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2007年11月30日
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2007年11月29日
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2007年11月28日
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きょうの映画 「江戸っ子祭」(58) 「M:1:3」(06) 「アンポンで何が裁かれたか」(90) 「リバース・エッジ」(86)
2007年11月27日
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知らない間に 私の このブログのアクセス数が8万を超えていた。 アクセスの記録が50件しか残っていないので どなたが8万件目を踏んでくださったか 分らないのが残念だ。 7万7777件目の時は 何故か 楽天から通知が来たが、今回は来なかった。 最近では 訪問者のうち8割ぐらいは、こちらのブログを読むでもなく ただ一方的に 女性や子供であろうとお構いなしの不特定多数の相手に 情報を垂れ流している出会い系サイトなどの非常に猥褻な業者、 それに 自分のサイトへのアクセスで、ポイントを稼ぎ、金儲けをしようと企んでいる者ばかりで、寂しい限りである。 以前は 同じ意見や 趣味が同じ人を求めて交流を図ろうとする真面目な人が逆に7~8割はいたと思うが、私がブログを通じて知り合いになり、相互に訪問しあっていた人たちが軒並みブログから撤退してしまった。 きっとこういった現状に嫌気がさして 止めてしまったのだろう。 それでも 約4年 8万のうち 3万ぐらいの方には 私のブログを読んで頂いていると信じたいが、私のような ごく普通な人間が ただ自分の日常を思いつくままに綴った日記によく付き合って頂いたと、感謝している。 きょうの映画 「傷だらけの人生」(71) 「CUBE(ELEVATED)」(97)
2007年11月26日
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きょうの映画 「SF巨大生物の島」(61) 「ドリームチャイルド」(85)
2007年11月25日
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2007年11月24日
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2007年11月23日
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たまたま 地上波のFBSにチャンネルを合わせたら 先日急逝した鉄腕稲尾投手の追悼特集番組をやっていた。 ゲストに元ライオンズの若菜捕手が出席していて 裏話など興味深く見た。 人間的に嫌いな 元RKBのラジオアナ 中村基樹が したり顔に色々喋るのが鼻に就いたが、結局最後まで見てしまった。 途中 福岡市の斎場からの告別式の生中継があり、球界を代表してホークスの王監督が弔辞を読み上げる姿が見られた。 私がよく知っている 3女と4女の姿が見られるかと目を凝らしたが遺族席は映されなかった。 金田正一氏を始め 大沢 星野 山本 落合 衣笠ら名球界のそうそうたるメンバーの姿やインタビューに答えるコメントも流された。 ただ どうしても気になったのは 彼が 先月 検査入院する事になったキッカケを作った 往時の女房役の和田や中西 豊田ら西鉄黄金時代の戦士たちの姿が見えなかった事だ。 是非 彼らのコメントも訊きたかった。 一般市民を含め 1500人の弔問客が訪れたそうだが、(神様 仏様 稲尾様)も 本当の仏様になってしまった。 所で私の体調だが、ちゃんと真面目に 5時間毎 一日4回の薬を飲んでいるのだが、良くなる所か 益々悪くなる一方で、きょうは熱も出て来た。 平熱が35.3度の私には37.3度の熱はかなり堪える。 咳は相変わらずで、口を開けて ハアハア息をしている。 ただ 金魚のように口をパクパクするだけなら頼りないので、ア~とかウ~とか 大声を出しまくっている。 1人暮らしだから出来るのであって、誰か人がいたら、断末魔みたいで 何とオーバーなと思われるに違いない。 専修学校の優秀な卒業生の鐘ヶ江さんから電話があった。 私が 風邪の事を話し 1週間経っても咳が止まらないので 何か他の病気じゃないかと考えていると話すと 彼女も同じ症状で 3週間経った今も 咳が止まらず、他の病気かと考えたが、友達にも 長期間 咳が止まらない人がいるとの話だった。 同じ症状の人がいる事が分って 少し ほっとしたが、私の咳も長期化するのだろうか? きょうの映画 「ロシアン・ドールズ」(05) 「猿の惑星 征服」(72) 20年前 アメリカで人間の言葉が話せる猿の夫婦がみつかり、彼らは2000年後の惑星からやって来た者だと分る。 彼らの話だと その時代は猿が地球上を支配し 人間は奴隷として使われているのだという。 脅威を感じた政府は この猿の夫婦を銃殺するが、母親の胎内にいた子供は奇跡的に助かり、動物園長に匿われる。 そして 両親同様 人間の言葉を話せるように成長するが それを嗅ぎつけた政府は 何とか その猿を探し出し 抹殺しようとする。 やがて 人間にペットとしてではなく 奴隷としてこき使われている 猿たちの不満が爆発し シーザーと名付けられた 言葉の分るその猿をリーダーに 人間に対して反乱を起こす。 人間対猿の壮絶な戦い 果たして勝利を手にするのは・・・。 「氷の接吻」(99) 「恋の片道切符」(60) タイトルと同名の歌をヒットさせた平尾昌章主演の映画で、芸能プロやバンドマンたちの世界を描いている。 アルトサックス奏者として小坂一也が出演しているが、彼が1曲も歌わないのは残念。 篠田正浩監督の第1回監督作品。
2007年11月22日
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咳がひどくなってから 1週間経つのだが、ますますひどくなるばかりだ。 最初は単なる咳だけだったのが、病院で痰切りの薬を貰ってから、かえって 咳をする度に痰が絡むようになった。 先日 先生から痰の色を訊かれたが はっきり記憶していないまま(黄色か茶色)と答えた。 そうすると 先生は(よくないですね)と言われた。 気になったので その後 調べてみたら、白かクリームの色だった。 私の主治医(?)の保健士さんに電話で相談すると、痰が出るのはいい事だと言う。 それ以来 咳をする度に ティッシュに 痰を取って 色を調べているが、寝室もリビングもティッシュの山が出来ている。 食卓は ティッシュじゃ追いつかないので トイレットペーパーを1ロール置いてある。 体調が優れず 気力が湧かないまま 専修学校の授業に出かけた。 もし 途中で気分が悪くなったら 早目に授業を切り上げるかもしれないと 生徒には断って 授業を始めたが、結局 時間一杯講義をした。 先週のテストの答案を 生徒ひとりひとりに返す時 若い女生徒が そっと のど飴を手渡してくれた。 熊本から来ているその生徒は 美人だが どこか しらけた感じがするし、今どきのケバイ化粧も気になって 私には苦手なタイプだったが、その のど飴一つがとても嬉しかった。 間もなく期末試験が始まるが 彼女の答案に(のど飴有難う)と書いて返却しようと思う。 きょうの映画 「白夜 ホワイトナイツ」(86) 「天使のはらわた 赤い淫画」(82) 「男と男の生きる街」(62)
2007年11月21日
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2度目の病院行き。 前回貰った 4日分の咳止めの薬を飲みつくしたが、一向に良くならない所か 却って咳がひどくなっている。 最初から 耳鼻咽喉科に行くべきだったかな? と思いつつ、同じ内科医院に賭けてみた。 病院の駐車場に車を停めたまま、近くのスーパーまで お粥を買いに行ったが、途中で 自分の歩き方が、とぼとぼ歩きになっているのに気がついた。 体調が悪く 気力がなくなると こんな年寄り臭い歩き方になるんだなあと実感した。 街で 私の前を とぼとぼ歩いている高齢者に会うと イライラしたりしていたが、きっと あの人達も体調が良くないんだと思った。 先日 一緒にコンサートに行き 私に風邪をうつした筒井君が 私を見て 元気ですねえと言っていたが、きっと風邪でしんどかった彼が 前をスタスタと歩く私を見て そう感じたのだろう。 私は どちらかというと歩くのが早い。 それは 早足の母親の影響で、子供の頃 一緒に外出すると 何とか遅れずに 従いて行こうとして いつも小走りになっていた。 そんな母も 年を取って 一緒に街に出ると(もう少しゆっくり歩きなさい)と私に注意をしていたが、私は内心 早足にさせたのはアナタのせいですよと思っていた。 だから 今でも 女性とデートをしても つい歩くのが早くなって、ゆっくり公園を散歩などと ロマンチックな演出が出来ない。 未だに恋人が出来ないのは そのせいかもしれない。 勿論 原因は それだけとは思わないが。 きょうの映画 「白日夢」(81) 「百萬円貰ったら」(32)
2007年11月20日
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微熱は治まったものの、咳が以前より激しくなり、その為 体力を消耗するのか 全く気力がない。 朝10時過ぎ 珍しく山領氏からの電話で目覚める。 彼は(セレスポ)というイベントの上場会社から独立し、結婚式にも招かれて列席したのだが、その後全く仕事の発注が来なかったので、気になっていた。 セレスポ時代には彼と組んで 長崎や熊本 鹿児島と九州各地を仕事で回ったが、独立して うまくいってないのかなと 心配していた。 きょうの電話は 独立後初の仕事の発注で、12月7日 場所は大牟田市内。 落成式と記念式典の司会だ。 それまでに風邪が完治していればいいが。 私は 食欲がない時の為に いつも家に 餅を常備している。 海苔巻きにしてもいいし、きな粉餅でもいい。 松茸のお吸い物に入れて 雑煮風にして食べてもいい。 最近では 餅の上に とろけるチーズを載せて オーブントースターでチンして食べている。 溶けたチーズの上から 海苔を巻いて食べるのだが、これだと醤油も要らない。 どんなに食欲がなくても 2個ぐらいなら食べられる。 きょうも それを食べようと冷蔵庫の中から とろけるチーズを探したが見付からない。 まだ有った筈なのにと探していたら、隅っこに1枚だけ見付かった。 少々固くなっていたが、トースターに入れれば 柔らかくなるだろうと いつもより大目の8分間でチンした。 所が 出来上がってみると チーズは柔らかくならず、固いままで、焦げている。 固くなったチーズは トースターに入れても 溶けないという事を初めて知った。 きょうの映画 「ロード・オブ・ドッグタウン」(05) 「復讐 消えない傷痕」(97) 「愛ふたたび」(71) 「京極夏彦・怪 THE MOVIE 七人みさき」(00) 「虹の都へ」(33) 「リアリティ・バイツ」(94)
2007年11月19日
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2007年11月18日
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きょうの映画 「フェーン・チャン~ぼくの恋人」(03)「ファンダンゴ」(85) 「婚約指輪(エンゲージリング)」(56)
2007年11月17日
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この所 微熱らしきものと 咳が続いていたが、昨日の夜 咳も多く 熱も高くなり、どうも風邪をうつされたような気がする。 ○○は風邪を引かないと言うが、私が風邪を引くのは3~4年振りの事だ。 熱は寝る前に計ったら 37.1度だったが、私は平熱が35.5度と低いので、かなり高熱に感じる。 気力がなくなり、何をする気にもならないので、いつもより早く 2時50分に寝床に入った。 冷凍庫にあった保冷剤をタオルに包み 額と首筋に当てながら寝た。 きょうは 何もせずに じっと 自宅で静養したかったが、そうもいかなくなった。 昨日 検察庁から 34万円の支払い命令が来て、期限は21日。 嫌な事は 早く済ませてしまいたいので、きょう 銀行に行き 現金をおろした後 郵便局で支払いを済ませた。 どうしようかと迷ったが 週末の事で、明日の午後か日曜にでも風邪がこじれるような事があったら面倒なので、思い切って内科医院に行った。 風邪は万病の元と言うし 先日亡くなった稲尾投手の例もあるので、用心深くなったと思う。用心に こした事はない。 きょう 予定していた天神行きも 明日の山辺さんのお芝居も残念ながら中止した。 きょうの映画 「ヒストリー・オブ・ザ・バイオレンス」(05) 「パープル・バタフライ」(03) 「かまち」(03)
2007年11月16日
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きょうの映画 「ブレイキング・ニュース」(04) 「出来ごころ」(33) 「赤ちゃん台風」(58) 「続・悪名」(61) 「ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密」(03)
2007年11月15日
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きょうの映画 「生きてみたいもう一度 新宿バス放火事件」(85) 「アメリカン・スプレンダー」(04) 「天狗倒し」(44) 「ぼのぼの」 93)
2007年11月14日
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内容未記入 きょうの映画 「別れて生きるときも」(61) 「リア・ディイゾン~トラフィック・イン・ザ・スカイ」(06)
2007年11月13日
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内容未記入 きょうの映画 「16ブロック」(06) 「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」(05) 「サムサッカー」(05) 「結婚の夜」(59) 「口裂け女」(06)
2007年11月12日
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きょうの映画 「忍ぶ糸」(73) 「眠狂四郎 無頼剣」(66)
2007年11月11日
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内容未記入 きょうの映画 「椿山課長の7日間」(06) 「ヴェニスの商人」(04) 「憎いもの」(57) 「トラブルマン 笑うと殺すゾ」(79)
2007年11月10日
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内容未記入 きょうの映画 「赤ちゃんに乾杯!」(85)
2007年11月09日
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2~3日前から やたらと すき焼が食べたくなった。 家には生の椎茸がなかったので、昨日から 乾し椎茸を水に戻して 冷蔵庫に入れておいた。 あとは 用意してあった 白菜とエノキ茸 豆腐を入れるだけ。 味付けは 生協から取り寄せた 人形町・今半の割り下。 この店は すき焼の老舗で、大林監督の(異人たちの夏)で 風間杜夫が 両親の片岡鶴太郎・秋吉久美子とお別れの食事をするシーンでも登場している。 実はゴボウも買って 冷蔵庫に入れてあったのだが、後から 忘れていたのに気が付いた。 その代わり 我が家独特の食材が一つ。 それは 薩摩芋で、大抵の人はえ~っと目を丸くする。 里芋を入れる家庭はあっても 薩摩芋は 全くなくて、どうやら我が家だけのような気がする。 どうして 我が家のすき焼に それが入るようになったのかは 明らかではないが、19歳で結婚し 20歳で私を産んだ母は 余り料理は得意ではなく 間違って入れた所 意外に美味しかったので、それが我が家の定番になったのかもしれない。 しかし よく考えてみると 祖母が作る すき焼にも 確かに薩摩芋が入っていた。 まだ食べた事のない人が大部分だと思うが 是非試してみて欲しい。 甘い すき焼のタレが薩摩芋に沁みこんで とても美味しい。 小さい子供のいる家庭では 肉も さることながら 薩摩芋の取り合いになるかもしれない。 火が通りにくいので 他の野菜より早く 肉の次ぐらいに鍋に入れなければ 生煮えになってしまうので要注意。 我が家のすき焼には もう一つの秘密がある。 それは 残った すき焼に ご飯を入れてオジヤを作るのだが、それは 一般的に珍しい事ではない。 だが 我が家の場合は すき焼の汁にカレー粉を入れてオジヤを作るのが秘伝(?)だ。 残念ながら きょうは ご飯の焚き置きがなかったので、あす ご飯を炊いて その特製オジヤを作ろうと 今から楽しみにしている。 私は独り暮らしで 後継者はいないが もし跡継ぎができたら、我が家の伝統として 薩摩芋とカレー粉入りの すき焼の味は 代々 残していって欲しいと思う。 きょうの映画 「手紙」(06) 「青春の冒険」(57)
2007年11月08日
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きょうの映画 「白蘭の歌(総集編)」(39)
2007年11月07日
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私が映画を観るのは 専らテレビ(CATV)で、余程の事がないと、映画館に足を運ぶ事はない。 有料の(スターチャンネル)や(衛星映画劇場)では 数ヶ月前に劇場公開されたばかりの作品が放映される。 だから そのうちテレビでやるだろうと それまで待つ事にしている。 しかし 上に書いた 余程の事とは・・・。 テレビで放映されるまで待てない、今すぐ観たい映画が掛かっている時の事である。 私のお気に入りの映画館は 隣りの大野城市にある、シネマ・マイカルで 駐車場が4時間まで 無料である。 前回 この映画館に行ったのは 2年近く前の事だと思うが、ある映画を観て 涙が止まらないぐらい 感動した。 きょうは その映画の続編で また映画館に泣きに行った。 映画のタイトルは(ALWAYS 続・三丁目の夕日)。 5時半からの上映だったが、広い客席に 観客は5~6組と寂しかった。 映画の内容は 前作から1年後の東京が舞台で、修理工場の主人(堤真一)の怒りが爆発すると髪の毛が総立ちするなど、漫画的要素が濃くなっている。 前作はキャッチフレーズの(カラーテレビも携帯電話もなかった。なのに、どうして あんなに楽しかったんだろう? )という言葉に象徴されるように 時代に対するノスタルジーで、映画の冒頭から 泣きっ放しだったが、今回は うるっとくる場面も少なく、このまま終わってしまうのかと思ったが やはりラスト近くになって、涙で目が滲んだ。 今度の涙は 時代への懐かしさではなく、登場人物の優しさや人情、子供の心遣いなどで ぐっと来た。(今の子供たちの中に あんな優しさや心遣いを持った者がいるだろうか? ) 子供の心を殺伐としたものにしたのは 親の教育? 受験戦争と塾?それとも テレビゲームの殺人ごっこ? 色々と考えさせられた。 長く離れて暮していた父親が お土産のシュークリームを持って訪ねて来た時、紅茶と共にそれを出しながら(お持たせですが・・・)と子供が言うシーンがあるが、今の小学生は こんな言葉を知っているだろうか? いや 恐らく (お持たせ)という言葉を知っている母親も 殆どいないのではないか。 映画では 懐かしい都電が走る風景が見られたり、至る所で 新しいCG技術が使われていて 感心するばかりだが、冒頭の東京をゴジラが襲うシーンには その迫力に度肝を抜かれた。 しかし この映画では気になる所も 幾つかあった。 貧乏作家と同居している男の子。再三 父親が迎えに来るのだが、家に帰りたがらないのは何故か? 前作を見ていない人には その理由(いきさつ)が分らないと思う。 また 作家の部屋の壁に貼ってある1枚の児童画。大人2人と子供1人が楽しそうにマイクを持っている絵だが、あれにはどんな意味があるのだろうか? 時代考証的に言えば あの頃は まだ カラオケなどはなく、一般人がマイクを握る機会など滅多になかったと思うが。 前作には当然 そのヒントが有ると思うが すっかり忘れてしまったので、今度 録画した前作を もう1度観てみよう。
2007年11月06日
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きょうの福岡地方は朝から冷たい雨が降っていた。 昨日は 先日の夜間部のテストの採点などで、寝たのが今朝の8時、午後2時半に起きて 早目に学校に行く。 6時半からの授業なのに 6時には着いた。 事務局の女性が(今 空調を入れたばかりで・・・)と恐縮しながら言ったが、部屋には暖房が入っていた。 暖房は講師控え室だけで 教室にはまだ入ってなかったが、ついこの前までは 冷房が入っていたのにと驚いた。 今年は 猛暑の夏から 秋を飛び越して いきなり冬になると予報する人がいて、半信半疑だったが、あながち間違っているとも言えないようだ。 夜間部の生徒は13人だが、交通事故でリハビリ中の生徒を含めて欠席は2人だけ。 昼間部と違って 皆 やる気があって、質問も多く、気持ちよく 講義が出来る。 きょうの映画 「地下鉄に乗って」(06)
2007年11月05日
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2007年11月04日
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2007年11月03日
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今夜のミカの会は 数年前に上京したマダムねねさんが、久し振りに参加して 秋田料理の店(なまはげ)で開催。 美賀子さん、神谷君、ねねさんの 呵呵大笑トリオが復活して賑やかな事!! 途中 なまはげショーがあり、ナマハゲの衣装を着た店員が(言うごと聞がねえワラシはいねえが~)と脅しながら各テーブルを回るのだが、いい歳をしたおじさん おばさんがギャーギャー喜んでカメラを向けるので、腰が引けたのか、早々に退散してしまった。 メンバーの女性の中には、若い女性の席には長くいるのに 私達の席にはちょっとしかいなかったと不平を言う人もいたが、あのテンションの高さでは無理もないと思った。 料理は今がシーズンのキリタンポがメインで、飲み放題のお酒は秋田の銘酒。みんな満足して席を立った。 その後は いつもの 店の前での記念撮影。まさに(笑う門には福来たる)のみんなのエガオを見て頂きたい。 頭の上に角を生やした女性がいれば、その隣りで 真っ赤な顔で なまはげのようになっている人もいる。 二次会は ねねさんの希望で、前回の里帰りでは お店が休みで行けなかった(あんみつ姫)。 久留米から、久し振りに ねねさんに会いたいという高校生のお嬢さん2人を連れて 荒巻さんも合流して ショーを楽しんだ。 あんみつ姫の座長のトマトさんと並んで、少女のように はにかむねねさんが印象的だった。
2007年11月02日
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私はテレビは専らケーブルテレビか そこで録画した映画を観るかで、地上波はめったに観ないが、映画と映画の間の息抜きか 食事をしながらとかの 映画に集中出来ない時に つなぎで 地上波にチャンネルを合わせる事がある。 大抵は お笑い芸人を中心にしたタレントの どうでもいいようなトーク番組で、さんまや紳介 ダウンタウンらが司会をしている。 ドラマと違って どこで切ってもいいので、食事が終わると 元のチャンネルに戻し、映画の続きを観る事が多い。 但し ゲストに好きなタレントが出ていると つい引き込まれて 最後まで観てしまう。 その好きなタレントとは 安めぐみと坂下千里子の2人。 きょうもダウンタウンの番組に安めぐみが出ていて つい観てしまった。 彼女のトークも気になるが その声と ほんわかしたエガオを観ているだけで癒される。 因みに我が家の寝室のカレンダーと携帯電話の待ち受け画面は彼女である。 また 坂下千里子は いつも ベソをかいたようなエガオに 父性本能をくすぐられる。 この2人の性格は正反対、片や癒されたいタイプで 片や守ってあげたいタイプ。 安は身持ちが固そうで、坂下は男性遍歴の多さで話題になっている。 この2人が出ていないと すぐにチャンネルを変えられるのだが。 きょうの番組には ゲストに 海水パンツ1丁で(そんなの関係ねえ)と叫ぶ芸人が出ていた。 なかなか名前が覚えられないが 名前を覚えた頃には業界から消えているだろうから、覚えるだけ無駄だ。 しかし 子供たちが 親や教師が注意をしても(そんなの関係ねえ)とうそぶいているのだろうと思うと、関係ないとも言っていられない。 彼は 名のある大学を卒業していると聞いたが、海パン1丁でテレビに出て情けないと 自己反省しないのだろうか? そういえば 何とかラモンという ボンテージで 腰をクネクネさせる気持ちが悪い男も、最近 テレビで見かけなくなった。 きょうの映画 「力道山」(04) 戦後間もなく 戦争に敗れ 意気消沈していた日本人の前に突然現れ、得意の空手チョップで西洋人を次々となぎ倒し 国民的英雄になった力道山の半生を描いた韓国映画。 大相撲の力士であった彼は 北朝鮮出身の為 兄弟子たちのイジメとシゴキにあいながら関脇にまで昇進する。 好成績を挙げ 大関間違いなしとされた 審議会でも人種差別の為、昇進が見送りとなってしまう。 腹を立てた彼は、髷を切り落とし 大相撲から足を洗って その頃設立されたプロレス協会の中心選手としてリングに上がる事になる。 修行先のアメリカで腕を上げた彼は ニッポンの力道山として 連日アメリカの新聞に その活躍が報じられ、帰国後も プロレスの世界的スターとなる。 映画では最初に 完全な史実とは異なる部分もあると断っており、ハロルド坂田や大木金太郎は実名で登場しているが 東富士がアズマフリ、木村がイムラとなっていたり 彼がファンに刺されて致命傷を負ったクラブも(ラテンクォーター)ではなく、他の名前になっている。 映画の中の クラブのシーンで 客として来店した彼を 司会者が(素敵なお客様が・・・)と紹介するシーンがあるが、(力道山先生が・・・)というコメントは チョット気になった。 日本ではスポーツの選手を どんなにスターでも 先生と呼ぶ事はなく、恐らく韓国式の敬称なのだろう。 赤坂にあった このクラブには 私もよく遊びに行ったが、司会者が舞台から 客を紹介する事はなかったように記憶している。 力道山とは このクラブではなく プロレスの試合場で1度だけ会った事がある。 まだ新人のアナウンサーだった頃、市内の箱崎宮の境内に特設リングを作り 試合をした事があり、日本テレビが中継した。 私はNTVの実況アナのサブアナとして 放送席で隣りの椅子に座っていたが、これはスタジオでいうADも兼ねており、中継車からの指示に従って あと3分などと書いたフリップを 力道山の目線の先で示したりした。 他の人間には気付かれないように 力道山が軽く頷くのを確認して 中継車のディレクターに伝えるのだが、プロレスのナマを見るのも初めてで 試合の仕組みも何もかも知らなかった私は びっくりしたり、緊張したりだったのを覚えている。
2007年11月01日
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