山田維史の遊卵画廊

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■(13)英語訳論文「ムンクの『叫び』の設計と無意識」


■(14)英語訳論文『狐信仰とそのイコノグラフィー』


■(14-2)英語訳論文『狐信仰とそのイコノグラフィー』


■(15)英語訳論文『卵形の象徴と図像について』


■(16)英語訳論文『夢幻能の劇構造と白山信仰との関係考』(1)


■(16-2)英語訳論文『夢幻能の劇構造と白山信仰との関係考』(2)


■(17)英語訳論文『モンドリアンの自画像について』


■(18)英語訳論文『霧に対する感性の考察』(1)


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Aug 2, 2013
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カテゴリ: 博物学・歴史
昨日のつづきです。


チャールズ・ディッケンズ『子供のためのイングランド史』より
第25章「リチャード3世治下のイングランド」(Part 2) 
山田維史 訳


 彼の成功の時代は楽しかった。リチャードは、議会を招集し金を獲得するために考えた。そして議会が招集された。議会は彼が望む以上の喜びを彼に与え、おもねった。イングランドの正統な王であると、彼と彼の唯一の息子エドワードに対して宣誓した。エドワードはそのとき11歳、次の王位継承者だった。

 リチャードは議会に言わせるべきことを充分に承知していた。エリザベス王女はヨーク家の女性相続人として人々に記憶されていた。そしてリチャードは、加えて、彼女をリッチモンドのヘンリーと結婚させようとしている陰謀団の計画についての正確な情報も入手していた。彼は、陰謀団の裏をかいて彼女を息子と結婚させれば、それが一層彼を強くし、彼らをを弱めるにちがいないと感じた。この展望を携えて彼はウエストミンスターの聖所におもむいた。そこにまだ故王(山田註:リチャードの兄エドワード4世)の未亡人と彼女の娘(山田註:王女エリザベス・オブ・ヨーク))がいた。彼はふたりに宮廷に来るように懇願した。宮廷で・・・と、彼は有りと在る物に誓って言った・・・彼女達は安全に名誉あるもてなしをされるであろう、と。彼女達は申し出によりやって来た。ところが宮廷に滞在すること一ヶ月、彼の息子が突然に死んだ。・・・あるいは毒殺された・・・それで彼の計画はこなごなに砕け散ってしまった。

 この窮地のなかでリチャード王は常に積極的に「私は別の計画を立てなければならない」と考えた。そして、エリザベス王女は彼の姪だったのだが、彼女と自分自身との結婚を企てた。その道筋にはひとつの厄介な問題が横たわっていた。彼の妻、アン王妃である。彼女は生きていた。しかし、彼は(甥たちを思い出して)邪魔者を如何に取り除くかを知っていた。そして彼は、王妃は2月に死ぬであろうことは確かだと感じていると告げながら、エリザベス王女に求愛した。王女は大変誠実な若い貴婦人というわけではなかった。つまり、軽蔑と憎悪で彼女の兄弟を殺した男を拒絶せず、彼を心から愛していると開けっぴろげに誓った。そして2月になった。王妃は死ななかった。エリザベスは、長過ぎて待ちきれないと、意見を吐露した。しかしながらリチャード王は、彼が予言したことからそう遠くないところにいた。王妃は3月に死んだのである。彼は事を注意深く運んだのだった。それからこの愛し合うカップルは結婚を望んだ。しかし、彼らは落胆した。と言うのも、このような結婚計画は、イングランドではまったく好かれなかったのだ。王の首席顧問ラトクリフとケイツビーは、そんな計画に決して着手しなかったにちがいない。そこで王は、そのようなことをまったく考えたことはないと、公然と宣誓せざるを得なかった。

 この時までに、彼は、国民のすべての階級から恐れられ、憎悪されていた。彼の貴族たちは日ごとに彼のそばから離れて行った。彼はあえて別の議会を招集しなかった。彼の罪をそこで批難されないようにだった。そして金がほしかった。市民階級すべてが彼に反抗して腹をたてないように、彼らの 〈慈悲心〉 をあてにせざるをえなかった。
 また、こんなことも言われた。良心によって打ちひしがれながら、彼は恐ろしい夢を見た。そして夜中に飛び起き、恐怖と良心の呵責にかられて荒れ狂った、と。


 リッチモンドのヘンリーは6千の兵士とともにミルフォード・ヘイヴァンに上陸した。リチャード王に逆らって軍を進め、北ウェールズを通り、2倍にふくれあがった軍隊とともにレスターに野営した。ボズワース・フィールドで二つの軍隊は出合った。
 やって来るヘンリーの兵士たちを見、自分を見捨てたイギリス貴族たちとともにいるその大軍を見て、リチャードは青ざめた。彼らのなかに、強力なスタンリー卿とその息子(リチャードは彼をしっかり記憶にとどめようとした)がいたのだ。しかし、彼は邪悪だったが勇気もあった。そして戦闘のまっただ中に突っ込んで行った。彼はあちらこちらへ騎馬を駆り、前後左右を打ちまくった。彼がノーザンバランド伯爵・・・リチャードの数少ない味方の一人だった・・・を見つけたとき、ノーザンバランド伯が動きを止めて立ち上がり、彼の軍隊の本体がためらった(後註1)。その時だった、リッチモンドのヘンリーが彼の騎士たちの小さなかたまりのなかにいるのが、自暴自棄になったリチャードの目に入った。彼は全速力でヘンリーに向かって駈け、「反逆者め!」と叫びながらヘンリーの旗手を殺した。恐怖にかられた馬が別の領主を振り落とした。そしてヘンリーを斬り倒すために思い切り一撃を喰らわした(後註2)。しかし、それが打ちおろされる瞬間、ウィリアム・スタンリー卿がとっさにそれを躱した。リチャードは再び腕を振り上げる前に、押し寄せる軍勢の中でぐっと耐え、落馬し、そして殺された。スタンリー卿は王冠を拾い上げた。打ち瑕だらけで、踏みつけられ、血に染まっていた。彼はそれをリッチモンド公の頭上に置いた。「ヘンリー王万歳!」大きな歓呼があがった。

 その夜、一頭の馬がレスターのグレイ・フライアーズ教会に導き入れられた。その背にはボロ袋のような丸裸の屍体がくくりつけられていた。そこに埋葬するためであった(後註3)。家系図の最後の屍体(後註4)、リチャード3世、強奪者にして殺人者、2年間の統治の後、32歳でボズワース・フィールドの戦いで戦死。


【山田註】
1)ディッケンズは明瞭に書いてはいないが、リチャード3世が唯一の味方と思っていたノーザンバランド伯ヘンリー・パーシーは、このときリチャード3世派(ヨーク家派)の右翼で指揮しながら戦況を見ていた。しかし自らの率いる軍隊を動かそうとはしなかったのだった。その後、テューダー朝が成立するとノーザンバランド伯ヘンリー・パーシーはその王朝のために活躍したので、ボズワースの戦場での彼の行動は「裏切り」と言ってよいだろう。

2)リチャード3世の武器は斧であった。 

3)現在は駐車場になっているこの場所で、レスター大学の遺跡発掘チームが一体の完全な遺骨を発見し、それがリチャード3世であることが科学的に証明されたについては、すでにこのブログで述べた。その死から517年が経っていた。

4)ヨーク王朝最後の王ということ。





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Last updated  Jul 1, 2023 07:00:44 AM
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Comments

AZURE702 @ Re[1]:山田維史の「蝶」が出てくる作品(07/03) shiwashiwa1978さんへ  拙作をご覧くださ…
shiwashiwa1978@ Re:山田維史の「蝶」が出てくる作品(07/03) 素敵です。 作品集は無いのでしょうか。
AZURE702 @ Re:「比叡おろし」(汚れちっまた悲しみに)(08/21) 三角野郎(絵本「マンマルさん」)さんへ …
三角野郎(絵本「マンマルさん」)@ 「比叡おろし」(汚れちっまた悲しみに) ≪…【ヴィークル】…≫の用語が、[ 実務と…
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