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大好きな聖書に、「私たちが滅びうせなかったのは、【主】の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ」ということばがあります。その続きは、「それは朝ごとに新しい。あなたの真実は力強い。【主】こそ、私の受ける分です」(哀歌3:22-24)とあります。 朝、目覚めることは奇跡です。いのちが与えられている。元気で起きられた。ただ生きていることを感謝できる。顔を洗い歯を磨き、シャワーを浴びながら感謝しますと声を出す。歩いて教会のチャペルへ行き大声で祈れる幸い。賛美を歌い聖書の言葉に耳を傾ける。 家に帰り朝食を感謝とともにいただく・・・・。夜の熟睡の時間まで。何も特別なことが起きなくても、一日24時間平々凡々と生きることができる。平安で喜びの中ですべてのことに感謝しつつ生きていく。 病にもかからず交通事故にも遭わない。安全運転で出入りできる。何も特別なことではないけれど、毎日過ごせることは、ほんとうは奇跡の日々。 守られ生きている、生かされていることが実は奇跡の日々です。感謝!感謝!哀歌3:22 私たちが滅びうせなかったのは、【主】の恵みによる。 主のあわれみは尽きないからだ。 3:23 それは朝ごとに新しい。 「あなたの真実は力強い。 3:24 【主】こそ、私の受ける分です」と 私のたましいは言う。 それゆえ、私は主を待ち望む。
2006/11/30
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「うれしい! 楽しい! 幸せ! 大好き! ありがとう感謝します。 恵まれ祝福されています」を毎日、口癖に過ごす幸せを体験したいものです。 人の口にすることばが人生を支配するとよく言われます。聖書には、「すべてのものはことばによってできた」とあります。 この天地万物の生きとし生けるものすべては、神のことばによって完成しました。できたものすべては非常に良かったのです。 「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです」(ヘブル11:3) 天地万物、この世界のすべてがことばによって創造された!すごいですね。神は人間にその偉大なことばをプレゼントしてくれました。そのすばらしい贈り物を正しく使うとき、考えられないようなすばらしいことが起こるのです。 人生も語ることばによって支配されます。「あなたの言うとおりになる」と、イエス様はお話しました。ことばには創造する力があります。肯定的に前向きにことばを語れば、肯定的前向きの幸せを体験できます。 反対に否定的な後ろ向きのことばを話すと、否定的で後ろ向きの出来事が起こります。 つらい、悲しい、つまらない、いやだ、などと愚痴や悪口、不平不満や文句だけを毎日言ったり言われたりしていると、心身ともにダメージを受け疲れ果ててしまいます。 今日からしっかりと明るい言葉(最高に明るい言葉は聖書のことば)をしっかり告白し続けたいものです。詩篇 19:7 -8神様のおきては完全無欠です。 私たちを守り、賢くし、喜びと光を与えます。 19:9 そのおきては純粋で、正しく、すたれることがありません。 19:10 また、金よりも慕わしく、蜜ばちの巣からしたたる蜜よりも甘いのです。 19:11 それは、危険に近づくなと警告し、従う者には祝福を約束するからです。 19:12 しかし、心にひそむ罪を、どうして知りえましょう。 どうか、隠れた罪からもきよめてください。 19:13 故意に悪に走ることからも引き止め、守ってください。 そうすれば、私は過ちを犯さず、大きな罪からも逃れることができます。 19:14 私の口のことばと、秘めた思いが、神様に喜ばれますように。ああ、私の岩、私の救い主、主よ。
2006/11/29
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今日は、南大阪聖書教会の古林寿真子牧師の講義です。日本でも有名な牧師です。ご主人の三樹也牧師はときどき講義をしてくれましたが、今回初めて生駒聖書学院で講義してくれます。 明日は卒業生の小平外栄茂夫人が講義です。女性の活躍の多い時代ですが、キリスト教会でもご活躍の方々がたくさんいます。 生駒聖書学院も女性の献身者が多くあり、卒業後牧師として活躍したり、幸せな結婚をし牧師夫人として活躍している方が多くいます。 生駒聖書学院は将来牧師になったり、牧師夫人になる方々を養成しています。3年間のコースですが、ぜひあなたも将来牧師としてご活躍ください。祝福を祈ります。 07年度新入生募集中です。 630-0243 奈良県生駒市俵口町951 電話・Fax.0743-73-8868 メール;yoshiibc@yahoo.co.jp
2006/11/28
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日曜日は3箇所で礼拝説教をします。11月最後の日曜日には、一人の青年(27歳)が3箇所とも礼拝に出席します。 彼は小学校1年生から中学生、高校生のときも、就職した会社でもいじめを受け続けました。 小学生のときは無視されほとんど一人ぼっち。4年生のときやっとひとり友達?ができました。障害を持っていました。その障害の友達には知的障害のある妹がいて、彼はその子を好きになりました。 中学生になってもいじめはなくならず、無視されるだけでなく殴られたり蹴られたりの暴行も受けるようになりました。けれども好きになった女の子を幸せにするためには、結婚して養わなければならないから、高校へ行って就職してお金を貯めねばと決心しました。 彼の成績は学校では下から2番目!進路指導のベテランの担任は、「お前がいける高校はない。止めとけ。バカだな進学なんか考えるな」が口癖・・・。三者懇談のとき母親にも同じように言い続けたそうです。 でも彼は塾に通い、家でも遅くまで必死に勉強し、工業高校に合格しました。進路指導の先生が絶対大丈夫と太鼓判を押したのに不合格になった同級生もいたのに。 高校では1年生のときは成績は一番下でした。でも良い就職をして彼女を幸せにしたい一心で、無遅刻、無早退、無欠席で3年間を通し、勉強も深夜2時まで頑張り続け、卒業時には上から7番になるまで励みました。その間やはり友もなく、相変わらず無視されたりいじめを受けたりの高校生活でした。 就職が決まり明日は入社式という前日、喜び勇んで知的障害の女の子の家に飛んで行きました。その日、彼は二重のショックを受けました。友達にもう来るなと言われ、ガールフレンドと思い、小学5年生からその子を幸せにするんだと必死に頑張ってきたのに、その子からも絶好を宣言されてしまいました。彼はその理由を堅く口を閉ざして絶対に言わない決心をしています。 翌日の入社式はもう抜け殻のような気持ちでした。目標がなくなり何のために働いて良いのか分からなくなったのです。当然、仕事も手につかず厳しい指導に取り残され、仕事場でもいじめが始まりました。 就職して半年、もう死のうと心を決め、死に収めに通天閣を見ようと自転車でその下まで来ました。そのときやさしい声に誘われ、いやいやだったけれども大阪エリムキリスト教会に出席しました。 十字架にいのちを捨てまで愛してくださるイエス・キリストのことを初めて聞き、「あなたは、わたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)との聖書の言葉に感動し、クリスチャンたちの愛と親切の中で、イエス様を信じて救われました。 それから8年、止めようやめようと思っていた会社で上司にも気に入られ、一日も欠勤することなく忠実に仕事をこなし、酒もタバコもいかがわしい場所にも出入りせず、元気で輝いて生きています。 彼を中学時代にいじめた同級生も彼の変わった姿に感動し、彼に導かれてクリスチャンになりました。来月ももうひとりの友達?が教会の礼拝に出席する予定です。 今、いじめの問題が余りにも多く、すぐ自殺を考えてしまう場合が多いようです。どうか死なないで生きてください。自殺は殺人です。天国にはいけません。地獄行きです。今よりもっと苦しみが続く場所です。死なないで命ある限り行き続けて・・・・。 今日書いたのは、現実に行き続けている青年の生身の体験です。いじめから救われ最高の輝きながら生きている姿に、彼がそのような厳しいいじめの中にあったと想像することもできません。小学生・・・中学生・・・高校時代・・・・就職しても・・・。でも救われ幸せの中をさらに幸せに向って生きているのです。ハレルヤ。イザヤ書43:1 だが、今、ヤコブ(自分の名前を入れて)よ。 あなたを造り出した方、【主】はこう仰せられる。 イスラエルよ。(自分の名前) あなたを形造った方、【主】はこう仰せられる。 「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。 わたしはあなたの名を呼んだ。 あなたはわたしのもの。 43:2 あなたが水の中を過ぎるときも、 わたしはあなたとともにおり、 川を渡るときも、あなたは押し流されない。 火の中を歩いても、あなたは焼かれず、 炎はあなたに燃えつかない。 43:3 わたしが、あなたの神、【主】、 イスラエルの聖なる者、 あなたの救い主であるからだ。 わたしは、エジプトをあなたの身代金とし、 クシュとセバをあなたの代わりとする。 43:4 わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している。
2006/11/27
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昨日は聖書学院教会のバザーでした。ちょうど俵口小学校の音楽発表会とのことで、普段の土曜日はほとんど人通りのない所ですが、多くの父兄が12時前に通りかかり、「バザーやってるよ。行こうよ!」との子どもの声で立ち寄ってくれました。 ちょうど昼時でもあり、カレーやケーキが飛ぶようになくなり、様々な出品類も良いものはアッという間に売り切れてしまいました。売利上げの一部はアフリカの子どもたちに夢と希望をプレゼントします。 企画立案しすべてを実行してくれた数名の婦人たちは、普段も美しいけれども昨日は格別に輝いていました。ほんとうの美しさは誰かの役に立っているときこそ輝くのだと思います。 「受けるよりも与える方が幸い!」「与えなさい。そうすれば与えられます」聖書のことばが輝き続けた一日でした。 コリント人への第一の手紙12:3 ですから、私は、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です」と言うことはできません。1.聖霊によって神の愛に満たされ続けるローマ5:5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。リビング・ローマ5:5 そうなった時、どんなことが起ころうと失望落胆せず、また、万事が益であるとわかります。それは、神様がどんなに深く愛していてくださるか、わかるからです。 私たちは、そのあたたかい愛を全身で感じています。 それは、神様が聖霊様を与えてくださり、その聖霊様が私たちの心に、神様の愛を満たしてくださっているからです。2.聖霊によって喜びに満ちあふれ続けるローマ14:17 なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。リビング・ローマ14:17 なぜなら、私たちクリスチャンにとって大切なのは、何を食べるか何を飲むかではなく、正しさと、平安と、聖霊様から来る喜びとに、満ちあふれているかどうかだからです。3.聖霊によって望みにあふれ続けるローマ15:13 どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。リビング・ローマ15:13どうか、希望を与えてくださる神様が、神様を信じているあなたがたを幸せにし、平安で満たしてくださいますように。またどうか、あなたがたに働きかける聖霊様の力によって、神様にある希望にあふれさせてくださいますように。 聖霊によって、「イエスは主である」と信じた私たちは、聖霊によってイエス・キリストを内に宿し、聖霊によって神の愛と喜び希望に満ち溢れ、神の栄光に輝きながら生きる!ハレルヤ。
2006/11/26
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頭を上げ、目を開き、心の準備を整えて 小さな男の子がたまたま下を見ていて、キラキラした25セント硬貨を見つけた。男の子は硬貨を拾い上げる。すごいぞ、正真正銘僕の25セントだ。しかも、何の元手はかからない。 それからというもの、彼は宝物を求めて、地面を目で探しながら歩くようになった。彼は一生の間に、1セント硬貨387枚、5セント硬貨62枚、10セント硬貨49枚、25セント硬貨16枚、50セント硬貨2枚、それに1ドル札を6枚見つけた。しめて22ドル87セントである。 確かに元手はかからなかったが、彼が見逃したものもある。美しい日没を2万8千7百42回、虹、赤ん坊の成長、空を飛ぶ小鳥、太陽の輝き、周りにいるすべての人々の笑顔、同時に彼は、100万ドルの価値がある経済効果をも見逃してしまったのである。 さあ頭を上げ、信仰の目を開き、心の帆を上げて、イエス・キリストを見上げつつ前進してみみよう!ハレルヤ!ヘブル人への手紙12章2節 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい コリント人への第二の手紙5章7 節確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。
2006/11/24
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ポルトガルの北部に、ブレタという非常に信心深い?犬がいるそうです。日曜日は朝5時に家を出て、7時半の1部礼拝に出席します。なんとその距離は26キロ。彼は祭壇の前に座って、みんなが立つと立ち上がり、みんなが座ると座って、いっしょに説教に耳を傾け、祝祷を受けると、そそくさと26キロの道を歩いて帰るそうです。 これがうわさになって、その教会には次から次へと、犬といっしょに礼拝したいという人が集められているそうです。 牽引力(犬引力)ですかね。何とスゴイ献(犬)身者でしょう! 磁石はものすごい力で鉄を吸引します。その力の秘訣は粒子が一定方向に流れているからだそうです。 反対に鉄は鉄を吸引することはできません。鉄の粒子は一定方向ではなくバラバラだからです。ところが磁石に吸い付けられた鉄は、その瞬間に粒子が一定方向に流れるので、自分もまた他の鉄を吸引することができるようになります。 イエス様の愛(引力)はものすごい力です。その秘密は十字架にあります。わたしが十字架の上で死んだら世界中の人をひきつけますと語られました。そのとおりに十字架のイエス・キリストの救いに世界中が引き寄せられています。中国では毎日2万人がクリスチャンになっています。アルゼンチンでは8,000人が、毎日救われてクリスチャンとして生きています。数年前、アルゼンチンの刑務所を訪ねる機会がありました。 会場に集まってきた囚人たちは、刑務所の中で聖書の話を聞き、クリスチャンになっていました。大きな声で賛美歌を歌い、罪を悔い改め救われた喜びで輝いていました。 イエス・キリストの愛の吸引力で救われ、聖く正しく、健やかに祝福され繁栄した人生を体験した人々が世界中で、永遠の天国の希望に輝きつつ幸せに暮らしています。 私も今日でクリスチャンになって50年目になります。恵まれた喜びと幸せな日々をありがとうございますと、感謝しつつ過ごしています。コリント人への第一の手紙 1:26 兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。 1:27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。 1:28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。 1:29 これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。 1:30 しかしあなたがたは、神によってキリスト・イエスのうちにあるのです。キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとになられました。 1:31 まさしく、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。 [ 2 ] 2:1 さて兄弟たち。私があなたがたのところへ行ったとき、私は、すぐれたことば、すぐれた知恵を用いて、神のあかしを宣べ伝えることはしませんでした。 2:2 なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです。 2:3 あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。 2:4 そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。 2:5 それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした。 2:6 しかし私たちは、成人の間で、知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。 2:7 私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。 2:8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。 2:9 まさしく、聖書に書いてあるとおりです。 「目が見たことのないもの、 耳が聞いたことのないもの、 そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。 神を愛する者のために、 神の備えてくださったものは、みなそうである。」
2006/11/24
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先日、結婚の司式をしたとき、ゆたかな夫婦という話をしました。ゆ=ゆるし合う、た=高め合う、さ=察し合う、な=仲良し夫婦。 人間関係が夫婦でなくても、お互いに許し合い、高め尊敬し合い、察し合う、仲良しの仲間でありたいですね。 しかし、裁きあい、足を引っ張り合い、批判しあう、犬猿の仲のような関係が多いのが現実かもしれません。 イエス・キリストが十字架の上で、「父よ。彼らをお赦しください。何をしているのか、分からずにいるからです」(ルカ23:34)と祈られました。 イエス様はこの世界を救うために来られました。そして大きな愛といやしを、その生きていた時代にもたらし、十字架の上に死ぬことによって、時間と空間を越えて、全世界の全時代に、聖霊によってその愛を拡大し、私たちがその働きを継続するようにしてくださっています。 あなたにいやしや救いが必要でなくても、他人をいやすという使命が与えられているのです。それは、この地球で取り組まなくてはならない本当の仕事なのです。私たちはみんな、お互いをいやすためにこの星に生まれてきました。 すべての誤解、こだわり、偏見、怖れからお互いを解放し、本当の幸せを体験するために生まれてきたのです。私たちはそのためにすばらしい道具も与えられています。中でももっともすばらしい道具がゆるしなのです。 ゆるしは、あなたとみんなの人生に、不思議なほど最高に深い、愛の変化をもたらします。ゆるしはすべてを変えてしまいます。たった一瞬で・・・。そこがワクワクするところです。すべてを変えてしまうからです。 ゆるしは、悲しみのあるところに喜びを、争いのあるところに平和を、怒りのあるところに喜びをもたらします。そして、本当の自分を取り戻させてくれます。 イエス様の救いは、この十字架上の祈りに凝縮されています。「父よ・・・」で始まり、「すべてが終わった」で完成したのです。全世界はこのゆるしの愛に包まれているのです。 心にわだかまりを持ちつつ、悩み苦しみ、ごまかし落ち込み、イライラの原因や病弱のままで、憎しみに支配されてしまいます。 両親、義理の両親、兄弟姉妹の家族j関係、親戚を完全にゆるしている人は少ないようです。 恵まれた環境で愛され、必要な物も十分に与えられて育ったのに・・・なぜかわだかまりが・・・。ひどくことばで傷つけられたり、暴力や虐待を受けたので絶対にゆるせないと決めていることもあります。 思い切って赦しの愛を体験してみませんか。8年前の今日、19歳で洗礼を受けてクリスチャンになった青年がいます。彼は小学校の6年間ずっといじめられ、中学の3年間もいじめは続きました。「お前なんか高校に行けるか。アホが・・・」と教師からも言われ続けました。友達も一人もなくやっと工業高校を卒業し就職しましたが、職場でもいじめは続きました。就職して一年後、もう自殺しかないと考えさ迷っているとき、エリムキリスト教会の十字架を見上げ、礼拝に出席しイエス・キリストの愛を知りました。 「あなたはわたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)との愛を体験し、16年間のいじめから救われただけでなく、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしてるのか分からないのです」との、十字架上での祈りを自分の祈りとすることができ、赦しの愛を体験しました。 今、27歳になりましたが、職場でも重要な仕事を任せられ、豊かないのちの輝きに包まれ成功と祝福の中を生きています。マタイ18:21 そのとき、ペテロがみもとに来て言った。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」 18:22 イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。
2006/11/23
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ありがとう!感謝しますと、いつも素直に人生を受け止めるとき、日々はさらに輝くことでしょう。 1.感謝は波動であり、力であり、エネルギーである。2.私たちは波動的な存在であり、ある種の周波数の波動を放っている。3.波動は、主として思考や感情から成り立つ。4.思考や感情は、人生体験に影響を及ぼす。5.思考は、選択できる。思考が変化すると感情も変化する。6.意識的に注目し続けると、その物事はすべて大きくなっていく。7.何かに、または誰かに感謝すると、私たちはそのものや人物とは動的に一致する。8.自分を何かと波動的に一致させると、それをもっと自分に引き寄せ(類は友を呼ぶ)、願いを実現することができる。9.自分にない者と自分を一致させることはできない。憎しみに中にいて、愛と自分を一致させることはできない。10.相手に感謝されなくても、自分から相手に感謝することはできる。 ピリピ4:6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。 4:7 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。 コロサイ3:15また、感謝の心を持つ人になりなさい。 3:16 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。 3:17 あなたがたのすることは、ことばによると行いによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。 第一テサロニケ5:16 いつも喜んでいなさい。 5:17 絶えず祈りなさい。 5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。 日々を感謝に溢れ、聖霊に満たされ、楽しく前進し続けよう!ハレルヤ! 感謝!感謝!アーメン。
2006/11/22
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様々な重荷があります。生きる重荷、生活の重荷、借金の重荷、人間関係の重荷、死と言う重荷・・・。数限りない重荷に取り囲まれながらの人生です。 聖書の伝道者の書にも「 5:12 働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。富む者は、満腹しても、安眠をとどめられる。 5:13 私は日の下に、痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富が、その人に害を加えることだ。 5:14 その富は不幸な出来事で失われ、子どもが生まれても、自分の手もとには何もない。 5:15 母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。 5:16 これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろう。 5:17 しかも、人は一生、やみの中で食事をする。多くの苦痛、病気、そして怒り」とあります。 しかし、どのような重荷も取り除かれて解放された自由の人生が約束されています。その約束のことばを列記します。マタイ11:28-30 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」詩篇55:22 あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。詩篇68:19 ほむべきかな。日々、私たちのために、重荷をになわれる主。私たちの救いであられる神。セラ詩篇81:6 わたしは、彼の肩から重荷を取り除き、彼の手を荷かごから離してやった。イザヤ9:4 あなたが彼の重荷のくびきと、肩のむち、彼をしいたげる者の杖を、ミデヤンの日になされたように粉々に砕かれたからだ。イザヤ10:27 その日になると、彼の重荷はあなたの肩から、彼のくびきはあなたの首から除かれる。くびきはあなたの肩からもぎ取られる。第一ヨハネ5:3 神を愛するとは、神の命令を守ることです。その命令は重荷とはなりません。ヘブル2:1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。伝道者の書5:18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。5:19 実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。5:20 こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。
2006/11/21
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ピグマリオン効果 ギリシャの若い彫刻家 自分の造った彫像に恋する ジョージ・バーナードショー マイフェア・レディー 独特のロンドン子なまりをもった下町の花売り娘を、ヒギンズ教授がことばを直すことによって、社交界の淑女に変えてしまうというミュージカル。オードリー・ペッパーンが主演して有名になりました。 医者がこの病気は必ず直ると期待すると、回復が早くなることは良く知られている。人から期待されると、だれでもそれまでとは違った行動をとります。 そして、期待したとおりの人間が生まれるからフシギですね。親はもっと子どもに期待したいものです。 ラ・マンチャの男、ドンキホーテは、ある売春宿で一人のあばずれ女に出会う。 彼女のお嬢さんと呼びかける。目は血走り、胸をはだけ、口をあんぐりあけた彼女は、嘲りに満ちた声で彼に言う。「あたいがお嬢さん。バカなことを言わないでよ。あたいはそこの排水溝で生まれたんだよ。母はあたいを置き去りにしてさ。あたいは裸で死に掛かっていたんだよ。生きる価値もない女なんだよ」 ラ・マンンチャの男は、それでもなお彼女の最善を信じて、「あなたのなはアンドンサではない。あなたの名はダルシニア。あなたはお嬢さんです」と言う。 彼女はその後、手荒な旅人に家畜小屋に連れ込まれ、暴行され狂乱の姿で登場する。ラ・マンチャの男はそれでも彼女の最善を信じ、その美しさを称賛し続けるのでした。 彼女がどんなに悪態をついても、ダルシニア!と自分が名づけた新しい名前で呼び続けるのでした。 物語の結末で、ラ・マンチャの男は場末の宿で死に掛かっていました。そこにスペインの貴婦人が現れ、ベッドのそばに跪いて彼を見舞います。彼は死にかかった人特有の声で、あなたはどなたじゃなと聞きます。彼女はその場にスックと立ち上がり女王のような気高い声で、私の名は、私の名はダルシニア! マグダラのマリア、7つの悪霊に取り付かれた遊女。イエス様の復活に最初のお目にかかる特権。 ルカ7章の罪ある女 ヨハネ8章の姦淫の現場で捉えられた女 多く愛したものはおおく赦される! 私もあなたを罰しない。もう二度と罪を犯さないよう! イエス・キリストの十字架の右側の強盗。今日あなたは私とともにパラダイスにいます。 彼らはキリストの愛の期待の中で生まれ変わったのです。イザヤ43:4 期待されることはすばらしい!あばずれ女アンドンサが、淑女ダルシニアに。 7つの悪霊につかれたマグダラのマリアが、復活のキリストに最初に出会う聖女に。 あなたの周りには人をけなし、批判し、中傷し、皮肉り、バカにする人はたくさんいるかもしれません。 愛し、理解し、慰め励まし、勇気付け、称賛する人は少ないかもしれません。 私たちは、イエス様の大きな愛によっていつも励まされています。そして、私たちもラ・マンチャの男のような存在になれるのです。アーメン。 そして、聖書の愛こそその絶対的な秘訣なのです。コリント人への第一の手紙13:4 愛はきわめて忍耐強く、親切です。 愛は決してねたみません。 また、決して自慢せず、高慢になりません。 13:5 決して思い上がらず、自分の利益を求めず、無礼なふるまいをしません。 愛は自分のやり方を押し通そうとはしません。 また、いらいらせず、腹を立てません。 人に恨みをいだかず、人から悪いことをされても、気にしません。 13:6 決して不正を喜ばず、真理が勝つ時は、いつも喜びます。 13:7 だれかを愛する人は、どんな犠牲をはらっても、誠実であろうとするでしょう。 また、いつもその人を信じ、その人に最善を期待し、いのちがけで、その人を守り抜くでしょう。 13:8 神様からいただいた特別の賜物や力は、いつかは尽きるものです。 しかし、愛は永遠に続きます。
2006/11/20
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ハンディキャップを上げれば、数限りなく出てくるだろう。しかし、人生にどのようなハンディキャップがあっても、自信を持って乗り切ることができるのだ。そのような不利とも思えるものを利用して成功することもできる。だれにでもハンディキャップや条件付け、失敗や挫折はある。 重要なことは、それらとどのように付き合い、どう対処するかで結果は変わってくる。 三重県鳥羽市には、有名なパールアイランドがある。そこで養殖真珠の実演を見たが、真珠貝の中にアマゾンで取れた、バカ貝の殻を小さくした核を入れる。 真珠貝は痛いので何とかそれを出そうとする、しかし、絶対に出ないように入れられているので、それを3年~5年と真珠貝は抱き続ける。その間、真珠貝は液を分泌し続ける。 その分泌液が、何の役にも立たないバカ貝の核をゆっくりと包んでゆく。その伊丹の名から、苦しみの中からあのきれいな真珠の輝きが生まれてくる。 ヘレン・ケラーは、三重苦を背負っていた。しかし、「神様が私にハンディャップを与えられたことを感謝する」と言い、世界中の多くの人々に、生きる勇気と希望を与えた。 ベートーベンは、耳がほとんど聞こえなくなってから、あの有名なシンフォニーを作曲した。 ヘンデルがメサイアを作曲したときは、お金に困り果て、身も心もドン底、借金取りに監獄にぶち込んでやると脅されている最中だったそうだ。 どんな不利な条件も、新しい人生を始めるチャンスに過ぎない。ハンディキャップに勝利にすばらしい人生を歩みだそう! 1999年11月19日(金)は忘れられない日。東京で元気の出る聖会を終わった夜、ホテルで翌朝の聖会の準備をしているとき、突然の痺れが足や手を襲った。フロントへの電話も思うようにならない。やっとのことで救急車を呼んでもらったが、連れて行かれた病院で点滴をして翌朝まで待機。検査の結果脳内出血と判明し、脳外科のある病院へ再度救急車で運ばれた。 左脳内出血だからことばと右側に歩行困難などの生涯が残る。医者は酒もタバコも経験がないと知ると、よかった。大丈夫だよと、集中治療室と病室での一ヶ月間が過ぎた。クリスマスには教会で説教するまでに主はいやし回復してくださった。「ほんとうはしんでいたんですよ!」との病院側の説明に、いやされ何の後遺症ないことを感謝して、「ハレルヤと歌いつつ」と題して、そのときの体験を小冊子I(22ページ)にまとめて7000冊出版しました。 残部が少々あります。読んでいただける方があれば贈呈します。メールへどうぞ。yoshiibc@yahoo.co.jpローマ人への手紙(リビングバイブル訳) 5:3 私たちはさらに、さまざまの問題や困難に直面した時も喜ぶことができます。 それは忍耐を学ぶのに役立つからです。 5:4 忍耐によって、私たちの人格は筋金入りにされ、ひいては神様への信頼を深められるのです。 こうしてついに、私たちの希望と信仰は、強く、何ものにも動じなくなるのです。 5:5 そうなった時、どんなことが起ころうと失望落胆せず、また、万事が益であるとわかります。 それは、神様がどんなに深く愛していてくださるか、わかるからです。 私たちは、そのあたたかい愛を全身で感じています。 それは、神様が聖霊様を与えてくださり、その聖霊様が私たちの心に、神様の愛を満たしてくださっているからです。 5:6 私たちが逃れる道もなく、全く窮地に陥っていた、まさにその時、キリスト様はおいでになり、何の役にも立たない、私たち罪人のために死んでくださいました。 5:7 たとい私たちが良い人間であったとしても、だれかが自分のために死んでくれるなどとは、考えてもみなかったでしょう。 もちろん、そういう可能性が全然ないわけではありませんが。 5:8 しかし、私たちがまだ罪人であった時に、神様はキリスト様を遣わしてくださいました。 そのキリスト様が私たちのために死んだことにより、神様は私たちに、大きな愛を示してくださったのです。
2006/11/19
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ほほえみそれは少しも元手はかかりません。しかし、多くのものを人に与えてくれます。 ほほえみそれは人に与えてもいっこうに減りはしません。しかし、もらった人を限りなく豊かにします。しかし、このほほえみはお金で買うことも、人から借りることも、盗むこともできません。 ほほえみそれを生み出すのに、少しも時間はいりません。しかし、それを受けた人の記憶の中には、永遠に残ることさえあります。 ほほえみそれがなくても生きてゆけるほど、強い人はこの世にいません。それがなくてもいいほど豊かな人もいません。 ほほえみそれは家庭の中を幸せにします。職場を明るくします。ほほえみは友情のしるしです。 ほほえみそれは疲れきった心に休みを与え、失望した人に励ましを与え、悲しんでいる人に光をもたらしてくれます。 ほほえみそれは人生のあらゆる問題に対して、神が与えてくださる妙薬です。 ほほえみそれはあなたの心の奥底から湧き出て、惜しげなく与えた時だけ、値打ちが出てくるものなのです。 ある人はほほえむことができないほど疲れているかもしれません。だから、その人にあなたのほほえみをあげてください。あなたのほほえみを、最も必要としているのは、その人かもしれないのですから・・・・。ルカの福音書6:37 人のあら捜しをしたり、悪口を言ったりしてはいけません。 自分もそうされないためです。 人には広い心で接しなさい。 そうすれば、彼らも同じようにしてくれるでしょう。 6:38 与えなさい。 そうすれば与えられます。 彼らは、ますに押し込んだり、揺すり入れたりしてたっぷり量り、あふれるばかりにして返してくれます。 自分が量るそのはかりで、自分も量り返されるのです。
2006/11/18
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ヤベツの祈り ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた。彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を産んだから」と言って、彼にヤベツという名をつけた。 ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。第一歴代誌4:9-10 イスラエルの歴代誌の系図の中に、突然登場するヤベツの祈りに恵まれ続けています。 ヤベツと言う名は苦痛とか、辛いという意味があります。「私が悲しみのうちにこの子を産んだから」と、彼の母がつけた名前です。 最初に読んだとき、何て大きな祈り!あつかましい祈りだと思いました。ところが、「そこで神は彼の願ったことをかなえられた」とのみことばに捕えられました。 真実の神は心からの叫びと願いに答えてくださるのです。どんなに大きな願いであれ、全能の神にできないことはありません。 第一に、「私を大いに祝福してください」と、ヤベツは叫びました。主の御名を呼び求める者はだれでも救われます。「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう:」(エレミヤ33:3)聖書の約束は常に真実であり、神のことばは生きていて力があるので、私たちの思いをはるかに越え、日本のリバイバルを主は祝福してくださると確信します。 ヤベツの祈りを祈りながら、直後に応答の告白をしたいものです。 「私を大いに祝福してください」と祈るとすぐ、「アーメン。信じます。ありがとうございます。大いに祝福されました。ハレルヤ!感謝します。神の栄光のために。アーメン」と告白します。疑いや恐れに祈りを邪魔されず、聖霊による大きな確信が与えられます。 日本のリバイバルや個人の必要を求めるとき、祈り終えると同時に、疑いに支配されないように、「アーメン。信じます。ありがとうございます。日本のリバイバルが来ました。ハレルヤ!感謝します。神の栄光のために。アーメン」と告白してみましょう。 感謝します。神の栄光のために。アーメン」 第二に、私の地境(テリトリー=領域)を広げてください。アーメン。信じます。ありがとうございます。私の地境=領域は広がりました。ハレルヤ!感謝します。神の栄光のために。アーメン。 第三、御手が私と共にあってください。 復活の主の約束のように、「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます」(マルコ16:17-18) 主の御手が共にあるしるしと不思議の伴う、働きが展開できるよう祈りましょう。そして、「アーメン。信じます。ありがとうございます。主の御手が私とともにあります。ハレルヤ!感謝します。神の栄光のために。アーメン」と告白しようではありませんか。 第四に、「わざわいから遠ざけて私が苦しむことにないようにしてください」の祈りにも、「アーメン。信じます。ありがとうございます。私はわざわいから遠ざけられて苦しむことはありません。ハレルヤ!感謝します。神の栄光のために。アーメン」と、主に守られて働く幸いを感謝します。 そのように祈り続けるとき、「そこで神は彼の願ったことをかなえられた」すばらしい祝福の中を前進できるから幸いです。 霊的にも物質的にも健康的にも、ヤベツの祈りのように大いに祝福され、毎日が恵まれ祝福された日々であるよう祈ります。第一歴代誌4:9 ヤベツは兄弟の中で最も重んじられていました。 母が彼をヤベツ〔「苦しみ」の意〕と名づけたのは、お産の時にたいへんな苦しみを味わったからです。 4:10 ヤベツはイスラエルの神様に、こう祈りました。 「どうか、私をうんと祝福し、私の働きを助けてください。 私が行なうすべてのことに御手を添えてください。 すべての悪と災いからお守りください。」 神様はその願いをかなえてくださいました。
2006/11/17
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新しい内閣になって憲法改正や、教育基本法改正(直ぐ成立する可能性大)、さらに北朝鮮の核実験を境目に、核論議が閣僚や評論家の間でもかまびすしくなってきている。 憲法改正論議では、国民投票を得なければならないが、改正論議が高まればそれも可能になる可能性が大きくなる。 改正論者は戦争に負けて押し付けられた憲法だから、自前の憲法を持たなければならないという考えであり、その主流の中心は象徴天皇論と戦争放棄の条文である。 戦争を知らない世代の首相や閣僚が多く、戦争を是認し靖国神社を正当化しようとする政治家が多く排出してきている。心ある者は戦争正義論が声高に叫ばれ、核の脅威に非核三原則に従っていると言いながら、核保有を示唆する世相に憂いを覚え祈るこのごろである。憲法九条を読んだことがない方のために、憲法第九条とは、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」 世界の歴史上、かってなかった平和憲法を護持する国であって欲しいと心から願い、「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから」(マタイ5:9)との声をもう一度、クリスチャンたちはシッカリ聞くべきときだと確信する。また主は、「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます」(マタイ26:52))とも宣言している。剣の上に築かれ国で滅びなかった国はなかったことを人類の歴史は証明している。「正義は国を高め、罪は国民をはずかしめる」(箴言14:34)とあるように、今、わが国における正義は憲法を遵守することである。首相をはじめ各閣僚や政治家、各省庁を初め、すべての国民が憲法を護持するなら、教育は純化し、経済は上向きになり、愛国心や道徳心は向上することは間違いはない事実となる確信する。 キリスト教界こそ平和憲法護持の先頭にたち、平和を造りだす者として、日本の救いと平和を、「御国を来たらせたまえ」と祈りつつ、キリストの福音を満たして行こうではないか。「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです」(ローマ1:16-17)
2006/11/16
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WHO(世界保健機構)は、人間の健康を「身体的健康」「精神的健康」「社会的健康」と3つに定義していた。人間が希求しているのは、基本的にはこの3つが満たされることであった。 しかし、この希求が満たされれば幸せになれるものでもない。WHOもそれに気づき、文書化はされていないと思うが「霊的健康」という概念を取り入れた。それらが完全に満たされるためには、イエス・キリストを信じる以外に方法はないが・・・。 「平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます」(一テサロニケ5:23-24) 左脳内出血で倒れ、医者はほんとうは死んでいたと言ったが、ちょうど7年になるが、言語障害も歩行困難もなく、元気で働きを継続する恵みに生かされている。 健康は当たり前ではなく、健康的に生きることがやはり必要である。その秘訣は第一に、神の恵みに信頼する霊的・精神的健康が健全であることだ。 第二に、感謝して食べるなら食生活のストレスから解放され、小食(腹七部医者いらず)を心がけ、暴飲暴食を避けるなら体調は整えられる。 第三に、歩け、歩けとウオーキングを実行すること。歩けない人は部屋で足踏み(スタンプ・ウオーキング)するだけでもよい。歩けない人は両手をそろえて振るだけでもよい。歩ける人は毎日ゆとりの一万歩を実行するとき、体調は整えられ健康体重を保ち、快眠・快食・快便と3拍子そろった健康生活を維持することが可能となる。 34年前から一日も欠かさず、ゆとりの一万歩を歩き続ける恵みが与えられ、脳内出血の後遺症もなく、健康的に生きる祝福を与えられている。 第四に、健康を心で信じて口に出して告白することだ。「あなたの信じるとおりになる」「あなたの言うとおりになる」と主は宣言されている。 ストレスやプレッシャーから解放され、平安な心で日々感謝して生きるとき、聖霊のすばらしい力が内側からわき溢れ、健康的な生活を過ごすことができる。 第五に、大切なことは行動することである。どんな理論を構築しても実行しないと絵に描いた餅となり、何の良い結果も現われない。聖書のことばをそのまま信じるとき、奇跡的なすばらしいことが起こるように、生活の中に大きな祝福の働きが始まるから感謝である。 主よ。信じます。ありがとうございます。健康になりました。感謝します。神の栄光のために!アーメン。と信仰を告白しつつ、天国に行く日まで主と共に歩み続けて生きたいものである。三ヨハネ1:2 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。
2006/11/15
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最近のニュースは、殺人や自殺のことが多く報じられます。親がその子どもを殺したり、子どもが親を・・・、その残酷さは言葉に出来ないほどです。 一番の悲しみは子どもたちの命が奪われ続けていることです。特にいじめがそのきっかけとなった小学生や中学生の自殺・・・何とかならないか?と日本中が叫んでいます。 いのちの尊さを世界はもう一度取り返す必要があります。テレビドラマも週刊誌もアニメも小説の世界も。また戦争を美化する風潮も、テロも・・・世界は終末に近づいています。このままでは核が使われることも当然の世界に向って流れて行かも知れません。 「殺してはならない!」と、聖書は殺人を明確に禁じています。他人を殺すこともですが、自分をも殺してはならないと言うことです。 他殺や自殺のニュース報道も過激にならないように、余りその手口や残酷さを微細に報じない方が良いと思います。なぜなら連鎖反応を引き起こされて行く可能性が大になっていきます。解決法が示されない情報は流さない・・・無責任な報道をできるだけ控える報道を望みます。 死なないように!生きて生きていき続けてください。神に与えられたいのちが天に召されるまで行き続けてください!心からの祈りです。コリント人への第一の手紙 3:16 あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。 3:17 もし、だれかが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたがその神殿です。出エジプト記 20:12 あなたの父と母を敬え。あなたの神、【主】が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。 20:13 殺してはならない。 20:14 姦淫してはならない。 20:15 盗んではならない。 20:16 あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。 20:17 あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。」
2006/11/14
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土曜と日曜日、金沢グレイスチャペルで3回の集会。辻本真悟牧師夫妻は全くゼロからのスタートでした。 生駒聖書学院卒業後、開拓伝道地に金沢市を選び、駅を降りたとき強い確信が与えられ、ひとりで花市場で早朝働きながら、熱心に伝道を開始。翌年奥様を迎え、「二人は一人に勝る!」で、ピアノ教室を開設しました。 主の祝福の中で小さいながらも教会堂を建設し、4年前に訪れたとき、礼拝の時間は座るイスもないほどの礼拝でした。市内の中心地に100名以上は入る会堂を借り、働きは拡大し続けている恵まれた教会です。 花市場のすぐ近くにあり、日曜日は休みのためその駐車場は無償で提供されています。また貸しビルの会社や店舗が、ウイークディの集会のない昼間、教会の駐車場を借りるため、日曜日は会社と店舗の駐車場が無料で使って欲しいと申し出があり、多くの車が駐車することができます。花市場での苦労が報われていると感謝していました。 すばらしい教会です。あかさたな教会ですねと、心から祝福を祈りました。 あ 明るい愛があふれている教会 か 感謝と感激があふれている教会 さ 最高に栄える繁栄の協会 た 高めあう宝のような牧師と信徒の教会 な 慰め励ましあう仲良しの仲間の教会 ついでに考えたのは、はまやらわん は ハレルヤと ま 真っ白な心で や やっていく ら ラッキーな わ 笑い声の教会 ん アーメン イエス様の愛と救いがあふれている金沢グレイスチャペルでした。感謝!マタイの福音書18:18 まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。 18:19 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。 18:20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」
2006/11/13
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昨日朝、富雄キリスト教会で外科医と設計技師の結婚を司式し、大急ぎで京都駅まで行きました。 サンダーバードで金沢駅に着いたのが4時半ごろ、駅前に新装開店したホテルにチェックイン。集会前に牧師の迎えを受け夕食。午後7時からの金沢グレイスチャペルの集会で説教。 さすがに金沢は生駒より寒い。ホテルの部屋は暖房が入り、14階には大浴場もありユックリ休むことができた。 朝5時に目覚め外を見ると昨夜まで降り続いていた雨も上がり、未明の市内へ散歩に出かけた。街はまだ静かに眠り、ときおりタクシーが通り過ぎるくらい・・・。グレースチャペルまで歩こうと思ったが道を迷ったようなので、引き返してしまった。後で礼拝に出かけるとき、教会のすぐ近くまで来ていたことの気づいた。金沢駅よりグレイスチャペルまで約5000歩だ。 夕方5時前のサンダーバードで生駒まで約3時間余り。日本ハムはアジアシリーズで優勝した瞬間だった。シンジラレナーイ!の監督の言葉に大拍手。明日からまた神学生との学びが始まる。ハレルヤ。詩篇 27:1 【主】は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。 【主】は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。 27:2 悪を行う者が私の肉を食らおうと、 私に襲いかかったとき、 私の仇、私の敵、彼らはつまずき、倒れた。 27:3 たとい、私に向かって陣営が張られても、 私の心は恐れない。 たとい、戦いが私に向かって起こっても、 それにも、私は動じない。 27:4 私は一つのことを【主】に願った。 私はそれを求めている。 私のいのちの日の限り、【主】の家に住むことを。 【主】の麗しさを仰ぎ見、 その宮で、思いにふける、そのために。 27:5 それは、主が、 悩みの日に私を隠れ場に隠し、 その幕屋のひそかな所に私をかくまい、 岩の上に私を上げてくださるからだ。 27:6 今、私のかしらは、 私を取り囲む敵の上に高く上げられる。 私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、 歌うたい、【主】に、ほめ歌を歌おう。
2006/11/12
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金沢グレイスチャペルで、「輝く明日のために!」と題して今夜7時より講演会だ行われ、講師として招かれています。明日は朝10時30分より礼拝説教。昼食後、必要な方々のために個人的な祈りの時間も予定しています。 輝く明日のためにのチラシに、「何一つなかった少年時代、歌も歌わず、話もせず、運動も出来ない、泣き虫、弱虫、意気地なしだった・・・、人生は暗く、寂しく、辛かった。 イエス・キリストの十字架のメッセージを聞かなければ、絶望の中に今日もうごめいていたと思う。 しかし、あわれみ豊かな神は、拾い上げ、引き上げてくださった。聖書には恐れるな。虫けらのヤコブとあるが、主は私にも、「恐れるな。虫けらの榮義之」(イザヤ41:14)と呼びかけてくださった。 なきに等しい、無学なただの人、ただイエス・キリストを信じただけ・・・、結果、神は豊かな祝福をあふれるほどに満たしてくれた。虫は虫でも、天の虫だ。 天の虫と書くと、蚕という字になる。蚕は桑の葉を食べて絹の糸を吐く。その絹糸は布地になり、一筋の糸もムダにはならず衣服となり、人のいのちを守り育む。 私も虫は虫でも、そのような虫になりたい」 以前に描いた自叙伝「天の虫けら」よりの講師紹介が書かれていた。もしお読みいただく方があれば、残部が少々あるので贈本します。ご連絡ください。 今朝は予定されていた富雄キリスト教会での結婚の「司式を終え、その足で京都駅へ。サンダーバードで金沢市へ。明日の夜帰宅です。コリント人への第一の手紙1:18 「イエス様は私たちを救うために死んでくださった」ということばが、滅んでゆく人々にはどんなにばからしく響くか、私にはよくわかっています。 しかし、救われた私たちは、これが神の力そのものであると認めるのです。 1:19 なぜなら、神様がこう言われるからです。 「わたしは、たとい人の目には どんなにりっぱに見える計画でも、 人間の側の救いの計画をことごとく打ちこわし、 最も才気あふれる人の、最もすぐれた考えをも無視する。」 1:20 こうした知識人、学者、この世の重大問題にかかわる議論家たちについては、何と言われているでしょう。 神様は、彼らをみな愚か者とし、そんな知恵など無用の長物だときめつけました。 1:21 この世がいかに人間のすぐれた知恵を結集しても神様を見いだせないのは、神様のお考えによることです。 そして神様は、一般の人には、ばかばかしくて話にならないような神のことばを信じる人を、救うことにされたのです。 1:22 これは、ユダヤ人には、ばからしく思われるでしょう。 彼らは、説かれていることの真実さを証拠立てるような、天からのしるしを求めているからです。 また、それ以外の外国人にも、ばからしいと思われるでしょう。 彼らは、理性で納得できることとか、賢明と思われることしか信じないからです。 1:23 それで、人々を救うために死なれたキリスト様について話すと、ユダヤ人は腹を立て、外国人は「まるでナンセンスだ」と言うのです。 1:24 しかし神様は、ユダヤ人でも外国人でも、救いへと招かれた人々の目を開いて、キリスト様こそ彼らを救う偉大な神の力であることを、悟らせてくださいました。 実に、キリストご自身こそ、人々を救うための、神の知恵に満ちた計画の中心なのです。 1:25 この、いわゆる「ばからしい」神の計画は、最高の知識人の最も賢明な計画より、はるかにすぐれたものです。 また、キリストの十字架上の死という神の弱さは、実は、どんな人間よりも強いのです。 1:26 愛する皆さん。 自分たちの仲間を見回してごらんなさい。 キリスト様に従うあなたがたの中には、有名人や権力者や金持ちはほとんどいません。 1:27 それどころか、神様は、この世では愚か者、無価値な者と思われている人々を、わざわざお選びになりました。 それは、この世で知恵ある者、りっぱな人とされている人々を辱しめるためです。 1:28 神様は、いわゆるこの世で見下されている者、全く取るに足りない者を選び、そんな人々を役立てることによって、世間では大物と言われる人を、なきに等しい者とされたのです。 1:29 ですから、どこのだれであっても、神の御前で自慢することはできません。 1:30 というのは、あなたがたがキリスト・イエスによっていのちを確保できたのは、ひとえに神様のおかげだからです。 キリスト様は、神様の救いの計画を明らかにしてくださいました。 私たちを神様に受け入れられる者としてくださったのは、このキリスト様でした。 この方は、私たちを、きよく聖なる者とし、また、私たちの救いを買い取るために、ご自身を投げ出されたのです。 1:31 旧約聖書の、「だれでも誇ろうとする者は、主のなさったことだけを誇れ」という、ことばどおりになるためです。
2006/11/11
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ある日の午後、ペテロとヨハネは宮へ出かけました。 日課である午後三時の祈りをするためです。 もうすぐ宮だという所で、生まれつき立ち上がることもできない男が運ばれて来るのに、出会いました。 この男は、いつも、宮の「美しの門」のそばに置いてもらい、宮に入る人たちから施しを受けていたのです。 二人が前を通り過ぎようとすると、「だんな様方。 どうぞお恵みを」と、その男が声をかけました。 二人は立ち止まり、男をじっと見つめました。 やがて、ペテロが口を開きました。 「私たちをごらん。」 男は何かもらえるのだろうと思って、二人を見上げました。 ところが、ペテロは全く意外なことを言ったのです。 「あげようにも、お金は持っていないんだよ。 だが、ほかのものをあげよう。 ナザレのイエス・キリストの名によって命じる。 さあ、立って歩きなさい。」 そう言うなり、ペテロは手をかして立たせようとしました。 すると、驚いたことに、足もくるぶしもたちまち強くなり、しゃんと立ち上がったのです。 そして、すたすた歩き始めました。 二人が宮に入ると、男も跳んだりはねたりして、神を賛美しながらついて行きます。 中にいた人たちは、神を賛美しながら歩いている男を、じろじろながめました。 どうしたことでしょう。 いつも「美しの門」で見かける、足の悪いこじきではありませんか。 だれもかれもびっくり仰天、たまげ返るばかりです。 そうこうするうち、みんながいっせいに、三人のいる「ソロモンの廊」と呼ばれる回廊に押し寄せました。 男はうれしくてたまらないのでしょう。 ペテロとヨハネにまつわりついて離れません。 この有様を目のあたりにした人々は、あまりのことに恐ろしくなったほどです。 さあ、絶好のチャンスです。 ペテロがすかさず話し始めました。 「皆さん。 どうして、そんなに驚くのです? なぜ、私たちが自分の力や信仰深さによって、この人を歩かせたかのように、私たちを見つめるのです? この奇蹟は、アブラハム、イサク、ヤコブの神様、私たちの先祖の神様が、そのしもべイエスに栄光を与えるために、なさったことです。 その方を、あなたがたはピラトの面前で、はっきり拒否しました。 ピラトがあれほど釈放しようとしたにもかかわらず......。 このきよく正しい方を自由にしようと考えるどころか、反対に人殺しの男を釈放しろと要求したのです。 こうして、とうとう、いのちの源である方を殺してしまいました。 しかし神様は、この方を復活させてくださいました。 ヨハネも私も、このことの証人です。 あなたがたが処刑したあと、私たちは確かに、復活したこの方にお会いしたのです。 この方のお名前の力で、この人は治ったのです。 彼の足が以前どんな状態だったかは、ご存じのとおりです。 神様から与えられた、イエスの名を信じる信仰によって、彼は完全に治ったのです。 今もなおイエス・キリストの名前によってすばらしいことが毎日起こっています。世界中で・・・ イエス・キリストの名前によって救われます。 イエス・キリストの名前によって祈りが答えられます。 イエス・キリストの名前によって成功します。 イエス・キリストの名前によって健康になります。 イエス・キリストの名前によって天国に入れます。 イエス・キリストの名前によってすべての祝福が注がれます。使徒の働き3:16 そして、このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。
2006/11/10
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一昨日の雨から昨日の朝、そして今朝とグッと冷え込む生駒です。日本列島が冷え込む時効になりました。北海道の佐呂間町は竜巻で大被害でしたが、これからの寒さに向ってさらに大変だと思います。 今日は午前中授業、午後から寝屋川市で集会。11日の土曜日は午前中結婚式。式後、京都駅からサンダーバードで金沢市の金沢グレースチャペルに出かけ、土曜日夜に集会。 12日(日)は礼拝説教。午後は祝福の祈り会。夕方サンダーバードで帰宅します。詩篇18:1 主よ。 どれほどお慕いしていることでしょう! こんなにもすばらしいことをしてくださった主を。 18:2 主は、安心して立てこもれるとりでです。 だれ一人、そこまで入って来て、私を殺すことはできません。 主は、身を隠すのに絶好の険しい山、私の救い主、だれも近づくことのできない岩、安全を保証する塔です。 また私の盾、めっぽう強い闘牛の角です。 18:3 私はただ、主に叫び求めさえすればよいのです。 そうすれば、あらゆる敵から助けてくださいます。 ああ、主をほめたたえよ。
2006/11/09
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昨日の夕方、生駒駅からタクシーで帰ろうと思い、聖書学院までと言うと、運転手の方が今日、大竜巻がありましたよ。北海道で9名も死んだそうです。最近の日本はどうなっているのでしょうね、と話しかけてこられた。 自殺に他殺、学校でのいじめや話題は尽きることなく、命の尊厳を忘れた最近の情勢を、ことこまかく話し続けてあっという間に聖書学院についた。 イエス様は、「たとい人が全世界を自分の物にしても、自分自身の命を損したら何の得にんるだろうか」と、人の命は全世界よりも尊いことを教えられた。 命の尊厳を幼子から高年者、全世界の指導者たちにもう一度認識し、世界の命を救うために十字架に命を捨てた、キリストの救いの尊さを体験して欲しいと、運転手の方にもお話することができた。 今日は食生活と健康講座をこれから聞く。何を食べようかと思い煩わないで、感謝して食べるなら何一つ捨てる物はない。楽しい食生活で身体も心もリフレッシュされる日々に感謝! 午後は歯医者へ。夜は大阪エリムのリバイバル集会で説教。日々、主の恵みに導かれつつハレルヤ!哀歌3:21 しかし、ただ一つの望みが残っています。 3:22 神様のあわれみは決してすたれない、ということです。 私たちが全滅しなかったのは、神様のあわれみのおかげです。 3:23 神様の真実は限りなく、その恵みは朝ごとに新しくなります。 3:24 神様こそ私の分け前なので、私は神様に望みを置きます。 3:25 神様は、ご自分を待ち望む者、ご自分を求める者に、とてもよくしてくださいます。 3:26 神様の救いだけに望みを置いて、静かに待つのはよいことです。 3:27 若い時にきびしくしつけられるのはよいことです。 3:28 なぜなら、その人は神様からご命令があった時、まず静かに受け止めて考え、 3:29 顔をうつむけてへりくだります。 そして希望を見いだすようになるでしょう。 3:30 その人は、自分を打つ者にもう一方の頬を向け、侮辱をぞんぶんに受ければいいのです。 3:31 神様がいつまでもお見捨てになるはずはありません。 3:32 たとい、彼に悩みを与える場合でも、恵み深いお方ですから、忘れずにあわれみをかけてくださるはずです。 3:33 神様は好んで人を苦しませ、悲しませたりはなさいません。
2006/11/08
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一雨ごとに秋が深まる感じです。今朝もほんの少し雨。いまは東の空が晴れ上がりつつあるので、曇り日だけどの良い天気になりそうです。 昨日の午後、大阪でイエス様を信じて教会の礼拝に出席していた50代の男性が、洗礼を受けてクリスチャン生活をスタートしました。神学生たちが洗礼槽のそばで、「主は今、生きておられる。わが内におられる。すべては主の御手にあり、明日も生きよう!」と力強く賛美。 その賛美の中でシッカリとイエス様を信じる信仰告白をし、牧師の祈りの中で水のバプテスマを受けました。洗礼の後の感謝のことばは、「冷たい水で今までのすべての罪や汚れが洗い流された実感です。これかれ罪が赦された神の子どもとして、永遠の天国を目ざして幸せに生きていきます」大きな拍手で新しい生活を祝福しました。ハレルヤ。 生駒聖書学院は明日、食生活と健康といやし講座です。全国で活躍しているグッドワーク研究所所長が、分かりやすくガンや病気にならない食生活を分かりやすく話してくれます。質問にも答えてくれますので、お近くの方ぜひお出かけください。申命記 7:12 素直に従えば、神様も、ご先祖と結んだ思いやりあふれる契約をお守りになります。 7:13 あなたがたを愛し、何事もうまくいかせ、大国にしてくださるのです。 約束の国へ着いたら、あなたがたは裕福になります。 家畜はどんどん増え、土地も肥えているので、小麦、ぶどう、オリーブが豊かに実ります。 7:14 世界中のどの国よりも祝福されることまちがいなしです。 一人として子供に恵まれない者はなく、家畜も次々と子を産みます。 7:15 すべての病気はなくなり、エジプトでよく悩まされた伝染病もなくなります。 反対に、敵が伝染病に苦しめられることでしょう。 7:16 念を押しますが、神様が滅ぼせと言われた国は、みな滅ぼさなければなりません。 決してあわれみをかけてはいけません。 その国の神々を拝んでもいけません。 そんなことをしたら悲惨な結果を招くだけです。
2006/11/07
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生駒聖書学院は、火曜日と水曜日の2日間、特別講師を迎えての集中講義を行っています。 今週7日(火)は、山中一正牧師(淀川栄光教会)。先生は、「われらやりませっせ!」と言う著書を出版。身体障害者とともに歩んだ30年。車イスの障害者・・・このすばらしい神の作品。障害者は創造主が大切な計画と目的を持って作られた神の作品と、聖書に基づき確信を持って語る講義は、大きなインパクトを神学生一同にもたらすと確信しています。 興味のある方はぜひお出かけください。 生駒聖書学院は、生駒市俵口町951 電車では近鉄奈良線生駒駅よりタクシーで千円弱です。タクシー乗り場は近鉄デパート前(駅の北側)、俵口の生駒聖書学院と言ってください。 自動車では阪奈道路生駒インターからスグです。 水曜日は食生活と健康といやし講座。里深太典紀先生(グッドワーク研究所所長)です。ヨハネの福音書9:1 さて、道を歩いていた時のこと、イエスは生まれつきの盲人をごらんになりました。 9:2 弟子たちが尋ねました。 「先生。 どうしてこの人は、生まれつき目が見えないのです? 本人が罪を犯したからですか。 それとも両親が......?」 9:3 「いや、そのどちらでもありません。 ただ神の力が現わされるためです。 9:4 わたしたちはみな、わたしをお遣わしになった方からいただいた仕事を、急いでやり遂げなければなりません。 もうすぐ夜が来ます。 そうしたら、もう仕事はできないのですから。 9:5 だが、まだこの世にいる間は、わたしは、光を与え続けましょう。」
2006/11/06
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「よくなりたいのですか?」 ヨハネの福音書5章に、以下のような出来事が記されています。今日の礼拝で、「よくなりたいのですか?」と題して話します。 人生のすべてをあきらめてはいませんか。あるいは何かの偶然が幸運を運んで来るかもしれないと言うはかない期待で、失望の繰り返しではありませんか。物事を人のせいにしたり、悪魔のせいにしたり、はては神様にまで責任を丸投げしてはいませんか。 ぜひ、ヨハネの福音書のベテスダの池での奇跡をお読みください。そして今日同じような奇跡を体験してください。祝福を祈ります。アーメン。 5:1 その後、ユダヤ人の祭りがあったので、イエスはエルサレムに戻られました。 5:2 エルサレム市内には、羊の門の近くに、ベテスダという池がありました。 池の回りには、屋根つきの五つの廊下があります。 5:3 そこに、足の不自由な人、盲人、手足の麻痺した人など、大ぜいの病人が横たわっていました。 〔この人たちは、水面が揺れ動くのを待っていたのです。 5:4 というのは、時たま主の使いが来て、水をかき回すことがあり、その時、最初に池に入った人は、病気が治ったからです。〕 5:5 その中に、三十八年間も病気で苦しんでいる男がいました。 5:6 イエスはこの男をごらんになり、長い間どんなに苦しんできたかを知って、「よくなりたいですか」とお尋ねになりました。 5:7 「もうあきらめてますよ。 せっかく水が動いても、だれも池に入れてはくれないんだから。 何とかして行こうとしている間に、いつでもほかの人が先に入っちゃうんでね。」 5:8 「さあ、立って、床をたたんで家に帰りなさい。」 5:9 イエスがこう言われると、たちまち病気は治りました。 男はすぐに床をたたみ、歩きだしたのです。
2006/11/05
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メールが送受信できなくなり、10日間ほどそのまま。昨夜、息子がアメリカから帰国、ちょと触っただけでメールがドドッと受信。たまっていた10日目の送信メールも全部なくなり感謝。遅くまで受信メールに返信。余分なメールカットに結構時間を使ってしまった。 日本とケニアのバレーを一ラウンドだけ見る。力の差は歴然だが、アフリカの女王と言われるケニアチームも健闘。頑張れニッポン!の大声援の中での試合。日本での日当500円とのこと。朝ズバのニュースでみのさんが、勝ったら焼肉おごってあげると何度も言っていた。負けても焼肉(ヤギの肉が大好き!)をおごって!?!イザヤ12:1 その日、あなたは言おう。 「【主】よ。感謝します。 あなたは、私を怒られたのに、 あなたの怒りは去り、 私を慰めてくださいました。」 12:2 見よ。神は私の救い。 私は信頼して恐れることはない。 ヤハ、【主】は、私の力、私のほめ歌。 私のために救いとなられた。 12:3 あなたがたは喜びながら 救いの泉から水を汲む。 12:4 その日、あなたがたは言う。 「主に感謝せよ。 その御名を呼び求めよ。 そのみわざを、国々の民の中に知らせよ。 御名があがめられていることを語り告げよ。 12:5 【主】をほめ歌え。 主はすばらしいことをされた。 これを、全世界に知らせよ。
2006/11/04
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2年前、東大阪市長田シャローム・マンション1階をキリスト教会として無償提供と言う記事が、クリスチャン新聞に掲載された。詳しい住所も書かれてなかったが、申込み要項に従って応募した。 一ヶ月以上経った頃、開拓伝道場所として提供するとの返事があった。場所は地下鉄長田駅より7分ほどの所にあるマンション。一階部分のコーヒーランウンジ(約30坪)が閉店になり、そこを教会堂として3年間(もしくは4年)電気代と水道代だけで無償で提供するという条件だった。正式の賃貸契約書を締結し、04年11月より土曜礼拝を開始し、昨年12月より日曜礼拝を神学生を責任者に守り一年が経過しようとしている。 また午後2時からは、ロー者だけの礼拝も行い、洗礼を受ける方たちも与えられている。あと一年間の無償期間だが、神学生を中心とした伝道を展開し、卒業生後伝道師・牧師として認職し、その働きを継続できるよう準備している。 そのような形の新しい教会を、生駒聖書学院を中心に次々と形成できれば、献身意欲も増し加わり、神学生たちも大勢入学してくるのではないかと希望している。 今日は午後2時より2周年記念礼拝を行い、3年目に向って聖霊による大きな前進をと願っている。お祈りをお願いします。使徒の働き 2:37 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。 2:38 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。 2:39 なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」 2:40 ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい」と言って彼らに勧めた。 2:41 そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。 2:42 そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。 2:43 そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われた。 2:44 信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。 2:45 そして、資産や持ち物を売っては、それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。 2:46 そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、 2:47 神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。
2006/11/03
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生駒聖書学院も当然祭日は休みです。明日は文化の日、神学生たちは集会や奉仕があり、なかなか休めません。それで祭日を特別講師講義を行うため、今日を振り替え休講にしました。 久しぶりに早朝の時間に、ゆとりの一万歩行。朝の時間は最近かなり涼しくなっている。朝4時半だったので歩いている人は一人もいない?と言っても、山道ばかり歩くから、普段でも余り出会うことがない。 一万歩を歩き、テレフォンメッセージを録音し、シャワーを使い、朝食を済ませ、普通はメールを受送信するのだが、数日前からメールがうまくいかずそのまま。息子が明日アメリカから帰国するので、土曜日までメールは失礼したままになる。 学院は休みだが、午前中も所用があり、気持ちだけはいつもゆとりと充実の中で、感謝しながら過ごしている。 明日は東大阪エリムの2周年記念聖会。長田シャロームというマンションの1階にあったコーヒーラウンジが倒産し、その場所をそのまま3年間無償で家主から提供してもらっている。約30坪の部屋はカウンターもあり、入り口は道路に面し、三方に窓があり昼間は明るく、ステキな教会堂になっている。 明日の記念礼拝で3年目に向って前進!感謝。ヘブル人への手紙10:22 そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。 10:23 約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。 10:24 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。 10:25 ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。 ・・・・・・ 10:35 ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。 10:36 あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。 10:37 「もうしばらくすれば、 来るべき方が来られる。おそくなることはない。 10:38 わたしの義人は信仰によって生きる。 もし、恐れ退くなら、 わたしのこころは彼を喜ばない。」 10:39 私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。
2006/11/02
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昨日の午後、大阪市内へ出かけたが、途中で気分が悪くなり嘔吐と下痢が急激に襲ってきた。熱があるわけでもない、気分が悪い。昼に食べた弁当?かなと思ったり・・・。今朝、いっしょに昼食の弁当を食べた講師は今朝ものすごく晴れやかな顔をしていたので、弁当のせいではないことが分かってホッとした。 今朝はいつものように起きることもできたし、朝の祈りもチャペルでの礼拝にも参加でき、講師の接待もできたので感謝! 夕食を食べなかっただけで体重が1.3キロも減量していた。さあ、今日も元気で出来る事を全部やり通そう。感謝。詩篇 84:5 なんと幸いなことでしょう。 その力が、あなたにあり、 その心の中にシオンへの大路のある人は。 84:6 彼らは涙の谷を過ぎるときも、 そこを泉のわく所とします。 初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。 84:7 彼らは、力から力へと進み、 シオンにおいて、神の御前に現れます。
2006/11/01
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