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アフリカは野生の王国!しかし、激減する動物たち。マサイマラは肉食動物がたくさんいいることで有名。筆頭はライオンだ。マサイマラに9回来たがライオンに毎回出会って来た。一泊のサファリでライオンに出会うのは幸運だと、言われたことが何回もある。 今回もサファリカーでサバンナを走り続けるが、しまうまやガゼールが数匹いるだけで動物の姿がない。運転手が車を止めてドアを開け、身体を乗り出して手をかざして遠方を見ている。あぶないよ!襲われたらどうするの!同乗者から声が出るが、運転手はさらに伸び上がり見つめている。 ライオンだ!と遠くを指差したが、もちろん何も見えない。車を走らせる。いた!オスのライオンが2頭サバンナに臥せっていた。スゴイ眼力だ。同系色のサファリに伏せるライオンを遠いところから見つけたのだ。驚き感謝する私たちに、私はマサイ族。見つけて当然だとにっこり。詩篇34:9 【主】を恐れよ。その聖徒たちよ。 彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。 34:10 若い獅子も乏しくなって飢える。 しかし、【主】を尋ね求める者は、 良いものに何一つ欠けることはない。 34:11 来なさい。子たちよ。私に聞きなさい。 【主】を恐れることを教えよう。 34:12 いのちを喜びとし、しあわせを見ようと、 日数の多いのを愛する人は、だれか。 34:13 あなたの舌に悪口を言わせず、 くちびるに欺きを語らせるな。 34:14 悪を離れ、善を行え。 平和を求め、それを追い求めよ。 34:15 【主】の目は正しい者に向き、 その耳は彼らの叫びに傾けられる。 34:16 【主】の御顔は悪をなす者からそむけられ、 彼らの記憶を地から消される。 34:17 彼らが叫ぶと、【主】は聞いてくださる。 そして、彼らをそのすべての苦しみから 救い出される。 34:18 【主】は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、 霊の砕かれた者を救われる。 34:19 正しい者の悩みは多い。 しかし、【主】はそのすべてから彼を救い出される。 34:20 主は、彼の骨をことごとく守り、 その一つさえ、砕かれることはない。 34:21 悪は悪者を殺し、 正しい者を憎む者は罪に定められる。 34:22 【主】はそのしもべのたましいを贖い出される。 主に身を避ける者は、だれも罪に定められない。
2006/07/31
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アフリカ!と聞けば野生の王国を連想する。しかし、アフリカに行ったから野生の動物を見ることができるわけではない。保護区に守られてあるので、サファリに行かないとライオンも象も見ることはできない。 最初のころは教会で説教し、食糧を配り、孤児たちの世話をするために来た日から駆け回り、日本に帰ってくるという状態でした。3年目ごろから神学生も同行するようになり、もしかしたら一回限りのアフリカという者もいるということに気づき、サファリ観光をケニア宣教の日程の中に、1泊か2泊入れるようにした。 ケニアにはたくさんのサファリがあるが、やはりライオンを見ないとアフリカ!という感じがしないことにも気づいた。ナショナルパークは、象は時々見ることができる。アンボセリは草食動物天国で、象やカバがたくさんおり、白雪をいだくキリマンジェロを眺めることもできる。 ナクル湖パークは、フラミンゴの王国と同時にサイを見ることができる。 マサイマラ・サファリは、ライオンをはじめ肉食動物の天国。有名なのはムーの大移動。8月になるとその大移動が始まる。一度もその光景に出会ったことはないが・・・。 月曜日の朝早くホテルを出て、しばらくはスムーズな舗装道路だが、マサイ族の地に入るとデコボコ道で、砂埃の中をサファリカーは進む。やっと12時過ぎにサファリに到着。 朝食を食べないまま来たのでお腹がペコペコ。サファリの昼は天国の食卓を思わせるようなバイキング。やっと美味しい食事に舌鼓を打つ・・・。ハレルヤ。感謝!伝道者の書 5:10 金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた、むなしい。 5:11 財産がふえると、寄食者もふえる。持ち主にとって何の益になろう。彼はそれを目で見るだけだ。 5:12 働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。富む者は、満腹しても、安眠をとどめられる。 5:13 私は日の下に、痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富が、その人に害を加えることだ。 5:14 その富は不幸な出来事で失われ、子どもが生まれても、自分の手もとには何もない。 5:15 母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。 5:16 これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろう。 5:17 しかも、人は一生、やみの中で食事をする。多くの苦痛、病気、そして怒り。 5:18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。 5:19 実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。 5:20 こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。
2006/07/30
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パラダイスでの礼拝を終え、120名全員が用意の整った昼食の時間。ホールに座りきれない人たちも庭で食べる。食事はウガリ(ケニアの主食)やライス、チャパティ。おかずには肉じゃがや肉料理(牛肉や鶏肉、羊肉)、魚や野菜もある。さらにコーラやスプライトもある。子どもたちは目をキラキラさせて、食膳の祈りを待つ。 全部エリム宣教会からの300ドルの支援で作られたご馳走でした。3万円ちょっとで120名がお腹いっぱい食べることができるから感謝だ。 食事も終わり、2003年まで子どもたちが暮らしていた旧孤児院を訪ねた。今は小学校として使用されているそうだ。日曜日でもあり管理人がひとりいるだけだった。 パラダイスにサヨウナラして、赤道まで出かける。レンタカーの運転手は赤道がどこにあるかを知らないので、ガイドになって細い山道を30分ほど走ると赤道だ。 赤道から帰る途中、昨年できた超大型スーパーに立ち寄り、パラダイスの子どもたちへサッカーボールやバレーボールを買う。再び夕日に沈む孤児院を訪ね、不思議がる子どもたちにボールを渡すと大喜びで夕闇の中を走り回っていた。 ルカの福音書 6:36 あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。 6:37 さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。 6:38 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」
2006/07/29
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パラダイス孤児院の敷地は、2000年にケニア共和国から100年間提供された広大な土地です。 その敷地の一角に小学校を昨年建設した。と言っても250万円くらいの予算で5クラスの学校です。ケニアは学期スタートが一月。現在は80名が学んでいる。教師は校長先生を入れて5名です。今回は授業中、5名の女性たちが教室で折り紙を教えたり、日本のことを少し説明したり、交歓のときを持ってくれた。次回はもっと準備して、英語もシッカリ学びなおして楽しい授業にしたと張り切っていた。 私はその間、食糧配布でトルカナに行っており、学校の授業には参加できず残念だった。それでも日曜日の礼拝で小学校の先生たちにも会うことができ感謝だった。孤児院も学校もベースを備えたので、これからケニアの人々が力を合わせて立派な学校に育て上げるよう語ることができました。箴言 1:1 イスラエルの王、ダビデの子、ソロモンの箴言。 1:2 これは、知恵と訓戒とを学び、 悟りのことばを理解するためであり、 1:3 正義と公義と公正と、 思慮ある訓戒を体得するためであり、 1:4 わきまえのない者に分別を与え、 若い者に知識と思慮を得させるためである。 1:5 知恵のある者はこれを聞いて理解を深め、 悟りのある者は指導を得る。 1:6 これは箴言と、比喩と、 知恵のある者のことばと、そのなぞとを 理解するためである。 1:7 【主】を恐れることは知識の初めである。 愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。 1:8 わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。 あなたの母の教えを捨ててはならない。 1:9 それらは、あなたの頭の麗しい花輪、 あなたの首飾りである。 1:10 わが子よ。罪人たちがあなたを惑わしても、 彼らに従ってはならない。
2006/07/28
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ジャンボ!ジャンボ!ジャンボ! スワヒリ語の挨拶はジャンボです。ハレルヤ!ジャンボでさらに交わりと友情は深まります。 礼拝の中でも最初の挨拶はジャンボ! ンボアナシフエ!=主をほめよ!賛美せよ! 歓迎の拍手に迎えれれ、集まった120名ほどのケニア人にメッセージを語った。通訳はスタッフのラファエル・オウマ兄。毎回の通訳なので慣れているが、今年はメッセージをちゃんと伝えたかったので、原稿を書いて渡しました。 ケニアにもう17年も来ているが、いつも何かくれ!何かしてくれ!と求めるばかり。ケニア人がみなそうではないが、ここはいつも何かを求めてくる。だからケニアでは名刺は渡さないようにしています。住所もメールアドレスもよっぽどのことがない限り、伝えないようにしています。 ケニアから帰国すると手紙が届きます。あれやこれや欲しい物のリクエストが書いてあることが多くあります。 「受けるよりも与える方が幸いです」〔使徒20:35〕とにエス様の教えを実行するパラダイス孤児院であって欲しいと訴えました。 何年もいき続けているうちに分かったのですが、「ダメもとの国」だということです。ダメもととは、ダメでもともとでともかく言ってみようという意味です。 今回も若く美しい女性がたくさん行きました。ほとんど全員が結婚を申し込まれました。ダメでもともとだけれども、この人と結婚したい!お願いです、ぼくと結婚してください。断られても失望しません。平気で楽しく笑いながら付き合っている。言われた方は嬉しかったり、ショックだったりいろいろだったようです。 そんな国での礼拝説教は、大いに祝福をを受け、その祝福を神の栄光のために、分かち与える人生こそ祝福に満ちた生活であることを、そうなって欲しい願望と祈りをこめて話しました。詩篇63:1 神よ。あなたは私の神。 私はあなたを切に求めます。 水のない、砂漠の衰え果てた地で、 私のたましいは、あなたに渇き、 私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。 63:2 私は、あなたの力と栄光を見るために、 こうして聖所で、あなたを仰ぎ見ています。 63:3 あなたの恵みは、いのちにもまさるゆえ、 私のくちびるは、あなたを賛美します。 63:4 それゆえ私は生きているかぎり、 あなたをほめたたえ、 あなたの御名により、両手を上げて祈ります。 63:5 私のたましいが脂肪と髄に満ち足りるかのように、 私のくちびるは喜びにあふれて賛美します。 63:6 ああ、私は床の上であなたを思い出し、 夜ふけて私はあなたを思います。 63:7 あなたは私の助けでした。 御翼の陰で、私は喜び歌います。 63:8 私のたましいは、あなたにすがり、 あなたの右の手は、私をささえてくださいます。
2006/07/27
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親はなくても子は育つ!というが、やはり子どもは親の愛により、健やかに育つと思います。 聖書の中心的な教えに、「あなたの父と母を敬え」とあります。神を敬い愛し、その信仰で親を愛し敬うのです。尊敬できないと言う子供たちがいます。しかし、親であることを敬うのが第一義ですね。 私は8歳まで母ひとりの手で育ちました。9歳のとき母が死に、父とに引き取られ中学を終えるまでの7年間、いっしょに暮らしました。ほとんど話もせずただ黙って過ごしたような7年間でした。 しかし、母の愛を充分に受けていたので、ひがまずそむかず反抗もせず、種子島の田舎で健やかに成長することができました。16歳のときイエス・キリストを信じて神の子となり、豊かな神の愛に守られクリスチャンとして歩み続けています。 1989年、アフリカのケニアに行き、それから毎年17年間もケニアに行き続けています。そのときキスムで孤児たちに合いました。孤児院とは名ばかりの掘っ立て小屋に、30名くらいが詰め込まれて生活していました。食事の様子を見ると一握の少量さ。おかずはダシジャコほどの小魚。でも子どもたちの目はキラキラ輝き、「イエス様のお名前によっていただきます!アーメン」と感謝して、あっと言う間に食べ終わる。 11年前に自分たちで孤児院を運営し始めました。MFA(ミッション・フォー・アフリカ、代表は下川樹也牧師)の働きです。2003年にはエリム宣教会で、広大な敷地に5棟を建設して、新しい場所に移りました。 毎年、子どもたちに会いに出かけます。昼食会をともにし、日用品(靴やシャツなど)や食料品を買出したり、今年は新しい食堂を建設することにしました。 子ども一人が生きていくために、最低一日1ドル、月に30ドル(3200円)で生きていけるのです。毎月50名をサポートするために2000ドルは是対必要です。スタッフたちもわずかの手当てで働いています。覚えてお祈りください。 孤児院名をパラダイスと名づけました。パラダイスとは楽園と言う意味です。イエス様を信じれば死んだ後、天国(パラダイス)へ行くことができます。同時に、神の国(天国)はあなたがたの只中にあるとイエス様は教えました。愛のあるところ、そこは天国です。孤児であってもスタッフたちの愛に囲まれ、愛に守られている幸いを毎年感じています。さらに大きな愛がこの子たちを幸せにしてくれるよう祈りながらのアフリカ宣教です。ヨハネの福音書 14:13 またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。 14:14 あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。 14:15 もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。 14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。 14:17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。 14:18 わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。 14:19 いましばらくで世はもうわたしを見なくなります。しかし、あなたがたはわたしを見ます。わたしが生きるので、あなたがたも生きるからです。 14:20 その日には、わたしが父におり、あなたがたがわたしにおり、わたしがあなたがたにおることが、あなたがたにわかります。 14:21 わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現します。」
2006/07/26
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17年目のアフリカでした。1989年からケニアの毎年一訪れています。最初の6年間は現地のキリスト教会でセミナーや礼拝説教をしていました。 10年前にパラダイス孤児院が設立されてから、孤児院の中で日曜日は子どもたちといっしょに礼拝するようになりました。 子どもたちも熱心に歌い、聖書の言葉にも耳を傾けてくれ、もう半数以上が高校生になりました。今年は英語でメッセージを語り、スワヒリ語の通訳をしてもらいました。しっかりとメッセージが伝わるよう原稿を書き通訳者の渡したので、間違いなく伝わったと思います。 ヤベツの祈りは何回も紹介しました。そのすばらしさは、神が彼の願ったことをかなえられた!との記述が、その祈りの真実を証明しています。 私を大いに祝福してください。 私の地境(領域)を広げてください。 あなたの御手が私とともにあってください。 わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてください。 スワヒリ語で祝福はバリキと言います。ほんとうの幸いを神様は与えてくださいます。説教が終わると同時に、バリキ!バリキ!の賛美と祈りが湧き起った。 God bless you!と英語では言うが、ほんとうの幸せをすべての方々に体験してもらいたいと心から願っている。申命記 28:1 もし、あなたが、あなたの神、【主】の御声によく聞き従い、私が、きょう、あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、【主】は、地のすべての国々の上にあなたを高くあげられよう。 28:2 あなたがあなたの神、【主】の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたは祝福される。 28:3 あなたは、町にあっても祝福され、野にあっても祝福される。 28:4 あなたの身から生まれる者も、地の産物も、家畜の産むもの、群れのうちの子牛も、群れのうちの雌羊も祝福される。 28:5 あなたのかごも、こね鉢も祝福される。 28:6 あなたは、入るときも祝福され、出て行くときにも祝福される。 28:7 【主】は、あなたに立ち向かって来る敵を、あなたの前で敗走させる。彼らは、一つの道からあなたを攻撃し、あなたの前から七つの道に逃げ去ろう。 28:8 【主】は、あなたのために、あなたの穀物倉とあなたのすべての手のわざを祝福してくださることを定めておられる。あなたの神、【主】があなたに与えようとしておられる地で、あなたを祝福される。 28:9 あなたが、あなたの神、【主】の命令を守り、主の道を歩むなら、【主】はあなたに誓われたとおり、あなたを、ご自身の聖なる民として立ててくださる。 28:10 地上のすべての国々の民は、あなたに【主】の名がつけられているのを見て、あなたを恐れよう。 28:11 【主】が、あなたに与えるとあなたの先祖たちに誓われたその地で、【主】は、あなたの身から生まれる者や家畜の産むものや地の産物を、豊かに恵んでくださる。 28:12 【主】は、その恵みの倉、天を開き、時にかなって雨をあなたの地に与え、あなたのすべての手のわざを祝福される。それであなたは多くの国々に貸すであろうが、借りることはない。 28:13 私が、きょう、あなたに命じるあなたの神、【主】の命令にあなたが聞き従い、守り行うなら、【主】はあなたをかしらとならせ、尾とはならせない。ただ上におらせ、下へは下されない。 28:14 あなたは、私が、きょう、あなたがたに命じるこのすべてのことばを離れて右や左にそれ、ほかの神々に従い、それに仕えてはならない。
2006/07/25
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アフリカのケニア第三の都市キスムの近郊の村マンブレオに孤児院を設立し10年。ずっといる子どもたちも高校卒業生も数名。現在は半数が高校生である。大学に行くことを希望しているが、孤児院は高校までとのケニア国の規則、奨学金も受けることが難しく、スポンサーも見つからず・・・・。日本に来たい子らもたくさんいるがと言う状態。 日曜日は孤児院全体がキリスト教会となります。日本の福祉施設とはずいぶん事情が違い、すごく感謝している。日曜日にはケニア人の牧師が来て礼拝説教を語り、礼拝を導きます。 けれども賛美のリードや奏楽、すべての準備は高校生たちがやってくれるので、大助かりだ。 7月2日もパラダイスに着いたら、賛美の声が響いていた。前の席に案内されともに手を叩きながら賛美の輪に加わり、イエス様を礼拝した。ともかく多分私たちが来たから?だろうか、賛美が喜びに溢れて長く続く。 歌あり、踊りあり、祈りありで・・・やっと説教の時間が来た。昨日も書いたが、ヤベツの祈りを英語で説教。孤児院のスタッフ、ラファエル・オウマがスワヒリ語に通訳してくれる。 私を大いに祝福してください。 私の地境(領域)を広くしてください。 主の御手が私とともにあってください。 わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてください。 そこで神は彼の願ったことをかなえられた。と聖書に記されています。 クリスチャンになった最初のころ、歴代誌を読んでいてヤベツの祈りに接し、その余りにも大胆なあつかましいと思えるような祈りにとまどった。しかし、「神は彼の願ったことをかなえられた」と書いてあったので、祈りは求めればかなえられると知り、長年のクリスチャン生活の祝福の源となった。 私を祝福してください!と祈ったら、必ず祝福されると信じる秘訣を語った。 アーメン。信じます。 ありがとうございます。 私は祝福されました。 ハレルヤ!感謝します。 与えられた祝福を私も分かち与えます。 神の栄光のために。アーメン。 祈りの終わりにアーメンと言います。そのアーメンには上記のような意味が込められているので、祈ったら疑いや恐れが侵入しない前に、「アーメン。信じます。ありがとうございます。ハレルヤ!感謝します。祝福を与えます。神の栄光のために。アーメン」と、子どもたちに何回も復唱させながらのメッセージでした。 スワヒリ語で祝福はバリキと言います。バリキ、バリキ、バーバーバリキという歌があるので、説教の後は繰り返しその賛美が続きました。 バリキ・ケニア。バリキ・ジャパン。バリキ・キスム。バリキ・パラダイス・・・延々と祝福を祈る歌が歌われ続け、その間に120名全員を抱きしめながら、一人ひとりの祝福を祈り続けたので、礼拝が終わったのは2時前?になっていました。伝道者の書5:12 働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。富む者は、満腹しても、安眠をとどめられる。 5:13 私は日の下に、痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富が、その人に害を加えることだ。 5:14 その富は不幸な出来事で失われ、子どもが生まれても、自分の手もとには何もない。 5:15 母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。 5:16 これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろう。 5:17 しかも、人は一生、やみの中で食事をする。多くの苦痛、病気、そして怒り。 5:18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。 5:19 実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。 5:20 こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。
2006/07/24
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今年もケニアに行きました。11年目になる孤児院の子どもたちも大きく成長していました。来年も8月に訪問する予定です。アフリカの子どもたちに愛と夢を届けることができるよう祈りつつです。
2006/07/23
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今月2日の日曜日はケニアのキスムにいた。前日まで熱砂のトルカナにいたのがウソのような、キスムの朝明けだった。 ストリート・チルドレンへの食物提供や、持ってきたシャツやズボンなど数十枚だが配って歩いた。 日本での日曜日は、学院・富雄・大阪・堺と朝9時から動き、堺から帰宅するのが午後8時過ぎになる。去年までは4ケ所で説教だったが今は3ヶ所。来週(30日)は東大阪エリムへ行く。 朝10時半からの礼拝なので、ストリート・チルドレンにパンヤシャツを配り終わり、歩いていたら賛美の声がメインストリートのビルから聞こえてきた。中に入ると百人余の兄弟姉妹が賛美を歌いつつ礼拝している。 昨年まではなかったので、新しい開拓教会だ。パラダイスへ行くので賛美終了とともに退出。ホテルへ帰る。 迎えのレンタカーでマンボレオの孤児院へ向う。もう賛美の声が聞こええくる。子どもたちや村人も集い、百数十名が思い切り賛美している。 賛美をリードしているのは孤児院で育った高校生。奏楽もマイクの調整も・・・。ハーモニカの音が聞こえる。孤児院に宿泊した姉妹たちが、ハーモニカを彼にプレゼントしたのだそうだ。それを上手に吹き鳴らしていた。 賛美が90分くらい続き、メッセージに講壇に立ったのは、もう12時前だ。ヤベツの祈りをポイントを上げながら話す。今回は全部英語で説教した。日本語ができるオウマ氏が、スワヒリ語の通訳した。 神様の大きな愛と恵みが注がれ、子どもたち全員だけでなく、参列者全員のために手を置いて祈ったから、昼の1時半過ぎまで祈り続けた。こんなに礼拝を楽しむ国に祝福を祈り続けています。詩篇84:1 万軍の【主】。あなたのお住まいは なんと、慕わしいことでしょう。84:2 私のたましいは、【主】の大庭を恋い慕って 絶え入るばかりです。 私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。84:3 雀さえも、住みかを見つけました。 つばめも、ひなを入れる巣、 あなたの祭壇を見つけました。 万軍の【主】。私の王、私の神よ。84:4 なんと幸いなことでしょう。 あなたの家に住む人たちは。 彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。 セラ84:5 なんと幸いなことでしょう。 その力が、あなたにあり、 その心の中にシオンへの大路のある人は。84:6 彼らは涙の谷を過ぎるときも、 そこを泉のわく所とします。 初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。84:7 彼らは、力から力へと進み、 シオンにおいて、神の御前に現れます。
2006/07/23
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7月1日(土)夜10時前にトルカナからキスムの戻り、インペリアルホテルにチェックイン。生ぬるいお湯だったがシャワーで髪を洗ったら、バスタブに抹茶のような砂交じりの水が流れてきた。身体中の汗と砂埃を洗い流し、イエス様お休みなさい!そのまま蚊帳のベッドで熟睡。 2日は日曜日。朝の目覚めとともにハレルヤと、ホテルの廊下と階段を巡り屋上まで数回歩き続ける。それほど歩数は伸びないが肌寒さを感じるキスムの朝でした。 ストリート・チルドレンとの出会いをカメラマンが撮影したいというので、毎年黙って続けてきたストリートたちへのパンの提供にいっしょに来てもらった。まだ明けやらないキスムの町角に毛布ならぬ麻袋にくるまって寝ている子どもをそっと起こし、昨夜用意していた食パンと水を渡す。 いつものことだが夢を見ているような寝ぼけ顔で受け取るが、大きなパンだと分かると目がキラキラ輝き、ありがとうと受け取ってくれる。通りがかりの大人がほほえんでくれる・・・。 さらに次の箇所へと巡りながら20数名に配り終わるともう8時前だ。ホテルへ帰り少しだけしかないバイキングの朝食。 なぜストリートがあんなにもたくさんいるのか?と、カメラマンたちに聞かれる。なぜ?多分、親に捨てられたか、親が死んで誰も面倒を見てくれないから・・・。あるいは一夫多妻の国で主人が子どもを身ごもった妻を捨て、そのままにしてしまったか?理由は様々だと思うが、ストリート・チルドレンが多いのが現実だ。 夜は軒の下に寝ることを許可しているキリスト教会もあるし、子どもたちの世話をしている教会もある。しかし、厳しい経済的窮乏の中ですべての子どもを救済することはできていない。 パラダイス孤児院も50名の子どもの養育で精一杯。ケニア共和国やキスム市役所は、いずれの国でも同じだが何もしてくれない。行政が本気になれば、何でもすぐ解決できるはずだと思うが、そうはいかないのが政治の現実なのかもしれない。大阪にも大勢のホームレスが暮らしているが・・・。 朝食を終え、レンタカーの迎えがある10時まで、今度はひとりで町へでる。自分のスーツケースにあるシャツやズボンなどを着ているものを残してほとんど全部だ。 通りで出会ったストリートの少年にポロシャツを差し出す。まだ肌寒い朝なのに着ているシャツは穴が空き、たった一枚だけ。喜びに顔を輝かしながらすぐ袖を通してくれた。少し大きいようだがよく似合う。 すると通りの向こう側から何人かが駆けて来た。奪い合うようにしてYシャツやポロシャツ、ズボンを受け取ってすぐ身にまとったり、ぼろぼろに汚れたシャツの中に抱きしめたり・・・。あっという間になくなり、遅れてきた子らは自分のシャツやズボンを指差しながら、訴えかけてくる。かわいそうだがもうないよと答える以外にない。ホテルの近くまでついて来る子もいるが・・・・。 古着をたくさん持って来れればいいのだが、外国航路の機内持ち込みはエコノミークラスは20キロまで。20キロを越えると法外な料金を要求される。以前に関空で宅急便にして送る返したこともあった。神様。この子らに衣食住を日々お与えください。詩篇 34:1 私はあらゆる時に【主】をほめたたえる。 私の口には、いつも、主への賛美がある。 34:2 私のたましいは【主】を誇る。 貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。 34:3 私とともに【主】をほめよ。 共に、御名をあがめよう。 34:4 私が【主】を求めると、主は答えてくださった。 私をすべての恐怖から救い出してくださった。 34:5 彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。 「彼らの顔をはずかしめないでください。」 34:6 この悩む者が呼ばわったとき、 【主】は聞かれた。 こうして、主はすべての苦しみから彼を救われた。 34:7 【主】の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、 彼らを助け出される。 34:8 【主】のすばらしさを味わい、これを見つめよ。 幸いなことよ。彼に身を避ける者は。 34:9 【主】を恐れよ。その聖徒たちよ。 彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。 34:10 若い獅子も乏しくなって飢える。 しかし、【主】を尋ね求める者は、 良いものに何一つ欠けることはない。 34:11 来なさい。子たちよ。私に聞きなさい。 【主】を恐れることを教えよう。
2006/07/22
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ケニアへ毎年一回、17年間行き続けています。特にトルカナ族のカラコロ村へ、食糧を10年届けました。99年夏に届けて11月に脳内出血になり、アフリカ行きは2000年にも出かけました。トルカナへの食糧配布は中断し、パラダイス孤児院支援を続けてきました。今年、久しぶりにトルカナを訪ね、食糧もトラック一台分ですが、運ぶことができ喜んでもらえました。 意味があるのですか?と詰問されることもあります。しかし、下記の聖書の言葉に従い、励まされながら継続しているアフリカ宣教です。お祈りとご協力をお願いします。伝道者の書 11:1 あなたのパンを水の上に投げよ。 ずっと後の日になって、 あなたはそれを見いだそう。 11:2 あなたの受ける分を七人か八人に分けておけ。 地上でどんなわざわいが起こるか あなたは知らないのだから。 11:3 雲が雨で満ちると、それは地上に降り注ぐ。 木が南風や北風で倒されると、 その木は倒れた場所にそのままにある。 11:4 風を警戒している人は種を蒔かない。 雲を見ている者は刈り入れをしない。 11:5 あなたは妊婦の胎内の骨々のことと同様、風の道がどのようなものかを知らない。そのように、あなたはいっさいを行われる神のみわざを知らない。 11:6 朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか、知らないからだ。二つとも同じようにうまくいくかもわからない。
2006/07/21
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トルカナ湖はヒスイ湖と言われるように美しい湖です。数十年前はリゾートで、ナイロビから飛行機もあり、豊かなリゾートだったようです。 7月1日(土)の朝早くロドワーからカラコロ村に食糧を届け、トルカナ湖で撮影やパンを数十人に分かちました。 後は、キスムに向ってひたすらにデコボコ道を走り続け。ともかく熱い(と書くほうが暑いよりもピンとくるので)、汗がだらだら流れ窓を開けると砂埃がザーと言う感じで舞い込んでくる。 長い道中、ソフトドリンクもほとんどない。やっと見つけた集落でコーラを見つけた。ほとんど冷えていない。けれども車の中のペットボトルはお湯になっているように熱いので、コーラが美味しい。日本ではソフトドリンクは飲まないが、ここではコーラもスプライトも美味しい! マンゴを売っていたので、ナイフで割ってもらいかじりついたが、まだ青いマンゴはまずかった。マンゴはやはり沖縄のアップルマンゴや宮崎マンゴが最高だ。 先日、帰国して買ったスーパーの安いマンゴは美味しかった。一個400円だったが・・・・。 朝も昼も夜も、レストランも食堂もなく、半分断食のようなトルカナ往復だった。同乗のカメラマンも姉妹たちも一言も不足を言うことなく、揚げパンや生ぬるいコーラを感謝してくれた。 アフリカの大地を染めて太陽が沈むころになると、トルカナを離れキタレに近づくにつれ、冷気が車に忍び込んでくる。腕まくりが長袖になり、ジャンパーやセーターをまとい始める・・・。 暗闇の中を走り続け、やっとキスムの夜景が見え始め、午後10時前にインペリアルホテルに帰り着く。遅いチェックインを終え夕食もないまま、明日の朝、ストリートチルドレンに食事を届ける時間をカメラマンと約束して、おやすみなさい。
2006/07/21
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地球の歩き方にも掲載されていないトルカナ湖を検索してみました。その中のいくつかです。 最近上映されたナイロビの蜂. 【 あらすじ ... アフリカのケニアにあるトルカナ湖でイギリス外務省一等書記官ジャスティン(レイフ・ファインズ)の妻テッサ(レイチェル・ワイズ)のしたいが見つかる ・・・。ケニアを舞台とした映画です。 DVDやビデオでご覧ください。 北ケニア、トルカナ湖近く京都大学の発掘現場年間降水量400mm以下最高気温40°Cと言う酷暑の世界、この地で京都大学は1980年から発掘を続けている。1982年にはスグタバレーのサイト22からサンブルピテクスの上顎片1997年にはナチョラBGKサイトから1500万年前のナチョラピテクス・ケリオイの全身骨格を発掘し世界から注目されている。小さい頃からアフリカに行きたいと思っていた。子供の頃見た「ジャングル大帝」のオープニング時のサバンナを沢山の動物達が走っているイメージ、すごく強烈な印象だった。大学の時、現実化に向けバイトに明け暮れた。そして、友人と21日間ケニアへ。「ンゴロンゴロ」・・この「ん」から始まる言葉にあこがれ、是非タンザニアにも行きたかった。しかし当時はケニアとタンザニアは国交がうまく行かず、ケニアだけしか行けなかった。成田からBA(英国航空)セイシェル行き、数時間トランジット後ケニア航空でナイロビへ。・・今はもうそんな航路はない。同乗したサファリラリーの日本チームのメカニックの人にセイシェル入国時に会い、トランジット時のホテルでごちそうになる。ナイロビ入国も一緒のグループとして、VIP待遇で扱ってもらえた。サファリはアンボセリと、ツアボ、マサイマラ。どれも、ほかに日本人のいないヨーロピアンと同乗のツアーに参加。アンボセリとマサイマラはテント泊まりで最高によかった。8年後添乗でアンボセリに行ったとき、見えた動物の数の激減にショックだった。また、ツアボで大量に群がっていた象も今ではあまり見られないそうな・・さらにサンブールとトルカナ湖にもトラックサファリで行った。素晴らしかったので、一人旅の時もトルカナトラックに参加した。夜行列車でモンバサへも行った。ニアリビーチホテルのプライベートビーチの美しさ!砂時計の砂のように粒子の細かい白浜。私が訪れたビーチでこれに勝る美しいところはない。ナイロビのホテルは市内から少しはずれたフェアビューホテル。イギリス人好みの、花咲き乱れる煉瓦づくりのしゃれたホテルだった。あこがれのアフリカ、ケニア旅行は大変素晴らしかった。日程は旅行会社Dの社長さんK氏直々に作ってもらった。入門編にはうってつけのコースだった。今度はタンザニアも!未練が残り、再びアフリカを目指すことに そんなに多くのトルカナ紹介はなかたが、日本人で一番多くトルカナに行っているのは、もしかしたら自分ではないか?とさえ思った。 遊びでも研究でもなく、トルカナ族にいのちの糧とともに、肉体の糧も届けることができ感謝だ。 カラコロ村の食糧配布を終えトルカナ湖へ。テラピアやナイルフイッシュを取る漁船(と言っても丸木舟を少し大きくしたような手漕ぎの船)が数艘岸辺に寄せてある湖岸まで歩いた。 数個のパンを持っていたので近くにいた子どもに一個上げた。途端にどこから来たのか、数十人の子どもが駆け集まって来る・・・大混雑。そんなにパンはない!それでもずっと着いてくる。 湖カメラマンの注文に従い、湖岸を歩いたり、対岸が見えないほど広い湖を眺めるシーンを撮影。ちょっと照れくさい・・・。みんなの目がまぶしいが、ここはトルカナ湖と言い聞かせながら撮影してもらう。どんな顔で映っているかは、後日のイ楽しみ。伝道者の書 5:10 金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた、むなしい。 5:11 財産がふえると、寄食者もふえる。持ち主にとって何の益になろう。彼はそれを目で見るだけだ。 5:12 働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。富む者は、満腹しても、安眠をとどめられる。 5:13 私は日の下に、痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富が、その人に害を加えることだ。 5:14 その富は不幸な出来事で失われ、子どもが生まれても、自分の手もとには何もない。 5:15 母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。 5:16 これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろう。 5:17 しかも、人は一生、やみの中で食事をする。多くの苦痛、病気、そして怒り。 5:18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。 5:19 実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。 5:20 こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。
2006/07/20
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朝からものすごいドシャブリ。散歩に出るが傘があっても大粒の雨が、横なぐりに振込みたちまち背中も肩も濡れてしまう。靴はびしょびしょ、普段は乾いている道が川になって流れている。久しぶりに幼い日に返ったような気持ちで、川のような流れを避けないで歩き続けた。今日から2年10ヶ月目に入る・・・。 ケニアでは何年も降らない地方がある。マサイ族のサバンナ地方も一年間雨季にも降らないという。雨よ降れ!降れ!アフリカの大地にと祈る。 トルカナ地方への旅は、自動車以外には方法がない。ケニアの旅行社で出会った日本人女性社員は、バスで一度だけ行ったことがあると言っていた。もうケニアに来て5年になるという。 カラコロ村に7月1日〔土〕の朝到着し、老盲人の方々に食糧を配り、その後トラック半分になった食糧を極貧の人々が住む集落へと酋長の案内で急ぐ。 そこでは挨拶を酋長が私のメッセージをシッカリと伝え、集まった群集に食糧を配ることができた。 ともかく、カラコロ村に11回食糧を届けることができ、健康も守られ感謝でした。1984年の大旱魃と異常な飢餓事態を、世界中のカメラマンやジャーナリストが訪れ、その悲惨な裸の女性や子どもたちの姿を発信した。 日本でも大きな出版社(名は伏せるが)が、アコロ!(石でも食べたいというような意味?)と言うトルカナの悲惨を伝える写真集を出版した。その写真には70歳近い老婆が写っていたが、説明文には30歳の女性と書いてあった。見るだけでもおぞましいような飢餓の実態。 写真を写すときカメラマンたちは、必ず食糧を運んでくるからと約束したが、ほとんど再び食糧を携えてカラコロ村に帰ってきたカメラマンやジャーナリストいなかったと、カラコロの村の人たちは話してくれた。それ以来、カメラで写されるのを極端に嫌い、今回の食糧配布の写真も酋長の許可での撮影でした。伝道者の書1:4 一つの時代は去り、次の時代が来る。 しかし地はいつまでも変わらない。 1:5 日は上り、日は沈み、 またもとの上る所に帰って行く。 1:6 風は南に吹き、巡って北に吹く。 巡り巡って風は吹く。 しかし、その巡る道に風は帰る。 1:7 川はみな海に流れ込むが、 海は満ちることがない。 川は流れ込む所に、また流れる。 1:8 すべての事はものうい。 人は語ることさえできない。 目は見て飽きることもなく、 耳は聞いて満ち足りることもない。 1:9 昔あったものは、これからもあり、 昔起こったことは、これからも起こる。 日の下には新しいものは一つもない。 1:10 「これを見よ。これは新しい」と言われるものがあっても、それは、私たちよりはるか先の時代に、すでにあったものだ。
2006/07/19
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今朝で2年9ヶ月、毎日ゆとりの一万歩!雨の中を今朝も歩き続けた。 ケニアでは10日間、毎日1万5千歩、アフリカの大地(ホテルの廊下)を歩き続けた。トルカナの半砂漠地帯を砂まみれになりながらも・・・。ともかく自分で決めたことだから。 ロドワーの朝明けも7時前なので、まだ薄暗いロッジからカラコロに向って出発。朝食もないので前夜作ってもらったチャパティを車中で食べながら。 カラコロに近づくとまぶしい輝きが渇いた地を染めはじめた。車を停めてカメラマンが昇る朝日を写し、太陽に向った顔を向けるよう指示。まぶしい!そして、なぜカラコロに食糧を運ぶようになったかをディレクターがインタビュー。 1989年に訪れた経緯や感じたこと。特にカラコロへの最初の支援金は100円からだったことなどを、質問に答えながらのインタビューだった。 カラコロでは、直接集まった群衆に配ったこともあるが、何回かは村の食糧倉庫に、村人の見ている前で運び込んだこともある。 今回は、酋長が出迎えてくれ、先に書いたように年老いた盲人が80パーセントもいる集落に案内してくれた。最年長の老婦がいたのでお年はと聞くと、知らない!忘れた?との答え。ジョークではなく周りの人たちも笑いながら、私たちも知らないのですよ。年寄りだということだけは分かっていますが、何歳でしょう?と言っていた。 側にいた日本の女性も年齢を忘れることは良いこと!ここに自分の年齢を置いて帰ろう! 挨拶と短いメッセージを酋長の通訳で伝え、食糧をトラックから下し、ズラッと並んだお年寄りを中心に手渡した。全員に配る時間もないので、後は集落の長老たちにお願いし、次の食糧を待つ集落へトラックとともに向った。嬌声を上げながら追っかけてくる子どもたちを振り切るようにサヨウナラ!詩篇90:13 帰って来てください。 【主】よ。いつまでこのようなのですか。 あなたのしもべらを、あわれんでください。 90:14 どうか、朝には、あなたの恵みで 私たちを満ち足らせ、 私たちのすべての日に、喜び歌い、 楽しむようにしてください。 90:15 あなたが私たちを悩まされた日々と、 私たちがわざわいに会った年々に応じて、 私たちを楽しませてください。 90:16 あなたのみわざをあなたのしもべらに、 あなたの威光を彼らの子らに見せてください。 90:17 私たちの神、主のご慈愛が 私たちの上にありますように。 そして、私たちの手のわざを 確かなものにしてください。 どうか、私たちの手のわざを 確かなものにしてください。 [ 91 ] 91:1 いと高き方の隠れ場に住む者は、 全能者の陰に宿る。 91:2 私は【主】に申し上げよう。 「わが避け所、わがとりで、 私の信頼するわが神」と。 91:3 主は狩人のわなから、 恐ろしい疫病から、 あなたを救い出されるからである。
2006/07/18
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ケニアのキリスト教人口は80パーセント。どこへ行っても十字架を見ることができる。決して大きな尖塔があるわけでもない。掘っ立て小屋のようなみすぼらしい建物が多い。 トルカナ族の地ロドワーにも多くのキリスト教会がある。8年前にロッジに泊まったとき、夜中祈りの声が聞こえたので訪ねて見ると、きれいな教会堂と幼稚園があった。前年にはなかったので建ったばかりのようだ。牧師に挨拶をするとカラコロ村への案内をしてくれるという。 また、教会での説教を頼まれ、集まってきたクリスチャンたちと礼拝をともにすることができた。なつかしくもありわずかばかりの土産を持って訪ねて見ると、8年前とはうって変わって無人のようだ。案内を請うと牧師夫人?が出てきて、以前の牧師は他へ移り、自分の夫はキタレの教会で、ここにはだれもいないとのこと。大きな敷地に美しい教会堂!もったいない! ところがその教会の前から元気な歌声が聞こえてきた。金曜の夕方だったが、新しくできたキリスト教会でクリスチャンたちが歌っている。思わず中に入ると案内の女性が、牧師は不在だが祈り会をみんな始めているとのこと。カメラマンが礼拝の様子を写してくれた。 カメラマンがキリスト教の宣教師って偉いですねと言う。こんな辺鄙な砂の町にまで来て、イエス様の救いを伝え教会ができている! あの無人のキリスト教会に生駒聖書学院の神学生を派遣したらどうですか?行く人がいるでしょうか?と質問された。 実際に2学期が始まったらチャレンジしてみようと思っている。答えはその時に出るだろうか?しかし、百年も前にこの辺鄙な砂の町にやってきて、福音の種を蒔いたイギリス人宣教師は、偉大だったと思わされたキリスト教会訪問だった。散歩中もさらに多くのキリスト教会を見つけ、中を訪れたが牧師はほとんど不在で、管理人と挨拶するだけが精一杯だった。 ケニア宣教のためには、最小限英語が話せることが必要。スワヒリができ部族語が話せれば、コミュニケーションはさらに良くなると思うが・・・。 さらにそれ以上に必要なのは、ケニア人に対する愛である。主は私たちのためにいのちを捨ててくださり、それによって愛を知りました。私たちもまた兄弟(アフリカ人)のためにいのちを捨てる覚悟で宣教することが重要です。 いのちを捨てる=いのちを削るという意味があります。いのちがけの愛、受けるよりも与える愛。当てにしないで愛するギブアンドギブンの愛。十字架に具現されたアガペの愛。アフリカへの愛。全人類への愛・・・ハレルヤ!トルカナに必要なのは、食糧だけでなくいのちの糧である、イエス・キリストの救いであることを痛感しつつ、砂漠の夕暮れの町を歩き祈った。 今日(17日)午後1時ー5時、神戸ワールド記念ホールで、3日目のベニー・ヒンミラクルラリーが開催されている。6000人ホールが満席になる盛況なイベントです。美しい賛美がホール全体に響き渡り、すばらしい聖書の言葉が名通訳で語られ、イエス・キリストの十字架の救いと、いやしの御業が現実に起こる! 参加した大阪エリムの姉妹は、足が痛くて歩行にも障害をきたしていた。重い足を引きずり引きずり参加した。あなたは癒されていますとの講師の宣言に、アーメンと同意した瞬間痛みが去り、日曜日の礼拝に足取りも軽く出席し、その顔も若々しく喜びに輝いていました。特に身体に弱さや病を持つ方の参加を!キリストによるいやしと奇跡の集まりです。使徒10:38 ナザレのイエス様は、神の聖霊と力とに満たされて、すばらしいことを行ない、また悪霊に取りつかれている人たちをみな治しながら、ほうぼうを巡回されました。 それは、神様がこの方と共におられたからだということも、きっとご存じでしょう。ヘブル人への手紙13:5 イエス様は、こう約束しておられるからです。 「わたしはどんな場合にも、あなたの期待にそむかず、あなたを見捨てない。」 13:6 ですから、私たちは確信をもって、こう答えることができます。 「主は私を助けてくださいます。 だから、何もこわくありません。 ただの人間が、私にどんな手出しができましょう。」 13:7 神様のことばを教えてくれた指導者たちのことを、思い出しなさい。 その生活からにじみ出た、すべての良いものに心をとめなさい。 そして、彼らに見ならって、主を信じなさい。 13:8 イエス・キリストは、昨日も今日も、いつまでも変わることがありません。
2006/07/17
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昨日より明日まで3日間、神戸ワールド記念ホールで、ベニー・ヒン神戸ミラクルラリーが開催されている。 昨日は初日、今日は2日目で日曜日のため午後4時開催。明日は祭日で午後1時始まり。5千ー6千のクリスチャンたちが300人余の聖歌隊とともに、イエス様を賛美するのは天国の喜びだ。 昨日は家内とともに参加。3連休のこともあって阪神高速の午後6時ー7時過ぎは結構混雑していた。今日は電車を利用と考えている。大阪エリムの礼拝が午後3時に終わってからの参加になる。入場整理券が必要だが、当日も参加可能です。ぜひ神戸ワールド記念ホールへお出かけください。イエス・キリストの救いといやしが感動的に語られ、実現しています。新しい方 7月1日(土)の朝は、ケニア・トルカナ族の土地で目覚めた。ロッジはシッカリ鍵が閉まって外へは出られず、まだ暗い狭い庭をガードマンを起こさないように歩き回る。一日中車での移動だから朝歩いていないと1万歩はムリ! ともかく誰に言われたのでもなく、自分で決めたことだから・・・・。 朝6時にカラコロ村に出発するまで1万歩を歩き、心地よいバケツでの行水とともに車中へ。 夜に作ってもらっていたチャパティの朝食を車中で食べながら、やがてトルカナの大地を染めながら昇る朝日に向って進む。カメラマンが朝日に向う顔を写したいと注文。砂漠の中で小休止とともに撮影。寝ぼけ顔だなと思いながらも、朝日に向って立ち尽くす。車が動き始めるとディレクターがなぜトルカナに食糧を届けるようになったかを、臨席からインタビューし、その問いに答えている顔をカメラが追い続ける。 そうしているうちにカラコロ村に到着。酋長に迎えられ食糧を届ける地域に向った。7年ぶりのトルカナだったが、酋長は覚えていてくれた。脳内出血で来れなかったと説明し、イエス様の完全ないやしに彼も驚き喜んでくれた。 食糧を待つ80パーセントが盲人の老人たち!周りを子どもらが駆け回り、やがて賛美歌が歌われ始める。イエス様を喜ぶ賛美が砂漠の村に広がり始める・・・。簡単に酋長の通訳で挨拶をし、持ってきたトウモロコシ(粉はウガリになり主食)や大豆、キャベツやオイル、パンなどを手渡す。その食糧が心の糧にもなるようにと祈りつつ・・・。箴言 30:5 神様はほんとうのことしか言わず、頼って来る者をみな守ってくださいます。 30:6 だから、神様の言うことに余計なつけ足しをして、うそをついたと言われないようにしなさい。 30:7 ああ神様! 最後の二つの願いを聞いてください。 30:8 私が決してうそをつきませんように。 それから、私を特に貧乏にも金持ちにもせず、ただ生きるのにどうしても必要なものだけを与えてください。 30:9 ぜいたくに慣れすぎて神様を忘れたり、貧乏のあまり盗みを働いて神様の顔をつぶしたりしたくないのです。
2006/07/16
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トルカナ地方はケニア政府が観光禁止しているところです。最近版のガイドブックにも紹介されていません。 ムリもないことでしょう。以前はナイロビから飛行便がありましたが、もう30年前のことです。いまレンタカーでナイロビから行くとすれば、20時間近くかかります。汽車だったら終点駅のキタレまで20時間くらい?そこからレンタカーがないので借りれたとしても、トルカナまでのデコボコ道を8時間以上かかります。 トルカナの中心地ロドワーは砂の中の町、ロッジがあり比較的安い(1泊1,500円くらい。7年前は600円でしたが)が冷房はなく、今年止まった部屋は水も出なかった。ホテルのレストランは今年は魚もなく、ひとりがステーキを頼んだら肉はあるが、ビーフシチュウしかできないとのこと。外で遊んでいたニワトリが食卓に出てきた。 肉はものすごく硬い。狂牛病に心配はないだろうが・・・。ソフトドリンク(コーラやスプライト、ファンタ、ミネラル)は一応冷えたものがある。ビン代も入っているのでビンは必ず返す必要がある。トルカナの暑さ(熱いと書いたほうが良いかも)の中では、コーラが一番だ。コーラを日本ではぜんぜん飲まないが、トルカナではやはり欲しい! ひとりの青年が親しく話しかけてくる。物売りだが少年時代にあなたにTシャツをもらったことを覚えている。そういえば腕白盛りの少年たちがたくさん集まってきて、木彫りや網かごやナイフに腕飾り、ともかく何でも売りつけようとやってきた中の一人だ。 カメラを向けるとお金をくれなければ取るなと怒る。物乞いをする子はいない。みんな何かを手にしてそれを買ってくれるよう求める。日本へ持ち帰れるものや、必要な物はほとんどない。 それでも熱心に負け(かわいそうに思い)、買ってしまう。ほんとにわずかの費用だが彼らの取ってはその日の糧となる。 カラコロ村からの帰りに再び立ち寄ると、ひとりの上品な女性がドライバーと話している。手にはかごを持ち布で覆われていた。運転手がそのかごの中から何かを取り出し、お金を払った。何ですか?とたずねると、その女性手作りのクッキーとのこと。 お腹がすいていたし、油でべとべとの揚げパンにも辟易していたので、4名分8個を安い値段だと思いながら買い求める。おいしい!メンバーみんなが喜んで食べてくれた。感謝。箴言より 19:1 貧しくても、誠実に歩む者は、 曲がったことを言う愚かな者にまさる。 19:2 熱心だけで知識のないのはよくない。 急ぎ足の者はつまずく。 19:3 人は自分の愚かさによってその生活を滅ぼす。 しかもその心は【主】に向かって激しく怒る。 19:4 財産は多くの友を増し加え、 寄るべのない者は、その友からも引き離される。 19:5 偽りの証人は罰を免れない。 まやかしを吹聴する者も、のがれられない。 19:6 高貴な人の好意を求める者は多く、 だれでも贈り物をしてくれる人の友となる。 19:7 貧しい者は自分の兄弟たちみなから憎まれる。 彼の友人が彼から遠ざかるのは、なおさらのこと。 彼がことばをもって追い求めても、彼らはいない。 19:8 思慮を得る者は自分自身を愛する者、 英知を保つ者は幸いを見つける。 19:9 偽りの証人は罰を免れない。 まやかしを吹聴する者は滅びる。 19:10 愚かな者にぜいたくな暮らしはふさわしくない。 奴隷が主人を支配するのは、なおさらのこと。 19:11 人に思慮があれば、怒りをおそくする。 その人の光栄は、そむきを赦すことである。
2006/07/15
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私たちは豊かさになれています。様々な問題もあります。しかし、今の日本では食べられない?と言うことは、そう多くはありません。 浪速区、天王寺区、西成区は、大阪市内で最もホームレスの多い地区です。一万人以上がいるのではと思います。大阪エリムはそのような中にあるキリスト教会です。西成区の大阪救麗会館は、もう何十年も連日休むことなく、夕食時にパン(お握りも時々)を提供し、300名(多いときには千人近く)が食を得ています。兄の教会ですが、すごいことだと思います。また甥はそのために一年間ほとんど休みなく、集会とパンの供給のために働いています。 西成地区では、多くのキリスト教会やその他の支援団体が食事を供給しているので、順序良く周れば毎日食べることができます。それでもこんなパンの耳など食べれるか?と怒って、ゴミ箱に捨てる方もあります。それならもらわなければ良いのに???。 トルカナ族の住むカラコロ村を17年前に訪れたとき、その余りにも悲惨さのゆえに、二度と来たくないと思いました。 幼い日の貧乏の惨めさを思い出させるような風景でした。それでも種子島の豊かな自然の中でだったので貧しいとは言え、サツマイモやジャガイモにサトイモ、緑の野菜に欠けることはありませんでした。いつもお腹をすかせてはいても、何か食べることができました。 トルカナの人々は大かんばつ以来、まったくと言って良いほど食糧がありませんでした。 アコロ!石でもかじれというほどに厳しく、1990年代までも自分の子供を売って生活する家族もあったと西日本新聞の記事で読みました。 98年その地に立ったとき、5000人の人々が3日間も食べずにいたとき、イエス様が弟子たちに、「あなた方の手でこの人達に食事を上げなさい」と言われたことばを、砂漠の中で聞きました。とてもムリですと心でちょうど2千年前の弟子たちのように否定しました。しかし、3度目に「分かりました。持ってきます!アーメン」と決心し、毎年届けることにしました。 大きな支援団体や国の援助と違い、奈良市の西郊にある小さな富雄キリスト教会の献金で行う援助です。トラック一台だけで、長い時間をかけてアフリカの奥地に運びました。 ものすごく喜んでもらいました。奪い合うようにして食糧を求める姿に、イエス様の豊かな供給を祈りながらでした。7年前の脳内出血以来トルカナを訪れたいませんでした。久しぶりのトルカナでした。カラコロ村で向かえてくれた酋長は、毎年日本からやってくる私を覚えていました。青年時代に出会ったと懐かしそうに話してくれました。 ささやかな働きでしたが、トルカナの村人の心に愛を届ける幸いを感謝し、また自らの貧しさの経験が役に立ったことを嬉しく思いながら、今日も世界のために『日ごとの糧を与えたまえ」と祈りながらの朝です。マタイの福音書 14:13 この知らせを聞くと、イエスは一人、舟をこぎ出し、人里離れた所へ行こうとなさいました。 ところが、大ぜいの群衆がそれと気づき、町々村々から、岸づたいにイエスのあとを追って行きました。 ◆五つのパンと二匹の魚 14:14 舟から上がられたイエスは、大ぜいの群衆をごらんになり、あわれに思って、病人たちをみな治されました。 14:15 夕方になったので、弟子たちはイエスのところに来て、「先生。もうとっくに夕食の時間も過ぎてますよ。 こんな寂しい所じゃ、食べ物もないし、みんなを解散してはどうでしょう。 村へ行けば、めいめいで食べる物を買えますから」と勧めました。 14:16 しかし、イエスはお答えになりました。 「それにはおよびません。 あなたがたが、みんなに食べる物をあげなさい。」 14:17 弟子たちは驚いて叫びました。 「何ですって! 先生、いま手もとには、小さなパンが五つと、魚が二匹あるだけなんですよ。」 14:18 ところがイエスは、「そのパンと魚とを持って来なさい」と言われました。 14:19 それから、群衆を草の上に座らせると、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて神の祝福を祈り求め、パンをちぎって、弟子たちに配らせました。 14:20 こうして、みんなが食べ、満腹したのです。 あとで、パンくずを拾い集めると、なんと十二のかごに、いっぱいになったではありませんか。 14:21 そこには、女や子供を除いて、男だけでも五千人ぐらいの人がいたというのに。
2006/07/14
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1989年、最初のケニア宣教時、トルカナ湖近くのカロコロ村にパンを何百個と届けました。 「あなたの手で食物を届けなさい!」との聖書のことばに啓発され、10年間カラコロ村にトラックに食糧(ウガリ・トウモロコシや大豆、キャベツや油、食パン)をいっぱい積んで支援し続けました。 7年前、左脳内出血で倒れ、アフリカ宣教は継続できましたが、トルカナへにいけなくなりました。今年は体調も非常に良くなったし、プロのカメラマンたちもどうしてもトルカナへとの希望もあり、思い切って決断し、キスムからの朝早い出発となりました。 ケニアの旅行社にトラック一台分の食糧を購入してもらい、キスムから3時間ほどのキタレから先に出発させました。 キスムからトルカナまではレンタカーで12時間近くかかります。キタレまでの道は最近は比較的スムースです。キタレからポコト族の土地も何とか走れます。 しかし、ポコト族の土地からトルカナ族の地に入った途端、ガタガタ道(舗装はしたけれどもボコボコになって修復していないため)になり、ものすごい暑さと砂埃の中を5時間も揺られながらのドライブです。 トルカナはケニア北部の半砂漠地帯。トルカナ湖はグレート・リフト・バァレー(大地溝帯)の断層の底にできた湖です。長さ296キロ、最大幅58キロの南北に細長い形。湖の南東部は一気に1000メートルもの断崖。草一つない赤っぽい岩肌の間に青く澄んだ湖面。神秘的なまでの美しさに別名、ヒスイの海とも呼ばれていた。 トルカナ湖は大物釣りの名所でもあり、100キロを越すサイコ・バーチやナイル・フイッシュなど、淡水魚の宝庫でもある。ナイル・クロコダイルやカバも生息し、ケニアの残された最後の秘境とも言える。 1984年の大旱魃までは、大魚釣りなどで訪れる金持ちたちもおり、牧羊で潤うトルカナも豊かな土地だった。 トルカナ族の女性はビーズの首飾りをつけ、首が長いほど(ビーズの数が多いほど)美人とされる部族です。 また世界会最小の部族エル・モロ人(200人?)は、昔ながらの原始生活を送っている。 84年以来、トルカナ族の地は最悪になり、地球の歩き方などのガイドブックにも掲載されず、観光客立ち入り禁止区域に指定されている。 89年の訪問時も非常に厳しい状態であり、17年後を経た今年もそんなに変わらない状態でした。 夜の間にホテルのレストランでサンドイッチを作ってもらい、フインガーバナナを露天で買い、車の中で朝食。」ペットボトルの水が唯一の頼み。キタレまでは順調に進み、アフリカの大地を真っ赤の染めて昇る太陽を撮影したりしながらキタレに到着。 ガソリンスタンドで給油の間に売店をのぞいてみると、揚げたパンが美味しそうなので、5人分10個を買いランチタイム。ペットボトルの水がお湯になりそうなくらい熱い。イザヤ書 58:8 このようにすれば、神様はあなたに輝かしい光を投げかけ、病気を治してくださいます。 神様を敬う思いが、あなたを前進させます。恵みがあなたの前方を守る盾となり、神様の栄光があなたをうしろから支えます。 58:9 あなたが呼べば、「わたしは、ここにいる」と、神様はすぐ答えます。 あなたのすべきことは、弱い者いじめをやめ、でっち上げの告発をしたり、悪質なうわさを流したりするのをやめることだけです。 58:10 飢えた者に食べさせ、困っている者を助けなさい。 そうすれば、あなたの光は暗やみの中から輝き渡り、あなたを取り囲む暗やみは真昼のように明るくなります。 58:11 神様はかた時も休むことなくあなたを導き、ありとあらゆるすばらしいもので満足させ、いつも元気はつらつにしてくださいます。 あなたは、よくうるおった庭園のようになり、こんこんと水がわく泉のようになります。
2006/07/13
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28日の夕方ナイロビに到着。 29日(水)朝早くレンタカーでナクル湖を見学。紅茶生産地ケリチョのティーホテルで、世界一?と言うケリチョ・ティーを味わい今日の目的地キスムへと曲がりくねった急坂を80キロ突っ走る。 アフリカの大地を染めながら沈む夕日とともにキスムに到着。 キスムはキクユ族に次ぐケニア最大のルオー族の中心地。世界最大のビクトリア湖畔のケニア第三の都市です。 ナイロビからは汽車で13時間。一度も利用したことはないが・・・。急行バスやプジョー、乗り合いの車など結構多くの便がある。料金は日本円に概算すると、安い便で500円、高くても千円くらい。しかし、詰め込まれてのバスに揺られて8時間は辛いと思う。最初のケニア旅行(1989年)のときは、現地牧師がタクシーでキスムまで案内するとのことですごいと思った。 タクシー乗り場に行き乗車してみると5人乗りに8名詰め込まれ、指定された席は座席と座席の間。しかも両側は巨体の女性に囲まれ・・・酔わないのが不思議なくらいで、フラフラでキスムに着いたことを思い出します。 今回はレンタカーを2台連ねてゆっくりと座れたが、途中のガタガタ道や暑さは(不思議と冷房装置のない車ばかり?)厳しい。 雑踏するキスムの青果市場で停めてもらい、パラダイスへ持ってゆくバナナと食パンを大急ぎで買い求める。カメラマンがせっかくのチャンスだからと市場の中にカメラをセットし、ゆっくりと歩いてくる姿や、バナナと食パンを買った店でもう一度取り直しをさせられる。何しろ撮影されるのは初めてだから、ディレクターに自然!と指示されても、自分でもぎこちなさが分かる。 道の両側にいっぱい広がるマーケットの中を、車や自転車に人並みにもまれるようレンタカー(運転手は方角を知らない)に指示しながら、孤児院のあるマンブレオ村へと向う。 2003年に広い敷地に建てた孤児院の青い屋根が夕日に映えている。子どもたちが駆けてくる。高校生たちはまだ帰っていない。通学生画が17名。男子高校生は自転車通学で1時間以上かかるという。女子高校生はスタッフが朝6時にそれぞれの学校まで車で送り、帰りも迎えに行き、孤児院に帰宅するのは夜9時になるという。月謝は年間4万円。けれどもパラダイスはケニアにある多くの孤児院の中では、最高に属する施設のようだ。多くの孤児院は中学まで世話するのが精一杯らしい。 中学生や小学生たち、スタッフたちの歓迎に答えながら、ドバイ空港で買ったお土産のお菓子や、キスム市場で買ったフインガーバナナを分けながら、全員と握手し合う。今回は昨年もいっしょに来た神学生が二人いるので、子どもたちの歓迎もひとしお嬉しそうだ。 今年始めての6名をスタッフと子どもたちに紹介し、夜のやみが迫るパラダイスに明日の再会を約しつつ、もう一度キスム市内中心のインペリアルホテルに向った。長い長いアフリカ第2日目。おやすみなさい。詩篇30:1 私は神様をほめたたえます。 神様は私を敵の手から助け出し、敵が勝ち誇るのをお許しにならなかったからです。 30:2 ああ神様。 神様は私の願いを聞き入れて、元の健康な体に戻してくださいました。 30:3 墓の入口から、連れ戻してくださいました。 おかげで、こうして生きることができます。 30:4 神様を信じる人よ、神様を賛美し、そのきよい御名に感謝しなさい。 30:5 主の怒りはつかの間に過ぎますが、その恵みは生きる限り続きます。 たとい、夜通し泣き明かすことがあろうと、朝には喜びが訪れます。 30:6 -7順境の日に、私はこう言いました。 「いつまでも今のままだ。 だれも私のじゃまはできない。 神様が恵んでくださって、私をびくともしない山のようにしてくださった。」 ところが、神様は顔をそむけて、祝福の川をからしたのです。 たちまち私は意気消沈し、恐怖におじまどいました。 30:8 ああ神様。 私は大声でお願いしました。 30:9 「神様、私を殺したって、一文の得にもなりません。 生きていてこそ、友人の前で神様をたたえることができるのです。 墓に埋められたら、どうして神様の真実を世間に知らせることができましょう。 30:10 ああ神様、どうか私をあわれみ、助けてください。」 30:11 すると、神様は嘆きを喜びに変え、喪服を脱がせて、きらびやかな晴れ着をきせてくださいました。 30:12 墓に埋められないで、神様に喜ばしい賛美の歌声をあげるためです。 ああ神様。 私はいつまでもこの感謝の気持ちを忘れません。
2006/07/11
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ブーゲンビリア
2006/07/11
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ナクルのものすごい選挙パレードをやっとくぐり抜け、日下がりの暑い太陽の下をキスムへ走り続けた。 途中、ケリチョのティーホテルで小休止した。ケリチョからキスムまで80キロ。なだらかな山々に、緑のじゅうたんを敷き詰められたような、美しい茶畑がどこまでも続くかのように広がっている。 標高2000メートルの清涼な空気がお茶のために、最高の環境です。1906年、ちょうど100年前にここに初めて茶畑が作られ、イギリスに輸出され、ブルックボンド・ティーとして世界中で愛飲されるようになりました。 トイレ休憩で有名なティーホテルで一休み。早くキスムに行きたいという雰囲気。しかし、世界一の生産地で紅茶を飲まなければ・・・と9名分を早速注文してしまった。ゆっくり味会うというより、あわてて最高の香りと味の紅茶を流し込むようにして、また振り出した雨の中をキスムへ向った。 車酔いがなくなって長年になるが、久しぶりに気分が悪くなり、近くにあったお菓子のビニール袋を口に当てた。子どものときからブランコにも載ったことがなく、バスはもちろん船も電車でさえ乗ると酔う(アルコールは飲まないので経験なし)弱い体質だった。 自動車を運転するようになってからも酔うほどだったから・・・。けれども24歳のとき初めて飛行機に乗り、少しも酔わなかったので一番好きな乗り物は飛行機です。最高!落ちたらどうすのですか?と聞かれるが、天国に最も近いからと笑って答えている。 今回はキスムから車で12時間かけて、トルカナのカラコロ村に食糧を運ぶ。一瞬不安がよぎるが、大丈夫!大丈夫!と告白し「、アーメン。信じます。ありがとうございます。大丈夫です。ハレルヤ。感謝します。神の栄光のために!アーメン」と祈る。 気分も良くなり80キロの曲がりくねったくだり道を夕日に染まるキスムに向った。詩篇121:1 私は、山に住むという神々に、助けを仰ぐべきなのでしょうか。 121:2 いいえ、真の助けは、山々を造られた神様から来るのです。 この神様は、天もお造りになりました。 121:3 -4このお方は、私が決してつまずいたり、足をすべらせたり、倒れたりしないように守ってくださいます。 また、眠り込んだりもなさいません。 いつも大きく目を見開いて、見守ってくださいます。 121:5 神様は自ら、あなたのために配慮してくださるのです。 危険からも守ってくださいます。 121:6 昼も夜も注意深く、 121:7 あらゆる害悪を寄せつけず、いのちを守ってくださいます。 121:8 あなたの全生活を、神様は目に留め、援護してくださいます。
2006/07/11
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ナクル湖でケニアの幼稚園の子どもたちと
2006/07/10
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今朝は散歩へ出るのを止め、ワールドカップを見てしまった。120分の1:1PK戦でイタリア優勝!ワールドカップの熱狂とともにスタートの新しい一日です。ローマ8:37 しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。(口語訳) しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。(新改訳) しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。(新共同訳) しかし、こうした中にあっても、私たちは、いのちを投げ出してまで愛してくださったキリスト様によって、圧倒的な勝利を得るのです。(リビングバイブル) No, in all these things we have complete victory through him who loved us!(NTV) ワールドカップでの優勝はすばらしい!人生の勝利者になることはもっとすばらしい! 聖書のみことばとともに新しい日へのスタート。今日も勝利に輝いて生きていこう。 ケニアレポートの続きです。 28日にナイロビ・ジョモ空港に着き、翌日はナクル湖サファリに向いました。ナクル湖は大地溝帯の中にある湖で、かつては繁殖期に200万羽のフラミンゴが湖岸をピンク一色で染めることで有名でした。最近は公害などで20-30万羽と少なくなり、今回も対岸にはほとんどピンクのいろもありませんでした。 バッファローやサイがのんびりとくつろぐ中を湖の中まで車を乗り入れ、遠足中?の幼稚園児の可愛い笑顔に歓迎され、持っていたキャンディを先生に渡すと大喜びで子どもたちの配り、楽しい交歓のときだった。 フラミンゴもそんなにたくさんいないので湖岸一周せず出口へ。市内のレストランで昼食。 ビーフシチュウやカレーにチャパティやウガリをそれぞれ好みに応じて注文。ライスやポテトの量の多さに驚いたり、楽しいランとタイム。 食後キスムに向けて出発したが、通りは選挙のパレードでものすごい車や自転車で埋め尽くされ、ナクルを通過するのにずいぶん時間がかかった。ナクルはマサイ語で「ほこりの立つ地」と言う意味。ケニア第4の年だが、政治的には不安定な場所で、92年には大きな暴動が起こり、ナクルを通過できず、ケニア山を回ってキスムまで13時間かかってと到着した思いでもある。今年は選挙運動のパレードだけで、少しのラッシュでキスムに向うことができた。 ケニアの写真を紹介すると書きながらまだです。ゴメンナサイ!
2006/07/10
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アフリカの写真を紹介するほうが良いのですが・・・。明日から写真を紹介できると思います。 28日(水)ナイロビに着き、空港でカメラの前を歩かされ、ぎこちなさに同行のものに笑われながらの第一歩でした。 29日(水)は朝早く起きて、ヒルトンホテルを歩き回り1万歩ゲット。6時半からのホテルバイキングの豊かな朝食を大急ぎでいただき、部屋に帰り歯を磨きスーツケースを忘れないようにチェックアウト。 ポレポレの国のレンタカーは毎年待たされるが、今年はもうホテル前に待っていてくれ、2台に分乗してナイロビの朝を出発。信号のない自動車優先の国。横断歩道を横切る人々。ちょとでも止まるとすぐやってくる新聞売りや物売りの声々・・・。 ブーゲンビリアの花咲く大通りをナクルに下る丘には霧が立ち込め一寸先も見えないようなところもある。 いつもはグレートバレー(大地溝帯)を見下ろす丘から何も見えない。ドライバーが帰りにしっかり見てもらうからと言いながらゆっくり下って行く。 突然の雨が窓を激しく叩きつける。マサイでは1年間雨がほとんどなく家畜が死んでいると聞いたが乾期に雨。マサイやツルカナに降れば良いのにと話していると、ウインドウに当る雨が何と雹に変わり、パチパチとぶち当たるように飛んで来る。アフリカのサファリで動物のヒョウを見ることさえまれなのに、激しい雹に出会うとは・・・17年で始めての経験だ。 やがて走り続けてナクル湖サファリのゲート前で小休止。みやげ物店の奥にトイレがあり、いやでもみやげ物を見なければならない。早速に店員がやってきて、日本語で安いよ、安いよと売り込む。ほとんどが木彫りだが、美しいアフリカの景色や人物、動物を描いた絵もある。 アフリカが初めてのメンバーにはすべてが物珍しい。最初に店員が言う値段は高い。多分実際はその十分の一くらいが正当な値段だと思う。17年も来ているとその手の内が取るように分かルが、彼らにとってはそれが生活の手段だ。日本で買えばそれでも安いので、できるだけ黙ってみんなの買い物を眺めているが、余りにも吹っかけているようだと声をかける。それでも欲しい物を手に入れたら満足そうだから、できるだけ何も言わないようにしている。 そのようなアフリカのスタートで、ナクル湖のフラミンゴをまず見ることにした。 箴言 20:10 神様はごまかしや嘘が大きらいです。 20:11 小さな子供でも、行ないが正しいかどうかを見れば性格がわかります。 20:12 目が見え、耳が聞こえるだけでも、神様に感謝しなさい。 20:13 眠ってばかりいると貧乏神に取りつかれます。 目を覚まし力いっぱい働けば、食べるに事欠きません。 20:14 人は、値切る時には「こんな物どこがいいんだい」とけちをつけても、買ってしまうと「すごい掘り出し物だぜ」と自慢します。 20:15 金や宝石を持っているより、物事をよくわきまえているほうが、ずっとすばらしいことです。
2006/07/09
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1989年にはじめてケニアを訪れ、それ以来、毎年6月ー7月にかけて10日間前後宣教に行くようになりました。 ケニア共和国は3,200万(2004年推計)、首都はナイロビ(220万)公用語はスワヒリ語と英語、大統領はムワイ・キバキ。宗教はキリスト教が最も多く80パーセント。ガンバ族はそのほとんどがキリスト教で一夫多妻の習慣もなくなり平穏に暮らしているという。 5年まえからエミレーツ航空が関空乗り入れになり、今までよりケニアが近くなったように思います。今まではエアインディアでヌンバイ経由でナイロビ。アメリカ周りで出かけたときはロスアンゼルスとロンドンを経由しました。南アフリカ経由もありますがまだ利用したことはありません。 できるだけ安い費用でと考えエコノミークラスですが、一度だけ航空会社のダブルブッキングでビジネスクラスへ案内された楽しい経験もあります。 今回の往復航空券は諸費用も入れて15万円。郵送で自分で取るのでビザ代が6,000円。 今回は3人で行く予定で現地費用を5万円と設定した。思いがけず9名参加となりレンタカーも2台必要。実際はひとりの現地費用が10万円(ホテルと食事代)近くかかってしまいました。 サファリ観光やツルカナ行きもあり、アドナイエレ(主は備えたもう)で乗り切ることができました。出発前にもらった他団体の孤児院見学ツアーは38万円とあり、こちらの費用の高さに驚いたが、実際現地を歩き回るとチップや飲み物(アルコールなし)だけでも結構お金がかかってしまいます。日本のようにチップのない国で生活していると、チップ(大体10-15パーセント・アメリカは15パーセント)に戸惑うことも多い。 サファリではガイドがライオンを見つけたらチップを弾む客が多いそうです。 27日(火)午後11時15分に出発 28日(水)朝5時にドバイ着(時差5時間) 同日朝10時5分ドバイ発 ナイロビジョモ国際空港へ午後2時15分着(時差6時間) 税関や荷物が出てくるのが遅く、空港の外に出たのはもう午後4時頃でした。迎えのレンタカー2台に分譲しナイロビ市内へ。 最初の夜は、少し高いけれども安全とユックリできるので、ヒルトンホテルに宿泊。夕食はカーニボアが満席で予約が取れず、サファリ・パークレストランへ。ここは牛や豚はもちろんキリン、シマウマ、インパラ、ワニやダチョウなど、野生動物の肉が食べ放題の焼肉がいっぱい。 ステージではバンド演奏が奏でられ、焼肉の匂いも気にならないほどの熱気が溢れている。 夜は疲れ果てて熱いお湯に身体を沈め、翌日の早朝出発のためそうそうにベッドイン。 アフリカへの旅で1万歩歩くのは至難の業です。特にナイロビではナイフを持った強盗に襲われた経験があるので、夜や早朝の散歩は厳禁です。 ヒルトンホテルは18階建ての丸ビル。上階までエレベーターで行き堂々巡りをしながら階段を一回づつ降りてゆく。なかなか歩数が伸びずP階(多分日本では3階くらい)までくると、ガードマンにどの部屋へ行くのかとストップされた。 散歩していると言うとこの階は廊下が長いから散歩にはちょうど良いと歩く方向を教えてくれました。2,3階その階を歩き回り、ガードマンとおしゃべりしながら今度は上階へ、そしてやっと一万歩。 今回の旅でもドバイ空港やホテルを歩き回り、ツルカナの砂漠は2日間、サファリの庭を2日間、キスムではストリートチルドレンを捜して町を歩いたりした。万歩計を見たら何と1万5千歩を越えた日が7日間もあって驚いています。 ケニアに行く前より帰ってきた日が体重が800グラム減になっていました。感謝!箴言(リビングバイブル) 3:1 -2私の教えを忘れてはいけません。 充実した人生を送りたければ、私の命令を忠実に守りなさい。 3:3 いつも正しい生活をし、人には親切にするのです。 この二つが心から行なえるように、しっかり身につけなさい。 3:4 -5神にも人にも喜ばれ、物事を正しく判断できるようになりたければ、徹底的に神様に頼ることです。 絶対に自分を頼ってはいけません。 3:6 何をするにも、神様を第一にしなさい。 神様がどうすればよいか教えてくださり、それを成功させてくださいます。 3:7 -8思い上がって、自分の知恵をあてにしたりしてはいけません。むしろ、神様をたいせつにし信頼することで、悪の道から離れなさい。 心も体もみずみずしく元気いっぱいになります。 3:9 -10収入があったら、まずその一部をささげて、神様をあがめなさい。 そうすれば、倉には食べ物があふれ、酒蔵は極上の酒でいっぱいになります。 3:11 -12神様に懲らしめられても、腹を立ててはいけません。 あなたを愛していればこそ、そうなさるのです。 父親がかわいい子供の将来を思って罰するのと同じです。 3:13 -15良いことと悪いことの区別がつき、物事を正しく判断できる人は、大金持ちよりもしあわせです。 高価な宝石であれ何であれ、このような知恵に比べたら問題にもなりません。 3:16 -17知恵が与えるものは、充実した人生、財産、名誉、楽しみ、平安です。
2006/07/08
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6月27日(火)午後11時15分に関西空港より、エミレーツ航空(EK317)便でドバイ経由、ナイロビ・ジョモ国際空港に出航しました。 今回のケニア宣教は当初3名で計画していた。参加費用が20万円と安く設定したこともあって、参加者が9名に増え感謝でした。 特に、「天の虫けら」を読んでプロデューサーとカメラマンが同行し、ケニア・アフリカ宣教の実際の姿をまっすぐに写すことになった。 10日間、カメラに身をさらしたのは生まれてはじめての経験で少々緊張もあった。歩き方や顔が緊張したりで、どのようぬ写ったかが少々気になる。 ビデオ(CD)の完成は超多忙な仕事を持っているので、もうしばらくかかると思うが、アフリカの姿がプロのカメラマンの目に映ったか興味深深で完成を待とうと思います。 特に、お二人はまだクリスチャンではなく、キリスト教徒以外のプロの目に、信仰の働きがどのように捉えられているかも興味があります。 今夏にもお二人といっしょに種子島へも行くことになっています。もう生家も山になり自分でもこの当りだったかな?と思うほど様変わりしている。 小学校も中学校も校舎は残っているか、小学校は休校(生徒がいない)中学校は昨年閉校になってしまいました。 母教会(西之表キリストの教会)も牧師は72歳で中国宣教に出かけ、後任の牧師が責任を持っています。 島のひとつの高校は閉校になったが、種子島高校は今でも島の最高教育機関です。下宿した家もまだ残っているし、鉄砲伝来の門倉崎やロケット基地なども紹介できるので、久しぶりの種子島行きも楽しみです。 明日からケニア宣教をブログで紹介(できれば写真も)と思っている。10日間のたびを無事終え元気で帰国できたので感謝です。詩篇 [ 150 ] 150:1 ハレルヤ。 神の聖所で、 神をほめたたえよ。 御 力の大空で、 神をほめたたえよ。 150:2 その大能のみわざのゆえに、 神をほめたたえよ。 そのすぐれた偉大さのゆえに、 神をほめたたえよ。 150:3 角笛を吹き鳴らして、 神をほめたたえよ。 十弦の琴と立琴をかなでて、 神をほめたたえよ。 150:4 タンバリンと踊りをもって、 神をほめたたえよ。 緒琴と笛とで、 神をほめたたえよ。 150:5 音の高いシンバルで、 神をほめたたえよ。 鳴り響くシンバルで、 神をほめたたえよ。 150:6 息のあるものはみな、 主をほめたたえよ。 ハレルヤ。
2006/07/07
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聖書に、「たとい、夜通し泣き明かすことがあろうと、朝には喜びが訪れます」(詩篇30:5)子どもたちは前の日に、どんなに涙を流すことがあっても、つらいことがあっても、たとえ泣き寝入りであっても、朝には喜びとともに目覚めます。人生は確かに、多くの苦しみがあります。苦痛があり、困難があります。子供のようにはいかないでしょう。しかし、イエス・キリストを信じるとき、あなたの心が新しく生まれ変わるとき、夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びを持って起き上がることができるのです。人生が変えられるとき、新しい日が始まるのです。夜は夜もすがら、泣き悲しむとも、朝とともに喜びが訪れる、希望の人生を歩むことができます。
2006/07/06
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聖書の素晴らしさは、原因を指摘するだけではなくて、それを取り除く方法を示していることです。イエス・キリストが2000年前、私たちの神への罪、自分への罪、他人への罪を全部身代わりに引き受けて、十字架の上で死んでくださったのです。だから、どんな罪を持っていても、汚れがあっても、イエス・キリストを信じるとき、赦されて、きよめられ、新しい人間になることができるのです。今日、あなたも十字架の血潮のもとに立ち、すべての罪をゆるされて、喜びの日々をともに歩もうではありませんか。素晴らしい幸せの日々をお祈りします。2コリント5:17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。
2006/07/05
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第一に、犯罪をあげることができます。法律や人間の道徳に反することを行うのは罪です。罪は不法です。しかし、法もまた、絶対的な基準でないことも事実です。時代とともに、道徳観は移っていきます。従って、法もまた、それに従うわけです。 第二に、道徳的な罪をあげることができます。嘘をついたり、ねたみや憎しみの心を持ったりすることです。どんなに人を憎み、殺したいと思っても、法律ではそれをどうすることもできません。法は表された罪、罪の結果を裁くだけです。しかし、聖書は人の心の中、その動機を神が裁くと教えています。汚れた思いや、憎しみ、ねたみ、嘘偽り、人は多くの罪を持っています。しかし、道徳的な基準もまた、時代とともに移り変わりますと、人間の心、良心は同じことを繰り返すことによってマヒしていくので、これもまた、絶対的な基準とはいえないのです。 第三に、人間はなぜ罪を持つのかということを考えなくてはなりません。あの汚れの内、つぶらな瞳の赤ん坊が幼稚園に行き、小学、中学と進んでいくうちに、嘘を平気で言い、上手に自分を弁護し、現在社会に見るような現象を作り出していく。なぜ人は罪を犯し、心に汚れた思いを持つのか、不思議ですね。実はそれが罪の三番目の意味なのです。人間が神と断絶しているから罪があるのです。神と結びついていないから、人は罪の思いに支配され、罪を犯します。神に支配され、神の思いに満たされるべき人間が、罪に支配され、罪に満たされてしまったのは、神と断絶しているからなのです。これが罪なのです。自分中心でわがままな自我が、罪の根となっているのです。神を認めない心、信じない自分中心の考えこそ、罪なのです。 ローマ6:23 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
2006/07/04
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多くの人が幸せを求めています。そして、人々は幸せでないのは、お金がないからだ、健康がないからだ、学歴がないからだ、恋人がいないからだ、友人がいないからだ、良い仕事についていないからだと言います。先日出会った方は、何一つ不足はないのですが、「幸せではありません」と言いました。多くの人が、今もっているよりも多くのものを求め、それがないから自分は幸せでないと思っているようです。あなたは今日、いかがですか。 聖書は人が幸せでないのは、実は罪を持っているからだと教えています。 ローマ6:23 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。 不幸の原因である罪が取り除かれるとき、幸せは川のように流れ込んでくるのです。罪とは何でしょうか。私は教会に行き始めて間がない頃、「あなたは罪人ですよ」と言われて、実に嫌な気持ちになったのを覚えています。罪、罪人、犯罪人、いやなことばですね。しかし、それが人間の現実なのです。どんなに目をふさいでも、罪は厳然として存在しています。
2006/07/03
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人の心の中にたまったストレス、重荷、罪、病気、あらゆるわずらいを背負って、十字架に死なれたイエス・キリストを聖書は紹介しています。だから、あなたがどんな重荷を背負っていても、イエス・キリストのもとに行くなら、イエス・キリストがあなたの重荷を代わりに背負ってくださったことを知るのです。それが分かったとき、そのことを信じたとき、あなたはすべての重荷から解放されます。教会にはそのような心の重荷や生活の重荷、人間関係の重荷から解放された人々がいっぱいいます。「重荷もなく、悩みもなき旅路ぞ、楽しき!」と賛美歌を歌います。そして、私たちも今度は他の人の重荷を背負い、イエス・キリストのもとにお導きする伝道の働きができるようになるのです。日々、私たちの重荷を背負ってくださるイエス様は素晴らしいですね。三日目に死を打ち破り、よみがえり、今も生きておられるイエス・キリストのいのちを体験するとき、すべての重荷から解放される喜びの日々を生きることができます。ハレルヤ!心より幸せをお祈りします。マタイ11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
2006/07/02
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マタイ11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。イエス・キリストのもとに行くとき、すべての疲れを、重荷をおろすことができます。子どもが小さいとき、買い物に行ったことがあります。子どもは自分が荷物を持ちたいので、「よいしょ」と少々重くても持ちます。けれどもしばらくすると、「お父さん持って」と言います。私が持つと、楽々と持つことができます。あなたもあなたの人生の重荷を、イエス・キリストの手にゆだねてみませんか。そうするとき、今まで味わったことのない解放感と自由を、きっと体験なさるでしょう。イエス・キリストによって与えられる平安は、何ものにもまさる宝です。なぜ、イエス・キリストは疲れや重荷を取り除いてくださるのでしょうか。それはイエス・キリストご自身が私たちの重荷を、十字架に背負い死んでくださったからです。マタイ8:17「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。」
2006/07/01
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