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先週は生後二ヵ月半の仔犬(通称キッズ)の1頭が我夫婦が罹患したノロウィルスがうつったのではないかと思われる激しい下痢だったりした。その一方で現在生後二ヶ月に満たない仔犬達(通称パピー達)がおそらくこれはストロバイト尿症だろうと思われる頻尿傾向に見舞われていた。パピーたちの原因はおそらくフードだろうと思っている。このフード、問屋にパピーフードを発注したとき18kgを4袋でお願いしたのだが18kgの商品が切れているから9kg袋のもの8袋の形で納めさせてもらって良いかと訊かれた。特に支障はなかったからそれで良いと返事をしたのだがおそらく18kg袋で届いていたら商品の回転の速さの違いでこうした事には至らずに済んだのではないか?と思っている。残留していた9kg袋の商品。。。油が酸化していたんじゃないか?と疑っている。届けられたフードに切り替わって少ししてからパピーたちに変化が起きたことを感じ始めた。先週は此方も雪が降ったりと冷え込む日が多かったのだけど通常の細菌性の膀胱炎ならパピーが全員同時に頻尿とは成らない筈。ああ、これはストロバイトによる結晶性の膀胱炎だなと思った。が、一昨年、結晶性の膀胱炎の治療からラファールを失った私にとって結晶性の膀胱炎で獣医にかかるというのは非常に勇気が要る。。。というよりもう殆どあのときのトラウマから膀胱炎ごときで獣医にはかかれなくなっている自分が居る。これが細菌性の膀胱炎と言うのであれば話は違ってくるのだけどね。。。で、ラファールがああなったときに智恵を授けてくださった方のお話の中でこうしたらよかったという対膀胱炎の対処法と言うのがあって今回はその方のお話してくださった方法を頭に入れた形で先のノロウィルスにかかったんじゃないのか?と思われる仔犬と共にパピーたちにも食事療法にて対処したところ問題なく症状が改善されてきて昨日からは全く問題が無くなった。が、こうしたこともきっと愛護法に照らし合わせたら病気を知っていながら病院に掛けなかったのだから虐待と言われてしまうのだろうなと思ったよ。病院にかけてたかが膀胱炎で殺されてしまうのと病院にかけずに回復させるのとどっちが虐待なんだかね。。。
Feb 11, 2010
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昨日は動物取り扱い業の行政講習だったのだけど一体この愛護法と言うヤツはどこまで馬鹿さ加減が進むのだろうと疑問を感じて帰って来た。なんでも、巷では、その法の及ぶ範囲と言うのを魚類だの両生類にまで拡大しようと言う動きがあるそうだ。魚類。。。実際に自分で飼ってみると解るけど水質管理というのは結構難しくていろいろ勉強したり費用を掛けて薬剤をそろえていたりと頑張っても水が悪くなったなと思って水替えしたらそこから一気に病気が発生して死なれちゃったとかちょっと仕事が立て込んでいたりして水質が落ちたと思ったら松かさ病なんかに罹ってしまって駄目に成ったとか魚類ってぇやつはその維持管理にはかなりの熟練が要る。。。と私は思っている。昔に比べれば確かにろ過装置だのエアポンプだのヒーターだの周辺機器が良くなっているというのは解る。。。が、相手は口の利けない犬なんかよりもっとずっと健康管理が難しい相手だと感じる。。。が、そいつにまで愛護法を拡大ってそんなことになったら子供が趣味で熱帯魚を飼うと言うこともできなくなるんじゃねぇの?って思う。犬に関しても愛護法を改正(改悪)させた連中と言うのは可哀想がりだの可愛たがりだのの感情ばかりが先行する「私は善い人」気分に浸りたがる自己中我侭ヒステリックな動物依存甚だしい頭の悪い連中だったりする。連中が知っている犬とか猫ってのは食い物にすがって人を使うだけの野生頭で図々しいムカツク犬・猫だったりする。そんな犬・猫が中心に据えられての改正だからまともな犬・猫に当てはまらないことばかりでまともな犬・猫に合った暮らし方を言うと虐待しているかのような言われ方になっていたりする法律だ。どこまでこのヒステリックに過保護化した馬鹿な話が進んでいくのか講習中も帰宅してからも苛々が解消せず非常に疲れた。。。生類憐みの令を発した馬鹿将軍は当時馬鹿さの最たる人物がまだ独りだったがトップだったがゆえに不幸の現況だったわけだけど今の日本の大半はかの将軍が分身の術で増殖しちまったんじゃないか?と思うような馬鹿さ加減だ。子供の頃、鶏を始めとして十姉妹だの文鳥だのインコだのシマリスだのといろんな動物を飼ったものだった。上手く飼いこなせる動物も居ればちょっとしたことで死んでしまった動物も居た。子供のことだから観察が充分でなく気温の変化に体調を崩している事に気づいてあげられなかったり気づいてもどうしてあげたら良いのか解らなかったり体験を通してだんだん栄養の偏りが原因で病気になると解ったり季節の変化に対応して対処できるようになったりする。それまでは結構な犠牲が有ったりしたわけだけど、そういうことが実感を伴った後悔となって予防措置を身につかせる事につながったのだと思う。今の過保護な愛護法はそういう失敗を許さないような馬鹿げたことに進んで行ってる感じがする。昔は獣医に成りたがる人の多くが子供の頃多くの動物に触れ多くの死を経験した過去を持つ人間だったりした。自分の怠慢が招いた死。自分の無知さが招いた死。子供ゆえの費用を掛けられなかった事で招いた死。そんなことを体験して獣医を目指した人が多かったように思う。が、今の先回りして動物を保護し続ける体制はそういう「死」というものに向き合ったことのない人間が医師免許を持つことに発展するようなそんな気がしてしまうよ。行き過ぎた過保護を法制化することを許した馬鹿な国日本。欧米諸国に対してええかっこししたかった馬鹿な国日本。そういうことのツケが将来どんなことにつながっていくのか考えると薄寒くなる。介護保険制度と言うのもコムスンの一件以来馬鹿馬鹿しいほどヒステリックなまでにぎゅうぎゅうに締めつけた形の法に変わったらしいがおかげで福祉産業に手を出す企業はその保険点数の厳しさに作っては潰れ作っては潰れする結果と成り高齢者が増える一方の現状に支障が出最近では保険点数の見直しが図られ始めているそうだ。介護保険の世界ではそれが人の生活・生命に直接影響が及ぶ都合から行き過ぎた締め付けは緩和せざるを得なかったわけだけど愛護法にはそうした緊急性も必要性も欠けている都合から介護保険制度に見られた修正はなされようはずも無く自分が善い人の気分に酔った気持ちの悪い依存体質の人たちがさらにヒステリックにそれを推し進めようとするがそいつに歯止めをかける労を費やそうと言う奇特な人たちはおそらく今後も現われ様もないのだろうなと思う。
Feb 11, 2010
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