ルネサンス時代の偉大な宝物であるヴェサリウスの著書『人体構造』(“De Humani Corporis Fabrica”、1543)および『典型』(“Epitome”1543)は、このような苦労のすえに生れた。この本の素晴らしい木版挿図のアーティストは、フラマン人のヤン・ステファン・ヴァン・カルカルである。ヴェサリウス医学書のイラストレーターが誰であるかという問題ははやくから議論があった。それらの優れた挿図は、マルカントニオ・デッラ・トッレの解剖学全集のためにレオナルド・ダ・ヴィンチが準備した素描からの、あからさまで猛烈な剽窃だという意見だった。カルカルがヴェサリウスのためにそれらの挿図をすべて制作したということが判明したのは20世紀になってからである。ヴェサリウスとカルカルの出会いはカルカルが28歳のときであった。ヴェサリウスはこの若き芸術家の仕事をこころから信頼し、尊敬していたのだった。ヴェサリウスが1538年に出版した『図解六種(Tabulae Sex)』について、彼は最初の3点の挿図がカルカルの製作であることを明言している。ヴェサリウスは解剖学実習生に講義するにあたり、実習生があまり理解ができない様子(つまり、実際に解剖をしながら説明しても、訓練が行き届いていないと、見えるものも見えないらしいのだ)なので、彼は図解を出版することにした。そうして日頃尊敬していた芸術家ヤン・ヴァン・カルカルを雇い、ふたりの共同作業がはじまったのだった。