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長年、書店や図書館に通って思うのは、本というもののほとんどがいわゆる「トンデモ本」であるということだ。料理本やアウトドアガイドのようなマニュアル本でさえトンデモ本であることが珍しくないが、特に社会科学系の「トンデモ本率」は高い。ただややこしいのは、そうしたトンデモ本も、全部がトンデモ本というわけではないケースが多いことだ。トンデモな部分を読み飛ばすというか瞬時に見分ける能力が要求される。こうした能力を持つ人はめったにいない。わたしが知る限りでは、わたしのほかにはいないほど少ない。そういうわたしが「トンデモ本中のトンデモ本」と即断するのがこの本である。編著者の玉川信明は自称アナーキストのジャーナリスト(故人)だが革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル)創設者の黒田寛一(故人)とは若いころ「心友」だったらしくその縁か革マル派機関紙「解放」のダイジェストと言っていい本書を編纂することになったのだろう。上下巻合わせて1000ページ(価格は税込み1万円)を超える大著だが、読む価値があるのは巻末の玉川信明による黒田寛一インタビュー部分数十ページだけというしろもの。それ以外の部分は、1974年6月以降の革共同(中核派)と社会党(社青同解放派)による革マル派への襲撃を警備公安警察による「謀略」であるとする革マル派の機関紙誌の記事をほぼ時間順に並べただけ。革マル派は他党派による自派への襲撃だけでなく、国家権力に対する武装闘争をも謀略もしくは「官許の武闘」などと罵倒し中傷することで自分たちが国家権力と闘わない言い訳にしてきた。武装闘争は跳ね上がりであり組織温存が第一、実際に革命を行おうとするのは時期尚早であり「革命主義反対」をかかげ、権力と闘うすべての個人・団体・運動に敵対し妨害を加えてきた。その中には、破防法弁護団のような救援組織も含まれる。要するに、武装闘争・実力闘争で他党派が大衆の人気と注目を集め勢力を拡大していくことに嫉妬し、その嫉妬を理論で粉飾してきただけだ。闘わないことを路線化した彼らが国鉄・分割民営化においては当局の尖兵として「現代のレッドパージ」に加担するという大罪を犯したのは記憶にあたらしい。100人以上の死者を出した3党派による「内ゲバ戦争」だけでなく、完全勝利した芝浦工大全共闘による革マル撃退、日共民青を含めてほぼ全学が革マル追放に立ち上がった1973年の早稲田解放戦争、北大五派連合による革マル解体戦、80年代中央大黒ヘルノンセクトによる偽装革マルノンセクト撃滅の闘いなどを挙げるまでもなく、蛇蝎のように嫌われ放逐されていったのが革マルだった。その敗勢を覆い隠し、同盟員の動揺を抑えるために(たぶん)黒田寛一ら最高幹部によって決定されたのが「謀略論」による「敗戦隠し」路線だったのだろう。他党派には「世界に冠たる革マル派」を襲撃する能力はない。国家権力が直接にわが派つぶしに乗り出してきている。だからやられてもしかたがない。こういう論理だが、こうした論理はメンバーでさえ信じる者は少なく、脱落者の増加に拍車をかけることになった。実際にそうした人物を知っている。国家権力が直接に活動家を殺したり印刷所を襲撃したり、わざと警備に穴をあけて管制塔占拠を可能にさせる、などということはありえない。軍国主義の日本でも、関東大震災時にアナーキスト大杉栄らを虐殺した甘粕大尉は軍法会議にかけられているし、三里塚空港の開港延期で日本政府は大きなダメージを受けた。警察の大失点だったのだ。警備公安警察の基本戦略は1928年と29年の二度の大弾圧=一斉検挙で共産党を壊滅させた手法であろう。組織の情報収集を積み重ね、内部に潜入させたスパイの手引きによる一斉検挙というのが、たとえば共産主義者同盟赤軍派を壊滅させたのと同じ公安の伝統的手法である。しかし巻末の対談を読むと、黒田寛一じしんがこの「謀略論」を信じこんでいるように思える。盲目の一サロン哲学者にすぎない黒田に「謀略論」を吹き込んだ人物がいるのかもしれない。しかしそれにしても不思議なのは、もし革マル派の言い分をほんの少しでも認めるなら、2000年以降、こうした襲撃が行われなくなったことである。権力にとって活動家個人を暗殺しなければならないほど革マル派が革命的で危険な組織なら「謀略」は続いているはずではないか。現在のアルカイダやIS、ネオコンやシオニストはモハメッドやキリストの末裔であり、モハメッドやキリストの思想にその原因と責任の一端がある。それと同じように、マルクスやレーニンの思想のどこかに、革マルや連合赤軍、フィリピン新人民軍、ペルーのセンデロ・ルミノソやカンボジアのクメール・ルージュ、スターリン主義共産党を生み出すことになる陥穽と欠陥があるにちがいない。
April 27, 2016
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元札響チェロ奏者の文屋治実がピアニスト浅井智子を招いて年に1回開き続けているコンサートの25回目。25回のうち半分ほどはきいただろうか。しかし、今回が最も印象に残った。それは、今までにない集中と密度を演奏に感じたから。どの曲も細部まで完全に自分のものになっている。コンサート後半につれだんだん調子を上げていくというのはよくあったが、最初の曲からすでにエンジンが温まって快調。札響を退団したことで曲にじっくり取り組む時間ができたせいなのかもしれないし、20世紀のロシア~ソビエトの作曲家の音楽への適性や思い入れが大きいのかもしれない。グリエール「12の小品」(1910)からの8曲は、どれも佳曲で、第9番「カンタービレ」などはアンコールピースにもよさそう。グリエールの作品は1970年前後にハープ協奏曲を、1989年に交響曲第3番「イリヤ・ムーロメッツ」(短縮版)をそれぞれ札響定期できいたことがあるだけだが、1956年まで生きたこの作曲家の全体を知りたいと思った。カバレフスキーのソナタ(1962)は作曲者の創意をおもしろく感じた。不協和音ではないが、協和音にわざとぶつかる音を入れてその音を目立たせたり(前2楽章の最後の音もそうだった)、ストラヴィンスキーが「春の祭典」で使った「調性を保ちながら破壊しているように見せかける」手法に似た要素が感じられる。カバレフスキーというと親しみやすい、子どものためのピアノ作品をきいたことがあるだけだが、「社会主義リアリズム」の枠から逃れ出ようという創作家魂は生き続けていたのだ。休憩後、シチェドリンのソナタ(1997)は、作曲年代からわかるようにソヴィエト連邦崩壊後の作品。シチェドリンというと「カルメン」の編曲だけが突出して知られる不幸な作曲家だが、このソナタをきくと新しい境地を開いているのがわかる。今年84歳になるこの作曲家の、ソヴィエト崩壊後の作品には名作が少なくないと思わせた。そう思わせる練達の作曲技法と清新さを感じさせる力作だった。アンコールは極貧のうちに死んだソ連の作曲家ウラジミール・ヴァヴィロフの「カッチーニのアヴェ・マリア」。ルーテルホールの入場者は70名ほど。そのうち2名は演奏が始まろうというのに私語をやめない女。東京で最近増えている、50人とか100人規模の小ホールがほしいところ。すべての作品がまったく未知というコンサートは、現代音楽以外には珍しい。こうしたコンサートに次に巡り合うのは何十年後か?
April 26, 2016
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かつてこの連載でこう書いた。「たいていの日本人は20代のどこかで人間的成長を放棄する。成長を放棄して20年から30年たつと、治らないバカ、つまり完成したバカになる。早ければ40歳、遅くても60歳にはめでたくバカになる」最近、老人ホームを集中して訪問する機会があった。積雪期だけ駐車場を貸してもらっている老婆が老人ホームに入りたいというので後学のためと考え案内を引き受けたからだ。老人と知り合うと、その周辺の老人とも知り合うことになる。ほとんどは夫をなくした80歳以上の女性で、90代の人もいる。それぞれ抱えている持病は一つではないようだが、自立して生活できているのだから大したものだ。親しくなってくると同時に共通の現象に気がついた。行くとたいていテレビがつけっ放し。韓国人や中国人とも共通する日本的習慣だ。話題はというと病気か死んだ夫の自慢もしくは悪口、子どもや孫の自慢もしくは悪口の順だ。その次にくるのが時事的な話題。ちょうど北朝鮮のミサイルが騒がれている時期だったので、「北朝鮮は悪い国」という意見のオンパレード。そこでちょっといたずら心が出て、「北朝鮮はすばらしい国」と反論してみることにした。すばらしい国というのはもちろん比較の問題で、挑発的なジョークである。中国大陸で民間人を2000万人殺した日本や、ヴェトナムをはじめ全世界で2000万人殺したアメリカに比べれば「外国を侵略したことがない、すばらしい国」というだけの話。人類全体を10回殺してまだ余る核兵器を持っている国が「核開発疑惑」などと騒ぐのも笑止千万だ。さすが老人である。短期記憶力の劣化はすさまじい。わたしがこう持論を述べると100%同意する。おまけに、例外なく他の人にそのままわたしの持論を展開するではないか。年寄りは頑固だとうイメージは吹き飛ばされた。なんと柔軟な人々か。数日して家へ行く。そうするとまったく同じことが繰り返される。要するに自分の意見というものがないので、マスコミや他人の意見がすぐ自分の意見にすりかわるのである。老人たちは短期記憶力の劣化のせいで洗脳されることがない。支配階級がマスコミを使って流す悪宣伝も彼ら彼女らのアタマには定着しないのだ。ひるがえって短期記憶力の劣化のない日本人はどうか。善良な人間ほど正義漢になりたがる。だったら全財産を寄付するとか、北朝鮮に潜入して反政府ゲリラでも敢行すればいいものを、ブルジョワ・ジャーナリズムの喧伝に同調するだけで自分が正義の側に身を置いていると錯覚し満足する姿は醜悪そのものだ。もちろん商業ジャーナリズムがすべて虚偽の報道を行っていると言いたいのではない。だが巨万人民が参加したデモがまったくニュースにならないように、取捨選択の時点ですでにフィルターとバイアスがかかっているのがジャーナリズムの常だし、近くはイラク戦争、少し前だと国鉄問題のように、あとで振り返ってみるとまったくウソだったケースも少なくない。アメリカやフランスやイギリスが中東で行っている、行ってきたことを不問にしてISを批判する人間。ISとクルド労働者党のテロを同一視する人間。ISがイスラエルやアメリカの対シリア政策=パレスチナ人民皆殺し政策から直接・間接に生まれたものであることを理解できない人間。何よりも、北朝鮮が歴史的に一度も外国を侵略したことがない「すばらしい国」であることに異論をとなえる人間。こいつらはみな立派なバカである。自分のアタマで考えることを放棄した人形であって人間とはいえない。こうした、短期記憶障害が始まっている認知症初期の老人とは比較にならないほどのとてつもないバカが、きょうも紙と電波とインターネットで量産されていく。
April 12, 2016
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16時開演、15分ずつ2度の休憩をはさんで終演は19時15分。正味は2時間45分ということになる。これだけの時間、集中を持続するのは聴く方にとっても楽ではないが、演奏者のそれは想像の外にある。コンチェルトやソナタなら休む時間もあるが、弾きっぱなしなのだから。しかも全曲暗譜で通した。コンサートに行くのは原則としてやめた。いちばんの理由は時間。ホールのすぐ近くにでも住んでいればいいが、10キロも距離がある。コンサートに出かける往復の時間がもったいない。だいたい8割のコンサートは不満が残るものだが、そうするとストレス解消のために飲酒したくなる。夕方以降の時間がすべて奪われる。もう一つの理由は未知の曲がないからだ。指揮者のハンヌ・リントゥによると、フィンランドでは現代曲や珍しい曲をやらないと客が入らないという。泰西名曲以外は客が入らない日本とは正反対だが、こういう愚鈍な聴衆を前提とした日本のコンサートの多くは音楽を愛する人間とは無縁のしろものになっている。この傾向は21世紀になってから強まっている。たとえば、今年は武満徹の没後20周年だが特集するオーケストラもない。よく知る曲の凡演を愚鈍な聴衆と聞くくらいなら、家で未知の曲、未知の演奏家のCDでもきいていた方がいい。もし生まれ変わって演奏家になるなら、どの楽器がいいかと夢想することがある。作品でいえば、ピアノとバイオリン、ギターに尽きるだろう。毎年異なるプログラムで世界を巡業しても10年分くらいのレパートリーがある。しかし、ピアノは持ち運べないし、場所に制約がある。ピアノのないところでは手も足も出ない。ギターは、あまりに音が小さい。PAなしではほぼ不可能だ。旅する音楽家としては荷物が増えすぎる。バイオリンは持ち運べるし、無伴奏のレパートリーも多いのでいい。が、演奏家としての寿命は短い。ピアノなら100歳でも大丈夫だが、バイオリンは60代になると厳しくなってくる。寿命が短いのは歌手も同様。金管はレパートリーが少ない上にさらに演奏家寿命は短い。木管楽器は持ち運びにはいいが、フルート以外は無伴奏のレパートリーが少ないので伴奏楽器もいる。フルート奏者の演奏家寿命もさほど長くない。こうして考えていくと、最終的に残るのはただひとつ、チェロだ。もし今度生まれ変わることがあるなら、バッハの無伴奏チェロ組曲全6曲だけを毎日100人程度の聴衆の前で演奏し続けるチェロ奏者になりたいと思っている。60年間演奏活動でき、年に100回演奏するとして、60万人の聴衆にこの人類史上最高の音楽遺産のひとつを届けることができる。ひとりあたり5ドルのギャラをもらうとして、生涯に300万ドルの収入であり、100万ドルの楽器を買ったとしても生活できる。こういうチェリストが100万人ほどいれば、半世紀ほどの間に地球上のすべての人間が一度はこの音楽に生で接することができる。わたしにとってチェロとはそういう楽器であり、バッハの無伴奏チェロ組曲全曲は人類の命運をかけた音楽のひとつであるとさえ考えている。だから原則を曲げて行ったのがこのコンサート。招待券をもらったのでたまたま無料だったが、5ドルどころか50ドル以上の価値があった。バッハのこの曲は、LP時代もCDになってからも、番号順に収められた録音はほとんどない。というのは、番号が増えるほど演奏時間が長くなるからで、後半3曲は一枚のCDに(ふつうは)収まらない。バッハの無伴奏チェロ組曲全6曲を番号順にきく機会はかなり限られたものなのだ。バロックチェロ用の弓を使い、第6番ではバッハが指定した5弦チェロを使った津留崎氏の演奏は、現代楽器でなじんだスタイルの、どこか瞑想的な演奏に比べてテンポも速く、生命力と推進力に富んだもの。かといってオリジナル楽器の「語りかけるような」スタイルとも異なる。両者の折衷というわけでもない。津留崎氏が2004年に新十津川町で行ったコンサートのライブ録音はCDになっているが、そのときの演奏と基本的には変わらない。韜晦で重々しい表現はひとつもなく、かといって某超有名チェリストのように流麗に流れすぎることもない。どちらというと旧世代のペダンチックな演奏になじんでいるので最初は違和感もあったが、次第にバッハのこの曲はこういう演奏がベストなのではないかと思えてきた。いま生まれていま輝いていま消えていく、その連続としての音楽。6曲を通してきいて初めてわかったのは、前半3曲がよく響く外交的な音楽であるのに対し、後半の2曲は内省的で行間の豊かな音楽であること、最後の6番がその二つを高度な次元で統一した人類の金字塔とでもいうべき音楽であることだ。第6番がすごい音楽であることはこの2月にきいたペレーニのリサイタルでも感じたことではあったが、通してきいての発見は次元がちがう。高みを目指す人間の精神には限界がないのだということをこの音楽は教えている。ベルリン・フィルを100回きいたところで、このような精神の高みに触れられることはない。シリーズ全曲をコンサートできいてみたい、コンサートでなければ発見できないと思われる音楽のひとつをこうして体験できた。残るのは、バッハの無伴奏バイオリンソナタとパルティータ、バルトークの弦楽四重奏曲6曲、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲・・・。バッハはともかくこれらは機会がないから、どこか外国の音楽祭にでも出かけなくてはならないと観念している。津留崎氏の演奏をはじめてきいたのはアマチュアオーケストラの定期演奏会で、たしかラロの協奏曲だった。2011年に東京で開いた連続リサイタルの評判をきいたので出かけたが、それ以来、氏のブログとともに活動には注目している。作曲や編曲にも傾注しているらしいが、音楽の表面だけをなぞるような演奏家ばかりになってきた現在、世界的に見ても聴き続けるべき数少ない音楽家のひとりだ。
April 2, 2016
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