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港区正徳町2の神明社を後に、350mほど西に向かい、正徳四・五・六丁目集会所を目指します。写真は正徳五丁目の交差点角にある集会所で、時間にして5分ほどで到着できる距離にあります。 集会所の入口には「正徳町四・五・六丁目町内会集会所」とあります。目指す正徳町5の神明社はこの集会所の左に鎮座します。赤のマーカーが鎮座地で、明治時代からほぼ現在までの地図を見てみましたが、ここに鳥居の印が記されることはありませんでした。 正徳町四・五・六丁目は、荒子川を挟んだ両岸と、東岸では正保公園あたりから百曲街道までが大まかな範囲となります。 集会所敷地の左側が神明社の社地として設けられており、右側に幟立て、左側に社標が立てられています。 正面には銀色に輝く金属製の蕃塀が建てられており、道路から境内の様子を見ることはできない。神明社の社標後方から境内に入ってみます。 社標右手の幟立てに目をやると、側面に「平成6年改修」と刻まれていました。更に背面には「昭和31年明徳温泉」の銘が刻まれていました。 二つの年代にわたる記録が残る寄進物は、あまり見かけないものかもしれない。これだけ見ても、この神明社の歴史を感じ取ることができます。 この正徳町5の神明社について調べてみました。 愛知県神社庁には登録されておらず、名古屋市史にも記載がないため、詳細はつかめませんでした。蕃塀の先の境内には、「遷宮記念」と刻まれた二本の石柱が立ち、その先には角の取れた石を高く積み上げ、その上に社殿が祀られています。 遷宮記念の石柱には「昭和50年」と「平成6年」の年が刻まれており、正徳町の変貌にともない、地内で二度遷座した可能性があります。幟立てに「平成七年修復」とあるので、この頃に現在の神社の形が整えられたのだろう。 過去の地図を見ると、このあたりに住宅が現れるようになるのは昭和に入ってから。昭和22年頃の航空写真で見ると、田畑が広がる環境の中、この一帯だけ規則正しく複数の建物が見られます。 現在の正保公園北側まで建物が続き、それより南側には、まだ田畑が広がっています。これが社宅なのか、団地なのか分かりませんが、その頃から一帯の宅地化が進んでいるようです。 住民が増えると、集会所や公民館が建てられていきます。人が寄り合う地域の施設に神社を祀る例は珍しくなく、遷座の歴史は分からないものの、周辺の宅地化が進んだ昭和期になって祀られたものではないかと推測します。本殿は神明造で6本の鰹木と内削ぎの千木が付くもので、供えられた榊も新しく、町内でお世話する仕組みがあるのだろう。 祭神は天照皇大神と思われ、正徳町四・五・六丁目に住む人々を見守っているのでしょう。境内社は見られません。神明社 (港区正徳町5)創建 / 不明祭神 / 天照皇大神氏子域 / 不明祭礼 / 不明境内社 / なし所在地 / 名古屋市港区正徳町5-100参拝日 / 2026/08/21正徳町2神明社から正徳町5神明社への徒歩アクセス / 正徳町2神明社から西に350m、徒歩5分ほど。関連記事・龍神社 (港区川間町)・神明社 (港区正徳町2)
2026.09.05
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前回掲載した川間町龍神社から、あおなみ線を越えて高架沿いに少し北上すると港区正徳町2に鎮座する神明社を訪れた。正徳町2の神明社全景。 あおなみ線西側に位置し、龍神社から徒歩15分ほど、港北駅から直接向かっても10分ほどで辿り着ける。港区の町名の由来によれば、町名の正徳町は、昭和36年に南に隣接する正保町と東の明徳町の頭文字を取って正徳町となったという。 正保町は熱田新田が開発された年代の「正保」からきているとされます。そのため正徳町も開発時の元号から付けられたと思いがちですが、そうではないようです。大正時代の地図(左)にも当時すでに鳥居の印が描かれており、明治まで遡ってもこの辺りに鳥居らしき印が見られます。 当神社の由緒については後ほど記載するとして、愛知県神社名鑑によれば創建時期は不明で、「尾張志」にも記述が残るとしています。神明社の記録を留めた尾張志は天保14年(1843)に編纂されたとされます。 上の絵図は、更に遡った寛政年間(1789-1801)頃描かれた熱田新田村全図です。地図と同じ向きになるよう天地を反転したもので、左隅が庄内川、中央に荒子川、右が中川運河が描かれています。 荒子川左岸の四角の赤枠部分の廿一・廿二あたりに神明の文字が見えます。絵図の番割と位置にズレは否めないが、二十二番割の氏神、正徳町2の神明社を指していると見えます。中央の二つの赤丸で、上の赤丸は天年寺と神明の文字が見られ、これが恐らく中川区昭明町2の神明社ではないかと思われます。 下の赤丸の神明は、十八 九と読め、番割からすると、20番割りの氏神・正徳町1の神明社を指しているように見えます。位置はしっくりこないが、絵図が書かれた寛政年間以前に創建という可能性もある。境内全景の眺め。 南北に長い社地の南側に鳥居を構え、北側に社殿を構えており、ゆとりを感じさせる。社頭正面からの眺め。 白い神明鳥居と石灯籠を包み込む柵、神木を支える金属製の柱が印象に残る。境内中ほどの狛犬と左側の社務所、正面の社殿の眺め。 社殿左には境内社が祀られている。 くろずんだ外観の狛犬はベルトまで付けられている。 大正十三年(1924)に寄進されたものでした。先ほどの神木、灯籠、この狛犬、拝殿など、地震に対して相当意識しているのがうかがわれる。拝殿は切妻妻入りの瓦葺でモダンな拝殿額が掛けられている。 愛知県神社名鑑には正徳町2の神明社について、以下のように記載されています。『十五等級 神明社 旧村社鎮座地 名古屋市港区正徳町二丁目五三番地祭神 天照皇大神由緒この地は熱田二十二番割で神明ノ社は氏神なりと「尾張志」にみえ、村内の安全と五穀豊穣を祈り尊崇する。明治五年七月、村社に列格した。神徳 火伏せ、厄除け例祭日 十月五日(第一日曜日)社殿 本殿 神明造、幣殿、拝殿、社務所』本殿左の覆屋にはこの地域の火伏の神、秋葉神社を祀る。 拝殿から幣殿、鞘殿の眺め、天照大神を祀る本殿は到底垣間見ることは出来なかった。 神明社 (港区正徳町2)創建 / 尾張志に神明の名が残る祭神 / 天照皇大神氏子域 / 正徳町祭礼 / 10月第一日曜日境内社 / 秋葉神社所在地 / 名古屋市港区正徳町2参拝日 / 2026/08/21龍神社から神明社徒歩アクセス / 龍神社からあおなみ線を北上、約1km・15分。関連記事・龍神社 (港区川間町)
2026.09.04
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八月に入り二回目の港区徘徊。 前回はあおなみ線稲永駅周辺の神社を巡りましたが、今回は一駅手前の港北駅で降車し、駅周辺から南にかけて神社巡りをしてきました。このあたりも新田開発で生まれた土地で、開拓の歴史を感じさせる地名が残る。 龍神社が鎮座する川間町は、昭和三十六年に制定された比較的新しい町。港区の町名の由来によれば、「明徳土地区画整理事業の完成に伴い、当時、現・西名古屋港線(あおなみ線)から東海橋まで流れるオタラク川と、中部鋼板(株)の工場の南側にあった川の間にはさまれた土地であるところから名付けられた。」 上は大正時代と現在の地図に青色マーカーで龍神社の位置を示しています。地図では切れていますが、中川運河と荒子川などを結ぶ運河網の一環として計画された小碓運河や、マーカーの上方には昭和32年(1957)になると中部鋼鈑の中川工場が現れます。 物流が水運から陸運に移り変わるとともに、運河の利用価値は低下し、小碓運河も平成8年(1996)から埋め立てが始まり、平成10年(1998)には大部分が南郊公園となりました。また、公園沿いには鉄道貨物輸送の増加を見込み、名古屋貨物ターミナルと笠寺・大府方面を結ぶ南方貨物線が計画され、昭和42年(1967)に建設が始まりました。 しかし工事は途中で中断され、国鉄の財政難や鉄道貨物輸送需要の減少などから昭和58年(1983)に建設が凍結され、現在もその高架の一部が残されています。龍神社は港北駅から東に750m、10分ほど歩いた川間公園内の北西角に鎮座します。写真は、平成三年(1991)に整備された川間公園の東側から眺める龍神社の全景。玉垣で区切られた神域には鬱蒼と木々が生い茂り、杜を形作っています。玉垣の外側に幟立てと鳥居が立てられ、公園そのものが神域といってもいいのかもしれない。 この龍神社の由緒や創建時期について、愛知県神社庁の資料から調べてみましたが登録されておらず、『名古屋市史 社寺編』(1968)にも記載がなく、残念ながら詳細は全く掴めませんでした。社頭全景。 詳細が分からないとなると、寄進物から推測するしかありません。右手の幟立ての寄進年は平成八年(1996)、鳥居の寄進年は確認し忘れました。龍神社参道から社殿を望む。 切妻の拝所とその先の本殿が主なもので、狛犬の姿はみられなかった。参道左の手水鉢と、その先の常夜灯は昭和36年(1961)に寄進されたものです。拝所に掲げられている額は「龍神社」。 現在の川間町からは、ここに龍神が祀られた動機を察することはできないかもしれません。一帯は海抜も低く、立地は西に荒子川、東は中川運河、北には小碓運河、南にはオタラク川の名残もみられ、四方を川に挟まれた場所にあります。 そうした立地ゆえに、水を鎮めるために龍神が祀られたのかもしれません。龍神を祀る本殿は神明造で、5本の鰹木に内削ぎの千木が施されています。昭和36年(1961)に制定された川間町であること、そして灯籠も同年に寄進されていることから推測すると、町の誕生とともに町の安寧を願って祀られたのかもしれない。龍神社 (港区川間町)創建 / 不明祭神 / 不明氏子域 / 不明祭礼 / 不明所在地 / 名古屋市港区川間町2-134参拝日 / 2026/08/21公共交通機関アクセス / あおなみ線港北駅から東に750m、川間公園内
2026.09.03
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