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今日火星人は休日出勤。さっき帰ってきた。帰ってきたときは機嫌は悪くなかった。晩御飯を食べていつもなら囲碁を何局かやってからパチに行く。囲碁をする?と聞いた。私は今日はお昼寝が長すぎてパソコンを開く時間がなかった。パソコンをしたいなと思ったけど火星人が休日出勤で疲れているだろうから気分転換に相手をしてやろうと思って一階で待っていた。それが急にご機嫌が悪くなって「そんな気分になれん」という。ああ、そうですか?私も電車で出かけて疲れている。そういうなら無理に付き合う必要もないね。後で気分が変わったと言っても今日は囲碁はなしと言って二階に上がってきた。今日は疲れたから早く寝る。一々火星人のご機嫌は取っていられない。
2008.09.27
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朝透析に向かうとき。大雨だったので実家の父が車で迎えに来てくれた。2人で病院に向かう。いつも通る踏み切り。今日は遮断機が下りたまま30分もあかない。たまに電車が通るものの、開かずにそのまましまっている。何か合った?踏み切りの前は車が行列。ちっとも前に進まない。仕方ないのでユーターンして駅の反対側の元踏切だったところを通ることにした。踏み切りはJRの下を通って交差しているので待たずにいける。そこへ向かう途中駅前を通る。駅前には救急車や救助車が止まっていた。何か合った?最近人身事故が多い。父は大きく迂回して病院に向かった。透析が始まるとニュースで駅での人身事故の話をやっていた。電車に接触した女性は死亡、巻き込まれて4人が怪我をしたそうだ。電車が大幅に遅れ通勤の足が乱れた。電車の運転手さんの話では女性は自分から線路に身を乗り出してきてブレーキも間に合わなかったという。一体何があったのかわからないけど、思いとどまって欲しかった。
2008.09.26
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私は前々からベッドがほしいと思っている。圧迫骨折や恥骨骨折になって朝布団の上から起き上がる時が辛かった。夫はベッドから落ちるのが心配だとか、文句ばかり言って中々話が進まない。店に見にいっても高いだのなんだの文句を言うので決まらない。昨日新聞の折り込み散らしに通販で手頃なのを見つけた。早速切り抜いて夫に見せたけど高いと文句を言う。ホームセンターのほうが安いのがあるという。そりゃ売り出しの時には5000円くらいでもあるかもしれない。でもベッドは寝心地も大事。何でもいいから安ければよい訳ではない。何でも買うときとりあえず反対する火星人。しかもろくに切り抜きも見ないし話も聞かない。私は切れて「もうええ、勝手に注文する!」と宣言した。買ってしまえばこっちのもんや!火星人がなんと言おうとベッド購入で安らかな眠りをそして朝楽に起き上がる生活を手に入れるのだ!(笑)
2008.09.25
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以前日記にも書いたとおり日記の題の計画は着々と進行中。玄関に放置されていた火星人の運動用室内自転車は本当は捨てたかったんだけどとりあえず二階に上げた。そして自転車の下になっていた玄関マットを洗濯。その他玄関に放置されている「そのうちに棄てようと思っていたものたち」もきっちり分別してきれいにする。うちには外に物置とかごみの一時置き場場ないのでつい、玄関にダンボールやいろんなものを置く癖がある。それらがいっそうされて玄関はすっきりした。次はリビング。我が家はリビングに物が多すぎる。目指せ、モデルルームのようなリビング!はちょっと無理か?(笑)次女が以前ハムスターを飼っていた。そのときのゲージ5~6個がリビングの棚の上に置いてある。処分しないとといいながらそのまま埃をかぶっている。次回のごみの日にはきっと出そう。それから本棚の上のバック類。娘達が中高校生の時使っていたもの。娘達は運動部に所属しなかったので大カバンは修学旅行とかのイベントの時にしか使用せず新品のようだ。けれどもう使う事はないし、名前を書いてあるので人にもあげられない。私は卒業時処分しようとしたけど火星人にもったいないからと止められた。自分が止めたから処分できなかったのにそんな事は忘れてしまった火星人、あれもいい加減処分せんとなどといいだす。勝手な奴(/_<。)とにかく気の変らないうちに玄関に引き続いてリビングに移ろう。毎週末少しづつ片付けてお正月をすっきり迎えよう。私は古いリビングラックを処分して新しくしたい。今日の通販のチラシにいいのがあったから火星人と相談しよう。今のラックは20年もの。子供達が幼稚園のころ上に乗って飛び降りたりしたのでもうがたがたになっている。家具の配置を考え、不用品を処分したい。って言うかものを置かないのが一番いいんだけどね。(^▽^*)
2008.09.24
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と言うほど大げさな話ではないのですが・・・・・ あ、申し送れましたがお誕生日のメッセージをたくさん頂ありがとうございます。 自分は病気で色々有るけど1人で生きているわけでないとたくさんの勇気を貰いました。 私が生まれた家は6畳と4.5畳の二間しかない小さな家。 その小さな家に祖父母、未婚の2人のおば(父の妹)両親の6人が住んでいた。 祖父母とおば2人が6畳の部屋、両親の部屋が4.5畳。 私が生まれた半年後祖父はなくなり二年後には弟が生まれた。 狭い家での同居母はさぞかし気を使い大変な日々だっただろう。 私が生まれたのはある秋の夜。 当時のことで産婆さんを家に呼んでの出産だったらしい。 とてもきれいな月の夜で父は外で出産を落ち着かない気持ちで待っていた。 女の子が生まれたと聞いて今のわたしの名前と今日のきれいな月を忘れないようにと照子としようかと迷ったそうだ。 私的には今の名前の方が好きだけど。 祖母はキツイ人で、母は何度も私達姉弟を連れて実家へ戻った。 結局幼稚園に入るころには私達家族だけで父の会社の社宅に入ることになった。 私はまだ幼かったので生まれた家の記憶はない。 台所には昔ながらのかまどのある古い家だったそうだ。 父母は今年老いて当時の話を時々するけど私にはほとんど記憶がない。 今病気を抱えながら一年一年無事に過ごせることを感謝したい気持ちだ。 なくなった祖父母が守っていてくれるのかもしれない。
2008.09.22
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台風、秋雨前線といっしょになって大雨を降らせているようだ。 夫の知人で数年前の台風のとき、なにもそんなときは早く家に帰っておとなしくして居ればいい物を、どうしても今日ぱちんこにいきたくなった。 パチンコをしていると足元の床が水浸しになってきた。 床上浸水。 店長さんが「今日はもう閉店します」と言う。 知人は「今せっかく出ているンやからもうすこしやらせて」と頼んだがダメといわれてしょぼんとして帰宅。 命とパチンコどっちが大事やねん。 わたしの知人にもいた。 ちょうど台風が来ているとき出張を命じられて出かけた。 天気予報で出張先似たい風が向かっているというのに、おとなしくホテルに居ればいいものを・・・・・。 つい開放的な気分になってホテルの外へ飲みに出かけた。 地元のスナックに入り、いい調子で飲み始めた。 夜中まで飲んでそろそろホテルに帰ろうとドアをあけようとしたらあかない。 窓から見ると道はものすごい雨水が流れていて、歩けそうもない。 仕方ないので水が引くまでスナックでいることにした。 朝方水が引けてからホテルに帰った。 仕事で来ていてこんな勝手なことをしていてもしものことがあったら家族もいるのにどうするつもりやろ? スナックの行きかえりに濁流に飲まれてもきっと労災にはならないに違いない。 男性は本当にしょうがないね。 パチンコもスナックも逃げないから、叉今度行こうとは思えないのかしらね。(笑)
2008.09.19
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うちの夫は来春定年、後半年余り。 でも以前は60歳では年金は支給されないので年金が出るまで今のお給料の半分でも働いてねと常々言っていた。 ところが今年に入ってからわたしの体調がよくない。 圧迫骨折、膝痛、そして恥骨骨折、今は肺に水が溜まっているし。 そんな私を見て夫は定年後の再就職をしないでわたしの病院の送迎とかをしてわたしの専属運転手をするという。 夫がいると心強いのは事実だけど本当にそれでいいのかとまよっている。 60で引退は今の世の中いかにも早い。 経済的にも年金が支給されるまでの生活はどうするのかと思う。 貯金を切り崩して生活するとあっという間に貯金は減っていく。 夫は自分がパチンコを辞めれば何とかやっていけると楽観的。 夫に果たしてパチンコを止められるのかは疑問。 パチンコをやめてイライラする夫と、やりくりが苦しくなったわたしが毎日喧嘩するかも。 夫は趣味はパチンコ、将棋、つり、といったところ。 友達もいないし毎日家にいたら飽きるかも。 このまま夫の言うとおりにするのか? それとも再就職を勧めるのか今悩んでいるところだ。
2008.09.18
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去年の秋、コシヒカリを安くするから買わないかと知人に言われた。火星人は私に相談もなく30キロお買い上げ。うちと義実家と、義姉の家に分けるという。ふうん、うちの実家もよく世話になっているのにこういうときは無視か。あまりいい気はしないけど黙っていた。玄米だったので休日に精米に持っていって、お米を入れる袋をホームセンターで買って沸け、持っていった。先日も次女の結婚祝いのお返しの商品券を持っていくのにゼリーを買って一緒に持って行ったばかり。こういってはなんだけど義父のバイクのガソリンも毎月のように夫が自分のバイクで持って行って移して入れてやり、それもお金は貰ってない。自分の親兄弟にこんなに気を使うものかとちょっとあきれる。そして今年も知人からお米どうする?と連絡が合った。今年も私に事前にいう事はなく事後承諾。そりゃそんなに何万もするものではないけど。返事する前にどうすると聞いてほしい。私がイランと言うかと思っていたのか?そして叉今年もわたしの実家を思い出さないのはちょっとむかつく。来年は火星人は定年なので今年最後だからと釘を刺す。毎年当たり前のように息子からコシヒカリが来るなどと思い込まれたら困る。義実家にものを上げると義姉が気に入らなかったら文句をいい、気に入ったら今後もくれるように思うのが不愉快だ。うちも早々余裕のある家計ではないし、
2008.09.17
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結婚当時火星人は神経質なほど掃除にこだわった。と言って自分は何もしない。昔の意地悪な姑さんのように埃やごみをチェックして「今日、掃除した?」と聞くだけ。年末の大掃除くらいしか掃除することってなかった。そして私は掃除が苦手と言うか部屋も片付けるのが下手。段々私のペースになって文句は言わなくなったものの自分からするという事はなかった。それが最近変ってきた。それでなくても片付けベタの私だけど最近体調が悪かったり、入院していたりで家の中は結構荒れている。退院してきた週末、何も言わないのに庭の草取り、リビングや廊下の掃除機掛けをしてくれた。そして3連休最後の月曜日。透析が終わって迎えに来てもらい、家に帰ると玄関がいつもと変っている。玄関にあふれていた娘達の靴は処分され、靴を置いていた古い靴入れも処分されていた。その広いスペースにカメ吉のバケツが移動されて玄関が広くなっている。カメ吉にはもう少し大きい水槽を買ってやろうと話す。今度の週末には玄関口に置きっぱなしの室内自転車を片付けるという。玄関ドアをあけたらいきなり自転車なんてありえないしね。玄関には夫の釣り道具とかも放置されている。車検の時に車の後ろに合ったのを出したまま、戻さない。これから毎週やるところを決めてひとつ筒年末までに片付けていくという。頑張れ火星人。寒くなる前に家の中をすっきりさせようね(^▽^*)
2008.09.16
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夕べに本の盲導犬第一号誕生秘話をドラマ化したのを見た。戦後すぐ空襲や戦争に行っていて目が見えなくなった人が何万人もいた時代。みんな生活するのに精一杯で目の見えなくなった人の気持ちなどかんがえている余裕はない。そんな中将来に希望を持って生きていくには杖となる盲導犬が必要とされていた。犬の訓練士をしていた男性がただ1人立ち上がった。盲導犬の訓練の方法は誰も知らない。手探りで一歩一歩進めていく。妻や子のある男性は大変な生活の中強い意志を持って盲導犬育成に取り組む。男性は近所や子供の学校で頭が変になったと噂され、子供達はいじめられる。妻は嫁入り道具の着物を質入してタンスを空にしながら男性の夢を応援する。徐々に男性の考えが理解されていく。盲導犬は飼い主のいう事に絶対服従が原則。しかし盲導犬が飼い主の言うとおりにしたら危険だと判断したらそのときは飼い主の命令に逆らってもそっちを選択する。犬にとって高度な判断が求められる。町は車や看板、いろんな危険が一杯。飼い主と犬の信頼関係。そして第一号の盲導犬と飼い主は卒業試験に臨む。犬がもし誤った判断で動けば飼い主の命にかかわる。命がけの卒業試験は無事に終わり、犬は飼い主の下へ。そして数年後。立派に盲導犬の使命を果たした犬に死がおとづれる。飼い主と外出中野良犬に襲われて深手を負った盲導犬。でも一言の悲鳴も泣き声も出さず、淡々と飼い主と家に帰りつく。盲導犬は飼い主の安全を守ることしか頭にない。虐待や強いられてやっているのではない。盲導犬は盲導犬なりに自分の立場や役割を理解しているように見える。そしていろんな人の尽力によって今日盲導犬の養成は社会的に認められ、たくさんの盲導犬が世の中に出て行った。障害を持つ人たちに優しい社会が一日も早く実現することを願っている。
2008.09.14
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今回の入院ではなくずっと以前入院していた時、そのおじさんに会った。糖尿病で入院していたと思う。普通は男女別室で男性患者と親しくなることは少ないはずなのだけど、そのおじさんはかまわず女部屋に毎朝押しかける。挨拶して入ってくるから挨拶を返さないわけには行かない。女性と見れば若い看護しさんだけでなく、おばさん、おばあさんとでも話したがる。家に帰れば一人暮らしで寂しいらしい。聞きもしないのに自分の過去を話したがる。何でも今は1人だが結婚は7回したという。一回目の結婚相手と7回目の結婚相手は同じ人。元鞘?いやどうも違うらしい。女性のほうからもう1度やり直そうと帰ってきたのは半年前に男性が受け取った退職金が目当てだったという。そしてある朝退職金を持って女性は叉ドロンしてしまったという。まあそんなにひどい女性かどうかはおじさんの話だけでは判らない。結婚生活で散々苦労させられて、慰謝料も貰えず別れたとすれば女性は今こそその慰謝料を貰っちゃおうという気持ちだったのかもしれない。そして若い看護師さんに「いっしょにオフロに入ろう」などとからかってはマユを潜められている。そんなおじさんも退院の日が決定した。退院の朝病棟では大騒ぎ。おじさんが退院を嫌って売店で思い切り甘いものを買い込んで一気に食べた。体調が悪化して退院が延期になった。あまりに入院生活が楽しかったのでひとりの生活に戻るのが辛かったのだろう。数日延期になったもののやはり退院という事になった。おじさんは寂しげに退院していった。おじさんの気持ちはわかるけど病院としてもいつまでも入院させておくわけには行かなかったのだろう。高齢化社会を迎えて、こんな寂しいお年寄りが増えていることだろう。確かに1人暮らしで一日誰とも口を聞かないのはつらい。地域で集まってお茶のみする会でもあったらまぎれるかもしれない。 いや
2008.09.11
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入院中昨日の日記のような看護士さんばかりでなくすばらしい看護士さんもいた。 そしてその人はわたしの小中学校の時の同級生だった人。 この病院に勤めて30年以上のベテラン看護士。 病院では知らない人がいないくらいの有名人。 いつも元気な大きな声で元気をくれる。 入院した翌朝、「どうしたん?」と言って病室にやってきた。 そういえば彼女は整形外科だった。 そして入院中若い看護士とは一味もふた味も違う仕事ぶりを見る機会が多かった。 例えば入浴の介助。 車椅子に乗っている患者は立ち上がってものを取る動作がしにくい。 シャワーの横の高いところにシャンプーや石鹸を置くところが有るけど取りにくい。 彼女は浴室にべつの椅子を持ち込んで患者の右側に置きそこに必要なものを置く。 椅子と同じ様な高さだから取りやすい。 例えば食事の介助 しょうゆやマヨネーズの子袋を開けにくい人を見つけてはあけて上げ、魚を食べにくい人はほぐしてあげる。 食べにくいと残してしまう気難しい人も笑顔で食事を楽しむ。 そして老人特有の同じ話の繰り返しとかも笑ってこたえる。 何度でも。 仕事中の彼女はいつも輝いている。 本当にこの仕事が好きなのだ。 ある日の夕方廊下から彼女の大声が聞こえてきた。 廊下の窓から見る夕日がきれいだと大声で話していた。 そして私と同室の患者を車椅子ごとその特等席に連れて行った。 患者さんのほんまにきれいと言う声も聞こえた。 楽しみの少ない入院生活、彼女は何度もきれいきれいと言っていた。 部屋に帰っても彼女は繰り返し夕日の美しさを話した。 私はこの看護師さんと幼馴染なことを誇らしく思った。
2008.09.10
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先の日記にも書いたとおり大方のスタッフは優しく献身的に患者達の面倒を見てくれていた。 その中で1人ビックリするような看護師さんがいて、他の人たちは頑張っているのにと残念に思った。 入院中の透析の日、担当看護士が患者を車椅子に乗せて透析室につれて行き今朝の患者の体調とかを透析室のスタッフに引継ぎをする。 その日も私は担当看護士に付添われて透析室に入った。 まず入り口で体重を量る。 体重計の上に立てない患者は車椅子ごと体重計に乗る。 私はいつも体重計に立つので少しの間なら立っていられるだろうと思って立つことにした。 両脇の手すりを持って体重測定は無事に終った。 後ろから整形外科の看護士が車椅子を差し出してきて座ろうとすると足の指に痛みを感じた。 見ると左足小指から出血している。 思わず私は「痛い、血が出てる」といった。 車椅子の下の方の金属部分で切れたらしい。 切り傷と言うより指先を直径7~8ミリくらいの円形に面で切っている。 私ははだしだったし看護士だけが100%悪いわけではないと思う。 しかし看護士、傷を確認しようともせず無言。 透析室の看護師さんが車椅子を移動して止血と消毒手当てをしてくれる。 私達透析患者は大抵は出血すると止まりにくくなる薬を飲んでいる。 だから小さな出血でも要注意なのだ。 当然彼女もそういう事は知っているはず。 騒ぎを見て近くのスタッフも集まってきた。 数人の見ている前で手当てが終ってふと気がつくと、引継ぎも終ってないようなのに整形外科の看護師さんがいない。 透析室のスタッフはみな呆れ顔。 普通ココで私にも謝り、手当てをしてくれたスタッフにも一言あっていいところ。 こういうときは自分で上司にこういう事故が合ったと報告し、一人のミスでなく皆で再発防止を検討するのが理想だと思う。 傷の大小ではない。 小さい傷だからと軽く見ていると大きい怪我に発展する。 ココの病院にもそういうシステムがあるらしい。 しかし謝りもせず逃げ出した人が自分から報告するだろうか。 以前透析室で透析回路を止める器具で一緒に皮膚をつままれた時はミスをした看護士がすぐに私に謝り、その後すぐに看護士長がお詫びに飛んできた。 すぐに上司に報告したという事だろう。 私は一部始終を見ていた透析室の看護士に相談した。 看護士も怒っていた。 他のスタッフもあれはどうかと思うといっていた。 私から言うのはなんだからと相談した看護士から整形外科の看護士長に連絡を入れてくれることになった。 透析が終わって病棟からのお迎えには別の人が来た。 部屋で食事をしているとその日、看護士長はいないからと代理の人と当の看護士が謝りに来た。 傷は主治医が一応見に来てくれるという。 後で問題の看護士が1人で血圧を測りに来た。 傷はどうですかの一言もなく、一方的に自分の弁護を始めた。 大体体重計にはだしで乗るのがおかしい。 ほとんどの人ははだしだ。 透析室の方ではだしは問題だというなら分かるけどあなたがそれを言い訳にするのはおかしいのではと私は心の中で突っ込んだ。 自分は透析では日本で5本の指に入る○○先生の病院で働いていた。 (それがどうかしたのか?何故ココであなたの履歴を聞かないといけないのだ) 透析室の人は自分のことを怒っていたか? (それを私に聞くか?誰がどう思うかよりあなたがどう思い、今後にミスのないように生かしていけるかが大事だと思うけど) 私はあの場で黙っていなくなったのは残念だったとだけ意見を述べた。 納得のいかない表情の彼女。 私とは大分かんがえ方も価値観も違うようだ。 最後に「糖尿病の患者さんでなくてよかった」 糖尿病の人は足の小さな傷が足の切断とかになることがあるからだ。 その言い方も私を心配してというより、自分が処分されなくて住んだ と言っているように聞こえる。 その後彼女と話すことはなかった。 主治医は診察に来るには来たが、「モグチャンさん、指取れてなくてよかったな」と笑いながらまるで冗談のようだし。(/_<。) そして当日いなかった看護士長は最後までそのことを謝りにくるでなし、その後どういう風に対応したかの話もない。 数日たって別の看護士に足の傷はどうしたのかと聞かれた。 他のスタッフにはほとんど伝わっていないようす。 私は看護師さんと言うのはそばに病人がいたら知らない人でも声を書け手当てをするというのが看護師さんだと思っていた。 地下鉄サリン事件の時道端で人工呼吸をしている女性をニュースでやっていた。 通勤途中の看護師さんだという。 ところが自分も関係しているのに逃げ出して、報告もしないというのはどういう事だ。 久しぶりに温厚な私でも腹が立った。 ちょっと分野は違うけど老人施設で介護福祉士をしている友達にこの話を聞いてみた。 看護や介護の現場で怪我をさせるというのはあってはならないことだけどやはりありうるそうだ。 でも友達の職場ではきっちり報告があり、全員で問題点を話し合い再発防止に努めるそうだ。 患者は弱い立場だし、何か合っても言えない人もいるかもしれない。 患者が黙っていたらそれをいいことに報告もしないで済ませるのは どうかと思う。 幸い傷は二三日シャワーでしみたけど今は薄皮がはって痛みもない。 大きい怪我でなくてよかったが後味は悪い。
2008.09.09
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しばらくは伝い歩きなので外に出かける自信がないので家にいるつもりだった。しかし外に行きたくてたまらない火星人。それに入院前に頼まれた次女の結婚祝いのお返しを気にする火星人。そんなん、入院もしたしあわててせんでも来週でもいいのに。お返しはすべて商品券にすることにしていた。今日も朝から買いに行くという。私は本調子ではないので長女に一緒に行こうと誘っている。長女私が行かないなら夫と二人で行くのはいやと言う。私は来週ならいけるという。叉しばらくするとやっぱり行こうと言う火星人。堂々巡りの議論を重ねてしぶしぶ行くことに決定。まず銀行に行って次女に貰ったお金の足りない分を下ろしに行く。そして商品券を買いに行く。大きい店なので車椅子を置いているかと思ったらない。仕方ないので駐車場からゆっくり歩く。座れるところもあまりなく結構疲れた。火星人思い付きで回るところを増やすし(/_<。)久しぶりに歩いたので腰も痛い。買い物だけ済ませて持っていくのは火星人に頼む。義実家の義姉に結婚祝いのお返しは貰った金額の半分が常識と以前言われていたが。私は3分の一でいいヤンと火星人に言っていた。火星人義実家とわたしの板ばさみになったようで、額が少ないと何か言われてはと義実家ともう1人の義姉の家に持って行こうと自腹でゼリーを買う。お小遣いが少なくなったと財布を見せて嘆くので2千円カンパしてあげる。今日は久しぶりに動いたのでよく眠れるでしょう。疲れたあ
2008.09.07
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まずは骨折をした経過から。 8月22日朝私は透析のためバス停に向かった。 家から5分くらいかな。 膝がまだ痛かったので少し足を引き気味にしてゆっくり歩いた。 バス停についてバスはまだ来そうになかったのでベンチに座ろうと思って移動した。 ベンチは二つあるけど手前のベンチは壊れていて座れないので奥のに座ろうとベンチと路肩の間を通ろうとした。 次の瞬間車道に投げ出された。 段差を踏み外したのか、それともベンチの足にけつまずいたのか。 自分でも理由はわからない。 気がつくと車道に転がっていてお尻が痛かった。 車道にいるのでコリャ危ないと思ってあわてて起きてとりあえずベンチに座った。 この時点では骨折しているなんて思わなくてただの打ち身だとおもった。 やがてバスが来て立ち上がろうとしたら骨折した左足にちっとも力が入らず立てない。 左足の付け根が痛い。その痛みはさっきまでの膝の痛みとまったく違う。 でも何とかバスのステップを上がった。 駅について乗り換えのバスのバス停に行くのは無理だと思ったので 駅にいたタクシーで透析の病院に向かう。 タクシーを病院の玄関前で降りてロビーに入っていくその距離が歩いても歩いても縮まない。 自動ドアが開くと向こうにいた事務員の女性が車椅子を持って飛んできた。 誰が見ても明らかにおかしい歩き方だったらしい。 車椅子に座らせてもらい透析室に連絡を取ってもらった。 透析室からかおなじみの看護士さんが迎えに来てくれた。 透析後車椅子を押してもらってレントゲンを取ってようやく痛みの原因が恥骨骨折と判明した。 車椅子に乗っているとほとんど痛みはない。 でも立てない、歩けない。 整形外科の先生は恥骨骨折と診断し、入院するかどうか聞いてきた。 入院しても寝ているだけで特に治療はないという。 私はいったん家に帰って家族と相談すると答えた。 先生は明日当直だから入院するなら電話して来てくれれば手配するという。 叉病院前からタクシーに乗って自宅に帰った。 タクシーを降りた途端、叉歩けない。 門から玄関までが歩けない。ようやく玄関から入って座った。 そこからリビングへも二階への階段も上れない。 それで長女にメールし今日はまっすぐ帰るように言った。 長女の帰りを待って二階につれて上がってもらった。 トイレは一階にしかなく家の中だけでさえハイハイの移動さえ出来ない。 透析にも通えない。 これは入院するしかないな。 透析患者は入院すると病棟看護士が車椅子で透析室までつれて言ってくれる。 夫もずっと休むわけには行かない。 そしてその夜家族と相談の上入院が決まった。 とまあこれが22日の話。 それから翌日入院するわけだけど、まあ色々なことが合った。 同室の人と色々なやり取り、スタッフの人たち。 看護師さんに怪我をさせられるという体験もした。 入院は5回目(出産と高校時代の盲腸は含まず)だけど整形外科への入院は初めてでビックリすることも多かった。 それは叉おいおいに書いて行きます。
2008.09.06
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今日退院してきました。最初ハイハイも出来なかったのがようやくすこしの間なら立てるようになり、いま伝い歩きの段階です。入院中の色々な積もる話もありますがそれはおいおいにアップしていくことにしてとりあえずはご報告します(^▽^*) 色々後心配をおかけしました。
2008.09.05
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明日退院が決まりましたよ~。週末か週明けか昨日まで分からなかったんですが、無事退院でなりよりです。明日は透析があるので、帰宅はお昼回ったころですかね。明日からまたブログもmixiも再開するそうなのでお楽しみに!
2008.09.04
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