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せんだって「萌え」の正体を発見した。 気になってるっていうか、ぶっちゃけ萌えてるんだけど、インテルのCMギャラリーにある「サボテン篇」がアツイ。 インテル自体はいけすかないウィンドーズのパソコンの中央演算装置をCPUしている、センスフルな感性って概念とはかけ離れたカチカチアタマ企業、ゼロかイチか、デジタルってそっけないのねってイメージを持っていたのだが、これはイイ。 人の気持ちを考えた作品である。 やればできるじゃん。アナログ感覚じゃん。 たぶん夏休みの中盤。蝉の声が近くの林から聞こえる少年の部屋。 電話する少年。相手はたぶん、クラスの女の子。 「なあに?」 「あ、何してるかと思って…」 「別に」 「えーと…」 「…」 「(サボテンの針が刺さる)あイタい!」 「…え?」 「いやなんか…、あイタい! すごく、あイタい! あイタいあイタい!」 「私も、私も会いたい!」 な! あのコマーシャル。な! ガッコがある時には毎日のように顔を見ることができた「あのコ」。好きなんだよ。夏休みはもう毎日想ってたんだよ。宿題が手につかないくらい。恋しくて思い詰めて、発作的に電話しちゃったんだよ。 電話する前に用意してた「登校日っていつだっけ?」とか「宿題のコピー取らせて」とかいうイイワケはぶっ飛んでしまったわけだよ。 なにも言えないから、何してるかと思って、なんていう最悪な出だしで行ってしまったわけだよ。 マヌケすぎてマジ気まずいんだけど、声聞いて嬉しいんだよ、ちょっと。 女の子も、まんざらじゃないのよ。 時々、この少年のことを考えたりもしたわけよ。 それはなんかつまんねえ流行歌を耳にした瞬間かもしれないし、英語の辞書で「monopolize」とか「noisy」や「No matter what he does, it is hard to hate him.」を引いた時かもしれない。 なぜか時々、思い出してたりしたんだよ。 少年は、毎日いっつもいっつも女の子のことを考えてたんだけどな。 で、突然電話ヨ。 煮えきらない、モー意味わかんないと思ったら、いきなり「アイタイ」の連発ヨ。 で、パーっときて「私も会いたい」とウキウキよ。 これが、萌えの正体だ。わかったエウレカ。 今まで、「萌え」というコトバの定義については諸説紛々。 「好き、の言い換え」「エロス」「すっげー好き」「言葉にできないほどの愛情」「ノスタルジア混じりのサウダージ」「アンコンディショナル・ラヴ」 いろいろ言われたけど、どれもイマイチピンと来なかった。 萌えは800億市場とか言われても、なにがそんなに財布のヒモを緩めるのかが、説明できなかった。 当たり前だ。 個人の感覚、個人の経験則に基づいて喚起そして定義されるプラス感情なんだから、明確な定義など不可能だ。 しかし、今回のインテルのCMは、最大多数にリーチするであろう「萌え感情」の描写だ。 電話するまでの男の子の悶々とした感情の流れが、萌え。「私も会いたい」と聞いた後は、萌えではなくお祭りだ。成長するってことは、なにか貴重なものを捨てていくってことなんだな。 「会いたい」と連発されるのを聞いている間の女の子の感情が、萌え。ただし、「会いたい」を聞いている間のみ。女の子はリアリスティックにロマンチックだ。会うとなったら早くいい服に着替えないといけない。 そうそう。この感覚が、萌え。 似たような感覚を持ってないって人はいないとは言わせない。 だから、「萌え」はきっと誰でも理解できる感情なはずだ。
2005.06.30
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せんだって、奈良の「子どもを犯罪の被害から守る条例案」が可決された。 この条例は1●13歳未満の子供を惑わす言動2●13歳未満の子供を撮影したポルノビデオ・雑誌の所持 を主に規制する。 1の理由としては、実際に起こる被害を防止するために先回りしたもののようだ。 2の理由は、「子どもに対する性犯罪を助長するものであり、内容も児童に対する強制わいせつなどの犯罪行為を記録したもの。刑法の原則に反しない」ということのようだ。 さて、「声かけ運動」などといって、詩心の感じられない命名はともかく、地域では、防犯っていうか相互監視っていうかなんかそんな感じの繋がりを太くすべく、子供への干渉を増やすべしってな空気があった。 度重なるアレげな事件の不安感からか、地域共同体の機能が自主的に回復しかけてた矢先に、この条例の可決。 甘言や誘惑ってなのは規制対象ではないらしく、じゃあ「惑わす」言動ってなによ? ってコトに関しては曖昧で、どのようなコトバが条例に触れるのか、イマイチわかんない。 となると、あらゆる「声かけ」は、子どもの解釈次第で罪になったりならなかったりするわけだ。 判断力が未熟だから守られるべき! という子どもの判断ひとつで前科者かステキな隣人かジャッジされるワケ。おっかねえ。 ホントかどうかしらないが、この条例のあまりにもアホらしい精神に呆れてか、奈良県民の間では「たとえ子どもが夜中に泣きながら血だらけで歩いてても、無視する。冤罪で逮捕されてはかなわん」という気運が巻き起こっている。示談金目当ての痴漢冤罪の事件も有名はあるし、とくにこの件での冤罪・誤認逮捕など、社会的抹殺以外の何物でもない。 この条例さえなければ、住民の善意、本来の自治レベルで、安全が回復してたかもしれないのに、これは警察の仕事ですよと線を引いてしまった。 厄介ごとはぜんぶ警察に任せちまえという、障らぬ神に祟り無しな、無関心社会に戻してしまった。 またモラルハザードだ。条例ができたことでモラルが後退し、しかも危険。ディストピア奈良。 この条例よう、防犯効果って、あるか? もっと直接的な行動に出ようってヤツは、刑法を突破する覚悟で来てんだから、条例なんざ大事の前の小事に過ぎねえだろ。 さらに、ずる賢い(つまりほとんどの)ガキの恨みを買ったら(悪さを注意した、などの理由で逆恨まれる)、冤罪で訴えられるかもしれない。くわばらくわばらである。 また2の、13歳未満の子供を起用したポルノの所持に関してですがね。 単純所持が罪に問われるなんて、普通の行政なら怖くてできない。憲法のあちこちに抵触する懸念がありすぎるわけです。思想の自由、検閲はこれをしてはならない、財産権など。 そもそも十数年前はヌードなどは合法な品物だったわけだし、もし児ポ法施行以前のものも規制対象ってことになると、遡って罪を問うことになるわけで、これってアリなんだっけ? さらに13歳未満の場合がダメってことは、13~17歳のものは、オッケーということになるわけですよ。 昨今、マーケットがデカく極道筋が非道いことしてシノギにしてるのはむしろ中高生の援交モノ。13歳未満のモノとなると極めてマニアックで稼ぎにもならないうえにリスクが高いので普通は撮ったりしない。ていうか現状としては児ポ法前の商品が性犯罪を抑止している働きも無いではない。無いではないのだ。プラスマイナスの割合はわからないが、このプラス面って無視できないぞ。 そもそも、現行の児ポ法だけで、いま実在する子供の性の安全はカバーできてる。 そんなことはいい。もういいよ。バーカ。 重要なのは、法的に「言えないことができた」ということだ。 声かけもそうだし、昔の「名作」を持ってるとも口に出来なくなったわけ。 しゃべったら罰せられるケースができちゃったのであるよ。 北朝鮮、チェチェン、ベトナム、旧イラク、東欧の一部、中国。「ちょっとどうよ?」って国には、言ってはいけないこと、口にしたら命が危ないこと、しゃべったら社会的に殺されることがある。 自由が大事なんだってことは、つまり、そういうことだ。 何を思っても、何をしゃべっても、何を表現してもいい。 他人に眉をひそめられたりはするかもしれないけども、法に触れない限りは何をしゃべっても法でもって罰せられることはない。自由国家ってそういうタテマエを根っこに成り立っている。 奈良は、ああいった不自由な管理国家と同じところに行ってしまったし、奈良の後を追って真似っこする自治体も出てくるんだろうな。 そうなると、マジ、自由はおしまいだ。 自由の無い国に、明るい未来など無い。 タテマエとはいえ根っこが腐ってしまったわけですから、こりゃ枯れるわ。
2005.06.29
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せんだって、ニンテンドーDSにアタリショック到来!!とか言って、チョー縁起悪いぞオレ。 むしろいいニュースなんだよ! 世界で唯一、マンマシンインターフェイスにタッチペンがあるゲームマシンに、往年の名作が還ってきた。 豊平川に鮭が還ってきたのとはワケが違うぞ。 ATARIMIXってタイトルで四千円弱、10種類の白熱熱中ゲームが詰まった激☆オシャレなライトウェイト福袋だ。 4000円弱で10種類のゲームってことは、各タイトル四回以上のプレイで元がとれる計算。 あの、デパートのゲームコーナーで大枚を吸い込まれたルナランダーを、駄菓子屋の軒先で異彩を放ってたアステロイドを、そしてなにより希代の名作ミサイルコマンド(中段左端)を、これがもうイヤって言うほど遊べるのだ。 生きててよかったよな! な! だって、ミサイルコマンドなんて、もう一生遊ぶことができんと思ってたワケじゃんか? 東西冷戦も押し迫った時期に、ミサイル防衛を如実に表現したあけすけパトリオットゲーム。 ぼくらの街に向かって空から降り注ぐシャレにならないたくさんのミサイルを、ミサイルで迎撃する。 街が全部やられたらゲームオーバー。しかし、三つあるミサイル基地がイカレたら、ぼくらの守るべき街に核が降り注ぐのを指をくわえて見てるしかない。嗚呼。 なにが傑作って、操作がトラックボールだったもんで、照準のバッテンをボールでコロコロと動かし、ここだ!ってとこにミサイル発射。空に円を描いて広がる爆風の美しさ。容赦なく降るミサイルをトラックボールで追いかけるせわしなさ。 「街を守れ」ってことしかルールはなく、街を守るためには自分(ラウンチ)も守らないといけない。 強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格はない。 最少の情報でもってニヒルでクールでハードボイルドな生き方を指南してくれる、頼りになるアニキのようなゲームだ。 当時のグラフィック技術だから表現できた、単純でカラフルな奇跡的に美しい画面。 夢中になってやめられないシンプルさと、適度な戦術性との、ゲームでしかありえない高レベルな和合。 ゲームってなに、と聞かれれば、ミサイルコマンドとバルーンファイトを挙げるネ。 このミサイルコマンド、DS版は特徴的なトラックボールの代わりにタッチペンになってて、これがまた気持ちいい。指したところに迎撃ミサイルが飛んでいく。 I've got a power! さて、世界初ビデオゲーム『PON!』もブロック崩し『BREAKOUT』も入ってるこのパッケージだが、いやいや、ステキゲームが多い。 噴射と姿勢制御だけの操作で月面に軟着陸するルナランダー、宇宙空間を浮遊しながら隕石を打ち砕くアステロイド。 自機に慣性がついてるってだけで、なんとも操作がもどかしくて、すっげー楽しい。 勢いがついたら止まらず、直接触れない感じのおっとっと感覚。 あの、風船を団扇でコントロールする遊び、みたいなのを思い浮かべてくださいませ。 そうだ。 慣性慣性、モーメント。 不自由の設定で、こんなにも遊びは楽しくなる。 ルナランダーなんて、慣性、引力、推進力、そして座標計算、これだけで、モーレツに快感をプロデュースしている(バルーンファイトが傑作なのは、これと同じ理由による)。 嗚呼、月面着陸がこんなにも面白い遊びだったなんて、ズルいぞアームストロング船長。 ふわっふわした、なんとも頼りない自機を「ムギギー」なんて歯噛みしながら必死で操るだけなんですが、これがどうにもやめられず、こんなんが26年も前に作られてたことが、すばらしいことだと思うのである。
2005.06.28
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せんだっての明徳の事件で、テレビのレポーターが「ゲームなどはしておらず哲学書など読んでいたそうです」とすっげー残念そうに言っとったらしい。もうどうあってもゲームのせいにしたいらしいな。ほとんどパラノイアじゃないか。 で、こういう報道ばかりだと、まだまだ判断力や検証能力のない人(未成年、規制推進の市民、知事など)は「残虐描写のあるゲーム=殺傷事件」という間違った間違いまくった認識を持つように「教育」される。 問題は未成年側で、人間はすべてエロであれバイオレンスであれ「有害」コンテンツに触れたら犯罪を犯すようになると、つまり「汚染」されるのだという教育がなされる。 少なくとも、教育効果がある。 性行為の描写や暴力表現に触れることと、その行為を実行することに因果関係があるって理由で、イイ大人が規制を求めたり、知事が区分陳列をしないものに罰金を課したりしてるのだから、「有害」なモノに触れることはイケナイコトなんだという解釈をするようになる。 ホントは、イケナイコトをしちゃうのがイケナイのだ。 人を傷つけたり、モノを盗んだり、オレの許可ナシに無責任な性行為を売るのがイケナイのだ。 いやいや、難しいことじゃない。悪いことをするのは悪いってだけだ。 しかし先の教育効果によって、子ども達は「有害」なフィクションに触れれば悪いことをするようになるっていうふうに考えてるわけだから、それがたとえ3分であっても「有害」なモノを見たことがあるコは自分が悪いコトをするのを止めることができない。 見ちゃったんだから、自分はとっくに「汚染」されてると思うのだ。 悪いコトは良くないと思っている意識もあるだろうが、憎しみ苛立ちをコントロールしようにも、とっくに「汚染」されている自分にとっては殺っちまうほうが自然なことなのだ。だってそういう条例もあるんだもん。世の中がそんな風に言ってんだもん。みんな言ってるよ。 って、バカー! どのようなものを見ようがとにかく悪いことをするのは良くないと、ましてマンガだのゲームだのに影響されて人を傷つけたりするなんて超ダサい、オコチャマかお前はと、全然coolじゃないよカッコ悪っと、言えば済む話だろう。 悪事を働くガキをせせら笑ってバカにすればいい話だろう。 同情なんかしねえよ、バカなんだから。 報道がゲームを戦犯にする様子や、規制を訴える市民や規制を進める行政の姿は、自制のタガを緩める。 健全健全、規制規制の行く末は、子供じみた言い訳だけが肥大した、なんでもヨソの責任にする自律の首輪の外れたオコチャマ社会であり、それはひどく治安が悪い。マジ勘弁。
2005.06.27
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ひとは他人の為ではなく自分の為に生きるのだが、しかしひとりでは生きていけない。ひとりでは生きていけないのに独りになってしまったから、ナイフを持って爆弾を作りバットを振り回し、ではそこになにが在るのかと言えば孤独孤独、圧倒的な孤独感しかない。いやさ、ひとりで生きていけるぜと他人の存在を軽んじていられる人間が、たかがゲームを有害指定したり、エロ本エロゲーに脅えて排除しようとしたりするのだろう。増えたのは少年犯罪ではなく、私の少年期にもあった孤独と絶望を親身になって笑い飛ばすことができない生真面目な感性だ。他人の存在を軽んじてイイ気になる善人だ。こうして、あのコがナイフやバットで孤独感を切り裂こう打ち砕こうふっ飛ばそうとした孤独感は、誰にも認められず癒されることなく、訳知り顔の善人に無視されたままになるのだなあ。
2005.06.26
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【企画書】全年齢レートでプレイ可能なコンシューマゲーム。ウリは「お色気クライム」です。タイトル■パンチラおまわりさん(仮)ジャンル■一人用カメラアクションゲーム内容■プレイヤーは神奈川県警の巡査長となり、女性のスカートの中を携帯電話のカメラで撮影します。盗撮行為が露見したらミス(減給処分)となります。セーブはできません(保存できる仕様は「有害」なので18歳以上のレーティングになります)。企画意図■ 松沢しげふみ氏が知事をつとめる神奈川県では、愛知県などと違い、ゲーム業界で設置されている年齢制限の線引きを利用せずに、恣意的に編集されたビデオを使用してテレビゲームを「有害図書指定」する方針です。 すでに利用可能な有用なレーティング基準が存在するにも関わらず、独自に有害だ無害だという会議を開いて、数多くあるゲームを一個一個指定していこうというのですから、とんでもない税金の無駄づかいです。 それはともかく、神奈川県においては、業界の自主規制は「存在しないこと」になっています。神奈川だけで通用する独自の倫理基準があるのです。 神奈川の倫理基準で「有害」とみなされ、販売店が区分陳列を義務づけられるのは、現状では『グランドセフトオート3』のみです。理由は「生身の人間を殺傷する」残虐さ。同じく「生身の人間を数百人以上も殺傷する」『真・三国無双』シリーズなどは、手つかずです。 また今後は、3分以下のひわいな描写があって知事や委員が性的興奮を覚えたゲームも有害図書指定の候補になるという話です。 埼玉の上田知事など、神奈川のすることはなんでも真似しようという為政者もおり、関東圏でのゲームの販路縮小は進みはすれども止まることはないように思われます。 また、青少年さまの健全なる育成の責任を思いっきり全面的に背負う子育てのプロ・ゲーム制作者としても、犯罪を誘発するような内容のゲームをこしらえるのは本意ではありません。 先に述べましたように、神奈川には独自の倫理基準が存在します。 神奈川県においては、「警察官は盗撮行為を働いても画像を保存しなければ罪は問われない」というローカルルールがあります。 本作『パンチラおまわりさん』は、スカート逆さ撮りをするゲームですが、設定が警官であることと盗撮画像を保存しないことで、犯罪行為にはあたりません。 たしかに内容はお色気テイストがありますが、絶対に有害指定されない内容です。犯罪行為もひわいな表現もありません。 キッズから大人(裁判官、自衛官、警官、官僚)まで、広く愛されるゲームになり得る内容です。 盗撮のスリルを味わいつつ、ミスにはしっかりと制裁(減給処分)があります。 そもそも犯罪行為ではありません。 児童が、現役警官の生活を疑似体験できるゲームです。 松沢知事もきっと推薦してくれることでしょう。--------------------------------------「有害指定」性的内容濃いものも -知事 適用方法を検討- 県青少年保護育成条例に基づき、県が残虐描写のある家庭用ゲームソフトを「有害指定」したことに関連し、松沢知事は二十九日の県議会一般質問で、性的内容のあるゲームについても「包括指定の適用方法を検討している」と述べ、今後、具体的なソフト名を公表していく考えを示した。 現状でも、三分間を超える卑猥(ひわい)な映像が含まれるゲームソフトは、包括指定制度が適用され自動的に「有害」となる。しかし県では実際にソフトを検証したことがなく、ゲームの進行具合で三分に満たなかった場合をどう判断するかなど、厳密に規定していなかった。 県青少年課は「具体的な判断基準をもとに適用できれば、例示として販売店などに通知する」としている。--------------------------------------警官盗撮立件せず…県警HPは撮影できなくても「罪」 警察官による盗撮が相次いで発覚した神奈川県警が、盗撮の画像がカメラに残っていなかったことなどから立件しなかったケースがあったのに、県警ホームページ(HP)では「盗撮は撮影できなくても、行為自体が犯罪であり罪を逃れられない」と呼びかけていることが分かった。県警は「HPは(犯罪行為は必ず立件すると)誤解を招く記載内容だった」と釈明している。 県警は、女子高生のスカート内をカメラ付き携帯電話で撮影しようとして取り押さえられた中原署の巡査長を減給処分とし、巡査長は依願退職した。巡査長は盗撮しようとしたことを認めたが、県警は「画像が残っておらず、盗撮にあたらない」と判断した。 一方、県警のHPは、「痴漢等迷惑行為相談所のご案内」で、質疑応答の形式で盗撮について説明。「写ってなければ罪にならないの」の問いに、「カメラを壊して証拠隠滅を図っても、罪を逃れることはできません」と回答。「盗撮目的でスカート内にカメラを差し出したが、撮影できなくても罪になるの」の質問には、「罪となる」としている。 県警の松本治男警務部長は「元巡査長の行為は、県迷惑防止条例違反に該当するかもしれないが、立件するか否かは、証拠に基づいて総合的に判断するもので、問題ないと考えている」としている。(読売新聞) - 6月30日16時13分更新
2005.06.25
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せんだってネットニュースで見てがっかりしたもので、すでにリンクを張れなくなってるのでやむを得ず転載するけども。 東北ローカルの新聞のネタ。---以下、引用----落書き、知力低下反映? 単純な絵などばかり 仙台の街を汚す落書きの質が低下してきた。もちろんどんな内容であれ犯罪だが、以前の落書きはメッセージや芸術性を感じさせるものも少なくなかった。それが最近は単色で、排せつ物の単純な絵やわいせつな文言などばかり。仙台で落書き消しのボランティア活動を続ける団体は「知力が落ちたのか、低年齢化が進んだのか」と嘆いている。 泉区の黒松小では5月20日から21日にかけて、完成したばかりの体育館の壁が汚された。英語でわいせつな言葉が書かれ、単語のつづりは間違っていた。同小では、児童の目に触れないようシートで覆い隠した。 野沢令照校長は「なんでこんな刹那(せつな)的なことをするのか。深い意味もなく、今が良ければいいという短絡的な落書きだ」と怒りが収まらない。 「2年ぐらい前までは芸術的な落書きもあったが、最近は単純なものばかり」と指摘するのは、泉青年会議所を中心に2年前に結成された「らくがき消っし隊」の隊員藤巻紀夫さん(39)。 消っし隊によると、4月に地下鉄八乙女駅のガード下やバスプールで見つかった落書きは、黒などの単色で、排せつ物を単純化した絵や英単語や記号の羅列。県道仙台泉線でも多くの電柱に落書きされたが、これも「単純で雑なものばかり」(藤巻さん)だった。 市中心部の広瀬通周辺では3月、洋服店などが被害に遭った。これも意味不明な英単語の羅列。モルタルに書かれるケースも多く、塗料が染みこんで、消すのに10万円以上かかっている。広瀬通町内会の男性(58)は「落書きはすべて許せないが、最近は美的感覚のないものばかりで、なおのこと頭にくる」と語る。 仙台市市民生活課によると、2003年に調査した際に市内で見つかった落書きは約500件。関係者は「最近はさらに増えている感じ」と話す。 ドロップアウトした若者の行動に詳しい古賀正義中央大教授(教育社会学)は「難解な漢字を使って強烈なメッセージを示す落書きは、暴走族など統制のとれた集団が書いていたが、最近の若者は個人化して統制もない。そんな若者が自分の存在を示したくて落書きしているから、自己満足でメッセージ性もなく、意味不明な内容になっているのではないか」とみている。(河北新報) - 6月14日14時52分更新---引用終わり--- HIPHOPカルチャーの中でのグラフィティがなぜカルチャーなり得たのかといえば、本場アメリカでは、スプレーで人ンちの壁面に落書きしてたらガンで撃たれても文句を言えないって過酷な環境があるってのも一因だろうと思っておる。 撃たれるかもしれない状況で、ビューティフルで手間のかかった力作をものしてたからこそリスペクトの対象となっても不思議でないわけで。 だもんで、落書きしたらコラーって怒られる程度のぬるま湯ジャパンにおいて「グラフィティに青春カケるゼ、俺ってワルだぜ」なクソガキの甘えには閉口しかできんわけだが。ブロンクスでやれ。 「単純な絵」「英単語の羅列」ってことで、こりゃゲットーカルチャーにおけるタギング(ギャング団の縄張りを表わすマーキング)なのかと思ったら、「排泄物の単純な絵や猥褻な文言」って、そりゃあんまりだろ、子供たちよ。 珍走団は徒弟制の階級社会だからまだ文化の伝達があった(海水でイモを洗うサルの群れにも文化伝承はある)わけで、漢字の知識や年長者に対する礼儀に関してはまあまあメリットも無いではなかった。 落書きする動機って、なんつうか「オレってアメリカ人みたいでかっこいー」みたいな自己マンとか、仲間ウチでちょっと上に立ちたいってセコい欲なんだろうけども、だったらもっとカッコよくやればいいのに。 この落書きのレベルの低下で最も懸念すべきは、モラル低下や地域共同体の機能不全や教育程度の著しいダメさだけではなく、「カッコイイこと」をしなくても満足できてしまう、欲望の質的劣化であろう。 この程度で仲間ウチから賞賛を浴びることができるんか? マジで? 恥ずかしいと思わないのかな。
2005.06.24
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せんだって、タダ券が手に入ったので映画館に行った。 踊る大捜査線の外伝『交渉人 真下正義』を観てきたのだ。 東京の地下鉄を舞台にしたクライムムービーはつまらなくなるはずがないという判断だ。 長い歴史、異常に細かい交通網、同時代性、重要な社会インフラ、地下ゆえの不便さ、セキュリティ上いろいろあると噂されるヤバめな話。 実在の帝都高速度交通営団(現・東京メトロ)の協力を得て、地下鉄の内包するぶっといモノガタリを背負って、実写の、今現在の状況を活かした犯罪映画が撮れたら、どうやっても面白くなるようになっているのだ。 そもそも踊る大捜査線は、エヴァの音楽とパトレイバー流の組織を描くドラマってカタチを骨に、いろんなとこからイコンをサンプリングして8CHらしくスタイリッシュにまとめあげた、言うなればオリジナルのありえない時代における数少ない傑作パッチワークである。 ほんで、ムービー2なんかは予告編をみてもう「まんま映画版レイバーじゃんかよ」って感じに呆れてたのでいいとして、今回は地下鉄なんで、ちょっと期待して観に行ったってワケ。 で、今回の『交渉人 以下略』は、言ってしまえば、『パトレイバーthe movie』『パトレイバーthe movie 2』『ガメラ2』をちゃんぷるーしたオハナシを踊る大捜査線の名前で食べやすくサーブしたもの。 元ネタはいずれも傑作。しかしアニメあるいは特撮だって理由で、たくさんの人には観てもらえてなかったワケで、踊るの看板のお蔭で伊藤和典・押井守の仕事が再評価されるのはやぶさかでない。 しかし。 躍るファンのみなさん、パトレイバーも観ましょうね~~~、とは言えないってことにも気がついた。 クリスマスイブの地下鉄、開発途中の新型車両が電子的に乗っ取られて、線路をほしいままにされる。爆弾の脅しあり。追突・衝突の脅しあり。人質は都民全員。ハイテクで身を隠した犯人の目的は、日本初のネゴシエイター真下との知恵比べ。 で、最後から言えばつまり:::ネタバレ:::ですが、犯人が姿を見せることなく爆発するってのはナイスセレクトと思われる。それはパトレイバー1において帆場英一が死んでから犯罪がスタートしたように、この映画の展開で犯人の姿が見えてしまったら、すっげー野暮でつまらんことになる。間違いなく、駄作になる。ハイテクで居所を隠し、声紋が割れたと思ったらそれは故人のものだったり、それゆえまったく正体不明、形而上的にも形而下的にも不気味な存在で、ゆえにピュアな悪意として演出できてたわけで、観客の前に顔が現われたらそれがどのようなご面相であれ、現実の人間のレベルに落とされてしまう。 地下鉄ジャックといえばもうどうしても武装した集団が改札口を駆け抜けていくというヴィジュアルを作らざるをえず、こりゃ「非常事態」を演出するのにサイコーのシーンであり、おそらくイメージソースはガメラ2、大元は「あの事件」。 都市生活者にとって日常の極みである改札口を軍靴が踏み越えてくワケよ。 イメージソースと言えば、カラス、地下鉄のワキ線、潰れた会社で物思う刑事、システムプログラムの中で眠ってたトロイの木馬、最も危険なプログラム(爆弾)のスイッチは「迫りくる音」、交渉課準備室の使うコンピュータのインターフェイスデザインなどなど、エヴァ、パトレイバーからチョッパったと見られるパッチワークの跡が気になって気になってしょうがない。 オープニングの「空撮+物悲しいハイトーンコーラス」など、まんまパトレイバー2じゃないか。 そのまんまなのだ。 躍る、の設定自体がそのまんまパトレイバーだってこともあるが、細かなシーンもそのまんま、アイデアもそのまんま。 しかしこれが劣悪なパクり映画になってないのは、劇中でのアイデアの役割が違うことであり、それが劇中で効いていることもまた、なかなかやるなってことになるのである。 この映画の序盤のキーになる地下鉄のワキ線。 レイバー2では「秘密兵器」、交渉人では「大いなる謎」として機能している(ていうか石神伝説の使い方に似てる)。 ワキ線のような「使える」アイデアをどのように使うか、というところに作家性が出るんである。 その点、カラスの使い方はあまりにもそのまんまであったのが残念だ。 で、押井アニメは「セリフと風景」というシーンが長く、ぶっちゃけ退屈な時間がある。 『交渉人』は、スリリングなシーンしか無い。テレビ局制作ということはこういうことなのだってことがわかった。 イケイケ押せ押せなエンターテインメント。アタマではなく生理に訴える演出。 事件の展開のない素の時間を埋めるのは役者の芝居であり、どのような時間でも芝居そのものを見せ物としている。 躍る、といえばシュノーケルカメラの長回しが定番だが、長回しはNGが許されない。やり直しとなると、現場のリセットが面倒くさすぎて、たくさんの人の仕事を増やしてしまう。 この緊張感が、芝居の中身の緊張感の上昇曲線とフィットしており、長回し後半、つまりやり直しが辛くなる状況と絵的に必要な緊張感がほぼ同じになる。 いきおい、役者がいい緊張した表情を見せてくれる。ユースケなど、緊張したほうがいい芝居をするので、長回しのプレッシャーはいい方法なのだろう。 今回の好かれ役である寺島進や國村隼もすっげイイ仕事をしてて、彼らの芝居を見てるだけで楽しめる。 押井監督の映画では、こういう時間を作ることが難しい。 「役者の演技」がアニメ向きにチューンされているので、アニメをそれほど見慣れてない「一般観客」にとって例えば太田さんのアクトなどややウザイものになるのは、もうしょうがない気がする。生きた人間としてはありえないほどエキセントリックな演技は、寺島進の実写ではともかく、アニメでは観てもらえないかもしれないってことだ。 着想やスクリプトの出来はパトレイバーの方が優れているってのはまあオタクの贔屓目ではあるが、しかしそれをより多くの人に観てもらってナイス評価を受ける(興行収入)ためには違う手法を選ばざるを得ないということに、気がついたのだ。いまさら。 いかにすばらしい映画であっても、テレビドラマの世界観を持った実写と、おたっきーなアニメでは、なんていうか客のニーズが決定的に違うっていう、まさにその決定的な部分が明らかになった気がする。 同じ話で、表現形態が違うだけだっただけに。 レイバーはレイバーで、なんぼ話が面白くてもロボ同士の格闘シーンが少ないと批判を浴びせられたりするわけでね。 そういう意味でも、そのまんまパトレイバーな『交渉人 真下正義』は面白かった。 ユースケ・サンタマリア好きを自覚してモテとは違う価値観で生きているサブカル女子や、ものすごく行儀の悪いぶっさいくでケバい高校生カップルも、まるで伊藤和典が書くようなクライムストーリーを楽しんでくれてたわけで、こりゃ悪い卦ではない。 イイモンはイイ。 『交渉人』を面白いと思ったコは、パトレイバーの劇場版も観てみてね! 一人のヒーローではなく、一生懸命に働くウラカタのおっさんたちがサイコーにカッコイイという、テレビ局制作らしい後味も、なかなか小癪に気持ちいい。 すべての要素が新宿に収斂していくクライマックスを、ボレロでまとめるセンスは流石。なんて構造主義好きな大学生っぽくまとめてみたりしてな。
2005.06.23
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せんだって、時間がぽっかり開いたので映画館に行った。 Gackt兄さんも大好きでいらっしゃる『Zガンダム-星を継ぐ者-』を観てきたのだ。 いまの若えモンはカミテもシモテもねぇ絵コンテを切りやがる、とのたまう、ちょーカッコいいガンコ親爺でいらっしゃる富野由悠季監督の、入魂のハサミが容赦なく入ってて小気味いい。 もともとは20~30時間はあるテレビシリーズの尺を、前編中編後編6時間弱に切り詰めるのだから、情報の速度があり、しかし筋を追えるという内容。ナイスカットでーす。 続編モノ、というジャンルがある、としよう。 ある世界観を共有する前作があって、その続きとして、しかしピュアにまったくの新作。 スターウォーズなんかそうですね。エピソード4が最初。壮大なサーガを、あえて途中から始めるスタイル。 セリフの断片から「前の」歴史が垣間見えたり、省略されて語られていない部分を想像させられることで、背後にある強固で壮大なモノガタリが浮き彫りになる。 語りすぎず、野暮でなく、オハナシを進めるナイス手法である。 登場人物の行動やセリフが堅実なバックボーンを持ってるので、説得力っつーか必然性がある。もちろん、そのバックボーンが強固でないと容易にグダグダになる諸刃の剣。 特にガンダムヒストリーの場合は本筋も外伝も埋め尽くされてて、モノガタリに幅も深みもあるので、どのように切り刻んで断片を提示してもそれなりのカタチになる。 とはいえ、充分なバックボーンを用意して、そこから上がってくるモノガタリを景気よく削いで、必要な部分だけを並べて見せるってのは、オハナシ作りの通常の方法。 続編モノは、その見せ方にちょっとケレン味を足しただけって感じではある。 思わせぶりなセリフなどで思わせぶるのに成功したのがエヴァンゲリオンだとしたら、ズッコケたのがラーゼフォンであろうか。 イッセー尾形の一人芝居のセリフなんかも、セリフから徐々にその人の属性が見えてくるようになってる。 とにかく、削いで削いで説明的な部分を減らすってのはフツウの方法である。効果的だからフツウになっているとも言える。 んで、僕にとって、『Zガンダム-星を継ぐ者-』は続編モノとして機能したのだな。 Zは、ファーストガンダムありきでやっとるだけに、観客がファーストの物語を知ってるって前提で話が進む。説明ゼリフが極端に少なく、また映画の尺に収めるためテレビ版のオリジナルをざぶざぶ削いでいるから、展開やダイアログのスピード感が気持ちいい。やはり早い話は単純に面白い。速さそのものが快感になる。 Gackt兄さんも憧れるシャア・アズナブルの、数年間の鬱屈。 「前の」お話からの、社会状況の変遷。 この世界観を成り立たせるカリスマ的ヒーローの運命的再会までの演出。 Zが始まるべくして始まったと言えるまでに構築された設定。その知恵と努力と発想。 そもそもが、宇宙空間でデカいロボが繰り広げる紛争っつートンデモな大嘘。 この大嘘の隙間を埋めるために、選び抜かれて配置されたリアリティの演出。 大嘘が、客にとって「あってもいい」ってなるまでに、どんだけの小さなウソを積み重ねないとイカンのかってことは常にクリエイターの悩みのタネなのだが、なにしろ続編モノなので、ウソの効き方が違う。なんていうのかしら。乗っかることができる足場がたくさんあって、しかも丈夫てのかしら。なんてこと無い細かなディテールでも、大きなモンに支えられてる安定感がある。 で、富野監督のリアリティってのは、科学考証よか人間の振る舞いにある場合が多く。 いわゆる「富野節」と言われる台詞回しに好き嫌いはあれども、人間の行動原理は、現代の我々と地続きであるように思われる、ように作っている。その点、いまやってるシード云々とは雲泥の差である。 アニメばっかりやってるけど、基礎がしっかりとリアル世界に置かれている演出家なのであろう。演技指導とか上手そう。 僕はあの一兆円アニメ、機動戦士ガンダムのテレビシリーズを観ていない。映画も2作めと3作めしかしっかりとは観ていない。 記憶に欠けがあるのだ。 そしてZガンダムは、部活動の都合でリアルタイムでは経験していない。もちろん全部観たわけではなく、今回の映画鑑賞が『Z』初体験の部分もある。 初Zガンダムであっただけに面白がれた面がある。 周囲のガンヲタは、「カミーユが明朗な性格になってて…」など、ダメ出しをしている有り様。偉いなお前ら。 で、まとめると、『Zガンダム-星を継ぐ者-』はガンダムを知らない人が最も楽しめるのかもしれないと思ったってことなんです。
2005.06.22
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せんだってから特に日記って形式で書くべき、スペシャルですばらしい、世界に向けて自慢できるような日常を過ごすことができてないので とりあえずなんか買ってそのことを書くという、ブログ麻薬に手を出すことにした。 わーい、[PS2] SIMPLE2000シリーズ vol.80 THE お姉チャンプルゥ~ THE姉チャン特別編を買ったよ♪ 超オススメだよ♪ あの、奇蹟の傑作『THEお姉チャンバラ』の、えーと特別偏。 内容は、前作同様、半裸の女の子が日本刀でゾンビをスバスバ斬って斬って斬りまくる、血みどろお色気アクション。 アレだ。 キルビルとフロムダスクティルドーンを混ぜて「主演・森下くるみ」って言って、ペキンパーが監督した映画を、D3パブリシングがゲーム化したみたいなの。 違うけど。 で、バッサリ感と画のエグさと水着のネエちゃんのギャップがサイコーにオカシイ、企画が通って販売ラインに乗った事自体がミラクルな、文句ナシの大人のステキゲームであった。 ジョークのわかる(ということはつまり常識的な)大人であれば、大笑いして楽しめる、2000円のパッケージだ。 で、その続編がTHE お姉チャンプルゥ。なにが、チャンプルゥかって、プレイできる女の子キャラクターが増えている。四人、姉妹がふたつ、「混ざってる」からチャンプルゥなんだそうだ。 すげえ! ストーリーもシステム(実は若干改良されてて、だのに格段にプレイしやすくなっている)もマップも変わらず、お姉ちゃんの数だけが増えている。 わかってるなあ。 半裸の女の子がゾンビを日本刀でぶった斬りまくって血みどろになるゲーム。 これだけでいいのだ、って判断がすばらしい。 選べる女の子が増えただけっつー続編の登場によって、このゲームの性格が明確になった感じだ。 血みどろ美女のお色気だ。 チャンバラアクションのバッサリ感は、プライオリティが低いのだ。 どの娘を、どのような衣装で、返り血でベトベトにするのか、がもっとも優先される要素なのだ。 プレイすればわかるが、そうなのだ。 プレイを続けると、コスチュームが選べるようになる。 衝撃なのは、ビキニのお姉ちゃんの基本コスにミニスカをプラスしただけのものがあることだ。 ミニスカが増えただけの変化。 わかってるなあ。 ビキニにスカートだから、露出度は単純に下がってる。布が増えてンだから。 しかし、お色気は核融合っていうか、ケミストリされている。 肌の露出面積を減らすことでチラリズムを生み出したわけ。 無から有の発見。 わかってるなあ。 で、元々のキャラ姉ちゃんは美乳って感じだったが、新しいコはボディバランスがオカシイくらいに巨乳で、しかも布地が凄く小さいビキニ。業界でいう「ブラジル」ってやつ。 この、すっげえ小さいビキニを着けた巨乳の姉ちゃんがバッサバッサと日本刀を振り回すサマは、どシュールでもうひどい。ひどく可笑しい。乳が揺れるアルゴリズムも改良されてる臭い。すげえバカ(誉めコトバ)。 いまから買うなら新作『チャンプルゥ』のほうがいい。 システムが若干便利になってるし、「売り」がわかりやすい。 暴力とお色気。 セックスアンドバイオレンスだ。 つまり、なんの逃げも打っていない、最もピュアなカタチのエンターテインメントなのだ。 これ以上シンプルな娯楽作品はない。 もちろん、レーティング団体「CERO」によって、18歳以下への販売の注意喚起はとっくにされている。 これほど知恵とケレンの詰まってるパッケージはなかなか無いのだが、見たくない人は見なくてもいいです。
2005.06.21
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せんだって、子供の権利やら子供の保護やらを謳うキリスト教カルトだかなんだかのNPOが、野田聖子(自民党の「抵抗勢力」、ということは、旧田中派に代表されるような利益誘導型イナカ議員)をかついで、「美少女アダルトアニメ」なる一般的でない名称を捏造してアダルトコンテンツの製造販売を規制する法案を検討する勉強会が開かれて、しかしそれは、自主規制利権を貪らんがための醜いウソ八百だった、くわばらくわばら、というお話があった。 そのカトリックカルトの名前は「カスパル」。代表は近藤なる女性だ。カトリックと言えば「暴君と相性のいい宗教」として、歴史上数々の悲劇の主役を担ってきた。しかもカスパルはそのカルト分派だ。(訂正:カトリックに「分派」はありません。『しかもカスパルはカルトな志向の危険な一団だ』に訂正いたします) その近藤女史だが、子供を守りたいっていうその理想理念と行動力は、ご立派ごリッパてえしたもんですが、残念ながら、最初っから行動の方向が間違っている。このことは散々書いた。 カスパルが夢想する「子供が守られる社会」というのは、中世ヨーロッパでしか成り立たないようなおめでたい社会で、歴史は巻き戻せない以上、アップトゥデートな安全保障や幸福像ってなものを考えて追求する努力を続けるのが大人の勉めってもんだ。非現実的な理想を求めるだけで、現在の社会にとって効果的な対応を考えないってのは、ちょっと、いただけない。 それだけならばまだメーワクなだけだが。 いくらなんでもこれはひどいんじゃないか。 群馬は高崎で、幼い女児がマンション隣室の男性に殺されるという事件があった。 この近藤女史がそこに向かったというレポートだ。 何しに行ったって、どうやら署名を集めにいったらしいのだが、実はこのレポートには行った目的がしっかりとは書かれていない。恐ろしいことに、求めて回ってたという署名の内容も書かれていない。 そして、近藤女史が集めたがっている署名ってのは、書かれてないから想像するしかないが、例の『美少女アダルトアニメ雑誌及び、美少女アダルトアニメシュミレーションゲーム製造及び販売規正法の罰則を伴った法律制定の請求』であろう。 ちなみにこの事件、犯行の要因はエロゲーや「美少女アダルトアニメ」ではなく、職場のストレスということだ。 この事件、当時の報道では、『容疑者の部屋を現場検証した結果、女の子用とみられる複数の人形が見つかったほか、少女雑誌やビデオ、DVDなど数百点が見つかった。』『少女への偏愛傾向があるとみて調べている。』などのリーク情報があった。 内向的な独身男性が数百のオーダーで少女モノのビデオやDVDを持っていることなど珍しくない。カネの使い道なんて、そんなもんだ。 メディアの影響もあろうが、世の妙齢女性はすべて「顔とカネ」で男を判断しているという偏見に基づくモテない男性の絶望感、孤独感は想像を絶する。 だったら、少女の包含する無垢純情というファンタジーに癒しを求めてなにが悪いと、同情もできる。 内向的であるがゆえに女性に対する偏見を解く機会もないのだ。 問題は、そこにもあるはずだ。 職場のストレスで追い込まれた内向的な男が、たまたま魔が刺した時に眼に入った「弱い存在」は誰だったかってことだ。 近藤女史のレポートから読み取れる主な内容は、いかに自分ががんばったか、被害女子の通ってた学校の対応が自分にとっていかに不快だったか、周囲の人間は署名に関して「被害女子の両親が喜ばない」と言っていたが被害女子の親類に会ったら喜んでもらえた(故に、百聞は一見にしかず、近藤の行動力サイコー)ということくらいだ。 まず、小学校にアポ無しで行って110番されなかったことに幸運を感じて欲しい。昨今の小学校のセキュリティ問題をまったく知らないようだ。 くわしく書かれてないから想像するしかないが、ここの校長を相手に「子供を守るためにアダルトコンテンツ規制の署名を! ホラこれが女性セブンの記事です」と一席ぶったとみられる。 で、『こんな署名運動を行なったら、ご両親の心を尚深く傷つける事になるかも知れないので出来ません』と、校長は言う。 そうだろう。 せっかく落ち着いてるのに今さら見当違いの署名だっつって傷口を掘り返していい話ではない。 人の心を持っていたらできることではない。 しかも女性セブンてキミ。不倫、スキャンダル、嫁姑、「猫の足跡の上でスクラッチしたら宝くじが当たった」、子供関係の事件を面白おかしく読者に提供する下世話雑誌の名前を出しても、友好的な返答を得られると思ってたらしい。(イイコトしてる私だから。) 学校の先生といえば、まあ習慣的読書階級で、女性セブンの看板背負って見当違いの署名集めでございってったら、警戒するのはごく普通の反応だし、ご両親が傷つくとおもんぱかるのも当然だろう。被害者の名前を自分らの目的に利用しようとしているアヤシイ集団かもしれないもの、即断などできるか。実際、被害者の名前を利用して、事件とは無関係の宗教的恍惚感を得ようとしてるのは事実だしね。 しかしまあ、近藤女史はこの校長の対応に違和感を覚えた旨を書きつつ、旅行記を進める。 被害児童の親類と会うことができたらしい。 その親類は「(地元の人達ははなにもしてくれない。)遠い所の人が心配して下さって、大勢の人達が署名集めをして下さって、本当に有り難いことだ。これで、ふた親をかなりちから付ける事が出来ると、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん達が話し合っていました。署名は自分らで集めます。頑張ります」と言ったそうだ。 被害者の名前を神輿に乗せて大騒ぎすることが、被害者のためになにか努力をするってカタチかというと、必ずしもそうとは思わないが、祖父祖母はそうではないのだろう。老人の、そのへんの苛立ちもわからないでもない。 善人顔した老婦人が「大阪から高崎に来ました。○ちゃんのために署名を集めてます。子供を守るための法律です」って言えば、そりゃ印象いいだろうよ。田舎の老人だもの、署名の中身が実はこの事件と一切接点を持ってないこととか、どうでもよくなるだろう。 遠いところからあのコのために来てくれたって言われたことで、嬉しいやら感激するやら、そもそも署名とか法律なんてものを読み解く能力の乏しい人だ。 ボランティアで、子供を守るために、遠いところからわざわざ、みたいな、そんな雰囲気だけで感激し、この事件とは無関係な上にそもそもからして極めてアヤシイ署名に協力しようと言ってしまった。 祖父祖母親類と両親の間の連絡だって、緊密ではないかもしれない。 単におせっかいな親類だってだけなのかもしれない。 仮に私がこの両親だったとしたら、やはり傷つくと思うのだが、この親類はよかれと思っているわけだよ。犯罪とか法律に暗い、田舎の老人だもの。 カルト宗教の独善と思い込みだけで推し進められる危険な法案。 無知と善意によって後押しされる、効果のない法案要請。 こんな酷い話もない。 殺されてしまった子供さえ救われないじゃないか。 だって、この子は、メディアのせいで殺されたのではないのだ! 罪を憎め! 男を追い込んだ仕事のストレスや、そのストレスを吐き出させなかった希望なき社会を憎め! 少女の死に便乗して満足感を楽しもうってカスパルの気味悪さは言うまでもなく、善意に目隠しされてそのカンチガイ便乗に協力してしまう田舎の老人の悲しさが、なんかもうやってられない気分になる。 なんの効果も得られないのに、達成感だけは得られてしまうというのは、大問題だ。 本当に考えないといけないことを覆い隠してしまう。 カスパル、今度は奈良に行って、ご両親のふさがりかけた傷を無神経に引っ掻き回そうとしているらしい。 奈良の小林は、ホンモノだ。 奈良の場合、カスパルのメディア規制の情熱は、完全に便乗のワルノリにあたる。 善意、ああ善意。 善意と善意が重なって、本当に解決すべきことから遠く離れたトコにいってしまう。 善意だけじゃダメなんだ。しっかり事実を考えないと、被害にあった人達が、かわいそうすぎるじゃないか。
2005.06.20
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けっこうブラジルとは試合をしてはいるのだが、本気のブラジルなんてアトランタだけだ。しかもありゃオリンピック代表。 今回も、決してマジ本気ではなく、言うなれば省エネ本気って感じで、負けないように注意してるだけで、必要に応じてときどき数人がギアを上げてくる(セコ→サード)だけのこと。 ブラジル選手の全員が必死になってボールを追っかけてくる、血相を変えてゴールに殺到してくるなんて栄光は、まだまだ先のことなんだって思い知らされた。基本的にゃヨユーあったもんな。 ただ、スンスケのシュートや「遅れてきたマサシ」大黒の危険なポジショニングは、たしかにブラジールを鼻白ませることができた。こりゃ個人がどうこうということではなく、ウチの代表の底力の上昇ではあろう。 そうそう。 底力は確実に上がっている。 加地がサイド深くに切込んでったときはなかなかいいクロスがあがり、わりかしチャンス到来ゴール頂戴な匂いがある。決してスペシャルな選手ではない加地でさえ、こうだ。こりゃ地力だ。 だのに。 こちらは、勝利が必要だった。勝たないと次に行けなかった。 ブラジールの、まあ当たり前の時間稼ぎの中で、ことさらに要らないファウルをし、成功したことがないドリブル突破を試み、タイミングを外した成功する見込みのないクロスを上げる、サントス。 サントスサントス。 心ある記者の方は、ぜひとも会見で失笑して欲しい。ジーコに気づかせてほしい。 ウチの失点はほとんどサントス絡み。 勝負時に、無意味に時間をかけて、しかも失敗しボールを失う。 危険なところでファウルをする。 取られたくない位置でボールを相手に献上する。 ディフェンスに関しては、ミスというよりもなんてえの? できないの? 約束事がどうこうってか、ただボーッとしてるじゃねえの。 攻撃時はジャマ、守備では役たたず。 お願いですから消えて欲しい。ジーコ監督に土下座したいほど、消えて欲しい。ヤツがいては勝てる試合も勝てない。 サントス以外の選手は効いているだけに、ことは深刻だ。 鈴木を外したら前線の動きに面白みが出て、得点の匂いがするようになったごとく、フツウに自分ららしいサッカーができるようになったごとく、マイナス要素はチーム全体にとって停滞ではなく後退だ。 今回も鈴木が入ったとたんに、前線へのパスコースがなくなった。効果覿面だなオイ。 ボールを持ったらどうだ、ってんじゃなく、効くボールが前にいかなくなるのだ。 サントスも、ボールを失うことの方が多いわけで、役に立たないどころか、ゼロではなくマジでマイナスなのだ。 またアイツは、相手がブラジル相手だと、ムキになってドリブルの一騎討ちを仕掛けてはいつも通り失敗する。アイツ個人の欲望のためにチームを振り回す性格もどうか。 練習試合ではなく、本番でブラジルに当たってまたあらためて思い知ったが、ホントに怖い。上手い。 トラップ、パススピード、勝機のコンセンサス取り。地力の違いが、マジ怖い。 南米予選なんかでも本気ブラジルは見ることができるわけだが、倒すべき敵として目の前にいると、その恐怖感というか憎らしさが沁みる。 なんかアレなオフサイド判定も含め、まだまだウチはサッカーで重要視されてはいないのは事実ではあるが、いやいや、ひょっとしたらジャイアントキリングできたかもしれない光明が見えただけに、あああ、あああ。 …、くやしいな~!
2005.06.19
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せんだってからネーデルランドで開催されているサッカーワールドユースには、ウチの若いのが出場してて、悪くはないかもしれんがなんかぼんやりしたサッカーで予選を一回も勝つことなく決勝トーナメントに進出。 今朝、モロッコに負けた。さすが本場、モロッコ。なんの本場だ。 ロスタイムに、ぽっかり素を作ってつけ入られるなんて、ほんとアイツららしい負け方だ。子どもらしい気の抜き方というか。 パスは回ってたしポゼッションもそこそこ。 森本や平山など、シュートに対して迷いが無いタイプの小僧どもがいて、しかし、シュートに対して慎重。 奥歯が磨り減るようなぎちぎちのトータルディフェンスをしといて、急に素ができる。 なんだろね。メンタル面なのかね。 アジア予選と比べて、相手が勤勉でしかも上手いってのもあるけど、ときどきひどく臆病になったりぽっかり気を抜いたり、こりゃやはり経験なんかな。 であるのなら、なおさら勝ってもっとケ★イ★ケ★ンして欲しかった。 さて、今夜はブラジルだ。
2005.06.18
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せんだってから、けっこうDVDとか買っちゃってます。 sakusakuとか。 で、私ったらこれでけっこうネイチャーでエコで心優しい好青年なのですけども、水中撮影モノとかにゃ、めっぽう弱い。 ぶっちゃけ、『すばらしき世界旅行』の海底モノとか、ケージにカメラマンが入ってサメを撮影するのとか、チョー好きな子どもで、もう好きをこじらせて水中撮影をタダ同然のギャラで受けたりもした。 そんな私も大人になって、悲しみとかが汚れちまって、背中が煤けちまって、まあつまりは映画館で公開されてた水中撮影モノの決定版『ディープ・ブルー』を観に行けなかった。 この公式サイトの「Trailer予告編」を見て圧倒されて欲しい。 予告編を見れば一目瞭然のことを自慢げに書くけど、英国国営放送BBCが7000時間もフィルムを回したすっげー野生の映像をだいたい90分に切り詰めた、文句なしに圧巻の貴重映像をさらに1/3500に濃縮したありがたいドキュメンタリーである。ディスカバリーチャンネルとかネイチャー誌とかナショナルジオグラフィックがお好きな方にはおなじみの、すばらしいアーカイブが超美麗動画で見られる映画の、DVDが発売されたので矢も立てもたまらず買ったのだ。 オープニングは、生き物ではなく波また波の波涛が押し寄せるガイアな感じのウェービーなシーンから始まる。しこたまキレイな水であることを示す水色に透き通った巨大な波が次々に崩れていく、力強くまた儚い圧倒的な美しさに息を飲み、思わず背筋が伸びる。 厳粛。 荘厳。 畏怖。 どのようなコトバをもってしても、あの波の説得力にはかなわない。 そこで起きていることはただ波が猛り狂ってるだけなのだが、太古の人間が自然に対して抱いたであろう無力感っつーか荒ぶる神っつーか、現代人の私もすでに感極まる。 で、私、この映画をややカンチガイしていたんだが、つまり基本はイルカクジラ深海生物を見せてエコ気分を煽りつつレアな貴重映像を公開するもんだと思っていたのだが、BBCがそんなバカバカしいもんを作るわけがない。 レッドデータアニマルの生きている姿や、シルバーブルーメとシャンデリア型UFOを.LZH圧縮したような深海の生き物だけがすげえ映画ではなかった。 『ディープ・ブルー』は、キレイで貴重な映像ももちろんすっげ一杯なのだが、生き物が生き物を食べるということを、ものすごく丁寧に編集しているのだ。 イワシのような小魚が完璧な群泳をしている。それはもう生きた竜巻、二重螺旋でできたうねる水中スパイラルだ。これだけでも映像としての価値は相当なもんだが、それだけではない。その小魚の群泳に海鳥の群れが舞い降りていっせいに食べはじめる。そうこうしてると、向こうからハマチあるいはマグロのような大型魚がミサイルのように群れに突っ込んできて小魚を削り取っていく。 乱れゆく群れは、カーニバルになる。 肉片がゆっくりと沈んでいき、腹を減らせた鳥や魚が謝肉祭の中で貪婪なまでに踊り狂っている。 最後にナガスクジラが、深い海の底から画面一杯浮かび上がり、その桁外れにデカい口であらゆるモノを消し去る。 海のギャング・シャチの狩りのシーンがある。 親子のクジラを執拗に追い回し、赤ちゃんクジラを親から引き離して、三匹のシャチが赤ちゃんクジラにのしかかって沈め溺れさせて殺し、ちょっと食べて捨てる。 いきなり噛みつくのではなく、まず溺れさせるという狩猟法に、慄然とする。 シャチが子どもに狩りを教えるってことで、半殺しにしたオットセイだかアザラシだかを、シッポでビーチボールのように跳ね上げて子どもの知育玩具にしている。 海のギャングと海の玩具、という駄洒落かと思ってはいけない。 食べて、生きるという、命の業を目の当たりにした感動ってのかしら。 命って、残酷で儚くて弱っちくてみっともなくて罪深くてコ汚くて何の価値もないしょーもないもので、地球より重いようなおめでたいもんであるわけがない、あっていいはずがないという事実に気づかされる。 澄んだ海水が血で濁り、赤ん坊がよってたかって溺死させられ、遺体が粗末に扱われる様子は、残酷だ。 殺されるだけではなく、オモチャにされたり食べ残されたりする様子は、正直、ちょっと正視に耐えない。シャチ、マジ酷い。 しかしそれでも、自分の手も汚さずにぼやぼやと他の生き物を食べている私は、ちょっくら見なくてはいけないものだと思うのだ。 覚悟を、誇りを、自信をもって生きていくためには、見といた方がいい事実だと思うのだ。 罪を背負う覚悟と、罪を見ないフリをして安穏と暮す「権利」。 だから私は、「なんとなく残酷やらエロやらとにかくイヤなものを見たくない見せたくない」ってんで、ことさらに『見たくない権利』だけを叫ぶひきこもりの善男善女のゾーニンガーよりも、肉や魚を胸張って食べる資格がなんぼかはあると思うのだ。 覚悟が違うのだ。 人生の価値が違うのだ。
2005.06.17
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いい試合だった。 走った、サボらなかった、諦めなかった、テンパらなかった、やろうとしたことをやった、チームのベクトルが揃ってた、ヨーロッパチャンピオンに勝った。 ちょっと気の毒なくらいシュートが枠にいかなかったのがアレで、玉田のためにお祓いを受けてこようかってほどだったが。 懸念のサントスも守らない限りはなかなかの出来だったものの、異様な粘りと根性をみせるギリシャの一発攻撃に脅えるテレビの前のオレ様としてはマジで気が気でない。守れないなら守るな。サボるな。 久しぶりにシュートへの意識が強かったのだが、いやいや、こういう代表がいいんですよ。こういうのを頼むよ。 こういう執念というか勤勉さというかチームワークというか意識統一というか、今日のような試合を毎度できないってのは、やはりチームスポーツのむつかしさなんだろうなあ。 鈴木がいないだけで、あんだけ前線に躍動感が出るんだから、もうジーコったら。 さっさとベンチから外してくれないと安心できないよ。
2005.06.16
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せんだってのコンフェデ、A代表はメヒコのやりたいようにやらせ、なるようになったわけだが、はあ。 ドイツの隣国オランダで開催中のワールドユースにおいては、ユース日本代表が、なんとも煮えきらない感じで決勝進出、また眠れない夜が続くわけ。はっはっは。 なんかぼんやりしたプレイばっかりして、勝てんのかお前らって心配してれば意外な粘りをみせはするものの、最後の最後まで攻守の切り替えが遅いっていうか持ちすぎっていうか見過ぎっていうか一手一手にかかる時間がマジ遅いっていうか、解説の水沼さんの苛立ちがすっげー出ててむしろそのイライラっぷりが面白いほどに、イライラしたプレイじゃないのさ。 なにがぼんやりしてるって大熊監督がぼんやりしてて、熱血だかなんだか知らねえが、ディフェンスに問題があるのがわかってて、攻撃に迷いがあるのがわかってて、熱血だけでどうこうできるもんでもない。知恵というか意図というかタクティクスを感じられるモノがなんか見えにくいのは、俺が素人だからか、そもそもコンセンサスが無いのか。なんたってユース世代とはいえ、世界のてっぺんレベル。この機会に、テッテ的に試合をしてきて欲しいわけですよ。真剣勝負なんて、なかなかできるもんじゃないんだから。 で、またなんかなんとなく勝ったりしそうで、でも、ぽっかり負けそうで、おっかねえ谷間の世代。 そんなことよりコンフェデはもうちょっとこう、全員が同じ目的をもって有機的に動いたほうがいいんじゃねえのかと、サントスの(誰一人)意味がわからない独り善がりを見ながら思ったわけでね。それはもう、俊輔の「造反」に乗っかるでもなく、そろそろウチも約束ごとも大事な段階にきたんじゃないんでしょうか。
2005.06.15
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せんだって、夕刊フジに掲載されたらしいヒマネタコラムの題材は「アダルトゲーム」だったようだ。 これが、ネット版に転載されるや、トラックバックで火ダルマになってる。こんなふうに。 夕刊フジといえばタブロイド紙。 想定読者層は、団塊の世代から団塊ジュニアの上まで。50代~30代後半の男性向け。野球・ゴルフ・芸能スキャンダル・競馬・競艇・競輪・エロ・風俗がメインコンテンツとなる、電車通勤オッサン向けの娯楽紙だ。 タブロイドのヒマネタなんて、まじめにとりあげるものではない。基本的にウソ800だからだ。 東スポのアオリをマジで受け取るはずがないのと同様、タブロイドのヒマネタなど半分はウソであり、もう半分は羊頭狗肉だ。たとえばエロいものに対して眉をひそめる記事は、良識派なフリをしてホントの狙いはオッサン向けの枯れたお色気をかもし出すことだったりするし、読者はある程度そういうものだって構えで読む。 しかしこれは、タブロイド版の紙の上に記事が載っている場合だ。 ブログになったら、どうしても新聞社のネット記事っつー毛色を帯びる。 マジっぽくなる。 同じ記事内容だけど、乗っかるメディアで意味合いが変わる。 これを指して、マクルーハンは「メディアはメッセージだ」と言ってくれたのではないか。 夕刊フジの【裏インターネット事件簿】なるこのヒマネタだが、「監禁事件で注目、『過激エロゲー』の実態 」と題して「あの事件の犯人がこんなエロエロなものを! 剣呑剣呑」って態で「社会正義」を訴えるフリしてホントはエロ描写を読ませたい記事である。 たとえば-----------------------「ゲーム開始直後はキャラは嫌がって何もできないのですが、ゲーム側で用意されたアイテムや会話などを駆使して自分に慣らしていくんです。すると、さっきまでは嫌がっていた要求を徐々に受け入れてくれるんです」 要求する内容は、みだらな格好をさせたり縄で全身を縛ったり…と次第にエスカレートしていく。----------------------- こんなふうに。 さっきまでは嫌がっていた要求を徐々に、とか、みだらな格好、とか、縄で縛るとか、極めてあいまいな、なんとなーくエロ臭い、古典的セックスファンタジーな表現で、帰宅電車のオッサンの劣情を刺激し、枯れ木に花を咲かせる目的のコトバが並ぶ。 本当のSM調教はこんなに単純でもないし戯画化できるもんでもない。SM趣味の無い者が縄で縛ったからって、縛ったから面白いってこたぁない。むしろホントは面白くもない行為をムリに面白がろうとムキになってる自分の姿にけっこう引いたりするものだ。マスターとスレイブの信頼関係あってのものなのだ。あああ。 えーと。 オッサンを興奮させる目的なんだが、それだけじゃ世間体が悪いので、ちょいと嘆いてみせたり社会正義を偽装してみたり、ってのがタブロイドのヒマネタエロの定番なのだが、それをブログに転載してしまった編集サイドの判断は、明らかにオカシイ。 ジュベネイルガイドっつー人権保護NPOを装った薄汚い利権ゴロが国会まわりで恥ずかしいことをしたり、能力に問題がある神奈川の知事が意味のないゲーム規制を始めたりという、ネチズンがナーバスになってる時期に、よりによってブログ形式でこんな与太を世界に向けて発信するなんて、ひょっとして釣りかよ。 で、タブロイドだろうがブログだろうが、この記事には明らかに事実と違う内容があって、これははっきりと誤報であり、ちょいと許されることではない。 記事の枕である。-------------------------【裏インターネット事件簿】 昨年11月、奈良県で小学1年生の女児が誘拐、殺害された事件で、逮捕された被告の部屋からは、大量のポルノビデオやパソコンゲームが見つかった。先月初めに未成年の女性を部屋に監禁していた男が逮捕された事件でも、男の部屋から大量の児童ポルノゲームが発見された。これらのアダルトゲームの実態はどうなっているのか、通称「エロゲー」と言われるゲームの事情に精通する青年、Aさんに最新事情を聞いた。(2005.06.07掲載)------------------------- 奈良の小林の部屋から、大量のパソコンゲームが見つかってましたか? ウソじゃないですか、誤報じゃないですか。 この「エロゲーに精通する青年Aさん」だって、まあ、存在しない人物、フィクションインタビューであることは、業界の慣習として公然のヒミツではあるのだが、会話の内容もリアリティを欠いたひどいものだ。いまどき、エロシーン目当てに一生懸命がんばるエロゲーなんかねえよ。ほとんどがゲームと称した紙芝居なんだよ。 マジでこの記事を書いた「森一矢」とかいう記者の能力もひどい。 単にヘタッピだ。 編集から「エロゲーって流行ってるからヨ、いまエロゲーがこんなにひどいですってテイストでブヮーっとエロエロで。とにかくよろしくちゃん」とかなんとかいうC調なオーダーで、調べないまま書き散らした経緯が想像できる仕事だ。 ヘタッピめ。 さすがに良心が咎めたのか『ビデオやDVDなどと同様、ゲーム業界も本格的な「R指定」をすることが急務だが、それが根本的な解決につながるかも定かではない。』なんてまとめにして、エロゲー=絶対悪って言い切りをしないような配慮も見えるが、誤報は誤報。ヘタは下手。 せっかくだから「森一矢」記者は、大宅文庫で関連記事の収集をすべき。社会に無用の混乱と不安を撒き散らした責任を果たせ。いつもの道義的責任だよ。反省しろ。誠意を示せ。大宅のコピー代は自腹でな。 夕刊フジの編集サイドは、タブロイドのぶっ飛ばし記事とブログとのメディア特性の違いも知らねえマヌケであることが判明。『メディア論』でも読み直せばいいと思う。 タブロイド発とはいえ、眉にツバをつけないで読んじゃう人(良識派)もいる時代ですから。 あーあ、なんとつまらねえことだ。追記 6/19てゆーか。>先月初めに未成年の女性を部屋に監禁していた男が逮捕された事件で、男の部屋から大量の児童ポルノゲームが発見された。児童ポルノゲームって、「実在児童を起用したポルノゲーム」って意味になるが、どうか。そんなもん、ねえよ。あーもう、訂正するならちゃんと直せばいいのに。恥ずかしい人たちだなあ。
2005.06.14
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それはもう。 とてもとても入道雲の似合う街・甲府に、中田英寿の生まれた韮崎に、早起きして電車で行って、待ち時間がほとんどを占める取材だかなんだかまあそんなのをし、方向が同じだからと知らないオジサンの車に相乗りさせてもらって気まずいにも程がある帰路を経て、朝日といっしょに帰ってくる、そんな仕事をしています。
2005.06.12
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せんだってからなんか必死な私の姿に惚れる女性がいてもいいのに。 世の中のほとんどの人は、残虐なゲームは興味ないから規制されたってかまわないし、エロゲーなんて無くなったって関係ないと思っているのだろう。 しかし、感情と嫌悪感で作られた法律やカンチガイで根拠の薄いルールは、いずれはまわり回って我々の生活を不自由にする。 もともと、あってもなくてもいいものなんだし、規制しろしろ言う人達もそれに反対する人達もなんか必死でキモいし、やっぱり近づかないほうが賢い、ように見える。たまたま手元に「子どもを性犯罪から守るために漫画、ゲーム、雑誌を規制しましょう」という署名が回ってきたら、反対する理由もないし、悪いものはないほうがいいから、サインすることに抵抗はない。 でもその署名は、ひょっとしたら、新興宗教の団体に渡るかもしれない。 ここ最近、雑誌やマンガ、ゲームの表現の規制に統一教会などの宗教団体がことごとく関係している。 彼らは自分たちが望むモノ以外は絶滅させたいと思っているわけだし、行政機関に入り込めたら税金を使うこともできる。ご立派な署名活動をすれば個人情報を集めることもできる。 議員さんや行政機関も、票に繋がるという利点がある。 特定の宗教団体の利益と、利益誘導タイプの議員や知事のメリットは一致するんだな。 だから、放っておいたり無視したりすることは、間接的に宗教団体などの利益になる。選挙の投票率が下がると公明党の議席が増え、選挙に行かないってことは、創価の味方をしていることになるように。 もちろん、本当に犯罪などに対して有効な、まともな規制案もある。 その見分け方。 ◆宗教ガラミの場合は、規制の理由に科学的根拠がない。 突き詰めていくと、本当は「これこれこういう調査データを元に規制すべき」っていう大もとが無い。 だから、本当に役立つ規制案なのかどうかは、実はあいまい。 思い込みや人間の感情を利用して、自分らの目的(違う価値観の撲滅)を目指してるだけだってことがわかる。 世間を騙そうとしていると言ってもいい。 規制に反対する人の真意は「オモチャを取り上げられたくない」ってだけではない。 思い込みと好き嫌いの感情だけで法律が決められるのは、将来ヤバいぞってことに尽きる。 ひょっとしたら宗教団体の利益のために、防犯効果の無い防犯の法律がでっちあげられようとしているだけかもしれないんだもの。 だから、その法律案はホントに効き目があるかどうか、説明して欲しいとお願いするのである。 好き嫌いの感情だけで規制されたって、自分に直接関係なければ、まあいいかって放っておいたら…。 『ちびくろサンボ』が消えた。考え方のかなり偏った、感情的で行動力があるだけの親子を放っておいたら、名作絵本が消えた。 でも、叩かずにいたら、いつのまにか藤子不二雄の『ジャングル黒べえ』も消された。手塚治虫作品もやられそうになったあたりで、やっと止めることができた。 スタートが感情論ということは、なにもかも無くすまで満足しないのだ。 たくさんの人がそうだと認める客観的根拠のない、感情的なだけの規制は、放っておいたらエスカレートする。 ホントは減ってない鯨を減っていると言い、鯨は賢いから食べるのは野蛮で許せないという感情的な圧力に屈して、その流れで国内の牛肉の割合をアメリカ産中心にシフトしてしまったお蔭で、いま我々は牛丼一杯食べられずにいる。 感情と嫌悪感で作られた法律やルールは、いずれはまわり回って我々の生活を不自由にする。 実際そうなってるし。 あらゆるメディアに規制を求める宗教団体の要求は、エスカレートする。動機が宗教的な支配欲だから、「敵」を完全に無くすまでは止められないのだ。 マンガ、ゲーム。 次に来るのは携帯電話の規制だ。その次はきっとインターネット、あらゆる漫画表現、文芸作品、テレビ、ラジオ。 きっと来る。 なにしろ彼らは、そのメディア殲滅を「イイコト」だと思っている。 カネにもなる。 味方になる議員もいる。 いまのとこ関係ないからって無関心でいたり、疑わずにあやしい署名にサインしたりしてしまったら、宗教団体が行政システムに入り込むことを止めることさえできない。 そして将来、信者以外の人間がひどく生きにくい社会になるかもしれない。 まあ、宗教団体の暗躍はともかく。 法律や条例などのルールを決めるうえで重要なのは理性なんだ、と。 誰にも迷惑をかけない範囲で、好きなものを見て、好きなものを食べることができる社会。 ゲイやSM愛好家や食糞嗜好者などの性的なマイノリティも、エイズ患者(HIVキャリア)やハンセン病患者やあらゆる身体障害者も、みんな幸せに生活できる社会。 特定の宗教の信者じゃない我々も快適に生きられる社会。 「規制反対派」が、理性をともなわない感情や嫌悪感だけで法律を作られることに抵抗するのは、こんな自由で楽しい社会を望んでいるからだ。 科学にこだわっている小難しいテクノ野郎だからではなく、感情がぶつかり合わないようにしつつなるべくたくさんの人の幸福を尊重して、ほどよいバランスがとれるのは理性(客観的な根拠)に頼らないといけないからだ。 「規制反対派」が勝ち取りたいのは、アレげなゲームをする自由ではない。 感情だけに拠らない、根拠のあるルールを理性でもって運営する行政システムによって成り立つ、公平で自由な社会だ。それが求めるものだ。 現在、残虐ゲームやエロいものと、性犯罪や少年犯罪の発生の関係性を証明するデータは存在しない。 ということは、「子どもを守るために漫画、ゲーム、雑誌を規制しましょう」という甘い話には、なにかウラがある場合がほとんどだ。 そのウラとは、特定の宗教団体の利益であったり、あるいは単にべらぼうなカンチガイだったりする。 そしてそれは、「誰にも迷惑をかけない範囲で、好きなものを見て、好きなものを食べることができる自由な社会」からは遠ざかる動きなのだ。 まとめとしては。 いまの段階で、根拠無くなにかを規制しようとする動きは、特定の(宗教)団体の利益のためになされている場合が多いので、よくよく注意されたい。なんたって無関心でさえ彼らの利益なのだ。
2005.06.11
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ゲームをするとヴァーチャルと現実の区別がつかなくなって犯罪を犯す、という規制理由はなんか変だよ、だってゲームしまくってるゲーム脳の人のほうがあっちとこっちの区別がついてるんだもの、ということは書いた。 科学的な理由は無いけども残虐なゲームってなんとなく不安だから規制しちゃったほうが安心、って考えはむしろ危険だよってことも書いた。 それは、子供部屋にある金属バットにビクビク脅えて毎日生活するようなものだもの。 そのオモチャを凶器に変えさせるのは、オモチャそのものではなく、他に原因があるんだもの。 でも、自分は大丈夫だけど、ヨソの子どもが悪さをするかもしれない。 頭がおかしい人やキモチワルイおたくがエロくて残虐なゲームに影響されて、自分の大切な人に乱暴を働くかもしれない。 だから規制して欲しい、という人は、しかし多いはずだ。 ていうか、ほとんどの人ってそうなのだろう。 エロゲーや残虐なゲームって、そんなに流行ってないものな。 あってもなくてもいい物だもんな。むしろキモチワルイから無いほうがスッキリするかもしれないものな。 だから、知事や議員さんは根拠のない規制をかけても平気でいられるのだろう、とも書いた。 根拠のない新しい規制を訴えたら、全国民から失笑されてブーイングを受けて恥をかくことが分かってれば、偉い人もなかなか感情的にはなれないはず。犯罪防止と快適な世の中のためになる、それなりに根拠と効果のある活動をしないといけなくなる。 私は、そのような世の中であって欲しいと願っている。 法律や司法は、理性をもとにアレコレされるほうがいいと思っている。我ながらおめでたいが、そうなのだ。 誰かの好き嫌いの感情で法律やルールが作られるのはマジ勘弁だと思っている。 たまたまムシの居所の悪いおまわりさんに職務質問を受けて、なんか意味のわからないネチネチイヤミな対応をされるのが当たり前の街って、イヤでしょ。 だれかの感情だけで法律や権力を使うってのは、そういうこと。 で、ここからがキモチワルイ話になるのだが。 神奈川の有害図書規制や、野田聖子議員が関わった「児童アダルトアニメシュミレーション規制法案」の動きの裏側には、かなりイヤーな組織がある。 宗教団体だ。 いずれもキリスト教のしかも異端派だ。 「児童アダルトアニメシュミレーション規制法案」を進めたいと考えているのはカスパルという団体(あくまで噂レベルですが:募金で作った海外の箱モノ建築物に運営実体が無い、らしい)。 神奈川の有害図書規制には、統一教会の影がちらついている。知事を直接に揺さぶってるわけではないが、主張(有害図書は無くせ! 理由は、なんとなく有害だから)が一緒なので、積極的にその運動を後押ししている気配がある。 宗教団体の真意は、わからない。 宗教的な使命感なのか、もっとアレな野望があるのかは、わからない。 しかし、エロゲーや残虐ゲームのゴタゴタに乗っかって、カルトな宗教団体が権力の内側に潜り込んでいるっつー現実がある。 ぶっちゃけ、エロゲーが無くなろうが、いまの私の生活にはなんの影響も無い。 残虐ゲームの年齢制限も、三十路を迎えた私には関係ない。 しかし、直接の被害がない法律・条例ではあるが、裏側では宗教団体がなんか力を発揮してる。 キモチワルイっちゃ、こんなキモチワルイ話もないわな。 エロゲとかカンケーないけど、カンケーないからって放っておいて、私のそしてみなさんの幸せな未来が保証されるかっていえば、そうじゃないみたいだ。 油断も隙もないカルト宗教団体が、ドサクサで勢力をのばそうとしてるんだもの。 投票率が過去最低だった兵庫のこないだの選挙では、公明党がものすごい勢いで議席を伸ばした(http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/hyogo/senkyo/news/20050606ddlk28010217000c.html)。公明党が選挙に強いのは、あいつら必ず投票に行くから、投票率が低い時は創価学会の組織票の割合が増えるから。 公明党の議員はつい最近、中国や韓国で日本を売ってきた人達だ。創価学会は、韓国で日本を責めるイベントを行なった。 今は直接被害を受けないことを見逃して、将来イヤな思いをするのは、イヤだ。
2005.06.10
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もういいかげんしつこいけど、神奈川の残虐ゲーム有害図書指定。 ヴァーチャルと現実の区別が云々、という規制理由はなんか変だよ、だってゲームしまくってるウルトラゲーム脳の人のほうがあっちとこっちの区別がついてるんだもの、ということは書いた。 で、「残虐ゲームは規制すべし」って健全コンテンツのカルトな人達の不安感情というのは、そのインモラルでおぞましくってチョーキモい残虐ゲームが、我が子、あるいは無垢な天使である子供たちの行動規範になってしまうのではないかしら、という所から出ているのではないかと思われる。 つまり、よくわかんないけど不安だからアレを規制しようって心には、ピカレスクロマン(悪漢を主役にした物語のこと。 たとえば『池袋ウエストゲートパーク』『罪と罰』など)に描かれているような人間になってしまうのではないか、という懸念がある。 そう考えないと筋が通らない。 痛快な「悪い」お話、なんかカッコイイ暴力表現が、子どもの中に「悪い」ルールをこさえてしまうのではないかという漠然とした不安が、あるんでしょ。 それがまた、画面の中の出来事に触れる「ゲーム」という形式だからなおさら影響が強い、と思ってるんでしょ。 それを前提に、お役所は規制し、善良なる市民もまたとくにストップをかけないのは、カンケー無いと思ってるか、マジ規制して欲しいと思ってるか、どっちかなわけですよね。 地方自治のトップである知事でさえ、そのカンチガイに犯されてるわけだから、これは根深い。報道も煽るから、なんかそんなふうな印象を抱きがちではあるが、これは悪く感じるように操作された印象で、ほんとは違う。 痛快な「悪い」お話、なんかカッコイイ暴力表現が、子どもに「悪い」ルールを教えてしまうってのは、間違いだ。 もうまるで思想汚染で、ゲームも偉くなったもんだ。 で、たとえば残虐ゲームをしている子どもの脇から、親がつきっきりで「真似すんなよ、真似したらタダじゃおかねえぞ」と囁き続けたら、どうか。 たとえば、親が残虐ゲームをしながら「これは大人になってやるもの、子どもは見ちゃダメ、あっ、ワンミスしたー」と、あからさまに世間の常識を教え、さらにゲームは所詮ゲームだぜっていう覚めた視線を提示してやったら、どうか。 これは、情操教育となる。 こんなもの、どのように触れさせるかによって効果が180°変わるただの道具だ。 金属バットはホームランを打つこともできるし、親を撲殺することもできる。 学校システムで高名な学者に育った人もいるし、傷ついた子どももいる。 こりゃ道具の使い方の話で、それを根こそぎ有害ザマス規制ザマスっても、損するだけだ。 結局、「それしかやらない」ってのはよくないですよ、という昔からの教訓になる。 ゲームだけやらせてもいいわけないし、勉強漬けにしてもいいわけねえ。 どんなに眼を閉じ耳をふさいだって、どうせ「有害」な情報は子どもにぶつかってくる。「ここだけの話、おいしいバイトがあるんだけど」とか「あのコ、生意気じゃね? ハブらね?」とか「今が楽しければいいじゃん、親にはバレなきゃいいってばー」という形で、終始アレな情報に触れる。それが世間だ。 使い慣れない道具が使いにくいからって規制してイイコトがあるわけがない。 簡単に有害だと判断しすぐに規制しちゃうって思考停止な姿勢を子どもにみせることこそ、その大人の背中こそ「有害」な結果をもたらすんじゃないかな。
2005.06.09
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せんだって、バーレーンに勝った時点で、まあ決まってたっていうか。 …やったー! ドイツドイツドイツドイツジャーマン! とは狂えない。 いや、贅沢な悩みだってのは分かってるんです。 しかし、引き分けでも行ける、負けたとしてもバーレーンがイランに勝つのは難しい、なんてチョー余裕の条件では、いや嬉しいっちゃ嬉しいんですが。 フランス予選の時には、加茂<プレースや!>周のお蔭で異常なほどに危機感を高められたこともあって、緊張と興奮をしすぎたのもあるが、やはりシビレた。初体験がアレでは、もうちょっとやそっとのピンチではもう燃えられない。 しかも、ドイツ行きを決める大事な試合は、無観客。相手も国が鎖国してるもんでサッカーも鎖国中の北。前は無意味な苦戦をしたが、常識で考えて負けっこない相手だ。 さっくりW杯にいけるってのは、強くなったことでもあるが、えーと、物足りな、いや、いいのだ。ハラハラドキドキの勝負の興奮は一次リーグと本戦で味わえばいいのだ。 あの北9番、ファウルを取られる度に不思議そうな顔をしていたが、きっと国際サッカーの間合いがわかってないんだろう。30年前のサッカーの様な粗暴なファウルが見られるタイムカプセル。マコの挑発に乗って踏みつけるなんて、面白すぎる。それはもう、1回や2回の懲罰試合をさせられた程度ではおっつかないくらいに、分かってないのだろう。南米のチームとこのまま試合して欲しい。きっとレッドカード出まくって、しまいにゃピッチに二人くらいしか残らない気がする。ほんとに選手がかわいそうだよな。 で、コインブラ監督のノルマは、ドイツ行きと本戦ベスト8入り。 我々、勝手極まるサポの悲願もまた2006のベスト8以上。 未だ、目的は果たされていないのだ。 黄金世代の最後の機会になるであろう2006。 イカした戦いっぷりを見たいと思う。
2005.06.08
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せんだってから「ヴァーチャルリアリティ」という言葉が気になっているのだが、そもそも十数年前にこの言葉が流行語になったのはマン・マシンインターフェイスの分野で例えば危険なエリアで作業する遠隔操作ロボットの視覚やアームの感覚を操作する者にフィードバックすることで、あたかも「その場所」にいて実際にモノに触れている感覚を再現し、作業の精度を上げたりするのが目的といいますか、その観点で言えば教習所の運転シミュレータなんてな噴飯ものの出来でして、旋回Gのかからない車のシミュレーションなどバーチャルでもなんでもない出来の悪いシロモノで、バーチャルリアリティってのは「仮想現実」なんだから、この基礎技術研究の究極的な目標は、現実と変わらない感覚を人工的に再現することにあって、それはどういうことかと言えば、突き詰めたところでは、現実とバーチャルの区別がつかなくなるようになって初めて意味が出てくる。現状、五感レベルでそこまで達しているものは無く、これはなぜかといえば味覚だけは再現できないのはフィジカルではなくケミカルな感覚なんだそうで、何を言いたいのかというと、コンピュータゲームをやりなれてる常識人は、バーチャルとリアルの感覚の差にいつも落胆っていうか、失望っていうか、そういう思いを抱いておりまして、全身全霊を飲み込んでくれるような完璧なバーチャルリアリティ技術の完成を心待ちにしてるっていうか、つまりはゲームに慣れてれば慣れてるほど、現実とバーチャルの区別がついているんです、もう悲しいほど。 だから、「ゲームすると現実と仮想現実の区別がつかなくなる」というリクツはこれっぽっちも通らない場合がほとんどであり、むしろゲームに慣れてない人ほど、自分の頭で構築した「非現実(残虐ゲームは犯罪者を育てる)」と「現実(ゲーマーほど冷静)」の区別がついてないっぽい。 何度も書いたことだけど、言い方を変えて繰り返してみたい。 いま仕事しかしてねえから、日記的に書きでのある事柄がないのです。
2005.06.07
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せんだって確認したことでは、週末に取引先に届けた資料を週明けに私が受け取りに行って、その資料をまとめて納品って手順だったのだが、届けたあとでホッとしちゃって、次の仕事で頭がいっぱいになってて、もうお分かりのように、「まだかよテメェ」って電話が来てはじめて思い出して、なにしろ今日中に終わらないとヤベェ案件で、あわてて東京をほぼ横断し、汗だくになってあちこち回ってやっとなんとかなったっていうか、そのシワ寄せをくって、今日一日かけてやればいいと思ってた次の案件が手つかずになっているのが、もうなんていうか、これが飲まずにいられるかって、飲むなよ。
2005.06.06
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さて、東京大学の馬場教授もおっしゃってるので、いまさらかもしれないけど、私からもゲーム脳について補足を。 ゲーム脳といえば、言わずと知れた日本大学文理学部・森昭雄教授の提唱するウソである。 日本大学文理学部・森昭雄教授は●脳波の測り方を間違っている●脳波の読み方も間違っている●上記のように二重に間違って出した脳波データから導く理論が、ちょっとオカシイ(原因と結論にひどい飛躍がある) 「ゲーム脳」はオハナシにならない、たわごとなんである。日大って…。 日本大学教授が言うことだから、データもあるから、ゲーム脳はホントでやっぱりゲームは恐ろしいものなんだ、と思ってしまう善き父母の方もいらっしゃるかもしれないので、このさい徹底的に書いておくが、『ゲーム脳の恐怖』は学生の卒論以下のもんなんです。 「ゲームをしすぎると痴呆老人と同じ脳波になりキレやすくなる」みたいなことを書いて不安を煽っているが、その脳波がまず正確に測れていないのだ。 また、介護老人ホームにおいてゲームが痴呆防止やリハビリで実際に役立っているという現実の前では、ゲーム脳とかいって森教授バカじゃねえの? と呆れざるを得ない。 週刊文春も大恥を晒したもので、朝日の悪口を書いて喜んでいる場合ではない。検証も不十分なまま、擬似科学カルトの片棒をかついだザマは、ジャーナル誌の風上にも置けない。恥を知れ。菊地寛に謝れ。 さて、風上にも置けないといえば神奈川県庁、そして神奈川県知事・松沢しげふみさん。 大阪寝屋川の犯人少年の(本当なのかどうかさえ怪しい)証言ひとつで、罰金刑を含む流通の規制を条例で決定。 いまのところ、『GTA3』が犯行の原因とされる事件は、いっこだけ。 35万本売れてるR-18ゲーム。実際にプレイした18歳未満の数は定かではないが、確率的にはかなり無理があるはず。何万分の1かの割合で発生するかどうかもよくわかんないことを、一生懸命になって、住民税を使って、規制。憲法上、相当危ない橋を渡って、規制。 青少年のことをまじめに考えたら、優先順位の高いことはもっと他にあるはずだ。 やはりなにかほかに事情があるのか。 ところで、こんな話がある。↓ KFCの食べながら歌うCMに過去最高の苦情殺到 [ 2005年06月02日 04時46分 ] ----以下引用----[ロンドン 1日 ロイター] 英国で放映されているケンタッキー・フライド・チキン(KFC)のCMにすさまじい苦情が殺到した。従業員が食べ物を口に入れたまま歌を歌うというもので、行儀の悪さを子供がマネするというのだ。ASA(英広告基準局)によせられた苦情は過去最大の1671件。CMを不快に感じた視聴者によると、食事の時に歌ったり、話したりすること楽しそうに描くことで、子供に行儀悪く振舞うことを助長しているという。41人が子供がCMのマネをした、と訴えた。しかしASAは、全ての苦情を却下、食事の時に食べながら話をする悪癖の蔓延への懸念を否定した。ASAは「よいテーブルマナーを教えるということは、食事時につねに注意を与えるというたゆまぬプロセスが大切なので、広告が有害な効果を持つという意見には同意しない」という見解を発表。CMでは3人の顧客電話窓口の女性が、KFCのサラダを頬張りながら歌を歌っており、歌詞の字幕が出る。そのため、言語障害や聴力障害がある人をバカにしている、との苦情を訴えた人もいた。CMでは最後に女性の1人が「もしもし、緊急電話相談です」と歌いながら答えるが、この場面は顧客電話窓口の従業員全体にプロ意識が欠けているという印象を与えている、との苦情もあった。しかし、このCMにムッとした視聴者ももう二度とこのCMを見ることはないだろう。KFCは予定していた放映は終了し、再放映の予定もないとしている。KFCはCMは朗らかな雰囲気を演出したかっただけだった、と説明している。----無断転載ここまで---- ものを口に入れて話したり唄ったりってのは、とりあえず普通に不快な映像で、苦情がどうこういう以前に広告プランの失敗だろう。早めに打ち切る言い訳ができて良かったくらいのものではないか。 この英広告基準局ASAというのは、まあお役所なんだろうが、この毅然とした態度よ。さすがヨーロッパ。さすがマグナカルタの国。さすがコモンセンスの国。「よいテーブルマナーを教えるということは、食事時につねに注意を与えるというたゆまぬプロセスが大切なので、広告が有害な効果を持つという意見には同意しない」 これだよ。 これが常識だろう。 テレビだのゲームだの、くっだらねえモノに脅えて規制を求めたり規制したりするのは、「つねに注意を与えるたゆまぬプロセス」を認めないってことでしょ。 「躾(しつけ)が身につく」とか「人格を育てる」ってのは時間がかかることで、15秒のCMやいずれ飽きるゲームがもたらす短期的な影響とは、タイムスケールが違う。 長い目で見た時の「青少年健全育成」なんてものは、多少のブレがあったとしても必ず、長い時間をかけてた方向に戻ってくるものだ。 普段しっかりしてれば、にわかな不安にうろたえてゲームやテレビに責任をおっかぶせること自体がナンセンスなのだ。 このことを知っていてなお、子どもへの影響についてゲームの規制やCMへの抗議を続ける親御さんというのは、子どもの情操面の教育を、だだ流しのテレビや殺伐としたゲームにゆだねてるんですと告白するようなものではないか。 一日中子どもを監視しているわけではない、という現実面での問題はあるだろう。 なんであれ、そればっかりってのはいいものではなく、テレビばっかり、ゲームばっかり、宿題ばっかり、しないようにすればいいわけで、それはもうゲームなんかに限らず、「○○一辺倒」になってしまう環境をセットしちゃうのは、やっぱりどうかと思う。 監視してないと「それ」ばっかりするような異常に集中力があるお子さんは、たぶん別のレベルで要注意ですよ。止めても止めてもテレビ画面を見続けるとか、それはそれでオカシイでしょ。 これを先人は「よく遊び、よく学べ」と言ったのだと思うが、どうか。 子どもの人格や情操なんてもんは、時間をかけたほうに向いてくる。友達間での流行やゲームなんかでの一瞬のブレはいずれ戻る。だから普段から時間をかけて躾るのだ。 ゲーム規制なんかを求める市井の親御さんは、自分が普段からしっかりしてれば不安に思うことはないとわかって欲しい。 どうしても躾がうまくいかないときは、まず自分を疑って欲しい。ヨソに責任を求めるのではなく。ほとんどの原因は、身近で、子どもが長い時間触れているところにあるものだ。 テレビは慣れてるけど、ゲームはよく分かってないってこともあるんだろう。 ゲームをちょっとプレイするだけで、知事ってバカじゃないの? 投票を躊躇するほど性格破綻者なんじゃないの? と思えてしょうがないもの。 結局、理解できないものは理解しようとするか理解しないままでも上手に付き合うことができちゃうのが歳をとった人間なりの知恵であるはずなのに、理解できないからツブすって短絡思考になってしまう、無知で無恥で無能な輩が、なぜか行政のトップにいるという恐怖が神奈川を、さいたまを襲っているわけだ。 次の選挙でなんとかなって欲しい。 神奈川県知事・松沢しげふみ タックルレポートhttp://matsuzawa.cocolog-nifty.com/ というブログを設けていらっしゃるので、ことあるごとにトラバするよろし。 こっからは妄想になるが、神奈川で有害図書指定されたゲーム『GTA3』の日本版の販売元、カプコンの株価が、あの日、ストップ安だったそうで。 コンテンツの規制とか、自主規制倫理団体には利権が絡むことが多く、しばしばその団体には官僚が天下る事が多いのだが、もともとゲーム業界はその技術力がパチンコ業界から狙われてる現状があって、パチンコといえば警察官僚の数少ない天下り先で、ヤと北もまた。 規制の発表ひとつで株価が大きく下がるってことは、仕手筋も利用のしがいがあるスキームが発見できたっていうか、あるいは誰かが買収しようとするソフトハウスのゲームを規制指定させれば株が買いやすくなるっていうか、この先、訳のわからない審査団体が新設されて審査シールが数百円で貼付されてみたいな事になった時は、現知事松沢氏は痛くもない腹を探られることになるんだろうがそこらへんの覚悟はもちろんあって不自然な規制を強引に押してきてるんだろうなオイ、なにしろデカい金が動く震源だぞアンタ、てなことを考えてたら止まらなくなって、妄想と現実の境界が崩れてきちゃってて、このままでは某県知事みたいにバカになってしまいそうだし、地味に忙しいし、眠いし。 だもんで、Vice Cityして寝る。
2005.06.05
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ほっとした。 やっと、流れで点を取って勝った。ばんざい。 俊輔の釣りと、柳沢のカラ走りが効いてた。 実はガタイがいいだけで組織としてはそんなでもないバーレーンDF、カラ走りだけで混乱させられるもんだ。あの柳沢でさえ機微をとらえて、いや、言うまい。 今日は「いい時」の中田で、ワーワーサッカーでやる以上は中田の前に普通の感覚を持った味方が何人いるかで、チャンスの数が増える日だった。この場合、サントスは「敵」に区分する。 俊輔が下がってから全体がギクシャクしたが、暑さと疲労もあったことではあるが、やはり俊輔の身体が持っているタクティクスはデケェと唸る場面であった。 とか、特定の選手がいたから/いなかったからどうこういうのも品のないことで、クソ暑いはずのピッチでサボリもせずに、意図を明確に走りまくった選手たちは、やはり大好きなのである。でもサントスは敵だからね。 サントス、だっけ? あのイエローもらったくだりは、一回目に転んでみせた時は無理に転ぶ必要はなく、むしろパスを出すとかシュートを打つほうが楽だったのではないかとか、二回目のあらゆる意味でズッコケな転びに関しても、あんな大根芝居で何をしようとしてたのか、鈴木でさえファウルをもらおうとした時には相手にぶつかってくくらいの根回しはするってのに、しかもあのケースは転ばずにふんばりシュートやパスという選択肢もあったはずで、中東のアウェイのあの状況でPKをもらえると一瞬でも考えてたってのは、マリーシアで知られるブラジル生まれを買われて代表に裏口入学してる根拠を揺るがす大マヌケ。 コロコロ、コロコロ、前園かお前は。 幸い、次はあのマヌケを見なくて済むわけだが、もう一生さいたまの奥地でブラジル体操でもしてて欲しい。代表には戻ってこないで欲しい。 あのイエローの件で、サントスは、プレイのファーストプライオリティがありえないくらい奇妙で、判断力がなく、視野が狭く、スキルが足りず、判断が遅く、無用なファウルをおかしがちだという、まったくダメなプレイヤーであることをみずから証明してくれたわけで、ホント邪魔。なんだアイツ。クッソー。 北は、監督が退場ということで。 もうなんか気の毒っていうか、国がイナカすぎて、国際サッカーのルールや常識においてものすごく浦島太郎で、いつまでもイタリアに勝ったと自画自賛しててもしかたねえだろうに、こりゃ一生懸命やってる選手がかわいそうっていうか、まったく勝てるわけがないし、まあ、5日後はけちょんけちょんにして引導を渡してあげないといけないと、もはや義務感さえ感じる。目を覚ませばいいと思う。 ドイツにゃ行ければいい。次に負けなければいい。変に力んで変なことにならないように願う。 ていうか、アサヒの安い煽りに苛立っている中山雅志選手がカッコイイ。テレ朝うぜえなあオイ。誰が喜ぶんだ、あの番組作りは。
2005.06.04
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例の神奈川の残虐ゲーム「有害図書」指定に関するエントリが続く昨今ですが、こぬか雨降る今夜もまた、その件で書く。 神奈川の規制条例は、大阪寝屋川の17歳少年教員殺傷事件をうけてのもの。 あの事件の犯人は、ひきこもりなど家庭環境にも問題を数多く抱え、残酷な描写があるゲームだけが原因であるとは、普通は断定しづらい。しかも、これは相当に例外的な事件だ。一般化して条例を起こすのには、無理がある。 たくさんの原因が複雑に絡み合った結果、もともと抱えていた「学校」への感情がたまたまああいう形で噴き出しただけのことだと想定するのが、青少年の育成とか犯罪心理についてまじめに取り組む姿勢だと思うのだ。 なんとなく手をつけやすいからって、R-18ゲームの流通を締めつけただけで解決できる話なんかではない。もっと重要な、しかも普遍的なファクターは多いはずだ。 臭い物に蓋をした結果、その安心感から、より厄介な問題を見なくて済むのかもしれないが、あとでどうなっても知らんぞ、神奈川。あと、さいたま。 眼をつぶって見ないようにしても、問題はなくなりなんかしない。 この17歳少年にしても、長崎の少女にしても、動機を聞かれて「○○をみて思いついた」って感じの答えをしたりして、それが根拠となって見当違いの対策を求められる風潮があるが、コレくらいの年頃の、しかも冷静でいられない心理にある幼い人間の供述を、文字通り受けてしまうことにちょっと疑問がある。 1●他人に害をなす意志を決定付けた場合の「○○をみて(犯行を)思いついた」 2●まず相当に切迫した害意があって、害をなす方法は数ある中で、ある方法を選ぶ時に、「○○をみて(方法を)思いついた」 これは、内実にはかなりの開きがあるが、両方とも「○○をみて思いついた」という言葉づかいになる。 解釈の難しい供述なのだ。 もっと突っ込んで聞いてみないと、ものごとの本質は一生わからないはずだ。 神奈川やさいたまのボンクラは、(1)の立場から条例によるゲーム販売の規制強化に踊り狂ってるのだろう。しかし、これは実際にゲームをやったりサスペンスドラマを見たりするだけでわかることだが、ムチャクチャ無理のある話だ。そうでしょ? ごく普通の判断力や道徳心を持っていたら、つまり普通の子どもであれば、ゲームや火サスの影響だけで人を殺めるまではいけない。無理だ。例えば残虐ゲームだけが行動規範になるような生活を長いことしてないと、この現実と遊びの混同を起こすことは難しい。 一般の少年少女が火サスやゲームの影響だけで犯罪を犯すには、もっともっと原因が必要だ。 寝屋川の件を受けての条例であるのなら、大の大人がゲームっつーわかりやすい囮に釣られてては、青少年がかわいそうだ。 とくに長崎の少女なんかそうなんだろうと考えられるのだが、子どもの犯罪に影響を与えるフィクションの役割ってーと(2)のケースが実際のトコなんじゃないかと。 パンパンに膨らんだ堪忍袋の緒を、火サスのカッターナイフが切ってしまったのではないかと。 火サスでなくても、ほかの誘因が堪忍袋の緒を切る可能性もゼロではなく、大人社会が対処すべきは、彼女の堪忍袋の中身を軽くする知恵を子どもに授けることなのではないかと。 もっと根源的な原因「他人への深刻な害意」をなんとかする事のほうが、ぶっちゃけ大事だし、効果的でもある。 堪忍袋の中身をうまくいなすことができれば、どのような引き金が眼に入ったところで大騒ぎするこたぁないのだ。 堪忍袋の中身に手をつけずに、不安に駆られて見当違いな対応を急ぐのは、なんか変だ。道理に合わなすぎる。行政は本当に見当違いのバカなのか、それともなにか別の目的があるのか、勘繰らざるを得ないうえに、どっちもなんか超ブルーだ。 で、普段からゲームをしてたりして、情報の扱いに慣れている人間は、この辺の防犯と青少年と「有害」に関しての誤謬や、世間との認識のズレはなんとなく感じてて、ブログレベルでの発言は多く、個々ではそれなりに、刮目すべき意見も多い。 ただ、なんぼいい意見でも、人口に膾炙される(広く世間に知れ渡ること)には高いハードルがあって、安易な規制に疑問を抱く人間は個人個人でバラケてるうえに、こういう話を知って欲しい有権者や善良なペアレンツには難しくて興味が起こらない。 ゲーム脳の一件もあるように、「ゲーム=悪」、「有害図書規制 is 善行」と、なんとなく思ってしまう人達は、やはり数が多く声が大きく論理的な話を好まないので、「有名人の発言である」という箔付けや簡単な言い回しでの説明がない限り、見当違いで不健全で危険かもしれないゲーム規制を歓迎するムードになってしまったりする。 本当に防犯や青少年のために効果があるかどうかではなく、なんとなく信じたい情報をなんとなく信じる。 そこで、acoyoさんのblogで紹介されてた、東大の教授のインタビュー。これに乗っかりたい。 ゲームのプラス面と、「ゲーム脳」の否定について、東大の教授が話しています。 東大の教授です。東京大学大学院情報学環教授 馬場章氏インタビュー 前編:ボクらは「桃鉄」で日本地理を、「信長の野望」や「三国志」で歴史を学んだ後編:ゲーム脳、言われているのは日本だけ ああ、眠い。 続きは明日。
2005.06.03
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せんだって、滝川クリステルさんが「合成麻薬MDMA、通称エクスタシー」というニュース原稿を読んでくださった。 萌えて萌えて身もだえていると、今度はウォーターゲート関連のニュース。 そうなると当然「ディープスロートと呼ばれた密告者の正体」という原稿読みがある。 固唾を飲んで見守っていると、松本キャスターが読んでしまった。 無粋極まる。 なんですかそりゃ。 果たして、録画して、つないで、ループさせて滝川クリちゃんの「ディープスロート エクスタシー ディープスロート エクスタシー」という音声ファイルをこさえ、それをipodで聞きまくるという私のささやかな夢は露と消えた。
2005.06.02
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せんだって諮問された神奈川の残虐ゲームについてですが、田中大也さんが報告してくれましたように、埼玉でも後追いでゲームを有害指定するつもりなんだそうです(参照:http://www.sankei.co.jp/news/050531/sha084.htm)。 埼玉知事の言い分は「規制がゆるい県に流入する恐れもある」と。 なにが? マジでわからんのだが、なにが流入するのだ? 禁制品のソフトを買うためにテンパったガキが神奈川から埼玉まで遠征するってか? 石原サンも馬鹿にされたものではないか。東京でも買えるのに、なんで埼玉に? さいたまんぞうの歌に『なぜか埼玉』ってのがあったが、そういうことか? って、どういうことだ。 いやつまり、埼玉の上田知事のコメントは子どもさえ説得できないレベルの言い訳で、ホントはただ規制してみたいだけなのだろう。動機がわからないが。タイミングもおかしいし、もともと青少年健全育成を打ち出してトンデモな条例をバリバリするような県政でもなかったはず。たんに、神奈川の話題に便乗して目立ちたいだけかもしれない。 そういうことはブログとかでやれ。オレみたいに。 さて、例によって「有害図書撲滅」さんトコで、詳しい情報を無断転載しててくれてるので、神奈川の状況をまとめて見たければ便利です。 この禁制品、『グランドセフトオート3(超訳:大自動車ドロ3)』(以下・GTA3)は、そもそもアメリカで発売された。 アメリカは、厳格なレーティングとゾーニングで、子どもが「有害」な情報から完全なまでに隔離された青少年健全育成に熱心な国である。 でも、ガキの犯罪者は多い。「有害図書」の多い少ないと青少年の健全な育成とかいうのは、あまり関係がないことがうかがえる。 で、アメリカでまず売られたってことは、さいしょっから年齢による販売制限を想定してたわけで、事実、日本で売られたときも、CEROの自主規制マークは入ってた。このゲームのために作られたレーティング基準だとさえ言われた。 レーティング制度を設けるために、北米版PS2から移植されたソフトとも言われる。 とにかく、GTA3は、子どもがプレイする可能性がないものとして開発されたソフト、大人向けのエンターテインメントとして作られたゲームなのだ。 子どもがプレイするのは、開発者の本意ではないのだ。 だからものすごく出来が良くて面白い。子供だましなところがない。圧倒的な情報密度と、自由なプレイを許す未曽有のフトコロのでかさを持った傑作だ。 これを、子どもがプレイして、だから問題だってのなら、それは流通が背負うべきものだ。ソフトウェアそのものに責任があるのではない。「良識派」の親御さんはまず、これを覚えて欲しいところ。開発ではなく流通、ね。 オレがいつも見てるblogのひとつ「きょうのわたくし」のacoyoさんが、ものすごくわかりやすい言葉で言ってくれてるので引用しちゃうけども。-----------------------------------------------「大人はいい、子供はダメ」で何がいけないのさ。何で「有害」にしなきゃいかんの。 自分がダメだと思ったなら、自分で自分の子供に、自分の口で「ダメ」と言えばいいじゃないのさ。それを何でお役所に頼むのさ。もしかして、何がダメで何がいいか、自分で決めるのがイヤなの? 「何で大人だけいいんだ」と子供に突っ込まれたら、「大人だからに決まっておる。悔しければ早く大人になれ」と言えばいいじゃない。何で、それじゃダメなの。それでいいじゃないの。 何で、子供と大人の楽しみを同じまな板でさばかなけきゃいけないの。 その方がずっと馬鹿馬鹿しいじゃないか。-----------------------------------------------と。 この毅然とした態度は、言うたら至極当然であり、当たり前のことを当たり前だと気づかせてくれる発言である。 まったくその通りで、こんなもん、地方行政がガタガタいうこっちゃない。 良識派の親御さんなどは、絶対に自分の口から子どもに躾をしたがらない。なんでかな? しかし、「ガンバレ」となぜかカタカナで神奈川県政を応援してたりする。 あのね、神奈川県庁のしようとしてることは「親権」の侵犯ですよ。 確かに、GTA3のような面白いものは子どもなんかにプレイさせるべきではない。価値がわからないからというのもあるが、親の監視のない環境で無軌道にやらしちゃいかんくらい、出来がいい。 しかし、それを子どもに見せるもプレイさせるもさせないも、その選択は親にゆだねられるべきだと思うのだ。 こういういかがわしい物もある世界で、いかに取捨選択するか、という知恵を、では親はどこでどうやって授けていけばいいのだ。 店頭に当たり前に並べられてるものの中で、子どももオッケーなものとそうじゃないものを自分の眼で見させて「考えさせたい」親の権利はどうなるのだ。 規制を推進する親は、ボンクラな県庁に親権を犯されて喜んでていいのか? ものごとを選択する行為は、判断と決断の力を育てる。 そのバリエーションを、危険な情報とそうじゃない(つまり毒にも薬にもならない)情報を選択する場を、考える機会を子どもから奪ってって、どうするのだ? この規制は、県職員のプレイを録画したビデオの、ことさら残虐なシーンだけをつまんで作った、たった10分程度の諮問用プロモビデオを、予想通りにも「残虐」「有害」「影響がありそう」と委員さまが白髪頭並べて進んだもんで、同じ時間プレイしたら絶対に感想は違ってたろう、いわば操作された印象による、規制ありきのプロセスで成り立った、うさんくさいにも程がある穴あきの規制だ。 いい加減な審査によるいいかげんな規制が、正々堂々と親権を犯しているのだ。 害のある情報などない。受け取る者の処理能力しだいで情報の価値は変わる、という当たり前の真理を、親はいつどこでどうやって考えさせればいいかわかんなくなる社会は、傑作ゲームなんかよりもよほど有害ではないか。 ていうか、せんだっても書いたけど、同じソフトはXBOX版も出てるし、GTA3の続編で、より規制理由「現実に近い世界観の中での残虐な行為の描写」に当てはまる新作の方は、「有害指定」されていない。 神奈川の青少年課ってのは、自分らがなんのために何をしてるかが分かってないってことが、いみじくも証明されている。 よくわからないジャンルのことを、なんにも知らないまんまで規制できるってのは、いったいどんな育てられ方をしたのか。 児童福祉審議会社会環境部会・上田滋部会長や松沢成文・神奈川県知事の親の顔が見てえ。
2005.06.01
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