ジージの南からの便り

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2011.12.19
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カテゴリ: 鹿児島の歴史
 快晴に恵まれた朝9時近所のIさんと久しぶりの散歩に出かけた。
Iさんとは毎週土曜日のグラウンドゴルフもご一緒しているが、史跡めぐりも今日で3回目である。二人で歩くと長い距離もアッという間である。

 私たちの住まいは団地の一番奥にあるので、今日のまず第一目標の「水上坂」(みっかん坂)までも3千歩くらいは歩くことになる。二人で“みっかん坂”を下りはじめたのだが、先日、地質学者のIさんが「この奥の方になにか水源があるかも分りませんね」と言われたとき私が「ここはまだ“まむし”が出そうだから今日はやめておきましょう」と言った場所を通りかかった。「今日は行ってみましょうか」と私。
そして二人で藪の中を突き進む。コンクリート張りなのだが、10年以上も人が通っていないような道で途中“かずら”に足を取られたり、降り積もった桜島の降灰を全身に浴びながら、勇躍進むもそれらしきものに出会うことが出来ずそれ以上の突進を断念。残念だったが、フィールド・ワークの楽しさを満喫した。

 そして今日の第一目標の「江田殿屋敷跡の石垣」を発見。江田殿の屋敷跡 石垣
 この江田家はネット上の「薩摩の石組み」さんによると、薩摩藩の中級武士の家柄で安政4年(1857)江田国雅は藩主斉彬のとき、御鉄砲奉行役、御使番役であった。約200年前に作られた江田邸は今はなく、江田家は神当流馬術の師範家であったと言われ、当時の主座などの配置図は記録として残っているそうだ。現在は屋敷跡の確認は難しいが、石垣のみ残っている。尚、石垣に写真の通り排水口がある。

 次に他の用事もあり、常盤町公民館を訪ねた。ここは無人で用事を果たすことは出来なかったが、「古井戸後神」という石碑を見つけた。
詳細は一切分らないが、なにか由緒あるものと想像できる。また調べてみたい。古井戸後神(常盤公民館前庭)

 公民館を出て西田町の方に向かっていると「二人地蔵さん」を発見。
常盤の地蔵さん

 常盤町から武町へ。先日西郷屋敷を訪れたとき、すぐ隣に赤い建物の「淡島神社」を見かけて気になっていたのだが、今回「武郷土誌」でそれを知ることが出来たので、今日写真を写してきた。淡島神社
 この「淡島神社」は武郷土誌によると、祭神は少彦名命(すくなひこなみこと)で、勧請の年月は不詳であるが、社司の福崎家は旧藩時代勘定奉行をつとめていた。そのころ勧請されたのではといわれている。淡島神社は和歌山市加太の淡島神社の分祀であるという。「和漢三才図会」巻之七十六によると、紀伊の国、粟島大明神、名草の郡蚊田にあり、蚊田を加田ともいう。神徳としては、医薬の守神であり、特に婦人の病気、安産、子授の神といわれ、温泉、裁縫の神でもある。
この神社は、昭和25年に再築されたときは、武小学校の近くにあったが、昭和49年ごろ今の西郷屋敷の近くに移転した。

 そこから歩いて7~8分。宮田通り近くの武幼稚園、武公民館の構内にある「田の神」像と「庚申供養碑」に行く。
武の田の神さあ
 その案内板には次のように書いてある。
「南九州(旧藩薩摩地域)独特の石像である。田の神は古くから『たのかんさあ』と呼ばれおもに江戸中頃に稲の豊作を願ってたてられた。この田の神は、自然石を浮き彫りにしたもので、頭にはコシキをかぶり、右手には、メシゲ(杓子)左手に椀を持ち野袴をつけた姿は踊っているようです。製作年代は右隣りの石碑に「安永七歳奉庚申供養 武村三才中」とあるのでおよそ230年前の1778年に庚申供養のため旧武村の三才(おせ・壮年)によってたてられたことが分ります。昭和29年武幼稚園が開園したとき、付近の田んぼにたっていたこの田の神を現在地に移し変えたものです。・・・」
 このあと先日も訪ねた「建部神社」を再訪したが、そのことは後日書くことにする。






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Last updated  2011.12.19 17:32:47
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こんばんわ^^  
すごい!!
何だか「冒険旅行」みたいでワクワクしますね♪
「淡島神社」は小倉にもありますよ^^
まだ行ったことはないですが・・・
「たのかんさあ」と言う響きが良いですね!
神様も身近で一緒に生活してるみたいで、親しみやすいですね^^ (2011.12.19 23:46:08)

Re:常盤・武 歴史散歩(12/19)  
一緒に史跡巡りされる友人がいらっしゃるのは良いですよね(^_-)-☆
隙間なく綺麗に積み上げられた石垣は素晴らしいです!
又、排水溝もよく出来ています。

石像もなかなか趣きがあり、案内書と併せ読むと新発見もあり楽しいでしょうねぇ^^

こちらも冬晴れで、凛とした冷たい空気が流れています。
今日は友人宅(奥様を亡くされた)の掃除に出かけてきます(*^_^*) (2011.12.20 08:06:16)

Re:こんばんわ^^(12/19)  
春の陽だまりさん
>すごい!!
>何だか「冒険旅行」みたいでワクワクしますね♪
☆まだ私も若いですが(笑)こんなときは子供に返ってしまっています。
>「淡島神社」は小倉にもありますよ^^
>まだ行ったことはないですが・・・
☆淡島神社は分祀されたところが多いのでしょうかね。
赤い建屋で目立ちます。
>「たのかんさあ」と言う響きが良いですね!
>神様も身近で一緒に生活してるみたいで、親しみやすいですね^^
☆「たのかんさあ」はもともと農民の信仰の対象だったのでしょうが、今になると見る人皆を癒してくれるような表情です。 (2011.12.20 08:36:30)

Re[1]:常盤・武 歴史散歩(12/19)  
ガーべラ9475さん
>一緒に史跡巡りされる友人がいらっしゃるのは良いですよね(^_-)-☆
☆同じ趣味を持つ友人が出来たのはほんとに嬉しいことです。共通の目標を持っていれば、気兼ねをすることがありませんからね。
>隙間なく綺麗に積み上げられた石垣は素晴らしいです!
>又、排水溝もよく出来ています。
☆いろいろ調べることで、日ごろ気にもしていなかった場所に新しい発見があるとうれしいですね。この石垣もいつもは見過ごしていました。
>石像もなかなか趣きがあり、案内書と併せ読むと新発見もあり楽しいでしょうねぇ^^

>こちらも冬晴れで、凛とした冷たい空気が流れています。
>今日は友人宅(奥様を亡くされた)の掃除に出かけてきます(*^_^*)
☆先日ご主人を亡くされた方のところですね。
こちらは今日までは快晴です。昨日遊んだので今日は大掃除の真似事でもする予定です。
   (2011.12.20 08:49:31)

Re[2]:常盤・武 歴史散歩  
やまもも さん
クマタツさん、こんばんは、やまももです。

クマタツさんのブログを拝見して常盤・武の歴史について私も大変いい勉強をさせてもらっています。感謝に堪えません。

なお『古地図に見るかごしまの町』(春苑堂出版、1996年3月)に水上坂や江田邸のことがつぎのように紹介されていました。

「少し水上坂寄りのところに二百年前の武家屋敷『江田邸』があった。江田どんの屋敷と呼んでいたが、江田家は新番という中級武士の家格であった。薩英戦争・西南の役・太平洋戦争と三回も戦火にあった鹿児島では、二百年前からの家は大変貴重な珍しい建物であったが、子孫の方が現に使用してこられたので、文化財指定や観光資源としての公開を嫌い宣伝することもなかった。獅子文六の小説『南の風』で主人公の親戚の家として登場する。(中略)。惜しいことにこの建物は数年前、取りこわされたと聞いた。
 水上坂の急坂にかかる手前に清水が湧き、阿弥陀堂があった。湧き水の上の坂だから水上坂とい名前がついたという。阿弥陀堂の上手に西客屋、向かい側に東客屋があって、出立の身ごしらえをしたり、城下へ入る身繕いをしたりする場所であった。
 また、妙円寺詣りで忘れられないところが水上坂である。平坦な市街地を通り抜けて第一の関門がこの坂で、息をきらせおくれまいと前について登った。戦前は小学生でも伊集院往復を歩くのは当たり前で、帰りは暗やみの中を棒のようになつた足をひきずりながら歩いて下った。」

 取り壊される前の江田殿屋敷については、獅子文六の小説『南の風』にも出てくるんですね。そこに古い武家屋敷の様子が描かれていた記憶はありますが、本棚が満杯になったときに古書店に売り払ってしまい、今は再読できません。 (2011.12.20 17:11:32)

Re:常盤・武 歴史散歩(12/19)  
   やまももさん   クマタツです

 今日もまた貴重な情報ありがとうございます。実はこの「江田どんの屋敷」については、南日本新聞に掲載されたのも大まかな場所だけでその実態がこれまで全然分りませんでした。それが偶然「薩摩の石組み」というブログに行き当たり、やっと少し分ったところでした。

 今日のやまももさんのご教示でよりはっきりしてきました。こうして一つづつ分ってくるとますます歴史散歩が楽しくなってきます。おかげさまで、獅子文六の「南の風」を読む楽しみもでてきました。 (2011.12.20 18:40:42)

Re:常盤・武 歴史散歩(12/19)  
つき指  さん
 読ませますねえ、いやはや、参った(笑)。桜島、噴火、今年は激しいようで、十分、気をつけてくださいね。 (2011.12.20 20:58:53)

Re[1]:常盤・武 歴史散歩(12/19)  
つき指さん
> 読ませますねえ、いやはや、参った(笑)。桜島、噴火、今年は激しいようで、十分、気をつけてくださいね。
☆桜島は今年は毎日噴火していますが、今は冬なのでほとんど大隅半島に流れています。それでも鹿児島市にもよく流れてきます。人が行かないような場所は木のも積もっています。 (2011.12.20 21:46:39)

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