぇ♪『アジア発酵紀行』2:ディープ発酵文化の片鱗『アジア発酵紀行』1:まえがき
2024.12.22
コメント(0)

図書館に予約していた『アジア発酵紀行』という本を、待つこと7ヵ月ほどでゲットしたのです。「第1章 茶馬古道の味噌汁茶」には茶間古道の地図が載っているが・・・中国雲南省のチベット族自治州のシャングリラ→大理市→プーアル市→タイ族自治州のシーサンパンナに至る茶間古道が秘境という感じでエキゾティックである。あの高野秀行さんがこの冒険行を讃えるのもうなづけるのである♪【アジア発酵紀行】小倉ヒラク著、文藝春秋、2023年刊<出版社>よりアジアの巨大な地下水脈をたどる冒険行。「発酵界のインディ・ジョーンズ」を見ているようだ!ーー高野秀行(ノンフィクション作家) 自由になれーー各地の微生物が、奔放な旅を通じて語りかけてくる。ーー平松洋子(作家・エッセイスト)発酵はアナーキーだ! チベット~雲南の「茶馬古道」からインド最果ての内戦地帯へーー前人未到の旅がいま幕をあける! 壮大なスケールでアジアの発酵文化の源流が浮き彫りになる渾身作。<読む前の大使寸評>「第1章 茶馬古道の味噌汁茶」には茶間古道の地図が載っているが・・・中国雲南省のチベット族自治州のシャングリラ→大理市→プーアル市→タイ族自治州のシーサンパンナに至る茶間古道が秘境という感じでエキゾティックである。あの高野秀行さんがこの冒険行を讃えるのもうなづけるのである♪<図書館予約:(5/14予約、副本2、予約21)>rakutenアジア発酵紀行「第Ⅰ部 茶馬古道の旅へ」の冒頭から、見てみましょう。p15~19<第1章 茶馬古道の味噌汁茶> 南から北へ。谷底から山頂へ。熱帯ジャングルから寒風吹きすさぶ荒野へ。 中国雲南省の西部を縦断する、茶によって結ばれた交易ルートがある。ミャンマー国境近くの熱帯、シーサンパンナからチベットのラサへと抜ける茶馬古道。急峻な尾根の崖沿いに人がひとりとうれるかどうか、今にも崩れてしまいそうな細い道が見える。かつてこの道を微生物によって発酵した特異な茶を積んだキャラバンがおよそ3000㎞に渡って旅したという。 それは、南国の恵みを、不毛の高地に届けるはるかな旅路だ。山を越えることに異なる民族たちがバトンリレーしながら北へ北へと茶葉を運んでいく。目的地へ運ばれるあいだ、付着したカビや乳酸菌などの微生物が静かに増殖を続け、茶葉のなかに栄養素を蓄積していく。その栄養素が高地の民族の生きる糧となった。 山の尾根を走る一筋の道に目を凝らしてみれば、そこには積荷を乗せて歩く在りし日の馬の隊列が見えてくる。山裾を吹き抜ける風に耳を澄ませてみる。チリンと馬の首に結わえられた鈴の音が聴こえてくる。茶馬古道に吹く風は、目に見えない微生物たちを運ぶ、発酵の道なのだ。<発酵からアジア文化の起源をたどる> 米に花が咲くと書いて、糀。 甘酒や味噌をつくる、カビを使った米の発酵の素(スターター)である。この「糀」という漢字は日本でできた漢字で、漢字の本家中国では通じない。中国では米ではなく麦をあしらった「麹」の字が発酵の素を指す。この漢字の違いをもって、日本の食文化の独自性は「米の発酵」であるとされている。 しかし本当にそうなのだろうか? 日本は大陸から切り離された孤児なのではなく、海の向こうにも「糀」文化の兄妹がいるのではないだろうか? 発酵の専門家として仕事をしていると、メディアの取材や講演の場でひんぱんに、「日本の発酵は他の国にはないユニークな文化。日本は世界一の発酵大国ですね?」 と聞かれたりする。「その通り!」とお答えしたいところだが、残念ながら答えはNO。日本の発酵文化は我が国オリジナルのものではなく、アジア各地から伝わった食文化が日本の気候風土や信仰、習俗にあわせてローカライズされて今のカタチになったもののようだ。 日本は発酵の「祖」ではなく、中国やインドはじめ大陸文化の「子」なのだね。 デザイナー原研哉さんの著作『デザインのデザイン』で、ユーラシア大陸の文化をパチンコ台に見立てるエピソードがある。(正確には高野孟の説の引用)。曰く、ユーラシア大陸を90度回転させるとパチンコ台のカタチになる。すると日本列島はパチンコ玉が最後に落ちてくる穴の位置に相当する。つまり日本はアジアはじめユーラシア大陸の文化が集まってきて最後に落っこちる文化の穴のような存在であると。 これは僕の専門としている発酵にも言えることではないか? 和食でお馴染みの味噌も醤油も納豆も、起原を辿ると古代アジアの食文化に行き着く。(中略) 僕が専門で学んだのは、コウジカビという日本特有の発酵菌をはじめとするカビの発酵技術だ。うま味の素になる、米や麦に菌がモコモコに生えた麹をつくる微生物である。コウジカビからつくられるこの麹、甘酒や味噌、日本酒などいかにも日本らしい食材を醸す、和食において最も重要な存在なのだが、ルーツはおそらく大陸から伝播したものだ。 前述の通り「麹」の漢字はもともと中国から来たもので、麦が関係している。北京や上海のような主要都市で見られる麹は麦が原料だ。しかも用途がほぼ焼酎に限定されていて、日本のように汎用性のあるものではない。(中略) 今回の旅で僕が見つけたいのは「麹」ではなく「糀」の起源。 かつて大陸から伝わったであろう、米からつくられたソフトな甘酒やどぶろくを醸す発酵の素。何度も中国や韓国に足を運んだが、いまだ見つけることは叶わない。文献でしか見かけない幻の米の麹。文化が画一化されるなかで、もはや失われてしまったのではないかとすら思ってしまうが、乾燥した平野の漢民族文化圏「ではない」、温暖湿潤で山から流れる清水に恵まれた稲作地帯。そこにまだ見ぬ日本の「糀」のルーツが残っているのではないだろうか? ウン、漢民族文化圏「ではない」「糀」文化という発想がええでぇ♪『アジア発酵紀行』1:まえがき
2024.12.22
コメント(0)

早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。今年は暖冬であるが、さすがに冬至ともなれば当地も降雪かとの予報も出て・・・風邪などひかぬよう気を付けましょうね。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたり冬至ゆづ湯この本で、冬至のあたりを見てみましょう。和暦p3<冬至>大晦日と新年の行事があり、夜長短日の節気 「冬至」は、現行の暦では12月22日ころ、第1日目を迎え、小寒(1月6日ころ)に入る前日までをいう。「冬至の日」、「冬至日」は第1日目を指している。 秋分から春分までの間、北半球では太陽は真東からやや南寄りの方角から上り、真西からやや南寄りの方角に沈む。冬至の日にはこの「日の出・日の入り」が最も南寄りになる。さらに、冬至の日には北極圏全域で「極夜」となり、南極圏全域で「白夜」となる。 わが国では一般に、冬至の日は「1年中で最も昼が短く夜が長い日」と言われているが、実際は日の出が最も遅い日は冬至の半月後ころであり、日の入りが最も早い日は冬至の半月前ころである。『暦便覧』では「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と説明している。 しかし冬至の日は「1年中で最も昼が短く夜が長い日」ということから、さまざまな行事や祭りが誕生し、人々の暮らしに寄り添い親しまれ、現在に続いているのである。 冬至の期間の七十二候は、次の通り。 初候「乃東生(なつかれくさしょうず)」夏枯草が芽を出す。 次候「麋角解明(きわしかのつのおつ)」大鹿が角を落とす。 末候「雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)」雪の下で麦が目をだす。 西洋占星術では、冬至の日が磨カツ宮(やぎ座)の始まりとしている。二十四節季の大雪に注目(復刻2)二十四節季の小雪に注目
2024.12.21
コメント(0)

図書館で『50歳からの「筋肉トレーニング」』という本を、手にしたのです。現在、ジムで筋トレをやっているんだが、どうも効果が薄いというか停滞しているので、これではアカンということでチョイスしたのです。【50歳からの「筋肉トレーニング」】 フィンク ジュリウス著、講談社、2022年刊<「BOOK」データベース>より男性も中高年になると男性ホルモンが減少する「更年期」が訪れます。男性ホルモンの減少とともに、筋肉は付きにくくなっていきます。筋肉を付けるには、更年期を克服する科学的「筋肉トレーニング」が必要です。本書は、中高年の筋トレ未経験者からベテランまで、それぞれのレベルに合った最良のトレーニング方法と、6週間で結果が出るトレーニング・メニューを紹介します。<読む前の大使寸評>現在、ジムで筋トレをやっているんだが、どうも効果が薄いというか停滞しているので、これではアカンということでチョイスしたのです。rakuten50歳からの「筋肉トレーニング」「第3章 トレーニングの筋肉学」でトレーニング改善策を見てみましょう。p64~69<筋肉タイプによるトレーニングの違い>■筋繊維の2種のタイプ 筋肉には収縮が遅いタイプいわゆる遅筋(slow twitch)と、収縮が速いタイプいわゆる速筋(fast twitch)があります。遅筋はタイプ1、速筋はタイプ2とも言われています。 遅筋は基本的に有酸素運動をする時に、速筋は筋トレをする時に使われます。簡単に言えば遅筋は酸素を、速筋は糖を使ってエネルギーを発揮しますが、ここで大事なのは遅筋と速筋の肥大の可能性です。結論から言えば、速筋はかなり太くなれますが、遅筋はあまり太くなれません。したがって筋肉を大きくしたい人は、速筋を優先的に鍛えるべきです。 しかし中高年の場合は、もう少し複雑です。いか、詳しく説明していきます。 人間の筋肉はどの部位の筋肉であっても、必ず速筋と遅筋の両方からできています。部位の違いや個人の遺伝によって、多少速筋と遅筋の割合は異なりますが、年をとると速筋の割合が少なくなってくると考えられています。 実は個人個人の筋繊維タイプの割合が分かれば、その筋繊維タイプに最適なトレーニング方法で筋肥大を最大化させることが可能ですが、筋繊維を測ることは非常に難しく現実的ではありません。 そこで、速筋も遅筋も鍛えられるようなトレーニング方法をお勧めします。特に中高年の場合は速筋の割合が減ってくるので、遅筋もしっかり鍛えられるようにレップ数(回数)を選びましょう。■レップ数とは「レップ数」とは、トレーニングのある種目の1セットで行う回数のことです。同時に、「レップ数」を使って、負荷の大きさ(ウエイトの重さ)も表現します。例えば、ある種目を「レップ数6~12回で」という場合は、・「6~12回行ったら、もうこれ以上できない」という負荷(ウエイト)を選び・その負荷で6~12回行う ということを意味します。 例えば、「ベンチプレス レップ数6~12回」という意味は、・「6~12回行ったら、もうこれ以上できない」という負荷(ウエイト)を選び・その負荷でベンチプレスを6~12回行う ということです。■トレーニングの考え方 それでは、具体的にそれぞれの筋繊維タイプをどのように鍛えるかを、見てみましょう。 速筋は少ないレップ数(大きな負荷)、だいたい6~12回で最大化できます。レップ数があまり少な過ぎると、例えば5回以下になると、肥大ではなく筋力が上がります。レップ数が多過ぎる(小さな負荷)と持久力トレーニングになり、遅筋が集中的に鍛えられます。もちろん、遅筋も多少は肥大するので、筋肥大のためにも高レップのトレーニングも行います。 そこで大事なのは、期間を区切ってトレーニングスタイルに分けることです。 例えば、最大の目的が筋肉量を増やすことだとしても、筋力と筋肥大の両方のトレーニングをすることで、筋肥大を最大化できます。筋力を向上させることでより高重量を扱えるようになり、その高重量で筋肥大のためのトレーニングをすれば、ずっと筋肥大のトレーニングを続けるより筋肉は太くなります。 基本的に筋力は1~5回のレップ数で向上します。筋肥大は6~⒓回で最大化します。遅筋は12~20回のレップ数で最大化します。一定の期間でこの3つのトレーニングスタイルを繰り返すことで、筋力、速筋、遅筋、全てをカバーできます。 中高年の場合は速筋の割合が減っていることと、骨密度も柔軟性も低下していることで、怪我をするリスクも高くなるので、極端に高重量でのトレーニングは避けるべきです。そのために、中高年のターゲットレップ数が若者よりも多くなっています。速筋の低下と怪我リスク低減のためです。 特に高重量で筋力を上げたい時は、フォームを正しく常にウエイトをコントロールしながら動作しましょう。「コントロールする」とは、勢いや反動を遣わず、一定のスピードでウエイトを扱うことで、トレーニングの効果を最大限に引き出すとともに、怪我を防止します。『50歳からの「筋肉トレーニング」』1:はじめに
2024.12.21
コメント(0)

図書館で『50歳からの「筋肉トレーニング」』という本を、手にしたのです。現在、ジムで筋トレをやっているんだが、どうも効果が薄いというか停滞しているので、これではアカンということでチョイスしたのです。【50歳からの「筋肉トレーニング」】 フィンク ジュリウス著、講談社、2022年刊<「BOOK」データベース>より男性も中高年になると男性ホルモンが減少する「更年期」が訪れます。男性ホルモンの減少とともに、筋肉は付きにくくなっていきます。筋肉を付けるには、更年期を克服する科学的「筋肉トレーニング」が必要です。本書は、中高年の筋トレ未経験者からベテランまで、それぞれのレベルに合った最良のトレーニング方法と、6週間で結果が出るトレーニング・メニューを紹介します。<読む前の大使寸評>現在、ジムで筋トレをやっているんだが、どうも効果が薄いというか停滞しているので、これではアカンということでチョイスしたのです。rakuten50歳からの「筋肉トレーニング」まず、「はじめに」の語り口を見てみましょう。p2~10<はじめに 筋肉トレーニングのすすめ>■生活習慣病を大幅に改善する筋肉トレーニング スポーツジムに行くと、エアロビクスやダンスのレッスンをするスタジオの脇に、「マシーン」や「フリーウエイト」と呼ばれる機材が並んでいます。これらの機材はウエイト・トレーニングと言われる、筋肉を直接鍛えるトレーニング用の機材です。 ウエイト・トレーニング(筋肉トレーニング)は、日本では一部の大学を除いて、高校や大学の授業で取り上げられていないため未経験の人が多く、始めるには少し勇気が必要かもしれません。 しかし、筋肉トレーニングは生活習慣病にかかわる多くの項目を、短期間で改善することが報告されています。具体的には、体脂肪や内臓脂肪の減少、血糖値の低下、血圧の低下、糖化ヘモグロビンの現象、最大酸素摂取量の増加などでっす。そのうえ血圧降下剤など、生活習慣病の中には一生薬を飲み続けなくてはならないものもあるので、それに比べれば、筋肉トレーニングによる改善ははるかに健康的で有意義です。 この本では中高年の男性を対象に、より効果的な筋肉をつけるためのトレーニング方法を、具体的に説明しています。 40代を過ぎて生活習慣病やメタボリック症候群が気になりだした人、60代で既になってしまった人も、ぜひ筋肉トレーニングを始めることを勧めます。■筋肉は現在と未来のQOLを向上させる 筋肉トレーニングによって筋肉が付くと、さらに良いことがあります。筋肉はあなたにQOLの向上と前向きな気持ちをもたらします。QOLとはクオリティ・オブ・ライフ(quality of life:生活の質)のことで、厳密な定義はありませんが、「単に疾病がないということではなく、身体的にも精神的にも満足のいく状態にある」ことです。何かやりたいことがあった時、肉体的にも精神的にも心配なくすることができるということです。(中略) 筋肉が付けば、もちろん現在のQOLが向上しますが、さらに重要なのは何年か先、あなたが老年期に入った時のQOLも大幅に向上することです。QOLの向上とともに、何事に対しても前向きに取り組むことができるようになるでしょう。 仕事をリタイアしてから、思う存分自由な時間を楽しめるかどうかは、現在のあなたがトレーニングを始めるかどうかにかかっています。■中高年には中高年のためのトレーニングが必要 筋肉トレーニングは、ハードに行えば行うほど筋肉が付くと思っている人も多いと思います。しかし中高年の人が、若い人と同様に、むやみにハードなトレーニングを行っても、あまり効果はきたいできません。中高年特有の体の状態を考慮した中高年向けのトレーニングをすることで安全にかつ効率よく筋肉をつけることができます。■筋肉と男性ホルモン 筋肉トレーニングによって筋肉が増加するには、どのようなトレーニングをするかも重要ですが、それ以上に男性ホルモン(テストステロン)が重要な役割を果します。 テストステロンは男性の精巣で分泌され、幼児期においては男性器の発達を促し、女性との大きな性差をもたらす第二次性徴を発現させるなど、男性の生殖を司るたいへん重要なホルモンです。さらに、テストステロンは脂肪や炭水化物などの代謝を促進させ、内臓脂肪や体脂肪を減らし、コレステロールや血糖値を下げ心血管疾患のリスクを低減するなど、健康にも重要な働きをしています。 そして、テストステロンの重要な働きの一つが、筋肥大の促進です。 たくましい筋肉は男性の象徴の一つです。トレーニングによって筋肉に与えられた刺激に反応して、タンパク質が合成され、筋肥大が起こります。ところが、筋肥大メカニズムは非常に複雑なので、トレーニングでの刺激がうまく筋肉に反映されるには、複数の伝達経路がうまく機能する必要があります。それらの経路に、テストステロンが重要な役割を果しています。 テストステロンは、代謝やタンパク質合成・筋肥大のスイッチのような働きをしていると考えてください。(中略)■テストステロン不足が招くベテランの停滞 ベテランが停滞期と思っているのは、多くの場合、加齢によるテストステロンの低下がその原因です。ですから、これまでと同様のハードなトレーニングを続けても、さほど効果は期待できません。それを打破するために、ウエイトの重さによる機械的な刺激ではなく、生化学的刺激を得るようにシフトしたトレーニングを紹介します。私自身が実際に行っている方法ですので、必ず皆さんの役に立つと思います。 さらに、テストステロンの分泌を増やすため、食生活や睡眠など生活習慣の改善とその具体的な方法も提案します。トレーニングの成果をダイレクトに筋肉に反映させる体を手に入れましょう。
2024.12.20
コメント(0)

今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「飲めや歌え」でしょうか♪<市立図書館>・昭和街場のはやり歌・酒は人の上に人を造らず・こんな雨の日に<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【昭和街場のはやり歌】前田和男著、 彩流社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「はやり歌」から、明日の日本の姿が見えてくる…。歌とともに時代を共有した「団塊」といわれるベビーブーマー世代が、エピソードを交え描く歌謡社会文化論!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/01予約、副本?、予約8)>rakuten昭和街場のはやり歌【酒は人の上に人を造らず】吉田類著、中央公論新社、2018年刊<「BOOK」データベース>より『土佐日記』の作者・紀貫之は、国司の任を終えた送別の宴で連日、熱烈に歓待された。酒好きが多く、酔うほどに胸襟を開く土地柄なれば、開放的な酒宴は今なお健在、と高知出身の著者は言う。福沢諭吉の名言ならぬ「酒は人の上に人を造らず」を地でいく著者は、東京の下町をはじめ、北海道、福島、京都、愛媛、熊本など各地を訪ね、出会った人たちと縁を結ぶ。酒場の風情と人間模様を描く、読みごたえたっぷりの紀行エッセイ。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten酒は人の上に人を造らず【こんな雨の日に】是枝裕和著、文藝春秋、2019年刊<「BOOK」データベース>より映画コンテ、自身が撮影した写真、撮影の記録とともに、是枝監督自身が映画について、現在の想いを綴るー<読む前の大使寸評>追って記入rakutenこんな雨の日に
2024.12.20
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・絲山秋子『神と黒蟹県』(3/02予約、副本3、予約63)現在13位・前田和男『昭和街場のはやり歌』 (5/10予約、副本?、予約8)現在1位・内田樹『勇気論』(7/07予約、副本?、予約?)現在3位・消費者金融ずるずる日記(8/27予約、副本6、予約112)現在66位・パッキパキ北京(8/29予約、副本9、予約111)現在47位・転がる珠玉のように(9/05予約、副本7、予約87)現在43位・原爆裁判(9/11予約、副本?、予約133)現在83位・沈む日本4つの大罪(10/10予約、副本?、予約?)現在7位・官僚国家 日本の闇(10/28予約、副本2、予約47)現在38位・森永卓郎『身辺整理』(11/20予約、副本4、予約76)現在68位・金原ひとみ「ナチュラルボーンチキン」(12/03予約、副本?、予約?)現在144位・おかしゅうて、やがてかなしき (12/12予約、副本?、予約?)現在2位・猫社会学、はじめます(12/17予約、副本?、予約?)現在19位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』・沢木耕太郎『深夜特急』<予約候補>・中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・井上ひさし『本の運命』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・「中国」はいかにして統一されたか・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」・畑正憲『どんべえ物語』:図書館未収蔵・ヤマザキマリ『水木しげる厳選集 異』:図書館未収蔵・書いてはいけない日本経済墜落の真相:図書館未収蔵・金水敏『よくわかる日本語学』・闇の中国語入門・奪還 日本人難民6万人を救った男:・花まんま・森永卓郎『官僚生態図鑑』:図書館未収蔵・水族館飼育員のキッカイな日常・麻田雅文『日ソ戦争』<予約分受取:9/01以降> ・パンとサーカス(8/28予約、9/01受取)・川上未映子『黄色い家』(7/24予約、9/12受取)・高野秀行『イラク水滸伝』(1/06予約、9/22受取)・池澤夏樹『ノイエ・ハイマート』(6/29予約、10/13受取)・三浦しおん『しんがりで寝ています』(4/12予約、10/27受取)・有田芳正『誰も書かなかった統一教会』(7/27予約、11/14受取)・ぜんぶ、すてれば(11/07予約、11/14受取)・カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」(4/27予約、11/21受取)・小倉ヒラク『アジア発酵紀行』 (5/14予約、12/12受取)**********************************************************************【神と黒蟹県】絲山秋子著、 文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より「黒蟹とはまた、微妙ですね」。日本のどこにでもあるような「地味県」の黒蟹県。そこで暮らす、そこを訪れる、名もなき人々や半知半能の神がすれ違いながら織りなす、かけがえなく、いとおしい日々。まだ名付けられていない人間関係を描き続けてきた著者真骨頂の連作小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/02予約、副本3、予約63)>rakuten神と黒蟹県【昭和街場のはやり歌】前田和男著、 彩流社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「はやり歌」から、明日の日本の姿が見えてくる…。歌とともに時代を共有した「団塊」といわれるベビーブーマー世代が、エピソードを交え描く歌謡社会文化論!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/01予約、副本?、予約8)>rakuten昭和街場のはやり歌【勇気論】内田樹著、光文社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりモヤモヤを抱えた編集者との“カウンセリング”往復書簡。ジョブズ、フロイト、孔子、伊丹万作、河竹黙阿弥、大瀧詠一、パルメニデス、富永仲基…話頭は転々として奇を極めー。いまの日本人に一番足りないものは何だろうか?読めば心が軽くなるーウチダが綴る9通のメッセージ。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/07予約、副本?、予約?)>rakuten勇気論【消費者金融ずるずる日記】 加原井末路著、三五館シンシャ、2024年刊<「BOOK」データベース>より1990年代の半ば、30歳のときに足を踏み入れ、50歳で退職するまでの20年を私はこの業界ですごし、お金にまつわる悲喜こもごもを目撃した。私が在籍した期間は、消費者金融業界が栄華を極めてから、2010年の法改正施行を経て、没落していく年月でもあった。-本書にあるのはすべて私の実体験である。「お客を追い込む仕事」。サラ金社員が経験した、貸し手と借り手のお金の修羅場。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten消費者金融ずるずる日記【パッキパキ北京】綿矢りさ著、集英社、2023年刊<「BOOK」データベース>よりコロナ禍の北京で単身赴任中の夫から、一緒に暮らそうと乞われた菖蒲。愛犬ペイペイを携えしぶしぶ中国に渡るが、「人生エンジョイ勢」を極める菖蒲、タダじゃ絶対に転ばない。過酷な隔離期間も難なくクリアし、現地の高級料理から超絶ローカルフードまで食べまくり、極寒のなか新春お祭り騒ぎ「春節」を堪能する。街のカオスすぎる交通事情の把握や、北京っ子たちの生態調査も欠かさない。これぞ、貪欲駐妻ライフ!北京を誰よりもフラットに「視察」する菖蒲がたどり着く境地とは…?<読む前の大使寸評>追って記入rakutenパッキパキ北京【転がる珠玉のように】ブレイディみかこ著 、中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりLike A Rolling Gem。大人の山あり谷ありライフを越えていけ!結婚するゲイの友人、職人魂を燃やす父、イギリスで、日本で、社会の底を支える労働者たちの人生劇場。泥くさい毎日を“宝石”に変える著者3年ぶりの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約(9/05予約、副本7、予約87)>rakuten転がる珠玉のように【原爆裁判】山我浩著、毎日ワンズ、2024年刊<商品説明>より日本初の女性判事・三淵嘉子が昭和三十年代に裁判官を務めた「原爆裁判」に焦点を当てた書き下ろし。原爆を巡るアメリカの闇を追及すると共に三淵嘉子の半生を紹介、さらに、世に名高い「原爆裁判の判決文」も付載した一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/11予約、副本?、予約133)>rakuten原爆裁判【沈む日本4つの大罪】 植草一秀×白井聡著、ビジネス社、2024年刊<「BOOK」データベース>より捏造と欺瞞、狡猾と策略で、夢も希望も失った日本人に告ぐ!奴隷国家に堕した日本の国難に打ち勝つ再生への処方箋。経済学の論客と気鋭の政治思想家が日本のタブーに斬り込む!LGBTQ、SDGs、コロナワクチン、政権と大企業の罠、メディア腐敗etc。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約 (10/10予約、副本?、予約?)>rakuten沈む日本4つの大罪【官僚国家 日本の闇】泉房穂著、 集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より2002年10月、右翼団体代表を名乗る男に襲撃され命を落とした政治家・石井紘基。当時、石井は犯罪被害者救済活動、特殊法人関連の問題追及等で注目を浴びていた。その弱者救済と不正追及の姿勢は、最初の秘書・泉房穂に大きな影響を与えた。石井は日本の実体を特権層が利権を寡占する「官僚国家」と看破。その構造は、今も巧妙に姿を変え国民の暮らしを蝕んでいる。本書第1部は石井の問題提起の意義を泉が説き、第2部は石井の長女ターニャ、同志だった弁護士の紀藤正樹、石井を「卓越した財政学者」と評する経済学者の安冨歩と泉の対談を収録。石井が危惧した通り国が傾きつつある現在、あらためてその政治哲学に光を当てる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/28予約、副本2、予約47)>rakuten官僚国家 日本の闇【身辺整理】森永卓郎著、興陽館、2024年刊<「BOOK」データベース>よりいきなり、ステージ4のがん告知を受けた、森永卓郎の「遺言」。迷惑をかけずに、跡形もなく消え去りたい。渾身の「死に支度」ドキュメント。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/20予約、副本4、予約76)>rakuten身辺整理【ナチュラルボーンチキン】金原ひとみ著、河出書房新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりルーティンを愛する45歳事務職×ホスクラ通いの20代パリピ編集者。同じ職場の女から導かれて出会ったのは忘れかけていた本当の私ー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/03予約、副本?、予約?)>rakutenナチュラルボーンチキン【おかしゅうて、やがてかなしき 】 前田啓介著、集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より岡本喜八は1924(大正13)年生まれ。『独立愚連隊』『日本のいちばん長い日』『江分利満氏の優雅な生活』など、戦中派の心情をそこかしこに込めた映画を撮り続けた職人肌の監督として知られる。陸軍予備士官学校で終戦を迎え、戦後映画界に復帰すると、戦争、時代劇、SF、青春群像など、バリエーション豊かで喜劇性にあふれた作品をつくった。喜八が生涯を通じてこだわり抜いた戦中派とは何なのか。新たに発掘された若き日の日記をひも解きつつ、映画監督・岡本喜八の実像と戦中派の心情に迫るノンフィクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/12予約、副本?、予約?)>rakutenおかしゅうて、やがてかなしき 【猫社会学、はじめます】 赤川学(著・編)、筑摩書房、2024年刊<「BOOK」データベース>より猫が教えてくれた、「ただ、いるだけ」の価値。約9500年にわたる猫と人類の歴史のなかで、もっとも関係が深まったのが現代。その諸相に光を当て、“猫と人間の幸福な未来”を構想。猫を愛する社会学者たちによる“猫社会学”の誕生!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/17予約、副本?、予約19)>rakuten猫社会学、はじめます【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・デジタル朝日「好書好日」でめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2024.12.19
コメント(0)

K氏が本棚から抜き出してきたのは『信長公記』の現代語訳の文庫本であるが、その本に出てくる村上海賊がしゃべる泉州弁がええでぇ・・・ということで以下のとおり復刻して紹介します。*********************************************************明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。年初にあたり、大阪弁ブンガク論について復刻して読んでみようと思うのです(毎度手抜きですんまへん)。*********************************************************図書館で『K氏の大阪弁ブンガク論』という本を、手にしたのです。K氏の説く大阪弁ブンガク論とあれば・・・あだやおろそかにはできんなあ♪【K氏の大阪弁ブンガク論】江弘毅著、ミシマ社、2018年刊<「BOOK」データベース>より国民的作家から現代の人気作家まで縦横無尽!長年街場を見つめてきた著者がボケてつっこむ!唯一無二のブンガク論。【目次】ブンガク論に入る前に、ちょっと地元のこと。K氏の場合。/日本ブンガクを席巻する関西弁の技法/黒川博行ブンガクを支える「口語」表現/『細雪』-大阪弁が現代文で書かれるようになった時代/『細雪』はグルメ小説や!/大阪語・標準語の書き分けによるブンガク性/ほか<読む前の大使寸評>K氏の説く大阪弁ブンガク論とあれば・・・あだやおろそかにはできんなあ♪rakutenK氏の大阪弁ブンガク論「起きりー! 朝やでぇ!」第9章「泉州弁で描ききる先端性」で村上海賊の泉州弁を、見てみましょう。p189~193<ルビ使いが最高!> K氏は『村上海賊の娘』を読んで、「こんなんありか」と声を上げた。「ダントツにおもろい。とんでもなく凄い歴史小説や」と思った。 それは海賊武士の話し言葉が「泉州弁」で書かれたものだからだ。「泉州」は旧「和泉国」で大阪府南部。大和川から南、堺から和歌山までの地域で、とりわけ特徴がある「泉州弁」は、K氏が生まれ育った岸和田から南部の「泉南方言」だとされる。 合戦の際の台詞が「者ども、うろたえるでない。駆けよ」でなく、「お前ら、びびったらあかんど。走らんかえ」なのである。 この長編小説は戦国時代の大阪で起こった「第一次木津川口の戦い」を再現した小説である。「これや、これ」とK氏が本棚から抜き出してきたのは『信長公記』の現代語訳の文庫本だ。子供の頃から司馬遼太郎や海音寺潮五郎とかの合戦ものが好きだったK氏であるが、「『信長公記』はやなあ、1560年の桶狭間合戦から本能寺までハイライトが、岸和田の藤井町の地車(だんじり)に彫刻してあるんや」とのことだ。合戦をこの場で見てきたごとくことさらK氏は熱く語るのだが、正直「また岸和田だんじりか」とあきれてしまう。『信長公記』は、慶長年間(1600年頃)に太田牛一が著した織田信長の伝記である。信長の7歳年長だった太田は、彼の英雄に仕え元服から本能寺で切腹するまで生涯を実見してきた。したがってこの信長の一代記は歴史書としても信用度が高く、叙事文学・戦記文学としても優れた作品だというのが定説だ。『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)の巻九/(1576)、「木津浦の海戦」には次のように記録されている。 七月十五日のことであった。中国筋安芸の水軍、能島元吉・来島通総・児玉就英・栗屋元如・乃美宗勝という者が、大船七、八百艙を率いて大坂の海上に来航し、大坂方に兵糧を補給しようとした。 これを阻止しようと迎え撃ったのは、真鍋七五三兵衛・沼野伝内・沼野伊賀・沼野大隅守・宮崎鎌太夫・宮崎鹿目介・尼崎の小畑、花熊の野口。これらも三百艙余を漕ぎ出し、木津川河口に防衛線を張った。敵は八百艙ほどである。互いに漕ぎ寄せて、海戦となった。 という歴史的史実だ。泉州武士を中心とした織田信長側の軍勢が村上海賊の本願寺側に敗れる海戦だった。本願寺方の村上海賊と織田信長方の泉州武士のいわば代理戦争であるが、この小説で主人公と戦う真鍋七五三兵衛はじめとする泉州海賊侍が、場面場面で口にする台詞があまりにも凄すぎるのだ。「真鍋海賊の武勇を見せちゃらんかい」「ああ、そらあれじょ。直政っさんの国がド田舎やさかいじょ」「おのれんとこの小倅ぁ、おのれより戦上手やど」「面白いのぉ、こいつら」「わっしょれ~。なんやこら、正統派の泉州弁そのままやしな」とK氏はそれらの台詞をいちいち声を上げて自らの泉州弁で読んで、「最高やのぉ」と反芻しながら、単行本上下巻あわせて1000ページ弱もある長編を一気読みである。 まるでだんじり祭で地車を命懸けで曳行している最中に発せられる「浜言葉」そのもの。それも地元民でもおもわず苦笑してしまう荒っぽい会話の台詞に、「そうか泉州の海賊侍の合戦のときの言葉は、祭のときにおがってる(叫んでる)のとおんなじや」と膝を叩いて喜ぶのだった。「殺(い)てまえ!」「不味(あかなし)いよぉ」「塩で食(いか)んかえ」 という、表意文字の漢字とそこに付くひらがなまでを含めて、リアルな泉州弁に読ませるためにルビを振っているところで、「なるほどそういう手があったんか」とK氏は感嘆するのだった。『K氏の大阪弁ブンガク論』4:村上海賊がしゃべる泉州弁『K氏の大阪弁ブンガク論』3:尾野真千子の泉州弁『K氏の大阪弁ブンガク論』2:大阪語・標準語の書き分け『K氏の大阪弁ブンガク論』1:多様な関西弁*********************************************************■2023.10.20XML『K氏の大阪弁ブンガク論』4https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202310200001/
2024.12.19
コメント(0)

図書館で『日本の戦争映画』という本を、手にしたのです。目次をみると、第二部として「岡本喜八の戦争映画」とあるように、『独立愚連隊』、『肉弾』など岡本の作品を多く取り上げているわけで・・・我がツボが疼いたのです。帰って調べてみると、この本を借りたのは2度目になることが分かったので、この記事を(その2)とします。【日本の戦争映画】春日太一著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より戦後、日本映画はいかに戦争を見つめてきたか。元特攻隊の脚本家、学徒兵だったプロデューサー、戦地から生還した映画監督ー。彼らが映画に込めた想いを追いつつ、スペクタクル、笑い、大スターの共演など多種多様な戦争映画の魅力を縦横に語り尽くす!<読む前の大使寸評>この本は『独立愚連隊』、『肉弾』など岡本の作品を多く取り上げているわけで・・・我がツボが疼いたのです。rakuten日本の戦争映画映画館で最初に見た作品『独立愚連隊』の語り口を見てみましょう。p195~199<『独立愚連隊』> 岡本喜八の名前を一躍世間に知らしめたのが1959年の『独立愚連隊』です。 ここで岡本はスピーディでテンポのよい、そしてコミカルなアクション映画として戦争を描いていきました。 アメリカのハリウッド映画では、娯楽として戦争を楽しむ作品は数多く作られています。それはやはり戦勝国だからこそであり、またそのためにアメリカは「自分たちはいつも正義である」という大前提、価値観をベトナム戦争まで崩されないできました。ですから、戦争を描いても娯楽として成り立つ。 日本は敗戦国であるから、エンターテインメントにしにくい。中国戦線では、実際に中国の領内で戦っていたわけで、戦う相手は現地の人々です。それでは娯楽として扱いにくい。だからといってアメリカとの戦いになってくると、圧倒的に負けた相手ですから、これも娯楽にしにくい。 ところが、岡本喜八は「社会は映画は自分には作れない」と言い切っています。『マジメとフマジメの間』という著書でこう言っています。「ひめゆりの塔やきけわだつみの声にはただもうヤミクモに泣いた。ナミダが眼鏡のタマにたまっちゃって、殆ンどアウトフォーカスの画面になっちゃうほどに泣いた。小屋の便所で顔をゴシゴシ洗いながら、オレニハコンナマジメナ戦争映画ハツクレナイナと思った」 そして、「マジメ」の反対、つまりアクションやコメディといった娯楽要素の強い戦争映画を作ろうとしました。 彼が一番好きなのは、西部劇でした。軍隊にいる時は特訓続きの毎日で、楽しいのは寝る前のひとときです。 そのときには西部劇映画の名作『駅馬車』(ジョン・フォード監督)のシーンを思い出していたそうです。ですから、映画を撮る時は『駅馬車』みたいな映画を再現したいと思っていました。ガンアクションと馬上のチェイスを広大なスペースを使って撮りたい。 それをやるのにピッタリな舞台が、第二次大戦における中国戦線でした。それが『独立愚連隊』へとつながります。 勇壮なファンファーレで始まるところから新しい。当時の戦争映画は、基本的に陰鬱な音楽で重々しく始まります。それがいきなり明るい。 そして佐藤允が演じる主人公の登場になります。これがまさに西部劇のような颯爽としたヒーロー。馬で荒野を駆け抜けながら現れる陽気な男。頭は切れて、女にモテて、腕も立って、侠気もある。日本の軍人をこのようなキャラクターとして描くのは、当時では勇気の要ることでした。軍=悪という時代ですから。 そしてアクション。これもほぼ西部劇です。特に終盤、基地に独立愚連隊の面々が戻ってくると、いるはずの大隊は撤退していなくなっています。そこに中国の八路軍が攻めてくる。これは、完全に昔の西部劇の作り方です。荒野の小屋に開拓民たちがいて、そこに当時の呼称でいうところの「インディアン」(本来は彼らこそが先住民なのですが、当時は開拓者を襲う悪役という扱いでした)が襲来してくる。それを開拓者たちが銃で撃退する。この構造をそのまま使っています。攻めてくる八路軍に対して拳銃で迎撃していく。(中略) それからもう一つの特徴は喜劇性でした。敗戦国であることと、反戦のメッセージ性を考えると、戦争映画において笑いを取るのは難しかった。 ところが、『独立愚連隊』は序盤からコミカルなシーンを入れています。三船敏郎が大隊長を演じているのですが、これがもう尋常でなくなっている。基地にいてのんびりと日常が過ぎているのに、一人だけ戦場にいると思い込んで、双眼鏡を覗き込みながら大声で命令を絶叫している。でも、部下も住民もみんな放っていて、大隊長が戦闘中の感じで真面目に叫んでいる横で、慰安婦たちが川で下着を洗ったりしているわけです。(中略) そして、主人公が最前線に行ってみると「独立愚連隊」といわれる兵士たちがいます。これがまた、最前線なのに悲壮感が全くない。ギャンブルをやったり、手榴弾をおもちゃ代わりにしたり、その手榴弾を現地の中国人に売って、代わりに酒を手に入れたり、もう本当に戦争全体を茶化しているのです。コメディによって戦争のくだらなさを茶化す、風刺的な演出といえます。『日本の戦争映画』1:『肉弾』
2024.12.18
コメント(0)

図書館で『日本の戦争映画』という新書を、手にしたのです。ぱらぱらとめくると『人間の条件』六部作とか岡本喜八の『独立愚連隊』とか・・・あらゆる視点で戦争をとりあげていて、なかなかのものです。【日本の戦争映画】 春日 太一著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より戦後、日本映画はいかに戦争を見つめてきたか。元特攻隊の脚本家、学徒兵だったプロデューサー、戦地から生還した映画監督ー。彼らが映画に込めた想いを追いつつ、スペクタクル、笑い、大スターの共演など多種多様な戦争映画の魅力を縦横に語り尽くす!<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくると『人間の条件』六部作とか岡本喜八の『独立愚連隊』とか・・・あらゆる視点で戦争をとりあげていて、なかなかのものです。rakuten日本の戦争映画ATG(アートシアターギルド)で観た『肉弾』という映画が忘れがたいのだが・・・「第二部 岡本喜八の戦争映画」に『肉弾』が出ているので、見てみましょう。p213~216<『肉弾』> 翌1968年に岡本喜八は『肉弾』という映画を撮っています。これは岡本喜八の私小説的な作う品です。 寺田農が「あいつ」という主人公を演じていますが、見た目が岡本喜八そのものです。眼鏡でやせ細っていて。 それから、本土決戦に向けて対戦車特攻「肉弾」の訓練を受けている設定も同じです。「あいつ」は訓練を受けながら、さまざまな人に出会う。それは皆、それぞれに戦争で何かを失った庶民です。その出会いを、コミカルなタッチで描いていく。 例えば笠智衆が演じる古本屋。その古本屋を「あいつ」が訪れると「ああ、ちょうどよかった。今、妻がいないんで手伝って、これ」と。笠智衆が立ち上がると両手がない。戦争で両手を失っているのです。その瞬間、「あいつ」は「ああ、わかりました」と言って小便を手伝ってあげる。 こうした、庶民から見た戦争・・・というのが、岡本喜八の描きたかったことでした。『日本のいちばん長い日』のラストでは「戦争で300万人の日本人が死んだ」とテロップが出ます。その「300万人の終戦」が『日本のいちばん長い日』であれば、今度は「300万分の1」の終戦というのをやりたかった・・・と。その「1」は、岡本喜八自身でもあります。『日本のいちばん長い日』には庶民が出てきません。だから、今度は庶民にとっての終戦とは何だったのかをやりたかったのです。『日本のいちばん長い日』は俯瞰した話なので、「私」がいない。では、「私」にとっての終戦は何だったのか。それが『肉弾』になっていきます。 最初、この脚本は東宝で通りませんでした。それが『日本のいちばん長い日』を撮り終えた段階で東宝から、ご褒美として許可がおります。でも、お金は出してくれない。それで、ATGを使います。作り手が五百万円を集めるとATGが残りの五百万円を出す。それで1千万円で低予算映画を作る。 当時、独立系の映画監督たちはここで映画製作をしていました。ところが、ATG側は「岡本喜八」というだけで企画を拒否してくる。 東宝という大企業でエンターテインメント作品を撮る監督だからATGにはふさわしくないということでした。つまり、岡本喜八は東宝からすると異端と思われて、独立系からするとメジャーの人間と思われていた。難しい立場でした。 それでもなんとか企画が通ります。そうまでして実現させたい企画でした。そこには、『日本のいちばん長い日』を撮り終えたからこその、想いがありました。「事実を再現し得ても、事実を見つめる私は主張し得たかどうか?『日本のいちばん長い日』に欠落した部分が、撮り終えたあとで無性に埋めたくなった」(『岡本喜八全作品集』) だからこそ、岡本喜八は『肉弾』の中に自分自身を描いていきました。 劇中、「あいつ」は軍から二つ選択肢を提示されます。それは、「対戦車用の《肉弾》になるか」、もう一つは「魚雷艇に乗り込んで、アメリカ艦に突っ込んでいくか」。これも戦時中、岡本喜八自身が迫られた選択でした。 最終的に、劇中で「あいつ」は岡本喜八が実際にやるはずだった「肉弾」から配属転換になり、魚雷にくくりつけられたドラム缶に乗り込んで終戦を迎えることになります。では、なぜ「あいつ」はドラム缶に乗って戦うことになったのか。 それは、祖国を守るためではなく、好きな女を守るためでした。岡本喜八はある思い出話を書いています。「昭和20年正月、あせは特甲幹として松戸工兵学校へ出発という夜、この夜は私にとって忘れがたい劇的な夜になった。あきらめきっていた美少女が千人針をそっと持ってきてくれたのだ。『お帰りを待っています』受けとる手がワナワナとふるえた。これで死ねる。工兵学校での八か月の教育期間が終わったらおそらく生きてはいまい。しかし、むしょうに生き残りたいと思った。 私にとって、急造の対戦車地雷をかかえてまもるべき祖国はなんであったか?茫漠とした美辞麗句のためにはシャーマン戦車にぶつかれない。私にとって祖国とは、出発の前の日にそっと下駄箱の隅に置いてきた、履きなれたチビた下駄であり、そっと千人針を渡してくれた彼女であった」(『ななめがね』)
2024.12.17
コメント(0)

図書館に予約していた『アジア発酵紀行』という本を、待つこと7ヵ月ほどでゲットしたのです。「第1章 茶馬古道の味噌汁茶」には茶間古道の地図が載っているが・・・中国雲南省のチベット族自治州のシャングリラ→大理市→プーアル市→タイ族自治州のシーサンパンナに至る茶間古道が秘境という感じでエキゾティックである。あの高野秀行さんがこの冒険行を讃えるのもうなづけるのである♪【アジア発酵紀行】小倉ヒラク著、文藝春秋、2023年刊<出版社>よりアジアの巨大な地下水脈をたどる冒険行。「発酵界のインディ・ジョーンズ」を見ているようだ!ーー高野秀行(ノンフィクション作家) 自由になれーー各地の微生物が、奔放な旅を通じて語りかけてくる。ーー平松洋子(作家・エッセイスト)発酵はアナーキーだ! チベット~雲南の「茶馬古道」からインド最果ての内戦地帯へーー前人未到の旅がいま幕をあける! 壮大なスケールでアジアの発酵文化の源流が浮き彫りになる渾身作。<読む前の大使寸評>「第1章 茶馬古道の味噌汁茶」には茶間古道の地図が載っているが・・・中国雲南省のチベット族自治州のシャングリラ→大理市→プーアル市→タイ族自治州のシーサンパンナに至る茶間古道が秘境という感じでエキゾティックである。あの高野秀行さんがこの冒険行を讃えるのもうなづけるのである♪<図書館予約:(5/14予約、副本2、予約21)>rakutenアジア発酵紀行トムヤムクンまず冒頭の「まえがき」から、見てみましょう。p1~4<まえがき> 発酵はアナーキーだ。 微生物という目に見えない自然がつくり出す、人間の予想もつかない働き。酵母は光合成も酸素の呼吸も必要とせずに、人を酔わせるアルコールやかぐわしい香りを生み出す。栄養が豊富にあれば1日で数億倍以上に増殖する。人間の常識の通用しない小さくて強力なアナーキストである。 発酵はサバイバルの知恵でもある。微生物の働きを利用して、人類は長い歴史を生き延びてきた。とりわけ下界から隔絶された過酷な環境ほど、発行のもたらす物質の保存作用や化学変化のコントロールが生存のキーポイントになってきた。 隔離された環境で培われたサバイバル技術が、数百年の時間軸で蓄積することで、現代文明の価値観を覆すアナーキーな域に昇華する。僕はそこに人類の文化のしたたかさを見る。 僕がバックパックをかついで旅を始めたのは、18歳の頃。退屈を持て余して巡ったアジアの国々は、僕の待ち望んでいた、度を超えた極端さを教えてくれた。 食でいえば、人生初のバックパッカー旅で食べたタイの料理。本格的なスパイス料理に触れる機会のなかった日本人には涙が出るほどの辛さのグリーンカレー、酸っぱさのトムヤムクン。 おっかなびっくり食べた、台湾の屋台街で50m先から臭う、鼻が麻痺するほどの臭豆腐の匂い。ベトナムでできた友人の家で囲んだ、ハーブやフルーツをあしらった目がチカチカするほどカラフルな食卓。 大学の先輩から教わったビールやカクテルにようやく慣れた頃に、デザイン会社のバイトで上海にしばらく滞在したことがあった。その日の仕事が終わると、現地の会社の人が飲み会に誘ってくれる。そこで始まるのが、白酒(パイチュウ)という中国焼酎のエンドレス飲み比べ。アルコール度数50度を超える酒を杯になみなみ注いで「カンペイ!」の掛け声とともに一息で飲み干す。 僕がチームを代表して飲み比べに臨み、飲み干すほどに喉が焼け付くような強烈なアルコールの妙味をこれでもか!と味わうことになった。何度か乾杯をくり返し、中国側の酒飲みががっくり崩れ落ちると拍手が上がる。ビジネスの接待の場では、飲み比べに勝利したほうが有利な条件で仕事を進められる習わしだと聞く。 そうか、中国では酒に強いこともビジネスマンの条件なのか、とホテルに帰ってビールを飲み直しながら妙に感心した覚えがある。 食でも仕事でも人間関係でも、日本は「ほどほど」の心地よさを大事にする。適度に品よく、後を引かず、あっさりと。しかし大陸アジアでは、裸のままの感覚が真正面からぶつかってくる。しかも場の文脈を無視して、当て逃げのように。 文脈を共有できないままぶつかり合う価値観のなかで生きるアナーキーなたくましさ。アジアの旅で僕が魅了されたのは「ほどほど」の枠の外で生きる痛快さだ。 僕の人生の分岐点にはいつもアジアがある。 教室の空気に馴染めなかった高校時代、一番の仲良しだったのは中国の男の子だった。彼の家は文化大革命の混乱のさなかで日本に渡ってきた。お父さんは焼き鳥に使う竹串を製造する会社を経営していた。 当時の僕の幼稚な経営者像といえば、自動車やコンピューター、有名ブランドのアパレルや食品の会社をやっているきらびやかな実業家。 えっ、竹串?と思ったが、よく考えてみれば日本中の焼き鳥屋さんが毎日使うであろう竹串の膨大さを想像してみるに、それが立派なビジネスであることが分かる。 誰もが見向きもしないものに、価値を見出す。みんなが知っているカッコよさのなかで一番を競うゲームから降りて、ニッチを極めることでどんな環境でも生き延びるしたたかさ。 僕もいつか、自分なりの竹串を見つけたい・・・中国のお父さんの生き様から学んだ「サバイバル竹串理論」が、僕の未来を生きる拠りどころになってきた。 大学を卒業すると、僕は気ままに旅することをいったんやめて、東京でデザイナーとして生計を立てることになった。自分で仕事をつくっていく面白さもあったし、東京らしい華やかさもあった。しかしそれはみんなが目指すカッコよさのゲームであり、竹串ではなかった。(中略) そんな折に、偶然会社の同僚だった味噌蔵の娘の導きで、僕は発酵の道に足を踏み入れることになった。無頓着だった食生活を改めて、味噌汁や漬物を食べる習慣をつけたら崩れた体調が整っていった。 そこから発酵に興味を持ち、自分でも味噌や麹を仕込んだり、同僚の味噌蔵を訪ねるうちに微生物と人間の交わる世界の面白さにのめり込んでいった。
2024.12.17
コメント(0)

砂漠には思い入れが深いわけで、ツボにもなっているんですが・・・10年くらいまえに読んだ『砂漠と人間の歴史』という本を復刻して読んでみようと思い立った次第です。*********************************************************図書館で借りた『砂漠と人間の歴史』だが・・・ええでぇ♪「月の砂漠」のエキゾティックに魅惑された大使は西域にあこがれて・・・・ドングリスタンの大使を務めるまでに至ったのです(嘘やでぇ)【砂漠と人間の歴史】ロズリン・D.ヘインズ著、原書房、2014年刊<「BOOK」データベース>より特異な生態系を育み、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を誕生させ、資源や軍事開発の拠点となった、この地にひそむ力。砂漠のメカニズムと歴史を、地学、生物学、宗教、芸術など多角的な視点から描きだす。地球科学と文化史を結ぶ新しいタイプの自然誌入門。【目次】第1章 砂漠の多様性/第2章 さまざまな適応能力/第3章 過去と現在の砂漠の文化/第4章 先祖たちの芸術/第5章 砂漠の宗教/第6章 旅行家と探検家たち/第7章 想像の砂漠/第8章 西洋芸術における砂漠/第9章 砂漠の資源と可能性<大使寸評>砂漠に対する主な三つの反応―その広大さへの畏敬、その過酷さへの恐怖、その野生への興味―は、そのままmysterium(神秘)、tremendum(戦慄)、fasinans(魅惑)といった特徴と一致する。幼少の頃「月の砂漠」のエキゾティックに魅惑された大使であるが・・・・その後、読書とか仕事を通じて砂漠へのこだわりを持つに至ったわけです。この本も、「砂漠への憧れ」の中に収めておきます。rakuten砂漠と人間の歴史今日、ベドウィン族はアラブの全人口の10%に満たないが、ベドウィン族の美徳は今も純粋なアラブ・イスラム文化の手本とされるそうです。<砂漠の文化>p68~69より 伝統的なベドウィンの遊牧民は、横長で天井の低い黒いテントに住んだ。山羊やラクダの毛でつくられ、中心を背の高い一連のポールで支えられたテントは、その数によって一族の富や地位が示された。こうしてテントは砂漠の生活によく適応したものだった。一時間足らずで片づけることができるうえ、羊やラクダの毛でできた生地は濡れると膨張するため、水も弾いた。 それは寒い夜には暖かく、風の強い日には避難場所となったばかりか、暑い真昼には両側面と背面を巻き上げて微風を入れることもできた。テントの前面部分は男性の領域で、客を迎えるためにも使われたが、家族が寝起きし、料理するのは仕切りのカーテンの奥にある女性用の部屋だった。 今日、ベドウィンの裕福な家族のテントには、電灯やテレビといった電化製品のために発電機を備えているところもあれば、ラクダや羊の群れと並んで、外にトラクターやライトバンが駐車されているところもある。 一方、オアシスは遊牧よりも安楽な生活様式をもたらし、紀元前5世紀頃から、そこに定住民の社会が発達した。その代表的なものがメッカである。こうした集落ではナツメヤシや穀物が栽培され、スパイスや象牙、金などをアラビア南部やアフリカから肥沃な三日月地帯へと運ぶ隊商のちょっとした交易拠点となった。 砂漠の遊牧民と町の住人、そして小作人を区別する社会的階層は、たとえそれが必ずしも各階層の相対的な豊かさを反映したものでないにせよ、今もアラブ世界の特徴である。 遊牧生活を支えるのに必用な広大な領地は、もはや手に入らない。18世紀のオスマントルコによる土地法では、共同体による土地の所有は無効とされた。最近でも、人口増加や都市化、産業化、石油ブーム、そして基地を求める軍の要請によって、これまでの放牧地はひどく侵されている。1950年代、サウジアラビアとシリアはベドウィン族の放牧地を国有化した。また、ヨルダンは山羊の放牧を厳しく制限し、イスラエルはネゲブ砂漠のベドウィンが利用できる土地を縮小し、彼らを支配しやすくするために村や町へ追いやった。 今日、ベドウィン族はアラブの全人口の10%に満たず、本物の遊牧民は1%にも満たない。彼らはたいてい社会の最貧困層にあり、その進歩から取り残され、軽んじられている。ところが、おかしなことに、伝統的な遊牧民の美徳は今も純粋なアラブ・イスラム文化の手本とされ、彼らは観光客のためにその伝統的な生活様式を演じさせられている。実際、アラビア政府は、黒いテントや伝統的な家具調度品を完備し、観光客のイメージ通りの格好でラクダを引くベドウィンのテーマパークを建設しようとしている。 また、ベドウィンの伝統に基いた祭りや「婚礼」も観光客に大人気だが、当の演じ手たちはこれを下劣と考えているかもしれない。砂漠の遺跡から、最古の印刷本「金剛般若経」が発見されたが・・・・・過酷な自然がかつて栄えた文明を隠して保存していたわけですね。<先祖たちの芸術>p105~107より シルクロードに代わる海上ルートが発展すると、この危険で困難な陸の交通路は衰退し、オアシス都市もほとんど忘れ去られた。わずかに洞窟に残っていた僧たちも、第17窟に大量の写本類が眠っていることには気づかなかった。これは壁画の奥につくられた秘密の洞窟で、蔵経洞として知られている。20世紀の偉大な考古学的発見となったこの貴重な資料は、1900年、石窟の院長で守護者を自称する王円録という道教の僧によって見つけられた。 1907年、ハンガリー出身の英国人考古学者で探検家のマーク・オーレル・スタインは、噂を聞きつけて莫高へやって来ると、王円録を説得して内部を案内させた。(中略) スタインは5万点もの写本をはじめ、絹や紙に描かれた絵や経典、織物など、何世紀にもわたって蓄積されてきた何百という遺物を発見するとともに、サンスクリット語やソグド語、チベット語、チュルク語、中国語、ウイグル語などで書かれた貴重な仏教の書物を見つけた。(中略) スタインのもっとも貴重な発見は、「金剛般若経」だった。 中国唐朝の868年に印刷されたこの書物は、最初のグーテンベルク聖書の刊行に先立つこと587年、日付のついた完全な印刷本としては世界最古のものである。それは仏陀と弟子の須菩提によるソクラテス式問答の形式で書かれており、存在や悟りの本質についての彼のそれまでの先入観が問われている。 スタインは王円録を説得し、7000点の完全な写本のほか、6000点の絵の断片や箱、刺繍などの遺物を220ポンドで売らせた―そのお金は他の石窟の修復に使われることになった。 現在、この膨大な書物のコレクションはロンドンの大英博物館にあり、絵画類はニューデリーの国立博物館と大英博物館に分割して収蔵されている。その後、他の多くの収集家がスタインの後に続き、写本や彫像はもちろん、壁画が描かれた壁の石板さえ持ち去った。訪れたジャーナリストや写真家たちは世界中にこの貴重な遺物の詳細を伝え、それが1951年の敦煌文物研究所の設立や、1961年の中国政府による莫高窟の全国重点文物保護単位の認定につながった。<砂漠の宗教>p115~117より 砂漠の宗教的な重要性は、瞑想によって神への超自然的な畏怖の念を呼び起こせることにあった。ドイツのルター派神学者ルドルフ・オットーは、その代表作『聖なるもの』(1917年)において、この超自然的な体験をヌミノースと呼び、それを戦慄と魅惑の両方を伴う神秘と定義した。 砂漠に対する主な三つの反応―その広大さへの畏敬、その過酷さへの恐怖、その野生への興味―は、そのままmysterium(神秘)、tremendum(戦慄)、fasinans(魅惑)といった特徴と一致する。 果てしない空虚な広がりは、「崇高なもの」がその空間に置き換えられていることを表わす。そしてこの圧倒的な広がりは、やがて無限の感覚―永続性―を呼び起こす。多くの人びとがこの時間と空間の融合するような体験を、強烈で、幻想的で、まさに意識が飛ぶようなものとして感じるのは、それが合理的なものを超越しているからである。 文字通りの意味で砂漠に住むことが現実的でなくなっても、「荒野の教父や教母」たちの言葉は、彼らの清貧、貞潔、服従、断食、祈りといった共同体のルールとともに、修道院生活の基礎となり、砂漠の窮乏は象徴として再現された。クエーカー教やアーミッシュが簡素な生活を実践したり、プロテスタントの敬虔派が内面的信仰を深めたりするのは、物質主義による心の乱れや誘惑を断つためのものだった。 13世紀のドイツの神秘主義者マイスター・エックハルトはこう説いている―人は「神性の砂漠」を見つけるために、「自我とこの世界の物事に関するかぎり、砂漠のようにある」べきだ。<砂漠の資源>p200~202より 石油や天然ガスを埋蔵する砂漠地帯では経済が急速に成長したが、環境破壊による生態系の損失は、その利益をはるかに上回る。土地や淡水域への石油の流出は、北アフリカやアラビアの砂漠で頻発している。これは地上の資源はもちろん、人間の食料源を含む複雑な食物連鎖で結びついた地下の多様な有機体にも影響を及ぼしている。 さらに、それは動植物にとって致命的な油膜や石油そのものの毒性によっても環境を損なっている。 湾岸戦争が行われていた1991年、イラク軍はクウェートの1164もの油井を破壊し、その砂漠に6000万バレルの石油を流出させ、土壌と地下水を汚染した。彼らはペルシャ湾にも200万バレルの石油を流出させ、何千羽もの海鳥を死なせ、ウミガメやジュゴン、イルカ、魚類やエビを含む水界生態系に深刻なダメージを与えた。9ヶ月にわたって鎮火できずに続いた石油火災は大気も汚染した。猛スピードで砂漠を横切る戦車は大地の表面を傷つけ、不安定で崩れやすい砂丘を生んだ。 さらに悪いのは、湾岸戦争で米軍の低空飛行機から発射されたウラン弾や、米軍・NATO軍によって落とされた300トンもの劣化ウランによる長期的な影響で、それらは土壌と水を汚染した。 こうした環境災害は戦争中に故意に引き起こされたものだが、カラクム砂漠の中央にあるトルクメニスタンの村ダルヴィザの付近では、災害が事故として起こった。1971年、天然ガスを求めてボーリング調査をしていたソ連の地質学者たちは、ガスが充満した大洞窟を発見したが、その洞窟の下の地盤が崩れ、直径70~100mもの穴が合いてしまった。有毒なメタンガスの放出を防ぐため、ガスに着火することになったが、火はそれ以来ずっと燃え続け、大量の炭素を大気中に放出している。地元の人々はそれを「地獄の門」と呼んでいる。 (中略) 4500km2の敷地をもつ米国海軍航空兵器基地は、モハーヴェ砂漠西端のチャイナ・レークにあり、1950年から米軍の航空兵器システムの開発・実験を行っている。また、タクラマカン砂漠の端にあるロプ・ノールは、1964年から核兵器の実験場所になっている。オーストラリアでは、1955年から1963年にかけて、英国政府がグレート・ヴィクトリア砂漠で核実験を繰り返し、アボリジニーの土地を含む広大な地域をプルトニウム239、ウラン235といった放射性物質で汚染している。*********************************************************『砂漠と人間の歴史』■2014.08.12XML砂漠と人間の歴史https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201408120000/
2024.12.16
コメント(0)
朝日新聞デジタルでスクラップしているのだが・・・その「スクラップ一覧」と最新記事を紹介します。この一覧は、いわば我が関心事一覧ともいえるのです。*********************************************************■「限りない悔しさと憤り」田中熙巳さんが平和賞スピーチで託した信念2024年12月10日 (2024年12月10日登録)素晴らしいスピーチでしたね。プーチンの威嚇やガザ地区の惨状にふれたのも良かった。■【速報中】暫定政権が初閣議、過激派「シャーム解放委員会」主導鮮明2024年12月12日 (2024年12月9日登録)当分の間、無政府状態が続くわけだが・・・ロシアも絡むだけに、不透明感が怖いでぇ。■(一語一会)ドキュメンタリー映画監督・想田和弘さん 精神科医の山本昌知さんの言葉 新聞切り抜き新聞切り抜き2024年11月21日 (2024年11月22日登録)猫のドキュメンタリー映画ってか・・・面白そうである。■(はてなスコープ)星の誕生から最期まで 生まれた重さが運命の岐路 2020年4月25日 (2024年11月7日登録)■(ひと)ジャンバティスト・ムスニエさん パリで「TSUKIJI」を再現したラーメン店を営むフランス人 2024年10月8日 (2024年10月8日登録)おお 世界に愛されるラーメンではないか♪■車いすラグビー、日本が初の金メダル 米国を下す パラリンピック2024年9月3日 (2024年9月4日登録)2日にオーストラリア戦、3日に米国戦と続けて観たので昼夜逆転生活となった感があるのです。■台風から離れた地域でも大雨 「水蒸気コンベヤーベルト」条件そろう2024年8月30日 (2024年8月31日登録)海水温の上昇が「水蒸気コンベヤーベルト」という気象を生んだようですね・・・それにしても暑いぜ■「初の女性大統領」めざしたクリントン氏の教訓 ハリス氏、訴え慎重2024年8月20日 (2024年8月20日登録)■明日への糧、忙しい読者に寄り添い 斎藤美奈子さん書評集「あなたの代わりに読みました」 2024年5月29日 (2024年6月7日登録)斎藤美奈子さんと言えば、書評のスペシャリストとして知られるが、それらの書評がまとめて見られる書評集とあれば・・・読むしかないでえ ♪*********************************************************以降については朝日デジタルでスクラップブック(2024年5月29日)を参照ください。*********************************************************■2024.05.30XML朝日デジタルでスクラップブック(2024年5月29日)https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202405300001/
2024.12.15
コメント(0)

図書館で『高須降臨!』という本を、手にしたのです。表紙を見れば若い女性向きの本のように見えるが、私の場合は・・・サイバラのパートナーのようなかっちゃんは気になるキャラであるし、この本でもサイバラが挿絵漫画を載せているからチョイスしたのです♪【高須降臨!】高須克弥&かっちゃん研究会著、悟空出版、2018年刊<「BOOK」データベース>よりかっちゃんに直撃インタビューを敢行!女子大生が聞きたい恋バナ、整形美容、女性の美、さらには現代を生きる私たちへのアドバイスを思いきり語ってもらいました。<読む前の大使寸評>表紙を見れば若い女性向きの本のように見えるが、私の場合は・・・サイバラのパートナーのようなかっちゃんは気になるキャラであるし、この本でもサイバラが挿絵漫画を載せているからチョイスしたのです♪rakuten高須降臨!chapter1「かっちゃん大図鑑」で、かっちゃんのすごい技術と高須帝国勢力図を見てみましょう。p14~18<僕は今も新たなテクニックに挑戦し続けている!> 世界の技術が進歩している以上、その技術をさらに向上させて、少しでも患者さんたちに喜んでもらうのが僕の使命だ。 たとえば、今ではすっかり一般的な「プチ整形」は、ヒアルロン酸を注射することにより、手軽に鼻やアゴの形を変える技術である。 20年前にスウェーデンの有人が開発したその技術を、鼻の低いアジアの人々に広めるため、国際美容外科学会で自分の鼻に注射して「プチ整形」として世界中に広めたのは僕なんだ。 プチ整形のコンセプトは、手術の失敗を怖れる患者さんや初心者の美容外科医には歓迎されたが、いろいろな問題も引き起こした。 たとえば、ヒアルロン酸は時間の経過とともに吸収されるのだが、ボリュームを出そうとすると雪山の雪崩のように横に広がり、アバターかモアイ像のような不自然さを醸し出してしまう。その塩梅が難しい。 だから、プチ整形は控えめに行うように初心者に講義しているのだが、初心者のドクターの失敗の修正はひきもきらない時期もあった。 その後、ヒアルロン酸の硬度を上げて吸収しにくくする長期持続型のヒアルロン酸なども開発され、問題は解決しつつある。でも、それで安心してはいけないから、ニュータイプのニュータイプのヒアルロン酸のサンプルが届けられたら、まず自分の顔で実験するし、もちろん失敗したら絶対にお勧めしない! この日の結果は? もちろんうまくいった!<高須帝国勢力図>勢力図を関東から関西方面に並べてみると・・・・高須クリニック東京院・高須クリニック横浜院・高須病院(愛知県西尾市一色町)・高須クリニック名古屋院・高須クリニック栄院・高須クリニック大阪院<これが「高須帝国」の本拠地だ> 僕が高須クリニックで美容外科医として働くのは週2日だけ。他の日は愛知県一色町にある高須病院の理事長として地域医療にあたっている。 高須病院はすべて保険診療だけど、理想の医療を目指せば目指すほど、人件費がかさんで赤字になる。高須クリニックでの儲けを高須病院につぎこんでいるからこそ倒産せずに続けられていられるんだ。『高須降臨!』1:仲の良いかっちゃんとサイバラ
2024.12.15
コメント(0)

図書館で『高須降臨!』という本を、手にしたのです。表紙を見れば若い女性向きの本のように見えるが、私の場合は・・・サイバラのパートナーのようなかっちゃんは気になるキャラであるし、この本でもサイバラが挿絵漫画を載せているからチョイスしたのです♪【高須降臨!】高須克弥&かっちゃん研究会著、悟空出版、2018年刊<「BOOK」データベース>よりかっちゃんに直撃インタビューを敢行!女子大生が聞きたい恋バナ、整形美容、女性の美、さらには現代を生きる私たちへのアドバイスを思いきり語ってもらいました。<読む前の大使寸評>表紙を見れば若い女性向きの本のように見えるが、私の場合は・・・サイバラのパートナーのようなかっちゃんは気になるキャラであるし、この本でもサイバラが挿絵漫画を載せているからチョイスしたのです♪rakuten高須降臨!chapter3「人生は別れと出会いだ」で、仲の良いかっちゃんとサイバラを見てみましょう。p75~78<サイバラとの出会い> 僕は妻が逝ってしまってから、遺言通りに働き続けた。 患者さんの前では努めて明るい顔をしていた。でも心にぽっかりと穴が開いていた。下戸だった僕が酒を口にすることも多くなった。よく妻に先立たれた夫の平均寿命は5年だと言われるけど、それもいいなと思っていた。 そんな僕に立ち上がるきっかけをつくったのが、西原理恵子だった。 僕と彼女が知り合ったのは平成14(2002)年のことだった。彼女が、新潮社の雑誌で、「下品な高須克弥と友だちになりたい」って書いていた。ジョークだと思ったんだけど、本気かもしれない。それで僕が、「友だちになってくれませんか?」と手紙を出したのがきっかけだった。もともと彼女の漫画はおもしろいから僕も追っかけてたし、シヅさん(妻)もファンだったからね。 そのとき、ファックスで返事が来た。「私はお金も美貌も何もいらない。あなたをネタにするだけで、私は幸せです。ネタにするときは必ずファックスを送って許可を得ます」 嘘ばっかり!黙って勝手に描いている! やりたい放題だ(笑)。 以来、手紙やファックスのやり取りが続いて、僕もブログで彼女のことを書くようになったし、彼女の漫画にも僕が登場するようになっていった。 高須グループの真の支配者であるシズさんも彼女のファンの一人で、「西原理恵子はイメージ悪くなるから、付き合っちゃいけません」なんて一言も言わなかった。 なにしろ、ぼくの友だちは悪友ぞろい。シズさんは、その中で一番まともなのは西原理恵子先生だとよく知ってたし、おかげで「高須克弥のイメージがよくなった」って感謝してた。そういう意味では、実は、我が家で一番のサイバラ教原理主義者はシズ先生だったかもしれない。 僕がサイバラと知り合った当時、彼女は戦場カメラマンの鴨志田穣さんと結婚していて、2人の子供もいた。だけど平成15(2003)年に離婚、その3年後に再び、鴨志田さんが彼女の前に姿を現した。 そのとき、鴨志田さんは末期の腎臓がんだった。どうしようかと迷う彼女に、僕は鴨志田穣さんと一緒に暮らすように勧めた。「子供たちの将来のためにも、お父さんの良いところを見せてあげなければいけない。憎しみの中で彼を死なせてはいけない」と・・・。 彼女自身、私と2人で出たトークショーでこんなことを話していた。【この人は医者なんで、私がほんとうにアルコール依存症の夫に苦しめられて命からがら別れたのに、「もう一度、彼と暮らしてあげなさい」「あなたの膝で見送ってあげなさい」と言ってくれた。「鴨ちゃんはこのままだともう死ぬんだけれど、あなたに捨てられて、家族に捨てられて、家族に捨てられて、野良犬のようになって死ぬのと、治ったから一緒に暮らしましょう。これからも家族で暮らしましょうと言って死ぬとでは、天と地ほどの差があるんだよ」「あなたのために、鴨ちゃんはあなたの膝で見送ってあげなさい」って・・・。 それを聞いて、鴨ちゃんに「治ったら帰ってきていいよ」って言ったら、ほんとうに重度の依存症だったのに、自分で治して帰ってきました。 ほんとうにアルコール依存症を自分で治す人って、2割いかないんですよ。それもシャブ中とほぼ一緒の状態だったのに、「毎日家族といるのが楽しい」「君といるのが楽しい」「子供が可愛い」って言って、最後に彼は普通の人間に戻って死んでいきました。(トークショーはこの後も続くが、長くなるので省略)】かなり壮絶なお話しであるが、医者でもあるかっちゃんの勧めに応じる理恵子も優しいのである。
2024.12.14
コメント(0)

今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「手あたり次第」でしょうか♪<市立図書館>・アジア発酵紀行・日本の戦争映画・高須降臨!<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【アジア発酵紀行】小倉ヒラク著、文藝春秋、2023年刊<出版社>よりアジアの巨大な地下水脈をたどる冒険行。「発酵界のインディ・ジョーンズ」を見ているようだ!ーー高野秀行(ノンフィクション作家) 自由になれーー各地の微生物が、奔放な旅を通じて語りかけてくる。ーー平松洋子(作家・エッセイスト)発酵はアナーキーだ! チベット~雲南の「茶馬古道」からインド最果ての内戦地帯へーー前人未到の旅がいま幕をあける! 壮大なスケールでアジアの発酵文化の源流が浮き彫りになる渾身作。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/14予約、副本2、予約21)>rakutenアジア発酵紀行【日本の戦争映画】春日太一著、文藝春秋、2020年刊<「BOOK」データベース>より戦後、日本映画はいかに戦争を見つめてきたか。元特攻隊の脚本家、学徒兵だったプロデューサー、戦地から生還した映画監督ー。彼らが映画に込めた想いを追いつつ、スペクタクル、笑い、大スターの共演など多種多様な戦争映画の魅力を縦横に語り尽くす!<読む前の大使寸評>追って記入rakuten日本の戦争映画【高須降臨!】高須克弥&かっちゃん研究会著、悟空出版、2018年刊<「BOOK」データベース>よりかっちゃんに直撃インタビューを敢行!女子大生が聞きたい恋バナ、整形美容、女性の美、さらには現代を生きる私たちへのアドバイスを思いきり語ってもらいました。<読む前の大使寸評>表紙を見れば若い女性向きの本のように見えるが、私の場合は・・・サイバラのパートナーのようなかっちゃんは気になるキャラであるし、この本でもサイバラが挿絵漫画を載せているからチョイスしたのです♪rakuten高須降臨!
2024.12.14
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・絲山秋子『神と黒蟹県』(3/02予約、副本3、予約63)現在14位・前田和男『昭和街場のはやり歌』 (5/10予約、副本?、予約8)現在2位・内田樹『勇気論』(7/07予約、副本?、予約?)現在3位・消費者金融ずるずる日記(8/27予約、副本6、予約112)現在69位・パッキパキ北京(8/29予約、副本9、予約111)現在48位・転がる珠玉のように(9/05予約、副本7、予約87)現在46位・原爆裁判(9/11予約、副本?、予約133)現在89位・沈む日本4つの大罪(10/10予約、副本?、予約?)現在7位・官僚国家 日本の闇(10/28予約、副本2、予約47)現在41位・森永卓郎『身辺整理』(11/20予約、副本4、予約76)現在69位・金原ひとみ「ナチュラルボーンチキン」(12/03予約、副本?、予約?)現在147位・おかしゅうて、やがてかなしき (12/12予約、副本?、予約?)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』・沢木耕太郎『深夜特急』<予約候補>・中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・井上ひさし『本の運命』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・「中国」はいかにして統一されたか・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」・畑正憲『どんべえ物語』:図書館未収蔵・ヤマザキマリ『水木しげる厳選集 異』:図書館未収蔵・猫社会学、はじめます:図書館未収蔵・書いてはいけない日本経済墜落の真相:図書館未収蔵・金水敏『よくわかる日本語学』・闇の中国語入門・奪還 日本人難民6万人を救った男:・花まんま・森永卓郎『官僚生態図鑑』:図書館未収蔵・水族館飼育員のキッカイな日常<予約分受取:9/01以降> ・パンとサーカス(8/28予約、9/01受取)・川上未映子『黄色い家』(7/24予約、9/12受取)・高野秀行『イラク水滸伝』(1/06予約、9/22受取)・池澤夏樹『ノイエ・ハイマート』(6/29予約、10/13受取)・三浦しおん『しんがりで寝ています』(4/12予約、10/27受取)・有田芳正『誰も書かなかった統一教会』(7/27予約、11/14受取)・ぜんぶ、すてれば(11/07予約、11/14受取)・カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」(4/27予約、11/21受取)・小倉ヒラク『アジア発酵紀行』 (5/14予約、12/12受取予定)**********************************************************************【神と黒蟹県】絲山秋子著、 文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より「黒蟹とはまた、微妙ですね」。日本のどこにでもあるような「地味県」の黒蟹県。そこで暮らす、そこを訪れる、名もなき人々や半知半能の神がすれ違いながら織りなす、かけがえなく、いとおしい日々。まだ名付けられていない人間関係を描き続けてきた著者真骨頂の連作小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/02予約、副本3、予約63)>rakuten神と黒蟹県【昭和街場のはやり歌】前田和男著、 彩流社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「はやり歌」から、明日の日本の姿が見えてくる…。歌とともに時代を共有した「団塊」といわれるベビーブーマー世代が、エピソードを交え描く歌謡社会文化論!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/01予約、副本?、予約8)>rakuten昭和街場のはやり歌【勇気論】内田樹著、光文社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりモヤモヤを抱えた編集者との“カウンセリング”往復書簡。ジョブズ、フロイト、孔子、伊丹万作、河竹黙阿弥、大瀧詠一、パルメニデス、富永仲基…話頭は転々として奇を極めー。いまの日本人に一番足りないものは何だろうか?読めば心が軽くなるーウチダが綴る9通のメッセージ。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/07予約、副本?、予約?)>rakuten勇気論【消費者金融ずるずる日記】 加原井末路著、三五館シンシャ、2024年刊<「BOOK」データベース>より1990年代の半ば、30歳のときに足を踏み入れ、50歳で退職するまでの20年を私はこの業界ですごし、お金にまつわる悲喜こもごもを目撃した。私が在籍した期間は、消費者金融業界が栄華を極めてから、2010年の法改正施行を経て、没落していく年月でもあった。-本書にあるのはすべて私の実体験である。「お客を追い込む仕事」。サラ金社員が経験した、貸し手と借り手のお金の修羅場。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten消費者金融ずるずる日記【パッキパキ北京】綿矢りさ著、集英社、2023年刊<「BOOK」データベース>よりコロナ禍の北京で単身赴任中の夫から、一緒に暮らそうと乞われた菖蒲。愛犬ペイペイを携えしぶしぶ中国に渡るが、「人生エンジョイ勢」を極める菖蒲、タダじゃ絶対に転ばない。過酷な隔離期間も難なくクリアし、現地の高級料理から超絶ローカルフードまで食べまくり、極寒のなか新春お祭り騒ぎ「春節」を堪能する。街のカオスすぎる交通事情の把握や、北京っ子たちの生態調査も欠かさない。これぞ、貪欲駐妻ライフ!北京を誰よりもフラットに「視察」する菖蒲がたどり着く境地とは…?<読む前の大使寸評>追って記入rakutenパッキパキ北京【転がる珠玉のように】ブレイディみかこ著 、中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりLike A Rolling Gem。大人の山あり谷ありライフを越えていけ!結婚するゲイの友人、職人魂を燃やす父、イギリスで、日本で、社会の底を支える労働者たちの人生劇場。泥くさい毎日を“宝石”に変える著者3年ぶりの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約(9/05予約、副本7、予約87)>rakuten転がる珠玉のように【原爆裁判】山我浩著、毎日ワンズ、2024年刊<商品説明>より日本初の女性判事・三淵嘉子が昭和三十年代に裁判官を務めた「原爆裁判」に焦点を当てた書き下ろし。原爆を巡るアメリカの闇を追及すると共に三淵嘉子の半生を紹介、さらに、世に名高い「原爆裁判の判決文」も付載した一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/11予約、副本?、予約133)>rakuten原爆裁判【沈む日本4つの大罪】 植草一秀×白井聡著、ビジネス社、2024年刊<「BOOK」データベース>より捏造と欺瞞、狡猾と策略で、夢も希望も失った日本人に告ぐ!奴隷国家に堕した日本の国難に打ち勝つ再生への処方箋。経済学の論客と気鋭の政治思想家が日本のタブーに斬り込む!LGBTQ、SDGs、コロナワクチン、政権と大企業の罠、メディア腐敗etc。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約 (10/10予約、副本?、予約?)>rakuten沈む日本4つの大罪【官僚国家 日本の闇】泉房穂著、 集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より2002年10月、右翼団体代表を名乗る男に襲撃され命を落とした政治家・石井紘基。当時、石井は犯罪被害者救済活動、特殊法人関連の問題追及等で注目を浴びていた。その弱者救済と不正追及の姿勢は、最初の秘書・泉房穂に大きな影響を与えた。石井は日本の実体を特権層が利権を寡占する「官僚国家」と看破。その構造は、今も巧妙に姿を変え国民の暮らしを蝕んでいる。本書第1部は石井の問題提起の意義を泉が説き、第2部は石井の長女ターニャ、同志だった弁護士の紀藤正樹、石井を「卓越した財政学者」と評する経済学者の安冨歩と泉の対談を収録。石井が危惧した通り国が傾きつつある現在、あらためてその政治哲学に光を当てる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/28予約、副本2、予約47)>rakuten官僚国家 日本の闇【身辺整理】森永卓郎著、興陽館、2024年刊<「BOOK」データベース>よりいきなり、ステージ4のがん告知を受けた、森永卓郎の「遺言」。迷惑をかけずに、跡形もなく消え去りたい。渾身の「死に支度」ドキュメント。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/20予約、副本4、予約76)>rakuten身辺整理【ナチュラルボーンチキン】金原ひとみ著、河出書房新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりルーティンを愛する45歳事務職×ホスクラ通いの20代パリピ編集者。同じ職場の女から導かれて出会ったのは忘れかけていた本当の私ー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/03予約、副本?、予約?)>rakutenナチュラルボーンチキン【おかしゅうて、やがてかなしき 】 前田啓介著、集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より岡本喜八は1924(大正13)年生まれ。『独立愚連隊』『日本のいちばん長い日』『江分利満氏の優雅な生活』など、戦中派の心情をそこかしこに込めた映画を撮り続けた職人肌の監督として知られる。陸軍予備士官学校で終戦を迎え、戦後映画界に復帰すると、戦争、時代劇、SF、青春群像など、バリエーション豊かで喜劇性にあふれた作品をつくった。喜八が生涯を通じてこだわり抜いた戦中派とは何なのか。新たに発掘された若き日の日記をひも解きつつ、映画監督・岡本喜八の実像と戦中派の心情に迫るノンフィクション。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/12予約、副本?、予約?)>rakutenおかしゅうて、やがてかなしき 【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・デジタル朝日「好書好日」でめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2024.12.13
コメント(0)

雑草と言ってしまえば身も蓋もないが、散歩に出れば雑草にも目がいくわけで・・・以下のとおり復刻してみました。*********************************************************図書館に予約していた『雑草はなぜそこに生えているのか』という新書を、待つこと5日でゲットしたのです。いま森絵都著『カザアナ』という小説を読んでいるところだが・・・その小説では「病によき種をあてる草読」となっています。とにかく、野草あるいは雑草に目がいく昨今でおます。【雑草はなぜそこに生えているのか】稲垣栄洋著、筑摩書房、2018年刊<「BOOK」データベース>より「抜いても抜いても生えてくる、粘り強くてしぶとい」というイメージのある雑草だが、実はとても弱い植物だ。それゆえに生き残りをかけた驚くべき戦略をもっている。厳しい自然界を生きていくそのたくましさの秘密を紹介する。<読む前の大使寸評>いま森絵都著『カザアナ』という小説を読んでいるところだが・・・その小説では「病によき種をあてる草読」となっています。とにかく、野草あるいは雑草に目がいく昨今でおます。<図書館予約:(3/17予約、3/22受取)>amazon雑草はなぜそこに生えているのか風媒花「第五章 雑草の花の秘密」で虫媒花を、見てみましょう。p91~94■風媒花から虫媒花へ 植物は風で花粉を運ぶ風媒花から、昆虫が花粉を運ぶ虫媒花へと進化を遂げた。 生物の進化の過程で、最初に花を訪れた昆虫は、花粉を食べにきた害虫であったと考えられている。しかし、花粉を食べる害虫が花から花へと移動すると、体についた花粉も運ばれる。これは、植物にとっても都合が良かった。 風まかせで飛ばした花粉が、同じ種類の花にたどりつく可能性は大きくない。そのため、風媒花の植物は、花粉を大量に生産してまき散らさなければならないのだ。しかし、昆虫は花から花へと移動するから、昆虫が花粉を運んでくれるのであれば、すこぶる効率が良い。どこに飛んでいくかわからない花粉を作るくらいなら、少し花粉を食べられるくらいは、何ともないのだ。 こうして、植物は昆虫を呼び寄せて、その昆虫に花粉を運ばせる虫媒花へと進化を遂げていった。そして、昆虫を呼び寄せるために、美しい花びらを発達させたり、ついには昆虫のために、甘い蜜まで用意するようになって、現在、私たちが見るような花々となっていったのである。 風媒花から虫媒花への進化は、裸子植物から被子植物への進化の過程で起こった。 裸子植物から被子植物への進化は、まさに植物の歴史にとって革命的なことだったのである。 裸子植物から被子植物を復習してみることにしよう。 裸子植物は「胚珠がむき出しになっている」のに対して、被子植物は「胚珠が子房に包まれ、むき出しになっていない」ことで特徴づけられる。 胚珠がむき出しになっているかどうかが、種子植物を大きく二つに分けるほどの重要なことなかと思うかも知れないが、胚珠が子房に包まれたということは、植物の進化にとって大事件であった。 植物にとって、もっとも大切なものは次の世代の種子である。被子植物は、この種子を包む子房を作りあげた。そして、この子房の中で受精を行うことが可能になったのである。子房の中は安全である。そのため、その中にあらかじめ胚珠を準備しておくことができる。このことによって被子植物は、受精から種子形成までの大幅なスピードアップに成功するのである。 こうして被子植物は、短い期間に種子を作り、世代を更新させながら進化のスピードを速めることにも成功していった。そして、風任せに花粉を飛ばす風媒花から、昆虫を利用して効率よく花粉を運ぶ虫媒花へと進化を遂げて行ったのである。■再び風媒花へ進化する このように、裸子植物から被子植物へと進化することによって、虫媒花を手に入れた。 そのため、裸子植物はすべて風媒花である。現在、大量の花粉をまき散らせて、花粉症の原因となるスギやヒノキなどは、裸子植物である。 ところが、花粉症の原因にもなる風媒花の中には、ブタクサやイネ科雑草など、被子植物のものもある。 昆虫に花粉を運んでもらう虫媒花は、効率は良いが、昆虫がいないような環境では、どうすることもできない。そのため、花粉を運ぶ昆虫が少ないような環境では、再び風媒花に進化しなおしているのである。*********************************************************『雑草はなぜそこに生えているのか』5:風媒花から虫媒花へ『雑草はなぜそこに生えているのか』4:ホトケノザ『雑草はなぜそこに生えているのか』3:「第三章 播いても芽が出ない」の冒頭『雑草はなぜそこに生えているのか』2:「第二章 雑草は強くない」の続き『雑草はなぜそこに生えているのか』1:「第二章 雑草は強くない」の冒頭*********************************************************■2020.04.01XML『雑草はなぜそこに生えているのか』5https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202004010000/
2024.12.13
コメント(0)

文字とか漢字文化圏は私のツボであるわけで・・・読みどころが多い「文字の文化史」という本を、以下のとおり復刻して紹介します。*********************************************************初期の文字は粘土、木片、骨片、皮、布に書かれて最終的には紙に書かれた。図書館で借りた「文字の文化史」であるが・・・・漢字、翻訳、通訳、印刷、書籍、大陸文化とのつきあいに欠かせないこれらのアイテムが興味深いわけです。【文字の文化史】藤枝晃著、岩波書店、1991年刊<「BOOK」データベース>より3500年前に溯る甲骨文・金石文。漢字の誕生は神をまつり、神託をきく儀式と深くかかわっていた。聖なる文字はどのような歴史を経て万人のものとなったのか。写本の素材や形態の変遷、木版・活版印刷の登場に伴う字体の変化を興味深く語る。図版102枚。<読む前の大使寸評>漢字、翻訳、通訳、印刷、書籍・・・大陸文化とのつきあいに欠かせないこれらのアイテムが興味深いわけです。rakuten文字の文化史石刻や金石学のあたりを紹介します。著者は、書かれた文章や文字の美しさに注目して述べています。<不滅への願い>よりp241~249■石刻 「皇帝の文字」の章で、秦の始皇帝がその功業を誇示するための大記念碑を立てたことを申し上げた。石碑の立てられた場所は、秦山の山頂など、いわば聖地で、一般民衆の眼前にさらしたものではない。しかしながら、文字がほんらい宮殿の奥深くに発祥して、神と王との、あるいは王と大臣との間にだけで使われるものであった、ということを考えると、文字が白日の下に躍り出たことは、何といっても重大な変革であった。始皇帝のたてた大帝国では、末端の小役人までが文字を使いこなして、皇帝に奉仕するようになっていた。立場をかえて言えば、皇帝の側はそういう何千、何万もの、互いに顔も知らない、声も聞いたこともない手合いにまで、その意志を通じなければならず、また文字を媒体にして、そうすることが可能になっていた。現に皇帝に仕えている役人たちだけでは済まないで、かれらの子、孫、ひまごにまで忠誠を求めるために、宣言文を石に刻ったのである。永久に伝えたい文章をしるすための材料として石を選んだことはまことに賢明であった。石なら銅のように火にとけることもない。風雨にさらされながら、その後1千年、2千年の生命を保った石碑もすくなくない。 この試みが賢明であっただけに、秦が滅びると、たちまち数多くの模倣者が現れることとなった。漢の天使たちや政府ばかりでなく、そこはかとなき小役人までが、何かというと記念碑を立てたがるようになる。現在のこっている漢碑が百点を下らないのだから、漢代だけで数千、あるいは数万の石碑が作られたに違いない。 漢代の石碑は、当然のことながら、当時の常用書体であった隷体で書かれる。それも実に見事な書体である。書体 そして、題額は篆書(てんしょ)で書かれるのが通例である。かつては特別に威儀ばった時に皇帝が使った文字がただの装飾文字になり下がったのである。ところが、もっと後世になると、もう一段ずれて、碑の本文は楷書で、題額は隷書で書く場合も見られる。タテとヨコの線が直角に交わり、はね口の雄大な隷書も装飾文字としてやはりよく効くので、書物の表題とか、看板などに盛んに使われる。その伝統は今日までつづいて『朝日新聞』『毎日新聞』をはじめ、日本の新聞はたいてい標題を隷体、ないし隷体まがいで書いてある。 漢代にここまで発達した記念碑製作は、時代の下るとともにますます勢いを増して行った。作るのは政府や役人に限らないで、一般の民衆にまで及ぶようになる。寺院の免税を認めた赦免状とか、田地を寺に寄進した証文などを石碑に刻ったものも少なくない。こうしておけば、証文が消えたり、改ざんされたりする心配がない。近世に下ると、地方の県知事など、一々の任地で記念碑を立ててもらあう、あるいは立てさせるのが、通常のしきたりにまでなった。中国の田舎の役所には、たいてい歴代知事の石碑がズラリと並んでいる。■石碑の文字 文章にこれだけ念を入れるのであるから、碑に刻りつける文字も、また一流の能書家に書いてもらうのが理想である。文章も同じことであるが、誰もが都で当代第一という人に頼むわけには行かないから、地方は地方で一流の人に、さもなければ財政の許す範囲で最高の人に頼むことになる。そのためには破産もしかねまじき無理までする。こういう手数をかけてできた石碑であるから、その文も字もみごとに整い、遺憾なく美しい。整いすぎ、美しすぎるのが難である、という人さえある。だから、石刻の文字は、お習字の手本として、最高無上といえるまで珍重されてきたことは、ご承知の通りである。 美しさといい、珍重といい、それは個人の好みの問題で、評価の基準は、まちまちである。ある人は漢碑のスマートさをこよなく愛し、ある人は、北朝の石碑のゴツゴツした書体を推奨し、そして隋唐以後のスッキリした楷書に凝る人は、もっともっと多い。お習字の手本としてばかりでなく、石にのこされた古体文字の研究も由来は古く、銅器の銘文、すなわち金文の研究とひっくるめて「金石学」と呼ばれる。最後に、活版印刷や最古の活字本あたりについて紹介します。<活版印刷>よりp270~285 現在もっとも普通の印刷法は、活版印刷である。西洋ではグーテンベルグの昔から活版印刷であった。欧文は字母の種類がすくないので、当然整版より活版の方が適している。だが漢字だと、字母が5千ばかりはどうしても必要だから、それの活版ともなると、厄介さは比べものにならない。しかし結局は活版の方が木版に完全に打ち勝って、いまでは木版師は人間国宝的存在と言えるほどにまでなっている。それだけ活版に利点があるということである。だから活版術そのものは、木版が普及しだした11世紀には、早くもその走りの如きものが現れた。それでいて活版が普及するのは錫や鉛の活字ができてからのことで、そこまで行くのに実に700年の歳月を足ぶみしていた。■現存最古の活字本 漢文の木活字本の遺品でいま見られる最古のものは、15世紀末のものでしかないと右に申したが、実はそれより1世紀半ばかり以前に中国で作られはしたが、漢文の本ではない。今まで何度か引き合いに出した西夏語の本である。 西夏国は13世紀の前半に蒙古のチンギス・カンのために亡ぼされた。蒙古人はここの行政をチベットの大ラマに管理させた。大ラマの側から言えば、旧チベット国と旧西夏国との領域の行政を管理したわけであるが、そのほかに蒙古帝国内の各地の仏教の支配権ももっていた。大ラマは、その管理下の西夏人やウイグル人のための仏典の印刷を、同じく管理下の漢人の仏教徒に負担させた。そういう事情で、元の時代には西夏語やウイグル語の仏典は支邦の内地、それも南方の杭州などで印刷されていたのである。西夏文華厳経 この厄介な仕事を課せられた漢人は、かなりの量の西夏経を活字で刷った。仏典は同じ字がしばしば現れるから、その方が手軽だと考えたのであろう。図に掲げたのは、元の末、1350~60年の頃に刷られた『華厳経』である。(中略) 活字版であるから、字は不揃いで、濃淡も著しい。さらによく見ると、毎紙の終わりに行くほど、濃い字が多く現れる。裏返して見ると、濃い字は却って裏に摺り痕が見えない。しかも、それらは同字が多い。一つの字が何度も現れて、手持ちの活字が足りなくなると、そこを白くあけておき、解版したあと、所要の活字に墨をつけ、一々手で捺したのである。■洋式の活版 19世紀の初頭に、欧人宣教師がマカオやホンコンで漢字の金属活字を作って、これで『聖書』を刷ったが、洋式印刷は中国人には容易にうけ入れられなかった。書体が雅でないことが何よりも嫌われたらしい。様式活字印刷が軌道に乗ったのは、やっと、同じ世紀の半ばを過ぎてからのことである。 それより早く、日本には切支丹版が刷られたが、それは鎖国以後に中絶した。日本での近代印刷の開祖は、幕末オランダ通詞の本木昌造といわれる。だが、当時はヘボンの『和英語林』や『薩摩字書』などは、長崎では印刷できず、上海の美華印書館で印刷されるという有様であった。この美華印書館のギャンブルが維新後の1870年に来日して、その活字と技術とを伝えてから、日本の印刷も次第に形が整ってきて、やがて本木の門下によって築地活版所などができた。 これは、ちょうど義務教育制の布かれた時である。限られた人のものであった文字は、ここで万人のものとなる。文字の運命は、ここでその何千年かの歩みの中で最大の転換を遂げたのである。それから後の物語を申しあげるのは、もはや私の役目ではない。*********************************************************文字の文化史(その1):紙、印刷について文字の文化史(その2):甲骨文の解説文字の文化史(その3):殷の金文文字の文化史(その4):石刻や金石学のあたり漢字がつくった東アジア3:漢字文化圏のプリンシパル*********************************************************■2013.12.23XML文字の文化史4https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201312230000/
2024.12.12
コメント(0)

鴻上さんのエンタメ系エッセイ集『醒めて踊れ』(2007年刊)という新書が面白かったので、復刻して読み直してみようという次第です♪*********************************************************図書館で鴻上尚史著『醒めて踊れ』という本を、手にしたのです。おお 先日『SWITCHインタビュー 達人達「ブレイディみかこ×鴻上尚史」』という番組を観たが・・・鴻上さんのエンタメ系エッセイ集とはどんなかな♪と思うわけでおます。【醒めて踊れ ドン・キホーテのピアス12】鴻上尚史著、扶桑社、2007年刊<商品の説明>より週刊SPA!の最長寿連載エッセイ『ドン・キホーテのピアス』待望の最新刊。<読む前の大使寸評>鴻上さんのエンタメ系エッセイ集とはどんなかな♪と思うわけでおます。amazon醒めて踊れ新書出版の裏話あたりを、見てみましょう。p133~136<新書だからこそ、手にとって見る一冊もある> 最近、新書が元気です。 とうとう、ソフトバンク新書なんつーのも創刊されました。 んで、さっそく『編集長を出せ!『噂の真相』クレーム対応の舞台裏』(岡留安則著)を読んで、「ああ、『噂の真相』、復活しないかなあ」とまた、しみじみしました。 いきなり話はそれますが、『噂の真相』でデスクだった神林さんの『噂の女』(神林広恵著)の時もそう思いました。 あ、神林さんの本の方が、岡留元編集長の本より面白いのは、やっぱり、そこに、人間的苦悩やユレやおびえ、なんていう人間臭いものがたっぷりと詰まっているからでしょう。 ちくまプリマー新書の『包帯クラブ』(天童荒太著)も、特筆すべき作品でした。 よくまあ、この作品を(760円プラス税)で出したものです。 これは、上下ニ巻の単行本にできる物語です。 なのに、新書で一冊で出版ですぜ。 ま、著者の意向なんでしょうが、営業畑出身の出版部長なんかだったら、「も、もったいない! 上下ニ巻は無理でも、せめて1700円の単行本で出版を!」と叫ぶところでしょう。 痛切で素敵な物語です。「これは、戦わないかたちで、自分たちの大切なものを守ることにした、世界の片隅の、ある小さなクラブの記録であり、途中報告書だ。」 という冒頭の文章から、物語は始まります。「包帯クラブ」は、あなたが傷ついた“場所”に包帯を巻いていくクラブです。 例えば、あなたが公園のブランコの側で、誰かから深く傷つけられたとしたら、「包帯クラブ」は、ブランコに包帯を巻きます。 どうしてか? 主人公の女高生ワラは言います。「わたしは、包帯を巻いて心が軽くなるのは、傷が治ったわけじゃなく、と自覚することができ、自分以外の人からも、って認めてもらえたことで、ほっとするんじゃないかと思った」 だから、他の人が傷つけられた場所も包帯を巻くことは、「人が受けた深い傷に、わたしたちができることは、ほとんどないように思う。でも、相手の沈む心を想いながら、包帯を巻くことで、と名前をつけ、と、いたわりを伝えることはできるかもしれない」 もちろん、ワラはこう付け足します。「どれだけの慰めになるかはわからない。でも、相手が心に抱えている風景が、血まみれの廃墟のようなものだとすれば、そこに純白の包帯を置くことで、風景が変わって見えることもあるんじゃないだろうか・・・」 この本が売れて、やがて現実の街を歩いている時に、包帯が巻かれた街の風景と出会う時が来るんじゃないかと、ふと、夢想します。 本が、深く浸透していく時に、新書という方法は、優れて有効だと、あらためて思うのです。 この本が新書だからこそ、出会う読者がいるのでしょう。 この物語を、新書で出すというアイデアに敬服します。 ちくま新書の『ウェブ進化論―本当の大変化はこれから始まる』(梅田望夫著)も、ためになりました。 2005年にブログがアメリカで2000万、日本で500万を超えた、という文章がありました。 ここから、昔、ムダにITバブルを煽った人は、「だから、やがて、みんなが文章を書くようになってプロはいなくなる」なんていう暴論へ飛んだのですが、著者は、きわめて冷静です。鴻上さんのエンタメ系エッセイ集4:新書出版の裏話鴻上さんのエンタメ系エッセイ集3:飛行機移動のエピソード鴻上さんのエンタメ系エッセイ集2:杉浦日向子さん鴻上さんのエンタメ系エッセイ集1:イグ・ノーベル賞*********************************************************■2020.03.31XML鴻上さんのエンタメ系エッセイ集4https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202003310001/
2024.12.11
コメント(0)

金原ひとみさんの「パリの砂漠、東京の蜃気楼」という文庫本が良かったので、ネットで彼女の本を探していて「ナチュラルボーンチキン」を見つけたのです♪*********************************************************この本は興味深いので、早速、図書館に借り出し予約したのです。【ナチュラルボーンチキン】金原ひとみ著、河出書房新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりルーティンを愛する45歳事務職×ホスクラ通いの20代パリピ編集者。同じ職場の女から導かれて出会ったのは忘れかけていた本当の私ー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/03予約、副本?、予約?)>rakutenナチュラルボーンチキン*********************************************************金原ひとみさんの「ナチュラルボーンチキン」インタビューをネットで見つけたので、見てみましょう。とにかく、コスパ、タイパといった不寛容さに気付いたのが偉いでぇ。https://futabasha-change.com/より金原ひとみさん「ナチュラルボーンチキン」インタビューより【40代は自分の限界を定めてしまう年代】――本作は、毎日同じような食事をし、同じような服を着て、ルーティンに忠実に生きる45歳の事務職・浜野文乃が主人公。20代の平木さんというパリピ編集者と出会い、新しい世界へ引っ張り出されます。昭和世代とZ世代のコラボレーションを描いた理由は。 私には中高生の2人の子どもがいるのですが、彼女たちと向き合うとき、宇宙人と向き合っているような感覚があるんです。昨年書いた『腹を空かせた勇者ども』(インタビュー、書評)では、世代間の対話の不可能性みたいなものがテーマだったのですが、「こいつらワケわかんねえ」と切り捨てるわけにもいかないので、大事に思っているものが違っても一緒に生きていく、共存していくことの可能性を探りたいと思いました。――『腹を空かせた勇者ども』の「勇者」は子世代を指しているのに対し、『ナチュラルボーンチキン』の「チキン(臆病者)」は親世代である浜野さんを表しています。対になっているのが面白いですね。 世代でどうこう思ったわけではないのですが、40代って自分の限界とか、死に様がなんとなく予想できるようになってくる年代ではないでしょうか。体の衰えもあり、新しいことに挑む気力も持てなくなったり、自分はここに留まる人間だっていうふうに、枠を定めてしまう人が多いように思います。(中略)【タイパ、コスパ信仰は人生を貧しくする】――金原さんといえば、昨年、朝日新聞に寄稿された「『母』というペルソナ」が大きな反響を呼びました。作中で浜野さんは、子育てを、得体の知れない存在に3000万の課金をする狂気の沙汰だと感じています。この考え方は最近SNSでも目にするようになりました。母である金原さんは、どう反論しますか。 本当に子育てって一概に言えなくて、「私の場合は後悔してないよ」としか言えない。私は、小学生の頃から不登校で、我ながら育てにくい子どもだっただろうなと思っていたので、元々は子どもを持つことに恐怖しかなかったんです。でも、うちの子たちはなぜか2人とも楽しそうに学校に通える子たちで、それなりに物分かりがよく、たぶんイージーモードな育児だった。これがハードだったらどうだったかは何とも言えない。しかも、私は産んだことを後悔してないけれども、産んでなかったら産んでなかったで、多分後悔してないはずなんです。だから、「持った方がいいとも、持たない方がいいとも言えない」というのが正確な答えになると思います。――危惧しているのは、若い人たちが子育てをコスパ(コストパフォーマンス)やタイパ(タイムパフォーマンス)で測り、「やめておこう」となっていること。その考えでいくと人類滅亡しない?って思うのですが……。 わかります。コスパとかタイパを気にして生きていくのは、人間の存在そのものを否定することにも等しい。例えばタイパで言ったら「本なんて読む意味ないじゃん」ってなりますよね。お金と時間かけて、何が得られるの、みたいな。でも、そうやって生き急ぐことによって損なわれるものって、人間にとって最も重要なものだとすら思います。 先日、映画『ナミビアの砂漠』の山中瑤子監督と対談したのですが、あの映画を考察映画として観る人がいるそうなんです。「答えがあると思って観たけど、答えが出されなかった、ざわざわ……」みたいな。答えがわかってすっきり!という対価を映画に求めている。 でも、わからなさを自分の中に住まわせて、そのわからなさと向き合う時間はとても豊かで、面白い。そこを切り捨てていくと、翻って自分の中のわからなさも切り捨てなきゃいけなくなるよ、って思うんです。コスパ、タイパといった不寛容さが、到底答えの出ない存在である自分自身を切り刻んでしまうことに気づいてほしいです。*********************************************************■2024.11.29金原ひとみさん「ナチュラルボーンチキン」インタビューhttps://book.asahi.com/article/15518187
2024.12.10
コメント(0)

図書館で『映画の巨人たちスタンリー・キューブリック』という本を、手にしたのです。スタンリー・キューブリックなら『2001年宇宙の旅』というバカの一つ覚えのような認識ではあかんで!・・・ということでチョイスした次第です。【映画の巨人たちスタンリー・キューブリック】 佐野亨著、辰巳出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『シャイニング』…時代を超えて観客を魅了する普遍的なテーマと映像の革新性によって、世界映画史にその名を残す巨匠にして異才スタンリー・キューブリックーその作品世界と人物像をさまざまな角度から読み解く!<読む前の大使寸評>スタンリー・キューブリックなら『2001年宇宙の旅』というバカの一つ覚えのような認識ではあかんで!・・・ということでチョイスした次第です。rakuten映画の巨人たちスタンリー・キューブリックSF評論家・藤田直哉の評論を見てみましょう。p74~76<SF作家としてのスタンリー・キューブリック:藤田直哉>「サイエンス・フィクションとは、人間と、宇宙におけるそのありかたにたいする定義(現代の進歩した、だが混乱した知識の状態のなかでも変質しない定義)を追及するものであり、特徴ととしてはゴシック、あるいはポスト=ゴシック小説の形式を継ぐものである」(ブライアン・オールディス『十億年の宴』) 意外なことに、キューブリック監督作品のうち、明確にSFだと言える作品は三作に過ぎない。1964年の『博士の異常な愛情』、1968年の『2001年宇宙の旅』、1971年の『時計じかけのオレンジ』だけである。キューブリックが企画し脚本も執筆していた2001年のスピルバーグ監督作品『À.I.』を含めても、四作しかない。にもかかわらず、やはりSF作家としてのイメージが強烈にあるのは、どうしてだろうか。 おそらくそれは、ビジュアルのインパクトゆえにだろう。特に『2001年宇宙の旅』における、手前から奥までピントが合い過ぎて逆に異様な空間。人工物による、汚れや陰りのない映像。ありえないぐらいのシンメトリー。これらがキューブリックのパブリックイメージを形成したのだろう。 この要素は、他の映画にも見受けられる。そしてこのビジュアルは、単なる趣味の問題ではなく、彼自身の思想とも関わっている。思想と映像の、内容と形式の驚異的な一致こそが、キューブリックの作家としての実に優れた美質である。 SFとは、その思想と見事に共鳴するようにしてある時期のキューブリックが用いたジャンルである。 キューブリックの思想とは、端的に言えば「理性」の功罪を問うものである。あまりにも明晰で幾何学的な映像は、非情に強い理性を感じさせる。「啓蒙」とは「暗闇を啓く」ことであり、暗闇を啓くものは「光」である。その光は「視覚」と「理性」と重なるものとして、啓蒙主義以後の西洋では理解されることが多い。 理性により、世界を明晰で清明に理解することが、より良い世界に繋がるというのが、啓蒙主義の考えだ。『2001年宇宙の旅』のカメラと美術は、この「啓蒙主義」的な態度がさらに極端化した未来を表現している。 「啓蒙主義」はヨーロッパの価値観に大きな影響を与えた。この思想の内容を一言で言うと、あらゆる人間には理性があり、それは普遍的なものであり、その力によって科学的にも道徳的にも人間は進歩していく、というものである。 17世紀から19世紀にかけてのヨーロッパは「啓蒙時代」と呼ばれる。キューブリックには、この「啓蒙主義」への問いが常にある。『2001年宇宙の旅』の冒頭と結末は、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』からタイトルを採ったリヒャルト・シュトラウスの楽曲が用いられている。これは、啓蒙主義に反発したニーチェを、キューブリックが好意的に引用した痕跡ではないかと解釈することができる。(中略) あまりにも強烈すぎる理性の支配を、美術やカメラ(視線)で表現し、その中で狂気に進んでいく人々の感情の解放という状況を、キューブリックは描く。そこにこそ魅力がある。啓蒙主義的な光の中で、人間の内部で狂気や暴力が高まっていき、それが解放される際の、祝祭的でディオニソス的な興奮。『2001年宇宙の旅』は、理性的なもの(アポロンてきなもの)と、情念的なもの(ディオニソス的なもの)の対立と葛藤と、その止揚の映画だと言っていい。ウーム、何やら難しい評論ではあるが・・・とにかく『2001年宇宙の旅』は哲学的なハードSF映画なんでしょうね。『映画の巨人たちスタンリー・キューブリック』1:『2001年宇宙の旅』:橋本治
2024.12.10
コメント(0)

図書館で『映画の巨人たちスタンリー・キューブリック』という本を、手にしたのです。スタンリー・キューブリックなら『2001年宇宙の旅』というバカの一つ覚えのような認識ではあかんで!・・・ということでチョイスした次第です。【映画の巨人たちスタンリー・キューブリック】 佐野亨著、辰巳出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『シャイニング』…時代を超えて観客を魅了する普遍的なテーマと映像の革新性によって、世界映画史にその名を残す巨匠にして異才スタンリー・キューブリックーその作品世界と人物像をさまざまな角度から読み解く!<読む前の大使寸評>スタンリー・キューブリックなら『2001年宇宙の旅』というバカの一つ覚えのような認識ではあかんで!・・・ということでチョイスした次第です。rakuten映画の巨人たちスタンリー・キューブリックまず、『2001年宇宙の旅』を橋本治が取り上げているので、なにはともあれ見てみましょう。p66~67<意志を持った物語『2001年宇宙の旅』:橋本治>『2001年宇宙の旅』が日本で初めて公開された1968年の秋、私は一人で今はなき広大なるシネラマ映画館テアトル東京に見に行った。この映画が公開されたのはゴールデンウィークだかなんだかの頃で、私が行った頃にはもうロングランも終わりに近かった。新聞広告で「あと何日、お見逃しなく」なんてのを見たから、「じゃァ、行ってみようかなァ・・・」という感じで、重い腰を上げたのだ。なにしろ『2001年宇宙の旅』はとんでもなく退屈そうな映画だったから・・・。 その当時、日本の高名なるSF作家は、この映画をめぐる座談会で「退屈だなァ」「画面の端が空いているからCMでも入れればいい(笑)」なんてことをやっていたんだから。信じられないかもしれないけど、ホントだよ。 私は〝空想科学映画〟の昔からSFっていうのは好きだったけど、でも宇宙空間を舞台にしたハードSFっていうやつは、どうもちょっと勘弁してよという人間だった。「だって、宇宙空間には木が一本も生えてないんだもん」と、いまだに東海道新幹線に乗っても外の景色を眺め放しの私は思うのだった。 大体当時の常識は、普通のスクリーンの三倍もの大きさのあるシネラマの画面にエキサイティングな物語が描ける筈はないということになっていたし。『2001年宇宙の旅』は〝シネラマ初のSF〟だったのだから、それを見たSF作家が「退屈で・・・」と言うのなら、それは勿論『2001年宇宙の旅』が〝エンエンと繰り広げられる宇宙旅行のパノラマ〟でしかないということにしかならない。 おまけに監督が気難しいスタンリー・キューブリックで、新聞に載った『2001年宇宙の旅』の映画評によれば、これは〝未来社会におけるコンピューターの反乱〟を描いたものだそうだから、どう考えたって、1968年に私の前に存在していた『2001年宇宙の旅』は、今の我々が知る『2001年宇宙の旅』ではなかったのだ。 それでも「シネラマの大画面で見られるのはこれが最後の機会です」なんてことを言われると私は弱い。あんまり金もなかったんだけど、「まァ、とりあえず見とくか、みられなくなっちゃう前に」なんてことをぼやきながら重い足を劇場まで運んだものだった。思ってたより退屈なんてものはしなくて、「へー、おもしろいじゃん」とか思って、ガラガラのテアトル東京の中で足をひん曲げて見ていた。(中略) 足をひん曲げて、それを両腕でひっ抱えて「へー」だけで見ていた私は、最後の方になって、突然両足を放り投げた・・・例のボウマン船長がロココの部屋に降り立つシーンで。 そこには老人になったボウマン船長自身が一人で食事をしていて、そんな自分の姿を見ている。〝別の誰か〟の存在を感じとった老ボウマンはのろのろと後ろを振り向く。年老いた自分の姿を見ていた宇宙服姿のボウマン船長は既になく、老ボウマン船長は黙々と食事を終える。食事を終えた船長がふと見ると、自分の目の前にはヘンなものがある。目をこらしてよく見ると、それは〝更に年老いた自分〟だった。 更に年老いたボウマン船長は、なにも見ずに、ただ死の床に横たわっている。つまり、〝その後〟の自分が一直線にではなく、平行して同時にいくつも存在している。「時間とは選択の結果である」なんていうことにはあと一歩だ。 ハイテクのロココの部屋の・・・それ自体が一つの文明の死を連想させるような部屋の床に、モノリスが再び姿を現して、そして・・・。 私はほとんど、唖然としてしまった自分の表情と同じ質の表情を持った胎児が、宇宙空間から驚きとともに地球を眺め下ろす、その瞬間を忘れることが出来ない。 どう転がったってあの胎児は、突然自分の目の前に広がってしまった光景を見て愕然としているとしか、当時の私には思えなかった。そして。今も私はそう思っている。 勿論その胎児は、キア・デューリア扮するボウマン船長の顔をしていて、そしてその胎児のアップで映画は終わる。結局それだけだ。 この映画『2001年宇宙の旅』は、自分自身が描き出したものに対してはほとんどなにも説明をしないままで終わる。橋本治はハードSF映画ファンではないようだが・・・少なくとも哲学的SF映画には関心があるようですね♪この本もハードSF映画あれこれに収めるものとします。
2024.12.09
コメント(0)

図書館で『ゴミ人間』という本を、手にしたのです。著者・西野亮廣はアニメ『映画 えんとつ町のプペル』を見てもアーティストとしてなかなかの出来であり、どうしてゴミ人間などと謙遜するのだろうか?【ゴミ人間】西野亮廣著、KADOKAWA、2020年刊<「BOOK」データベース>よりクラウドファンディング支援総額国内最高(5億円)。オンラインサロン会員数国内最大(7万人)。日本のエンターテイメントの中心にいる男の覚悟。<読む前の大使寸評>著者・西野亮廣はアニメ『映画 えんとつ町のプペル』を見てもアーティストとしてなかなかの出来であり、どうしてゴミ人間などと謙遜するのだろうか?rakutenゴミ人間えんとつ町のプペルまず、「はじめに」の語り口を見てみましょう。p2~7<はじめに> 毎日、朝7時から翌朝4時まで働いています。 おかげで目の下には大きなクマ。ノロマな僕は、労働時間で帳尻を合わすことでしかこの世界に存在することができません。 とくに今は『映画 えんとつ町のプペル』の公開前で、1人でも多くのお客さんに観に来てもらう為に、西へ東へドブ板営業。 数字的な話をすると、ライブや個展であれば数万人動員すれば「成功」ですし、書籍だと数万部~数十万部売れれば随分チヤホヤされます。 ところが映画となると話は別です。 『映画 えんとつ町のプペル』は100万人動員しても興行的には「失敗」だそうです。 毎日毎日、前売りチケットを手売りしていますが、「100万人」は足し算で届く領域ではありません。 どれだけチケットを手売りしても、どれだけ広告を仕掛けても、安心できることなどありません。 むしろ、やればやるほど「ダメだったときの傷」が深くなるので恐怖が増していきます。 ああ、怖い。もうすぐ映画公開だ。 ここ最近、ずっと震えています。 今回はただでさえ厄介な勝負だというのに、何のつもりか、このタイミングで面倒な敵が現れました。「新型コロナウイルス」です。 このことは本編で詳しく書かせていただきますが、僕らのお仕事は、お客さんの安心・安全が担保された上に成り立っています。 どれだけ素晴らしい作品を作ろうが、お客さんが生活に困っていたら、届けることができないのです。 僕は『西野亮廣エンタメ研究所』という会員数7万1000人(2020年12月現在)のオンラインサロンを運営しているのですが、その中には、コロナ禍で困窮しているメンバーがたくさんいます。 彼らは、これまでずっと僕の挑戦を応援してきてくれました。 そんな彼らを無視して映画制作を進められるハズがありません。 「映画を成功させる」という僕の目標は、2020年春の時点で、「サロンメンバー全員を守った上で、映画を成功させる」に変わりました。 そんな中、熊本で大きな水害がありました。 店を流されたサロンメンバーもいます。泣きっ面に蜂もいいとこです。 映画制作の傍らで、熊本の水害対策にあたります。 海外のコロナの状況は更に深刻で、SOSに朝も夜もありません。 最初は「よりによって、なんで今年なんだ」と思いましたが、対応に追われているうちに「きっと神様めいたものに試されているんだろうな」と思うようになりました。望むところです。 負けるもんか。 やってもやっても仕事が終わりません。 今日中に終わらせなきゃいけない仕事が毎日3日分ほどあります。 おかげで昨日の記憶がほぼありません。一昨日のことなんて、全く思い出せません。(中略) きっと今日のことも、明日には忘れてしまうでしょう。 だけど、2020年の毎日と、僕が絵本作家に転向してから、『映画 えんとつ町のプペル』が公開されるまでの日々は忘れたくありません。 そこにはたくさんの覚悟と、たくさんの傷と、たくさんの涙がありました。 志半ばで死んでいった仲間もいます。 狂うほど忙しくて次から次へと情報が飛び込んできて、古い記憶から順に押し出されていくのですが、それだけは忘れたくないので、忘備録としてこの本を書くことに決めました。
2024.12.08
コメント(0)

図書館で『キネマの神様』という本を、手にしたのです。著者・原田マハの原著を山田監督が映画化した後に、その映画を原田さんが小説化するというややこしい関係になっておるそうです。【キネマの神様】原田マハ著、文藝春秋、2021年刊<「BOOK」データベース>より山田洋次×原田マハ、奇跡のコラボから生まれた新しいもうひとつの神様の物語。書き下ろし!<読む前の大使寸評>著者・原田マハの原著を山田監督が映画化した後に、その映画を原田さんが小説化するというややこしい関係になっておるそうです。rakutenキネマの神様山田監督が書いたあとがきを見てみましょう。p192~194<あとがき「驚き」> 原田マハさんの小説『キネマの神様』をシナリオに脚色するにあたって、登場人物の魅力的なキャラクターを生かしたのは当然だったが、ストーリーについてはかなりの変更をせざるを得なかった。小説通りに映画化するのが難しいケースはよくあるのだが、しかしぼくが行ったのは相当大幅な変更だったので、これを原田さんが了解して下さるかどうかを心配しながら、ともあれ脚本の初稿をパリに暮らす原田さんに送った。 若しダメという返事がきたらどうしようと不安を抱きながら待ち続けていたプロデューサーに来た返事は「大きな変更です、しかし見事な変更です」 という言葉に代表されるお褒めの言葉だった。ぼくをはじめスタッフ一同がどんなに嬉しかったか分からない。原田さん有り難う、とあらためて言いたい。「なによりも素晴らしいのは、本作を監督自身のものになさっていることです」 とも書かれていた。そこには創造に苦しみ悩む人間にだけ理解しあえるあたたかい思いやりの気持ちがにじんでいて、ぼくは嬉しさのあまり撮影台本の最後のページにその原田さんの手紙の文面を印刷してスタッフや出演者に読んで貰うようにしたくらいだ。 2月に撮影が始まったが、コロナ騒ぎですっかり長引いてしまって年末にようやく終わる頃、原田さんがパリから戻ってこられた。原作者に効果音や音楽の入っていない粗編集の映像を見せるのは監督にとっては気が進まないものだが、プロデューサーが是非というので仕方なく試写室でラッシュを見て貰った。原田さんがどんな感想を抱かれただろうかと、判決を聞く被告のような気分でオドオドしていたものだ。 それからしばらくして、原田さんがこの映画のノベライズを、自分の手でしてくださるという話をプロデューサーから聞いてびっくりした。ぼく自身の作品を誰かに委嘱してノベライズするというのは今まで何度も経験しているが、なんと原作者が、原作を大きくはみ出して作られた映画を元にして新たに小説を書くなんて聞いたことがない、というより映画の世界でこんなことははじめてではないだろうか。原田さんは何という大胆なことをなさるのかと僕は呆れ、うろたえながら、どうぞお願いしますというような返事をしたものだ。 執筆で忙しい原田さんだが、仕事は思いもかけぬ早さだった。出版社から届けられたゲラを読んだぼくは、その面白さに引きずられて一晩で四でしまった。確かに物語は僕のオリジナルにほぼそって展開していくのだが、そのディテールにおいて、心理描写の繊細さにおいて格段の違いがある。なるほどこうすればいいのか、と思わずうなってしまうような箇所が随所にある。 若い菅田将暉と永野芽郁のラブシーンもあるのだが、小説で読むと気持ちの揺らぎが巧みに描かれ、さすがは小説家だなと感心しながらもう一度ぼくが映画を作り、それをまたまた原田さんがノベライズする、などという冗談めいたことをひとしきり想像したりして楽しんだものだ。 ともあれ、素敵な原作を映画化させて貰った上にこんな楽しい経験をさせて頂いた原田マハさんに心から感謝したい。 山田洋次『キネマの神様』1:冒頭の語り口
2024.12.07
コメント(0)

図書館で『キネマの神様』という本を、手にしたのです。著者・原田マハの原著を山田監督が映画化した後に、その映画を原田さんが小説化するというややこしい関係になっておるそうです。【キネマの神様】原田マハ著、文藝春秋、2021年刊<「BOOK」データベース>より山田洋次×原田マハ、奇跡のコラボから生まれた新しいもうひとつの神様の物語。書き下ろし!<読む前の大使寸評>著者・原田マハの原著を山田監督が映画化した後に、その映画を原田さんが小説化するというややこしい関係になっておるそうです。rakutenキネマの神様ひとまず、冒頭の語り口を見てみましょう。p7~11<2019年(令和元年)10月 東京 武蔵野> 上映が始まる10分まえ、古びた映画館の出入り口に佇んで(たたずんで)観客を迎え入れるのが、寺林新太郎の日課だった。 小さな名画座である。東京の片隅、中央線沿線の駅から徒歩5分の街角で、時の流れから取り残されたような、ぽつんとうずくまっている。 名前は「テアトル銀座」という。もう思い出せないくらいずっと昔、いつの日か自分の好きな映画を選りすぐって上映する映画館を経営するのが夢で、名前だけは先に決めていた。 よく考えてみると、思った通りに夢が実現したわけで、妻も子供もいない天涯孤独の78歳ではあるものの、これはこれでよかったのかもしれないと、人生の終わりのほうが見えてきたこの頃は、ふとそんなことを思ったりもする。 やって来るのは馴染みの客が多い。日中は、活動的なシニアの面々が顔を出す。「よ、テラシン。元気かい?」と声をかけてくれる往年の映画愛好者たちは、ほとんどが自分と同じ年代だ。合言葉は「昔の映画はよかったなあ」。テラシン自身は、いやいや、いまの映画にだっていいものはある、という思いでいるのだが、そこは温和な彼のこと、「いやほんとにねえ」と相槌を打つ。何事であれ、抗うよりも寄り添うほうが省エネでお得なのである。 夕方頃からは映画好きの学生や、単館系フィルムやミニシアター好きのマニアックな若者たちがやって来る。ときどき、記念撮影に応じることもある。なんでも、映画好きのブロガーの間で、テラシンは「テア銀おじさん」と呼ばれ、親しまれているんだそうだ。客の入れ込みのときに、律儀に出入り口で迎えてくれる支配人。 確かにいまどきの映画館では珍しいのだろう。それを知って遠方からわざわざ訪ねてくる人もいる。すなおに嬉しい。万年赤字の経営でも、やり続ける意味はあったと思うのはそんなときである。 テアトル銀幕の最大の特徴(ウリ)は、いまや世の趨勢であるデジタル上映ではなく、映写機を使ったフィルム上映を続けているところだ。 なぜまたそんな面倒なことをしているのかといえば、テラシンの本職が映写技師だからである。 彼はかつて映画会社・松竹の大船撮影所専属の映写技師だった。 実を言えば、ヨーロッパ映画にかぶれていた十代の頃、佐藤忠男や蓮見重彦のような文学的映画評論を書いて世に認められ、映画評論家になるという別の夢も持っていた。が、これは狙っていた国立大学を受験して落ちた瞬間にあきらめた。 悔しさあまって映写技師の国家試験に挑戦してみたら、一発で合格した。大船撮影所が出した映写技師募集の新聞広告をみつけ、応募したところ、これも一発で合格した。それから映写一筋にこつこつ働いて貯蓄をし、40歳で早期退職後、テアトル銀幕の経営者兼支配人となった。 以来約40年、不景気とデジタル化の波に揉まれ、名画座は風前の灯火ではあるものの、こうして名画ファンに向けてドアを開け、その傍らに立ち続けている。そして自分の好きな映画を、自分の手でかけ続けている。 まあ、どうにかこうにか夢はかなったわけだ。やはりこれはこれでよかったに違いない。・・・と、思うようにしている。監督と原作者が映画への愛を語り合う対談山田洋次×原田マハ『キネマの神様』がくれた奇跡がお奨めです。
2024.12.07
コメント(0)

早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。ケヤキ並木の黄葉はピ-クを過ぎて、イチョウの黄葉、モミジの紅葉が見頃となっているが、これって例年並みなのか? ・・・もう、我が季節感が混乱しておるようです。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたり障子の張替この本で、大雪(だいせつ)のあたりを見てみましょう。和暦p2<大雪>「年用意」と農作業を仕舞う「事納め」 「大雪」は現行の暦では⒓月7日ころ第1日目を迎え、冬至(12月22日ころ)に入る前日までを言う。「大雪の日」、「大雪節季」は共に初日を指す。『暦便覧』では「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と説明しているが、降雪地帯は別として、温暖化の影響もあるためか、本格的な降雪は年が明けてからの地域が多い。 この頃の主要な行事は「年用意」だろう。年用意は新年を迎える準備意味。古語でもある。 旧暦の時代、12月13日は二十八宿の鬼宿日にあたり、「婚礼以外は全て吉」とされる日で、この日から「年用意」が始められた。 年用意には、賀状作成や大掃除、餅つき、障子の張替などがある。 またかつては、おせち料理やお雑煮などを煮炊きする薪用に、その年の恵方にある山に伐りに行っていたというが、これも13日から始められていた。 さらに、旧暦の暮らしには、その年の農作業などを仕舞う日として、12月8日を「事納めの日」とし、里芋・こんにゃく・にんじん・小豆を入れた「御事汁」を食べたという。ちなみに農業を始める「事始め」は2月8日である。 大雪の期間の七十二候は、次のとおり。 初候 「閉寒成冬(そらさむく、ふゆとなる)」天地の気が寒がって冬となる。 次候 「熊蟄穴(くま、あなにこもる)」熊が冬眠のために穴に隠れる。 末候 「鮭魚群(さけのうお、むらがる)」鮭が群がり川を上る、となっている。二十四節季の小雪に注目:収穫を感謝する「新嘗祭」二十四節季の立冬に注目(復刻3)二十四節季の大寒に注目(復刻)
2024.12.06
コメント(0)

今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「映画」でしょうか♪<市立図書館>・映画の巨人たちスタンリー・キューブリック・キネマの神様・ゴミ人間・50歳からの「筋肉トレーニング」<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【映画の巨人たちスタンリー・キューブリック】 佐野亨著、辰巳出版、2020年刊<「BOOK」データベース>より『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『シャイニング』…時代を超えて観客を魅了する普遍的なテーマと映像の革新性によって、世界映画史にその名を残す巨匠にして異才スタンリー・キューブリックーその作品世界と人物像をさまざまな角度から読み解く!<読む前の大使寸評>追って記入rakuten映画の巨人たちスタンリー・キューブリック【キネマの神様】原田マハ著、文藝春秋、2021年刊<「BOOK」データベース>より山田洋次×原田マハ、奇跡のコラボから生まれた新しいもうひとつの神様の物語。書き下ろし!<読む前の大使寸評>著者・原田マハの原著を山田監督が映画化した後に、その映画を原田さんが小説化するというややこしい関係になっておるそうです。rakutenキネマの神様【ゴミ人間】西野亮廣著、KADOKAWA、2020年刊<「BOOK」データベース>よりクラウドファンディング支援総額国内最高(5億円)。オンラインサロン会員数国内最大(7万人)。日本のエンターテイメントの中心にいる男の覚悟。<読む前の大使寸評>追って記入rakutenゴミ人間【50歳からの「筋肉トレーニング」】 フィンク ジュリウス著、講談社、2022年刊<「BOOK」データベース>より男性も中高年になると男性ホルモンが減少する「更年期」が訪れます。男性ホルモンの減少とともに、筋肉は付きにくくなっていきます。筋肉を付けるには、更年期を克服する科学的「筋肉トレーニング」が必要です。本書は、中高年の筋トレ未経験者からベテランまで、それぞれのレベルに合った最良のトレーニング方法と、6週間で結果が出るトレーニング・メニューを紹介します。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten50歳からの「筋肉トレーニング」
2024.12.06
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・絲山秋子『神と黒蟹県』(3/02予約、副本3、予約63)現在14位・前田和男『昭和街場のはやり歌』 (5/10予約、副本?、予約8)現在2位・小倉ヒラク『アジア発酵紀行』 (5/14予約、副本2、予約5)現在1位・内田樹『勇気論』(7/07予約、副本?、予約?)現在5位・消費者金融ずるずる日記(8/27予約、副本6、予約112)現在73位・パッキパキ北京(8/29予約、副本9、予約111)現在52位・転がる珠玉のように(9/05予約、副本7、予約87)現在49位・原爆裁判(9/11予約、副本?、予約133)現在92位・沈む日本4つの大罪(10/10予約、副本?、予約?)現在8位・官僚国家 日本の闇(10/28予約、副本2、予約47)現在42位・森永卓郎『身辺整理』(11/20予約、副本4、予約76)現在71位・金原ひとみ「ナチュラルボーンチキン」(12/03予約、副本?、予約?)現在152位<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』・沢木耕太郎『深夜特急』<予約候補>・中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・井上ひさし『本の運命』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・「中国」はいかにして統一されたか・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」・畑正憲『どんべえ物語』:図書館未収蔵・ヤマザキマリ『水木しげる厳選集 異』:図書館未収蔵・猫社会学、はじめます:図書館未収蔵・書いてはいけない日本経済墜落の真相:図書館未収蔵・金水敏『よくわかる日本語学』・闇の中国語入門・奪還 日本人難民6万人を救った男:・花まんま・森永卓郎『官僚生態図鑑』:図書館未収蔵<予約分受取:9/01以降> ・パンとサーカス(8/28予約、9/01受取)・川上未映子『黄色い家』(7/24予約、9/12受取)・高野秀行『イラク水滸伝』(1/06予約、9/22受取)・池澤夏樹『ノイエ・ハイマート』(6/29予約、10/13受取)・三浦しおん『しんがりで寝ています』(4/12予約、10/27受取)・有田芳正『誰も書かなかった統一教会』(7/27予約、11/14受取)・ぜんぶ、すてれば(11/07予約、11/14受取)・カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」(4/27予約、11/21受取)**********************************************************************【神と黒蟹県】絲山秋子著、 文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より「黒蟹とはまた、微妙ですね」。日本のどこにでもあるような「地味県」の黒蟹県。そこで暮らす、そこを訪れる、名もなき人々や半知半能の神がすれ違いながら織りなす、かけがえなく、いとおしい日々。まだ名付けられていない人間関係を描き続けてきた著者真骨頂の連作小説集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(3/02予約、副本3、予約63)>rakuten神と黒蟹県【昭和街場のはやり歌】前田和男著、 彩流社、2023年刊<「BOOK」データベース>より「はやり歌」から、明日の日本の姿が見えてくる…。歌とともに時代を共有した「団塊」といわれるベビーブーマー世代が、エピソードを交え描く歌謡社会文化論!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/01予約、副本?、予約8)>rakuten昭和街場のはやり歌【アジア発酵紀行】小倉ヒラク著、文藝春秋、2023年刊<出版社>よりアジアの巨大な地下水脈をたどる冒険行。「発酵界のインディ・ジョーンズ」を見ているようだ!ーー高野秀行(ノンフィクション作家) 自由になれーー各地の微生物が、奔放な旅を通じて語りかけてくる。ーー平松洋子(作家・エッセイスト)発酵はアナーキーだ! チベット~雲南の「茶馬古道」からインド最果ての内戦地帯へーー前人未到の旅がいま幕をあける! 壮大なスケールでアジアの発酵文化の源流が浮き彫りになる渾身作。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(5/14予約、副本2、予約21)>rakutenアジア発酵紀行【勇気論】内田樹著、光文社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりモヤモヤを抱えた編集者との“カウンセリング”往復書簡。ジョブズ、フロイト、孔子、伊丹万作、河竹黙阿弥、大瀧詠一、パルメニデス、富永仲基…話頭は転々として奇を極めー。いまの日本人に一番足りないものは何だろうか?読めば心が軽くなるーウチダが綴る9通のメッセージ。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(7/07予約、副本?、予約?)>rakuten勇気論【消費者金融ずるずる日記】 加原井末路著、三五館シンシャ、2024年刊<「BOOK」データベース>より1990年代の半ば、30歳のときに足を踏み入れ、50歳で退職するまでの20年を私はこの業界ですごし、お金にまつわる悲喜こもごもを目撃した。私が在籍した期間は、消費者金融業界が栄華を極めてから、2010年の法改正施行を経て、没落していく年月でもあった。-本書にあるのはすべて私の実体験である。「お客を追い込む仕事」。サラ金社員が経験した、貸し手と借り手のお金の修羅場。<読む前の大使寸評>追って記入rakuten消費者金融ずるずる日記【パッキパキ北京】綿矢りさ著、集英社、2023年刊<「BOOK」データベース>よりコロナ禍の北京で単身赴任中の夫から、一緒に暮らそうと乞われた菖蒲。愛犬ペイペイを携えしぶしぶ中国に渡るが、「人生エンジョイ勢」を極める菖蒲、タダじゃ絶対に転ばない。過酷な隔離期間も難なくクリアし、現地の高級料理から超絶ローカルフードまで食べまくり、極寒のなか新春お祭り騒ぎ「春節」を堪能する。街のカオスすぎる交通事情の把握や、北京っ子たちの生態調査も欠かさない。これぞ、貪欲駐妻ライフ!北京を誰よりもフラットに「視察」する菖蒲がたどり着く境地とは…?<読む前の大使寸評>追って記入rakutenパッキパキ北京【転がる珠玉のように】ブレイディみかこ著 、中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりLike A Rolling Gem。大人の山あり谷ありライフを越えていけ!結婚するゲイの友人、職人魂を燃やす父、イギリスで、日本で、社会の底を支える労働者たちの人生劇場。泥くさい毎日を“宝石”に変える著者3年ぶりの最新エッセイ集。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約(9/05予約、副本7、予約87)>rakuten転がる珠玉のように【原爆裁判】山我浩著、毎日ワンズ、2024年刊<商品説明>より日本初の女性判事・三淵嘉子が昭和三十年代に裁判官を務めた「原爆裁判」に焦点を当てた書き下ろし。原爆を巡るアメリカの闇を追及すると共に三淵嘉子の半生を紹介、さらに、世に名高い「原爆裁判の判決文」も付載した一冊。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/11予約、副本?、予約133)>rakuten原爆裁判【沈む日本4つの大罪】 植草一秀×白井聡著、ビジネス社、2024年刊<「BOOK」データベース>より捏造と欺瞞、狡猾と策略で、夢も希望も失った日本人に告ぐ!奴隷国家に堕した日本の国難に打ち勝つ再生への処方箋。経済学の論客と気鋭の政治思想家が日本のタブーに斬り込む!LGBTQ、SDGs、コロナワクチン、政権と大企業の罠、メディア腐敗etc。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約 (10/10予約、副本?、予約?)>rakuten沈む日本4つの大罪【官僚国家 日本の闇】泉房穂著、 集英社、2024年刊<「BOOK」データベース>より2002年10月、右翼団体代表を名乗る男に襲撃され命を落とした政治家・石井紘基。当時、石井は犯罪被害者救済活動、特殊法人関連の問題追及等で注目を浴びていた。その弱者救済と不正追及の姿勢は、最初の秘書・泉房穂に大きな影響を与えた。石井は日本の実体を特権層が利権を寡占する「官僚国家」と看破。その構造は、今も巧妙に姿を変え国民の暮らしを蝕んでいる。本書第1部は石井の問題提起の意義を泉が説き、第2部は石井の長女ターニャ、同志だった弁護士の紀藤正樹、石井を「卓越した財政学者」と評する経済学者の安冨歩と泉の対談を収録。石井が危惧した通り国が傾きつつある現在、あらためてその政治哲学に光を当てる。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(10/28予約、副本2、予約47)>rakuten官僚国家 日本の闇【身辺整理】森永卓郎著、興陽館、2024年刊<「BOOK」データベース>よりいきなり、ステージ4のがん告知を受けた、森永卓郎の「遺言」。迷惑をかけずに、跡形もなく消え去りたい。渾身の「死に支度」ドキュメント。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(11/20予約、副本4、予約76)>rakuten身辺整理【ナチュラルボーンチキン】金原ひとみ著、河出書房新社、2024年刊<「BOOK」データベース>よりルーティンを愛する45歳事務職×ホスクラ通いの20代パリピ編集者。同じ職場の女から導かれて出会ったのは忘れかけていた本当の私ー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/03予約、副本?、予約?)>rakutenナチュラルボーンチキン【月と不死】N・ネフスキー著、平凡社、1971年刊<出版社>より著者は日本民俗学界の異色の存在として知られるロシア人学者で,柳田国男,折口信夫らと親交を結び,沖縄,東北などの民俗を採録した。本書は日本語で発表された論文・書簡を網羅した唯一の著作集。<読む前の大使寸評>ロシア人にして、日本民俗学界の異色の存在が気になるのです。<図書館予約:(とりあえずカートに入れておこう)>heibonsha月と不死図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・デジタル朝日「好書好日」でめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2024.12.05
コメント(0)

紙の健康保険証の発行が終止されたが、その保険証がまだ1年ほど有効なので何の不便も感じていないのです♪・・・ということで、『老人のライセンス』という本を復刻して読み直してみようと思い立ったのです。*********************************************************図書館で『老人のライセンス』という新書を、手にしたのです。かつて赤瀬川原平が老人力を提唱した頃は微笑ましい感じだったが・・・今「老人のライセンス」と聞くと、なにやら恐れ入るのである。【老人のライセンス】村松友視著、河出書房新社、2018年刊<「BOOK」データベース>より老成を極めた人間力にせまる66篇。【目次】第1章 老人って何?(老人って何?/「若返り」対「老成」の構図 ほか)/第2章 老猿に道をゆずるの巻(老猿に道をゆずるの巻/蓮っ葉な女の読書に翻弄される ほか)/第3章 理想ではないが、妻である(文鎮の安心と重みよ、今いずこ/右と左に泣き別れる老人の心もよう ほか)/第4章 何しろ、人間の舌は器用なもんでしてね(何しろ、人間の舌は器用なもんでしてね/鮨ネタの栄枯盛衰 ほか)/第5章 今日は、絶好の雨日和(黒鉄ヒロシという謎の生命体/病んだヨーロッパ人、伊丹十三 ほか)/第6章 涙をさそう唐辛子の焼香(極め付きの無表情/上り坂と下り坂はどっちが多い? ほか)<読む前の大使寸評>かつて赤瀬川原平が老人力を提唱した頃は微笑ましい感じだったが・・・今「老人のライセンス」と聞くと、なにやら恐れ入るのである。rakuten老人のライセンス「老人のライセンス」があることが「あとがき」で例証されているので、見てみましょう。p217~219<あとがき> 「老人のライセンス? そんなもんあるんですか」という当然の反応に対して、「実はあるんですよ」と、1冊をあげて例証しようというのが本書の目論見だ。言わずもがなのことだが、当今世上に取りあげられている高齢運転者の免許問題とはまったく無縁であるところの、心のライセンスのことである。 そして、そのライセンスがいまだ掌中にあらずという自己認定のもとに、これまで体験した端倪すべからざるライセンス取得者たちの、愛すべき人間の味の幅広さを、読者諸兄妹に供しようというかまえが、とうに後期高齢者の年齢をすぎた未熟者老齢者たる著者の、特徴的物腰ということになり、これが本書の老人問題へのスタンスともなっている。 さて、そんな著者たる私に個性らしきものがあるとするならば、それは宿病とも言うべき他者への観察癖だろう。そして、私の観察癖は、やましさやうしろめたさをかこつ者の症状ではなかろうかという気がする。といっても、そのやましさやうしろめたさが、それほど深い意味合いをふくんだものでないのはもちろんのことで、たとえば宿題を忘れがちな小学生であった私に、その日の先生の機嫌、気分、あるいは心もようなどをあれこれ想像しながら、先生の一挙手一投足を探る癖が宿ったことを原点とするといったレベルの観察癖だ。 宿題を忘れぬ生徒は、先生の機嫌などうかがうこともなく堂々としているが、宿題を忘れた生徒である私は先生が宿題を出したことを失念していることをねがいつつ、指名するとしたら左右どちらの席から? 真ん中から? うしろから? あるいは気紛れ?と、刻一刻の先生の顔色の変化をうかがいつづけるわけで、そのレベルの怯えを原点とするのだから、たかが知れた観察癖である。宿題を忘れても堂々としている生徒だって何人もいたし、彼らの洋々たる未来図と私の揺々たる未来図は、そのあたりですでに分別されていたのかもしれない。 その、やましさやうしろめたさの発する貧乏性的観察癖が宿病となり、大人になっても治癒せぬまま個性となって、いまだに体内で蠕動することをやめぬのだから始末がわるい。 ただ、この観察癖の効用というものによって、本書を書き綴ることができたのはあきらかだ。人間という存在の摩訶不思議から醸し出される面白味、妙味、滋味そして珍味などを、私なりに汲み取るについては、この私流のせこい観察癖が手がかりとなっているはずなのだ。 この期に及んでこんな居直り的呟きをもてあそんでいるのだから、老人のライセンセンスは私にとって、当分のあいだ手のとどかぬ陽炎(かげろう)というけはいであります。 2018年6月1日 村松友視ウーム 「老人のライセンス」とは村松さんの心のライセンスであり、それも当分のあいだ手に届かないだって・・・オイオイ。*********************************************************■2019.11.07『老人のライセンス』3:あとがき『老人のライセンス』2:神戸の「壷やき」『老人のライセンス』1:設問「老人とは何ぞや?」
2024.12.05
コメント(0)
対馬音とか百済音とも呼ばれ、日本では漢音より古い歴史を持つ呉音であるが、どういう訳か漢音より呉音が好きなんですね♪(要は漢人が嫌いなだけやで)・・・ということで、昔のエントリーを復刻して調べてみます。*********************************************************百済のひとが日本に伝えた呉音は言ってみれば、中国の古い方言のような漢字音なんですね。現在でも朝鮮では呉音が主流であり、日本では江戸時代以前は庶民の間では呉音が主流だったようです。ヨーロッパに於けるラテン語みたいなもんかな?(ちょっと違う)東アジアの歴史を感じさせる呉音が・・・タイムカプセルのようで何ともいいんですね。信太一郎さんの呉音と漢音とはどう見分けるか?より引用します。 今日では漢音が呉音より優勢であるが、それは漢籍を通して入った漢音が庶民の間に急速に広まった明治以降のことである。明治に西洋語の翻訳のために作られた新語もほとんどが漢音読みであった。しかし、江戸時代以前の庶民の間では、漢音読みの漢語はほとんど普及していなかった。庶民が知っていた漢語は、より古く入った呉音読みの漢語にほぼ限られていたといってもよい。数を数えるときの「二、六、万」は呉音で「に、ろく、まん」と読み、漢音で「じ、りく、ばん」と読むことはない。助数詞の「人、枚、丁」も「にん、まい、ちょう」と読み、「じん、ばい、てい」とは読まない。「人」などは、「遊び人」のように和語ともすんなり結合している。「幕」「情」などの一字漢語も「まく」「じょう」と呉音読みして、「ばく」「せい」と漢音読みはしない。しかし、江戸時代以前から、漢音がしだいに呉音を駆逐する傾向はあった。お寺の「境内」などは「きょうない」と呉音読みしそうなものだが、漢音で「けいだい」と読んでいる。このように、呉音の本丸ともいうべき仏教語にまで漢音が入り込んでいる例も少数ながらある。日本に最初に漢字を伝えたのは、百済の人であった。したがって、呉音の原型は当時の百済の漢字音である。百済は、朝鮮半島の南西部の黄海に面するところにあった国であり、中国の六朝時代に、当時文化の中心であった長江下流域とさかんに行き来をしていた。百済の漢字音も、当然この地域の言語をもとにしていた。これが「呉音」という名の由来である。ところが、中国が隋、ついで唐によって統一され、長安が都となると、文化の中心も長安(今の西安)になった。西安を地図で探してみると著しく西北に偏ったところにあることが分かる。広大な中国において、長江下流域とは言語が異なっていて当然である。 中国統一後、日本は遣隋使、遣唐使をさかんに送ったが、呉音を学んだ使節が中国にいってもさっぱり通じない。そこで、長安の発音を日本に持ちかえり、これが本当の中国の発音だという意味で漢音とよび、日本にひろめた。その結果、漢音は呉音以上に普及したが、呉音もすでにかなり定着していたので完全に駆逐することはできなかった。その結果、漢音と呉音が併存する状態が今日まで続くことになった。朝鮮やベトナムの漢字音にはこのようなことはない。現代の日本語の漢字音には、呉音、漢音に加えて唐音、訓読みまであるので・・・中国人や朝鮮人にとっては・・・どないなっとんねん?案外と日本語習得のハードルになっているかも知れませんね。*********************************************************■2007.09.19XML呉音が好き (4)https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/200709190000/
2024.12.04
コメント(0)

木の暦を個人的に制定するとしたら、以前(17年前)、ケルト守護樹暦というものに触れたわけで・・・以下のとおり読み直してみょうと思いついたのです♪*********************************************************ケルト守護樹暦によれば、今月(5/13から6/9まで)はサンザシの月となります。農事暦ともすこし違う・・詩的な木の暦がいいですね。(この暦はシャーマンが呪術で使った暦なので、あまり実用的ではないようです)それから・・ケルトの木は、固有の文字(オガム・アルファベット)と結びついているそうです。ヨーロッパシラカバ 樹木と人間の関係が濃密なケルトに触発されて・・・・・ドングリ国でも、木の暦を制定する必要性を感じているところです。ということで、まず候補となる樹を集めてみよう。カツラ、ブナ、コナラ、カシ、トチ、松、ヒノキ、ムク、ハルニレ、ミズナラ、カンバ、サクラ、ヤマボウシ、ホウ、マキ、クスノキ、センダン・・・・お気楽に列挙すると、もう17も挙がったが・・・好みで絞込む必要があるようです。そう言えば、ケヤキ、梅、カエデ、モッコクなんかが洩れていたなー・・・ケルト守護樹暦から暦を書き写すと・・・・シラカバ月・・・・12/23から1/19までナナカマド月・・・1/20から2/16までトネリコ月・・・・2/17から3/16までハンノキ月・・・・3/17から4/13までヤナギ月・・・・・4/14から5/11までサンザシ月・・・・5/12から6/8までカシ月・・・・・・6/9から7/6までヒイラギ月・・・・7/7から8/3までハシバミ月・・・・8/4から8/31までリンゴ月・・・・・9/1から9/28まで(ブドウ月とも)ツタ月・・・・・・9/29から10/26までエニシダ月・・・・10/27から11/23まで(葦月とも)ニワトコ月・・・・11/24から12/22まで 春分・・・・・ハリエニシダ夏至・・・・・ヒース秋分・・・・・ポプラ冬至・・・・・イチイハロウィン・・リンボク12月23日・・・マツ1年中・・・・ブナ誕生樹なんてのも有るんだ・・・・参考になるなー!*********************************************************■2007.05.21XMLケルトの木の暦 (2)https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/200705210000/
2024.12.03
コメント(0)

「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、西加奈子さんは♪で区別します。今回表示分は*)*兵庫県知事選とメディアの役割*自由の森学園創立40周年記念講演「教育と自由」・「パンとサーカス」解説・共感ベース社会の陥穽・死ぬってどういうことですか?・2024年度寺子屋ゼミのテーマは・箱根の温泉で感じた中国のリアル・『本の本』あとがき・「宗教の本領」とは何か?・『街場の米中論』を読んで・月刊日本インタビュー「ウクライナとパレスチナ」・高校生に言いたかったこと・宮﨑駿『君たちはどう生きるか』を観て・平川克美『「答えは出さない」という見識』(夜間飛行)書評・「怪物」公式パンフレット解説・白井さんと話したこと・3.11から学ぶこと・韓国の地方移住者たちに話したこと・生産性の高い社会のゆくすえ・ウクライナ危機と反抗・「生きづらさについて考える」単行本あとがき・「街場の米中論」まえがき・図書館の戦い・村上文学の意義について・統一教会、安倍国葬について他・安倍政治を総括する・選挙と公約・無作法と批評性・徒然草 訳者あとがき・勇気について・病と癒しの物語『鬼滅の刃』の構造分析・「アウトサイダー」についての個人的な思い出とささやかな感想・コロナ後の世界 ・格差について・『コロナ後の世界』まえがき・紀伊田辺聖地巡礼の旅・成長と統治コスト・『日本習合論』中国語版序文・日本のイデオクラシー・後手に回る政治・倉吉の汽水空港でこんな話をした。(目次全文はここ)(その71):『兵庫県知事選とメディアの役割』を追記2024-11-27兵庫県知事選とメディアの役割より 兵庫県知事選挙は過去に見たことのない展開になった。 斎藤前知事は、公人としての資質に関わる内部告発があった時に「犯人捜し」を強行して、内部告発者を懲戒処分にしたことが公益通報者保護法違反である疑いを持たれた。百条委員会でも前知事は「処分は適切だった」と譲らず、道義的責任も法的責任も拒否した。その結果、県議会の全会一致の不信任を受けて失職した。その前知事が出直し選挙で圧勝した。 県議会と対立して失職に追い込まれたが、「県議会と知事と、どちらの言い分が正しいか」という選択を有権者に求めて再選を果たした県知事は過去にも存在した。だが、今回は事情が違う。問われたのは議会と知事の政策上の対立ではなく、斎藤氏個人の資質問題だったからである。だが、公人として適性を欠いているという理由で不信任を突きつけられた前知事はこれを「大胆な県政改革をめざした知事が、守旧派県議会と既存メディアに敵視された」という政治的なストーリーに作り替えて、有権者の支持を集めることに成功した。 シリアスな問題は「斎藤支持」を掲げた別の立候補者が登場して、百条委員長の県議自宅前で脅迫行為を行ったり、街宣で虚偽の情報を繰り返すという仕方で結果的に前知事の当選をアシストしたことである。おそらくこの候補者は訴追されることになると思うが、公選法の「穴」を利用した、前代未聞の不祥事という他ない。 斎藤支持者たちはしばしばメディアの取材に「新聞テレビでは前知事に非があるという情報ばかり流れていたが、ネットではそれとは反対のことが言われていたので、そちらを信じた」と述べている。 ここまでのメディア不信を招いたのはもちろんメディアの側の責任である。これまで筋目の通った、信頼性の高い報道を発信し続けていれば、これほど多くの市民が「メディア不信」を口にするはずがない。 もちろんネットで配信される情報は「玉石混淆(多くが石)」であり、真偽の判定には高いリテラシーが求められる。だが、そのような批評的知性が必要だという社会的合意も、それを育てる仕組みも現代日本にはない。(AERA、11月20日)高いリテラシーを持つ内田先生のやや穏当な発言であるが・・・この問題は兵庫県民たる我が身に関係する切実な問題であるが、斎藤知事が再登板した当日(11/20)には以下のように思ったのです。ところで、斎藤新知事が19日の初登庁に際して「ワンチームで、謙虚に」と、クレバーな発言があったが・・・どうしても胡散臭いのである。公選法の不備をつくようなSNS重視の戦略と、県民に分断を持ち込んだ自己中心には驚くのです。今後ものっけから百条委員会とのヤリトリが予定されていて・・・罪は深いのではないか?また、にわかに斎藤氏を応援した県民の反応の幼稚さ?も想定外であったし、普段からSNSには近付かない私に落ち度があったのか?2024-10-11自由の森学園創立40周年記念講演「教育と自由」より 僕は長く神戸女学院大学というところの教師をしておりました。神戸女学院は中学から大学まである女子校ですが、ここも卒業生たちの愛校心に驚かされました。ほんとうに小さい学校なのですが、歴史が長いので同窓会員が3万人ぐらいいます。この3万人の方たちが学校のあり方に大きな影響力を発揮している。 僕は同窓生が母校の教学や経営に関して発言することは決して悪いことだとは思わないんです。むしろ好ましく思っていました。というのは、同窓生は「母校が変わらないこと」を願うからです。自分が卒業した学校がそのあとどんどん変わって、キャンパスが移転し、カリキュラムが変わり、卒業した学科や学部がなくなる...ということを同窓生は望まない。学校経営者はビジネスマン的なセンスに従って、そういうふうに「時流に合わせる」ことをしたがるんですけれど、同窓会の人たちは変化に抵抗するんです。そりゃそうですよね。自分が卒業した学部学科がなくなるということは、「あなたが受けた教育は意味がなかった。もう時代遅れなんだ」と卒業生に向かって宣告するに等しいわけですからね。卒業生に対して「あなた方が受けた教育はもう社会的有用性を失った」と告げることは、教育機関としては本来恥ずべきことだと思うんですよね。たしかに学科・学部を廃止したり新設したりということは避けられないことではあると思うんですけれど、それに対して学校側はある種の「疚しさ」を感ずべきだと思うんです。 学校というのは宇沢弘文先生が言うところの「社会的共通資本」の一つです。「社会共通資本」というのは、集団が存続していくために絶対に必要なもので、これは専門家によって専門的知見に基づいて、安定的に管理・運営されなければならない。大気、土壌、海洋、河川、湖沼、森林とかいう自然環境。それから社会的インフラ。上下水道、交通網、通信網、電気ガス。これらも安定的に管理されなければいけない。そしてもう一つ、司法、行政、医療、教育といったシステムですね。これらもまた集団が存続していくためになくてはならないものです。社会的共通資本は急激に変化してはいけないんです。もちろん変化はするんですけれども、ゆっくりとしか変化しない。 政治や経済は急激に変化するものです。政治や経済は「複雑系」ですから仕方がありません。「複雑系」というのは、わずかな入力変化によって劇的な出力変化が生じるシステムのことです。「北京で蝶が羽ばたくとカリフォルニアでハリケーンが起きる」という喩えがよく使われますけれど、わずかな入力変化が劇的な出力変化になる。だから政治や経済はおもしろいわけです。みんな夢中になる。個人のコミットメントによって、場合によっては状況や市場が一変することがあるんですから楽しくないはずはない。政治や経済は「そういうもの」なんです。それを楽しむ人たちは楽しめばいい。 けれども、それ以外の人間の営みは必ずしも政治や経済と同じような複雑系ではないし、複雑系であってはならない。わずかな入力変化によって劇的にシステムが変わってしまっては困るものが僕たちの周りには多々あるわけですよね。行政とか司法とか医療とか教育はそういうものです。政権交代したから司法判断が変わるとか、株価が下がったので教育カリキュラムが変わるとか、そういうことがあっては困る。極端な話、革命が起きても、戦争が始まっても、水道からは水が出るし、地下鉄は時間通り来るということが望ましいんです。ほかのセクターではあってもいいことがあってはならないという分野があるんです。以降の全文は内田先生かく語りき62による。
2024.12.02
コメント(0)
全53件 (53件中 1-50件目)
![]()
![]()
