山田維史の遊卵画廊

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☆Tadami Yamada's Paintings 無量寿経シリーズ


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Tadami Yamada's Painting


Tadami Yamada's Painting


☆Tadami Yamada's Paintings 回 顧 展 part 1


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☆Tadami Yamada's 絵のない装丁


☆Tadami Yamada's ドラキュラ叢書


☆Tadami Yamada's Illusto., Part1『闇の国の子供』


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☆Tadami Yamada's Part4『世の終わりのイヴ』


☆Tadami Yamada's Part5『洪水伝説』他


☆Tadami Yamada's Part6 児童書その他の挿画


☆Tadami Yamada's Part7 『心霊術入門』その他


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☆Tadami Yamada's Part9 初期雑誌挿画


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☆Tadami Yamada's ドラキュラ叢書『幽霊狩人カーナッキ』


Tadami Yamada's monochrome cuts -#1


Tadami Yamada's monochrome cuts -#2


■Yamada's Article(1)卵形の象徴と図像


■Yamada's Article(2)ユングの風景画


■Yamada's Article(3)画家ムンクの去勢不安


■Yamada's Article(4)夢幻能と白山信仰


■Yamada's Article (5) 城と牢獄の論理構造


■Yamada's Article(6)ムンク『叫び』の設計と無意識


■Yamada's Article (7) 病める貝の真珠


■Yamada's English Article (8) 能の時空間の現代性


■Yamada's Article (9)『さゝめごと』に現われた十識について


■Yamada's Article(10)狐信仰とそのイコノグラフィー


■Yamada's Article (11) 江戸の「松風」私論


■Yamada's Article (12) 伊勢物語「梓弓」について


■(13)英語訳論文「ムンクの『叫び』の設計と無意識」


■(14)英語訳論文『狐信仰とそのイコノグラフィー』


■(14-2)英語訳論文『狐信仰とそのイコノグラフィー』


■(15)英語訳論文『卵形の象徴と図像について』


■(16)英語訳論文『夢幻能の劇構造と白山信仰との関係考』(1)


■(16-2)英語訳論文『夢幻能の劇構造と白山信仰との関係考』(2)


■(17)英語訳論文『モンドリアンの自画像について』


■(18)英語訳論文『霧に対する感性の考察』(1)


■(18-2)英語訳論文『霧に対する感性の考察』(2)


■英語訳エッセー『柔らかい建築 Soft Architecture』


■(19-1)英語訳論文『エドヴァルド・ムンクの去勢不安』(1)


■(19-2)英語訳論文『エドヴァルド・ムンクの去勢不安』(2)


■(20)英語訳論文 『伊勢物語の「梓弓」について』


■(21)英語訳論文『C.G.ユングの風景画をめぐって』


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Apr 23, 2006
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 中世から15世紀頃までの医学はギリシアから起りイスラム文化圏で発達した。これは宗教が科学的な思考を疎外しなかったことを意味する。もっと端的に言えば、人間の肉体を霊魂の仮の容器と考え、霊魂により高い価値をあたえるキリスト教文化のもとでは、科学的であるべきはずの医学も多分に幻想に支配されていたのだ。
 1500年代初期以前のヨーロッパ諸国で使用されていた医学テキストは、大部分を中世のイスラム医学およびその解説書に負っていた。これらのテキストは、ギリシア語からシリア語に翻訳され、次にシリア語からアラビア語に翻訳され、そこからようやく不明瞭なラテン語に翻訳されるというぐあいで、イスラム医学もほとんど破壊されたような状態であった。ギリシアの医学者ガレノス(Galen;129頃-200頃)の著作集がニコロ・レオニセノ(Nicolo Leoniceno;1428-1524)によってギリシア語から直接ラテン語に翻訳されたのは1514年のことである。
 16世紀に2,3世紀頃の医学書が最良の書であったというのは驚く。ちなみにガレノスはローマに行き、マルクス・アウレリウスの侍医になった人である。
 いや、2,3世紀の書物ばかりではない。医学の祖といわれる紀元前のヒポクラテス(Hippokrates;B.C.460頃-375頃)の書も、当時、実際の治療に使われていたのだ。人間の生死に関わる医学といえど、社会を覆い尽している宗教が幻想を追うばかりで生命に無頓着だと、発達を阻止されてしまうということだろう。

 これらの書物に書かれていて、当時、もっとも頻繁におこなわれていた治療法は「瀉血(しゃけつ)」だった。患者の静脈から「悪血」を体外に除去する方法である。もちろん現代医学の観点からも認められるところはあるのだが、しかし当時は瀉血による死亡が続出したらしい。じつはこのような事態が頻繁に起ったことによって、いよいよ人体観察という科学の目が生れる。それは解剖学であった。

 16世紀初頭の医学生はガレノス法解剖学を自然に受け入れていた。いまでは解剖学の祖と称されるアンドレアス・ヴェサリウス(Andreas Vesalius;1514-1564)もまた例外ではなかった。ヴェサリウスはこう書いている。
「ガレノスに対する深い愛情と崇敬にかわるものは何もない私だ。彼を讃えることが私の喜びだ」
 アンドレアス・ヴェサリウスはベルギー中部ブラバントのブリュッセルに生れた。17歳のときにオランダのルーベンに移り、そのころジェローム・ビュースレイデン(Jerome Busleiden;1470-1517)の新ヒューマニズの影響著しく最も進歩的だった「三カ国語高等学校(Collegium Trilingue)」で学問的出発をした。三カ国語というのはラテン語、ギリシア語、ヘブライ語である。21歳のときに、北方ヨーロッパで最も偉大な名声と影響力をもっていたパリ大学に行くが、その後、ライデン大学、パドゥーア大学と移り、新しい医学や哲学を修めて行った。医学博士の学位を授与されたのはパドウーア大学においてであった。
 ヴェサリウスはガレノス法に対立する立場はとらなかったが、ガレノスの解剖に関する記述がヴェサリウスの観察と異なる場合は、ガレノスが正しいのか自分の観察が正しいのかを見極めたうえで、ガレノスの間違いを訂正した。

 1000年以上の長きにわたって医学の理論的権威であったガレノスへの社会評は、信仰にちかいものであったろう。そればかりではなく解剖実習は、死の安息を冒涜するものと宗教者たちは非難したのであった。ヴェサリウスや彼の医学生たちは、深夜、刑場の死体置場に忍び込んで、解剖実習用の屍体を盗まなければならなかった。

 ルネサンス時代の偉大な宝物であるヴェサリウスの著書『人体構造』(“De Humani Corporis Fabrica”、1543)および『典型』(“Epitome”1543)は、このような苦労のすえに生れた。この本の素晴らしい木版挿図のアーティストは、フラマン人のヤン・ステファン・ヴァン・カルカルである。ヴェサリウス医学書のイラストレーターが誰であるかという問題ははやくから議論があった。それらの優れた挿図は、マルカントニオ・デッラ・トッレの解剖学全集のためにレオナルド・ダ・ヴィンチが準備した素描からの、あからさまで猛烈な剽窃だという意見だった。カルカルがヴェサリウスのためにそれらの挿図をすべて制作したということが判明したのは20世紀になってからである。ヴェサリウスとカルカルの出会いはカルカルが28歳のときであった。ヴェサリウスはこの若き芸術家の仕事をこころから信頼し、尊敬していたのだった。ヴェサリウスが1538年に出版した『図解六種(Tabulae Sex)』について、彼は最初の3点の挿図がカルカルの製作であることを明言している。ヴェサリウスは解剖学実習生に講義するにあたり、実習生があまり理解ができない様子(つまり、実際に解剖をしながら説明しても、訓練が行き届いていないと、見えるものも見えないらしいのだ)なので、彼は図解を出版することにした。そうして日頃尊敬していた芸術家ヤン・ヴァン・カルカルを雇い、ふたりの共同作業がはじまったのだった。

vesarius
ヴェサリウス『人体構造』より。木版画。1543年。

 ヴェサリウスの活躍した場所が広くヨーロッパ諸国にまたがっていることは留意される。それとともにヴェサリウスが開いた近代医学に通じる道は、やはり大きな時代思潮の波にのっていたのだということも述べておかなければならない。
 たとえば昨日例示した図版、ツヴォルの版画家の『メメント・モリ』に描かれた腐敗して骸骨のようになった死体は、実際の死体を観察して描いたと断定できる。腕や手が内側に彎曲しているのは実際に観察しないでは得られない「情報」だからである。画家の目が幻想によって曇らされていないのだ。それは科学する目である。
 あるいはヴェサリウス『人体構造』より91年早く刊行されているブルーノ・パヴィア著『外科』(1452)は、いまだ観察に観念の残滓をくっつけた図像を載せているが、それでもなお書名が示すように医学が旧態から一歩踏み出ようという気概はうかがえるのではあるまいか。
 そして私たちはレオナルド・ダ・ヴィンチの広範な解剖所見を忘れることはできない。ヴェサリウスの著書のイラストレーターが、ダ・ヴィンチから剽窃したのではないかという議論があったことは前述したとおりだ。ダ・ヴィンチの解剖図は、たとえば性交図や子宮内胎児図のように必ずしも正確でないものもあるが、すくなくとも実見した人体構造については近代科学者の目をもった正確さで描かれている。ここに掲げる頭蓋図は1489年に描かれた。
 さらにシャルル・エスティエンヌ著『人体各部の解剖』もあげておこう。

かいぼうず
(左)ブルーノ・パヴィア『外科』より。1452年。
(中)レオナルド・ダ・ヴィンチ『頭蓋の前面図』1489年。
(右)シャルル・エスチエンヌ『人体各部の解剖』より「末梢神経組織」。木版画。1530-39年。



 このデカルトの哲学に対して、現在、特に宗教哲学や宗教心理学の分野にある学者から否定論が出てきている。現代の最先端医学、特に臓器移植やサイボーグに対する杞憂から、その哲学的根源をデカルトの心身分離論と指摘して、デカルトを無効にしようという考えである。私はあえて言うが、それはあまりにも時代の思潮というものを閑却しすぎるというものだ。デカルトを否定するならそれ以前のヴェサリウスも否定しなければなるまい。レオナルド・ダ・ヴィンチも否定しなければなるまい。馬鹿馬鹿しい。歴史を否定できるものではあるまい。400年以上前の歴然としてあった時代思潮(哲学)をやっきになって否定するより、あたらしい哲学をつくったほうがよほど有効であろう。真に新しい思想というのは必ずしも学統につながるものでもないことは、少し頭を働かせれば分ることだ。





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Last updated  Apr 24, 2006 05:29:42 PM
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AZURE702 @ Re[1]:山田維史の「蝶」が出てくる作品(07/03) shiwashiwa1978さんへ  拙作をご覧くださ…
shiwashiwa1978@ Re:山田維史の「蝶」が出てくる作品(07/03) 素敵です。 作品集は無いのでしょうか。
AZURE702 @ Re:「比叡おろし」(汚れちっまた悲しみに)(08/21) 三角野郎(絵本「マンマルさん」)さんへ …
三角野郎(絵本「マンマルさん」)@ 「比叡おろし」(汚れちっまた悲しみに) ≪…【ヴィークル】…≫の用語が、[ 実務と…
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