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昨夜のコンサート、全音現代音楽シリーズ・その 22
金子仁美氏作曲『《幻視/現視》弦楽四重奏のための;"In-Vision" pour quatuor à Cordes』に注目した。ただし曲名については疑問符をつけておく。とくに私は「視覚」の人間なので、純粋音楽に「視;Vision」とは、これ如何にと思わざるをえない。音楽家が内在的な音を言葉で表現する、その言葉がいまだ存在しないのかもしれない。私は、イメージ(影像)ではなく、その極めて繊細な在るか無きかの「音」だけを聴きとっていた。
演奏された五人の新曲のなかで、私は新実徳英氏の作品『弦楽四重奏曲第4番 ー 野生へ(A.E.51) ; String Quartet No.4・Toward the Savage(A.E.51)』に最も完成度の高さを感じた。
この私の感想が的を射ているとしたなら、他の金子氏以外の3人の作曲家たちには一つのエクスキューズ(弁解)を認めてもよいかもしれない。つまり、シリーズ22には「弦楽四重奏」を作曲することというテーマ、あるいは「枷」が最初から嵌められていたらしいからだ。
私は、作曲家が創作するにあたり、楽器編成をどのように決定するのかを知らない。創作に取りかかるときに、弦楽四重奏にしようとか、ピアノ三重奏にしようとか、ヴァイオリン二重奏にしようとか-----楽器編成を決めてからおもむろに作曲にとりかかるのか、それとも、内的に沸き上る音が自ずと楽器編成を決めてゆくのか。いずれにしろ、今回、優れた3人の作曲家諸氏に、私は失礼ながら習作以上のものを聴き取ることはできなかった。
新実徳英の作品はどうか? 私は、スケールの大きさをまず感じた。大きく腕をひろげて包み込み、そして何か対象にもぐりこみ、エネルギーを得て再び噴出する。何度も繰り返す。そのうちに歌がうまれる。口ずさむことができるメロディーがうまれる----たとえるなら、漆黒の闇が二つに割れてオーロラのような光の色彩がひろがってゆく。それが繰り返される。まぶしい光りではない。おだやかと言うのではないにしろ、星雲のようにひろがってゆく。そんな感じを私はもったのだ。「歌がうまれる」と書いたが、実際、口ずさめるメロディックな部分が出て来た。新実氏の器楽曲でこれはきわめてめずらしいことだ、と私の耳は感じたのだった。
さらに、「おやっ?」と瞠目したのは曲名だ。副題に「野生へ」とある。英語で「Toward the Savage」。これまで新実氏はラテン語を使用することが多かったが、それはともかくとして、実は私がたったいま校正をすませた荒俣宏著『アラマタ異界芸術記』の最終章、荒俣氏と私との対談のなかで「savage」について語っているのである。内容については本が発売されたら読んでいただきたいが(アッハッハ)、三者共通の関心を抱いている!-----と、驚いたのだ。新実氏の新曲が「弦楽四重奏4番」であることは前もって知っていたけれども、副題が「野生へ」であることは昨夜、会場でパンフレットを見るまで知らなかったのである。本が出たら新実氏に読んでいただこう。
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