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せんだってちょっと触れたことのある有害図書撲滅というブログ。 独特の善悪判断からの勘違いと無闇な行動力で横車押しまくりという、「良識派」。コンビニにエロ本を置くな、有害ゲームは有害なんだ、と元気のいいことである。 最近は「条例にあるから、条例だから、決まってるんだから」と、ボンクラ条例を振り回して、コンビニやゲームを攻撃しまくっている。 その素直でまっすぐな姿はヒトラーユーゲントもかくやと言うほどだ。 自分の吐いている言葉に酔っぱらい、自らの行動が引き起こす結果が青少年の健全さにとってどれだけマズイのか気がついていない姿は憐れでさえある。 過剰な規制は危険なのだ。 ガス抜き効果のレベルではなく、モラルハザード(過剰なセーフティネットの配備によって緊張感が消失する現象)の危機を招くということだ。 また余談ながら、立ち読み客が深夜のコンビニ強盗を心理的に抑止しているというデータもあり、コンビニで扱う書物の種類は多い方がいい、という考えもある。 で、この人、7-11をはじめ、いろんなコンビニにクレームを入れまくって独自の善悪基準を押しつけはするものの、困った事があるとすぐにブログの掲示板を閉じてヒトの言うことに耳を貸さなくなることでも有名だったのだが、この度どうやら記者クラブ制度を用いた模様だ。 楽天広場ユーザーじゃないとコメントできないような設定にしたってことです。----------------------------------------------・楽天広場(らくてんひろば)へユーザ登録いただかないと コメントには記入できません。 ----------------------------------------------↑ これこれ。こういうメッセージが出るヤツ。 前後関係をみると、どうやら、二人羽織的な関係を噂される「Bruckner05」さんの 「人の意見などどうでもいいじゃないですか。正しいと思うことを書き、実行すればよいのです。」というコメントを受けたものと思われる。 自分の言いたいことは押しつけても言い、聞きたくないことはみっともないくらい聞かない、という姿勢を是とされているようで。 となれば、「人の意見などどうでもいいじゃないですか。正しいと思うことを書き、実行すればよいのです。」 有害図書撲滅の意見はどうでもいいということなので、セブンイレブン本部さんも企業として正しいと思うことをすればいいと思う。 コンビニ強盗を援護する意見などに耳を貸す事はない。
2005.08.31
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せんだってから駅前が騒がしいと思っとったら、今日は静かだ。 郵政改革が成ったらウチのばあちゃんの貯金が根こそぎ外資に盗まれるとか、んなことはまあ気にはなるが。 どんなに選挙状況を演出しても、ナメたことしとったら椅子を揺すぶられるのだと。 気に入らなかったら簡単に替えられるのだと。 代わりにやったヤツがイマイチだったら、また誰かと交代させればいいのだと。 誰がエライのか思い知れ、と。 これを繰り返し「お前ら、なめんなよ」という突き上げが常態になるのであれば、ちったあマシになるかもねと。 世の中捨てたもんじゃない、と言いたいじゃないの。 若い子が選挙に興味が無いって理由で、自分の一票だけじゃなにも変わらない的な話も聞くが、投票するだけでも変わることはある。 とりあえず、アンタら見られてますよ、というプレッシャーがかかる。 世の中捨てたもんじゃない、と言うために、これから選挙にいくわ。 ていうか、投票率が上がるだけでソーカ学会があわてるのであれば、それだけで十分面白いじゃん。
2005.08.30
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せんだって、快傑ズバットDVDBOX を買った。 『快傑ズバット』は1977年に放映された特撮のアンチヒーローものである。日活の無国籍映画や「渡り鳥シリーズ」にインスパイアされた雰囲気だ。 あらすじとしては、親友を殺された私立探偵・早川健が犯人を探して全国を渡り鳥するうち、しょうもない地元のトラブルに自ら頭を突っ込み、強化服を着込んで快傑ズバットと名乗り、キザと暴力で問題を解決していくというもの。 突拍子もないストーリィやすばらしい演出、過剰なまでの爆発銃撃の尺の長さと間の悪さに、モンド系の人気がある。 ネットでは、かなりの数のツッコミが見られるが、総じてダサいのが悲しい。 最も洒脱で面白いツッコミは、LDやDVDのブックレットである。これ以外はツッコんでる自分、面白いでしょ? というつまらないものばかりなので注意。 さて、第26話「許せ我が子よ!」の回。 ある少年が兄弟のようにかわいがっている愛犬に、悪い組織「ブラック連合」が強化狂犬病ウイルスを注射。 かわいそうに愛犬は危険なウイルスのキャリアになってしまう。 親や警察の説得により、少年は、しこたまかわいがっていた愛犬を始末する決断をする。 少年は泣きながら、愛犬を二階の高さから投げ落とす。 しかし、すでに少年は、愛犬に噛まれて恐ろしい狂犬病に罹患していた。 父がかまえるライフルの銃口の前にたたずみ「ボクを殺して」と願う少年。 そのまっすぐな瞳。健気な勇気。 私は、胸が痛んだ。キュンとした。悲しみに捕われた。爆笑作品のズバットなのに、いたたまれない気持ちになった。 少年が愛犬を投げ落として殺すシーンは、生きた犬を使って撮影されている(もちろんカットを割っている)。 それゆえに、少年が自分の手で愛犬を殺さなければならなかった苦悩や悲しみが際立ったのである。 それゆえに、父に向かって「ボクを殺して」と懇願する姿が悲しくも凛々しく、少年の勇気ある決断、健気な気持ちが伝わったのである。 生の犬を投げ落とすという描写は、今の世の中では「残虐、残虐ゥ!」と非難されるであろう。 今の基準では「残虐描写」となり、まず撮影されないであろうレベルのムチャクチャさであった。 しかし、そこに生々しい命が感じられたからこそ、命の大切さ、種を越えた友情、ペットを飼うことの責任などが、観るものの胸を打ったのではないか。 「見たくない権利」を主張し、不快な残虐描写を、恐ろしい死を遠ざけて、生暖かいウソの平和に浸って生きていきたい、と。 それはそれでアレですが、私はこのズバットのような、生と死とそこに対峙した時の人間の振る舞いを、観たい。 いまのお子様は、たかが子供向けの番組に埋めこまれた「生きる覚悟・殺す覚悟」を、楽しむことができないわけだ。 成長の機会を、命を考えるきっかけを、奪われているわけだ。 そりゃ、まるっきり無いワケではないだろう。 しかし、生々しい描写であるからこそ心に迫るような演出には触れることができなくなってるわけだ。 命のリアリティという説得力ある後ろ楯を欠いた、リアリティのない「命を大切に♪」ってネコ撫で声を聞かされているだけ、と言っては大袈裟かしらん。 私は、優れたフィクションが描く、身の震えるような境界線に立つ自由が欲しい。 いま、その自由は奪われる方向にあるわけだが。
2005.08.29
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せんだってから「見たくない権利」のことばかり考えている。アイスも食べている。 もちろん仕事もしています。 この場合、見たくない権利、というのは暴力ゲームやエロコンテンツなど、いわゆる善男善女にとって好ましくないモノを規制する文脈において用いられるロジックだ。最近新しく発見された権利っつってもいい。 しかしこの権利は、ただ単に「いやーん、見たくない」って程度のことで用いられるべきではなかろう。 動悸や血圧の変化、看過しかねる精神的な苦痛など、医学的な裏打ちのある「見たくない」でないと、容易に濫用へとつながるあやうい権利である。要はワガママ放題との区別がつけにくい性質があるってこと。たとえ、私がサッカー日本代表の試合でサントスにモザイクをかけて欲しいと思っても、そりゃイカンだろうという。 で、この見たくない権利を認められた場合、どうなるかっていうと。 テレビなどでは、遅い時間に放送するか、放送しないという選択をすることになる。 商品などの場合、区分陳列などの方法で見たくない人は見なくてすむように配慮するように強制される。 かくして、エロいものグロいものは、まるで「無かったこと」のように、人々の意識から遠ざけられる。 そして区分陳列は、多くの場合、実質的な販売禁止と同じような結果になる。販売店も利益を上げないと生きていけない。在庫を抱えるのはコストなので、扱いの面倒くさい品物を置くメリットはそんなに無いから扱いそのものをやめちまうことも多い。 この時、「見たくない権利」と「知る権利」はカチ合うことになる。 これは私の印象に過ぎないが、「知る権利」よりも「見たくない権利」を重要視する人たちは、誰かの権利を踏み台にして「快適さ」を得ているという自覚がたらない気がする。とくに表現規制の文脈で「見たくない権利」が語られる場合、切迫した精神障害の有無に関わらず、ただ快適か否か、という位相でしかものごとを考えてねえんじゃねえか、と思われるような人の声が大きく聞こえることも、印象を左右する原因になっているのだろう。 誰かの権利を踏みにじっている自覚無しで、自分らの権利ばかりを求めて条例や法律によっかかっているように見える。 実際、社会としての配慮が必要な人もいる。それは知っている。 しかし、見たくない権利を叫ぶ声は、実際にいるであろう、緊急で切迫した医学的に守られるべき人達の総数よりもデカく聞こえる。 私の気のせいだけではあるまい。 表現規制の文脈において、「見たくない権利」は、「公共の福祉」とか「青少年の保護育成」などというコトバとセットで運用される傾向があるが、これらは本来まったく違うものを「守る」ための概念だ。 これらデリケートな概念を(似ているからといって)みだりに混乱させて運用しては、守れるものも守れねえんじゃねえかと思うのだが、どうか。 社会に快適さを無限に求めて、自分のフィルターを弱めて、エロいものグロいものを、まるで「無かったこと」のように意識から遠ざけて、そこにイイコトがあるのかというと、どうか。 ちょっと続く。
2005.08.28
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せんだって、スポーツ新聞で読んだんだが、サントスが代表に入っているのがアタイもうよくわかんないわよ、というサッカー協会関係者のオフレココメントがあった。 いやもうほんとに、「ジーコななふしぎ」っていうか。 今日だって、セルジオ越後が「またサントスサイドが破られまシたネ」ってなことを言ってたように「また」なのだ。 いつだってサントスで負けたり、サントスで大味な試合になってしまったり、サントスのせいで強くてカッチョいいチームになれなかったりしてるんだ。 ナショナルチームって、クラブと違ってプレイヤーを選ぶ時に制限が少ない。移籍金とかいらねえし、国籍さえあればいいわけでさ。 どうして、サッカーが下手なサントスが、誰かに選ばれないと入れないチームの中にいるのか。 やりたいヤツだけ集まってる草チームじゃないのに。 どうして下手な人が「代表」なのか。 やはり「通訳枠」というものの存在があるんではないか。 今日の試合が大雑把になってしまったのは、あのタイミングでの失点を許しちゃったことで、妙な空気になったであろうことは想像に難くない。 チームプレイだと、ひとりの弛緩したプレイでチームの緊張の糸が切れるということは、ままあるのだ。 サントスが、ヘタクソなくせに怠惰という人としてサイテーなプレイをしたから、試合が壊れた。 こうなると、チームとして経験を積み上げることもできなくなる。 今日の試合にチームとしてのゲインがあったか、わかったもんじゃない。 なんてことをしてくれるんだ。 ほとんどのサッカー好きや代表サポーターは、サントスがいかに邪魔か知ってるし、早く消えろと願っている。 (関係ないけど、代表に「ぶるーず」とかいう変なアダ名をつけようって気分は、なんだろね。「代表」がいいのに) サッカーの神様がサントスを溺愛してるのが、もう本当に不思議で、手遅れにならないうちに記者会見で冷笑してくれねえか、記者の方。 ちなみに今日の相手のホンジュラスの人口は埼玉県と同じくらい。 「競技人口が多いほど強い」というスポーツの原則を考えると、サントスの破壊力は人口で言って一億二千万人分のマイナスである。 まいなすいちおくにせんまんにんぶんー?
2005.08.27
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せんだって『PRIDE 30』を観た。だって男の子だもん。 格闘技のテレビ放送ってのは、男の子やマッチョ好きの風俗嬢が好んで観るコンテンツなのだが、今回はトクベツ観たかった回でもあり、世間の注目も高かったのではないかと思われる。 チャンピオンと挑戦者のタイトル戦が、ケガだのケガだの、あるいはケガだのの理由で延び延びになってたのだが、今回やっと、決着がつくっていう、まあそんな流れ。 チャンピオンは、倒れている相手に遠慮会釈ナシで拳を振り下ろすことができるプロフェッショナルで、関節技もお上手な人。 挑戦者は、確実に人を殺めたであろう経歴を背景に、練り上げたボディとムリヤリな自信をもって自己実現を求める弱虫(誉め言葉)。 両者ともにヘビー級の体格であり、この試合はおそらく、いまステゴロで最も強い人間を決めるという文脈でもって語られていた。それはもう、カネでリングに上がる人間の中で最強を決める試合であることは間違いない。 一般の男の子やマッチョ好きの風俗嬢にとって最高のファンタジーである。 で、また、フジテレビはこのスポーツイベントの演出がうまい。 同じようなコンテンツをTBSや日テレが放映する時のダサさと比べて、出色の出来だ。 普通に観ていられるし、時に感動さえする(「出会うために生まれた 2人/60億」のアオリ文句にゃ、やられた)。こればっかりはウマいわー。 で、チャンピオンというのはエメリヤーエンコ・ヒョードルという紳士なのだが、この人の体幹部の太さがマジで怖いのだオレは。それでいて、寝技においてもかなり速いことも怖いのだ。怖いのだ。男性ホルモンに由来する死に致るお薬で脹れ上がった選手が多いプライドの中で、この人はナチュラルで膨れてて腰が粘っててそれゆえに地力がありそうなのも、怖いのだ。 挑戦者はミルコ・タイガーという泣き虫(誉め言葉)なのだが、彼の得意なキックを想像すると、もう脚がすくむのだ。あの重くて硬そうなスネがそれなりのスピードで側頭部に飛んでくる立場なんて、耐えられないっスよ。 パンチは痛い。 キックも痛い。 ヒョードルも、ミルコ・タイガーも、お互いとやったら確実に食らうことはわかってるわけですよ。そういう試合なのだ。やるんだったら一発も食らわないって訳にはいかないことを「知っている」レベルのアスリートだ。 仮に、例えば、いくら私のカラダがヘビー級でも、いくら私がプロの選手だとしても、あの体格から繰り出されるパンチやキックを何発かはもらうと確実に知りながらあのリングに立ちスタートのゴングを聞くなど、絶対にいやだ。怖い。 勇気、というか。 カネだけであそこに立つことは無理だ。 矜持、というか。 欲とか名誉とか観客とかプライドとか、なんかそういう垢みたいなものを越えたものが見える。おそらくは人間の臨界点。ここを越えたら相転移できる。 覚悟、というか。 もちろん、彼らは練習して、経験を重ねて、あそこに立つために必要なモノを長い時間をかけて揃えてきたわけだが、では私は(仮に体格や才能があったとしても)それができるかというと、そんな自信はない。 才能のある人が環境に恵まれて努力をして行き着いた、人間の境界線が描かれる試合なのだ。 ああ、ああ。 あのスピードのパンチを躱(かわ)している。 あのタイミングで跳ね上がるハイキックをガードしている。 どんだけ集中してるか、わかる。 感じ合っている空気が、わかる。 あの境地に立ちたい。 あの冷たくてゆっくりした所に行きたい。 うらやましくて泣きそうだ。 私にもわかるほどに濃密で強烈な空気だが、そこで起こっていることは、私にはとうてい到達できない高い領域なのだ。 すんげー、泣ける。 寝転がってからは、勇気とか根性とか我慢強さとかそれこそプライドとかがむき出しになって、ああ、これが「内面の弱さがほのかに垣間見えてきた」ってのかあ、なんて雑念が沸き上がってきちゃって。こりゃ私の受容体の問題なんですけども。 打撃の問答無用の痛みとか、それをわかっててもなお闘わずにはいられない二人とか、リングの上に「見えた」火花とか、こういった大事なことは、ブックだの寝るだのいうことを軽く飛び越えて、いいのだ!
2005.08.26
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せんだってから悲しみが止まらない。 せんだって、フジテレビ日曜夜のワイドショー「EZ!TV」を見たのの続き。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-[2005/8/28放送]オタクに恋する乙女たち「電車男」や「メイド喫茶」など最近何かと注目を浴びている「オタク」な人々。そんな彼らに恋する女性に出会った。「オタク」ならではの魅力って?「オタクブーム」はついに女性たちの恋愛感にまで影響を与えたのか!?-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- オタク男性とそうではない女性とのカップルってな、無ぇのかというとそんなことはなく。 鹿児島にいる、非オタクの女性とオタク男性のお付き合いの様子をレポートしてた。レポート? デートの模様を放映しとったのだが、行動決定権はすべて男にあった。ハガレンの映画を観て、マンガ専門書店に行く。このデートコースを決めるのはオタクの男。女子はただただついて行くだけである。もちろん、面白がってはいない。 彼女にはささやかな夢があって、それはカレシとピクニックに行くこと。健気でさえある。 カレシは九州男児、とくに薩摩隼人らしく、あれくらい当たり前なのかもしれないが、私は九州における男児と女子のイニシアチブのバランスをよく知らないので、私の常識で測るけども。 テレビの取材の都合で、かわいそうにも彼らのタイミングとは無関係に、彼女の告白タイムがやってきた。 テレビさえ来なければいいタイミングを計れたろうに。 まあいい。 彼女は、オタク彼氏に「もっと普通のカップルのようにピクニックに行ったりしたい」と告げた。 彼氏は「僕に、フツウになれ、ってこと?」と拒絶した。なにを怖がってるのだ。 「付き合ってる」って、なんだろうね。 パートナーの喜ぶ姿を見たくないのかね。 この男は、なにが楽しくて恋人ライフを送っているのかね。 オタクだろうが薩摩隼人だろうが、恋人の希望を無視する男って、そんなに大事なもんかね。 そういう男を恋人として後生大事にしなくちゃいけないのかね。 行ってやればいいじゃねえか、ピクニックぐらい。 別れちまえばいいじゃねえか、こんな臆病な小男なんか。 顔か? カラダか? もったいねえのか? 「恋人がいる自分」がそんなに大事か? なんでお互いが我慢し合ってまで、「付き合ってます」ってことにしなきゃいけねえんだ。 男の心理にあるのは「ピクニックに行くとフツウになってしまう」という、訳のわからない怖れである。 個人の経験ってのは、交換不能である以上、なんだってトクベツなものである。こりゃ、ぼんやり生きてる人間にはまったくわかってもらえないんだよな。 たかがピクニックに行ったくらいでフツウになってしまうライフスタイルって、どんなんだ。なにを守ろうとしているのだ。ハガレン観てマンガ買うデートのどこがトクベツなんだ。小せえな。 この惨めったらしいカップルにゃ、お互いを思う気持ちがない。幸せに見えない。おそらくは「交際相手がいる自分」がものすごく珍しくて、いかなる不条理な事があろうとも、とにかく我慢して我慢して、自分が「恋人もいない淋しい人」になることから逃れようとしているだけなのではないか。私の思い込みか? そうか。 で、相互の理解がないまま自分の要求だけを相手に求め合うカポーって、鹿児島のの憐れな二人だけじゃないよな、と、また思うわけだ。 あちこちで見るわな。 そんなに恋愛気分に浸ってないと不安なのか。 我慢を重ねてまでも恋愛せんとイカンのか。ハァ?-*-*-*-*-*-*-*-*-[担当ディレクターの一言]「自分の趣味をわかってほしい・・・」今回お会いしたオタクの人に「どんな女性がいい?」と聞いた時に必ず出た答えでした。傲慢ではあると思う一方、自分の趣味こだわりへの揺るぎない自信も垣間見え、それを楽しそうに話す姿が女心をくすぐるのかなとも思いました。鹿児島のカップルにはこれからも仲良く、そして今年こそピクニックに行けることを心から願っております。-*-*-*-*-*-*-*-*- 自分の趣味を理解して欲しい、って、そんなに傲慢な願いか? 自分の恋人にゃ自分が一生懸命なことを否定して欲しいとは思わねえだろ。 それがたとえパラパラだろうがサッカーだろうがテレビの仕事だろうが、パートナーが大事にしていることを尊重できない恋人関係って、なんなんだよ? オタクかどうかなんて関係無いじゃないの。 ピクニックに行けることを願ってます、じゃねえよ。なにイイ人ぶってんのよ。 別れた方がいいだろ、こんなウソくせえ不幸なカポー。 最近、他人を尊重出来ない人たちが、自分の気に入らない事柄を法律で規制しようとしてて、それはもうとても愚かで醜い有り様だと思うのだが、それはそれとして、恋愛には免許制度とかが必要だと思う。お付き合いをするには資格が要る。誰でも恋愛していい状況は、許されることではない。 ひとの心の痛みもわからないような未熟な馬鹿者がデートだのデートクラブだのデート商法だの、まったくうらやましくて死にそうだ。
2005.08.25
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せんだってから悲しみの淵で生きてます。 せんだって、フジテレビ日曜夜のワイドショー「EZ!TV」を見た。 オッサンなんで、こういうのを見る。 その中でこんなコーナーがあった。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-[2005/8/28放送]オタクに恋する乙女たち「電車男」や「メイド喫茶」など最近何かと注目を浴びている「オタク」な人々。そんな彼らに恋する女性に出会った。「オタク」ならではの魅力って?「オタクブーム」はついに女性たちの恋愛感にまで影響を与えたのか!?-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 鈴木なお(仮名)という女性が、オタクと付き合ってみたいということで、mixi越しにメイド喫茶オフ会に参加する、という態のレポート。レポート? レポート中、鈴木なお(仮)さんは「お嬢さま」ってことになってた。 「お嬢さま」も安くなったものだ。 鈴木なお(仮)さんが「オタクと付き合ってみたい」という動機は、「好きなキャラクターに対してそうであるように、自分にも一途でいてくれるだろうから」ということで、今までお付き合いしてた男性には常に「浮気してんじゃねぇの」という疑心暗鬼に苛まれなければならなかったというから、言うなれば逃げの作戦である。 本物のお嬢様は、そんな素性の怪しい男とホイホイ付き合ったりできない。 鈴木なお(仮)さんは、都内のマンションに姉と二人暮らし。お嬢さまだから。 お嬢さまだから、英会話の家庭教師(ネイティブ)を自宅に呼んでの個人指導。 二十代も中ごろになって英会話(ていうかTOEFLだったか?)を習うのは、本物のお嬢さまじゃない。 ローティーンの頃から社交界で各国の要人と触れ合ってたりしなかったのか。 鈴木なお(仮)さんはお嬢さまだから、グッチやルイ・ヴュトンのバッグをたくさん持ってます、と彼女の持ち物を映していたが、これがグシャグシャと乱雑に積み重ねられておりまして。安いのう。 本物のお嬢さまはグッチやルイ・ヴュトンなんかの水商売っぽいカジュアルブランドに見向きなどしない。 もっと、こう、聞いたことも無いような銘の入ったマジ高級な品物を、店のマネージャーがお屋敷に持ってきて、それを当たり前のように受け取るのがお嬢さまだ。 鈴木なお(仮)って、成金だろ。 成金の娘風情を「お嬢さま」なんて詐称して、みっともねえったらねえ。 ぼかぁ、こういう淋しいものを見るのがイヤでイヤで不快で教育的に問題ありで公共の福祉に反するとさえ思うのだが、だからといって法律で規制して欲しいとは思わない。神奈川県知事や異端キリスト教徒、統一教会関係の人たちが、見たくない物をいきなり法規制してくれっていう態度がいかに素っ頓狂であるか。 閑話休題。 お嬢さま、という言葉を安々しく使うのは、あー、どうなんだ? 本物のお嬢さまったら。●小学生のお誕生会で、自宅に板前が来て寿司を握り、ケーキ職人が来てケーキを小学生のハナタレ小僧にさえ取り分けてあげる。そんなパーティの主役を毎年してきたような人物。●同じ服を着ているのを見たことがない、とされる。●買物をしない(季節ごとに自宅へ外商担当が来る)。●常識が、やや無い。●物欲が薄い。●自宅の庭の隅に新幹線が通ったことを指して「最近ちょっと騒がしくなった」と、おっとりと言う(景山民夫の聞いた話より)。●自分の持っている山で、のんびり畑仕事をしている(山県有朋のお孫さん)。●人を見るのにあたり「オタク/非オタク」というモノサシは使わない。 コレ全部ホントの話でさ。 せめてこのレベルに達してからでないと、お嬢さまとして面白くない。 ニセモノを「本物です」って報道するのは、民度を下げるので好きじゃない。 本物をお茶の間レベルに引きずり落とすようなマネは、みっともなかろうよ。 ていうかフツーに、ヴュトンのバッグを乱雑に持ってるってだけで「お嬢さま」扱いするんでは、悲しいじゃないか。 あまりに器が小さいじゃないか。 この番組、もういっこ面白いことがあったんだけど、明日早いので。 つづく。
2005.08.24
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せんだってから悲しみでいっぱいだ。 西原理恵子という漫画家がいる。 恐らくは、いま日本で最も愛を表現することがうまい作家だ。 その西原さんがバカバカしいことに巻き込まれているという。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-「毎日かあさん」論争、表現の自由か教育的配慮か 文化庁メディア芸術祭賞を受賞した漫画「毎日かあさん」を巡り、作者の漫画家西原(さいばら)理恵子さん(40)と東京・武蔵野市の間で論争が起きている。 西原さんの長男(8)が通う同市立小学校が、西原さんに「学校を作品の舞台にしないでほしい」と申し入れたためだ。 「表現の自由への圧力」と抗議する西原さんに対し、市側も「正当な教育的配慮」と譲らない。双方が文書で主張を繰り返す事態となっており、9月2日の同市議会でも取り上げられる予定だ。 西原さんは、「ぼくんち」「恨ミシュラン」などの作品や、放映中のNHK連続テレビ小説「ファイト」のタイトル画で知られる。 「毎日かあさん」は、武蔵野市やその周辺を連想させる街を舞台に、西原さんの長男や同年代の子ども、母親を思わせる登場人物の日常をコミカルに描いており、2002年10月から毎日新聞で週1回連載中。連載をまとめた単行本も既に2巻が毎日新聞社から発行されている。昨年、文化庁メディア芸術祭賞、今年は手塚治虫文化賞を受けた。 問題となったのは、授業参観の場面。主人公の母親が、落ち着きのないわが子を含む児童5人を「クラスの五大バカ」と表現し、ユーモアを交えつつ、子どもの成長を見守る内容だ。 この場面が紙面に載った直後の昨年11月、長男の担任の女性教諭(40)が西原さんを学校に呼び出し、「迷惑している」「学校を描かないでほしい」と注文をつけた。 西原さんは翌12月、毎日新聞社の担当者と同小学校に出向き、校長らに「保護者だからといって、編集者を通さず作者を直接呼びつけるのは非常識だ」と抗議。校長らは「学校に落ち度はない」と主張したという。 西原さんは、父母の一部から「学校とトラブルを起こすならPTA活動に参加しないでほしい」と告げられたのを機に、今年6、7月、弁護士を通じて市側に「作品はあくまでフィクション」「公権力による表現の自由の侵害ではないか」などの文書を送った。これに対し、市側は、「他の児童や保護者への配慮をお願いした」「作品中に『武蔵野市』の固有名詞もあり、児童の人権に教育的配慮を求めることは当然」などと、8月までに2回、文書で回答した。 西原さんは「フィクション作品の内容に介入するのは納得できない。子どもを学校に預けている立場上、作品を描くこと自体をやめろと言われたに等しい」と憤る。また、毎日新聞東京本社編集局は「毎日かあさんは西原さんの経験に基づいたフィクションで、内容については人権やプライバシーに十分配慮して掲載している。学校側には納得してもらったと認識している」としている。 一方、同市教育委員会の南條和行・教育部長は「保護者を学校に呼ぶことは珍しくない。表現の自由を侵害してはいない。学校には不特定多数の児童がおり、配慮するのは当然だと思う」と話している。(2005年8月31日14時32分 読売新聞)-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 僕はこの『毎日かあさん』を近年稀に見る傑作だと思っている。 このマンガを読んで、「迷惑」したり「配慮を求め」たりするような読解力の乏しい感性の鈍い血も涙もない教員に教わる子供たちがかわいそうでならない。 マンガの読み方も知らない頭の悪い教員が、非常識な態度に出ることに対して、学校も市も違和感を持ってないことも、なんか悲しい。 なんでこんなに悲しいことが起こってしまうのかね。 なんで、血も涙もないバカが教壇に立てるのかね。
2005.08.23
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せんだってからこのブログをお読みの方はとっくにご存じかもしれませんが神奈川県知事ブログの件。 ゲームを条例で規制した神奈川県知事。 「青少年の健全育成」というお題目に対して、この規制がいかに無効であるか、むしろ逆効果かもしれない、という意見が多く、民主主義の精神に照らしても、規制に至るプロセスが非常によろしくないという意見もまた多い。 しかし、闘う神奈川県知事は、「サイレントマジョリティ」の支持を持ち出して、自説を曲げない。ガンコである。 さて、その「サイレントマジョリティ」物言わぬ大衆がどこにいるのかというのが、知事の振る舞いに疑問を抱く良民にとっての謎であったのだが。 このブログを運営している人物が、知事のゲーム規制を応援している。「フレーフレー」なんだそうだ。 この人物は、表現規制に対して懐疑的な人々にとって有名であった。 以前募集したメルマガの送信元が世界日報であったという、まあ、個人情報の利用目的や主催者の隠蔽など、なかなか面白い問題提起ではあったのだが、その時は掲示板を閉鎖してほとぼりが冷めるのを待つという問題解決方法を選んだ大した人物である。 世界日報といえば統一教会との繋がりが濃厚であるというのが公然のヒミツ。 ●統一教会筋が、神奈川県知事のゲーム規制条例を応援している。 ●神奈川県知事は、ゲーム規制を「サイレントマジョリティ」が支持してくれている、という。 証拠もナシに何かを言い切ることはしない。 ただ、このような状況がある。 見極めなければいけないことだと思う。
2005.08.22
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せんだっての続き>7番目、8番目の審査方法、審査基準についてお答えします。審査方法につきましては、限られた一定の時間内に審査するため最初から終わりまでの全てを見るわけではありませんが、これは特定の場面を恣意的に拾い出すのではなく、最初の場面から連続して提示しており、ゲーム全体の内容を判断するに相当なものと考えています。また、審査基準につきましては青少年への現実的な影響を重視し、場面設定が現実社会に近く、暴力性や残虐性が極めて高いことを指定の基準にしたところです。 都合のいいことしか書かれてない返答である。 テレビで審議の様子をちょいと見ただけでも、普通にプレイしててはまず選択しない方法「ゲーム内でリスクが高く見返りの少ない、歩行者への無意味な攻撃」が見られた。また、知事の「首を切り落とす」という発言からわかるように、プログラムを書き換えてまで、わざわざ過剰に残虐なシーンを選んでいたことは明白である。このような状況で、なおかつ「連続して」プレイしたというのであれば、残虐な印象を強化するためにプレイした内容であることは明白であり、それは編集されたもの以上に、恣意的である。 自分に都合の悪いことも情報開示すれば、知事のスポーツマンシップをアピールするチャンスであったろうに、まったく政治下手でなことである。>10番目、11番目、12番目の質問にお答えします。質問10○残虐な内容のゲームを規制するのであれば、同様に残虐、非人道的な内容を含むドラマ作品、映画作品、報道番組なども規制されて然るべきではないのか。何故ゲームだけが有害扱いなのか。質問11○確かに過度に残虐、性的な内容を含む作品は青少年の精神に悪影響を与える可能性がある。しかし、同時に抑圧された欲求の捌け口として機能する場合もあるはずだ。松沢氏はこういったことは考えなかったのか。質問12○安易に過激な内容の作品を子供から遠ざけるよりも、「そういうものがこの世の中にはあるんだ」ということ、そしてそういう過激な内容の作品との上手な付き合い方を教えることこそが真の意味で青少年の健全育成に有効なのではないか―という意見が多く出ているが、松沢氏はどう思うか。>ゲームソフトに限らず青少年の健全な育成を阻害する残虐的、非人道的な内容のテレビドラマや映画なども規制されるべきであり、既に一定の自主規制もなされています。なお、ゲームソフトは自らが操作するという特徴がある故にテレビと比べ青少年への心理的影響は一層深刻であると考えています。また、欲求のはけ口として機能するというご意見や過激な内容の作品との上手なつきあい方を教えるべきとのご意見につきましては、優れた芸術や健全な野外活動などが青少年に必要であり、そのような考えには賛同しかねます。 テレビも映画も有害で規制すべきだけど、ゲームは自分でプレイするからトクベツである、と。 まさしくゲームというメディアの特性を理解しないまま条例を決めちゃった感じで、恐ろしい。 自分で操作するゲームほど、自己客観性を育むものも珍しいだろうに。 欲求のはけ口、ガス抜き効果も無いではないだろうに、軽く流す無責任さは、何をか言わんやだ。 で、ここが大問題なのだが、いわゆるメディアリテラシー教育に対して「賛同しかねます」と。 神奈川県は公式に明言したわけで。 災害に備えるとか蝉しぐれサイコーとか言いながら、山を切り拓きアスファルトを流し砂浜を埋め、子供には健全な野外活動(スクーターを盗んで暴走すること、とか?)なるキレイゴトを押しつけ、「優れた芸術」というのはたとえばスミソニアンに展示されている『バーチャファイター』とかを指すのかどうか知らねえが、まったく世の中の常識を覆す神奈川県知事のオモシロ見解。 この松沢なる知事がいかにオカシナことを言っているか考えられるのは、それこそメディアリテラシーということなわけで、神奈川の子供がこのようにしっかりと自分で考えることができる人間に育ってもらっては困るということなのではないか。 信じられない。 信じられない。>14番目のご質問ですが、質問14○ゲームの内容は全て例外なくフィクションである。現実で体験できない事を擬似的に体験できることこそがフィクションの醍醐味である。無論、それらの疑似体験の中には犯罪行為が含まれる場合もあるが、現実ではないので問題はない。現実と虚構を混同しているのは松沢氏の方ではないのか。>青少年の人間形成における影響にとっては、現実の空間であろうとバーチャルな空間であろうと同様ですが、特に、今日ゲームソフトの表現は、大変リアルになっており、その影響はより一層大きくなっています。 いかに画像がホンモノに似てても、操作感にリアリティが無ければストレスにしかならず、むしろ現実(リアル)との乖離が強調され、「所詮ゲーム、所詮フィクション」として意識できるのは『バイオハザード』を触ってみればわかること。 ゲームの「リアリティ」というのは映像ではなく実は触り心地にある。このことを理解せずして勉強不足のまま条例を決めちゃった知事の判断には多いに疑問だ。 そもそも、テレビの中の出来事を客観視するって、ごく普通のことだろ。 松沢知事は、虚構と現実を混同しすぎてて、ちょっともうマトモじゃない。 はっきり言って、話にならない。まともな常識で話してるとは思えない。>15番目のご質問ですが、質問15○安易な規制強化は、日本独自の文化であり同時に大きな経済効果を発揮するアニメ、ゲーム産業を衰退させる危険性があるが、松沢氏はこれについてどう思うか。>ゲーム産業が世界に向けて継続的に産業として発展していくためにも、作品の内容が健全で良質なものが求められているものと考えます。 これは、個人の主観であって、公人が条例の根拠として述べるような性質の話ではない。 論外。>17番目のご質問ですが、地域社会の育成や性教育の見直し、家庭問題、世代を超えた交流の促進などの問題につきましては、ご指摘のとおり重要な課題であり、同様に取り組んでまいりたいと考えています。 表現を条例によって規制するのは、地域社会の繋がりを切断する作用もある。 目的に対して正反対の効果がある運動に、同時に取り組もうとする知事の判断は疑問だ。>次代を担う青少年が健やかに成長することは県民すべての願いであり、青少年が健全な環境の中で育てられることが望ましいことはいうまでもありません。そのためには、青少年を取り巻く望ましくない社会環境から青少年を保護し、青少年が心身ともに健全に成長するよう図ることが求められています。そうした取組のひとつとして、神奈川県青少年保護育成条例では、青少年の性的な感情を著しく刺激したり、残虐性を甚だしく誘発し、青少年の健全な育成を阻害するおそれのある図書類を「有害図書類」として指定し、青少年に対して「有害図書類」を販売したり、貸し付けたりすることを禁止しています。>この「図書類」には、ゲームソフトのように電子情報を内蔵したDVD等も含まれていますが、ゲームソフトにつきましては、その操作性などの問題から具体的な指定に至っていなかったため、今回の審査により指定を行ったところです。>×××様におかれましても、こうした趣旨をご理解いただき青少年を取り巻く社会環境の健全化、青少年の健全育成にお力添えくださいますようお願いいたします。子供が健全な環境で育てられることが望ましい。 と言われれば、そうか、と思う人もいるかもしれんが、健全ってなによ? この件では「健全」という言葉を定義するのが知事であり、知事の判断力や能力に疑問がある以上、知事のいう「健全」は果たして本当に「健全」なのか、それを担保するのは知事個人の良識だけでいいはずがない。 このような知事の振る舞いを「民主主義的な制度への挑戦」と言った人もいた。 県政のみならず、知事個人の良識だけで定義された「健全」を全国に押しつけようとするのであれば、もっと外堀を埋めるべきであろう。 そのことにさえ気がつかない松沢知事の能力にはやはり疑問を感じざるを得ない。 おかしいよ。
2005.08.21
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せんだってからご無沙汰ですけど神奈川県知事ブログの件。 当該ブログのコメント欄やいつぞやのササクレさんとこで冷静な意見を述べられていた「赫々」さんがまとめた知事への質問を「遊鬱」さんが実名で県庁に問い合わせ、その返事が帰ってきたのがせんだってのこと。 お疲れさまです。 その全文は ↓ こちら。http://www.ne.jp/asahi/amanogawa/homepage/otaku/kanagawa17-2 神奈川県知事の姿勢。 残虐ゲームは青少年の健全な育成に有害なので、販売の仕方を条例によって規制する。その際、一県だけではなく全国にも同じ規制を敷いてもらいたいとの声名を出す。 いやいや、いいんですかソレ?といのが、神奈川県のゲーム規制に懐疑的な人の意見だ。 で、17項目にまとめた質問を県庁に送ったら、返答が来て、それがネットに公開された。 それを私が読んでみて、知事、ていうか、県庁の解答について考えてみた。> まず、1番目、13番目の質問についてお答えします。質問1○条例で規制する前に、何故自主規制団体に対して活動強化の呼びかけ、あるいは話し合いの機会を持とうとしなかったのか。質問13○定例記者会見において、反対意見があろうとも落胆することなく信念に従って努力すると発言したが、これは、「反対意見になど耳を貸さない。わたしを支持する声だけあればいい」という意味合いに受け取れるが、そう受け取ってしまっていいのか。>条例で規制する前に、何故自主規制団体と話し合いの機会を持たなかったのかということですが、青少年保護育成条例の有害指定は既に販売されている「図書類」そのものの内容を条例及び規則に照らし判断するものであり、個々の指定に関して関係者等と事前に話し合うということはありません。しかしながら、指定後ゲームソフト関係業界での自主規制の動きも見られ、条例での規制ももちろん必要ですが、関係業界の自主規制の取組みが何よりも大切であり、また、望ましいと考えていますので、さらに関係業界の一層の自主的な取組みを注視していきたいと考えています。 つまり、神奈川県知事は、「青少年保護育成条例」があるから当然のように条例でいつものように規制したという話ですよな。 長野県では「青少年保護育成条例」にあたるものは無いのだが、では長野の青少年は不健全なのかというと、そんなこたぁない。 むしろ、神奈川の青少年にゃ暴走族だの湘南海岸だの不健全な例は枚挙に暇が無く、青少年保護育成条例の有無と実際の青少年の振る舞いには関係が薄いことが考えられ、となると、知事が今回の規制の根拠としている、神奈川県青少年保護育成条例の存在意義そのものを疑うのが、青少年のためになんかせにゃならんと思う大人の態度だと思うのだが、どうか。>2番目、6番目、9番目、16番目の質問についてお答えします。質問2○法律で規制を行う場合、科学的(学術的)根拠が必要不可欠である。それが証明されていないと自分で言っていながら規制を実行したのは何故か。質問6○松沢氏は少年犯罪がどんどん増えていると思っているようだが、そんな事実は存在しない。既にいくつかの資料で裏付けられた通り、日本国内における少年犯罪、性犯罪の発生率は数十年も昔から減少傾向であり、現在も変わらない。この裏で残虐・性的ゲームの市場が拡大し続けてきたことを照らし合わせれば、ゲームの存在が少年犯罪の発生原因でないことは明白であると考えるが、どうか。質問9○報道の内容を鵜呑みにし、事実であるかどうか検証しようとせず、「少年犯罪の原因は残虐ゲームである」という自論を支持する内容だけに耳を傾ける。また、「犯罪を犯した少年は残虐ゲーム愛好者だった。だから少年を犯罪に走らせた原因は残虐ゲームだ」などという、”強力効果論”と呼ばれる数十年も昔に死んだ論法で条例を打ち出すことに対してどう思っているのか。質問16○松沢氏が発表の中で度々ほのめかしている「ゲームの長時間プレイによる子供の脳への有害性の科学的証明」は時期的におそらく『ゲーム脳』のことだと推測されるが、この『ゲーム脳』の理論が既に各方面の専門家達から批判を集め、信頼するに値しないイカサマ理論として定着しつつあることを松沢氏はご存知か。>科学的根拠が必要不可欠とのことについてですが、少年事件などの犯罪行為との因果関係を直接問うものではなく、福祉的教育的な視点から青少年が健全に育っていくための社会環境づくりという視点からの指定です。 松沢知事が規制を訴え始めたころは、寝屋川の少年の事件の報道を受けて、「ゲーム脳理論」と「強力効果論」という、双方インチキな理論を根拠に条例で表現を締めるぜって感じで、もう眼も当てられない有り様だったのだが。 この赤字の御返事を見ると、見解が変わったらしい。 変説漢、というのは簡単だが、これはもっと由由しき問題だ。 表現規制の理由はなんでもいい、ということだろ? トンデモ理論を根拠にしててはさすがにマズいと思ったのか、「有害図書」解釈の合法性を探して、やっと福祉教育なるあいまいな立脚点を探し出したって感じだ。 福祉教育の効果、目的に対する有効性を検証もせずに、福祉と言えば何とかなると思ってるのであれば、知事およびその周囲にいるイエスマン共の政治能力を疑わざるを得ない。 政治が下手である。>3番目、4番目、5番目の「言論の自由・表現の自由」など民主主義に関するご質問についてお答えします。国民の基本的人権である言論・表現の自由は最大限尊重されなければならないことは当然のことですが、これは無制限に保障されるものではなく、公共の福祉のために必要ある場合は、その時、所、方法等につき合理的制限がおのずから存在するものであり、青少年の健全育成という社会的目的を考えるならば一定の制約もやむを得ず、憲法21条第1項に反するものではないとの考えは、判例においても示されています。 規制の是非はともかく、そもそも民主主義の手続きを踏んでいなくね? という質問に、コレ。 大人とは思えない。 子供の福祉のためにオレ様が見てもいいものとそうでないものを選別する、という知事の返答として、コレはマズいだろう。 人としての能力の欠如を感じる。つづく
2005.08.20
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せんだって、生まれて初めて渋滞にはまった。 そもそも、私、渋滞にはまった経験が無いもので、渋滞のしくみがよくわからない。 実際に車を止めねばならない料金所界隈ならともかく、時速100kbpsほどで巡航するはずの高速道路が詰まるというのが納得いかない。だって、詰まりの先頭の車だって時速マッハ100くらいで走ってるわけでしょ。 高速道路ってな、不完全とはいえ閉鎖系なわけで、まあ道路のキャパシティを越えた台数が侵入したら渋滞になるってことはわかる。 しかし落ち着いて考えれば、この渋滞はどっかに蓋があって詰まってるのではなく、なんつうかパルスウェーブなのだな。アコーディオン状といいますか。 バネを持って揺らすと、コイルが粗なところと密なところができますでしょ。渋滞って、きっとあんな感じなんだろうかね。 流れが滞る原因は車の出入りだけではなく、どうも上り坂などでの速度低下もあるってんで、その程度の速度低下で道が詰まるなんてのもアホらしい話。そもそも道路に対して車が多すぎるわけだが。 なんでこんなに車が多いのかって。東北道の渋滞のメッカ・矢板近辺は栃木なのだが、栃木ナンバーの車がものすごく多いぞ。 地元の人間なら、一時間これっぽっちも進まない有料の道を通らんでもいい抜け道くらい知ってそうなものだが、なんで上に乗るのか。 国の動脈を詰まらせてるのが地元民ってのは、どういう了見か。 盆の帰省時には高速道路が混むことくらいわかりそうなものだが、ひょっとして、下も混んでて進まないのかな。 昔のパソコンゲームで、渋滞解消のパズルゲームがあった。信号機や立体交差、速度制限などのインフラいじりをして、車の流れをアレするのだ。 道路公団の人や、栃木のドライバー諸君は、このゲームとかすべきだと思う。 とかボヤいてたら。 パリからニース方面への道では800キロもの渋滞がおこるという話を聞いた。みっしり800キロ、外車が並ぶわけだ。プジョーとかルノーとかだ。リッチな話だ。あまりに進まないし、そのことはみんなわかってるんで、みなさん路肩でバーベキューとかしとるという。ワインとか飲んでる。夏休みが半年ほどもあるフランスならではの文化と言えよう。いいなあ。
2005.08.19
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せんだって、義理堅くもお盆の帰省などをしてしまったわけだが。 お盆の終わりに東北を襲ったデカい地震のお蔭で、公共交通機関はパラライズ麻痺した。私の新幹線チケットはその日のうちに払い戻し用の金券と化した。 人間ひとりを東京に運ぶために、5万円ほどのコストをかけて、銀色の弾丸レンタカーと化した私は、晴れた朝に東北を出たのだが、この先に待ち受ける艱難辛苦を正直、舐めていたのであった。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- アベル(弟のことです)と別れて、数十分走ったら高速のインターである。 ちょっと期待してた女子大生ヒッチハイカー(「趣味はぁ、一人旅とぉ、セックスです♪」)との出会いなどあるはずもない。 さて、ここからはさして書くことなど無い。 山がちの景色に似合うサンポーニャの音色に酔いしれながら、バカでも運転できるオートマチックなドライビングである。眠い。 早いとこ高速道路にトレースチップを埋めこんで、完全自動クルージングを実現して欲しい。すでに技術は揃ってるんだから、あとはアッセンブルだけのはずだ。 昨晩のニュースでは、深夜、高速道路の昇り線がやや混みであった。 マジで急ぐ、つまり17日の朝には関東圏にいないといけない人たちは、あらゆる公共交通機関を諦めて、夜を貫きレンタカーなどで関東方面に向かったと思われる。 となると、今日は渋滞っつってもそれほど混んでねぇべというのが私の予想であった。 高速道路のフェンスの中は殺風景ではあるが、やや混みの仙台を越え、向こう磐梯山が見えるようになると、行程も大体半分。 国見サービスエリアでメシを喰い、軽くモテる。 缶コーヒーを飲みつつ福島盆地を見下ろし絶景に感嘆。あの盆地 西瓜は何個あるかしら 思わず一句ひねる。さすがである。 再び走り出す。 泣きたいくらいに憧れた華の都大東京に向かって走る。 19時までに家につかないと、サッカー日本代表の試合が観られない。急げ、私。 ところどころ渋滞で、時速20kgまで速度が落ちるが、止まることはない。 10分ほど詰まっても抜けたらまた快調に飛ばせるもんだから、詰まりを抜けた後になると、なんで詰まる必要があるのか、まったく合点がいかなくなる。 渋滞のメッカ、盆暮れの帰省ニュースでおなじみの矢板インター付近でいよいよ車は数珠繋ぎ。死にかけのムカデのような二本の車列となった。うごかねぇ。 小一時間かかって、20マイルも進まない。 時速6khzくらいで巡航。マジかよう。 時々、思い出したように、ぬるっと進む。 渋滞の最中、なんにも考えてないのに、なぜかすごく勃起した。無意味に勃起している。 すごい。こんなの初めて。なぜ本番でこれだけのパフォーマンスを出せないのか。才能はあるのに。 人体の不思議だ。 尊敬する伊藤ガビン氏は、運転中に抜ける鼻毛はなぜ長いのか、という一大命題を投げかけていたが、私は渋滞中の勃起について、他者の共感を得たいと痛切に思う。 遅々として進まぬ車列。これが夜なら『ロード第1章』のような光景だったかもしれないことを思うと、早起きは三文の得、というのはまっことタメになる諺である。 勃起もすごいが尿意もすごい。 人生最大のピンチである。 路肩に逃げて立ちションするという選択肢も無いではない。状況からみて、緊急避難として解釈できるであろう。 しかし、いま私はものすごく大きくて硬いものを、その、海綿体に赤血球が渋滞しているものを、いわゆる、本来なら葉巻の吸い殻くらいだが、いまは葉巻型UFOっていうか、そんなもん、ずらっと並んでるファミリーカーの窓から観測されてしまうじゃないか。 観測されるくらいなら歓迎だが、なにも盆の渋滞にフラッシャーすることもない。こんな時に「んまー、ご立派」とか言われたくない。 渋滞はいずれ抜けられるのだから、ここは我慢だ。 直射日光が暑いなか、おしっこ我慢の冷や汗もまた涼である。ああああ、涼しいゾクゾクするぜー。 最寄りのパーキングエリアが肉眼で見えるのに、車は進まない。 地獄である。 股間は爆発しそうだ。あらゆる意味で爆発寸前だ。イヤッホー! レンタカーのシートの上でモジモジして冷や汗を流して、ブレーキを弛めてまた踏んで、ちょっと漏らしたころにやっと、パーキングエリアにパーキングできた。 走ったら括約筋が断裂しそうなので、腫れ物に触るように、静かに歩く。 しかし、安心するのはまだ早い。私のラウンチはいま無駄に硬直しており、天に唾する小便小僧とはオイラのことだぜ、と言わんばかりにツッパっている。 スキポール空港の小用トイレに描かれたハエの絵に当てるにも、それはチコンが柔軟な態度を示していることが前提である。いわんや栃木のパーキングエリア便所をや。 まあ、そんな訳で、私は個室に入って、不思議な格好で排泄。どんな格好かって、男児ならみんなわかってくれるはずである。 ああ、好きなタイミングでトイレに行けるというのは、なんと幸せなことなのか。何でもないようなことが、幸せだったと思う。 内なるプレッシャーから開放されて、余裕のある気持ちで渋滞の車列に戻る。 宇都宮を過ぎて、二車線から三車線になったら、さっきまでの便秘じみた渋滞が夢だったかのごとく自動車が流れだした。なんだこりゃ。 外環の大泉から下に降り、レンタカー屋に車を渡せば、長かった私のサマーバケーションは終わる。 渋滞に揉まれ、8時間の予定だった行程は12時間。サッカー日本代表の試合はすでに終了しているのだが、帰宅の予定が延びたせいで録画さえできていない。 勃起する元気も無い。
2005.08.18
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せんだって、義理堅くもお盆の帰省などをしてしまったわけだが。 私が磯で白うさぎちゃんを追っかけて毛をむしって遊んでるうちに、東北地方を地震が襲った。私は陸の孤島となった実家に留め置かれることとなったが、しかし何としてでも本日にゃ東京に向かわないといけないのであった。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- カネならあるんじゃ。 学生の時以来の早起きをして、弟(以下:イスキリ)の運転する軽自動車でレンタカー屋さんへ向かう。 公共の交通機関はすべて絶望的に混んでるか動いてないわけだから、こりゃもう陸路自走して帰京するしかない。 とか、悲壮ぶっているけど、逆ギレした揚げ句、実家からアパートへの帰路をイベントとして楽しんでしまえってことなんですな。 計算では約8時間強の道のりだが、なにしろ渋滞する時期。行列とか渋滞とか順番待ちとか、まあなんかそういうことが苦手な私でなくても、高速道路を自動車で走るにはちょっと躊躇する季節である。 今日中にアパートに着きたいのだが、果たしてどうなることやら。 最近のモデルの車に乗ったことのない私。 ドアミラーのリモコンなどのいろんな機能に惑わされる。トルクがあってカーナビとCDがついてりゃなんでもいい。 都内を走ることを考えてなるべく小さいボディを希望したら、モテ車「ist」を奨められた。「Vitz」と同じシャシーなんだそうだがエンジンがデカい。 乗ってみたら、ホイールベースが長い。Vitzもこうなのか。コンパクトと言うにはちょっと長いぞ。私が軽に乗り慣れてしまったからそう感じるのか。 そしてこのist、背も高いし便利である。なんつうかファミリーノリ。モテ男なコマーシャルの記憶があるのだが。モテ車って、地を這うような低いドライバー視線とか、土禁とかラメ入り塗装とかじゃないのか。いいのか、こんな便利に使えるファミリーマシンで。モテるためにはディアブロやスーパー7やセイントドラゴンみたいな車じゃないといけないと思ってたのに。 レンタカーも決まり、荷物(トートバッグいっこ)を積み替えたら発進である。 誰にも頼れない、なんか必死な一人旅である。旅とか言って、移動っすよ。行きっぱなしの弾丸ツァーっすよ。 実家から高校まで、チャリンコを移送する2~3時間の自走はしたことがあるが、東北-東京の高速道路移動は初めてである。 世のお父さんなど、盆暮れにゃこういった移動をしてるわけで、ホントエライよな。 この移動の目的は、人間ひとりを運ぶためであり、そのコストときたら5万円くらいかかるわけで、…あれ。高いな。 アクセルを踏み出てゆく私に、イスキリは「気をつけてな」とニヤニヤとした笑いの向こうから言って手を振った。 晴れた朝に東北を出た私はしかし、この先に待ち受ける艱難辛苦を正直、舐めていたのであった。
2005.08.17
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せんだって、義理堅くもお盆の帰省などをしてしまったわけだが。 一日中不毛なドライブをし、ものすごく迷ったが、見知らぬ土地をしたみたいな感覚で、結果オーライな私であった。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 新幹線の時間まであまりにヒマなので、家族を連れて磯遊びに出かけた。 岬の崖をおっかなびっくりに降り、105円のビーチサンダルで浅瀬に入る。 こちとらけっこう気をつかった装備で遊んでたわけだが、周りを見たら、ミニスカートとスニーカーでよろよろと岩を渡る17~8歳の娘さんが。オイオイ。 岩を降りる時とか、超パンツ見えてるわ。眼福眼福。てか、なに考えてるのかわからん。 あやうい雰囲気で岩を伝って歩く姿は因幡の白うさぎのよう。 もちろん我々、鰐の手によって徹底的に毛をむしられたことは言うまでもない。 白うさぎちゃんの毛をむしってたから、揺れに全然気がつかなかった。 ケータイの電波の入りも悪いところなのである。 つまり、地震にまったく気づかないまま、海辺で遊んでたのである。 で、実家に戻り、新幹線が全面ストップである事を知る。 問い合わせたら、復旧のメドがつかないという。 ニュースでは、揺れるテレビ局の中とか、崩落する観光地の奇岩とかの映像が流れる。この地震による重傷者はすべて、家をあわてて飛び出して転んだことによる骨折という情けない話を聞く。東京駅では、早くも難民化している新幹線の乗客。仙台周辺での、列車に閉じ込められた乗客の脱出劇。 私は、どうあっても明日にゃ東京にいたいのである。時期的に、そういうスケジュールの人は多いはずである。 JRはオハナシにならない。 方々の近場の空港から出る飛行機の予約状況を聞けば、シートは全て埋まっている。一日おいて明後日まで空きはない。やべえ。磯でうさぎちゃんを追っかけて遊んでるうちに、状況はドエライことになっとったんや。 ぶっちゃけ、この日に帰るのは不可能。 盆の帰省ラッシュ時に地震で新幹線が止まり、飛行機は予定を変えた帰省客でいっぱい。 次の日は、飛行機は満席。新幹線が動いたとしても、本日帰ることができなかった客でおそらく車内は押し鮨みたくなってることは容易に想像できる(案の定、翌日もシステム不良で徐行・運休の連続だった様である)。 こんなに簡単に陸の孤島になるとは、実家、すげえぜ。 この日に帰京することは諦め、全ては明日に賭ける。 しかし、この陸の孤島、閉ざされた山荘で、新たな悲劇の種が密やかに息づいていることを、この時の私は、気がつきもしなかったのである。
2005.08.16
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せんだって、義理堅くもお盆の帰省などをしてしまったわけだが。 夏の一日。 涼しいところを探して、本を抱えながら家の中をウロウロ徘徊した私であった。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 昨日、家人の邪魔になるほどに読書を楽しんだ私は、家に居づらくなったので、車で走り出すことにした。 都内の杣家では、自動車を持っていないため、実家にある車をむりやりに借用して走るのである。 運転とか好きだしさ。 翌日は新幹線で東京に帰る予定なもので、この際、思う存分走るべきだと思った。 新しい道路がジャカスカ作られてて、町村合併で町の名前が変わりまくってて。 どうなったかというと、私はものすごく迷った。 県内の観光地に向かうなんつう、不毛なことをしたわけだが、ものすごく迷った。 そういう意味では、見知らぬ土地をドライブしたみたいな感覚で、結果オーライであった。 あとは翌日の夕方、東京に向かって新幹線に乗るだけである。 そんな感じで、のんびりと夏の一日を過ごした私であったが、しかしこの時、待ち受ける悲劇を予想だにしていなかったのである。
2005.08.15
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せんだって、義理堅くもお盆の帰省などをしてしまったわけだが。 お盆の一日。 厳粛な気持ちで、もち米に豆を混ぜてたいたものを食べて、墓という墓に、方っ端から参った私であった。 参った参った。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- ヒマになるために実家に帰省するわけで、文庫とか超読んだ。 マンガも超読んだ。 ハンパに北国なんで、エアコンなど無い家である。 風の抜けのいい、涼しいところを探して、本を抱えながら家の中をウロウロ徘徊する。 邪魔だよな。 そんな感じで、のんびりと夏の一日を過ごした私であったが、しかしこの時、待ち受ける悲劇を予想だにしていなかったのである。
2005.08.14
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せんだって、義理堅くもお盆の帰省などをしてしまったわけだが。 親友のハゲのドライブinサマーだのモテモテクルージングだのなんだの、甘い言葉で騙されて、体よくタクシー運転手のように利用された私であった。 女子高生との甘いアバンチュールも出来たかもしれないというのに。 とはいえ、アバンチュールはこの県では条例で禁止されている行為なのであるが。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- この日は、先祖に感謝の気持ちをあらわす日。 先祖が胡瓜の馬に乗ってやって来て、茄子の牛に乗って帰る日。 墓という墓に参り、赤飯だか黒飯だかを腹一杯食べる。好物なのだ。 そんな感じで、大人しく厳粛に過ごした私であったが、しかしこの時、待ち受ける悲劇を予想だにしていなかったのである。
2005.08.13
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せんだって、義理堅くもお盆の帰省などをしてしまったわけだが。 新幹線の隣に座った女子高生マキ(素朴でかわいい)と、2時間以上も会話するという、だいたいの男児が妄想するシチュエーションながらなかなか本当にはちょっとあり得ねぇ、旅のロマンを味わった私であった。 萌え。-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 翌日。 約束の時間に合わせて車を走らせる私。 カーステレオからは、サンポーニャの音色が流れる。 待ち合わせ場所は、ある学校の校門の前。夏休みなんで、人っ子ひとりいやしない。 バス停が陽炎で揺れる。山からは蝉の声。 電話して「今どこらへん?」と聞けば、もうすぐカーブの向こうから姿が見えるはず、という。 じいさんの乗ったスーパーカブがゆっくりと目の前をゆく。 蝉がひときわ大きく鳴く。 影が薄くなり、日が陰った事に気付く。 カーブの向こうから。 ハゲが暑苦しい姿をあらわした。 私とハゲは同郷なのだが、帰省時期が重なったこともありドライブでもすっか、ということになってたのだ。 クソ。 コイツさえいなければ、今ごろマキちゃんの暇つぶしに付き合えてたに決まってるのだ。タイミングの悪い奴だ。 ハゲのデカいボディを軽自動車に収めたら、A市からなんかダラダラ車で走って、岩牡蠣を生でちゅるんと吸い込んでウマいと言ったり、ババヘラを舐めたりしながら、B市にある行きつけの喫茶店に行く。 静かで、落ち着いてて、なによりコーヒーが奇跡的にウマい。 この田舎町でこれだけのコーヒーを飲めるのは奇跡である。 軽くカフェイン酔いを楽しんで、さてどうするか、と。 そしたらハゲの野郎、このB市の親戚の家に行くから、送ってくれてありがとうとか言って。 オレは運転手か。 帰りはもうなんか雨とか降ってくるし。 マキちゃんはもうA市から離れて実家に帰ってる時間だし。 釈然としないままアクセルを踏む私は、しかしこの時、待ち受ける悲劇を予想だにしていなかったのである。
2005.08.12
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せんだって、義理堅くもお盆の帰省などをしてしまったわけだが。 一人で新幹線に乗るなんていうと誰しも、隣の席に誰が座るのかしら、かわいいコだといいな、酔っぱらいなオッサンはマジ勘弁だな、などと思うもの。 私の席は窓側だったのだが、その隣には既にクールビズな女子高生が座っていた。なぜか制服姿だ。なんで。 なかなかにかわいい。というのは、化粧ッ気が無い素朴な雰囲気が、北に向かう新幹線に適合していたということなのだが。 隣にかわいい女子高生が座ってんだもんで、せっかくだから私もさっそく缶ビールを開けて酔っぱらいのオッサンになった。こういうのは雰囲気だ。 まあ、別に何するでもなく、移動時間用に買った分厚い文庫などを読んでいたのだが、やっぱり気になるじゃないの。 制服姿で、通学鞄いっこで、新幹線に乗っている女子高生。 スカートなんかハンパに長くてさ。ノスタルジア込みのピュアネス幻想を掻き立てる野暮ったい感じなのよ。 ふともも、襟足、寝顔。…うぇへへへ。 いやいや。 あまりに軽装なので、不審に思った私は、あくまで断じて下心ナシで、オトナの義務として声をかけてみた。文庫に飽きたこともある。 「会社訪問だったンでス」 イントネーションが東北北部特有のウェーブを描く彼女(マキちゃん、とする)の声は私のサウダージをくすぐり、就職できたら接客部門を希望するというマキの将来を内心憂えたりした。かわいいのに超訛ってる。 鞄いっこなのは、期待されたプチ家出あるいは在地方アイドル(例:加藤ロビーナ夏希)だからではなく、日帰りで東京と東北某県を往復するからであると。 新幹線の始発駅近くの親戚の家に一泊して朝イチで出て、東京駅で会社の人事課のオッサンに合流、あちこち見てまわったり社長と会ったりして、夕方の新幹線で帰郷するという鉄砲玉の行程なんだそうだ。 就職活動などしたことのない私は、こんな面倒くさいことをしないといけないのかと、新鮮な驚きを得た。 東京の人は歩くのが速くて怖い、とか、人事のオッサンが気を利かせて109に寄ってくかと促しても「怖いから」やめといた、とか、健気で可憐な木訥さである。 さみしいのか、警戒心が無いのか、こちらが聞いてもいないことをジャンジャンしゃべってくる。若い女の子はおしゃべりが好きであるのだが、この子、ちょっとしゃべりすぎる。終着駅まで2時間、しゃべりっぱなし。楽しいけど。 こちとら、マキちゃんのフルネーム、家族構成、(学校にはナイショの)バイト先、携帯電話の電波が家に入らないのでここ数年のあいだ家に住んでいないこと、カレシはいないこと、など、重要で萌える情報をゲットしまくったじゃないか。 お礼というか、オトナの男性のたしなみとして、車内販売のコーヒーをおごった。 アリガトゴザイマス。 ぴょこんと頭を下げるマキ。躾のいい娘さんである。 気のおけない仲になったっていうかー。 私が、乗るなりビールを飲んでたこととか、駅弁をバリバリ喰ってたこととか、マキが私をけっこう「見てた」ってことを匂わせてきた。 しまいにゃ、今晩は姉のアパートに泊まるが翌日は姉は仕事だしマキはなんにもすることが無くてヒマであるということを言ってきた。 女子高生が、この私に、明日ヒマなんです、と言ってきたのである。聞いてもいないのに。 誘われてるのかしら。 終着駅に着き、一緒に電車を降りる。制服姿の女子高生とアーバンなおっさん。あやしいよな。 私は、即座に在来線に乗換えないと実家に行けない。 マキは、姉が改札口に迎えに来ているという。 乗換え口でバイバイ。 翌日、私はかなりゲンナリする経験をすることとなるのだが、かわいらしい娘さんとの出会いと会話に浮かれていたこの時には知る由もないのであった。
2005.08.11
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せんだって日記は義理堅い人なので、実家に帰省するのである。 デジタルディバイド上等、一見さんは買物さえ満足にできないほど訛りのキツい、the edge of the land。 楽しいことといえば、いまだに夜這いの風習が残っていることぐらいだ。 ウソだけど。 なんでこんなにしょうもないウソをついてしまうのか。 田舎で反省してこようと思う。 ウソだけど。 スイカとか食べんの。
2005.08.10
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せんだってから進退窮まった神奈川県知事ブログなんですけど。 薮をつついて出てきた蛇を踏んづけたら虎のシッポだった的なオモシロ無様な様子ですが。 このままでは、「神奈川の松沢という知事は、赤川次郎まで有害指定し、稀に見る偏執狂的な県政を布こうとした、歴史に残る○○な人であった」、ってな伝説が残りかねない。 知事のために、これ以上恥を大きくせずになるたけカッコよく問題を収める方法を提案したい。●業界団体や小売店、児童心理学の専門家などを集めた会議をしてみせる そこで、業界、小売店の自主規制内容を確認して、児童心理学者などの意見に耳を傾けるフリをして、「自主規制に任せるが、県としても監視を怠らない」とかなんとかいう宣言でもって、ゲームの有害図書指定の個別指定を解除する。 大丈夫。こりゃ出来レースでもいいんです。 これで、知事は青少年のことをまじめに考えてて、人の言うことを聞き入れる能力があり、身辺もクリーンだっていうイメージのまま、虎口から逃れることができます。 青少年課っていうか警察筋の突き上げに負けて、このまま無体な表現規制を進めることは、知事の将来にとって消せない火傷跡になるでしょう。 例えば中央に打って出るとして、もし将来ネットを使った選挙が行われるようになったら、「二枚舌の偏執狂」というイメージは一生ついてまわります。 しかし、ここで思い切って規制を撤廃し、メディアリテラシー教育に注力すれば(青少年のことを本当に思うのであれば当然なのですけども)、その功績もまた一生ついてまわるでしょう。 損得勘定に長けたオトナなら、どうか一考願います。 赤川次郎って、誰だ?
2005.08.09
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言わんこっちゃない。 せんだってからご注進申し上げている神奈川県知事ブログなんですけど。 大阪の窒息フリークがやらかした連続快楽殺人の犯人が「中学生のころに見た乱歩の小説の挿し絵の影響」ときたもんだ。 弁護士の入れ知恵による言い訳かもしれないけども。 状況としては、神奈川の知事が『GTA3』を有害図書指定した原因とまったく同じである。 いやさ、犯人が影響を認めているということは、寝屋川の少年よりも確度が高い。 しかも、連続殺人である。 知事はゲームを規制したように、小説も規制しないと、筋が通らない。 寝屋川の場合、ゲームを持っていただけだが、窒息フリークの場合は、明確にその影響を認めている。 知事のやり方を正しいとするのであれば、甘美な犯行の挿し絵が描かれている乱歩の小説は「有害図書」にならないといけない。 知事の向かう方向が正しいのであれば、いますぐ神奈川県のすべての図書館から乱歩を排除するくらいじゃないといけない。 「99%はイイモノでも、1%でも毒があるのなら、大人の責任として排除すべし」と言った委員もいた。 今は夏休み、ジュヴナイル版の乱歩などあちこちの図書館に溢れている。いたいけでピカピカの青少年が、こうしている今も毒に冒されているかもしれないのだ。 神奈川県がすぐに乱歩を有害図書に指定しないとなると、青少年保護育成条例に鑑みて、こりゃ知事の職務怠慢となる。 やれるのか、乱歩の有害図書指定をやれるのか?(都知事なら、自著もろともやってしまうかもしれない。笑えない) なあ。 バカバカしい話じゃないですか。 規制とかコンテンツ排除をすることで「青少年の保護でゴザイマス」、ってバカバカしいじゃないですか。 情報の受け手の意識をなんとかすれば、ワイドショーなんかで騒がれるようなしょうもない問題が起こったとしてもイチイチ「セーショーネン、セーショーネン」と大騒ぎする必要が無くなるんだし、情報処理能力を高める方が実は青少年のためになる。 第一、前上なる彼だけがトクベツな扱いになっているが、窒息フリークそのものは、けっこういっぱいいる。珍しくもない。セックスのときに首を絞めて欲しいという女性は、少なくない。今回は、殺人衝動と自殺サイトが絡んだから悲劇になっただけだ。 どうやら彼は家庭環境がちょっとアレだったようで、犯罪の原因に共通する部分をムリヤリ探すとなると、この「家庭環境」の方が重要にして火急の問題じゃないか。 なぜ知事は、表現規制を訴える側は、ここに対して目をつぶるのか。 ゲーム規制は神奈川知事が青少年のために働いていた結果だというのであれば、今回の件で松沢知事は窮するはずである。 まともな神経なら路線変更するし、あるいは乱歩も規制対象として突っ走り自滅するのが普通だ。 そうなるしかない。 そうならなかったら。 乱歩の件を知りつつ、ゲーム規制も変わらず、乱歩はそのまま、ということになると、ゲーム規制そのものが目的だったと考えられる。 不自然だ。 有権者の皆さんは、二枚舌かどうか、じっと見ている。見ててね♪-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-「乱歩に影響受けた」自殺サイト殺人の前上容疑者 インターネットの自殺サイトを利用した連続殺人事件で、逮捕された人材派遣会社契約社員・前上博容疑者(36)が大阪府警の調べに対し、「快楽殺人をテーマにした(推理作家の)江戸川乱歩の小説を中学生のころに何冊も読み、影響を受けた」と供述していることが10日、わかった。 府警は、前上容疑者の心理解明の手がかりになるとみて調べている。 前上容疑者は「中学生のころ、女性を窒息させる場面を描いた小説の挿絵に興奮した」と供述。小説の作者は江戸川乱歩だったと言い、「乱歩の作品を色々と読み、人を苦しめながら殺す内容のストーリーに興味を持った」と話した。 乱歩の研究者らによると、乱歩には、前上容疑者が4年前に起こした傷害事件の手口と同様、女性の口に薬物をしみ込ませた布を押し付けるシーンが登場する作品もあるという。
2005.08.08
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せんだってから神奈川県知事ブログの話ばかりですみません。 さっきやってたフジテレビのニュースJAPANによると、まずゲームを条例で規制した後でゲーム業界との話し合いの場を設けた神奈川県のやり方は疑問だ、と「問題提起」がなされていた。 知事、知事、知事、知事、知事(←辻元清美被告風に) 問題提起というのは、今夜のクリステルのようにするのがステキです。 中立的な立場で、問題の両面を提示するのです。 知事が審議会でやったような、通常はありえないほど極端な残虐プレイ内容、しかも裏ワザまで使ってのムリヤリ残虐さを誇張するようなマネは、許されませんわ。 さすがフジは試合巧者。 持ち上げて、落とす。 一筋縄ではいかない。 明日の続報ではどのように報道されるのか。 少なくとも、神奈川県庁よりは公正であろう。あれかし。
2005.08.07
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せんだって以来もっぱら話題の、神奈川県知事ブログの話。 知事のゲーム規制に賛成する声が、フジのスーパーニュースの放送より高まっているようだ。 感情に訴えるあの時間帯向けの身も蓋もない偏向報道によって、誤解と思い込みに凝り固まってしまったコメントが目に余るじゃないか。メディアにバカにされてるんだぞ。 知事の、あのやり方に賛成する人って、なに考えてるのかしらん。 賛成する人のタイプに分けて、ツッコミを。●お子様をお持ちでない方 知事が行なった有害指定の根拠を考えれば、ゲームだけではなくあらゆる情報を規制できます。いや、しなければいけないはずなのです。 そして実際、青少年の保護と育成が目的だとすれば、数十本は存在する残虐ゲームを全て有害図書に指定しないと、意味がありません。 にもかかわらず、三月に発表されたゲームの有害指定の方針から約半年、実際に指定されたのは『GTA3』1本だけです。 「緊急」という言葉を使って、業界の自主規制の厳格化を迫るでもなく、やおら条例での規制に走ったわけですが、緊急であるならばもっと多くのタイトルが指定されていないといけないはずです。 果たして、知事の考えはどこにあるのでしょうか。 どこか奇妙です。 今回の規制行動の根拠は、昭和の中ごろに制定された「青少年保護育成条例」があるのですが、基本的には「アンカンファタブル(不快)な情報を排除することが、青少年を保護することになる」という考え方で出来ている条例です。 知事は、この条例を元に、有害図書指定をしたわけです。 もし、この知事の行動を是とするのであれば、この規制は徹底されないと意味がありません。 ゲームだけではなく、あらゆる情報を排除しない限り、青少年の健全育成は達成されないのです。 青少年のことを思うのであれば、この条例の根本をちょっと見直すべき時期が来たのではないかと思うのですが、どうですか?●高校生以上のお子様をお持ちの方 高校生にもなって、たかがゲームに影響されてしまうようでは問題です。 そのような自我の弱さでは、15年間はなんだったのか、途方に暮れます。 それでいてイッチョマエに考えてますから、大人の欺瞞めいた行動には非常に敏感です。 根拠の薄い条例制定に無批判に賛同する大人の姿は、高校生以上の青少年にとって、愚かしいことにみえるでしょう。大人への絶望感が青少年の心にどのような影を作るでしょうか。 「いかなるものからの影響であれ、犯罪行為をしてはならない」 神奈川県が選んだように様々な情報をシラミ潰しに排除しなくても、このことを徹底すればいいだけの話なんです。●中学生以下のお子様をお持ちの方 火曜サスペンスドラマや創価学会などと違って、ゲームは買い求めないとプレイできないものです。 中学生以下の場合、お金を稼ぐことはできませんから、子供の持ち物は全て親の監督下にあります。 親が持たせたくない、見せたくないと思っているものを、子供が見たり持ったりしている場合、そりゃ監督不行き届きってもんです。 ましてや、その「見せたくない」判断基準をお役所にお任せするなんてネグレクト(育児放棄)以外の何物でもありません。ネグレクトは児童相談所の監視対象です。 子供に買い与える品物は自分の眼で確かめるくらいの覚悟が無くてどうしますか。 私は、昨今の子供を囲む環境の諸問題の根源は、子育ての重要な判断を役所なんかに簡単に預けてしまう親の姿勢に在るのではないかと思っています。 閑話休題。 どうやら、ゲームの影響で、普通のお子様がたちまち殺人鬼に変貌すると、本気で怖れている人がいるようなのですが、そんなことはありません。 子供の行動原理を学ぶのは、主に人間関係の中からです。 人間の倫理観は長い時間かけて出来上がります。 たかがゲームに、人間関係の中から学ぶべき行動規範を乗っ取られると言うのであれば、どれだけゲームだけをしてなければいけないのか。 人間に触れさせずに、ゲームばかりさせてた、その環境こそが問題です。 我が子がプレイすべきでないゲームを指定してくれた知事、がんばれ、という姿は、親のネグレクト宣言であり、ゲームごときに乗っ取られるような倫理観を認めることに相違ありません。 どうか、常識ある判断を。 青少年のために。
2005.08.06
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せんだって日記名物となった神奈川県知事の話。 フジテレビのスーパーニュースであからさまな偏向報道がなされたようで、放送免許の意味を疑わざるを得ない感じではあるが、そのテレビ番組の影響で、知事のブログにまたバカバカしい書き込みが増えている。 松沢知事の短慮によって有害図書指定された『グランドセフトオート3』だが、スーパーニュースでは、このゲームの重要な要素である救急車で病人を助けるミッションなどの側面をわざわざ削ったビデオを、お台場に遊びに来ているようなセンスのよろしくない無知な家族連れに見せて、しょうもないリアクションを撮っていたわけで。バカみたい。 知事のブログのコメント欄では、殺人ゲームと思い込んだパーも現われて、もういいからちゃんと考えて書き込めと、かりそめにも地方自治体の長のブログだぞ、と。 いやはやテレビの影響は恐ろしい。 放送されたことはすべてホンモノだと思い込む人間がどんだけ多いんだってことで、もしテレビドラマで殺人シーンなどを放送された日には、どれほどの悪影響があるかわからん。 一刻も早い法的規制が期待される。 というのは皮肉です。 さて、あのブログのコメント欄はもうなんかむちゃくちゃなので、ここらで整理をしておきたい。 自分の考えもオカシクなってきてるもの。インターネットの影響で。知事が批判を受けている理由●ゲーム規制だから、ではない。●お題目とやってることが違いすぎるからだ。●神奈川県青少年保護育成条例がある。(昭和30年あたりのものだ)●知事の規制理由は「残虐」という印象のみである。●その規制理由をもって、「緊急に」対応しなければならないと言っている。●『GTA3』程度の残虐な描写があるゲームは他にも多い。●『GTA3』の有害図書指定は今年の三月あたりに言われはじめた。●残虐というラインで引っかかるであろう他のゲームは五ヶ月経ってもいまだ野放し。●ということは、知事が「緊急」と言っているのはウソか、あるいは青少年の育成に対して不真面目すぎる。●リアリティある残虐な描写、という点では、テレビドラマなどもその範疇に入る。●タダで見られて、いきなり残虐なシーンを見せられるテレビの方が悪影響が強そうだ。実際に、テレビに影響されたという殺人事件は多い。ゲームよりテレビのほうが多い。●しかし、知事が有害指定したのは2ヶ月経ってもゲームを1本だけ。●ということは、知事が「緊急」と言っているのはウソか、あるいは青少年の育成に対して不真面目すぎる。●そもそも、コンテンツ内容を規制すれば青少年を保護育成できるとしている昭和生まれの条例が、今の社会で効果的なのかという点で疑問が多い。●ということは、知事が「青少年の保護」と言っているのはウソか、あるいは青少年の育成に対して不真面目すぎる。 知事が、本気で青少年の保護育成のことを思っていると仮定するならば、理に合わない、理解できない行動ばかりしているのだ。 知事が「青少年の保護」と言っているのはウソか、あるいは青少年の育成に対して不真面目すぎるのだ。
2005.08.05
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せんだってまでしょーもない成績で、さすがに今日は勝たないとイカンかった。 彼の国は日の丸ドーピングが効いてなかったのか、全然イカさないウチの代表でも勝つことができた。ていうかパススピード遅すぎ。Jレベルじゃないか。 東アジア選手権たって、まあ練習試合なのだが、サッカー外交上で大事なのは、こういうレクリエーションにおいても、生意気な近所のガキを適宜ゴツンと叩いといて、誰が強いのか示しておくことであろう。 乱暴なだけのチーム相手にしょーもない試合をして、無用に自信をつけさせてしまったことは、後々効いてくるのではないかと思われる。 こんなしょうもないことを続けると、ホントに勝たないといけない時に、面倒なことになる。 ウチが、コンフェデでブラジル相手にいい試合をして自信をつけたように。 まあその自信は、長くは保たなかったわけだが。 韓国や中国で試合をすると、サッカー以外の瑣末なことに面倒が多くてアレなわけだが、そんな心配のないホスト国・韓国の成績を見れば、あの監督はちょっともうダメかもしれないわね。
2005.08.04
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せんだって、また経験を踏み、霊的ステージを上げた。 メイド喫茶に行ったんだけど、気付けばずっとズボンのチャックを開けっ放しにしてた。 もう恥ずかしいとか危ないとか、そんな些細な問題ではない気がした。 そのような不埒な格好で、メイドに向かって珈琲のおかわりを鷹揚に所望したりして、なんていうか、暴れはっちゃくっていうか、オレは男だっていうか、我ら青春っていうか、そんな勢いだ。なかんづく、飛び出せ青春じゃなくて良かったと思った。
2005.08.03
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せんだって、食事の貧困さに我ながら呆れた。 幸せを訪ねて 私は行きたい と思った。 幸せってなんだ。 おいしいものを食べることかな。 ここまで考えて、『カリオストロの城』のスパゲティ、伯爵の結婚式前で賑わう城下町の旅篭で出た、ミートボールの入ったあのスパゲティが食べたくなった。次元がほとんど食べちゃった、アレね。 映画、マンガ、絵本の中の、どうしても食べてみたいアレ、というのは多い。 ぐりとぐらのカステラ、ちびくろさんぼのホットケーキ、あの肉、ドラえもんの栗まんじゅう、伊賀のカバ丸の焼きソバ、ハチクロの山田のカクテル、ラム特製の料理だっちゃ。 こういうもんは、実際にあったらどうか、とはいうものの、物語の中においてどのように食べられたかが問題なんであって、いま私は次元大介のようにスパゲティを食べたい。 茨の道も かきわけてスーパーに行き、パスタ、トマトジュース、イシイのミートボール(中田英寿の好物)を買う。 独り身の男子にとっては、残り物が出なくて安上がり、1食分の手軽なセットである。オススメだ。 パスタを茹でてる間に、油を引いたフライパンにミートボールを開けて温める。トマトジュースを適量、塩を適量、オレガノをパラパラ、ウスターソース少々。ウスターソースは野菜のごった煮だけに、パスタ調味には至極便利がいい。これでソースはでけた。 茹で上がったスパゲティをソースにからめて、皿にあけ、次元のように一気に喰う。 凍てつく夜も 満腹である。 トマトジュースを1本まま入れると大変なスープスパになるので注意。 ミートボールはスパに混ざりにくいので注意。
2005.08.02
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せんだって日記名物となった神奈川県知事の話。残虐ゲーム規制で意見交換 神奈川県と業界団体 残虐なシーンを含む家庭用ゲームソフトを全国で初めて有害図書指定した神奈川県の児童福祉審議会は4日、業界団体と懇談会を開き、自主規制の取り組みについて説明を聞いた。 ソフトメーカーや、ソフトの内容を審査して購入対象年齢を設定する団体の代表者らが参加。販売店のアルバイト店員にも購入者の年齢確認を徹底させるなど、自主規制を強めていることを報告した。「指定前に話し合いの場がなかったことは残念」との指摘も出た。 審議会側は、業界の取り組みに一定の理解を示した上で「効果がなければ意味がない」と厳しい見解を示した。 審議会は5月、ゲーム内の残虐な場面をビデオ編集した映像を審査し、米国社製ソフト1点の有害指定を県に答申、指定された。業界団体のある幹部は懇談会後、「残虐な場面だけを集めた映像による指定は疑問が残る」と不満を漏らした。(共同)(08/04 20:46) 審議会、つまり『グランドセフトオート3』を有害図書に指定した側は、自主規制に対して「効果が無ければ意味がない」とおっしゃった。 効果、ってキミ。 青少年を健全に育成するという効果なのか、ただ子どもに売らない見せないという効果なのか。 やみくもな規制は青少年にとって必ずしも望ましいことではない、という研究者の意見もあるし、このゲーム1本、有害だぜーと言い切ることで青少年のケンゼン育成とやらに絶大な効果があると、審議会の人が本気で思っているはずがない。マジで効果ありまくりと思ってるのであれば、この審議委員は重度のパラノイアだ。 また、知事も、朝日新聞で「対策は急を要する」とおっしゃっているが、すでに『GTA3』PS2版の指定からずいぶん経っている。 あの程度の暴力表現を持ったゲームはまだまだあるのに、まだビデオ鑑賞会をしていないようである。 本当に「対策は急を要する」と思い込んでいるのなら、とっくに数十本は有害指定されてなくてはかなうまい。 青少年さまをお護りする義務に対して本気じゃないのかもしれないし、あるいは他に理由があるのかもしれない。 いずれにせよ、言ってることとやってることに差がある人ではある。神奈川県知事なのに東京都在住だったとかさ。
2005.08.01
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