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ドイツではいま、ヴァレンしア・オレンジがとても安くておいしいです。1キロ当たり1ユーロ(約130円?)という商品も、スーパーではふつうにあります。そして、しかもそれがおいしいの。夕食のデザートは一年じゅうフルーツサラダでも飽きないので、冬期間はオレンジを毎日1個は利用しています。こうしてのんきに喜んでいたら、昨日テレビで哀しい事実を知ってしまいました。ドイツのオレンジはほとんどすべてスペインからの輸入ものなのですが、フランスなど他の輸入国とくらべても、ことさら安いのだそうです。それは、大手のスーパーチェーンが生産者や卸業者に安値を迫るから。大手のスーパーチェーンはドイツ以外にも支店をたくさんもっているので、圧力が効くのです。その結果、オレンジ農家は1キロ当たり15セント(20円以下)とか信じられないような安値でオレンジを売らなければならないのだそうです。それで、生き残りをはかるためにスペインの農家は、オレンジの収穫をする労賃を節約するために、アフリカからの難民を雇うことが多いのだそうです。ただし、雇うといっても正式に公正な賃金を払うのではなく、畑に野宿させて、ものすごい低賃金で働かせるのだそうです。アフリカ人たちは住む家もなく、金もないので、テントのようなものをはって、ちゃんとしたトイレもないような生活をおくっています。ゴミや汚物にまみれて。アフリカに帰りたくても、帰る金もないから、こうせざるを得ないのです。雇い主の農家ばかりを責めるわけにはいきません。責められるべきは、安いオレンジに目を輝かせ、一番安いオレンジを売っているスーパーを探す、ワタシたち自身。もちろん、値段をたたくスーパーもですが。この状況は、こちらですっごく安く売られる衣料のために、低賃金で危険な労働条件で働いているバングラディシュやカンボジアの衣料工場と似ています。月収5000円余りのあめに、休日もなく毎日12時間働いている人の生活が報道されていました。こういう番組を見ても、ワタシには何もできないよなーとボヤイていたら、オレンジの場合には、最後にちょっと希望のもてる事例が紹介されていました。ドイツなどのスーパーに売るのをやめて、インターネットを介してオレンジをお客に直売している農家です。ふつうは収穫されたオレンジを卸業者や輸出業者に売るだけのところを、直売農家は採れたオレンジを畑ですぐにボール箱に梱包して、発送するのだとか。こうすると、収穫からお客の手元に届くまでに3日しかかからないので、熟したオレンジを収穫して送ることができ、お客は新鮮で甘いオレンジを食べることができるのだとか。値段は1キロ当たり3ユーロ(360円から400円ぐらい?)だそうですが、人を苦しませないで、しかもおいしいオレンジが食べられる!これから探してみなければ。ドイツ人は良く言えば節約型で合理的、悪くいえば、かなりケチ。とくに、食料品が安いことにあまりに慣れきっていて、オレンジが1キロ400円などというと、すぐ「高ーい」と思ってしまいます。わたしもそうです。食料品というのは生きるための一番大切なものだから、本当は良質なもののためにはケチるべきではないのに、他のものにはおしまず金を出すくせに(ちなみに、タバコは1箱600円以上)、食料品にはケチる傾向があります。ワタシも反省しなければ、、、。子ども時代を思い出すと、父がみかんはきらいで、輸入物のネーブルオレンジが好きだったのですが、当時はオレンジは高級品でした。父が生きていて、今ここにいたとしたら、安くておいしいオレンジに歓喜して食べたかしら、それとも、「そういうふとどきなことをするスーパーからオレンジを買うのはいかん」と言ったかなあ。昔、実家の近く、東京の根津にはじめてスーパーが出店したとき(周囲は八百屋さんや魚屋さんなど小売り店がたくさんありました)、「ああいう大型資本の店で買ってはならん。昔から正直に商売している小売店を応援しなければ」と言って、スーパーで買うのを禁止した父でした。ワタシはときどき、父に内緒でお菓子などをスーパーで買いましたが、さすがに野菜や魚、肉は昔から知っている小売店で買ったものです。根津の商店街の小売店たち、今も残っているのかなあ。ああ、なつかしい。
2014/01/31
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イエロー小麦のバゲット posted by (C)solar08毎週一度はバゲットを焼いているのに、いまだにクラムが詰まったり、もっちりします。そしたら、今日ちょうどAmeliaさんが、もっちりクラムの原因が書かれているパン職人さんの文の抜粋を紹介されていました。そうそう思い当たるわ。ふだん使っているスチームオーヴンは、コンベクションなので熱風がもろに生地に当たり、しかも最高温度が230度しかないので、内部に熱が通る前に、外側が固く焼かれて、熱の通りをさえぎっているのかもしれません。それで今回は、アルミトレーで表面をカバーするようにして焼いてみました。そしたら、まあまあ、私としてはかなりの大穴が開きましたよ。原因はこれだったのかしらん。今回使った小麦はGelbweizen、つまり黄色小麦という粉です。有機農業の農家が栽培しているようで、カロチンなどが多く含まれているので黄色なんだそう。写真からは黄色がわかりませんね。ひどい写真ですみません。なにしろ、このバゲットを三日かかって少しずつ食べるので、撮影のためにすべて切ってしまうわけにはいかなくて、、、。かぶせと言えば、カンパーニュをぱっくりさせるために、ボールで被せる方法はふつうに知られているけれど、前もって被せようのボールをオーヴンに入れて熱くしておく(オーヴンの温度が下がるのを防ぐ)のが嫌で、ずっとしていませんでした。どこかのブログで、ボールを熱せずに、ただ温水で濡らしてから記事に被せるという方法を読んで、これなら手軽だと喜んで、実行しましたよ。ボール被せ焼きしたカンパーニュ posted by (C)solar08そしたらね、熱したボールをかぶせたときと変わらないくらいにはパックリ開いてくれたわ。まあ、みなさんのようにすっごくパックリとはいきませんけど。コンベクションというのは便利のようではあっても、短所もあって、熱風の当たるところと当たらないところの違いが大きすぎて、焼きムラができたり、クープの開き方がかたよってしまうのが難です。桜アンパンとアップルパン posted by (C)solar08羊羹づくりで余った餡子の処理のために、久しぶりにアンパンを焼こうと思ったら、ちょうどだるまや。さんが、餡でなくて煮リンゴを入れたパンを作っていらっしたのを見て、真似がしたくなって、さっそくリンゴをレモン汁とラム酒とレーズンで煮ました。リンゴは煮ても汁が出るので、それをどうするかが問題。そういえば、ドイツのパン屋で売られているデーニッシュ風の菓子パンにApfeltascheというのがあります。つまりはアップルバッグあるいはアップルポシェット。今回はアンパン用の菓子パン生地だけど、形だけをアップルバッグにまねて、長方形の生地に煮リンゴをたっぷりのせて、その上に同じ形の長方形でふたをして、何本もクープを入れます。こうすればリンゴがたくさん詰め込めるし、汁がクープから蒸発してくれるだろうと思って。本当はリンゴの下にカスタードクリームをしくと、もっとおいしいけれど、カスタードソースを別添えにすることにして、今回はリンゴだけ。アンパンもアップルパンもあいかわらず成形がへたなので、お見せするようものではございませんが、まあね、おいしかったということで。アンパンには、大切にとっておいた頂き物の桜の塩漬けをおへそに入れたら、なつかしいアンパンの気分。なんとも言えませんね、桜の香り。サワー種とスペルト麦粉のドイツパン posted by (C)solar08テレビで見たパンについての番組で、白パン(つまりは白い粉で焼いたバゲットとか食パンとか丸パンなど)はおいしくて、即座にエネルギー(糖分に変換しやすいから)は出るけれど、長時間の持続的なエネルギー源にはならず、すぐにまたお腹がすき、いわゆる黒パン(つまり全粒粉やふすまなどミネラルや繊維が多く含まれたパン)は持続的に力が出るというのを、実験して見せていました。茶色い(黒い)ドイツパンは繊維が多いので、お腹の調子にも良いと思っています。旅先で白い粉のパンばかり食べていると、調子が悪くなります。でも、バゲットも大好き。だから朝食にはどちらも欠かせません。明日はアンパンとバゲットとドイツパンの朝食だー。うれしい。今日も南ドイツは春日和、シジュウカラがピーチク、ピーチクさえずっていて、日中の気温は8度ぐらい。冬はいつ来るのかな。明後日頃らしいけれど。
2014/01/28
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もう十年以上も、基本的には一人暮らしをしています。二人またはそれ以上の複数での暮らしから、一人住まいになったときに最初に思ったのは、なんて時間がたっぷりあるのだろうということ。子どもがいればもちろんのこと、おとなとの暮らしでも、同居人の生活リズムや調整などで、どうしても時間がとられてしまうからなのでしょうね。一人暮らしは寂しそうに思えるけれど、そして実際にそういう時間もあるけれど、醍醐味もあります。どんなカッコウ、どんなお行儀、どんなことをしても、他人の迷惑にならない。たとえば食事、一人ご飯はつまらないようにも思え、つい簡単なものですましますが、食べながら本や新聞を読むのが楽しみ。本立てに本をおいて、その前で目を本に釘付けにしながら、コーヒーをすすり、ジャムをたらしながらパンを食べても、誰にも見られない。昼食も、自分だけなら、冷凍ご飯をあたためて、いくつかの残り物をいっしょに煮てしまった、おっそろしく見た目がまずそうな物でも、とってもおいしく感じることがあります。家族とかBFとの食事はそれなりに気を使うからでしょうか。食べるときの味わい方にちがいがあるような気がします。でも、自分一人でない食事のときは、色々工夫して作るから、それなりに内容はおいしいし、楽しく会話が進んで、これはこれでとても貴重な時間、これがなかったら食事を作ることもなくなりそうですが、一人で食べる祖末なご飯というのは、別の価値があるようです。昔、祖母は自分の食事は祖父とはいつも別にして、一人で食べていました。ラジオも消して、静かに、一人だけで食べないと、味がしないのだそうです。子どもの私もいつもは追い出されたのですが、一度だけ、静かにしているからという約束で、観察させてもらいました。そしたら、祖母はみそ汁は蓄音機(昔の手回しのレコードプレーヤーです)のふたにすわって、鍋からしゃくしで口に運んで、舌打ちしながら食べていました。この祖母、大昔に船でパリまで出かけて、有名レストランでお食事をしたこともある、当時としては珍しい大学出の女性でした。その彼女が、一日じゅう寝間着のままで、たすきをかけた姿で鍋からすするのですから、子どもの私にすら強い印象をあたえたようで、今でも覚えています。祖母にとっては、人に気兼ねせずに、自分の好きなように食べられる時間がとても貴重だったのでしょう。いま、一人で食べる私のみっともない姿も外から見たら、祖母と同じかもしれません。その祖母だって、「あんな爺さんでも、いる方がいないよりはマシなんだろうね。白々の茶も白湯にまされりっていうから」と言ってましたから、本当に一人で暮らすほどの度胸はなかったようです。そう、一人暮らしは自由で時間があって、我がままがきいて長所はたくさんあるけれど、もちろん時には手持ち無沙汰になったり、寂しい瞬間はあります。自分の時間をどのような活動で満たすか、仕事がいっぱいの時には一人の時間がたくさんあるのは歓迎ですが、「しなければならないこと」がなくなったとき、何をするのか。自分がしたいこと、一人でもしたいことを若い時、小さい時から見つけておくことがどんなに大切か、今になって(今でなくて、前でもそうだったけど)感じます。学校の時代、学生時代、主婦時代、母親時代には、目の前にしなければならないことばっかりがあって、それを優先してばかりいたために、自分が本当におもしろい、やってみたい、やり抜きたいと思うことを見つけないで、ずるずると時に流されてきました。全くやりたくないことをしなければならないほどの境遇ではなかったのは、まさに運が良かったから、文句は言えませんが、辛いアルバイトなどをしてまでも演劇とかロックとか芸術とかを続けている人を本当に尊敬します。そういうものがある、というだけでも尊敬します。話は変わりますが、道ばたで「モンテクリスト伯爵」の第二巻を拾ってきたので、読み始めました。モンテクリスト伯爵は、子ども時代、学校を休んでは本を読んでいた時代(登校拒否なんていう意志があったわけではなくて、くしゃみをするたびに上記の祖母(同居ではなく隣の家)が「学校を休め、学校の勉強よりも体が大事」と命令したから、一年の三分の一は休んで、家でラジオを聴いたり、本をめちゃくちゃ読んでいただけ)に読みました。子ども用の「巌窟王」じゃなくて、大人用のを両親の本棚に発見したのです。字がルーペが必要なほど小さくて、やたら漢字が多く(戦前の本だったので、今は使わない漢字も多々在り)読めない字がたくさんあったのは読み飛ばして、完読しました。今、x十年後に読んでみると(今回はドイツ語訳だから、漢字がないし、訳が読みやすい文なので助かる)、ストーリーの語り方のうまさ、現代にもあてはまる、人々の心の動きとか策謀、陰謀など、デュマの作家としての大きさに改めて感心します。作り話だということがわかっているのに、ワクワクして読み出したらやめられません。一人ご飯のときにはいつもテーブルの上に置いて食べながら読み、じゃなく読みながら食べ、パンの発酵時間にも読み、夜中も読み、、、。こういうことが勝手にできるのは、一人暮らしの長所。誰も、「そんなことしてる暇があったら、汚れがこびりついて髪の毛だらけのキッチンの床をついに掃除したら」ととがめることもないし、、、。なんとか暮らしにウジがわく、というのは真実かも。
2014/01/24
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こちらはいまだに暖かくて、日中の最高気温は先週よりは下がったとは言え、今日も8度ぐらいです。昨晩、17時半頃のこと、BFが「そういえば」と言って、近くの小劇場のプログラムを取り出しました。ちょっと面白そうな劇が19時に始まるから、行こうか、と言うのです。説明文を聞くと、風刺劇のようで愉快そう。「ご飯どうする?帰ってからにする?」「食べてから行こう」「えー?」ということで、速攻開始。半解凍してあった、白身の魚に塩こしょうを振って、オリーブオイルで焼き、その間に赤ピーマンと椎茸を切って、魚のわきで炒め、エストラゴンを散し(タイムでもなんでも良さそう)、安い白ワインをそそぎ、半ば蒸発したところに、100mlくらいのサワークリーム(生クリームでも可)を溶き入れてから、ショウユをたらして、出来上がり。調理時間は10分ほどでした。本当はご飯代わりの「主食」として、根セロリのピュレーを作ろうと思っていたけれど、時間がかかるのでやめて、一昨日の残りの芽キャベツ(半分に切って、下茹でしてから、ベーコンの細切れとバターでいためたもの)とやはり残り物の茹でたジャガイモ2個を、いっしょにして暖めただけのもので代用。魚はタイでもヒラメでも、サーモンでもサバでも、何でも良さそうです。いっしょに炒める野菜も何でも良さそう。たまたま赤ピーマンがあったから使っただけです。時間があったら、エシャロットかタマネギを炒めても良かったかもしれません。要は生クリームまたはサワークリームとショウユの組み合わせです。これで十分、おいしいソースになるから。これだけで、お腹はいっぱいになりました。急いで作り、急いで食べたから写真はないです。こうして手早く作り、手早く食べ終わったのが18時15分。次の15分間に、再生可能エネルギー関係の雑誌に載っていた、蓄電についての文を読み聞かせしてもらい(新聞記事とか雑誌の記事を、自分では読んだものでも、もう一度、BFに読んでもらうのが好きです。内容の咀嚼にもなるし、ディスカッションにもなるし)、それからそそくさと出かけて、18時45分に劇場につき、満席に近かったのに、幸運にも切符も手に入れ(一人日本円で1500円ぐらい)、BFは上演前に赤ワイン(ホールで売っていた)を飲むこともでき、19時をやや過ぎてやっと始まった劇を楽しむことができました。劇はロシアの作家の戯曲で、さまざまな場面、内容の寸劇を組み合わせたもの。あちこちの場面に散りばめられた、ジョークっぽい台詞が笑わせます。ある寸劇では、一人の男性がご婦人を食事に自宅に招待して、どうやって言い寄ろうかと思案し、準備しているところに知り合いの『お邪魔虫』のような男性がやってきて、せっかく用意したサラダをぶちまけてしまい、部屋をさんざんな状態にしたところにご婦人が来て、誘惑がおかしなことになってしまうというもの。まあ他愛ない内容ですが、笑うことができました。5人の俳優は色々な人物になって演じ、舞台装置を動かすのも、俳優自身。俳優の内、一人は以前、BFがちょっとだけやっていたカフェの常連客、さらに二人(私生活では夫婦)は、これも以前にある友だちの誕生パーティで知り合ったカップルでした。若くない人が半分以上なのに、ヨガもどきのモダンダンスっぽいパーフォーマンスも混じって、彼らの体の柔軟さや鍛えられ方にも感心しました。この劇場は大昔、屋内プールだった石造りの建物(外から見れば優雅な邸宅)を100人近くが入る劇場にしたものですが、とてもなごやかで、親しみやすい劇場です。劇の上演には、俳優だけでなく、舞台監督、照明、技術の人など5人以上の人が関わっているのですが、この人たち、この仕事で食べていけるんだろうかと心配になります。市民が1500円で手軽に劇を楽しめるためには、市からの補助金も出ているはずですが。俳優たちが、お金持ちではないことは確かです。フライブルクには人口20万余りですが、市立の大劇場の他に小劇場があり、さらに市の中心部にもう一つの小劇場、そしてこの元プールだった「マリーンバート」その他があるので、市民の文化生活はかなり満足できるものです。って、そんなにしょっちゅう、観劇するわけではないけれど、手軽に、徒歩で、お金もかけずに、こういう機会がもてるのは、本当に幸せだと思います。劇から戻ったのは21時を少し回ったところ。三日前につくったチーズケーキの残りに、オレンジ数片を添えて、エスプレッソと共にデザートとしました。手抜き夕食も悪くないわ。、
2014/01/12
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食べ出したら止まらないモノって、あるでしょう?ポテトチップとかカッパえびせん(古い?今でも日本にあるのかな)とか。今、ワタシが食べ出したら止まらないのは、いつもお世話になっているAmeliaさんが、昨年末に贈ってくださった数々のおいしいプレゼント(とりわけお手製の桑の実のジャムやナスのピクルス)の中に入っていた、とってもおいしい揚げ煎餅と落花生です。ドイツ人も感激、おいしい揚げ煎餅 posted by (C)solar08いやー、危ない危ない、もったいないので、一度に一つだけ袋から出して、細かく割って、チビチビといただきます。このお味、ドイツ人にもとても喜ばれるようで、友だちのドリスが来たときに、(もったいないけど)一個だけを割って出しました。そしたら、すぐにバリバリ、ポリポリ。「お互い太りたくないから、これ以上は出さないよ」と納得してもらいました。でも、これでは失礼かと思って、これまたAmeliaさんからいただいた、すてきなお味の抹茶チョコレートを出したの。そしたら、チョコレート好きの彼女(いつもは板チョコを一枚全部たいらげるらしい。だから手足はすらっとしているのに、お腹がとっても大きい)がいつまでたっても袋を開けないの。「どうしたの?」と聞いたら、「日本の物が大好きな姪におみやげにもっていきたいから、我慢。持って帰る」とけなげなお言葉。それならと、あと二枚あったチョコも差し上げ、それに加えて、これまたアメリアさんにいただいた可愛い砂糖菓子もあげたら、彼女はとても喜んでいました。話を揚げ煎餅に戻しますと、年末に娘婿の姉さん夫婦やBFがトランプをしたときに、この姉さんが「学生の餌」(各種ナッツとレーズンのミックスがドイツではこう呼ばれる)を出してきて、ゲームをしている連中はボリボリ、カリカリ。すぐになくなりました。それで、東京の親友からいただいた柿の種とピーナツといっしょに、またもや上の揚げ煎餅を、またもや一個だけ細かく割って、落花生も殻から出して皮もむいて、混ぜて出しました。いやー、揚げ煎餅と落花生は一瞬でなくなりましたよ。ワタシは柿の種も好きなのですが、こちらは一瞬では消えなかったので、助かりました。こういうおいしい揚げ煎餅をドイツでも生産すれば絶対売れるだろうに、どういうわけかこちらで売られているオカキの類は日本製のようにはおいしくありません。お米をつくれる気候の国ではないし、そもそも伝統がないものはおいしく作れないのか、、、。こうやってケチケチ大切にいただいているおかげで、揚げ煎餅はまだあります。昨日は、だるまや。さんから、これまたおいしい日本製品(お餅とか、ワタシが存在も知らなかった元祖ボールとか、揚げてないラーメンとか)がいっぱい詰まった小包をいただきました。その中に隠れていた、だるまや。さんが集中的に焼いていらした可愛いマドレーヌたち!だるまや。さん作の究極のマドレーヌ posted by (C)solar08ほら、可愛い「出べそ」のマドレーヌ。作品の成り立ち経過やきれいな写真は、だるまや。さんのブログで見てくださいね。実はワタシは以前にアップした自作のマドレーヌですっかり落胆して、もうマドレーヌはいいと、勝手に決めつけていたんです。でも、だるまや。さんのマドレーヌにかける意志の強さをブログで拝見していたし、マドレーヌがお好きではなかったというお義父様が「美味しい」とおっしゃったという逸話をブログで読んでいたので、興味津々で、すぐに一個いただきました。そしたら、これはワタシがこれまで抱いていたマドレーヌの概念(味念と呼びたい)をポジティブにくつがえす、これまでのマドレーヌ観を越えた、ものすごーくおいしい逸品でした。いやー、マドレーヌってこんなに美味しくできるものなの?これまで自分で焼いたものや、日本で昔それなりに有名な洋菓子屋で買ったマドレーヌで、これほどのシットリ、リッチ、深い味わいを経験したことはありません。これはクセになりそう。食べ出したら止まらなくなりそうなので、ぐっとこらえて一個だけで止めておいて、残りは冷凍しました。冷凍しておけば、食べるまでに時間がかかるから、すぐに手は出ないでしょう。私たちは何かを一度食べただけで、「これは自分は好きではない食べ物だ」と決めつけることがあるでしょう?やっぱり決めつけは良くないわ。作り方によって、あるいは材料によって、同じ物でもとてもおいしくなるのだ、ということを学んだ一瞬でした。Ameliaさん、だるまや。さん、たくさんのおいしい物をありがとうございます。たいせつに味わい、ケチケチといただきます。ときどき、周囲のドイツ人どもにもちょびっとだけ、味合わせてあげます(←ホントか?)ところで、前々回に紹介した、娘夫のお義父母さんが4時間も湯煎にかけてつくったクリスマスプディング。見た目はこんな感じです。残り少なくなったから薄いですが。クリスマスプディング posted by (C)solar08このプディングというよりも、蒸したフルーツケーキね、最初の一口は正直「重い」と感じて、ほとんど食べられなかったのですが、日にちが立つにつれてどんどん美味しくなりました。シットリとして、ドライフルーツの風味が口に広がって、味わいのあるお菓子です。ワタシはどうも、パウンドケーキなどの粉ものは自分ではあまり作らないし(パンは別よ)、食べないのですが、よそさまが心をこめて丹念に作ったケーキは、心から美味しいと感じます。ごちそうさま!psここ数日、どこのサイトを開いても、日本のブログを開いても、ドイツ語の「お腹をぺったりにする秘密の方法」という広告が出てきます。ワタシのお腹がぽっこりなのが、どうやって、私のネット経歴からわかるの?怒ったけれど、ちょっと誘惑に負けて、一度クリックしたら、若い男性が「これまでのダイエットはおしなべて間違っている。絶対にお腹がす平らになるダイエットをお教えします、、、、。」と長くて退屈で、わかりきっているようなことをグタグタならべて講釈してました。おまけに、この方法で学んだら、数ヶ月で体重が何十キロも減ったなどという嘘みたいな体験報告を並べ立てるビデオが延々と続くので、忍耐が切れて、結論まで聞くことなく、止めました。
2014/01/05
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ナチュラルクープのバゲット posted by (C)solar081月2日の早朝には娘家族がベルリンに帰っていって、また静けさが戻りました。いくつもの寝具のカバーをはずし、寝具を棚やベッド下などに片付けたりしながら、パンの初焼き。生地やサワー種の継ぎは前の晩に用意したので、まさに今年は元旦からパンづくりをしたことになります。ところがね、なんとなんと、バゲット生地をオーヴンに入れる前に、クープを入れるのを忘れたの。塩を忘れたり、ベーキングペーパーを敷くのを忘れることはあっても、クープだけは忘れることはなかったのにー。ボケが始まったんだろうか、、、、、。やだな。あせっても後の祭り。見守っているうちに、生地の表面に亀裂が生じて、上の写真のような「ナチュラル」なクープが割れました。なんだ、なんだ、ワタシが入れるクープとあんまり変わんないわ。これからはクープは入れないで焼こうかしら。割れ方を見ると、やっぱり縦に切れていますね。だから、クープもなるだけ縦に入れた方がよいのかもしれません。クラムはまあまあの気泡が開いて、クープを前もっていれた場合とまったく変わりませんでした。ライ麦サワー種で焼いたスペルト粉ドイツパン posted by (C)solar08そして、毎朝の食事に欠かせない、ライ麦サワー種とスペルト麦粉(ディンケル)のドゥンケル・ブロート(茶色いパン)。今回はグリュンケルンの粗挽き、ヒマワリ種を加えて。このパンを毎週焼くたびに、BFの姉にもあげているのですが、彼女の孫娘(4才)が今ではこのパンしか食べなくなっているのだそうです。買ったパンは受けつけないのだとか。なんだかお世辞を言われているみたいで、こそばゆいのですが、この女の子の母親までが「レシピを教えて。これしか食べないので、家では難儀している」とまで言うところをみると、本当みたい。信じられないわ。で、「サワー種をあげるから、継いで自分で焼けば」とおおざっぱな作り方を話したら、彼女(女の子の母親)は「前の晩から準備するなんて、ワタシには無理」と即座にギブアップ。まあね、そうだろうとは思ったのよ。まめに料理を作るタイプじゃなさそうだし、神経が繊細すぎて、美人なのにいつも不幸な顔をしているし、、。ちなみに、彼女は元旦にこの娘をBFの姉に預けて、一人でアカプルコに一週間のバカンスに出かけてしまいました。去年の正月も当時3才だった娘をおばあちゃんに預けて、バンコックに出かけてしまったっけ。こうして、失敗のような成功のようなパンで、今年のパン焼きは始まりました。レパートリーを増やせばよいのでしょうが、どういうわけか、パンとご飯だけは、同じ味で満足です。
2014/01/03
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新年、あけましておめでとうございます。昨年、こんな何も話題のないブログを読んで下さった方々にお礼を申し上げます。今年もぼそぼそと書くかもしれませんが、その節はよろしくお願いします。毎年書いていることですが、ドイツではクリスマスから大晦日までがにぎやかで、正月は何も祝わず、二日からは平日として、また日常生活が始まります。今年は娘家族がこちらに来たために、少々くたびれています。12月30日に、娘の夫の姉も加わって、日本式の魚鍋をしました。三種類の魚(すべて冷凍魚)や豆腐、魚ボール(さつま揚げを揚げる前の状態の冷凍魚ボールを買ってきた)、ポロネギ、白菜、ほうれん草、豆腐を入れただけですが、ドイツ人でも食べられるシロモノです。娘夫の姉の夫は魚がいっさい食べられないので、夕食をすませてからやってきて、我が家でトランプ。ドイツで良くするのは、スカート。ブリッジに似ていますが、三人でプレーします。ワタシはこれをすると興奮するので、パス。娘もパス(そばで本を読んでいた)。お客が帰ったのは夜中の1時過ぎ。31日の大晦日は娘夫の両親といっしょにラクレット。ラクレットチーズを各自が専用のシャベルに置いて、コーン、パプリカ、キノコ、オニオンなどのトッピングといっしょにラクレット用の卓上コンロで焼いて、茹でたジャガイモといっしょに熱々を食べます。ほかに用意したのは、マーシュのサラダだけ。娘の義父母さんがシャンパンやワイン、デザート(今年はイギリスのクリスマスプディング)まで持ってきてくれました。クリスマスプディングは生まれてはじめて食べました。『さむがりやのサンタ」に登場するこのプディング、どういう味がするのだろうと前から思っていました。シュトレンに似たような生地(ただしパン粉がたくさん入ります。各種ドライフルーツ、粉、卵たくさんなどとこねたもの)をクグロフ型に似た型に入れて、なんと四時間も湯煎で煮るのだそうです。食べるときに、あられ砂糖をふりかけて、ラム酒を振って火をつけてフランベ。コケモモのジャムをのせていただきます。うーん、ワタシにはちょっと重たすぎるは、これは。フルーツケーキをもちもちにしたような味でした。大晦日の夜中12時になると、町中で花火があがります(この日だけ個人でも打ち上げ花火が許されている)。あちこちの教会の鐘の音と花火の轟音を聞きながら、シャンパンで(ワタシはニワトコジュース)乾杯して、新年をお互いに祝して、今年が始まりました。元旦の0時半ごろになって、ようやく花火の轟音が静まりました。その後も静かに歓談をして、義父母さんたちが帰宅の途についたのは1時頃。こうしてあっと一年がたって、また新しい一年が始まりました。今日の元旦からは、ごちそうも行事もありません。日本の晴れやかなお正月とはぜんぜん違うのよね。おせちもないし。お餅は心やさしい友人に日本から送っていただいたのを、12月ちゅうに食べ始めてしまったから、あらためてお雑煮を作る気もしないし。まだお餅はあるので、時々その気になったら、いただくことにしよっと。今年もあっという間に時間が過ぎていくのだろうなあ。新年のメールに、長い間、お世話になった編集者がそろそろお仕事の締めをなさると聞きました。最初の(自分の名前で出した)翻訳書でお世話になったのも、この方。今まで一番多く、ご一緒に仕事をさせていただいた方です。なんだか寂しくなります。ワタシもそろそろ仕事のおさめどきかな。楽しいお正月を!
2014/01/01
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