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3つのグループで10月に2回と12月に1回演奏の予定があります。福島での演奏をわざわざ見にいらっしゃる方はまずいないとは思いますが・・・・・・(それ以外の2つは都内での演奏です)1 ロス・サバージョス(ZABADAKコピーバンド)10月8日(日)福島県川俣町「コスキン・エン・ハポン」サブステージ羽山の森美術館午後1時30分/道の駅川俣午後2時30分各ステージ5~6曲演奏見込2 ティエラ・クリオージャ10月29日(日)午後2時40分頃から(時間はおおよその目安です)中野区新井区民活動センター「あらいまつり」(西武新宿線沼袋駅下車徒歩10分)複数団体が出るので、時間は前後することがあります。入場無料3 キラ・ウイルカ12月9日(土)午後6時キラ・ウイルカ/カンチャ・ニャン ジョイントライブペルー料理店「ティアスサナ」(JR総武線信濃町駅下車徒歩5分)ライブチャージ1000円(セットメニューの料理付・飲み物は各自ご注文ください)去年9月に引き続き、同じ組み合わせでジョイントライブをやります。わたしはキラ・ウイルカのほうで演奏します。予約はお店ではなく、各出演者の方で承ります。※私の負傷のため、出演はしますが、いささかお見苦しい姿での演奏となることをご了承ください。
2017.09.30
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前原代表、希望との合流提案 両院議員総会で民進党の前原誠司代表は28日午後の党両院議員総会で、希望の党との事実上の合流を提案した。前原氏は「我々の理想の社会を作るため、好き勝手な安倍政権を終わらせるため、もう一度2大政党を作るために、名を捨てて実を取る。その決断をご理解いただきたい」と出席者たちに訴えた。--- 「合流する」といえば言葉がよいですが、実態としては吸収合併です。仮にも野党第一党であり、かつて政権党でもあった党が、主体性を放棄して解党して、出来たばかりの党に併合されてしまう。見るも無残な状況としか、私には思えません。その「希望の党」は、党首は人気があっても、組織も何もまだまったくなく、ついでにイデオロギー的には極右ときています。前原は「我々の理想の社会を作るため」と言いますが、その理想の社会とはどんな社会なのか、が問題でしょう。一方で「希望の党」の側は合流する議員を選別する、と言っています。希望への参加条件、安全保障と憲法への姿勢重視 小池氏希望の党代表の小池百合子・東京都知事は27日夜、BSフジの番組に出演し、同党参加の条件について「基本的には憲法(改正)への対応。それは安全保障にも関わる」と述べ、改憲と安全保障に対する姿勢を重視する考えを示した。「一人一人の考え方を確認する」とも話し、個別に選別する意向を明かした。(以下略)---具体的にどのような姿勢の人を受け入れる、とは記事には明示されていませんが、文脈から考えれば、憲法改「正」に賛成しろ、集団的自衛権を認める安保法に賛成しろ、そうでない人は受け入れないぞ、ということです。それは、私にとってはどう考えても「我々の理想の社会」に向かう政策とは思えないものです。野党共闘路線をとってきた共産党は、この状況を受けて、希望の党の公認を受けて立候補する人には対立候補を立てると宣言しています。それ以外の選択肢はないでしょう。というか、安倍か小池か、というのは、銃殺が良いか絞首刑がよいか、というのと、私にとっては同じですから、その2陣営しか候補者を立てないとしたら、わたしは棄権か白票しかありません。まあ、どう転んでも民進党解党の流れは止まらないのでしょう。右のほうに行きたい人たちに「左側で戦え」と言ったってどうにもなりゃしない。それにこだわっても時間の無駄です。前述のとおり、民進党からすべての議員・立候補予定者が希望の党に流れ込むわけではないはずです。希望の党には行かない、行けない人がある程度は残るでしょう。それらの人たちと、社民党、共産党で共闘を再構築するしかないでしょう。自由党はどうでしょうか。今回の前原・小池会談をお膳立てしたのは小沢だとの観測もあります(真偽のほどは分かりませんが)。だから自由党も希望の党に流入するのでしょうか。でも、民進党と同様に、全員がそうではないだろうと思います。そして、左派・リベラル派としてこれだけは譲れない、という共通政策は何があるのでしょうか。たとえどれほど支持率の高い政権だったとしても、できることはわずかでしかないことは、かつての鳩山政権の挫折からも明らかです。だから、あまり壮大な風呂敷を広げても実現性はありません。そんな中で、「目指すべき方向」は、わたしとしては 貧困問題や格差の解消に向けて可能な限り努力 原発は全廃へ 憲法は変えない 自衛隊の規模、行動は最小限(ゼロではない) 中国・韓国など周辺諸国と、対立拡大ではなく、緊張緩和を目指す 対米従属からの自立を志向する 市民の政治的自由の擁護だと思っています。もちろん、これすら、旗として掲げる、ということであって、すべてがすぐに完全に実現できる、というものではありませんが。でも、この方向を目指す政治勢力が、国政の中である程度の勢力を保ってほしいし、そのために必要な選挙協力は行ってほしいと願うものです。
2017.09.28
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あいだが1回飛びましたが、焼岳の写真の続きですヤマハハコ、まだこの時期でも咲いているんですね。晴れてきて、山頂方面もよく見えます。それにしても、あちこち噴気だらけです。前回来たときは、もっと小さな噴気(それこそタバコの煙くらいの規模)が登山道の真ん中をはじめとして無数に立ち上っていたのですが、今回はそういう小さな噴気は気づきませんでした。多分気温が違ったからでしょう。前回のときは10月末の降雪直後で寒かったので、わずかな噴気もよく見えたのに対して、今回は結構気温は高かったので、わずかな噴気は見えなかった、ということでしょう。実際、歩いていて、噴気は見えないけれど何だか生暖かい風が腕に当たったぞ、ということが、何回かありました。写真にはにおいはありませんが、硫黄の臭いがかなりします。で、このままいい感じに晴れてくれればよかったのですが・・・・・・山頂に到着!しかし天気は再び曇です。焼岳小屋を出発したのが8時55分で、山頂着が10時5分、この間はコースタイムどおりでした。山頂の標識には「北峰」とあります。隣の南峰はこちら。目の前ですが、ガスに隠れていて、かすかにしか見えません。実はこちらのほうが標高はわずかに高いのですが、登山禁止だそうです。南峰への稜線上に、盛大な噴気が立ち上っています。これを踏み越えていくのは、さすがにちょっとねえ。ただ、積雪期はルートが違い、逆に南峰ーの登頂が一般的で北峰は困難だそうです。前回の写真にあるはしご(他にも数箇所あります)は、積雪期には取り外されているので、この間上高地側から焼岳へ登るのは事実上不可能です。(ある程度の岩登り技術を要する)山頂には10時半頃までいましたが、結局ほとんど視界が開けず、やむをえず下山にかかります。噴気の目の前。ツツジ科の何か、です。シラタマノキではないかと思います。同じくシラタマノキと思います。この辺りは、トウヒの疎林です。松ですが、五葉松です。しかしハイマツではありません。チョウセンゴヨウと思いますが、キタゴヨウかも知れません。焼岳小屋まで戻ってきました。昼食を食べ、小屋から数分の見晴らしの良い場所で、例によってケーナを吹く。サンポーニャはテントに置いてきました。ヘルメットは、結局持って行っただけで、かぶりませんでした。山肌には、地滑りの跡が何筋もあります。紅葉は、まだちょっと先ですね。カラマツと、その先の大正池。再び五葉松。多分、チョウセンゴヨウでしょう。チョウセンゴヨウは葉が長め、キタゴヨウはやや短めですが、比べるものがないと、何とも言えませんが、長めと見ました。松ぼっくりがあればわかりやすいのですが(チョウセンゴヨウの松ぼっくりは大きい)見当たりませんでした。梓川まで下山してきました。小屋から数分のケーナを吹いたところを11時45分くらいに出て、田代橋帰着が13時10分頃なので、下りは小屋から1時間半くらいでした。下るにつれて天気が良くなってきて、この後小梨平に戻ってテント撤収して入浴した2時過ぎには、焼岳の山頂も見えるようになっていました。まあ、そういうこともあります。膝の調子は、登りは全く問題なし、下りも、歩くのに支障は全くないものの、痛みが皆無とも言えない状態でした。荷物が軽かったから何も問題はありませんでしたが、テントの荷物15kgとか20kgを担いで、標高差1500mを下ったらどうなのかは、(登りは、多分大丈夫)若干の不安を感じるところです。
2017.09.26
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今日は、焼岳登山の最終回をアップしようと思っていたのですが、安倍がふざけた記者会見をやったらしいので、焼岳の前に私の頭が噴火しちゃったので急遽予定変更。焼岳は次回にします。安倍首相「この解散は国難突破解散だ」 会見で述べる安倍晋三首相は25日午後6時から記者会見し、28日に召集する臨時国会の冒頭で衆院を解散すると表明した。「この解散は国難突破解散だ。急速に進む少子高齢化を克服し、我が国の未来を開く。北朝鮮の脅威に対し、国民の命と平和な暮らしを守り抜く。この国難とも呼ぶべき問題を私は全身全霊を傾け、国民とともに突破していく決意だ」と述べた。首相は、核・ミサイル開発を進める北朝鮮を非難したうえで、「民主主義の原点である選挙が、北朝鮮の脅かしによって左右されることがあってはならない。こういう時期にこそ、選挙を行うことで北朝鮮問題への対応について国民に問いたい」と強調。「選挙で信任を得て、力強い外交を進めていく」と述べた。---国難突破解散だそうです、笑わせてくれます。否応なく来年の12月には衆院の任期切れが来るわけですが、それを1年2ヶ月早めて、今解散する大義名分には、まったくなっていません。3.11の震災は、まさしく「国難」でした。あの年の4月には統一地方選が予定されていましたが、被災した岩手・宮城・福島の3県の統一地方選は9月に延期されています。本当に「国難」だったら、そんな時期に政治的空白をつくるべきではないのであって、実際には国難なんかじゃないからこそ解散するんでしょーが。「民主主義の原点である選挙が、北朝鮮の脅かしによって左右されることがあってはならない。こういう時期にこそ、選挙を行うことで北朝鮮問題への対応について国民に問いたい」これもまた、滅茶苦茶な理屈です。北朝鮮が脅かしているときに選挙をやれば、選挙はそれに左右されるに決まっているではないですか。選挙が北朝鮮の脅しに左右されないための唯一確実な手段は、北朝鮮が脅かしていないときに選挙をやることです。実際には、これも「北朝鮮の脅かしによって安倍政権に有利なように選挙結果が左右されそうだ」ということでしょう。要するに、「今選挙をすれば勝てそうだから解散する」という理屈でもなんでもない党利党略に、一生懸命化粧を施してごまかそうとしているだけのことなのです。で、別報道によれば、勝敗ラインは「与党で過半数」だそうです。そりゃ、負ければ責任を追及される立場としては、勝敗ラインはできるだけ低く設定したいのは当然でしょう。ただ、現実に「与党で過半数」は勝敗ラインではありません。そんな議席数だったら、自民党は大敗北です。現在の自民党の議席数は288、公明党は35、合計323です(定数475議席)。自公で過半数というのは233議席です(定数は10減で465議席)。定数が10議席減ることを考慮しても、90議席も減らしたら、「大敗」以外の表現はありえないでしょう。解散しなければあと何ヶ月か議員の身分でいられたはずの与党議員を大量に「失業」(?)させるのですから、党内が収まるわけはありません。ところで、安倍応援団の産経は、こんなことを書いています。「解散に大義などない」と批判する野党議員ら だが、数カ月前には「早く解散しろ」と言ってませんでした?数ヶ月前には野党も「早く解散しろ」と言っていたではないか、というのですが、「昨日正しかった戦略が今日も正しいとは限らない」という言葉もあります。(田中芳樹の「銀河英雄伝説」の中に出てきた台詞です)数ヶ月前、日本の上空を北朝鮮のミサイルは通過していませんでした。そのときと今とでは、日本をめぐる状況は違い、取るべき選択も変わってくるはずですから、それに伴って野党の主張が変化するのは不思議なことではありません。しかし、産経は「野党は昨日主張していた戦略を今日も貫徹しろ」というのです。つまり、「昨日と今日」に、実際にはたいした差はないのだと、産経も暗に認めている、ということでしょう。
2017.09.25
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前回の続きです。天気予報はそんなに悪くなかったのですが、22日の深夜から雨になってしまいました。結構ザーザー降りのように感じたのですが、翌朝のテント周囲の状況から考えると、それほどの降りでもなかったようです。(一応、雨を警戒してテントは上にカラマツ、下に広葉樹の茂っている場所に張りました。カラマツだけでは、葉はあってないようなものですから)本当は、朝5時にテントを出ようかと思ったのですが、雨の音に起きる気力もくじけ(笑)、結局起きたのが5時過ぎ。朝食にラーメンを作って食べ、その後保温ポットに入れる熱湯を沸かしているとき、悲劇が起きたのでした(笑)テント山行していれば、誰もが一度は経験する、と思うのですが(私が思っているだけ?)熱湯をテント内にぶちまけちゃったのですよ。たっぷり500ccも。まあ、でも味噌汁とかスープではなく、ただのお湯だったのが不幸中の幸い。(十数年前、テント内で味噌汁をこぼした経験もあり)しかも、熱湯だったので、タオルで拭いてテント外で絞る、を繰り返しているうちに、どんどん蒸発していくので、テント内がそんなにびしょ濡れになるようなことはなくて済みました。ま、そんなこともあって、それでもめげずにお湯を沸かしなおしていたら、結局テントを出たのが朝6時半。雨は完全に止んで、青空ものぞき始めていました。これから登る焼岳が、ガスの間から姿を現しました。穂高連峰の半分ガスに隠れています。まずは梓川の右岸を、川下方向に焼岳登山口を目指します。その途中で、カラ類の混群に遭遇。思い切ってレンズを望遠に取替え。コガラです。ゴジュウカラ。木の幹に垂直に止まって上に登っていく鳥は多いですが、逆さに止まって下に向かって歩いていける鳥は、ゴジュウカラだけと言われます。(明治神宮で木の幹に下向きに止まるヤマガラには遭遇したことがありますが)ゴジュウカラがこっちに寄ってきた!!このほか、キバシリとミソサザイも確認したのですが、何しろすばしっこいので、カメラのファインダーに収めることはできませんでした。田代橋付近から梓川を撮影。何だか再び雲行きが怪しくなってきましたが、ちょっと幻想的な光景でした。朝方まで雨が降っていたので、登山道はドロドロでしたが、一箇所を除いてそんなに難しいところはありません。最近、膝の調子がよくなくて、全然ランニングできておらず、脚力は落ちていると思うのですが、荷物が軽いこともあって快調に登っていきます。このコース唯一、最大の難所に到着。まあ、難所と言ってもたかが知れていますが、垂直に近いはしご。はしごを上から見下ろすと、こんな感じです。まあ、はしごは見た目とともかく人が登るために作られているものですから、たいしたことはありませんが、それに続いて・・・・・この一枚岩を登っていくのです。ここが、一番面倒だったかな。でも、この写真はちょっと斜度が強調されすぎ。実際はこんなに絶壁みたいではなく、それほどおっかない場所でもありません。なお、この写真は、実際には下山時に撮影したものです。焼岳小屋に到着。田代橋が7時ちょうどで、焼岳小屋到着は8時45分。コースタイムは2時間50分となっているので、それより1時間以上は約到着しました。ただ、焼岳小屋の標高は2090mだそうで、田代橋から標高差600m弱、私の足が速いのではなく、コースタイムが余裕ありすぎなだけです。イワヒバリが飛んできました。登山口からは望遠レンズを外して標準ズーム(17-50mm)だったので、結構近かったけどこれが限界。山登りと野鳥の撮影は、レンズひとつとってもなかなか両立し難いものです。8月に焼岳で噴気が活発化したたことは知っていましたし、そのためヘルメットの携行が推奨されていることも知っていましたが、空震を伴う地震が一晩に6回、それは知りませんでしたよ!それって、深夜だから誰も見ていないけれど、事実上(きわめて小規模の)噴火だったのでは。私も一応ヘルメットをもって行きました(難易度的には、ヘルメットがいるような山ではありません)が、本当に噴火したら、気休めにもならないでしょうね。登山者は結構多かったですが、ヘルメットを持っている人は半分くらいだったでしょうかね。トウヒの葉。コメツガの葉。トウヒもコメツガも本州中部の亜高山帯(海抜1500mくらいから2500mくらいまで)の主要樹種ですが、コメツガはどちらかというと亜高山帯の下部に多く、トウヒは下部から上部まで満遍なく生えていますが、全体としてはトウヒは本州の山では比較的少なく、かつ局所的に固まって生えていることが多いようです。急に明るくなってきても視界が開けてきました。大正池から河童橋の先まで、梓川沿いが一望に見渡せます。大正池。焼岳の噴火で崩落した土砂が梓川をせき止めてできた池です。帝国ホテルの赤い屋根が見えます。更に次回に続きます。
2017.09.24
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5年前の10月下旬に焼岳に登ったことがあります。通常ならどうということはない山ですが、そのときはまさかの積雪。そんなことを予想していなくてアイゼンは持っていなかったので(もっとも、持っていたとしても積雪量はほんの数センチだったのでアイゼンを使うには雪が少なすぎ、しかし雪だから滑る、というなかなか困った状態)山頂までもう少しのところで撤退しました。焼岳の写真(ポジフィルム)焼岳は、そのとき以来の宿題になっていたので、その宿題を片付けることにしました。が、前回は夜行バスで行って日帰りでしたが、今回はバスの予約が遅れたら、もう満席。なので東京を朝出て1泊2日で行くことにしました。もちろんテントです。最近膝の状態がちょっとよろしくなくて、テントを担いで長距離を歩く自信はあまりないのですが、今回は上高地までバスで行って小梨平にテントを張るので、そのあたりは問題ありません。というわけで、昨日のお昼頃、上高地に到着しました。天気予報は晴れのはずでしたが曇です。ただ、視界は充分。河童橋のお決まりの構図ですが。紅葉の見頃には、まだちょっと早いかな。というか、今年は夏が長雨だったので、どうもあまりきれいな紅葉が期待できないかも。翌日(今日)目指す焼岳はこちらです。焼岳のアップで、小梨平にテントを張ると、この日の予定はおしまい・・・・・・なわけはなく、明神まで歩くことにしました。梓川の河原に出ると、セキレイが数羽おりまして、「ああ、またいつものハクセキレイか」と思いつつも、何となくシャッターを切って、帰宅後に改めて写真を見るとハクセキレイではない、セグロセキレイでした。(セグロセキレイをちゃんと写真におさめたのは初めてです)そうと知っていれば、もうちょっとしっかり撮ったのに。セグロセキレイ。上の写真よりはピントがあっているかな。もう一羽、ちょっと遠くてボケてますが、キセキレイです。このときは野鳥観察モードなので、レンズは望遠(55-250mm)をつけていました。焼岳の山頂を最大望遠で撮影。河童橋から対岸に渡り、木道を明神に向かいます。何度もとおっているところですが、何度行ってもきれいな景色だなと思います。イワナが泳いでいます。イワナ。湿地帯が続きます。夏の長雨のせいでしょう、水量が非常に多い。で、この池の脇に小鳥が出てきました。ミソサザイです。ちょっと遠くて、やや不鮮明ですが。ミソサザイが横を向きました。この向きだと分かりやすいです。マガモ。マガモの大多数は、夏はシベリアで繁殖し、日本には冬鳥として渡ってきますが、北海道や本州中部の高地で繁殖するものも多少います。上高地でもマガモが繁殖しています。今はまだ非生殖羽なので、オスメスの違いはよく分かりません。明神で明神橋を渡って左岸へ。そして明神岳を撮影。この後、徳本峠への道に少し入ったところで、笛の連中をみっちりと。で、小梨平に引き返しました。この日の夕食です。小梨平は、冬には2回テントを張ったことがありますが、開山時期にテントを張ったのは初めてです。風呂あり、食堂あり、食材もたいていのものはそろっていて、貸しテントすらあるそうです。その気になれば、シュラフだけもって行けばあと何もなくてもテントライフが楽しめるかも。というわけで、続きは次回。
2017.09.23
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メキシコの大地震、死者225人 学校で児童ら生き埋めメキシコで19日午後1時14分ごろ、中部を震源とする強い地震があった。マグニチュード7.1で、震源の深さは約51km。メキシコ政府は少なくとも225人の死亡を確認した。メキシコでは今月7日、98人が死亡したM8.1の地震が起きたばかり。今回の地震は、人口が密集する首都メキシコ市の都市圏を直撃。建物が多数倒壊し、市内の小学校では多くの子どもらが生き埋めになり、救助活動が夜通し続いた。---別報道によれば、多数が生き埋めになった小学校では、瓦礫の中に少なくとも一人子どもが生存している、とのことです。それにしても、すでに多くの指摘がありますが、メキシコ市では、1985年の同じ9月19日に地震が起きています。報道によると、32周年の追悼式や避難訓練が行われた直後の出来事だったといいます。実は、その32年前のメキシコ地震に、当時メキシコ市に在住していた私の従姉妹(ご主人が、さる日本企業の現地駐在員だった)が現地で遭遇した、と聞いた覚えがあります。その3年後の1988年に、わたしはメキシコに行き、従姉妹の家に何泊か泊めていただいたのですが、地震の際は小さい子どもを抱えてクエルナバカ(メキシコ市の南に隣接する小都市)に避難した、と言っていた、と思います(かなりうろ覚え)。私が旅行した1988年当時、わたしの記憶では瓦礫の山とか倒壊した建物はまったくありませんでした。ただし、私が行ったのはあくまでも従姉妹の家周辺と、都心、それに観光客がよく足を運ぶ場所だけでしたから、それ以外の場所でまだ震災の爪痕が残っていたとしても不思議ではありません。今回の地震は震源がメキシコ市の南東120kmというので、1985年の地震より震源はずっと近く、そのかわり地震の規模はずっと小かった(1985年はM8.0、今回はM7.1)ようです。ちなみに、1985年の地震の犠牲者は、Wikipediaの日本語版では「死亡者…約1万人(メキシコ政府公式発表)」と記載されています。しかし、Wikipediaのスペイン語版では、様々なソースによって揺れ動く犠牲者数の推移を掲載しています。地震翌日9月20日に国防省は2000人と発表する一方、同じ日にメキシコ社会保障局は3000人から6000人と発表、メキシコ市長の任にあったラモン・アギーレ・ベセスケスは同26日に死者5000人と瓦礫の下に1500人と発言など、公的機関も互いにバラバラの数字を発表していました。それから年月を経て、近年は「エル・ウニベルサル」紙2015年の報道で1万人、メキシコ赤十字2010年の発表で1万5千人、米国の駐墨大使の2015年の発言で2万人、国立地震研究所(UNAMメキシコ国立自治大学に属する研究機関)の数字で最大4万人・・・・・・今でもやっぱり数字はバラバラです。だから、1985年メキシコ地震の実際の犠牲者数は、今でも分からないのですが、少なくとも、地震当時発表された数字よりはずっと多いことだけは確実です。ということは、今回の地震の犠牲者数も、現在報道されている死者225人(この地震に先立って9月7日に起こった地震の犠牲者98人も同じく)よりもずっと多い数字になるだろう、と思われます。ただ、それでも1985年の地震よりは犠牲者数は少ないだろうな、とは思います。ただ、これで地震が終わりかどうかは分かりません。9月7日の地震と今回の地震はおそらく連動しているのでしょう。9月7日の地震でも、メキシコ市は犠牲者は出なかったようですが相当揺れたようです。近くで更なる連動地震が起こる可能性は否定できないでしょう。しばらくは注意が必要と思われます。メキシコ市というのは、元々アステカ帝国の都テノチティトランを破壊して、その上に築かれた町です。テノチティトランは、テスココ湖という南北60km以上にも達する湖(雨季にはひとつの大きな湖になり、乾季にはいくつかの湖に分かれたらしい)に浮かぶ島に築かれていました。植民地時代から独立後をつうじてテスココ湖は埋め立てと排水が行われ、今ではメキシコ市の東の外れに小さな池としてかろうじて残っている状態です。というわけで、メキシコ市の大部分はかつての湖の底、あるいは埋立地なので、非常に地盤が軟弱です。そのためメキシコ市は震源から300km以上離れていたにもかかわらず、長周期振動によって大きな被害が出たとされます。テスココ湖に浮かぶテノチティトランの復元模型ともかく、瓦礫の中に取り残されている生存者が一刻も早く救出されること、連動地震の危険が遠のくことを願って止みません。YouTubeには、すでにいくつもの地震の動画が上がっています。
2017.09.21
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「解散批判は負け犬の遠ぼえだ」日本維新の会・松井一郎氏がばっさり松井一郎・日本維新の会代表(発言録)選挙は戦いだから、有利な時期に解散をするというのは、だからこそ総理に解散権がある。いつも衆院議員は常在戦場って言っている。批判してもしょうがない。それ批判するのは、負け犬の遠ぼえだ。(争点について)我々は消費増税そのものの凍結。凍結してもやりくりできる。消費増税凍結、政治改革、身を切る改革で教育無償化実現。これを大阪でやれているんだから、国でもやれる。これを全面的に掲げて、総選挙を戦いたい。首相は9条改正、1項、2項を残して3項で自衛隊を明記すると言っているから、憲法も争点になる。(大阪の小選挙区で)真っ正面から公明党とけんかはできない。公明党に正面からけんかを売られたんなら理由があるが、今そういう状況じゃない。公明党と大阪の政治については前へ進める協力はして頂いている。こちらからけんかを売ろうとは思わない。---実質与党の日本維新の会がせっせと安倍の応援に余念がありません。確かに首相には解散権があるし、自らにとってもっとも有利な時期に解散しようとするものです。でも、「衆院議員は常在戦場」というなら(それは事実ではあるでしょうが)、首相たるもの一挙手一投足が批判を浴びるものです。まして解散という重大な政治決断ならなおさらです。昨日まで「北朝鮮の脅威」と言っていたのはどうなったのか、「仕事師内閣」とか言って先月内閣改造したばかりなのに、もう新しい大臣はお払い箱か、ろくに仕事なんかしていないじゃないか、モリ・カケ疑惑をうやむやに誤魔化すための解散じゃないのか、といった点に、批判がなかろうはずもありません。「批判してもしょうがない」と言いますが、批判するのは自由でしょう。安倍が、勝つために解散権を行使する、というなら、当然野党だって選挙に勝つために政権批判という言論の自由を行使するのは当然のことです。選挙のときに野党が政権を批判しないでどうするんですか。安倍政権とそれを批判する側と、どちらの言い分を支持するかは、結局有権者が決めることです。そして、有権者の審判はまだ下ってはいません。まだ誰が負け犬になるか決まってはいないのです。確かに、7月の都知事選で地に落ちた安倍内閣の支持率が回復しています。だから「選挙をやるなら今」と判断したのでしょう。しかし、政権支持率回復の理由は何でしょうか。おそらく、最大の理由は北朝鮮のミサイル騒動でしょう。ところが、安倍は自ら「北朝鮮の危機なんて、その間に総選挙で政治的空白を作っても問題がない程度のものなんです」と宣言したに等しいのです。それでも北朝鮮問題を理由に支持率が回復し続けるかどうかは、大いに疑問の余地があります。あとは山尾議員のスキャンダルでしょうか。でも、もし山尾議員が今回の選挙に立候補を見送れば、批判はそれ以上は高まりようがないでしょう。※世間一般的には、今の状況で立候補なんて、とてもできないだろうと思うのですが、同じ立場で自民党を離党した豊田議員は無所属で立候補するそうです。政治家というのはすさまじいばかりに厚い面の皮を持っているようなので、山尾議員も立候補しないとは断定できませんが・・・・・・。
2017.09.20
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衆院選、来月22日軸=安倍首相、山口公明代表と協議安倍晋三首相は18日、東京・富ケ谷の私邸で、公明党の山口那津男代表と会い、衆院解散・総選挙をめぐり協議した。首相は、28日召集予定の臨時国会冒頭にも衆院を解散し、「10月10日公示―同22日投開票」を軸に、衆院選に踏み切る意向を伝達。山口氏は了承した。これを受け、自公両党は、幹部が集まり選挙準備に入った。山口氏と会った後、首相は自民党の二階俊博幹事長と会談した。早期解散を検討しているとした上で準備を急ぐよう指示し、二階氏は「できる準備はする」と答えた。小池百合子東京都知事に近い若狭勝衆院議員らが目指す新党結成の動きについても情勢分析した。首相はこの後、米ニューヨークに向け羽田空港を出発。これに先立ち同空港で記者団に「衆院の解散については帰国後に判断したい」と語った。22日に帰国する予定。---マスコミ各社が一斉に10月総選挙を報じています。それが事実なのかどうかは分かりませんが、各社がすべて報道していて、かつ安倍やその周辺の人たちが報道を否定しないところを見ると、おおむね事実なのでしょう。(日程が確定なのかどうかは知りませんけど)10月とすれば、前回の総選挙から2年10ヶ月なので、いつ解散総選挙があっても不思議ではない時期に来ていることは確かです。来年12月までには否応なく総選挙がある中で、解散に(あるいは任期満了に)追い込まれるよりも主導権を握りたい、ということなのでしょう。しかし、解散総選挙となれば政治の空白は避けられません。北朝鮮が再びミサイルを発射したこのタイミングで解散ということは、つまり北朝鮮をめぐる政治動静がどうなろうと、解散による政治的空白が生まれても問題ない、ということです。北朝鮮が明日にでも核ミサイルを撃ち込んでくるかもしれない、という真剣な脅威があるときにわざわざ解散総選挙を打つはずもないですから。言い換えるなら、「北朝鮮はそれほどの脅威ではない」ということを安倍政権が自ら認めたのに等しいものです。つまり、政府が公式に言っている「北朝鮮の脅威」はポジショントーク、あるいは危機を演出して自らへの支持を集めるための手段に過ぎない、ということでしょう。で、一方の民進党は前原氏「連立組めぬ」共産との選挙協力に否定的民進党の前原代表は18日、衆院選での野党共闘について「政権選択選挙で基本的な理念・政策が一致しないところと協力しても、勝った後に連立を組もうとはならない」と述べ、共産党との選挙協力に否定的な考えを示した。共産党を念頭に、「あちらも民進党と連立を組むつもりはない」とも語った。東京都内で記者団の取材に応じた。民進、共産、生活(現・自由)、社民の野党4党は昨年5月、衆院選での協力で合意。民進党内では保守系を中心に、安全保障や消費増税など基本政策が大きく異なる共産党との選挙協力に反発が強いが、地方レベルでは協力を深める動きも広がっている。前原氏は共闘見直しを掲げて代表選に勝利したが、「地域事情を考慮する」とも発言しており、一定程度の協力を容認する可能性もある。一方、自由、社民両党とは「選挙協力をしていきたい」と述べ、候補者の一本化を進める考えを示した。---だそうです。どうもその言い分には論理的合理性が感じられません。「政権選択選挙で基本的な理念・政策が一致しないところと協力しても、勝った後に連立を組もうとはならない」というのは、一見するともっともらしく聞こえますが、そもそも民進党内部に基本的な理念・政策の一致があるのでしょうか。そして一方では、自由、社民両党とは「選挙協力をしていきたい」とも言っているそうですが、社民党とは理念・政策の一致があるのでしょうか。前回の民主党政権時代には普天間基地移設問題をめぐって社民党が連立政権を離脱したのは周知のことでしょう。社民党と共産党にはいくつもの大きな意見の相違はありますが、それでも民進党内の保守派と社民党あるいは共産党の意見の違いに比べれば、その差はかなり小さい。それなのに、社民党とは手が組めるけど共産党とは手が組めないというのは、理論ではなく共産党に対する感情的な反発が先にたっているように感じられます(必ずしも前原個人の、ではなく支持母体の連合の、かも知れませんが)。まあ、こんなことを言っているようでは民進党は選挙に勝てないだろうなと思わざるをえません。もちろん、不倫騒動の山尾議員の責任も重いですが(将来はともかく、次の選挙に関しては、山尾議員は出馬すべきではないと個人的には思います)それだけではないでしょう。
2017.09.18
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昨日の朝、台風迫る中(でも、まだ雨は降っていませんでした)三番瀬海浜公園に行ってきました。曇天でしたが、シギはいっぱいいました。シギの写真を撮る人もね。ミユビシギ。足指は被写体ぶれしていますが、後ろ指がないのは分かるかと思います。ミユビシギ、お食事中です。ミユビシギ。この個体ではありませんが、中に一羽、足環をしていて、そこから伸びるタグがが後ろ指のようにに見える、ニセヨツユビシギ(?)がいて、思いっきり惑わせてくれました。ハマシギ、ほぼ冬羽になった個体です。同じくハマシギ、夏羽から冬羽に換羽中。ハマシギ。トウネン、ミユビシギよりちょっと大きいけれど、比較的小柄なシギです。ハマシギ。中央の個体はまだまだ夏羽。ハマシギ。群れの中で2羽が喧嘩をはじめました。オバシギ。他のシギ同様、オバシギも人に対する警戒心がほとんどなく、のそのそと餌を食べながら、私のすぐ脇、1~2mのところを通過していきました。オバシギ。250mmの望遠レンズで、ギリギリはみ出しませんでした。ミユビシギ。トウネン。前回に引き続いて至近距離に寄ってきました。ミユビシギと似ていますが、全体にミユビシギの冬羽は白っぽい、そしてトウネンは後ろ指があります。(この写真も等倍に拡大すれば分かります)ミヤコドリ!!干潟の一番西の端に群れていました。葛西臨海公園で何回か見ましたが、数百メートル彼方で、望遠レンズでも豆粒のようにしか見えませんでしたが、今回は十数メートルまで接近したので、まずまず大きな写真が撮れました。ミヤコドリの手前のシギ、コオバシギじゃないかと思うのですが、ボケた写真しか撮れず、確証はありません。ただのオバシギかも。結構いっぱいいる。もっとも、東京湾で越冬するミヤコドリは300羽くらいいるらしいです。かつては非常に珍しい、幻の鳥でしたが、今は珍しくなくなっているようです。ミヤコドリ。で、台風が来る前に(というか、雨が降り出す前に)10時過ぎにはとっとと退散しました。
2017.09.17
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三番瀬海浜公園に行ってきました。それも2回続けて。5月に行ったときは、シギが遠くて豆粒のようにしか写真が撮れませんでしたが、今回はかなり至近距離で写真が撮れました。1回目は先週で、2回目が今日(9月16日)です。1回目は晴れた日の午後、今日は台風迫る曇天の朝でした。1回目と2回目に分けて写真を紹介します。この日は晴天でした。多分メダイチドリ。これもおそらくメダイチドリ。チドリは冬羽だとみんな似ていて、よく分かりませんが。アジサシが降り立った!と、このときは思ったのですが・・・・・・(周囲の鳥はハマシギ)隣にいるハマシギとの大きさの比較、足がオレンジ色(実際は赤っぽく見えたけど)であることなどを総合して考えると、アジサシではなく、いつものコアジサシかも・・・・・・。羽根を広げるアジサシ(かコアジサシ)ソリハシシギ。どうも、この鳥が走り回っている姿はダックスフントを連想してしまうのです。キアシシギ。どこかで標識調査のために捕獲されたことがあるらしく、足環をしています。ハマシギ。夏羽では腹が黒く、冬羽では白くなります。換羽中なので、「腹黒さ」の度合いはまちまちです。208番の番号札でお待ちのキアシシギ様、お食事をどうぞ。-と書いても、写真を拡大しないとわからないかもしれませんが、足環に208と刻印されています。オオソリハシシギ。嘴がでかい。オオソリハシシギソリハシシギ。オオソリハシシギとは、嘴が長くて大きく反っているという共通項以外は、実はそれほど似ていません。おねーさんが水の中に入って行っちゃって、シギ・チドリ・カモメの群れを追い払っちゃった。(涙)そういうことをすると、オバサンになる魔法をかけちゃうぞ!※実際には、おねーさんとおにーさん2人の3人組でした。というわけで、おねーさんに魔法をかけて、オバサンにしてやったぜ。・・・・・・・・オバシギです。(左端奥の鳥はダイゼン)ダイゼン。チドリの仲間です。5月に行ったときも、このときも、今日も、いつも三番瀬にはダイゼンがたくさんいます。トウネン。シギの仲間の中では一番小さな鳥、くちばしも他のシギのように長くはありません。トウネンの群れ。人を全然恐れないので、スズメ並みに近くまで寄れます。前回の写真はここまで。今日撮影した写真は、次回紹介します。
2017.09.16
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チビチリガマ損壊 沖縄戦「集団自決」の壕 遺骨、遺品荒らされる 87年に右翼団体も破壊 読谷沖縄戦で住民が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれた、読谷村波平の自然壕「チビチリガマ」の内部や入り口が、何者かによって荒らされているのが12日、見つかった。チビチリガマの証言収集などに長年携わっている元村議の知花昌一さんが知人を案内するために訪ねた時に発覚した。ガマ内部の遺骨や沖縄戦当時の瓶やつぼといった遺品などが荒らされていた。遺族らは「言葉が出ない。ひどすぎる」と悲しんだ。チビチリガマは、1987年にも彫刻家金城実さんが制作した「世代を結ぶ平和の像」が右翼団体員に破壊されたことがある。遺品の急須などが割られていたほか、平和学習で県内外から訪れた中高生らがささげた折り鶴は引きちぎられ、ガマの入り口にある「世代を結ぶ平和の像」の石垣は破壊されていた。彫刻家の金城さんが作詞したチビチリガマの歌の碑や、立ち入り禁止の看板も引き抜かれ倒されていた。チビチリガマの遺族会によると、5日までは荒らされた様子はなかったという。「-平和の像」や香炉は残されていた。遺族会の与那覇徳雄会長は遺品や小さい骨がある場所まで荒らされたことについて「残された人にとっても侮辱だ。骨にも手を掛けられていて、ひどすぎる」と憤り唇を震わせた。石嶺伝実・読谷村長は同日午後、現場を訪れ「ずっと(沖縄戦の)継承事業をやってきた。常識では考えられない行動だ。遺族の悲しみを推し量ると残念だ」と述べた。嘉手納署が午後に現場を確認した。遺族会は村と相談しながら被害届を出すかどうか検討する。チビチリガマは95年に遺族らによって像が再建された。遺族会によると、4~5年前にも香炉が破壊されたことがあった。---なんでこういうことをするかねえ、あきれ果てるやら悲しいやら腹が立つやら、なんとも言えない気分です。私自身は沖縄に行ったことはありませんが、相棒が昨年秋に沖縄に行った際、チビリガマにも行っています。当時、当ブログに写真を載せたことがあります。(ピンボケ写真ですみません)この洞窟に、140人が逃げ込んで83名が自決に追い込まれたということです。上記の写真には「墓なので立ち入り禁止」という趣旨の看板がありますが、それにもかかわらず遺骨のある場所まで荒らした、というのです。「村八分」なんて言葉がありますが、墓を荒らすようなことは村八分でさえもやらない。人として最低最悪の行為と言うしかないでしょう。犯人がどのような人物かは今の時点では分かりませんが、1987年の破壊は右翼団体によるものだったそうです。今回も、狭い意味での右翼団体(いわゆる街宣右翼)かどうかは定かではないですが、沖縄に対して、あるいは少なくとも沖縄における戦争体験の継承に対して敵意(それも、よほど強烈な)を持つ者が犯人である可能性が高いと言わざるを得ないでしょう。いわゆるネトウヨや、その周辺の連中です。犯人は是非捕まえて欲しいとは思いますが、犯人が特定できる可能性は低いだろうなと思わざるをえません。追記 犯人4人が逮捕されたと報じられています。「心霊スポットに行こうと思った」「肝試しだった」と供述しているとのこと。現時点では、思想的な背景は報じられていないようですので、お詫びして取り消します。きわめて悪質な行為、という評価は変わりませんが。沖縄に対して悪罵を投げつけるネトウヨが少なくない現状を考えると、今後も同様の事態が起こる可能性は否定できません。多分、沖縄の戦争体験を継承する人たちと、監視社会に反感を持つ人たちは、かなりの程度重なると思われるので、こういう意見はあまり支持されないかも知れませんが、再発を防ぎ、また不幸にして起こってしまった場合に犯人を早期に特定するためには、監視カメラの設置を検討せざるをえないのではないか、と私は思います。もっとも、それには費用と手間がかかりますが。
2017.09.14
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徳島県警が女性を誤認逮捕 19日勾留 成り済まし中3書類送検SNSで人気アイドルグループ「関ジャニ∞」のコンサートチケットを売るとうそをつき、現金をだまし取ったとして、徳島県警が5月に詐欺容疑で逮捕した愛知県豊田市の専門学校生の女性について、県警は11日、誤認逮捕だったと明らかにした。女性は容疑を否認しており、19日間勾留された後、処分保留で釈放されていた。県警三好署長は同日「犯人でない方を逮捕し、その方やご家族に多大な迷惑をお掛けした。誠に申し訳ありませんでした」と謝罪。同日、SNS上で専門学校生に成り済ましていたとして、詐欺容疑で京都市の中学3年の女子生徒を書類送検した。容疑を認めている。署は専門学校生が昨年8月、ツイッターに「徳島での公演のチケットがあるが、用事があるので譲る」などと書き込んだ上、投稿を見た徳島県内の女子高校生に4万円を口座に振り込ませ、だまし取った疑いがあるとして逮捕した。捜査関係者によると、投稿されたアカウントなどから県警は逮捕当初、専門学校生が関わっているとしていた。振込口座も専門学校生のものだったが、専門学校生は別の人物とチケット売買の約束をしていたため、入金に疑問を持たなかった。その後の捜査で、何者かが専門学校生に成り済まし、現金をだまし取っていたと判明した。署の幹部は10日、専門学校生の自宅を訪れ、謝罪した。専門学校生は「憤りを感じている。今後、こうしたことのないようにしてほしい」と話したという。---何だか恐ろしい話ですが、この記事では仕組みがよく分かりません。いろいろと調べると、犯人の中学生は、冤罪被害者の専門学校生に成りすまして高校生にチケットを売る約束をしてお金を払わせる。一方で専門学校生に対してそれと同額でチケットを買うと約束する。同時に別の第三者にチケットを売る約束をして、専門学校生に対しては第三者にチケットを送るように伝える。そして第三者からは犯人の中学生にチケット代が支払われる、という手口だったようです。つまり、詐欺被害者の高校生が冤罪被害者の専門学校生にお金を払い、専門学校生は第三者にチケットを送り、第三者は犯人の中学生にお金を払った。高校生は騙されてお金を払い損、犯人の中学生は騙して丸儲け。しかし犯人の中学生は専門学校生に成りすましていたので、彼女が犯人と誤認されて逮捕された、ということのようです。冤罪被害者の専門学校生は、犯人の中学生と折り合ったのと同額が振り込まれたので疑問を抱かずに第三者にチケットを送ったようです。4万円といえば高校生にとっては大きな額でしょうが、それにしても普通は初犯で実刑になるような額ではないでしょう。それを19日間も拘留とはどういうことなのか。もし彼女が「申し訳ありません、私がやりました」と供述していたら、略式起訴とか、示談か何かで不起訴で、さっさと釈放されていたでしょう。その代わり、微罪とはいえ立派な冤罪の完成です。19日間も拘留されたら、学業や就職活動には、致命的な影響が生じたでしょう。引用記事にはありませんが、彼女が逮捕されたのは5月のことだそうです。それから真犯人が特定されるまで4ヶ月、周囲にうわさもたったかもしれませんし、ものすごくいたたまれない状況に追い込まれちに違いありません。退学に追い込まれていたとしても不思議ではなかったし、社会人ならもっと高い確率で退職に追い込まれていたでしょう。人生が滅茶苦茶になっていた可能性は、そう低いものではなかったはずです。罪を認めればとっとと釈放するけれど、否認すると拘留し続けて痛めつける、つまり罪を認めてしまったほうがラク、いうことであり、これでは冤罪を誘発させているようなものです。そして、もうひとつ思ったのは、成りすましは怖いなあ、ということです。犯人の中学生はチケット買取の交渉の過程で専門学校生の本名、住所、口座番号を知ったようです。その3つを知られてしまうと、こういう犯罪の「犯人」に仕立て上げられる可能性がある、ということです。わたしは、まれにヤフオクを使うことがありますが、買うばかりで売った経験はこれまでのところありません。こういう事件があると、売るのは怖いなあと思ってしまいます。こんなことで冤罪に巻き込まれたのではたまったものではありませんから。
2017.09.12
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東京新聞の望月衣塑子記者を、中国民主化運動に身を投じた石平氏が痛烈批判 「権力と戦うとは…彼女のやってるのは吐き気を催すうぬぼれだ!」かつて中国の民主化運動に身を投じた評論家の石平氏が、菅義偉官房長官の定例記者会見で連続質問攻撃を仕掛けている東京新聞の望月衣塑子記者をツイッターで痛烈に批判した。石平氏は7日に以下のようなツイートを書き込んだ。「『それでも私は権力と戦う』という東京新聞望月記者の台詞を鼻で笑った。私は今まで、本物の独裁政権と戦った勇士を数多く見たが、彼女のやっていることは、何のリスクもない民主主義国家で意地悪質問で政府の記者会見を妨害するだけだ。そんなのを『権力と戦う』とは、吐き気を催すほどの自惚れだ!」日本に留学中の1989年、祖国・中国で天安門事件が勃発し、帰国をあきらめたという石平氏にとって望月氏の「権力との戦い」はとんだ茶番に映ったようだ。この投稿に対し、作家の百田尚樹氏も即座に反応した。「全力で拡散したいツイートだ!! 石平さんの言葉は重い!現在もどれほど多くの偉大な人たちが権力と命懸けで闘っているか。週刊誌のデタラメ記事を参考に質問したり、政権批判をしたいがために北朝鮮の立場になって発言するような薄っぺらい女が『権力と戦う』など、ちゃんちゃらおかしい!!」(以下略)---いろいろ書いていますが、結局のところ「私の大好きなアベ様を攻撃する奴は許せない!」ということでしかありません。民主主義国であろうが非民主的な国であろうが、政府の政策に(内心で)反対する国民は必然的に存在します。その反対の声を行動に移すのは、民主主義国では相対的に簡単で、非民主国家では相対的に困難、という傾向はあるでしょう。しかし、それは難易度の差であって良し悪しの問題ではありません。それなのに、非民主主義国の方で政府と戦うのは「勇者」だが、民主主義国で政府と戦うのは「吐き気を催すうぬぼれ」という言い方は、「非民主国家で政府に反対するのは正しいが民主国家で政府に反対するのは愚劣だ」と言っているようにしか聞こえません。難易度の問題を善悪の問題にすり替えてしまっているのです。民主主義国だろうが非民主主義国だろうが、政府は全知全能の神ではない以上、政策を誤ることはあります。民主主義国だけが無謬であるはずがなく、安倍やトランプみたいなとんでもない奴が政権につくこともあるのが民主主義というものです(石平は安倍をとんでもない奴とは思っていないでしょうが、その代わり鳩山や菅直人をそう思っているに違いないので、同じことです)。それに対して反対する人間が現れるのは当然のことですし、必要なことでもあります。政府のやることに対して誰も反対しないような状態で政治が正しく機能するはずがありません。だから、政府に反対する権利が保障されない非民主主義国では政治が正しくない状態に陥ることが多いわけですが、民主主義国であっても、政府に反対する権利を行使する人がいなくなったら、同じことです。外見だけ投票という制度を整えていても、それは単なる人気投票に過ぎないものになってしまいます。だいたい、こういう言い方をするなら、石平自身が果たしてどの程度「本物の独裁政権と戦った勇士」だったのでしょうか。ネット上を検索すると、石平の「わたしは『毛主席の小戦士』だった」という自伝的な著書の内容を見ることができます。これによると、「大学の3年生あたりから、勉強を程々にして、手作りの民主化運動に没頭していた」(P.40)とは言うものの、それに対する具体的な圧迫は「ある日突然、自分が教授と一緒に学部の共産党支部に呼ばれて、支部長から『厳重注意』を受けた」(P.42)ことと、それを契機に教授から(民主化運動を)やめてくれと諭されたこと、同じく厳重注意を受けたほかの学生が自分から離れていったこと(P.43)しか言及されていません。で、それ以降「一時は~運動に専念しようかと思った。しかし~やむをえず大学にとどまった」(P.43)という記述から、圧迫に抗して公然的な民主化運動を続けたわけでもないようです。で、彼はその後留学生として来日し、そのまま日本に住み着いて2007年に日本に帰化したようですが、その間頻繁に中国に帰国しているそうです。最初に帰国した1992年には、公安部門に呼び出されて散々尋問された(P.55)との記述がありますが、「中国に頻繁に帰国するようになった」1997年以降について、そのような記述はありません。つまり、石平が中国での民主化運動で「弾圧された」経験は、大学の共産党支部に呼び出されて厳重注意されたことと、来日後はじめて帰国した1992年に公安に呼び出されて尋問された、ということだけで、拷問されたわけでも投獄されたわけでもないようです。公安に呼び出されてどんな尋問を受けたかは定かではありませんが、命の危険や身体の拘束に脅えるようなものなら、たった5年後に再度帰国はしないでしょう。この記述のその後について、別ソースの記述があります。鈴木邦男をぶっとばせ「中国の今を、石平さんに聞く!」石平さんは中国を捨てて、日本に帰化し、中国を徹底的に批判している。だから、「もう二度と中国には行けないんでしょう」と言ったら、違う。行けるのだ。「この前も、帰ってきました」と言う。エッ?「その点、中国は大人なんです」。お父さんは亡くなったが、お母さんは健在だ。親類もいる。「弾圧されてないんですか?」と~聞いた。~「弾圧は全くないです」と石さんは言う。そうなのか。北朝鮮とは全く違うのだ。でも、周りの人たちは違うだろう。「あの石平の親類だ」「売国奴だ」と言って冷たくされたり。あるいは村八分にされたり。大変じゃないのか。 「それもありません」と石平さんは言う。「私が日本でどんな発言をし、どんな本を書いてるか、政府は全く発表しません。批判もしません。そんことを教えて、かえって〈宣伝〉になったら困るし、私の言ってることに関心を持っても困る。と思っているんです」 そうなのか。大国中国は〈大人〉なんだ。又、それをはっきりと明かす石平さんも〈大人〉だと思った。中国を捨てた人ならば、そして批判するならば、わざと自分のことを「弾圧されている」「こんなに闘っているから攻撃されてる」と、大袈裟に言う。石平さんはそれがない。素直な人なんだ。正直な人だと思った。---「弾圧は全くない」のだそうです。もちろん、石平が中国国内で民主化運動を行えば、そうは行かないに違いありませんが、中国の国籍を捨てた「元中国人」が国外で中国を批判することについてまで、いちいち目くじらは立てないのでしょう。石平の現在の政治的主張への賛否は別にして、彼が中国で多少なりとも民主化運動に手を染め、来日後も祖国(現在ではかつての祖国)への批判を繰り返していることそれ自体は、それなりに勇気ある行動だと思います。でも、それをダシに望月記者を「吐き気を催すうぬぼれ」などと言うのなら、結局のところ彼だって、弾圧されることはない安全圏で、リスクのない中国非難を行っているだけだろう、と言われても仕方がないでしょう。結局、彼の言葉は自分自身に返ってくるだけとしか思えません。引用記事は石平を「大人」と評していますが、あるいは2010年当時はそうだったのかもしれませんが、現在の一連の言動は、とても「大人」には見えません。多分、こういうのが「商売右翼」というのだろうなと思うばかりです。
2017.09.10
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「核の持ち込み」議論呼びかけに相変わらずの批判や反論、これでいいのか「日本は非核三原則ではなく五原則だ」。第1次安倍晋三政権時代の平成18年の晩秋、自民党の中川昭一政調会長は苦笑していた。核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」に加え、実は「言わせず、考えさせず」もある日本の現状、核アレルギーの根強さについてである。当時、中川氏は核兵器保有について「議論はあっていい」と述べたことで、マスコミや野党から袋だたきに遭っていた。それだけでなく、米ブッシュ政権のライス国務長官も急ぎ来日し、日本政府の真意をただすとともに、米国による核の傘を改めて保証した。あれから11年近くたつ6日、自民党の石破茂元幹事長が日本国内への米国の「核の持ち込み」を議論しようと呼びかけた。すると、やはりマスコミや野党、そして政府内からも批判や反論が相次いでいる。相変わらずの光景だが、これでいいのか。外交・経済的な圧力が中途半端に終わって奏功せず、米国による軍事攻撃も忌避された場合、国際社会はいずれ北朝鮮を核保有国として容認せざるを得なくなる。そうなったら、日本はどうやって北朝鮮と対峙し、拉致問題など諸課題解決に取り組めばいいのか。(以下略)---おなじみ(笑)産経新聞の「産経抄」です。発言が批判を浴びることを「言わせず、考えさせず」と称するのであれば、たとえば「北朝鮮との友好」は言うまでもなく「対話」程度を掲げるだけだって、産経をはじめとする極右マスコミやネトウヨから袋叩きにされるんだから、同じことでしょう。で、必ずしも産経に限ったことではないでしょうが、北朝鮮に対抗するために核を持て、みたいなことを叫ぶ人たちは少なくありません。類似のパターンとして、憲法第9条があるから北が核を持つのだ、憲法9条があるからあれがダメ、これがダメなのだ、という意見があります。(産経新聞には、かつて「自衛隊の戦車には戦闘には不必要なウィンカーがついている、憲法第9条のせいだー!!」というヨタ記事をだした前科があります)日本が核を持てば(あるいは9条を変えれば)安全保障上の問題がみんな解決するかのような言い方は、言ってみれば「核を持てばすべて解決詐欺」(憲法を変えればすべて解決詐欺)とでも言うべきもので、明らかにウソです。今の北朝鮮の核開発は明らかに米国との意地の張り合いです。世界一の核兵器大国である米国を相手に一歩も引かずに核兵器開発を進めている国が、どうして日本が核兵器を持てば(あるいは憲法を変えれば)核開発やその他の問題行動をやめると思えるのか。日本が核を持ったところで(核の持込も同様)、それで北朝鮮の行動、態度が変わるなんてことはありえないことは明らかでしょう。むしろ「日本の核に勝つ」ことに必死になる、つまり核開発に一層拍車がかかり、日本に対する対決姿勢を強化するだけでしょう。したがって「(北朝鮮が核保有国になったら)日本はどうやって北朝鮮と対峙し、拉致問題など諸課題解決に取り組めばいいのか。」という問いに対する回答は、残念ながらないのです。日本が核を持てば(あるいは憲法を変えれば)何か現状と違う解決策が出てくるわけではありません。現在の北朝鮮をめぐる状況は、「最初に戦火を開いた側が痛い目を見る」状態です。北朝鮮が戦火を開けば、瞬間的には米日韓におおきな被害を与えるでしょうが、北朝鮮の総合的な軍事力、特に燃料などの継戦能力は圧倒的に劣っているので、最終的には北朝鮮が敗北し、体制が瓦解するのは確実です。逆に米国側が戦火を開けば、前述のとおり最終的な勝利は確実ですが、その過程で北朝鮮の反撃によってすさまじい被害を受けることになります。その被害規模はイラク戦争やアフガン戦争の比ではありません。その場合、先制攻撃の決断を下した政権はとてももたないでしょう。トータルで見れば、戦争によって北朝鮮が受ける被害は日米韓のそれよりずっと大きいでしょうが、北朝鮮の政権は、一般国民をどれだけ死に追いやろうと平然としていられるのに対して、日米韓の政権は(本音はどうか知りませんが)そうはいかないという非対称性の問題があるので、選択肢において日米韓が北朝鮮より有利な立場にあるわけではありません。だから、結局は互いに自ら先に攻撃することはできない状態なのです。その北朝鮮が唯一先制攻撃を行う可能性があるとしたら、それは体制の瓦解が避けられなくなったときでしょう。つまり、たとえ先制攻撃をしなくても体制の瓦解が避けられなくなったら、自暴自棄、あるいは戦争によって国内外の政治力学が激変することに一縷の望みをかけて、破滅を覚悟の先制攻撃を行う可能性はあります。が、そのような場合、日本が核武装していれば先制攻撃が抑止できる、というものではありません。「抑止」という理論は、相手に理性と計算能力があってはじめて成り立つものですから。「攻撃をかければ大変な損害をこうむるから攻撃はやめよう」という計算をする理性を喪失したものに対して、抑止力は効きません。そのような状況は大変に腹立たしいものです。が、どうしようもないことです。核武装、あるいは米軍の核を日本に配備すれば、ネトウヨ的の愛国心は満たされるかもしれませんが、実際には何も好転しません。前述のとおり、北朝鮮はなお一層核開発に狂奔するだけです。しかも、日本が相手にする世界は北朝鮮だけではありません。日本が核武装、あるいは公然と国内に米軍の核を配備することで、米国を除くすべての国との関係は、少なくとも良い方向に向かうことはありえません。独自の核武装の場合は、米国との関係すら、よい方向には向かわないでしょう。つまり、核武装あるいは米軍の核の日本配備は、ネトウヨの感情を満たす以外は百害あって一理もない選択、ということです。
2017.09.09
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朝鮮人追悼文の取りやめ、戸惑いや批判 関東大震災式典関東大震災から94年たった1日、犠牲者を悼む大法要が東京都慰霊堂であり、秋篠宮ご夫妻や遺族ら約600人が参列した。一方、震災時に虐殺された朝鮮人らを追悼する式典もあった。小池百合子都知事がこの式典への追悼文送付を取りやめたことに対し、式典の参加者から戸惑いや批判の声があがった。~慰霊堂は、大震災と太平洋戦争の東京大空襲で亡くなった計約16万3千人の遺骨を安置しており、毎年3月と9月に法要を開催。小池氏は、この法要で大震災の全ての犠牲者を追悼するとし、昨年まで都知事が送る慣例だった朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付をやめた。地元の山本亨・墨田区長も同じ対応をとった。~一方、朝鮮人犠牲者らの追悼式も、慰霊堂のある都立横網町公園内であり、約200人が参加。大震災の直後、デマが広まる中で虐殺された多数の朝鮮人らを追悼する碑が1973年に公園内に建てられ、市民団体の日朝協会などがその後は毎年、追悼式を催してきた。~虐殺を巡っては、追悼碑にも記された「6千余名」などの犠牲者数を「根拠がなく過大」とする主張があり、これを支持する団体も公園内で慰霊行事を開いた。団体は「六千人虐殺は本当か! 日本人の名誉を守ろう」という看板を掲げるなどした。---大規模災害と流言飛語は切っても切れない縁がありますが、その中でも関東大震災の際の朝鮮人虐殺は極め付けに醜悪で悲惨な出来事でした。ところが、これに対してネトウヨ陣営は、従軍慰安婦、南京大虐殺と同様、今度は関東大震災の朝鮮人虐殺を標的にして「なかった」と叫んでいるわけです。さすがのネトウヨ陣営も、多くの朝鮮人が殺害された事実は否定しようがないので、「朝鮮人が暴動(テロ)を行ったから、それに対する正当な反撃である」というのが、彼らの言い分です。あまりに馬鹿馬鹿しい言い分ですが、もし仮に「朝鮮人の暴動」が事実だったと仮定して、逮捕して裁判にかけるという手続きを経ることなく殺害することは、正当化のしようがありません。当時の大日本帝国憲法には第23条 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問處罰ヲ受クルコトナシ第24条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ權ヲ奪ハルヽコトナシという規定があるのですから。しかし、そもそも「朝鮮人の暴動」なるもの自体がデマであることは、当時の時点でも震災の被害が沈静化した数ヵ月後には明らかになっていたことです。確かに当時の新聞には、「朝鮮人暴動」の記事が載りましたが、その記事自体、単に流言飛語を記事にしただけのものであったのです。実際、それ以外にも関東震災直後の新聞記事は、デマだらけなのです。たとえば大阪毎日新聞第2号外9月2日付「秩父連山大爆発/噴煙天に冲す」台湾日日新聞「九月一日午前六時富士山爆発したるものの如し」ほか、槍ヶ岳噴火(小樽新聞)、伊豆大島が沈没(小樽新聞・名古屋新聞・名古屋毎日新聞など)、富士山が噴火(荘内新報)、横須賀が沈没、横浜が沈没・・・・・・著名人死亡の虚報は高橋是清、松方正義、島津忠重、山本権兵衛首相等々もちろん、実際には関東大震災時に秩父連山も富士山も槍ヶ岳も爆発していないし、伊豆大島も横須賀も横浜も沈没していないことは言うまでもありません。つまり、このくらい流言飛語を記事に載せ続けたのが、関東大震災直後の新聞だったのです。したがって、「朝鮮人が暴動」という記事も「秩父連山大爆発」という記事と同様、信憑性はゼロです。実際のところ、震災の後、朝鮮人(あるいはそう誤認された日本人や中国人など)虐殺に関わったとして起訴された日本人は500人以上もいますが、殺人、放火、強 姦などの理由で起訴された朝鮮人は一人もいないのです。それにもかかわらず、東京都のトップである都知事がネトウヨのデマに追随するような動きを示していることには、暗澹たる思いを抱かざるをえません。ことは、海外の戦地ではなくこの日本の首都、東京で起こったことです。流言飛語や、ましてそれに基づく殺人など、行政の長であれば、災害の際に避けるためにもっとも基本的なことであるはずです。この際、相手が何国人であるかは、二の次の問題です。にもかかわらず、日韓関係、日朝関係の悪化に便乗して、「敵に誤りを認めたくない」みたいなレベルの話で歴史的事実に目を閉ざす、のみならず「朝鮮人虐殺はなかった」などとデタラメをいうような団体と同一歩調を取るような知事の下で、同じような大規模災害が起こったときに同じような事態の発生を防ぐことができるのか、私は大いに不安を感じます。先ほど、「(朝鮮人と)そう誤認された日本人や中国人など」と書きました。日本人と朝鮮人は、民族や言語は違っても、人種(外観)には差がありませんから、朝鮮人と誤認されて殺された日本人、あるいは台湾出身者を中心とする中国人で誤認されて殺された人も、かなりの人数がいるようです。日本人ながら朝鮮人と誤認されて、危うく殺されそうになった体験の持ち主に、劇作家の千田是也がいます。震災時に東京の千駄ヶ谷で朝鮮人(コリアン)に間違えられて殺されそうになった、ということから、「千田是也」というペンネームを付けたのだそうです。こちらのサイトに、本人自身の体験談が載っています。(これを読むと、千田自身もまた、このときかなりデマに踊らされていたようですが)実は、千田とは別に、これとよく似た経験をしている人を知っています。私が中学生の頃の家庭科の教師(当時でも年齢は70歳近かったのですが、1980年代前半当時、まだ東京都の教員には強制的な定年が導入されていませんでした)で、被災して逃げる途中で、自警団に「お前、朝鮮人だろう」と言われて、ワッと取り囲まれたそうです。当時10歳になるかならないかの女の子にもかかわらず、です。千田の例と同じで、たまたま偶然、自警団の中に知り合いがいて「あ!〇〇ちゃん」と言われて助かったと聞いています。ということは、自警団の中に知り合いもおらず、朝鮮人と誤認されたまま殺された日本人が相当数いたことは間違いないのです。こういった事実にきちんと向き合うことのない国の将来は、暗いと思わざるをえません。
2017.09.07
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「同意なしに軍事行動できない」と文在寅大統領が主張しても米国は北朝鮮急襲を敢行する!韓国に文在寅政権が誕生した5月以降、弊社以外のメディアや講演会に出ると、番組キャスターや聴衆が頻繁に尋ねてくる質問がこれ。「従北サヨクである韓国の文在寅大統領は米軍の北朝鮮攻撃に反対し、韓国軍に参戦を命じないのでは?」筆者は毎回、こう答えている。「米国はやらねばならぬ情勢となれば、韓国の同意など必要としない。韓国がゴネようと、頭ごしに対北攻撃を敢行する」幾つか理由はあるが、もともと米軍の対北先制攻撃作戦の一つは《朝鮮人民軍の各司令部など軍事中枢+レーダーなど軍事施設+ミサイル・砲兵部隊…に対する2波程度にわたる大規模な各種ミサイル攻撃》→《航空戦力による朝鮮労働党の金正恩委員長を頂点とする党や軍の首脳に対する精密誘導(ピンポイント)攻撃》を、緒戦での念頭に置く。戦争終盤を例外とすれば、地上軍は要人の暗殺・拉致任務を帯びる大規模な各種特殊作戦部隊の侵入に限られる公算が大きい。ミサイルや航空戦力、特殊作戦部隊は理想的攻撃ではなくなるが、韓国の領土・領空・領海を使用せずとも北朝鮮を急襲可能。韓国の主権を侵さず、少なくとも米国の立場からすれば「国際法上合法的」に作戦を完遂できる。加えて、米国は米国民の安全が保障できぬ状況が予見されれば、国際法を自国に有利に拡大解釈して、国内法を優先させる「米国有理」の具現化に躊躇などしない。(以下略)---例によって産経新聞のヨタ記事です。書いたのは野口裕之記者。相変わらず、ネトウヨの妄想前回です。なるほど、確かに米軍が北朝鮮に対して攻撃を行わないという絶対の保障はないと私も思います。ただし、それは北朝鮮に砲火を浴びせることが軍事的・国際政治的に合理的な解決策であるという意味ではありません。トランプが大統領では何をしでかすか分からないから、そんな滅茶苦茶もやりかねない、という意味です。北朝鮮の金正恩が何をしでかすか分からないのと同じことです。マトモな理性を備えてことを判断すれば、韓国の同意抜きに米軍が単独で北朝鮮を攻撃、などというのはほぼ自爆にも等しい愚策であることは明らかです。まあ、野口記者かマトモな理性を備えているとは到底思えませんけどね。《朝鮮人民軍の各司令部など軍事中枢+レーダーなど軍事施設+ミサイル・砲兵部隊…に対する2波程度にわたる大規模な各種ミサイル攻撃》→《航空戦力による朝鮮労働党の金正恩委員長を頂点とする党や軍の首脳に対する精密誘導(ピンポイント)攻撃》だそうですが、なるほど、その作戦だけなら「韓国の領土・領空・領海を使用せずとも北朝鮮を急襲可能」でしょう。でも、その攻撃を実施すれば、北朝鮮が「へへー、参りました」と頭を下げるのでしょうか。そんなわけがないでしょう。ミサイル攻撃だけで北朝鮮の軍事力を破壊することなど不可能です。直近の歴史を振り返ってみればよいのです。アフガニスタン、イラク、米軍自慢のハイテク兵器で、簡単に勝利を得ましたか?サダム・フセインやオサマ・ビン・ラディンはそんなに簡単にミサイルの餌食になりましたか?なっていませんね。彼らは最後は逮捕されたり暗殺されましたが、そこに至まで、長い時間を要しました。そして、目に見える軍事力は簡単に覆滅されても、地下に潜った軍事力を覆滅するのが容易ではないことも、イラク戦争やアフガン戦争から明らかです。イラクやアフガニスタンで出来なかったことが、どうして北朝鮮なら出来ると思えるのでしょうか。野口記者の言い分は、たとえて言うならば「真珠湾攻撃は海軍だけで出来るもんね、陸軍の手なんか借りなくて大丈夫」と言っているようなものです。その場の作戦のことしか頭になくて、その先のことへの思慮がなさ過ぎます。北朝鮮の場合は特に、38度線付近に多くのトンネルを掘り、そこに大量の火砲を配備しているといわれます。それらのトンネルをハイテク兵器だけですべて破壊することなど不可能です。北朝鮮は燃料不足で継戦能力はあまりありませんが、最初の瞬間に集中して猛反撃を行うことは出来るでしょう。「ソウルを火の海にする」とかつて北朝鮮は威嚇したことがありますが、それはおそらく誇張ではありません。弾道ミサイルが300発あるとも言われます。もちろん、発射機は移動式で場所も隠匿されているので、そのすべてを一撃で破壊することなど出来るわけがありませんから、ソウルが火の海になる頃には、破壊を免れたそれらのミサイルも次々と発射されることになるでしょう。おそらく、核か化学兵器を搭載して。で、「火の海」になるソウルには米国人が約6万人住んでいるそうです。韓国全土では20万人もいるとか。その米国人を避難させることから始まって、様々な反撃作戦が韓国政府の協力なしにできるでしょうか?出来るわけがないのです。かつて、1994年の第一次核開発危機の際、クリントン政権は北朝鮮への攻撃を検討したものの、韓国の金泳三政権がそれに反対したこと、膨大な被害が予想されることから断念したのは、よく知られている事実です。今も、当時と状況は大きくは変わっていません。開戦と同時に自国の首都を火の海にされると分かっていて、開戦をよしとする政権がどこにあるのか、ということです。もちろん、米軍は公式には「韓国の同意がなければ北朝鮮を攻撃できません」などとは言わないでしょう。しかし、公式な発言が本音のすべてを表しているとは限りません。むしろ、「韓国の同意がなくてもやるぞ」という観測気球を上げることで、韓国に「同意しろ」というプレッシャーを与えているのかもしれません。しかし、米軍だって本心で北朝鮮と全面戦争を望んでいるかといえば、おそらく違うでしょう。北朝鮮は核を持っているわけで(ミサイルへの搭載能力は未知数ですが)その国に対して安易に攻撃をかければ、巨大な損害を覚悟しなければなりません。もちろん、その時は日本も無傷でいられるはずがありません。300発の弾道ミサイルの8割を発射前に破壊できたとしても、50発や60発のミサイルは生き残るのです。そのうちの10発くらい日本に向けられたとしても、全く不思議はないでしょう。トランプが暴走して北朝鮮に先制攻撃、何てことになれば、おそらくその次に起こるのはそういう事態です。そんなものを、諸手を挙げて歓迎するが如き言い分は、狂気でしかないと私は思います。
2017.09.05
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我が家に、また新しい楽器が増えてしまいました。犯人(笑)は私ではありません。相棒です。沖縄の三線です。実は今、9年半使ったムラマツフルートをオーバーホールに出しているところで、そのお値段が6~7万かかります。結構物入りと思っていたところに、また新しい楽器。まあ、私の財布から払ったわけではないのでいいんですけど。弦がよく分からない止め方になっています。自分では張り替えられない気がします。金属弦ではないので10年くらいは張り替えないでもなんとかなるかな・・・・・・。※※ギターは、頻繁に弾いていたころは3ヶ月から半年に1回くらい張り替えていましたが、最近は1年に1回くらい。それ以外の弦楽器は滅多に弦を張り替えません。チャランゴの弦を張り替えたのはいつだったか記憶にありませんが、10年以上前、ロンロコは8年前、マンドリンは最近弾く機会が多いので、2~3年前に張り替えたような。バイオリンも10年前。ギターより弦が多くて面倒ということもありますが、単にズボラなだけかも。馬(ブリッジ)を立てたところ。ギターやチャランゴのブリッジは表面板に接着されているし、マンドリンやバイオリンのブリッジ(駒)は接着はされていないものの※通常は立てっぱなしです。しかし、三線は弾く度に駒を立てて、弾かないときは倒してしまうのだとか。馬を立てる位置が変われば、音程も変わってしまいますが、そこはフレットレスなので、どうとでもなるのでしょう。ただ、この三線は初心者のためにネックにポジションマークが表示されているので、そうすると馬を立てる位置も厳密さを要求されそうです。※私の持っているボリビア製のマンドリンは、何故か駒が表面板に接着されていたので、引き剥がしてしまいました。そのあたりについてはこの記事を参照。糸巻き(ペグ)。いや、三線ではカラクリ(またはカラクイ)と呼ぶそうです。三線と本土の三味線は非常に近い兄弟筋の楽器ですが、糸巻きの巻き方が違う、ということを何かで聞いた記憶があります。ただ、三味線は持っていないので比較は出来ませんが。ペグについても以前に記事を書いたことがあります。バチ。人差し指に挿して使います。こんなのを指にはめて弾けるの?と思ったけど、弾いてみると意外に簡単でした。というわけで、もちろん、こんなオイシイものを目の前にして、弾かずにいられる私ではありません(笑)さっそく相棒から横取りして、弾いてみました。結構難しいですが、バイオリンほど難しくはないかなあ。とても人に聞かせられるようなレベルではありませんが、最低限音は出る。いや、当たり前ですけどね。
2017.09.03
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首相官邸広報室、東京新聞に注意 菅義偉官房長官会見での社会部記者の質問めぐり首相官邸報道室は1日、学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐり、8月25日の菅義偉官房長官の記者会見で、東京新聞記者の質問に不適切な点があったとして書面で東京新聞に注意を喚起した。質問したのは、加計問題などで菅氏を追及している社会部記者。加計学園が計画する獣医学部施設の危機管理態勢をただす中で「(計画に対する)認可の保留という決定が出た」と言及した。獣医学部の新設計画は大学設置・学校法人審議会が審査し、答申を受けた文部科学省が認可の判断を決めるが、この時点ではまだ公表されていなかった。官邸報道室は東京新聞に宛てた書面で「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」として、再発防止を強く求めた。---「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」だそうですが、現実にそれより以前に、認可保留の見通しという報道は多くのマスコミが報道済みです(検索した限り、「認可保留へ」という報道のトップバッターは8月9日産経新聞で、8月24日には他の多くのマスコミも同様に報じています)。そして8月25日の午後には、報道のとおりに認可保留(審査継続)という文部科学省・設置審の判断が公表されています。確かに、記者会見は同日午前中なので、その時点では未公表だったものの、「確定的な事実」であることは歴然としており、数時間後には「的」の字も取れて「確定した事実」になっています。それを「未確定な事実や単なる推測」だという指摘は、まったく当たりません(笑)まあ、細かいことを言えば「決定が出た」ではなく、「決定が出ると聞いている」とか「決定が出ると報じられている」という言い方をすれば、こういう低レベルな揚げ足取りはされずに済んだだろう、とは思います。そのような報道がなされた、ということは確定した事実ですから。でも、それは微細な表現の問題であって、本質的な問題ではありません。公的機関の記者会見というのは、その機関としての「公式発表」であるわけですが、それに伴う質疑応答というのは、公式発表だけでは分からないところを確認する、という意味合いがあるはずです。当然、そこには「未確定な事実や単なる憶測」が含まれるに決まっています。結局、首相官邸報道室の言い分は、自分たちにとって都合の悪い質問をするな、という手前勝手な要求に、何となくもっともらしく見える衣をつけただけのものでしかありません(よく見れば、全然もっともらしくありませんが)。ところで、産経新聞の「東京新聞社会部の記者」(以前は名前も報じていたものの、最近の記事には名前を一切出しません。言うまでもなく望月衣塑子記者です)に対する敵意はすさまじく強いようで、このところ、「東京新聞社会部の記者」に対する攻撃記事のオンパレードです。【産経抄】執拗な東京新聞記者の質問は北朝鮮に手の内を明かせと迫っているかのようだ「金正恩委員長の要求に応えろ」…!? 東京新聞記者が菅義偉官房長官にトンデモ質問名前を報じないのは、名前を見るのも嫌、ということでしょうかね。それは、安倍政権の意思を代弁したものなのでしょうけどね。
2017.09.02
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