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毎年恒例の大晦日の厄落としに若八幡に行って来た。 夕方のテレビニュースで見ると かなり長い行列が出来ている。 毎年 多い時は数百メートルの列が出来る。 私は 昼間や夕方は避け、NHKの紅白歌合戦が始まってから 参拝に行くようにしている。 去年は23時頃 出かけたが ガラガラで 待ち時間はゼロだった。 今年も22時半頃 家を出るつもりにしていたが、浅田真央チャンらが出場する テレビのフィギュアースケートのエキビジジョンから目が離せなくて 結局1時間ほど遅れて 家を出た。 いつものように ホテル日航の駐車場に 車を停め、歩いて神社に向った。 内心 去年同様の 並ばなくて済む状況を期待していたが、着いてみると、150メートルぐらいの列が出来ていた。 景気が悪い時は 神頼みで 神社が混むと聞いていたが、去年は好景気 今年は不景気という事だろうか。 古い お札を納め 新しいお札を買って ホテル日航に戻った。 ここのロビーでは 毎年 ジャズの生演奏による カウントダウンコンサートが開かれており、宿泊客や一般の観客で賑わっている。 演奏者は 前の社長と大學で同級生という クラリネットの北村英治。 私は大学時代に 東京のジャズ喫茶で よく演奏を聴いたが、年齢は もう70代の後半ではないだろうか? 社長も代った事だし 今年は他の演奏者が来ているのかなと思ったが、北村氏 健在だった。 数年前 私がリクエストして 演奏して貰った曲が 何故か それ以来 毎年 カウントダウンの演奏曲になっている。 曲名は (世界は日の出を待っている)。 ここで、いつも2階の隅で 大きな身体を小さくして演奏を聴いている シャイな現社長の太田輝幸氏(友人の代議士 太田誠一氏の実弟)を見付けて 新年の挨拶をした。 その後 ホテルのバーに寄って 氷水に ほんの1滴 スコッチを垂らして貰って飲んだ。 水だけ飲んで帰る訳にはいかないし、バーでジュースを飲むのも変だ。 ほんの1滴でも 自分のボトルだと 無料で 駐車料金もただ。 賢いホテルの利用法だと 思っている。 ここまでは 例年と全く同じだが、今年は いつも年越しソバを食べに行く 近くの24時間営業のうどん店には寄らず 真っ直ぐに帰宅した。 実は 今年は 家に 頂き物の信州の戸隠そばがあり それ用に海老の天婦羅も買っておいたので、自家製(?)で 年を越す事にした為だ。 我が家の年越しソバ きょうの映画 「レッド・ツェッペリン 狂熱のライブ」(76)
2006年12月31日
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内容未記入 きょうの映画 「東京ラプソディー」(36) 「飛ぶ教室」(03)
2006年12月30日
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きょうの映画 「シン・シティ」(05) 「妖怪大戦争」(05)
2006年12月29日
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内容未記入 きょうの映画 「ゴジラ FINAL WARS」(04) 「ハリー・ポッターと炎のコブレット」(05)
2006年12月28日
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内容未記入 きょうの映画 「新・夫婦善哉」(63) 「蝋人形の館」(05)
2006年12月27日
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きょうの映画 「パリ.18区.夜。」(94)
2006年12月26日
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きょうの映画 「バンジージャンプする」 (01)
2006年12月25日
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夕方 新聞を取りに表に出たら、空に飛行機雲が掛かっていた。 鮮やかな雲のラインの横に うっすらと もう1本の線が見えるが、飛行機は2機だったのだろうか? 私が寝ている間に飛んだのだろうが、線を引いて飛んでいる飛行機を見たかったなあと思った。 飛行機雲の手前に見える マンションのエントランスの大きな樹、夏の間は葉を一杯付け、1日中 そこでセミの鳴き声が聞こえていたのだが、すっかり 葉を落として寂しい 冬の風景となっている。 寂しいといえば きょうはクリスマスイヴ。 例年通り 幸せそうなカップルを見たくなくて 街には出かけなかったが、夜11時過ぎ 最後の賀状3枚を投函しに 郵便局まで、車で出かけた。 行きに 街灯のない暗い夜道を 1人で歩いているミニスカートの若い女性を見かけた。 恋人と一緒に過ごしたのなら きっと 家まで送ってくれただろうから この女性も 今夜はシングルベルだったのだろう。 郵便局の帰り、今度は黒のレザーのコートを着た 若い女性の二人連れを見かけた。 クリスマスイヴといえば 自分以外は みんな幸せなカップルばかりと思っていたが、彼女らの姿を見て 何だか ホッとした。
2006年12月24日
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内容未記入 きょうの映画 「メンフィス・ベル」(99) 「緑色の部屋」(78) 「続青い山脈・雪子の巻」(57)
2006年12月23日
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内容未記入 きょうの映画 「トランス・ポーター」(02) 「赤い鳥逃げた?」(73)
2006年12月22日
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内容未記入
2006年12月21日
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午後から運転免許の更新に行ってきた。 駐車場が満車だといけないので、途中のレストランまで車で行き、あとは試験場までバスで行った。 師走のウイークデーなので、(な~んだ空いてるじゃないか)という事になりそうな予感がしたが、やはり満車で バスは正解だった。 1時過ぎに到着し、検査や講習などで 終わったのが3時過ぎだった。 私は5年間 無事故無違反のゴールドカードなので、講習は30分で済んだが、普通の人はもっと時間がかかった事だろう。 10年以上も前の話だが、東京では 免許更新の為の講習はなく、新しい免許も最寄の警察署で受け取るのだと母に聞いた事があり、大変羨ましく思ったものだが、今でもそうなのだろうか? その母も81歳の誕生日を1ヶ月半後に控えて 入院中の病院で死去したのだが、瀕死の病床にありながら 最期まで気にしていたのが 免許の更新のことだった。 勿論 運転する気はなかったと思うが、ほかのお年寄り同様 身分証明代わりに免許証が欲しかったみたいだ。 以前は 誕生日の1ヶ月前からの受付で、期間はその1ヶ月だったが、今は誕生日の1ヵ月前後の2ヶ月間と更新期間が倍になって 若干余裕が出来た。 私の場合は11月3日から1月3日までだが、年末年始は 更新手続きも休みとなるので、余り押し詰まらないうちにと きょう出かけた訳だ。 30分の講習で 最近の事故件数の話が出たが、福岡県の場合 車の事故での死亡者は1日0.7人だそうで、つまり 3日に2人が死んでいる事になる。 飛行機嫌いの私に 友人は(飛行機ほど安全な物はない。車の方が余程危険だ)と言うが 成る程 死者の数からいうと 納得出来る。 しかし 万が一にせよ 空中から地上に落下するまでの恐怖感を考えたらやはり 飛行機には乗りたくない。 交付された新しい免許証を見たら やはり写真が まるで別人のようだった。 今まで 免許証の写真が実物より よく撮れている人を見た事がないが、今度の私の写真は 一見 萩原流行のようだった。 更新終了後 注文しておいたカメラを受け取りに キタムラに行く。 これまで使っていたキャノンのデジカメは 500万画素だが、手ブレやピンボケが多い。 特に ミュージカルやダンスなどの舞台をフラッシュなしで撮影した場合、ロングの時は大丈夫だが、出演者をズームを使って アップで撮影した場合は必ず 画面がボケている。 ピントが合ってないのか 手ぶれなのかは よく分らないが、気になっていた。 所が 先日テレビの通販番組で紹介していたアサヒペンタックスのデジカメは700万画素で 手ぶれ軽減のシステムが付いているという。 値段もキャノンの4万円強に比べて 格安の2万円弱、どこまでテレビの宣伝文句が本当か分らないが、試してみる価値はある。 帰宅後 早速 取り扱い説明書と首っ引きで、室内を撮りまくったり、初期設定をしてパソコンにインストールしたり、深夜に及んだ。 あすの「ミカの会」で 試し撮りをしたいからである。 昨日は1日 プリンターのハガキ印刷に掛かりっきり、きょうは デジカメの操作と、なかなか 予定している 内容未記入のままになっているブログの書き込みに着手出来ない。
2006年12月20日
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私は 毎年 年賀状とは別に喪中の方に 寒中見舞いのハガキを出す事にしている。(一陽来福 来年はいい年になりますように)との願いを込めたもので、年内に発送する。 私は 毎年400枚の年賀状のやり取りをしているが、賀状が1枚も届かず 寂しい思いをした年が 2度ほど ある。 父と母が亡くなった翌年だ。 しかし 母の喪中のハガキを出した年に、当時 北九州市長だった谷伍平さんが 寒中見舞いのハガキを送ってくださった。 そういう心遣いの出来る素敵な方で、私の大好きな市長さんだったが、何だか ほっと心が癒された。 9年前の事だが それ以来 私は谷さんを見習って 毎年 喪中のハガキを頂いた方には 寒中見舞いのハガキを差し上げている。 ワープロが使えなくなったので、昨年はパソコンで文章を書き、プリンターでハガキに印字しようとしたが、どうしても 操作方法が分らず、結局 18枚を 全部手書きで送った。 今年は喪中ハガキが20枚来ているので 先日 枚数分買って来たハガキで 昨年に続いて もう1度 プリントに挑戦した。 まずプリント用紙をハガキ大にカットして 何度かチャレンジしているうちに やっとプリンターで印字する事に成功した。 しかし これからが大変。 余り くだけた感じにしたくないので 文章を縦書きにしたのだが、いざ ハガキにプリントしようとすると、文字が横書きに印刷されてしまう。 何度か試行錯誤を繰り返し 漸く縦書きで印字出来たと思ったら、ハガキ本体の位置が横になっている。 つまり 縦長ではなく 横長のハガキに縦に文字が入った形になる。 きょうは 午後4時に起床したのだが、食事もせずにパソコンとプリンターにへばりついたまま 8時間、午前0時を過ぎた所でついに断念して、今年の20人の方々には 失礼だが 横書きで ご容赦頂く事にした。 来年の年末までには 何とかハガキの縦書きがプリント出来るように研究しよう。 きょう1日 する事が色々あったのだが、そのあと すっかり気力がなくなって 無駄な1日となってしまった。あ~あ。
2006年12月19日
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発送予定の年賀状の殆どを昨日書き終え、きょう郵便局に持って行った。 残りの10通余りは 21日と23日の食事会で会う予定の人の分。 毎年 暮れに会う人の分は出さずに取っておき、会った翌日に出すようにしており、それぞれ22日と24日に投函するつもり。。 その年の最後に会った時に どんな事で話が盛り上がるか分らないし、どんなハプニングがあるか、どんな情報が入るかも分らない。 それを(今年も宜しく)といったお座なりのコメントで済ませてしまうのは勿体ないし、失礼なような気がする。 私が、400枚の年賀状を 遠くに住む人から先に書いていくのも、そこに理由がある。 きょうの映画 「スタントマン」(80) 殺人未遂罪で手配中の犯人が、逃亡の為 橋の上でヒッチハイクしようとした車の男から轢かれそうになる。 何とか身体をかわした男は、相手に逆襲し、車は橋から転落して、運転していた男は水中に沈んだまま 行方が分らなくなる。 実は 橋の上では戦争映画のロケが行われていて、運転していたのはスタントマンだったのだ。 車が川に転落するのを ヘリから撮影していた監督は、何故か犯人を庇い、事故の捜査に来た警察官が その男の事を訊ねると、彼は転落したスタントマンで、泳いで生還したのだと嘘をつく。 そして 彼を新しく スタントマンとして雇ってくれる。 ベトナム帰りの その男は戦争体験が豊富で、実戦さながらの 撮影をうまくこなし、監督のお気に入りになるだけでなく、主演女優とも恋仲になってしまう。 しかし 彼女から 監督は映画の撮影に執念を持っており、人間が死ぬ瞬間を撮りたがっていると聞いた男は 身の危険を感じ、彼女と共に ロケ現場からの逃亡を企てる。 翌日の撮影で 彼が乗った車がUターンするシーンがあるが、そこをUターンせずに、突っ走って逃げようというもので、彼女はその車のトランクに身を隠す。 果たして2人の逃亡劇は成功するのか? 監督役をピーター・オトゥールが楽しそうに演じている。 「風を見た少年」(00) C・Wニコルの同名小説を大森一樹を総監督に迎えてアニメ化した冒険ファンタジー。 風の民の血を引き 空を飛ぶ事の出来る少年アモンは、両親を独裁者ブラニックに殺される。 天文・物理学者の父が、自分が研究していた微粒子を爆弾にして 世界を征服しようと企むブラックの誘いを断った為だ。 両親亡き後、小さな島で幸せに暮らしていたアモンだが、その古い島に 昔からの財宝が隠されているという伝説を聞いたブラックが 軍隊を率いて総攻撃をかけてくる。 軍隊に対して 抵抗を続けていたゲリラだが、多勢に無勢 敗色濃厚になった頃 アモンを中心にした島の住民達が応援に駆けつける。 安達祐実がアモン役で 声の出演をしている。 「花芯の刺青・熟れた壷」(76) 小沼勝監督の日活ロマンポルノの秀作で 主演は谷ナオミ。その年 キネマ旬報の投票で、ベストワンに推した映画評論家もいた。 少女時代から 娘道成寺を得意芸とする ある歌舞伎役者の追っかけをしていた紙人形師が その息子と知り合い、情を交わすようになる。 突然 路地から飛び出して 車に跳ねられた彼女の娘の 人身事故の相手が その男だったのだ。 男は 父親の跡を継いで、2代目の役者となっているが、母親だけでなく、その娘とも関係を持っている。 ある日 雨宿り中に 彫り物師(蟹江敬三)に声を掛けられた母親は、全身に娘道成寺の蛇身の刺青を彫って貰おうと決意する。 彫り物師の作業に 身を委ねる谷ナオミの脂の乗り切った肢体が艶めかしい。
2006年12月18日
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昨日の夕食(と言っても今朝だが・・・)のおかずに、麻婆豆腐を作ろうと思った。 先に豚のひき肉をフライパンで炒め、次に冷蔵庫から豆腐を取り出そうとした。 奥の方に2丁ほど入っていた。 所が その豆腐が ガチガチに凍っている。 勿論 冷凍庫ではなく冷蔵庫なのだが、ブロックのようになっている。 こんな事は初めてだ。 賞味期限を見ると12月6日とあるから そんなに長い間 冷蔵庫に入っていた訳ではない。 (豆腐の角で頭を打って死ね)なんて言葉があるが、この豆腐なら充分凶器になり得る。 豆腐殺人事件だ。 ひょっとすると 線路に置いたら 電車が脱線するかもしれない。 ひき肉に火を通す前だったら 暫く 外に置いて 豆腐を自然解凍するという手もあるかもしれないが、フライパンではもう 肉が煮え立っている。 仕方がないから、えい ままよと、ブロックごと フライパンに入れてみた。 所が いつまで経っても 柔らかくなってくれない。 そこで 別の鍋に湯を沸かし そこに豆腐のブロックを移した。 そして やや柔らかくなった所で、フライパンに戻してみたのだが、水分がなくなった豆腐は スカスカで、噛んでみると まるでスポンジのよう。 これでは麻婆豆腐ではなく、麻婆スポンジだ。 冷蔵庫の中には 同じような状態の豆腐が もう1丁残っている。 これを どう料理したらいいか 目下思案中である。 きょうの映画 「おばあちゃんの家」(02) 「コーヒー&シガレッツ」(03)
2006年12月17日
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「一つ有る会」と「ミカの会」で最年長の塩崎さん。 塩じいの愛称でみんなに親しまれているが、携帯電話はお持ちでも、メールのやり方は御存知なかった。 奥様が入院療養中で、その緊急連絡の為に携帯を持つようにしたとの事で、それなら メールのやり取りが出来るともっと便利ですよと、私が無理やりショップにお連れして 契約のサポートをしたのが 5月の事。 確かに病室では 携帯での通話は他の患者さんに迷惑だが、メールなら気を使わなくて 連絡が取れる。 その後 「ミカの会」のメンバーにもアドレスを披露して 会の案内を送って貰うようにしていた。 所が 塩じいは着信は読めるが 返信が苦手の 一方通行で、充分メールが活用出来てないみたいだった。 その月の幹事が 会の案内を送ると、メールではなく ハガキで出欠の返事が来て 却って恐縮したりしていた。 何だか 私が無理に勧めたのは(小さな親切 大きなお世話)だったのかな~? と気になっていた。 今月の幹事の池田さんが 塩じいの所には まだ連絡してないと言うので、それじゃー私が連絡しましょうと引き受けて、メールで日時と会場を送った。 但し また ハガキで返事を出すなど 彼を煩わせてはいけないと思い、出欠の返事は電話で結構ですと書いておいた。 所がである 驚いた事に その塩じいからメールで返事が届いた。 しかも (出席)とか(了解)とかの 簡単なものでなく、(出席しますのでよろしく)と ちゃんと文章になっている。 何だか すごく嬉しかった。 例えは悪いかもしれないが、耳は聞こえるが 言葉が出せなかった聾唖者の方が 突然喋りだした、或いは赤ん坊が初めて言葉を発したというか、そんな驚きの混じった喜びだった。 すぐに 塩じいに電話をして、誰かに頼んでメールうって貰ったんですかと訊ねると、自分で工夫して 送ったと言うのだ。 最初 私の所に電話を入れたが 繋がらなかったので メールを送ってみようと あれこれ試したのだそうだ。 尚更 嬉しかった。 電話が繋がらなくてよかった。 なにしろ アドレスを取得してから7ヶ月経っての快挙だ。 無理やり 勧めたが これで塩じいもメールの便利さを分ってくれるだろう。 きょうの映画 「ソウ」(04) 「難波金融伝ミナミの帝王スペシヤルVer50 金貸しの掟」(04) 「愛より愛へ」(38)
2006年12月16日
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きょうの映画 「タイムアフタータイム」(79) 「戦火の祈り」(97) 「トゥリーズ・ラウンジ」(96) 「アカシアの雨がやむとき」(63)
2006年12月15日
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きょうの映画 「サマータイムマシン・ブルース」(05) 「ラヴェンダーの咲く庭で」(04)
2006年12月14日
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きょうの映画 「アグネス」(85) 「マスク2」(05) 「銀座旋風児 黒幕は誰だ」(59) 「銀座旋風児 目撃者は彼奴だ」(60)
2006年12月13日
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福岡のプロ野球ファンといえば、8割がホークスファンで、私のように西鉄時代からのライオンズファンが1割、その他のチームのファンが1割といった所だろうか。 私も個人的に付き合いのあるホークスの選手から、(何故 ソフトバンクを応援してくれないのか)と問い詰められる事がある。 その都度 私は、西鉄ライオンズの最大のライバルが南海ホークスだった、その名前を継いでいるホークスを、いくら地元だからといって 応援するなんて そんな節操のない事は出来ないと言ってきた。 未だにライオンズを応援している 福岡のファンも 私と同じ気持ちではないか? 熱烈なジャイアンツファンが、掌を返して タイガースファンになるようなものである。 だから 昔の西鉄ファンが ソフトバンクを応援しているのを見ると、心のどこかで、裏切り者め!と思っている。 勿論 西鉄を知らず、余り野球も知らずに ただホークスを応援しているギャルに関しては 別の次元だが。 私が仕事をしている専修学校の講師に熱烈なソフトバンクファンがいると、聞いていた。 きょう その伊藤先生と 控え室で話をする機会があった。 嬉しかったのは その先生が単なる転びホークスファンでなく、元々熱烈な南海ホークスファンだった事。 昔の西鉄のライバルだった頃の 南海ホークスの選手の事も、実に詳しい。 鶴岡(山本) 木塚 蔭山 柚木 穴吹 森下 飯田など 往年の南海の選手の名前が次々と出てくる。 南海時代から後援会の代表(あぶさん会)の幹事をしていたが、今はその会長だそうである。 昨年のホークスの全試合の経過と自身の感想をレポートにしていらっしゃるようで、今度プレゼントしてくださるとの事。 暫く 旧西鉄・南海時代の話に花が咲き 授業の開始時間になっても 止まらなかった。 元西鉄ファンで現在は西武ファンの私と 元南海ファンで現在ソフトバンクファンの伊藤先生、どちらも節操を持って応援を続けているライバル同士で、今後もいいお付き合いが出来そうである。 きょうの映画 「ぐれん隊純情派」(63) 「お姐ちゃんに任しとき!」(60) 「大怪獣ガメラ」(65)
2006年12月12日
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内容未記入 きょうの映画 「わが恋の旅路」(63) 「はだしのゲン第3部 ヒロシマのたたかい」(80) 「すべては夜から生まれる」(02)
2006年12月11日
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きょうの映画 「不滅の恋ベートーヴェン」(94) 「素晴らしき男性」(58) 「@ベイビーメール」(05)
2006年12月10日
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博多の名物料理といえば 昔は水炊き、今はモツ鍋だが、長崎の郷土料理といって 皆が思い浮かべるのは 昔も今もチャンポンだ。 勿論 長崎だけでなく 全国に知られている。 そもそも 1899年 長崎で創業した老舗中華料理店四海楼の主人 陳平順氏が、中国から長崎に渡航してくる留学生らに 安くて栄養のある料理を食べて貰おうと、長崎の近海で獲れる海産物等をふんだんに盛り込んだ麺料理を考案したもので、最初は(支那うどん)の名で売り出し、中華街に広まったものだそうだ。 明治時代の終わり頃から(ちゃんぽん)と呼ばれるようになったが、陳氏の出身の福建省に 同じような料理があり、その地方の方言で、軽食を意味する(喰飯シャンポン)からきた名だとも、ポルトガル語で 混ぜるを意味するチャンポンが訛ったものだとも言われている。 本家の四海楼は 今や 立派な料亭になり、ちゃんぽんよりも、高級な卓袱料理の店として知られるようになったが、現在 長崎市内で ちゃんぽんが味わえる店は1千軒以上あるそうである。 なかでも 一番有名なのは 思案橋の近くにある(かんろ)という店、私が昔 取材の帰りに訪れた時は、2階が貸切になっていて、1階も超満員だった。 2階にいたのは プロ野球のヤクルトスワローズの選手たち。 監督が誰だったかは忘れたが、当時チームの花形選手だった長島一茂も来ていると 店の人が教えてくれた。 昔 中国の留学生の為に作られた ちゃんぽんを、プロ野球選手が貸切で食べているというので 何だか微笑ましく感じたのを思い出す。 そういえば 四海楼にも思い出がある。 会社で 後輩が(きょうは僕の誕生日です)と言うので、何が喰いたい?と聞くと 中華料理が食べたいと言う。 どうせなら一流の店でご馳走しようと、仕事が終わった夕方から 車を飛ばして長崎まで出掛けた。 店の場所がよく分らなかったので 地元の人に訊ねたが みな怪訝な顔をするばかりで要領を得ない。 何人目かの人が(もしかしたら四海楼の事じゃありませんか?)と教えてくれた。 私の勘違いで(三海楼はどこですか? )と訊いていたようだった。 そこまでは 笑い話で済むが、博多から長崎までで 急いでいたので、西海橋のはずれでやっていた警察のネズミ捕りに引っ掛かり、スピード違反で後日 多額の罰金を取られてしまった。 きょうの映画 「純喫茶エルミタージュ」(05) 「メーン・イベント」(79)
2006年12月09日
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きょうの映画 「天平の甍」(79) 「ネバー・エンディング・ストーリー第2章」 90) 「性生活の知恵」(61)
2006年12月08日
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昨日から年賀状の宛名書きを始めた。 私の場合、まず最初に 400枚の年賀状の宛名を書く。そして書き終わったら、距離の遠い順に(例えば北海道とか沖縄とか)重ね、上から1枚ずつコメントを書いてゆく。 昨日はアイウエオ順に100枚(サ行まで)書いた。 結構 時間が掛かって、床に就いたのが朝の8時半。 きょう 夕方起きて 散髪に行く前に郵便受けを見たら、昨日 宛名を書いた山口県の友人から 喪中のハガキが来ていた。 1枚 賀状を無駄にしてしまった訳だが、20日ぐらいまでに 400枚全部を投函する為に 早めに宛名を書くので 毎年4~5枚は こういう形で ハガキを無駄にしている。 喪中のハガキを出すタイミングって難しいと思う。 余り早すぎても 忘れられてしまう気がするし、遅すぎても先方が賀状を投函したあとになったりする。 やはり 11月末あたりが 適当なのかもしれない。
2006年12月07日
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毎年 11月から12月にかけて 喪中のハガキが届く。 以前は(結婚しました)という写真入りの年賀状を貰って、へ~とびっくりしたものだが、最近は亡くなったとの知らせを受けて 驚く事の方が多くなった。 今年は既にこれまでに 17通の喪中のハガキが届いた。 最近のハガキには亡くなった方の年齢が書いてあるものが多く、70代や80代の方が大半を占めているが、90代の方だと、(天寿を全うされたのだな~)と悲しみよりも ほっとした気持ちが伝わってくる。 そんな中で きょう 48歳の友人の訃報が届いた。 在日韓国人である彼とは 結婚式の司会をしてあげた仲で、2人の子宝に恵まれ 毎年 幸せそうな一家の写真が印刷された年賀状を貰っていたのだが、最近は それ以外に会う事はなかった。 去年の年賀状では 健康のことなど何も触れてなかったし、ハガキによると亡くなったのが10月との事で もしかしたら事故か何かかなと、余りの若い死に心が痛む。 私は どちらかと言うと 彼の兄上との付き合いが長いのだが、やはり結婚式の司会をやらせて貰った その兄上も 奥さんを20代の若さで亡くされている。 きょうの映画 「ア・フュー・グッドメン」(92) キューバのアメリカ海軍基地で殺人事件が起こり、若き海軍弁護士キャフィー(トム・クルーズ)が、被告の兵士2人の弁護の指名を受ける。 軍の 伝説の名弁護士を父に持つ彼は、専ら司法取引専門で、これまでの担当事件をすべて 安易な示談で済ませてきた。 今回も 法廷で犯行を認めれば、懲役2年で、半年後には出所させるという 検察側の取引の申し入れに 乗り気で 被告の兵に勧めるが、被告は殺人は あくまで上官の命令でやったので、自分らは無実だと、取引に応じない。 最初 余り乗り気でなかった裁判を、元弁護士で内務班に所属する女性(デミ・ムーア)と進めていくうちに、事件には軍の腐敗構造が絡んでいる事を突き止める。 軍の機密が洩れる事を恐れた大佐(ジャック・ニコルソン)が小隊長に命じ、被告2人に 被害者のシゴキを指示していたのだ。 しかし それを暴くには海軍全体を敵に回さなければならない。 もし 裁判に負ければ 大佐を疑い 侮辱したという事で彼自身が軍法会議に掛けられて追放される事になる。 果たしてキャフィーに勝ち目はあるのか・・・。 権威をかさに 法廷で脅しを掛けてくる大佐に 一歩も引かず 毅然たる態度をとり続ける黒人裁判官が格好よかった。 また キャフィーと女性元弁護士が、安易にベッドインしない所も気持ちよかった。 「2046」(04) 「続エノケンの千万長者」(36)
2006年12月06日
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内容未記入 きょうの映画 「ビューティフル」(00) 「金語楼のああ(口へんに意)無情」(40)
2006年12月05日
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内容未記入
2006年12月04日
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内容未記入
2006年12月03日
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内容未記入
2006年12月02日
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2006年12月01日
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