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■スパイ疑惑あの「スパイ防止法」制定促進運動が装いをこらして登場する前夜、1976年の秋から1977年にかけて、原理運動の学生達は、韓国「朴政権のスパイ」という疑いを掛けられて追い詰められていた情況にあり、彼ら自身が防諜法を唱えるようになったのは、その直後でした。■韓国中心このマーク(中央)に見覚えありませんか?太極(右下)をもとにデザインされたものであると見えます。誰が作るのか、誰の為に作るのか、という視点から見れば、陰の主役、韓国中心主義の統一協会が透けて見えるものであり、私は、当時の朴正熙独裁体制のための制度、特務機関(スパイ組織)を日本に広げようとするものと見ました。戦前にもソ連のスパイは活動しており、その中で、帝国議会では、軍部・国家社会主義と自由主義との対決がありましたが、同じ日本人として、国益の為に闘ったのであり、外国勢力に操られていると見える偽右翼はいませんでした。■金日成と抱擁当時、原理研究会の機関誌は「悪なる半球をも包容する」と唱え、後の北に対する太陽政策(1997年に当選した金大中大統領の政策)を示唆しつつ、モスクワに多数の留学生を送り込んで、人脈を広げようとしていましたから、(1970年代後半)後年、文鮮明師が訪朝し(1991年)、金日成閣下と抱擁したのも、その時期から既に準備されていたものと思われます。実は、もっと古く、東京の朝鮮大学校の前で騒ぎを起こし、挑発して、それを切っ掛けに「わたりをつける」という計略で、文師からI田A子に対して指示が下っていたのでした。(1960年代後半)※その甲斐あって、総連系新聞やソ連軍機関紙イズベスチヤの記者が関心を持ち、1970年代の前半に反対派への取材をしました。続いて公安審査委員会が調査し、最も出遅れたのは内閣調査室でした。その延長線上、通過点が日本での「スパイ防止法」への関わりであったわけです。■拉致事件彼ら自身の口から、北の工作員による日本人拉致の噂を聞いたのは、私の場合、1981年でした。特に彼らの場合は、常に、家族によって連れ戻されたり(人攫い)、突然に脱会(失踪)したりする事件があるため、1981年以降、末端では、自分達が北に拉致されるかもしれない、という不安も語られましたが、1978年にはそういう(北の工作員の)噂すら出ませんでした。■過去のものこのように、あくまでも、米日韓の軍事・外交機密をソ連のスパイから守ろう、という点を中心に掲げた運動でした。このような過去の対ソ防諜法制を北の問題に関連するかのように取り上げるのは、的外れです。あらためて、北の工作員による住民拉致、住民票不正取得などの活動を取り締まるために、法整備、捜査機関の増強を検討することは必要だと思います。全国民の指紋登録なども検討すべきですが、そのためには、過去の失敗にも学ばなければなりません。■提言日本人自身が様々な誘惑から民族意識、独立自存の精神を守り、同盟の有無に関わらず外国勢力を警戒したうえで議論する、という大前提を確認すべきです。
2006/02/28
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財産の私有を否定し、生産手段・生産物などすべての財産を共有することによって貧富の差のない社会を実現しようとする思想・運動。・・(大辞泉)財産の私有を否定し、すべての財産を共有することによって、平等な理想社会をつくろうという思想。・・・・・(大辞林)少なくとも、私はこんなことを考えては居ない。だが、株式会社は、大きな工場などを所有し、株主がその会社を共有しているので、「財産の共有」にあたるとはいえる。株式の所有は、平等に分配されては居ないから、「貧富の差」をなくすものではないが、株主平等の原則は厳格に守られることになっている。年金、保険などの運用資金は株式投資にも振り向けられており、それなりに格差拡大を防ぐ役割を果たしているし、1単元とかの株式を買うことができるので、大金持ちでなくとも一応株主にはなれる。一方、ヤマギシやキブツやポルポトの村は財産の私有を否定した。また、戦前の軍隊の中では、日用の品物・衣類も配給、貸与で、兵隊間でも窃盗が横行していたので、実際に私有できる財産はごく限られていた。さて、ホームと呼ばれる宿舎がある。ここでは下着も共有していたという。極端な共産制である。実は配偶者も組織が配給するそうだから、自分で探す手間や能力は要らない。脱会すると、配偶者を組織に返すとも聞くが、そうであれば、貸与なのだろう。こういう平等と、ただの奴隷とはよく似ている。共生共栄共義主義とかを唱えるようだが、在米韓国人たちは、新型共産主義だ、と非難した。そりゃそうだろう。配偶者配給制度を導入した共産主義は、究極の段階にあることは間違いない!!彼らは信じているのだから如何ともしがたいのだが、ただ黙っているのは我慢ならない。そういう意味で、私はお節介な反共主義者である。
2006/02/24
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国際大会に卓球選手団を送り込み、金メダルを次々にさらった中国。当時は、西側諸国と国交が無く、国連のポストは台湾の国民党政府が占めていたが、ソ連との対立が深刻化し、軍事衝突も起きていた。打開策として、西側との国交樹立を目指した。選手団は、自国の国歌演奏にも歌うことは無かった。「歌詞は無い」と役員が説明したが、実は、封印されていたのだった。国歌を歌うのは、ソ連と同類の国家主義、大国主義ではないか、という国内での批判があったからだ。人民は国家の為に犠牲を払え、同盟国ソ連のために犠牲を払え、というなら、半植民地・半封建の清朝とどう違うのか、という批判が燻っていた。文革収束とともに、歌詞は解禁されている。いまは、中国人民の肉体を結合して祖国、国家を防衛する万里の長城にしよう、という、中国版国民総動員靖国思想のような歌詞を、歌っている。愛国無罪、とかの、極右的衝動のスローガンも聞こえるが、人民のための共和国、戦争を廃止する社会主義とは思えない。
2006/02/24
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大陸の農耕文明を担ってきた漢族。漢字を共有し漢語を話す人々であるが、周辺民族の合流によって膨張してきた。彼らの特徴の一つは「宗族」が姓と土地を相続することである。この慣習は周辺民族にも及んでおり、言語を異にする民族にも採用されている。かつて、朝鮮半島と日本列島には「姓」がなかったことは、記紀に書かれている。すなわち、記紀には、韓(カラ)の人々が異なる言語を早口で話す様子(からさえずり)が描かれ、一線を画してはいるが、彼らの人名として実際に使われたのは、主に4音の名であって、漢語とは無関係である古代朝鮮の固有語である。朝鮮半島の王家では中国風に漢字の氏と漢語の王号を名乗ったが、中国の皇帝に服属するうえで用いる必要があったものと見る。大和朝廷の場合、豪族にはもともとヤマト言葉の族名、氏姓(うじ、かばね)らしきものはあったが、朝廷によってあらためて公式に与えられた姓が使われたとされる。朝廷との間で、どう呼ぶか、ということだ。すめらぎ、すめろぎ、の一族、すなわち天皇家は、他の豪族と同様に男系相続を維持しているにもかかわらず、氏姓が無い。これは、氏姓を持たない唯一の宗族ということになる。内側から見た場合、すなわち皇族の立場では、かつては御所ではなく母親の里などで育ったこともあるが、自らの家名がないのであるから、皇位(すめらみこと、みかど)とは別の「私の家」とも考え難い。豪族達が代わる代わる娘を后に送り込み、皇子の祖父母として支援を与えることによって共同で守ってきた「共通の家」ともいえる。いうまでもないが、覇者であっても、朝廷の官位などを請うていたように、戦力で全てを決することはできず、天下の人心収攬のため、最後の手続きとしてみかど(御門)の承認が有効であることは公知の了解事項である。これに対して、大陸では、一つの宗族が王朝を建てるものの、いずれ疲弊し、それまで臣下や庶民であった他の宗族が別の王朝を建てるという方法を繰り返していた。宗族から見れば王朝も「私物」だった。易姓革命が必要な天下というのは、帝室・王朝の失政によって民衆が苦しむ地獄である。そうした事態を招かない慈悲深い政道が踏み行われるように、監視・監督してゆくあり方が、人民を主権者と認める民主主義である。王朝は人民に属し、帝室は王朝に属するのである。内戦すなわち暴力、謀略の類を繰り返すことではなく、ひたすら善政を実現してゆくことが、革命を永続する、ということだ。よって、憲法を拠りどころとして国民(おおみたから)が最善の政治に向かって努力し、その下で、わが皇室が憲法遵守の精神に徹し、国民主権の下に服属している限り、易姓革命はありえない。他方、「民主主義人民共和国」といえども、宗族に私物化されて地獄と化しているならば、易姓革命は避けがたい。
2006/02/24
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近世の中国大陸では、満州人の王朝の下で、漢民族解放闘争のための秘密結社が蠢いていた。彼らは終末思想を説く新宗教として民衆の中を泳ぎまわり、最終的に中華民国成立を迎えた。国民党による革命で満州人の王朝は倒れた。この国民党は、土着の秘密結社を糾合したものでもあった。革命は完了したわけではなく、漢族の王朝を建てようとする動きは続いていた。分派、残党といってもいいのだが、あくまでも革命を目指して活動する集団があり、幇(パン)と名乗った。革命のため、資金・要員などを集め続けなければならず、そのためには占い、霊薬、賭博、麻薬、売春などにも関わって行った。そして、それらの事業が本業となってしまう。一時、日本でも竹聨幇、四海幇という名前の黒社会の動きが表面化し、歌舞伎町で青龍刀が使われる殺傷事件があったが、健在なのだろう。さて、これらのことから、「韓半島統一、アジアの平和、ひいては、日本のしあわせのため」に活動する革命集団と自負する人たちに考えてもらいたい。実はリーダーの商売のためにただ働きさせられているという可能性。無い訳ではなかろう。
2006/02/23
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どんなものでも、その中には光と影があります。一律に神の側、一律に悪魔の側、という二分法は、混沌とした複雑な現実を割り切ることができ、官僚組織には便利ですが、実態から遊離してしまいます。金正日を推戴している朝鮮労働党やそれに連なる社会・共産主義者、文鮮明に絶対服従している統一教会とそれに連なる応援団は、どちらも私から見て「悪の側」ともいえますが、黄ジャンヨプ書記の勇気ある決断と、萩原遼氏の徹底した態度には敬服しています。iLand氏も現役食口ながら、常日頃、良識を発揮しているので、同様に尊敬しています。よきサマリア人の譬えからわかるように、また、各人の内面における二面性からも言えるように、地獄にも仏は居る。
2006/02/22
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http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/071/0410/07111130410028a.html 昭和48 (1973) 年11月13日 衆議院決算委員会 小林進議員・・・最近の例としては、いまも西独における韓国人留学生の大量蒸発事件の問題があるのでありますけれども、これはこの委員会でも論ぜられたが、西独政府は、韓国KCIAのしわざと断定できるような資料を十分に持っていなかった。私も調べましたけれども、日本の政府、日本の警察が持っているような、それほど完備した資料を持っていなかったにもかかわらず、韓国情報機関がとった行動は事前の連絡を欠いた許しがたい国際法侵犯行為である、こうきめつけて、きびしく韓国政府に迫った。その結果は、ついに一たん死刑の宣告をしたような学生を全部西独へ返した。・・・西独はスパイ防止法が完備している反共体制の国であったそうだ。韓国の防諜機関としては、西独は反共の仲間だから、自国民の中のスパイ容疑者を勝手に連行しても「ケンチャナヨ」と考えた。しかし、西独政府は烈火の如く怒り、連れ戻させた。もちろん、スパイ容疑者を救出しようと思ったわけではなかろう。それは、自分達の仕事であり、東独相手に長年培ったスパイ対策についての信念に反するからである。民主主義があってはじめて「独立国たるドイツ」が許されるのであり、正当な手続きが無ければ、スパイ狩り、抹殺は政権維持のための強権発動に成り果てて、ナチ時代へ転落してしまうのである。ドイツ同胞・市民の中には東側協力者が居ることを前提に、憎悪・恐怖ではなく、理念に基づいて、その行動を冷静に監視・規制しつつ、現実の平和共存と統一の理想とを目指し、分断時代にあっても、背後の大国の思惑とは別に、同胞間で気脈を通じることができていた。その結果、機会を捉えて統一への階段を上ることが出来たわけだ。日本では、韓国の情報機関を取り締まれるようになれば、それを土台に、どの国の工作員であっても取り締まれないはずはなかったと思うが、国民は主権と民主主義のために党派を超えて団結することができなかった。
2006/02/21
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鹿地亘事件は戦後の混乱期の遠い記憶だが、70年代の金大中事件は、日本中を揺るがす事件になった。その頃、日本では誘拐事件すら稀で、大人の拉致は相当に大掛かりな組織の仕業に限られており、しかも、発覚したのは、政治的に強い側が弱い側に加えるものであった。一方、朝鮮半島では、北による拉致、というのは日常茶飯事だったらしい。実は、南も拉致していたほどで、韓国人の常識では事実だった。(金正日が大筋で拉致を認めるとは想像できなかっただろう、それは驚愕に値するが。)しかし、日本では知られていなかったし、日本人の想像力の限界(想定の範囲)を超えていた。従って、金大中氏を拉致したのは北の工作員ではないか、と唱えた日本の有識者はいても、親韓反共人士の妄想としか思えなかった。事実、犯人は韓国の外交官身分のグループであったが、北の拉致もありうるという観点を学ばなかったことについては、いまさらながら、不明を恥じる。さて、北による拉致疑惑が国会の場でも確認されるようになったとき、危機管理専門家は、防諜法が無かったからだ、悔しい、と弁解するわけだが、見苦しい芝居だ。金大中事件のとき、日本海などに出没する「謎の快速艇」が注目された。拉致事件の防止策を講じるとすれば、この時が最初で最後の機会だったと思う。しかしこのとき、危機管理専門家は、「拉致防止法」を提案したり、制定運動を起こしたりしてはいない。「拉致天国」は放置された。日本で誰かが拉致されることよりも、日本の公務員がソ連のスパイに買収されて米軍、中国軍の情報が漏れることのほうが心配だったのだろう。守秘義務の罰則から言えば、与党政治家・高官やそれら政府高官と昵懇の秘書・支持者・記者・愛人の類が一番怪しかったわけだ。財界にもソ連相手の商売は旨みがあって、政治家・官僚との協力関係があったから、スパイに操られる要素が多分にあった。だから、企業の内部でも国家秘密法反対の運動は容認された。政財界にとっては、国の情報機関によって、権力を横取りされることが懸念されたからだ。
2006/02/17
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結論は「情報収集・分析が必要だ」ということ。→文末資料3,7ドイツでは西独成立のときに「連邦共和国基本法」ができたが、東独との対立激化によって、内なる敵、ナチ残党を狩る武器が対東側のスパイ機関に転じた。→1日本では、憲法擁護や軍国主義復活防止の法制化はできなかったが、代わりに、破防法と公安調査庁がある。→5残念ながら、長年、警視庁公安部との縄張り争いに明け暮れてきたという印象がある。これらの機関を一元化する意思があれば、西独並みのものができる。しかし、従来は、国民の中に「敵」がいるという意識は薄く、見向きもされなかった。日本共産党が主要敵だというのでは、リアリティーが無さ過ぎた。使える人材を集めようと必死の努力をしていたが、できなかったわけだ。(私を勧誘したマヌケが居た)→4東ベルリンの北朝鮮大使が「日本はスパイ天国と言われている」とクライン氏に語ったそうだが、計算し尽くされた挑発だ。相手国のスパイ機関に潜入することが最も手っ取り早く効果的なスパイ活動なのである。だから、下手な機関・法制では、国民は自分の首を絞めるだろう。韓国の統一教会が日本でスパイ防止法を唱えたのも同じ意図と見る。本国では中央情報部と反共法によって庇護を受け、教団に反対する者の口封じができたわけだ。外務省や防衛施設庁などにとっても、恥部を隠すために、どうしても必要な法律だったが、間に合わなかった。日朝間には国交は無いが、多数の在日朝鮮人が居るために、本国の被選挙権を行使する者がいるわけだ。ブラジルなどに住む日本人から国会議員が出せないのは、奇異ではないだろうか。中南米では、一般に多重国籍は合法であり、自治体の首長が隣国の国籍を持っていても問題ではない。→6開発利権やパチンコ業界の資金に涎を垂らすような政治家が後を絶たないなら、弱腰外交は直らない。スパイ機関はその道具になるだろう。→8以下、クライン孝子氏というノンフィクション作家が書いた文から引用する。出典「産経」05/04/02正論文頭の数字は私が補った。1.ドイツもそうで、スパイを取り締まる「連邦憲法擁護法」(別名・スパイ防止法)により、その取締機関として憲法擁護庁と連邦情報庁が設置されている。引用注:「連邦憲法擁護法」ではなく「連邦憲法擁護庁設置法」とする例もあるが、ドイツ語で確認すると、Bundesver fassungs schutz gesetz だ。※連邦情報局は根拠法を異にしている。Gesetz über den Bundesnachrichtendienst である。※人事院の年次報告書では連邦情報「局」としている。※いうまでもないが、ナチ復活等から憲法と民主主義を守るための法律が憲法擁護法であり、外国人ではなくドイツ人自身を監視するものである。※憲法擁護庁以下の機関には執行権が無く、逮捕・取調べは出来ない。2.国内において国の安全を脅かす自国民および外国人による危険な活動を監視したり、3.対外的な側面から、政治、経済、軍事、軍事技術分野の諸外国に関する情報を諜報(ちょうほう)手段を用いて収集し分析したりしている。4.こうすることで“目に見えない敵”による国家破壊工作から自国と国民を保護しているのだ。5.ところが不思議なことに、日本にはこれに相当する取締法も機関もない。スパイ行為は野放し状態で、内外、とりわけ近隣諸国のスパイにとっては格好の活動舞台となっている。6.在日朝鮮人組織の要職にある計六人が、何と国交のない北朝鮮の国会議員(最高人民会議代議員)として活動しているという事実をどう考えればいいのか。7.世界の常識とは到底相いれない異常な状態を放置し続けている日本は、諸外国から奇異の目で見られている。8.従来の歯がゆいばかりの優柔不断な対北弱腰外交も、突き詰めればその延長線上にある。9.それもこれも、外交上の対抗策としての有利かつ決定的なカードとなる情報が不足しているからだ。古今東西を問わず、諜報と防諜は表裏一体の関係として国家存亡のカギを握っている。
2006/02/13
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昨日のテレ朝の番組。サンデー・プロジェクトで。桜井よしこ氏によると、男系男子が相続する伝統は、遣唐使が持ち帰ったわけではない、日本古来の伝統だ、と。学者が指摘したのは、男系絶対の相続・世襲は、中国などで行われてきた「宗族」の制度・慣習である、という史実だ。弥生時代以降の基本的な習俗・文化には、好むと好まざるとに関わらず、中国・朝鮮と共通のものがある。箸の使用というのは、東アジア儒教文化圏共通である。水稲栽培も東シナ海沿岸域と共通。ちなみに、神話に箸が登場するが、一膳の箸が川上から流れてくる、という描写から、当時の箸はどうやらピンセット型であったらしい。神武「天皇」の地位は、初めから男系子孫にのみ継承されてきたのだと桜井氏らはいうが、皇室のお里が知れる。田の下に力と書いて男。妊婦が田起こししたり俵を担ぐのは確かにきつい。無理だろう。家の土台を突き固めたり、戦を闘ったりするのも。性別役割分業が合理的で、家はときどき建て替えるとしても、田は男の子が相続するということになる。合理的であれば、性別役割分業を否定すべきではないが、時代とともに労働の質は変化している。かつて、タブーであった牛肉を率先して食された明治帝ならば、現代においては女系を認めるだろう。むしろ、守旧派の抵抗は、皇統絶滅を早めると見るが、どうだろうか。大衆レベルで皇室制度を論じると、副産物として、タブーが破られ、権威が薄らぐことになる。宮家再建のような荒業は、思考実験にすぎないとしても、直ちに影響(実害というべきか、実利というべきか?)があるはずだ。万機公論に決すべし。
2006/02/13
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女系天皇への忌避感が強い中、秋篠宮親王殿下の体当たりで、小泉内閣の政府案は暗礁に乗り上げた。しかし、皇孫の世代の皇族に男子が1人もいないか、1人生まれるかという現状は、あまりに危険である。絶滅寸前であることは明らか。そこで、一律に女帝を認めず、男系に拘るなら、元宮家の復帰を準備しなければならない。ところが、帝王教育を受けておらず、ただの一般人であるために、大衆や官僚には受け入れ難い。では、親王(男子)が生まれない場合、どうするか。皇孫の世代において、内親王(生来の皇族女性)からの即位を認めるとともに、男系である元宮家を民間から復帰させ、再建宮家の次の世代の親王の成長を待ち、皇位に即けることとする。この親王には、教育掛、摂政として内親王が監督にあたるのが適当かと。以上を整理すると。。1.天皇崩御の時、皇孫たる男系男子が存しない場合、皇太子の長女または親等の順位に従って、皇孫たる内親王を皇太女とする。 ただし、内親王、皇太女及び女帝より出生する子は、皇位を継承しない。2.皇統に属する男系男子で、国籍を有する成人たる公民は、親等の順位に従って、前条の時より遅滞無く国民審査を受け、皇族に復帰せしめる。 ただし、復帰した皇族は皇位を継承しない。3.前条に基づき復帰した皇族の実子たる子女は、就学年齢以降、皇族としての教育を受けることにより、皇位継承を認められ、皇族から補佐を受けることができる。4.前条に基づき皇族の教育及び天皇の顧問に従事する必要がある場合、内親王は、婚姻によっても皇籍を離脱しない。
2006/02/10
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060208-00000010-mai-soci奇妙な法律だ。日本に入国する者は一律に指紋を採ればいいのであって、海外から戻って来る日本人を例外にする必要は無い。海外に高飛びする日本人犯罪者も視野に入れれば、出国時の指紋採取も有効かとは思うが、それはおくとしても、別人の日本人に成りすまして入国する者は居ないのだろうか。そこで、日本人が誰かに成りすまされる被害を考えれば、まず、優先して16歳以上の全ての日本人に指紋登録の特権を付与すべき。再入国時に照合することにして、パスポートの偽造・変造などを確実に摘発するようにすれば、日本人のパスポートを狙う窃盗事件も防止できる。指紋登録できることを感謝し誇れるように意識を変えたいものであります。
2006/02/08
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今上陛下から東宮殿下へと続くリベラル路線の皇室に、万世一系神話を蒸し返すアナクロ皇族が登場。男系維持を唱えていた秋篠宮親王殿下が、三笠宮親王殿下は男系維持を唱えたが、秋篠宮親王殿下が、1ヶ月ほど前に実力行使。時限爆弾破炸裂で、法案は凍結されるだろう。しかし、男女産み分けの呪文もないだろうから、確率半分の賭け。仮に内親王ご誕生となっても、「諦めるのは早い」という声は、宮様の生殖能力が無くなるまで消えないだろう。この状況は、絶滅した佐渡のトキ(学名:ニッポニア・ニッポン)と同じだ。一方、愛子内親王殿下に対する「帝王教育」の機会を設けるため、女帝容認論だけは早く結論を出すべしという官僚の焦慮が感じ取れる。しかも、あらゆる事態を想定すれば、小学校1年生から皇位継承権を確定できないことは明らかで、これに女帝容認も前提となれば、皇太孫であると同時に民間降嫁も予見される内親王、という不安定な立場を作らざるを得ない。現法案は、宮内庁(内閣)が操れるように躾けるかのような「帝王教育」を最優先した結果であり、人の人生を法律(国会の多数党派)によって絶対的に拘束する不条理が見える。天皇と国民の紐帯は、神話伝説に依拠するものではない、という精神が徹底されることこそ「帝王教育」であります。成人皇族に対する生涯教育も必要かと。
2006/02/08
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バグダッドの南方にバビロンの地があり、古来より都市国家が栄えてきた。その南にはサマーワもあるが、我が国の自衛隊が居る。正式の国軍と認められているかどうかは別として、我が国では、民兵が認められておらず、州兵も無いので、日本唯一の軍隊といえる。設立以来、他国と交戦したことがなく、外国人を殺めたことも、傷付けたこともない。伝家の宝刀、とは、抜かない刀である。万一のとき、お家存亡の危機にしか抜かないのである。これを抜かずに済ますために、法度と礼儀を守り、無事に世渡りすることが、人の道なのである。泰平の世に主君に仕える武士たちは、武芸を実戦(集団殺人)に使うのではなく、自らを律する訓練とした。血で汚れたことのない刀は、それだけで貴い。
2006/02/07
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tbirdさんのところに書かれていますが、考えてみましょう。■引用■2005.11.25 Friday古い農家の日本刀author : tbird 古い農家の2階の床の間にある先祖から伝わる我が家の魂のこもった日本刀。・・・中略・・・家族が子弟に対して日本刀を示す行為がある。・・・・元東北学院大教授・浅見定雄が、・・・・・・(1992年2月12日)で次のように講演して、わが子に日本刀を突きつけた両親の行為を賞賛している。 「古い農家なんですね、お父さんがふっと自分が思ってですね、奥さんにあれもってこいと言ったんですって。二階の床の間にご先祖から伝わっている日本刀があって、奥さんも何となく、直感でわかって、ほとほと困っているわけですから、死にものぐるい、死ぬ思いでやって下さいと言ってあるわけでしょ。奥さんもわかりましたといって、あれもってこいと言っただけで日本刀を持ってきた。これはね、これは日本人ですからおかしいんですが、ご先祖の魂がこもっている我が家の魂のこもっている刀だけど、ここでお前にお願いをしてわからないんなら、このご先祖様から伝わった刀でお父さんお母さんを殺してから渋谷へ戻ってくれって言った。そしたら本人が真っ青になって、もう行かないと言ったんですよ」。 「後は神様が自然と知恵与えてくれます。親はとんでもないことを思いつくんです。日本刀を出したり。それが大事なんだと思うんですね」。http://www7.ocn.ne.jp/~murou/document/deprograB-3.html1.古い農家に2.ご先祖から伝わっている3.我が家の魂のこもっている4.「日本刀」はあるでしょうか?私なりに調べてみました。「苗字帯刀」について・・・・・・「苗字帯刀」というのは必ずしも「苗字+帯刀」ではなく、そういうこともあったがいつもそうではなく、苗字のみ許されることはあっても帯刀だけが許される場合はなかった。その許可には一代限り、孫までに限定される場合と、永代にわたって許されることがあった。・・・・・・・『国史大辞典13巻 吉川弘文館 p.521』より要旨「兵農分離」について大雑把な日本史としては律令制度の時代=兵農一体豊臣時代=兵農分離*刀狩令 天正16年(1588)同海賊禁止令・・・・どうやら「苗字帯刀」で対象になる刀は「武器・武具」としての刀というよりは「忠誠」への恩典、象徴といったニュアンスが強いようです。言い換えれば、「日本刀」とは言っても戦場で命がけで先祖の命を守ったとか武勲を立てたとかそういう「血塗られた兵器」としての「魂」がこもっているとは言いがたいのではないか?そういう疑問があるわけです。これは・・・・、平民に与えられて、戦場で使われる事のなかった「デコレーション」という、いわば「経験論」と「認識論」の違いではないかと(なんか違う気もするが…)。もしかすると「説得」するための「でっち上げ」「はったり」でしょうか。まさかとは思うんですが…。それだったら、古い農家に伝わる、先祖の魂のこもった、ライトセーバーでもビームジャベリンでも、こうなったらブラックホークでも良かったのではないかと。■引用終わり■クリスチャンである聖書学者が「日本刀に魂がこもっている」と本気で信じているはずはなく、俗信や異教、つまりアニミズムを利用しているのではないか、というわけです。しかも、「古い農家」に先祖伝来の日本刀があるとは考えられないから、捏造ではないかと。考えるに、維新後に日本刀を手に入れて、「先祖伝来」と称する者は居るだろうが、維新前に帯刀を許されていた家は、少なくとも農民(平民)ではなかった。一方、古くからの農家は、維新前に遡れば、原則的には平民(百姓)だった。ここでは、帯刀を許されていた豪農などは、例外としておくとしよう。さて、現代でも、農業を兼営する公務員は居る。また、公務員を辞めて新たに農業を始めた者も居る。維新とともに開拓地へ移住し、武士から農民となった一族(旧士族の開拓民)の子孫にとっては、古い農家であるとともに、先祖伝来の日本刀を家の魂(象徴)として大事にすることは、両立する。「魂のこもった」という言い回しにアニミズムを嗅ぎ取って、おかしいと感じたのは、浅見氏がクリスチャンだからであり、また、tbirdさんも、ユダヤ趣味のために同じように感じて、その刀は「戦場で血を吸っていない」という奇妙な指摘をするわけである。血液すなわち生命なり、というアニミズムの知識が邪魔しているようだが、先祖伝来の勾玉・青銅剣・青銅鏡でも、石臼や火打石でも、象徴になりうることにおいて大差無い。むしろ、未使用のまま大切に保管されてきた刀を差し出して、親を斬れ、というのは、親が全てを投げ出していることを端的に示す象徴的な行為と理解できる。飯干晃一氏の場合も、同じだった。
2006/02/06
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やふーの日本史板で見掛けましたが、面白いので紹介します。Re: 君が世は「挽歌」か? 2006/ 2/ 3 15:33 [ No.3369 / 3371 ] 投稿者 : bhm34538 ・・・中略・・・ところで、BHMが「君が代」を歴史的に解説しよう。(BHM試案)「君が世」の「君」は、倭王「市辺押磐皇子」の事。勿論、「厳」⇔「磐」だ。彼の国は邪馬壱国。「壱国」は「市国」が正しい。所在は、豊浦郡豊北町 魏・明帝に朝貢した、「都市牛利」と推測できる。 明帝の崩御で「倭王・スイニン」体制は引退。魏・少帝は倭王に、市辺押磐皇子を認証す。 では、倭王・「市辺押磐皇子」に絞って「君が代」を解説します。「千代に、八千代に」 *「千代」は「猪(ちょ:チョ)」⇔「チヨ:千代」です。「猪」は「ゐノクニ:伊ノクニ」⇔「蓋国:済州道」の事。亦、「市磯城の長尾市」→「倭の大国魂の祭主」倭=「大倭」の事。 (崇神紀) *「市磯城」は蓋国(済州道)の磯城。磯城は商人。他に「豊城」がある。江蘇省「大豊」出身の豪商か?故に、「千代に八千代に」は、倭王の出身・出自と「永代政権」を掛けたものである。「さざれ石」は、「細石」で、石は是も蓋国「済州道」を表意する。 *蓋国(済州道)は歌謡に「三多島」と呼称されています。 「三多」は、→「風・石・女」を云う。他にも、「取石鹿文(とろしかや)」「石」は「トル(韓国語)」で「取る」も「石」も同じく済州道のことを云う。「鹿文(かや)」は「鹿」は「斯賀」で西日・夕日に意。⇔「志賀海人」に通じる。「文」は詳しい事。因って、「鹿文」⇔「夕日に長ている。夕日の祭司」。故に、「取石鹿文」は、夕日に詳しい済州道の人々。乃至「海人」⇔「志賀海人」と理解出来る。 長いけれど、もう一例を挙げておきます。 *「鳥取県:鳥取市」です。スイニン紀「誉津別王子」の行に語源が有ります。 鳥取造「天湯河板挙(あめのゆかはたな)」が出雲、或は但馬国に至りて取る、と。 *「湯河板挙」は豊浦郡豊浦町のクニ王。 *川棚・湯町あり。「湯」⇔「邑」で「川棚邑」の意。 *下関→「豊北町」間の沿岸部を「丹波道:丹波国」と称す。上に、出雲、但馬国は間違いのようです。古事記→「和波水門」→防府市富海。 ⇔誉津別王の領国日本書紀→「出雲・但馬」→鳥取のクニ「湯河板挙」の領国両書とも、二者の地名譚です。戻って、「鳥取」も「鳥取市」の真ん中を「千代川」が流れる、蓋国渡来の猪族等が国を造ったのでしょう。 *「拘奴国」鳥取市西方の湖山池周辺国。←(後漢書) *「狗奴国」広域の鳥取市を云うか?←(魏志倭人伝) *「細石:細石」の「細々」は、「娑射」⇔「笹・篠」で、旭夕日を以て羅針盤と為して航行する海人族を云う。「志賀海人」「阿墨海人」を云う。結論「君が代」の文意、 済州道を原郷とする、小部族は、大磐が割れ散った様に、分立しているが、倭王・押磐皇子の下に結集して、元の岩石の如くになった。此の王の御世が巌にコケが覆うまで続きますように。是を祝辞とするか、挽歌と為すかは皆さんで決めて下さい。ヨロシク:BHM
2006/02/03
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戦後、ポリオが流行したとき、生ワクチンが不足し、医師達がモスクワから供給を受け、これを高く売っていた。私も兄弟・従兄弟とともに接種を受けた。ソヴィエット・ロシアの戦車隊が北海道に上陸したら、どうしよう、と本気で?心配していた頃は、米軍の援軍を待ちながら自力で防戦したいという計画だった。国民は「北方領土が帰る日、平和の日」としつこく教えられていたので、沿海州・オホーツク海方面の脅威ばかりを見ていた。財界は常に「雪融け」を先取りし、鋼材の市場としてちゃっかり参入していた。「政経分離」は政府・自民党が公認する方針だった。第2シベリア鉄道やパイプラインは日本の製鉄会社が無ければ造れなかっただろう。ソ連に楯突く毛沢東・文革派は、敵の敵だった。周首相との間で、海底油田の開発資金や2頭のパンダなどを贈り合っていた。有事には朝鮮総連が後方撹乱を働く惧れあり、と見て公安部や公安庁が監視していたが、あくまでも脇役だった。後方撹乱なら、反戦・反米・反自衛隊を叫ぶ日本人左翼だけで十分だったのだから。多くの行方不明者が放置され、一方で、鎖国状態の北朝鮮の窓を開けさせることもなく放置されていた。拉致疑惑の存在は、超党派で隠されたが、国会で追及して明るみに出したのは、皮肉にも、金日成と喧嘩別れした宮本共産党だった。過度の「ソ連脅威論」は、より身近な危険を覆い隠す結果をもたらした。たとえば、交通事故は無くせないのだろうと諦め、「スピード違反」は、まあいいか、の枕詞になっている。アスベストは先進国が禁止しても放置、耐震基準は直下型地震が起きるまで放置し、基準は高めても古い建物は放置されている。そして、BSE。米側は、交通事故の方が危険だと弁解している。東横インより悪質。米国産牛肉の牛丼を早く食べたいと私は思っているが、日本の消費者が納得する方法でなければ、適わない望みだ。日本に対する貿易の「自由化」「非関税障壁撤廃」を唱える米国が「構造協議」で提起した要求リストに、高い建築コスト、狭い住宅、厳しい規制などに対する批判が載っている。耐震偽装の事件は日米貿易摩擦から派生した問題でもある。日本の世論では、米国の軍事戦略に対しては、一線を画すべきである、という意見に多数の支持がある。9条改憲に対しては、その点からの反対が強く、改憲するとしても専守防衛や、海外派兵の否定を定めたいと願っているようだ。軍事力を持たないと外国に舐められる、国民の安全は守れない、とはいえ、相手が米国では手も足も出ない。牛肉の安全性くらい、外交努力だけで守れないものだろうか。
2006/02/03
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ヤマギシでは、財産の所有権移転に基づいて贈与税を課税されている。「村」に参加する人たちは、思想的に、個人や団体による「所有」の観念を放棄しただけであって、誰かに財産を贈与したのではない、、脱退したときは持って帰ることができる、だから、「村」の機関から税務署に贈与税を納めているのは、納め過ぎであって、税務署は返して欲しい、と。↓http://www.lcv.ne.jp/~shtakeda/zaisan/page080.html不動産の場合、登記が行われるので、税務署としては贈与税の対象にせざるを得ない。特に、贈与後も自分達が利用するという実態から、相続税逃れを防がなければならないだろう。一方、霊感商法の儲けを米国在住の主犯へ送金することを、我が国の税務署はどう考えたのだろうか。国際的組織の詐欺的営利事業の一環なのだから、これに対する課税は、国内の従犯者たちへの法人税・所得税課税だけで足りる、、相続税逃れではないのだから、と。従犯者達に言わせれば、主犯は「真のおとうさま」であり、自分達はその「ファミリー」であると。そう信じているのであれば、「身内」への巨額の贈与であるはずだが。ちなみに、2千年前のイエス・キリストは、指摘された課税漏れについては、きちんと納税している。(そのために、遺失物横領の罪を犯している。)しかし、肉親からの贈与とは違って、主犯は日本などの税務署に贈与税を払わない。そのことに疑問は無いらしい。「精誠を込めた孝子からの献金」とか「日本を赦し、愛して下さる」というのは、別問題なのだろうか。行いにおいて、自らの活動は営利事業であると認めているようなものだが。
2006/02/02
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http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/3904/souzoku.html↑韓国の贈与税韓国内の財産については、非居住者への贈与も課税するのはもちろんのこと、贈与者にも連帯して納税の義務を負わせています。日米の贈与税がザル法であるのに対して、徹底的です。財団などもこの法律を適用する、とありますから、社会教育団体としての登録しかできなかった団体の主(あるじ)には、まことに厳しい環境です。彼が米国を愛する理由がよく分かりました。
2006/02/02
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akiさんのところに書きましたが、何故、現金の密輸出をするのか、研究してみました。高裁判決の結果、海外への送金は、受取った者が贈与税を負うことになります。以下、引用。>>非居住者への寄付・贈与については、源泉税が及ぶ余地が有る。>何とかしてほしいですが・・・どうもなりませんか?http://www.taxcom.co.jp/news/zeimu/2003/2003_11/zeimu2003_11_14_001.htm↑贈与の時点で国内にある預金は、国内財産であるので、銀行から海外へ送金手続きした場合、対象になる。http://www.asahi-net.or.jp/~ZI3H-KWRZ/law2zeizohi.html↑受取った者 ではなく、贈った者 が贈与税を税務署に納めなければならない。一人年間110万円を超えれば、 相手が 外国に住む外国人 である以上 ・・であっても、例外無く納税義務がある。韓国籍で米国に居住している「お仲人さん」や「義理のお父さん」や「尊敬する人」への献金は、贈与税対象。多額の献金を しながら 受けながら、税務署に黙っていれば、脱税。贈与税 を払いながら が掛かるような献金をしながら 生活保護費を受取ることは許されないし、生活保護費を受取りつつ贈与税 を脱税したり の脱税に加担したり、現金を密輸出する輩が「宗教人」なのだろうか。(2006.02.01 11:04:20)引用文の一部を訂正しました。どこかでお仲人さん(真の父母/文鮮明師)に会い、あるいは手紙のやりとりで、日本からの献金を約束すれば、日本の税務署は、贈与税を課税できるわけです。さて、米国では、贈った者に納税義務がありますから、↓http://www.oshimasaito.com/fr/fr050502.html米国で贈与した場合、日本の食口は米国の税務署に納税しなければなりません。株式、債券、手形などに化けさせてから贈与する抜け穴があるようです。
2006/02/01
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