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実は1か月ほど前に、某所に論文を投稿した。相模原の非常勤に通い始めた頃から取りかかったテーマなので、5年越しとなる。中断の時期を経ながらも、昨年夏には一応の形になった。その後、もう少し絞ろうと思いながら放置していたため、忙しさの反動か、勢いで(ヤケクソともいう)投稿してしまったのだった。 忙しくはあっても、自分の扱う文学作品を考えられる時間を作ると、自然と気持ちも盛り上がるもので、「あぁ、やっぱソウソンはいいワ~」なんて思っていた矢先、昨晩突然に、ある先生からご連絡が。なんと『文応三百首』の写本が入手できるかもしれないと。なんですとぉ?!ということで、早速売り手の方に連絡を取って様子を尋ねる。その話で「それはおそらく混態本B群と分類したグループであろう」と推測できた。互いの都合が丁度あったため、その日のうちに合流、実際に目にすると、予想通り、混態本B群であった。楮紙系の写本が多い中で、これは鳥の子列帖装で、金箔を散らしたなかなかの料紙。字も江戸前期で、なかなか品のあるものだった。 別筆の合冊本をばらした状態ということで、『宗尊三百首』としてはちゃんと揃っているのだが、表紙もなく、ところどころ虫損も著しい。そんなわけで信じられないくらいの低価格でお譲りいただけることとなった。 帰りの電車でも、思わず顔がにやけている自分(アブナイ人)。 研究とは無縁の生活が続き、気分的にもモヤモヤした状態が長らく続いていたところ、「もうちょっとしっかりやれ」という天の叱声であろうか。頑張らなくちゃ。 ちなみに、混態本B群は、久松潜一先生旧蔵コクブンケン本と久保田淳先生所蔵本が判っていて、これで3冊目となる。
2011/04/29
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この2か月は度々書いているように、怒濤の日々で、出光で行われていた、「酒井抱一生誕250年 琳派芸術」も前期をまず行きそびれ、後期は駆け込みで行こうと思っていたところで地震に遭い、結局行けなかった。落ち込みまくり。 で、本日はフェルメールの「地理学者」を観に渋谷に行く。こちらもようやくの鑑賞。 「地理学者」は各種テレビでも取り上げられている、東京初上陸の作品。「待ってましたっ」と声をかけたくなる作品の登場である。いやぁ、ここ数年、フェルメールが続々と東京にやってくる。ありがたいことだ。 今回の展示はフランドル絵画をテーマ別に分類している。始まってすぐの寓意画とか興味深い。絵の中に配されたものが色々な意味を持っているということで、しばし足を止める。3つめの展示室が風俗画と室内画のブロックで、さっそく「地理学者」の登場。あぁ、美しい!フェルメールらしい、向かって左の窓からの光が射し込み、空中の塵さえもが浮かび上がってくるよう。そして、そのシンと静まりかえった雰囲気。背後に配置されたものが緊密な構成を浮かび上がらせている。人がいなければ、何時間でもそこに立っていたくなるような素晴らしい作品だった。 フェルメールがらみの展覧会は、最後の目玉としてかなり後の方にフェルメールを持ってくることが多いようだが、実はこれをやってくれると、観客の何割かは鑑賞に疲れ、軽く流していくようになる。しかし、今回は展示の中ほどで、観る方もまだまだ元気な状態であり、多くの人が長らく鑑賞しているため、なかなか列が進まない。しかも、長く立ち止まるのも他の人に迷惑をかけてしまう。なので、しばし鑑賞の後は、列から離れ、人の切れ目から鑑賞せざるを得なかった。まぁ、朝一番とはいえ、日曜日に出かけているのだから仕方がない。あぁ、もう少し背があったら!
2011/04/24
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新入生とともに行くフレッシュマン・セミナー。今年は震災の影響で1泊2日の旅行を取り止め、学内でのセミナーに変更となった。2年生はこの時期研修旅行に旅立っているので、人少ない大学にてセミナー開催の運びとなった。担任その他、セミナーに関わる教員も学内にて代替企画を進める。 初日の19日は、まず学長の講義。文部科学省が提示する最新の話を織り交ぜているのだけれど、学生達はちゃんと理解できただろうか?就業意識とか、とても大事な話なんだけど。まぁ、おかげさまで担任クラスの学生は静かにきちんと聴いていたので、一安心。 午前後半は、各学科専攻独自の企画を立てた。うちは絵本と紙芝居の魅力という講義と実演を兼ねたものを行った。鴨川であれば、家畜農場の体験学習だったところを、保育士・幼稚園教諭としての技能を学ばせるために、このプログラムに変更した。 講師でお招きした先生にも同席していただき、昼食を摂り、午後は全体での能力開発セミナー。体験型で、かなり盛り上がっていた様子。 そして2日目の今日は芸術鑑賞。汐留の四季劇場「海」に赴き、ミュージカル「マンマ・ミーア」を鑑賞する。「原曲の発音だと“ママ・ミア”だよね~」なんて、学生はそんな話は全く興味なし。ストーリーもなかなか面白かったけれど、アラフォー世代ならわかるだろう、そう、アバの名曲の数々。ヤバイ、ヤバ過ぎる。元歌で歌えちゃう自分がいる。 今回のミュージカルでアバの曲に興味を持った学生も出て、アバのCD(←持ってるのか!)を貸し出すことを約束する。学生が楽しめる、これが何より。 学生をみな帰して、教員は反省を兼ねての食事会。何かあったときのために大学に残ってくださっていた学長も合流し、和やかな食事会となった。途中、各学科の研修旅行から戻った連絡が入り、無事にイベントも終了。 学生さんはお疲れ様、そして先生方、お疲れの出ませんように。
2011/04/20
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本務校の系列で、幕張に中学高校がある。そこの今年卒業生である岡本拓也君がギターの国際的なコンクールで2位となり、このたびめでたくウィーンに留学することとなった。昨年の職場の記念式典(創立70周年)で司会進行スタッフとなった関係で、その青年とも知り合いになった。これがまた礼儀正しいきちんとした青年で、オヂサンとしては思わず応援したくなっちゃうわけだ。で、本日は彼の渡欧記念リサイタル。 母がクラシックギターをわりと好きなので、ばぁさん3人(母及びその知人と父方の伯母)を引き連れて、ヤマハホールでのリサイタルに行く。銀座で早めの夕食をいただき、いざヤマハホールへ。ここのホールも改装されて、音の感じがさらに良くなった気がする。小ぶりのホールで、雰囲気も良い。 岡本君のギターはなんていうか、爽やか。ロドリーゴとか、アンダルシアの風(行ったことないけど)が吹いているっていう印象を抱かせる。まだレパートリーは多くないようであるが、これからさらに研鑽を重ねて、日本に戻ってきて欲しい。頑張れ~。
2011/04/16
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怒濤のオリエンテーション期間(タンニンなもんで)が終わり、通常の日々が始まっていく。本日は、松戸への初出勤。 8時に上野に着き、常磐線に乗り換えたところ、あちこちで携帯電話が。 来たーっ!地震である。かなり大きい。発車を待っていた電車も揺れている。うわぁ、電車ってこんな揺れ方なんだ。こえ~。案の定、しばらくは様子を見るということで、上野で足止めをくらう。う~、初日から遅刻か?まぁ、みんな遅刻だろうけれど。 多くの学生と共に大学へ。先日の面接及び打ち合わせの時に確認しておいた非常勤講師の部屋へ入る。ここの大学は、非常勤講師のための事務職員を置かない上、当日用のコピー機も置かれていない。専任の教員が来てくださるわけでもなかった。非常勤先が変わるたびに、なんか寂しくなってくるなぁ。 1・2限ともに同じ教室で、1限の時点で容易に予想はついたのだけれど、2限は学生が入り切らなくなっていた。講師室まで走って戻り、空き教室の確認を教務課にしてもらい、学生を引き連れて移動。今年も唯一、古典をガチでしゃべれる授業とあって、初回から突っ走らせていただきました。慌ただしい1日だったが、なんとか終了。
2011/04/12
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計画停電などの懸念もあったが、入学式が無事に挙行された。世間では、入学式の延期(結果的に授業開始も延期)というところもあるが、厚生労働省のからむ学科のあるところはいずこも大変だねぇ。 いつものごとく司会役のため、式の間中、ずっと立ちっぱなし。だが、今年まず気になるのがは、こども発達専攻入学生の顔ぶれ(担任クラスの学生ってことで)。どんな学生たちが来るかと、舞台の上から観察する。2年間よろしく。
2011/04/04
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久しぶりに、松濤での観世会春の別会に行く。何度か購入している武田さんのところからのお知らせで購入したため、私のような者にはもったいない良席。2月末から怒濤の日々で、休日がほとんどない状態ではあったが、折角入手できたチケットなので、気合いを入れて渋谷へ。 11時から始まった最初の曲は、シテ武田志房の「鷺」。神泉苑に鷺が舞い降りる。鷺の天冠を戴いたシテは文字通りの爺さん(失敬な)なのに、さーっと現れる姿は、鷺というよりも鷺の精といった趣。帝の言葉に従うといった並の鷺ではないあたりを早くも予感させるような格調高い姿だ。 地謡の揃いもよく、華やかで「鷺」の雰囲気を引き立てていた。 狂言をはさんで、続いてはシテ関根知孝の「卒都婆小町」。なにげに期待しているシテ方さんなのだが、こちらが気力体力ともに充実していないせいで、こうした老女物は正直きつかった。ワキ方との仏法に関わる問答のあたりで意識が何度か飛んでしまった。 次の休憩で前の席の方が帰ったため、続く仕舞4番と「融」は視界が開けてさらに見やすくなった。観ているこちらも緊張するゾ。 ラストはシテ津田和忠の「融」<思立之出・十三段之舞><十三段之舞>は最後の[早舞]が長く、そして緩急に富んだものとなる小書。その時間は15分を越え、途中で揚げ幕の手前まで戻って立ち止まる<クツロギ>の型も組み込まれていく。見せ場はたっぷりなはずなのだが、なかなか満足のいく舞台は少ない。気力体力が充実して、なおかつ、囃子方も渾然一体となって、源融の霊が遊び舞うさまを格調高く表現しなければならないからであろう。そのため、スタミナ切れかと思われるような場合も少なくない気がする。今回の<十三段之舞>も、後半やや息切れかと感じた。 観世会による特別義援能のお知らせがあり、予約をする。そして、能楽堂の外では、宗家が自ら募金の呼びかけをしていらっしゃった。心ばかりの寄付をすると、宗家から手が差し出されて「ありがとうございます」のお言葉をいただく。<いや、たいしたことじゃないんで、エヘヘ>とか思って、ひょいと右を見たら、祥六さんも募金箱を手に、立っていらっしゃった。<うひ~、宗家より祥六さんがよかった~>
2011/04/03
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新年度の始まりである。ついに、年度末との切れ目というか、切り替えがまったくないまま、新年度に突入である。年度の終わりに処分したい書類がまだ手つかずの状態で放置されている。大丈夫なのか、自分。 本日をもって、正式に発表すると、自分の所属する人間生活学科こども発達専攻が2012年度から定員を増やすことになる(計画中)。定員増の場合は、学科新設に準じた書類の提出があり、担当教員の履歴もすべて再提出となる。文部科学省だけでなく、保育士養成課程の関係で厚生労働省にも提出する書類があり、3月後半はこれが最大の仕事だった。はぁ~、なんとか終わった。 さて、(実際の辞令交付は数日後だが)本日をもって、ワタクシ、教授になった。佐藤智広教授の誕生である。フフフ、権力使いまくるぞぉ!・・・・・・嘘である。 この2年間、丁重にお断り申してきたのだが、空席が2つになってしまい、さすがに教員構成に問題が出るため、お受けすることとなった。普通の大学なら、給与のこととか待遇のこととか、はたまた人事権やら学内政治やらがあるのだろうけれど(白い巨塔か?)、ここでは、給与体系が(事務職も含めて)1本、ある意味、非常にクリーンだ。そのため、勤務年数からいうと、既に2年前に昇任していなければならないところを、年齢的にふさわしくないと自ら断ってきたのだった。 そして、教授になるという前提で、本日より、図書館メディアセンター長・FD活動委員会委員長・カリキュラム委員会委員長・紀要委員会委員長(継続)となった。なんか、学部長クラスの肩書きがばばーんと並んでいる。かと思うと、教員免許申請もするし、シラバス・学生便覧の印刷の手配もするしで、極めつきが今度の新入生の「担任」。いつもなら、教務関係の古株として、履修の注意や課程(教職・保育士)の説明でちょちょっと登場するだけなのに、今回は、オリエンテーション期間中、ずっと新入生に付き添いながら、2年生の教務の説明もこなさなくてはならない。 身体保つかなぁ、43歳の春。厄年か?
2011/04/01
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