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私もときどきやってしまうが、コンピューターのキーボードのミスタッチ等で、漢字の間違いや訂正削除のし忘れだ。昔はほとんど見かけなかった報道メディアの文字校閲の洩れが、意外に目立つようになった。コンピューター入力の誤変換のためだろう。
TV関係者、特にゲスト発言者や芸能関係者の言葉の乱れは、もはや手のつけようがない。
料理人が物品に対して「何何してあげる」という言い方。「野菜は丁寧に切ってアゲル」「軽く塩を振ってアゲル」「あくをとってアゲル」----たぶん彼らは丁寧語だと思っているのだろう。あるいは会社組織や店名に対して「何何会社様」と言ったり、病院では「患者様」、あるいは「消費者様」「視聴者様」等々。これはたぶん「お客様」からの行き過ぎた転用だろう。いずれにしろ、肌を逆撫でされるような気持悪い言葉使いだ。
こういうバカな使い方をしも、「日本人の思いやり精神」と言いたがる風潮に包みこんでいるようで、もはや病膏肓の感がある。
なんでこんなことを書き始めたかというと、昨夜、たまたま歌番組のなかで越路吹雪さんの映像が出たのでそのまま見つづけていた。越路吹雪さんのうたったシャンソンを歌い継ぐというのである。宝塚歌劇の後輩にあたる歌手が、「ろくでなし」を歌った。その歌詞の字幕を見て、少し大げさながらガクゼンとしたのである。
岩谷時子さんの詞。その3番、「コーヒーがわいたら かげぐちを聞かれて」とあった。岩谷さんがこのように書いていられるのだろうか? 念のため越路さんのCDの歌詞カードを見てみた。「聞かれて」となっていた。
???------しかし、ここは「かげぐちを利かれて」が正しい。「聞かれて」と「利かれて」では完全に主客が逆転する。
つまり、「ろくでなし」と、おかみさんたちに言われている私が、誰かのかげぐちを言ったのを、おかみさんたちに「キかれ」た。それが「聞かれた」。私がおかみさんたちにかげぐちを「キかれた」(言われた)のが、「利かれた」。
この歌詞のストーリーとしては当然後者である。「利かれた」でなければならない。
この「利(き)く」は、「言う」と同義で、たとえば「生意気な口を利(き)く」とか、今ではあまり言う人はいないかもしれないが「親にくちごたえを利(き)くな!」などという。他動詞としての字義である。これが自動詞となると、「目が利(き)く」とか「鼻が利(き)く」、あるいは「薬が利(き)く」と使う。
ついでながら、日本語のおもしろいところは、鼻をつかって香りを嗅ぐに、「香をキく」という。この「キく」は、「聴く」である。「聴香」という言葉がある。
岩谷さんの元詞が「聞かれて」と誤っているなら、TV局にとやかく言う筋合いでもない。岩谷さんに直してもらうよりほかない。
歌のなかの言葉の誤用は他にもあって、たとえば「松の木小唄」の一節、「富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も 雪に変わりはないじゃなし」というのが元詞。しかしこれでは雪に変わりが「ある」ことになってしまう。「雪に変わりはあるじゃなし」でなければならない。元詞は文法の二重否定で混乱してしまったのだ。
あるいは、小椋佳さんの「シクラメンのかほり」というタイトル。「薫り」の旧カナのつもりか、誰かの名前に捧げたとも聞いたおぼえがあるが、旧カナならば「かほり」ではなく「かをり」である。名前ならばいたしかたがないが、その場合詮索すれば「穂」が原意だろう。たしかに詞のなかに、シクラメンが君のようです、と言っている。しかしその人が「かほり」だとはどこにも言っていないので、小椋さんの独り合点。歌のタイトルとしてはシクラメンの「薫り」と結びついているはずで、どうしても旧カナにしたければ「かをり」である。それでもなお人名を主張するなら、私など、キャバレー「シクラメン」のホステス「かほり」ちゃんを連想してしまう。
上述の料理人たち(TV出演者の全員といってもよい)の「あげる」もキモチワルイが、関西芸人が出所なのか「滅茶苦茶」「滅茶滅茶」あるいはそれを端折って「メッチャ」という、その言葉の誤用はほんとうに気持悪い。
「滅茶苦茶」「滅茶滅茶」も、言葉自体はある。だが、それは度を越したことがらに対して「否定」的に使われるのが本筋。関西芸人たちは(その影響を受けた日本全国いたるところで)、まったく逆に賛嘆に等しい「肯定」的な修辞としている。「メッチャおもろい」とか「メッチャ美人だ」、「メチャメチャうまい(上手、美味)」、「メチャクチャ売れてる」等々。
昔の上方芸人、花菱アチャコさんは「メチャクチャでござります」と言って笑わせていた。アチャコさんは、正しく「否定」的修辞として使っていた。ということは、現在の関西芸人たちの使い方に対して、「関西弁」という擁護論はあてはまらないだろう。
同様に、彼らは「わらかす」とも言う。「笑わせる」という意味を言うらしい。これはもしかすると芝居小屋や寄席での観客を盛り上げるという意味の「わかせる」からの連想から出て来たのではあるまいか。
劇場が客の感興によって地鳴りのようにとよもす。それを「沸く」という。それができる役者や芸人を「わかせる」役者(芸人)だ、と言う。
ウッチャンナンチャンの内村さんが屢々「わらかす」と言う。その言葉の出所を聞いてみたい気がする。
フランスの「コメディー・フランセーズ」は、正しく美しいフランス語を継承することを主眼とする国立劇団である。このような正しく美しい日本語を心がける劇団もマスコミュニケーション・メディアも、日本にはない。NHKは、料理人のバカな言葉に注意を与えることもないらしい。日本語は「滅茶苦茶でござります」。
【追記】この日記を書いた後で、朝日新聞を見ると、天声人語」がコンピューターの誤変換のことを書いていて、おやおやと思った。
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