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大阪のレ・ミゼラブルコンサートを見たら、また鹿賀さん熱が出てきて家の中のビデオやらパンフやらをひっくり返すようになってしまった。しばらく続くなあ…。大阪のレポートはこちらの左上の辺りから。中国はレ・ミゼラブルやらないだろうなあ。なにせ革命の話なんだし(^^; 日本のドラマや映画もどこまで知られているのかなあ。あっちに行ったら布教活動をしそうな気がする。ちょっとDVDとかに落として持っていこう。いやマジで本当に。
2004年07月26日
こないだも見に行った「レ・ミゼラブル in コンサート」、ひょんなことから大阪梅田コマのチケットも取れたので行ってきた。何せ大阪自体が初上陸で、右も左もわからない。路線もどんなものがあるのか知らない。コンサートのレポはまた改めて。大阪の印象。電車を降りても表示が少ない…。思ったほどコテコテと大阪弁が耳に入るわけではないのだな。蝉がうるさい(笑)大阪城を「自分の家」というのは上沼恵美子だけではなかった。空気は一番汚れているのかなあ。年配の人がみんな元気な気がする。
2004年07月24日
初めてのT/C。窓口に行って「買う」というのも新鮮な響き。昨日円高で、今日ぐっと円安なので、何となく今のうちに両替をしておこうと思い立つ。銀行の外貨専門窓口はかなり混雑しているのでみんな外国に行くのだな。ドルの現金は112円、T/Cだと111円弱。1ユーロは現金とT/Cで6円分も違う。それは大きいな。伝票に名前と連絡先と、予算額を書く。日本円で「だいたいこれくらい」ってのを書くらしいが、自分は外貨で決まった額なのでそれを書いておく。順番を待っていると、ユーロで何十万円分も両替していく人や、「おみやげ代だけなのでー」と言って窓口の人にアドバイスしてもらっている人や、外貨現金のお札数枚だけ持ってきている人や、「カンボジアー」と叫んでいる子供などいろいろ。自分も初めてなので、換金の仕方などをちょっと聞く。購入したその場でT/Cの上の方にサインをしておく。さてこれがちゃんと中国銀行で無事にお金になってくれるのかどうか…。また8月になったら残り分の両替を済ませよう。それまでに円高になっていたらちょっと予算上げよっかなー。
2004年07月22日
よっしゃー円高! この調子でどんどん行ってくれー。準備をちまちま始めたら、何となくずっと気になってしまってここのところいろいろ買い込む日が続いている。たぶん行った先で「要らなかった…」と思うのだろうけど、「あればよかった…」と思うのよりは何倍もいいので、揃えてしまう。この感覚はきっと、妊娠している人が「二人分だからいいのよー」と免罪符のように唱えながらぱくぱく食べてしまうのに似ている。まだ妊娠したことないけど…。留学するんだから必要だしー。生活に使っているモノを留学荷物の仲間に入れてしまうと、直前になって入れ忘れたりするのが怖い→新しく買う、の繰り返し。ちょっと予算オーバー気味。本を見ていて、「留学中の旅行費」や「通信費」、「日本食のインスタント類」などの出費を全く考えていなかったことに気づく。大きいなあ。やっぱり円高になってもらわないと困るな。
2004年07月20日
こないだの最後の講座が終わった後に、クラスの何人かと昼ご飯を兼ねて話していた。そのときに「中国の人って勉強の仕方がすごいじゃない。だからきっと先生も『この人たちはどうしてこんなにやらないんだろう』って歯がゆく思ってるよねえ」と言われて、そうだなあと思う。中国の大学生は学費が要らないらしい。その代わり入ることが出来るのは人口からすれば一部の人のみ。それも試験を通過して合格しなければ行けない。合格した後もたぶん日本の大学生よりは切実に将来を考えて、時間を惜しんで勉強する、らしい。大学生はみんな学内の寮に住んでいるけれど、朝5時半くらいに起きて授業の前に1時間ほど暗記や予習をしたり、授業が終わった後も夜の9時10時まで校舎で勉強したり、という話はよく聞くし、本当なんだろう。日本の学生に比べたらもっと貪欲で吸収が早い。先生はその壁を突破して、大学でも十分に学んで、たぶん「学ぶ」というのはそうするのが当たり前だと思っている。日本にいるから日本のぬるーい感じに合わせてくれているけれど、心の底では「やらない人たちだなー」と思っているかもしれない。今度は自分がそんな勉強法を実践している人たちの中に飛び込んでいくわけで、これは気を引き締めないとなあと改めて思った。というか、言われるまで向こうの学生さんがどう思うかなんて考えたことがなかった。
2004年07月19日
毎度愛用している、オンラインで申し込める海外保険。留学用のプランも設定されているのは春頃見つけて、早めに申し込もうと思っていた。7月に一度申し込もうとしたら、3ヶ月以上とか長期のモノは出発前40日を切ってからでないと受け付けないと言われる(細かい数字は保証しませんがそんな感じ)。ならばと逆算して申し込む目安をつけて、その前に出来る手続き(チケットの手配、学校への連絡等々)をすべてやってしまった。思えばもうちょっと説明を理解するべきだった。自分が出発する日と帰る日を、たとえば8月30日と1月30日に設定すると、気持ち的には5ヶ月なのに、契約的には6ヶ月扱いになる。1月29日までが「5ヶ月」の範疇。そこから1日でも超えたら「6ヶ月」。当然、保険料に反映。思いっきり勘違いしたまま飛行機(マイレージ使用なので変更が面倒)を手配。しまったー、1日のせいで保険料が13000円くらい違うー。高い勉強代だ…。次から気を付けよう。次があれば…。**そろそろ腹をくくってT/Cに両替しなければならない。円が高値に振れるのを待っているけれど最近微妙。半分くらい今月中に両替しておいた方がいいのかなあ。自分はドル建てで準備するつもりなので、いったいどのくらいのドルが滞在中に必要なのかを考えてみる。学費 6000元(半年)迎え費 500元(高いよな…)教材費 160元登録費 320元宿舎費 7500元(5ヶ月・高く見積もって)生活費 10000元(5ヶ月)予備費 4000元【合計】28480元 → だいたい$3430そんなもんだっけ、というのが正直な印象。これで半年勉強しながら暮らせるのだなあ。もちろんこれに保険料や飛行機代も足さなければ本当の数字にならないけれども。ちょっと円が変わると、1万2万くらいの差が出る。中国で考えたとき1万2万というのはかなり大きい。それでひと月暮らせる。なるべく損をしたくないー。**買い出しその2。常備薬やら衣類やらもぼちぼち買い始める。
2004年07月18日
今日の講座で4月から続いてきた中国語講座も一段落。文法はもう絶対どこかで習っているはずなのに、やるたびに「…どうだっけ?」とか「あーそうだったそうだった」の繰り返し。でも繰り返しただけの効果はあったようで、いくつかの用法は語順が前より頭に定着した気がする。何度も聞くとさすがに刷り込まれるというか。何度も聞かないとわからないこともたくさんあるんだけど…。毎日が日曜日の状態でメリハリを付けてくれたのが語学講座だっただけに、これからのペースメーカーがなくなるのがちょっと不安。また自分でやらないと。**昨日から留学に向けた買い出しを始めた。たまたま寄った旅行用品店が閉店セールとかで3割引なのを発見してしまった。近所の量販店の値段と比べて割安だったので、半分衝動的に変圧器(30Wまで)とプラグ(全世界対応セット!)を購入。それでも7200円が5000円になったのでお買い得感(^^)もちろん中国で買った方が安いと思う。でもまあ、「これでどこにでも行ける」という安心感に数千円ということで。あと爪切りとか小物入れとか文房具を100円ショップで買い込む。お茶漬けとかダイヤル式のカギとか手当たり次第に買ったのに1890円。思ったよりも安い。家に「荷物入れ箱」を設置して、とにかく持っていこうと思うモノはそこに入れておく。スーツケースを一回り大きいサイズにするかどうかは、その箱の埋まり方次第。なるべく小さくは済ませたいなあ。
2004年07月17日
本当は昨日出来上がっていたけれど、今日ビザを受取にいく。中国領事館への道は覚えたし、こないだ申請しに行ったときは受取フロアがガラガラだったので前よりも少し時間を遅らせていった。そうしたら予想大外れ。着いたのは11時半頃だったけれどすでに1Fの受取フロアに30人ほどの列が。自分が並んだ後にもあっという間に人が入ってきて、みるみるうちにざっと100人以上の列が。申請のときに混んでいたということは、その人たちも出来上がり日、受取日が一緒ということ。甘かった。そしてみんな時間ギリギリに来るわけね。まず6番窓口に並び、申請したときにもらった旅券預かり証を見せる。で、フロアの入り口付近まで戻って食券売りみたいな機械で指定された金額の券を買い、それを持って4番窓口に行くと、めでたくビザを貼ったパスポートが受け取れる仕組み。柱の低ーい位置に「注意!」とその手順が日本語で説明されているけど、見えませんそんなの。見せたいなら人の頭より高く貼りなよ。人がごった返していると、どこが6番窓口の列かわからない。中国の人はアバウトに並んでいて、てっきり列の最後かと思った場所に行ったら「6番窓口の最後はあっち」とか言われる。だったら半端に並ばないでくれ。むかつくー。6番窓口は100人くらい並んでいるけれど、4番窓口はすぐ終わるのか、全然列になっていない。ちなみに2番窓口はまとめて申請する旅行社専用の窓口で、前の机で手慣れた感じの人たちが中国語で世間話なぞをしながら書類を書いていた。20分くらい並んで、やっと自分の順番が来る。黄色い預かり証を出すと、何やらまた黄色いモノを打ち出して、青い小札と共に渡される。黄色い方には「3000円」とあって、青い札には「券売機で指定された金額を買って、4番窓口で受け取ってください」という旨が書かれている。番号もついている。昔の銀行ってこんな札もらって待ってたような。すごい昔。人混みをかき分け、券売機に行き、券を購入。誰も並んでない4番窓口に行き、券と札と黄色い紙を渡す。すると領収のハンコを押した黄色い紙とパスポートをくれる。中身を確認して、完了。長い道のりだったなあ。券売機を使用しているのは、最初の窓口でパスポートを探して精算しておつりを渡して交付、をやると恐ろしく時間が掛かるせいでもある。それと、どうも申請者が券を買っている時間を6番と4番の間に座っているおばちゃんがカゴの中から該当者のパスポートを探し出す時間にあてているらしい。6番から預かり証をもらったおばちゃんが、券を買っている間に探しておく。券を持って窓口に行く頃にはおばちゃんが4番窓口のお姉さんに申請者のパスポートを渡している。だから受取窓口の流れが速いのだな。果たしてこれがよいのかどうか(最初の窓口は何百人並ぼうが1つしかない)、他のアメリカや韓国のように申請者が多そうな領事館のやり方を知りたいところ。今日の教訓。時間ギリギリに行くと凄まじい混みようなので、避けたほうがよい。昼飯前の空腹状態がイライラに輪をかけるので、腹ごしらえしてから行くべき。**家に帰ったら中検の結果が届いていた。準2級なので、ヒアリングも筆記もそれぞれ70点を超えないと合格できない。筆記試験は自己採点+作文12点で71点。おおお。超えた。が、しかし。ヒアリングが40点で箸にも棒にも。30点足りないってのは…。でもこれで一応目標は出来た。「行ったら中国語をたくさん聞いてこい」ということだな。
2004年07月16日
ニュースで、日本企業が大連に事務所を構えて、法人向けのアポ取り業務を中国人に任せているという特集をやっていた。みんな日本語堪能(発音を聞いたら日本人ではないのがわかるけど、文法的には間違いなし)。日本人スタッフも監督者として常駐していて、接客のアドバイスをしているという。そんな企業進出が背景にあるので、元からかなり日本語熱の高かった大連ではさらに力を入れている様子。どちらかというと、単純労働的な業務を中国に移す企業が増えている、中国側もそれを歓迎している、というニュアンスの話だった。派遣として働いていたことがあるので、正社員という立場の人たちがどんな風に中国の現場を捉えているのかが何となく想像できる。たぶん少なからず「こういう単純な仕事は」とか「下請けにやらせれば」みたいな感覚があるんだろうな。今は人件費が安いから、日本の企業としてそのスタンスでも利益が出てやっていけると思う。でも10年後20年後、経済的に中国企業が対等になってきたとき、今日本企業からノウハウをもらった中国の人が日本を上回るサービスを仕掛けて来そうな気がする。社内と社外の敬語の使い分けが出来ない社員なんてたくさんいるし、現場やモノが出来る過程を知らずに指示することが仕事だと思っている人だってたくさんいる。社員で入っても教育がなってない場合が多いのに、フリーターも増えて系統立てて一つの仕事を覚える機会も減っている。そう遠くない数十年後には、中国企業の方が「日本人は人件費が安いから、あっちに進出しようか」と言っているかもしれないな。中国の人のハングリーさに出会うたびに、ちょっと心配になる。昔の日本も欧米から技術をもらう側だったけど、あちらの企業は有償で技術や特許を分けた。分けたら分けただけのメリットを受け取る仕組みにしていた。でも今は日本が相手に給料を払いながら技術やノウハウを外に出している。それも結構得意げな気持ちも混ぜながら。どうなんだろうねえ。
2004年07月14日
4月からの講座も火曜の分は今日でおしまい。出席率も良く毎回みんな楽しんで帰っている感じなので、今日初めて飲み会を設けてもかなり盛り上がった。先生もいらしたので、みんないろいろと話を聞く。先生の世代は文革を経験していて、教育関係の仕事に就いていた先生のご両親は下放(だったよな)の憂き目に遭っているらしい。先生の旦那さんのお父さんは本当にドラマで見るような、もしくはそれよりもひどい迫害を受けて、体を壊してしまったらしい。文革が始まった頃はおぼろげに「毎朝、毛沢東踊りを踊らされた」記憶があるとのこと。ちょうど今の北朝鮮みたいな状態で。紅衛兵になった頃に文革が終了。自分は文革と言っても詳しくわかっていないし、実際にそれを体験した人の話も初めて聞いたので、興味深かった。どこまで突っ込んで聞いていいものかの加減もわからないので、みんな恐る恐るという感じで質問していた。先生のご両親はやっぱり「その頃のことはあまり話したがらない」そう。**5月のHSKの結果が返ってきた。なんかでかいのが封筒に入っている。開けてみたら初中等4級(TT) こないだより1つ上がった、よかったー。しかしヒアリングは3級並。読解は7級並。その他おしなべて4級。アンバランス…。天津から戻ったらヒアリング上がるよなあ。上がっててほしいなあ。
2004年07月13日
いざ、ビザ。業者に頼む手数料が勿体ないのと、こんなきっかけでもないとなかなか異国の領事館に入る機会がないので、広尾の中国領事館に行くことにする。 持ち物は、・パスポート・大学から来たJW202表(来華査証申請表)と、そのコピー1枚・大学から来た入学通知書と、そのコピー1枚・3cm×4cmの写真1枚もし180日以上の滞在だったら外国人体格検査表が加わるけれど、自分は半年の訪問ビザ(Fビザ)なのでなし。 午後に行こうかと思ったのに、調べてみたら申請も受取も9時から12時までしかやってない。お役所だな。 日比谷線で広尾に到着。地上に出ると、こぢんまりとしたコンクリートジャングル。最高気温35℃とか、そういう日には絶対に来たくない場所。住宅街を抜けて大使館方向へ。「車は通り抜けできません」の看板を見かけて心配になる。でも人は抜けることが出来たので無事に到着。 どうも工事をしている様子。工事用の鉄板壁に沿って大使館の入り口まで行くと、何か抗議の横断幕を掲げて立っている人たちがいる。何か声を上げたりするのではなくて、そこで立っていることで抗議をしているらしい。それを横目に入ろうとすると中国語+おまけの日本語で「ビザ関係の人は領事館へ。←」。なんださっき逆に曲がればよかったんか。 鉄板壁に沿って戻る。壁が終わるところにお巡りさんが。ちょうどそこが領事館の入り口だった。地味すぎて絶対にわからないな。入り口の地味さは普通の雑居ビル並み。 中に入ると、1Fは受け取り専門フロア。人がぱらぱらいる。パスポートを受け取るときの窓口のような感じ。証明写真用のBOXが2つあったので、写真を忘れても一応大丈夫。2Fは公証役場とかそんな風な単語を見た。ビザの申込は3F。階段で3Fまで行くと人でごった返している。大盛況。自分が着いたのは11時前だったけれど、もう少し早く来ればよかったのかなと少し後悔する。 フロアについてわかるのは、窓口があること。人がたくさん並んでいること。長机でみんなが何かを書いていること。それだけ。何の予備知識もなく行ったら、何をしていいのか全くわかりません。誰かに聞こうにも、係員がいるのは窓口の向こう側だけ。 とにかくビザをもらうための申請表を新たにここで書く、という情報だけはあったので、目立たない棚に金融商品のパンフのようにいろいろ並んでいる書類の中から「それっぽい」ものを出して、空いている場所で書き込む。写真を貼る四角もあるからこれだろう。というか、見える場所に置いてある書類で、それっぽいのがこれしかない。 手近に筆記用具が見当たらなかったので、持参したボールペンで記入。ローマ字の氏名や、漢字の氏名、出生地、今の住所と電話、パスポート番号、ビザの目的、ビザを以前に取ったことがあるかどうか、などなど。日本語でも書いてあるのでわかるところは書く。わからないところはあきらめる。写真は貼るための糊が置いてあるのでそれを使用。 問題はこれからで、どの窓口に並んでいいものやらわからない。窓口は1,2,3,5番が開いていて、1,2番には「査証」の文字がある。3番は柱に隠れていて、あることにしばらく気が付かなかった。3,4,5番には「探親査証」という張り紙がわざわざしてある。探親ということは、帰省とか親戚回りとかの意味合いだから中国に親戚がいる人しか駄目なのかな。そう思って、すでに20人近く並んでいる1,2番のうち、1番に並んでみた。 館内放送が流れるけれど、中国語でしか言わない。並んでいる人も中国語を話している人が多い。フロアの1割は東洋人以外(白人、黒人)。6割が中国語を操る人、残る3割が韓国人か日本人、という印象を受けた。手順に関する説明がほとんどない。張り紙があっても中国語だったり。まったくの中国語未習者がここでビザを取ろうとしたら結構緊張すると思う。 1番窓口は流れが遅いので、2番に浮気。でも自分が並んだ途端に流れが悪くなる。昔から「一番要領が悪い窓口」を選ぶのが得意だからな…。今回も覚悟する。前にいるおばちゃんは台湾のパスポートを持っていて、もう一人のおばちゃんと申請書の書き方を確認している。中国語圏のおばちゃんでさえ「我也不知道~(私も知らないわ~)」などと言っているので、ここは万人に対して不親切なのかもしれない。その前の人は流暢な日本語なので日本人かと思ったら、緑色の韓国パスポートを持っている。 また館内放送が。「中国公民○○、あっ違う(笑)、日本公民○○……」。最近は学生アルバイトだってもうちょっと職業意識持ってるだろう。館内放送で笑うなよ。それに日本人が日本人に向けて放送するなら、なんで日本語で復唱しないの? 誰に向かって言ってるの? 日本公民に関する何かを言ったらしいけれど、中国語なのでよくわからずにそのままにしていたら、前の韓国籍のお姉さんが、台湾籍のおばちゃんに日本語で「今、なんて言ったんですか」と聞いている。おばちゃんがたどたどしい日本語で、「1番と2番は中国人で、3番と5番は日本人」というようなことを言った。げ。3,5番は列が短いけれど探親かと思って敬遠していたのに。5番に並び直す。ここですでに並び始めてから20分経過。 窓口対応は30歳に達しているかどうかわからない感じの女性が2人、おじさんが1人、おばさんが1人という布陣。それなりに手早くやっている様子だけれど、捌く人数とのバランスが悪すぎる。たまにすんなりいかない事例の人に当たるとすぐに滞る。 窓口を訪れる人も、中国に親戚がいる人や、日本を経由して中国に旅行をしたそうな人のほかに、業者なのか学校なのか、大量にパスポートと申請表を抱えている人もちらほらいる。自分と同じように留学系の人もいるんだろうな。年代は様々。 5番に移動してから10分くらいで順番が来た。パスポートと申請表を出して、さりげなく「日本人だよ」とアピールする。窓口のお姉さんは中国語だったのを日本語に改めて、「外国人登録証はありますか?」と聞く。んなもん、ないです。まあ、ここの窓口は「日本人だけど結婚した相手が中国籍で、その子供が中国に行きたいからビザくれ」という感じの人が何人か並んでいたので、それと同じだと思われたんだろう。留学のビザをもらいたい旨を伝えると、1年か半年か聞かれて、必要な書類は持ってきたかと言われる。コピーとオリジナルセットをそこで提出。ぱっと確認したあとに、旅券預かり証に名前と連絡先と書くように言われる。書いている間にお姉さんは手続説明書みたいなのをぺらぺらめくって、確認項目を見直している。書き漏れがあった「パスポート発行場所」に「日本国外務省」、「期間」の欄に「180天」を書き足すように言われるので書く。 預かり証をめくってパスポートと束ねてカゴに入れ、受取証になる複写版をこちらに寄越して「3ヶ月以内に出発してください。15日に出来るので1Fの6番窓口に行ってください。料金はそのときになります」と言った。オリジナルのJW202表と入学通知書も返してもらう。思ったより早く出来上がるんだな。 一つ気になっていたので「来華査証申請表に申請人の名前を書く欄がありますけど、ここは書かなくてもいいんですか」と聞いた。ビザ申請時に書き入れるような話も聞いたような気がする。でもお姉さんはここで書けとは言わなかった。コピーも申請人に署名がないものだけれど、いいらしい。最悪このフロアのコピー機でコピーして並び直しもありかと思っていたので、ちょっと拍子抜けした。 手続はそれで終わり。窓口は3分かからなかった。 1Fには食券売り自販機みたいなやつが置いてある。中国語で「まず6番窓口に行った後に、領収書(請求書?)の金額を見てからここで支払票を買ってくれ」というようなことが書いてある。日本語ではどこにも書いていない。在日の領事館なんだからさあ。でも在外の日本領事館も似たような不親切さなんだろうか。 ビザを取るときにかなり気分を損ねて帰る人が多いことは聞いていたけれど、何となくわかった。たぶん中国の人が窓口でぞんざいな扱いをしたり気遣いがなくても「文化的に違うところがあるから」と半分納得出来るけれど、日本人のスタッフがこのサービスかい、と思うと結構頭に来る。半端に中国で半端に日本な感じ。 でも窓口システムには逆の印象を持った。結局、窓口はどこに並んでも受け付けてもらえそうだった。日本だと役割が違う窓口に並んでしまったら、順番が回ってきたときに「恐れ入りますが隣の窓口で」と並び直しをさせられるかもしれない。でもここは窓口ならどこでも、どんなビザでも受け付ける様子。どこに並んでもいいから案内も置かないし、説明も少ない、のかもしれない。好意的に受け止めるならば。 おそらく「ここはアバウトでいいけれど、ここがアバウトなのは許せない」というポイントが、日本人と中国人では位置が全く違う。心の準備がないときにそのズレを味わってしまうと、腹が立つんだろう。 でもやっぱり館内放送は中日両方で流してほしい…。
2004年07月12日
先週講座を休んでしまったのは、ひとえに『レ・ミゼラブル in コンサート』を見に行ったため。先生に改めて事情を話そうと思ってちょっと調べてみた。『レ・ミゼラブル』は邦題だと『ああ無情』。小学校のときに世界名作集みたいなので読んだな。明治か大正か、きっと初めて訳した人がこう付けたんだろう。中国語でなんて言うのか見たら。『悲惨世界』。『悲惨世界』…。まあ、ねえ、確かにそういう話だよなあ。それにしてもなあ。…そうくるか。よくわからなかった日本語が中国語の辞典を見て「なるほど」と納得することはよくあるけれど。ブロードウェイミュージカルの『CATS』が『猫』と訳されていたのにもおののいたけど。それにしても漢字が持つインパクトってすごいな。中国語の訳がというより、漢字のパワーを思い知らされたような。
2004年07月10日
中国語の講座では、先生が「テキストの内容はすでに頭に入っている」という前提で、練習問題とは違う問いをそこにいる生徒一人一人に合わせて即興で聞く。先生も中国語で、答える生徒も中国語。いろんな人のいろんな発音が聞けるのが面白いのと、先生がその人のレベルに合った質問事項をぱぱっと聞くので(それもすごいんだけど)、問いも簡単なモノから複雑なモノまでいろいろ。自分が答える番でなくても耳が鍛えられる。たまに応用の応用みたいな質問で「ではあなたは○○?」みたいにテキストの登場人物から離れていきなり現実を聞かれることがある。質問の内容もわかって日本語に訳せと言われたら訳せる文章も、意図が瞬時に掴めなくてどう答えていいのかわからなくなる。一種のパニック。よく考えると日本語で日本人同士でも「○○だよね」と聞かれたときに思わず「何が?」と聞き返したりすることが多いので、文脈を読む反射神経が鈍いかもしれない。それに加えて最近は本当に範囲の狭い場所でしか会話をしないので、会話力も衰えている。ってここまで書いて、なんか似たような話を前に書いたような。…あ、書いてる書いてる。10日前くらい。そのときよりも「やばい」感が増した気が。先生の反射神経には感服。**曽我さんのニュースがたくさん。生でずっと中継している局もあった。でも生放送って映像の力が爆発する代わりに、その一瞬以外の間(ま)を埋めるのがものすごく大変そう。選挙速報みたいに刻々と変わっていくモノ自体に報じる価値があればいいのだけれど、曽我さんニュースはたぶん「再会した瞬間」だけがピーク。
2004年07月09日
大学で中国語を勉強していたとき、ほとんどがピンインも知らない初心者という中に一人、高校で留学を経験したのか帰国子女なのか、すでにぺらぺらな女の子がいた。和製英語ならぬ和製中国語しか話せない人たちばかりなので、彼女の本場の発音はもう格というかレベルというか土俵がそもそも違う感じ。でも、中国の人が中国語を本場の発音で話すのを聞くよりも、日本の人が中国語を本場の発音で話すのを聞く方が、何となく「できるかもしれない」という気分になる。中国の人が話せるのは当たり前すぎて、真似をしても無理だよ、という気分になるけれど、日本の人なのにこの発音が出来るんだと思うと、じゃあ自分もやってみようかなと思える。最近、テキストを何度も読むものの、何か天井がつかえてこの上に行けない状態。とりあえずあの彼女の真似をしてみよう。
2004年07月08日
夕方のニュースで、最近は横浜の中華学校に子供を通わせたがる親が増えてきた、というニュースをやっていた。ちょっと前はアメリカンスクールがよく似たような色合いで取り上げられていたけれど、今は中華学校と中国語らしい。コーナーの途中から見た。通っている女の子に密着したり、日本の国語のテストを受けさせてみたり、中国語の作文を書かせたりをしていた。彼女は小学5年生らしい。カタカナは普段あまり使わないので苦手らしい。その辺りは「なるほどなあ」と思って見ていたのだけれど、父母3人チームと生徒3人チームで「この中国語は日本語の何を表しているでしょう?」というゲームというかクイズをやっている辺りから違和感が出てきた。意図としては、日々中国語を習っている生徒はこういう言葉もすぐ訳せるんだよ、というのを強調したかった…のか。でも単語は「腕時計(手表)」「パン(面包)」というレベルのもの。英語に置き換えてみて、英語を習っている人と、英語を習ってない人でチームをそれぞれ組ませて、それで英単語を見せて「これは何という意味でしょう?」とは絶対やらない。英語を習っている生徒の英語力を見せたい場合でも、この方法って絶対やらないだろうな。中国語ってそんな取り上げ方をされるくらいまだマイナーな言葉なんだなあと思った。ニュースにも新聞にも、語学でも中国語はかなり目立つようになってきたけれど、まだまだこんな扱いなのか、とも。そういえば昔、田中真紀子さんが中国に行ったときに「真紀子さんは中国語で挨拶をするときに、相手を敬う意味の二人称を使っていました!(だから真紀子氏は中国に格別の思い入れがあるのだという文脈)」と報道していたところがあった。でも二人称の「ni」を「nin」にすることは、そこまで特別に取り上げることでもないだろう、と思ったことがある。それと同じような違和感が。
2004年07月07日
FAXで飛行機が着く時間をお知らせしなければいけないのに、先週の金曜日から何度か試したもののFAXが繋がらない。正確には、掛かるけれど呼び出し音だけで切り替わりもしないし、誰か出ることもない。今日送ってみて駄目だったらメールにしようと思って、駄目もとで送ってみたら、行けた。何事もなかったかのように。呼び出し音が2回鳴らない間にFAXに切り替わった。心当たりがあるとすれば、送ろうとしていた時間帯が原因かもしれない。何度か午後に送ろうとし、一度は夜の6時過ぎになることもあった。あちらの朝7時くらいに送ったこともあった。でも全部駄目。今日はあちらの朝9時半くらいに送ってみたらすんなり。ってえことは、人がいる時間でないとFAXは機能していない? なおかつ、人は午後働いていないかも?? 昔、中国で用事を済ませたかったら午前中のうちに、という話があったけれど、あれはあながち外れていないのかもなあ。
2004年07月06日
プリントアウトした文面を大学にFAXするつもりで準備したのに、電話したらプルプル音はなるものの、誰も出ないし切り替わりもしない…。午後の2時くらいにやったときは「ひょっとして昼休み?」と思って(FAX昼休みしても仕方ないんだけど)、数時間後にまたかけてみる。同じ。週明けの朝にやってみて、駄目だったらメールで知らせることにしよう。一応「送ったけど駄目だったのでメールにします」と断り書きを入れて。東京芸術劇場で『レ・ミゼラブル in コンサート』を見る。鹿賀丈史さんファンなのでその前提で書いたレポートはこちら。
2004年07月03日
学校から日付も指定されてきたことだし、そろそろと思って飛行機のチケットを予約。ちまちま貯めてきたマイレージがここで威力を発揮。正規で15万前後する路線(この近さでその値段もどうかと思うけど…)が無料で乗れる。よかったよかった。乗る便が決まったら、お迎えをお願いする学校にFAXを送らなければ。結構これがまた山かもしれない。中国語の手紙用の本を見ながら無難な文章を書く。用件としては「迎えに来て! ○月○日の○便で○時に着くから!」ということなのだけれど、さすがにそれだけを書き殴るわけにはいかない。時間が決まりました。お迎えお願いします。○時の○便です。お忙しいところすみません。最低これぐらいは書かないと失礼だろうな…。失礼ではないのかもしれないけれど。こないだ中国語を扱う人の集まりの中で、自分の言いたいことをとても正確に伝えたがっている人が、話している相手が「○○だよね」みたいなことを(たぶん)言ってもやたらと何かと「不是、不是」と遮っている人がいた。日本で人が話すたびに「いや、そうじゃなくってー」と遮ってたら結構ウザい。同席していた先生に「ああいう不是の使い方って失礼にはならないんですか」と聞いてみたら「考えたこともなかった! 失礼だとは全然思わなかった」との答え。気にしすぎない方がいいのかもしれない。
2004年07月02日
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