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せんだって日記の中の人は世代的に団塊ジュニアなので、フジの27時間テレビはコアターゲットであったわけで、北野武のがんばりというかはしゃぎっぷりに感動したりした週末ではあった。 基本、さんまを接待する構成で、こんな無残な企画はみちゃおれないとか、『ひょうきん』世代の芸人と若手芸人が持っているルールがもう違うのですっげえ息苦しいギャップを感じたりとか、オッサンなりの見方ではあったのだが、今田耕司と高島彩のおかげで楽しく鑑賞できたのです。あのふたりの調整能力が無かったら破綻してただろう。 そんなことより、北野武が佐渡島ではしゃいでいたお祭りなんですが。 無形文化財「ちとちんとん」。 まあよくある、ひょっとことおかめが性交をカリカチュアした所作をする、豊穣を祈願した田舎の奇祭っすね。●サイトhttp://www15.ocn.ne.jp/~sadoogi/4titotinton/titotinton1.htm●動画http://jp.youtube.com/watch?v=lTCbGiM9Lqk 日本のあちこちには、こういう粗野でエロな祭りはけっこうあってさ。無形文化財として大事に保護されてたりするわけです。 子供が真似するかもしれないですよね。 でもきっと、そういう目的込みで、こういうお祭りは続いてきた。 しばしば、潔癖なオトナがアニメやマンガやゲームやドラマや映画の中の性表現に対して「子供が真似して性が乱れる、大人の責任セキニン、表現を規制しなければいけない」的な、非常に頭の悪い意見を述べて自己満足に浸るという痛々しい光景を目の当たりにするのだが、そういう潔癖なオトナは、どうして田舎のエロ奇祭を規制せよと騒がないのだろうか。 これは田舎のエロ奇祭に対する、明確な差別だ。 やってることは同じ。 というより、表現としては田舎のエロ奇祭のほうが生々しくてプリミティブで、ひどい。 マンガちっくな絵で描かれてないぶん、あからさまに赤裸々で、思わず眼を覆いたくなるほどだ。ウソだけど。 潔癖なオトナは、(性表現としてよりひどい)無形文化財を「規制しろ」とは言わない。 これは極めて無責任な姿だと僕は思う。 こっちに口出しをしない限り、潔癖なオトナが叫ぶ性表現規制論はお笑い種でしかない。 そして、無形文化財や田舎のエロ奇祭を規制しろなんていうオトナは、バカでしかない。 どっちに転んでも、お笑い種かバカかだ。
2008.06.15
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せんだってテレビを流してたら(テレビばかり観てすみません)気になるCMがあってね。 女の人たちがバスに乗ってて、急に揺れてみんなが一斉に「じゅんっ」てなるヤツ。サニタリー用品のコマーシャルなんだけど。 その商品を売るコピーが気になった。「なかったことに」 じゅんってなっちゃったことを、なかったことにできる商品です、という意味ですな。 ああ、女性は本当に「なかったことに」という情報処理が好きなんだなあ。 肌のシミを「なかったことに」。 浴びた紫外線の記憶を「なかったことに」。 食べたカロリーを「なかったことに」。 腹の脂肪を「なかったことに」。 元カレと作った大事な思い出を「なかったことに」。 忌まわしい過去を「なかったことに」。 この「なかったことに」という売り文句は、男性向けの商品の宣伝ではあまり出てこない、ていうか皆無だ。 ハゲとか、歯槽膿漏とか、EDとか、男の汗臭さとか、借金とか、リストラとか、交通事故とか、「なかったことに」っていうふうには売られないでしょ。 この「なかったことに」という文句はいちおうマーケティングを通って選ばれている言葉だから、それなりの根拠はあるはずだ。 統計的に、女性は「なかったことに」という情報処理が腑に落ちるわけですよね。ぐっとくる、もっともらしく聞こえる、と。 嫌なことをとりあえずなかったことにして、問題の存在や原因を忘れて、気分を一時的に楽にする、というのが好まれるのかな。 そこには、反省とか進歩とかの可能性が見えないよね。 でも、統計的な「一般女性」は、どうやらそういう性格らしい。 これは、いい/悪いって話じゃなくて、広告の世界では、女性はそういうふうに見られてるっぽいってこと。 これ、舐められてるのではないのかな。 それとも、それでいいのかな? ということを、CMを見て思った。
2008.06.14
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せんだって、昼のテレビ番組を観ていたら、世界のナベアツが出ていた気がする。 例の三の倍数のネタの、「アホになる」のコツを言ってた。あ、だれかがナベアツから教えてもらったって言ってたのかもしれない。 まあ、どっちでもいい。 「アホになる」コツは、「自分の右耳をかじるようにしゃべる」とのこと。 唸った。すばらしい。 彼は、人にアクションのコツを教える時のコツを知っている。 「後ろ受身はヘソを見ろ」くらい、役に立つアドバイスだ。 僕は、彼の「三の倍数」のネタを「秀才のネタ」と呼んでいる。 アホのテンポが加速する基本構造とか、公倍数を使った応用の利くフレームだとか、いろいろあるが、いわゆる脳トレテイストでもあるので、クイズ番組に企画を売ってフォーマット料を確実に稼いでいるであろうこともまた、秀才である。 で、世界のナベアツには「フレディ・マーキュリーのネタ」もある。 モノマネのオーディションって設定で、フレディの格好をした男が、『We Will Rock You』のリズムに乗って童謡などを歌い、「Rock You」っつって問答無用で落とす。そういうネタ。こうして書くと全然面白くなさそう。 これは天才の仕事だ。 なんでかって、曲のタイミングが来たら鉄板でオチるのだ。ロックユーって来ることがわかっているのに、しっかりオチる。ここまで強い構造のネタはめったに無い。 そして、儲けられるフォーマットではない。演者はナベアツじゃないと成立しない。誰にも使いこなせない、汎用性のない、鉄板のネタ。 それって天才のネタでしょ。 テレビというメディアは、視聴率を市場原理で奪い合う収益モデルなので、とにかく「手っ取り早く、手軽に、おいしいトコだけ」っていうふうに流れていく。 そういう中で、こともあろうにお笑いで、プロセスを踏んでくことが大事で、オチまでの間が楽しめる、そういうネタをこさえた世界のナベアツを、僕はちょっとリスペクトしている。 プロセスが大事だっていう確証はある。 妻に向かって、自分の右耳をかじるように「3!」と言ってみたのだ。1も2もなく、ただ「3!」だ。 「手っ取り早く、手軽に、おいしいトコだけ」というテレビの原則を厳守して、オチだけ見せたのだ。 妻は、フラッシャーに出会ったように慌てて眼を逸らし「なんのつもり?」と聞いてきた。 だから、自分の右耳をかじるように「3!」と言ってやった。 うるさい、と言われた。 ほらな! 笑いには、間が必要だ。弓を引き絞るような間が、瞬発力を産む。 皆さんもこんど試すといい。自分の右耳をかじるように、いきなり「3」ね。 ドン引きだよ。
2008.06.13
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せんだって日記の昨日のヤツで、「宝くじに当たったら」っていう仮定で、私の自己実現、将来の夢、成功のイメージを具体的に書いたけれども、あらためて見ると僕は睡蓮が好きなようだ。 蓮の花にはいろんな情報が付随する。 泥沼の中から生まれて、うつくしい花を咲かせるとか。 花は早朝だけ見られるとか(そういう種がある)。 エウレカセブンだとか。 仏が座ってるのだとか。 ラーメンスープをしゃくるヤツだとか。 好きな花なので、結婚披露宴でも起用しようとしたんだけど、イメージとしては「仏花」なのでやめた方がいいですよと言われてやめた。 いまwikiったら、ハスとスイレンは違う科なんですって。驚き。ハスも好きです。むしろ蓮が好き。 で、昨日の日記ではご心配をおかけしたが、空の睡蓮とはこんなようなものだ。▼ いつか衝動買いした、蓮の花型のキャンドルスタンド。 肉厚のガラスでできてて、なんかつやつやしてかっこいいので買ったんだけど、実際にロウソクを入れてみたらコレ光の落ち方が素敵なんですね。 せっかくなので土産物のお茶も飲んでみた。味は、よくわからない。 なんでこんな落ち着かないことを書いているのかというと、ドリームジャンボが当たった。 昨日の日記の仮定条件が「宝くじが当たったら」だったじゃないですか。 当たったのよ。 いちまんえん。 もちろん、その金でサマージャンボを買った。さんじゅうまい。 さんおくえん当たったら、商売を考えよう。 顧客ひとりから300円くらいずつ私の口座に毎月支払われるモデルで、それが10万人くらいいて、それが一生続けば、それで充分です。
2008.06.12
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せんだって書いたように、三十路のチアガールと踊り狂った私だが、この得がたい経験から、ある啓示を受けた。 踊るのは楽しい。酔っ払ってても楽しい。 おお、我がカラダに流れる百姓の血よ。 好きなように、外で踊りたい。 三十路チアガールズに常小屋があると、僕もうれしい。 場所が水辺であればなおよい。できればビールも欲しいです。つか冷えたビールは必須。 そうか自分で屋台とかやればいいのか。海の家的な、河川敷の家。 河川敷の家は字面がよくない。ブルーシート風味だ。 でもまあ、河川敷なら轟音ミュージックも許されるかもしれない。 宝くじでろくおくえん当たったら「河川敷の家」を経営するのも悪くない。 夢や妄想は、具体的であればあるほど叶いやすいとかいう屁みたいなことが、自己啓発本だかなんだかに書いてありました。 せっかくだからちょっと具体的に書き出してみましょう。 とりあえずBOSEのハチマルが四本以上とCDJ。太いアンプと、あとは風雨をしのげる屋根があればいい。 売りは三十路チアガールのショーになるんだろうか。つかそれが動機で思案している事業計画じゃないか。踊りのお手本はあったほうがいいからな。 ビールと焼酎。アルコールは利鞘がデカイ。 つまみになる軽食があるとうれしい。原価率はともかく、長居できるからアルコールの注文が増える。 カレー、きのこのソテー、チョコレート、ジャガイモの塩茹で、ソーセージ。こんなところか。手間もかからず仕込みもラク。なんだこの情けない品書き。給食みたいだな。 外で酔っ払って踊りたいので屋台。 爆音を出したいので河川敷のお店。 そういうことだ。 こうして羅列的に書くのもアレだが、計画の中の夢のお店で、どのような人がどんな風に楽しんでくれるのか、みたいな「風景」や「感情」もまた具体的にイメージするのが成功の秘訣と、これまた自己啓発の本に書いてあった。 ならば具体的にそうしよう。 日も高いうちからほろ酔い加減で川面の風に吹かれていると、背後のスピーカーからドンスカドンスカ。 はらわたを振るわせる太い音が出ているので、思わずカラダが動いてしまう。 皆さんもすでにご機嫌で踊っている。 僕はみんなのことが好きだし、みんなはそのことを知ってるし、みんなは僕のことが好きだし、僕はそのことを知っている。 そういうふうになっている。 インドはゴア生まれゴア育ちの美人DJが回すサイケトランスがひん曲がった音をゴリゴリと打ち上げてくる。骨が身体から抜けそうになるのが面白い。 142BPMでウーファーから雷撃がほとばしり、火花に打たれた僕らはいっぺんに恋に落ちる。 雲間から、朝の池の水面ように青い青い空が現れて、睡蓮がゆっくりと開花するとみんなから歓声があがり、僕らは目配せをし合って他の睡蓮の花をどんどん開けていく。ここらへん、忙しいので注意です。 睡蓮が揺れるのにあわせて薄桃色の風が川から吹いて来て、あったかくて気持ちいい。川は海に通じているので、世界中があったかい風で平和になるのです。 夜空がぱっくり開いて割れ目からピンクの花弁がはらはらと舞っている。四つ打ちのキックに合わせて虹が爆発して、なんかもうまぶしくて仕方がないので眼を閉じれば、ハイハットの音で空気の色が変わってゆくから赤緑青黄色紫水色橙桃色、どんどん空気がめくれてくる。 リズムに合わせて身体の輪郭がRGBに分解されたり戻ったり、このままじゃ心までRGBに融けてしまうので、ちょっと休憩。 河原に寝転んで空を見上げると、見たこともない星座が点滅している。名前をつけると輝度が安定する。 すげえ、宇宙ってこうやってできてんだ、などと感心する。 という、具体的で成功間違いナシな事業計画を練り、手ごたえを得て、もう宝くじが当たったらすぐにでも行くぜ的な気分になった私は、お店作りに詳しい人に相談してみた。 意識の半分はもう「河川敷の家」のオーナーであった私の気持ちは、私の夢は、すぐにうたかたに消えてしまったよ。 河川敷は国交省の縄張りで、公共利用以外にはほとんど使用許可が降りないとか。なんでーい。 ていうか河原なんで。まいったな、お手上げだ。やめた。
2008.06.11
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せんだって、映画『HOT FUZZ』を観に行った。 三度目だ。 平日の昼に、家内制IT企業の社長と観に行った。一歳になる赤ん坊は保育園とか言ってたな。 平日昼ということで、観客が少なめ。 これがけっこう侮れない要素であった。 客席の笑い声が産むドライブ感ってものがあるんだね。確かに宇宙一面白い映画なんだけど、この日は「交換不能な映画体験」とまでは行かなかった気がする。 だので、DVD化を待って自宅で観ようとするなら、ひとりでは観ない方がいい。 感性の近いヤツと一緒に観るべき。なるべくたくさんがいい。低音が出るサウンドシステムがあるとなおいい。 つまり、映画館で観るのが正解。 で、以前、舞台演出家と観に行った時に思った「どうやって考えたらこういう映画になるのかわからない」なんですが、この日の気づきとしてはですね、スクリプトを、文字や言葉ではなく画で考えてって、それをしこたま切り詰めたらこうなるのではないかという想像ができましたね。 つまり、映画を映画のまま映画として、映像文法で構成したら、こんなふうな四次元構成が可能なのではないかと。セリフで語る映画は、アレです。あまり心躍らない。押井守のイノセンスとかのことだ。 あと三度目ともなると、今まで気がつかなかった細かなネタも拾うことができたのが収穫だったっすね。 ホントに無駄なカットがないのだ。
2008.06.10
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せんだって、2ちゃんねるに「埼京線の上野駅でニャンニャンしまくります」(ニャンニャン部分には“殺”の字が入ります)と書き込んだ無職男性が逮捕されたのは記憶に新しい。 埼京線に上野駅は無いのだが、JRや警察は冗談では済ませてくれなかったということ。 罪状は業務妨害ですね。 この冗談につきあって、上野駅は実際に警備されたわけで。 つまり冗談が冗談にならない世相です。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080716-00000936-san-soci「小女子焼き殺す」ネットに殺害予告 23歳無職男を逮捕7月16日18時20分配信 産経新聞 インターネットの掲示板に「小学校で小女子を焼き殺す」などと書き込んだとして、埼玉県警吉川署は16日、威力業務妨害の疑いで、千葉県船橋市丸山、無職、杉田敦史容疑者(23)を逮捕した。 調べでは、杉田容疑者は6月29日午後6時40分ごろ、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」に、「明日午前11時に丹後小学校で小女子を焼き殺す」「おいしくいただいちゃいます」と書き込み、同県三郷市の同校の業務を妨害した疑い。 杉田容疑者は「小女子は『コウナゴ』と読み小魚の意味で、殺害予告には当たらない」と否認している。 いやいや。上記の事件はこのような時代の空気にもかかわらず日時と場所をリアルに指定したから逮捕なわけだが。 「魚を焼く」とネット掲示板に書いたらもうダメなのだ。 笑えるネタなのに笑えねえなあ。 エーネイションの時期に「あゆを焼いて食べます」と書いたらきっとダメだろう。逮捕されちゃうよね。あゆの塩焼きはナイショで食べよう。 でも、元のスレッドの流れや文脈を見れば、これは冗談としてしか読めない書き込みなんだよね。どう見てもネタなの。 誰が見ても冗談だとしても、警察は動いて税金が使われているわけです。 いろいろ、迷惑な話だよね。 これはまあ、高コストな相互監視密告社会の到来だ。 皮肉なことに、こりゃネットによって実現したのだ。 警察や通報者がネットの予告的な書き込みに過敏になったのは、秋葉原の通り魔事件以降の流れなんだけど、あれ、通報したら間に合ったかというと、事実、間に合ってない。 それに、昨日も通り魔事件があったけど、それ系の事件って、実際に起こるまでは止められない。 パトレイバーの後藤さんじゃないけど、警察ってのは本質的に対症療法的な働きしかできないもんで。警察の現場の人は、常に後手であるというジレンマを抱えているわけですよね。 だから、秋葉原の事件以降、ネットの書き込みにナーバスになっているけど、ネットのイタズラは逮捕してても、本物の通り魔は事前に抑えられてないわけですよ。予告されてたって間に合わないこともあるし、予告しなけりゃなおさらだ。 書き込みに必要以上に怯えて、それはぼくらの「安全安心」に意味があるんだろうか。 「予告.in」という通報サイトができたけど、これはプログラマが二時間でこさえたもので、しかも非常に実効性を発揮してる。 でも、もし「予告.in」ができてなかったら、政府は数億円使ってこれと同じ(またはそれ以下)ものを作ろうとしてたんだよね。 イタズラ書き込みのリスクは上がっているけど、実際に人に危害を加える犯罪を犯す場合のリスクは、どうなんですか。 あまり変わってない。 ネット書き込みに注目してても、安全や安心の向上に役立つことは、極めて少ない。 ほとんどがイタズラ書きで、そのイタズラにいちいち警察は反応しなければいけないわけだから、社会のコストばかり上がって、防犯にはならない。中学校の風紀委員程度の働きだもの。 これはものすごく分の悪いギャンブルだ。 ネットのイタズラにいちいち反応するのは、僕らの社会を果てしない勝ち目の薄いギャンブルに巻き込むってことになる。 ネットの犯罪予告への対策をどんだけやっても、結局それはイタズラ書きを減らすという効果しか得られない。 実際の通り魔犯罪には無力だ。予告しなければやってしまえるわけだから。 どうしたら犯行を思いとどまるのだろうか。 犯行をすることで失うものが増えること。 将来に希望を持つこと。 こんなトコかな。 秋葉原の通り魔の目的は「ワイドショー独占」だったけれど、それはワイドショーが独占したことで実現されてしまった。 目的は通り魔じゃなかったわけだよ。テレビで騒がれるために、通り魔を行ったのだ。 だからワイドショー報道は事後従犯だ、と書いたのは内田樹だが、マスメディアも自分の役割を考えるきっかけにしたらいいと思う。 通り魔の目的を叶えてあげたのは、ワイドショーなんだ。 イタズラ予告をする連中は、並外れたバカ(なにをしたら犯罪になるのかを知らない)か、無職のイタズラ者か、どっちかがほとんどでしょ。 やっぱり、景気が良くなって、真面目に働くのが面白いのです、ってことにならんといかんのではないか。
2008.06.09
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【痛いニュース】DSのピクトチャットで情報戦 「DS鬼ごっこ」がブームに http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1147421.html>この遊びを楽しんでいるのは、世田谷区池尻地区の小学生たち。>どのように編み出したのか、その経緯ははっきりしないが、子どもたちは「DS鬼ごっこ」と呼び、放課後になるとDSを手に地元の児童館に集まる。>DS鬼ごっこは、画面に書き込んだ文字や絵を無線で通信し合う「ピクトチャット」という機能を活用。「鬼が来た」「○○君が鬼になった」などと情報を交換しながら鬼から逃げる。鬼が仲間のふりして偽情報を流したり、ちょっとした駆け引きもある。 ぎゃあああああ! うらやましすぎる! 小学生になりたい! 鬼ごっこ大好き。 一番好きなのは「名前オニ」。 それはそれとして。 鬼が、仲間のふりして、ニセ情報! すげえゲーム性高え。 偽計という作戦があるだけで、ゲームは格段に複雑になる。 鬼「いま○○くんが見える」 鬼「いま鬼だれ?」 鬼「滑り台の下にだれかいるでしょ」 鬼「マナちゃんが○○くんのことをウザいって言ってた」 鬼「ニジイロクワガタ見つけた」 わくわくするニセ情報が考えられる。 発祥不明だってのもイイ話ですが、これでゲーム脳だなんだって言ってる大人がいかにバカに見えるかというアナウンス的効果もすばらしい。 森昭雄センセイはこの鬼ごっこにも「脳が壊れている」とか言って「恐怖」を感じるのでしょうね。ヤな人ですね。 鬼ごっこ、したいな。 誰か僕と名前オニをしないか。8人くらいいると楽しいのだが。 そんなに集まらんだろうから、せめて誰か僕と「目隠し鬼」をしてくれる芸者はおらんか。 芸者?
2008.06.08
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せんだって放送された『サキヨミ』は視聴しなかったけど、妻が山本モナ好きでな。懲りないモナ 今度は二岡と“不倫騒動”7月10日7時2分配信 スポーツニッポンhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080710-00000045-spn-ent 妻が珍しくゴシップで憤っているのだ。 モナの対応についてだ。●「やった/やらない」の問題ではないのに、そこを弁明のメイントピックにしたこと●しかもなんか無理矢理だったみたいな言い訳とかして男のせいにしたこと 妻がいうには、この場合は「素敵な人だったので離れたくなかったんです」みたいなことを、ウソでもいいから言っちゃうべきだった、と。 事務所が校閲したんだろうけど、とか、全部事務所が書いたのかも知れないけど、とか、可能性は多くあれど、もっとも愚かな対応をした、と。 そもそも、火遊びをするなら彼女は絶対に撮られてはいけない。その最重要課題をわきまえずに撮られるなんてミスは愚か過ぎる、と。 愚かであることが、罪なんだ、と。 まとめると、なんかそんな感じで憤っていた。 私が「モナは不倫キャラとして開き直っちゃえばいいのではないでしょうか」と言えば、「それをするには不倫二回では足りないんだ」という。 ごもっともです。二十回くらいスキャンダらないとキャラとして定着しないですよね。 妻が言うとおりに、やったと「認めて」謝ってしまえば、これは男前だ。モナはかえって男を上げただろう。これはしくじった。 私がこの件でヤだなあと思うことは「倫理観を問われるキャスターでありながら云々」とか「イメージダウンの懸念からCMを降板云々」という流れだ。 ここでスポンサー企業や放送局が向いているのは、主に女性の顧客や視聴者でしょ。 そこまで倫理観に厳しい人たちが多いのかな。実際どうなのかな。そこまで潔癖? モナが宣伝する商品は買いません。モナが読むニュースは信用できません。 そう考える人が多いって事かな。いや、蟻の一穴、そればかりでは済まないってことはわかるけどさあ。 でもよう。ニュースをわかりやすく伝えたり、原稿を読んだりってスキルと、性癖は分けて考えてもよくね? 「不倫ダイスキっす。すんませ~ん(テヘッ)」みたいなキャラクターでいながら、仕事できるってのがいいんじゃね?(まあ、今回彼女は彼女の復帰ためにがんばった仕事仲間を裏切っちゃったわけですけど) サブプライムローンの話とかしてるキャスターの背後にさ、常に「不倫ジャンキー」みたいなレッテルを貼って見てるわけじゃないじゃないか。性癖なんか気にしてないでしょ。 で、セックススキャンダルのニュースとかはまあ、バッテンついたマスクとかつけて黙ってて他のキャストに任せてさ。 いっそのことさ、番組のクロージングで「今夜はサッカー選手、狙っちゃいます(テヘッ)」みたいなことを言えるくらいになりたいよね。 っつったら妻は「そんな大人の国になるには百年くらいかかるよ」って言ってましたが。 だってキャスターの倫理観とかって、あんた、古館がキャスターしてて、加藤千洋が解説員してて、過去には筑紫の冠ニュースがあったし、あの中居くんがキャスターしてたこともあったわけでさ。性倫理といえばJニーズ事務所も黒いでしょ。 大谷昭宏やゲーム脳教授がテレビで平気でウソを吐いてさ。 言うたら、職業倫理に欠けてるんじゃねえのって連中は大手を振って言いたいこと言ってるわけよね。 こんな現状でいまさら不倫程度のスキャンダルで女性キャスターが処分されるなんてバカバカしいでしょう。 なんで職業倫理の欠損や逸脱が許されて、オフの時間の遊びが処分対象になるのさ。天秤が狂ってる。 いい倫理違反と悪い倫理違反があるわけですよね、厳然として。 ここらへん、実はフェミニスト学者が怒ってもいい現象だと思うんですけどね。こういうときに黙ってんじゃないよ。 だいたい、タレントの不倫なんてどーでもいい話だよ。 しかも、モナはひとりだから替えが効かないのに、巨人の選手なんていっぱいいるんだからホントにどうでもいいし誰でもいい(←暴論)。
2008.06.07
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せんだって観に行った映画『ホット・ファズ』を、二日開けてもう一回観に行った。ロビーでムロイさんに会ってびっくりした。ムロイさんは出入りの会社のOL。面白かったって言ってた。『ホット・ファズ』http://hotfuzz.gyao.jp/ やっぱり宇宙一面白かった!!!!!!!!!! 舞台演出家と一緒に観たんだけど、その人も参ってたね。 「どう考えたら、こういう映画を作れるんだろう」と。 単純に面白いんだけど、構成とかキャスティングとか伏線回収とかテンポのコントロールとか、感情曲線とかカタルシスの置き所とか、「うまい」。画作りも「うまい」。無駄なカットが、マジで、ひとつもない。ありえないよこんなの。 サスペンスの解決なんか、実はものすごいシニックで猛烈にカッコイイんだよ。 でも「うまく作ろう」という意識で作られたものとは本質的に違う。 映画愛、という言葉がふさわしいのかも知れないが、それも違う気がする。 もっと、こう、距離感があるんだよな。作り手の眼が俯瞰的なのだ。 異常に突き放した客観性と優しくて細やかな構成・演出の両立は、なんだか奇跡的でさえある。 映画だけが到達できる究極の高みなんだろう(←ネタバレを回避してあいまいな口調になってます)。 だから、ぜひスクリーンで、たくさんの観客と一緒に体験するべきだ。客席にこんな一体感を巻き起こす映画は、史上初だ。 モノを作る人間は、『ホット・ファズ』の本来の凄みを感じて、圧倒されるだろう。嫉妬とか負けないぞ的な感情が起こる前に、純粋な面白さに飲み込まれている。 うーん。この映画の面白さを文字で伝えるのは難しい。 なんでかって、「映画だけが到達できる究極の高み」だからなんだけど。だから映画になっているのね。文字で伝えられる表現なら彼らは文字で書いているだろう。 たとえば、あらゆる感情ベクトルが全部同時に盛り上げられちゃう経験とかって、普通できますか? 血みどろ銃撃戦を観て、爆笑しながら泣きそうに感動してるんだよ。 件の舞台演出家は、「本編を観たら、予告編の面白さなんか比じゃない。観たあとには面白さの入れ物が変わっているだもん」と断言していた。 ホラ。だいたい映画なんて予告編がいちばん面白かったりするでしょう。 『ホット・ファズ』は、そうじゃないんだ。 ああ、また観たいなあ。いつ行こうかな。
2008.06.06
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せんだって煮物を作った時のスープがことのほか美味しかったもので、冷凍して取っておいたのだけれど、その汁を利用してフォーをこさえましょうということになって。 フォーというのはベトナム名物の米粉で作った汁ソバっすね。 鶏肉が入ったものを「フォーガー」、牛肉が入ったものを「フォーボー」、浅い海に住み味を感じる胸ビレを使ってエサを探すカサゴ目の鳴く魚を「ホウボウ」と呼ぶ。 今回作ったのは「フォーガー」。鶏肉が、好きだから。 味付けに欠かせないのが魚醤である。ナムプラーとかニョクマムなんだけど、たしかウチには「しょっつる」があった気がする。魚を発酵させたもんだったら代用は利くからなんでも良かったんだけど、しょっつるが古くなってたのでせっかくだからニョクマムを買った。 冷凍保存してたスープには大量のローズマリーが入ってた。これが美味しさの秘密であった。 われわれ男性は、ハーブというものがちょっと苦手で、いろいろありがたい効能があるとは知ってても、なんかもう効能というより「ご利益」って印象を抱くもの。 ハーブティとか美味しがって飲む男はあまりいねえよな。 私はベランダからレモングラスを収穫してスープに投げ入れた。この風味がさわやかで東南アジアだ。暖かくなってきたので、プランターからレモングラスが伸び放題なのだ。 食卓に唐辛子とかレモン汁とか砂糖とかニョクマムとか、いろんな調味料を並べて、調整しながら汁ソバをすすっていたのだけど、東南アジアのダルい味に近づかない。妻が「そうか!」とはっちゃけて、味パンダを持ってきた。そうだ。あのダルい味は大量のアジノモトのなせる業じゃないか。案の定、アジノモトをバサバサふりかけたらアジアンな味になった。 妻にナイスアイデアを先取りされて悔しかった私はテーブルを見渡し、ニョクマムの小瓶を構えてこう言ってやった。「ニョクマムし三太夫」 エスニック料理屋に行ったら、ぜひ思い出して欲しい。向かいの人間に言ってやれ。 ニョクマムし三太夫。ニョクマム 【魚露】 ベトナム産魚醤秋田しょっつる
2008.06.05
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昨日は、郊外のシネコンで映画『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』を観てきました。 最初のシーンを見ただけで、ラストになにが飛び出すのかが丸わかりの、安心のエンターテインメント。 ルーカス&スピルバーグはすばらしい。すばらしくエライ。B級映画の王道。 『最後の聖戦』から15年? ナチスはもう宿敵なりえず、冷戦構造の中の考古学的追いかけっこのスラップスティック。 いやはや冷戦時代は冒険物語の宝庫だよなあ。 内容としては『スプリガン』『Xファイル』『007』『プロジェクトA』『カリオストロの城』。ここらへんに似た感じで。なんといいますか、既視感? デジャヴ? なんかそんな感じで。 まあそういうスカスカな話を運んでくのが圧倒的なスラップスティック、ドタバタ喜劇。 あとで気がついたけどこれってもう「実写版ハンナ&バーベラ」っすよ。 いつものように秘宝をめぐって悪漢とインディ・ジョーンズが追いかけっこをするわけですが、ジェットエンジンでぶっ飛んだり、カーチェイスで衝突して車の乗員が入れ替わったり、ものすごいターザンロープしたり、らじばんだり。 頭の悪いドタバタが切れ目なく続くという『トムとジェリー』どころかワーナーの『ロードランナー&ワイリーコヨーテ』レベル。すんげえバカ。 そのバカを下支えするのが、冷戦構造と考古学者なのですね。 いやホントに「アクティブな考古学者」っていう設定は万能の冒険活劇フォーマットですよ。懐でっかいデッカイ。エピゴーネンが増えたのもわかるわ。 そんで『ホットファズ』が「おバカ映画」なんて言われるけど、『クリスタル・スカル』のほうがバカ。 バカの自覚が足りない分、『インディ・ジョーンズ』のほうが深刻な気がする。 それでいて『ホットファズ』のほうが面白いってんだから、まあ観てください。夏休み映画の主役はこっちな。
2008.06.04
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今日は、早起きして渋谷に行ってちょっと行列して映画『ホット・ファズ』を観てきました。日本で公開されなかったところを、署名運動でなんとか公開にこぎつけたといういわくつきの作品。 宇宙一面白かった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! クライマックスなんか、椅子の上でカラダを「く」の字にして笑いっぱなしだよ。 R-15のボンクラ作品なんだけど、なんだか年配のご夫婦のお客さんが多くいて、ちょっと面白い客席でしたね。 こんな面白い映画が、署名運動じゃないと公開されないなんて、 絶 対 に 間違ってる。 こんな面白い映画を架けないで、テレビタレントが出るだけのつまんねえモノを長々ロードショーする配給会社の気が知れないよ。 はっきり言えば、どうかしている。 不自然だ。 みたいな状況も込みで面白い内容なんで、とにかくみなさん観に行ってください。むしろ感動するよ。どーせ感動とか、好きなんでしょ。 うわあー、もう一回観に行きたいな、いつ行こうかな。
2008.06.03
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せんだってからですね、都内では洞爺湖サミット前ということでお巡りさんが威圧的な目でぼくらを見てます。新宿駅の中とかではもう「人を見たらテロリストと思え」っつー勢いで、いっそのこと戒厳令でも布いてくれたほうがマシだよ。なんとなくエコだし、少子化対策にもなるだろう。そしたらぼくは溜まった録画を消化するのだ。EURO2008とか。 そんな不穏な都内ではありますが、尊敬(笑)する山形浩生のインタビューを読んで溜飲がちょっと下がった。 IT Mediaからだよ。http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0807/04/news138.html洞爺湖サミット直前だからこそ読んでほしい本:『地球と一緒に頭も冷やせ!』とは?――訳者・山形浩生氏に聞く 読んだ? 信じられないくらい温厚な口調で逆にこわいぞ、山形浩生。 古館とか高樹沙耶とかに読んで欲しい本ですね。 そうそうホントに。古館なんか、エコエコ言いながらガソリン値上げで憤る踊りを見せたりして。ガソリンが高くなるのは古館エコ的に好ましいことじゃねえのか。ばかではないだろうか。 頭を冷やせ。 というふうに、いま流行のエコ熱が覆い隠しているいろんな視点を授けてくれる良書っぽい。いや読んでないが。こんど読むよ。 ぼくも、エコのために、いち早く宇宙開発をして月からヘリウム3を運んでくるべきだと願っております。夢の核融合発電。
2008.06.02
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せんだってから、トップ画面に こういうバーを張っている。 これは、いきつけのブログからアイデアをパクッたというか、まあそうだな、パクッた。(問題ありましたら連絡ください) 激しく同意するオピニオン、主張なので、文言をいただき、色とフォントを変えてこさえてみた。 ★このバーは勝手にチョッパってブログに張ったりしてくれてかまいません。色やサイズもいじってかまいません。ただし文言は変えないでください。 原典は、イギリスやドイツの諺らしいが、さかのぼれば旧約聖書に源があるという。はてなキーワードで見た。 今は21世紀ですが、そんな昔の教訓がまったく活かされていないのですね。
2008.06.01
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