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午後3時半に目覚めた。 1時間程 寝床で新聞を読み、起きてすぐ ゼンザイを作って食べた。 いつか食べようと、暮れに茹でアズキを買っておいたもので、オモチを3っ程入れて食べたが、午前2時過ぎの いまでも、胸がやけている。 ゼンザイといえば 前から気になっている事がある。 アクセントの事だが、私は普通 頭(ゼ)が高くなる 頭高のアクセントで発音しているが、NHKのアクセント辞典には(ン)と(ザ)が高くなる中高アクセントしか載っていない。 でも私は これまで ゼンザイを中高で発音している人に会った事がない。果たしてどれだけの人が、中高で話しているだろうか。 例えば イベントの(行事)、これはNHKによると、頭高と尾高の両方を採用している。 昔は頭高しか無かったのが、今では両方使えるようになったものだ。 私は、相撲の(行司)と区別する為に、これは頭高で発音し、生徒にも そのように指導しているのだが、北九州では頭高、福岡では尾高で発音する人が多いようだ。 行事に、二通りのアクセントが認められているのなら、そろそろ、ゼンザイも頭高を認めてもいいと思うが。 話は変わって、新聞で面白い記事を読んだ。 国立の天文台や東北大などの研究チームが、これまで世界で観測された中で、最も遠い 地球から129億光年離れた銀河を発見したが、世界で観測された遠方銀河のランキング10位のうち5位以外の9っは日本が独占しているそうだ。 これは日本の観測技術が優れているのか、(すばる望遠鏡)の性能のせいか分らないが、この望遠鏡は何故か ハワイのマウナケア山頂にあるとの事。 それにしても 今度発見した銀河は129億年前というから、まだ地球が出来る前のもので、宇宙初期の姿を観ていると言える。 仮に いま ピカッと光った この銀河の星の光が届くのは、129億年後だから、その頃まで 地球が存在しているかどうかは誰にも分らない。 そんな壮大な宇宙の話を読んで、急に星空が観たくなった。 大気の汚れや、街の明かりのせいで 都心では殆ど星空が覗めなくなった。 どこか 空気のきれいな、そして真っ暗な所で、満天の星空を眺めたいというのは 私の永年の夢である。
2005年01月31日
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中村勘九郎の次男で、歌舞伎の女形役者の中村七之助が 警察官を殴り、公務執行妨害で逮捕された。 七之助といえば、昨日のテレビ番組「ナイナイサイズ」にゲスト出演していた。 まだ学齢期前の子供の頃に、兄と二人 父の勘九郎さんから厳しい修行を受けている姿をテレビで観て以来だったので、随分大人になったなあと感心していたのだが、大人になったのは身体だけで精神的にはまだ子供だった訳だ。 昨日は 勘九郎さんの、(18代勘三郎襲名を祝う会)が、1500人が出席して都内のホテルで盛大に開かれ、彼も出席して 酒を飲み、帰る途中だったとかで、タクシーの料金の事で、トラブルがあったらしい。 ニュースによると、料金数千円を払わない客がいると 運転手から通報を受けて駆けつけた警官が、小走りに去ろうとする彼を捕まえ、支払いをするように求めた所、いきなり その警官の顔を殴ったとの事。 本人は酔っていて覚えていないと言っているようだ。 もしかして 運転手との間に 何か不快なやりとりがあったのかも知れないが、自分の置かれている立場、人気商売だという事を忘れた振る舞いは残念で仕方がない。 勘九郎さんも子役の頃から 随分 やんちゃだったようだが、警察沙汰になるような事はなかった。 祖父の勘三郎さんもそうだったが、 父親の勘九郎さんは、酒格に優れ、酒は飲んでも、酒に飲まれる事のない人だけに、これからは 芸だけでなく、酒の飲み方も、是非父親に学んで欲しい。 厳しい芸の世界、今度の事で、暫く謹慎処分がよかろうかと思うが。
2005年01月30日
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正午から録画したい映画があった。 昨夜 ビデオカセットを調べたら 録画出来るテープがなかった。 そこで、今朝10時に起きて、取り敢えず いま録画してある映画を観て テープを空にし、それからまた寝ればいいと思った。 もしかしたら観ながら眠ってしまうかもしれないと心配したが、面白い映画だったので、眠らずに観られた。 その映画は 「ジョニー・イングリッシュ」(03) (Mrビーン)のローワン・アトキンソンが英国のスパイに扮する007のパロディー映画。 (Mrビーン)は無理やり笑わせようとするオーバーな演技が鼻について 好きになれなかったが、この映画は 脇を固める役者がいいせいか、嫌みなく楽しめた。 英国秘密諜報局の準スパイ ジョニー・エンジェルは、やる事為す事 全て裏目に出てしまうマヌケな男。 彼のニセ情報のせいで、スパイ第1号が命を落とし、その葬儀に集まった腕利きのスパイが、警備担当の彼の目の前で爆弾テロに遭い、全員 死亡してしまう。 局としては、唯一生き残った内勤の彼を、任務の継続の為に起用。 その任務とは、修復を終えて 一般公開される 女王の戴冠用の宝玉の警備。 張り切って初任務についた彼だが、衆人監視の中で 宝玉を 何者かに盗まれてしまう。 その宝玉を取り戻すべく動き出すが、元々 直感だけが頼りのマヌケな男の事、あちこちで 迷惑この上ない大騒動を巻き起こす。 宝玉を盗んだのは 彼の直感どおり、フランス人の大実業家パスカルだった。 (ジョン・マルコビッチ扮する このパスカルが 存在感があって格好いい。) パスカルが言うには、フランスの貴族だった彼の祖先が、英国の王位に付く筈だったのを、今の女王に奪われた。 だから自分が女王から王位を取り戻すと。 バッキンガム宮殿に乗り込んだパスカルは直接 女王に拳銃を突きつけ 退位を迫るが、突き放される。 しかし女王の愛犬を捕まえ、その首に 拳銃を突きつけて脅すと、女王はあっさり 退位の同意書にサインしてしまう。 女王の退位、パスカルが新国王にというニュースが流れると、紙幣や郵便切手の肖像が たちまち女王からパスカルにと変る所が面白い。 ジョニーには、やはりマヌケそうな部下が1人いるが、これが見かけによらぬ 意外な切れ者で、度々 彼の危機を救う。 愈々 パスカルが王位に付く戴冠式の日、枢機卿の手で王冠がかぶされそうになった瞬間、ジョニーが会場に飛び込んで来る。 一瞬 慌てた枢機卿は、間違って ジョニーの頭に王冠をかぶせ、彼が英国国王になってしまう。 とに角 イギリス人好みのハチャメチャ喜劇だが、1箇所気になる場面があった。 それは、ジョニーが駆け込んだ 回転寿司屋のシーンだが、イギリスにも回転寿司ってあるのだろうか? ただ 箸を使って食べる所は違和感があった。 やはり 寿司は、つまむと言って 手づかみで食べるものだと思うが。
2005年01月29日
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昨年末から引きずっている 嫌なモヤモヤを一掃するために、久し振りに 中州に遊びに行った。 その結果 何だか心身共に すっきりと吹っ切れて、モヤモヤも収まった。 そのモヤモヤとは、前にこのページでも紹介したが、騙されて 出会い系サイトらしきものに入会させられてしまった事だ。 (おめでとうございます。貴方に豪華賞品が当たりました。どの賞に当選したかは、住所・氏名・メールアドレスを入力してお確かめください)というメールがパソコンに届いたのは 12月の半ば。 特等がフォルクスワーゲンの新車、1等が現金10万円、2等がDVDレコーダー、3等1000円のカードという事で私は丁度DVDのレコーダーを探していたので、即座に反応してしまった。 所が、1時間もしないうちに、女性からのメールが次々と送られて来る。 いずれも19~28歳ぐらいの若い女性の 熱烈なラブコールで、初めは狐につままれていた私も、やがて これが 所謂 出会い系サイトという奴で、はめられて入会させられたのだという事に、気が付いた。 豪華景品の方は一応形だけ、コンビニで使える1000円分のカードが送られてきた。 メールの数は、1日20~50通。半分は写真付きで みな 美人、中には挑発するような 下着姿のものまである。 職業は銀行のOL、看護士、バレリーナ、漫画家と様々。 すぐに会いたい、今からそちらに行ってもいいか? など、女性から誘われた事のない私などは びっくりドキドキするような内容ばかり。 友達に話すと、危ないから止めた方がいいと言う。 私は 職業柄、(君子危うきに近寄らず)ではなく、(虎穴に入らずんば 虎子を得ず)の方なので、好奇心から 数人に返事を送ってみた。 すると先方は かなり積極的で、何日の何時に どこでと指定してくる。そして着て来る服や、持ち物のバッグの写真まで送ってくる。 だが、当日になると 全員 申し合わせたようなドタキャン。自分から誘っておきながらである。 理由は、父の入院、母の病気、兄の交通事故など、微妙に違うのは 同じ人間がメールを書いているからか。 多分 やらせのアルバイトが書いているのだろうと疑わしいのは、朝6時半とか7時とかに よくメールが来る事。 若い女性が そんな時間に起きている訳がないし、仮に起きていても、通勤や通学のの準備で忙しく、のんびりとメールなんかうっている余裕はない筈。 途中で もしかして これを書いているのは男じゃないかなと思い始めたのは、男性じゃないと分らないような男の弱点を突いて挑発してくる所だ。 (私のパンティーが・・・)などという いかがわしいメールもあったが、今どき 若い女性は パンティーなんて言葉は使わないと思う。 とにかく 一日中 ひっきりなしにメールが来るので携帯は、マナーモードにしたままだ。 いい加減にして欲しいと、東京の渋谷にある事務所とやらに電話して、(自分の意思ではなく、騙されて入会したので、退会したい)と伝えると(私どもの会には退会というシステムは有りません)と言う。 (携帯のマナーモードを解除したいから、メールが来ないように出来ないのか)と訊くと、(設定変更をクリックして メールを受信しないというのにすればメールは行きません)という事だ。 すぐに 設定変更をしたら、嘘のように ピタリとメールが来なくなった。 やっと、去年からのメール地獄から解放され、携帯電話のマナーモードを解除した。 結局 虎穴には入ったが 一匹も虎子を見ないまま、私の出会い系ならぬ 出会えない系サイトの体験は終了したが、これでやっと アルバイトのオニイチャンのさくらメールにドキドキする事のない 普通の生活に戻れる。 きょうの映画 「ばかのハコ船」(02) 25歳の山下敦弘監督の作品。 東京で 自分達が開発した健康飲料(あかじる)の自主販売に失敗し、500万円の借金を作ってしまった男と その恋人は、事業を立て直すには色々な人の力が借りられる地元しかないと思い立ち、男の実家の有る、地方の町に帰ってくる。 しかし 当てにしていた両親・親類からも ことごとく反対され、同級生からも冷たくあしらわれ、事業は暗礁に乗り上げる。 明るさもなく、愛嬌もなし、要領の悪い二人では、飛び込みセールスも上手くいかず、ドラッグストアの前にテーブルを置かせて貰い、彼女が声を枯らして試飲を呼びかけても、全く反応はなし。 ほかに頼るあてもないまま、男は 何も無い地方の片隅でダラダラと無意味な生活を続ける事になる。 その上 男は 実家に恋人を残したまま、家出をしてしまう。 そして 同級生で 初恋の相手が働く風俗の店に入り浸りで、彼女の家に居ついてしまう。 東京から見知らぬ土地に来て 独りぽっちで 取り残された恋人は そんなダメ男から離れられず、彼の留守中も、彼の両親に仕え、1人で(あかじる)を売ろうとする。 理不尽な事で 男に怒鳴られながらも、不器用にひたむきに応え、従いて行こうとする姿がいじらしく切ない。 男の事業への夢に共感し、本人が挫折しても 自分だけでも その夢を実現させようとする恋人の姿に 私は自分が遭遇した数年前の詐欺事件を思い出した。 それはサッカーのワールドカップが日本で開かれる2年前の事。 慶応出身で元フジテレビ社員だと名乗る男が、国内の7会場で開かれる事が決まっていたサッカーの試合の決勝戦を、九州の大分で開催するように誘致したいというのが一つ。 そして 前回のフランス大会に比べ、テレビの放映権が高騰し、NHKや民放では放送出来ないので、ケーブルテレビでの中継になる、その為には光ケーブルの整備が必要だが、九州は整備が出来ているので、福岡に放送の為の本部を置きたい。それには 市内の高宮にある、元TNCの設備を使うのが一番だ。(この件については、失脚した古賀という元アホ社長が、返り咲きを狙って陰で大分動いた様子だ) 本部が福岡に置かれるとなると、世界中からマスコミ関係者が600人ぐらいは押しかけるので、その為の宿舎が必要になる。 また韓国での開会式を終えた観客が福岡に来るのには 飛行機だけでは、対応できないので JR九州のフェリーでピストン輸送しなければならない。 またワールドカップの入場券とグッズの販売権は自分の会社が独占契約するので、億でなく兆単位の収入になるだろう。 と彼の話は あたりを巻き込んで どんどん大きくなっていく。 福岡の老舗 西鉄グランドホテルに居続けで、時にはFIFAの本部があるスイスやイギリス、香港に飛んで行ったが、語学の得意でない彼の傍にいつもベッタリ従いていたのが 慶応出の才媛で 秘書の女性。 (あかじる)の女性同様 決して美人ではないが、彼の夢の実現を 針ほども疑わず、時には不眠不休で彼の仕事をサポートしていた。 実家はかなりの金持ちで、親の反対を押し切って、随分金銭的な援助も行なっていたらしい。 私は 特に実害を被った訳ではないが、大分への決勝戦誘致で、当時総務庁長官だった太田誠一氏に会いたいというので、総務省へ同行 紹介したり、フェリーの件でJR九州の社長に会わせたり、記者団の宿舎の相談で福岡市長に紹介したりと、随分 それらの友人には迷惑をかけ、信用も失った。 結局は大分への誘致は実現せず、NHKや民放がTV中継をし、彼の目論見はすべて外れた。 その後 フジテレビの人事に問い合わせた所、彼が在籍したという記録はなく、慶応の卒業も嘘だと分り、彼は 今は行方不明となっているが、彼を信じて従いて行った秘書の彼女は 今も彼と一緒なのだろうか。そうして 世界のどこかでまた次の夢を追っているのだろうか。
2005年01月28日
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4ヶ月振りに林眼科に行った。 眼圧を下げる目薬が丁度無くなったからだ。 私の左眼は、視力が0,03ぐらいしかない。 29歳の誕生日に 路上で3人組強盗に襲われ、左眼を殴られ 出血した。 会社の友人3人が 誕生日を祝ってくれ、飲んだあと、近くの公団の部屋まで、1人で歩いて帰る途中だった。 この強盗は連続強盗で、私の前に2人の若者を襲っており、金を奪った後、市内を引っ張り回していた。 丁度 そこを 私が通りかかった為、2人を解放し 代わりに私を襲ったもので、足音を忍ばせて近づいてきた奴らに私は全く気付いていなかった。 いきなり1人が私を後ろから羽交い絞めにし、前に回った2人が殴りかかってきた。 私は始め、ヤクザの喧嘩の とばっちりかと思ったので、(勘違いするなよ)と怒鳴ったが 相手は(どこの組の者か)と叫びながら、更に殴りかかってくる。 (俺はサラリーマンだよ)(どこの会社か? )(テレビ局だよ)(マスコミだ。やばいぞ、殺せ殺せ、簀巻きにして海に放り込め)と、互いに声を掛け合いながら、ますます攻撃がエスカレートしてくる。 そこで私は初めて ヤクザではなく、物取りだと気が付いた訳だが、殺されては たまったものではない、かなり抵抗したため、彼らも殺すのは諦め、私は 彼らに 脱いでいた靴を揃えさせて タクシーを拾い、救急病院に直行した。 病院からの110番通報で、犯人は40分後に捕まったが、3人とも小倉のキャバレーのボーイで、成人1人が初犯で、未成年の2人には、前科があった。 そのうちの1人は 元炭鉱夫で、家出した息子を探していた父親が、新聞で犯行を知り、示談にして欲しいと、病床の私の所に頼みに来たが、会社の局長から、絶対に駄目だと釘を刺されていたので、はっきり断った。 しょんぼり うなだれて帰る父親の うしろ姿が 哀れでならなかった。 その後の裁判で懲役4年の判決が出たが、未成年の男がどうなったかについては記憶がない。 事件の翌朝、毎日新聞には、左眼に包帯をした私の写真と共に(アナウンサー襲わる、失明の恐れ)とデカデカと不名誉な記事が載ってしまったが、これは救急病院には眼科医がいなくて、診察した医師が警察や記者に発表した為だ。 当時 私の父は、山口の病院で眼科部長をしており、知らせを聞いて駆けつけてくれ、(失明はしないが、視力は回復しないな)と冷静に診断してくれた。 父親が医者だと分った途端、私を それまでの暖房のない病室から 暖かい部屋に移すという救急病院の対応ぶりは、面白くもあった。 その後 私は小倉の開業医の所に通い、そこの先生は(視力は回復しますよ)と言ってくれたが、結局は父の最初の見立て通り、視力は回復しなかった。 しかし 人間にはそれぞれ効き目というのがあって、どちらか一方の眼でしか見ていないとの事だが、幸い私の効き目が右目だったので、その後 物を見るのに不自由はしていない。 この事件で私は 新聞各社の取材の仕方、記事の書き方の特徴を知る事が出来た。 警察の知らせを聞いて、病院の私の所に直接取材に来たのは毎日新聞だけだった。 だから その日が私の誕生日だったという事と 昼間 私がアナウンサーの採用試験の審査員をしていたという事を書いたのは毎日だけだった。 朝日は病院には来なかったが、独自の取材で 違う視点から事件を採り上げた。 最初の被害者2人が 有り金全部盗られ、門司まで歩いて帰る途中、交番に事件を知らせようとしたが、警官が不在だった、もし交番に警官がいたら、第2の事件は防げたのではないかという記事だった。 読売と西日本は、警察の発表通りの記事だったが、読売は全国版に載せており、東京の友人 ダークダックスの連中から、すぐに電話が掛かって来た。 その後 私が報道記者になり、色々な記者クラブに所属して 各社の記者と知り合いになっても、最初に感じた その印象は変らなかった。 現場第一主義の毎日新聞、独自の取材と 違った視点の朝日新聞。 前置きが随分長くなったが、1~2年前から、急に左眼にカスミがかかるようになった。 右目の視力には影響がないが 何となく鬱陶しいので、医者に診て貰ったら、眼圧がかなり高くなっているとの事で、それを下げる為の目薬が欠かせなくなった。 一日に1回点すだけなので、1本貰うと2ヶ月はもつ。 私の 前の担当の女医さんは、目薬が無くなったら 来てくださいとの事で、2ヶ月にいっぺん診察を受けていた。 所が 突然 その先生が 他都市の病院に転院になったので、男の先生が 新たに私の担当になった。 前回の検査で 眼圧が高くなっていたので、目薬を2種類貰っていたのだが、正常値に戻ったというので、それなら目薬は1種類にしてくださいと、先生に頼んだ。 新しい先生は 1ヵ月後に 診察に来てくださいと言う。 私としては 従来通り2ヶ月後でいいのではないかなと思いながらも、承知して薬局に行った。 所がである、希望通り 目薬は1種類になっていたが、同じものが2本発注されていた。4か月分である。 1ヵ月後に診察に来るようにと言っておきながら、4か月分の目薬を出すなんておかしい。 前の先生は目薬も1本、診察も2ヶ月に一度で、患者の我々には良心的だが、病院の売り上げ(?)に協力しなかったので、他所に飛ばされたのだろうか? 何だか勘ぐりたくもなる。 そこで 私は 意地を通して、敢えて 1ヵ月後に診察には行かず、目薬が無くなった4ヵ月後のきょう診察を受けに行った。 しかも 担当医を変える為、勤務表を見て 彼のいない木曜日を選んで出かけた。 この病院は医師10人、看護士・事務員合わせて30~40人を抱える眼科の専門病院で、患者が多く かなり混んでいるが、これだけ大きな病院を維持するには、少しでも多くの収入を得ようとするのは分る。 だから治療の点数を稼ぐ医師が重用され、そうでない良心的な医師は排除されるのだろうか。 きょうの女医先生も、目薬こそ1本だったが、来月 検査に来るように言われた。 私の父は 全く金銭には無頓着で、開業していた頃は、経済的に困っている患者からは治療費を取らなかったし、余分な薬は一切出さず、(注射はしなくていいんでしょうか?)などと患者が言おうものなら、(医者の私が必要がないと言っているのに、そんなに注射をして欲しければ よその医者に行きなさい)と平然と言うような人だった。 そんなせいで 死ぬまで金持ちにはなれず、病院も 借地に 建物だけを自分で建てて開業していた。 それでも 能や文楽、和歌などの芸術を愛し、生活を楽しんでいた。 私も金儲けには縁が無く、赤字のタレント教室などを続けている所は、金銭に淡白な 父のDNAを受け継いでしまったのかなと思うが、決して悔やんではいないし、結構 生活を楽しんでいる。
2005年01月27日
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東京でメルヘンワークスという会社を経営している友人から、電話があった。 彼は、同じくメルヘンジャパンという会社の社長で、私とは長い付き合いの石河氏の弟で、世界子供音楽祭を主催し、そこで優勝したモンゴルの歌手オユンナを世に送り出した人物だ。 電話の用件は、イベントで必要な ピエロをやってくれる人を2名 紹介して欲しいというもの。 そのイベントとは、スロットマシーンの会社が、新機種の発表展示の為に、北は札幌、仙台から 南は福岡まで、全国7箇所で開くもので、福岡は3月の末だが、招待者は東京、大阪に次ぐ1000人を予定しているとか。 福岡の会場は、ホテル日航で 歌手の城之内早苗のショーもあるそうだ。 会場にはイメージガールのピンクバニー10人が配置されるが、モーターショウなどでよく見られる カメラ小僧的な客が来て、彼女達に失礼な振る舞いをした時に、スタッフが注意をすると波風が立ちそうなので、ピエロさんにパフォーマンスで やんわりと注意して欲しいというものだ。 早速 福岡でパントマイムなどのパフォーマンスをやっている 知人の長谷川天晴(アッパレ)さんに、相談をしてみた。 所が、ギャラの話で問題がある事が分かった。東京に比べ、福岡のギャラの相場が高く、主催者が考えている額の2倍とは言わないが、1.6倍ぐらいが相場のようだった。 それと天晴さんが言うには、お客に注意をするのなら、男性より、女性のピエロの方が角が立たないのじゃないかという事だ。 私はピエロ=男性と 勝手に考えていたが、女性のピエロも大勢いるそうで、福岡大道芸クラブという所を紹介して貰った。 メルヘンワークスの担当者は、福岡で見付からなければ 広島会場のピエロを連れて来ると言っているが、2名分の交通費を考えると、今の予定ギャラに1万円上乗せすれば何とか交渉が成立するような気がする。 だから あとは、メルヘンと直接交渉して貰う事にした。 でも 城之内早苗も見たいし、どんなバニーさんが来るのか、私もカメラ小僧になって 行ってみたいなと不純な事を考えている。 きょうの映画は 「姉妹の約束」(40) 開業医の父が、軍医として 北支に応召した留守を守り、たくましく明るく生きる三姉妹と母の姿を描いた 山本薩夫監督作品。 三女が可愛がっている子猫が、引っ越して来たばかりの隣の家に紛れ込んでしまう。こっそりと探しに行った次女(原節子)は、そこの家の老人に見付かってしまい 叱られるが、その ざっくばらんで人見知りしない性格をすっかり気に入られ、部屋に上げられ、日露戦争での手柄話を聞かされる。 そこへ 孫の大学生が帰ってきて、更に 話が弾む。 心配した長女(花井蘭子)と三女が、迎えに来るが、応接間に通され、三女はピアノの演奏を頼まれる。 彼女は、女学校でピアノを習っていて 演奏が大好きだが、自宅にはピアノが無い。 大学生の妹で、若くして亡くなった孫に ソックリな その三女を見て老人は、いつでも弾きにお出でと誘う。 そこから、三姉妹と隣家との 親密な お付き合いが始まる。 内気だけど優しい三女は、老人がリュウマチの痛みに苦しんでいると聞くと、すぐに駆けつけ、何かと面倒をみてあげる。その気配りに感謝して老人は、彼女に孫が使っていたピアノをプレゼントする。 学校から帰宅して それを知った三女は感激して すぐに老人にお礼を言いに行く。 この三女に扮する女優は若原春江。、私はよく知らないが、若き日の若山セツ子に感じが似ていて、とてもいい。 ご近所には、夫が応召中の為、働きながら 二人の子供を育てている夫人がいて、三姉妹は 今で言うボランティアで子供達の面倒をみている。 ある日、その男の子が、(赤ん坊の妹が病気になった)と助けを求めて来る。 急いで その家に向った三女は徹夜で看病するが、その甲斐もなく、赤ん坊は死んでしまう。 雨の中、傘もささずに 泣きながら帰ってきた三女は、疲れからか、高熱を出して寝込んでしまう。 必死に看病する姉達。 一時は危なかった病状が回復した頃、父が帰ってくるという嬉しい便りも届く。 登場人物が、全て善意の人達ばかりというのは、まるで 武者小路実篤か山本周五郎の小説みたいだが、見終わったあとが、実に爽やかで、後味のいい映画だ。 日露戦争の手柄話、戦場の父から届いた手紙の内容、空を飛ぶ飛行機に向って 次女がバンザーイと叫ぶシーンなど、国策の 戦意高揚を訴える場面もあって、戦後の作品からは想像出来ない山本監督の一面も伺えるが、当時の日本映画にしては戦争色が少ない気もする。 私がこの時代の映画が好きな理由の一つは、女性達の言葉遣いの綺麗さ。 親子は勿論 姉妹の間でも、きちんと敬語を使っている。 お姉さま ○○なさる? といった具合にだ。 現代では、もうこんな会話は皆無になってしまったのが哀しい。 (日本的で)淑やかな長女、元気で勝気な次女、内気だけど優しい三女という設定は まるでアメリカ映画の(若草物語)を観ているようだった。 あちらは四姉妹だったが。 そういえば、先日観た(阿修羅のごとく)もそうだったが、女ばかりの姉妹は4人か3人が多い。 そして男ばかりの兄弟は2人か3人。 これは映画ばかりでなく 実社会でもそうだ。 これには意味が有ると思う。 つまり、男の子の出産が続き、1人ぐらい女の子が欲しいなと思っても、二人か三人目で 諦めてしまう。 所が、跡継ぎの男の子が欲しい場合は、3人目か4人目までは、諦めない。 何故 5人姉妹がいないかというと、やはり限度の問題で、4人までが 精一杯なのだろう。 私の友人にも、娘ばかり4人というのがいる。 元西鉄ライオンズの鉄腕投手 稲尾。 娘のうち二人は、私の元生徒で よく知っているが、現役時代 鉄壁のコントロールを誇った稲尾も、子作りに関しては ストレートのフォアボールで終わってしまった。
2005年01月26日
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毎週水曜日の調理師学校の私の講義は、学校側の都合で、今週は きょう火曜日に。 まず 先週 みんなの投票でベストスピーチ賞とベストスマイル賞に選ばれた二人に スピーチをして貰った。 注文は、アカデミー賞で主演男優・女優賞に選ばれたスターが、オスカーを手に喜びを語る、そんな感じでという事にしたが、二人とも 皆に選ばれて嬉しかった気持ちを素直に表現出来ていて とてもいいスピーチが出来た。 その後、電話で 道順や図形を 分り易く説明するコツなどの勉強をした。 詳しく書きたいが、長くなるので、きょうは割愛。 夜 楽天日記のお友達の じゅじゅたんたんさんから、私書箱にメールが来た。 楽天のホームページを閉鎖する事になったという ご挨拶だった。 びっくりして すぐ返信しようとしたが、もう繋がらなかった。 (このページは削除されています。ページが削除された理由については開示していません)という冷たいコメントが残されているだけだった。 これだと まるで彼女が違反行為をして楽天側に削除されたみたいな誤解を招き、感じが悪かった。 じゅじゅたんたんさんは 楽天だけでのお付き合いで、面識はないが、私の楽天仲間のページには よく遊びに来て頂き、まめに書き込みをしてくださった。 特に名古屋の ぴんぐーさんや佐世保の記者タアムさんとは、メールのやりとりが盛んで、われわれの間では 皆が親しみを持って よく噂をしていた。 年齢についても、若い方だろうという者や、いや 日記にお仕事の記事が全くないのは、もう退職されているからで、素敵なお花の写真と共に、それに対する解説が詳しいのは、年配の方だからだろうと 色々な憶測が飛び交った。 私の独断と偏見(?)に満ちた この日記も よく読んでくださり、こちらが精神的にちょっと落ち込んだりしている時には 間髪を容れず優しい書き込みをくださり、ほっと癒されたものだった。 暫くホームページの日記から遠ざかっておられ、皆で心配していたが、最近また復活されて ホッとしていた矢先の事だけに、他の仲間が知ったら、私以上にショックを感じる事だろう。 お身体の調子を崩されてでが、原因でなければいいが。 ホームページは閉鎖されても、これからも 我々の日記は見てくださるそうだから、気が向いたら書き込みを頂き、出来ればいつか 連絡先なども教えて頂ければ嬉しいが。 私には 毎日のアクセス記録の所に、名前が有るだけでホッとする人、暫く名前を見ないと何だか心配になる人が3人いる。 書き込みがなくても、(ああ元気なんだな、日記見てくれてるんだな)と思うだけで、こちらが癒される その3人の中に、じゅじゅたんたんさんは入っている。
2005年01月25日
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CATVでいま 原節子の出演映画を全部紹介する特集をやっている。 原節子といえば、日本人離れした美貌と 素直な演技で、戦前も人気があったが、戦後 黒澤明の(わが青春に悔いなし)、今井正の(青い山脈)、小津安二郎の(東京物語)などで 日本を代表する大女優になった。 62年の(忠臣蔵)を最後に 42歳で引退し、いまだに 永遠の処女と呼ばれ 多くのファンを持っている。 何故 引退したのかは、今でも謎に包まれているが、歳を取って、ファンのイメージを壊したくないというのも、理由の一つにあったのかもしれない。 映画ファンの我儘かもしれないが、若い頃 余りにも美しい女優さんは、老人になった姿を見たくない。 思い出を大事に、イメージを壊したくないので、初恋の相手とは 歳をとってからは なるべく会いたくないという心理に似ているかもしれない。 オードリー・ヘップバーンは、老人になっても、チャリティーの仕事などで、しばしばマスコミに登場していたが、(ローマの休日)の 妖精のような彼女に憧れていたファンにとっては、そうした彼女の姿を見る事は苦痛だった事だろう。 日本でも 結婚で引退した内藤洋子、桑野みゆき、山口百恵。 それに 若くして亡くなった夏目雅子などは いまだに美しいイメージを残したまま ファンの思い出の中に生きている。 原節子の義兄の熊谷久虎監督は、超国粋主義者で、その指導団体(すめら塾)を結成しており、戦時中は多くの国策映画(戦意高揚映画)を撮っているが、彼女も それらの多くに出演している。 きょうの映画は それらの代表作で、キネマ旬報のベスト5に選ばれた 「上海陸戦隊」(39) 正直言って 私には退屈で イライラする映画だった。 実は昨夜 この映画を見始めたのだが、途中 何度も居眠りで中断し、ビデオで観るのをきょうに持ち越した。 実際に上海でロケを行ったドキュメンタリータッチの映画だが、1時間29分の上映時間が、2時間半ぐらいに感じられた。 上海の日本人居留地に駐屯する軍隊に対し、圧倒的数を誇る中国軍が四方から攻めてきて、それを守る日本の陸戦隊の兵士達が大苦戦を強いられる。 最初から最後まで、機関銃の音が鳴り響き、兵士たちの台詞がよく聞き取れない。 夕方から夜にかけての戦闘シーンが多く 映像も暗い。 戦闘は 包囲された日本軍が やられっ放しで、退却したくても (最後の1兵になるまで、そこを死守せよ)との命令が出ている為 それも出来ない。 最後は陸軍の大部隊が上陸し、日本が勝つようなのだが、その辺の描写が あいまいで、勝利の喜びも伝わってこない。 原節子の役は、日本軍に保護される 中国の一般市民で、ただひとり 反抗し、(敵のくれた物なんか食べられるか)と差し入れの食事にも一切手を出さない。 その反抗ぶりや 後に日本軍の誠意を感じて改心する所なども、ありきたりの演技で厳しさが伝わってこなかった。 私は この映画が 政府のプロパガンダ映画だというので、斜めに観て 批判している訳ではない。 その種の映画でも、(五人の斥候兵)をはじめ 優れた作品はたくさん生まれている。 戦後 社会派と呼ばれるようになった山本薩夫や今井正らの監督も、戦時中は戦意高揚映画を作っており、時代が時代だから、仕方がないと思うのだが、この映画からは 心を動かされるものは何も出てこなかった。 ドキュメンタリータッチにこだわり 戦闘場面の描写だけで、兵士達の私生活や心情に深く踏み込めなかったせいもあるだろう。 その戦闘場面も、外に出て戦うより、篭城して1箇所を死守するといった場面が多く、映像的にみても単調だった。それが この映画を冗長で長く感じさせた要因かもしれない
2005年01月24日
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MASHのレッスン日。きょうは 音声基礎、朗読と日本舞踊。 部活や受験で休みの生徒が多く、この所 3人だけのレッスンが続いているが、あと2人は欲しい所だ。 男の子1人で頑張っているのは中学1年の林芳弥くん。 彼はタレントになる為に生まれてきたような子で、記憶力がよく、ダンスや日舞の先生が振りを忘れていても、そこはこうでしたよと、教えたりしている。 歌舞伎十八番の(外郎売)も、小学校4年の時に 全部覚えてしまった。 いま 6年の未有ちゃんや4年の桃子ちゃんは、まだ 半分もいっていないので、林君を見習いなさいと言うのだが、なかなか覚えてくれない。 私の心配は 彼が中学3年になったら、他の生徒と同じように 受験があるのでと、スクールを休むのではないかと言う事。 お母さんには、彼は役者になるようにと、神様がこの世につかわした人間だから、いい高校に入れようとか、優秀な大學を受けさせようとか、一流企業に入社させようなどとは考えずに、ただひたすら 優秀な役者を目指してくださいと言っているが、このお母さんが素晴らしい。 女手ひとつで、男の子3人、芳弥君と2人の年頃の兄貴を育て、相当なご苦労だと思うが、そんな事は おくびにも出さない。 なかなか茶目っ気のある可愛いお母さんだ。 左端が林さん こんな事があった。 熊本の不動産情報センターという所から、小学生で 歌の上手な男の子がいないかという、テレビコマーシャルの発注があった。 顔は出なくて、声だけの出演だが、歌と台詞が若干あった。 録画当日、私は他の用事があって立ち会えなかったが、ディレクターに 後で聞いた話によると、林君は歌はすぐにOKが出たが、台詞が なかなか上手くいかなかった。 先方は 子供の舌っ足らずの喋りを希望していたのだが、教室では そういう話し方を教えていなかったし、彼は声が大きく、滑舌も良すぎて イメージ通りの喋りが出来なかった。 そこで 付き添いの お母さんが、こんな風にやるのよと手本を示したら 聴いていたディレクターの意図する所とぴったりだったので、それではお母さんで行きましょうと、急遽 歌は芳弥、台詞はお母さんの 母子共演が実現した。 最近読んだ記事で、男の子の生き方に影響を与えるのは、父親ではなく母親の姿だというのがあったが、芳弥君もお母さんの影響を多分に受けているのだろう。 そんなお母さんが、来月 博多のリバレインで開かれるゴスペルのコンサートに出演するという ご案内を頂いた。 歌を練習しているなんて全く伺ってなかったので、びっくりした。 芳弥君のレッスンに触発されたのか、或いは 元々 彼に引き継がれた そのようなDNAがあったのか、恐らく その両方だろう。 そういえば、MASHの子たち全員が 親子で参加した博多どんたくのパレードでも、林さんの踊りが群を抜いていたのを思い出した。 因みに林さんは長崎県の諫早出身で、役所広司さんとは同じ高校。 学校では 役所さんをよく見かけたそうだ。 コンサートの当日は芳弥君が お母さんに頼まれて、ビデオ撮影をするそうだが、今から とても楽しみだ。
2005年01月23日
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今年最後(?)の年賀状が来た。 この所 ず~っと郵便ゼロが続いていたので、もう終わりかと思っていた。 毎年 最後の賀状は20日過ぎに来るので、今年は早いなあと思っていたから、ほっとして、嬉しかった。 差出人は江原令子さん。 お母さんの芙美子さんからは、先日届いた。 この母子は、毎年3が日が過ぎてから来る。 美容院を経営しているから、年末は忙しくて 書いている暇がないのだろう。 お母さんは、以前 私と一緒に ジョン・ロバート・パワーズというフィニッシングスクールで講師をしていて、ヘアメイクを教えていた。 数年前 お母さんに年賀状を出したら、娘から返事が来た。 お嬢さんの令子さんは、私が担当していた頃の、着物の女王の九州代表で、本大会の新潟まで一緒に出かけた。 勿論 お母さんも従いてきて、ステージママよろしく 娘の晴れ姿をビデオに撮りまくっていた。 その時、近くに小千谷という着物の産地がある事を初めて知ったが、最近 久し振りに その名を聞いたのが、地震の被害地としてであり、胸が痛む。 令子さんは、その後 お母さんと同じイギリスに 美容の修行に行き、今はお母さんを助けて、西新のヘアーサロンで働いている。 きょうは 先日録画した映画 「鉄道員 ぽっぽや」(99)を観た。 浅田次郎の直木賞受賞小説を高倉健主演で映画化したもの。 北海道の北の果ての小さな終着駅で、不器用なまでに 真っ直ぐに、鉄道員としての誇りを持って生きてきた佐藤乙松は、間もなく定年を迎えるが、妻や子を失い、今は1人で駅に住んでいる。 町には病院がない為、妻も娘も、遠い土地の病院に入院したのだが、駅長としての職務を果たす為、職場を離れず、どちらの死に目にも会えなかった。 幼い娘の亡骸を抱いて妻が戻って来た時も、黙って駅で出迎えるだけだった。 たったひとりで正月を迎える乙松の許に、同期入社で苦楽を共にしてきた親友が訪ねて来る。おせちの重を持って。 彼は定年後は 傍系のホテルに就職が決まっており、一緒に行こうと勧めるが、乙松は(自分は鉄道以外の事は何も出来ないから)と、なかなか首をタテに振らない。 親友を演ずるのは、私生活でも健さんに私淑している小林稔侍。同僚を気遣う親友役を好演している。 ある日 ホームの雪かきをしている、乙松の所に、人懐っこい少女がやって来る。 来年 小学校に上がると、嬉しそうに喋った その子は、持ってきた人形を忘れて帰ってしまう。 その夜 その子の姉と名乗る中学生の女の子が、妹の忘れた人形を取りに来るが、暫く駅舎で遊んだあと、またも人形を忘れたままで家に帰る。 翌日 親友が帰り ひとりぼっちになった乙松の所に 今度は地元の高校の 昔の制服を着た女の子(広末涼子が好演)が現われる。 前の二人とソックリなところから、姉妹だと思った乙松が(正月休みで お寺の和尚さんの所に来ているお嬢さんかい? )と聞くと そうだと言う。 彼が 機関士の為に作ったお汁粉をご馳走すると、彼女は冷蔵庫の残り物を使って 鍋料理を作ってくれる。 その時、和尚から電話がかかり、今年は孫が来ていないという事を知らされる。 それでは 3人の娘は? 実は 生後2ケ月で死んだ娘が、もし生きていたら こうなったという成長の姿を、順を追って 見せに来てくれたのだ。 乙松がそれを質すと、娘は(早く死んでしまい、お父さんに 何も孝行してあげられなかったから・・・)と答える。 そういえば 娘が持っている 古ぼけた人形は、赤ん坊が産まれた17年前、乙松が町で買って来て、妻がチャンチャンコを縫って着せた物で、娘の葬儀の時に棺に納めた物だった。 (だから これまで大切にしてきたよ。私はとても幸せだった。)と言い残して娘の姿は、人形と共に消えてしまう。 食卓では、先ほど娘が作ってくれた鍋料理が湯気をたてている。 何とも言えない孤独感が じわ~っと伝わってくる映画だった。 妻(江利チエミ)と別れ、独身のまま初老を迎えた高倉健だから、表現出来た孤独感かもしれない。 私も独り暮らしには慣れている積りだが、この映画を観た後は、妙に寂しくてたまらない。 この映画は、99年のキネマ旬報の 日本映画ベストテンの4位に選ばれているが、その年の1位が(あ、春)だった事を考えると もっと上位でも良かったのでは。 浅田次郎の小説が出た頃、私はNACというタレントセンターにいたが、中学生の女生徒に 小説を貸し、読ませたあと、映画化の事を知った。 (高倉健さんの主演で 映画になるぞ)と教えてやると、その生徒は、(高倉健って誰ですか? )と言う。 すごいショックだった。 タレントを目指すんだったら、同じ 福岡県出身の大スター 高倉健さんの名前ぐらい知っておけと言ったが、その子は短大を卒業して いま 東京の東俳という所で、声優の勉強をしている。
2005年01月22日
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コロンビア大学名誉教授で、日本文学の翻訳などで知られるドナルド・キーン氏のインタビュー記事を新聞で読んだ。 彼は三島由紀夫と親交があり、三島が自決前、最期に書いた手紙の宛先は このキーン氏だった。 彼の思い出によると、三島由紀夫は食卓での話題が豊富で大変楽しい人だったが、彼の小説の 選び抜かれた文章で分るように、汚い日本語を嫌悪していたという。 ひとつの例としてキーン氏が挙げる所によると、(弁当を食べる)は日本語じゃない、正しくは(弁当を使う)だと、こだわりを持っていたそうだ。 私などは つい気軽に 食べると言ってしまうが、眼からウロコが落ちる感じがした。 そういえば、石原慎太郎さんが(太陽の季節)で 芥川賞を受賞した時、選考委員の中にはクレームをつけた作家がいたようで、文中の(ドジをやってしまった)はおかしい、ドジは やるものではなく、踏むものだと主張されたと、当時聞いた。 テレビでご一緒に仕事をさせて頂いた(小川宏ショー)の小川宏さんも、(音信不通)という言葉に こだわりを持っていて、(私はインシンと言わせて頂きます)と断って 発言していた。 今は殆どオンシンになっていて、辞書にも両方の読み方が採用されているが、小川さんには 譲れない こだわりなんだろう。 私がアナウンサーのデスクをしていた頃、競艇場のコマーシャルで、(でっかい楽しさ○○ボート)という原稿が来た。見ると女子アナ指定になっている。私はすぐに発注元の営業部に行って、(でっかいって言葉は男の言葉だから、男子アナで行くよ)と言った。そうすると相手は(スポンサーが女子アナでって言っていますので)と言う。それなら(せめて コメントを、大きな楽しさに換えるよ)と言うと、(電通さんの原稿なので換えられないんですよ)と応える。 長いものに巻かれろではないが、民放にとっては、スポンサーと電通は まさに(泣く子と地頭)で、私は渋々妥協を余儀なくされた。 その後 この デッカイという言葉は、見る見る女性の間に広まり、それこそデッカイ顔をして のさばってしまった。 (徹子の部屋)の黒柳徹子さんまでが、平気で(こんなデッカイ奴が)などと 番組で話すに至っては、思わず耳を塞ぎたくなった。 和久井映見が、ビールのコマーシャルで(うまいんだな~これが)と言った時も、無性に腹が立った。 それまで萩原健一が同じコメントを言っていて 、ビールをグイッと飲み干したあとに言うこの台詞は それなりにキマッていたが、その 女性版だった。 彼女のような可愛い女性が 乱暴な言葉を使うギャップを楽しむというか、奇を衒ったのだろうが、真似をする女性が出てきて、いまや(うまい)という言葉は女性の言葉として定着してしまった。小学生の女の子までが使っているのを聞くと、日本語はどこに行ってしまうのかと、嘆かわしくなる。 言葉にこだわりを持つ人が増え、どこかで歯止めをかけないと、(悪貨は良貨を駆逐する)で 取り返しのつかない事になってしまう。 以前にも書いたと思うが、私がヴォイスというレッスンを担当していたジョン・ロバート・パワーズという学校は1925年にアメリカのボストンで開校した 女性を磨く為のフィニッシングスクールだが、その福岡校の校長は、わたしの友人の画家 甲斐大策氏が sophisticatedと褒めるぐらい 外見は 立ち居振る舞いといい、洋服の着こなしのセンスといい、1分のスキのない完璧な女性だったが、惜しむらくは言葉のセンスは全くなかった。 学校の宣伝の為、新聞に載りたいと言うので、友人の西日本新聞の記者に頼んで 取材をして貰った事がある。 その中で、彼女が (愛想もクソもなくて・・・)という言葉を使った。恥をかかせたら悪いと思って その場は黙っていたが、記者が帰ったあと注意をした。 (クソはないですよ~)という私に 彼女は(だって昔からそう言うでしょう)と言う。あれは(愛想も小想も というんですよ)と教えてあげると、初めて聞いたという顔をしている。 もしも そういう言葉があったとしても、優雅な校長なら、クソなんて言葉を避けて 他の言葉に言い換えるぐらいの配慮が欲しい。 言葉遣いは教養である。 バーナード・ショウ原作のピグマリオン(マイ・フェアー・レディー)でも、粗野な言葉遣いの花売り娘イライザにヒギンズ教授が正しい言葉遣いの特訓をして、社交界にデビューさせている。 いくら 高価な洋服を格好よく着こなしていても、教養がなければ、ただの人形。 質素な服装でも、きちんと日本語の話せる 教養ある女性の方が私には魅力的に写るが・・・。 因みに その学校の 生徒募集のパンフレットは、立ち居振る舞いが、立ち振る舞いになっていた。 いずれ 馬脚を現わすだろうと思っていたが、アメリカの本校に納めるロイヤリティーをごまかす為、生徒数を過少報告していたのが発覚して、名前を取り上げられてしまった。 生徒にマナーを教える学校の校長が、理事長である夫と結託して マナー違反行為をしているのでは、まさに羊頭狗肉の感は免れず、私はヘアーメイクの先生とふたり、早々に学校から、撤退した。
2005年01月21日
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今朝の日経新聞を見て思った。武田薬品工業は米も売っているんだって。 新聞のタイトルはこうだった。 「米の販売4000人体制に」 中味の記事を読んでみると、米ではなくアメリカの事で、子会社の人員を5割増やすという事だった。 アメリカなら(米)ではなく何故(米国)と書かないのだろう。 調べてみると、今朝の日経だけで、タイトルにアメリカが出て来るのが5箇所。 全部(米)になっている。 その他 (米産牛肉)のように 他の言葉とくっついた物も4箇所あった。 これだって(米国産牛肉)と何故書けないのだろうか。 新聞社には整理部というのがあり、そこであらゆる記事の見出し(タイトル)を書いている。社会部、政治部、文化部と、記事は取材した記者が書くが、見出しは全部整理部が付ける。 見出しというのは、忙しくて新聞を全部読めない人でも、それを読んだだけで、大体の中味が分るように書かれている。 大会社の社長などで、社からの迎えの車の中で、新聞 数紙の見出しに目を通し、関心のある記事だけを読むという人も少なくない。 私もテレビの報道デスクの頃は、ニュースのタイトル作りに苦労した。テレビの場合は、新聞の見出しよりも 画面の制約があり もっと短くしなければならない。 なるべく短くしようとするデスクの気持ちが分らないでもないが、たった1字の漢字を入れるだけで、誤解を招かず、正確に伝わるなら、(米国)でいいではないか。 現に、同じ朝刊で調べてみたら、中国という言葉が出て来る見出しが9っあった。 これは(中)ではなく、全部(中国)である。 何故 米国が(米)で、中国は(中)じゃないのだろうか。 因みに 台湾ではアメリカは(美国)と表記されている。 きょう 映画を観て驚いた事があった。 きょうの映画は 「誰よりも君を愛す」(60) 御存知 マヒナスターズと松尾和子で大ヒットした歌謡曲をタイトルにした B級映画。 対談番組を担当しているテレビ局のディレクター(本郷功次郎)は、出演する予定だった女優が急に盲腸で入院した為、急遽 代役として航空会社のスチュワーデス(叶順子)に出演を依頼する。 彼女は知らなかったが、彼は出張の機内で彼女を何度か見かけて ひそかに想いを寄せていた。 テレビ出演を機会に 二人は交際を深め、結婚を約束するまでになっていたが、彼女に横恋慕した 番組のスポンサーの不良息子(川崎敬三)が薬を入れた飲み物を彼女に飲まし、犯してしまう。 それを知って 傷心のディレクターに追い討ちをかけるように、北海道への転勤命令。 これも みな 不良息子の差し金だった。 スチュワーデスを辞め、男に復讐を誓った彼女だったが、ディレクターの上司に励まされ、彼のいる北海道へ旅立つのだった。 というような 他愛のない歌謡メロドラマだが、私が驚いたのは、出演者のタイトルで懐かしい二人の名前を発見した事。 その名は、城みさをと飯田久彦。 二人とも 先日 日記に書いた井上ひろしのバンドのメンバーで、私とはよく飲み歩いた仲間だ。 城みさをは小柄だが、パンチの効いたロック歌手で、音楽喫茶では、当時 歌手として活躍していた尾藤イサオと人気を二分していた。 映画の出演者タイトルでは、飯田久彦が(スリービート)、城みさをが(スリーガイズ)と 聞き慣れないトリオのメンバーになっていたが、恐らくこの映画の為 臨時に編成されたものだろう。 それにしては 期待した歌もなく、台詞も殆どないエキストラ的存在で、不良息子がたむろする 溜まり場の一員。 城は 一応ギターを持っているものの、タイトルを見なかったら 恐らく彼らだとは気が付かなかっただろう。 スリーガイズには 城のほかに内田裕也の名前もあったが、どこに出ているのか 結局 見当たらなかった。 それでも 一緒に飲み歩いていた頃の城みさをの姿がチラッとでも見られたのは嬉しかった。 井上ひろしとは 彼が亡くなるまで長い付き合いがあったが、城みさをは 突然 ボクサーになると言って芸能界から引退し、それ以来消息が分らない。 そういえば あの頃はボクシングは 芸能界と同じ若者の憧れの世界だったのか、雪村いづみの弟も歌手を辞め、ボクサーになっている。 その後 二人が名を成したとは聞いていないので、ボクシング界は芸能界以上に厳しい世界だったのだろう。 城みさをが その後どうなったかが気になって、インターネットで検索してみた。 彼の名は見当たらず、同姓同名の女性がひとりいた。 1913年生まれというから 今年92歳の彼女は(さをり織り)という手織物の創始者で、業界では有名な方らしい。 一方 飯田久彦は、60~61年に小倉のキャバレーで初めて歌った。 井上ひろしのバンドのバンドボーイだったが、楽屋で、(お前 ひろしの前座で歌ってみるか)とバンドマスターに言われ、人前で初めて歌った。私も楽屋にいたから、印象深く覚えている。 翌日 小倉にあったライブの音楽喫茶に ひろしと3人で行った。 現関口宏夫人の西田佐知子が出演していたが、ファンに見付かってサインをした井上から、(お前もしろよ)と紙を渡されて 照れながらしたサインが、恐らく歌手としての初サインだろう。 その後61年に(悲しき街角)で レコードデビューしたが、この映画は60年制作だから、彼がまだ歌手になる前のもので、どういう経緯で 彼がこの映画に出たのか興味がある。 64年に(ルイジアナママ)が大ヒットし、スター街道を驀進、チャコの愛称で女性ファンに親しまれたが、ポップスから歌謡曲への転進を余儀なくされ、いつの間にか表舞台から姿を消した。 しかし彼は裏方として しっかりと仕事をこなし、今や押しも押されもせぬ歌謡界の大物、テイチクレコードの社長におさまっている。 井上ひろし、城みさをと 姿を消した今、彼とゆっくり昔話などしたいが、大会社の社長さんとなると、恐れ多くて近づき難いね。
2005年01月20日
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毎年 調理師学校の1月の授業では、生徒達に1年の抱負をスピーチして貰っている。 料理は、同じ素材を どのような味に、どのような形に表現するかの世界だが、スピーチも どのように 自分のこれから1年の夢や希望を表現するかという点では繋がっていると思う。 スピーチで上手く自分を表現出来る生徒は、料理でも上手に表現出来る筈だ。 案の定、いつも必ず追試を受ける やる気のない1人の生徒がスピーチを棄権してもいいかと言ってきた。やる気のない奴が作った料理なんか食べたくないのと同様、やる気のないスピーチなんか聞きたくもないので、棄権を許可した。 毎年 このスピーチは、私が採点するのではなく、生徒達に ベストスピーチを投票させている。 と同時に、だれの笑顔が一番素敵だったかも、生徒に ベストスマイルとして選ばせている。 接客には 何よりもスマイルが欠かせないからだ。どんなに美味しい料理を出しても、店の人間が仏頂面で応対したのでは、客は来なくなる。 就職試験でも そうだ。 以前 7年程教えていた、秘書系のビジネス専門学校でも、笑顔のいい生徒から順に 就職が決まっていた。 専門学校では、早期出社が認められており、卒業式を待たずに、どんどん出社していくので、櫛の歯が欠けるように 笑顔のいい生徒が消えて行き、教室が次第に暗くなって 困ったものだった。 きょう ベストスピーチ賞を争ったのは、いつも学科試験でも 1,2位を競い合っている、元中学校の国語教師と元婦人自衛官の女性ふたり。結局 自衛官が賞に選ばれた。 婦人自衛官は競争率も高く、かなり学力がないとなれないものだが、知能のレベルの高さを伺わせるスピーチだった。 意外だったのは ベストスマイル賞。 並み居る女性陣を尻目に、僅少差で 1,2位を分けたのが23~4歳の男性ふたりだった事。 今や 女は度胸、男は愛嬌の時代なのか。 2票の差で 惜しくも2位となった佐賀出身の生徒は、入学早々の自己紹介で(笑顔を作るのが下手で、人との間に壁を作ってしまう)と語った男性だったが、これをキッカケに自分の笑顔に自信を持つ事だろう。 何だか とても嬉しくなった。 帰宅後、きのう届いたスイートポテトを食べた。 私はこのスイートポテトに目がなくて、通販や生協のカタログなどで、その名を見ると、すぐに買ってしまう。 きょう食べたのも2種類。 札幌の わらく堂の(北海道 皮つき!スイートポテト)と東京の不二泉製菓の(スイートポテト)。 どちらも 不味くはないが、食べ終わったあと、甘味料の味が口の中に残って 気になる。まあ 80点ってところか。 福岡空港で売っているロイヤルのスイートポテトも羽田空港の(東京・エアーポテト)も82点ぐらいか。 時々 生協(Fコープ)で買う(お百姓さんが作ったスイートポテト)は 85点ぐらいだが、なかなか90点以上の これだ!というのに出会えない。 それでも一度だけ、100点に近いスイートポテトを食べた事がある。 小倉の ある女性と見合いをした。最初から 余り気の進まない縁談だったので、すぐにお断りしたのだが、程なく 母上が、(近くまで来たものですから)と、当時の 私の福岡の団地の住まいを訪ねて来られた。 そして (娘の手作りですが、お口に合いますか・・・)と、スイートポテトをお土産に頂いた。 これが 大変に美味しかった。 バターがたっぷり使ってあって、甘さもしつこくなく、それまで食べた中で最高だった。それ以降も、あんなに美味しいスイートポテトには、お目に掛かってない。 彼女と結婚すれば、あのポテトが時々は食べられるのだと思うと 縁談を断ったのを ちょっぴり後悔した。 いや 初めにあれを頂いていれば、断ってなかったかもしれない。 もし お料理上手なお嬢さんがいて、見合いをするのだったら、その席のお土産に、手作りの一品を持って行く事をお勧めしたい。きっとポイントが上がると思う。 私にとって当たり外れのある食べ物の2番目は、炒飯。 時々 これなら自分で作った方が よっぽど旨いやというシロモノに出くわす。 大体 白っぽい炒飯は不味い。脂ぎってて茶色に近いもの程、私は美味しいと思う。そんなチャーハンに、スープでも付いていれば最高。 最近 福岡では美味しい炒飯を食べさせる店が少なくなったような気がする。 中華でいうと、水餃子も当たり外れが多い。 私が 家で作る水餃子は 皮が薄く、口の中にツルリと入るものだが、街の中華料理店の物は、総じて皮が厚すぎる。 水餃子は、酢醤油で食べるのが本道だが、時々スープ入りの物を見かけるし、通販でも わざわざ スープ付きと表示して売っているものが多い。 ある中国人のコックさんは、苦々しげに(あんなのは水餃子じゃないよ。ワンタンだよ)と言っていたが、私もそう思う。 中華で言えばもう一つ、芋の飴煮も ハズレの方が多い。 本場のものは長芋を使うが、日本では殆どがサツマイモ。 出来立ての アツアツで、飴が糸を引いているのを、ボウルの水で切り、口に入れる。 外は堅くて甘いが、中は真っ白で柔らかく、あじも淡白だ、そのコントラストが何とも言えないのだが、サツマイモだと、大學芋を食べているようで味気ない。 福岡では長芋を使っている所は、全体の1割も無いのではないかと思うが、たまに そういう店に行くと、やったあと嬉しくなる。 最後に 和食での当たり外れでいうと、マグロのトロ。 中には、赤身と殆ど変らないマグロを 中トロと称して出している寿司屋もあり、回転寿司などに多い。 高級な(高価な)寿司屋に行くと、本当のトロが食べられるのだろうが、最近は安い所ばかりしか行かないので、本当の中トロ、大トロが食べたい。 私が 今まで食べたトロの中で一番美味しかったのは、国会の議員食堂の中に、小さなカウンターがあって、そこで握って貰った中トロの寿司。 口に入れた途端に、トローッと溶けてしまいそうな味わいで、こんな美味しい寿司を毎日食べられる代議士が とても羨ましく思えた。
2005年01月19日
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大関の魁皇が昨日5敗目を喫し、4勝5敗と負け越しのまま、きょうから休場した。 今場所は綱とりの期待がかかっていたが、これで 綱とりどころか、来場所負け越せば、大関陥落というカド番に立たされてしまった。 今年の年賀状では、綱とり目指して頑張りますと書いてあり、私も 頑張って横綱になってと書いたが、内心は 無理して ならなくてもいいよという想いだった。 彼は気の優しい青年で、プレッシャーに弱い。 30歳を超えた年齢で横綱になると、体力的には、その座を保つ為に 勝ち続けるのは かなり厳しい。 負けがこんでくると、横綱には降格というのがないから、即引退しなければならない。 そこへいくと、大関なら、陥落して関脇や小結になってもそこから這い上がってくる事は出来るし、長く土俵を続けられる。 地元のファンとしては、出来るだけ彼の取り組みを見たい。 引退して 年寄り(親方)になった姿を見るのは、まだまだ先でいい。 かつての寺尾関のように、下に落ちても玄人を唸らすような関取でいて欲しいというのが本音だ。 それにしても、全勝の朝青龍と、それを追う2敗の白鵬が、共にモンゴル出身。 他にも幕内には 大勢のモンゴル人力士がいる。 かつては 小錦 曙 武蔵丸とアメリカ勢が上位を占めていたが、今はモンゴルが それに とって変わった。 モンゴルも相撲が盛んで、横綱は国民的英雄なんだそうだが、やはり国技なんだろうか。 日本の力士も、いつまでもアメリカやモンゴルの後塵を拝してないで、逞しい若手が現われ、横綱を目指して欲しい。
2005年01月18日
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午後から郵便を出しに郵便局に、そして税理士事務所への振込みで福岡銀行にも。 機械で現金の出し入れをするたびに、(生年月日の登録が出来ていませんので、窓口で手続きを済ませてください)と表示が出る。 ついでだからと窓口に行ったら、通帳の2冊とも生年月日が登録されていた。だったら あのしつこい表示はなんだったのだろう。 帰宅後は 寒いので終日家にいる。 ケーブルでなく、きょうは地上波の番組を観た。 相変わらず、レポーターが美味しいものを紹介するといった お手軽なグルメ番組が多い。 何故 お手軽かというと、予算が少なくて済む。 大物タレントは、余りレポーターなんかはやらないから、大体 駆け出しのお笑いタレントで済ます。だから人件費はかからない。 それに ロケの費用だが、料理屋も宿泊の旅館も、宣伝になるからと、料理代 宿泊代を取らない事が多い。 しかしディレクターを始め 局の社員は、会社には 払ったことにして精算出来るから その分 収入になるという具合だ。 きょう観た番組は、漁港近くの寿司屋や料理屋に、獲れたばかりの魚を持ち込み、寿司にして食わせて貰おうというもの。 二つのチームに分かれ、限られた時間の中で どちらが沢山食べられるかを競うものだった。 私は寿司が大好物で 最近はあまり美味しいものを食べてなかったので、ついつい引き込まれて観てしまった。 中でも最も興味を曳かれたのが、間人ガニ。 京都府の間人港で水揚げされた松葉ガニで、丹後半島の沖で獲れる松葉ガニの中で、最高級と言われている。 間人ガニには特別に、プラスチック製のタグが付けられている。 毎年 松葉ガニ漁では、数名の漁師が命を落とす。 漁師たちが命がけで獲った松葉ガニを、海外から輸入された冷凍ズワイガニと同じように扱われては困るという想いから、漁業組合が認め、漁師によって、獲れたてのカニに船上で1匹ずつ付けられているのだ。 タグには漁港名と漁船名が記載され、京都産は緑色、兵庫産は青色、越前ガニは黄色のタグと決まっている。 所で、私もきょう初めて知ったのだが、間人の読み方を知っている人はどれ位 いるだろうか。 間人港はタイザコウと読む。 不思議に思ったので 由来を調べてみた。 間人という名前は、用命天皇のお后で 聖徳太子の生母の穴穂部間人(ハシウド)皇后からきたもの。 皇后は蘇我氏と物部氏の乱を逃れるため、当時 大浜の里と呼ばれていたこの地に来ていたが、争いが治まり 大和に帰る時に、自分の名をとって、ここを間人村(ハシウドムラ)と名付けた。 所が、村人たちは、皇后の名を口にするのは恐れ多いとして、皇后がここを退座された事にちなんで、(タイザ)と呼ぶようになったと言われている。 全国には珍しい読み方の地名は多いが、これなどは、由来を知らなければ、全く読めない地名の一つだろう。
2005年01月17日
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今年初のMASHのレッスン。 氷雨降る寒さの中、練習場へ。 本当は2時10分からだが、きょうは声楽の原田先生をNHKの文化センターの講師として紹介する為、1時の待ち合わせで出掛ける。 4月からの講座でスタートの予定だが、担当者に会って貰い、話を進める。 毎月第1週は、受付として江頭さんに来て貰っている。 彼女は50代の女性で、とても世話好きで 助かっているが、世間の他のオバチャン同様 ややデリカシーに欠ける所があり、困る事もある。 特に声楽の時間が困る。 他の先生でも同じだが、レッスン中に 生徒以外に私語をされると 先生も生徒も、授業に集中出来ない。 声楽家というのは、ナーバスで 音に敏感だから、以前 彼女が見学のお母さんと喋っていて、(静かにしてください)と注意された事がある。 だから私は特に気を遣って、声楽の時間には 何も喋らないようにしている。 所が彼女は、やたらと私に話しかけてくる。 私がシーッとたしなめると、その時は黙るが、すぐにまた話を再開しようとする。 私がここに居なければ済む問題だと、きょうは途中から教室を出た。 読みかけの本を片手にロビーに出たら、3ページも読まないうちに、どこからか、ジイサマ バアサマが湧いてきて いつもは静かなロビーが、たちまち戦場のようになってしまった。 ジイサマは おとなしいが、バアサマたちは、みな自己主張が強く、てんでに自分の事を大声で話しだす。 調べてみると、この白髪の軍団は、大學の合唱団の卒業生たちで、OB(?)コンサートの練習に来ているらしい。 丁度 休憩時間で 教室からぞろぞろ出てきた模様。 何で出て来るんだよ、教室で休憩取ってればいいんだよと言いたくなってしまう。 久しく 街中では鳴りを潜めていた、オバチャン・バアチャンの傍若無人公害に遭遇してしまった。 仕方がないから、大練習室のレッスン風景でも見て 時間を潰そうと、廊下の隅に移動した。 私達が使っている教室は地下2階にあるが、その下の地下3階に大練習室があり、廊下にある窓から 練習風景を見る事が出来る。 いつもここでは オーケストラのリハーサルや社交ダンスの競技会などをやっており、暇な時はよく覗き見を楽しんでいる。 衣装をつけず、みな 私服なので、最初は分らなかったが、どうやらオペラの練習らしい。 間もなく、持っている小道具から、モーツアルトの「魔笛」だと分った。 何度もやり直しをしている所は、鳥刺しパパゲーノが自殺を図るシーンらしい。 演じているのは西日本オペラ協会のメンバーのようだ。 主役の2~3人の声は、厚いガラス窓を通して微かに聞こえてくるが、あとの声は全く聞こえてこない。例えば4~5人で一緒に歌っていても、聞こえない。 こんなに声量に差があるのかと驚いてしまった。 でも、うちの教室で言えば、林君ならきっと上まで聞こえてくるだろうとも思った。 あとで 掲示板のポスターを見たら、オペラコンサートは今月21日。 あと5日しかないのに、間に合うのだろうか。 声楽のあとのレッスンは、ダンス。 最近気になっている事がある。 最年少の桃子チャンは、真面目に 一生懸命レッスンに取り組んでいるが、あとの二人からは真剣さが感じ取られない。 先生に対して、友達感覚で、物の言い方もタメ口だ。 ダンスの途中で冗談を言ったり、先生にじゃれついたり、勿論 和気藹々も必要だが、度が過ぎると、遊び半分になってしまう。 生徒に真剣さがないと、先生の方もつい 手抜きになりかねない。 この辺り、少人数クラスのいい所と悪い所が、どちらも出ている。 しかし このままだと 真剣にやっている桃子チャンに対しては いい影響を与えない気がする。 何れ 折をみて、二人には注意する必要がありそうだ。
2005年01月16日
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以前 あるアンケートで、戻るとすれば、小・中・高と大学時代の どの時代に行きたいかと問われた事がある。 その時は、大学時代と答えた。高校時代だと、大学受験が大変だし、私はある事情で 大學で出席皆勤をしてしまったので、やり直すとすれば、もっと遊びの部分の多い学生時代を過ごしてみたいとも思ったからだ。 でも 昨日 ある映画を観たら考えが変った。 小学生時代に戻りたい。 勿論 今の小学生のような生活ではなく、塾もなく ゲームもない 昔の のびのびとした子供の生活をもう一度経験したいと、しみじみ思った。 昨日観た映画5本の内の1本は 「トム・ソーヤの冒険」(73) 原作は 御存知マーク・トウェインの児童文学の名作だが、この映画では、ミュージカル仕立てになっている。 ミシシッピー河畔に住む トム・ソーヤは、早く両親に先立たれ、叔母さんの家で その子供2人と暮らしているが、優等生で品行方正な イトコ達と違って、夕方遅くまで遊び歩き、いつも 罰として夕食を抜かれたりしている。 その 遊び相手は、孤児のハックルベリー・フィン。 彼は樹の上に小屋を作って そこで 1人で生活している逞しい少年だ。 二人は釣りをしたり、イカダに乗ったりと 終日 遊びに没頭して 飽く事を知らない。 ある日 二人は、夜の墓地で殺人を目撃する。 インディアン・ジョーが医者を殺し、酔っ払って意識のないマフに ナイフを握らせて、罪をなすりつけていたのだ。 縛り首寸前のマフのために 法廷で 真相を喋ったトムはジョーから命を狙われる事になるが・・・。 自由奔放で 何物にも捉われない二人の生き方が、主題歌に乗って、のびのびと描かれている。 (人生一度の輝く自由な日々) この曲を聴いていて、何だか 今の子供達が気の毒になってきた。 今の小学生の中に 輝いていて 自由な日々を送っていると言い切れる子供が 何人いるだろうか。 やれ 塾だ、部活だ、ピアノだ、英会話だと 大人並みの いや それ以上の過密スケジュールに振り回されている子供達。 我々の子供の頃は、日が暮れるまで、広場で遊んでいて、母親が(夕ご飯だよ~)と呼びに来て、初めて家に帰るという毎日だった。 今の子供達には 遊ぶべき広場もないし、遊びと言ったら、ゲームセンターか自宅のファミコンゲーム。 これで 彼らは幸せなのかな~。 私が帰るとしたら、昔ながらの小学生時代だし、今の子供達にも、その楽しさを 味わあせてやりたい。 もう1本の映画 「ホテル・ハイビスカス」(02) こちらは、トム・ソーヤと違って 小学校3年生の女の子が主人公の映画。 沖縄に住む小学生の美恵子は、お転婆で活発な女の子。 いつも クラスの男の子を引き連れて 森の精キジムナ探しに余念がない。 男の子達がビビる 立ち入り禁止の米軍基地にも 柵のすき間から 平気で入って行く。 きょうも 熱射病で行き倒れの本土の旅行者の青年を助け、自宅に連れてくる。 彼女の家はホテル。今はすっかり さびれ、客用の部屋は一つだけ。 あとは全部、家族が占拠している。 家族は いつも咥え煙草のオバア、バーで働きながら一家を支える美人のカアチャン、三線が得意なトーチャンはビリヤード場を経営しているが殆ど客がいなくて いつも 店で寝ている。 そして3人の子供は全員 父親が違う。 美恵子はトーチャンの子だが、ニイニイは黒人とのハーフ、ネエネエは白人とのハーフだ。 そんな国際色豊かな家族が、なんの わだかまりもなく、明るく暮らしている。 長男はボクサーを目指して ジムに通っていて、久し振りに基地に戻ってきた黒人兵の父親が、会いたいと手紙を寄越しても、全く無関心で、父が 基地の金網越しに、大声で名前を呼んでも知らん顔で、その前を 見向きもせずにランニングしながら通り過ぎる。 長女が突然 白人の父親に会いたいと言い出して、母と二人でアメリカまで会いに行くが、トーチャンはそれを明るく送り出す。 美恵子は、子分の男の子や大人の前でも、平気で ブーブー おならをするような自然児というか、今どき珍しい子供らしい子供だが、オーディションで3000人の中から選ばれた新人が、演じるというより、役になりきっている。 普通 本土から旅行者が来たというような設定だったら、彼の目から見た沖縄とか、本土人と沖縄人との交流といった、何らかの形で主役の1人になるものだが、ここでは彼は全く無視され、いてもいなくてもいい存在になっている。 この映画は、完全に美恵子が主役の 沖縄キッズムービーである。 基地問題など、深刻な題材を内包しながらも、重く感じさせないのは、偏に 沖縄の太陽(空)と海の明るさのせいだろうか。 昨日は、明るく自由に生きている少年と少女、この東西の二人の子供から元気を貰った。
2005年01月15日
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戦(いくさ)なき 世を歩みきて 思ひ出づ かの難(かた)き日を 生きし人々 いつもより ゆっくり歩く帰り道 二人の影が だんだんのびる 2首の歌は、今年の歌会始で披露されたもので、上が天皇陛下の お作、下が全世界の2万7千首の応募作の中から、10首選ばれた入選歌のうち最年少、大阪府の中学生 中田久美子さんの作品である。 今年の お題は(歩み)だった。 私の本名が(歩)なので、特に興味があった。 クリスチャンの父が好きだった 賛美歌の(光に歩めよ)から命名されたもので、男が生まれても 女が生まれてもこの名を付けるつもりだったらしい。 父の葬儀の時に、生前故人が好きだった賛美歌として 母が選び、皆で歌ったが、私はその時初めて この歌を聴いた。 いつも 太陽の光の中を歩いて行きなさいという意味のようだが、ネオンの光の中ばかり歩いて、私が結婚をしていないのが、最大の親不孝だと 親戚のみんなに言われたというのは、以前ここに書いたような気がする。 歩という名は 女の子に多く、男の子では評論家の大宅壮一さんの子息や俳優の江原慎二郎さん・中原ひとみさん夫妻の息子さんがそうだったが、恐らく二人とも 小さい頃は何となく恥ずかしい思いをしたのではないだろうか。 いまでも病院の待合室で、大きな声で、アユミさんと呼ばれると、思わず周りを見回してしまう。 会社を辞めた時に これからは歩くのではなく、思い切って空を翔ぼうと、翔一と言う名に改名しようとしたが、当時はまだ 翔という漢字が 人名用に許可されてなかったので、戸籍はそのままで、通称名だけ変更した。 その後 人名として許可され、今では 翔を使った名前が男の子の名前のトップだとか。 私には先見の明があったのだろうと・・・これはちょっと自慢。 話が逸れたが、来年の歌会始の お題は(笑み)。締め切りは9月30日で、宛先は〒100-8111 宮内庁とある。 ちょっと この郵便番号に興味があったので調べてみたら、宮内庁以外にこの番号を使う所はなく、初めの100番というのは、小笠原諸島や八丈島など、東京都下の9つの島に限られていた。 きっと これ以上 人口が増える恐れがなく、番号の変更の必要がないからと 選ばれたのだろう。 きょうは外出せず、ビデオで映画三昧。何と5本も観た。 そのうちの3本。 「ブラボー火星人2000」(98) 日本未公開の映画。 失敗ばかりして仕事を干されているテレビ局のディレクターが、たまたま 車で帰宅中にUFOの不時着現場を見てしまう。さあ特ダネだと勇んだ彼は上司に報告するが、信じて貰えない。その上、何とか機体を修理して 地球を脱出しようとする 持ち主の火星人が彼の家に転がりこんでくる。 飛んで火に入る何とやらで、彼は火星人を匿うと共に、密かに彼の行動をカメラに収める。普段は人間に変身しているが、入浴中とかは、火星人の姿のままだ。 ある錠剤を呑むと、自由に変身出来るのだが、この辺は ふんだんにCGの技術を使った撮影が楽しい。 また ディレクターにアイスクリームをご馳走になった火星人はすっかり それに はまってしまい、ある店では密かに忍び込んで、店中のアイスを全部平らげてしまう。 それに 火星人が着ていた洋服が勝手に1人で動き出し、洗濯機や乾燥機に入って遊ぶなど、監督の遊び心が随所に見られる。 火星人の存在はやがて 政府に知られるところとなり、軍隊を出動させて捕獲に乗り出すが、ディレクター氏は 特ダネはそっちのけで、火星人の地球脱出に手を貸そうとする。果たして この火星人は、無事 故郷の火星に帰る事が出来るのか。 「誰かに見られてる」(87) 大富豪の令嬢が、自宅で開いたパーティーで ボーイフレンドの有名タレントが、マネージャーに殺されるのを目撃してしまう。犯人は彼女に詰め寄り、面通しで俺を指差したら殺すぞと脅す。 しかし彼女は勇敢にも、彼が犯人だと警察ではっきりと証言する。 その日から 証人保護の為、彼女の豪邸には警護の警官が24時間張り付く事になる。 選ばれたのはイケメンの刑事。 彼は元警官の妻と、幼い息子の3人で幸せな家庭を築いていた。 しかし 金持ちの令嬢とイケメンの刑事が24時間一緒にいれば、なるようになると言うのが常で、二人はやがて恋に落ち、離れられなくなる。 そんな折、弁護士の力で仮釈放を勝ち取った犯人は、何とか令嬢に復讐しようと、殺し屋を差し向けたりするが、その殺害に失敗すると、刑事の留守宅を襲い、妻と息子を人質にして、令嬢を連れて来るようにと刑事に要求を突きつけてくる。 果たして刑事の家族の運命は、そして令嬢と刑事の恋の行方は・・・といったサスペンス・ロマンス映画。 公開時、邦題がおかしいという議論があった。確かに 原題のTO WATCH OVERは (見られる)というより、(見守られる)の意味で、映画の内容からいっても、(見守られている)か (守られている)の方が適切だろう。 「阿修羅のごとく」(03) かつて NHKで放映された向田邦子原作・脚本のドラマを森田芳光監督が映画化したもの。 女ばかり4人姉妹の一家で、突然三女(深津絵里)から 全員へ召集がかかる。 実は70歳を超える父(仲代達矢)に、愛人と子供がいるというのだ。 心優しい母(八千草薫)に知られる前に、何とかしようとの相談が始まる。 母に内緒で集まった場所は、唯一結婚している次女(黒木瞳)の家。 相談に参加した只1人の男性、次女の夫(小林薫)は、(子供を育て、何年も真面目に働いて家を立ててきた人生で、ほんの少し 艶のある事を楽しんでも何が悪い)と義父を擁護するが、自分自身、会社の美人秘書と不倫をしていた。 また未亡人の 長女(大竹しのぶ)は、生け花の先生をしているが、仕事先の料亭の主人と不倫中。 四女(深田恭子)は、デビュー前のボクサーの子供を宿し、同棲中と、姉妹それぞれに 複雑な問題を抱えて生きている。 原作でもそうだが、森田演出は こんな姉妹の間柄の葛藤を淡々と描いている。 このドラマの中の唯一の救いは、三女が 父の調査を依頼した興信所の社員と交際を深め、やがて結婚するという話。 お互いに恋に不器用な二人が結ばれる所は、やや演技過剰な感じがしないでもないが、微笑ましい。 最後に母の死後、墓参りの墓前で、次女の夫が(女は阿修羅だね)と呟く言葉が、この物語のテーマになっている。 阿修羅とはインドの民間信仰で 争いの象徴とされる神で、表面的には礼節を重んずるように見えるが 実は猜疑心が強く、互いに事実を偽って、他人の悪口を言うような姿だが、この映画を観る限り そのようなドロドロしたものはなく、むしろ心地よい家族愛を感じたのは私に家族がいないからだろうか。
2005年01月14日
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今年初めての「ミカの会」。幹事は先月に続いて安部さん。 会場は西中洲の新しく出来た「スタンダード」という イタリアンとフレンチをミックスさせた炭火焼き 自然料理の店。 新しい店というので すぐ分ると思って店の名前などチェックしないで行ったら、見事に迷子になってしまった。 というのは、その辺りに プレハブ作りの新しい店が、沢山出来ていたから。 小さな路地に、ちょっと来ないうちに 洒落た店がいっぱい誕生していて すっかり様変わりしている。 でも安部さんは、よくこんな穴場を知っているなあと感心する。 元々大分の人なのに、博多の私より遥かに詳しい。 これもNHKの情報収集力か? 。 奥の個室に集まったのは男性6人と女性3人。 料理は、いわく言い難しだったが、キャロットさんら二人の 素敵な和服姿に見惚れ、前に座った酒豪たちの飲みっぷりにつられて ビール、ワイン、焼酎のロックをガブ飲みし酔っ払ってしまった。 暮れから体調が思わしくなく、元旦から、お屠蘇を初めアルコールを自粛し、6日の「一つ有る会」以外は飲んでいなかったので、その反動かもしれない。 2次会は、先月 安部さんの紹介で行った、隠れ家的カフェバー。 すっかり気に入ってしまったので、先月行かなかった 神谷君ら全員を引き連れて繰り込んだ。 生憎、アメリカ人のマスターは里帰りしていて不在だった。 ボストンに帰ったのなら(ボストンバック)だなどと、寒いオジンギャグを言ったのまでは覚えているが、あとは記憶がない。 眼をつぶって 周りがくるくる回りだしたら、危険信号。 そろそろお開きにという みんなの声が微かに聞こえる頃になると、急に気分が悪くなって、トイレに駆け込み、ひとりで ご開帳となってしまった。 でも全部吐き出してしまうと、すっきりして 何事も無かったかのように家路についた。 みんなの驚く(喜ぶ)顔が見たくて、2次会に誘ったのに、感想を訊くどころか、新年早々とんだ醜態で、お恥ずかしい。
2005年01月13日
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今年初めての調理師学校の講義。 相変わらず うしろの方で、がさつな追試組2~3人が騒いでいるが、他の生徒がしているように 私も無視して授業を進める。 きょうは 接客に必要な 電話の応対のシュミレーション。 以前NTTで使ったテキストを 若干手直しして、やって貰った。 当時 NTTでは、電話交換機のコンピュータ化によって 交換手が余り、その人員を使って 一般企業を対象に電話応対教室を開いていた。 その講師を担当する 元交換手さん達(1期生)の教育を頼まれた訳だが、先方が用意したシュミレーション用のテキストの人名が、何故か 薬師丸になっている。 (もしもし薬師丸さんのお宅ですか? )といった具合。 どうして もっとポピュラーな名前にしないんだろうと思ったら、その頃 NTTのテレビのコマーシャルに出ていたのが、薬師丸ひろ子だった。 NTTでのシュミレーションでは、実際に電話器を使って練習したが、勿論 調理師学校には、そのような設備はないので、言葉だけのレッスン。 相手が応対に出る基本パターンと不在の場合、そして伝言を預かる場合など、4つのシュチエーションで練習した。 みんな 声がよく出ていて感心した。 帰りにダイエーの本屋に寄る。 昔は「青春の門」など 五木寛之の小説をよく読んだ。 「風に吹かれて」「生きるヒント」など、随筆も好きだった。 久し振りに彼のエッセイを見つけ、立ち読みした。 五木寛之は福岡県の出身、外地からの引き揚げと、共通点もあり、親しみを感じているが、最近では彼が 夜型人間で、朝 寝て 夕方起きてくるという共通点も見つけた。 随筆などで、しばしば書いているが、人それぞれの体質があるので、必ずしも 早起きが健康にいいとは言えないとまで自己弁護している。 きょうの立ち読みで驚いたのは、彼の部屋が猛烈に散らかっているとの記述。 荷物が多すぎて足の踏み場がない、積み上げた本や衣類などで床が全く見えないし、用心して歩かないと ちょっと肘が当たって、積んであるビデオやDVDの山がどっと崩れてくるとも書いてあった。 きょうは1日がかりで整理をしようと 取り掛かっても、この資料は捨てるべきかどうかと 読んでいるだけで、2時間ばかりかかってしまい ちっとも片付かないとか。 これらの記事すべてが 私に思い当たる事ばかり。 それと 旅先では、死んだら あの散らかった部屋を誰かに見られるから 絶対に死ねないと思うので、部屋が整理されていないのは長生きの為の健康法だとまで この医者嫌いの作家は言い切っている。 私も 旅行で飛行機に乗らないのは、全く同じ理由。もし落ちて死んだら、あの部屋を見られると思うと、死んでも死にきれない。 またまた 大きな共通点を見つけて、五木寛之を一層好きになった。 それにしても 夜型人間と部屋の乱雑さは、相関関係があるのだろうか。
2005年01月12日
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日本語は世界でも有数の語彙の多い言語として知られている。 例えば 花の散り方ひとつ取っても、桜は散るだが、椿は落ちる、牡丹はこぼれる(くずれる)。 咲き方でも 梅は開くではなく、ほころぶと表現する。 このように花の散り方、開き方で 言葉を換えるのは世界に類がないと言える。 単語の数は17万語だそうで、そのうち 人が一生に使う言葉は7万語と言われている。 という事は 10万語は使われない訳で、私にも 意味は分っていても 余りというより 今まで一度も使った事のない言葉がある。 最近 グルメ番組を観ていて気が付いた。 レポーターがよく使う(しょっぱい)という言葉。 勿論 標準語で、辞書にもあるが、私は仕事でも私生活でも一度も使った事がない。 (酸っぱい)という言葉は よく使うが、(しょっぱい)というのは、音感がこれによく似ていて、辛さの感じがよく伝わってこない。 例えば 梅干で言うと 塩味が効いたものは(しょっぱい)で、酸味が効いたのは(酸っぱい)が本当なのだろうか? 何だか混同しそうなので、私は(しょっぱい)という言葉を無意識で避けて、これまで(塩辛い)と表現してきた。 その方が 塩味の効いたイメージが伝わるんじゃないだろうか。 ほかにも 使わない言葉がありそうだが、最近 気が付いたのは この言葉だけ。 言葉で 思い出した事がある。 正月番組で、タレントの中山秀が 盛んに(焼けぼっくりに火が付いた)と言っていたが、あれは(焼け棒杭)の間違いではないだろうか。
2005年01月11日
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東京から元共同通信記者の飯塚氏が来訪。地元KBC九州朝日放送の緒方局長と3人で飲む。 二人とも 私の 福岡の司法記者時代の仲間だ。 飯塚氏は、共同を退職後は、父親の会社を継ぐと同時に、評論家、小説家と3足のわらじで活躍中。 毎年 この時期に、会社の九州支社での年頭挨拶と、お得意様への挨拶周りで福岡にやってくる。 地元にいながら久し振りに会う 緒方氏は、将来はKBCの社長と噂されている人物だが、我々が裁判所にいた頃は、まだ駆け出しの記者で、飯塚氏はいまだに彼の事を 当時と同じように、名前の喜七郎で呼んでいる。 全日空ホテルで落ち合い、特に予定がないというので、私の知っているブラジル料理の店に案内した。 実は 私は、きょう この店に用事があった為 強引に誘った形になったのだが、二人とも楽しんでくれたみたいだからよかった。 というのは 毎週月曜日に この店でライブをやっているボサノヴァ(ジャズ)歌手の 本田しのぶさんを、是非ジャズボーカルの講師に招きたいので、紹介して欲しいと NHKの文化センターの担当の加瀬君に頼まれていたもので、うまくドッキング出来てよかった。 店で 都合よく会った加瀬君は大学時代の友人と一緒で、彼らは早稲田の同期、飯塚・緒方両氏は慶応の同門なので、とんだ所で早慶戦となった。 しかも加瀬君ら二人は、学生時代に 共同通信でアルバイトをしていたとかで、飯塚氏とはすれ違いだったみたいだが、何かの縁を感じた。 まだ福岡に赴任したばかりの 加瀬君の友人は、名刺がなくて、名前を忘れたが、東京スポーツ(東スポ)の記者だそうで、私も 何か面白いネタがあったら提供するよと約束した。 本田さんとの交渉も 上手くいって、4月からジャズボーカル講座としてスタートする事になり、まずは めでたしめでたし。 その後、ホテルに戻って 3人でラウンジで飲み直し、帰りは緒方氏に タクシーで送って貰ったが、会社のタクシー伝票を使えばいいのにと言うのに、(私は経理担当なので、そういう訳にはいかない)と喜七郎君 相変わらず堅い 堅い。
2005年01月10日
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例によって、朝10時半に寝て夕方起床。 私にとって日曜定番のテレビ番組「笑点」を観る。 そのあと、ビデオで、洋画を途中まで観て、昨日から楽しみにしていた映画「鉄道員ぽっぽや」を観ようと思っていた。 所が ケーブルテレビの裏番組で 同じく観たい映画をやっている。そこで「鉄道員」は録画をして、ケーブルの方を観る事にした。 地上波は録画しながら 同時に他のチャンネルを観られるが、CATVの方はそれが出来ない。 きょう観た映画は「みんなのいえ」(01) 三谷幸喜が「ラヂオの時間」に続いて、脚本・監督をした作品。 映画完成当時、これはマイホーム作りのノウハウを描いた映画だと言われてきた。 しかし監督も言っているように、実際は男と男がプライドを賭けてぶつかり合う映画だった。 テレビの脚本家(田中直樹)とその妻(八木亜希子)が、郊外に土地を購入し、マイホームを建てる事になった。 若夫婦だけに、斬新な建物がいいと、設計を妻の大學の後輩のインテリアデザイナー(唐沢寿明)に頼む事にした。 彼は室内装飾専門で、家を設計した事がなかったので、この依頼に大喜び。 一方、建築の現場の仕事は妻の父親で大工の棟梁(田中邦衛)に依頼するが、こちらも久し振りの大仕事に大張り切り。早速 昔の仕事仲間を集めて、協力を頼む。 所が今風(アメリカ風)のデザインにしようとするデザイナーと昔ながらの建築方にこだわる棟梁とが、まず 玄関ドアを外開きにするか 内開きかで意見が合わないのをはじめ、建材や壁の色、和室の広さなどで、ことごとく対立。 間に立った 建て主の夫婦がオロオロウロウロする始末。 お互いに 譲れない職業意識(プライド)を持っていて、それが なかなか 噛み合わず、果たして無事に家は完成するんだろうか? といった展開を、三谷演出は 面白おかしく繰り広げてくれる。 ちょい役のゲストが多彩。 中井貴一が本人役で出演しているのをはじめ、テレビ局に出入りのコーヒー屋の役で 明石家さんま、地鎮祭の神主が香取慎吾というのもユニーク、更に前作に続いてプロデューサー役は布施明。 一番印象に残ったのは、バーテンダー役の真田広之。 客に出したカクテル ソルティドッグの塩が少し多すぎたと言って、何度も作り変える。客が(一杯分しか払わないわよ)と言っても、(自分の問題ですから)と意に介さない、そんなコダワリのバーテンダーを演じていた。 メインのキャストでは、田中邦衛の存在感は勿論、妻役の八木亜希子が好演。 フジテレビのアナウンサーで女優になったのは、以前にも二人いたが、私はこの 八木アナが一番好きだ。 まだ独身なのに、若夫婦の役を自然体で、嫌み無く演じている。 また夫役の ココリコのメンバー 田中直樹も大抜擢に応えて 初出演とは思えぬいい演技をみせている。 この映画のクライマックスは、大雨警報が発令中の建築現場。 心配で駆けつけた棟梁は、やはり やってきたデザイナーとばったり。 更に建て主の作家もやって来るが、雨中でデザイナーの車と衝突し、彼が顧客から修理を頼まれていた200万円のアンチックな西洋家具がバラバラに壊れてしまう。 何とか3人で夜明けまでに修理をしようと試みるシーンだ。 監督は、映画(ジョーズ)のシーンを頭に描いて撮ったと言っているが、私には何故か それよりも幸田露伴の小説「五重塔」のイメージがだぶって見えた。 嵐の中、自分の作った五重塔にのぼり、(俺は宮大工だ)と叫ぶ 主人公の、自分の仕事に対する誇り。それこそがこの映画のテーマだと思っていたから、監督の発言は意外だった。 とに角 全編 三谷幸喜の世界。ユーモアにあふれ笑いの絶えない作品だが、胸が熱くなるシーンもあった。 やっと完成した家の披露パーティで、ひとり 喧騒から離れ、達成感にひたっている棟梁の後ろ姿に向って 娘が一言、(お父さん有難う)という所では、ジーンと涙が溢れた。 最後に、会場から出て行こうとするデザイナーを呼び止めた いつも彼に喧嘩腰で向っていた若い大工が(俺はお前は嫌いだけど、この家は好きだぜ)と言うシーンもよかった。 三谷幸喜 良かったぜと言いたくなる作品だ。 また、何事も大量生産の粗製濫造で、丁寧な仕事振りが少なくなった現在、自分の職業に誇りを持って取り組んでいる私の楽天仲間、キャロット、神谷商店、高橋博多、KAKOヨガクラブのみなさん。それに容貌と真面目な性格が 三谷幸喜そっくりの記者タアムさんにも是非この映画は観て欲しい。 観たあと、爽やかな気分になれ、よしっ頑張ろうという気が湧いてくる映画だ。
2005年01月09日
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以前から気になっている事がある。 私は日本映画が好きで、CATVでいつも観ているのだが、いつか放送するだろうと待っているが いまだに上映されない作品がある。 それは「鉄道員ぽっぽや」だ。 原作を読んで感動し、高倉健主演で映画化された時から、いつかテレビでやるだろうと、レンタルで借りたりせずに待っていた。 きょう寝床で、何となく、衛星映画劇場か日本映画専門チャンネルにリクエストしてみようかなと思っていた。 所が朝刊の 1週間分のプログラムに眼を通して驚いた。 明日地上波のKBCで放送すると出ているではないか。 何だか、新年早々 天に意志が通じたみたいで嬉しかった。 こういう事って時々あるよね。たった今 思った事が偶然、実際に起こったりする事が。 きょうの年賀状の到着は2通。 1通は、返事が来ないので、気になっている4人のうちの1人からだった。 今年 高校受験で、塾が忙しいと言って、この所ずっと教室を休んでいる生徒からだ。 沖縄で撮影した 彼女のDVDが発売され、東京の事務所から届いているのだが、やる気がなさそうなので、まだ本人には渡していない。 男子の生徒が、同じ学校なので 届けましょうかと言っているが、本人がどうしても観たいなら言って来るだろうからと、待たせてある。 今度も、年賀状の返事をくれないような奴だったら、渡す必要はないと思っていたのだが、きょう来たので 今度のレッスンの日に、その男の子に ことずけようと、気が変った。 DVDを観て、また やる気が出るかもしれない。 もう1人、生徒で 返事を寄越さない者がいる。 その子には、小豆島で撮影したDVDを 暮れに郵送したのだが、何の音沙汰もない。 何らかの反応があるまでは、放っておこうと思ったが、レッスンのスケジュールをFAXしなければならないので、不本意ながら、きょうメールを送った。 まだ4年生だが、こういう事にうるさい 芸能界で生きてゆく為には、本人に伝えてやるべきかな? と迷っている。
2005年01月08日
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元旦から昨日まで お雑煮以外のものを食べてなかった。昨日は「一つ有る会」で、何だかオードブルみたいなものをたくさん食べたが、結局今年になって まだご飯を食べてない。 元旦に作った雑煮は、出汁が少し濃かったので、毎日少しずつ水を加えていくと、段々 味がよくなってきた。 この季節 腐る事はないので、おでんの種と同じく、火を通しておけばいい。 あとは 具である鶏肉、かまぼこ、しいたけ、ほうれん草を加えるだけでいいから、ずぼらな私には ぴったりだ。 6日間食べ続け、そろそろ 雑煮ともオサラバしようと、きょうは年末に冷蔵保存しておいたご飯を入れて、七草粥ならぬ 雑煮入りオジヤにした。 そういえば 皆さんは、春の七草は御存知だろうが、私は毎年 調理師学校の試験に出している。 調理師を目指す者だったら常識として知っておいて欲しいから。 一度 講義で教えて(ついでに秋の七草も)、春の方だけを試験に出す。 57577の和歌の形式で覚えると簡単だ。 はっきりと覚えてない人の為に、一応書いてみたい。 セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ ハルノナナクサ ハギ、ススキ、キキョウ、ナデシコ、オミナエシ、クズ、フジバカマ アキノナナクサ 所で きょう届いた年賀状は14枚。うち1枚は、こちらから出していない人だったので、すぐに返事を書いて郵便局に持って行った。 賀状の中には、2日に投函したという柴チャンの分が入っていた。 昨日の「一つ有る会」で みんなから、賀状が来てないぞとブーイングが出て、2日に出しましたよと必死に言い訳をしていた分だが、きょう届いてほっとした。 賀状の中には6日の消印のものもあったから、恐らく普通郵便のポストに入れたものの方が早く着いて、賀状用ポストに入れたものが遅れたのだろう。確かに出したという 長野さんのハガキは、きょうも届かなかった。 柴チャンに早速メールで伝えると、市内で5日もかかるなんておかしいと憤慨していた。 私がきょう返事を出した賀状も 佐賀県宛てで、賀状用ポストに入れたので、かなり遅れるかもしれない。 そういえば、私宛の賀状は毎年、20日過ぎまで来る。 勿論 日を追うごとに、段々少なくなっていくが 明日は何枚ぐらい来るだろうか。 こちらが出したのに返事が来ないのも、多少だが有る。去年仕事でお世話になった方へのお礼状を兼ねての賀状、特にお役所関係などは まず絶対に来ない。 また こちらが、最初から返事を期待していない場合もある。病気の方へのお見舞いの賀状などだ。 突然 声が出なくなって、現在 娘さんの所でリハビリ中の、ダーク・ダックスのマンガさんには毎年、早く良くなってメンバーに復帰してくださいと激励のハガキを出しているが、これは返事を期待してのものではない。 しかし、当然 返事が来る筈と期待している人から来ないと、前にも書いたが、少し 付き合いに距離を置かなければならないかなと考えてしまう。 そういう人が 今の所、男性1人、女性3人いて 気になっている。
2005年01月07日
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天神で買い物をする為、早めに家を出ようと思っていた。 所が、私の悪い癖で、出掛けにまた 探し物だ。 あせればあせろ程 出て来ない。 一つは新入会員に記入して貰うメンバー表。 もう一つは小銭入れ。結局 探し回っているうちに、バスの時間は過ぎてしまい、またタクシーで行く破目になってしまった。毎度の事だ。 折角 ストレスのない毎日を送っているのに、物を探す時は、実にイライラする。 たった今 手に持っていた筈の物が見付からなくなる事もある。 これも、部屋が散らかっているせいだ。 今年は要らない物はドンドン捨てて、部屋をスッキリと整理しよう。 とまあ これは毎年思っている事だから、どこまで実現出来るか 自分でも疑問だ。 タクシーで天神に出て、時間が厳しかったが、本屋に カレンダーを買いに行った。西武ライオンズと井上和香のものだが、やはり天神、ちゃんと見付かった。但し2軒は売り切れで、3軒目にやっと見付かったのだが。 売り切れといえば、天神に出ると必ず まとめ買いをするアメリカの はちみつまぶしのピーナッツ。 店の人の話では、きょう 初荷で届く筈だが まだ来ないとの事で 断念した。 教室の生徒にお年玉代わりにプレゼントしようと思ったのだが、初レッスンの16日までに また出て来る事もあるだろうから、その時にしよう。 最近 売れ行きがいいらしいが、まさか「じゅじゅたんさん」が買い占めているんじゃないだろうな。 そんなこんなしているうちに、会の始まる時間を大幅に遅れて、会場のホテルに到着した。 いつも出足が遅く、開始が遅れるし、みんな勝手知った人ばかりだから、私がいなくても、適当に始めていてくれるだろうと思っていたが、私が到着した時は珍しく大勢の人が集まっていた。 しかも新しいメンバーが3人も。 自画自賛になるが、この会のいい所は、老若男女 来る者拒まずで、毎月(きょうはどんな人が来るだろう? )という 新しい出会いを期待出来る所なのだが、一時はメンバーが固定してしまってマンネリに陥っていた。 それが最近になって 新しい人がまた入って来るようになり、活性化してきた。 年度が変る4月からはホテルに値上げを言い渡されており、新しい会場を探すか、いっそ止めてしまおうかとも思っていたが、きょうのように大勢の方に来て頂くと、考えてしまう。 それと最年長の社労士 塩崎さんの存在。 会で 塩じい と呼ばれ皆に親しまれている塩崎さんは去年 大病を患い、入院されていたのだが、誰よりも出席率がよく、この会を楽しみにしてくださっている。 実は、昨日を木曜日と勘違いして、たった一人で遠路、会場を訪れ、ホテルの人に、あしたですよと言われて気がつかれたそうだ。 そんな話を聞くと 辞められなくなってしまう。 それに きょう 初参加の3人の女性は、みな素敵な人ばかりで、会に新風を吹き込んでくれた。 左端がKAKO先生 特に楽天のHPでしか存じ上げなかった、ヨガクラブのKAKO先生は、年齢不詳だが、元気いっぱい パワーにあふれ、それでいて品が悪くない。 バストは ○カップで、ご立派なのに ウエストが、55センチと、まさにヨガ教室の歩く広告塔のような方。早速男性会員の中からヨガを習いたいという人が出てきた。 閉会後は紅一点の長野さんと男性数人で、いつもの(Be)で、2次会。 用心して 元旦から1滴も 酒を飲んでいなかったが、焼酎とカクテルのがぶ飲みで、あすの体調が心配だ。
2005年01月06日
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相変わらず1日2食の食事は 雑煮。 単に雑煮が好きという事と、何か作るのが面倒くさいだけ。 きょう届いた年賀状は20通。 きょうは 何だか訳の分らない映画を ビデオで観た。 この手の映画は洋画に多いが、作者の独りよがりというか、分る奴だけ付いて来いという感じで、私は余り好きじゃない。 絵画でいうと抽象画に当たるのか。 絵の場合は何が描かれているかというより、如何に描いているか、つまり 頭で理解するより、心で感じる部分があってもいいとは思う。 筆使いとか色彩感覚だけを鑑賞するものもあっていい。 しかし映画となると やはりストーリー性、何をテーマにしているかが明確に示されないと、観ている方が疲れる。 絵と違って2時間前後の時間をかけて鑑賞し、結局何が言いたいのかが分らないと欲求不満が残り、後味が悪い。 映画は芸術であると共に、娯楽でもあるのだから。 私の場合は、考え込んだり 暗い気持ちになって映画館をあとにするより、爽やかな気分で劇場を出たいと思っている。 何だか後味の悪い きょうの映画は「裸のランチ」(91) クローネンバーグ監督が、筋らしい筋がなく 映画化は不可能といわれたW・S・バロウズの小説に挑んだもので、主人公は害虫(ゴキブリ)駆除の仕事をしている男。 舞台は1953年のニューヨーク。 駆除薬が急激になくなり、手に入らなくて困った男が調べてみると、妻がそれを麻薬として使っていた。 やがて彼も駆除薬使用の疑いで警察に連行される。 そこに巨大な虫が現われ、彼にスパイ活動と報告書の提出を強制する。 もともと作家志望だった男は、小説の形で報告書をまとめ始めるが、タイプライターが突然大きな虫になり、彼に喋りかけてくる。 その他 グロテスクな虫や怪物が次々と登場。 何だか混乱してストーリーが全く読めなくなる。 そこで 何故か 私が思い出したのが、カフカの(変身)。 あの小説は、主人公が ある日突然 虫になるものだが、こちらは、主人公はそのまま、周りがみんな虫になるという奇怪なもの。 難解な映画は、最初から もう一度観ると分る事もあるが、変な虫がぞろぞろ出て来る映画なんてもう観たくない。 それでも(キネマ旬報)のベストテンで、この映画を2位に推薦した評論家が二人もいたのには驚いた。 こちらは新年早々 変なものを観たと思っているのに。
2005年01月05日
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昨日はテレビを観たり、インターネットを調べたりで、何となく寝そびれて、新年早々、また完徹してしまった。 さて、3ヵ日が終わり、今年初めて外出した。 まず 銀行に振込みに。そして本屋へ。 カレンダーを探しに、車で 比較的近い樋井川と平尾の2軒に行ったのだが、お目当ての物がなかった。 天神の本屋には、どこもカレンダーのコーナーがあり、たくさん品揃えしてあるのだが、都心を離れると駄目なんだなあ。 我が家では毎年、リビングにライオンズの物を、寝室には ちょっと色っぽい物を飾るようにしており、今年は寝室の方は井上和香チャンの物にしようかなと思っていたのだが、どちらもなかった。 今度 天神に出たら買って来よう。 毎日の年賀状、きょうは18通来た。そろそろ、こちらが出した物の返事が来始めているが、出さなかった人からも1通あった。 私は年に一度の年賀状には、コダワリを持っている。 勿論 例外もあるが、こちらが出したのに、何の反応もない人は、私と付き合いたくないと思っているのだなと判断して、その後の付き合いにも距離を置く。 逆に 前年 初対面で、一度しか会ってなくて、こちらから出さなかった人から頂くと、今後もいいお付き合いをしたいと思って頂いているのだなと、恐縮してすぐに返事を書く。 一昨年 結婚式の司会をさせて頂いた ご夫婦からは、昨年に続いて今年も嬉しい便りが届いた。 披露宴の司会だけのお付き合いで、それ以前に面識はないのだが、新郎はジャイアンツの小久保選手にそっくりだった。小久保選手と同じくマナーのいい人なのだろう。 奥様も感じのいい人で、二人は修猷館の同級生だった。 実はこの結婚式のギャラはまだ頂いてない。二人は何も御存知ないが、間に立ったホテルの若い女性が、私に振り込まず、持ち逃げしてしまった訳で、勿論 この女性からは年賀状も来ない。 こんな所で、人間としての質の差が出るね。 私の教室の生徒や卒業生で、こちらが出したのに挨拶が返って来ない者は、はっきりと心の中で縁を切る。 それまで、テレビや舞台などの仕事を回していても、それ以降は絶対に、仕事を振らない。 テレビや芸能界はマナーにうるさい世界だ。 本来なら、自分から出すべき師匠からのハガキに、返事も書けない奴は絶対に業界で生き残っていける訳がない。 うちの生徒は、比較的礼儀正しい子が多いのだが、今年は二人ほど まだ賀状が来ない生徒がいる。あと1週間ぐらいは結論を出さず 待ってみる積りだが、どちらも上下関係がハッキリしていて、マナーにうるさい あの宝塚志望の女の子だけに、先行き不安というか 残念だ。
2005年01月04日
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インド洋の津波の被害に対して、ドイツが これまで最高の義捐金を送ったというニュースを聞いた。 何だかとても嬉しかった。 第2次世界大戦で ナチス ドイツは あれだけ多くのユダヤ人を虐殺したのだから、今度は多くの人を助けるために貢献すべきだと思う。 湾岸戦争だイラクへの制裁だと、世界中の自由主義国から大勢の軍隊が派遣されているが、今度のように、災害の救済の為に、世界の国々が、競って 人員の派遣や物資の援助に惜しみなく大金を差し出す姿をみていると、改めて 地球の元に、人類はひとつ と感じられてホッとする。 そういえば 韓国は救援の為に協力しているが、北朝鮮は何かしているのだろうか。自分の国の事で精一杯で、そんな余裕がないのかもしれないが、それでは 国際社会で ますます孤立すると思うが。 きょう観たビデオの娯楽映画で、今は亡き友人の姿を発見して懐かしかった。 その映画は 「私と私」(62) 東伊豆に慰安旅行に出掛けた芸能人一行(クレイジー・キャッツ)は、余興の飛び入りを頼んだバスガイドさんが、歌が上手いのに驚き、東京のスタジオに 歌手のテストを受けに来るように勧める。 数日後 そのうちの1人で、伊豆のゴルフ場にやって来た作曲家が、売店で働く 先日のガイドを発見し、声を掛けるが、話が通じない。 それもその筈、二人は双子の姉妹だったのだ。 幼くして両親を失った二人は、1人は父親の戦友の元に引き取られ もう1人は 金持ちの家に養女として貰われていたのだ。 姉妹がいる事を知らずに育った二人だったが、この出来事がキッカケになって、東京のスタジオで再会。 どちらも歌が上手な事を知った 芸能プロの社長は、二人を組ませて、ザ・ピーナッツという名前でデビューさせる事になった。 勿論 主役はザ・ピーナッツの歌謡ミュージカル映画だ。 この映画に 舞台で歌う本人役で出演しているのが 井上ひろし。 年代的には、私と盛んに飲み歩いていた頃の作品で、何だか あの頃にタイムスリップしたみたいで、懐かしかった。 彼との出会いは、大学時代。 映画の大部屋女優をしていた 大学の先輩から、(君に雰囲気がよく似た歌手が歌ってるよ)と紹介され、有楽町のショッピングセンターにあった ニュース喫茶に観に行ったのが最初だった。 ニュース喫茶とは、ニュース映画を上映し、歌のライブも楽しめるという喫茶店で、彼は(桜井輝夫とドリフターズ)というバンドで歌っていた。 私が福岡のテレビ局に就職してからも付き合いは続き、巡業で福岡や小倉に来ると、必ず毎日 飲んだりプールに泳ぎに行ったりしていた。 飲んでるうちに 旅館の門限が過ぎてしまい、私の部屋に泊まった事もあった。 私が小倉の大手のデパートで イベントの司会をしている時、観に来てくれたのはよかったが、目ざとい女性ファンに見付かり、慌てて屋上に逃げた彼の後を追って、みんな屋上に行ってしまって、折角集めた客が全然いなくなるというハプニングもあった。 当時 彼は、リバイバルの(雨に咲く花)という曲がヒットし、守屋浩 かまやつひろしと共に 3人ひろしとして日劇のウエスタンカーニバルに出演するなど、人気も最高潮だった。 ある時 鹿児島から電話があり、興業主が売り上げを持って逃げてしまったので、帰りの旅費を貸してくれないかとの事。 2日程オフが有るというので、小倉まで来て貰い、一日は山口の海水浴場で泳いだ。 一緒にいた司会の神谷さんは、その後 西郷輝彦の専属司会者となり、私が西郷と知り合う橋渡しをしてくれたが、その後、肝臓を患って亡くなった。 海水浴場で、3人で写った写真が残っている。 芸能人は普通 借りたものは借りっ放し、返さないのが当たり前のように思われているが、井上ひろしは 東京に帰るとすぐに旅費を返してきた。そればかりか お礼として ネクタイの贈り物まで添えて。 そんな彼の 芸能人らしくない律儀な所が好きだった。 彼と一緒に飲んでいて、不愉快な思いをした事は一度もない。 普通 芸能人は 飲みに行っても 女の子にしつこく迫ったり、ホテルの部屋に来るように誘ったりするものだが、彼には そんな所が、一切なかった。 その辺が 同種の私とフィーリングがあった 一番の理由かもしれない。 コーラスのダークダックスとは、学生時代からの長い付き合いで、昔はよく4人を 中州の(薊)など高級クラブに案内した。 その代わり、私が上京すると、4人でご馳走してくれた。 1対4ではバランスが取れないと思ったのか、ある時 (誰か友達を連れて来いよ)と言われた事がある。 私が、丁度 仕事の入っていなかった井上ひろしを連れて行くと、みんなが(何だ 友達って女性じゃないのか?)と驚いていた。 私としては芸能界の大先輩であるダークに、ひろしを うまく引き立てて貰おうと目論んだのだが、礼儀正しい彼をすっかり気に入ってくれたようだった。 そんな彼が亡くなって もう何年になるだろうか? そういえば 私が親しくお付き合いをする芸能人は、みな性格がいい人ばかりだ。 私が1年間 ワイドショーの司会でご一緒した、立川澄人さんも、真っ直ぐな人だった。 隠し事をしたり、嘘をついたり出来ない人で 時々困る事もあった。 私が大學の後輩から貰った手紙の ほのかな香水の匂いが気になって、アシスタントの女子アナに嗅いで貰い、銘柄を訊ねいるのを楽屋で聞いていた立川さんが、本番でいきなり暴露した事もあった。 その後輩は、銀座のソニービルに勤めていて、当時週刊誌数誌に(銀座小町)の名で紹介されていた超美人。 事も有ろうに、生放送の本番で、いきなり(彼はいま銀座小町と付き合っています)と言い出して 私をびっくりさせた。 ローカル放送だからいいようなものの、もし全国放送だったら、彼女のお母さんから、抗議の電話があったかも。 でも 立川さんの 真っ直ぐな所が好きだった。 彼は 酒も飲まず、健康には人一倍気を遣っていたが、若くして逝ってしまった。 同じ番組で準レギュラーだった三遊亭歌奴さん(当時は歌雀)も、昨年春 亡くなった。 真打昇進の時も、歌奴襲名の時も 私は上京してお祝いに駆けつけた。 上野の精養軒での披露宴で、偶然 隣に座った漫才師の内海桂子さん。 自分では飲まずに、ひたすら 恐縮する私のグラスにビールを注ぎ続けてくれた。 何年後かに もし出会えたら、(あの時ビールを注いで頂いた者です)と自己紹介しようと思っていたのに、彼女も帰らぬ人となってしまった。 歌奴さんは 落語界でも有名なおねだり上手で、人懐こい笑顔でおねだりされると、大抵の人は、腕に付けている時計を外して プレゼントしてしまうと聞いた事がある。 でも私は おねだりされた事が一度もない。 それどころか、東京では色んな所で、ご馳走になった。 浅草の(暮六つ)という店では、丁度 出初式帰りの 纏を持った消防士の一団と同席になり、江戸情緒を味あわせて貰った。 また共通の知人である 故高砂親方のチャンコの店にも案内して貰った。 ただ 上野のダンスホールに連れて行かれた時は、ちょっとばかり戸惑ったが。 数年前、私の高校の後輩の 柳亭燕路を連れ出し、3人で飲んだことがある。 師匠の小三治と同格の歌奴さんに、やたら気を遣っている燕路を 優しく見守ってくれていた彼の姿を思い出す。 (善人は若死にする)と言われるが、本当に生きていて欲しかった人ばかりで、やはり芸能界という所で、善人でいるには相当ストレスが溜まるものなのだろうか。 私が親しくしていたタレントで 最も若くして亡くなったのが 堀江しのぶチャン。 昨年まで (巨乳プロと呼ばれる)イエローキャブの社長をしていた野田さんが、彼女のマネージャーをしていた。 まだ10代だった彼女は、お酒は飲めなかったが、初体験のビアガーデンやオカマのショーパブにも連れて行った。 野田さんに誘われて 久米島の撮影会に同行した時は、大勢の観光客のいる所で、アユミちゃ~ん(私の本名)と大声で呼んだり、そうかと思うと、突然 次長(部次長)と、場違いな役職名で呼びかけたり、また お父さ~んなどと声を掛けて、何れも冷や汗をかく 私の反応をみて楽しんでいた。 そんな茶目っ気たっぷりの彼女だったが、野田さんの教育宜しく、とても礼儀正しい子だった。 彼女も わずか23歳の若さで、天国に旅立ってしまった。 偶々観たザ・ピーナッツの映画から、正月早々 亡き芸能人たちの回想録になってしまったが、愛すべき彼ら・彼女らの冥福を心から祈りたい。
2005年01月03日
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今年は 正月2日にも年賀状の配達があって嬉しい。 いつも 元旦に年賀状がどっさり来ても、翌日全く来ないというのが気になっていた。新聞も休刊なので、郵便受けが空っぽというのが 妙に寂しかった。 どういういきさつで そうなったのかは聞いていないが、郵政が民営化されたら、毎年こうなりますよという小泉首相のアドバルーンなのだろうか。 さて きょうはパジャマを着替えないで、終日テレビ三昧。 いつもはCATVで 映画を観ているのだが、お正月の間は、地上波ばかりを楽しんでいる。 特に興味深かったのは、夜 放送していた松井秀喜と松井稼頭央の両大リーガーの対談だった。 二人だけで90分を超えるトークだったが、全く長さを感じさせず、あっという間に時間が経っていた。 スポーツマンらしい爽やかな二人の人柄が滲み出ていて、珍しく後味のいい番組だった。 私は稼頭央選手のホームページにリンクしていて、時々書き込みをしているのだが、早速感想を送ってみようと思う。 先輩のゴジラ選手の 後輩カズオを見る眼が暖かく、またカズオ選手も、真っ直ぐに相手の眼を見て、一言も聞き逃すまいという態度に、先輩に対する尊敬の面を伺い知る事が出来た。 話の内容は、ニューヨークでの生活振りや、日本のプロ野球との違いなど何れも興味深いものだったが、今年後半 やや不振だったカズオ選手が、絶好調だったヒデキ選手に大リーグの投手に対するバッティングのコツなどを訊ね、ヒデキ選手が、バットを持って こまごまと指摘している姿が、とても好感が持てた。 何かを吸収しようとするカズオ選手の真摯な姿に、今年のカズオはやってくれるぞっという期待を感じさせられた。 二人の 報道陣やファンに対するマナーは、地元ニューヨークでも好感を持って迎えられており、日本人として我々も鼻が高い。 一時 大リーグ入りした伊良部の ふてぶてしい態度が、アメリカの野球ファンに顰蹙を買っていたが、両松井によって、日本人の礼儀正しい国民性が再評価されるだろう。 日本のジャイアンツも、昔は 「巨人軍は紳士たれ」の標語のもと、グランドの外でも厳しくマナーをチェックされていた。 これは元々 「ヤンキースはジェントルマンであれ」を真似たものだが、今の巨人は清原や元木が幅を効かす、ならず者集団に成り果てている。 髪の毛をまだらに染めた格好で、地震被災地の子供を相手に 野球教室を開くなんて もってのほかだ。 その事を一番苦々しく思っている V9時代のエース 堀内監督が、マナーがよく真面目な小久保をチームのリーダーにしようとしている姿勢は痛いほどよく分る。 小久保なきあと、私がダイエーで ただ1人買っていた井口も、ヤンキース入りが噂されているが、彼なら立派に 紳士のヤンキースでやっていけるだろう。 今夜の対談で、私はゴジラ松井の人柄に すっかり惚れてしまった。 (以前も、タバコを吸う女は好きじゃないと、松たか子を振ったという話を聞いて、同意見の私としては 彼に少なからず興味を持ってはいたが・・・)。、 アンチ巨人の私としては、国内では無理だったが、大リーガーの彼を思い切って応援出来るのが嬉しい。 フレーッ フレーッ 両松井 !!
2005年01月02日
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夕方まで寝ていた。 何となく食欲がなく、でも元旦だから雑煮を作らない訳にはいかず、夜になって作った。 おせちは、買っておいた数の子、黒豆、海老など定番物を食べる。 お屠蘇などアルコール類は、自粛して一切飲まなかった。 元旦の楽しみといったら、いまや 年賀状だけ。 遠方の知人や、近くでもご無沙汰している友人との、年に一度の情報交換。 今年は、元旦のきょうは 188通来た。こちらから出していなかった人からも10通来ていたので、急いで返事を書き 郵便局に持って行く。 勿論 例年通り 明日以降も沢山来ると思うので、本日はお楽しみの ほんのイントロ。 元旦には、今年の抱負(目的)を書くようにしているが、ここ数年 全く変っていない。 という事は目的が実現されていないという事に他ならないが、今年も同じ事を書こう。 それは人生を元気に生き抜くのに必要な3っの物の、不足の解消だ。1 運動不足の解消 カウチに寝転がって、テレビを観たり 本を読んだり、それに最近は、椅子に座ったままのパソコン三昧が加わり、運動らしい運動は全くしていない。出かけるのも殆んど車ばかり。 近いうちに、以前やっていた 近くの公園でのウオーキングを再開しよう。(去年の秋から、そう思っているが・・・)2 睡眠不足の解消 作家の五木寛之氏と同じ 夜型人間で、最近では朝9~10時に寝て、夕方起きるという日が続いている。 なるべく睡眠時間を8~9時間とるようにしているが、学者先生によると、昼の眠りは 夜のそれに比べて、非常に浅いそうで、おまけに眠ったと思った途端、あの憎っくき佐川急便に起こされたり、電話がかかってきたりして、折角の睡眠を中断される。 次第に朝方に直していこう、まず最初は 3時就寝を目標にして、出来たら1時間ずつ早めていきたい。(これも何度もチャレンジしている。)3 栄養不足の解消 朝寝て 夜起きるとなると、どうしても 食事が2回になってしまう、どうかすると1回の事もある。 運動をせずゴロゴロしているので、お腹が空かないってのも原因の一つで、前の2項目とも大いに関連がある。 独身の男性に共通の 野菜の摂取不足もあるので、ジュースでもいいから 野菜も摂る様にしたい。 ここまでは例年と同じだが、今年は更に2つ追加した。4 部屋の荷物をなるべく整理(捨てるなど)して、食卓からリビングの足の踏み場を確保、せめて フロアのじゅうたんが見えるようにしよう。5 他人を、余り 信じないようにしよう。 私は人を簡単に信じ過ぎる所があって、暮れから正月にかけて 随分騙された。 騙すより、騙される方が幸せと言うが、騙されるとストレスが溜まって、精神衛生上よくないので、最初から信じなければいいのだと悟った。 これらの事を、今年も 肩に力を入れず実行していきたいと思っている。 来年の今頃も 同じ事を書いているかもしれないが。
2005年01月01日
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