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なんてタイトルを偉そうにつけるのはおこがましいですが、ふりかえってみれば、今も毎週継いでは使っているライ麦サワー種は、起こしたのが2008年、7年も継ぎ続けていることに我ながら感慨をおぼえます。っていうか、時間が経つのがいかに速いことか(あっという間に7才も歳をとったということで)。で、どうやってライ麦サワー種を継いでいるかをちょっとね、紹介しますね。ライ麦サワー種の起こし方は、2008年のこの記事に詳しく書いておきました。ライ麦の粉と水を混ぜておいておく、を5日間くりかえして出来上がった種です。市販のスターターは使っていません。それ以後は次のようにして継いでいます。1 まず、前回継いで、一部だけ取り分け、ライ麦全粒粉を適当に加えて混ぜて冷蔵しておいたサワー種を冷蔵庫から取り出して大きなボウルに入れます。継ぐ前のライ麦サワー種 posted by (C)solar082 1に(私の場合は大量のパンを焼くので)ライ麦全粒粉(全粒粉でなくても良いですが、なるべく灰分の多いものを使いたい)400gと水400ccを入れて、よく混ぜます。300gずつでもオーケー。粉と水がほぼ同量である点が大切。混ぜたら、室温で12〜18時間おいて、発酵させます。継ぐ前のサワー種に水とライ麦粉同量を加えて混ぜた種 posted by (C)solar0812時間後には12時間発酵させたライ麦サワー種 posted by (C)solar08今回はわざと水の量を少なめにしたので、あんまり盛り上がってはいません。水を多くすればするほど、膨らみます。でも、これぐらいでも大丈夫。3 これでザワー種の継ぎは完了です。継ぎが完了したザワー種のほとんどは新しく焼くパンに使います。ただ、ほんの一部(1のところに書いた、継ぐ前のサワー種とほぼ同量)だけを取り分けておいて、ジャム用の瓶などに入れ、一部を取り分けたライ麦サワー種 posted by (C)solar08新たにライ麦粉を加えて(量は様子を見ながら、種がそぼろ状になるぐらいにする)、混ぜて冷蔵庫に保管します。継いだライ麦サワー種にライ麦粉を足して混ぜて保管 posted by (C)solar084 乾燥サワー種3の「ほんの一部を取り分ける」というのを忘れると、パニック状態になります。だって、これこそが次のサワー種のスターターになるわけですから、これがなくなったら、ライ麦粉と水を混ぜて、、、という作業を5日間くりかえさなければなりません。知人にサワー種をあげてスターターとして使っていただいたことがあるのですが、その方はあるとき、取り分けを本当に忘れ、自分で起こさなければならなかったそうです。で、そうなったときの保険のために、瓶やボウルにこびりついたサワー種をクッキングペーパーに薄く塗り付けて、乾かしたドライサワー種を冷蔵庫に保管しています。乾燥させたライ麦サワー種 posted by (C)solar08長期旅行に出かけたときに、一度だけ、試してみたことがありますが、うまく使えました。適当に水に溶かして、2の作業をするだけです。5 サワー種の長期保存3のところで準備する、次回用のサワー種は粉を多量に加えて、乾いた状態にすればするほど長持ちし、冷蔵庫で2週間は保管できますが、一ヶ月以上留守にする場合はカビとか雑菌の繁殖が心配になります。そういうときは、乾燥サワー種にするか、思い切って冷凍します。ただし、次に使うときに、2の過程がうんと長くかかります。冷凍されて眠っている細菌が活発になるには時間がかかるから。でも、生きていてくれたのには驚きました。でも、乾燥されたサワー種の方が起きるのが速いようです。3でできたライ麦サワー種だけに粉を加えても、生地は十分にふくらみます。量の目安としては、サワー種の重さ(粉と水の割合がほぼ1対1だから、粉の倍の量)と同じだけの粉の量まで混ぜても焼けます。それより少なければ、もちろん大丈夫。ただ、最近は、ドイツパンを焼くときに、2のようにしてサワー種を準備するだけでなく、同時に400gのスペルト麦粉とホップ種と水(合わせて400cc弱)で元種をつくっておきます(冷蔵庫で一晩発酵)。味が複雑になるような気がして(気のせいらしい)。あるとき、ホップ種の元種を忘れて、サワー種だけで焼きましたが、できあがりは同じでした。味も。ホップ種とスペルト小麦の元種 posted by (C)solar08ホップ種を使った元種を作った場合には、翌日、ライ麦サワー種(800g、内粉の量は400gぐらい)とこの元種(800g弱、内、粉の量は400g)、新たにスペルト麦粉400g、塩20g、パン用スパイス(キャラウエイ、フェンネル、アニス(八角)を挽いたもの)適当、ヒマワリの種、フラックス種、はと麦のふすま(健康に良いらしい)カップ半から1ぐらい、などなどを加えて、10分ぐらい捏ね(電動ミキサーの捏ね用ニーダー)ます。つまり、合計1200gの粉(ライ麦3分の1、スペルト麦3分の2)にその他もろもろを混ぜたわけです。この種を型(長い食パン用型1本とパウンドケーキ型1本)に入れ、胡麻をふって、3時間ぐらい発酵させます。ライ麦サワー種とスペルト麦その他を混ぜ・捏ねて二次発酵 posted by (C)solar08発酵後、250度(わたしの蒸気調理コンビコンベクションオーヴンは230度が最高なので、しかたなく230度で始めて、徐々に温度を下げて、合計1時間ぐらいで焼き上げます(長い食パン用型のは1時間10分、同時に二本焼けます)ライ麦サワー種+スペルト麦粉ホップ種+スペルト麦で焼いたパン posted by (C)solar08これで出来上がり。長い方のパンは二分するので、合計3本のパンになります(2本は毎回、あげてしまうので)。サワー種のパンは、買ったものはかなり酸っぱいですし、そもそもドイツ人は酸っぱいパンを食べたいからサワー種を使うのですが、私のサワー種のパンはどういうわけか、あまり酸っぱくありません。良いのは、このパンは日にちがたっても味が落ちないところです(バゲットなどと違って)。落ちないどころか、味が落ちついて、おいしくなるような気がします。毎朝、このパン、すっごく薄く切った2枚にチーズ少量と前の晩の残りのサラダかキュウリのピクルスとかをのせて食べるばかりなのに、これだけは一年中食べても飽きないから不思議です。ご飯に漬け物とみそ汁みたいなものかなあ。でも、昼とか夜にはパンを食べたいとは思わないのも、不思議。ライ麦サワー種+スペルト麦その他で焼いたドイツパン posted by (C)solar08
2015/01/31
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このところ、特に旧東ドイツ、中でも特にドレスデンでは、ペギダ(西洋のイスラム化に反対する愛国的ヨーロッパ人 )と名乗る集団が毎週月曜日に大きなデモ(デモではなくてお散歩だとしていますが)をしています。場合によっては1万人もの「ふつう」の市民が集まって、声高々に「我々は国民だ」(我々こそが国民だ、というようなニュアンスが感じられる)と叫んでいます。このフレーズは、旧東ドイツと旧西ドイツが統合される前に、旧東ドイツ人の多くが毎週、月曜日に集まって、旧東ドイツの独裁政治に反対して唱えたシュプレヒコールと同じです。ペギダをなす人々はイスラム教徒と過激なイスラム原理主義者の区別をせず、回教信者なら誰もがテロリストであるかのようにとらえたり、宗教を問わず難民・移民に反対し、果てはユダヤ人の排斥を唱えるナチがかった傾向の人も混じっているようです。よりによってイスラム信者の割合がとても少ない(0、2%)ドレスデン、そもそも外国人が少ないドレスデンでどうして?と不思議がられてもいますが、その謎はまだ解けていないようです。イスラムを理由なく怖がる人もいます。パリでのテロによって、この恐怖は拍車をかけられたようです。政治が自分たちのことを考えてくれない、という不安がこうした心情を生み出す、ということも考えられます。たしかに、世界のどこでもと同じくドイツでも、ますます金持ちとそうでない人との差は大きくなるばかり。勤勉に働いても、生活がなりたたない人は増えています。自分の惨めな状況を移民などのせいにしたくなるのでしょうか。人間って、疎外感や劣等感をもつと、自分よりももっと「下」とみなせる人を探して、ばかにしたり、差別したくなる傾向があるでしょう。いじめという現象もその一つだと見ることもできます。いずれにしても、ペギダに参加する人たちは色々な形の不安や不満をもつ人の混合で、ナチ的な人もいれば、単に外国人を嫌う人も、あるいは政治に置き去りにされた不満感をもつ人もいるようです。ドイツは積極的な移民政策をとろうとしています。少子化、高齢化が進んで(日本ほどではないですが近いです)、このままだと将来年金を払ってくれる若者や中年層が足りなくなるし、職業能力のある労働力も不足するので、若い移民を受け入れることが、経済的にも緊急に必要だからです(経済界からの言葉)。それに対しても、ペギダは反対しているのです。ガイジンが多くなって、自分たちは損をすると。国営放送の政治レポート番組で、ペギダに参加する人にマイクが向けられました。ある男性の言葉にびっくり。「外国人を入れれば、ドイツは得をするなんて嘘だ。こんなニガーやガイジンは読み書きだって出来るようになりゃしないよ。やめてくれよ。南チロルだったら、こんなやつらは滞在許可をもらえないよ。やつらは作業所で働くことなんてできないんだから。ネジの一つの回し方も知りやしない。こんな連中を連れてきて、それが社会的な産物だなんて、やめてくれよ」とまくしたからです。この暴言には、別のデモ参加者もちょっとたじろいていました。画面を見ていて気がつきました。こんな差別的で、嘘もまじった暴言を吐いた男性の声と姿に見覚えがあります。あら、これはカールだ。前にこのブログでもなんどか紹介した、BFの旧友です。旧東ドイツの山にある、古いポストの建物を自分の手で改造して、すてきな家にしてしまった、元歯医者。彼には昔からナチ的なところがあったそうですが、外国人を赤裸に見下すような失礼なことをカメラに向かって言うとはね。自分だってトリックを使って、税金をまぬがれたりなどいろいろ怪しいことをしているくせに。毎年、カールの家を訪ねているのですが、去年は行きませんでした。なんだか、もう彼のところには行きたくなくなった。こういう人々でペギダは成り立っているのかな。ペギダのデモのニュースでマイクを向けられた、若いアジア人(中国人かベトナム人か)の女性は「私はドイツで育ち、今は大学で社会福祉を学んでいる。自分はドイツに同化したと思いたいけれど、こういう運動を見ると、いくら努力してもドイツ社会には入れてもらえないと感じる」と涙ながらに訴えていました。幸い、私の住むフライブルクはとてもリベラルでオープンな町なので、ペギダを支援する人はいるにはいますが、少数です。そして、昨日はペギダに反対する市民の自発的なデモ(一人の個人がフェースブックで呼びかけた)に2万人が集まったそうです(フライブルクの人口、約20万人)。おかげで、この町でガイジンとして辛い思いをすることはありませんが、そもそもガイジンってなんだろうと思ってしまいます。もう30年もこの地に住み、国籍もとり、税金も毎年まじめに払い、選挙にも行き、日本からの収入もこちらで支出し、こちらの言葉で考え、、表現し、ドイツ人の友の中にいても、ガイジン?まあ見た目はどう見てもガイジンだけどさ。日常生活で差別されていると感じることはないし、道路上などで「ガイジン、出て行け」などと叱責されたことは一度だけだし、襲われたこともないけれど、もし自分が若くて、就職などを探したとしたら、やっぱり差別はあるのかもしれません。それだからこそ、娘のことが心配になります。五歳でこちらにきた彼女は母国語がドイツ語で、幼稚園から大学までドイツの教育を受けているので、頭の中はドイツ人のはずですが、見た目も名前も純粋日本人。いやだね。こういう下らない心配をしなくてはならない、という状況がとても嫌です。今もヨーロッパ社会のこうした傾向が、イスラム原理主義だののテロへの恐怖から来ていることも確かですが、恐怖というのは論理的ではないから困ります。ドイツでこの十年にイスラム原理主義のテロで死んだ人は2人だとか。一方、若いネオナチによって殺された人(ドイツに定着して店などをやっている堅実なトルコ人が主)は10人。もっとすごいのは、病院の細菌感染(マルチ耐性菌)で死ぬ人はドイツだけでも、一年になんとなんと、4万人だそうです。その内の2万人の死は、病院が感染対策をきちっととっていれば、避けられたそうです。七面鳥、ニワトリ、豚などの飼料に抗生物質が多量に使われていることから、抗生物質が効かない耐性菌が増えてしまったのだとか。ペギダよりも、病院の細菌対策(オランダではスクリーニングによって防がれているのに、コストの点でドイツの病院は及び腰)を訴えるデモをした方が、命のためになりそうよ。
2015/01/24
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最近の二年ぐらい、こちらでは手編み、とくにカギ編みで帽子とかマフラーをつくるのが流行っていたようで、編み方やデザインを紹介した本も出回っていました。前にも書きましたけれど、編み物はすっごく下手でかつ根気がなくて、学校時代はわたしのソックスだけがバケツ状に広がり、セーターに挑んでもすぐに飽きてしまうし、目の増減がうまくいかなくて、結局は母に最後まで編んでもらいました。今もそのセーターを着ています。母はもう17年前に逝ってしまったから、このセーターもものすごく古いはずなのに、どういうわけか、輝いています。それなのに、毛糸や本を見ると、思わず買ってしまって、稚拙な帽子やマフラーを周囲にまき散らしています。でもって、今回は友だちのために、肩と首を冷やさないものを作りたくて、新しく買った本に出ていたかぶりタイプのケープ(首のあたりも肩と同じ広さなので、ドレープしてしまって、首が寒そう)をアレンジして、首のあたりをタートルネックのセーターのようにしぼめてみました。かぶりケープ posted by (C)solar08半長編みの組み合わせ自分でかぶって、BFに見せたら「なんだか騎士の鎧みたい」と言われてしまいました。でもね、こうやって見るよりも、着てみると、ワンピースのレースの襟みたいで、かわいらしいのよ。なーんて、やっぱりこれを着て外出するのは恥ずかしいかなあ。首と背中が暖かいのだけは確かだから、家でこたつに入っているときに着てもらおう。本来のデザイン(首もとがドレープしてだらーんとたれる)では、これをストールのようにして上着やコートの上にかぶった写真が出ていたのですが。これもジャケットの上からかぶたら、どうなんだろう。誰かが「こういうのが流行なんだよ」と言えば、穴あきジーンズと同じで、それもあり、ということになるのかもしれない。ファッションって、そういう面があるものね。下着みたいなTシャツが下着じゃないと「認知」されたりね。この毛糸、ペルー産のエコウール。とっても暖かいです。
2015/01/14
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日本語の本を読む機会はとても少ないです。日本に出かけることが少ないし、たとえ出かけても、興味深い本を短時間で探し出すのはむずかしいし、そもそも本は文庫本以外は重いので、持って帰る荷物の優先順位では、食料品より下位におかれてしまいます。それだけに、Ameliaさんからいただいた贈り物小包の中に【楽天ブックスならいつでも送料無料】献灯使 [ 多和田葉子 ]価格:1,728円(税込、送料込)を見つけたときには、歓喜してしまいました。わたしが多和田さんの作品を好きなことが、どうしてAmeliaさんにわかったのかしらと一瞬思いましたが、そういえば最近の記事で、最後にちらっと多和田さんの本を買いたいと書いたことを、一晩寝てから思い出しました。わたしもボケてるねえ。そんな小さなことを覚えていてくださったAmeliaさんのお心遣いがとてもうれしいです。いただいて、すぐに読み始めました。わたしは一人で食事をするときには、いつも本を目の前に立てかけて、本を読みながら食べます。だから、トーストからチーズが落ちてしまったり、ジャムがたれたり、たいへん。でも一人なら、誰も見てないから大丈夫(あとで掃除がたいへんですが)。パンを仕込んでいる間、オーヴンで焼いている間も読みました。表題の「献灯使」をはじめ他の収録作品も、いわばフューチャーフィクションとでもいいましょうか、数世代後の日本、鎖国をし、コンピュータも自動車もなくなり、食物を国内で自給しながら生活する日本を描いています。自給だから、農業がほとんどできない東京は貧しくなり、農業が盛んな沖縄や東北が豊かになるわけ。それでもそこに生活する人々はみんなお互いにやさしくて、社会は今よりもずっと人間的で、物質的には貧しくても、もしかしたら今よりも幸せのようにすら、感じられてきます。あり得ないようなフィクションなのに、もしかしたらあり得ると思えるほど、リアルです。この本は、現代の社会、政治、環境、習慣の風刺であり、批判でもあるのですが、批判が表面に出ているのではなく、言葉のたくみさ、ウイット、ユーモアにあふれた物語の底から感じられるだけです。読みながら、アハハ、アハハと一人で笑ってしまうことがしょっちゅう。だっておかしいんだもん。いつまでも終わって欲しくないような、面白い物語。どこからこんな面白いアイディアが浮かぶのでしょう。アイディアが浮かんだだけではすぐれた作品にはならないでしょうが、多和田さんの文章のわざにかかると、それがすばらしい作品として実を結ぶのですね。あんまり面白いので、BFにも伝えたいけれど、内容をこうやって話すだけでは何もわからないでしょう?やっぱり自分で読んでもらわないとね。ぜひ、ぜひドイツ語版でも出していただきたいけれど、だめかなあ。日本独特の事情とか、日本に住む人でないとわからない言葉のユーモアとかがあるから、こういうとき翻訳小説はもどかしいです。あ、そういえば、多和田さんの作品が好きと書いたブログ記事で、村上春樹の本「ダンス、ダンス」のドイツ語版を読みますと書きましたが、その後読み終わりました。やっぱり、予想どうりというか、感激はしませんでした。こので本もシュールで非現実的なことが起こりますが(羊男とか幽霊みたいなのとか)、それが出てくる説得性に乏しいし、主人公の「僕」の考え方や生き方も一貫性に欠けているし(世捨て人みたいなこと言ってるくせに、やたら世俗的)。所々に凡人では書けないようなむずかしい、込み入った、知識人ぽい文章が出てきて「ホホー」とか思いましたが、それ以外には感動も、面白かった感もありませんでした。本は好みの問題で、どれが上とか下とかは言うべきだとは思いませんが、わたしは多和田葉子さんの作品の方が好きです。言葉の選び方も文章も、プロットも好きです。「犬婿入り」以来ずっと。すばらしい本を選び、プレゼントくださったAmeliaさん、本当にありがとうございました。
2015/01/05
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2015年元旦、東の窓から posted by (C)solar08大晦日の夜の空は半月がさやかに映えて、星もちらほら出て、夜中の零時にあちこちの街角や屋根から打ち上げられる数々の花火とまじっていました。打ち上げ花火や爆竹の音は、大小の教会から零時にいっせいに鳴らされる鐘の音とまざって、独特の雰囲気を盛り上げます。哀愁とある種の怖れ感が混じったような。遠くのシリアや北イラクでは、こういう爆音が死と直接つながっているはずですが、わたしたちは「こんな爆竹が本物の爆弾だったら怖いよねえ」とただ想像するばかりです。世界のいたるところで、戦争、内紛、暴力、集団殺戮、権力をめぐる抗争や不正、極端な貧富の差、飢餓がいまだに絶えないどころか、ますます広がっているかのように見えます。ひとり一人の個人は善意をもって暮らしているのに、こうしたことに意図せずして加担すらしているかもしれないのかと思うと、情けなくなります。情けなくなる、と言いながらも、何もしない自分。何をすべきか、わかりもしない自分も。個人個人がまずは自分の生活を守り、人生の最後までの時間をできるだけ健やかに、愉しく過ごそうとするのは当然の権利ですから、そことの兼ね合いもむずかしい。そんな中にあっても希望を失わず、創意や努力や勇気をもって平和、環境保護、福祉などのために尽くされている方々の尽力をあらためて尊敬します。大晦日の花火の音が静まり、一夜明けると、今朝は快晴。世の中はまったく静かで、残り雪を見ながら散歩をする人がちらほら道路に見えるだけ。わたしはこんなことをグチグチ考えながら、元旦だというのに、ジャム入りイーストドーナッツの生地をしこんでいます。大晦日にこちらでは、ベルリーナー(ジャム入りイーストドーナッツはここらの地方ではベルリーナーと呼ばれと呼ばれますが、ベルリン自体ではなんとパンクーヘン、つまりはパンケーキと呼ばれるとベルリン出身者に聞いた、驚いた)を食べる習慣があるって、今頃になって知って(こちらに30年暮らしているのにです)、それを聞いたら、とつぜん食べたくなったから。一日遅れでもいいかなと。その代わり、おせちも雑煮もなしよ。皆様にとって、そしてわたしにとっても、今年一年、いや今年だけでなく、その後の年もが、戦争がなくて、健康な日々でありますように。もう自己実現とか目標達成とか、充実とか、ときめきなどといった贅沢は言いません。平和な社会で健康で生きていければ、それだけで十分ありがたいことだと思うようになりつつあります。2015年元旦、西の窓から posted by (C)solar08きれいな景色がなくて、隣の家のドイツトウヒの緑が鮮やかなだけ。
2015/01/01
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