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きょうの映画 「父帰る」(03)
2006年04月30日
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私は講義や講演で よく マリー・ローランサンの(忘れられた女)という詩を引用する。 何ごとにも 無感動 無関心の若者に対して、接客の心得は 相手に誠実な関心を寄せる事、無関心は失礼な事と説いている。 また ジョン・ロバート・パワーズというフィニッシングスクールでは、恋人に振られたので 美しくなって 相手を見返したいという生徒には、(君が見返そうと意識している間は、決して見返す事は出来ない。一番いいのは 彼を忘れてしまう事) 久し振りに出会った彼が話しかけてきた時に(どちら様でしたっけ?)と言えたら、それが最高の見返し(復讐)だと教え、その時に この詩を引用してきた。 (死んだ女よりも もっと哀れなのは 忘れられた女です)という最後のくだりをもって。 しかし きょう高田渡さんの映画のビデオを観て、この詩のタイトルが(忘れられた女)ではなく、(鎮静剤)だと初めて知った。 どうして 鎮静剤なのかは分らないが、訳詩者は かの堀口大學、これから 引用する時は正しいタイトルで伝えよう。 今まで この詩を紹介する時は 真ん中の部分を省いて 中略で読んでいたが、折角 ネットで調べたのだから、この際 久し振りに 全文を披露しよう。 鎮静剤 堀口大學訳 退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です 悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です 不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です 病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です 捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です 追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です 死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です きょうの映画 「タカダワタル的」(03) 1960年代後半から70年代に掛け 岡林信康 小室等 泉谷しげるらと共に日本のフォークソングを牽引した高田渡。 (いやだなあ~、やめたいなあ~なんて思いながら35年くらい歌っています)で始まる 下北沢のライブハウス(ザ・スズナリ)のステージから 京都 大阪 東京・青山などでのマイペースなコンサート活動や その日常を追ったドキュメンタリー。 (スズナリは 山口良一さんのブログに しばしば登場する場所で 私は1度行ってみたいと興味を持っていたが、図らずも この映画で実像を見られた。) 酒を呑み 孫を抱き 街を歩きながら猫や犬に話しかける。 その飄々とした生き方に共鳴し 彼の追っかけをしているという俳優の柄本明が企画した映画だが、同類のタイプに見える彼が 貧乏を楽しみ笑い飛ばす彼の価値観には とても及ばないと映画の中で語っている。 類は友を呼ぶというか 漫画家の蛭子能成も タカダを取り巻く人物の中に 顔を出している。 実は昨年(2005年)4月 タカダは北海道の巡業先で 心不全の為に亡くなっており、そのお別れコンサートには井上陽水をはじめ 大勢の歌手や仲間が集まった。 映画でも分るように素顔の彼は まさに初老の男といった感じだが、享年56歳、武田鉄矢と同年である。 酒が 或いは貧乏が 彼を老けさせたのか? しかし いつの時代でも多くの人々を魅了してきた その優しく 逞しい歌声に触れて欲しい作品で、観終わった後 彼の人生讃歌が伝わってきて 心の暖かくなる映画である。 「美しい夜、残酷な朝」(04) 韓国・日本・香港合作の オムニバス ホラー サスペンス映画。 (cut) (韓国) 新進の映画監督が撮影を終え帰宅すると 見知らぬ男が ピアニストの妻を縛り上げていた。 その男は 彼の全作品5本に出演しているエキストラで、成功者の監督に嫉妬して 妻を人質に取り、恐ろしい条件を突きつけてくる。 その条件とは 男が通りがかりに連れてきた幼女を殺さなければ、妻の指を5分に1本ずつ切り落とすというものだ。 監督は果たして 妻を救うために見知らぬ少女を殺す事が出来るのか? (box) (日本) 父の経営するサーカス団の一員として姉と共に出演していた双子の妹。 ある日 仕事の後 姉だけが父親からご褒美のペンダントを貰う。 それに嫉妬した妹は、姉が奇術用の箱に入ったのを見届け、外からカギを掛けて閉じ込めてしまう。 その時 予期せぬ火事が起こり、箱の中の姉は 妹の見ている前で焼死する。 やがて 成人して作家になった妹のもとに 1通の招待状が届く。 彼女が招待された場所に赴くと そこは 彼女が姉を死なせた運命の場所だった。 監督は三池崇史、主演長谷川京子。 (dumplings) (香港) リー夫人は若返りの力を持った餃子を作るという評判のメイの部屋を訪れる。 餃子の中味が人間の胎児だと知って最初は驚いた夫人だが、美と若さに憑かれた彼女は更に強力な効果を求めて 要求をエスカレートさせていく・・・。
2006年04月29日
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この所 友達に観せたいと思う映画を2本続けて観てしまって きょうはそのダビングに追われた。 1本は千葉市の吉武さんに、もう1本は横浜の宮川夫妻に。 ダビングの合い間に ふとチャンネルを回すと 西武対オリックスの試合をやっていて 西武が6対3で負けている。 きょうは松坂が先発だったが、途中 アクシデントで降板していた。 この所 何故だか主砲のカブレラも戦列を離れていて、2枚看板を欠いて、この先どうなるんだろうかと心配。 所が 7回の表 この所 絶好調の中島のタイムリーヒットで西武が1点を返し、尚も満塁というチャンスにカブレラが代打で登場した。 手首の捻挫で、2日間休んでいたそうだ。 故障が完治しないままの登場だと思うが、いきなり右中間に逆転のホームラン。 やはり頼りになるのは この男。 リーグトップの6号ホームランだ。 かつて 近鉄にローズがいた頃、 50本を超すハイペースで本塁打王を争っていたカブレラだが、ここ2年程はホークスの松中の独走を許している。 今年は是非 ホームラン王のタイトルをものにして欲しいものだ。 きょうは 中島のほか GG佐藤 中村もホームランを打ち、とても気分のいい日だった。 インターネットで調べたら長打率の順位ではカブレラ 和田 中島と1位から3位まで西武が独占していた。 きょうの映画 「ザ・ゴールデンカップス ワンモアタイム」(04) 1960年代 アメリカ軍のハウスとして接収されていた横浜の本牧。 そこのライブバー(ゴールデンカップ)の専属バンドとして ベトナムに向う若い米兵相手に最新・最高のロックやR&Bを演奏していたのが 後のゴールデンカップス。 米兵の中には 長期休暇となっても故郷に帰らず、本牧に居続けた者もあったという。 後に(長い髪の少女)などの大ヒットで人気者となった彼らの真実の姿に、当時の映像を絡ませ、忌野清志郎や内田裕也 北野武らのインタビューで迫る音楽ドキュメンタリー。 ヒット曲が出てからは 当時流行のグループサウンズの範疇に入れられ、本人たちもファンも納得がいかなかったらしいが、優等生揃いの(ワイルドワンズ)と同じステージに立つ彼らの姿は想像し難い。 第2部は 最近35年ぶりに再結成された彼らのライブ、50歳を超え 大人の円熟味をプラスさせたハマの不良たちの熱演振りをジックリと聴かせている。 「ロゼッタ」(99) ベルギーとフランスの合作映画。 トレーラーハウスで暮らす貧しい少女ロゼッタはある日 突然会社を解雇され、生活費を稼ぐ為に職探しに奔走する。 同居している母は、酒びたり 男狂いで、彼女との間では喧嘩が絶えない。 ロゼッタは母を施設に入れて更正させようとするが、それを嫌った母は家を出てしまう。 そんな彼女に 唯一優しくしてくれるのが 車でワッフルを売っている青年リケ。 しかし 彼女は職欲しさに リケの不正を上司に密告し、首になった彼に代わり、その仕事を貰う。 しかし 彼女は母親が泥酔して戻ってくると、社長に電話して その職をも辞めてしまう。 果たして これからどうやって生活していくのだろう。 働きたくても職がないというベルギーの深刻な就職難を描いた作品で、音楽も効果音も使わず、彼女の救いようのない日常を 手持ちのカメラで淡々と描いた作品だが、何故か カンヌ国際映画祭ではパルムドール賞と主演女優賞を受賞している。 夕方になると湖の近くに行き、隠してある長靴を履いて ビンの仕掛けに掛かった魚を確認するのを日課にしているロゼッタだが、それを食用にする訳でもなく、水に帰してやるのは何故だろう? 私には その訳が分らなかった。 「トニー谷の忍術選手権試合」(56) トニー谷がインチキの忍術使い、姫の婿となり 藩を牛耳ろうとする家老に中村是好が扮するオチャラカ喜劇。 間抜けな悪役の横山エンタツが とぼけたいい味を出している。
2006年04月28日
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私のブログのトップページを見ると 日記の記入率が100%になっている。 これは 何でも完全じゃないと気が済まない変な性格の 私がやっているインチキの結果だ。 まずタイトルを入れ、内容の所に 取り敢えず 未記入と書いておくと、記入された事になり、100%となる。 だから 私の場合 正確には 日記の記入が100%ではなく、タイトルの記入が100%であるに過ぎない。 何故 こんな事をするかというと、記入の遅れている日記も いずれ全部記入する積りで、内容を忘れないように タイトルだけを書いておくのだともいえる。 しかし きょう 未記入の分を数えてみたら79日もあって、タイトルを見ても 何が書きたかったのか思い出せないのが2~3あった。 過去に遡って日記を書くなんてのは 独りよがりで、古い日記など誰も読んではくれないんだから、切捨てたらどうかと思った事もあったが、ある時友人の日野君から、(未記入の日記 どれ位記入されたか 時々 楽しみに覗いていますよ)と言われて、やはり書き続けようと思ってしまった。 だから 古い日記は、日野君の為に書いているとも言える。 追いつくまでに どれ位掛かるか分らないが、とに角書き続けよう。 日野ちゃん、今 一番古い未記入は11月3日分だからね。それ以前は探さなくていいよ。 でも半年前の出来事なんて タイトル見ても思い出せないのは普通だね。 きょうの映画 「サイドウェイ」(04) 結婚式を7日後に控えた俳優が、作家志望でバツイチの親友と 車で独身最後の気ままな旅をするというお話。 この映画はDVDにダビングして 千葉の吉武さんの所に送ったので、詳しい内容は彼女が観終わるまで書けない。 「ライジング・サン」(93) ベストセラー作家マイケル・クライトンの小説の映画化。 日本企業がロスアンゼルスに建てたビルの落成パーティーで娼婦が殺される。 捜査を担当する黒人刑事ウエップは、日本通の刑事コナー(ショーン・コネリー)と組む事になった。 日本人の習慣や考え方に分け入りながら 2人は事件の真相に迫っていく。 コナーがウエップの事を日本語でコウハイと呼び、自分をセンパイと呼ばせたり、カタコトで ケーレツ(系列) コクジンといった日本語を使うほか、大声でオコッタ(怒った)と叫ぶ所が面白かったが、日本人役の俳優の日本語がぎこちないのは気になった。 顔は日本人だが 日本語を余り喋れない2世俳優なのだろう。 「サラリーマン出世太閤記 課長一番槍」(57) シリーズ4作目。 自動車会社の宣伝係長に抜擢された お馴染木下秀吉(小林桂樹)は、ライバルの東西自動車が銀座に大きな広告塔を建てる計画を進めていると知って、対抗上 ビルの屋上に高い塔を建て その上に自動車を載せるという画期的なプランを出し、相手社の前日に完成させる。 しかし 広告料名目で金銭をたかりに来た三流業界紙の社長(左ト全)らを追い返した為、塔に細工をされ 車が地上に落下、会社を解雇される。 その後 彼は各車対抗ラリーに大學の自動車部の後輩と共に参加、ライバル他社を制して 見事日本一に輝き、復職を許された上 課長に抜擢される。
2006年04月27日
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きょうの映画 「小さな赤いビー玉」(77) 「ねじ式」(98) 「ララミーから来た男」(55) 「フェイドTOブラック」(80)
2006年04月26日
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きょうの映画 「姉妹(きょうだい)」(55) 「愛河」(58) 「ことぶき座」(45)
2006年04月25日
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銀行や郵便局の用事は 給料日になると混むので 毎月24日までに済ませるようにしている。 きょうも税理士事務所への振込み、株券の名義書換え書類の送付などで 郵便局に行った。 近くのマック(関西ではマクド)の駐車場に車を停め、それだけでは悪いのでスイートチリエビフィオレのセットで昼食を済ませた。 夜は久し振りにスパゲッティーを茹でた。 大分前に買った ペペロンチーノのソースを使ったが、味が変ったのか美味しくなかった。 賞味期限内だし 要冷蔵でもないのにどうしてだろう。 私はタバコは吸わないが ライターのガスの匂いがした。 途中で食べるのを止め、冷蔵庫の辛子めんたいを絡め、海苔をふんだんに使って食べ直した。 丁度食べ終わった 10時半頃 東京の従兄弟から電話が入った。 福岡に来ていて ホテル日航に泊まっていると言う。 上京中に 電話では話したが 顔を見ていなかったので、久し振りに再会したく タクシーを呼んでホテルまで出かけた。 彼は鹿島建設を定年退職後 系列の鹿島建物管理(?)の社長をしており、お台場のフジテレビの管理などもしているが、今回は大宰府の国立博物館を管理する出張所に 会議の為 やって来たのだという。 若い社員と会食し、 市内の櫛田神社関係の仕事をしている 大學(早稲田・建築)の同級生と飲んだあと 私に電話してきたもので、ホテルのバーで2時間程 話に花を咲かせた。 彼の父親(私の叔父)は95歳の今も 建設会社のオーナーとして 元気に働いているが、さすがに最近は少しボケの症状が見られるそうだ。 彼の妹は元宝塚の牧里いづみ、その娘は宝生ルミの芸名で月組で娘役をやっている。 宝塚志望の桃子チャンや実沙紀チャンに会わせてやりたいと常々思っているのだが、いつも彼女は 九州公演のメンバーに入っていないため、その目的を果たせないでいる。 きょうの映画 「エルフ~サンタの国からやってきた~」 (03) 孤児院の赤ん坊バディはクリスマスにやって来たサンタの大きな袋に紛れ込み、北極にあるサンタの住まいに連れて行かれる。 そして 人間には なれない 小さな妖精エルフとして育てられる事になる。 しかし エルフの倍以上のサイズに成長したバディは、自分が人間である事を知り、父親を訪ねてニューヨークまでやって来る。 彼が 初めての人間の世界で大奮闘する様をコミカルに描き、笑いを誘いつつ、最後には家族の絆、信ずる事の尊さを教えてくれるクリスマス定番のハートウォーミングな映画。 クリスマスイヴ 公園に不時着したサンタのソリをバディが修理し、サンタの存在を信じる人々の心を原動力として 再び空中に舞い上がっていくシーンが素晴らしい。 (最近は 両親からのプレゼントだという噂を聞いて、私からの贈り物だと信じない子供が増えたのは嘆かわしい)とサンタがぼやく所が面白かった。 この映画 クリスマスに教室の子供たちに見せたいと思い、HDDを消去出来なかった(DVDにダビングしよう)。 「ドレミハ大学生」 38) 歌やピアノの好きな お金持ちのお嬢さんに熱を上げる学生達。 彼女が婿養子を探しているという噂が流れると、その関心を買おうと水泳部や相撲部を退部し みんなで 歌を習いにドレミファ音楽学校に通いだす。 のちに黒澤作品で渋い演技を見せる藤原鎌足が、彼女に想いを寄せる学生役で 学生服に角帽姿で出演しているのが面白い。 マドンナ役の女優 江戸川蘭子に、学生たちが大騒ぎする程の魅力が感じられず違和感があるのは 時代によって美人の基準が違うせいか? 学生達の通うラーメン屋の看板が 支那そば屋になっていたのにも 時代を感じさせられた。 「忍者武芸帳」(67) 白土三平の長編劇画を大島渚監督が映画化。 アニメではなく、静止画の連続という新しい技法で、よく出来た紙芝居を見ているよう。 室町幕府足利義輝の時代、家臣・坂上主膳の謀略の為 非業の死を遂げた結城光春の長男重太郎は、逃走した主膳を見つけて仇を撃とうと各地を旅するが、主膳は自ら明智光秀を称し 本物の光秀と対決、やがて彼の影武者となる。 その頃 百姓一揆が各地で勃発、それを鎮圧しようとする織田信長との間で激しい戦闘が繰り広げられる。 この作品では 山崎の合戦で秀吉に撃たれるのは光秀ではなく、その影武者の主膳だったと解釈している。 また 劇中 狂言回し的に登場する謎の忍者影丸が民衆を統率するカリスマ的指導者として描かれている。 劇画のいい所は 無駄な間がなくて 全体に だれない所だと思うが、映画にすると 逆にテンポが早過ぎて ついて行けない面もあり、この作品の場合は登場人物も多過ぎて 内容が充分に把握出来なかった。 映画を2~3度 見直せば 筋立てもよく分る筈だが、もう1度見たいとまでは思わない。 キネマ旬報のベストテンの第10位に入っているが それは 大島渚のネームバリューと、静止画の連続という新しい手法への評価だと思う。 「冬の宿」(38) 阿部知二の小説の映画化で、制作は東京発声映画製作所。 昔 故郷で工場を経営していた男(勝見庸太郎)は 今は東京の会社で門衛として働いているが、羽振りが良かった頃が忘れられず 見栄っ張りで 酒と女にうつつを抜かしている。 クリスチャンで お祈りばかりを唱えている口うるさい女房と2人の幼い子供と暮らしており、彼の隣室には真面目な帝大生(北沢彪)が下宿している。 空き家になっていた工場の土地が再開発の為 高く売れ、病気の娘の入院費に充てるため、彼は代金を受け取りに故郷に帰るが、女房の心配通り、途中下車した大阪で女と酒に大半を使ってしまう。 しかも それを取り戻そうと競馬に はまって、これまでの 飲む 買うに 打つが加わって 絵に描いたような転落の3拍子。 どうしようもない男が 家族を巻き添えにして次第に破滅してゆく姿が先に読め、その通りになるという 救いようのない映画で、破滅型人間を描くのが得意な豊田四郎監督がメガホンを取っている。 フィルムは長らく行方不明とされていたが、近年 原版が発見され、2003年に復元 初上映された。 原節子が会社の秘書役で 1シーンだけ顔を出しているが、何だか浮いた存在のような気がした。
2006年04月24日
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きょうの映画 「HINOKIO」(05) 「あずみ」(03) 「マイラブ」(77)
2006年04月23日
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きょうの映画 「TOKYO NOIR」BIRTHDAY・GIRL'SLIFE・NIGHT LOVERS(04)
2006年04月22日
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嫌な事って 続いて起こるもので、昨日までに モヤモヤと胸につかえるものが3っ程あった。 その最大のものは、60万円が見付からない事。 2年前に 間もなく上場するからと勧められて 2社の株を買った。 すぐにでも上場するという触れ込みだったのに 未だに 2社とも上場の気配なし。 先日 東京から帰ってくると、取引業者から封書が来ていて、上場前に名義の書き換えをしたいから 1社の株券を送り返すようにとの指示だった。 所が その株券(額面60万円)が見付からない。 それは長崎に本社のある会社で、そのあと もう1社 東京の会社の株はすぐに送ってきたが、先の会社の方が株券を送ってこないので、きっと業者の方で預かってくれているものだとばかり思っていた。 その旨を業者に伝えると、内容証明付きで送ったと言う返事があった。 送った、いや 貰ってないの水掛け論になるので、どうしたらいいのかを訊ねると、裁判所に公告を出し、2ヶ月ぐらい経って意義申し立てがなければ 株券の再発行が出来るという。 手続きが面倒ですよと業者に言われたが、それしか方法がなければ やるしかない。 特に期限はないというし、業者も 家を探してみたら出てきたというケースも多いですよというので そのままにしておいた。 もし仮に 私が受け取っていたとしても、前日買った小瓶の清酒が どこに行ったか見付からないという我が家で 2年前の株券を探し出すなんてのは 太平洋に落とした指輪を探すようなものだ。 裁判所に行くのも面倒なので 手続きを行政書士に頼もうかと思い、前の会社の法学部出の先輩や(ミカの会)の仲間の 社会保険労務士や税理士さんに相談してみると、いずれも 裁判所の受付に行けば、とても親切に教えてくれるので、その通りにやれば自分で出来ますよと言われた。 この日記に書くのは初めてだが 実は1週間前ぐらいから この事で頭を痛めていて 口に出すのも 文に書くのも気がすすまないぐらいショックを受けていたのだ。 いつまでイライラしていても 仕方がないので 業者が言うように1度探すだけ探してみて、見付からなかったら その時点で裁判所に行こうと決めて、昨日から部屋を探し始めた。 物を捨てるのが苦手な私は とに角 机の上が書類等で一杯になると、取り敢えず 暫定的な処置としてダンボールの箱に収める。 そのダンボール箱がリビングだけで18箱ある。 それを 1つずつ開けて調べるしかない。 勿論 箱に入れてあるという保障は何もなく、出てくる可能性は10%以下だろうが 気休めでも やってみるしかないのだ。 まず A列の6箱重ねてあるダンボール箱の1番上だけ ひっくり返してみたが、入っていない。 次にB列の4箱重ねの上から順に 同様に調べたが出てこず、2番目 3番目と惰性的に調べていったら、何と下から2番目のその箱の中に 株券が、ちゃんと入っているではないか!? びっくりして 目が点になった。 全く期待していなかったのに 18箱のうち 4番目の箱で発見するとは!! 本当に 奇跡というか、太平洋に落とした指輪を発見したような気がして思わず叫んでしまった。 これで裁判所に行かなくて済む。 しかし あれだけ部屋中を探したのに 先月の29日に買って 30日に行方が分らなくなった清酒は 未だに 出てこない。 嫌な事が3っ続いても それが1つずつ解決されれば いい事が3っ続く事になる。 あとの嫌な事も きょう解決した。 1つは 携帯電話の事で、半月ぐらい前から バッテリーの減り方が極端になり、通話だったら2回、メールなら1通で殆どエンプティーに近い状態になっていた。 東京でauの店に持っていったが、バッテリーの在庫がないので取り寄せに1週間ぐらい掛かると言われた。 帰福後 近所のauショップで訊いてみると、2週間掛かると言う。 仕方がないので 待つ事にして 取り寄せを頼んできたのだが、何と3日後のきょう 届いたと連絡がきた。 もう1つ、先日 東京の親切な検針業者さんから 電話があり、水道のメーターが少しだが動いているので 漏水の疑いがあるとの事。 暫くは 誰も上京の予定がなく どうしようかと思っていたが、管理会社の三井ホームエステートで人事異動があり、新しい担当者から電話が入ったのをいい機会に 建物の外にある水道の元栓を締めて貰うよう頼んだので、これも間もなく解決するだろう。 3っとも解決で きょうは いい日になった。 きょうの映画 「モーターサイクルダイアリーズ」(04) 中古のバイクに親友の生化学者アルベルと相乗りし、雪のアンデスを越え、マチュビチュの遺跡 そしてアマゾン河へと 南米大陸縦断の放浪の旅を続ける 伝説の革命家チェ・ゲバラの無鉄砲で情熱的な青春の日々を描いたロードムービーの傑作。彼の日記を映画化したもので 04年度キネマ旬報 ベストテンの第7位に選ばれた。 裕福な家庭に生まれた23歳の医学生ゲバラが アルゼンチンからチリ ペルーを経てベネズエラへ至る1万K(6ヶ月)の旅で、社会に於ける不平等と 生きる事の厳しさ 素晴らしさを目の当たりにし、成長してゆく過程を、アンデスの山々 インカ帝国の遺跡など南米の美しい風景を織り交ぜながら描いている。 ハンセン氏病患者を初め 触れ合うすべての人に惜しみない愛を捧げ、出会った全ての人を魅了したゲバラの役を ラテンのブラビと呼ばれるガエル・ガルシア・ベルナルが演じ、彼の7歳年長の親友アルベルトにはゲバラの実のハトコにあたる男優が扮している。 韓流俳優に熱を上げるオバサンはとも角、知的で正統派のイケメン好き、そして旅が好きな女性にとっては魅力的な作品。
2006年04月21日
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きょうの映画 「マグダレンの祈り」(02) 「飛べないアヒル」(92)
2006年04月20日
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きょうの映画 「面影」(48)
2006年04月19日
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きょうの映画 「二重誘拐」(04) 「鉄人28号」(04)
2006年04月18日
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きょうの映画 「妖僧」(63)
2006年04月17日
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きょうの映画 「ロッキー・ホラー・ショー」(76) [DOLL」(89)
2006年04月16日
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調理師専修学校の昼間部の入学式。 毎年の事だが、新入生の中には 既に やる気のなさそうな者が数名おり、ごく僅かだが 目が輝いている生徒もいる。 入学式には父兄も参加。父親と記念写真を撮っている女生徒の微笑ましい姿もあれば、イライラを 母親にぶつけている イヤイヤ入学らしきコギャルもいる。 そんな約40名の新入生を前に 80歳の校長は 少しもひるまず、茶髪やピアスは絶対に禁止ですと訓示をされる。 そういえば 一流の店で 茶髪の調理師は余り見ない気がする。 これから1年間の付き合いだが、ワクワク感はなく、むしろ気が重い。 入学式のあと 近くの寿司店で 講師やスタッフの昼食会。 今年 卒業したばかりの若い男子が この店で修業をしており、途中 部屋に姿を見せ 挨拶をしたが 声が小さいのが気になった。 いきなり座敷に呼ばれて 並み居る先生方の前で挨拶をしろと言われても ちょっとビビって 声が出ないのは無理もないかもしれない。 充分 腕を磨いて 立派な寿司職人になって欲しい。 きょうの映画 「ションヤンの酒家(みせ)」(02) 人口1,000万人の活気溢れる大都会・重慶。 そのビルの谷間にある屋台街で 鴨の首料理(どんな料理か興味がある)を出す1軒の店。 その店を切り盛りするのは離婚暦のある美人のションヤン。 母の死後 父は京劇の女優に熱を上げて家出。 幼い弟を育て 苦労して大學に入れた彼女だが、その弟は麻薬中毒で 施設に強制入院させられる。 また 株狂いの妻に頭の上がらない兄からは、無理やり男児を押しつけられ、一緒に住む事になる。 そんなションヤンの店に毎晩やって来る男(モト冬木似の冴えない中年)がいる。 いつしか 2人は微笑を交わすようになるのだが・・・。 ションヤン役の女優が魅力的。
2006年04月15日
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夕方から高校の同窓会に出た。 私の出身校は所在地は北九州の小倉で、5月の創立記念日には 本校で同窓会をやるのだが、何故かしら それに先立って 毎年4月に 福岡市で 福岡総会という名の同窓会が開かれる。 福岡市の財界で活躍している同窓生が多いせいかもしれない。 九州電力、西鉄、JR九州の会長・社長も同窓で毎年出席している。 同窓の副社長が在職中は ホテルオークラを会場にしていたが、退職されてからは 西鉄の明石社長のご縁で 西鉄グランドホテルになった。 どうせなら 同じ系列のソラリア西鉄ホテルにしてくれた方が嬉しいのに。 きょうは宴たけなわで、立食の料理が無くなってしまったが、同じ会費だと ソラリアの方は料理が余る程ある。 ここ数年 4月の初めに開かれていて 丁度 私の東京の仕事と重なる為 欠席していたが、今年は中旬の開催となったので、間に合うように早めに帰ってきた。 いつもは後輩で 噺家の柳亭燕路君が司会をしていたので、久し振りに会えるのを楽しみにしていたが、今年は何故か 同窓だが JR九州の広報の女性が司会をしていた。 卒業年度毎にテーブルが用意してあって 私の同期は集まりがよく 特別に2テーブルあったのだが、今年はテーブルが1つだった。 訊いてみると ここ数年 出席が減っているとの事で ちょっと寂しい。 野球部が その歴史と記録をまとめた本を出すそうで、その宣伝を兼ねたスライドの上映などがあり 懐かしかったが、過去より現在。 購入をお願いしますと 野球部OBに言われたが 甲子園に出れば 宣伝をしなくても 寄付金と共に 本の希望者も大勢集まると思うが。 母校は 夏の甲子園が(中等学校野球大会)と呼ばれた最後の年と、(高等学校野球大会)に変った最初の年に連続優勝を果たした名門だったのだが、最近は甲子園には とんと ご無沙汰、むしろ サッカーで そこそこ県での面目を保っている。 きょうの映画 「プライド 運命の瞬間」(98) 1948年12月23日、太平洋戦争 A級戦犯7名の絞死刑が執行された。 それから50年を経た年に 改めて東京裁判を検証する為に作られた大作ドラマである。 (勝った国の殺人は無罪で 負けた方の国の殺人が有罪)という裁判。 戦勝国が一方的に裁く法廷の在り方に疑問を感じ、ただ一人 戦犯の無罪を主張した インド代表 パール判事の苦悩と、その法廷にたったひとりで立ち向かった 人間東條英機の真の姿を浮き彫りにしている。 但し 彼の人間味を表現する事に追われ、戦争中の東條の所業の 直接的な描写が一切無かったのは 物足りなかった。 津川雅彦が東條役を熱演。 日本側弁護士の清瀬一郎(奥田瑛二)が(東條は 日本国民に対しては 多くの戦死者を出し、塗炭の苦しみを負わせた罪で有罪だが、連合軍に対しては無罪)と強く主張する所が印象に残った。
2006年04月14日
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街には その街独特の匂いがある。 国単位でいうと 韓国の空港に降りると キムチ(ニンニク)の匂いがすると よく言われる。 実際 昔よく行った 釜山がそうだった。 いつも 空港には 釜山文化放送のアナウンス部長が迎えに来てくれていたが、市街地のホテルまで送って貰いながら 気付かれないように そっと車のウインドウを下げていた。 車内に籠った ニンニクの匂いに 息が詰まりそうだったから。 しかし 2日程滞在して 自分でもキムチをたっぷり食べていると 全くその匂いは気にならなくなり、空港まで送って貰う 金部長の車の窓も 締め切ったままでも 息苦しくなったりしないのが不思議だった。 韓国のニンニクと同じように 日本の空港はタクワンの匂いがすると言った外国人がいたが、昔はとも角 現在では 殆どの家庭でタクワンを食べなくなったから それはないだろう。 地域は狭いが 博多駅には 独特の匂いがある。 旅行から帰ってきて 駅でその匂いを嗅ぐと(ああ博多に戻ってきたな)とホッとし、懐かしくなる。 それは 駅のコンコースで売っている バターたっぷりの ミニクロワッサンの香りだ。 店から かなり離れたホームに降り立った時に 既に その 香ばしい匂いが漂っている。 いつも 長い行列が出来ているが、きょうも プレーンとサツマイモ入りの2種類を買って帰った。 いずれも グラムで売ってくれるのだが、他にチョコレート入りもある。 家に着いて コーヒーをいれ そのクロワッサンを口にすると やっと落ち着いて 旅の終わりを実感出来る。 普段 用事で博多駅に行ったりしても 特に並んで買おうとは思わないが、旅からの帰りには 必ず買いたくなるのは不思議だ。
2006年04月13日
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早めに家を出て、東京駅の大丸で 先日断られたアンテノールのレモンパイを買う。 今度は1時間以内に食べると言ったので 売ってくれた。 博多を出る時と同じく 駅地下街の焼き鳥屋で 焼酎のロックを2杯飲む。 これだけ飲めば眠れるだろう。 寝台車の相席は 下段が老年のご夫婦、私の向かいの上段が中年の婦人。 この婦人が ちょっと変っている。 この列車は 熊本まで行くのかと訊くので、小倉で熊本方面と大分方面に分かれるが この車両は 熊本まで行くので大丈夫だと教えてあげる。 私が 座席のカーテンを閉めて 横になっていると、今度は 下のご夫婦に お金は幾らでも出すから 携帯電話を貸してくれと頼んでいる。 煩わしいと思ったのか この夫婦が 列車内に 公衆電話がある筈だと教えると どうやら探しに行ったようだが、帰って来ると 忘れ物をしたので東京に戻らなければならなくなったと言い出した。 結局 車掌に 次の停車駅と 折り返しの列車の事などを詳しく訊ねて 静岡駅で降りていった。 熊本は どうするんだろう? 他人事ながら 気になっていると、今度は 下の夫婦が車掌に 下関の観光バスの事などを訊いている。 車掌も詳しいらしく 駅を出て 左側に観光事務所が有りますと教えていたが、わざわざ 下関に観光に行くなんて 珍しい人もいるものだ。 私が 3時間以上経過して すっかり柔らかくなってしまったレモンパイを食べていると、最後の 車内アナウンスが始まった。 寝台車の場合 乗客の睡眠を妨げないよう 夜9時をもって アナウンスを終了するようだ。 しかし そのアナウンスを聞いて 私は一瞬 耳を疑った。 (朝まで どうぞ ごゆっくり おつくろぎください)と言っている。 言ってしまってから ちょっと 躊躇したような感じがあったので、本人が気がついて 言い直すかな? と思ったが 結局 訂正はしなかった。 乗客の大部分は気付いてないと思うけど 正しくは おくつろぎだよね。
2006年04月12日
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私が いつも上京して最初にする事は 地下鉄で使うパスネットカードを買う事。 これまでは 最初に1,000円のカ-ドを買い、なくなると買い足していたのだが、今回は試しに 3,000円分のカードを購入してみた。 所が それが昨日で なくなり、新たに1,000円分 買い足した。 きょうは それを使って 渋谷まで出て、みなとみらい線で横浜まで行く。 以前はなかったが、元町・中華街駅まで 乗り換えずに行けるようになっていて便利。 渋谷から35分で着いた。 宮川チャンとの待ち合わせの時間より 30分も早く着いたので、駅の近くを 散策してみようと思った。 すぐ近くに 港の見える丘公園があると、案内板が出ていたので 登ってみる事にした。 傘をさしながら 急な階段を何段も登ったが、途中 息切れがした。 やはり 歳を というより 日頃の運動不足を感じる。 生憎の雨で 港は余りよく見えなかったが フランス領事館跡や兵舎の跡などが珍しかった。 生麦事件のあと 横浜に滞在する自国民の安全・保護の為に フランスやイギリスが軍隊を派遣、その兵舎がここにあったというのだ。 生麦事件の事は勿論 知っていたが、軍隊の派遣の事は知らなかったので、興味深く 史跡を見て廻った。 外人墓地まで行ってみたかったが、時間になったので 駅まで引き返した。 宮川チャンと落ち合って ぶらぶらと 元町経由中華街へ。 途中 創業1924年というお菓子屋 喜久屋で レモンパイをゲット。 今回のお目当ては清風楼のシュウマイ。 華正楼のシュウマイは新宿の小田急デパートでも売っているが、清風楼のは この中華街の店でしか買えない。 上京して 時間がある時は 横浜まで 買いに来ているのだが、以前 店が休みと知らずに来て 無駄足を踏んだ事がある。 きょうは ランチタイムが終わり、夕方5時から開店だというので、それまで時間をつぶす為 小さな喫茶店へ。 そこで 持込のレモンパイを食べたが なかなか美味しかった。 時間を見計らって 清風楼に戻り シューマイ チャーハン ラーメンを頂く。 料理は美味しかったが 相変わらず 店のオバサンの無愛想なこと!! 途中から宮川夫人もタクシーで駆けつけてくれるが、その後 ホテルでのパーティーに出席するからと、食事はなし。 私が注文しておいた テイクアウトのシュウマイの分も含めて 全部 彼女が払ってくれた。 タクシーで わざわざ支払いの為に来て貰ったみたいで 大変恐縮。 昨年は スケジュールが空かなくて 1日も会えなかった宮川夫妻だが、今年は短い滞在期間中、赤坂 横浜と2度も付き合って貰う。 夫人の電話では 彼は、一時 体調が悪く 杖をついて歩いていたと聞いて 心配していたのだが、今は杖もなく 至って元気そうなので安心した。 食事のあと、宮川ちゃんが 私を 車で 駅まで送りがてら 横浜の新名所をぐるっと回ってくれる。 雨が激しくなったので 車窓から見ただけだが、数年前には なかった 大観覧車や高層ビル群に驚いた。 街路樹も多く、東京よりも 洒落た都会風で 住むには最高かも。(富士山も見えるしね。) 横浜に住んで 東京の大学に通うなんてのも いいかもしれない。 福岡から横浜に出て来て35年という宮川ちゃん、博多っ子でなく すっかり ハマっ子になっていた。 横浜からは 新しく出来た 直行の電車で 新宿まで30分で着いた。
2006年04月11日
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マダムyさんとランチを頂く為に 昨日に続いて表参道に。 日曜日の昨日は 竹下通りに入れない人の行列が出来る程 混雑していたが、きょうは平日だし、小雨も降っているので、大分少なくなっている感じがしたが、それでも決して静かという雰囲気ではない。 バスで来ると思って原宿駅方面で待っていたyさんと、地下鉄の表参道で降りた私とは携帯で連絡を取り合い、それぞれ歩み寄って 真ん中地点で遭遇。 愛犬のねねちゃんを連れた貴婦人が優雅に現れた。 最初 ねねちゃん連れでもOKな テラスのお店に案内して貰ったが、生憎の雨の為 テラスはクローズしていて、他の店を探す。 室内でも仔犬大丈夫のル ブルターニュというカフェに案内して頂く。 店員さんの対応も気持ちがよく、すぐに ねねちゃん用に特別なお皿に入った水を持って来てくれた。 それまで 落ち着かなかったねねちゃんが むさぼるように お水を平らげると、安心したのか、すっかり おとなしくなって、床の上に腹ばいになった。 さすが~、ワンちゃんの対応に慣れてる~。 yさんと昔話や近況の報告をし合っていると、ランチが運ばれてきた。 ウエイトレス(?)さんはハーフっぽい方だが、客あしらいが上手で、キビキビとしている。 こんな所も お店の魅力の1つかもと 思っていると 有名な女優さんが1人で入ってきた。 映画やテレビでお馴染の室井滋さん。 彼女が都はるみと共演した(ハワイに歌えば)という映画は面白かった。 食事のあと yさんの豪邸に伺い コーヒーとケーキをご馳走になりながらねねちゃんと遊ぶ。 ねねちゃんとは 2年前にお台場の砂場で散歩して以来の再会だが、ちゃんと覚えていてくれたのか、或いは 元々人懐っこい性格なのか、すっかり遊び相手にされてしまった。 小さな玩具をポンと放ると、さっと拾って戻って来る。 咥えたまま なかなか 離そうとしないので、知らん顔をしていると、私の横にそっと置いて、じっと私の顔を見上げている。 そのまま 無視していると、私の膝を 脚で引っかきながら、遊ぼうよと ねだってくる。 二つの玩具を交互に投げて 彼女の反応をみながら 随分楽しんだ。 人間の赤ちゃんも 1度 (いない いないバー)をしてやると、何度も飽きずに その遊びを要求してくるものだが、それと全く同じ。 ねねちゃんは 1年程前に急にお腹が大きくなり、医者に診せたら、想像妊娠だと言われたと聞いていたので、年頃のレディーだと思っていたのだが、まだ子供なんだ。 きょう 一杯遊んだ事、1,2年後にまた会った時 覚えていてくれるかな? yさんに送って頂いた ねねちゃんの近影(お花見) yさんのお宅は 表参道から道筋を2つぐらい入った場所にある 豪華マンションの1階で、庭には沢山の木やバラなどが植えてある。 驚いた事に その木に小鳥がやってきて 綺麗な声で囀っている。 きょうは見られなかったが 時々鶯も飛んで来るそうだ。 ここが原宿とは思えないほど静かで、車の音は勿論 人の声も全くしない別世界にいるようだ。 庭には 特別に注文して作って貰った陶製の露天風呂もあった。 yさんが入っている所も ちょっとだけ 想像してみた。 帰りには素敵な玉手箱のお土産まで頂き 乙姫様にお別れして この竜宮城をあとにしたが、表参道の大通りに出て その賑わいにまたビックリ。 まるで 100年前から いきなり現代にタイムスリップしてきたような錯覚を覚えた。 一旦 新宿の家に帰宅したが 途中 近くの早稲田のauショップに寄った。 最近 携帯電話のバッテリーがすぐに なくなるので相談にいったのだが、新しいバッテリーに換えた方がいいと言われ、4000円ぐらいだそうだが、私の場合、ポイントが貯まっているので それを使えば只で済むとの事。 バッテリーを取り寄せるのに1週間ぐらいかかるというので、福岡に帰ってから換える事にした。 夕食は先輩の陽子さんと荻窪で。 毎年 4月に上京する度に行く つな八という駅ビル内の天婦羅屋さんだ。 荻窪へは 地下鉄の東西線で直通なので便利なのだが、何故かしら 中野駅から 別にJRのキップを買わなければならない。 福岡でも地下鉄がJRと接続している所が2箇所程あるが、例えば佐賀県の唐津に行くのだって キップを買い換えるといった面倒な事はせず、そのまま直行出来る。 中野~荻窪間は利用客も多いし、何とか便利なように改正したらいいと思うが。 夕食をご一緒した陽子さんは私がいた会社のアナウンサー1期生で、入社当時から 大変お世話になった。 1期生は男性3人、女性2人で、女性は健在だが 男子アナは昨年の安藤さんを最後に3人とも亡くなっている。 美味しい天婦羅を頂きながら、そんな回顧談に花が咲いた。 陽子先輩は 元々 江戸っ子で、九州のテレビ局へは 母上と 3年だけという約束で入社し 約束通り退社のあと、東京に戻って 水之江さんという 有名な 椅子のデザイナーの方と結婚。 結婚式には私も招んで頂いたが、媒酌人も有名なデザイナーの剣持勇さん。 ご主人は50代の若さで亡くなったが、彼のデザインした椅子は今でも人気があり、よく売れているそうだ。 2人の息子さんがあり 下の子息は1級建築士で、最近 素敵な看護士さんと結婚したばかりだ。 陽子さん自身も慶応の文学部出の才媛で、現在は自宅で 受験生や高齢の方に 源氏物語を教えている。 きょうは ランチ 夕食共に 素敵なレディにお付き合い頂いて 幸せな1日であった。
2006年04月10日
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毎年4月に仕事で上京しているが、丁度 同じ頃に父親の大學の同窓会が開かれるので そちらにも 出席するようにしている。 その大學とは満州医科大学(通称 満大)。 会場は原宿駅近くの 南国酒家で 会の名前は(豚まん会)。 父が亡くなったあとは 母が遺族として参加していたが、その母も亡くなったので、母の女学校の同級生の四方さんのお誘いで 遺児として出席させて頂いている。 所が 終戦と共に失くなった大学なので、一番若い卒業生でも80代と 高齢化が進み、亡くなったり 病床にあったりと、年々参加者が減り、今では4分の一ぐらいが 私のような 卒業とは関係ない 遺族としての参加者で占めている。 そこで 今年の開学95周年記念の会をもって 同窓会を解散する事になった。 あと5年の100周年には とても間に合いそうにもないという事だ。 大學の施設は今も 中国に残っていて 医科大学として存続しているそうで、たまに そこの卒業生だという 中国人の若い医師が参加していた事もあったが、何故か最近では そういう交流も途絶えている。 私は、四方さんと やはり遺児の稗田さんの3人で 会のあと 表参道の喫茶店に入り、ケーキとコーヒーを頂きながら 1年振りの お喋りをするのを楽しみにしていたのだが、昨年 会から3ヵ月後の7月に四方さんが亡くなり、それを知らせてくださった稗田さんも 11月に亡くなった。 今年は参加を辞退しようかとも思っていたが、稗田夫人から 初めて参加したいとのハガキを頂いたので、そこで お会いし 狛江市の自宅に伺って ご仏壇にお線香でも上げさせて頂こうと、参加する事にした。 今回は座るテーブルが決められていて、私は稗田夫人と同じテーブルだった。 他に同じテーブルには 高坂さんという 遺児3兄弟(男性2、女性1)がいらしていて、名刺を交換すると、長兄は東北大学の名誉教授で 東北文化学園大学の学長だった。 あとで調べてみたら 耳鼻咽喉科の権威で、著書も沢山ある方だった。 父上が 満大の寮歌を作曲され、ご本人もチェロを演奏されるとか。 人のご縁というものは不思議なもので、九州の私が 仙台のこんな偉い方と同席して 親しくお話が出来るのは この会があればこそで、もしこの最後の会に出席してなければ 恐らく一生お会いする事はなかった事だろう。 改めて(出逢いに偶然はない)という言葉を身近に感じた。 また 我々の隣りのテーブルには 稗田さんのお姉さんで 埼玉の病院で理事長をなさっている矢吹さんが見えていた。 矢吹さんは 私も時々顔を出す(奉天会)の委員もなさっていて、奉天生まれの高坂さんが、その会の存在をご存じないと伺って、早速2人のお引き合わせをした。 (豚まん会)は きょうで解散したが、今後 高坂さんとは(奉天会)でお会い出来るかもしれない。 矢吹さんのテーブルには ちょっと人目を引く美人が出席していた。 長い事 この会の会長を務められ、昨年 会の直前に亡くなった熊田先生のお嬢さんで 田畑由子さん。 母上と共に 父上の遺影を持っての参加。 熊田先生のお嬢さんなら 40代は越しているかと思えるが、おじいさん おばあさんばかりの この会では とても若く 新鮮に見えた。 会では 私と同じく福岡から参加されている 眼科の金田先生が校旗を振って 寮歌の披露があり、最後は 田畑さんのバイオリンの伴奏で 校歌を歌って おひらきとなった。 当時 満大は、医大としては珍しく モダンで洗練された校風で知られていたそうだが、最後の校歌をバイオリンの伴奏で歌い収めるなど なかなか味な事をする。 きっと 熊田会長も天国で 目を細めてご覧になっていた事だろう。 稗田さんの姉上(左)と熊田夫人母娘 スピーチをする高坂学長 会のあと 稗田さんの お宅に お邪魔する予定だったが、初めて この会に参加された奥様が 懐かしい方々と昔話に花を咲かせて、なかなか終わりそうにない。 暫く 待っていたが 四谷の妹さんの所に寄りたいと仰言っていた事を思い出して 私は失礼する事にした。 義姉の矢吹さんが まだいらしたので、お花代を言付けた。 狛江までの往復を予定していた時間が そっくり空いたので、そのまま 銀座に直行した。 滞在中に必ず訪れる所が まだ2軒残っていた。 1軒は5丁目のカフェ・フォンタナ 。西五番街の八千代宝飾店の地下で、母が昔 ここでバーを経営していたが、そこが改造されて喫茶になっている。 リンゴを丸ごと1個使ったアップルパイの上に たっぷりの生クリームを乗せたものが評判で、東京滞在中1回は 必ず訪れている。 メニューを見ると、コーヒーとのセットが1300円になっている。 値上げしたんだな~と思っていたが、帰りに 私の伝票を見ると、鉛筆で 値段が1000円に訂正してあった。 不審に思ってマスターに言うと、ニコニコしながら それで結構ですよと言う。 オマケして頂いたのだ。年に1回しか来ないのに。 何だか とても嬉しくなった。 私がいたテレビ局はフジ系列だが、数年前 テレ朝系列の KBCの東京支社に遊びに行った時に この店の話をしたら、時々 社員が利用してくれているらしい。 マスターに(お宅の会社の方に来て頂いてますよ)と言われ、(いや ライバル会社ですよ)と答えた事がある。 また 誰かに宣伝してあげなくちゃ。 地上の八千代宝飾店の隣りは 行列の出来るチョコレート屋。 ベルギーのチョコレート(ピエール・マルコリーニ)という店で、チョコレートショップとアイスクリームショップの入り口が並んでいるが、どちらも いつも長い行列が出来ている。 複数で銀座に出られた時は 1人が並んでいる間に 他の連れは 隣りの地下で アップルパイを食べながら待っているってのはどうだろう。 これって 強引な我田引水かな? でも 九州のテレビ局の友達の紹介で来たって言えば 安くして貰えるかも? もう1軒の銀座の店は8丁目の博品館。 ここで売っている玩具や人形の8割は中国製なのだが、いつも中国人の親子連れの観光客で賑わっている。 中国製って事を知っていて買いに来ているのだろうか? 昔 まだ海外旅行が珍しかった頃、ヨーロッパやアメリカに行った日本人が 帰国後 お土産の包みを開けて見ると、殆どがMAID IN JAPANだったという笑い話があったが、何だかその話を思い出してしまう。 でも 中国製であっても 中国では発売していない訳だから それでいいのかもしれない。 この店には中国人の他に アメリカ人の親子も大勢来ている。 子供たちが目を輝かせて玩具を選んでいる姿は どこの国の子供でも同じだなあと、その可愛い姿に 私は時々買い物の手を停めて見惚れてしまっていたりする。 きょうはもう1軒 ヤマハ楽器店に行ってみた。 昨日の山野とは違うバージョンの(動物の謝肉祭)を探す為だが、残念ながら それは見当たらなかった。 丁度 店内で 結構年配の女性のシャンソンのライブをやっていて、CDを買った人にはサインを差し上げますというPRで、ファンらしき人達が群れていた。 チラシによると大阪の中村扶実さんという歌手で 私は知らないが関西では有名な人なのかもしれない。 銀座は 昨日 きょうと歩行者天国。 そんな中で ある店を探して 銀座の裏通りを行ったり来たりした。 昨年観た古い映画で 銀座の靴磨きの役の有馬稲子が 少年に(○○のコロッケを買って上げるから)と、店番を頼むシーンがあって、ネットで調べたら そのコロッケ屋は まだ営業していた。 今度上京したら 是非食べてみようと 住所と店名を控えたのだが、そのメモを失くしてしまった。 大体の場所だけは覚えていたので、近所で聞けばいいやと思ったのだが、誰も知らなかった。 もう閉店したか どこかに移転したのかもしれない。 夜 帰宅後 テレビで(行列の出来る法律相談所)を観た。 珍しく 真面目な企画をやっていた。 離島の高校で 35年間 家庭科を教えていた女の先生が 卒業式の日に退職する事になり、何とか感謝の気持ちを伝えたいと、男子生徒から丸山弁護士の所に相談の手紙が来る。 その学校には男子が4人しかいなくて、女子の生徒からは 頼りにならない男として いつも馬鹿にされ続けてきた。 そんな気弱な男たちが 初めて自分たちが中心になって何かをやろうと立ち上がった姿に打たれた弁護士は 最近では余り歌われなくなった(仰げば尊し)の歌を みんなで歌う事を提案する。 この離島には高校は1つしかなく、島の全員が この学校の卒業生。 高校生らは その卒業生をひとりずつ訪ね、協力を呼びかける。 そして 卒業式の当日、滞りなく式典は進み 閉会の辞を述べる教頭に向って 突然立ち上がった男子の1人が(ここで僕たちから お願いがあります)と切り出した。 それを合図に 外で待機していた卒業生が 講堂にどっと入ってくる。 みんな 同じ先生に 家庭科を習った教え子たちだ。 あっけにとられる 校長や その先生を前に 男子が感謝の言葉を述べると、全員で 密かに練習してきた(仰げば尊し)の大合唱が始まった。 不便な離島での35年間、先生にとっては その全ての苦労を忘れ、この学校に来てよかったとしみじみ思った瞬間であったろう。 テレビを観ていた私も 身体が震えるほど感動した。
2006年04月09日
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東京に来たら必ず訪れる所は 何も銀座に限った事ではない。池袋の西武デパートもその1つだ。 お目当ては 勿論 ライオンズグッズのコーナー。 Tシャツだとかタオル、帽子などは既に購入済みなのだが、今回は特別な意味があった。 教え子の西村さんの84歳のおばあちゃんが 大のライオンズファンだと聞いて 嬉しくなったので、何かプレゼントしようと思った。 福岡ではケーブルテレビは別として ライオンズの試合のテレビ中継はソフトバンク戦以外は殆どないが、そのおばあちゃんは ラジオに耳をくっつけるようにして中継放送を聴いているそうだ。 きょうは そんなおばあちゃんの為に 小さなレオ人形と 今売り出し中のお代わり君こと中村選手の下敷きを買った。 そのあと銀座に出て 伊東屋で池田さんに頼まれた外国製の手帳を買う。 そして 通りを挟んだ 山野楽器店で8月に司会を頼まれている演奏会の曲目サン・サーンスの(動物の謝肉祭)のCDも購入。 店内では特別に 平尾昌章らロカビリー3人男の懐かしいライブ映像入りのCDを発売していて 欲しいなと 手にしたが2枚組みになっていて 値段が高かったので諦めた。 山下敬二郎の歌で 私の一番好きな(バルコニーに座って~コンウェイ・トッティ作曲)も収録されていたが、カップリングされたもう1枚が 園まり 伊東ゆかりら3人娘の歌で、こちらは懐かしくはあるが、わざわざ買って聞くほどの物じゃないと思った。 中尾ミエの(可愛いベイビー)なんか別に聞きたくもない。 その後 地下鉄で赤坂に移動。 6時半の待ち合わせで 宮川夫妻と会う。 案内して貰った(咲かせ鮨 花回廊)という店が予約客で満員、待ち時間の目安が30分というので、店からの電話が入るまで 暫く近くの喫茶店で時間を過ごす。 この店は華道家でお馴染の仮屋崎さんがプロデュースする店で、店内が花で溢れ 照明も素敵で 独特の雰囲気を醸し出している。 カップルや家族連れの客も多く、人気があるのも充分納得出来る。 (4月の花回廊コース)という料理を頂戴したが、出てくる料理はどれも手の込んだもので、(ミカの会)の仲間や調理師学校の生徒たちに是非紹介したいと思った。 宮川夫妻はお酒が全く駄目なので 私がウオッカベースの食前酒を3杯引き受けて ほんのりといい気分になった。 メニューでびっくりしたのは 主菜 止椀と続いて 最後のデザートの前に ふるまい鮨とあって、これは お鮨の食べ放題。 (お好きなお鮨を心ゆくまで)と書いてあって 鮪でも雲丹でも 好きな物を幾らでも食べられる。 お腹も心もすっかり満ち足りた ひとときだったが、1つだけ気になる事があった。 配膳のウエイターやウエイトレスが、運んできた料理について 親切に説明してくれる。 私たちのテーブルに付いたのは 地方から出て来たばかりなのだろう メガネを掛けた素朴そうな女の子で、名札には研修生と書いてある。 その女の子が こまごまと料理を説明しながら、いきなり(そちらの奴は・・・)と言ったのには 目が点になってしまった。 余りにも 店の雰囲気にそぐわない言葉だったからでもあるが、私は即座に(ヤツは・・・はないよ)と注意をした。 (そちらのお料理は)とか(そちらの品は)と言いなさいとも教えた。 彼女は 盛んに恐縮して(済みません すみません)と謝っていたが、私は彼女を責めた訳ではない。 私が注意してあげなければ 彼女は今後も(奴が・・・)と言い続けるだろうし、客の顰蹙を買い続ける事だろう。 本来 店の方で 教育すべき事だと思うが、きっと上司や先輩は 彼女が料理をどう説明しているかまでチェックが行き届いていないのだろう。 彼女が私が注意した本当の意味を理解していればいいが。
2006年04月08日
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毎年 上京時には 企業研修を終えてから 在京の友人たちと会うようにしている。 昨日 やっと肩の荷を降ろしたので、今夜はメルヘンジャパン社長の石河氏の行きつけの店で飲み会をする事にした。 メンバーは 他に元全日空の衛藤氏、保健士の旧姓吉武さん。 6時半にJRのお茶の水駅の前で待ち合わせ、歩いて近くの小料理店まで行った。 石河氏のお嬢さんが大學の友達と一緒に 以前 アルバイトをしていたという店で、その友達が今夜はお客として たまたま店に来たので、連れの男性は別にして 暫く一緒に飲んだ。 瑤子さんという彼女は 九州の久留米出身で この春から六本木の中学で音楽を教える事になったそうだ。 日本の政治やコンピューターの話で盛り上がった 昨日の北沢・矢野両氏との食事に続いて、きょうも大人の集まりで 千葉まで帰る吉武さんが終電を心配する時間まで 大いに語り 大いに飲んだ。 特に吉武さんは ワインアドバイザーの資格を取る為の勉強をしていて かなりのワイン通なのだが、今夜は焼酎をチビチビやっている私と石河氏の横で 衛藤氏と2人 日本酒をグイグイやっているのには驚いた。 いつの間に こんなに飲みっぷりがよくなったのだろう。 でも 女性の豪快(?)な飲み方って 見ていて気持ちがいい。 今夜 店でアルバイトをしていた女子大生が 近いうち久留米の友達を訪ねて九州に行くと聞いたので、いつでも連絡をくださいと名刺を渡してきた。 九州は高速道路が整備されているので、車さえあれば 長崎 熊本はもとより、大分 宮崎でも福岡から日帰りで観光を楽しむ事が出来る。 私が福岡に帰るのが13日だから もしかしたら それ以前の旅行で、すれ違いになるかもしれないが、折角だから スケジュールが合えば 阿蘇やハウステンボスなども案内してあげたい。
2006年04月07日
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午後1時から 毎年恒例の東京製菓材料協会の 新入社員研修。 会場は同じだが 名前だけが毎年変る。 神田小川町にある銀行の会議室で、最初は三和銀行。 それが 東海銀行になり、UFJと変り、今年は三菱東京UFJ銀行になった。 きょうの研修受講生は44人。ご覧のように会議室が超満員だ。 2時間の予定が つい熱が入って30分もオーバーしてしまい、主催者に初めて お叱りを受けた。 (新社会人としての自己表現術)という事で、講義のまとめとして 参加各社を代表して 1名ずつ 9人に自己紹介のスピーチをして貰った。 それを 引率の 会社の責任者も含め 参加者全員に採点して貰って、ベストスピーチ賞とベストスマイル賞を決める。 1人 大体1分と決めていたスピーチが 全般に長くなったのと、採点に意外に時間が掛かったのが 時間オーバーの原因だが 時間を読み違えた私に責任がある。 ただ 受講生達の中に、時間オーバーでうんざりといった顔をしていた者がいなかったのが せめてもの慰めだ。 昨年は 自己のアメリカ ホームステイ体験をユーモアたっぷりに話してくれた女性が スピーチ賞に選ばれたが、今年は男性が受賞した。 主催者の飯塚文化部長から夕食のお誘いを受けたので、それまでの時間をつぶす為、地下鉄で東京駅と銀座に出た。 東京駅は 今回の上京で最も関心のある レモンパイの探索。 インターネットでの検索で 東京大丸の地下に 売っている店が2軒ある事を調べてあり、まずその1軒目アンテノールに行く。 確かにレモンパイはあったが (何時間後に召し上がりますか? )と訊かれて3~4時間後と答えると、(当店のレモンパイは 2時間以内に召し上がる方にしかお売り出来ません)と断られてしまった。 仕方なく 諦めて 店内を探していると、数10メートル離れた所に お目当てのもう1軒の店メゾンカイザーが見付かった。 こちらは特に時間の事を訊かれなかったので 早速購入、今夜 帰宅してから食べる事にした。 銀座に出てから まず いつもの伊東屋に直行、池田さんに頼まれた外国製の手帳があるかどうかを確かめた。 銀座には 他に4軒ほど行きたい所があったが、飯塚氏との待ち合わせの時間が迫っていたので、後日 また来る事にした。 飯塚氏の神保町の事務所に行くと、元朝日新聞記者の矢野氏が待っていた。 両氏とも 私とは 福岡の司法記者クラブ時代の仲間で 矢野氏は(ASAHIパソコン)と(月刊ASAHI)の初代編集長で、現在はIT関係の研究所の代表、明治大學の教授などを務めている。 飯塚氏はご存知の通り 北沢栄の名で 大学院の教授のほか ジャーナリストとして 特別会計や特殊法人の問題で 現政府を鋭く批判、(たけしのテレビタックル)など 主にテレビ朝日の番組のコメンテーターで 数多く出演している。 飯塚氏の会社の車で移動、途中 靖国神社のサクラが満開で、それは戦地で花と散った英霊を慰めているかのように見えた。 大変な人出なので 神社の大祭でも開かれているのかと思って訊ねたら、夜桜見物の群衆だった。 もしかしたら 見物客の中には 中国や韓国の人たちもいるのではないかと、変な事を考えてしまった。 飯塚氏に案内された店は 靖国神社の近くの九段南にある佳庵シェモアというワインバーを兼ねたイタリアンレストラン。 日本ソムリエ協会公認のソムリエである店長さんは女性で、素敵な赤ワインを選んで貰った。 会食の楽しさは会話の楽しさでもある訳で、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、元司法記者3人で熱っぽく 社会情勢や国家の現状などを語り合った。 飯塚氏の専門の公益法人や特別会計の問題はもとより、矢野氏の本職 コンピューター関係の現状など談論風発、私は専ら慶応出と東大卒の2人のインテリの話の聞き役に廻ったが 楽しいひと時だった。 2人と別れて帰宅すると NHKで北朝鮮関係のドキュメンタリーを放送していて 紅茶を入れ 初めてのレモンパイを食べながら 最後まで観た。 よくもまあ 集められたものだと思うほど 古い 或いは新しい北朝鮮の映像があり、さすがNHKと その取材力に感心した。 特に 金日正から金正日への政権交代、共産主義の国ではあってはならない権力の世襲を、どのように諸国をごまかし 騙しながら成し遂げたかの記録やコメントが興味深かった。
2006年04月06日
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朝から雨で 天気予報通り 気温も低い。 東京に来たら 殆ど毎日 行く 夏目坂の上のトンカツ屋でランチ。 近くの国際医療センター(旧国立第一病院)の医師ら関係者でいつも混んでいる。 1人で席を占領したら申し訳ないので いつも正午前に行くのだが、きょうも相席になった。 店に置いてある新聞をゆっくり読む訳にもいかないので、坂の途中の新聞販売店の自販機で 日刊スポーツを買う。 それによると 昨日は 西武が楽天に逆転勝ち。 私の好きなGG佐藤が逆転打を放っている。 小野寺が2セーブ目。 今年の西武の好調の理由は 大沼を 開幕早々にファームに落とした事。 伊東監督もやっと 彼が疫病神だという事に気がついたか。 夕方には予報通り 雨も上がり 神宮球場ではヤクルトの試合をやっていた。 ひと昔前までは天気予報と言えば 当らぬ物の代名詞になっていたが、今では球団までもが、それを信じて試合を決行する所が凄いなと思った。 明日が 今回の上京の目的である新入社員の研修会の本番なので、今夜は具体的な台本作りをしなければいけないのだが、例によってついついテレビを観てしまった。 と言うのも 若大将こと 加山雄三の特番をやっていたからだ。 私は映画の若大将シリーズは全編観ているし、彼の恋人スミちゃん役の星由里子や酒井和歌子に熱を上げた事もあったが、芸能界には加山ファンが大勢いて、彼に憧れて タレントになった人も少なくない。 きょうも竹中直人を筆頭に 谷村新司 モト冬木 小倉久寛 さだまさしらが出演し、若大将に対する熱い想いを語っていたが、彼らの一人一人に(アリガトヨ)と声を掛ける心配りが 彼の魅力なのだろう。 長崎の(記者タアムさん)、この番組観てたかな? 明日は正午までに 神田の会場に行かなければならないのに、準備に時間が掛かり、3時過ぎ 暖房を入れて寝た。
2006年04月05日
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朝7時半頃起きて 寝台の上段を降りる。 いつもなら 逆にそろそろ寝ようかと思う時刻である。 寝台車で上京の時には 雨降り以外は この時間になると そわそわして寝ていられない。 と言うのは 間もなく富士山が見える時間だからである。 相席の二人は 深夜に大阪か名古屋で降りたらしく、私ひとりになった。 所が 時間が早すぎたのか なかなか富士山が見えてこない。 しかし 窓の外は どこも桜の花が満開。 鉄道の沿線に植えてあるのだが、日立のような 大きな会社や工場の 構内や周辺にも沢山の桜の木があって、きっとこれは地域の住民に対するサービスの意味もあるのだろうと、博多の元九州松下電器の見事な桜を思い浮かべた。 春の霞で きょうは 見えないのではと やや心配になってきた頃、目の前に見事な富士の姿が現れた。 走る列車の車窓からカメラのシャッターを切ったが、残念ながら桜と富士のツーショットはカメラに収める事は出来なかった。 (富士には月見草がよく似合う)と言ったのは作家の太宰治だが、私には桜も大変似合うと思った。 外人観光客には(フジヤマ ゲイシャガール)が有名だが、この季節に日本を訪れた観光客は 日本国中 どこに行っても咲き乱れているサクラに感銘を受ける事だろう。 まさに(フジヤマ サクラ)である。 そういえば 昔 富士桜というお相撲さんがいた(現中村親方)。 高砂部屋独特の押し相撲で、小兵ながら元気がよく 決して後ろに下がらない戦い振りで、昭和天皇が特に贔屓にしていらしたと聞いた。 私も九州場所での 中村部屋の千秋楽の打ち上げには 何年か司会でお手伝いをして 親交があるが、おかみさんは 角界には珍しく 医者のお嬢さんで、下積みのお相撲さんにも優しい 上品な方だ。 昔は高砂部屋のお相撲さんは 四股名に富士の名が付いていたが、元朝潮関が親方になってから、朝青龍のように朝の名が付くようになった。 先代の高砂親方(富士錦)には 現役時代から特に親しくして貰い、東京で開かれた 親方襲名の披露パーティーにも招んで頂いて 九州から駆けつけた。 九州場所中の七五三に 箱崎宮に参拝の子供達を抱っこして貰い、それを小川宏ショーで中継して以来の お付き合いだったが、とても茶目っ気のある方で、どちらも独身だったので どっちが先に結婚するか競争しようと言われた。 パーティーの司会は NHKのスポーツの福嶋アナだったが、小川宏さんも列席していらっしゃった。 その高砂親方は 私も親しい ダークダックスの秋山マネージャーと中学の同級生、噺家の三遊亭歌奴さんともお付き合いがあって、1度 親方の奥様がなさっている 上野のちゃんこ屋さんに歌奴さんと一緒にお邪魔したが、丁度奥様とハワイ旅行中でお会い出来なかった。 親方も歌奴さんも亡くなり寂しい。 そういえば 富士の付く横綱で 忘れてはならないのが東富士。 のちに プロレスラーに転向したが、成績は芳しくなかった。 戦後 日本中を熱狂させた力道山も大相撲出身だが、彼は確か関脇どまり。 曙といい東富士といい 横綱出身は受けて立つ姿勢が抜けないのか、攻めて攻めて 攻めまくる戦いは 不得手なのかもしれない。(これは私の独断だが)。 富士山と言えば こんな句もあった。 河豚食わぬ 奴には見せな 富士の山 毒にあたるからといって 河豚も食えない臆病者には 富士山を眺める資格もないという 随分乱暴な句だが、昔は 武士たる者は殿の馬前で死ぬべきものであって 河豚などで死ぬとは とんだ不忠者だと、その食用が禁じられていた。 所が長州藩では禁じられていなかった為、下関の(春帆楼)で初めて これを食べた 伊藤博文が こんな美味しいものを禁じるなんてと 許可して、全国で食べるようになったと伝えられている。 そんなこんなを考えながら 暫く車窓から富士を眺めていた。 毎日 富士を眺めながら生活出来る人は、何て幸せなんだろうと、羨ましく思いながら、どこまで行ったら見えなくなるのだろうと試したかったのだが、いつもは すぐに見えなくなる富士山もきょうは 藤沢までは はっきり見えていた。 もしかしたら横浜でも高台に行けば見えるのではないかと思い、東京に着くと すぐに 横浜の友人 宮川氏の所に電話をしてみた。 そうすると 宮川夫人が(寝室の窓から 正面に いつも見えてるわよ。夕方は 夕陽で真っ赤に照らされて 赤富士になっているよ。今度 見にいらっしゃいよ)とびっくりするような事を言われた。 (え~っ! 富士が毎日見られるなんて幸せだな~)と言うと、(とっても幸せよ)と仰言る。 何だか 天気のいい夕方にお邪魔して 是非とも赤富士を眺めさせて貰いたくなった。 きょうの東京は ぽかぽか陽気。気温が20度を超えたとかだが、風があるせいか コートを着ている人も多く、私も 天神と違って 違和感無く街に溶け込めた。 夜 久し振りの東京の我が家でテレビを観ていたら 爆笑問題が司会をし、ハマコーが出演する 政治的な特別番組に コメンテーターとして北沢教授が出ていた。 彼の招きで 上京し、明後日 彼に会う私としては何だか嬉しくて 疲れを忘れて 遅くまで観てしまった。
2006年04月04日
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昨夜は徹夜のまま 大きな荷物を抱えて天神へ。 上京前に入金しなければならない支払いがあり みずほ銀行に。 名前が変って煩わしいので みずほ銀行は 先日全部精算した筈なのに VISAカードの年会費の引き落としが まだ この銀行の口座になったままだった。 これからは 他の銀行に代える積りだが、取り敢えず 今回までは 入金しなければならない。 忙しいのに煩わしいこっちゃ。 東京の気温をインターネットで調べると かなり低いようなので、アクアスの薄いコートを着て 出たのだが、きょうの福岡は結構暖かく 街を歩いている人でコートを着ているのは私だけ。 何だか浮いているようで落ち着かない。 入金を済ますと 地下鉄で博多駅へ。 昨年と同じ 駅裏の焼き鳥屋に入る。 前日が徹夜で 食事抜きというのも昨年4月の上京の時と同じ。 寝台車の揺れと騒音で 尋常な状態では眠れないので 自ら睡眠不足にした上 酔っ払って 乗車しようという苦肉の策。 予め空きっ腹にしてあるから 焼酎のロック2杯で いい気持ちに酔える。 きょうの相席は中年の男性2人。 5時半過ぎに乗車すると すぐに寝台の上段に上がり 横になる。 どうかすると 夜型の私が 起床する時間だ。 相席の男性のイビキの音も小さく 耳栓なしで ぐっすり眠れた。
2006年04月03日
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MASHのレッスンの為 午後2時前に 家を出る。 車を走らせる沿道は どこもサクラが満開。 特に旧九州松下電器構内のサクラは 遠回りした甲斐があった程の見事なものだった。 (世の中は 3日見ぬ間のサクラかな)という古い言葉があるが、私のように余り外出(遠出)をしない人間には つい この間 3分咲きだったサクラが 枝一杯に花を咲かせているのを見るとびっくりする。 きょうは かなり強い風が吹いていて 花びらを飛ばしていたから、ここ数日で散ってしまう事だろう。 以前 日本の学校も アメリカや台湾のように 9月を入学式にしたらどうかという提案があり、 大勢の人達が反対していたが(9月にはサクラがないから)というのがその理由だった。 昔はそのようにサクラは 入学式のシンボルだった。 しかし 最近は開花が早くなって、入学式の日には もう葉ザクラになり、むしろサクラは 卒業式の象徴になりつつある。 それはそれで 悪くはないが 何となく寂しい。 きょうのレッスンは 実沙紀チャンがFM放送開始で 4月は休みの為 林君と内田君の二人だけ。 その内田君が (昨日の激しい雨と風で サクラも大分散りましたね)と言う。 私は昨日は 終日 家にいたので、雨も風も全く気がつかなかった。 こんな具合だから サクラの満開を知らなくても不思議はない。 オーディションに落ちた林君は ショックを受けているかと思いきや、アッケラカンとして まるで他人事のよう。 むしろ ダンスの近藤先生の方が 落ち込んでいた。 彼から 当日のダンスの振り付けを見せて貰い(それもこれも みんな 教室で教えたじゃないか 何故出来なかったのか? )と頭を抱えていた。 帰宅後 東京で必要な衣類や もろもろの品を箱に詰め、宅急便で送る為 深夜のコンビニに持って行った。 明日の夕方出発だが、この所 東京のお天気が不安定なのが気にかかる。 私は 福岡のお天気も分らないのに、何故か 東京のお天気に詳しい。 それは 毎日更新される 山口良一さんのブログを見ているから。 きょうも東京は激しい雨だったとの事。 毎年 この時期は 厚着をして行くと暑いし、薄着で行くと寒さに震えるといった状況で、今回もコートは持たずに行くつもりだったが、山口さんのブログの 寒いという記事を読んで 持って行く事にした。 13日に帰着するまで 私のこの日記も 暫くお休み。 パソコンはノート型でなく デスクトップだし 昨年同様 携帯から送信するといった技はまだ身につけていないので・・・。 きょうの映画 「ゴースト・ストーリー」(81) 学生時代からの仲良し4人組の男性。 彼らは 若い頃 共通のマドンナと崇める ひとりの女性を巡って忌まわしい過去を持っていた。 やがて 市長に 医者や弁護士にといったエリートに出世し、ロールスロイスに乗る彼等も、老人となり 故郷のニューイングランドの古ぼけた屋敷に集まって、怪談や怪奇話を持ち寄って楽しんでいた。 所が 市長の息子が 高層ビルの自宅からガラス張りの壁を突き破って転落死してから、彼らの周りに不思議な出来事が起こり 次々と謎の死を遂げていく。 最初の犠牲者 市長の息子の弟が 事件の解明に乗り出すが、果たして姿なき殺人者の恐ろしい正体は? 日本では劇場未公開のこの映画 出演者の中にフレッド・アステアの名前を見つけ、華麗なタップが見られるかと期待したが ダンスとは全く縁のない映画だった。
2006年04月02日
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私が必ず見る 地上波のテレビ番組は NTVの3本だけ。 その中の一つ(恋のから騒ぎ)の新メンバーの第1回目の放送がきょう あった。 サンマが レギュラーの女の子(ギャル)達を相手に 毒舌を吐きまくる番組だが、きょうも 早速(前回のメンバーに比べて今回は ブスばかり)と言い放っていた。 そこまで言わなくても。 まあまあの子だっているじゃないと 彼女たちを弁護する気持ちで見ていたのも 初めのうちだけ、ロングショットの時に まあまあに見えていた女性もアップで見ると 本当にサンマの言う通りで、実に惨憺たるものだった。 全国で開くオーディションもかなりの狭き門だと聞いているが、どういう基準で選んでいるのだろう。 別にタイトルに(美女の・・・)と入っている訳ではないので、それを期待するのは間違いかもしれないが、せめて画面にアップで顔が出た時に、見ている人に不快感を与えない程度の女性を1人か2人は入れて欲しいものだ。 きょう早速 サンマから(ホンコン)というニックネームを付けられた女性は 如何にも香港にいそうな感じで、可も無く不可も無い ごく普通の女性だったが、サーファーを自称するガングロの女は サンマが思わず(オーディションで俺は ×を付けたのにお前 受かったんか)と言ったように 見ていて ムカムカするタイプの女だ。 その他にも化け物が何人かいた。 あんな女性でも恋人がいるって事は、世の中 随分ゲテモノ喰いが多いという事か。 この番組は 途中でのメンバーの入れ替えが多いから 段々よくなるとは思うけど このままだと、(恋のから騒ぎ・化け物たちの夜)とサブタイトルが付いてもおかしくない。 きょうの映画 「スカーレットレター」(04) 頭を割られて死んだ写真館の主人とその美しい妻。 そして事件を調べるエリート刑事ギフン(ハン・ソッキュ)。 殺人事件の謎が少しずつ解けていくうちに 刑事ギフンは 自身の私生活での破綻から、次第に痛々しい運命を辿り始める。 彼は妊娠中の妻スヒョンを愛しているが 一方で愛人のカヒとも離れられないでいる。 そして その愛人のカヒも妊娠。 カヒの口から 大学時代から親友だった妻スヒョンの過去が明らかにされる。 妻がセロの奏者で 愛人が歌手と、どちらも音楽家である為、初め 私は2人が同一人物だと思っていた。 また写真館の妻もかなりの美人だが、韓国の女優は整形のせいか みな同じ顔に見え 混乱する。 三人三様の 浴室やプールを使った 全裸の激しい愛欲シーンが見られるが、いずれも巧みに胸を隠しているのは 韓国の映倫は乳房の露出に対して審査が厳しいせいなのか? 他の映画では確か 露出が見られたような気がするので、この作品の監督のポリシーなのかもしれない。 血まみれで始まり 血まみれで終わる、血と全裸が やたらと出てくる映画である。 主役のハン・ソッキュは ヤンキースのゴジラ松井にそっくりだが、島田伸介も少し入っていると思った。
2006年04月01日
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