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ありがとうございます。お求めの乗車券・指定席券をお確かめください。西日本旅客鉄道株式会社の切符入れの注意書あまりにも関西風((^^)) ~~~~~7時20分起床。窓の外を眺めると、昨日と同じように曇った空だった。写真撮影は終わったが、新聞社の取材と、今後のことの打合せのために、今日は再び神社へ行くことになっている。ただし、往路は記者さんが新聞社の車で迎えに来てくれる(^^)約束は9時45分。その前に、荷物を整理して、一旦8時25分に朝食。8時50分には部屋に戻って、荷造りの続き。9時20分に持って帰れない荷物を宅急便で出して、再び部屋に戻り9時40分にチェックアウト。そのままロビーで待つこと5分、記者さんがやってきて、新聞社の車に同乗。写真記者さんも一緒だった。神社に着いたのは10時5分。撮影と、資料の説明をして、11時10分頃に取材は終了。ちょっと、宮司さんと以後のことについて打合せして、11時20分には神社を後にした。撮影機材は、記者さんの好意でヤマト運輸の営業所まで運んでもらえることになった。なんせ、この機材一式は重い。今回は別送したものがあったためにちょっと中身が少なかったが、それでも24kg!いつもの調査では、これを300mほどエッチラオッチラ運んで、タクシーの拾える道まで出ていたのだ。調査を始めた13年前とは体力的にも差が出ているので、大いに助かった。11時30分にはヤマト運輸の営業所に着き、ここで新聞社の皆さんとは別れ、小生は荷物の発送。今まで宅急便で送れていたものが、今回はヤマト便だった。ただし、宅急便より安く送ることができた。11時50分には近くのバス停へ出て、58分のバスで京都駅(烏丸口)へ。ちょっと道が混み気味で、12時20分に到着。まずは、指定席券の購入。土産と弁当を買うことを考えて、3・40分後のものを狙い、13時9分の「のぞみ」に決定。それから、烏丸口の地下で土産の漬物をあれこれ試食しながら購入。(うー、ご飯が欲しい………)ついでにそこで駅弁を買って、まだ大分時間があったが、12時50分に改札。なぜ早々に改札したのかと言えば………ホームに出れば喫煙所があるからである。烏丸口の周辺、確か喫煙所がなかったと記憶しているので、もっとも手っ取り早い方法として新幹線のホームに上がったのである。ホームに上がる階段で、妙なポスターを見たので写真に数枚。JRも東海と西日本とでは、新幹線の売り込み方が大いに違う(笑)そして、肌寒さの中、上りホームで紫煙を発てて「のぞみ」を待つこと十数分、鉛筆のようなそれ(500系)はやってきた。乗車すると、隣席には半分酔っぱらったおじさんが座っていて、下は酒をこぼしたらしくテラテラしていた。こちらは、調査や旅行の時にいつも携行しているカメラバッグ1つが荷物だったが、ノートパソコンをここに入れていて、車内で仕事をするつもりもあるので、大抵、このバッグは足許に置いておく。「困ったなぁ」と思いつつも、仕方なくいつもの通り足許にバッグを置き、まずは弁当を頬張った。その後、15時10分に新横浜に着くまでパソコンで仕事。乗換え乗換えで、帰宅したのは16時15分頃。上手く、帰宅ラッシュを逃れて帰ることができた。 ~~~~~帰宅して居間に顔を出したら、母が亡父の本に載せる写真の選定のために、机一杯に写真を拡げていた。こちらが座って茶の一杯でも飲もうかと思った矢先---座る前に---すぐに写真選定の話が進められたので、ものすごく腹立ちながらも応対(しかも立ったまま応対しなければならなかった!)。疲れて帰っても、そのことは母には判らないらしい。ようやく茶の一杯を飲んで一服できたのは、帰宅してから30分以上経ってからだった。 ~~~~~【今日の色】京紫(きょうむらさき):#9d5b8b/R:157 G:91 B:139(「和色大辞典」による)
2006.02.28
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すべてはすべては終わるアリス「涙の誓い」(詞:谷村新司)本当は、曇りときどき霰でした。 ~~~~~朝から冷え込んだ今日、再び神社での資料の写真撮影。上手くいけば今日で撮影は完了する。7時過ぎに起床、8時50分に朝食をとって、9時45分に出発。10時20分に神社に着き、作業開始。12時30分に昼食のため一旦中断。例の小川珈琲店に行き、これまた例の本日のパスタランチの内容を聞き、さらにこれまた例の如く同じ内容だったので(苦笑)、今日の昼食は和風たらこスパゲッティ。13時20分頃に神社に戻り、作業を再開。15時5分………終了!調査の開始が大学院の博士課程の最後の月であった平成5年3月、それから足かけ13年に亙った資料群の調査・撮影が完了した。資料の点数はおおよそ650点。撮影に費したフィルムはフジのミニコピー36枚撮り432本、約15,000コマにも及んだ。この間、博士課程を満期退学した小生は大学院の研究生を1年やり、現在の研究所に就職し、いつの間にやら大学の講義も週に6コマ持つようになった。方や、父が他界し、恩師も他界し、さらにはお世話になった先代の宮司も他界した。などということを思い起こすと、感無量である。寸時、感傷に浸り、撤収作業。15時50分頃に撤収の準備は整ったが、明日、新聞社の取材で写真を撮ると言うことなので、念のため撮影機材は残しておく。報道カメラマンが強いストロボを焚いてもらっては困るからである。16時に神社を後にし、バスに乗るのもつまらないので、ブラブラと適当に河原町三条の宿へ歩くことにした。先ずは千本通に出て少し南下。下長者町通を東に行って大宮通を南下。そして、下立売通を東に行き堀川通を横切ると、府庁の前に出た。ここで、府庁を背にして新町通を丸太町通まで南下。さらに東に行き、烏丸通を南下し、夷川通を東に入った。ちょっと小腹が空いたところで、美味しそうなパン屋さんを発見したので、パンを購入。店の名前は「FRIAN DISE(フリーアンディーズ)」といった。そのまま真っ直ぐ行っても芸がないので、高倉通を南下。押小路に入り、京都府建築士会の前を通って、市役所脇の寺町通から御池通に出て、後は素直に河原町通を南下して16時50分には宿へ到着。およそ5.2kmの道程、かかったのは50分だった。一服した後、17時30分頃出発。土産物を探しつつ、街中を気分良くブラブラした後、祝膳は19時15分頃から餃子の王将にて(苦笑)。19時40分頃には出発して、新京極の井和井にて土産を購入。井和井は割と洒落たものを売っているので、いつも使っているのだが、年に2度も3度も行っていると、買うものも段々減ってきて「これは、○○の時に買ったよなぁ…」などと思い出しながら土産物を選ぶ始末。それでも、適当な土産を買った。いつもならば、自分の土産など買わないのだが、今回はなんの気無しに自分のも購入(笑)。20時30分に部屋に戻り、あとは翌日の取材のために、持参の資料や撮影記録などで少々下調べをして、就寝。明日は、早めに帰ることができそうだ。 ~~~~~【今日の色】紺碧(こんぺき):#007bbb/R:0 G:123 B:187(「和色大辞典」による)
2006.02.27
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絶景かな。絶景かな。並木五瓶『金門五山桐』「南禅寺山門の場」南禅寺の三門にのぼっても、絶景には一足早かった。花盛りならば………我がものにすべく、斬鉄剣でも仕込んだのに(笑) ~~~~~風水の調査の二日目。6時に起床。助手君との朝食の約束は8時なのだが、外は随分の雨なので状態の遷移を見るべくちょっと遅らせて8時30分ということにした。そして、それまで仕事。8時30分に、助手君と朝食をとりながら、雨の様子を見計りながら出発・調査することを伝えた。8時50分に一旦部屋に戻って、チェックアウトのために荷物をまとめる。今日から宿は、再び河原町三条の定宿となる。雨が全く小康状態にならないので、結局9時35分に出発。まずは、10時頃、今日からの宿に荷物を預けたら、チェックインの手続だけ取れた。荷預け、チェックイン後すぐに出発して、ホテル前からタクシーで南禅寺へ。昨日登れなかった、三門に登るためである。10時15分頃南禅寺に到着。早速、石川五右衛門よろしく三門に登り、周辺の景観や軸線の状況などを検分。雨は激しく、遠くが霞んであまりよく見えないが、おおよその状況は把握できた。ただ、時期が早すぎたものだから、石川五右衛門のように絶景を眺める、ということにならなかったのが残念。。。10時40分頃に南禅寺を出発し、蹴揚から地下鉄に乗り、三条京阪で京阪に乗換え、今日の本来の目的地の東福寺へ。11時20分頃東福寺駅に到着。そこから東福寺の南まで廻って、調査を開始したのが11時35分。靴の中は、もうグショグショである。それでもなんとか調査をしようと試みたのだが、雨が激しすぎて結局断念。助手君に、「これが国宝のトイレだよ」などと言いながら、三門の西脇にある東司を見せたりして、伽藍の規模の実感的把握に努めるに留まった。12時5分に東福寺を出発して、12時20分に東福寺駅へ。ところが、なにかの具合で電車が5分程度遅れていたために、29分発の電車が32分の発車。トロトロと走って、京都に着いたのが12時45分頃。助手君は13時35分頃の新幹線で帰ってしまうので、それに合わせて軽く食事など。助手君と別れた後、小生はちょっと用事を済ませてから、地下鉄烏丸線に乗って京都府立総合資料館へ。最寄の北山に14時35分に着いたときには、雨はほとんど上がっていた!総合資料館にて今回の調査に関係する資料を渉猟すること2時間弱。本来だったら、先にすべきだったのだが、諸事情できなかったこともあるし、東京で上手く資料が見付からなかったりとした所為もあるが、いつも以上に後手に廻った資料渉猟であった。まぁ、それでも使える資料がいくつか出て来たので成果はあった。16時30分頃、閉館に合わせて出発し、再び地下鉄烏丸線で北山から烏丸御池まで。ここで、1駅分だが東西線に乗換えて京都市役所前に着いたのが16時43分。再びの定宿に到着したのが17時。夕食に出たのが18時。今日は、ホテル近くのチェーンの定食屋「わくわく」にて摂った。店員(アルバイト)教育があまりなっていなくて、少々腹立ちながら食事。(客が発った後の、机くらいきちんと拭いておかなきゃねぇ。。。)ホテルに戻ったのは18時40分頃。今日の夕食は、いつもより1時間近くも早い。なぜか?それは、「The鉄腕ダッシュ」が19時前には始まるからだった(苦笑)。それにしても、昼間の雨、も少し早く上がっていてくれれば良かったんだけれどもナァ。。。 ~~~~~並木五瓶『金門五山桐』は、『古典の事典(日本版)』11(河出書房新社、1986年)の「金門五三桐」(矢追幸子執筆)によると、安永7年(1778)初演の全5幕による時代狂言。有名な「絶景かな…」は二幕目の返しの冒頭のようである。なお、台本では「山門」となっている所為か、矢追氏は解説などにも全て「山門」と表記しているが、禅宗伽藍としては「三門」が正しく、南禅寺でも公式に「三門」と表記している。ちなみに歌舞伎では『楼門五山桐』(『楼門五三桐』、「楼門」は「さんもん」と読む)という名が一般的だが、『日本古典文学大辞典』第二巻(岩波書店、1984年)の「金門五山桐」(河合真澄執筆)によれば、寛政12年(1800)に江戸の市村座で上演されたときにこの題が使われ、それ以来とのことである。註記:今日のタイトルの「雨天三門談」、そんな言葉はどこにもありません(笑)
2006.02.26
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当初は三門、仏殿、法堂、方丈が一直線上に並ぶ典型的な禅宗寺院の伽藍が整えられ京都市による天龍寺に関する世界遺産の説明板背後からの天龍寺。花がないのが、玉に瑕。 ~~~~~今日・明日と二日間は、自分の科研費調査で禅宗寺院を巡る。今日の冒頭に掲げたような禅宗寺院の伽藍に関する理解、つまり「中心伽藍は一直線上に配置されている」というのが正しいのかの検証である。実際には、風水説の関係があって、中心伽藍が一直線にならないことこそ、禅宗寺院の伽藍配置の特徴だと小生は考えている。実際に、中国で調査してみても、地域差や創建(そうこん)当時の伽藍でないという条件を踏まえた上で、やはりそうではないかと考えている。さて、このような調査をするとき今まで小生は一人でやってきたのだが、どうも上手く調査ができない。そこで、今回は助手を使って調査をすることにした。千葉住まいの助手、京都に到着するのは9時50分なので、ちょっと遅めの7時15分に起床し、9時20分には朝食を終え出発。助手は6時00分には自宅を出ているそうだ。烏丸御池から地下鉄で京都に着いたのが9時40分。助手と合流し、10時4分の山陰本線快速で嵯峨嵐山までまず出て、天龍寺の調査。創建当時の伽藍はないが、いろいろな発掘例を見ても、日本の寺院の伽藍はある程度(よほどのことがない限り)、創建当初の位置を保ちながら復興されているので、それを基に天龍寺の軸線を調べて見る。現存の中心伽藍の建物は、三門または総門に代る勅使門(寛永年間〈1624~1644〉再建と推定)、法堂(江戸時代中期の僧堂を明治に移築)、大方丈(明治32年〈1899〉再建)などであり、仏殿はない。一応、総門-放生池の橋-法堂で軸線を調べると、一直線にはなっていなかった。たとえば、勅使門の軸線をとって、放生池にかかる橋の手前から法堂を眺めると、このようになる。移築の影響は、どうなっているのだろうか?一直線になっていないことが、逆に「一直線になって然るべき」という前提に則っていないような気がするのだが。。。12時35分に出発して、12時46分の京福電車にて四条大宮に13時7分に到着。それから、13時19分のバスで四条京阪前まで。「あまり腹が減っていないが、もし食べるならば昼食はラーメンがいい」という助手の希望があったので、建仁寺に向かいながら適当なラーメン屋を探すもないままに、13時45分に建仁寺に到着したのでそのまま調査。ここの中心伽藍は、勅使門(鎌倉時代後期)、三門(大正12年〈1923〉に静岡県の安寧寺から移建)、法堂(明和2年〈1765〉再建)、方丈(慶長4年〈1599〉安芸安国寺より移建)と揃っているが、やはり一直線にはなっていない。こちらでも、勅使門の軸線をとって、放生池にかかる橋の手前から三門・法堂を眺めると、このようになる。なお、三門の前には、現在の三門とちょっと方位を異にする礎石群があったが、どうやらこの軸線は、勅使門の軸線上にあるように見られる。発掘調査をされているのか、詳細が知りたいところである。14時55分に建仁寺を出発して、南禅寺に向かう。助手君、普段は別の勤務をしているのだがわざわざ呼び出したこともあるし、なんせ昼食を食べていないので、途中でティータイムをとることにした。どうせ、南禅寺に行く途中だからと、ウェスティン都ホテル京都の喫茶室へ。普段、こんないいところに入ったことはないので、たまには贅沢してもいいだろう。南禅寺には16時17分に到着。ここの中心伽藍は、勅使門(寛永18年〈1641〉御所より移建)、三門(寛永5年〈1628〉再建)、法堂(明治42年〈1909〉再建)となっているが、やはり一直線ではなく、かなり歪んでいる。こちらでは、三門の軸線をとって法堂を眺めると、このようになる。今日の予定はここまでで、ちょうど時間になったが、南禅寺は三門に上がれるので明日再度来ることにして17時15分に出発した。途中、数ヵ所の寄道をして、ホテルには18時55分に到着。助手君のチェックインをした後、しばらく部屋にて休息。19時35分に出発して、夕食を探してブラブラ。結局、20時15分に木屋町の「かつくら」に入った。ちょっと混み具合で、しばらく待たされたので21時10分頃に食事が終り、またまたブラブラしながら22時にホテルに帰着。さて、明日は午前中のみ助手君がいるが、どういう展開になるのだろうか。
2006.02.25
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丸竹夷二押御池姉三六角鮹錦四綾仏高松万五条題名知らず(京都東西の通りの唄)今は、夜も明るい錦小路。 ~~~~~河原町三条の定宿に2泊したが、今日は宿替え。今日明日が金土両曜日に当っているので、予約を入れたときにはすでに空室がなかった。で、6時過ぎに起床して、相変わらずゴソゴソと仕事をして、朝食。一旦部屋に戻ってからチェックアウトしたのが、9時30分。ここから、河原町通を少し南下して右折し、新京極に入りさらに南下。錦天満宮の前で右折し、朝の錦小路を通って柳馬場通まで出て、今度は北上。蛸薬師通を上がったところに、今日から2泊する宿がある。(ここまで書くと、判る人には判りますねぇ…笑)で、フロントに荷物を預けて、さらに北上し、御池通に出て、堺町御池のバス停に行ってみると、適当なバスがない。仕方なく、さらに西に進んで、烏丸御池のバス停まで行った。バスに乗ったのは10時。神社に到着したのは10時25分。ロスタイムが結構あった。。。12時過ぎまで写真撮影をして、いつもの小川珈琲店へ。「本日のパスタランチ」は、今日も同じパスタ………………こりゃ、「本日の」ではなく「いつもの」だよなぁ。。。と思いつつ、今日は和風たらこスパゲッティ。13時過ぎには神社に戻ったが、そういえば9月の調査の時には修理中だった社殿の修理が終わっているのを写していないことに気付いて1枚。調査が終了したのは、17時10分のことだった。近くのバス停からバスに乗り、四条烏丸で降りたのが17時51分。まずは、明日・明後日(土日)の現金不足に備えて銀行で現金の引出し。ここからテクテク10分ほどで、宿に到着。チェックインしたのは18時10分のことだった。相変わらず、シャワーを浴びて、部屋でちょっとゆっくりした後、食事に出たのは19時45分。今日は、前回の調査の時から気になっていた「らーめん亀王」にてラーメン。場所は、河原町六角西入る………なんのことはない、今朝までの定宿から歩いて3分のところである。なお、ラーメンのお味は………塩気が適当で、なかなか美味しいラーメンだった。ホテルに戻ったのは21時10分。明日からは、神社ではなく、小生自身の科研費調査で寺院巡りである。 ~~~~~そうそう、錦小路。10年ほど前までは夜は無灯火でまっ暗だったのに、今では夜も明るい。「夜の錦を灯りを点けないで歩く」………恐がりのくせに、面白がって何度かやったのもできなくなってしまった。京名物「百鬼夜行」はなかなか見る機会が減ってきているのである(笑)。
2006.02.24
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都市計画地図の販売は京都府建築士会です京都市役所作成地図販売案内チラシ昨日のお酢屋さんはこういう店です。 ~~~~~6時50分、ちょっと遅めの起床。自宅にいるときと変らず、目覚ましに「勝っている」小生である。。。朝食前に、研究所に作成した書類をメール送信。そして、朝食をとった後、明後日からの屋外調査(風水!)のために地図を購入すべく、一旦外出。市町村などの自治体では、大方1/2,500または1/5,000の地図を用意しているのだが、小生の調査ではいつもそれが必要になる。明日は宿が変るので、今日入手しておかなければならない。この地図、自治体によって名称がさまざま。「国土基本図」と呼ぶところもあれば、「都市計画地図」と呼ぶところもあれば、「地形図」と呼ぶところもある。販売しているところは、市の建設課か都市計画課であることが多いが、大きな都市だと市役所内の行政刊行物販売所ということもある。小生の経験では、北九州市や熊本市、鎌倉市などがそうだった。さらには、市が外部に委託して、別の場所で販売している例もいくつか経験した。長崎市の場合には、市の都市開発公社(だったっけ?)で売っていたなぁ。京都市も長崎市同様に、外部に販売を委託しているようだ。市役所に行って、訊ねると、河原町御池上るの市役所から西に3・400mほどの、押小路柳馬場東入るにある京都府建築士会を紹介された。で、スタスタ歩いて5分程度、同会に出向き、地図を購入。一旦ホテルに戻って、神社へ出発。泣きそうな天気、今日は保つかなぁ?今日の調査はそういうわけで10時30分から。昼食は、毎度のように小川珈琲店。「今日のパスタランチ」のパスタは………あれあれ、昨日と同じだ。………というので、100円安く単なるパスタランチにした。午後の調査中に、昨日の記者さんから連絡があって、今晩、取材の続きを受けることにした。夜はとりあえず時間が空いているので、滞在中の夜に取材を受けられるように昨日話しをしておいたので、早速、今日ということになったのである。調査終了は18時過ぎ。河原町三条でバスを降りたのが18時43分。それから、ホテルで地図の切り貼りをするので、その道具を買いにウロウロ。結局、ホテルに帰着したのは、19時20分だった。記者さんの待ち合わせが21時なので、それまで部屋で地図の切り貼り。21時過ぎに記者さん登場。訊くと、夕食は済ましているとのことだったが、小生がまだだったので、すぐ近くの喫茶店「青山」へ。昨日と同様にカレーを食べた。珈琲もつけたのだが………支払時、小生の夕食代まで経費で落してもらったので、恐縮しながらちょっと残念。なぜ残念かって?そりゃ、ゴチになるのなら、コーヒーをブレンドにしないで、ブルーマウンテンにしておけば良かったからである(笑)。喫茶店のブルーマウンテンなんて、まだ縁がないものねぇ。記者さんに言ったら、笑っていた。さてさて、取材の方は、昨日の話に結構誤解が生じていることが判ったので、その修正をあれこれと。やはり、馴染みがないので、ちょっと判りづらい内容のようである。23時に終了して、記者さんは帰って行った。。。
2006.02.23
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浄福千本はては西陣題名知らず(京都南北の通りの唄)調査地のすぐ近所にあるお酢屋さんの看板。 ~~~~~今日から1週間の出張で京都まで。9月の調査の続きと、自分の科研費調査のためである。7時21分の横須賀線で逗子を出発し、横浜・東神奈川と乗換えて新横浜へ。8時32分の「のぞみ9号」で京都着が10時33分。車内では、明朝までにメール送信しなければならない研究所の規則類の作業をずっとしていた。荷物が多いので、タクシーで調査先である西陣近くの神社に向かう。11時過ぎに到着して、挨拶。そして、調査場所である宝物館へ。調査は、資料群(古文書の類)の撮影で、機材は9月の調査のまま置いてある。で、その機材をゴソゴソと運び出してセッティング。照明の具合を調整するまで、ほぼ40分かかった。そうすると、ちょうど昼にかかるので、いつもの調査通り、近くの大型スーパーの中にある小川珈琲店へ。今日は、「本日のパスタランチ」を頼んだ。本日のパスタは、ミートハンバーグスパゲッティ。前回のように、カルボナーラでなくてよかったぁ(笑)13時頃に戻って、調査(撮影)を開始した。いつものことながら、初日はあまり調子が上がらない。ついでに、今日は地元新聞社の取材を受けることになっている。10月下旬に最初に連絡を受けたのだが、調査で京都に行くことがなかったので、取材が延び延びになっていたのが、ようやく今回取材を受けるということになったのである。内容は、現在小生が調査している資料群のことだそうである。資料群は、近世の造暦に関する資料が主で、ちょっと専門の研究者が少ない領域のものである。基礎知識として、中国(民間)思想、天文学、数学、日本(科学)史、中国(科学)史、西洋科学史の文理両面に亙るものが必要なので、自然科学(特に数学!)が苦手な歴史系の研究者からも、思想面が苦手な理科系の研究者からも、なかなか手が出しづらい。で、記者さんも去年の10月頃は取材を簡単に考えていたのだが、対象が思いの外手強いものだと知って、年が明けて小生が調査に来るまで少し勉強をしておくとのことだった。さてさて、その記者さんとの約束は15時30分頃ということにしていたのだが、15時頃に神社にやってきた。かわいい女性記者さん、少しは勉強をしてきたようだが、かなりの勘違いがあるので、1時間ばかり基礎的な知識を知ってもらって、その日の取材はひとまず終了。時間は16時30分頃だったので、撮残しの資料を撮って、17時過ぎには今日の調査を終了した。そして、バスで四条河原町まで出て、河原町三条の定宿にチェックインしたのが18時。バスは四条通を東に走ったのだが、四条烏丸から四条河原町までの一番混む区間を、それも一番混む時間帯である夕刻に割合とすんなり走ったので、いつもならば4・50分程度バスに乗らなければならないところが、30分程度で到着した。ホテルに別送した荷物をほどいたり、シャワーを浴びて少し体を休めたりして、夕食に出発したのが19時40分。さてさて、定宿に泊まったときには、必ず行く夕食どころは3箇所。1箇所は河原町三条の「スパイシー」(カレースタンド)。それから「かつくら」(とんかつ)。もひとつ、最近よく行くのが木屋町の「餃子の王将」(餃子)。で、今晩は「スパイシー」でカレーということにした。帰路、これも毎度使っている新京極の「サカエ」に行って、飲料などを購入して、ホテルに戻ったのが20時25分。あとは、研究所の仕事を1時過ぎまでやって就寝。さて、明日は何点の撮影ができるだろうか?
2006.02.22
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改天和為貞享。依革令也。柳原紀光『続史愚抄』六十三、天和四年二月廿一日丁巳条研究所の近くの天野屋の梅。帰ってくるまで、保つかなぁ? ~~~~~今日は、いつもの通りの事務局勤務。インドへ行っていたウニちゃんは、すでに帰国しているものの、体調不良で欠勤である。なんでも、帰りの飛行機が大幅に遅れて、トランジットのソウル空港で具合を悪くして、成田に到着後に医務室で点滴を受けたそうだ。成田の到着が一日遅れて、さらに成田で予定外の一泊をしたという状況らしい。17日に成田に着いてそのまま帰宅の予定が、結局19日に帰宅したということで、本人より体調回復に今しばらくかかるので、欠勤させて欲しいと19日にメールが来た。本人曰く「虚弱体質」だということだが………確かに、一緒に勤務していると、調子のいいときは一日そつなく勤務をこなしているが、ちょっとでも調子が悪いとしばしば「目眩が起きた」と言っている。………インドは、相当ハードだったんじゃないのかなぁ?(小生は、行ったことがないから判らない。。。)勤務は大したこともなく、定刻の17時には終了。帰路、横浜の東急ハンズに明日からの出張中に使う、調査道具を作成する部品の調達に行く。実は、昨日の帰路も行って調達をしているのだが、どうも具合が良くないので、再度調達というわけだ。帰宅後、調査道具の作成と、出張の準備。明朝は早いから、0時には寝たいのだが……… ~~~~~明日からの出張は、小生単独の科研費研究と、小生が研究分担者をしている他機関の科研費研究の2つの調査出張を一緒にこなすというもの。行先は京都である。他機関の科研費研究の調査先は、9月に行っていたところと同じである。今回調査しているそこにある資料は暦の関係のものがほとんどだが、初めて日本人の手によって作成された暦法である貞享暦またはその作者の渋川春海(安井〈保井〉算哲、1639~1715)に関する若干の資料も出ている。その春海が貞享暦法を開発した1684年の今日2月21日、歳の干支が甲子(カッシ、きのゑね)であることを理由として元号は天和から貞享に変った。天和と改元されて4年目のことだった。※参考までに… 古代中国に発生した予言思想である讖緯説(しんいせつ)により、干支が以下の組合せの時には物事の状況が変化する(革…あらたまる)ものと意味付けられた(通称「三革」)。 革命…辛酉(辛も酉も五行が金〈コン〉。五行の金そのものが変革を意味する)。 革令…甲子(甲は十干〈ジッカン〉の、子は十二支のそれぞれ最初。物事の始まりを意味する)。 革運…戊午(戊は十干の、午は十二支のそれぞれ真中。物事の途中の転機を意味する)。天和4年の干支は甲子だったので革令に相当し、改元の理由となったのである。
2006.02.21
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法人は、法令の規定に従い、定款又は寄附行為で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。民法第四十三条一昨年のちょうど今頃、沖縄に出張だった。その帰り、珍しく機上から見えた富士山。 ~~~~~今日は、研究所の幹部会議。3月6日の理事会に向けて、議事の打ち合せなどがある。規程類の策定にかかわっている小生は、2月6日に続いて新規・改正両案の説明に呼び出された。今回は内部の事務処理に関する規則と旅行規則の説明。我が財団、これまで旅行規則の類を設けてこなかったので、経理上、さまざまな問題が発生しているようだ。小生担当の科研費の方では、以前から文部省が「ああせい、こうせい」と国家公務員等の旅費に関する法律に準じたものを科研費用に設定していたので、旅費についてはそのままだった。ところが、一昨年から国立大学の独立行政法人化に伴って、ほとんど全ての科研費の使用手続が個々の機関の規則に従うことになってしまった。我が財団では、内部での科研費の使用規則や事務処理規則を設けていなかったので、急遽、それを整え、諸経費の支出基準も定め、内規として施行した。旅行の手続や旅費の支出基準もそれで定めたので、科研費での旅行に限っては、なんとか事務処理がきちんとできるようになったのである。(もちろん、作成者は小生!)で、基本的に研究者は、研究となると面倒なことはするのだが、一般の事務処理についてはさほど面倒なことでなくともとてつもなくいやがる。(もちろん、小生もその端くれ。。。)研究者である我が財団の幹部も、もちろんそうで、これまで旅行(出張)をするにあたっての事務手続や旅費計算の基準を設けることを、半ば拒否してきた嫌いがある。ところが、機関である以上そのようなことがいつまでも許されるものではなく、今回、新たに旅行規則を設けることとなった次第である。基本的な内容は、科研費の内規で使用しているものをそのまま踏襲したのだが、機関全体にかかるものなので、条文による表現は部局の違いも考慮に入れて、かなり細かいものとなった。まぁ、条文で見ると凄く判りづらいのだが、実際に本人が旅行者になってみれば、そう難しいものではない。事実、科研費の旅行で、さほど旅行者側の手続に問題が起こったことはないのである。常識的であれば、堪えられる。(と思わなければ、研究につながらず「面倒だ!」とあちらこちらから文句の言われるような仕事、やってられません!)
2006.02.20
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脇差の弐尺五寸もなにかせん三尺ぼうの誓ひたのめば十返舎一九『東海道中膝栗毛』三篇下東海道線は由比で国道1号線と東名高速道路と併走する。 ~~~~~明日、静岡県の某市に講演というか講座の講師に行くため、6時に起床。(昨日、寝たのは2時だっけ…)大船から東海1号で静岡まで出るべく、7時15分に家を出て逗子駅へ。7時30分の横須賀線に乗って大船まで出た。大船に着く前に車内アナウンスがあって、辻堂駅で人身事故があったために、東海道線は上下線とも不通とのこと。大船で一旦下車して、状況を確認して、急遽新横浜へ出るべく、やってきた横須賀線に乗った。………ところが、横須賀線の車内アナウンスで、今度は東海道線が運転を再開したという。10分程度のダイヤの乱れだというので、大船から東海1号に乗ることにした。そこで、隣の戸塚駅で横須賀線を降り、跨線橋を急いで渡って反対ホームにまわり、ちょうど入線してきた東海道線に乗車。再び大船に舞い戻って、電車を待つことしばし。おおよそ10分遅れで東海1号が到着。「やれやれ」と思って乗ったのが、良かったのか悪かったのか………静岡の到着は40分遅れの10時15分。予定では、ここから普通列車で約1時間、先方の担当者と最寄の駅で10時30分の約束だったが、これではそうは行かない。仕方なく、東海の中で、新幹線の乗継特急券を買った。そして、静岡で東海を降りて、いざ新幹線ホームへ。10時25分のこだまに乗り、掛川に10時39分に到着。ここから在来線なのだが、こだまの到着とほぼ同じくして普通電車が出てしまうので、10時58分までおおよそ20分、寒風吹きすさぶホームで待つことに。待つこと十数分の後に普通電車がやってきて、それに乗った。待ち合わせの駅には11時10分頃に到着。担当者は学会などでも一緒になる旧知の間柄なので、詫びを入れながらいざ出発。途中で弁当を自腹で仕込んで(昼食………実は、某市の教育委員会の講座だったのだが。。。)会場に向かう。まずは、昼食。そして準備。会場設営は、椅子の運び込み、机の配置換えなど一から(笑)小生、別段えらい立場でもないし、旧知の担当者なので、なんの遠慮もなく手伝ったが(…ん? なんか日本語がおかしい!)、しかし当日、開始30分前の会場設営とは驚いた(爆)講座は、まずその担当者が30分ほど話す予定で………1時間ほど話し、そして小生が1時間30分ほど話す予定で………予定通り1時間30分話した。担当者、いつもの呼び方(名字ではなく名前で呼ばれる)で話しの最中、しばしば小生のことを言うので、会場の人達判ったかしら?で、小生の紹介の時には「鱸(仮名)先生は…」というので、小生、おかしくて仕方がない。もともと用意していた話の前振りを急遽変更して、そのおかしさをそのまま前振りにした。講座の時間は13時30分から16時。ただし、延長が入ったので16時30分に終了した。その後、担当者に少々用事が入ったので、待つことおよそ1時間。掛川の駅まで送ってもらったが、その道中、車に同乗していた御老人が、「○○さんを知っているか?」と突然、亡父の名前を言ったのでビックリ。「そりゃ、私の父ですよ」と応対して、それからしばし父の話。まさか、こういうところで亡父の名前が出るとは思ってはいなかった。つくづく「悪いことはできないなぁ」と感じる。(別段、悪いことをしているわけじゃござんせんけれども………)掛川には18時10分頃到着。上りのこだまは18時39分………ほぼ30分を待たなければならない。時間をもてあますので、土産物を物色。掛川は昨年以来、しばしば来るので、これといって買って帰るものもなくなってきているのだが、申訳け程度に買っておいた。ついでに、小腹が空いていたので、パンを2個ほど。18時39分のこだまに乗って、小田原到着が19時41分。東海道線が19時51分の快速アクティーで、大船に20時23分着。横須賀線は20時32分の発車で、逗子には20時44分着。待ち時間がやたらとある乗換え………今日は、とにかく、良く待った。。。さてさて、明日の会議の資料を作っておかなければ。。。
2006.02.19
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下駄を鳴らして 奴が来るよしだたくろう/かまやつひろし「我が良き友よ」(詞:吉田拓郎)葉山のジョナサン前で見えた青空。 ~~~~~今日は少々曇り気味。明日、静岡県の某市に講演というか講座の講師に行くので、その準備をしなければならない。ところが、昨晩、高校の友人のKこと「おつけもの」(いや、「おつけもの」ことK…というのが正しいのだろうか?…笑)より電話があって、転職の入社試験の過去問をもらったから、解き方を教えてくれとの依頼がきた。入社試験は明後日の月曜日。小生、明日の準備で時間が余り取れないことを伝え、午後の少しならば…という条件で見ることになった。下駄ならぬチャイムを鳴らして奴が来たのは約束の13時(おお、今回も時間通り!)それから、二人して、葉山のジョナサンへ。見せてもらった問題は、数学…というよりは算数の問題。会社の説明では「中学2年程度」ということだったらしいが、小学5・6年の問題のようだった。理系の大学生でも、下手をすると小学5・6年の算数の問題が解けないということもあるそうだから(10年ほど前にどこかの大学の医学部かなにかが、中学数学の復習コースを設けたっけ?)、数学から20年近くも離れている「おつけもの」が難しく感じているのも無理はない。で、解き方を示して、解説。15時30分頃にジョナサンを出て、ついでに洗濯物をクリーニングに出す必要があったので、東逗子のマルエツまで行き、さらにそのついでに、土日の二日間で算数の問題解答能力を急速養成すべく、同店2階の書店へ行った。いろいろと小学生の問題集を見てみると、やはり小学5年生から6年生、ものによっては中学2年程度の問題も含まれていたことが判った。結局、小学5年のドリルと6年の文章題の問題集を買って、奴は帰っていった。夜には、明朝の準備がそこそこ残っていた。。。
2006.02.18
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one of the adventurous Scandinavian sea-robbersof 8th-10th centuries.研究社『新英英辞典』(初版)「viking」の項ケーキの写真がないので、包子の写真で代用。同じ、甘いものですから(笑) ~~~~~今日も相変わらず、泣きそうな天気。K大の追再試があるだが、数日前にナッコ嬢から渋谷でのケーキバイキングの誘いがあったので、今日にしてもらって一緒に済ますことにした。「全く」と言うべきか「相変わらず」と言うべきか、「甘い」誘いにはめっぽう弱い(苦笑)試験は13時からなので、11時ちょっと前に自宅を出発。準備するものはほとんどないので、K大まで久々に電車である。到着は12時過ぎ。13時からの3時限目と、14時40分からの4時限目、いずれも受験者は一度も講義に出席したことのない4年生の追試が1名のみ。………しかも、答案用紙は2枚とも白紙だった。そのうち、3時限目の答案用紙の裏書(手紙)には、大学院進学が決まったので、なんとか単位を出して欲しい、ついては大学院に入学する4月から毎週必ず出席する。試験後の休み時間に控室まで行くので会って欲しい、という3点のことが書いてあった。一度も講義に出席したことがない学生…もともと受験資格がないのである。もちろん、なんのためらいもなく「0点」をつけた。ただし、本人が休み時間に来るというので、それを待ってはいたが、結局来訪せず。法学部の4年生、大学院への進学は、ダブルマスター狙いのような気がする。こう言ってはなんだが、ダブルマスター狙いで入学する学生に、ろくな者を見たことがほとんどない。税理士の資格を与えるに当ってダブルマスターに対して都合5科目の試験免除をするという制度を設けたのは、本来は経済系・法律系のそれぞれの大学院で高度専門教育を受けることによって、それぞれのマスター号取得者はそれに見合う知識・能力が備えられるとみなされるからである。ところが、それが逆にはたらいて、無試験で税理士資格を取れる手段としてのダブルマスターという理解の下、マスターの称号が欲しいだけという連中が大挙して大学院に進むようになってしまった。その結果、大学院の授業はおざなりで専門知識どころか初歩的知識も欠如し、さらには修士論文もまともに書けない(小生の知っている限りでは、日本語力は中学3年から高校1年程度がいいところかなぁ?………それでもマスターの称号を与えるところにもかなり問題はあるが!)といった連中が無試験で税理士の資格を取るにいたるになってしまった。もっとも、数年前に、法律も改正されて、今やダブルマスターでの無試験はなくなったそうだが。。。(それでも一部試験免除は残っているそうだ!)4時限目の学生は、諦めて早々に退出したらしい。おかげで、15時40分まで拘束されるはずが、15時20分には解放された。ナッコ嬢とは大学近くの駅に16時頃に待ち合わせということにしていたが、急遽はやめて15時45分頃とした。そしてそそくさと駅に向かい、待つことしばし。あとは、ナッコ嬢の誘導に従い、渋谷で電車を降り、センター街を抜けて、16時10分頃に目的の「スイーツパラダイス」に到着。………「こりゃ、とても小生のようなちょっと強面の野郎(しかも、四十路手前!)が来るところじゃないねぇ。。。」などと気恥ずかしく思いながら、「甘い誘いに」ホイホイと(笑)入店。ケーキの種類は、一口大でざっと20種類くらいかなぁ?和風の甘味が5種類あって…それと、軽食。あぁ、チョコフォンデュも置いてある!ザッと眺めた後に、攻略作戦を練るべく詳細に敵情視察。敵情を確実に把握することは、作戦行動の鉄則である。ふむふむ、モンブランが2種類に、ムースが4種類、シフォンケーキが3種類、チーズケーキが2種類に、プリンが2種類、ゼリーが4種類、その他かな?そそくさと攻略作戦を練って、まずはモンブランその他6種類ほどを攻略。その後、パスタなんぞも交えながら、4度ほどおかわりして17時過ぎに攻略終了。細君に「例の劇団員の教え子とケーキバイキングに行く」といったら、お土産のケーキを買ってくるように指令が出ていたのだが………さすがにお土産用がなく、断念。ナッコ嬢とは渋谷で別れて、小生は久々に渋谷から東横線で横浜まで。ちょっと買物をして、帰宅。横浜でケーキを買っていけばよかったものの、帰宅ラッシュの時間に持ち帰るのは至難なのでこれまた断念したら、帰宅後「土産がない」といって怒られた。。。甘いものを食べたあと、上手く整えなければ苦みが残るのは、味覚ばかりではないようだ(苦笑)
2006.02.17
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傾斜10度の坂道を腰の曲がった老婆が 少しずつのぼっていく中島みゆき「傾斜」(詞:中島みゆき)江西省のとある民家にあった毛沢東の肖像。春聯がつけられ、神格化されている! ~~~~~今日はしとしと雨模様。ここ数日、母が腰を痛めている。その母は3月末にはインドに行くし、小生は来週から再来週にかけて1週間の出張があるので、そうなると早めに腰痛を除いておかなければならない。「自力で何とかする」と踏ん張る母をなんとか説得して、今日、病院に行くことになった。向かうのは、小生が臑の怪我でかかっている近所の整形外科。今日、木曜日は午前中に生協の宅配があるということなので………まずは小生が自分の治療をしてもらいに行き、母の診察の受付をして一旦帰宅する。そして、今度は母を車に乗せて、再度病院に行く………という手順にして、9時にまずは小生が歩いて病院まで。診察なしで怪我の処置だけだったので、そんなに待たずに9時30分頃には帰宅。それから、生協を俟つことしばし。10時過ぎにやってきたので、購入品を受け取り、母の指示に従って、やれ冷蔵庫だ、やれ冷凍庫だ………と仕分け、分納して、母を車に乗せたのが10時15分。病院到着は10時20分。再び参上の小生に、病院で会う看護士は異口同様に「あら、さっきお母さんと一緒だったらよかったのにぃ」と、ニコニコしながら言ってきた。まあ、手間という点ではそうなのだが、我が家にも事情というものがあるわけで………痛くてきちんと待合室の長椅子に座れない母を、少し横にして待たせる。それにしても、小雨が降って、気温も低いためか、今日は患者が少なくてよかった。月曜日に小生が来たときには、患者が多くて、座ることが難しかったからねぇ。診察を受けて、レントゲンを撮って、また診察を受けて、処置をして………都合1時間程度かかって終了。診察結果は別段ぎっくり腰だと言うこともなく、要するに単なる腰痛。腰への注射と、内服薬の痛み止めによって、しばらくすると回復するようなものだった。それから受付の看護士にお願いして母を待合室に残したまま、母の薬を処方してもらいに小生は隣の薬局へ。全てが終わって帰宅したのが、12時過ぎ。あとは自宅でひたすら仕事の1日だった。母の腰痛は、注射が効いたのか、夕方にはずいぶんとよくなっていたようだ。それにしても、病院の入口のスロープ、傾斜は何度だったろうか?ずいぶん急だったけれども。。。
2006.02.16
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陽射しに灼かれて 風は乾き砂嵐吹けば 人は立ちつくす海援隊「陽射しに灼かれて」(詞:武田鉄矢)CD焼付をした一昨年の西域旅行の写真から、敦煌郊外の鳴沙山。ここまで暑くはないけれど……… ~~~~~朝っぱら、一昨日注文したリバーサルのCD焼付を受取りにカメラ屋へ。大量に注文したものだから、一度で顔を覚えられた。一度帰宅してから、11時頃に3日連続でお茶の水の研究所に出発。2月分の科研費の清算のためである。我が研究所では、15日締めで、20日前後清算というスタイルを取っているが、年度末で研究所の諸事が重なっていて、清算の日程的には丁度いいはずの今度の火曜日(21日)に清算できるかどうかが判らないので、ちょっと早いが締め日当日の清算とした。聞くところでは、大学の中には立替清算で当月締めのものを翌月払いにしているところもあるそうで、その情報をくれた先生は「締めから清算まで1ヶ月の間があるので、財布が結構キツイ」と歎いていた。いずれにせよ、今年度の清算は残すところ3月下旬の1回を数えるのみとなった。12時30分頃研究所に到着して、締めて精算。今月の清算額が確定したのが13時30分。それからいそいそと、お茶の水の坂を下って銀行へ。ついでに、一昨日不在だった、中国旅行の旅行社へ書類を受取りに行った。ちょっと話が長引いて、研究所へ戻ったのが15時15分。清算通知の書類の作成・発送をして研究所を後にしたのが16時30分。それから横浜へ出て、コーヒーと今度の出張で使う調査道具を調えて、18時に細君と待ち合わせの東神奈川へ。デニーズで夕食をともにして、用事を済ませて帰宅したのが21時。相変わらず暑い1日で、コートを着たのは失敗だったと夫婦揃って慨嘆した夜だった。 ~~~~~せっかくCDができてきたので、西域の写真を2枚ほど紹介。まずは、敦煌郊外の夕陽。そして、敦煌郊外の朝陽。………誰です?「両方とも同じ時に写したんじゃないか?」って言っている人は!!間違いなく、夕陽と朝陽ですよ(笑)
2006.02.15
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デメルのチョコレートは風味を大切に作り上げております。DEMELのチョコに添えられたしおり困ったときの温度計頼み………しかし、暖かい。。。 ~~~~~世田谷のK大学は、卒業年次生の成績質疑のために、年に一度教員を拘束する。今年は、今日がその日である。17時から19時までの間、連絡が必ず取れる状態になければならない。毎週火曜日はお茶の水の勤務の日だが、勤務時間はとりあえず17時までとなっている。ところが、そのような事情から、今日はいやでも19時までいなければならない。大体が、きちんと講義に出席していたり、欠席の対処をしていれば、泣きついてくることなどないはずなのだから、この日に連絡があるときには「助けてください」に対して「NO」と答えざるを得ない。毎年、この繰返しである。「NO」というためだけに、19時までの拘束である。しかし、ポカポカと良い天気。お茶の水到着時には18℃もあったものナァ!こりゃ、ビックリだ!!!ウニちゃんはインドへ行っているので、今日は総務のお嬢さんとのペア。いくつか、教えてもらったことがあった。その1 : ホワイトデーのプレゼントには、ランクがある。えっ、そんなの知らなかったよ~場所によっても違いがあるそうだが、ホワイトチョコとクッキー、マシュマロ、キャンディーの間には、微妙な階層構成があるらしい。小生、毎年、チョコをくれた人にはクッキーを渡しているのだが、これは堂なんだろうねぇ?そこで………読者の皆様に緊急アンケートホワイトチョコとクッキー、マシュマロ、キャンディーの間のランクの差について、教えて下さい!もちろん、地域も一緒にです!その2 : オーバーニーソックスとミニスカートの間に見える素肌のことを「絶対領域」というそうな(笑)ちょうど、土曜日に細君と出かけた話をしていたら、しばらく前の「TVチャンピオン」でアキバオタクの大会があって、そこで使われていたそうな。こちらは………別段アンケートはありませんが(笑)しかし「絶対領域」とはねぇ………言い得て妙なところだなぁ。なにが「絶対」なのかはよく判らないが(笑)そんな話をしながら、パタパタとお互いに作業をこなして、お嬢さんは17時30分には帰って行った。あとは、19時まで小生の「居残り」。結局、電話はなかった。。。研究所を出たのは19時30分。お茶の水は、まだ16℃もあって、すこぶる暖か。コートを着ていたのが(しかも、ライナーを着けて!)、悔やまれる。帰宅したのは21時過ぎ。遅めの夕食をとった後、細君からチョコレートをもらった。今年は………オーストリアのDEMELと日本のメリーチョコレート。これが、細君が食べたかったらしい!(おーい、日本じゃ、ヴァレンタインデーは男のためにチョコを買うことになってはいないかぁー!)メリーチョコレート………つい昨日まで、勘違いからヴァレンタインデーを日本で定着させた憎きチョコ屋だと思っていたが、誤解が解けて美味しく頂戴(笑)「憎きチョコ屋」とは、もちろんチョコがもらえなかったときの恨みである。。。
2006.02.14
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春眠不覺曉處處聞啼鳥孟浩然「春曉」そういえば、ニコライ堂を下から見上げたことって、あまりなかったなぁ。。。 ~~~~~朝から、外科を探して逗子の街中をウロウロ。先月末に作った右臑の傷がなかなか治らないので、細君が心配して「今日こそ病院に行きなさい!」ときつく言われたことによる。「臑なんて、もともと治りが遅いのだから………」と御託を並べても無駄であった(笑)結局、近所の外科・整形外科に行くことになった。帰宅してから、撮り溜めたリバーサルを教材・学会資料などに活用すべく、CD焼付のために店に出した。そして、亡父の提唱録の校正を出版社に渡すべく、昼頃、渋谷まで出張った。昼食は、時間ギリギリになったこともあって………抜きである。もっとも、母がどうやら朝から腰を強く痛めており、昼食の準備をしてもらうのに気がひけたこともある。渋谷に着くと、約束の14時に15分早かったので、マクドナルドを探してチーズバーガー1個(100円!)で済ませた。約束の喫茶店には14時ちょうど。1時間ほど校正を見合って、15時頃に担当者と別れた。その後、神田へ出て、いつもお世話になる中国旅行の旅行社へちょっとした書類をお願いしに行った………が、本日休業だった。。。仕方なく、その足で真っ直ぐお茶の水の研究所へ。来週から出張することもあって、処理できる書類を早めに処理する必要があるためだ。ちょうど、ニコライ堂の下を通ったので、普段あまり眺めないそれをしばし見上げた。ビルに囲まれながらも、のっぽのビルの(見た目の)不安定さに比べて、優美で裾の広いロシア風建築が安定感をもたらしているのを実感。研究所には15時45分に到着。1時間ほど仕事をして、16時45分には出発。帰宅は18時30分。母の腰の具合は、あまり良くはなっていない。。。
2006.02.13
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一太郎、一新。ジャストシステム「一太郎2006」コピー昨日「一太郎2006&花子2006スペシャルパック」を買って、籤で当った商品券! ~~~~~今日は朝から、昨日買ってきた「一太郎2006&花子2006スペシャルパック」のインストール。その前に………パソコンの中身を少々整理してから作業。インストール後は、各種設定に費やされる。結局、夕方までパソコンと格闘。夜分は、明日、出版社に手渡す亡父の提唱録のチェック。 ~~~~~さてさて昨日の話題ながら、「一太郎」を買ってレジを後にしようとすると、おねーちゃんが「おいでおいで」をしていた。何事かと思っていると、「一太郎」の購入者に籤を引かせるとのこと。訳も分らず引いたら、いきなり「チャリンチャリン」とハンドベルを鳴らされた。それこそ「何事か!?」と思っていると、「おめでとうございます」の一声………どころか、フロアーの店員が各個に「おめでとうございます」というものだから、そこら中の注目を浴びてしまった。籤で2等が当ったそうな。で、おねーちゃんがそれ(2等の表示)を示したとき、小生はそのおねーちゃんが立っていたところにあった「一太郎」紹介用のプラズマテレビに目がいってしまい、「これかぁ!」とぬか喜び(笑)結果、手に入ったのは「中吉」とシールの貼られたジャストシステムの封筒に入った、ヨドバシカメラの5000円の商品券だった。………これで、今年の運は使い果たしちゃったかなぁ???
2006.02.12
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建国記念の日辛酉年春正月庚辰朔、天皇即帝位於橿原宮。『日本書紀』神武天皇元年正月庚辰朔条日本が啓かれた日、表参道ヒルズも開いたらしい。。。 ~~~~~「暖かい日も今日まで」の天気予報を信じて(笑)、昼から細君と表参道まで出た。ちょうど、「原宿同潤会アパートの跡地に、森ビルが新しくショッピングモールを開いたので、見に行こう」というのが主旨である。12時25分の湘南新宿ラインで渋谷まで出て、そのまま山手線で原宿へ。原宿を降りたらすごい人混みで「さすがは連休」と二人で感嘆。昼過ぎでもあったので、昼食場所を探しながら、表参道をブラブラ。途中、「脇道の方に、なにか美味しいところがあるのではないか?」と思い、ちょっと脇道にそれたらなにやら道が蛇行している。その具合から「もしや」と思ったのが、そこが渋谷川ではないかということ。(帰宅後調べたら、まさにそうだった)ポカポカ陽気のせいもあって、ついぞ「春の小川」が口にでる。♪春の小川は、さらさら行くよ。 岸のすみれや、れんげの花に、 すがたやさしく、色うつくしく、 咲けよ咲けよと、ささやきながら。(文部省唱歌、詞:高野辰之、ただし現在の歌詞は林柳波による改作を経たもの)※上記「ただし…」のリンクは音が出ますので御注意!妙なところで情感にもろい小生、こういう歌をくちずさみながら、ちょっと目頭が熱くなる(別に涙を流しはしないが)「春の小川」の詞と、今は暗渠となってしまった渋谷川のギャップかなぁ。渋谷の方に少し歩いて、あまりこれといった店がなかったので引き返す途中で、なかなか洒落の効いた看板を発見!たこ焼き屋の看板だが、小生は「蛸壺に入らずんば、子蛸を得ず」、細君は「いつまでもあると思うな皿のたこ焼き」が気に入って、2人で大ウケ。再び表参道に戻って、青山の方に歩いていくと………表参道ヒルズが見えてきた。「それにしても、オープン直後だからか、休日だからか、随分人が並んで入るなぁ」と2人でビックリ。入場制限までしていたりして、ロープを持ったおじさんがロープを上げ下げ。帰宅して、テレビ欄を見るまで、今日がオープンだとは知らなかった(笑)さらに青山の方に歩いていくと、表参道ヒルズの一番青山側に旧同潤会アパートを一部分だけ遺していることが判って、森ビルも随分と粋なことをするなと感心。結局、昼食に良い場所がなかなか見付からずに青山まで出たので、青山通りを今度は渋谷の方へ。途中、ようやく美味しそうなパスタレストランを見付けたので、そこで昼食。(ホントに美味しかった!)昼食後、表参道駅から銀座線で神田へ。小生が、秋葉原のヨドバシカメラで昨日発売の「一太郎2006」を買う希望を出したからだが、細君は秋葉原やヨドバシカメラなど普段全く興味を見せないのに今日は、随分と乗り気でOKを出してきた。不思議に思って訊ねてみると、どうやら今や「アキバ」の代名詞となりつつある「メイド」を見てみたいということらしい。15時頃、神田で降りて、秋葉原へ。歩行者天国を通りながら、お上りさんよろしく、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。すると………いるねぇ、メイドのおねーちゃん!人だかりがしているから、すぐに判る(笑)みんなカメラを持って、パシャリパシャリと撮っている。中には、レフ板を持って撮っているのもいた。で、趣味を兼ねて観察してみると、メイドを撮影している人には2種類。一つは、いわゆるオタクで、これは本格的に1眼レフを構えて撮っている人達。レフ板を持っているのなんかはまさにそうで、メイドにポーズを撮らせたりなんだり。もう一つは、「これが噂のメイドね」ってな感じで携帯カメラやコンパクトカメラで撮っている人。ちょっと遠巻きにしているところが、オタクとの一線を引こうとしてる姿勢の表れのように見られる。………それにしても、「可愛い」メイドはついぞ見なかった!どちらかというと、すれた感じの女の子ばっかり。小生は、「メイド」というのはアニメオタクや美少女ゲームオタクの理想の少女像を具現化して、商業手段としたものだと理解している。そうすると「(童顔の)美少女」で「(幼女さを残した)メイド服」という2点が、「メイド」という商業手段を担う鍵となっていると考えられるのだが、どうやら今日の様子を見ていると、そうではなくすでに「(幼女さを残した)メイド服」という服装にその鍵は集中しているとも見られる。片方で、AKB48という「アキバ系(=メイド系)アイドル」が誕生していて、こちらはアニメ・ゲーム風の「(童顔の)美少女」を集めているようだから、「アキバ系」を支えるオタクの間で一旦彼等の現実となった「美少女のメイド」が、さらにアイドルタレント(=非現実化した存在)と路上のメイド(=現実存在)とに分化したと見られなくもない。商業的には「現実の」「ちょっと理想と遠離った」メイドの存在が、「非現実の」「より理想に近い」アイドルタレントを引き立たせる、という広告効果を狙った機能分化とも見られなくもない。さもなくば………たまたま、今日が「はずれ」だったのか(笑)「メイド」を見ながら、そんなことを感じた秋葉原であった。 ~~~~~冒頭の『日本書紀』の記事は、鎌倉時代の訓では、辛酉年(かのとのとりのとし)の春、正月(むつき)の庚辰朔(かのえのたつのひのついたちのひ)、天皇(すめらみこと)橿原宮(かしはらのみや)に即帝位(あまつひつぎしろしめ)す。と訓んでいる。ちなみに2666年前(今年は皇紀2666年!)、中国はおろか世界のどこにおいても、まだ年を干支で表現するということは行なわれていなかった。。。
2006.02.11
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乾杯さびら 乾杯さびらおめでとう ありがとう乾杯さびらりんけんバンド「乾杯さびら」(詞:照屋林賢)逗子海岸で空を見上げたらオリオンが輝いていた。。。よく判らない方(そりゃ、ちっちゃな点だから、ほとんどの人かぁ)のために… ~~~~~連日良い天気!今日は久々に、夕刻、外出。どちらかというと外へ出たがりの小生が、なんということか水・木と2日間も外へ出ていない!いや、正確には自宅から50m足らずのところには2回だけ出た。水曜日と今朝のゴミ出しである(笑)いや、とにかく天気が良いのに外へ出ないというのは、体のためにも精神的にもよくないのだが、日中、母と二人きりということもあって、出掛けようとするとどうも母とタイミングが一緒になってしまう。母の場合は病院に行ったりするので、どうしてもそちらを優先して、小生は仕事を再開し………結果、出掛ける機会を逸してしまうのである。今日は、郵便物を出したり、銀行に行かなきゃならなかったりということもあったし、幸い母と出掛けるタイミングがずれたので、2日ぶりに外の風を吸った。ついでに、海岸へ。17時30分頃まではなんとか夕焼けで明るかったが、出掛けたのが17時45分、用事のついでに寄った海岸は18時頃。残光が伊豆半島の山の端をようやく浮かび上がらせる頃合いだった。逗子海岸は西に開いているので、海の彼方は明るく、その他はすでに夜の装いであった。↑実はこの中に石原慎太郎の実家が写っている!それにしても、デジカメってすごいねぇ。コンパクトタイプのものでも、ここまで撮れちゃうんだから。。。 ~~~~~今日の出だしがなぜ「乾杯さびら」なのか?そりゃ、オリオンビールのCMソングだからですよ。内地(ヤマト)じゃ、流れませんけれどもね。かんぱーい!(りんけんバンドのファンの方、「乾杯さびら」のサビとともに、ジョッキを片手にどうぞ…笑)
2006.02.10
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エンジンの音轟々と 隼は征く雲の果て「飛行第六十四戦隊歌(別名「加藤隼戦闘隊」)」(詞:田中林平)昨日から格闘したテレコと結果のFAX。 ~~~~~今日も良い天気で、かつ風もほどよかったので、早速、時間を見計らって布団干し。空気も乾燥していたので、布団はかなりフカフカになった\(^O^)/ただし、毛布を触るとすぐにバチバチ!静電気は攻撃の手を緩めてはくれなかった。。。さてさて、朝から、昨日の引続きで亡父の提唱録のチェック。提唱のテープを聴いて、削る作業。ああだこうだと勘案して、ようやく4分ほど削ることができた。そのあと、CDのトラックの区切りをつけるべく、再度原稿をチェック。ザッと読みで、内容の区切れと小見出しのリストを作った。当初、出版社へはFAXをすることになっていたが、相談も必要になったので電話。………すると、CDで削らなければならないところは、なんとか2分30秒程度まで縮められる、ということだったので、急いでタイムリストを検討して、削る箇所を再指定。小見出しは、当初出版社が付けてきたものを、修正し、かつ量を減らして、CDのトラックと合わせるように調整。夕刻、出版社より確認のFAXがあった。提唱録の主題は人の生死(しょうじ)のあり方はどのようなものなのかということ。亡父は昭和18年に陸軍の少年飛行兵に志願し、戦闘機乗りとなった。最終的には特攻要員として訓練を受けているうちに敗戦。本土上空での空中戦の経験もあったようだが、その戦闘機乗りとしての体験が一生のテーマとしての「生死のあり方の追究」の原点のひとつとなっていた。戦争体験という、強烈な生死の実体験がない所以に、頭で理解できても亡父の追究したことへの真の理解が小生には及んでいないだろうことに、もどかしさを感じる。ただ、体験が真理を知りうる最良の手段であるかどうかは、その亡父が常に疑問を感じていたことでもある。そこに、亡父の遺したものを世に問う作業をする、小生の救いを求めるしかない。「加藤隼戦闘隊」、小生が小さい頃に、よく風呂で練習をさせられた一曲である。 ~~~~~昨晩より「神の真理」と「一般化しつつあるとある技術」との間で重い葛藤。平時は自身の精神の表面に出てこないが、ちょっと引っかかると沈思せざるを得ない。ましてや自身のみのことではないので、如何にすべきかしばし煩悶。どのように自身を納得させるか、「神の真理」に反して「技術」を取るべきか、それとも「神の真理」を護るべきか、早めに解答を出さなければならない。
2006.02.09
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赤い夕陽が 校舎をそめて舟木一夫「高校三年生」(詞:丘灯至夫)自室で作業中、左を見ると、障子が染められている。。。 ~~~~~今日は、昨日と打って変わって良い天気。ただし、風が結構きつかった。良い天気ならば、布団を干してやろうと目論んでいたのだが、あまりの風に断念。明日も良い天気のようであるから、明日にしよう!さてさて、朝から、今月末の出張の手配と、中旬の講演の打ち合せ、そして出版社から送られてきた亡父の提唱録のチェック。今月末の出張は、小生の取っている科研費と、別に小生が分担者になっている他機関の科研費の二つの科研費の出張を一度に済ませてしまおうという目論見の許、京都に1週間ほど行くことにしている。すでに、予算の消化期限も迫っていることだし、両者の調査はしておかなければならないのだが、とにかく予定が上手く取れない。所属の研究所の方は、小生が科研費の担当者をしていることもあるし、採択者も少ないから、3月下旬のギリギリまで予算の消化ができるのだが、他機関の方は早くて2月中旬、遅くて3月中旬に執行が締切られてしまうから、それまでに所定の調査を済まさなければならない。勤務予定を眺めてみると、大学についてはこちらは非常勤の身だから、1月・2月・3月とその関係の予定はほとんどないが、それでも定期試験に追再試験、その採点と卒業年次生の成績質疑、というように予定がとびとびに入っている。さらには、本務の研究所については、毎週定期の事務の仕事と、特命の規程類の作成作業、そしてその打合わせと役員会の準備………規程類の策定は役員会決定事項だから、案について役員会で説明しなければならない。これって、ヒラの事務局員の小生には、本来、役員会での説明の権限も義務もないはずなんだけれどもナァ。。。ともかく、中途半端に休みの日が入っているので、パズルを組むように予定をはめていかなければならないのだ。そして、ようやく予定を組んで、遅まきながら出張の手配。これだけで、随分と胃の調子が悪くなる(苦笑)さてさて、亡父の提唱録の方は、校正もするのだが、今回はCDをつけるので、その収録時間の関係上、4分ほど削らなければならないので、その削る箇所を勘案。話っていうのは流れでするのだから、「4分削れ」といわれても、なかなか思うようにはいかない。腕時計のストップウォッチを持って、何度も聞き直して、時間を計る。………放送局のタイムキーパーのようだ!で、こういう作業をするとなると、本物のストップウォッチが欲しくなる。中学の時には陸上部にいたから、ストップウォッチで時間を計測することを何度もやっているのだが、あれは一種の快感を呼ぶものである。(少なくとも小生にはそうだった!)いまや、デジタルのストップウォッチが主流だが、中学の時にちょうどデジタルのものが出始めて、両者を使った経験がある。中学生の時だったから………当然、新しいものの取り合いで、時折勝利して(笑)使ったのだが。。。あの頃は、デジタルが格好よく見えたので、時計でもなんでも、数量を計測するものにデジタルを選ぶ傾向が小生にはあったが、現在は違うねぇ。数量が、図的に、動的に読取れる、アナログの方が現在は小生の趣味である。機能上は、デジタルが必要な場合もあるので………腕時計はアナログ主体のデジタル併設(つまりアナデジ)を好んで使っている。ストップウォッチなんぞ、アナログ式の方が針の動きを図的に眺められる分だけ快感があるようだ。小生の腕時計のストップウォッチは残念ながらデジタルなので、その快感が感じられない。ともかく、ストップウォッチという名の腕時計を片手に、テープをキュルキュル、も1回キュルキュル………の繰返しで、1日が終わった。南東を正面に、北西を左面にしている小生の現在の部屋の内部構成、ふと気がつくと、左面の障子を夕陽が赤く染めていた。
2006.02.08
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「4℃」それは、氷が張った水面の底の温度を表します。唯一魚が生息できる、いわば「安息の場」でもあり、きびしい環境にあっての潤いそのものを意味します。株式会社エフ・ディ・シィ・プロダクツ「Our Concepts」(http://www.fdcp.co.jp/)16度-X度=4度予報は、日中最高気温16度のはずだったけれども……… ~~~~~昨日と同様に、どんよりとした天気。朝目覚めてみたら、雪は………無かった!昨晩(というか、本未明)2時30分でも、まだ雨はバタバタと降っていたからナァ。いくつかの情報では、東京では雪が降っていたそうな。午前2時頃に、嬉々として雪を踏んで楽しんでいた御仁もいたそうである(キミだよ、キミ!)真夜中にそんなことをしてると、狸に化かされそうだが(逗子の街中には、時折、狸が出現する!)、どちらかというと今回は気象庁に化かされた感じ(笑)東京地方は、昼頃から晴、日中最高気温16度、っていつのデーダーだいっ!どんよりとした空を出掛けに見上げながら、天気予報を信じていいのかいけないのか、今日は十分に迷った(苦笑)で、結局信用しないことにして、雨傘を持ってお茶の水まで出勤。ウニちゃんは、明後日からインド行き。来週は不在である。とにかく心配性(=神経質)のウニちゃんに、とにかくどのように体調管理をすればいいのか、持ち物は何が必要なのか、経験の上から話しておいた。まずは、とりあえず、食あたりや神経性の排便不調にならないように、腸内の乳酸菌を増やしておくこと。そのためには、今からでもいいから、ヨーグルトを積極的に食べたり、ビオフェルミンなどの乳酸菌系の整腸剤を3度の食事毎に服用しておくこと。これは、亡父の親友でT大の中国仏教の専門家(故人)が、中国に行く前に必ずしていた体調管理の方法だそうだ。それから、ウエットティッシュを大量に持っていくこと。今日話していて気付いたのだが、どうやら本人、トイレは割合と綺麗なものを想像していたらしい。ホテルならいざ知らず、屋外でもよおしたときには「覚悟がいる」ことを話しておいた。食事の関係では、梅干しとインスタント味噌汁をもっていくといいということ。実は、小生は海外に行くときは逆に持っていかないようにしているのだが、とかく神経質なウニちゃん、必ずや神経性の消化不良を起こすことは目に見えているので、そういうときには慣れた食料を口にするに限るのである。これについては、他のインド慣れした人からもアドヴァイスがあったようだ。それから、日本茶は持っていっても無駄なこと。水が違いすぎて、日本茶はうまく出ないから、むしろインスタントコーヒーのようなものの方が対応できるのである。………中国で、うまい中国茶を飲んだので買ってきたら、日本では青臭くて飲めなかったという経験もあるのだが。。。要は、お茶は現地の水にあった飲料だということだ。本人は、とにかく衛生状態のあまり良くないところだということに強い不安を感じているが、行ってみればなんとかなるのだよねぇ………多分(笑)一番の敵は、実は自身の神経質さだが、これはどうしようもない。まぁ、無事な帰国を祈るだけである。………それにしても、さぶい!(さぁて、タイトルで引っかかった方は、どれだけいるのだろうか…笑)
2006.02.07
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雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう山下達郎「クリスマス・イブ」(詞:山下達郎)日中3度………18時頃も3度だったねぇ。 ~~~~~昨日までと打って変わって、どんよりとした天気。朝、天気予報で今夕から雪だと聞いて、ビックリしたなぁ。その朝っぱら、どう探しても見付からない国民健康保険の保険証を探すのをとうとう断念して、再交付してもらいに市役所へ。料金不要で、すぐに再交付してもらえた。ペラペラのJAFの会員証みたいな保険証。今ひとつ、そのペラペラさに不安がないわけではない。まぁ、ともかく、今度は紛失しないように、しっかりと所定の位置へ。それはともかく、15時からの研究所の会議で規程類の検討がされるので、昼間で準備して出発。14時50分にお茶の水に着いて、いつも眺める気温計を見たら「3°C」の文字。どんよりと曇っているだけに、余計に寒い。会議は「30分で新規策定の規程類の説明をせよ」という、どだい無理な注文の許に説明を始めたが、結局、1時間近くかかってしまった。財団運営のグランドデザインも、規程類についての基本姿勢もないところに話をするのであるから、まずはそこでの合意が必要である。………というよりは、我が財団の規程類の整備は常に機構改革の問題が絡んでいるので、実際には財団運営のグランドデザインの合意取付に終始したと言っても良い。それでも、今日の会議で小案の機構改革が概ね了承されたようなので、一応、これで外部から見てもあまり問題のない法人組織となる。ただ、内部の事務処理などに関する規程類の説明まで至らなかったので、20日に再度、会議に出席しなければならない。2月中の予定がとびとびで、しなければならない出張の予定が立てられない。どうしよう。。。只今、2月7日午前1時。雨はいまだに雪に変わっていない。
2006.02.06
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夜空にそびえる ビルのすき間には月が昇る 切り絵のような 弓張月が……海援隊「海を忘れた倭人たち」(詞:武田鉄矢)うーん、弓張月の写真を撮っていない。。。 ~~~~~今日も、昨日と同様に良く晴れた一日。その割には、ほとんど家にこもりっきりの一日。。。明日、研究所の会議で規程類の検討がされるので、その準備に追われて終わった。もっとも、夕刻、母と細君と3人で亡父の墓参には行ったが。ちなみに、今日は上弦(弓張月)15時29分のことだったそうだ。月はこれから、肥えていく。。。 ~~~~~そうそう、今日「THE! 鉄腕! DASH」(NTV系)を見ていたら、佐賀県の呼子からイカを生きたまま北九州まで運ぶ、というのをやっていた。国分太一と長瀬智也との対決だったが………長瀬は先々週、博多湾岸で山口達也と対決していたよねぇ(笑)志賀島から今津漁港まで、陸路と海路で競争していたっけ。そのまま、流連けだったのかなぁ?ちゃっかりと、先々週目の前を通ったはずの「マリンワールド海の中道」も出てきたりして(笑)それにしても、呼子町がいつの間にか唐津市になっていたのには驚いた。旧呼子町のホームページによれば(10秒で唐津市のホームページに飛ぶけれども、一応リンク…笑)、昨年の1月だって言うのだから、もう1年以上経っているわけだ!市町村合併が激しく進んでしまって、国内の地名感覚が大分ずれてしまったなぁ。。。
2006.02.05
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大吉立春大吉道元「立春大吉文」 我が玄関先に貼り付けた「立春大吉」「鎮防火燭」札。 ~~~~~立春の今日はお天気も良く………だけれどもポカポカとはいかず、少々肌寒い。細君は昼から横浜にカルチャーを受講しに出掛けるので、小生も細君のカルチャーの終了に合わせて横浜へ出た。15時過ぎに細君と、横浜そごう10階のレストランフロアで待ち合わせて、喫茶。以前にいったことのあるイタリアンレストランで(「イルピノーロ レヴィータ」って言うのね。。。)、その時気になったケーキを食べようというのが、目論見である。注文したのは、モンブランと苺のショートケーキそしてチョコバナナケーキ(店側のケーキの名前は忘れちまったぃ!)………ん?2人で入ったのに、なぜかケーキは3つ。細君に訊いたら、昼食を中途半端にしてしまったので(自宅で食べたのだが、出掛け前であわてて食べたので。。。)少々、腹が減っていると。。。小生は、てっきり、小生のためだと思っていたのだが………(笑)それはともかく。出てきたケーキは、ショートケーキの他はタルト生地であった。タルトは嫌いではないのだが、ナイフとフォークとでは食べづらい!結局、生地をボロボロにしながら、それでも完食。モンブラン1個とチョコバナナケーキ半箇の、都合1個半であった。その後、階下で買物をして、さらにヨドバシカメラにいって買物。横浜を出たのは17時30分頃で、逗子に着いたのが18時頃。小雪が、ちらついていた。帰宅後、ちょっと遅かったけれども「立春大吉」「鎮防火燭」の2枚の札を玄関先に貼った。「鎮防火燭」の札は、本来だったら台所に貼るはずなのだが、どうやら亡父が玄関先に「立春大吉」と対になるように貼っていたというので、それに倣うことにした。これで、今年も我が家は安泰………だろう。。。 ~~~~~役に立つのか立たぬのか(笑)立春についての小知識その1:天文暦学編今年の立春は8時27分だった。かつて二十四節気は、1年365と4分の1日を24等分していたその節目であったが、日本では江戸時代の中期から太陽(黄道)の高さを12等分したものとなり、現在では太陽に対する地球の公転の位置(黄経)を24等分した位置によって定められている。ちなみに、立春は太陽黄経(春分点が0度)315度を通過した瞬間と言うことになっている。地球の公転軌道は太陽に対して楕円を描いており、その軌道を公転する速度は太陽との距離によって速くなったり遅くなったりする(ケプラーの第2法則「面積速度一定の法則」)ので、太陽黄経(つまり地球の自転軌道)の度数を24等分したところで、節気の間隔は同一時間とはならない。立春の前後の節気の間隔では……… 大寒 ) 14日18時間20分 ほど 立春 ) 14日19時間40分 ほど 小寒ということになる。ちなみに、もっとも間隔の長いのは、夏至から小暑にかけての期間で15日17時間30分ほど、最も短いのは小寒から大寒にかけての14日17時間20分ほどである。その2:民俗編年の干支はいつ変わるのかというと、立春である(以前にも書いたねぇ)したがって、昨日までは酉年、今日からは戌年。これは干支ばかりでなく、中国式の太陰太陽暦(いわゆる「旧暦」)のほとんどの暦上の要素が立春を境に新年のものに切り替わることと関係している。旧暦は、生活上の時間の目安は目で見て判りやすい月の満ち欠け(いわゆる太陰暦の側面)に拠っているが、季節との係わりや普遍原理に関わるものは冬至から冬至まで365と4分の1日を12に区分した「人工的」な区切り(いわゆる太陽暦の側面)に拠っている。その太陽暦の側面で月を区分するのが二十四節気なのである。立春はその中でも正月の始めであり、春の始めであり、同時に年の初めでもある。干支は普遍原理なので、太陽暦の側面に拠って立春を区切って新年のものに切り替わるということだ。これで、平成18年も全く新年を迎えたのである。
2006.02.04
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儺駆逐疫鬼也、(儺は疫鬼を駆逐する也)『論語集解』郷党第十、郷人儺章所引孔安国注鬼を駆逐するのなら、爆竹が一番効果がありそう。。。 ~~~~~今日は節分。厳密には、春の節分で、同時に新年への切替の節分である。日本では「おに」を禳うものだとしているが、「鬼」が「おに」という怪物になったのは平安中期の末法思想の影響によるもので、平安初期に成立した『内裏式』(宮中の儀式などについて規定した規則書)などを見る限り、日本でも古くは「おにを禳う」ということは行なわれていなかった。それはともかく、我が家でも今日は豆まき。庭に面した客間が毎年、豆まきの会場となる。まずは、庭に向かって「鬼は外」と豆を撒く。コツは………池に向かって撒くことである。「鬼はぁ、外ぉー!」ポチャ、ポチャ、ポチャ!「福はぁ、内ぃ!」パラ、パラ、パラ!………と、内に撒いた豆は人間様が食べるのであるが、外に撒いた豆は鬼を退治したあと、鯉が食べることになる。1年に1編、鯉が豆を喰う日でもある。そういえば、いつも夜にするから見た事ないけれども、鯉もちゃんと数を数えて豆喰ってんのかなぁ(笑) ~~~~~なんか、くしゃみをした方がいいのか、しなくていいのか判らないが、ちょっとくしゃみの出そうなネタがあったので、写真を数枚。イカダモとワムシ(いずれも淡水プランクトン)疾走するオリオン座(笑)中国では、高僧をミイラにして崇拝するのである!(唐代に作られたミイラ。中身はどうなっているかはいざ知らず)………これでくしゃみをすべきだろうか?
2006.02.03
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9時21分 月が赤道通過.天文年鑑編集委員会編『天文年鑑 2006年版』(誠文堂新光社)「2月の空」の項いや、この空じゃ、見ることはできないんですがね。………なんたって、人工の空ですから。。。 ~~~~~天気の良い一日、自室でせっせと研究所の規程作成。ついでに録り溜めたVHSを、HDDにダビングして、さらにDVDにダビングし直すという作業。3倍速で6時間録りしているVHS、HDDにダビングするのに6時間かかる。10時にダビングを始めて、HDDへのダビング完了が16時。それから、各番組の録画時間や種類の整理をしながらDVDに再ダビング。はやい話が、この作業は1日にVHS1本分しかすることができない。昨春、自腹を切って購入したVHS・HDD・DVDデコーダーは、まさに溜まったVHSの整理のためのものだが、ここへ来てようやく作業を本格化させた次第。さぁて、春休みが終わるまでに、何本の整理ができることやら。。。
2006.02.02
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悩みつづけた日々がまるで嘘のようにアリス「遠くで汽笛を聞きながら」(詞:谷村新司)日中、偶然見付けた森の茶箱。 ~~~~~ようやく、成績処理が終了して、今日は昼からK女子大とK大に成績提出。その後、殊勲の君と会うことになっている(^o^)午前中、他の作業をしながら車載のMDを新たにアリスで1枚作成した。手持ちのCDから適当につっこんだので、曲順は特に編集していない。昼食後、大雨の中、早速MDをセットして出発。1曲目は「チャンピオン」………出だしがおかしい。どうも、MDが止まったり、曲がスキップしたり。「MDにもあったか? 針飛ばし」というような感じである。(「針飛ばし」って、鶴光のオールナイトニッポンで使っていた言葉だったっけ?)♪ふりむ……きざまに俺にこ………ぶしを見せて寂しそうに………笑った………「こ」「ぶし」とくるかい(笑)まぁ、2曲目からは正常だったが。。。さてさて、K女子大には15時頃到着で、成績提出。その後、K大へ向かう途中で、信号待ちの間、ふと右外を見ると「森の茶」の茶箱が見える。最近、なかなか茶箱など見かけないが、それにも増して「森」のとくると親近感増大。「森」は静岡県の森、亡父が終戦後しばらくいたことから、我が一家と縁のある土地である。ちなみに我が家の常用の茶はその森の茶である。我が家での評価は「日本一美味い茶」である。茶舗と銘柄にもよるけれども。。。K大には16時前に到着。殊勲の君との待ち合わせは渋谷で19時ということになっているので、それまで時間を潰さなければならない。そこで、成績を提出した後、図書館で研究所の仕事。16時50分に閉館だということなので、16時45分には退出。あとは、渋谷近くのファミレスにて作業をすることにして、駐車場のあるところを探しながら渋谷方面へ。結局、南平台のデニーズにしばらくいることになった。先日、チラシが入っていたが、ようやくでニーズも苺のスウィーツの時期に突入したようなので、早速、「なが~い苺のショートケーキ」(500円)を注文。パソコンを立ち上げ、作業を始めるとともにショートケーキ到着(^o^)卓上にその姿があったのは………わずかに3分(笑)文字どおり、3分で500円を「消化」してしまった。。。18時40分頃にデニーズを出発。予定の19時頃に待ち合わせ場所に到着。ほぼ予定通りに殊勲の君と落ち合ったものの、渋谷周辺で食事をする気にもならず(駐車料金がかかってしまう!)、お台場へ。以前、彼女に教えてもらったヴィーナスフォートで食事をすることにした。あの、ゴチャゴチャとした建物内部が、小生、えらく気に入ってはいるのだが、お台場などというところはまず以て縁がない。ましてや、グルメ情報をあれこれと探すような質でもないから、殊勲の君との食事にこれ幸いと選んだわけである。屋外と思いきや………屋内!↑こういうところ、小生は大好き!車の中では、相変わらずアリスが流れている。。。とても、女性を乗せた車で流すようなものではないが(笑)もっとも、彼女は谷村新司の声が好きだというので、それはそれで良かったようである。さてさて、食事中、地震発生。お台場は、あまり揺れなかったようである。体感震度は2程度だっただろうか。22時頃、外へ出るとすでに雨はほぼ上がっていた。 ~~~~~殊勲の君との食事中、彼女が猫舌であることを発見。(いや、以前にも発見していたかもしれない。。。)実は、小生も猫舌である。で、その猫舌を細君にからかわれたときに名乗った「全猫連(ぜんびょうれん)」のことを思い出して話したら、ちょっとウケた。「全猫連」すなわち「全国猫舌連合」、合言葉は「ニャオ」である。そのうち、フリーページに「全猫連」のコーナーでも作ろうかねぇ(笑)(猫舌の皆様の加入をお待ちしております)
2006.02.01
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