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当治療院がクリニック時代に、通院治療していたご婦人の訃報があった。そのご婦人のご主人からの電話連絡では、脳腫瘍の治療で放射線を20回照射された結果のようである。このご婦人は、ご主人と共に当クリニックを訪れたのは夏の終わり頃であった。以前ご主人が、脊椎狭窄症で通院され、かなりの改善が見られたため、今度は奥さんを連れてこられた訳である。しかし、奥さんの病名は、脳腫瘍であった。原初は5年前の子宮がんで、これは手術により排除されたが、最近の検査で再発が確認され、追跡検査で脳腫瘍が発見されたとのことである。それで、ご主人はすぐ当クリニックを訪れた訳である。実は、ご主人は30歳台に初期胃癌とされ、胃を手術でほとんど全摘出された病歴を持っている。手術前、三分の一か半分の摘出とされていたのに、全摘出されたため、回復まで相当な時間を要しただけでなく、現在も食物はゆっくり採らないと吐いてしまったり、激痛が走る後遺症に現在も苦しめられている。その経験もあり、奥様は高齢だし、副作用や後遺症の残る手術や抗癌剤はやらせたくないと言って当クリニックに来られた。当クリニックで週2回のスケジュールで8回の治療をされた。随分顔色も良くなり、快活になってこられたが、その直後検査のため以前の病院にいかれたようである。それから、ご主人から電話が有り、「医師の薦めで、放射線治療を行うことに決めた。大変世話になっている方に、その病院とその道で有名なK医師を紹介されたため、断るわけにはいかなくなった。K医師の言うのには「元気そうだし、今であったら放射線治療に耐えられ、必ず脳腫瘍は排除され延命できる。子宮がんは高齢だし、そんなに早く進まないだろうから、心配ない。兎に角、心配な脳腫瘍を早く処理しよう」と云うので決断しました」というわけである。病院側は、当初74歳という高齢だし抗癌剤治療を考えたようであるが元気が出た為、放射線治療に切り替えたようである。しかし、20回目の放射線治療を終え帰宅後、突然倒れて意識不明となられた。すぐ、病院に連絡するもベットが一杯等の理由で余り真剣に取り合ってくれない。仕方なく近くの脳外科に行って検査をしたところ、脳圧が上がり、そのために脳が萎縮したようである。早速緊急手術をして、脳液を抜き脳圧を下げたが、縮小した脳は完全に戻らず、意識も戻らない。私がお見舞いに行った時には、放射線の後遺症で、髪の毛も全てなくなり痩せ干せて無症状のまま、ベットに横たわっていた。それから1ヵ月後、ご主人と家族の献身的な手当ての甲斐もなく、旅立たれたのである。ご主人の口からは無念さと、悔しさの言葉が途切れ途切れ出てきて、その悲しみの深さに私は、ただ、合図ちを打つしかなかった。近代医学の悪い面が出た例であり、あってはならない話である。
2006年01月31日
「千島学説の応用」千島博士の発見は、現在でも承認されていない。そのため、生物界、医学界においては従来の「脊髄造血説」を正として、治療や研究を行っている。従って、患者に改善される疾病も改善されず、悪化する可能性すらある治療方法をおこなっている可能性すらあるのである。近代医学では、癌が撲滅できず、原因や治療方法も見つからない難病を改善できないのは、原点を見間違えているところにあるのかもしれない。権威や特権・名誉に縛られている一部の者のために、命を落としている人々が居るとしたら悲しいことである。人間の最大の罪であると私は思う。千島学説がまだ認められない事は、何より人類の愚かさを証明している訳である。さて、そんなボヤキはこの位にして、千島学説を有効に利用する誰でも簡単に出来、安価な健康法を紹介しましょう。それは、「断食法」です。人体の生維持活動を見た場合、植物や動物を口から採取して、歯や胃で細かくした食物は、胃酸で更に分解、殺菌され一部吸収された後、次に十二指腸で胆液(肝臓廃液=様々な分解酵素)や膵臓の膵液と混ぜられ小腸に至る。小腸では、更に大腸菌等微生物で分解・合成され、有効物は腸管より体内に吸収される。千島博士によれば、一部は血液となって行く。農薬や添加剤、無機物等も当然一緒に体内に吸収されていく。そして夫々の体細胞に供給され、肺から赤血球に吸収された酸素と化合して生活動を行っている。成長、衰退もその中で生じる結果である。さて、エネルギーを供給し終えたモノは全て不要となった毒である。速やかに炭酸ガス等の気体は肺から外へ排出され、その他のモノは、肝臓、腎臓で選別され、老廃物として、尿や汗、便から排出される。ここに係わっているのは血液である。千島学説では、すべての細胞も血液で造られて行くのである。骨も脂肪も筋肉も内臓も脳も全ては血液の変化に過ぎないと言うことである。疾病とは、小さく見ると細胞の病気である。何らかの原因で細胞が正規の機能をしない場合である。この主原因は、その環境を乱す毒素なのである。その毒素が正規の生活動を阻害している。この毒素を取り除けば病から開放されるのである。エンダーレインの理論を展開していくと、細菌になると結核になる即ち、結核菌の元のプロテイッド(専門的には、アルベルギルス、ニーガ)は、通常では、骨やリンパの中に存在し、骨格生成にお寄与している。活動するとクエン酸を生成する。これが、血液の循環が悪くなる等環境悪化すると、形態を変え成長する。細菌まで成長したのが結核菌である。これは私案だが、従って結核は体外からウツルだけでなく、内から発生するのだと思う。更に癌である。癌はアルベルギルス・ニーガの成長段階で、抗がん物質(例えば水銀)と体細胞(主成分はカルシウム)と融合したものであろうと推測している。高齢に成るほど、がん患者は増加する。これは、高齢に成るとカルシウム代謝が上手くいかず、動脈硬化や骨格の変形、膝痛等が発生する現象と比例する。原因は皆カルシウム代謝異常による障害の症状である。すなわち、体内環境が何者かに阻害され、体内共生菌が変化を起こすのである。従って、体内環境を正常な状態に変えれば、異常になった体内共生菌の成長は止まり、免疫細胞等の活動で病床は改善されると考えられるのである。さて、断食をすると生体はどのように成るのか考えてみよう。まず、水分以外のものが一切供給されないと、生命を維持するエネルギーが不足する。すると、まず肝臓に蓄えられていた養分が血液に溶け出し、これを補う。次には体内に貯蔵してある脂肪が使われ、さらに筋肉が使われる。千島博士によると、この作用は皆、血液に戻って行われているということになる。すると、様々な細胞に取り込まれ体内環境を阻害していた、毒素も血液に溶け出し、体外へ排出される訳である。生命体は、常時毒素を優先して排出しようとするシステムがある。断食した場合でも、悪いものから優先して、排出されることが容易に推測できる。このように、デドックス(解毒)作用により、体内環境が改善され、疾病も改善される。人間や全ての動物を見ていても、疾病に罹ればまず食欲がなくなる。これも、体内の解毒を促進させるシステム故であると思う。また、人類の祖先もこの生理現象をいち早く発見し、生活に応用してきた。まず、イスラム教では、定期的に絶食させるラマダンという行事も、人間の健康維持をさせる為のものであろうし、仏教の断食修行もその延長上のものと、私は思うのである。「断食法」を生活の中に上手に取り入れることは、健康体を維持する為に、手軽で、最も賢明な方法であるということである。(ただし、重度の疾病のある場合は、専門家の指導の下に行うことが必要)是非、皆さんも積極的にこの優れた「治療法」を活用して頂きたい。
2006年01月24日
千島博士が偉大なのは、終始一貫して、実験研究に真実を求めた点である。「書物に頼らず、自然に学ぶ」態度である。学者に限らずほとんどの者は、数式やシンプルに表された明快な法則を絶対化する。そして、権威付けされたものについては、特に疑う目を持たない。あたかも、それを発見した権威者のように振舞う場合すらある。「ガリレオが、地球が廻っている」と言っても当時誰も信じなかった。たいして知識のない者でさえ、寄って、たかって、彼に石を投げたのである。従来の既成観念が、時として非常識を常識としてしまうのである。また、九大の学位審査委員主査の丹下教授、副主査の平岩教授のダラシナサは何と表現したらよいのであろうか。頭は良く、学識と名誉もあるリーダーが、己の保身の為取った行動は、誠に情けなく、未来永劫子孫にまで不徳は言い伝えるであろう。また、当時のこの件を知り、千島博士に学位請求取り消しを迫った関係者、無関心に振舞ったその他の者たち、その罪は大きい。それにまして、現在でも無視し続ける生物学会や医学会の関係者達。人間の真の本質とは、こんな中にあると思うと、悲しさを越え、限りなく寂しさを感じるのは、私だけであろうか?さて、千島博士は、鶏の胚子の生殖腺と中腎の間を根気良く観察し、その限界領域にはAともBともつかない漠然とした中間領域があり、生物と無生物の間にも漠たる中間領域が潜んでいることを発見したのである。彼はその限界領域を丹念に観察することにより、赤血球が生殖細胞へと分化する事実を発見し、その後も彼は、「バクテリアやウイルスの自然発生」を発見し、また腸粘膜と腸の境を調べて「腸造血説」を唱えまでに至ったのである。暗視野顕微鏡で血液を観察していると、その中間点を結びつけるであろう、プロテイッド(ソマチッド)を見ることが出来る。そして、それから千島学説の正しいのも容易に推測できるのである。植物が光合成で造った、炭素と水素、窒素、酸素等の微少合成物(炭水化物またはタンパク質)が水の優れた特質の中で、特に双極性を活用出来た時、最初の動く生命体となる。その生命体が、様々な環境に応じて、結合、分化を繰りかえり、様々な物へ進化、退化する。 これがつたない私の観察から得た推測である。千島博士がご存命の内に、最小生命体プロテイッド(ソマチッド)が宇宙の星のように煌きあいながら動く様を、合成しあい、また離れる様を、なんとか見てもらいたかったものである。誠に残念である。生命とは何か? 命とは何か? こころとは何か?果てしなく不可解で不思議な世界が、永遠に広がっている。まだ人類は、真実のほんの少しを知ったに過ぎない。千島先生、ありがとう。
2006年01月23日
千島学説は「すべての細胞は細胞分裂から生まれる」という従来の説を覆す、革命的な発見であるが、どうして世に認められなかったのか探ってみよう。彼の上司である、丹下教授は、その観察事実を確認、承認し、それを彼の学位請求論文とするよう指示した。しかし、時代は急速に戦争へと慌しい方向に向かって行き、千島博士もその後、満州の奉天農科大学の教授として赴任した。運よく生還した彼は、敗戦後再び九州帝大に招かれ、例の論文を整理した。そして九州大学に提出したその学位請求論文「鶏胚子生殖腺の組織発生並びに血球分化に関する研究」は、1947年9月に正式に受理された。論文審査の主査は丹下教授、副主査は平岩教授だった。正式に受理された論文は、4ヶ月以内に審査して、教授会に審査報告をしなければならないという規定がある。しかし審査報告はいつまでたっても成されず、結局10年間も塵にまみれてしまった。その理由は、この論文を認めると、それまでの生物学、遺伝学、細胞学、血液学などの定説が根本からくつがえることになり、その影響は余りにも大きすぎたからである。九大で、もしパスさせれば日本の学会から猛反発は必定だったし、拒否すればあとでとんでもない赤っ恥をかくことになる。そんな戸惑いから九大は、正式に受理したものの、そのまま10年間放置せざるを得なかったのである。受理から4年後に副査の平岩教授が「論文をパスさせる自信がない」と言って論文審査委員からいち早く抜けていたし、主査の丹下教授もやがて定年退官となった。この間、大学側から彼に何度も「自発的取り下げ」を請われて、きたが彼は、「学問的な良心からしてそれは断じて承服できない」とその申し出を跳ね除け続けてきたが、丹下教授が退官するに至っては、やむなく取り下げざるをえなかったのである。こうして、千島博士の「革命的な論文」は、学位取得には至らなかった。彼も、論文提出から数年後に九大を辞めて郷里に近い岐阜農専に就職していた。彼はその後、岐阜農専が岐阜大学に昇格したそこで、講師から助教授、そして教授となった。しかし、定説の権威に異説を唱えた千島博士には、その後も陽の当たらない道が運命づけられ、教授といはいえ、下駄箱を薬品戸棚として使用せざるをえないほどに研究室はみすぼらしかったとう。1957年に彼は、農学部教授から教育学部生物科に転出し、いよいよ念願の研究に専念できるようになるが、文部省は既成学説と違った研究をする彼に一度も研究費を交付してくれなかった。しかたなく彼は、実験動物にお金のかからない鶏やカエル、おたまじゃくし、昆虫などを主に使って、黙々と血液、血球の研究を続けた。そして、九大時代に発見した「赤血球分化説」が正しいことを再認識したのであった。
2006年01月22日
「通常時」と「異常時」の命の営みは違う!標本の作り方でなぜ全く違った結果になったのか?千島博士は、生殖腺と中腎を一体にし、他の研究者は切り離した。その違いは、「通常時」と「異常時」の差である。彼の場合は、細胞は安心して通常の本来の活動をしたが、他の研究者の場合は、切り離したため、細胞はそこに異常な環境変化を感じ取って、異常な活動を始め出す。危機状態に直面した細胞は、通常時と全く違った活動を開始するのである。これが、生物の持つごく当たり前な機能で、生き物たちは置かれた環境や直面した状況に絶えず柔軟に対応して生きていく術を持っているのである。これまでの生物学者たちは、生命そのものの基本を無視して、もっぱら細胞や血液を「全体」から切り離して観察を続けてきた。これでは「本来の命の営み」を見ることは当然出来ない訳である。にもかかわらず、これまでの生物学や医学は、その異常状態の反応を絶対化し、それを「定説」として理論体系を組み上げてきた。そしてその結果、気が付いてみたらとんでもない錯覚の学問体系を構築してしまっているのである。特に人の生命を預かる医学は、近年益々細分化され、職業化されてしまっている。脳外科専門、眼科、耳鼻咽喉科、循環器科、胃腸科、肛門科、産婦人科等である。全体を見ずして、部分ばかり見て、手術や放射線、治療薬治療を行っている。それも、部分だけを見て得た異常時の臨床学問を基礎としているのである。いやはや、「クワバラ・クワバラ」である。それにしても、「細胞や血液」すなわち、生命は、異常な状態に置かれた場合生命体を維持するため、異常な反応を示してでも生き延びようとする、なんとたくましさを持っていることであろうか!地球上の生命体が、様々な天地異変の中で姿や形を変えて、こうして生き延びてきたのも摩訶不思議な、この生命力に他ならないと思えるのである。「人間だけが全てを知っている。その中でさらに、学問を究め、偉そうに驕っている仁が余りにも多いのではないだろうか!人間の利のみを追求し、森林を切り開き過ぎ、土壌や河川・湖沼そして、海や大気までも有害物質で汚染し続けている。生命維持環境が恒常時を越え、その限界が訪れた時、きっといくつかの生命体は異常時の何らかの変化をしていくことであろう。その変化が、人間のために吉の方向になれば良いが、凶の方向に行く可能性も有るのである。エイズや鳥インフルエンザウイルス、エボラ熱等兆候は既に出ているのであるが、更に、強烈なものが、いつ襲い掛かり、人類滅亡の事態すらありえるのである。青く輝く奇跡の星、地球。そして、その中には沢山の生命体が生きている。生と死を繰り返しながら、続いている・・・。「その生命体の中の人類」。 大きな生命のリングの中の、たったひとつに過ぎない。その中で、様々な命を頂き、協力を得て一生を生きさせて頂く。間違っても、人間だけが、特別なもので、偉いのでもない。この奇跡の空間と、時間の中で、僅かな時を生かさせて頂くためには、最低守らなくてはならないマナーがある。それこそ「共生のこころ」であり、生き方であると、私は思う。
2006年01月21日
では、肝腎の主人公、千島博士の経歴と学説までの経緯について見ていこう。1940年、千島久喜男は、九州帝国大学農学部畜産学研究室に嘱託として赴任した。それまで彼は中等学校教師であったが、退職して新しい研究人生を踏み出したのである。年齢は既にその時41歳。上司の丹下正治教授が彼に与えた最初の研究テーマは、「乳牛の尿による妊娠診断」というものだった。だが、妊娠した牛の尿を入手するのが非常に大変なため、鶏の卵を材料にした「胚の発生」にテーマを変えてもらった。その研究プロセスで驚くべき発見をしてしまったのである。それは、赤血球が原始生殖細胞や生殖腺の全ての細胞に分化・移行していたことだった。それまでの定説は、「生殖細胞は分裂増殖する」といわれていたのに、事実はこれの反して、赤血球から生殖細胞などが生まれていることを、彼は顕微鏡観察によって発見してしまったのである。その時の驚きを、彼は次のように綴っている。「赤血球から生殖細胞、その他へ移り変わっている状態を見た私は、はじめは唖然として、自身の目や頭を疑うほどのショックを受けた。しかし、何百枚ものプレパラードを入念に調べてみたが、細胞分裂によるものでなく、赤血球から変化するものであることを確認した。丹下教授に顕微鏡を見せて私見を述べたところ、はじめの内は丹下先生も信じられないようだったが、根気よくそれを説明したところ、ついにそれを承認され、それを学位請求論文として提出するように言われた。(「血液と健康の知恵」より)」さらに、彼はとんでもない大発見を、妻に次のように語っている。「これは大変なことになった。生物学はその第1ページから書き替えられなくてはならない。神は私に大きな仕事をさせようとしている。(「千島学説入門より」)」実際、それはとんでもない大発見であった。「細胞は細胞分裂によって生じる」というのがそれまでの定説で、それが生物学の最も重要な根本原理となっている。なぜ、他の人はそう見えたのか。そこには当然理由があった。それまでの研究者は、鶏の胚子の生殖腺(睾丸・卵巣)の組織発生を顕微鏡観察するに際し、胚子のウォルフ氏体(中腎)と付着している生殖腺を切り離して観察していた。千島博士は、それを切り離さずに中腎と生殖腺とを一体にした標本で観察していた。すると彼の、観察では中腎と生殖腺の出来始めのものには境がなく連続的で、しかもその境の付近には血管外に出た赤血球が無数に散在していて、それが原始生殖細胞や生殖腺の細胞に分化、移行していく様子がはっきりと確認することができた。要するに、他の研究者と千島博士の違いは、標本の作り方の違いにあったのである。
2006年01月20日
「環境により、生命体は常識外の変化をする」千島学説と同じような現象についてもうひとつ紹介しよう。世界で初めて、クローンに成功したのは、ご存知羊のドリーちゃんである。これも、メス羊の乳腺細胞を飢餓状態(断食状態)にさらした事から思いがけず道が開けたものだった。クローン羊ドリーちゃんの場合、始めはたった一個の乳腺細胞であった。その細胞の中の核にはDNAが入っていて、本来ならその遺伝子は乳腺組織を形成するタンパク質をつくる指示しかしないのだが・・・。ところが飢餓状態にさらされた時「まるで受精卵(生殖細胞)」のような働きを蘇らせ、そこから驚くべき「創造物語」が始まっていった。そして、ドリーちゃんの誕生となったのである。乳腺細胞を「断食」させ、その細胞への栄養補給がスットプされ、とんでもない環境変化が起こったまさにその時、眠っていた遺伝子が突然目を覚まして全てのスイッチが入り、そこから劇的な生命のドラマの幕が開いたのだ。このことを遺伝子学者は、「体のどんな遺伝子にも全情報が書き込まれていてON・OFFの仕組みがあり、ある特殊な環境や刺激があるときに、OFFになっていた遺伝子のスイッチがONされる」と説明している。分かっているようで不可解な説明である。でもこの事実は、骨髄造血説を考える上でも重要なポイントとなる。骨髄造血説は、健康状態の鶏と鳩では、骨髄の中が脂肪で満たされていて造血現象は観察できなかった。つまり通常時は造血していない。しかし、断食をさせた後、すなわち非常時には「骨髄内での造血現象」が見られたのである。千島学説は、「血は腸で造られる。ただし、飢餓状態や大量出血などの異常時には、骨髄内の脂肪も含めて細胞が血に戻る(細胞と赤血球の可逆性)」としている。つまり、骨髄内での造血現象は、危急時、異常事態での出来事に過ぎないと言うわけである。以上が千島学説の重要なポイントの一つであるが、千島学説はこれだけではない。それは、「8大原理」によって構成されていて、「腸造血説」はその中のひとつに過ぎず、「革命的」と呼ばれる理由は、「赤血球はすべての細胞の母体である」という「赤血球分化説」から始まったのである。次回は、その発見プロセスを紹介しよう。
2006年01月19日
「骨髄造血説」が登場したのは、1868年のことで、ノイマンというビッズオセロという二人の学者がそれぞれの実験から提唱したものだった。そしてその学説を1925年に、アメリカ人血液学者、ダン、セーウィン、キャニンガムの三人が動物実験をして確認した。三人がやった実験とは、鶏と鳩を9~10日間絶食させた後に観測するというもので、その時の実験では骨髄で血が造られていたことを確認できたという。その後血液学はどんどん細分化され、今日の血液に対する観念が構築されていった。その始まりは、「絶食させた鶏と鳩」の骨髄を調べたものであった。では、何故わざわざ鶏と鳩を絶食させ後で調べたかという理由であるが、健康な状態では、骨髄内に脂肪が充満していて造血が見られなかったからである。絶食した場合血液は確かに骨髄でつくられているが、健康状態のときはどうだろうか。理論では、もちろんどんな場合でも骨髄で造られていると言っているのである。なのに、それを完璧に実証している研究者はいないのである。実証したくても、健康状態では骨髄に脂肪が充満しているため観察ができないのである。これに対して千島学説は、「血は腸で造られ、その血からすべての体細胞と生殖細胞が造られる」としている。更に「断食で血の原料となる食べ物が得られなかったり、病気のときや大量出血などの異常事態発生したときには、体細胞が血に戻る可能性があり、骨髄で血が造られるのは異常事態での一部的な現象である」としている。掻い摘んでいうと、千島学説では、「食べたものが腸で血液となり、血が細胞に分化(進化)して体を作り、血が不足したり病的になった場合には、体細胞が血に戻ることもある」と説明している。千島学説では、「食→血→体細胞」への分化、そして「血球と細胞の可逆性(細胞→血)」を膨大な実験観察データーによって照明しているのである。しかし、世間はそれを認めようとしていない。一度認知・確立された知識や学説は疑わない。むしろ他の説には、敵意を持って排除しようとすらする。ここに、名誉と欲と頑固さで固まった、人間のいい加減さと業を感じざるを得ないのである。さてさて、千島学説が正しいとしたら、一体どうなってしまうんだろう?
2006年01月18日
千島学説とは、日本人千島喜久男博士が長年の研究の末、唱えた「腸造血説」という学説である。「やはり、真面目で硬い話か!」そう思われた方は、他のサイトにどうぞ移行して下さい。でもその前に、血液は何処で造られると貴方は教わりましたか?きっと貴方は、「血液は骨髄で造られる。骨髄造血説が現代の常説だ。常識だろう、そんなこと!」とおっしゃられることでしょう。「血液は骨髄で造られている」この骨髄造血説は、生命学界、医学界において基礎理論であり、それを元に理論構成され、様々な治療法もそれを基に確立してきた訳である。例えば、白血病になった方は造血部分の治療として骨髄移植治療法が採用されている。これに対し、千島理論は、「血液は腸で造られている」という説なのである。これでは、従来の学説を覆すことになり、あの骨髄移植で改善されたと言われている治療法、あれは嘘か?ということにもなる。極端にとらえると、「あの治療方法はいかさまか?」ということにすらなる、医学会をひっくり返すような大変なことにすらなるのである。次回から、その本質に迫って行きたいと思う。
2006年01月17日
千島学説とは何か皆さんはご存知であろうか?たぶん知らないと思う。そもそも、千島とは、後に学説が付くから、人間でそれもアジア人、おそらく千島と云うくらいだから、日本人であろうとは想像がつくが・・・・一体何者なのか?宗教家なのか、哲学者なのか、科学者なのか、物理学者なのか、もしかしてサラリーマンかも知れない。学説を打ち立てたのだから、最低高利貸しかもしれない?もしかして、詐欺師であり、詐欺の法則を打ち立てた奴かもしれない?「人を騙す法則」を編み出して、御殿に住んでいるお方が、不治の病魔に犯され、余命なき事を医師に告げられたため、罪滅ぼしの意味で書いた学説かも?であったら少しは面白いが、堅物の奴(小生)が書く日記だからまた、退屈でつまらないものであろう!さてさて、どんな人物でどんな学説なのか、次回以降を少しお楽しみにしていて下さい。
2006年01月16日
昨日昼前、受付の電話が鳴った。私と話したいというので電話を代わってもらった。「モシモシ」と言うと、先方は私の名前を確認してくる。確かに聞きなれた懐かしい声である。「Sさんですね。お久しいしぶりです。お元気でしたか? 血圧はどうですか・・・」矢つぎ早に、言葉が出てくる。実は、Sさんは、ひどい高血圧症であらゆる病院を梯子して回り、改善結果が出ず、様々な代替医療を飛び歩いていた60歳台後半のご婦人である。彼女は、知人の温熱療法の先生から紹介を受け、そのご縁でクリニック時代にMRS治療を行った方である。驚いたことに当時検査をすると、血圧が低い所で120.高い所では220なのである。流石の院長も看護婦さんも呆れ顔であり、再検査を2回繰り返したが同じであった。「頭と、首が痛くて眠れない。それに暑い暑い!」と常時額に汗をかいている状態であった。新薬や、漢方を何種類も飲んで、良い治療法が有れば何処へでも行っていたようである。手提げカバンを広げ、飲用している薬を見せてくれた。片手の手のひらに7~8種類ありこれを、1日3回飲んでいるらしい。それも、30年来ということである。MRS治療を、開始して半月、回数で5回目頃より、血圧が下がり出し、特に下の血圧は100を切った。薬も半減してもらった。1ヶ月後10回目の治療後で、90~165と安定してきたので、心臓の強化治療を加えた。すると、血圧がまた上昇しだし、特に高い部分が200前後で落ちてこないのである。それから、更に1ヶ月治療後も大した改善が見られない。長年の高血圧症から心臓肥大も相当なもので、不整脈もあるとは聞いていたが、そろそろ改善して欲しいと、後は祈りながら夢中で医師と治療に取り組んだ。しかし、彼女は、経済的理由からそれ以後当クリニックには見えなくなっていたのである。風の噂によると、また元の病院に戻って治療しているとも聞いたこともある。時々彼女のことを思い出し、もう命を落としているのではないだろうか?とも想像していたのである。その彼女から1年半ぶりの電話である。それも、両国駅に既に着いていると言う事である。彼女:「あれから、すこぶる調子が良くどこの病院も行っていません。しかし、今日起きたらまた、首が痛く、偏頭痛もあります。それで電話をしました。治療して頂けますか?」小生:「血圧はどのくらいあるのですか?」彼女:「測っておりませんが、かなり高いと思います。」小生:「測ってください。」彼女:「あれからしばらくして血圧計が壊れてしまい、今ありません」小生:「何時ごろこられますか?」彼女:「今両国駅について改札にいます」小生:「・・・・・すぐ、いらっしゃい」驚きと、うれしさで、私はそれ以上声にならない。「まだSさん生きていたんですか!良かった!」彼女を知っているスタッフは話のいきさつを察して、私が電話を切るなり声を上げた。それから、10分後懐かしい顔が少し開けられた玄関のドアから覗いた。満面笑顔である。額にはやはり汗が浮かんでいる。「首と頭の痛いのが消えました」2時間後、笑顔で彼女はまた、ドアから消えていった。憎めない、いい笑顔である。得な笑顔である。私は、その笑顔のせいで「血圧計を買って、管理してくださいよ!」その事を言うのを忘れてしまった。「まだボケる歳ではない?」・・・筈である???
2006年01月14日
昨日、友人Tと会った。新春に、電話では挨拶をしたが、会うのは今年初めてである。彼の会社は錦糸町にあり、その近くの喫茶店でいつもの様に待ち合わせた。約束の時間から少し遅れて現れ、新年の挨拶を交わした。何時もより顔色も良く、それになんだか上機嫌である。挨拶に続いて、彼は健やかな笑顔で「年末はお世話になりました。お陰で腰痛が嘘のようになくなりました」と深く頭を下げてお礼を言った。そういえば、年末近くに会った時、「持病の腰痛が悪化して、とても辛い」と言っていたので、MRS治療をしてやった。すっかり忘れていた。まだ、ボケる年ではない。めったに感情を表に出さない彼が、目を大きく開き、輝かせながら、手振りを交えて報告してくれる。その仕草から、彼の喜びの深さと、驚きの大きさを感じ取れて私も少しうれしくなった。一流会社の技術系の彼は、当治療院を別件で時々訪れ私と会っていた。しかし、MRSの理論とその治療実績や効果を決して信じてくれない。「そんな、馬鹿なことがありえるものか!」と冷ややかな目で私を見ていた。流石に、3年もこの治療法を私が続けている姿に、少しずつ批判の態度だけは和らいではいたが、口が裂けても自分の腰痛を「治療してくれ!」とは言わない。そのくせ、会社の診療所や、あちこちの病院や整体院に通っていたようである。友人とは、そんな所があるものだが、彼の場合も自分の知識や常識から「お前には負けないと・・・」いう、変なライバル意識が根底にはあったのだと思う。どうしても改善されず、年末には、ついにどうしようもなくなり、私の前に体を預けたのである。約2時間私に体を預け、私の予告通り30分もしない内にイビキヲ立てて、寝てしまった。治療後、起こされて、寝ぼけ顔で、腰を触り、ゆっくり回して、「痛みは少しあるが少しいいみたい」と、とりあえずのお世辞を言って帰っていった。彼の話だと、治療の翌日起きると腰の痛さを忘れていたそうである。それも、しばらくしてから、何か昨日までと違う自分に気が付き「俺はひどい腰痛だったんだ!」と思い出したのだという。そういうと、思い出したのかひとりで笑っている。実にうれしそうである。「この意地っ張り野郎が!・・・だろう!」と私は心の中で勝ち名乗りを挙げた。逆の立場だと、私も同じ態度を取ったであろうと思う。友人の中に自分の姿を見ることもまた、人生の醍醐味であり、喜びでもある。なにより、彼がしつこい腰痛から開放されたのがうれしい。
2006年01月13日
冬の夜空に会えることは、うれしいもののひとつである。都会にいて懐かしい星空に会えると、なんだかとても得をしたような気持ちになる。近頃、街灯の少ない公園や、照明の消えたビルの谷間からも見える場合すらある。きっと空気が澄んで、水分が少なく、ひところよりスモックも減っているのかも知れない。スモックが減っているとしたら、うれしくありがたい限りでもある。さて、星空が見えることは、こんなに心をほっとさせるものなのか・・。不思議なことに、懐かしい故郷の風景や、両親、恩師や友人の顔すら脳裏に代わる代わる出てくる場合すらある。その美しい夜空を見た今日は、年のはじめでもあり、宇宙について想いを翔けてみようと思う。宇宙は数的に見た場合、百億くらいあると云われており、そのひとつがわが地球の属する銀河系宇宙である。では、その大きさを見た場合、銀河系宇宙は楕円形で、光の速度で進んでも、直径に10万年かかり、厚さ方向には厚いところで1万5千年かかるといわれている。想像を絶する、すごい大きなスケ-ルである。その宇宙の誕生は、約125億年前だといわれている。従って、宇宙全体の広さは、中心から125億年360度広がる球体となる。宇宙は当初、親指の爪くらい(1立方センチメートル)の大きさで、それがビックバーンという爆発から広がり続けているらしい。その広がりつつある大宇宙の中に、銀河系のような百億の小宇宙が、四方八方あらゆる方向に存在し、かつ、今も広がり続けているのである。その中の小宇宙のひとつ、銀河系の中の端っこの太陽系の中に地球という星があり、その中の何万種類の生命体の中の1種類が人間である。その人間は地球上で約60億人。寿命は平均約60年余り。地球の年齢は60億歳、すなわち宇宙の約年齢の半分である。生命の誕生は約35億年位ではないかといわれており、人類誕生は60万年前、近代人に近い頭脳を持った人間としての歴史なら、1万年前くらいといわれている。歴史上では、中国7千年の歴史とか言われる上からも1万年前位が妥当と思われる。この1万年の歴史すら、地球の誕生からだけで見ても60億年分の1万年。60万ページの歴史本があったとしたら、人類は最後のページにようやく出てくるに過ぎないのである。人間は、宇宙の歴史本なら、120万ページの最後のページの新参ものなのである。その中で個人的に見れば、1万字目に我々の現時代があり、生きても100年、すなわち字数で100字を我々は一生に刻むだけである。その中で人はあれこれと求め、あくせく悩み、悟ろうとあせり生きる。他の生命体とは、少し違う生き方をしているようで、まるで人間だけ死に向かって、必死に生きようとしているようにも見える。生に対し、余りにも一生懸命で悲壮感すら漂っているような気がしてならない。見方を変えると、人間だけが宇宙の時の流れと違う時計を持っているような気もする。それは宇宙の時の流れではなく、人間界の時の流れの変化のスピードかもしれない。文明の時の流れのスピードと云った方が良いのかもしれない。小学生頃までは、それは人が歩く速度でついてきた。学生時代に入るとそれは人が自転車に乗る速度になり、成人になった時はバイクの速度で追い越して行った。40代には車のスピード、50代は新幹線のスピード、60代の現在ではジエット機のスピードで追い立ててくる。人類だけがとんでもない速さで、地球を、宇宙を駆け抜けようとしているようである。ブレーキを持たない乗り物は、衝突か、燃料切れでしか止まれない。この我々の乗り物人類号は、はたしてブレーキを持っているのだろうか。エンジンばかりを開発して、止まるすべを持たない身勝手な乗り物ではないのだろうか。ふと、そんな予感が脳裏を走る。止まるすべをなしに、一目散に、ただ突き進んでいるように思えてしかたないのである。特に怖いのは、人間が創る時の地球環境に対する影響である。人間は、宇宙時間の中で脳を極端に発達させてきた動物に過ぎない。かって人間は、脆弱でライオンや虎など肉食獣に食べられていたはずである。人間も、ねずみが狐を天敵とし、鹿が虎やヒョウを天敵としていたように、ライオンや虎が天敵で有った筈である。弓矢や銃の開発のお陰で、人間の天敵、ライオンや虎はもはや天敵ではなく動物園での観賞用となってしまった。このように人間は、頭脳の発達のお陰で、現在、繁栄を続け生命体の頂点に立っている。これは、宇宙的時の流れに人間の時の流れが一瞬追い越しているからであると私は思う。さて、人間の勝手放題のやり方で、森林を伐採し、川をせき止め、農薬や化学肥料を散布し、大気や水質、土壌まで汚染し、今では地球の体温まで上げてしまった。地球である母は、ついに病気を発症し、高熱は地球上の氷を溶かし、海面を上昇させる。地球は、我ら人類の母だけでない。全ての生命体の母なのである。現在の地球環境が人間だけには天敵をいないように見せかけているが、天敵は必ずいるのである。神の創った生命のリングには、必ず天敵が用意されており、それに人間が知恵に奢り、気づかないだけだと私は思っている。ノアの箱舟で、我々祖先は命拾いし、神から「世に満ちよ!」と祝福されたという。しかし、また、以前と同じ過ちをしているのではないだろうか?人類は、また破滅の瞬間に近づいているのではないだろうか?この人間の作った文明という時の速さは、どうしたら止めることが出来るのだろうか?ブレーキは何処に存在するだろうか?ブレーキのひとつは宗教ではなかろうか?何故なら、人類が文明を刻むたびに、宗教が発生してきた。宗教とは今を顧みる行為なのかも知れない。天や地に頭をたれ、進みすぎる人間の文明にブレーキをかける行為なのかもしれない。そして、それは天が用意した、人間への天敵なのかもしれない。故に宗教戦争は果てしないものとなってきたことは歴史が証明している。宇宙に飛び立てる技を持った現在さえ、中東や世界各国で宗教の争いは絶えない。人間は、宗教の壁を、もしかしたら天敵を、克服できるだろうか?さらに、それを克服した所に広がる、文明のスピードにブレーキを掛けなくてはいけない。このように、人類は現在、実に不安定な状態の中にいることは確かである。これからは、宗教を越え、文明の時の流れを調節できる新たな発想が必要となる。もし、唯一ブレーキがあるとしたら、それは人間ひとりひとりの心の中であると思う。宗教を越えた「共生のこころ」。それが人類を、自ら創ってしまった時の加速度から、破滅へとつながる宿命から、生還できる唯一の道、すなわちたったひとつのブレーキなのだと、私は思う。われらが去った何百年・何千年後にも、この美しい星空を子孫たちが、健やかな笑顔で見ていて欲しいものである。
2006年01月12日
誠に残念ですが、管理医師継続が不可能となりましたので、クリニックを閉鎖し、免疫・整体「ここ一番」として、再スタ-とすることになりました。当治療院は、腰痛や筋肉痛等の整体に係わる治療を主体に行います。痛みや疾病を血液から改善さす治療内容については、基本的には変わりません。癌等の専門的な治療につきましては、当治療院と提携している越口医院や佐野外科医院で従来通りMRS治療を受けることができます。日記についても、今までのように頻繁には書けませんが、何とか継承していくつもりです。今後とも、よろしくお願いします。
2006年01月11日
「丁寧に生きる」熊本・阿蘇の外輪山中で静かに陶器作りと農業に勤しむ陶芸家、北川ハ郎先生がおられる。その方が、某雑誌に新春の雑記を載せられた。私も大変感銘したので、抜粋し、日記のなかに記憶として留めて置きたい。荒々しく生きた人は激しい死に方をする。丁寧に生きたらキチンと死ねると心がつぶやく。得たもの、学んだものを後に続く人々に丁寧に伝えよう。今の日本に次々に起きる事件は痛ましいものばかり。荒々しく生きる人たちが自分の都合と利を追って、荒々しく稼ぎ、稼いだお金を自分の快に変えて、やがて苦しむ。信を失った会社はなかなかやり直しがきかない。信を捨てた人々の表情は荒々しい。鉄筋を抜いた設計士や、それを売った建設会社は、自分の骨まで抜いてしまうことになるという法則に気づかないで、欲と利に体型までも狂わされる。私たちは次のことをよく学ばなければならない。この人生でした方が良いこととしなければならないことしない方が良いこととしてはならないことこの違いをこの世に学びに来たのだ、ということに気づかない人たちは、重い欲の荷と、さらに重い罪の荷を降ろせずに終わってしまうだろう。人生の後半にきたら、人生の前半で積んださまざまな欲や、他人への罪や、悲しみの因(モト)の罪を降ろす作業に入るほうがいい。借り物の服はちゃんと洗い、しみを出来る限り落とし、破れは小さくして、神に返したい。してはならないことを人にすると、その人の魂まで傷ついてしまう。魂まで傷つくと、その人の人生が狂ってくるだろう。他人の人生を狂わすと、必ず自分の人生も狂ってくる。淀みなく車が流れる高速道路で乱暴な運転をすると次々に周りの車を事故に誘い、自分の車もたちまち事故に巻き込まれてしまうだろう。自分勝手な生き方は、自分勝手な運転に似て、信を失う。私たちは二度とないこの世で、学ばねばならない。しない方が良いことと、してはならないことの重みの違いを、学びにきたことを。
2006年01月08日
宇宙はすべて粒子からできていて、環境によりその粒子が色々な形に組み変わる。特に地球上の生命体は、水の持つ優れた多機能を活用して、無機物を炭化物やアミノ酸等に合成し、生命のリングを創っている。その最初の生命体こそ、植物蛋白コロイドと水の双極性が相まって誕生したプロテイッド(ソマチッド)だと私は推測している。おそらく大きさは、1~20ナノ位のものではないか、いやそれより小さいのかもしれない。その源のエネルギ-は太陽光であり、宇宙の磁場はじめ様々な波動エネルギ-である。生命体として組み合わさったものは、エネルギ-の出入りの状態によって、生または死を迎える。その環境に平衡状態を保つことができるか、または合致した次の生命体がそこに組み合わされ根を張った場合、これが次の生命体の生である。崩壊して最終的に最小になる生命体は通常の場合、プロテイッドである。但し、燃焼や呼吸作用によって更に微少な無機質の炭酸ガスと水、窒素等分子になる場合も有る。現在の地球の置かれた環境下では、これらの段階での変化が主であるが、まれにはこの炭素や、水素、窒素等の分子が更に原子となり、その原子間で電子の出入りがなされた場合、他の物質へと変化する場合も有り得るのである。通常この反応は、核融合・核分裂と言われ、超高温・高圧下の特殊な環境下でないと成り立たないとされてきた。しかし、例えば生命体の細胞の中では常温・常圧の環境下でいとも簡単に行われている可能性も有ると思われるのである。そこに何があり、どんな理論と方法でそれがなされるのか・・・・? もしかすると、最小生命体プロテイッド(ソマチッド)がそこに係わっている可能性も無視できないと私は思うのである。このように、小宇宙の世界もまた、大宇宙と同じ不思議な無知の世界そのものである。まだ、残念ながら人類は何も本質を理解していない。暗視野顕微鏡の世界を覗いていると、そんな無力感に襲われてしまう。さて、この生命のリングの見方を変えてみると、すべては有であり無でもある。無から有が生じ、有は無に戻るわけでもある。人の目には現実的にはそう見えるのである。仏教の思想の中にもそんな考え方があるのは、自然を実に良く観察していた聖人達がいたからであると思う。いわゆる悟りである。そんな悟りを開かれた高僧の方に、プロテイッド(ソマチッド)の動くさまを、見せてあげられたら、彼らはどんな言葉を発しただろうか?それより、現在のあらゆる宗教家の方々にも、この現実を見せてあげたいものである。人類に新たな宗教感が誕生するかもしれないと私は思っている。宗教家に限らず、関心のある方は是非おいでください。
2006年01月06日
明けましておめでとうございます幸いなことに私は、また、ひとつ歳を加えさして頂いた。近頃、一年人間として生き延びることは、一体幾つの命の犠牲の上にあるものなのかと、ふと考えてしまう自分がいる。そして、はたしてその価値が私にあるのだろうかとも自問もしている。生命に関わる仕事に取り組み出したことと、そんな歳になってしまった事がそんな心境にさせてくれたのだと思う。さて、友人が、私のこの日記を途中から見ていたらしい。年末に彼と食事をした時、小泉総理の靖国の話題が出て分かった事である。彼に感想を尋ねると「少し強烈だな!でも面白い!」と言って、後は他の話題になった。「そもそもホームページの日記は、誰でも言いたいことをストレートに出し易いので強烈なものとなる」でも、友人の言葉が少々気になって最初から読み直してみたが、私には決して強烈なものではないとあらためて思った。きっと、友人はタブーとなっている第二次大戦前後の歴史問題について「過激」と言っている事であろうなと推測した。しかし、私はこの件については強く次のように思う。「これからの日本の道は、そこに焦点を当て、分析し、正しく見直さない限り見つけられない」と!今日まで、あまりにもこの問題について、あやふやにしようとし過ぎる政治家や、マスコミ、思想家、教育者が多すぎたのではないだろうか。それに、大方の私たち日本人も、この問題から逃げよう逃げようとしてきたのである。その期間はなんと、60年もの長い年月である。年末テレビ番組の中にも、これらの問題に触れたものが少なからずあったが、番組の中の政治家、評論家、マスコミ関係者等は、中国や韓国の心情ばかり考慮したもの意見が多すぎた。先送りにしようとしたり、現状ばかりに捕らわれる意見は、実に現在の日本を象徴していると私は感じた。悲しいことである。近頃人気のある女性占い師が、某テレビ番組で「近い将来日本は、中国かアメリカに吸収され、滅亡する!」と予言した。これは非常識の若者の言動に、彼女が突如発した言葉である。私は、予言ではなく彼女なりの愛国心が発した、「警告」と捉えたが、是非そうであって欲しいと心底思う。この日記を見ている中国・韓国の方もいると思う。いたら誠に、光栄である。真の友好関係は、この歴史の真実を再認識したところから始まると私は思う。創られた上辺だけの友好関係などから、どうして永続的な友好関係が生まれようか!平和と繁栄は、人類の誰もが願う当たり前のことである。そして、それは一過性のものでは駄目で、永続的に未来に続いていかなくてはならない。そこに、制約や妥協が当然発生し、必然的に協調が生まれる。当然のことであるが、自然の生命のリングの中で、人類も生かされているに過ぎない。人類は幾たびかの苦難に遭遇し、時に争い、破壊し尽くしてきた。でも今日あるのは、人類の知恵が、それらをギリギリ乗り越えてきた結果である。むしろ、偶然、奇跡的にそうできたのかもしれない。でも、次はないのかも知れないのである。何故ならば、現在の人類は余りにもすごい兵器と、文明手段を獲得しているからである。便利になればなるほど、滅亡までの時間もまた、短縮しているのである。誰も電気照明を止めてロウソクに代えられないように、止められなくなった文明は地球環境を確実に破壊し続けている。文明が進化するように、人間の頭脳や心がついて行けるかというと必ずしもそうではない。特に、心は反比例の方向に動いていく。個人主義を越え、利己主義の危ない世界がそこには広がっていく。「人間には天敵がいない」と言われているが、この内に存在する心こそ天敵なのである。「自然のリング」は製造と崩壊から成り立っている。繁栄し過ぎるところに必ず天敵が現れ、さらに腐敗と滅亡が訪れる。従って、人間だけが、地球を我が物にして繁栄し続ける筈はないのである。言い方を変えると、限界が訪れれば、必ず崩壊が訪れる。それが生命のリングの掟なのである。人間の利己主義の充満こそ、人類の崩壊の道を示唆しているのである。インドのある経済学者が、ロシア連邦の共産主義が崩壊した時、次は資本主義に偏った民主主義が崩壊すると予言した。民主主義は民族主義を助長し、最終的には家族主義、個人主義を醸成し、行き着く先は過剰利己主義となり、人類は自ら崩壊の道を歩むのである。これが、自然のリングの隠された掟なのである。人類が培ってきたあらゆる宗教、哲学もそれを求める方策に過ぎなかったのかもしれない。すなわち、人間が内に宿す永遠の、悩める心の問題でもあると私には思えるのである。さて、そんないまの時代こそ、協調・共生の心が必要な時はないのである。協調・共生の精神こそ、生命のリングの頂点に立つ人間が、リングの存続と自らの種族生存のため、心がけねばならない最も重要な事だと私は思う。「和をもって尊ぶとなすべし!」かって、聖徳太子が倭の国を統一し、世界に発した興国の意志である。この意志こそ今後の世界において、重要で有り、それゆえに日本の存在と義務には計り知れない大きいものがあると私は思う。
2006年01月05日
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