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靖国問題を利用する中国政府中国は困った国である。というより恐ろしい国である。なぜかと言えば、歴史や政治について平気で嘘をつくからである。しかも政府が公然と嘘をつくのである。例えば、シナ事変の被害者数である。これも大いに水増しされた数字なのだが、東京裁判では中国人の死傷者数は三百数十万人と弾き出し、認定した。これを中国ではなんの根拠もなしに、あるときは2千万人と言い、またある時は三千万人と言っている。しかも、一個人が無責任に言っているのではない。政府が公式見解として述べているのである。まるでメチャクチャである。その点、日本は馬鹿がつくほど正直である。広島や長崎の原爆の被害者数にしても、調査に調査を重ね、確実な資料に基づいて数字を弾き出している。だから、アメリカが同じ調査をしても、ほとんど誤差がない。日本がそうだからよその国も同じだろうと思うのは早計である。特に中国に限っては、まったく通用しない。最近の中国は殊更に酷い。なぜか。1990年代に入り、江沢民は愛国教育を強力に推進した。その愛国教育とは強烈な反日教育なのである。少し中身を見てみよう。南京大虐殺はなかった、30万人虐殺は幻に過ぎないというには、いまでは少なくとも世界の有識者の間では定着している。当時の南京の人口は約20万人だった。南京攻防戦が始まるとかなりの人たちが逃げ出したが、戦闘が終わると難民がドッと南京に流入した。その時の南京の人口は食糧配給のこともあり、ほぼ正確で、約25万人である。これを見ても、30万人大虐殺など物理的にもあり得ないことは明らかである。ところが、中国の教科書には南京大虐殺はあった、日本軍によって虐殺された一般市民は30万人である、と書かれているのである。そればかりではない。小日本の鬼は虐殺した人間の肉を餃子にして食べた、と猟奇小説も顔負けのグロテスクな描写まであるのだ。ここにきて江沢民の中国政権がこのような反日教育を強めたのはなぜか。中国の経済発展は目覚しい。だが、その恩恵に浴しているのは沿岸部だけで、内陸部とそこに暮らす9億の人々、その大部分は農民だが、これは依然として貧困の中に取り残されているのである。つまり、中国の経済発展は貧富格差の拡大と同義語なのだ。貧富の格差拡大は取り残された人々の不満となって蓄積する。その不満が共産党独裁政権に向けられ、天安門事件のような事態が発生することを、中国政府は非常に恐れているのである。中国政府はさまざまな形で言論弾圧を加えているが、ITが発達しインタ-ネットや携帯電話がそれなりに普及すると、情報を完全にコントロ-ルするのは不可能である。情報が飛び交えば、すれだけ不満も爆発しやすい。そこで中国政府は不満の矛先を別の方向に向ける策を取った。その標的に選んだのが日本である。靖国問題などイチャモンをつけても日本はペコペコするだけでろくに反論もしないから、くみ易し、と見たのかもしれない。それが90年代以降の愛国教育という名の反日教育になったのである。サッカ-のアジアカップに見られた猛烈な反日ブ-イングは、まさに反日教育の現われなのである。日本はこうした厄介な国と隣り合っているのである。好むと好まざるとに拘わらず関わり合いを避けることはできない。だからこそなおさら、われわれはしっかりとスタンスを定めて対応していく必要が有る。(以上、某雑誌より、渡辺昇一上智大名誉教授の意見文抜粋)先日、民主党の前原党首が中国を訪問して、記者会見した。その中で中国の軍事情勢に、「脅威である!」という発言をした。立派である。当たり前に見れば誰が見てもそう見える。若い野党の党首が、個人的とはいえ勇気のある発言である。日本人であれば、当然の発言であるのだが野党の党首の彼の発言は、日本の政治にとって歴史的発言になる可能性もある。領海での勝手な中国の石油ガス開発や、原子力潜水艦の領海侵犯事件。一方、自民党の窓際政治家達が、歴史を直視できず、中国や韓国の批判に耐えかね、戦犯者の分霊を何十人もが真剣に考え検討会を開いている。税金の無駄使いもはなはだしい。そんな政治家の中には、中国のODAに絡んで、バックマ-ジンをしっかり稼いでいる連中がかなりいると推測もされる。さて、中国や韓国は、自国の教科書は自国の都合の良いように歴史を編集し、教育している。それなのに、日本の教科書の内容には、痛烈に批判・干渉して来る。それに、いちいち反応し、先方のゆうなりに応じてきたのは誰だろう!そして、その教科書により、教育され、間違った歴史認識のまま生育した日本人は、どれほどの数になるだろうか !これこそ近代日本教育の大罪である。いまからで遅くはない。感情に流されず、正確な歴史認識の基に立っての教育を早急に取り戻すべきである。そうしてこそ、日本の中国に対する取るべき方向性が見えてくるのであると私は思う。さて、私の、心配するのは中国の今後である。13億とも14億人とも言われている中国の多すぎる人口。この人たちが、一斉に、それも急速に民主主義と資本主義の蜜の味を覚えたのである。衣食住の変化は、産業構造や環境問題まで大きな影響を与える。まず、エネルギ-、食糧、水等が不足となり、この不足レベルはかって人類が経験したものをはるかに超えるものとなろう。それに伴う環境問題も、想像を超える地球規模の非常事態がいずれ訪れると推測される。その時、中国国民はどのように行動し、中国政府は何処に舵を取るだろうか?内部紛争で片つけられる範囲を超え、最終的には今まで経験したことの無い方向に進む気がしてならない。即ち、外部に向かっての行動である。その時の為にも、日本は誤った歴史認識を正し、相手側にも改めさす態度と行動を、いまこそ取り組む必要があるのだと私は思う。醜い争いは避けるべきで、ましてや戦争は絶対避けるべきである。避けるためには、現実を生きるための方策だけでは絶対駄目である。「自分達だけが生きている内だけ何も無ければいい」。そんな考え方の仁が、年齢に関係なく近頃多すぎるのだと思う。「後から続くもの達の為に」先輩達の多くは、そのように思考し生き抜いてくれた。いまの我々はその結晶の中にあるに過ぎないと思う。この結晶を、更に磨いて、次の世代へ引き渡す義務が、我々日本人(人間)には誰にもあるのである。
2005年12月28日
清朝は、満州族が中国を治めた時代である。その最後の皇帝が溥儀であった。その清朝を倒したのが辛亥革命で、指導者が孫文である。孫文亡き後権力を握ったのが蒋介石である。その蒋介石は共産党と合作し、北伐に乗り出す。その過程で外国勢力排斥の気運が盛り上がり、シナ兵は漢口や南京で各国の租界を襲撃。掠奪、暴行、殺戮と暴虐の限りを尽くした。昭和2年の話である。自国民が生命の危険にさらされ、権益が損なわれたのである。イギリスやフランスは揚子江に軍艦を入れ、暴徒と化したシナ軍に艦砲射撃を加えた。日本軍も軍艦を揚子江に持ってきていたが決して手を出さなかった。外務省の命令で、軍が従ったからである。命令を出したのは、幣原喜重郎外相である。彼は、人物的には立派で、非の打ち所もない人であったが、シナ人の思考を考慮しなかったのである。そのために、日本領事館にシナ兵が乱入し、手当たり次第に破壊、掠奪、暴行を受けたのである。武力行使を我慢し、乱暴狼藉を許して日本は何を得たかである。普通の国なら武力による反撃を控えた日本に協調の姿勢を感じ、日本への攻撃だけはひかえるようにするだろう。だが、シナ人はそういう相手ではない。揚子江に軍艦を持ってきながら、日本はなぜ艦砲射撃をしなかったか。それは日本が弱いからだ。弱い相手は徹底的にやっつければいい。そう考えるのがシナ人なのである。シナ人の思考様式なのだ。「シナは仁義を重んじ、礼節を尊ぶ教えを説いた偉大な孔子を生んだ国である」。まさか、と思う人がいるかも知れない。だがそうではない。殺戮が絶えない地だから愛と平和を説くキリストが現れた。 カーストという差別がある地だから、人間平等を説く釈迦が出現した。偉大な教えはよそに移って根を広げたが、教えが生まれた地ではいつまでも殺戮が続き、差別が現存している。パレスチナ、エルサレム、インド、パキスタンそしてシナ(中国)である。シナ(中国)は、仁義も礼節もなく秩序が乱れ放題だから、孔子のような偉大な存在がでてきたのである。いまだに秩序は整わない。このことは、首相の靖国参拝を非難すればすぐに謝罪する日本に「そこが弱み」とつけ込んで、威丈高に歴史認識がどうのこうのと対日非難を続ける中国の外交姿勢を見れば、容易にうなずけるだろう。中国はそうゆう国だとよくよく心得なくてはならない。先日ASEAN会議が終了した。中国と韓国は、小泉首相の靖国参拝を非難して、個別外相会議や、トップ会談を拒絶した。小泉首相は「そのうち理解されるだろう」と一切の要求を退けた。立派である。というより当たり前である。駄々をこねる子供を、良識ある大人は相手にしない。そんな風に良識ある世界には映ったであろう。今までの腰を引いた首相や官僚が多く、ただ頭を下げてゆうなりになってきていた。この態度が、どれほど日本国の国益を失ってきたか!一例を挙げれば、ゆうなりの巨額のODA。ODAを受けている国が、アフリカ等にODAを行っているのである。人のふんどしで相撲をとるとはこのことである。その裏には、資源確保ばかりでなく、共産主義の思想圏をアフリカに広げようとする魂胆が見え隠れしている。アフリカでは、近年民族紛争が絶えず、その根の部分に資本主義と共産主義のつば争いが潜んでいるのである。文明の汚れを余り経験していない純粋な人達故に、一度争いになると理性を越えた骨肉の争いとなり、アフリカは今や苦難の戦禍の大陸となってしまった。風の噂であるが、日本のODAで中国軍の軍備が近代化され、古い兵器がアフリカに活用されているという話も聞く。真実だとすると、なんとも情けなく、悲しい話である。それは兎も角、中国人(シナ人)は、日本人とは思考が違うのである。体系や皮膚の色が同じであるから、つい、気を許し、同じ発想だろうと思い込んで接してしまう。言い方を変えれば、人のいい日本人は、同じ視線で接しようとし過ぎているのである。かって、私が中国でビジネスをしていた頃、中国の方は「中国人は井戸を掘った人には必ず報いる」とか「中国人は心が通じあった真の友人は、絶対裏切らない」とか色々なことを云われた。しかし、実際はそうではなく一時的な詭弁に過ぎないと、今私は思っている。先日ある中国人にその事を話したら「貴方がそういう人ではなかったから、そうされたのでしょう」とこちらが悪いようにされ開き直られてしまった。確かに私が偏見を持ちすぎるという人も居るが、中国で裏切られ裸にされ、追い出された日本の実業家は実に多いのである。中国で成功した日本の実業家は余り聞いたことがなく、これが何よりの証拠である。しかし、残念ながら日本は中国と地理的にあまりにも近すぎる。付き合いたくなくても付き合っていかねばならない隣人なのである。中国の日本に対する影響力を考えると、今後ますます大きくなることは確実である。特に、中国13億人が近代社会に突入した今、エネルギーや食料、環境問題等で世界的な影響が既に出てきており、近い将来、深刻な沸騰点になることは推測して置かねばならない。その時日本は、どう対応するのか?こころして置かねば中国の配下となり、亡国の憂き目を見る可能性もある。答えは長い歴史が出してくれている訳であり、我々はそれをしっかり参考にすべきである。「中国人は、日本人と思考が違う。日本的な謙遜や思いやりは通じないのである。あくまで現実主義。「イエス」「ノー」をはっきして、けっして弱みを見せないこと。」このことが答えであり、よく肝に銘じておこう。
2005年12月27日
第二次世界大戦の原点は、シナ事変であったと云われている。今回は、そこに焦点を当てて見る。昭和12年7月7日盧溝橋に響いた一発の銃声がシナ事変の引き金になったというのは定説である。その一発の銃声を響かせたのがシナ側であることは資料で明らかだ。蒋介石の国民党軍に潜入した共産党の策動によるものであったのだ。それはともかく、一度は武力衝突になったものの双方の話し合いがつき、現地では停戦状態が出現していたのである。ところが、それから約三週間後の7月29日、通州で実にむごたらしい事件が起こった。一般の日本人居留民約200人が惨殺されたのだ。その多くは女性であり子供であった。襲ったのはシナの保安隊である。その虐殺ぶりは直視に耐えないものだったという。こうしてシナ事変は本格化したのである。そもそも日本が中国大陸で戦争をした相手は、いまシナ大陸を支配している共産党政権ではない。日本は蒋介石の国民党政権を相手に戦ったのである。その国民党政権を台湾に追い出し、満州を侵略し、満州族の文化も歴史も伝統も破壊して、事実上消滅させてしまったのは共産党の現中国なのである。その国民党政権は戦後、日本に対する損害賠償請求を放棄している。つまり、日本と中国の間に戦争によって発生した問題はすべて解決済みなのである。その国民党政権を共産党政権が継承したのである。とすれば、たとえ国民党政権と共産党政権の考えは違っても、国家間の約束はそのまま継承するのが国際社会の常識である。それを、戦争でこうむった被害がどうのこうの、歴史認識がどうのこうのといつまでもイチャモンをつけてくるのは、筋違いもはなはだしい。さて、「一方的に悪いのは日本で有る」と私達の脳髄から細胞の隅々まで教育したのは誰だったろうか?歴史を正しく認識せず、一方的に偽作されたものを、我々に押し付けてきたのである。民族の誇りも、正義も、先輩達の実績や労苦、および、理想や想いをも、赤一色に塗りつぶしてしまったのである。それが、占領軍の仕業であったら、まだ諦めもつく。日本人自身すなわち、味方からであるから始末が悪いのである。北朝鮮が日本人を拉致しているのに、北朝鮮をかばった日本の政党があった。その党首は、衆議院議長まで勤めて高位の叙勲まで受けているのである。現在拉致は事実であると証明された。日本人だけでなく、レバノン人やインドネシア人、韓国人、エジプト人等も拉致されている事実が判明し、これは世界的、国際的な拉致問題であることが証明されたのである。事実が証明された場合、通常国家では、それをかばった者は、スパイか売国奴とされ、財産没収、名誉剥奪、更に命すら保障できないのが常識であろう。それが、正式な謝罪もなしに引退という小癪な方法で姿を隠してしまった。このお偉い方は、せめてもの罪滅ぼしに、北朝鮮に乗り込み、真実を追究する気迫も、情熱すら全くなさそうである。勲章は箪笥にしっかりしまって、政治家特別恩給で老後を人一倍快適に過ごそうとしているようである。全く日本は、平和ボケした無倫理の国家である。武士道など、一体どこにいってしまったのだろう?こんな指導者の国家であるから親殺し、子供殺し、それに先日は先生が生徒を殺傷させた事件も起きるわけである。さて、同胞が拉致され、何もできない国家は一体なんであろうか?それは、日本が第二次世界大戦で余りにも惨めに敗れたためなのか?原爆をはじめ無差別爆撃で戦争の真実を余りにも味わった故なのか?徹底的に戦争の主犯は日本とされた教育なのか?たとえ、そうであったにしろ同胞が拉致されて無関心でいるのはおかしいのである。かって、シナ事変勃発で、一時は平和が回復されたが、シナ保安隊兵士が日本人を虐殺したため、日本軍が立ち上がった。当然どの国家も行う常識的な行為であった。こんな事実を誰も教えてくれないのである。原因は、明らかに当時の中国側の国民党軍にあったのである。ところで、北朝鮮の拉致問題であるが、国民大多数が無関心であっても、国が何もできないのは又おかしい話である。シナ事変では、200人の同胞の無念のために国家として立ち上がり、戦ったのである。一人の無念の為に戦う国家すらある。戦争経験で戦争の惨めさを一番分かった国家であったらなら、それなりの戦にならない知恵のある戦略を立てればいいのである。同胞を救い出す為、国家としてどう対するか、一日も早い目に見える対策を望むものである。いつまでも、ただ口をつむぎ、耳を押さえ、目を閉じて、嵐の通り過ぎるのをじっとこらえている猿になってしまったら、もはや日本民族も終わりである。目に入るのは、札束だけ。耳に入るのは儲け話だけ。口から発する言葉は金また金。そんな世相を映し出した事件がまた発生した。一級建築士が、自分の生活の為、違法に鉄筋を抜く。他人の命などどうでも良いのである。自分と家族だけがよければ!何でもするのである。それを仕掛けた、コンサルタントも建設会社も責任の擦り合い。そこには恥も名誉も、人間としての尊厳のカケラもない。戦後60年。これは、永い忍耐の時間であった。それに耐え忍んだ日本人。今こそ新しい時代に向けた新しい志向と、行動が必要ではないだろうか!そのためには、歴史をまず正確に把握し、原点を見直す必要が必須であると思う。
2005年12月20日
今回は、この件について、昭和史の詳しい上智大学名誉教授の某雑誌記事を抜粋し紹介します。万里の長城の北側が漢民族の領土だったことは、中国4千年の歴史のどこを紐解いても、一度もなかったことである。その万里の長城の北側にいた満州民族がシナ大陸を制圧し、漢民族を支配したことがあった。清朝である。だが日清戦争に負けて勢力が衰え、漢民族に追われる。辛亥革命である。皇帝は天津の日本大使館に命からがら駆け込んだ。これがそもそもの始まりだ。清朝の皇帝だった人は満州民族の故郷の地に戻って皇帝になりたいという希望を持っていた。これを知った日本が助け、彼を満州国皇帝溥儀として昭和7年に満州国は建国された。これが事実である。単純明快、難しい話ではない。満州建国は満州民族の意思に基づいてなされたのである。この何処が侵略なのだろう。このことを証明する第一級の資料もある。レジナルド・ジョンストンの名著「紫禁城の黄昏」である。彼はイギリス人でオックスフォ-ド大学で近代史を修め、香港のイギリス領事館などに勤務してシナの歴史と文化を研究、いくつかの著作を持つ一流のシナ学者だった。この彼が推薦されて清朝の皇帝だった溥儀の家庭教師になる。溥儀の信頼厚く、常に溥儀の身近にあって相談相手になっていたのである。溥儀が紫禁城を追われ、日本大使館に駆け込んだ時も、彼は最後まで傍に付き添っていた。その後、彼はイギリスに戻ってロンドン大学で東方文化および言語科の主任教授になった。つまり、彼は溥儀を最も良く理解し、当時の情勢や動向を熟知していた人である。昭和7年に溥儀が皇帝として満州国が建国されると、彼は一冊の本を書いた。これが「紫禁城の黄昏」である。この本は昭和9年に出版され、日本でも翻訳が出た。「紫禁城の黄昏」は満州国建国に至る政治情勢を良知り、かつ客観視得る最適任者が書くべくして書いた、誠実で公正な書といえる。その最終章で、彼は明快にこう書いている。「皇帝は自身の自由な意思で、天津を後に満州に向かった」と。この一行だけでも、満州民族の故郷の地に満州国を建てることは溥儀の意思であり、ひいては満州民族の願いでもあったことが分かる。「満州国建国は日本の侵略であり、皇帝溥儀は日本の傀儡である」といった言説が誤りであることは疑問の余地すらない。「紫禁城の黄昏」は東京裁判で弁護側から資料として提出されたが、裁判官は却下した。却下するはずである。これを採り上げたら、東京裁判そのものが成立しなくなってしまう。原本が最近アメリカでプリントされた。又、平成元年に「ラスト・エンペラ-」という映画が公開されたが、これをネタにしたものである。岩波文庫も便乗して「紫禁城の黄昏」を出した。だが、中身はとんでもない翻訳である。第1章から第10章までと第16章全部、それに序章の一部がバッサリ省略され、また、満州国に関係した人の名前が虫食いのように削られている。全文が出ては満州が日本の侵略でなかったことが明らかになる。どうしても日本がシナを侵略したことにしておきたいという意志がそこに働いていることは疑いようも無い。こんなでたらめな本が「紫禁城の黄昏」だと思われては困る。以上のように、「第二次大戦の原因は日本の満州国への侵略」とされている事すら何の根拠もないものである事が分かる。さて、先日懇談会で、74歳のあるご婦人と小泉総理の靖国神社参拝について議論となった。このご婦人はインテリで知識と良識を持ち合わせた方であるが、どちらかというと中国や韓国側にもっと配慮すべしとの意見をお持ちであった。しかし、話を進めていくうちに、第二次世界大戦は日本が一方的に悪いという、ほぼ日本人の平均的な考え方をしていた。先輩で、大戦では大変苦労を経験した方ではあったが、酒も入っていたので、ついきつい議論となった。彼女の思考は、つくられた事実を真実と受け止め、時には中国や韓国の態度に同情するのである。疑問点について具体的に追求しても、とたんに話は曖昧となってしまい、最後に彼女は声を張り上げたのである。「では何故、政府や先生方は修正しないの? 学校で教えないの? おかしいじゃない?」そして、急に声を落として彼女はつぶやいた。「もう戦争だけはいや! それに、戦争は過去のもの!今生きているだけでも精一杯なの!」
2005年12月19日
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