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ある真宗大谷派の人の日記にこんなことが書いてありました。その人の了解を得て、いかに貼り付けておきます。 2005年06月19日日付の変わるのを待っていました。 [ 真宗 ] 日付の変わるのを待ち遠しく待っていました。なぜかっていえばここに書きたいことがあったからです。前日珍しく三つも書き込んでしまったので書き込みさしてくれなかったのです。今やっと書き込みができる状態になったのです。今日というか昨日、眠れずPCの前にずっと座っていました。そして楽天のblogの中で、「親鸞」とか「真宗」という言葉で検索をしていたのです。いろんなものが見えてきました。宗祖の教えをもととする新興宗教がいろんなところでサークルや学習会をしているのではないだろうかとも想像していました。そのことを書き込みしたくて今まで待っていたのではありません。「真宗」と検索していると、4月18日に出した真宗大谷派への謝罪文のこと,妹のことなどこういうタイトルにヒットしました。早速拝見させていただくと、どうもこのblogはヤミノツチグモさんのblogのようなのです。何かびっくりしました。そういえば『真宗』(大谷派教団の機関誌)の先月号だったか先々月号だったかよくおぼえていないが、「大師堂(今は御影堂と呼んでいる)爆破事件を起こした方が謝罪に来られた」という記事があり、一生懸命読んだことだった。出所されていたんだ…。と思い、もう一つ正直、謝罪されたことにピンときていなかった。いや今もきていない。なぜ謝罪されたのだろう?ッて思っていた。おまえなんかにきてほしくない、今更謝罪されても困る、そういうことではない。ヤミノツチグモさんが、こう読んでいいのだろうか?私からすればやっぱりヤミノツチグモさんだ。その他の名前は当てはまらない。が爆破事件を起こしたときはまだ僧侶にはなっていなかった。でも、僧侶となろうとするとき、責任ある正師という□の僧侶になろうとしたとき、教団史を学ぶ中でこの事件に出遇った。また僧侶になってから数人のひとから当時のことを聞いた。教団は何をしてきたのか、そういうことをこの出来事によって本当に知らされた。親鸞を宗祖と仰ぐ教団でありながら、宗祖の思いに背き続けているのが大谷派教団だと教えてもらった。開拓という美名のもとで侵略をしてきた歴史を思い知らされた。だから私は御影堂が爆破されて当然のことをしてきたのが私たちの教団だと思っている。爆破された傷跡、修繕のあとを昔教えてもらい、これは私たちの取って大事な目印だと私は思った。だから私からすれば何故謝るの?ッて感じがしている。謝る必要性を私は感じていない。でもこの方は爆破事件に対して真剣に真摯に謝罪されている。そのことはそれでいいのだが、でもふと大谷派教団が北海道開拓という侵略をしたことに対して今どう思っておられるのだろうって思ってしまう。本当はどうでもいいことなのかもしれない、これはヤミノツチグモさんの問題ではなく、今は自分の問題なのだから。でも気になった、そう思ってしまった。私も謝罪されたことを真摯に受け止め自分が所属している大谷派教団が、親鸞の教団と少しでも近づくよう、精進しなければと思う。そして我が人生も親鸞の歩んだ道をしっかり歩みたいと思うことだ。最終更新日 2005年06月19日 21時21分03秒
2005.06.29
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雨が激しく降っている。ほんとに久しぶりの感じの激しい雨だ。の山の草木、生き物たちも喜んでいるだろう。農家の人たちも。そして水が少なくて鮎釣りができないといっていた人たちも。 雨の音がこころを癒してくれる。このところの妹との関係も、少しハードで気分が沈みがちだったから、この雨はいい。 昨夜も10時ころまで今日花市場に出す榊の小束作りをしていた。今回は小束づくりを依頼していた人が、用事でできないということで、久しぶりに自分で作った。かなりいいできにはなったが、やはり時間がかかる。これが早くできるようになり、1日せめて150束くらいできれば、1日1万円以上の稼ぎにはなるのだが、早く出来ない。今のところ、1日で50本くらいか。ともかく経済的に苦しい。
2005.06.28
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昨日もいろいろなことがあった。 花市場には24日に行かなかった分、少し多くのものを出したのだけれど、久しぶりに3万近くの売上があった。榊の枝が1本150円で買われるなど、久しぶりのことだ。出しても30円くらいしかつかない日が続いていたので、あまり出す気がなくなっていたのだけれど、これで少し榊採りにやる気が出てきた感じ。新芽時が終わりかけ、榊の葉がしっかりしてきたこと、きれいなこともあるかもしれない。ともかく良い物を出そう。 しきみの小束は、80速も出して出しすぎたのか、1羽100円にしかならなかった。安くても120円くらいはしていたのに。これもせいぜい40束くらいにしておいたほうがいいのかもしれない。しかししきみのとう用、葬式用に出した大きな50本入りの束は3000円で売れた。いつもは1500円で売れればいいほうなのに。 でともかく2万8千円の売上。経費引いて2万5千円くらいの儲けか。なんとかこのぺすが続けば良いのだが。 兄にラジカセや財布、衣類など差し入れするためにいっつたついでに、面会してくる。少し落ち着いてきていて、保護室から午後は5時間ほど出られるようになっていたりした。それで手でだけど洗濯もできるようになっていて、その分助かった。 ただ話していると考え方自体はあのそう状態のときと同じで、今回の入院を不当に思い、自分が最近第三者機関に出した退院申請が、いつものように通ると思い、もうすぐ自由になるようようにも言っている。そう状態のときに私にお金のことなどで負担をかけたことを、見つめなおしているようなところはなかった。 この間兄が野の花社に残していったものの整理をした。広間の一角が散らかし放題になっていて、気持ちが悪かったからそうした。妹も整理は苦手だから、まったく手がつけてなかった。少し嫌気が差しつつも整理した。その整理した中にポルノ雑誌も一杯あって、彼も男として私と同じ性的な上を強く感じているのだと改めて思ったりした。 ついでに妹が整理できないでいた妹の持ち物で散らかっていた部分も整理する。久しぶりにすっきりする。こんなことを書くと、これを読んだ近くの人、この地域の女性などが妹に対し何か言うことがあるようで書かないでといわれている。これは消すつもりはないけど、このことについて妹に対して何か言わないで欲しいと思う。読んだ人に。書かなければいいのだが。 妹も兄とのこの間のことがこたえているらしく、痩せたらしいし、食欲がいまだ戻らないとか。そしてしきりに兄との関係について考えているふう。 そんなこと以外にこの1,2ヶ月、あの私の大谷派への謝罪のことをきっかけにもして何人かの大谷派の同世代の宗教者などとの出会いがある。昨日もその一人の人から、私とあの時代を共有し、同じような方向転換の時期、苦しみの時期を経てきたことを伝えてくださる手紙を受け取った。読みながら何か身につまされるというか。私自身のあの時代の苦しみを呼び覚まされた。
2005.06.28
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刑務所でうつされ、出所後2年ほど、かなり高価な薬(保険が効いて月3000円)を飲み続けてもまったく治らなかった爪白癬が、このところ治り始めました。上の写真はその治りかけた足の親指の爪を撮ったものです。先のほうは爪白癬特有の白濁したものになっていますが、元のほうは明らかにきれいな爪になり始めています。以前このページで紹介した同じ爪の写真と比べると、よくわかるはずです。 クスリを止めてから、ティツリーオイルを塗ってみたり、酢を塗ってみたりしましたが、どうもはかばかしく行きませんでした。それがふとした機会に、コロダインシルバーという銀の微粒糞をコロイド状態にした抗生剤について調べているうちに、それが多くの細菌、真菌などに効果があるとあるのに気がつき、ひょっとしたら爪白癬の真菌にも効果があるかもしれないと思い、朝夕二度服薬し始めたのです。もう3ヶ月くらいになるでしょうか。液体状のもので、外用薬のようにして傷の殺菌などにも使えるもので、芽の結膜炎にも顕著な効果があるといわれています。そういわれてはいますがいわゆるクスリではない扱いで、あくまでサプリメントの扱いですからそうした効用が謳ってあるわけではないはずです。私はただ体験者として、爪白癬がその服用によって治り始めているという事実を伝えたいだけです。 ずっと治らなかっただけに、それが治りはじめているらしいことはとても嬉しいことです。 ところで病院に入った、医療保護入院させた兄は、かなり落ち着いてきていて、ときどき保護室から一般病棟に出られるようになっていますし、近く保護室からも出られることになりそうです。ともかく少しほっとしています。一方で妹の方が兄との生活の後遺症みたいに食欲が減退していて、少し痩せたりしているようです。
2005.06.24
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先週は兄を強制的に入院させたため、その医療保護入院はそのままでは4週間しか出来ないとのことで、役場と岐阜の法務局に行き必要な書類を取り、御嵩の家事裁判所に保護者としての選任の申請をしてきました。昨日選任する旨の決定の書面が届きました。 こうした事務的なことは進んでゆきますが、今回兄を強制入院させたことで、兄の私に対する反発、不信感は強まっており、その関係の回復はとても困難かもしれません。病院には兄の治療には女性の意思の方が向いていると思うこと、今の主治医はすでに不信感を深めてきていた人であり、信頼を回復できる見込みもないので、女性の医師に変えて欲しい旨申し入れましたが、断られました。そうしたら兄が自分の思いが通ると感じ全能感が高まる恐れがあること、女医では兄が暴力的に振舞ったとき危険であることなどの理由を挙げてです。 兄は軽い精神安定剤と睡眠薬は飲んでいますが、抗そう剤は飲むことを拒否しており、保護室にいてもそう状態が持続しており、このままだと長い間保護室に入れておくことになるから、治療上も人権上もよくないということで、何らかの対応をしなければならない旨、主治医は私に同意を求めてきています。そのなかには最後の手段として電気ショック療法も考えているとか。私はそれには同意できないので、もしそうするといわれるなら、店員させますとはっきり言っています。看護士に入院のときなどに聞いたところでは、現在はこの病院では電気ショックはありえないとのことでしたから、この主治医がそういうことは、兄の治療の困難を強く感じているからかもしれませんが、まだ1週間もたたないうちからそんなことを言い出す医師の感じ方にも疑問を感じました。 ともかくこれからは、兄をよりよい治療的な環境に置くことができるよう、私の経済力も高めようと思っています。兄のそう状態に対しては、とてもここで共に生活することで対応できるものではないことが、今回はっきりしたので、そんな線で行けるように努力して見ます。 また兄がそう状態のときになにをやっているかについては、もっと落ち着いたときにできるだけ兄と話し合う必要も感じています。鬱のときはそんなエネルギイもない感じではありますが。
2005.06.19
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私は日蓮宗や法華経信仰にまったく価値を認めない人間である。 私は日蓮宗の人々が、法華経を唯一ただしいお経であるなどということが、神を唯一者として信仰することほぼ同じ考え方だと思う。簡単にいえばその法華経信仰は、それを仏陀がそのように語り、教えたということを事実と信仰することをその核心としている。しかしそもそもブッタがそのように語ったという証拠などない。それはそう信じること、そう盲信することを根本に置いている信仰である。それは神の実在を盲信することと何も変わらない思考である。だからこそ彼らはあんなに排他的になり、自己を絶対化だきるのである。 仮になぜそんなに法華経が最高のお経であり最後の教えなら、ブッタの死後最初にそのお経があまれなかったかはなはだ不可解である。弟子たちの記憶に新しい間にそうするのがごく自然である。さらに法華経はお経として編まれたのは多くの他のお経があまれて後である。そんなに長い時間を経て変種されたお経が、ブッタのといたこととかなり違い、そのお経を信仰するものの都合のいいように編集されていることは多いにありうることである。私の推論からすれば、法華経を唯一正しいとしたいセクト的・カルト的な信仰者が、自分たちを正当化するために書いた、あるいは書き換えたのだろう。 日蓮の馬鹿馬鹿しいところは、自分の信仰が受け入れらないことを理由に、蒙古が日本に侵略することを当然とし、蒙古軍によって多くの人とびとが死に、傷ついたことを仏罰として正当化する問うな考え方に現れている。蒙古軍が、日本に侵攻し多くの民衆を殺しているのなら、幕府が自分の教えを受け入れる、入れないに関わらず、そのような慈悲のない行動をする蒙古を、強く批判するのが仏教者というものである。 こないに私は思うのやけどどうやろう。荒っぽい書き方ですが。
2005.06.15
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兄は野の花社の前の黒板に、数日前に書き換えた次のような俳句を残してゆきました。 三日月の 懸かりて水無月 夜は明けぬ 憂いつつ 村に住むとき 河鹿鳴く 色気あり 野に咲く薊 朝日射す
2005.06.14
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昨日の午後兄を医療保護入院の形で、、社団法人岐阜病院に強制入院させました。保健所や社会福祉事務所、町役場の福祉課、警察、その他の人々の手も借りて、そうしました。昨日の午後3時過ぎのことです。1年半ほど前まで入院していた病院です。 そんなことはしたくなかったのですが、これ以上兄をここに置いておくと、兄のひどく浪費的な生活がつづき、借金などがどんどん増えてくること、詐欺や恐喝まがいの手法で、人に迷惑をかけながら金を手に入れといった形での、犯罪的な生活がつづくことになるということから、もうやむをえないと判断しそうしました。もちろんそんな生活がつづくと、やむを得ず私がお金を払わなければならないケースもつづき、またトラブルに巻き込まれるような形で、対処しなければならないことも増え、私自身の生活が困難になるということもありました。 この決断をした直接的なきっかけは、きのうこうしたことがあったからでした。 兄は1週間ほど前にも、14年程前に700万円で人に売った土地を、まだ登記上は彼の名義になっていることを利用する形で、他の人に売ろうとし10万円の手付金を貰っていました。そのことに気づいた私は、その人に電話して事情を話し、兄の行為は詐欺にあたるからこれ以上兄に金を渡すのは止めて欲しいといい、当然向こうも了解してくれ、兄のその行為は中断されました。その件について兄とも話し合い、それは詐欺にあたるのでこれ以上損事を続ければ、犯罪として告発されることもあることを言いました。兄はそのことを理解しつつ、それでもいいじゃないかといい、止める様子はありませんでした。これまでも幾つかそんなて法で金を得ていることがあるのですが、村社会のことを荒立てない方法で対応で処理されており、兄はそうした対処によって守られてきていました。 そのとき得た10万は、2,3日で使い果たしてしまいました。そしてまたお金を得るために、一昨昨日美濃加茂の不動産屋に話を持ちかけ、その山を売ろうとしていました。昨日その不動産屋が土地を見に来たさい、私がここにいたので、事情を話したところ、そんな山は手をつけられないからやめますといい、しばらくして美濃加茂からタクシイで乗りつけた兄にその旨つげ、帰りました。兄はそのことに対しても、私が入らぬことを言うからお金が入らなくなったというのみで、そのことの不当性、犯罪性を自覚することはありませんでした。しかも乗り付けたタクシイ代を払う金もなく、運転手のひともこまってしまっていましたから、1万程を私が払いました。 そうしたことがあった直後に、今度は金山町のタクシイ会社の人がきて、今朝兄に呼び出されてその会社の人が美濃加茂市まで車でいつたが、兄は待ち合わせ場所にいなかった、その代金1万円と、前にもお金を1万貰っていない件があり、合計2万の金を払ってほしいということでした。私はそんなことに払える金もないので、お金は払わず何とか対処して兄が払えるようにしたいから待ってくださいとその場をしのぎました。 そんなことがつづいたので、もうこれは限界だと感じ兄を強制入院させる決意をしました。そして昨日かねてからこのようなときに支援してくれるよう話してて置いていた、美濃加茂にある保健所の人、社会福祉事務所の人や、警察にも連絡して、兄を強制入院させる手はずを整えました。昨日は朝早く岐阜の生花市場に品物を出しに行き、その帰りに美濃加茂に行きそうしたのです。兄がその日ある人と待ち合わせる場所は知っていたので、そこに行き兄を捕まえて、1時間以上も入院するよう説得した後、あくまで入院しないという彼を力ずくで車に押し込むようにして載せました。警察の人と共に私もそうしました。悲しいような気持ちになりながら。しかし社会福祉事務所の人の中に兄が心安い人がいたので、車の中では兄はその人とよく話しをするかたちでおとなしくしていましたし、病院へついてからも比較的平静でした。 ひょっとしたら、ここでの生活の行き詰まりは何処かで感じていたでしょうから、ほっとしているところも在るかもしれないと思います。 兄のプライバシイに触れすぎることを書いているのかもしれませんが、兄にもここでの生活に責任があるとも考えるので、この程度のことは書きました。 ともかく昨日は疲れました。医療保護入院は手続き上かなり細かな書面の提出などしなければならないことや、入院に際して必要なものの用意、この間の兄の行為の事後処理のこともあり、しばらくまだそのことで忙しい日日がつづきそうです。 ともあれそう状態の兄との生活の体験はとても貴重なものだったと思います。何もかもがはじめての体験で、驚くようなことばかりでした。この体験を兄とのこれからの関係や、私自身のあり方を見つめる上で、生かしてゆきたいと思います。
2005.06.14
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昨夜9時ころ兄は帰ってきた。疲れていたらしく、食事をした後すぐ寝てしまった。今朝は4時頃には起きて、表の道に水撒きをしている。兄のここでの日課ののようになっている。洗濯もしている。兄なりにここでの生活の中で、自分の責任もはたしてゆこうとしているのだろうとおもう。少し口が重くなっている気がするが。自分がこの間やってきていることへの、自覚が高まっているのなら良いが。 私のほうは昨日の花市場での売上が3万近くあり、何とか6月の前半は売上だけで行けば10万を超えそうだ。経費を引いても8万くらいはあるだろう。何とか借金はしないで済みそうだ。こんな調子が3ヶ月も続けばかなり楽になると思う。昨日は花市場の花屋さんから、山紫陽花100本の注文を受けた。水揚げの悪いもので、友達に相談したら、結局根付で採るのがいいということになった。そうしてみようと思う。 兄が朝6時前に3000円ほど貸してくれと言ってくる。8日ごろ詐欺行為によって10万の金を得ていたのに3日間ほどで使い果たしている。そんなことでやっていけるのかというと、心配するな、俺はこうしてやってきたのだと、怒りっぽく言う。今日も美濃加茂市に出かける用事があるのだという。こうしてやってきたのだというのなら、そうしてくれ。お金は貸せない、という。
2005.06.10
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若芽がグーと伸びたばかりの輝くような緑のシキミを大きな木の生えていない奥山の谷で摘むひとりでときに鶯がなきときに蜂の羽音がうなりもする人気のない谷の斜面でその脇にのいばらの藪があり無数のまだ赤くなる前の黄金色のつぶらな実を見つける仕事の手を休めそののいばらの柔らかな実を一つ一つもぎ取りポロリとたやすくもぎ取り私の口に運ぶ柔らかでみづみづしくてほのかに甘いつぶつぶたくさんの実のついたのいばらの枝をいくつかせん手バサミで切り取り野の花社にいる妹に届けるためにしきみの上に載せて運ぶ今日もいろいろなことがあった私たち兄弟妹兄はいまだ帰宅せず妹は明日の朝早い私のために弁当を作ってくれている妹がどんな状態かはもう当分書かないけれど夕食の皿には幾つかののいばらの実が載せてあった
2005.06.09
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ここを天地共生・野の花社とか、野の花・野の豚と私の名前を付けたとき、そこには天国と地獄の共生といった意味もこめていた。至福に満ちた世界と苦悩に満ちた世界がともにあり共に生きる。 そんな名乗りの実質がいま問われているのかも知れない。そう状態の峠を下りつつあるかもしれない兄が、金を手に入れるために自己破壊的な行動に出て、そのことに気づいた私が、他者の被害を食い止めるための行動に出て、そうした旨を兄にこの朝告げる。兄は怒りはしなかった。全てはうまくいっている、頭を使えば金は入ってくるなどといいつつ、金がないことに追い詰められるように、兄はある行動に出る。それが社会的には非常な反倫理的行動であることは理解していながら、正当化する理由もつけてそうして、そのことを指摘しても悪びれることもないというか、うろたえもせず、平然としている。ほんとうは足元が崩れつつあるような不安を抱いているのではないかと思うが。 こんなことではここでの私たちの生活が成り立たないのを感じ、兄を強制的に入院させたくなる私がいる。1番したくないことだけど、今の私の状況からしていたしかたないと。しかし思いとどまる。この状況をできるかぎり生き抜くこと、そこにほんとうの活路が見出せるのかもしれないと。しかしそうでないかもしれない。どうしたらいいのかわからない。 上の写真は今日入った山で見つけた、ノイバラの実。とてもおいしかった。 兄はまたの見に行っていたのか12時過ぎまで帰ってこず、今車で送られて帰ってきたらしい音がする。
2005.06.08
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最近毎日のようにしらみに食われる。山のしらみかとはじめは思っていたが、ごくちいさいことからも、どうもこの部屋に湧いているらしい。おとといアブサンをたいたが、布団や毛布ははたいて外に出しただけだったから、毛布の中にもいたと見えて、きのうも2ひきみつけた。もっと増えてきたらどうしよう。 それにしても貧しいということは、良くないことだ。今のような状態のわたしにとって。あにや妹の自己回復のためには、かなり金銭的にも余裕のある生活が必要だ。 それでも忙しい仕事に追われて夜も仕事をしているときも、迎えの田んぼから聞こえてくる無数のかえるの声は、なんとも心地よい。仕事をしつつその声に無心にひたる。あるいは昨日の午後、妹をつれて前の山の尾根づたいに、ドウダンツツジを採りにいたとき、雷雲が湧き、山ににわかに風が沸き立ち、木々がざわざわ音を立てるとき。あるいは川のふちで苔の整理をしているときに聞こえてくる、穏やかなせせらぎの音。 自然の豊かさは、限りない。 写真のカタツムリは、交尾を追えた後のふくよかなカップル。 ああ、私もカタツムリのようにぬるぬるになって女の人と愛し合いたい。
2005.06.06
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写真は母屋の前に1本だけ育っている、タチアオイだかの花。ドウダン、しきみの整理などで、11じまではたらく。夜9時頃帰ってきた兄は、また何処かへ出かけている。明日は4時おき。もう眠ります。
2005.06.05
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今日の朝の5時10分ころ兄から電話があり、もう家に帰りたいから車で迎えにきてくれという。すぐに用意して出かけ、病院の近くのスウパーマーケットの前にいた兄を乗せて帰ってくる。野の花社に着いたのが7時半、朝食をとった後七宗国有林の林道の奥の谷に入り、シキミや榊、山紫陽花を採ってくる。帰ったのが午後3時。 兄は妹が電気代がもったいないからと、散水ホースの元栓を止めてしまったことに腹を立てていて、ご機嫌斜め。私が掛けた野の花社の看板が、塗り替えてもなくて汚くなっていたこともあるから、はずすという。いいよというとはずして、そのあとを磨いていた。ともかくこのところ兄は壁や扉を磨くことにこっている。たしかに壁や扉はとてもきれいになった。そのきれいにするために、散水ホースで水をかけているのだが、長い間やっているため井戸から水を汲み上げるための電気代がかかることを心配して、妹はその元栓を止めたのだろう。 もう一つ野の花社の門の前に置いてある、きの幹に書いた看板の文字も多きすぎるといい、またここは村の人々を搾取して作られた建物だから、みんなのものだとも言う。私がかってに名前を変えたり自分のために利用してはいけないのだとか。ともかく元気になってきた兄は、ここを自分の思うように変えたいのだ。 弟の私がここの主人公がをしているのが気に入らないというか。そして私に対して、兄に干渉しすぎる、やりたいようにやらせてくれ、干渉されると腹が立ってしょうがない、俺はこうして生きてきたのだとか、大丈夫だからとか。 過去に同じような仕方でそう状態になり失敗してきたのではないか、と言ってもそんなことはないとか、今は違うとかいうだけ。 やりたいようにやるのはいい、しかし自分の言動には責任を持ってくれ、これからは兄を車で送り迎えすることもしないし、少しであれ飲み屋の付けを払うこともしないし、生活費もきちんと貰うというと。了解した旨。 眠いからもう寝ます。 上の写真は、山紫陽花の群生。今日入った山でみかけたもの。
2005.06.04
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昨日も花市場に粗雑な商品を出してしまい、ぜんたいがやすくなってしまった。そうだった気がする。サンキライ―私たちの地方ではがんどうばらという、丸い大きな葉をしたつるいばらは、いい実がついていると1本250円くらいするのだが、昨日は少しでも金になればいいと思い、実のついていないものや虫食いのものなども出してしまった。まとめ方も粗雑だった。出した後あんなだ仕方は良くなかったかなという思いは湧いたが。 案の定、サンキライはひどく安くそれが影響したように主力の商品である、ドウダンツツジもひどく安くなってしまった。これは何度も繰り返す失敗である。少しでも金になればいいと思い、商品としてはひどく粗雑なものも出してしまい、その影響ではかの商品まで安い値がついてしまう。 今回は相当身にしみた。もうこういうことは止めにしたい。金が欲しいという気持ちを優先して、おかしなものも出してしまうというようなことは。いい商品を出すこと。加藤三郎の出した商品は良い物だと思われ、信頼されるような送品を出すこと。 兄は昨日は、岐阜の友達のところに2泊ぐらいしてくるといって出かけた。お金を誰かがカンパしてくれたようで、1万円はあるとか言って。そんな金しかないのにあるとすぐいろいろ動き、たちまち金を使ってしまう。電話も塾をやるからということで自分の電話が必要とかで、NTTにきてもらい自分の電話を引き、時にはそこに張り付くように多くの人に電話をかけている。そんなんでは金が続かないぞと言っても、心配ない金は入ってくる、頭を使え、俺はこうしてやってきたのだという。何を言っても自分を正当化することしかしないところがある。気分の波があり、、どうかすると耳を傾けることもあるが。 このままでは続かないことは、1ヶ月もすれば明白になるだろう。携帯電話も持っているし、寮費や飲み屋の点けの支払いなどもある。その時点でまた話し合うつもりだけど、今は彼が破産へむかうことをとどめようがない。 上の写真はドウダンツツジをとりにいった谷の入り口で写したもの。
2005.06.02
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