全60件 (60件中 1-50件目)
イザヤ書49:1-3 島々よ。私に聞け。遠い国々の民よ。耳を傾けよ。主は、生まれる前から私を召し、母の胎内にいる時から私の名を呼ばれた。主は私の口を鋭い剣のようにし、御手の陰に私を隠し、私をとぎすました矢として、矢筒の中に私を隠した。そして、私に仰せられた。「あなたはわたしのしもべ、わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現わす。」今朝の目覚めとともに、聖書の使徒の働きのことばが響いた。「たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた」1999年11月の東京での左脳内出血の癒された時は、真夜中でも危篤には車で駆けつけ、アーメンと信じ病床洗礼、召天式など動きました。出産の時は家族よりも早く行くこともありました。2012年の堺市での右脳内出血。その一か月後の小脳内梗塞以来、免許証も返却し運転を止めました。今は、もっぱら大阪行きは電車です。生駒駅まで3500歩をありたり、急ぐときはタクシー950円。1月の出産知らせの時は、富雄産婦人科までタクシーで祝いに。今までタクシー利用のない生活でしたが、イエス・キリストの福音を聞いてもらえる良いチャンスが与えられ、いつも名刺代わりにマンガを渡します。今日、愛・ありがとう=余命一年の幸せの冊子を2000部再版することを決め、出版社に依頼しました。伝道者の書9:11 私は再び、日の下を見たが、競走は足の早い人のものではなく、戦いは勇士のものではなく、またパンは知恵ある人のものではなく、また富は悟りのある人のものではなく、愛顧は知識のある人のものではないことがわかった。すべての人が時と機会に出会うからだ。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/31
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き8:35 ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。サマリヤの町で大リバイバルが起こり、ピリポがイエス・キリストを宣べ伝え、行っていたしるし=汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、大ぜいの中風の者や足のきかない者は直ったから=を見、神の国とイエス・キリストの御名について宣べるのを信じた彼らは、男も女もバプテスマを受け、それでその町に大きな喜びが起こりました。その働きのさ中に、聖霊がガザ=荒れ果てた荒野へ行くよう導かれました。神のなさることはみなその時にかなって美しいが、人間的には考えられない現実もあります。だれもいないと思ったガザへ下る道を、エチオピア女王カンダケの高官で、女王の財産全部を管理しているエチオピア人宦官が、馬車でエチオピアへ帰る途中でした。しかも、馬車の中でイザヤ書の巻物を声を出して読んでいたのです。ピリポは、読んでいることが分かりますかと言うと、宦官は、導く人がなければ、どうして分かりましょう。ピリポを馬車へ乗せました。彼が読んでいた聖書の個所には、こう書いてあった。「ほふり場に連れて行かれる羊のように、また、黙々として毛を刈る者の前に立つ小羊のように、彼は口を開かなかった。彼は、卑しめられ、そのさばきも取り上げられた。彼の時代のことを、だれが話すことができようか。彼のいのちは地上から取り去られたのである。」宦官はピリポに向かって言った。「預言者はだれについて、こう言っているのですか。どうか教えてください。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか。」ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。聖書はイエス・キリストについて書かれた神のことばです。ヨハネの福音書5:39―40 あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。結果、道を進んで行くうちに、水のある所に来たので、宦官は言った。「ご覧なさい。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何かさしつかえがあるでしょうか。」そこでピリポは言った。もしあなたが心底から信じるならば、よいのです。すると彼は答えて言った。私は、イエス・キリストが神の御子であると信じます。(8:36-37そして馬車を止めさせ、ピリポも宦官も水の中へ降りて行き、ピリポは宦官にバプテスマを授けた。水から上がって来たとき、主の霊がピリポを連れ去られたので、宦官はそれから後彼を見なかったが、喜びながら帰って行った。初代教会時代、エチオピアはキリスト強国となり、福音宣教に偉大な貢献を果たします。聖地旅行でそのバプテスマの水のある所を感動と共に訪れました。人生には思いがけないようなことが起こります。迫害だけでなく、成功の絶頂の時でも、原因が分からないようなこと起こります。個人的には、左右脳内出血、小脳内梗塞、1年8ヶ月前には、49年間苦楽を共にした妻が召されました。しかし、何事が起ころうと福音が前進する幸いです。昨日も家庭集会で初めて出会た夫人が素直にアーメンと信じてくれました。家族の幸せを祈り、再会を約しています。ピリピ人への手紙1:12 さて、兄弟たち。私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/31
コメント(0)
イザヤ書48:17-18 あなたを贖う主は、こう仰せられる。「わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。 愛の最高の関係は命令です。しかし、人は命令されるのを嫌い嫌がる。幼子でもこうしなさいと言うと、イヤと言う。ハイという美しいことばがあるのに、素直に返事しない。お母さんはハイでしょう。ハイって言いなさいと怒る。ところが自分も夫に呼ばれても、ハイと歯切れよく返事しない。もしかしたらお父さんも、会社で名前を呼ばれ仕事を命じられても、気持ちよくハイと返事していないのかも知れない。 日本語の美しいハイという返事がさわやかな朝。それ以上に、ハイ!喜んでの気持ちで返事できるようになったら最高。笑顔と幸せがあふれます。 神は愛です。神のことばにハイ=アーメンで奇跡が起こります。益になり、まっすぐな祝福の道を歩むことができます。今日も一人の主婦がアーメン信じます。幸せな家庭集会の午後でした。ありがとうございます。 平安は川のように流れ、正しさは大波のように打ち寄せてきます。今あるがままで感謝し、たとえ死がやって来ても安らかに迎えます。 命令は重荷とはならず、神を愛しながら、自分も愛することができ、人をも自分を愛するように愛します。人を許すこともできます。そうなった時、どんなことが起ころうとも失望落胆せず、また、万事が益であるともわかり、感謝があふれます。神のあたたかい愛を全身で感じながら、神のみことば=聖書の命令にアーメンと従う幸いです。ありがとうございます。今日もまた豊かな愛の一日です。感謝します。
2016/01/30
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き8:12 しかし、ピリポが神の国とイエス・キリストの御名について宣べるのを信じた彼らは、男も女もバプテスマを受けた。イエス・キリストの最後の命令は、「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます」イエス・キリストが十字架上に死に、三日目の朝復活されたのに、彼らは、イエスが生きておられ、お姿をよく見た、と聞いても、それを信じようとはしなかった。その後、彼らのうちのふたりがいなかのほうへ歩いていたおりに、イエスは別の姿でご自分を現わされた。そこでこのふたりも、残りの人たちのところへ行ってこれを知らせたが、彼らはふたりの話も信じなかった。しかしそれから後になって、イエスは、その十一人が食卓に着いているところに現われて、彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。それは、彼らが、よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを信じなかったからである。イエス・キリストの最後の命令は、「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます」でした。そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。それは、ピリポにも同じことが起こり、今もなお全世界で、アーメンと信じてバプテスマを受ける人々が続出しているのです。今日の午後は、2回目の東大阪市での家庭集会です。2月14日(日)は、ナオス銀座キリスト教会=銀座7-9-10 銀七ビル6Fで、午前11時礼拝説教です。お祈りお願いします。ありがとうございます。今日もまた天国の一に日です。感謝します。
2016/01/30
コメント(0)
だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。(マタイの福音書6:25-34)ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日でした!感謝します。明日の心配は無用です。
2016/01/29
コメント(0)
聖書の一言;46:3-4胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。この世に生まれたのは、真で愛の神の恵み、いのちは神に与えられたものです。赤ちゃんが生まれる喜びを親は知っています。たとえ望まれない誕生であったとしても、神が与えた尊いいのちです。生まれたなら、死ぬまで生きることが人の運命=命+運です。運命がないとか、ついてないと言わないで、しっかり与えられた命を大事にいきることです。 神が天に召してくださる日まで、いのちを運び終われるように、愛の神は責任を持て守り導かれます。歳を重ねることを恐れ悩むこともなく、いのちを与え、さらにイエス・キリストの十字架と復活により、永遠のいのちまで与えてくださることを、アーメンと信じる恵みに感謝します。 天地万物の創造者、唯一の真の愛の神を愛します。イザヤ書46:5-8 わたしをだれになぞらえて比べ、わたしをだれと並べて、なぞらえるのか。袋から金を惜しげなく出し、銀をてんびんで量る者たちは、金細工人を雇って、それで神を造り、これにひざまずいて、すぐ拝む。彼らはこれを肩にかついで運び、下に置いて立たせる。これはその場からもう動けない。これに叫んでも答えず、悩みから救ってもくれない。このことを思い出し、しっかりせよ。そむく者らよ。心に思い返せ。ありがとうごあいます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。
2016/01/29
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き8:8 それでその町に大きな喜びが起こった。激しい迫害が起こり、クリスチャンたちは逃げ出さなければという状況になった。しかし、イエス・キリストの救いの喜びは、波紋が広がるように、彼らが逃れた所に広がりました。牧師や伝道者ではなく、救われた信者たちの証で、信じる者と共におられる聖霊が、イエス・キリストを証しさせてくださり、癒しや奇跡も起こり、それでその町に大きな喜びが起こりました。書斎の南側は大きな樫の木が何本もあり、太陽を遮っていました。隣接地造成で樹木が伐採され、もうすぐきれいなフェンスになります。太陽の光が燦燦と差し込み、同時に見えなかった生駒市の中心部近くまで、書斎変え見えるようになり、夜は市内の明かりも見えます。12万余の人口になった生駒市。市議会議員も教会員におり、生駒聖書学院も今年創立88年を迎えます。心からの祈りと願いは、生駒市だけでなく、全国の町々津々浦々島々に至るまで、イエス・キリストの十字架と復活の福音が伝えられ、日本が救われることです。明日の東大坂市で家庭集会が開かれ、福音を語ります。2月14日には、東京銀座ナオス教会で、礼拝説教です。幸い生駒聖書学院卒業生が、全国ですばらしい福音に仕えています。4月11日に入学式です。4月からの入学をお待ちします。通信科もあります。エレミヤ書33:6-9 見よ。わたしはこの町の傷をいやして直し、彼らをいやして彼らに平安と真実を豊かに示す。わたしは、彼らがわたしに犯したすべての咎から彼らをきよめ、彼らがわたしに犯し、わたしにそむいたすべての咎を赦す。この町は世界の国々の間で、わたしにとって喜びの名となり、栄誉となり栄えとなる。彼らはわたしがこの民に与えるすべての祝福のことを聞き、わたしがこの町に与えるすべての祝福と平安のために、恐れおののこう。」ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/29
コメント(0)
イザヤ書45:22 地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。1850年12月15日 日曜日ロンドンの朝、いつも行く教会の礼拝に向かう16歳の少年スポルジョンでした。大雪の朝でしたが突然の吹雪のため、にやむなく近くの小さなチャペルに飛び込みました。大雪で牧師が礼拝に来れず、靴屋の信徒が、開いた聖書の言葉は「地の果てのすべての人々よ、わたしを仰いで、救いを得よ。わたしは神、ほかにはいない」でした。雪まみれで飛び込んだ初来回の少年を見て、説教したことのない彼は、そのことばを何回も読み、少年よ。仰ぎ見て救われよ!と叫びました。スポルジョンはその瞬間、十字架の主イエスを仰ぎ見て救われました。16歳で救われ、バプテスト教会で牧師に就任し、一年で10人が400人の教会に成長する目覚ましい働きで、名説教者となり、ロンドンで牧師を続けました。1854年 ロンドンの中央にあるュー・パーク・ストリート・バプテスト教会の牧師に就任。1856年 サリー・ガーデン音楽堂の礼拝で説教をして12000人が出席。1857年 ロンドン・クリスタル・パレスで説教をして23654人が出席した。1861年 ロンドン南部のニューイントンにメトロポリタン・タバナクル教会を建設。19世紀最大の礼拝出席者の教会。 著書も多く、説教学入門やその他の著作が書棚にもあります。顎髭を豊かに蓄えているのは、説教者として喉を保護し、何時も良い声が出るためだと述べています。 同じ16歳でクリスチャンとなりましたが、スポルジョンと違い、無口の神学生で先輩たちにもっとしっかり話せと叱られました。けれども人が救われるのは、説教や、牧師の姿かたちでもなく、聖書のことばにアーメンと言うとき、聖書の約束が救いを与えるということを体験し、現在もアーメンと言えば救われますと、イエス・キリストの十字架と復活の救いを語り続けています。アーメンで救われ、天国が保証される永遠のいのちがあります。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。
2016/01/28
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き8:1-4 サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ。サウロは教会を荒らし、家々にはいって、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れた。ステパノの殉教と同時に、教会への激しい迫害が起こりました。ステパノ殺害の頭目であったサウロは、教会を荒らすだけでなく、家々に入って、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れました。しかし、何事が起ころうと神のみ心は実現していきます。試練や問題をなぜ?と問うても正解はありません。試練や問題を!感謝と受け止める時、そこから大きな恵みが湧き出てきます。神様が奇跡を起こすだけでなく、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いたように、前進があり勇気が与えられるのです。聖霊を受けると、エルサレムとサマリヤとユダヤ、さらに地の果てまで、イエス・キリストの証人となるのです。まさかステパノの殉教で、エルサレムからユダヤとサマリ地方に散らされるとは、思いもしなかったことでしょう。しかし、波紋が広がるように、イエス・キリストの十字架と復活の福音は、広がり続けました。問題だ試練だと、わめき散らすのではなく、また閉じこもるのでもなく、あるがままを受け止め、すべてのことを感謝し、イエス・キリストを愛して前進です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/28
コメント(0)
イザヤ書44:8 恐れるな、おののくな。わたしが、もう古くからあなたに聞かせ、告げてきたではないか。あなたがたはわたしの証人。わたしのほかに神があろうか。ほかに岩はない。わたしは知らない。 幼いころからの疑問?。なぜ偶像=神社や寺、何でも拝むのかと思い、高校生の時クリスチャンになりました。見えない神こそ真実、神は愛で唯一、それ以外はみんな人間が自分で作り上げた宗教。敬虔で信仰深い日本人が、人間=人殺しや犯罪人を神に祭り上げたり、自然や動植物=大きな木や岩、はては蛇やキツネを拝むのか。初詣出に80%もの人が正月にいそいそと繰り出すのか。識字率100%の理性ある国なのに、占いや訳の分からない物に頼るのか。偉大な物、不思議なものを恐れ、同時に敬う気持ちは大切とは思います。その気持ちを天地宇宙の創造者、唯一の真の全知全能遍在永遠不変、聖であり完全で公平の神の父なる神に向けるだけ。その独り子、イエス・キリストを十字架に釘付け、アーメンと言うだけで救いを与え、神の子としてくださり、永遠のいのちを与え天国へ迎えてくださる。復活したイエス・キリストは、アーメンと信じる者の心に宿り、世の終わりまで共にいてくださり、平安と幸せの日々を歩ませてくださる。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。イザヤ書44:9-20 偶像を造る者はみな、むなしい。彼らの慕うものは何の役にも立たない。彼らの仕えるものは、見ることもできず、知ることもできない。彼らはただ恥を見るだけだ。だれが、いったい、何の役にも立たない神を造り、偶像を鋳たのだろうか。 見よ。その信徒たちはみな、恥を見る。それを細工した者が人間にすぎないからだ。彼らはみな集まり、立つがよい。彼らはおののいて共に恥を見る。 鉄で細工する者はなたを使い、炭火の上で細工し、金槌でこれを形造り、力ある腕でそれを造る。彼も腹がすくと力がなくなり、水を飲まないと疲れてしまう。 木で細工する者は、測りなわで測り、朱で輪郭をとり、かんなで削り、コンパスで線を引き、人の形に造り、人間の美しい姿に仕上げて、神殿に安置する。 彼は杉の木を切り、あるいはうばめがしや樫の木を選んで、林の木の中で自分のために育てる。また、月桂樹を植えると、大雨が育てる。それは人間のたきぎになり、人はそのいくらかを取って暖まり、また、これを燃やしてパンを焼く。また、これで神を造って拝み、それを偶像に仕立てて、これにひれ伏す。その半分は火に燃やし、その半分で肉を食べ、あぶり肉をあぶって満腹する。また、暖まって、『ああ、暖まった。熱くなった。』と言う。その残りで神を造り、自分の偶像とし、それにひれ伏して拝み、それに祈って『私を救ってください。あなたは私の神だから。』と言う。彼らは知りもせず、悟りもしない。彼らの目は固くふさがって見ることもできず、彼らの心もふさがって悟ることもできない。 彼らは考えてもみず、知識も英知もないので、『私は、その半分を火に燃やし、その炭火でパンを焼き、肉をあぶって食べた。その残りで忌みきらうべき物を造り、木の切れ端の前にひれ伏すのだろうか。』とさえ言わない。灰にあこがれる者の心は欺かれ、惑わされて、自分を救い出すことができず、『私の右の手には偽りがないのだろうか。』とさえ言わない。
2016/01/27
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き7:59-60 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。殉教者の血は教会の種である。十字架の上で、父よ彼らの罪をお赦しください。イエス・キリストの祈りが、奥の罪を贖い、赦しの愛が波紋の様に広がり続けています。キリスト教は初の殉教者がステパノです。ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行なっていた。ステパノと議論しても、彼が知恵と御霊によって語っていたので、それに対抗することができなかった。ついには、彼らはある人々をそそのかし、「私たちは彼がモーセと神とをけがすことばを語るのを聞いた。」と言わせた。また、民衆と長老たちと律法学者たちを扇動し、彼を襲って捕え、議会にひっぱって行った。そして、偽りの証人たちを立てて、こう言わせた。「この人は、この聖なる所と律法とに逆らうことばを語るのをやめません。『あのナザレ人イエスはこの聖なる所をこわし、モーセが私たちに伝えた慣例を変えてしまう。』と彼が言うのを、私たちは聞きました。」議会で席に着いていた人々はみな、ステパノに目を注いだ。すると彼の顔は御使いの顔のように見えた。長い論戦の末、殺してしまえの声が多くなり、人々は大声で叫びながら、耳をおおい、いっせいにステパノに殺到した。そして彼を町の外に追い出して、石で打ち殺した。証人たちは、自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた。その石で打たれると刑罰を受けステパノは潤今日の死を遂げました。その責任者であったサウロの耳に聞こえてきたのは、主よ。この罪を彼らに負わせないでください。その祈りの結果、サウロは改心し、キリスト教最大の使徒となり、新約聖書にその手紙が13通あり、教えの中心はパウロの手紙にあります。ステパノの殉教なしに、パウロの救いはなかったと言っても過言ではありません。最もつらいような子おtがなぜ起こるのか、説明できませんし、する必要もないのです。ありえぬことのみ、ある浮世に、ひとり変わらぬは、ただイエスのみ。主は捨てたまわず、主に行く身を。主は捨てたまわず、主を慕う身を。アーメン。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/27
コメント(0)
イザヤ書44:3 わたしは潤いのない地に水を注ぎ、かわいた地に豊かな流れを注ぎ、わたしの霊をあなたのすえに、わたしの祝福をあなたの子孫に注ごう。彼らは、流れのほとりの柳の木のように、青草の間に芽生える。 主の恵みは朝ごとに新しく、その真実は絶えることがない。恵みと愛とに、生かされ活きてと、歌い新しい恵みを受け、ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。生駒は寒かったが、雪もなく穏やかな気候です。 チャペルが終わり、帰宅の坂道で歌っています。 春が来た、春が来た。どこに来た、山に来た、里に来た。野にも来た。 花が咲く、花が咲く、どこに咲く。山に咲く、里に咲く、野にも咲く。 鳥が鳴く、鳥が鳴く、どこで鳴く。山でなく、里でなく、野でもなく。 小学校から高校生まで、学校で歌う歌を一曲も歌わずでしたが、童謡など歌詞は覚えていて、歌えました。歌謡曲=演歌を歌ったこともなく、高校時代に一回だけ観た、青い山脈を知るくらいです。イエス様を信じた時から、心に歌が生まれ幸いです。 春は確実に来ているように、愛する日本に平和があふれています。戦後710年を迎える今年です。70年、戦いのない時を過ごし、人殺しが正義でないことを体験して来た日本です。平和憲法に守られ、国際社会からも戦争しない第九条のある国と期待されています。 春が確実に近づいているように、子どもたちや孫たちの時代までも、平和憲法が守られ、美しい自然や人情とともに、幸せであるよう祈る、明るい輝きの一日です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/26
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き6:7-8 こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰にはいった。さて、ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行なっていた。こうしてかみのことばは、ますます広まって行く。そのような現実が世界各地で起こっていす。2016年、北海道から沖縄まで日本列島に、福音の広がりを期待します。海が水で満ちるように、神のことばが世界中に満ちる幸いです。ABCラジオで語り始めて42年=今は前田基子牧師、榮義嗣牧師、第三週は教会員たちや神学生も手伝ってくれます。テレフォンメッセージも43年=月曜から水曜までを榮義嗣牧師、2012年より週一回木曜日だ、小脳内梗塞の言語障害も直りましたが。金曜日から日曜日は前田基子牧師。文書伝道も20冊近く出版。ほとんど絶版。残っている本は、天の虫けら。輝き・可能性への変身。愛・輝きに向かって。漫画=歌えない、踊れない、無口の牧師物語。読んでいただければ嬉しいく、贈呈できます。お申し込みくださればお贈りします。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/26
コメント(0)
イスラエルではシャローム。中近東ではサラーム。お互いに挨拶のことばに平和を持ちながら、殺戮し合う人間同士。平和を求めながら、人間って悲しい存在です。臆病者の青年ギデオンに、安心しなさい。恐れるな。あなたは死なないとの神の声。 そこで、ギデオンはそこに主のために祭壇を築いて、これをアドナイ・シャロムと呼びました。アドナイ・シャロム=主の平和は、すべての恐れから解放します。聖書には、恐れるなに類することばが、365回あるそうです。恐れがドアをノックした。信仰がドアを開いた。そこには恐れはいなかった。ということわざもあります。臆病で弱虫の、いつもビクビクしていたギデオンに、恐れるな。あなたは死なない。全能の神が守りの壁となって、何があろうともアドナイ・イルエ=主の平和が四六時中ある、すばらしい約束です。本質的な恐れは、第一に生活の不安、何を食べ飲み、何を着どこに住まうか、衣食住の元である経済を恐れます。二番には、人間関係の恐れです。家庭で学校でお互い人間同士、国同士で憎しみ妬み、その果ては戦争という人殺しまでやってしまいます。愛し合い許し合うことができれば、人間関係が平安満たされます。三番目は7死の恐れです。人間である限り100%確実なことは死ぬことです。世界第二位の長寿国で、女性は世界一長寿です。しかし、人は死にます。死んだらどうなる、どこへ行くかが、すべての本質的な恐れの原因です。死ぬ問題が解決し、行き先が分かれば大丈夫、平安で幸せです。イエス・キリストの十字架と復活は、死の問題を解決し、アーメンと言えば天国行きの保証です。死を恐れず、死を越えて永遠の天国を知ると大丈夫です。余命一年を宣告された妻と4年間を過ごし、天国が絵空事でなく、理想でもなく現実であることを、その臨終でも平安に満たされ、安らかに静かに召されて行く姿からも、体験できました。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です!感謝します。
2016/01/25
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き6:1-4 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。そこで、十二使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」ペンテコステの日以来、3000人+5000人。さらに毎日救われて仲間の加わり、祭司階級からも続々数われ、ものすごい祝福です。しかし、人の集まるところには、その数だけの問題が生じます。イエス・キリストや信仰の問題ではなく、人間性の問題です。イエス・キリストは、わたしに躓かない者は幸いです。と言われました。人間となった神にさえ躓く人は躓きます。神を愛し、自分自身を愛するように、あなたの隣人を愛しなさいを、実行して来たキリスト教会です。しかし、いつも間にか優先事項が分からなくなり、ヒューマニズム的援助や助けが優先され、隣人第一,神様は最後と言わないまでも、神の義と神の義を第一にせず、自我の満足第一になる傾向もあります。初代教会は、私たちはもっぱら祈りとみことばの奉仕を優先する賢明な判断をしました。そして、そのke決断の結果、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちが選ばれ、福祉と援助は幅広く拡大し、彼らはイエス・キリストの救いもハッキリ語り続けました。祈りは目に目えない尊く価値ある奉仕です。みことばの奉仕は、書斎に閉じこもり学問的研究にのめりこむのではなく、みことばの奉仕=福音を伝え、福音により神の国を拡大することです。ありがとうございます。今日もまた祈りとみことばの天国の一日です。
2016/01/25
コメント(0)
イザヤ書43:18-19 先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。 見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。 元旦からもう24日。一月は行き、二月逃げ、三月去る、生駒聖書学院も3月4日3卒業式を迎えます。 過去は新しくなり、いくらでも変えることができます。トラウマや過去の傷で悩まなくても、いくらでも新しくなり続けることができます。 生駒聖書学院は、牧師養成神学校です。1929年創立875年になります。戦争中、鬼畜米英、愚かな戦争で10年間中断があり、1955年再スタート。キリスト教会は博士が綺羅星のように輝くエリート社会です。生駒聖書学院は、学歴、年齢、性別、国籍、経歴に関係なく、神に選ばれ召された器たちを、聖書のみことばと、聖霊の満たしの中で、人格の訓練と実践的牧師を養成しています。生駒に来れば変貌します。 神の栄光のために、明確な目標を持ち、右にも曲がらず、左にもそれず、天国目指してまっすぐに、純粋に働く牧師を育てます。たとえ過去が荒野や砂漠のような人生でも、イエス・キリストの十字架と復活をアーメンと信じ、新しい人になり、十字架の血汐に洗われ、聖霊に聖別されながら、生駒聖書学院にいる間でも変えられ続け、卒業後はさらに大きく用いられ続けます。生駒聖書学院へ入学=4月11日、お待ちします。 現役牧師として、今年もさらに変えられ、新しい道を真すぐに前進中です。特に日本を心から愛し、日本のことでつぶやかないと決めました。ありがとう日本、すべてに感謝しました。平安で幸せです。 「今日は偽りの世において、我々のかくも愛したる日本の国の思想、あるいは理想を失ったる、日本の葬りの席であります。私は怒ることも恐れません。泣くことも泣けません。日本の理想を生かすために、ひとまずこの国を葬ってください。」矢内原忠雄は、この言葉が問題とされ 東大を辞職に。 I love two J‘s.日本とイエス・キリストを愛した先達にならい、日本を愛する心ある方々にお願いです。 政府を内閣を愛して、悪口を言わずつぶやかず、憎しみや恨みでなく、愛の提言だけを述べてください。全野党も国会質問も、愛の提言を、その姿から日本を愛しているオーラが輝くように、語ってください。そうすれば次選挙も回も当選し、日本をみんなで平和憲法をしっかり守る国にしましょう。戦争大好きな人殺し国にならないよう、思想信条を越えて愛のあふれる日本にと祈ります。新しい愛があふれる日本が実現しました。平和を国民党を、政権党も野党も解党する勇気ある政治家が立ち上がるよう祈り期待します。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。
2016/01/24
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き5:14-16 そればかりか、主を信じる者は男も女もますますふえていった。ついに、人々は病人を大通りへ運び出し、寝台や寝床の上に寝かせ、ペテロが通りかかるときには、せめてその影でも、だれかにかかるようにするほどになった。また、エルサレムの付近の町から、大ぜいの人が、病人や、汚れた霊に苦しめられている人などを連れて集まって来たが、その全部がいやされた。病が直る。ペンテコステにスタートしたキリスト教会の力強い前進です。聖霊が降臨した日、聖霊に満たされた説教で、3000人がアーメンと信じ、バプテスマを受けクリスチャンになりました。美しの門で40年歩けなかった男が、主イエス・キリストの名によって立ち上がり直された奇跡で、男だけでも5000人が救われました。反対や迫害、アナニヤとサッピラ夫婦の欺瞞と突然死もあり、神のことばは増々広がり、祭司たちも多数クリスチャンになりました。その前進の理由の一つが、病人の病が直る奇跡。そのいやしの凄さは、ペテロの影にでも、だれかにかかるようにするほど。それらが教勢強化や金銭目的でなく、自然にイエス・キリストの復活の力と、今働く聖霊によってなされたのです。病が癒される恵みを、祈りによって多く体験し続けています。何よりも、1999ね1月、東京都北区での左脳内出血で1ヵ月余の入院とリハビリ治療。その後何事もなく牧師生活。2012年7月、今度は堺市で運転中の右脳内出血と大交通事故。馬場記念病院で1か月治療リハビリ入院。退院後事故現場を写そうと、16000歩も歩き、10月に自宅で小脳内梗塞で再入院。幸い恵みに守られ、天国から追い消された牧師と言われながら、言語不自由もハッキリ語れるように回復。何よりも、多くの愛の祈りとご支援により、午前10時は生駒聖書学院教会。午後2時は大阪エリムキリスト教会礼拝説教。午前10時のライブ礼拝は、いつでも見ていただけます。言語もしっかり聞こえるよう、続けてお祈りください。イエス・キリストのすばらしい癒しの働きは、今日も続いています。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/24
コメント(0)
イザヤ書43:1-4 恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしの目には、あなたは高価で尊い。ほんとうの愛のあるところに恐れはない。母の腕に抱かれている赤ちゃんには、不安も恐れもない。 聖書の愛なる神は、その大きな愛の腕で抱きしめ、守り助け支えてくれる。恐れるなという意味のことばが365あると言う。いやたとえ一つでも良い、全知、全能、偏在、永遠不変の、天地万物の創造者の声を聞くだけで恐れは消え、平安と幸せが満ちる。あなたはわたしのもの。あなたの名を呼んだ。あなたとともにいる。大丈夫だ。聖書では水や火は、試練や苦難の象徴、愛は大水も押し流すことはできず、どんなに火の中を歩くようなときにも、焼かれることも、炎さえも燃えつかない。逆に炎が顔に輝きを与え、神の栄光を反映させる。わたしの目にはあなたは高価で尊い。自信を持って歩こう。聖書の謙遜さは自己卑下やわざとらしいへりくだりではない。聖書の神の約束に、素直にアーメンと応ずることが謙遜だ。聖書のことばに反することが傲慢であり、高ぶりである。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。
2016/01/23
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き4:33 使徒たちは、主イエスの復活を非常に力強くあかしし、大きな恵みがそのすべての者の上にあった。十字架と復活により、すべては変わりました。そのことをアーメンと信じて、種子島で人生は変わりました。アーメンと信じバプテスマを受け58年。平安で幸せです。聖書のことばをそのままに、アーメンと信じ続けていますローマ人への手紙1:16-17 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。3:23-24 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。4:24-25 また私たちのためです。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、その信仰を義とみなされるのです。主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。8:33-34 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。10:9-11 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」死を打ち破り復活されたイエス・キリストは、永遠に共にいてくださます。わたしは決してあなたを見離すことも、見捨てることもない。世の終わりまであなたとともにいます。その約束は真実です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/23
コメント(0)
コリント人への第一の手紙10:13 あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。問題や困難の時こそ、最大のチャンスであり決断の時です。 ひとりの青年は、スポーツの試合で背中を痛め、軍隊を目ざしたが、背中の傷が理由で拒絶されました。それでも彼はあきらめず、身体を鍛え抜き、海軍に。魚雷艇に乗り戦争に。敵の艦隊と接触、、船体は引き裂かれ、彼はまた背中を痛めてしまいました。それでも彼は、激しい痛みの中、自分の体と仲間の身体をロープでつなぎ、ちいさな島まで泳ぎ、仲間の命を助けました。その島で彼らは一週間、餓えと渇きに苦しみ、耐えました。軍の司令部は、彼らが全員戦死したと思っていましたが、それでも青年はあきらめませんでした。 青年はヤシの実にメッセージを刻み、自分たちの存在を知らせ、それがきっかけで救出されました。 戦争が終わると彼は、戦死した兄の意思を継ぎ政治家を志し、29歳で議員に。だが負傷した背中の傷の悪化と、何度もの手術で、議員活動の障害となりました。それでも彼はあきらめず、強い決断をし、人間共通の敵である暴力政治、貧困・疾病及び戦争と戦おうと。そして、人類に英和を、また人々に夢を与えるために、人を月面に送り届けることも実行しました。その強い決断は、第35代アメリカ大統領を誕生させ、この青年こそ決断のリーダー、ジョン・F・ケネディです。 大統領選のときも、若すぎる、経験不足だと批判され、多くのピンチがありましたが、彼は、今もアメリカの伝説的リーダー。すべてはピンチの時の強い決断から生まれました。人生は早いも遅いもない。今、やることを決断しよう。あきらめないで、今、ピンチの時こそ決断の時です。私は私を強くしてくださるイエス・キリストのよって、どんなことでもできるのです。神のなさることはみなそのときにかなって美しい! 今日も心から感謝しつつ、感謝、感謝、ランランと、百尺竿頭進一歩。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日でした。感謝します。
2016/01/23
コメント(0)
イザヤ書42:12 主に栄光を帰し、島々にその栄誉を告げ知らせよ。42:21 主は、ご自分の義のために、みおしえを広め、これを輝かすことを望まれた。 日本列島は5つの本島=北海道、本州、九州、沖縄と、6847離島の島国です。443島に人が住み、残りは無人島です。 種子島で生まれ育ち、種子島が好きです。ABCスタジオへ行くと、種子島が来たと言われることもあると、ディレクターに言われたこともあります。種子島の知り合いも、種子島原人と出会ってから、増え続けています。2011年には、種子島の詩人で九州ボランティアラーメン党理事長、濱田龍郎=種子島高校3年後輩と、東関東震災ボランティアで、福島県いわき市で出会い、クリスチャンになってくれました。2013年には熊本県益城町=熊本空港の町に、益城エリムキリスト教会=140坪の敷地に100名収容の教会と3LDK住居をスタートしました。毎週ライブ礼拝と聖書の学び。現在2名の通信科神学生。4月から生駒聖書学院入学予定もあります。 種子島へは、今年も7月最終の日曜日、西之表キリスト教会=池田公栄牧師と、種子島新生キリスト教会=沼田俊昭牧師で、日曜礼拝&夕拝でメッセージ。中学時代の同級生と交歓の時です。 日本列島は十字架のような形をしており、イエス・キリストをアーメンと信じる人が続々起こされることを祈り願っています。Ilove two J’s =Japan & Jesus=日本とイエス・キリストを愛します。タイ古式マッサージに行き、帰りかけた女性に声をかけ漫画を手渡すと、日曜学校に行っていたと自己紹介してくれました。握手をして、イエス様を心に迎える祈りの素晴らしいひと時。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛があふれる日本です。感謝します。
2016/01/22
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き4:19-20 ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」神に聞き従う、まっすぐな人生があります。戦争のさ中、天皇陛下とキリストとどちらが偉いか答えよと、愚かな憲兵隊が牧師たちに迫ったそうです。再び憲法改正で、愚かな時代に逆戻りしないように祈ります。現代日本で最大の平和憲法擁護者は、象徴天皇です。その健康とご家族の平和と守りを祈ります。イエス・キリストの救を体験し58年。神に聞き従う平安で幸せに歩む日々です。何事があろうとも、初代教会のように、大胆に福音を語り続けます。あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行なわせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行なわせてください。アーメン。彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/22
コメント(0)
生駒聖書学院の裏は、山道が多い。今は杖で歩いているので、無茶はしない。以前までは生駒市内のほとんどを歩き、生駒山の中も歩き、しまった!行き止まり。そんなときは、新しい道を切り開くか、引き返して正しい道へ戻るかです。小川で足を滑らし背中から落ちて、しばらく起き上がれず携帯もずぶぬれで、必死で帰ったことや、大雪の日に脱臼し、救急車で運ばれたこと。山の坂でひっくり返り、トゲがささったことに気づかず、イタイイタイと3ヶ月目に、5センチの竹の先が出てきたことも。 行き止まりから行けないこともないが、いつも引き返します。不思議に道はどこにでもあります。 生活の中にも行き止まりがあり、そんな時は方向転換する、聖書では悔い改めるときです。悔い改めは向きを変えることです。しっかり真の神様に目を向け、イエス・キリストの十字架を見上げて、復活のいのちに生かされ、輝く前進です。 主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。 私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。どんなときにも真の愛ある全能の神は守り助けてくださいます。すばらしい日本に生まれ、生かされていることは幸せです。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日でした。感謝します。
2016/01/21
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き4:13 彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。2000年前の世界でも、知識階級にとっては、無学な普通の人は、人間扱いされないような階級でした。パリサイ人や祭司階級=サドカイ人にとっては、ナザレの大工の子イエスや、ガリラヤの漁師たちが、エルサレムで引き起した、十字架に付けられたイエスが、3日目の朝に復活したというニュースほど衝撃を与えました。 自分たちの扇動によって、十字架に付けよと叫んだ群衆が、あれは間違いだった。イエスこそ聖書の約束されたメシアだった。その怒りが自分たちに向けられ、知識階級の身分も地位もなくなるかも知れない恐怖。ガリラヤの漁師たちの教えを聞いて、何と大勢信じ、男の数だけで5000人にもなりました。使徒の働きには、そのことが記録されています。 彼らが民に話していると、祭司たち、宮の守衛長、またサドカイ人たちがやって来たが、彼らは、ペテロとヨハネが民を教え、イエスのことを例にあげて死者の復活を宣べ伝えているのに、困り果て、彼らに手をかけて捕えた。そして翌日まで留置することにした。すでに夕方だったからである。 しかし、みことばを聞いた人々が大ぜい信じ、男の数が五千人ほどになった。 翌日、民の指導者、長老、学者たちは、エルサレムに集まった。大祭司アンナス、カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル、そのほか大祭司の一族もみな出席した。彼らは使徒たちを真中に立たせて、「あなたがたは何の権威によって、また、だれの名によってこんなことをしたのか。」と尋問しだした。そのとき、ペテロは聖霊に満たされて、彼らに言った。「民の指導者たち、ならびに長老の方々。私たちがきょう取り調べられているのが、病人に行なった良いわざについてであり、その人が何によっていやされたか、ということのためであるなら、皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、礎の石となった。』というのはこの方のことです。この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」 彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。そればかりでなく、いやされた人がふたりといっしょに立っているのを見ては、返すことばもなかった。 彼らはふたりに議会から退場するように命じ、そして互いに協議した。彼らは言った。「あの人たちをどうしよう。あの人たちによって著しいしるしが行なわれたことは、エルサレムの住民全部に知れ渡っているから、われわれはそれを否定できない。 無学の普通の人によって、世界の歴史は変えられ、キリスト教は世界最大の宗教人口を持ち、今日もまた世界中で、アーメン信じますと、バプテスマを受けクリスチャンとなる人々が、増え続けています。日本人が偶像礼拝を捨てて、十字架に死に墓に葬られ、3日目の朝に復活したイエス・キリストを礼拝するようになることを祈り期待します。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/21
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き 4:12 この方=イエス・キリスト以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名=イエス・キリストのほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」愛の神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。そのあかしのために、私は宣伝者また牧師に任じられ――私は真実を言っており、うそは言いません。――信仰と真理を教える教師とされました。キリスト教は世界宗教です。しかし、救いに関しては宗教と言うより、アーメンと言えば救われる、唯一の救いです。無神論者で何一つ拝まない信じない人間でした。種子島の西之表キリスト教会で、アーメンと信じ洗礼を受けクリスチャンになり58年。恵みのゆえに、信仰によって救われ、自分自身から出たことではなく、神からの賜物=プレゼントです。行ないによるのではありません。だれも誇ることはないもない。神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって、新しく造られたのです。神は、良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださいました。分け昇るふもとの道は異なれど、同じ高嶺の月を見るかなと言いますが、最後は地獄と言う結果来なるのです。宗教は、救われるためにあれをしろ、これをしろと要求します。宗教の数だけ救いがあります。それで自己満足の救いで、ほんとうの平安も幸せもなく。まだまだ足りないと思い、さらに求め乍ら終局は死です。聖書の救いは、イエス・キリストが十字架上に死に、すべての罪を呪いを死を引き受けてくれました。墓に葬られ3日目の朝、死を打ち破り復活し、アーメンと信じバプテスマを受けるだけです。主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も数われるのです。イエス・キリストを信じ、義の道を健やかに祝福され、豊かに永遠のいのちを与えられ神の子とされ、平安で幸せです。宗教に救いがないことを、宗教家が一番よく知っています。救いの道は唯一、イエス・キリストの御名にあります。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/20
コメント(0)
聖書の一言;イザヤ書41:914 わたしは、あなたを地の果てから連れ出し、地のはるかな所からあなたを呼び出して言った。「あなたは、わたしのしもべ。わたしはあなたを選んで、捨てなかった。」 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。 見よ。あなたに向かっていきりたつ者はみな、恥を見、はずかしめを受け、あなたと争う者たちは、無いもののようになって滅びる。あなたと言い争いをする者を捜しても、あなたは見つけることはできず、あなたと戦う者たちは、全くなくなってしまう。あなたの神、主であるわたしが、あなたの右の手を堅く握り、「恐れるな。わたしがあなたを助ける。」と言っているのだから。恐れるな虫けら。わたしがあなたを助ける。 6852島=本土5島+684離島が日本列島です。今日の箇所を読むたびに、種子島で神の召しを受け、生駒聖書学院で献身の道を学び、今ある恵みに感謝します。 聖書の一言ひとことが、虫けらの榮義之と呼びかけ、さなぎが蝶になり羽ばたくように、日々に新しく造り返られ、ワクワクドキドキの人生です。自叙伝、天の虫けら=誕生から58歳までの体験、贈呈します。 見えない真の神を信じ、イエス・キリストの十字架と復活に救われ、神の子とされ永遠のいのちに生かされている、平安と幸せ喜びの新しい朝です。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。
2016/01/19
コメント(0)
聖書の一言:使徒の働き3:1-10 ペテロとヨハネは午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。すると、生まれつき足のきかない男が運ばれて来た。この男は、宮にはいる人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」という名の宮の門に置いてもらっていた。彼は、ペテロとヨハネが宮にはいろうとするのを見て、施しを求めた。ペテロは、ヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい。」と言った。男は何かもらえると思って、ふたりに目を注いだ。すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮にはいって行った。人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。そして、これが、施しを求めるために宮の「美しの門」にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた。「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」何と確信にあふれたことばでしょう。牧師として、金銀は私にはないことは事実。助けを求められても金銭的な助けをすることはない。しかし、私にあるものを上げようと言うことはできる。何があるのか。インマヌエルの主。イエス・キリストを持っている。その奥義は、私の内におられる、主イエス・キリストです。そのイエス・キリストの御名によって祈り宣言するだけです。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。イエス・キリストは、昨日も今日も何時までも変わらない、永遠に生きておられる主です。使徒10:38 それは、ナザレのイエスのことです。神はこの方に聖霊と力を注がれました。このイエスは、神がともにおられたので、巡り歩いて良いわざをなし、また悪魔に制せられているすべての者をいやされました。イエス・キリストの名によって歩けるようになり、奇跡の歩み始めた人々が多くいます。長い牧師人生で、キリストの名によって自立し、さらに自律して生きる多くの奇跡を見続ける日々です。まさか、自分に同じことばを宣言し、歩けるように命ずるとは思いもしませんでした。1999年11月、東京で左脳内出血、2012年7月、堺市で右脳内出血、さらに10月小脳内梗塞。左右脳内出血&小脳内梗塞、バランスが良くなったと感謝し言えるまでになり、杖を突きながら現役牧師で活動できているのは、恵みの奇跡です。聖書のある通りのことが、自分の身にも起こる恵みで、生かされている幸いの朝です。イエス・キリストの十字架と復活は歴史的事実です。その力は今日も同じです。神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。そして、このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。(使徒3:16)恵みと愛に生かされ、強くされ続ける人生。天国への道を歩き続ける平安と幸い。歌いつつ目覚め、朝の祈りの時です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/19
コメント(0)
美しい国、平和憲法のある日本を愛する イザヤ書40:29-31 疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、壮年の者もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。 今朝の礼拝メッセージで口ぐせを変えようと語る準備をして熟眠。真夜中に、日本のことを美しいことばで感謝せよと、声が響いたような気がした。目覚めとともに、平和憲法のある日本、6852島(本土5島+離島6847島)を象徴する富士山。四季折々の美しい自然に囲まれてすばらしい。種子島は最高。全国津々浦々、生駒市も俵口町も生駒聖書学院も美しい所だ。天皇陛下は、最高の平和憲法を守る人。首相や内閣全閣僚、国会、全国知事、市町村長、各議員、自由に意見を言える各政党すべてが、平和憲法を守る国。日本はステキ、すばらしいFBフレンドもいっぱい。榮義之も日本人。ありがとう感謝しますと、幸せな喜びの朝です。 35歳の時、忙しいと言うな。忙=心+亡で言えば言うほど心が亡びる。今日から口にするなとチャレンジされ、その時から忙しいと言わず、思いを換えて、充実していますと続けて39年。書斎の入り口には、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼を張って舞い上がる=天国まで。聖書の約束を書いてあり、洗面所にもレリーフ。それ以上に、アーメンと信じる心にも、口にもあり、走っても疲れず、歩いても息切れせず、毎日元気で、今日は万歩計6789歩。すばらしく美しい日本へと思い、口ぐせを変え、日本の未来を変えます。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します。
2016/01/18
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き2:38-42 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい。」と言って彼らに勧めた。そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。教会はペンテコステの日に誕生し、福音を聞いて救われ、その日にバプテスマを3000人が受け産声を上げました。教えを堅く守り=赤ちゃんが生まれると、母乳やミルクが必要なように、イエス・キリストをアーメンと信じると聖書のことばが必要です。泣いてミルクを欲しがる赤ん坊のように、みことばの乳を求めなさい(ペテロの手紙2:2)交わりをし=赤ちゃんが家族やまわりの人々の愛で囲まれるように。ヨハネの福音書13:34-35 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」そのお互の愛で、世界中にほんとうの愛=アガぺの愛を満たし、世界の愛の理念を高尚に引き上げてきました。互いに愛し合う場が、キリスト教会です。神は愛です、神を愛するように自分を愛し、隣人への愛の最高の現れは、イエス・キリストの救いを提供することです。礼拝後にお茶や食事をすること、家庭集会でより親しい茶話会など。現代は様々なケースがあります。祈りをしていた=イザヤ書56:7 わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ。キリスト教会は祈りの家です。生駒聖書学院教会も、毎週火曜日から金曜日まで、神学生たちといっしょに=学期休みは教会員だけ=祈っています。大阪市内や東大阪市、枚方市や奈良市、葛城市からも駆けつけ祈りを7時まで共にし、聖書朗読やメッセ時もあります、アーメンと信じれば救われます。生まれた赤ちゃんがミルクを欲しがるように聖書を読み。呼吸するようにイエス。キリストのお名前によってアーメンと祈ります。体を動かすように礼拝に参加し、声を上げるように、イエス様に救われた喜びを証し、愛の交わりの中で、受けるよりも与える方が幸いですと、ゴールデンルール=黄金律を実行します。キリスト教会は、使徒の働き2:46-47 そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。恵みと愛との救いが、波紋のように広がり続けています。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/18
コメント(0)
阪神大震災から21年、震災時に生まれた子どもも21歳を迎えたと報道で読み、時の速さに驚きます。震災の朝、下からズンと突き上げるような感じに飛び起き、生駒山に上ると神戸が燃えています。ニュースで地震と知り、神戸の神学生の家も壊れ、電話も通じずでした。。大災害がどんな形であれ益になるように、山の上で祈った日でした。生駒聖書学院は、関東大震災があったので、存在しています。創立者は横浜で宣教活動でしたが、大震災ですべてを失い、家族で大阪に逃れた結果、奈良県生駒市に現在の生駒聖書学院が完成し、87年の歴史を歩んでおります。102年前の桜島大噴火の火砕流で村が消失し、その避難先に選ばれたのが、生まれ故郷の種子島原生林でした。切り開かれた鴻之峰で生まれ育ちました。桜島の大噴火がなければ、私は存在しなかったことも大きな恵みです。桜島には縁はないが、その大噴火の結果できた村で生まれ育ち、桜島を眺めるたびに思う歴史の重みです。東関東大震災、御嶽山噴火など、様々な出来事が益になるかは、軽々しく言えませんが、阪神大震災の中を神戸まで歩きながら、復興と回復を祈ったことを思います。すでに大きな祝福が注がれ、阪神地区だけでなく前日本にリバイバルを祈る礼拝日です。そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ書5:3-5)ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。
2016/01/17
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き2:15-21 今は朝の九時ですから、あなたがたの思っているようにこの人たちは酔っているのではありません。これは、預言者ヨエルによって語られた事です。『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火と立ち上る煙である。主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』ペンテコステの日、聖霊の神が教会の主としての降臨。イエス・キリストは、その十字架の死によって全人類を救うために、人間として降臨しました。十字架で全人類の罪を背負い、墓に葬られ、3日目の日曜日の朝、死を破り復活され、再び来るその日まで、聖霊が助け主として来ると約束位し、オリーブ山から昇天しました。その約束通り、10日後のペンテコステの日、待ち望む120名の弟子たちの祈る部屋へ、聖霊が降臨しました。今まで語ったことのない他国の言葉=異言を語りました。集まった人々にペテロが語りました。偶然でもなく酒に酔っているのでもなく、預言者ヨエルのことばが実現し、聖霊の神が来られたと説教し、その朝3000人がバプテスマを受けて、最初のキリスト教会が誕生しました。聖霊が注がれ、満たされると異言を語る。それは2000年前に終わった現象ではなく、今の時代も同じ経験ができます。全世界のクリスチャンで5人に一人が同じ経験をしている現代です。生駒聖書学院はペンテコステの聖書学院で、1年生の時に、異言を語る経験を与えられ、55音に及ぶ献身生活を現役で継続しています。神の霊に満たされ、聖霊が語らせるままに異言で祈り賛美できる喜び。御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、誠実、柔和、自制=セルフコントロール。聖霊が来られたのは、主の御名を呼ぶ者はみな救われるためです。聖霊によってイエスは主ですと、多くの人が信じ救われます。聖霊は十字架の救いを、信じる者の人生に提供し、新しい人生を与えてくれます。聖霊は助け主、いつも共にいて助け、教え、真理に導いてくれます。今朝は、奈良市の富雄キリスト教会礼拝説教です。聖霊に満たされて、笑顔が美しく輝く教会員たちに会える、日曜日の朝です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/17
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き1:14 この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。アメリカは行動する教会。台湾は賛美する教会。韓国は祈る教会。日本は考える教会などと言われます。一面から見ればそうかもしれませんが、すべてのものごとには多面性もあります。複合的な要素を忘れると、祈ればいいんだ。歌っていたら良い。伝道だけだ。一面だけを強調してしまします。テモテへの第二の手紙1:7 神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎み=思慮分別=power and of love and of a sound mind.= self-control. の霊です。最初のキリスト教会は、イエス・キリストの約束を信じ、心を合わせ、祈りに専念していると、聖霊の降臨があり、その日がペンテコステの日でした。イエス・キリストの誕生日がクリスマス。イエス・キリストの復活=死からの誕生日がイースター。イエス・キリストの教会誕生日がペンテコステ。誕生日は、喜びと感動の日。20日出産予定日が一人あり、生まれたらすぐ知らせるから来てくださいと言われ、タクシーで駆けつけるつもりです。火曜日の朝から金曜朝まで、生駒聖書学院では朝の祈りです。学期休みになると教会員たちの朝の祈りです。皆で心を合わせて、祈りに専念しています。彼らが10日間の祈りをし、待ち望みペンテコステの日の朝、聖霊の神が降臨し、最初の教会が生まれ、現代も世界各地にキリスト教会が誕生しています。使徒2:1 五旬節の日=Day of Pentecostになって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことば=other tongues,=異言で話しだした。聖霊が教会の主として来てくれました。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/16
コメント(0)
聖書の一言;イザヤ書40:1-2 「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」とあなたがたの神は仰せられる。 優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」イザヤ書は66章、1章から39章までは旧約聖書を象徴するように、厳しいことが多く語られる。40章から66章まで27章、新約聖書であるかのように、慰めと希望のことばが多く語られます。聖書66巻を象徴するような書です。 50年前からの知り合いのクリスチャン夫人の主人が、20年近い闘病の中で2014年81歳で天に召されました。r訪ねて来てご主人との出会いや結婚、定年後病に倒れ寝たきりになり、20年間彼女一人で介護を続けた恵みを話してくれました。イースターに洗礼を受け、最後まで住みなれた自宅から、備えられている天国の住まいに旅立ちました。 20年間、自宅療養、介護士にも頼まず、50年の結婚生活で、最高にすばらしい20年間でしたとほほえむ彼女は、ご主人のことを話してくれました。聖書の神は、愛と恵みの神。平安と慰めを与えてくれます。その慰めは、十字架と復活のなかに現され、主イエス・キリストをアーメンと信じる時、聖霊=パラクレートス=慰め主の豊かな愛と慰めを、全身を包まれるように感じます。 家内が天に召されてもうすぐ1年8ヶ月、配偶者に先立たれた方々の辛さ、寂しさを体験と共に、慰め励ます日々です。 辛い経験は、十字架の下に立つと幸せに、そしてえ一歩前進すれば、さらに幸せになります。恵みと愛との慰めを受け、感謝しつつの現役牧師です。ありがとうございます。今日もまた豊かな愛の天国の一日。感謝します。
2016/01/15
コメント(0)
聖書の一言;使徒の働き1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」種子島から生駒聖書学院入学。チャペル正面に大書された使徒の働き1章8節の聖書のことば。あれから56年、頌栄でしか聖霊という言葉しか知らなかった少年が、ペンテコステの聖書学院の働きを担っている。不思議な奇跡的摂理。今朝も神学生と教会員たちと、朝早い時間から、聖霊に満たされて、初代教会さながらに、ハレルヤの声を上げ、主イエス・キリストの御名で祈っている。聖霊のとりなしもともに。アーメン。ありがとうございます。祈りは答えられ,与えられ、癒され解放され、日本は救われました。感謝します。ハレルヤ。聖歌576番いずこにある島々にもいずこに住む人々にも喜ばしく宣べ伝えよ聖霊来たれり(折り返し)聖霊来たれり 聖霊来たれり天くだりし慰め主地の果てまで宣べ伝えよ聖霊来たれり 暗き夜は開け放たれ嘆く声も今はやみて目に入るものみな輝く聖霊来たれり#折り返し 君の君に解き放たれ自由なる身とせられし者勝ち歌を高く上げよ聖霊来たれり#折り返し いとも深き愛と恵みいざ迷える罪人らに語り告げて神の子とせん聖霊来たれり#折り返し み使いらも神の民も無限の愛をほめたたえて天に響かせ地に満たせよ聖霊来たれり#折り返し
2016/01/15
コメント(0)
聖書の一言;イザヤ書38:16-20 主よ。これらによって、人は生きるのです。私の息のいのちも、すべてこれらに従っています。どうか、私を健やかにし、私を生かしてください。ああ、私の苦しんだ苦しみは平安のためでした。あなたは、滅びの穴から、私のたましいを引き戻されました。あなたは私のすべての罪を、あなたのうしろに投げやられました。よみはあなたをほめたたえず、死はあなたを賛美せず、穴に下る者たちは、あなたのまことを待ち望みません。 生きている者、ただ生きている者だけが今日の私のように、あなたをほめたたえるのです。主は、私を救ってくださる。 子どもの時から健康で元気、高校生まで一度も休まず無遅刻無欠席を通しました。風邪も引かず、頭も腹痛になったこともなく、肩こりも知らずでした。58歳の時左脳内出血、71歳で右脳内出血と小脳内梗塞になりました。左右脳と真ん中の小脳、バランスの取れた天国から追い返された牧師になり、杖を持って歩いています。 生きている者、ただ生きているものだけが、今日の私のように、あなたをほめたたえるのです。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/14
コメント(0)
聖書の一言;ヨハネの福音書21:21-22 ペテロは彼を見て、イエスに言った。「主よ。この人はどうですか。」イエスはペテロに言われた。「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」10日に、生駒聖書学院時代の同級生から電話があり、若かったときには、自分で好きなようにしていたが、歳をとると、ほかの人に行きたくない所に連れて行くという言葉が聖書にあったね。あれどこだったか教えてくれないかという尋ねる電話だった。84歳=1月17日で85歳になり、昨年春足を骨折し、娘の家で療養し、歩行器で庭を少し歩ける状態。神学生時代にいろいろ教えてくれ、牧師引退後もラジオ放送を聞いてくれ、大阪の教会礼拝に来たり、アドバイスや支援もしてくれる。ヨハネの福音書21書18節と答えると、義之君は聖書をよく読んでいたから,章節まですぐわかるとはすばらしいとほめてくれた。机上に聖書があったからと、笑って健康と平安を祈りました。21:18-19 まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現わすかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」ペテロの殉教の預言ですが、高齢になると自分の思いどおりに成らないことが起こります。身体を悪くすると特にそうです。家族に世話になったり、施設で介護してもらったり色々です。しかし、すばらしいのは、どんな死に方をしても、神の栄光を現す幸いを確約してくれました。家内はホスピスで、天国と指文字を残し死にました。その死の床で看護師や葬儀社員など5名がアーメンと信じました。葬式の朝まで孫5人と姉弟など5名が洗礼を受けて、家内の召天式でした。わたしに従いなさいと言われたとき、側にいたヨハネを見て、主よ。この人はどうですか。と訊きました。イエス・キリストとの関係はダイレクトです。しかし、人間は人との関係で生きるので、人の事が気になります。人と比較したいし、また比較されます。引退する牧師の挨拶や訃報も届きます。いろんな噂も聞こえてきます。何時引退するのですか。まだ生きているのですかという変な?挨拶に接することもあります。しかし、イエスキリストの答えは最高です。イエスはペテロに言われた。「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」この人、あの人はどうですかと、考えないでひたすらに召されるまで神の栄光のために従い続けたいものです。すばらしい十字架の救いを死にざまを通しても、証したいものです。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/14
コメント(0)
コリント人への第一の手紙10:13 あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。ストレスやトラウマも癒され、平安と感謝の日々。 環境ストレス=生老病死。家庭・地域環境、遊びや習い事、勉強、学校や塾、進学、就職、仕事や経済、結婚、移転、子育て、退職、老年、死別。精神的ストレス=家族、良心の喧嘩、兄弟喧嘩、親戚や隣人関係、レイプや暴行等性的問題。家畜やペット。酒やたばこ、薬物、教師の一言、思い違い(想像的ストレス)等があります。最新のアメリカの研究によると、病気(身体と精神(心)の病気の95パーセントはストレスが原因と分かりました。すべての問題は複合的原因がありますが、病気の95パーセントにストレスが影響を与えていることは自明の理です。それは医学の世界の常識であり、その原因の解決法が無いので、治療と薬で何とかしようとしているだけです。新薬や新治療法は次々と、お金をいくら使ってもストレスはなくならない世界の現実です。その根本的解決を、神様は与えてくださり、主イエス・キリストの十字架と復活の福音により解決してくださったのです。その聖書の約束を素直にアーメンと信じ、平安と癒しの中を快適に!ハレルヤ。万歩計も10500歩。よく動いた水曜日。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日。感謝します。
2016/01/13
コメント(0)
聖書の一言;ヨハネの福音書20:30- この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行なわれた。しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。イエス・キリストの生涯は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書に、病の癒し、悪霊追放、自然界の奇跡、死者のよみがえりなど35の奇跡が記録されています。記録されたのは、イエス様が神の子キリストであると信じるためです。また、アーメンと信じる者が救われ、永遠のいのち=かみのいのちを受け、天国に生きるためです。種子島の西之表キリスト教会で高校生の時アーメンと信じ、その日に教会前の城の浜海岸で洗礼を受けて58年。クリスチャンになり現役の牧師です。聖書はイエス・キリストをの救いを伝える唯一の書です。 ヨハネ5:39-40 あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。それなのに、あなたがたは、いのちを得るためにわたしのもとに来ようとはしません。今も生きて働かれている、イエス・キリストの招きを、素直にアーメンと受けてください。マタイの福音書11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。アーメン信じますと、今朝、その招きに応え、イエス・キリストを心にお迎えください。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/13
コメント(0)
イザヤ書35:2弱った手を強め、よろめく膝をしっかりさせよ。心騒ぐ者たちに言え。強くあれ、恐れるな。1999年11月、東京都北区で左脳内出血、2012年7月堺市で運転中右脳内出血、同年10月小脳内出血。イエス様の恵みと愛で一命を守られ、天国から追い帰された牧師と呼ばれ、現役牧師として仕えています。主治医にも、左右脳内出血と小脳内梗塞で守られ、奇跡ですよと言われています。杖を付いて歩くよう厳命され、今日も11644歩。ABCスタジオ録音を終え、新世界のエリムキリスト教会で説教。生駒駅からタクシーで帰宅。毎日、立つ、歩く、握る=掴む、噛む、話すと鍛練し続けています。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日。感謝します。
2016/01/12
コメント(0)
聖書の一言;ヨハネの福音書20:24-29 十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。それで、ほかの弟子たちが彼に「私たちは主を見た。」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません。」と言った。八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように。」と言われた。それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」復活と言う偉大な事実。日曜日の朝早く、死の闇を打ち破り復活された、いのちの主イエス・キリスト。双子と呼ばれる弟子デドモは、その顕現の場に居合わせませんでした。デドモは生来懐疑的だったのかは不明です。しかし、一人ぼっちで自分だけの世界が好きだったのかも分かりません。仲間の弟子たちが、復活の主に出会い、笑顔が輝き喜ぶ姿を見ると、さらに懐疑的になり、私は、その手に釘の後を見、わたしの手をそのわきに差し入れて見なければ、決して信じません。と宣言します。その場に、復活のイエス・キリストは来られました。部屋の戸は閉じられていました。デドモと呼ばれるトマスの心はもっと閉じられていました。その中に立ち、平安があるように=シャローム、大丈夫とのことば。非難ではなく責めるのでもなく、あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。疑いの中に留まるのではなく現実を直視し、信じる者の祝福を体験するよう、優しい愛のことばです。わが主よ。わが神よ。と跪くトマスです。21世紀の今日も、見ないで信じる幸いを経験できます。アーメンと信じて、救われた幸いを体験する時です。ローマ人への手紙10:8-10 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。すばらしい十字架と復活の救いを、今日もABCラジオスタジオで語ります。放送日は、毎週水曜日午前4時35分から10分間です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/11
コメント(0)
イザヤ書35:1荒野と沙漠は楽しみ、荒地は喜び、サフランのように花を咲かせる。盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う。 午前中山路散策。紅梅が咲き、菜の花もきれいです。風は少し寒いけれども、山路は春の装いのよう。メールに杉良太郎のことを書いたメールがあり、転載します。 杉良太郎さん、5年前位に岡山に見えた時 友人からチケット貰い行きました。その時初めて刑務所の慰問を長年続けておられる事も知りました。淡路出身のお父さんが 神戸に出てこられ神戸で 音楽学校へ行って 上京。カレー屋さんでアルバイトしてオーディション受けて芸能界へ。無休でカレー屋さんで、3食カレーだったとか。だから、洗い物 お料理もされてる杉さんです。 五代さんの手 マイク持つ手が荒れてるといけないから家では洗い物は、杉さんがなさるそうです。トイレ掃除もできる時はやられるそうです。孤児を引き取るアメリカ人が多くいるそうですが 兄弟揃って 養子にはして貰えなくて そんな孤児たちをバラバラしてはもう会えなくなるからと、養子にしていて 今は 90人。素晴しい生き方をしてる 杉さん 五代さん ご夫妻です。ボランティアは15歳から初めて 57年目とか。再放送を 見ました。アジアに学校を作るきっかけは 中国へ行った時 学校へ行って無い子供たちに 「学校を作る」と約束したから、 「約束は守るもの」 と銀行へ掛け合って 1億の借金を。その時にも 辞めときなさいと 頭取から言われたそうですが 説得して借り入れができたとか。お金では得られない 幸せと!笑顔でした。こんな感動は 他の方は知らことでしょう、とも。スゴイ働きをしている方ですね。健康とご活躍を祷ります。ありがとうございます。今日もまた天ン国の一日です。感謝します。
2016/01/11
コメント(0)
聖書の一言;ヨハネの福音書 20:19-23 その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」平安があるように。シャローム=大丈夫ですの意味もあります。平安であるとき、大丈夫です。平和憲法を維持してきた70年、日本は大丈夫でした。71年目になた2016年、きな臭くなっています。戦争の危機をあおり、国威発揚の声にまた多くの人が欺かれています。火山活動の活動活発化で、富士山噴火も真剣に考えないといけない昨今です。原子炉再開なんて無茶です。経済効果ばかりを主張する恐ろしい時代です。原子炉は足封鎖し、代替えエネルギー開発に、殺人武器を研究するよりも、力を注げばすぐできます。できているのかもしれません。暗黒が歴史を覆う時代、イエス・キリストは死の闇を破り復活されました。恐れおののく弟子たちですが、聖霊に満たされ、平安をもたらす使者へと変えられ、世界を愛で満たしました。シャローム=平安があるように。大丈夫!平安、川のような平安。豊かに流れ出て、世界を潤す。今日も互いに平和で結ばれ、世界中に平和を満たす。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/11
コメント(0)
イザヤ書54:2あなたの住まいの幕を惜しむことなく張り伸ばし、綱を長くし、鉄の杭を強固にせよ。 開拓伝道に、福岡正彬牧師は21歳で単身やって来ました。一人で路傍伝道に立ち、23歳で敦子夫人と結婚。八幡浜市に立派なキリスト教会を建設し、ご子息は商工会議所にアイデアを提案、八幡浜ちゃんぽんを全国に紹介しました。昨年は、10日から12日まで、4回連続説教に招かれ、八幡浜市を杖を突いて1万歩を歩き回っていました。今日も帰宅して万歩計は、11321歩です。あなたの若い日に、あなたの創造主を覚えよ。クリスチャンになったのは、滋賀県大津市で福岡牧師が高校3年生、敦子夫人は京都市で高校2年生、私は種子島で高校1年生のとき。牧師になったのは、世界中ほとんどが10代の半ばで、決断しているそうです。同世代も70代になり、引退や天国へ召される時代になりなりました。現役牧師、現役学院長として、9月2日の誕生日に、アブラハムが召されたのと同じ年齢になります。わたしが示す地へ行きなさい。新しいチャレンジの年です。聖書の約束をアーメンと信じ、告白し実行する情熱。聖霊に満たされ、イエス・キリストを愛し、今年も与えられている約束です。イザヤ書60:2 見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる。ニコニコ笑顔で輝く、平安と喜びの日曜日でした。ハレルヤ。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します
2016/01/10
コメント(0)
聖書の一言;ヨハネの福音書20:15 イエスは彼女に言われた。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか= "Woman, why are you weeping? Whom are you seeking?"イエス・キリストが十字架上に死に、十字架に付けられた場所に園があって、そこには、まだ誰も葬れれたことのない新しい墓があり、そこに埋葬されました。安息日が明けた朝早やく、女たちは墓に行き、イエス・キリスト復活の天使のことばを聞いても信じられず帰りました。マググダラダらのマリヤは、7つの悪霊を追い出してもらった日から、愛し仕えたイエス・キリストへ身体を捜していました。そして、イエス・キリストが彼女に声をかけました。復活のキリストの最初のことばが、女よ。なぜ泣いているのかです。人生には多くの涙があります。メールでも、その涙の人生を知りました。今年の春で40年、ネジ株式会社に4年、今の会社に36年勤めています。その間ほとんど寝る時間惜しんで働いた時代10年も。そしていま、愛するイエス・キリストを愛し、信じる恵み。聖書を学べば学ぶほど嬉し涙です。礼拝に欠かさず出席し、今までの苦労も報われ幸せです。イエス・キリストは喜怒哀楽を知り、復活の最初のことばが、女よ、なぜ泣いているのかです。そのことばに感涙する朝です。へブル人への手紙2:17-18 そういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため、主=イエス・キリストはすべての点で私たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。 4:15-16 私たちの大祭司=イエス・キリストは、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。7:24-25 しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。なぜ泣いているのかと、優しく語りかけるイエス・キリストは、今日もアーメンと祈りあなたとともにあり、愛し、守り、助けてくださいます。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。 こんな歌もあります。人生楽ありゃ苦もあるさ涙の後には虹も出る歩いてゆくんだしっかりと自分の道をふみしめて人生勇気が必要だ くじけりゃ誰かが先に行く あとから来たのに追い越され泣くのがいやならさあ歩け人生一つの物なのさ後には戻れぬものなのさ明日の日の出をいつの日も目指して行こう顔上げて人生涙と笑顔ありそんなに悪くはないもんだなんにもしないで生きるより何かを求めて生きようよ
2016/01/10
コメント(0)
イザヤ書33:15-16 正義を行なう者、まっすぐに語る者、強奪による利得を退ける者、手を振ってわいろを取らない者、耳を閉じて血なまぐさいことを聞かない者、目を閉じて悪いことを見ない者、このような人は、高い所に住み、そのとりでは岩の上の要害である。彼のパンは与えられ、その水は確保される。殺人は最大の罪であり、人を殺すことが正義と思う恐ろしい世界です。71年前に終わった第二次世界大戦も正義の戦争と主張したり、原爆を落としたのは戦争を終結する正義だったと、アメリカでは教えており、恐ろしいことです。 血なまぐさい事件が続出する時代ですが、戦争=第三次世界大戦になれば、世界は終わることを分かっていても、戦争正義論を押し通そうとする、戦争大好き=人殺し理論、経済のために武器製造と武器輸出さえ,経済のためと面目を優先します。テロも戦争も武器商人にもてあそばれているようです。お金お金の世界だけでなく、もっと大切なものがあることを、すべての人が体験し、ほんとうの心の豊かさで、愛にあふれた日本=平和憲法の国であることを切願します。そして、このような人は、高い所に住み、そのとりでは岩の上の要害である。彼のパンは与えられ、その水は確保される。 気高く、世界の平和の先頭に立ち、美しい四季折々の大自然に囲まれて、幸せに生きる国民が、おめでとうございますの、晴れやかな気持ちで、仲良く暮らす日々を祈ります。 今日は、懐かしい日曜学校の子どもと20分も話した。電話の向こうで少女時代と同じような、上品で輝く笑顔が見えるような感じだった。いつもおしとやかに妹と二人、静かにたたずみ見上げてくれていた瞳が懐かしい。50年も前の思い出が、今によみがえる夕方です。業者の来訪があり、再配達があと一通。携帯が鳴るのを待ちながらの書斎です。ありがとうございます。今日もまた天国の豊かな愛の一日です。感謝します
2016/01/09
コメント(0)
聖書の一言;ヨハネの福音書19:31-37 その日は備え日であったため、ユダヤ人たちは安息日に(その安息日は大いなる日であったので)、死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った。それで、兵士たちが来て、イエスといっしょに十字架につけられた第一の者と、もうひとりの者とのすねを折った。しかし、イエスのところに来ると、イエスがすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった。しかし、兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た.。それを目撃した者があかしをしているのである。そのあかしは真実である。その人が、あなたがたにも信じさせるために、真実を話すということをよく知っているのである。この事が起こったのは、「彼の骨は一つも砕かれない。」という聖書のことばが成就するためであった。また聖書の別のところには、「彼らは自分たちが突き刺した方を見る。」と言われているからである。イエス・キリストの誕生、十字架上の死と葬り、そして3日目の朝の復活。そのすべては歴史的事実です。アーメンの救いは、歴史的現実を受け入れ、その上に立つ現実的救いです。コリント人への第一の手紙15:1-7 兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。その後、キリストはヤコブに現われ、それから使徒たち全部に現われました。そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私パウロにも、現われてくださいました。その事を信じて種子島でアーメンと信じ救われ、平安で幸せな日々です。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/09
コメント(0)
聖書の一言;33:6 あなたの時代は堅く立つ。知恵と知識とが、救いの富である。主を恐れることが、その財宝である。 永遠に勝るときはなく、永遠はずうっと先でなく、今も永遠です。時間の概念には、一日24時間、春夏秋冬の季節の流れで,時は来てまた去っていきます。 肉体を持つ人間である限り、時の流れに逆らうことはできず、大河が海に流れ込むように死に向かって行きます。永遠と言うときがあります。永遠とは、変化しないものであり、常に移ろい過ぎ去っていく時間に対し、不変のものです。時間は有限ですが、永遠は無限の世界です。肉体の死と共に、霊魂はさ迷うことなく、永遠の天国へ召されます。愛する家内が天に召されましたが、その永遠の思いを強くされ平安です。 聖書の永遠は、無限の愛の神が永遠に存在し、輪廻思想のように死んでまた生き返ると言うことではなく、この世に生を受け、一度限りの尊い命として存在し。天国に召されていく幸いです。イエス・キリストを信じる者は、永遠のいのちを受けます。その事を知恵、知識として持つとき、どんな状態になっても堅く立つことができます。2015年をゆるぎない確信で過ごせる恵みに感動です。その救いの富を持つとき、何事が起ころうと失うことのない豊かな人生です。さまざまな問題や困難に直面したときでさえ喜ぶことができます。忍耐によって、人格は筋金入りにされます。信仰と希望が強められ、何物にも動じない人生です。聖霊様が神様の愛を満たしてくださり、そのあたたかい愛を全身で感じるほどです。あなたの時代は堅く立つと、2016年も不動の平和と守り豊かな戦後71年であるよう祈ります。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/08
コメント(0)
聖書の一言;ヨハネの福音書19:30すると、イエスはその酸いぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。 ギリシャ語では、テテレスタイ=完了したです。 次に、旧約聖書の下にある全てのタイプや典型的な預言は果たされ、廃止され、 明白に成就しました。 三番目に、神の律法に全て服従する事は、イエス・キリストが十字架にかけられる事によって終り、信じる義が与えられました。 四番目に、悪魔と罪の全ての力は、十字架の上で神に属する人々のために終わりました。へブル人への手紙2:14-15 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。また、全ての神の正義は、神の民に代わって、イエス・キリストが十字架で死なれたときに完了し成就された。ローマ人への手紙3:2426 ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。 全人類、全宇宙の罪とが、病と呪い、貧困と死、地獄への道は贖われ、救いの道は完成されました。アーメンと言うだけで、義の道を健やかに、祝福と豊かさに満たされ、永遠のいのちを持つ神の子として、天国を生きる幸いが、テテレスタイ=完了しているのです。アーメンと信じましょう。ローマ人への手紙8:18 -22の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、服従させた方によるのであって、望みがあるからです。被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。テテレスタイ!今は恵みの時、救いの日です。エペソ人への手紙 2:810 あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。 私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/07
コメント(0)
イザヤ書32:8 しかし、高貴な人は高貴なことを計画し、高貴なことを、いつもする。 後期高齢者ということばがあるが、年齢を重ねれば高貴になり、香気に輝き、いつも好機にチャレンジし、光輝ある年長者。ノーブレス・オブリージュ=nobility obligesは、大きな力には、大きな責任が伴います。力のある人が社会を維持するコストをするのが当たり前です。貴族階級があった時代、戦いがあると彼らは率先して先頭で戦いました。貴族の義務で、高貴な生まれのものは、果たすべき義務があるのです。 高貴な人は高貴なことを考え、高貴に語り、高貴なことをいつもする。イエス・キリストは、世界の歴史の中で最も高貴な生涯を歩まれました。33歳のいのちを全人類のために、十字架に死に全宇宙の救い主となられました。その大きな愛にアーメンと信じ、神の子とされたのがクリスチャンです。わたしはあなたを友と呼んだと、復活のイエス・キリストは見捨てず離れることなく、世の終わりまで共に歩いてくださいます。まさしくノーブレス・オブリージュの人生を、まっすぐに生きる力も、聖霊によって神の愛を注いで歩ませてくださいます。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2016/01/07
コメント(0)
聖書の一言;18:40 すると彼らはみな、また大声をあげて、「この人ではない。バラバだ。」と言った。このバラバは強盗であった。ミッションバラバという宣教団体があり、生駒聖書学院卒業の金沢泰裕牧師が会長です。東京や神戸、大阪や北海道など全国で、マスコミをにぎわせた親分や組員で構成されています。数年前に親分はイエス様と言う映画が、東映映画館で上映され、現在はDVDで鑑賞できます。ミッション・バラバの記事が今朝の聖書の一言です。イエス様は、イスカリオテ・ユダの裏切りに寄り捕縛され、裁判を受け、名の罪もないことが判明し、さすが法の国ローマ帝国総督のピラトも、死刑に処する判決ができません。ユダヤ祭司長や祭司など特権階級、指導者層の妬みである子tが分かっていました。何とか死刑を留めようと、ちょうど明日から始まる過ぎ越しの祭りには、恩赦で一人を許すしきたりになっており、総督ピラトは、民衆がイエスを解放せよと叫ぶと思いました。ピラトは、彼らに言った。「私は、あの人には罪を認めません。しかし、過越の祭りに、私があなたがたのためにひとりの者を釈放するのがならわしになっています。それで、あなたがたのために、ユダヤ人の王を釈放することにしましょうか。」すると彼らはみな、また大声をあげて、「この人ではない。バラバだ。」と言った。このバラバは強盗であった。強盗の重罪で死刑が決っていたバラバをと叫ばれてしまいました。付和雷同する民衆の姿は、歴史の必然です。今、日本もその瀬戸際に立っています。北朝鮮や中国、イスラム脅威論が大手を振っています。何としてとの声よりも、平和憲法を守れとの願いがあっても、NHKの世論調査はその声を無視し、現政権用語と憲法改正を声高に叫び、70年やっと終わった戦争時代へ、戦争を知る世代もいなくなり、いつか来た道を辿ろうとしています。2000年前、バラバをと叫んだ民衆を、今の日本の姿にダブらせておもいます。イエス・キリストは身代わりに十字架の道を進みました。それはばらば一人の身代わりではなく、あなたと私、いや全人類の身代わりとしての十字架になったのです。偶像崇拝、自然崇拝の日本の罪も咎も、日本お上にある呪いも貧困も、死も地獄行きの不安も恐れもすべてが、アーメンと信じるだけで終わっているのです。兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。その後、キリストはヤコブに現われ、それから使徒たち全部に現われました。コリント第二15:1-7生駒聖書学院は、午前9時から3学期始業、このすばらしい十字架の救いを伝えるために、ご一緒に献身の道を前進してください。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です、感謝します。
2016/01/07
コメント(0)
全60件 (60件中 1-50件目)