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双葉の前身であるナカシマ塾の塾長であられた中島先生の13回忌に行ってきました。お誘いの電話をいただいたときにはまだ、5、6年しか経ってないと思っていたのにもう13年も経っていたことにまず驚きました。向いてもいないのに私も意外に頑張れたなぁという思いです。そして13年間、何をしていたんだろうとも思います。「まったく成長していない」と言われそうです。中島先生には、塾生ではなかったにも関わらずいろいろとご指導いただきました。その恩返しは少しはできたのだろうか。できるのだろうかという思いでいっぱいです。私が、今双葉でやっていることは中島先生のやり方を踏襲したところもありあえて私なりに変化させたところもあります。しかし、そのどちらもだんだんと時代の趨勢に合わなくなってきました。全てを時代のせいにする気もありませんがいろいろとやりにくいことはやりにくい。全ての物事がめまぐるしく変わっていきいろいろなものが消耗されていく社会の中でできれば変わらないものとしてありつづけようとしたのですが私自身が変わってしまいそうになってきています。それでも私を少しでも必要としてくれる人がいてそれを、中島先生の夫や息子さんが「有難いことだ」とおっしゃられるのならばもうすこしここで足を踏ん張っていたい。ナカシマ塾が作り出した人と人とのつづれ織りを私ももう少し紡ぎたいと思うのです。あと少しだけ私がナカシマ塾をつづけることをお許しいただきたい。あと少しだけ、みなさんのお力を貸していただきたいと思います。本日より、参加者にも不参加者にもあまり望まれてはいないであろう合宿が始まります。追記中島先生の次男ゆきくんから久しぶりに集まって語りたいという申し出をいただきました。ここを見ている当時のOB諸君連絡をください。またお互いに連絡をとりあっていただけるとうれしく思います。ひょっとして最初で最後の同窓会になるかもしれません。よろしくお願いいたします。
2012.07.31
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書いてる暇もなく日常が過ぎていくわけで今日も、今から洗い物をして2日ぶりにやっと風呂に入って明日は6時起床、朝食の支度。詳しいことは書けないので関係者にもわからないレベルの記事ではあるがこんな忙しない中では自分自身も記憶が保持できそうもなく思い出すきっけけのメモとして残す。
2012.07.27
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当然のように不参加者が出る。ご家庭により、また個々人により考え方は違うのだから当然のことではある。そして、それが当然の時代となった。それ自体は、今までも参加できない子はいたのだから、どうでもよい。また、それが当然だからこそ他塾では夏期講習とは絡めずに合宿を募集したり入塾の際に、塾のカリキュラムの一環として最初から合宿ありきとして入塾を受け付けるしかないのだろう。ここまで書いてから、前山先輩や伊藤先輩といつものツールでOB会議をしていてこんな時間になってしまった。明日も早いので続きはまた明日書きます。
2012.07.22
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なぜか 毎日朝食を作っているわけですが今日のメニューはピーマン、にんじん、玉ねぎのオムレツキムチじゃこ納豆焼きなすのしょうが浸しお味噌汁でしたとさ。
2012.07.22
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万が一でも食中毒など出せない。だからキッチンは私がやると言ってあった。結局、3日目からは有志が参加しての徹底洗浄、徹底除菌。さて、私という人間と双葉ひいてはナカシマ塾を一番よく知る元ナカシマ塾生であり、講師でもあった山上さん(2人の子持ち)ですら「自分が生徒なら、絶対に参加する」「自分の息子が中2までなら、OKする」でも「息子が受験生だったら参加させない」と言わせたこの合宿。それぞれのご家庭で、なおも親子の話し合いが行われていることと思う。さらなる反感を買うかもしれないが少し「受験」について語りたい。わたしは「受験」など、人生においてそう大切ではないと考えている。受験は手段ではあるが、目的ではない。単なる途中経過であり、「どのように」受験に取り組んだのかが大事であり「どこに」受かったかが大事なのではない。もちろん、望む高校、大学に受かることが一番良い。かといって、良い高校、良い大学に受かったところで本人が「勉強」以外、まったく頭が成長していないのでは仕方ない。だから、必要以上の詰め込みなど行わない。正直、強制的にやらせれば、もっと多くの生徒を志望校に合格させられる。だが、それでは強制し監視するものがいなくなったら?私の高校時代の知人で、相応の大学に進み地元の銀行に就職したものがいる。それでも、銀行員にあるまじき行為を行い退職を余儀なくされ、今では屋台を引いている。「人間万事塞翁が馬」この掛け軸が今塾にかけられているが良い大学に受かれば、良い人生になるとは限らない。あえて言うならば、良い人生に「なりやすい」程度のことだろう。どれくらいのご利益があるのか疑わしい。だからこそ、私の同級生たちは口をそろえて「子どもには無理に勉強させたくない」と言うのだろう。私は「どこの高校、どこの大学に行きたい?」とはあまり問わない。「何になりたい? どういう人間になりたい?」といつも子どもたちに問うている。そして、「●●になりたいなら、今のままじゃだめなんじゃないか?」と問う。今の時代、自分さえ良ければいいという子どもが増えた。そうではないと思う。人はお互いに支えあって生きている。それぞれができることを、全うして社会は成り立つ。なにかに長じたものは、後に続くものに教えるのが当たり前だ。親が子を、兄姉が弟妹を、先輩が後輩を指導するのがごく自然なことであり、当然のことであるようにたとえ同級生であっても、長じたものは至らぬものに余裕があるのならば教えるべきだ。「何になりたい」という私の問いに「●●になりたい」と答えたあなたにとって今、この時期に周りの者を教えるということは大人になってからでは得がたい経験であり大人の視点からでは気づかない気づきもあるように思う。この間の個人面談で話した内容も踏まえしっかりと親と話し合って欲しい。最後に、私は「こどもの人権」とやらを小ざかしく振りかざす子どもは嫌いであるがこどもにも「人格」はある。その「子どもの人格」を、つぶす権利は親にも、私にもない。また、この合宿は「半強制」ととられるかもしれない。しかし、私はご協力を申し上げているだけであり強制などしていない。それは「子どもの世界(社会)」の話であり子どもたちで解決することである。いじめのように子どもたちで解決できないレベルになれば私も口を出すかもしれないが私は、子どもたちに「参加できない者が出るのも当然であり、みんながみんな、親とはりあえるほど強くも無い。さらには各ご家庭の事情も思いやるように。」と言うのみである。私とて、若かりし頃の親父に真正面から逆らう勇気などなかった。
2012.07.15
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夏期講習及び合宿に向けて塾内の大掃除をしました。しています。私の居住区、つまりパソコン前以外は徹底的にきれいにする予定です。トイレを素手で磨いてくれたリーダーはえらい。指揮もなかなか良かったとおもう。あとは、もう少し到達点を予測しやすいように指示が出せればなお良かった。「きれいにする」では、各自の予測する「きれい」が違うだけに、まだまだ抽象的。もう少し段階的に。そして「この部屋空っぽにするよ」というような指示であれば、とにかく全部出す出すためには何をしなければいけないかどういう仕事が付帯してくるのか予測がつくだけに、他の子たちも動き出しやすくなる。相変わらず、自分から仕事を見つけられない人はいたが以前に比べれば、それでも進歩はしている。思わぬ子がてきぱき動いたり意外にそうではなかったり、私もいろいろ発見があった。そしてなかなか揃うことがない女子にとっては少し親睦も深まったのではないだろうか。
2012.07.08
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結局、保護者さんの意見も考慮しまた、生徒たちで話し合った結果8月1日~10日の10日間にかけて合宿を行うことになりました。今年度より 堀坂山の家から松阪市が撤退したので塾の2階に宿泊しての合宿となります。
2012.07.02
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