2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1
って、仕事終了間際の一瞬だけ・・・・?昨日はここノルウェーに来てから滅多にお目にかかったことのないスピードで働いている現場を目撃した。もちろん全ての人がそうではないのですけど、一般的に特にパブリック・セクターで働く人たちの効率の悪さや、スピードの遅さ、サービスの悪さ、勤労意欲のなさ、これまでも度々書いてきたことですが、ノルウェーに来る外国人はみな気づくことです。昨日はUDI(ノルウェーのエイリアン・オフィス)にビザの結果が出ているかどうか確認しに行ってきた。3ヶ月経ったのだか、まだだとのこと。いつもは延々と待つのが嫌で、朝早くオフィスが開く一時間前から、並んで番号札を取って早めに終わらしているのだが、昨日は体調が悪くて起ききれずに1時半頃にオフィスについて番号札をとった。オフィスは2時に閉まるのだが、まだ40番以上待たなくてはならず、40人もいるなら、たぶん普通のペースだと最低2時間くらい待ちそうなので、今日は無理かなと思いつつ、またもう少ししたら来て見ることにして、街をぶらぶらしてから30分後、様子を見にオフィスに戻ってみた。そしたら自分の番号の2番前までもう来ていて、うわ~早いじゃん!ラッキー!と思って少し待ってすぐに自分の番が来た。オフィスのなかは、今まで見たことのない光景だった。4つあるカウンターにそれぞれ二人のスタッフが付いて(もちろん、普段は一つのカウンターに一人ずつです)あちこち走り回ってあせって人をさばいている、皆さん「はやく終わらせたい!」の表情が見え見えでみんなフル回転してスピードアップして頑張ってるんだ。なんだよ~、やればできるんじゃないか、ノルウェー人。なんで終了間際だけ、一生懸命はたらくのさ、ってまだ2時過ぎなんですけど・・・どうせ週三回10時から2時までしか開いていないオフィスなのだから朝からその終了間際の半分の気力でいいから使って働いてくれるだけで効率は大分良くなるよ、私達も大助かりだよ、これからはこの習性を利用してUDIに来るときは終了間際に来て見ようと決めました(笑)
Sep 23, 2004
コメント(0)
昨日珍しいひとが突然現われてびっくり。2年ほど前に隣に済んでいたベルギー人のC君、友達3人ほど引き連れてストックホルムからベルゲンまで二日半かけてヒッチハイクしてきたという。ベルゲンには二度と戻ってこないだろうと豪語して去っていった彼だったが、何となく事の成り行きでここまでたどり着いてしまったらしい(笑)で夕べは彼とその友達を囲んでワイワイやっていたのだが、英語に、フランス語に、スペイン語に、ノルウェー語に彼の母国語であるフレミッシュと職場を離れてから久しぶりにこのいくつもの違う系列の外国語が交錯しているシチュエーションに遭遇して脳の刺激になりました。ヨーロッパの特に中部の人たちには珍しくはないことだけれどもやはり元々バイリンガルまたはそれ以上の環境で育っている人たちって言語間のシフトの早さっていうのはすごいものがある。私のように日本で生まれ育った日本人の場合だと、よっぽど語学のセンスに恵まれていてしかも努力を積んだ人じゃないとここまでは成り切れないだろうな。例えば同系列の言語、例えばゲルマン語系(ドイツ語、ノルウェー語、スウェーデン語、オランダ語など)の言語を一つ知っていれば、その他は比較的学びやすいっていうはあるけれど、違う言語系になってしまうと、もうこんがらがってしまう(私の場合はね)ノルウェー語をやり始めてからスペイン語の理解力が大分落ちたし、単語も出てこなくなった。スペイン語を話そうとするとノルウェー語の単語がでてきてしまう。一人だけ日本に住む日本人で素晴らしいマルチリンガルの人を知っている。大学の教授をしていている人だけど、美しいノルウェー語を話し、美しい英語とロシア語とドイツ語を話し(しかもそれらを教え)、おまけにフランス語、中国語と韓国語とベトナム語にも堪能。多分片言ならそれ以外の言語もいろいろ理解する。隣でいろいろ聞き耳を立てているだけで目から鱗が落ちました。あれは天から頂いた才能だと思いましたね。私もいつかその先生とまでは行かないけれど、今よりはもう少し他の言語を操れるようになってみたいものです。
Sep 21, 2004
コメント(0)
地元新聞なんてどこも同じかも知れないが、はっきり言ってどうでもいいニュースが一面を飾ることが多い。ベルゲンの誇るニュースペイパー、Bergens Tidendeも御多分にもれず、先日も「〇〇写真店に現像に出した旅行の写真が、店の不手際でなくなってしまった。誰も責任をとろうとしない。私の思い出をどうしてくれるの・・」という女性の訴えが写真入りででてたりと他に書くことないんかい!?ウチの高校の校内新聞の方が、まだ読み応えがあったぞ!と何だかんだと突っ込みを入れたくなる毎日なのではある。ところでそのどうでもいい地元紙なのだが、今週、3日連続で我が寮(便宜的にここでFとします)がスポットライトを浴びた。事の発端は水曜日の記事:「学生寮Fが虫に侵略される」Fはかなり大きなアパート群で1500人くらいの留学生が詰め込まれている。そしてあるスコットランドから来たばかりの気の毒な学生が英語でいうBedbug(寝具についていて夜中に人の血を吸うダニとかノミみたいな虫)に悩まされていて、すでに300箇所以上も刺されていて何度も改善してもらうように事務所に頼んだが一向に改善されず、(まあ、いつものこと)しかも事務所から「あなた部屋掃除してるの?」「誰か南のほうから来た人を部屋に泊めたでしょう」とか言われたのが許せず(確かにそういう問題じゃないしねえ)とうとう我慢しきれずにマスコミに訴えたわけである。それから次の日も、他にも同じ問題で悩んでいる学生たちが次々にインタビューを受けて虫の写真入りで新聞をにぎわし、遂に金曜日には第一面を「Fでゴキブリと暮らす」の大見出しで飾ることになった(笑)本の中からゴキブリが飛び出してきただの、ゴキブリホイホイをしても意味がないだの、ゴキブリに悩まされている人たちのインタビューが続く。そして同時にどれだけFのメンテナンスとサービス状況が悪いかものすごく叩かれたのだ。統括する組織のボスが泡を吹いて状況を言い訳している。「昔からFには虫の問題はあった。ノルウェーには元々それらの虫はいないし、外国からの人間の出入りが頻繁なところなので、持ってきた食料や南のほうから来た人たちの衣類などについてきたのだろう。(←外国人のせいにしてる)我々は出来る限りのことはしている(←してないわよ!)」私は3年間暮らしていてゴキブリは一度も見たことがないし、ダニやノミ系の虫の被害にもあっていないからいいんだけど、どうしようもない事務所と統括組織が叩かれてたのにはニンマリ。だって、あいつら、一日に7回くらいコーヒーブレイクしてるんだよ、レセプションに5つもカウンターがあるのに、実際に開いて稼動してるの一個か二個。それ以外の人はどれだけ学生が列を作って待っていてもお構いなし。コーヒー飲んでタバコ吸いに行ってるし、世間話してるし、事務所の電話使って友達に電話かけまくってるし、人をカウンターの前で待たせておいてホットメールのアカウント開けて個人のメールに勤しんでるし、日本だったら即効クビになるような人間ばっかり働いてるのだ。こんな労働態度の人間達に私の汗水ながした税金が言っているかと思うと余計に腹がたつわけで・・・・・ノルウェー人の事務処理能力があまり早くないのには慣れているつもりでも、ここはそのなかでもひどいところだった。私は今まで黙って我慢してたけど、こないだは、そんな姿を見ていて事務所でぶちきれましたわ。虫の居所が悪かったのか、その日は我慢が出来なくなって、遂に事務所で「誰か働いている人間がここにいるのか~!」とみっともないのを承知で事務所に響き渡る声で怒鳴ってしまった。「どうしてここまで人を待たせていて平気なのか、一生懸命仕事していてそうならこちらも我慢するけどスタッフがこれだけいてカウンターが一個しか開いてないのは何事じゃ!我々だって忙しいんだ。仕事時間にコーヒー飲んでしゃべってる場合じゃないだろうがっ!!!」まあそりゃ怒鳴りこまれりゃ、守りに出る人もいるわけで近くにいたスタッフのおばさんが顔を真っ赤にして、「何言ってるの?私達はしっかりやってるわ。遅いってどういうこと?遅くなんてないわよ、あんたのほうこそ、番号札引いて待ちなさいよ!」(もう30分も待ちましたわ)まあ確かに日本のようなサービスを期待するのは間違っているけれど、この人たちにはつける薬がない。ノルウェー人の彼でさえ、どうしようもないと言ってるくらいだからね、だからマスコミに大々的に取り上げられたことで、公衆の目と批判が少しは彼らに行ったということで、少しはこの地元紙に感謝しなければなあと思っているところ。天罰じゃ~と内心ニンマリのmuskiでした。
Sep 19, 2004
コメント(3)
彼がノルウェー軍のナショナルガードの訓練に呼び出されて金曜から水曜まで家を空けている。彼の場合46歳になるまで一年に一度、こうして強制的に呼び出されるのだが、全員じゃないにしろ、ノルウェー男子たちも大変だのオ。仕事だってあるのにね。愛国心の是非はともかくとして、国民の義務に忠実に従っている彼は立派なもんです、私だったら即効病気とか理由をつけて逃げることでしょう(笑)何だかんだ言ってても、いざいなくなって電話も掛けられない状態になってしまうと寂しくなっている自分・・・何だか兵隊の格好をして銃を持って出かけていくのを見送るのは、これはたかが訓練で安全にすぐ帰ってくるからいいとしても本当に戦地に赴く人を送る(現に実生活でそうである)人たち母親だったり妻だったりの気持ちを思うと切なくなってしまったりしました。ベルゲンはもともと天気が悪いところなのだけど、運の悪いことに、土曜からいつも以上に悪天候が増して、大雨が降り続いている。滅多にならない雷もなるし、夕べは雨に混じって雹も降った。こんなときに4日間もずっと森の中でずぶぬれになってシャワーも浴びられず、ずっと外で寝起きをする。彼は射撃班で、基本的にずっと森の中に何日も隠れて敵を撃つ役目、だから訓練も基本的にずっと森の中で延々と待機しているのが主なもののようですが、寒いし不快だし、しんどいことだろうなと思います。金曜の晩だけ少し家に戻ってこれたのだけど、自分のライフル銃と新しく配布されたという最新の銃装備を山ほど担いで帰ってきました。「これじゃまるでエリートのスナイパーの装備じゃないか・・・」と準備をしながらため息交じりにつぶやいていた彼。いろいろと思うところがあったようです。珍しくここの天気に対する愚痴をいいました。「もうこんな雨のなかで暮らしたくない、日本へ行こう!」待ってました!そのお言葉。まあ状況が状況だけにどれだけ真意が含まれてるかは分かりませんけど、日本へ行く行かないは別として、「ベルゲンはいいところだけど、この雨の中で暮らしていきたくない」という私の切なる願いに一瞬でも同感してくれたのが嬉しかったのであります。いつもだったら「天気は変えられないんだ。文句ばっかり言ってそこまで雨の天気が嫌なら、ベルゲンから出たらいいじゃないか、君の自由だ」(←ごもっとも!だけど・・)と言われて終わりだもの。(でもそんな言い方しかできない奴ってどうなのよ!)まあ話が逸れましたけど、というわけで、ここ数日間一人の時間をできるだけ楽しむようにしてはいるのですがやっぱり、夜、横にいてくれたらいいなって思っている自分に気づいたことでも、収穫だったかななんて思います♪今までせまい空間で一緒に居過ぎたのも、関係がギシギシしていた理由の一つだと思うし、もっとお互い自分の時間をとるようにできたら、もっと楽な関係になれるのかな・・・試す価値はあり。
Sep 13, 2004
コメント(4)
誤解を生んでしまいそうなタイトルですが、別にマゾになっているわけではありません(笑)。ここ数日、生理前のせいもあるからか、持病の左半身の神経痛がひどくて難儀している。寝付くのに非常な時間を要して毎晩大変そうな彼とは対照的に普段は布団に入ったらストンと眠りにつけるラッキーな私も今晩は痛みで眠れず結局起き出してしまい、日記を書いている。午前4時を回ったところ。痛み止めの薬も少ししか効いていないみたい。ちょっと使いすぎたかな。誰か半身麻酔の注射でも打ってくれないかな・・・・そしたら楽になるのになあ・・・・どんな痛みに関しても言える事ですが、神経痛の痛みのしんどさというのは神経痛をもつ人じゃないといくら説明したところでわからないものなので、細かい説明は省きますが、手っ取り早く言うと、「いっそのことその部分を切り落としたほうがマシ!」って真剣に考えてしまうくらい痛いのです。神経痛を持っているほかの方々が同じ表現を使っていたので自分は別に大げさではなかったのだと私は何だか安心してしまったことがあったけれどひどい痛みに襲われる度に今でもこの手を、この足を、誰か切り落としてくれ~って思います。もちろん、ホントにそんなことしてもらうつもりはないけれどね。私の場合、痛みの範囲が半身全体と広いこともあり、とにかく全身のエネルギーを奪われます。痛みに自然に体が対抗しているんだと思います。心が元気溌剌としているときでも体がヘロヘロになってしまうのです。今日もまさにそんな感じです。明日になったら治まっているといいんだけれど。この痛みに悩まされるようになってからもう6,7年になります。最初の2年間あまりはは起きている間はノンストップで痛みました。2年間ほぼ毎日四六時中、痛みが続きました。もっと一般的な頭痛、偏頭痛、生理痛、腹痛などに置き換えて考えてみてもらうとどれだけしんどいものだったか想像してもらえるかと思います。まだ二十歳を過ぎたばかりの若かりし頃のことでした。人間の精神は肉体的に長時間続く痛みにそれほど長く耐えられるものでもないことも学びました、神経症(パニック障害、不安障害、適応障害、鬱の診断☆爆☆)の症状が出始めて、心の病気と体の痛みのダブルパンチで本当に死ぬほど苦しかった時期がありました。今は大分回復しましたし、神経痛のほうも月に3,4日くらいで済んでいます。でもこれらの痛みを経験してきたお陰で、痛みがなく過ごせる日がどれだけ有難い事か痛感するようになりました。普通の日がそれだけで幸せなものだと感じられる。頭痛や生理痛のひどい痛みに襲われても、これらは「そのうち過ぎ去る痛み」だと構えていられます。2年間ぶっ続けであの痛みに耐えたことを思えば、なんのこれしき、って思えます。精神的にしんどいことがあり、悪い症状がでているような気がするときでも、あの時ほどはまだ全然悪くないから大丈夫だと思えます。心身ともに健康であることの本当のあり難さというのは病気をしないとなかなか感じられないものです。そりゃ、体の痛みがなく過ごせるなら絶対そちらのほうがいいけれども、これらの痛みのあったお陰で、見えてきたこともたくさんありました。そんな喜びも、痛みのなかにあったのかなあと。あと数時間で夜明け。眠れなかったので今思ったことをかいてみました
Sep 11, 2004
コメント(2)
ノルウェーはすでに秋の気配が色濃くなってきてもう既に紅葉し始めている木々も目にするようになって世界が冬篭りの準備を始めているよう・・・気温は12度くらい、そろそろレッグウォーマーを登場させないといけない。やれ熱波だ、台風だ、大雨だ、と大騒ぎしている日本の天気の変化がある意味うらやましく思えるくらいこちらはずーーーーーーーーーーーーーっと毎日同じ曇天か雨の天気です。まあそれでも籠っていても仕方がないので最近はなるだけ外にでるように心がけている。ノルウェー第二の都市とは言っても、小さな町だから、町に出れば絶対誰か知ってる人に会うしね(爆)昨日も魚市場で知り合いのおじさんと2時間くらい立ち話したし。今は無職状態、というよりビザ待ちであまりいろいろできず、非常に暇なのです。世間一般の人が働いているのに申し訳ない気分ですがこればかりは仕方がない。仕事なり勉強なり、自分をオキュパイするものがない状態というのは長くなってくるとかなりしんどいもの。自分なりにやることを探してみればいいのだけれど、ノルウェーに来てからどうもそのへんがナイーブになってしまってもっと積極的にでていかないとエネルギーも付いてこないぞと思う今日この頃。先が見えない状態というのはちょっぴりしんどいです。ビザが取れても取れなくてもいいから、とにかく早く答えが欲しい、動き出したいから。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・前回の日記に皆さんからたくさんメッセージを頂いてとても嬉しかったです。本当に助けられます、どうもありがとうございました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Sep 9, 2004
コメント(2)
先日の誕生日は思い出深いものとなりました。前回の日記に書いた内容のことで私は精神的に疲れていました。だから誕生日なんて祝ってられる心境でなく、どうせあまり人にも言ってなかったので誕生会もキャンセルしようかと考えていたのですが、前日から張り切って大きなケーキを作ってくれていた新しく来たばかりの日本人の女の子たちの心遣いがとても嬉しくて、彼女達とあと親しい人たちを呼んでささやかにキッチンでパーティをすることにしてそのあとで自分のことはどうするか考えようと前日決めました。今から思うと、そうやって誕生会を開くように「何か」が背中を押してくれていた気がします。嬉しい偶然が朝から続きました。日本食を用意しようと買出しをしに街まで出てみたら、続けざまに好きな人たちに5人くらい出くわしたのです。信じられないくらい次から次へと、知っている顔が向こうから歩いてくるの。中には昔一緒にノルウェー語のクラスに通って仲良くしていて2年近く会っていなかった子までいたの。でみんなでコーヒーを飲んでいろいろお話した後、たくさん知り合いが働いている魚市場にチラシ寿司用にイクラとエビを買いに行けば、みんなが次々におめでとうとハグとキスをしにスタンドから出てきてくれたし(涙)それだけでもすごく嬉しかった。そして携帯にもメッセージがたくさん入ってきて電話もかかって来て、少数の人にしか誕生日を知らせてなかったのに驚いて。そして彼が合流してたくさん買出しをして家に戻り3時間くらいかけて、来てくれる人に出せるようにといろいろご飯をつくって大忙し。そして晩になったらね、どこから聞きつけたのか、結局30人くらい次から次へとみんなが集まってくれたのです。笑顔でいい時間でした。ご飯も大好評でした。特にチラシ寿司と酢豚。知らせてなかったのに同僚もみんな来てくれたし、ケチで有名なボスが店で1000クローナ(1万7千円くらい)買い物できる手書きカードを作ってくれたしそれぞれの心遣いが本当に嬉しくて自分のためにこれだけの人達がわざわざ来てくれたということ、集まってくれる人がいたのだという事実が自分の殻に閉じこもりがちで最近見えていなかった私にある意味で自信というのかしら、一人じゃないんだから大丈夫、という気持ちにさせてくれました。本当にありがたくて元気を貰いました。だから誕生会が開けてよかった。本当にいい時間でした。みんなに大感謝です。
Sep 1, 2004
コメント(6)
全7件 (7件中 1-7件目)
1