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ニュージーランドからLEGOが来た。先日読み終えた森博嗣の『四季 秋』は、『すべてがFになる』で出てきたレゴブロックが1つの鍵になっていたが、何を隠そう佐藤もレゴファンである。子供の頃にブロックで遊んだ時とは違った面白さが発見できたりして、箱庭療法のように、組み立てながら頭の中で物語が生まれてくる。 森博嗣の作品では、写真から何ピースあるかの概算をするという場面(ピース数自体は話の展開とは関係ない)があったが、レゴのピースってかなり大きさに幅があり、いくら概算とはいえ、わかるのか?なんて疑問に思ったりもした。森博嗣自体がレゴファンなのかは知らないが、イメージとしては似合っていると思う。 で、早速1箱組み上げていくと瞬く間に時間が経っていく。単純の色の組み合わせなのに、ぴたっと嵌っていくと不思議な調和が出てきたりして。基本パーツのみで自由に建物とかを作るのもあるのだが、最近の主流は組み立てるべきパーツが過不足なく入っているセットもの。これは説明書にしたがって、組み立てるべきものを組み立てていく、プラモデル・ジグソーパズルと相通ずるタイプ。外国製なのに(おぉっ、差別的発言)、ピタッと嵌っていくんだな、これが。
2004/01/31
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今日は朝一でテニス、11時であがったので、そのままご近所の水族館へ。今日は中学生の遠足もほとんどなく、子供連れの主婦がチラホラ見かけられる程度で、ゆったりと魚たちを鑑賞できる。奇妙なオヤジが1人で魚を愛でている姿というのも、シュールであろう。 水族館は1人で行くのがいい。連れが居ると、ペースがおかしくなってしまう、というか、他人を放っておいて1人見入ってしまうから。それにしても、人少ない水族館では、いつも以上に、魚のほうもこちらに近寄ってくる気がする(気がするだけかも)。水槽の前で、指をちらちら動かすと、「なんじゃい?」って感じで寄ってくるのである。南の海の色鮮やかな小型の魚たちも綺麗だが、東京湾の生き物など、身近に感じられる魚たちが普通に泳いでいるのも良い。 ショーの時間を外してイルカ水槽に行くと、イルカもそれを察知して近付いてくる。あれって、何か仕掛けでもあるのか、それともイルカたちには、人間が近寄るのがわかるのか?ぐるぐると回りながら、佐藤の居る所でわざと呼吸孔から水しぶきを飛ばしたり、ガラス越しに口を開けて見せてくれたりする。遊びたいんだろう。 「水辺のある暮しが良い」とか聞くが、こういう水族館も捨てがたい。本当は、魚たちにはかわいそうな環境なので、矛盾しているのだが、それでも、平日昼過ぎの水族館は気分がいいものである。
2004/01/30
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佐藤はそれほどテレビを見る人間ではない、と勝手に思っている。あくまでも自己申告だが。ドラマで盛り上がれるほど、もう若くもない。だが、木曜日は万難を排して帰宅している自分に苦笑。そう、「エースをねらえ!&白い巨塔」である。 エースをねらえ!……宗像コーチにすがりつく緑川蘭子、2人の関係を知っているオールド視聴者には驚くことでもないのだが、その現場を目撃したお蝶夫人も、さすが<お蝶夫人のお蝶夫人たるユエン>微動だにせず、テニスに対してのみ敵意を剥き出しにする。そう言えば「加賀高のお蘭」ってそれもまたヤな呼び名だよな。っていうかグレてるのか、お前?って感じで。ハムテル改め藤堂クンには相変わらずなじめない。あまりテニス上手そうじゃないし……というかみんなスイングが甘すぎ、立つ位置も変……ああっ!それで上手いのなら誰も苦労はしないよ、と今回も突っ込みっぱなしの番組だった。 「エースをねらえ!」で笑い飛ばした後は、「白い巨塔」。裁判が本格的になり、今回は主役財前教授の内面の揺れではなく、それに巻き込まれた人々それぞれがどういう立場をとっていくかに焦点が当てられた。里見助教授……気持ちはわかるが組織の一員としてここまでやらせてもらったのに、その頑ななまでの清廉潔白さはどこから来るのか?とか色々考えさせられる。今回は久しぶりに東元教授一家も登場。東教授夫人、ほとんど台詞はなかったが、なんとも言えない動きをしていて面白かった。
2004/01/29
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明るい太陽の下で1日中テニスなんて、非常に気持ちが良いのだが、帰宅したら衝撃のニュース。 大阪の40歳の父親が自分の子供に昨年6月から食事を減らし、8月からは軟禁、餓死寸前のところで親が救急車に通報、事件が発覚したとのこと。離婚後に入ってきた別の女と共謀してのことで、学校にも行ってなかったらしい。学校の教員も心配していたのだろうが、かなしいかな、家の中にまで入り込める権利は教員にはないしな……。だが『児童虐待防止法』に基づいて、警察に介入依頼はできるんだよな。 それにしても、子供を産んでおいて、どうしてこんな行為ができるのだろう?「虐待者こそ、死んでしまえ」って感じである。 だが、その一方で、すごく瑣末な点で気になったのは、このニュースで言っていた「養育放棄、いわゆるネグレクト」という報道姿勢だ。「いわゆる」ってオイオイ、換言してわかりやすくなるのか?<養育放棄>でも生ぬるい、<児童虐待>って言え、<児童虐待>。彼らのやったことは犯罪だ。なぜ、わざわざ印象の伝わりにくい外来語に置き換えるのだろう? そう言えば、ドメスティックバイオレンスも同様だ。<家庭内暴力>で端的なのに、わざわざ罪の印象を薄めているとしか思えない。外来語の置き換えではないが、「援助交際」もそう。<売買春>でいい。お前たちのやっていることは犯罪だぞって曝してやればいいのだ。 もう1つ、新聞で驚きの記事。逆上がりのできない・長距離走で座り込む小学生だって。逆上がりは体力と言うよりはちょっとしたコツだと思っていたが、体が上がらない、逆上がりに恐怖感……もうまったくどうなっているんだろう? 偶然にもテニス仲間と、挨拶のできないこどもという話が出て、閉めるべき扉を閉めずに通っていく子供とかの話にもなった。 「(佐藤の)うちでは小さい頃、戸を閉めないで通ると、『犬か?』って怒られました」って言ったら笑われたが、不必要に音を立てて閉めない、閉まっていた戸は開けたら閉めるというのは普通に教わったことだ。だから、子供だけが悪いのではなく、そういうことを教えない親がいけないのだが、テニスコートのブラシをかけないおばさんとかいるからなぁ。出入り口の扉を開けたまま出て行くおばさん・おじさんも居るしなあ。「まったく近頃のおじさん・おばさんは……」って言いたいよ、ホント(おじさん・おばさん呼びしているが、佐藤とそう変わらない年齢だったりする)。耐えかねて、「ブラシくらいかけたらどうですか?」と言ったら、「何言ってんの?」って顔されたこともあったなぁ。そういう親の子供は不幸だね。 なんか、無理してお勉強させる前に、親が教えることって色々あるよね、と思う。佐藤は子供どころか連れ添いも居ないのだが、人間という1つの生き物として生きる力を育てなきゃいけないよって、今日はまざまざと感じた日だった。
2004/01/25
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このタイトルで「おっ!」と思ったあなたは文芸通?あるいは心理学関係? ……というほど大仰なタイトルでもないのだが、元のことばは"The Stream of Consciousness"。心理学者ウィリアム・ジェイムズのことばで、その後、文芸理論にも使われたもの。 それはともかく、現在連載中の合衆国の漫画JLA(Justice League of America:スーパーマンやバットマンなどが集合体として活躍するDC Comics社の漫画)の先日の号の副題が"Stream of Subconsciousness"と、明らかに上記の語を意識したものだった。基本的に対象読者は子供のはずなのだが、こういう言葉遊びができる感覚ってすごいと思う。 先日読んだ雑誌のダイエット記事の見出しは"To Eat or Not to Eat, That is the Question."だった。これも言わずもがなで、シェイクスピアのハムレットの一節を踏まえたもの。こういう言葉遊びって、現在の日本でどの程度見られるだろう。読者すべてが気付かなくても、この言い回しで<にやっ>とできる人がいればいい、そういう粋な気配りはないよな。 日本の古典文芸はそういうフマエみたいなものを基調としながら展開してきた。だから近世の作品なんて大変だ。それに、わかった人がわからない人に説明したってちっとも面白みは伝わらないし。でも、こういう感性って失われずに続いて欲しいと思うのだけれど。 山田詠美の『熱血ポンちゃんが来りて笛を吹く』なんかは探偵小説好きにはたまらない題名だね。
2004/01/24
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買いそびれていた本作を仕事の帰りにようやく買えて、電車の中から読書スタート、そのまま一気に2時間……ふぅ~。いやあ、スゴイ。何がすごいって、あの作品のあの人が、あの作品のあの人だったなんて!という人間関係図。読者の記憶力を試しているのか? それにしても、『すべてがFになる』でデヴューして以来、一体いつこの構想を思いついたのだろう。最初からだとしたら恐ろしい構想力だ。ああ、時間軸をずらしていたことに気付かなかった自分のバカっぷりが悲しい。また『F』から読み直しか? というわけで、森博嗣の熱烈な読者にはたまらない一品だが、これをたまたま初めて手にとった人には何がなんだかわからないだろうなぁ。ちょっとオタクというか、悪い意味で同人誌的作品。作者の新潮社のシリーズ(2作品)は2作目にして、「1作目から読まないとわけがわからない」状態だったが、まさか他社の作品までリンクしていくことはないだろう。真賀田四季が女王だったりとかって(←意味不明)。 そんな読後の口直し(本当か?)は「エースをねらえ!」。これってギャグ漫画だったか?とばかりに笑うしかない。CGで作る球の弾道はイマイチだし、ことばづかいなどの点で、変に今と昔とが交錯している。どうせCG入れるなら、お蝶夫人がサーブ打つ時に、背後からバラの花でも散らせてくれたらいいのに。 続いて「白い巨塔」。ついに病院側の弁護士(及川ミッチー)登場。目の鋭さがやばさを醸し出している。
2004/01/22
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は小春日和。晩秋から初冬にかけての暖かな日。季語では冬。なぜ米語でインディアンサマーと言うかの語義は諸説あって未詳。だが、ヨーロッパ言語にも、寒い初冬で、ふと暖かくなった日を○○サマー(○○の夏)と表現することがあり、あちらでは「夏」に喩えることが多いようだ。きっと、 じと~っとした暑苦しい夏ではなく、 から~っとした爽やかな夏だからであろう。そう言えば、金井美恵子(?)にそんな題名の小説があったなぁ。 ちなみに今日は旧暦の12月29日、月の運行による暦では明後日が1月1日、太陽の運行による暦では明日が大寒。ここまで晩冬になると、「小春日和」と表現するのは違和感あり。では、今日のような暖かい日はなんと言うのだろうか?「春近し」では情緒ないし。そんな暖かな陽気なので、今日のテニスは膝上の短パンに半袖ポロシャツ(やや笑われた)。もちろん、コートの立たない時はベンチコートを羽織るし、長いウォームアップパンツを穿いていたのだが。
2004/01/20
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丸谷才一の『輝く日の宮』をようやく読み終わった。中身については図書委員会に報告するが、日記ということを考えさせられた。『源氏物語』の作者紫式部は『紫式部日記』という変わった日記を遺してもいるが、『かかやく日の宮』作中の主人公・杉安佐子はそれを援用していく。 だが、ちょっと待て、日記と言ったって秘匿して自分の素直な気持ちを記す現代の感覚の日記とちょっと違うんだぞ……近辺の人間に見られることを前提にして、つまり読者を意識した作品なんだぞ、と思い続けながら読んだので、いささか疲れた。序文をつけたり、自分を「女」と記してみたり、中古・中世の日記って厳密に作者=主人公ではない。そもそも『紫式部日記』自体が、冒頭の特異性からして謎の多い作品だが、「そういう前提は<いいっこなし>」で進められているし。 某比較文学研究者はこのモデルが誰であるかとか、って盛り上がっていたが、こんな破綻だらけの論理構造を持った研究者はあまりいないよなぁ。まぁ、小説だからそれでもかまわないのだが。
2004/01/19
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帰宅し、楽天の日記をフラフラと覗いていたら…… そうか!阿部ちゃん(友達か?って、阿部寛のこと)は田宮二郎に似ているのか。どうも前にいた顔だよな……とトリックを見ながら思っていたのだが、今日判明した。すっきり 教訓:良い顔の男は薄汚い役でもカッコイイ 今日は松本清張「砂の器」のドラマがスタートしたらしい。先日書いたが、白い巨塔・エースをねらえ・奥様は魔女(未見)、そして砂の器(これまた未見)、リバイバルもここまで来るとちょっと変だ。新たな作品を生み出すことに行き詰まりがあるのか?確かに、芸能作品はある程度まで行ってしまうと類似品的になってしまい、多少形を変えても方向性が変わらない。それならいっそ、古典作品の復活とかになればいいのに。小・中学校では古典がどんどん減らされているのになぁ。 ちょっと前なら、共通理解として存在していた作品(芸能&文学)が共通事項にならないんだから。学歴なんて関係なく「しらざぁ言って聞かせやしょう」とか<安珍・清姫>がわかる時代にはもう戻れないのか?
2004/01/18
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職場を出ようとしたら、白いものがチラホラと舞っていた。地下鉄に乗り、水道橋で降りたら、おぉ~っ、もっと舞っている! 5時間以上の長丁場を能楽堂で過ごし、会場を出たら雪はやんでいたが、そのかわり凄まじい冷え込み。大寒間近だし、風邪は流行っているし、気を付けよう。 風邪で苦しんでいる学生諸君、お大事に。後期試験もあと1ヶ月を切りました。
2004/01/17
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今日は国立能楽堂で久しぶりの定例公演。千駄ヶ谷駅前のコンビニエンスストアに寄ると、おぉ~っ!早くも甜茶のペットボトルが売られていた。既に自宅では入れ始めているのだが(ただし毎日ではない)、ペットボトルで見るのは今年、今日が初めて。 この甜茶、マズイという人もいる(というかマズイと言う人が多い)が、佐藤は非常に好んで飲む。これから先、花冷えの頃を過ぎるまで、テニスに持っていくのも甜茶、職場に持参するのも甜茶である。花粉アレルギーの検査値は相変わらず、信じがたいほど高いのだが、甜茶を正月明けから常飲して7年、薬をほとんど飲まずにやっていける。プレドニンと縁を切って7年(知っている人は知っている話、ヨヨヨ)、杉花粉の舞う時期が楽なのは、多分甜茶のおかげだ。 でも、周りに勧めても愛飲家が増えないのだから、やはりマズイんだろうなぁ。 ちなみに市販のペットボトルの甜茶はどれも薄味のような気がする。
2004/01/16
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財前教授がポーランドから戻り、学会出張中に亡くなった方の、医療ミスを認めるか否かという話題が中心。今回は予想範囲での展開で、第2クール前半はこれで持っていくのだろう。次回から病院側の弁護士が登場する模様。 それにしても、フジテレビの開局45周年が「白い巨塔」なら、テレ朝のそれはなんと「エースをねらえ」だっ!その昔、我々の世代での小学校テニスブームを作った番組が実写で戻ってきたのだが、お蝶夫人(←こんな呼ばれ方絶対ヤダと皆思っているはず)も変だが、出る人出る人みんな変、藤堂クンは織田裕二くずれの、「動物のお医者さん」の主役だった俳優。テニスの球筋はCG合成だし、おいおいサイドラインぎりぎりに立ってるなよとか、突っ込み放題。テレビ界は復古主義なのか?そんなに古いものに価値を求めるなら、日本文学をもっと復活させて欲しいものだ。
2004/01/15
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昨日より学生も大学に戻り、普通の生活に戻りつつある。人間発達専攻の学生は今日から保育実習で、地元の施設にて各自実習に入った。みんな、頑張れ~。 今日は紀要の初稿を印刷会社に返却の日。各先生からお預かりした原稿をチェック、曖昧な点・図表などの調整を行い、全部揃えて、業者に送付。自慢じゃないが、佐藤はなぜか他人の原稿のエラーを見つけるのが得意である。校正で漏れた部分、ここは直したほうがという修正案が次々と見つかる。その都度、各教員に連絡を取り、確認。今日はそんな走り回りをし、同じブロックに居る先生に「走り回ってるわね~」と笑われていた。研究者なのか?編集者なのか?という疑念はこの時期毎年のこと。おかげで学内での編集関係の仕事があれもこれもと重なってくる(もちろんこういう憂き目に会うのは佐藤1人ではない)。それにしても、学部学生だった頃、国文学研究資料館でのデータベース作成バイトで『国書総目録』のエラーを探し、院生時代には『日本国語大辞典』の古辞書バイトでエラーを探し、ほとんど意地悪な「おしゅうとめさん」である。根が暗いというか底意地の悪い人間なんだろう。 そのくせ、自分の原稿は毎度、校正漏れがあるんだ。自分に甘く、他人に厳しいってやつだろうか<今日はいつになく自虐的
2004/01/14
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なのであるが、高畑淳子、面白すぎ!家に戻ってテレビをつけたら「踊るさんま御殿スペシャル」にて放送中。この人、東教授の奥方役で「白い巨塔」に出演している方、濃いぃ演技で注目されるが、青年座系のれっきとした舞台俳優である。なんか、間合とかテンポとか、計算しているのかテンネンなのか不思議なしゃべりであった。結構色々な番組や舞台に出ているが、こうやってトーク番組で見ることはなかった。面白い存在である。 どうでもいいついでにもう1つ。一昨日桜木町に行ったので、お約束の崎陽軒のシュウマイを購入(我が家は崎陽軒好き)。家で蒸して食べたのだが、なんだかだんだん汁気がなくなっている(By父)とか、固い(全員)とか不満続出。そんじょそこらのシューマイよりも美味いと思っていたのだが、どうしたんだ崎陽軒!?
2004/01/13
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勤務校の仕事がらみで、朝から合羽橋・日本橋と巡り、昼には国立能楽堂へ。今年初の能楽鑑賞である。夕刻に一旦家に戻り、軽く食事(ついでに麦と葡萄を少々)をして、ナイトテニス2時間。忙しいこと限りなし。 能楽堂では狂言研究の大家である先生にお目にかかる。同門の大先輩でもあるのだが、にこやかな中に鋭さを秘めたお顔(同門の日本文学研究者トップスリーに入るハンサム顔だと佐藤は思っている)を前にすると、思わず後ずさりしてしまっている自分に気付く。ちょっと伺いたいこともあったのだが、聞けずじまい。趣味で共通するスポーツの話もできなかった。 佐藤の勤務校から編入学した学生がお世話になっているのだが、今日は卒論提出締切日とのことで、そんなお話しをする(あとで判明したことだが、うちの卒業生は前日の金曜日に提出したとのことだった)。 今回の能の会も、小鼓の方に合わせて座席を選んだので、予想通り地謡に飽きたところで、小鼓・大鼓の音&小鼓を打つ姿を鑑賞、だが、それを上回る眠気に負けて前場後半はぐっすり。もったいなや~。
2004/01/10
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年末年始をはさんで空いていた「白い巨塔」が再開。第2クール初回は2時間編成。話題になっていたアウシュビッツロケの寒々しい光景も、番組にふさわしいものだった。番組の流れとは別に、胸を打つ光景であった。財前教授いうところの「負の遺産」である。 やはり、というか、もう少し先かと思っていた弁当屋さんのご主人(かたせ梨乃のだんなさん役)があっという間に亡くなってしまう。今回その伏線として、医療の裁判を扱う弁護士(←ぼろい事務所からも立ち退きをせまられているようないかにも“庶民のため”の弁護士:上川隆也)が登場するは、里見助教授(江口)のことばで病理学解剖に回すは、後半の争い(裁判)がどうなっていくのかを期待させる初回であった。 さて、それにしても、医学の発展(ひいては自分の成上りのため)という冷酷な側に立たないキャラ里見助教授こと江口洋介と若手の柳原医局員伊藤英明、何度見てもワンちゃん、それもレトリーバー系大型犬。2人して「どうしよう、みんな困ってるよ、ワンッ!」とかしゃべっているようにしか見えない。今回、弁護士として登場する様子の上川隆也も犬の風情だな。やはり世のため人のためキャラと言うと犬顔なのか? 一方、退官(←このことばも国立語彙だよね、あと教官とか……)した東教授石坂浩二、教授夫人政子高畑淳子、その娘矢田亜希子ファミリーは猫系だね。今日はあまり出番がなかったが、この家族のキャラ面白すぎ。 主人公財前教授唐沢寿明も猫か?
2004/01/08
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↑バカなこと言ってます<自分 今日は勤務先に初登校。うちは幼稚園から短期大学まで欠ける所なく揃っているが、さすがにこの時期はどこも閑散としている。クラブ活動の盛んな中・高校もチラホラとしか見えなかった。短大では、日直の先生他数名にお目にかかるのみ。あれやこれや研究室その他で時間を過ごし、帰宅。 というわけで、今日は七草。本当はこれも月の運行に合わせたほうが季節的にはふさわしいのだろうが、正月の荒れた食生活を直すにはこの時期で良いのだろう。うちでは毎年父親が買ってきて、さらには作ってくれる。「たかがこんな雑草ごときに高い金を払って……」なのであるが、もはや習慣化してしまって誰も止められない。 普通の葉状の野菜よりもアクが強く、ほんのり苦味もあるが、それでも昔よりは薄い味になっている(野菜の味ってだんだん薄くなる気がするなぁ)。うちでは、薄い塩味で、付け合わせが梅干、今年は紫蘇ヒジキときゃらぶきが加わった。 屠蘇(とそ)の残りも飲んだ。これもうちで漬け込む(佐藤の家では日本酒と焼酎に屠蘇散を漬ける)のだが、ほとんど漢方薬で、良く言えば芳しいハーブの香り、悪く言えば魔法の毒酒である。みんなあまり飲まないので、いつまでも残ってしまう。『土佐日記』にも出てくる酒だが、その頃からこんな味だったのだろうか?
2004/01/07
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今日は小寒、寒の入りである。これは24節気といって太陽の運行に基づくもので、小寒・大寒と続き、今年は2月4日が立春。ここからしばらく冷え込みが厳しくなる時期でもある。 ちなみに今日は月の運行では、12月15日の満月、深夜には南中した満月が見られる。16日後の1月22日が月の運行で言うところの1月1日で、先日話題に上った年内立春は、今年は起こらない。 なんてことは措いといて、勤務先の紀要の締め切りが早まったおかげで、今年は編集を正月に行うことができて、非常に楽だった。これまでは、紀要、卒論そして試験、教務と続くのだが、卒論がなくなり(学科がなくなったので←涙)、紀要も正月に校正のできるのは良かった。
2004/01/06
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芸術委員会のリンク先、小鼓方大倉流宗家・大倉源次郎様の華通信WEBがリニューアルである。トップページで源次郎さまの小鼓を打つ姿が拝見できる(画像はやや重くなったか)。 お囃子方は目に入らない<お約束>なのだが、シテ方に飽きたら、やはりこの方であろう。以前からの力強さに加えて、近年はしみじみとした曲での良さにも気付きはじめたので、しばらくこの方の音(そしてお姿)に期待していきたい。
2004/01/05
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と言っても、前のテニスから1週間も経っていないのだが。 今日は某区立中学校の校庭を開放したテニス。この中学校はビルになっていて、下が中学校、上は老人向けだったかの総合住宅、校庭は校舎の一部の屋上に人工芝をひいたもの……と都会らしい造りになっている。 今日はサービスダッシュをしてみようかと思ったが、やはり今回もいつもどおりのスタイルのまま3時間が経過。中高校生を連れた親子テニスに混じってだったが、やはり高校生くらいになると、思い切りの良さがあって羨ましい。バックアウトしようが、ネットにかけようが、トップスピン系で思い切り打ってくる。「♪そんな時代もあっ~たねと~」と歌いたくなった。
2004/01/04
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あけましておめでとうございます本年もよろしくお願いいたします 年賀状、一部書き終わった……ってオイオイ今書いてるのか!?新年の挨拶は年明けてからにしないとねって、それは言い訳だろ。高校時代から簡易シルクスクリーンで年賀状を作っていたのだが、これだと3日くらいかかってしまい、昨年ついにカラープリンタへ変更。あまりの楽さに驚き、あっという間にできあがってしまう(←なら早く作れって)。大体、日本の文様(青海波とか)か花のデザインが多かったのだが、今年はやや路線変更、でも毎年入れている謎の英単語は今年も健在、今年1年がこうでありますようにとの願いで「XXXXXXXXXX 2004」に決定。実際に手元に届く方もいるので、ここでは内緒。 昨年末のテニスレッスンが思いの他身体に負担であることが大晦日の日に判明。……な、なんだ、肩甲骨の辺りが痛い、これは筋肉痛では?ゲーム形式なら8時間位でも持つのに、レッスンだと90分2クラスを集中してやるとこんなになってしまうのだ。軽い筋肉痛を感じながらの年明けとなってしまった。逆に言えばそれだけ体力が落ちている(年取ったとも言う)わけで、基礎体力作りが重要だなと痛感。
2004/01/01
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