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江戸時代から竹島は日本の領土である。歴史を見れば明白で、その証明できる文書は島根県に沢山残っている。ところが戦後になって、韓国が李承晩ラインを勝手に引いてしまい竹島を占領してしまった。そのころ日本はまだ被占領国で主権がないからなんとも言えなかったのである。昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約発効で始めて主権が回復できた。その時即刻領土を主張すべきだったのにやらなかった。独立を回復してから国際裁判所に訴えているが、国際裁判所というのは、こちらが訴えても相手が受けて立たなければ裁判が始まらないことになっている。韓国が乗ってこない。なぜ乗ってこないかというと、あらゆる証拠は日本側に有利だからである。普通は占領されている国が騒ぐのに逆なのである。占領している国が騒いでいる。彼らには何の証拠も自信も無いから、無理に騒いで既得権を主張してあわよくばそのまま頂いてしまおうと考えているようだ。韓国は切手を作り、観光旅行コ-スまで行って国を挙げてPRし、自国領土を主張しているが、日本は切手を作ったが旧郵政省の反対で発行すらしていない。要するに、日本政府や関係者は、ちょとでも摩擦を起こしたくないと考え対応しているからである。臆病で事なかれ主義の指導者達の、あきれた腑抜けの行動である。竹島の周辺は良い漁場である。韓国はそこを基地にして日本領海内で密漁すらしている。島根県は自ら声を上げているが、国家が頼りない。「そんなことを言ったら国益を損なう」と思っている。臆病で売国奴のモノ達、特に外交官が腑抜けになっている。中国が騒いでいる尖閣列島問題も全く同じである。今日本の打つべき手として、1.歴史の事実を国民がもっと知ること。2.その上で国際世論を喚起すること。3.教科書にはっきり書いて理解を共有すること。4.切手を発行すること。5.臆病者を取り替えること。我々は余りにも自分のことばかり考えて生きていないだろうか?戦争で負け、魂までも自らの手で葬り去ってしまっていないだろうか?平和で生活の豊かさに満足し、ほんとうのものを失ってしまったのではないだろうか?周りの日本人ではない人や、それらの影響を受けた教師や政治家の考えに、同調していないだろうか?終戦後日本には、一躍戦勝国民となった在日韓国や中国人が、無法地帯となった日本で違法な土地占領や暴利をむさぼり、現在確たる地位や企業団体を形成しているものも多い。良く見、よく考えると、日本は、敗戦後いまだに彼らの占領国なのかもしれない。駅前の一等地に多いパチンコや中華料理店。全てではないが多くはそれらのものである。パチンコ産業の総売り上げは今や30兆円産業(実質90兆円といわれている)、日本の農産業の売上よりはるかに多い。そのパチンコ産業の経営者の何十パ-セントは朝鮮半島の出身である。拉致問題の報復処置として、経済制裁のひとつとして、貿易の禁止をしても、中国や韓国経由で幾らでも対応できるので北朝鮮はビクともしない。十分な資金が日本から流れていく。その多くがこれらである。日本人は、折角汗して働いて、安い給料の中からパチンコで小遣いのほとんどを吸い取られ、そんなサラリ-マンや国民が多いのではないだろうか。パチンコは日本しか成功しない産業と言われている。どの国でやっても成功しないのである。これは、パチンコという遊技が、日本人の性格や心理を徹底的に分析し、それを利用しているからである。例えば、負けず嫌いの部分、遊んでお金になるというケチな心を揺さぶる部分、腕や頭を使うことにより結果が違う部分、集中しのめりこむ性格の部分、騒がしい雰囲気で日頃の鬱憤を晴らせる空間等、実に見事である。朝鮮半島を豊かにしているのは、そして拉致問題解決を遅らせているのは実は我々の身近に原因があるのである。それに、愛する国であれば、山や海に廃棄物を棄てるわけがない。これらの事業者の中にも関係者は実に多いのである。北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのお母さんはこんな言葉を発し続けている。「めぐみは必ず取り戻します。そして、日本を凛とした国にします。私はそれに命をかけています」放浪の民日本人よ、何処に行くのだ。今だ敗戦の呪縛から、富ばかりか心まで占領されている。これがこの国の真の実態である。もうそろそろ眼を覚まそうではないか! 大和の国の民達よ!
2005年10月28日
先日門馬先生の自然療法医学について、講習会があった。先生の講習の中からポイントを紹介したい。先生は、永らく教育の場で、教鞭に立っていたが、そこで病気がちや、不健康な児童は、親の躾や学校の指導方針とは関係ない所に原因があることに気がついた。食生活や環境破壊がその主因と捉え、一大決心をし、教師を辞め米国やインドに渡り勉学を深め、自然療法医学をうち立てた。現在米国・インドを主体に活躍中。日本の活動は年間1ヶ月程度。門馬登喜大(もんまときお)先生略歴1953年福島県生まれ。25年間教育機関に従事し、その後環境問題が人体に及ぼす影響やさまざまな病気、障害の対処法を学ぶため米国シアトル市に移住。ワシントン大学で環境科学、環境医学を聴講後、バスティア大学でアーユルヴェーダ医学(インドの伝統医学)を学び、アーユルヴェーダ・プラクティショナー(AYU認定)の資格を取得。引き続きインド、ヒンズー大学、大学院博士課程に在籍しアーユルヴェーダの研究をしている。現在、富山県国際伝統医学センター参与、IP生命医学研究所所長、AJ統合研究所(米国)主席研究員、英国アーユルヴェーダカレッジ日本付属校客員講師などを努めている。関連書籍に長野久馬著「門馬先生の知って得するこぼれ話―パンチャカルマ解毒があなたを救う」がある。「ナチュロバシー」自然療法の医学とはどのようなものか2005/10/21(金)長寿アカデミア健康講座わが国ではパーキンソン病やクローン病、突発性大腿骨頭懐死症、筋萎縮性側索硬化症など、どうしても治らない病気を「特定疾患」に指定していますが、その種類は「128」もあります。その患者さんは、1974年の調査では17595人だったものが、約30年後の2002年には、528024人と、約30倍にも増えています。たとえばクローン病というのは米国の医師B・B・Crohn博士発表したものですが、腸の慢性炎症性疾患で、腹痛や下痢、発熱、体重の減少を伴い、ひどい場合には腸に穴が開いたり腸閉塞を引き起こしたりします。現在、何万人もの患者さんがこの病気で苦しんでいるのですが、原因不明で治しようがないとされています。しかも、この患者さんの60~70%は20~30代の若い人たちです。これは一体どうしたことでしょうか。米国ではもっとひどくて、特定疾患は「6000」種類もあり、2500万人もの患者さんがこうした難病に苦しんでいます。特定疾患はあくまで政府が指定したものですから、日本では患者さんの数が少ないために「特定疾患」の中に入れられていない難病を抱えた患者さんもたくさんおり、医療から見捨てられた状態の方も少なくありません。さらにわが国では、自殺者が3万人を超えるという異常な事態が起きており、子供たちの暴力やいじめ、登校拒否、体力・知力の低下など、様々な問題が深刻さを増しています。こうした疾病や社会問題は、これまでの医療だけではとても解決できないという現実に、私たちは今、直面しています。多くの子供たちが疲れやすい、集中力が無い、怒りっぽい、風邪をひきやすい、 いわゆる虚弱児。この原因は、遺伝子や性格、もって生まれた資質ではなく「環境汚染や食品汚染の影響」である。具体的には 1.空気、水や口にする飲料水、ジャンクフード 2.目にしみるシャンプーや石鹸、香料等添加物の入った歯磨き粉などであ る。★このまま大量生産・大量消費の生活を続けると、環境汚染も農薬や添加物による食品汚染もなくならず、「特定疾患」に限らず原因不明の病気は益々増えるだろう。★米国で「ナチュロバシー」などの自然療法が盛んなのは、これまでの「病気」だけを診る医療から、環境を含めた「人間全体」を診る医療の重要性を、消費者自身が良く認識してきたためである。★世界で開発された農薬の累計数は約2万種類。使用された種類6000.★クローン病の原因は、プラスチックバター、いわゆるマーガリン(水素を人工的に付加)といわれている。ベルギーではマーガリンを販売すると犯罪となるほど厳しい動きが出ている。しかし、日本やアメリカでは動きがまったく無い。★米国の奇病は2500万人(人口2,5億人)。パーキンソンは世界で400万人。★CT検査の被爆量は、広島の爆心地より2,4Km地点と同じで危険である。★遺伝子組み換え:1987~2002年間に、8390種(大豆、トウモロコシ、米、綿、ナタネなど)危ない話である。★アラスカのある種族:奇病が多発。アザラシの肉や内臓を食しているためで、原因は、環境ホルモンや人工合成化学物質が魚に濃縮と推測している。★カナダの湖では魚がいない。→酸性雨の影響と思われる。★PCBの濃縮:微生物から人間まで濃縮され人間では、2500倍の濃度となる。★水も汚染されており、ほとんどの水は、約700種類の化学物質が含まれている。高性能の除去浄水器が必要。★オゾン層の破壊:フロン等による大気汚染→メラノーマの増加★表土の汚染:大量の農薬や化成肥料による。 日本の農薬使用量は米国の7倍。今後の影響が心配である。★遺伝子組み換え:賛成派は2国、米国と日本だけ。西欧は反対。実験済みだからである。★ランドアップ植物:ラットで有害を立証済み(西欧)★パック入り牛乳:防腐剤含有→子牛に与え続けたら死亡した。★乳製品も危険:ニュージランドの婦人は骨租そしょう症が多い。一番カルシュウムを乳製品から摂っている国のデ-タ-である。何故?★免疫・ホルモン異常の原因:界面活性剤は擬似ホルモン(シャンプー、化粧品、歯磨き粉)といわれている。米国では4歳で生理が始まる女子が増加。★累計製造化学物資:4000万種類、数百万トン以上。このうち安全確認4%のみで後は、未確認。★スモン病:大腸カタルをキノホルモン系剤で治していたら免疫異常で副作用多く禁止となった。薬の副作用は怖い。★日本は世界一の長寿国:裏返せば、寝たきりの一番多い国★缶コーヒーは偽者:日本で2種類しか本物なし、後はごまかして調合したコーヒーである。★高血圧症:ハーブとキトサン、食生活で改善例あり★はげ:自然薬草(女性ホルモン)で治した例あり★ダウン症:どんな子供でも能力は同じ。完治した例で分かった。★老人でも脳細胞は活性化できる:やる気を持てば脳も活性化した★対応策: 1.水を選ぶ 2.食を選ぶ 3.化学物質を使わない(調味料、殺虫剤など)★良い食事: 1.玄米食 2.良くかむ(200回以上) 3.キノコ類 4.発酵食品 5.海藻類 6.小魚類★玄米食:抗がん効果のある物質を含んでいる(フコイダンや冬虫夏草と同じ)★白米:リドレシンという発がん物質ある。昔姫と言った。弱弱しく育つ?意味かも知れない。先生のお話から、現在の人類が直面している健康問題のほとんどは、人類自身が作り上げたモノが主因である。農薬や化学肥料、医薬品、化学製品等である。便利さと裕福さを求め過ぎるところに原因がある。天に唾を吐いて、自らの顔に降りかかっているのに、止めようとしない。それをやめない限り、天罰は続くだろう。「人類よ眼を覚ませ!」と言う事らしい。全く同感である。素晴らしく、懐かしい日本人らしい日本人に久しぶりにお会いできた、素敵な、素敵な夜でありました。「感謝」「感謝」まだ人間は、棄てたもんじゃない!
2005年10月26日
EBMを採用しての健康診断も完全ではないとH委員長は言っている。理由は、前述の通り、「医学とは不確実のもの」ということである。検査も病床を100%発見できるのでは到底ないということである。では、健康を維持するために最も効果的な方法についてどうしたらいいのであろうか、次の提案があった。「この世の中からタバコがなくなったら、すべての癌が半分になるという推計がある。健康のために禁煙と、ダイエットと、血圧を下げるという選択肢があった場合、タバコは止められないから、かわりにダイエットと血圧を下げようという人が居たとしたら、全くナンセンスである。タバコには肥満や血圧とは比べらものにならないくらいの影響力がある。タバコがなくなると、癌も心筋梗塞も大きく減少する。ところが、肥満がなくなっても、癌や心筋梗塞が少し減るだけである。禁煙が効果順位から言ったら第1位である。もし、神様がいて地球上の人間の余命を延ばすためにたった一つだけ何か実現してくれるとしたら、最も余命がのびるのは地球上からタバコを失くしてもらうこと。もしタバコがなくなれば平均寿命がそれだけのびるだろう」では、非喫煙者を1とした場合、喫煙者の病気のリスクはどうだろうか。日本人の三大死因の癌、虚血性心疾患、脳卒中で見ると、1.5~1.7倍高くなるという。タバコの害を強調しておられる。さてさて、先生方はタバコを止めるべきと言っている。この話は、相当以前からである。しかし、タバコはかっては政府直結の公社が扱い、税収のドル箱となっていたが、現在、経営は民営化され日本タバコとなった。このタバコは、一刻も早く全面禁止すべきであると私も思う。しかし、タバコの全面締め出しは、「個人的人権の嗜好の自由を束縛する権利違反」だとか、「国税収入が減少してしまう」とか「雇用が減少する」等様々な理由で反発が聞かれる。タバコの宣伝に至っては、箱には18歳未満の喫煙は法違反とか、吸いすぎは体に良くないから注意しましょう。とある。電車にも「分煙で綺麗な空気の社会にしましょう」と宣伝広告すらある。テレビでもしゃれた宣伝をして、販売促進を堂々と図っているのである。「冗談じゃない!」タバコは、「百害あって一利なし」の代物で社会悪である。従来から、山林火災や住宅火災の原因第一位はタバコの火の始末であった。道路や駅は吸殻で汚く、過去掃除にどれほどの労力と費用を費やしてきたかである。それに人体に様々な疾病を発症させ、特に婦人の喫煙は、胎児の健康に悪影響を与え、その後の成長段階にも長く影響を与えるといわれている。本人ばかりでない、周りのひとにも想像以上の悪影響を与えるのである。「くわえタバコで、子供の目に火の先が当たり失明事故があった」だから、千代田区では、道路でのくわえタバコは全面禁止とし、区新条例で罰金とした。○○区も今月から始めました」一見良いことのように思うが、この悪癖の根本をこんな扱いで良いのであろうか?。何故子供を被害者にして本質を誤魔化そうとするのか!「タバコに一利もなし、悪いから止めよう」「吸えば罰金」で良いではないか。そこまで有害のことが証明されていて、なぜかばうんだろうか!確かにタバコは嗜好品である。個人の自由を優先するのが民主主義である。でも、それにより、早く疾病に陥り、みんなの保険料を勝手に余計使い、そればかりか、他人も相応の迷惑をこうむり、疾病に誘導し、苦渋を味わわせ、余分な治療費を消費させる。タバコの税収入がどれほどあるのか定かでないが(年間1.3兆円程度?) 喫煙によるがん患者の治療費はその何倍も要しているのである。これに、心臓病などタバコが原因とされる疾病の治療費を加えると膨大なものとなるはずである。それに、火事や、清掃等の被害額を加えた場合、さらに大きなものとなろう。良く環境問題や、医療問題の会議で喫煙している人を見かける。病気の元をつくり、工場の煙突の何倍もの有害物を自ら吐き出している連中にその資格はない。そんな光景を見ていると可笑しくなってしまう。ここまで解った悪者を、全面禁止できない社会は、正に異常である。狂っていると言ってよいであろう。殺人鬼を政府が、社会が、保護しているようなものである。きっと近い将来タバコは、現在のアスベスト問題以上の社会問題となると私は推測している。その製造元が、「吸殻の投げ捨ては止めましょう。私達は水質を少しでも綺麗にして、明るい社会環境つくりに協力しています」など意味不明の宣伝を堂々としている。「私達は、今まで河川の水質もタバコで汚していました」と白状しているようなものである。ここまできたら世も末である。そんな無駄な金が有ったらメ-カ-は、医療費や、消防車購入費に回すべきではないか!こんな道理の通らない、ちぐはぐな大人の世界を見て、子供はどう理解するのであろうか?毒を流せば犯罪である。魚が浮けば犯罪である。人を殺せば罪である。悪いことである。最低無期懲役の罪を負う。しかし、タバコの煙で癌を発症させ、殺してしまった。これは、無実なのである。これだけ、タバコの害が検証され、問題視されている今こそ、勇気を持って国中禁煙にすべきと私は思う。今の社会は、喫煙者の権利、公社に働く人のこと、税収のこと、法律の解釈等、兎に角周りを考えすぎる。被害者のことは、後回しなのだ。これでは、社会秩序は保たれるわけがないし、正義など生まれる土壌すらできない。話は飛ぶが、近頃では、殺人者の人格を優先し、被害者の人権は軽視する傾向がある。「被害者は、死んでしまったのだから・・・」では、通らない次元の話である。そもそも、殺人という罪を行った場合、その時点から人間社会のすべての権利を放棄した行為とみなされるのが古来から筋である。従って、殺人者は自らの行動で、人格や、一切の権利を放棄した者なのである。極刑が当然であり、それを行うのが司法であり、関係当事者の義務である。にもかかわらず、曖昧な判断基準を創り、判決とし、罰を執行せず逃げ回っている関係者こそ、罪は更に重いのである。給料泥棒であり、世を乱す重犯罪人でもある。なぜなら、ひとつの罪を許すことにより、そのことは、何倍もの罪を生んでいる人間心理と、社会現状を無視した、自己満足の偽善行為になっているからである。「世の乱れは、司法の乱れ」と関係者はもっと重く、真剣に捉えるべきだと思う。ただし、この事は、無実の罪を有罪にしたり、後悔の念が強く、刑を受け、再生の念のある受刑者の人権まで奪えと言うことでは決してない。「遠山の金さん」で当然あるべきだ。ということである。
2005年10月18日
「効果の無い検査」について今回の調査で「効果が無い」とされたものの中に「胸部X線の肺がん検出について」の項目がある。胸のレントゲン検査を受ける人と受けない人とで、肺がんによる死亡率が変わらないという根拠があった。その理由として、調査委員長のH医師は、「ひとつは、肺がんの進行のスピ-ドが早いこと。健康診断は1年に1度だが、その間に肺がんは進行して次の検査までに転移してしまうので治癒が望めない。2つ目は、肺がんを発見しても、治癒率の高い治療方法がない。3つ目は、解像度の感度が悪いため初期の肺がんは見つけられない」胸部レントゲン検査は、結核の検査用として普及した古い検査システムである。現在は、「ストレプトマイシン」という抗生物質の発見により、結核は激減してきた。そこで、既存の設備を有効活用するため、肺がんの検査に応用しているが、「レントゲンによる肺がん検出には、根拠がない」と言う結論となった。では、「そんな検査は止めてしまえ」という意見に対して、H委員長の弁は煮え切らない。「あくまでも肺がんについての効果が無いということで、ほかの病気については調べていないので分からない。胸部X線についてはほかの色々な病気が検査の対象なっている。例えば、心臓が大きいとか、胸膜炎、アスベストによる中皮腫、結核などいろいろな病気を調べることができる。これらの病気についても、肺がんと同じように一つずつ根拠があるかどうか研究しなければいけない。一つ一つはみつかる可能性は低くても、全部寄せ集めると実施する効果があるかも知れない」要は効果があれば続けるということである。レントゲンは放射線である。癌は被爆量や個人差によって異なるが、放射線によって発ガンする場合もあることは周知の事実である。日本は検査による被爆量が世界一で、そのため、検査被爆による癌の発生の可能性があると指摘・忠告する医師や学者も多い。それに、最新の検査システムは日進月歩進歩しており、MRIやCT、PET等レントゲンより数段解析の能力の優れていて、被爆量の少ない検査方法もある。「癌や心臓の検査で、それが原因で癌になった」では話にならない。何故、古い検査機を取り扱う体制をいつまでも維持しようとするのか、疑問であるが、雇用問題始め、新技術に対応する教育問題、利権問題等様々な問題がそこには見え隠れしている。これら医療の最大の問題点は、もっと根本的なところにあると思う。いうなれば、「病気は何故発生するのか?」それが鮮明になっていないところにあると私は思う。従って、すべての治療は、対症療法で、原因も推測に推測を重ね、一部ビ-カ-テストで証明されれば、正しいがごとく理論武装して、正論化して体系化されてしまっているのである。全部ではないにしろ、間違った生体解釈により、間違った治療を公然ととられている場合があるのではないか?例えば癌である。癌になれば大変だ、命が危ない。「直ぐ手術で取り除け!、または抗癌剤だ!、駄目なら放射線だ!」と有無を言わさぬ手順がそこにはマニュアル化され待っている。その指示に従った結果、ほとんど早死にしていく現実がある。別治療した人が長生きしていたりする。これは、何故癌になるのか、癌とは何かを正確に誰も掴んでいないまま、闇雲に対症療法をしている結果である。発生原因や治療効果を、体質・体型等個人差のせいにしたり、食事療法・生活習慣等の違いに一方的に持っていっているのは、逃げの発想に過ぎないと思う。もっと、そこには正確な原因があり、理由が必ずあるはずであると思う。検査体制の充実も必要であるが、原因追求の体制作りも、もっと積極的に行うべきである。そこにこそもっと人材と費用を使うべきである。それも、医師だけでやるのではなく、科学者や物理学者、獣医、エンジニア等幅広いあらゆる分野の人々を集め、チ-ムを造って行うべきである。医術は、命に関る問題である。医師だけの知識と知恵だけで立ち向かえるような簡単な問題ではないはずである。どうして、医師だけの世界として隔離しているのであろうか?ある癌専門の外科医師が友人にこんな話をしたそうである。「俺がもし癌になったら、手術や、抗癌剤、放射線は絶対やらない。経験から治る保障が全くなく、副作用による苦しみが増すだけだからね」全く言語同断の話である。
2005年10月17日
本年8月14日、現在行われている健康診断の多くの項目で、有効性の証拠が薄いという新聞報道があった。真実を紐解いてみる。厚生労働省の研究班は「最新の科学的知見に基づいた保険業務に係わる調査研究」において、血圧やコレステロ-ルなど、現在健康診断で実施されている検査項目について、科学的な根拠の有無を調査した。その結果、健康診断で実施されている代表的な24の検査項目のうち、肝機能検査や心電図測定など16項目は、病気の予防や死者の減少という視点では有効性を示す根拠が薄いとの評価が出された。「エエー、16/24=約67%の項目が、無駄な検査?」とこれはとんでもないことではないか!この調査結果報告書を見て、早合点する方は(ほとんどの方)、そのように捉えたと思う。調査班長のH医師の話を要約する。「この、「根拠がなかった」という言い回し方は、「効果がなかった」とは違う意味である。また、「有効性の証拠が薄い」という表現も、「健康診断は無意味」と解釈するのは短絡過ぎるのである。今回の調査目的は、有効であるか無効であるかに関らず、根拠があるかどうか、また根拠があるものについては、根拠がどのくらい信頼できるかを調べたものである。従って、調査結果でも有効、あるいは有効な傾向がある項目が多いが、その根拠の信頼性については、必ずしも高いものばかりでなかったという調査結果であった」。日本では、1972年法律で被雇用者に健康診断を実施することが義務付けられた。以来30年以上にわたり健康診断が行われてきた。今回はこの内容について根拠があるかどうかの調査であったといえる。根拠にもとづく医療という言葉がある。英語ではEBM(Evidence Based Medicine)。医学は自然科学の1分野であり、科学的なもののはずである。しかし、EBMによって検証することにより、さらに科学的根拠を高めようとの狙いである。(調査班長H医師の話のつづき)「現状の健康診断などの臨床検査は、医学の一部であり科学的なものだが、しかし、その判断に関しては、往々にして医師の経験にもとづいていることがある。又、治療法の選択などに於いては、権威者の提言に左右されることも多かった。EBMは、このような傾向を改め、科学的な根拠に基づいた治療を行うための手法でもある。今回の調査結果で、現在行われている健康診断の検査項目の中に、根拠のあるものとないもの、そして有効なものと有効でないものがあることが分かった」。「どうしていまさら」と私は思う。その影には医療費の膨張の止まらない現在の日本において、見直しを行おうとする厚生省の魂胆が見える。但し、当然常時行われるべきで、いまさら取り組む対応の遅さに驚くばかりである。いよいよ小泉政権も手をつけたか・・・??そう期待したいものである。(班長H医師の話は続く)「人間の体は60兆個の細胞から出来ているといわれている。その中では、膨大な数の分子が働いている。また、体の内的な要因だけでなく、食事や運動などといった環境要因も人間の体の状態を左右する。これらありとあらゆる要素を含めると、人体のメカニズムはあまりにも複雑であるため、ある要素が変化したときに、人間の体にどのような変化がおきるのかを特定することが出来ないのが現状である。そのため医学において検査や治療の効果を判定するときには、原因と結果の間にあることを全部ブラックボックスにして、統計学的な手法を用いる以外選択肢がない」。医学に於いては、様々な疫学・統計的な手法が用いられるが、その種類によって根拠の確かさが分かる。「ただし、EBMも万能でない。医学に於いては、100%の人に効く方法というのは絶対にない。医学とは、数学や物理のように確実なものではなく、不確実性をできるだけ減らすための学問である。あくまでも確率を高めることしかできない。それを医師も患者も理解していないことがいろいろな問題を引き起こしていると思う。健康診断のこの項目が有効だというと、100%有効だと思ってしまうので、そうじゃないことを一般の方も理解して欲しい」何とも、歯切れの悪い言い回し方ではないか!でも、H班長は実に、真実を言っていると思う。要するに、現在の医学は完全でなく、医者も薬も検査もすべて中途半端ということをいっているのであると思う。その現実を理解せず、医者や薬、検査、手術を100%信じている患者側にも多いに責任があるのである。完全だと見せかけ、皆保険にして多額の資金を集め、巨額な税金まで投入して「白い巨塔」を作り上げている、日本の医療体制こそ根深い問題があるのかもしれない。例えば、薬は本来「毒である」病気の場合、薬は「毒(薬)をもって、体内に入った(または体内で発生した)一時毒の病原菌を殺傷する」ものであり、その証拠に適量だと、病気は改善されるが、少なすぎると効かず、多すぎると毒となって生体に副作用をもたらし、場合によっては死にすら導くこともある。この薬を投薬されても、効くか効かないかは定かでなく、副作用で最悪、場合によっては死ぬかもしれない。手術も放射線もすべての医療行為はそういうものである。現時点の医療には、完全なものはなく、より完全な努力をするのが医師等医療関係者である、そう捕らえるのが正解といえる。確かに、医療を100%信じる方にも責任はあるのである。最終自分の命である。どんな方法を取るのか最終決断は自分なのである。しかし、一般人は疾病のことなど何も知らない。従って病気になった時は病院に行き、専門家の医師の言われるまま検査を行い、結果に対して、幾つかの治療提案がなされても「お任せします」となってしまう。デパ-トで洋服を買う場合は、自分のセンスに沿って、厳密に選べるのに、医療の場合はすべて医療関係者にお任せである。自分の命がかかっているのにである。特に、癌はじめ難病などは、治療法も完全でない現状で、副作用の辛さや、治療そのものがかえって命さえ縮める場合もあること等、十分理解せず、仕方なくすべてを専門家に任せるしか選択の余地がないのが実態である。袋一杯の薬をほとんど強制的に渡され、そこにはほとんど一方的なものしか存在しない。その薬を飲んでも効果も無い場合も多いこと、さらに副作用が必ずあることなど思っても見ないのである。飲み続ければ更に他の臓器に悪影響を与え、新たな疾病の原因になる場合も多いことなど、患者は誰も思ってもいないと思う。「この薬を飲めば100%効く、きっと良くなる」と一方的に信じているのである。医療当事者は医療の現実を知っているが、患者側はほとんど無知で無垢である。H医師の言われるように、患者側も医療の実力の実態をもっと、もっと積極的に知るべきであると思う。そして、自分の選択で一番自分が納得した治療方法を選ぶのが理想である。今後、治療の自己選択方法が理想ではなく日常化され、当たり前の医療システムになるよう努力すべきだと思う。(つづく)
2005年10月16日
「近代日本歴史を正す運動の盛り上がりを願う」以上これまで数回に亘り、渡辺昇一先生の大戦近辺の歴史認識を、某雑誌原文より紹介させて頂いた。きっと多くの方は、知らなかった事実に驚かれたことと思う。さて、このように大戦の敗北から日本の大戦周辺の歴史は、捏造されたり、湾曲化されているものが多いことはご理解いただけたかと思う。あの戦争は、マッカ-サ-がいみじくも言ったように「セキュリティ-」、つまり、防衛のため行った戦争であった。敵の将が、「日本は、防衛のための戦争をした」と言ったのである。戦争の理由すら湾曲・捏造されてきたのである。しかし、兎も角、結果は余りにも非情であった。日本は、ほとんどの戦艦や航空機、戦車を失い、夥しい同胞を失い、占領地を失い、沖縄にいたっては、歴史上ない猛烈な地形も変わったほどの艦砲射撃を受け、ついには占領された。本土も、ほとんどの主要都市が無差別皆殺し作戦である「ホロコ-スト」を受け、最終的に広島、長崎には非情極まりない悪魔の殺人兵器、原爆の投下をされては、ポツダム宣言を無条件に受諾せざるをえなかったのである。ナチスがユダヤ人を長期に亘り「ホロコ-スト」を行ったが、東京大空襲ではたった2時間で同じ規模の虐殺に値することを、連合軍は日本に行ったのである。広島、長崎そして多くの都市に、ナチスの何倍、何十倍もの「ホロコ-スト」を行ったわけである。特に非情なのは、広島・長崎に投下された原爆である。一瞬のうちに、ナチの行った毒ガスによるユダヤ人虐殺の何倍かの「ホロコースト」を行い、建物や資産を破壊・焼き尽くした。そればかりでない、かろうじて生き残った被爆者に放射能による後遺症という悪魔の爪あとを残されたのである。被爆後60年経過した現在でも、被爆者は白血病や癌などの後遺症に苦しみ、毎年相当な方がその原因で命を落としているのである。そして、勝者によって一方的に行われた東京裁判。更に、政治、経済、農政、教育など従来の総ての世の中の仕組みを、破壊させ、一方的な民主主義の押し付けを行い、その頂点のものが、現在の憲法なのである。私は、憲法を批判しているのではない。今の憲法のできた経緯を正しく理解することを言っているのである。今の憲法により受けた恩恵は大きい。日本は現憲法の下、現在では世界有数の生産性を誇る経済大国まで発展した。しかし、だからといって、過去のすべての事実を湾曲化して大戦の真実を隠し、人心を洗脳してきたことには多いに異議を申したいのである。日本人は世界で稀に見る寛容の民族でもあると思う。過去のことに、実に寛容なのである。これは、脈々としたわが国の歴史と、武士道の精神から来ている。だからといって、東京裁判や、大戦の真実を捏造・湾曲された歴史観について「もう済んだことではないか」と言うことには多いに反対である。私は、真実を捏造・湾曲された歴史観の中にこそ、永遠に積み上げてきた日本民族の心と自信や誇りが埋もれているように思えてならないのだ。それは、これらの事件に遭遇して命を落としたり、大きな損害を被った人たちの名誉のためだけではない。今を生きる我々の将来、およびそれをつなげてくれる後輩たちの生きる方向付けに関わる、重大な問題だからである。丁度羅針盤なのである。現在の日本には本当の羅針盤がないのである。それゆえに発生している、犯罪や教育問題、少子化問題等は、すべてここにあると私は思っている。この間違ったスタ-ト地点をもう一度見直すことにより、ほんとうの日本の進むべき方向が、きっと見えてくるのではないだろうか。大戦によって壊されてしまった日本民族の羅針盤。憲法から教育体制まで、見直しが必要なのである。「平和憲法改正反対」ばかりを叫んでいる政治家や政治集団も多い。確かに、現憲法の素晴らしさは認める。しかし、歴史の事実を見つめ直したとき、戦勝国に押し付けられたものであることは紛れもない。ゆえに、失ってしまった本来の大切なものが、そこにこそあるのと思う。大切なのは、日本人の本来の心のフィイルタ-を通して、見つめ直すことである。「我々ひとりひとりの手で、力を合わせ、勇気をもって、修理していこうではないか!」(ひとまず完)
2005年10月15日
「大勝利だったノモハン事件の真実」国民の歴史認識が間違っている事件でもう一つの事件を紹介する。それはノモンハン事件である。ノモハン事件は昭和14年、満州と蒙古の国境線をめぐるトラブルで日本軍とソ連軍が衝突した事件である。このノモンハン事件の戦闘の様相はどのように認識されているだろうか。ソ連軍はジュウ-コフ将軍の指揮のもと、近代的な機械部隊と優秀な空軍を繰り出し、蒙攻撃を加えた。日本軍は一方的に押し捲られ、約2万人の死傷者を出して惨敗を喫した。こういう認識が通り相場になっている。現に日本書籍発行の教科書「高校日本史」にも、「ソ連は空軍・機械部隊を繰り出し、日本軍に死傷者2万人の壊滅的な打撃を与えた」と書かれている。このような認識が定着したのは、五味川純平の小説「ノモンハン」あたりに由来するようである。五味川は、大ベストセラ-となった「人間の条件」の作者として知られるが、のちに書いた「ノモンハン」で日本軍の惨敗ぶりを書いているのである。そして、日本軍の愚かさを論じる際には、その具体的事例として、このノモンハン事件の惨敗が持ち出されるのが通例になったぐらいである。ノモンハン事件で日本軍が約2万人、正確には1万7千4百5人の死傷者を出したのは事実である。一つの戦場でこれだけの犠牲者が出た例は、ほかにないのではないか。2万人近い犠牲者と言えば、一個師団が消えてしまったということである。確かに大損害である。そして、ソ連軍が機械化部隊と空軍を繰り出してきたのも事実である。では、ソ連軍の損害はどうだったか。これは鉄のカ-テンの彼方に閉ざされて、確かなことは分からなかった。だから、ソ連側のことはさて置いて、日本側だけで把握できる事実に基づいて、ハモンハン事件は日本軍の惨敗という認識ができあがったとも言える。だが、ソ連が崩壊し、外部秘とされていた史料がいろいろと出てくるようになった。すると、ノモンハン事件の様相がまるで違ったものであることが分かってきたのである。日本軍の損害は先に述べた。では、ソ連軍はどうだったか。これが、死傷者は2万5千5百6十5人を数えているのである。戦車はどうだろう。日本軍の戦車の被害は29台である。それに対しソ連軍約800台の戦車が破壊されている。航空機は、日本軍は179機を失った。ソ連軍の損害は1673機にのぼっている。ソ連軍が日本軍の約10倍の戦力をノモンハンに繰り出したことも、史料で分かっている。日本軍の事実だけでなく、ソ連軍の事実も判明すると、ノモンハン事件の様相はまるで違ったものになってくる。確かに日本側の損害は大きかった。だが、近代的な機械部隊、優秀な空軍と言われたソ連側の被害はそれ以上だったのである。ソ連の大勝、日本の大敗というようなものではなかったのだ。日本軍の損害は大きかったが10倍の戦力を持つソ連軍にそれ以上の損害を与え、敗北させた。これが正確な認識というものだろう。日本軍が壊滅的な惨敗を喫したならば、なぜソ連はその勢いで一気に満州国に侵攻し、席捲しなかったのか。ソ連とはそういうことを平気でやる国なのに、である。この疑問は従来、ヨ-ロッパにドイツの脅威が高まったからだ、と説明されていた。だが、事実が分かってみるとその説明はまるでナンセンスで大損害を被って敗北したソ連は、満州侵攻などはとてもできる状態ではなかったことが判明する。その証拠もある。日本国の深刻な損害にことの重大さを認識した大本営は、本格的な反撃作戦を決意した。この情報を掴んだスタ-リンはドイツの外相リッペントロップを通じて、日本と同盟関係にあったヒットラ-に、停戦の仲介を依頼しているのだ。言っていることのひとつは事実である。だが都合の悪い事実を隠すことによって、真っ赤な嘘に仕立て上げる。こういう巧妙に仕込まれた手法が横行している。日本の歴史を歪めようとする勢力がやっているのである。この詐術にはまってはならない。(つづく)
2005年10月14日
「井伏鱒二現象の消滅を待っていられない」東京裁判A級戦犯とされた人たちの罪状は、国際法であれポツダム宣言であれ、あらゆるものに照らして根拠がまったくない。そのことを日本の国会はもちろん、国際社会も認めている。詰まり、A級戦犯というものはないということは、いまではオフシャルな見解なのだ。そもそも東京裁判そのものがナンセンスなものだったのである。他の国をホロコ-ストにかけた国が、そのホロコ-ストにかかった国に向かって、平和に対する罪がどうの人道に反する罪がこうのと言う資格はない。資格のないものが裁く裁判など、およそナンセンスというほかはないのでないか。そういうことを述べてきた。ほかでもない、日本はどうしても東京裁判史観を克服しなければならないと思うからである。東京裁判史観にとりつかれている限り、小泉首相の靖国参拝にかこつけてA級戦犯の合祀がどうのこうの、歴史認識がどうのこうのといった類の馬鹿げたイチャモンはつきまとって来る。そのたびに不毛の右往左往も起こるだろう。これでは21世紀を日本は元気に生きていくことができない。どうしても東京裁判史観を乗り越え、日本を日本たらしめている本来の史観を定着させなければならない。そのための決め手になる、魔法の言葉といっていいものがある。それは本欄でも何度も述べたことだが、昭和26年、マッカ-サ-がアメリカ上院の軍事外交合同委員会で行った証言だ。日本が戦争をしたのは「主としてセキュリティーのためである」とマッカ-サ-は言ったのだ。なんの根拠もなく東京裁判を強行した張本人が、その東京裁判を明確に否定したのである。「日本の戦争は主としてセキュリティーのため」-この一言ほど、日本の近代史の本質を明示するものはない。ところが、私をはじめ何人かがこのことを力説しているにも拘わらず、この言葉はなかなか広がらず、東京裁判史観を払拭できていない。その原因や理由はいろいろあるが、その一つに「井伏鱒二現象」というものもあるな、と私は思っている。井伏鱒二現象。聞き慣れないかもかもしれない。こういうことがある。井伏鱒二といえば文化勲章をはじめ数々の賞を受賞した、文豪とまで言わないが、大作家である。ところが出世作である「山椒魚」はそっくりのものがロシアの小説にあるのである。代表作の「黒い雨」も、被爆者の手記から90ペ-ジ以上引き写したものなのだ。井伏鱒二の漢詩の名訳として知られる「花に嵐のたとえもあるぞ さよらな、だけが人生だ」の詩句も、実はすでに江戸時代の訳に有るのである。大作家どころではない。これでは剽窃盗作の常習犯ではないか。実はこの事は文壇では密かに囁かれていたらしい。これを最初に表に出したのは、いま道路公団で大活躍の猪瀬直樹氏である。これが事実なら由々しき問題である。評論家の谷沢永一さんは徹底的に調査、検討に乗り出した。そして、紛れもない事実であることを突き止めた。谷沢さんはそれを原稿にまとめた。ところが、その出版を引き受けるところがないのである。谷沢さんには馴染みの深い文芸系の出版社や新聞社は多いが、どこも言を左右して逃げる。ようやく出版を引き受けたのは文芸とはほとんど関係ないPHP研究所の「Voice」という雑誌だった。更に、ところがである。この論文が出ても反応がない。井伏鱒二が剽窃盗作の常習犯というのは文芸の世界にとっては大問題のはずなのに、まったく無視である。なぜなのか。井伏鱒二に賞を出し、大作家に持ち上げ、それを業績とし、利を得た手合いが、いまではそれぞれの場所で大御所や大物に納まり、力を及ぼしている。だが、井伏鱒二が地に落ちれば、そういう手合いの業績や権威に傷がつき、利が損なわれる。だから、無視を決め込んでいるわけだ。同じようなことが、東京裁判にもあるのだ。戦犯で引っ張られたのはA級だけではない。B級もC級もいた。しかも公職追放令で20万人の人たちが学界、言論界、教育界、財界などから追われた。そのため日本の各分野の上層部がすっぽり空になってしまった。空席は埋めなければ、社会は回転していかない。というわけで、押し鉄砲で思わぬ出世を遂げ、利を得た連中は多い。いわば、敗戦利得者である。こういう連中がそれぞれの分野でいまだに力を及ぼしている。又、言論界にも東京裁判に便乗し、東京裁判史観を補強することで、立場を得た輩がゴマンといる。こういう連中は、東京裁判史観がひっくり返れば、業績や権威が傷つき、利が損なわれる。だから、東京裁判の真実から目をそらし、やり過ごそうとしている。井伏鱒二現象である。こういう連中がいなくなり、利害関係がすっかり消えしまえば、井伏鱒二現象もなくなるだろう。東京裁判の真実が紛れもないものになるだろう。だが、その前に日本が腐ってしまう。東京裁判史観を克服しなければならないのは、今なのだ。(つづく)
2005年10月13日
「アメリカの無差別攻撃はホロコ-ストだった」東京裁判で日本の人道に反する罪が糾弾された時である。ブレ-クニ-弁護人は「都市に原爆を落し、無差別攻撃を加えた国が、誰に向かって人道に背いたなどと言えるのか」と激しく反論している。これは全くノーマルなセンスから出た発言である。この夏放映された一連の戦争関連番組の中で、NHKは東京大空襲を扱った番組も放映されていたが、その残酷さは筆舌に尽くし難いものがある。昭和20年3月10日、一機6トンの焼夷弾を搭載した米空軍のB29、340機が飛来、東京の下町を中心に空爆を行った。これが東京大空襲である。そのやり方を見れば、何を狙ったかは明らかである。午前零時15分から始まった空襲は、まず周辺を取り囲むように焼夷弾を投下して火の壁をつくり、人々が逃げられないようにその中に閉じ込め、それから2時間半にわたって執拗に波状絨毯爆撃を加えたのだ。一般住民の殺傷を狙ったことは紛れもない。事実、死者は約10万人にのぼった。その大半は女性であり子供であり老人であった。この作戦を計画し、指揮したのは太平洋方面第20空軍司令官のカ-チス・ルメ-である。戦争である。一般住民が巻き込まれて被害を受けることは避けられない。肝心なのは軍事目標に絞った精密攻撃がたまたま一般住民に及んだのか、最初から一般住民の殺傷を狙った無差別攻撃なのかである。それを判定するには、攻撃が組織的にあらかじめ計画され、しかも繰り返し行われたか否かを見ればいい。アメリカは日本の民家がほとんど木造屋敷であることに注目し、これを効果的に焼き払う方法を研究した。そして開発したのが油脂焼夷弾や黄燐焼夷弾である。東京大空襲ではこの高性能焼夷弾が使われ、アメリカ側から見れば計画通り、いやそれ以上の効果を挙げた訳である。そして高性能焼夷弾の威力を最大限に発揮させてのは、ルメ-が指揮した絨毯爆撃という無差別攻撃に他ならない。この経過から明らかだが、アメリカは最初から一般住民すべての殺傷、つまりホロコ-ストを狙っていたのだ。ホロコ-ストといえば、ヒトラ-のユダヤ人大量虐殺が思い浮かぶ。ヒトラ-の下で実際にユダヤ人虐殺を実行したのがヒムラ-である。ヒムラ-がアウシュビッツでユダヤ人をガス室に追い込み10万人を殺すのにどれだけの時間がかかったかを考えてみるがいい。アメリカはそれを一晩でやってのけたのだ.東京大空襲がホロコ-ストだったというのは容易にうなずけるだろう。東京大空襲を中心に考えれば、ル-ズベルト大統領、そしてトル-マン大統領はヒトラ-に相当し、ルメ-はヒムラ-に相当すると言っていい。後にルメ-はこれはたぶん町工場のことを言ったのだろうが、日本では一般民家で軍需品の部品を作っているので、軍事目標と一般民家を区別するのは不可能だと弁解している。あの東京大空襲だけで終わっていれば、この弁解もいささかは通用するかも知れない。しかし、無差別の絨毯爆撃はこれだけでは終わらなかったのだ。その後も繰り返し、繰り返し行われ、日本の60以上の都市が焼け野原と化したのである。この事実を見ればどんなに詭弁を弄しても、ホロコ-ストを狙ったことは隠しきれるものではない。NHKのテレビ番組にはアメリカ国防総省の現役幹部が登場し、「ルメ-には人道的感覚はなかっただろう」とコメントしていた。アメリカにも東京を始め、日本の60以上の都市に加えた無差別攻撃は、一般住民の皆殺しを狙ったホロコ-ストだったという認識が出てきているのである。「焼き払われた国を、焼き払った国が裁けるのか」私は蔵書の目録をまとめてカタログを出版した時、本収集の自分史のようなものを書いて序文にした。その中で大学に入って上京したことに触れて、東京を「ホロコ-ストにかかった街」と記した。東京をホロコ-ストと結びつけて表現したのは、あれが初出だと思う。これを読んでアメリカの日本空襲がどういうものだったかを感じ取り、心を震わせた何人かの学者がフランスにいた。そして古本に関心を抱く学者の世界では唯一といっていい専門誌に全文をそのまま掲載してくれたのである。これでアメリカはあの戦争で何をやったのか、そのアメリカに日本を裁く資格があるのかが、少し伝わったのではないだろうか。これは名誉なことだと思っている。そして、日本の都市に加えた空爆の延長線上で行われたのが、広島と長崎への原爆投下である。広島と長崎に落とされたのは焼夷弾ではなく原子爆弾という新兵器だったが、その攻撃の思想は東京以下60以上の都市に加えられた一般住民皆殺しの無差別絨毯爆撃とまったく同じである。この夏の戦争関連のテレビ番組には、もちろん原爆を扱ったものもあった。その中で原爆投下に参加した元兵士は、まったく後悔していない、原爆投下によって戦争が早く終わり、多くの生命が救われたのだと強弁していた。この理屈はあちこちで、私も何度も聞いている。三年前である。ベルリンで開かれた学会に出席した。その学会は戦争とはまったく関係ないものである。学会の間にティータイムがある。お茶を飲みながら、気楽な雑談を楽しむのである。私はアフリカのユダヤ人学者と他愛のないおしゃべりにふけった。どう転がったのか、原爆の話になった。するとその学者は、原爆投下で戦争が早く終わり、多くの命が救われたと、まったく同じことを言ったのである。この理屈は全世界に行渡っているのだと改めて思ったことだった。そこで私は言った。「戦争を早く終わらせるためなら、一般住民を大量虐殺してもよいというならば、原爆ではなく毒ガスを撒いてもよかったんですよ」その学者は「アッ」と短い声を発して沈黙し、それから深くうなずいた。彼はユダヤ人である。毒ガスと言えばナチスのユダヤ人虐殺につながる皮膚感覚のようなものがある。その感覚を通して、原爆投下は戦争の早期終結のためで、それによって多くの生命が救われたなどというのは、ことを正当化するために後からつけた屁理屈に過ぎない、あれは紛れもないホロコ-ストだったと鋭く理解したのである。このように述べてくると、ずいぶん反米的なことを言うと思われるかもしれない。だが、私が述べていることは親米反米とは関係ない。強いて、おまえは親米か反米かと二者択一を迫られれば、私は親米である。ここに述べたことはそういうことではない。東京裁判におけるブレイクニ-弁護人の弁論ではないが、ホロコ-ストという反人道の極限をやった国に、他の国を裁く資格があるのか、と言いたいのである。東京裁判の無効性を証明したいのである。東京裁判の判事11人の中で、インドのパ-ル博士は唯一の国際法専門家である。判事に指名されて日本に来た時のことをパ-ル博士は記している。パ-ル博士は飛行場から宿舎になっている帝国ホテルに車で向かった。まわりに広がる風景はどこまでも一面の焼け野原だった。そして、パ-ル博士は思ったという。これほどまでに焼き払われた国を焼き払った国が裁くことができるのか、と。パ-ル博士の東京裁判への根本的な疑念は、そこから始まったのである。パ-ル博士は丹念に調べ、膨大なパ-ル判決書を書き上げた。だがそれは、一度も法廷で読み上げられることはなかったし、直後に出版することも許されなかった。ほかでもない、それには結論として日本は無罪であると明記されているからである。一判事が精魂こめて書いた判決書を自由に発表することさえできない。そこにこそ東京裁判のでたらめさが端的に表れている。(つづく)
2005年10月12日
「政治家諸氏は議事録を読め」もうお分かりだろう。A級戦犯などはないのである。そして、この問題はすべて終わっているのだ。その証拠に、東京裁判のA級戦犯として受けた判決で終身刑になった賀屋興宣は池田内閣の法務大臣を務めた。同じく禁固7年だった重光葵は鳩山内閣の副総理兼外務大臣に就任した。日本は昭和31年に国連に加盟したが、その際重光は日本を代表して国連で演説を行い、満場の拍手を浴びている。A級戦犯を閣僚にするとは何事だとか、A級戦犯が日本を代表して国連で演説するのはけしからんとかの文句は、どこからも聞かれなかった。日本の国会も国際社会も、A級戦犯はなくなったと認めている。ところが今、靖国神社にA級戦犯が合祀されているから、首相が参拝するのはけしからんなどと、すでに終わっているA級戦犯の問題が浮上している。それをしきりに言っているのがご存じの中国や韓国などだ。これらは文明国としての法的センスがない国だからと言ってしまえばそれまでだが、この暴論は日本側の無知が招いた悲しむべき状況でもある。そもそもこの問題を焚きつけたのは朝日新聞である。中国は朝日新聞の記事によって靖国神社にA級戦犯が合祀されていることを改めて認識し、これを外交カードに使えかもと思い、使ってみた。すると、予想外に効き目がある。そこで嵩にかかって事あるごとに靖国へのA級戦犯合祀を言い立てているという構図である。それを許している無知な状況に責任があるのは、小泉首相もその一人である。中国に対し、A級戦犯ないのだと正面から反論しようとしない。首相がこうなら、それを糾すべきは野党である。ところが、民主党の岡田前代表も無知な状況に責任がある一人である。「週刊新潮」で岡田氏が櫻井よしこさんと行った対談を読んだが、彼は日本が無条件降伏したのだと思い込み、かつ日本は東京裁判を受諾したと思っているし、東京裁判での検事の論告もすべて事実と考えているのである。政府与党の誤りをチェックすべき野党の党首がこれでは、無知の状態から脱するのは容易のことではない。A級戦犯はなかったのだ。これは私の独創的解釈でもないし、私だけの考えでもない。サンフランシスコ講和条約調印当時の日本外務省の解釈なのだ。それを日本政府が受け入れ、国会が承認し、国際社会が認めたのである。それがいつの間には忘れられ、無知な状態に陥ってしまった。外務省の解釈をねじ曲げる曲がり角をつくったのは中曽根元首相である。日中友好だかなんだか知らないが、中国にすり寄るために中曽根内閣の官房長官だった後藤田正晴氏が、日本は東京裁判を受諾したという、とても国際法に当てはまらない、日本にとっては極めて不利な解釈を求め、外務省の時の条約局長・小和田氏がこれに応じて日中関係をはじめとする外交論理に整合性をつけた、というのが真相のようである。そしていま、日本の首相も野党第一党の党首も、このねじ曲げられた解釈に引きずられているというわけである。残念というほかない。いつぞや私はある新聞に、「中曽根さん、議事録を読み直しなさい」という趣旨の一文を書いたことがある。議事録というのは非常に重要なのである。19世紀後半のイギリスで、保守党党首になり首相になったディズレ-リという人物がいた。ディズレ-リというのは「イスラエルから来た人」という意味だから、彼がユダヤ人であることは名前からも明らかである。19世紀後半の保守的な党空気が強かったイギリスでユダヤ人が保守党党首になり首相になったというのは異常なことと言わなければならない。ユダヤ人のディズレ-リがなぜイギリスの首相に上り詰めることができたのか。最大の理由は議会における討論技術に非常に優れていたからである。彼の議論は常に事実に立ち、精密で、負けることがなかったのである。ある時、そのコツを尋ねられてディズレ-リはこう答えた。「私は暇があったら議事録を読むことにしている」議会でどのようなことが問題になり、それにはどのような考え方があり、どのように議論され、どのようなことが承認され、どのような議決がなされたか。議事録を読めばプロセスを含めてしっかり理解することができる。議事録を掴んでいれば、単に討論に強くなるというだけではない。事実を正確に踏まえることができるし、方向性を誤ることも少ない。中曽根さんは代議士を引退したが、元老然として振舞おうとする野心はまだ有るようだから、いまからでも遅くはない、もう一度議事録を読み直していただきたい。だが、それ以上に議事録を読み直してほしいのは小泉首相であり、岡田民主党前代表である。政治家すべてに読み直してほしい。そうすれば、東京裁判を日本が受諾したといった誤った認識は出てくるはずがない。A級戦犯はなかったという解釈で国会の議決がなされ、それが世界に認められていることも理解できるだろう。そうなれば、A級戦犯が合祀されているから首相が靖国神社を参拝するのはけしからんと中国などからの見当違いの文句が来ても、オタつくことはない。合祀がどうした分祀がこうしたとかの議論がいかにも愚かにもつかないものであるかも明確になるだろう。(つづく)
2005年10月11日
「A級戦犯がないことは国際社会も認めている」東京裁判でA級戦犯とされた人たちは28名である。そのうち、大川周明は精神障害と認定され訴追免除となった。永野修身と松岡洋右は判決前に病死した。残る25名への判決は、絞首刑7名、終身刑16名、有期禁固刑2名だった。尚、終身刑と有期禁固刑のうち4名は獄中死している。昭和26年9月にサンフランシスコ講和条約が調印され、翌年4月に発効した。日本は被占領状態を脱して独立、主権を回復したのである。講和条約の第11条前半に次のようなことが定められている。東京裁判なので判決を受けて日本国内で拘禁されているものに対しては、日本は続けて刑を執行しなくてはならないというのである。日本が勝手に減刑したり赦免したりしてはならないというわけだ。アメリカは最初、こんな条項は要らないと考えていたという。そこにはA級戦犯が国際法にも何にも拠らないものであるというやましさもあったのだろう。だが当時、ナチスの残党が世界に散り、南米では無視できない力になりつつあるという事情があった。それに対して毅然とした姿勢を示すためにも、ぜひこの条約をつけてくれというイギリスの要請があったらしい。そのせいだろう。第11条の後半には前半を裏返したような規定がなされている。原文は「極東軍事裁判所が刑を宣告した者については、拘禁されている者を赦免し、減刑し、および仮出獄させる権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定および日本国の勧告に基づくほか、行使することはできない」と逆説的な表現をしているが、要するに日本が要請し、関係国の過半数が同意すれば、A級戦犯を赦免してもいいということである。日本は講和条約が発効すると第11条の規定に基づき、国会決議を経て関係11カ国の同意を得、A級戦犯とされた人たちを釈放した。更に言えば、犯罪受刑者は恩給や遺族年金の対象とはされなかったが、これも国会決議を経て恩給や遺族年金が支払われることになった。A級戦犯とされた人たちは、なんの根拠もなしに判決を受け拘禁されたのだから、A級戦犯などはないということである。この人たちを釈放し、恩赦や恩給や遺族年金を支給したのは、そのことを明確にしたのである。ただ残念なのは、絞首刑に処された7人である。刑はすでに執行されているのだから取り返しがつかない。本来なら日本政府が関係各国に抗議し、賠償を請求してもいいぐらいなものである。だが、日本はそれをしなかった。そこでもう一度、第11条に戻る。その最初に「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国犯罪法廷の裁判を受託し」それらを遂行するというくだりがある。日本は東京裁判などの諸判決を受け入れて講和条約に調印した。だから、諸判決については政府が公式に文句を言ったり抗議をしたりはしなかったのだ。さらにもっと根本的なことがある。そもそも国際間で結ばれる平和条約とは何かということである。「条約締結以前のことはすべて不問に付しましょう、全部チャラにして、あれこれ言うのはやめましょう」ということである。日本はその精神に則っているのである。そもそも敗戦国は平和条約では不利なことも呑まされる。領土も失う。それ以上に謝ることなどないのだ。なお、講和条約第11条の最初のくだりを取り上げて、日本は東京裁判を受諾している、だから東京裁判を否定するのはおかしいなどと言い立てる連中がいる。だが、先述した第11条の最初を読み直していただきたい。文脈からみて、これを読み誤るのはよほどどうかしている。日本は東京裁判そのもの、東京裁判全体を受諾したのではない。日本が受諾したのは東京裁判などの諸判決であることは明らかではないか。(つづく)
2005年10月09日
「日本の降伏について」日本の戦後を決めたのは、敗戦による降伏からであった。その降伏の捉え方が、政治家から一般人まで、国民そろって曖昧なため、何時までも主体性のない国家となってしまっていると思う。近代日本のスタ-ト地点を正しく理解せず、どうして現在位置や、将来の進むべき方向を見つけられるはずがない。今日は、そこを見つめ直してみようと思う。「日本は決して無条件降伏したのではなく、ポツダム宣言を受諾しただけである」と主張しておられるこの道の権威者、上智大学名誉教授の渡辺昇一先生の見解に迫ってみる。某雑誌の先生の記事の一部を紹介したい。「戦後60年だからなのだろう、この夏は戦争関連のテレビ番組が多かったように思う。私は熱心な視聴者ではないが、その種の番組に度々出食わした。この間もNHKにチャンネルを合わせたら、終戦に関する番組を放映していた。観ていて、「ん?」と思った。アナウサ-が「日本は無条件降伏した」とコメントしていたのである。まだこんなことを言っているのかとあきれ、こういう認識で番組が作られ、全国放送で流されていることの恐ろしさを感じないわけにはいかなかった。はっきりさせておかねばならない。「日本は無条件降伏したのではない! ポツダム宣言を受諾して降伏したのである」。確かにポツダム宣言を受諾したのは無条件である。それはポツダム宣言に盛られた条項について、条件をつけずに受け入れるということである。「どっちみち戦争に負けたのだから同じことじゃないか」という人が居るかもしれない。だが、決して同じではない。ここを明確に認識していないところから、戦後様々な問題が発生しているのだ。も一度言う。「日本は無条件降伏したのではない。ポツダム宣言を受諾したのである」。ポツダム宣言は連合国側からのオファ-である。それを受けた日本がポツダム宣言に拘束されるのは当然だが、同時にオファ-した連合国側もポツダム宣言に拘束されるのだ。これは国際上の常識である。ポツダム宣言の中に戦争犯罪人を裁くという条項は確かにある。そこで東京裁判で清瀬一郎弁護士人は開廷冒頭に、日本はポツダム宣言を受諾したと指摘し、次のような主旨のことを述べた。「ポツダム宣言が発せられた当時、戦争犯罪について、戦争を計画したり、準備したり、始めたりしたことを、平和に対する罪とした定めは国際法にもどこにもなかった。従って、ポツダム宣言による限り、A級戦犯の罪状としている戦争を計画した罪や、戦争を準備した罪や、戦争を始めた罪、すなわち平和に対する罪は戦争犯罪に当てはまらない。このような罪状を戦争犯罪とした根拠はどこのあるのか。又、東京裁判がポツダム宣言によるものでないならば、裁判管轄権何処にあるのか」清瀬弁護人のこの陳述に、ウエップ裁判長は答えることができなかった。当然だろう。理にかなったこの陳述に答える者などいるわけがない。これを受けてアメリカ人であるスミス弁護人は、後に裁判管轄権を示せないような裁判は裁判でない、A級戦犯に対する公訴は直ちに棄却すべきであるとさえ主張した。だが、これらの陳述に明解な回答がないまま、裁判は強引に進められた。日本はポツダム宣言を受諾して降伏した。だから、ポツダム宣言に盛られた条項に従った。だから、ポツダム宣言を発した連合国側はそれに基づかずに東京裁判を行ったわけである。東京裁判以後、戦争犯罪に対する裁判は何度か行われている。だがそれは、捕虜虐待とか一般住民虐殺とかが戦争犯罪とされたのであって、東京裁判のA級戦犯に対するような、戦争を準備した罪や戦争を始めた罪で裁かれた例は一つもない。いまだにこれらを戦争犯罪とする規定は国際法にはないし、いかなる文明国にもこれらを戦争犯罪とする概念はないのである。つまり、A級戦犯とされた人たちの罪状はなんの根拠もないということである。すると、東京裁判とはなんだったのかもはっきりする。「戦勝国が敗戦国に復讐し、日本を悪者と決めつけるために、連合国側が自らは発したポツダム宣言を踏みにじり、なんの根拠もなく裁判の形を借りて行った茶番劇」。これが東京裁判の正体だということである。正確な歴史認識とはこのことである。これは、日本は無条件降伏したといういい加減な認識からは出てこない。日本はポツダム宣言を受諾したと受け止めることで明確になる。(つづく)
2005年10月08日
「西欧と日本の統治戦略の違い」コロンブスの新大陸発見から、西欧諸国による大航海時代は益々盛んになり、イギリスを始めオランダ、ポルトガル等競って植民地政策を拡大して行った。西欧諸国は先を争って、当時後進国のアフリカやアジア、南北アメリカ大陸の諸国を次々と植民化し、統治していったのであった。アジアに至っては、インド初め、インドネシア、ミャンマ-、インドシナ、ルソン、中国等ほとんどの国は、西欧の植民地となってしまった。日本も明治維新がもう少し遅れていたら、きっと外国の植民地施策の餌食になっていたであろう。当時の西欧の植民地施策は、金銀財宝の強奪だけでなく、鉱物資源や農産畜産物を根こそぎ接収せしめ、人身売買までする野蛮極まりないものであった。アフリカの黒人を奴隷として買い、アメリカに売りつけたのも彼らである。現在のアメリカの黒人のル-ツは、当時象牙海岸などから売られた奴隷達の子孫なのである。明治維新は、そんな周辺国の状況から誕生した革命であった。日本は運が良いのである。地理的な有利さが最大のもので、もし日本の位置が台湾周辺にあればきっと、イギリスかオランダ、ポルトガル等の餌食になっていたことであろう。それに、当時積極的にアメリカが着てくれたのも幸運であった。西欧諸国が、植民地とするにはアジアでは、日本が最後の位置で、どの国も主権をけん制しあった事も幸運であった。有名な中国清王朝で起きたアヘン戦争も、イギリスがアヘンで人民を麻薬中毒にさせ、国を奪い取る戦略だったのである。それに憤慨した王朝の一部軍が決起したものの、最終的にはイギリスの手中に入り、敗北したのである。以後、植民地施策をとる各国は、植民地施策について多少民主的になったとはいえ、国の極上層部だけを本国に留学させ、近代知識を身につけさすことにより、特権階級と位置付け、あたかもその者たちが国の政治を行なっている様に見せかけ、植民地統治に都合の良いようにコントロ-ルしたのである。こんな過去の歴史を解析してみると、個人的には中国や韓国が、第二次世界大戦の責任を、日本の植民地施策によるものと日本ばかりを目の敵にしている点がまことに面白くない。何故なら、日本は明治維新後、西欧によるアジアの卑劣な植民地化に対し、それを開放する目的を持ってアジア各国に進出したのであった。いうなれば、アジア人のアジア人による植民地の解放であった。従って、進出しても、西欧各国の植民地施策とには大きな違いがあった。西欧は、一部上層部を教育し、それにより国を治めさしたように見せかけ、一般民衆を奴隷化した。しかしながら、日本の施策は一般民衆にも教育を施したのである。日本語を教え、日本の諸産業や文化、宗教に至るまで全面的に支援したのである。それに、軍隊は天皇の軍隊である。神の軍隊として、何処の国より整然とした軍規の元、しっかりとした目的意識があり、規律も厳しいものがあった筈である。軍律に逆らうことは、天皇(神に)に逆らうことである。犬畜生のやる、非情な無差別「大虐殺」など許されるはずもない。日本軍には、武士道から流れてきた独特の美にも近い軍律があった。それは、日清戦争や日露戦争へと続き、更に浄化されていった。兎に角、丸ごとノウハウの全てを、惜しみなく教えてやったのである。このことが後に、逆に、言語や宗教まで押し付けた占領施策と痛烈に批判されたのである。植民地にしたいならば、西欧諸国の用いた奴隷化が、ほんとうは正解であったのである。何故なら、西欧法の植民地施策を取れば、民衆が植民地施策に怒り狂い、集団を組んで暴動を起こすにはかなりの時間とエネルギ-が必要となり、仮に暴動が起こったとしても民衆の知識や能力はたいしたものではない。少ない武力で簡単に鎮圧できるのである。日本は、それをせずあくまで家族として隣国と付き合おうとした。それが日本の天皇を担ぎ、武士道を主体とする日本流の宥和策であった。こんな植民地施策では、相手国の反日感情を持つ革命分子には、大変美味しい話である。「泥棒に追い銭」的な植民地施策に、革命分子は日本に敗戦の色が濃くなってくると、教育も知恵も教えられ、挙句の果てには、日本語まで話せるのである。そして、表面上は従順の態度を見せながら、影では牙を磨いで反抗していたのである。日本軍服を手に入れ、軍服を着て日本兵士になりすまし、日本語を話し、反対派の中国人を銃剣で刺し殺したとして、誰もその兵士が中国人とは言わない。「日本軍が卑怯な虐殺をした」ということになってしまうのだ。残念ながら、中国人と日本人の体型や皮膚の色、顔形までそっくりで見分けがつかないのである。南京虐殺や、様々な虐待事件は全てではないものの、こうして捏造されたものもと推測もされるのである。日本の敗戦でアジア諸国が、長期にわたる西欧諸国からの植民地施策から解放され、独立国となり、今日の繁栄を得られたのは、日本の開放施策の賜物である。もし、日本が進出しなかったら、今日の自由と独立はなかったであろうと思えてならない。仮に、この私が中国人や韓国人だったとし、歴史を正しく判断した時には、「戦争は辛く大変残念であった。特にわが国は一時占領され、戦闘の悲哀をなめ犠牲者も多く出した。しかし、日本のお陰で開放され、独立し新国家を樹立できのも事実である。日本には感謝の念もある」と発言するであろう。戦後60年、このような発言を、今まで一度も中国や韓国人から聞いたこともないことは、誠に残念である。大戦の話になると、常に、攻撃的・一方的な批判ばかりである。それに、余りにもしつこ過ぎるではないか! それも、事実を捏造され、その教育を受けた戦争を知らない若者達から騒がれると、「所詮、そのような人物が居ない心の狭い三流の民族なのだ」とついには思ってしまう。日本の失ったものは大きい。莫大な資材の投資、膨大な労力、そして長い年月を、大陸やアジア諸国に残し、また取り上げられてしまったのである。そして、何百万の同胞の血を流し、大地に浸み込ませてきたのである。日本人は世界的に見て、正義感が強く勤勉で、自己の確立もあるが、余りにも「おしと良し」で世間しらずのところが多い。これは、今も昔も同じではないかと思う。古来から日本人の欠けているのは、世界的感覚である。四方を海に囲まれ、「井の中の蛙」で小さい世界で生きている。自己の完成を求め生きていると言ったほうがいいのかもしれない。環境からそういう文化になり、その中で生きていると言ったほうが適切なのかもしれない。これを改善するには、若いときもっと世界に飛び出し、世界的な視野に立った、発想が必要である。いつの時代も不足していたし、現在もまだまだ不十分である。従って、若者は是非一人残らずどんどん世界に出て行って欲しいものである。高齢化社会の現在にあっては、国内は我々年寄りでも十分である。是非勇気を出してもっともっと、飛び出して欲しい。そして、願わくば日本の大戦の真実も、努めて機会を創り語って言って欲しいものである。
2005年10月06日
そもそも、南京大虐殺という歴史的認識は、蒋介石の国民党宣伝部も毛沢東も持ち合わせていなかった。にもかかわらず、「それなりの虐殺はあった」と思っている人は多い。その原因のひとつに、大虐殺を撮影したと称する写真が出回っていることが挙げられる。写真は見るものに与える印象が強烈で、真実を写していると思わせるから注意である。写真ほど演出や修整がしやすいものはない。近頃では、北朝鮮拉致事件被害者「めぐみさん」の写真が、そのことを如実に語っている。めぐみさんは死亡したとの北朝鮮側の報告。生前の写真と、遺骨を返還して来た。専門家による判定で、写真のいたるところに捏造が指摘・証明された。また、DNA鑑定で、遺骨も別人のもの、それも男性の骨と判定されたのだ。撮影者が不明な場合「その写真情報の信憑性は言下に否定されてしまう」と、ポロカメラマン新藤健一氏は「写真のワナ」という著書の中で明言している。戦前撮影した南京の死体の中で、撮影者が判明しているものはひとつもない。例えば、「中国抗戦図史」の中に、日本軍の虐殺の一枚の写真がある。「中国人と思われる捕虜を木製の処刑台に立たせ、胸と両足を縛り挙げ、目隠しをさせ、この捕虜に、ひとりの日本軍兵士が銃剣を突き刺している」その瞬間写真である。この写真は、虐殺の証拠写真とされ様々な書籍に掲載されている。しかし、よく観察すると、日本兵士の軍服は、「詰襟」でなく「たて折り襟」である。又、地位を表す「肩章」もない。明らかにこの兵士は日本軍兵士でない。東中野教授は、最後にこう結んでいる。「南京大虐殺を主張する人は、南京大虐殺を公述と明記する国民党政府の当時の記録や日本軍国際法違反と認定する確実な論拠、検証に耐え証拠として通用する写真を提示すべきである。 しかし、それは果たして、あるのでしょうか?」 と。さて、あなたは、この南京大虐殺という事件をどう捉えていましたか?・・・そして東中野教授の分析をどう思いますか?近頃のテレビ放送でも、日本軍として参加した本人が、虐殺はあったと涙ながら語ったり、本来、共産系の思想を持つ政治家や団体は、常に一方的歴史認識に立ってこの事件を捉え、中国を擁護しているような態度に見える。「きっと事実でしょう。申し訳ありません」の一点張りである。私達は日本人である。先達の方々は、この国のために少なくとも家族のために、銃を取り、鍬やスパナを持って大陸に渡り、大変苦労したわけである。そして、多くの方が命を落とされ、運の良い人たちさえ土地や家屋等一切の財産を、置き去りに裸一貫で帰国してこられたのである。「勝てば官軍、負ければ賊軍」 されど、死者たちへの余りにも真実とかけ離れた捏造された嘘為は許してはならないと思う。最低、英霊達の名誉を守るのが、私達現有の日本人の誠であり、義務であると思う。犠牲になった中国人の英霊達さえ、嘘で塗りかえられた歴史認識が、いつまでも下界で吹き荒れていたら、成仏できないで困っているのではないだろうか。以外にあの世では、毛沢東や蒋介石も、東条英機に頭を下げ続けているのかも知れない。冗談は兎も角、今後この事件に関しての真実を追究し、両国を挙げての徹底的調査・分析をすべきである。真実を確認し合って初めて真の謝罪ができ、そこから新たな信用と友好が初めて生まれるわけである。皆さんも今日から「南京大虐殺」の話が出て、かつ、従来の内容で語られていたとしたら、「ほんと?」「そうかしら?」と必ず、疑問符を付けて下さい。これ以上、真実が確認されてない先達の不名誉な「噂を」広げてはならないと思うからです。それが、英霊達に、私達後輩が取れる感謝をこめた唯一の行動だからです。
2005年10月05日
次に例の報告書では、「南京の人口50万人のうち30万人が虐殺され、20万人になってしまった」と主張されている。しかし、肝心なのは陥落前の南京の人口である。当時蒋介石政府は事件前、外国人記者を呼んで連日記者会見を開いており、そこで公表された当時の人口は20万人であった。国際委員会も陥落直前に20万人と記録している。陥落後8日目の12月21日の記録でも20万人、クリスマスイブの24日にも前述のフィッチ師が、南京の人口は20万人と書いている。南京戦で日本軍は中国軍兵士を多数捕虜にしたが、捕虜は氏名と階級を正確に言わなければならないと、ハ-グ陸戦法規で決められている。この時の捕虜を調べると兵卒ばかりで将校が少なかった。このことから日本軍は、まだ多数の将兵が市民になりすまして潜んでいると判断し、幼少や老齢の者を除き全員に本人自身の出頭を命じた。こうして12月下旬、市民になりすましている中国軍兵士と市民とを選り分けようとした。これが図らずも南京の人口調査にもなったが、国際委員会は、こうして出てきた数字に子供と老女を推計で加えて25万人という数字を弾き出した。30万人が虐殺されれば人口は減らなければならないが、陥落直前と直後に変化がない。それどころか、増加傾向を示している。南京で日本軍は捕虜を処刑したと言われており、確かに日本軍によって中国軍兵士の処刑の処刑事実はある。しかし、ハ-グ陸戦法規は、合法戦闘員は軍服を着用し、武器を隠さず公然と携帯し、指揮官の下に行動しなければならないと規定し、敵の手に陥った合法戦闘員は捕虜と規定して、捕虜は保護されることも定めている。その捕虜を処刑したら、これは明らかに不法な虐殺である。しかし軍服を着用せず武器を隠して行動する不法戦闘員(スパイ)を、ハ-グ陸戦法規は捕虜とは認めず、保護も認めてはいない。それでも日本軍は、拘束した者を保護し、肉体労働者、苦力として使っている。日本軍が処刑したのは、この一部の不法戦闘員(スパイ)であった。処刑は合法でしたから、南京陥落から当東京裁判閉廷までの11年間に、日本軍が合法戦闘員の捕虜を処刑したと公言した人は、ひとりも居なかった。このことからも、捕虜処刑がなかったのが分かる。前述したように、蒋介石政府は南京陥落を挟んで、外国人記者を対象に盛んに記者会見を開いている。1937年12月1日から1938年10月24日までの328日間に300回である。もし大虐殺があったなら、それこそ日本非難の絶好の宣伝材料であり、公表しないはずはない。ところが300回の記者会見でも一言も触れていない。1938年6月、毛沢東が延安で9日間に亘り、有名な講和、「持久戦について」を行った。南京陥落から約半年後のことである。当時南京戦のことにも触れているが、内容は「南京の日本軍は、皆殺し作戦に出なかったのが作戦的に悪かった」と日本軍の作戦を批判している。これは、南京大虐殺そのものを、敵軍の長が否定している言動である。南京大虐殺で6週間にわたって30万人が殺されたとすれば、1日平均7千人である。事実なら、当然誰かの目につき、記録されたはずである。蒋介石の国民党宣伝部国際宣伝処の記録はどうか。極秘文書の「中央宣伝部国際宣伝処工作概要」(1941年)には、「敵軍が南京に侵入した後の姦淫、放火、掠奪」を宣伝しているが、大虐殺の文言はない。記事から南京大虐殺という認識も感じられない。アメリカがこの南京大虐殺を東京裁判で持ち出したのは、日本軍の残虐さをクロ-ズアップすることで、広島や長崎への原爆投下の残虐さを相殺しようという意図からと思われる。しかし、戦後25年間この問題は取り上げられなかった。南京大虐殺が浮上してきたのは1982年(昭和47年) 朝日新聞記者の本多勝一氏が中国を旅行して南京大虐殺を取り上げ、ルポルタ-ジュを書いてからである。その時から中国共産党が日本を非難する政治の道具として南京大虐殺を盛んに使い出した。(次回へつづく)
2005年10月04日
「南京虐殺」の徹底検証「南京大虐殺」については色々云われてきた。ほとんどの日本人は、この事件を「真実であっただろう」と思っている。外国人に至っては、「日本人は、腹も切るが他人には、もっともっと野蛮でひどいことをする民族だ。ナチに等しい」と思っているふしがある。特に韓国や中国は、一時占領されていたという意識から、戦後徹底的に日本に対する恨みを、過大化・誇張し、教育を通して洗脳してきた。満州等共産圏から引き上げてきた人の中には、「日本は酷いことをしてきた等体験として語る者すらいる」そんなテレビ番組も放映された。しかし、当時の関東軍兵士の引揚者の多くは小さな声で、「戦争だから、多少はあったが、言われているようなそんな酷い事実はなかった」と言う。何処に本当の真実があるのか、触れてみたい。まず、専門家の分析を紹介したい。東亜大学教授の東中野修道先生は、その道の研究者として有名である。編著書に「南京虐殺の徹底検証」「1937南京攻略戦の真実」「南京事件証拠写真を検証する」等がある。文学博士先生は戦後の生まれ(1947年=昭和22年)ながら、南京戦に将校として参加した方が、大虐殺など見たこともないと言っていることに、世間で言われている「30万人が虐殺された」という流布されていることに疑問を感じ、徹底的に調査・研究・検証した学者さんである。某雑誌記事のから紹介したい。南京大虐殺は東京裁判で初めて世に出たと思われているが、そうではない。南京が陥落したのは1937年12月13日、そしてシガゴディリ-ニュースが「南京大虐殺物語」を一面トップで報じたのが、16日(アメリカ時間では15日)これが南京大虐殺の初出。書いたのはスティ-ル記者。続いて18日にニューヨ-クタイムズが「南京陥落の特徴は屠殺」と報じる。書いたのはダンディン記者。両記者とも南京の電気が停電したため、原稿を伝送できず、15日に南京から上海に移っている。これだけだと、南京大虐殺は事実のように見える。しかし、研究を進めると奇妙なことが見えてきた。翌1938年7月、ロンドンで「戦争とは何か」という本が出版され、編者はハロルド・ティンパリ-、イギリスのマンチェスタ-・ガ-ディアンの中国特派員。この本の中で南京大虐殺を書いたのは、YMCA職員のジョージ・フイッチ師と南京大学教授で有名な牧師のマイナ-・ベイツ師。2人が分担執筆したものをティンバリ-が編集し、出版したものだ。従って中立的な第三者が客観的に観察し、記録し、告発した本のように一般には見える。これを見ると南京大虐殺は決定的な事実に見える。さて、曾虚白という蒋介石の国民党宣伝部の処長がいた。戦後この人の自伝の中で、「戦争とは何か」は国民党宣伝部がお金を出して作らせたと書いている。更に、「戦争とは何か」の分担執筆者のベイツ師は蒋介石政府の顧問であったし、フリィッチ師は、彼の妻が蒋介石夫人宋美齢の親友であった。こうなるとこの書は、中立的な第三者の客観的記録との主張は疑わしくなる。もうひとつ、12月15日にスティ-ルとダ-ティンの両記者が南京を離れるとき、この2人にベイツ師が原稿を託していた。だから、「戦争とは何か」の中のベイツ師分担執筆と米国2新聞の記事を並べてみると、実に似ていることが判明した。スティ-ルとダ-ティンの両記者は虐殺を実際に見聞して記事を書いたのではなく、ベイツ師から渡された原稿をもとに記事を書き、伝送したのだ。しかし、これだけで、南京大虐殺を虚偽と断じるのは早計である。30万人という大虐殺が起きていたのなら、誰かが必ず何処かで、それを記録したり言及したりしているはずである。当時、南京には日本大使館があり、南京に在住する欧米人は日本大使館に毎日「市民重大被害報告」を提出していた。日本大使館はそれを外務省に送り、外務省はそれを南京情勢の判断材料としていたが、全くそんな認識がない。「市民重大被害報告」は今一冊の本(南京安全地帯の記録:富沢重信)になっているが、そこには「合法的処刑」が一件記されているのみである。ほかに殺人が25件記されているが、これらは実際の見聞でなく、すべて噂を記したものである。ここでも奇妙なことは、「市民重大被害報告」を作成し日本大使館に渡したのは、ベイツ師であり、報告書に一件の不法殺人も記載されていないことを知りながら、虐殺が頻繁に行われたと彼は書いている。ベイツ師の2枚舌は疑いの余地もない。著者の富沢氏は、義父が南京戦に熊本第6師団の将校として参加され、住友信託銀行の常務をされた後、退職後は南京問題研究に没頭されている。富沢氏は当時の南京の市民や欧米人や日本人将校の記録を調べ、すべてコンピュ-タ-に入力し人でもある。これによっても、殺人はいずれも伝聞の94件で、目撃されたのは「合法的処刑」の1件だけである。(次回につづく)
2005年10月03日
事実を隠して歴史を歪めるのは国民をたぶらかすもの。以上、述べてきたことで明らかだろう。ソ連の謀略が陰に陽に働いて、世界にいかに大きな惨禍をもたらしたかということである。各国の共産党員やシンパは、共産主義を守るため、ソ連に奉仕するために働き、平和の可能性を踏みねじり、多くの人々に災いをもたらすことを厭わなかったのだ。このことは肝に命じなければならない。ハル・ノ-トの問題も根本はそこにある。ハル・ノ-トはハリ-・ホワイトというソ連のスパイが、モスクワの命令を受けて書いたこと。モスクワの意図は何がなんでも日本とアメリカを戦争させるところにあったこと。このことをしっかりとらえなければ、正しい歴史認識とは言えない。蒋介石とチャ-チルの反対と圧力がハル・ノ-トの提示になったなどという「その時、歴史は動いた」の言い分は、歴史を歪めるものであり、視聴者、つまり国民をたぶらかすものでしかない。ところで、私がこれまで述べてきたことは、新発見でもなければ、新見解でもない。近現代史に関心を持ち、少し勉強し人なら、誰でも知っていることなのである。渡辺先生は、先日放映されたNHK「その時、歴史は動いた」について、こう結んでいる。「ハル・ノ-トの歴史認識について、中国やイギリスのせいにして、事実のソ連の戦略を摩り替えている。ハル・ノ-トはホワイトというソ連スパイが書いたという肝心要のことは、この番組の制作者達は分かっているのに、一切触れず歴史を歪めようとしている」事実を積み重ねながら、事実を隠すことによって真っ赤な嘘をつく。もし、故意にこんな卑怯な手法で国民の歴史認識を誤らせているとしたら大変な犯罪である。NHKだから問題が大きいのである。この頃のNHKは不祥事が多いが、この問題はそんな比でない。視聴者として、常に横目で物事を見ないといけない世の中は淋しく、かつ異常である。私達は、この機会にハル・ノ-トの例を正しく認識し、今後、歴史問題においても、常に調査・研究して真実を見通す努力を重ね、正しい事実を掴み、共通の歴史認識まで高めることが肝要であるとつくづく思う。
2005年10月02日
「共産党員のスパイ達はソ連のために働いた」当時、ソ連で諜報活動を担う機関は、NKVD(内務人民委員部。のちのKGB)で、そのトップはベリア。その下でアメリカを担当していたのがバイコフ大佐である。ハリ-・ホワイトはこのバイコフ大佐につながるスパイだったのだ。具体的にホワイトに接触していたのはバブロフとアフメロフという2人のNKVD工作員で、ホワイトはこの2人を通じてホワイトハウスの内部情報をソ連に渡していたのである。だから、ソ連は日米交渉の詳細の経緯も中身も、ハル長官が用意した対日提案も、逐一掴んでいたのだ。スタ-リンはどうしても日本とアメリカを戦争させたかった。日本とアメリカが戦争になれば、日本は三国同盟の一員なのだから、ソ連が対峙し、追い詰められているドイツと敵対する側にアメリカは立つことになる。それだけでアメリカの助けが受けやすくなる。そのことを計算したのである。では、日本とアメリカを戦争させるにはどうすればよいか。日米交渉で日本がどうしても呑めない提案をアメリカに出させ、決裂させればいい。ソ連の指令を受けてハリー・ホワイトは強硬な対日提案を作成し、モ-ケンゾ-を通じてル-ズベルト大統領に取り上げさせ、ハル長官から日本に手渡すように工作したのである。ハル・ノ-トはソ連の工作によって書かれ、日本に突きつけられた、ということである。ついでに言えば、ル-ズベルト大統領の政府内部にはかなりの共産党員が入り込み、ソ連の手先となって働いていたことが分かっている。例えばこんなふうである。カリ-という経済担当官が居た。この男は共産党員で、ホワイトの推薦で政府内に入り込んだのだ。そのカリ-はラテモアという男を推薦し、蒋介石の顧問につけている。ラテモアはもちろん共産党員である。ハル長官が目の前の開戦を回避するために日本に宥和的な案を用意した時、蒋介石は猛烈に反発し、その命を受けた駐米大使の胡適はこの案を潰すために盛んに動いた。「その時、歴史は動いた」はこれをハル・ノ-トが出てきた最大の理由にしたわけだが、この背後には、ラテモアの強い働きかけがあったのである。NHKの番組はこのことにもチラリとも触れていない。アメリカの政府内に入り込んだ共産党員のソ連スパイ・コネクションの手は、イギリスにも伸びている。ハル長官の日本に宥和的な案に中国が猛反発した時、イギリスもこれに同調した。これにはグリンバ-クという男のチャ-チルへの働きかけがあったのである。このグリンバ-グはイギリスの共産党員で、カリ-の右腕と言われ、カリ-の指示によって政府内に入り込み、この工作を行ったのだ。アメリカ政府におけるソ連スパイとしてのハリ-・ハワイトの働きはハル・ノ-トだけではない。アメリカが参戦すると財務省特別補佐官の立場をフルに活用して、アメリカのソ連に対する武器援助を最大限に拡大するために働いた。そのために第二次大戦中のアメリカからソ連への武器援助は、戦車1万2千台、航空機1万9千機という膨大なものになった。これほどの武器援助があったから、ソ連はなんとか対独戦を戦い抜くことが出来たのである。(次回へつづく)
2005年10月01日
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