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ごらんなさいまし、いまが満開でございますぜ 池波正太郎『鬼平犯科帖(一)』(文春文庫版)「本所・桜屋敷」春の陽の 漏れる光に 花の影 ~~~~~従前からの細君との約束で、今日はお江戸に花見。細君は、年休の消化を兼ねて、今日は休みにしているそうだ。コースは………小生が設定すると、どうも細君の気に入らないようなので、細君自身が設定した。(昨年は、旧海軍横須賀鎮守府長官官舎に見に行ったのだが………不評。。。)コースは、市ヶ谷から江戸城外濠の内側を通り、靖国神社に入って、千鳥ヶ淵へ。そして、千鳥ヶ淵を南下し、日比谷から有楽町、そして新橋へ歩くというもの。昼食を市ヶ谷で摂ることにして、11時過ぎに自宅を出て、11時22分の横須賀線で東京まで。それから中央線快速に乗り、お茶の水で総武線各駅停車に乗換えて、市ヶ谷へ。到着は12時35分頃。早速、適当なラーメン屋を探して、昼食。お腹も満足したところで、花見に歩き出した。天気は良いが、風がちょっと冷たい。コートを羽織ってきて正解だった。まずは中央線を挟んで外濠を眺めおろす、市ヶ谷の公園を散策。どこかの会社の新人研修か、首にタグをぶら下げた、まだ社会人顔をしていない若者とおじさんとがブルーシートの上で乾杯などしている。しばし、法政大の方に歩き、靖国神社の裏門のあたりから神社の周囲をなめるようにして靖国通りへ。そして、本殿脇から靖国の境内に入った。境内に入れば、当然、参拝。細君は桜を見に来ただけだと言ったのだが、挨拶無しに通るのはなんとも失礼であると主張して、本殿の正面へ。参拝者は相変わらず多い。それにしても………靖国神社に賽銭箱ってなんであるのかねぇ?神社・仏閣に賽銭箱はつきものだからあまり意識されてはいないのだが、「賽」とはお礼(報賽)のこと、つまり「賽銭」とは(自分に直接関わりのある)願い事をかなえてもらったときのお礼金なのである。神社・仏閣に参拝したとき賽銭を投込んで願い事をするのは、その意味からすると本来は順序が転倒しているのだが、これは「前もってお礼を渡しますから、願い事をかなえてください」という意思の表示である。言ってしまえば、神仏に対するワイロだし、賽銭によって神仏の意思を私たちの願いに拘束するということにもなる。実際に、賽銭の原型となる中国の紙銭・焚紙の習慣は、しっかりとワイロとして意識されていて、願いに対する神仏との契約がなされたと参拝者には意識されている。だから賽銭は、必ずしも神仏に参拝するときにするものとは限らないのである。靖国神社は、その設立の主旨からすれば護国の英霊を祀る慰霊の施設なのだから、追悼を主旨として参拝する限り賽銭箱を置いてはならないというのが、むしろ小生が常々考えていることである。まぁ、それはともかくとして、満開の桜の許、靖国は大賑わい。千代田区の桜祭りがこの時期に行なわれていて、その協賛のテントが露店の他にズラッと出ていた。中には、「千代田区日中友好協会」のテントもあって、ビックリした。………彼等は単に、「桜祭り」というイベントに参加しているだけなのかなぁ?と想いつつ、テントに近づこうとしたら、そのテントから知合いのK大の先生が近づいてきたので、またビックリ。先生も、「日中友好協会」が靖国にテントを出しているのに興味を持って、覗いていたそうだ。その後、小生もしばしテントを覗いたが、中国の土産品などを売っていたものの、特にこれといったことはなかった。今日のメインは靖国ではなく、千鳥ヶ淵にある。そこで、靖国の正面を出て靖国通りを内堀側に渡って、千鳥ヶ淵へ。品川弥二郎の銅像を少し越したところは、正面に千鳥ヶ淵が眺められる場所なので、多くの人が両岸に満開の桜を写真に収めていた。それにしても千鳥ヶ淵緑道は大変な人混み。今日が満開だということでとにかく人を見るのか桜を愛でるのか、という状態。靖国通りから入るとお堀側となるが、戦没者墓園の側から入ると人混みを挟んで千鳥ヶ淵の桜を眺めるように、人の流れが規制されている。まぁ、もっともその人混みも、靖国通り側から200mほどだろうか。インド大使館の前を通り、イタリア文化会館を眺めるあたりからはずっと空いた状態で、ある程度ゆっくりと対岸、北の丸の淵の桜も眺めることができた。よくよく気をつけると、お堀側だけでなく、道の側にも綺麗な桜が咲いていた。そして………途中になぜか軽トラの焼き芋屋が点在。しかも、試食があって、そりゃ食べたかったけれども、惜しいかな対抗する人の流れを渡らなければならない。残念ながら、試食を断念してそのまま南下。それにしても、焼き芋の試食は、初めてお目にかかった(笑)戦没者墓園にて千鳥ヶ淵緑道を抜け、お堀端をそのままイギリス大使館の前を通って、国立劇場前へ。このあたりは学生時代から何度か散策しているので、細君にあれこれと周辺施設を説明。細君も何度か来ているそうだが、あまり周辺の施設には意識がいっていなかったらしい。国立劇場・最高裁・国会図書館・社民党本部・国会議事堂・外務省・法務省・警視庁・桜田門など案内したら、結構興味を引いたようである。この辺になると、お堀端の桜はほとんどないのだが、ちょうど桜越しに桜田門が見える場所があった。そのまま日比谷公園の脇を通って、有楽町へ。帝国劇場をはじめとして東宝の施設がたくさんあることに、初めて気がついた。有楽町って、東宝王国なんだねぇ。さて、時刻は15時30頃だったので、細君のお薦めで日比谷シャンテ(ここも、東宝系だった!)のモロゾフでティータイム。………ん? モロゾフといえば、不倶戴天の仇敵…と思いつつも、ケーキが食べたくて入店。季節のケーキだったか、チョコレートのケーキを頼んだらこれがまた甘すぎず、絶妙な味であった。ましてや、コーヒーおかわり自由\(^o^)/………結果として、不倶戴天の仇敵への怨念を、しばし忘れるひとときであった。(あぁ、スィーツに弱い、わ・た・し)16時40分頃にモロゾフを出て、ガード脇を伝い、帝国ホテルの裏口・第一ホテルの正面(?)を通り、新橋に着いたのが17時頃。おおよそ6.5km。満開の桜を十分に愛でた一日だった。 ~~~~~【今日の色】(「カナ色大辞典」による)chocolate(チョコレート):#6c3524/R:108 G:53 B:36/H:14 S:67 B:43
2006.03.31
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4月になるとここへ来て卒業写真めくるのよ 菊池桃子「卒業」(詞:秋元康)玄関前の花桃が今年はちょっと少なめ。よく行くブログに卒業ネタがあったので、桃とちょっとかけてみました。。。 ~~~~~今朝方、4時30分まで仕事をしていたので、起きたら9時今日は世田谷のK大図書館まで、借りていた本を返しに行かなければならない。非常勤講師は年度毎に切替るので、3月31日までに一旦返却し、4月1日以降に再度借直さなければならないのであるついでに………K大は来年度以降(つまり明後日から)車での出勤ができなくなる。そこで、借りていた駐車票も返却しなければならない。毎度、大量の書籍を図書館から借りてくる身としては、車が使えなくなるのは大いに困ったことである。。。午前中からみっちりと仕事をして、出発したのは14時30分K大の到着は15時20分頃。図書館に本を返して、ついでに調べ物をして、さらについでに駐車票を返却して、出発したのは16時45分。これから大井町まで出て、細君と合流することになっている。約束の時間は17時30分。途中、数ヵ所の桜を車中より眺めながら、ほぼ約束どおりの17時25分に到着。すると、細君から電話があって、少々遅れるとのことだった。待つこと30分。細君がやってきて、すぐに出発車中、二人とも「お腹が空いたぁ」の合唱であった(笑)。夕食は能見台のロイヤルホストにてすることにし、高速湾岸線を南下。18時50分には目的地に到着。………実は小生、今日は昼食もおやつも食べていないつまり、これが2度目の食事であった。空腹感も十分に、メニューを眺めることしばし。ウェイトレスがなかなか気付いてくれなくて、10分程度待たされた大した客数、入っていなかったんだけれどもナァ。。。 ~~~~~昨日の日記へのPokkoriさんのコメントに「華清池」の名が出ていたので、一昨年に行ったときに撮った写真など。華清池は西安東郊にある庭園で、唐の玄宗皇帝が楊貴妃とイチャついたところである。温泉が出る場所で、現在も源泉が3箇所あるなお、1回2元で「楊貴妃も愛用した」美人の湯を手や顔に当てることができるので、お出掛けになったらお試しあれ。たしか………結構熱いお湯だったが。………今年も西安に行くけれども、コースに入っていたかなぁ? ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)桃色(ももいろ):#f09199/R:240 G:145 B:153/H:355 S:39 B:94
2006.03.30
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昔者聖人の易を作るや、将に以て性命の理に順はんとす。 『周易説卦伝』蘇州寒山寺の石畳にあった八卦図。中国の地面を見るのは面白い! ~~~~~昨日の朝っぱら、1本の電話。声の主は、知合いの某先生。………結構お偉い方で、電話を頂くのはなんとも恐縮なのだが、至急で資料を見て欲しいとのこと。ちょうど、昨日は小さな学会の開催日で、そこに出席しているのなら見て欲しかったらしいが、生憎と研究所の出勤日だったので出席できない旨を伝えた。すると、資料を送ってくださるとのことだった。今日、その資料が到着して、早速、中身を点検。修験系の祈祷に関する資料で、既に校正の段階にはいっている。(「修験」とは日本で成立した山岳宗教およびその宗教者のこと。その宗教者は「修験者」「山伏」とも呼ばれる)先生が難渋していたのは、易に関する項目。八卦(はっか)の解釈をしながら読み解かなければならないものであった。………なるほど、共に所属している山岳宗教系の学会で、易の解釈など手掛ける研究者は他にいないから、小生のところに廻ってくるはずである。実際のところは、内容はさほど難しいものではなく、すぐに電話で内容の説明。易卦の配列とその意味、そして五行との関係などが判ればすぐに理解できる。そこで、その辺りのことを少々解説しながら、内容の所見を伝えた。先生にはちょっと専門外のことだったし、お互い原稿を見ながらだったのだが図示しながら説明したわけではなかったので、理解に多少難渋されていたようだが、なんとか把握していただけたようである。この某先生、その筋では世界的にも著名な大学者なのだが、専門に亙らないことだと小生のような末輩にも丁寧に質問をしてこられる。電話の向こうで「鱸(仮名)先生」「先生」と仰るのが、これまたなんとも恐縮であった。。。 ~~~~~もともと、今日は別に「山」に関する用事があったのだが、斯様な次第で昨晩キャンセルを入れておいた。こちらの「山」の用事、決まったのは一昨晩。せっかく入れてもらった予定を翌日にキャンセルするなど、なんともめまぐるしく変更してしまって恐縮である。4月になったら、お詫びを兼ねて一献でも差上げておこう。………ただし、お酒ではなく「お茶け」だが(笑)。 ~~~~~【今日の色】赤(あか):#e60033/R:230 G:0 B:51(「和色大辞典」による)【冒頭『周易説卦伝』の原文】昔者聖人之作易也、将以順性命之理。
2006.03.29
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ありがとうございました。再度のお取引をお待ちいたしております。 みずほ銀行預金口座解約時の通帳印字ほとんど満開のような……… ~~~~~研究所の定例出勤日。先週が春分の日で休みだったので、火曜日は2週間ぶりである。ウニちゃんとも2週間ぶりだァ。今日の重要な仕事は、今年度の科研費の最終清算をすること。11時に研究所に到着して、早速、金額を確定して、11時30分頃出発。行先は、神田神保町のみずほ銀行。片道1.5km、15分ほどの散歩である。外は軽やかな天気で、予報では夜分に雨だと言っていたのが嘘のような空。桜は、満開にもうそろそろという具合で、ずいぶんと華やかである。到着してまずは、今年度終了する科研費の口座の解約。この科研費は、小生自身が採択されていたものである。これで、今年の採択がないと、研究の進行にはかなり苦しくなる。。。預金の安全を考えて、全額保障の無利息型の預金にしていたのだが、解約するときには一旦、有利息型に変えるのだと知らされた。ちょっと「ヘェ~」である。ただし、解約時に有利息型に変えるとは言っても、預金利息が付くわけではなかった(残念!)。その後、継続分の研究については残金全額の送金をCDでして、今年度の清算業務は完了。いやいや、長い一年だった。研究所に戻ったのは13時。帰路、湯島聖堂の桜がずいぶんと綺麗に咲いていたのでちょっと撮影。おやつの時間(笑)、ウニちゃんが中国の写真が見たいというので、パソコンに入れてある西域の写真を紹介。一昨年の西域旅行はなかなか面白く印象深かった、単に場所やものの説明をするばかりでなく、感想もかなりふんだんに入れて紹介した。この西域旅行、小生の研究の主題とは離れたところでの旅行だっただけに、学問的・専門的な方向に流れすぎずに話ができるのが、写真を見せる上ではよかったらしい。ウニちゃんは、興味津々で聞いていた。 ~~~~~母が、今日からインドに出掛けた。5日まで、不在である。そこで、研究所の帰路に細君と待合わせして、今日は横浜で夕食を摂ることになっている。横浜そごうに19時という約束にしていたが、細君が仕事の関係で少々遅くなると言うので、CDを買いに8階の山野楽器へ。目的のCDは先日終了したTBSドラマ「夜王」のテーマ、TOKIOの「Mr. Traveringman」だったのだが、残念ながら売切れであった。仕方なく待合わせ場所に戻って、19時15分に細君と合流。再びそごうに入り、10階の銀座アスターにて中華。銀座アスターには初めて入ったが、かなり日本人好みの味付けで美味しかった。特記すべきは、鹿児島産黒豚の酢豚であろうか。多くの店の酢豚がくどい甘酸っぱさを持っているのに対して、ここのはさらっとした甘酸っぱさで、醤油系の鹹(しおから)さと芳香が我が夫婦好みであった。そして、忘れてならないのがデザート(笑)細君はマンゴープリンを、小生はマンゴーがあまり好きではないのでフルーツ杏仁豆腐を頼んだのだが、杏仁豆腐は歯ごたえがあってちょっとビックリ。フォークで刺しても崩れない杏仁豆腐っていうのは、初めてだった。ただ、その堅さが絶妙で、フルーツとの相性がまことによく、小生は満足。ちなみに、嫌いながらも細君のマンゴープリンをちょっと頂戴したところ、これもマンゴー独特の青臭さがなく、まったりとした絶妙な味であった。こりゃ、マンゴープリンを頼んでもよかったと珍しく思った。今日は車でないので、珍しくビールも中瓶1本を一人で空けて、それでもそんなに酔っぱらっていない………本当に、ずいぶんと強くなったものである。(この程度で「強くなった」と言うと、笑う御仁もこのブログの常連さんには多いですね。。。苦笑)21時過ぎにそごうの外に出ると、予報通りの雨。傘を持ってきていてよかった。そして、京急に乗って22時頃に帰宅。後は………転寝して目が覚めたのが3時。いつもならば、就寝する時間だった。。。 ~~~~~【今日の色】濃藍(こいあい):#0f2350/R:113 G:98 B:70(「和色大辞典」による)
2006.03.28
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たけのこや稚き時の絵のすさび 松尾芭蕉『猿蓑』出たぁ! ~~~~~一日、自室で論文書き。夕刻、玄関先に出ると、母がニコニコしながら「萬兆(仮名)、出たわヨ」という。なにが出たのか判らなかったので訝しんでいると、筍だという。今年は、ずいぶん早いよなぁ!!毎年、筍の季節になると、小生の楽しみは今年は何本でたのかを数えること。母は1本しか見付けていなかったが、小生、もう1本発見して、楽しみ倍増。さぁて、今年は何本出るかな?そして………何本、食卓に上るかな?(笑) ~~~~~ちなみに、我が家の竹は亀甲竹というちょっと細めの竹。筍が食卓に上るとは言っても、姫筍ほどのものが、3人分で1・2本上る程度である。。。 ~~~~~【今日の色】肥後煤竹(ひごすすたけ):#897858/R:113 G:98 B:70(「和色大辞典」による)
2006.03.27
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【業務連絡】今日3月26日って、冴羽リョウ(漢字が出ない!)の誕生日だって、知ってた?不確定情報ですが。まぁ、酒の肴もしくはビデオあるいはコミックのお供にどうぞ。あくまでも、個人向け。。。
2006.03.26
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その日の投票率は、二十二年ぶりの高率、七四・五パーセントに上がった。 戸川猪佐武『小説吉田学校』第八部(角川文庫版)この桜 明日 咲くやら咲かぬやら。 ~~~~~逗子市議会選挙の投票日。………誰も、投票をそそられる候補者がいないねぇ。とても実現不可能な綺麗事か、訳の分らぬ横文字(含む「もどき」)のオンパレード(あっ、これも横文字だねぇ 笑)で、全く信を与えるに値しない。地域の選挙なのだから地域密着型でもいいが、密着しすぎていて県・国とのパイプをどう繋ぐのか、あるいはどう切離すのかということに目がいっていない候補が多いし、方や国政の政府・与党に反対する立場から地方自治体の選挙に国政レヴェルの争点を持込む向きもある。つまり、自治体の能力の限界を認識していないと言っていい。大体、人口5万程度、地区数8の自治体で、議員が22人は多いと思う。各地区2人相当で16人、地区人口のばらつきを考えたら15人で十分である。数年前に議席数が減ったようだが、もう少し削減してもいい。しかし、誰もそんなことを言わないのである。財政基盤薄弱な自治体で、どうしたら財政の健全化が図られるのか、実現可能で具体的な提示は誰もしていなかったねぇ。福祉の充実と、地域経済の活性化はどの候補も言うのだけれども………はっきり言って、媚びた候補者に入れる気は毛頭ない!でも、投票行動をしないというのは小生は嫌である。したがって、夕刻に選挙に行った。ただし、まともな候補がいないことに抗議の意思表示をすべく白票を1票。投票所の外では、桜が夕陽に照らされていた。 ~~~~~隣の横浜市では市長選挙だってねぇ。 ~~~~~【今日の色】媚茶(こびちゃ):#716246/R:113 G:98 B:70(「和色大辞典」による)
2006.03.26
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薪樵る鎌倉山の木垂る木をまつと汝が言はば恋ひつつやあらむ『万葉集』巻第十四「東謌」3433番歌(『日本古典文学大系』岩波書店、1960、による)春の薫りのするお造りでした。 ~~~~~母の69回目の誕生日。3月になってから、細君とどこでお祝いしようかと考えていたのだが、21日になってようやく鎌倉山の「山椒洞」に決定し、予約をしておいた………………予約の時間を、すっかり30分間違えていた!今日は、細君は仕事だったので、鎌倉駅で待っていてもらって、食事に行く途中に拾っていくことになっていた。夕刻、隣室で洗濯物をたたんでいる最中に、携帯メールが入り、携帯電話も鳴らしたらしい。小生が気がついたのが18時20分。細君が、最初に「品川を出るよ~」とメールを寄越したのが17時22分。ちょうど、1時間のズレがあった。品川から鎌倉まで約55分。細君から「鎌倉に着いた」と電話があったのは18時15分頃。だから、気がついたのは、電話があった5分ほど後のことである。細君の到着が早いことを訝しんだ小生、電話をして「早いんじゃない?」と訊ねると、「7時の予約でしょ!?」と言われて、ビックリ!!念のため「山椒洞」に連絡をしてみると、やはり19時とのことだった。18時15分頃には母に、18時30分に出掛ける旨を伝えていたので、小生、急いで支度をして、母に事情を話して、すぐ出発。街はちょうど市議会議員選挙の最終日で、選挙カーがうろつく関係から普段以上に渋滞。裏道を通って、鎌倉駅に着いたのが19時ちょうど。細君を拾って、目指す「山椒洞」に着いたのが、19時15分。いや~参ったねぇ。到着すると、すぐに部屋に通された。3人の会食に、洋間2室+和室1室の計3室。そんなに高い料理を頼んでいるわけではないので、「本当に大丈夫かな?」と不安が頭を過ぎる。それでも、料理が出てくれば、見た目によし、味もよしで、目舌ともに満足できた。冒頭の写真のお造りなんぞ、ずいぶんと洒落た盛りつけをしているものである。部屋の大窓からはコブシ(こちらはコブシでした)が夜景に映え、遠くには江ノ島灯台が「スーッ、ポッ」と灯りを覗かせて、昼間に来ればまた格別かと。清算は………心配することもなく、予定通りの金額であった。3間1組の部屋で食事したにはずいぶんと安く済んでいた。 ~~~~~【今日の色】松葉色(まつばいろ):#74905d/R:116 G:144 B:93(「和色大辞典」による)【冒頭万葉歌の原文】多伎木許流 可麻久良夜麻能 許太流木乎 麻都等奈我伊波婆 古非都追夜安良牟
2006.03.25
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私の中の 少年達よ我物顔で この風上に立て堀内孝雄「少年達よ」(詞:小椋佳)渋滞の首都高湾岸線。大井料金所のすぐ近くに咲いていた菜の花。 ~~~~~お彼岸の最終日。小生の最初の檀那である、「おつけもの」こと高校の悪友Kの墓経&仏壇の供養。13時の約束に、ちょっと遅れてKが拙宅に参上。一旦、Kの菩提寺の墓に「こっそりと」墓経をしに行って、15時頃に車で千葉県は鎌ヶ谷のK宅に出発。行きがけに、「腹減ったよ~」と点灯するガソリンタンクのために、燃料を補給。ついでに、これまた「腹減ったよ~」と隣でのたまわくKのために、金沢文庫のCOCO'Sで昼食。16時30分頃に出発して、幸浦から首都高速湾岸線に乗った。17時頃、羽田空港を過ぎたあたりから渋滞に突入。とにかく、大井として進まない。隣のおつけものは、赤い線が連なる高速の渋滞表示板をみて♪真っ赤だなぁ~、真っ赤だなぁ…と脳天気に歌い始める始末。ふと脇を見ると、菜の花が結構咲いている。で、後ろからは強烈なハイビームが襲ってくる。最近は、妙に光の強いライトや、ハイビームを照らすドライバーが多くて、非常に腹が立つ。前を見れば、大井料金所の混雑はかくのごとし。結局、この渋滞、辰巳ジャンクションを過ぎるあたりまであって、40分のロス。さらに、千鳥町で降りてしばらく側道を走っているうちは流れていたが、市川市二俣から西船橋の方へ抜けていく道に入る頃からとんでもない渋滞。普段なら西船橋を過ぎて中山競馬場の脇を通って行くところを、仕方なく、京葉道路の原木インターを過ぎてからすぐに右折し、海神の方へ抜けて行った。おつけもの宅には、当初18時到着の予定が、1時間40分遅れの19時40分。早速、僧衣に着替え、仏壇に向かって位牌の供養。去年の5月に仏壇を買ってから、割合ときちんとお祀りはしているようである。おつけものの菩提寺は真言宗だが、小生が曹洞宗だから、曹洞宗の様式で供養をした。おつけものはが曹洞宗のものではなく、菩提寺の真言宗に合わせて大日如来・不動明王・弘法大師の三尊をにしていることをちょっと気にしているが、小生がむしろ菩提寺に合わせた方がいいと勧めて揃えさせたので、再度、その辺りの話しをしておいた。終わってから、例の如くカラオケへ。ここ数年使っているこのカラオケボックス、「まねきねこ」というが、ドリンクを頼んだら可愛いキャラクターのプリントされたジョッキが出てきた。………野郎2人で歌うこと3時間半。よくも歌ったものだ!0時前に店を出て、近くのデニーズでちょっと休んで1時頃におつけものを自宅に届け、小生は再び逗子まで。羽田空港まで一般道を通り、湾岸環八から首都高速湾岸線に乗って、帰宅したのは2時30分。ちょうど風呂から上がった細君が「もう少しだったのにぃ…」と歎いていた(笑)………なにがって?細君は、21時を過ぎるとよく転た寝している、それがバレたことである。 ~~~~~カラオケに、堀内孝雄の「少年達よ」が入った!今まで、入っていなかったので(とは言っても、小生、半年ぶりだが…)嬉しい。この曲、東宝映画「小説吉田学校」(1983年)の主題歌で、映画によくマッチしていた。ちなみに、映画「小説吉田学校」も森谷司郎の監督で秀作だったが、パンフレットにあったキャッチコピー(ただし、記憶の限り…パンフレットが見付からない。。。)がまたよかった。日本が日本でなかったとき命がけで日本を作った男達がいた… ~~~~~【今日の色】菜の花色(なのはないろ):#ffec47/R:255 G:236 B:71(「和色大辞典」による)
2006.03.24
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大地は 世界は とてつもなく広いよ小椋佳「大地は」(詞:小椋佳)敦煌郊外、鳴沙山の夕陽(まだ紹介していなかったよナァ?) ~~~~~今日は、天気がいいんだか悪いんだか?一日、自宅で論文書き。で、ちょっとしたものを探しに小生の右斜め前方40cmほどのところに積上げている紙の束をゴソゴソ。………そしたら、失せていた国保の保険証がひょっこり出て来た( ・_・;)あれだけ何度も探したのにナァ(;_:)6畳の我が部屋も、とてつもなく広い。。。 ~~~~~【今日の色】煤竹色(すすたけいろ):#6c4c49/R:108 G:76 B:73(「和色大辞典」による)
2006.03.23
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バラ科の落葉低木。高さ一~二メートル、小枝は刺になる。『日本大百科全書』21(1998年)「ボケ」の項(小林義雄執筆)我が家の木瓜も花盛り! ~~~~~「暑さ寒さも彼岸まで」とは言うものの、曇って冷涼な一日。論文書きに費して、夕方、ちょっと街へ出たのみである。それにしても冷涼!「寒くても、3月になったら春の格好をするの。それがファッションというものよ!」と、細君はこの時期になってからたびたび小生にファッションの心得を言うのであるが………まぁ、今日のような薄ら寒い日は、とてもじゃないが暖かさを前提とした春の格好などできず、トレーナーにジャンパーを羽織って街中へ。平日なので細君が会社に出勤していたのを幸いと言うべきか。街中は、やっぱり冬装備の人が多かった。「ファッションよりも機能性」これが小生の方針である。それにしても、野暮な格好しすぎかなぁ………? ~~~~~久々に宝くじが当ったが………1枚で、1,100円?あぁ、5等と4等とが1枚に被っていたのね。。。 ~~~~~【今日の色】鴇色(ときいろ):#f7acbc/R:247 G:172 B:188(「和色大辞典」による)
2006.03.22
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自然をたたえ、生物をいつくしむ。国民の祝日に関する法律第二条「春分の日」昼食を摂りに外へ出た折に、ようやく撮った近所の花。「こぶし」のはずなんだけれども、自信がない。。。 ~~~~~良く晴れた春分の日。年によって声がかかるお寺からは、今年は手伝いの声がかからなかったので、一日在宅。共働きの小宅においては、近所に住む弟一家を呼んで彼岸の法要をするにはいい機会である。ところが、母が向かいに住んでいる親戚の奥さんの一年祭(クリスチャンなので、一周忌ではない)に出席しなければならないので、夕方にそれをすることにした。母の帰宅は15時頃。思ったより早く終わったようである。それから弟一家を呼んで、法要、そして墓参。これで、今年の春の彼岸は大体終りである。 ~~~~~昨日のおはぎの後日談。母の話だと、昨日、おはぎを作るために米を5合炊いたそうだ。以前、小生が大食漢だったので(って、10年以上前の話だが…)どうもその記憶が抜けなくて、男1人・女2人と弟一家(夫婦+チビ1人…しかも小食)の夕食用にと炊いた量だそうだ。おかげで、昨日の夕食に小生が5個、その他女性2人で7個、都合12個減ったはずのおはぎが、まだ16・7個残っていた(含む「握りの餡」)。朝から………あんこタップリ、おはぎである。小生は3個を食べて、女性陣は各2個。好きなんだけれども、昨日の5個が効いていて、そんなに食べられない。(3個も食べれば結構な量…2膳かそこらかな?…ですがねぇ 笑)残りは、墓参後に、弟一家を交えておやつにして、ようやく完食。三食ならぬ、二食半がおはぎとなった彼岸であった。(んー、満腹!)ちなみに昼食は、さすがにおはぎ続きでは飽きも来るし、第一、腹がそんなに空かないので、細君と二人、街へ出てモスバーガーで食べることにした。「軽く、ハンバーガー」と計ったつもりだったが、いつもならば2・3個食べられるはずが、1個で十分だった。細君が「1個でいいの?」と不思議そうに訊いてきたが、「十分」と一言。お腹をさすったら、細君も事情を了解した。餅・団子の腹持ちは、想像を絶している(苦笑………と言うか、クソォ!)
2006.03.21
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スシ食いねェ スシ食いねェ スシ食いねェ!シブガキ隊「スシ食いねェ!」(詞:S.I.S/岡田冨美子)握りに「餡」ってあったっけ? ~~~~~明日の火曜日は春分の日で祝日。火曜日は研究所への定例出勤の日だから、その分仕事が溜まってしまうので、今日、代りに出勤。決裁権を持つ主事も出勤しているので、ちょうど都合がいい。13時30分に出発して、15時前に到着。諸種の書類を処理・起案して、主事の即時決済を受けて後処理。研究所を出たのが19時で、帰宅が20時30分。夕食は、ぼた餅………というよりは、おはぎだった。ぼた餅とおはぎの違いは、いくつかあるようだが、小生は、こしあんを餅のまわりに塗りたくった(笑)ものを「ぼた餅」、つぶあん若しくはつぶしあんを餅米の団子のまわりに塗りたくったものを「おはぎ」と母から教わった。ところが、安倍川餅や赤福など数例のものを除き、粒・つぶしあんのものを好む小生にしてみれば、ぼた餅よりも断然おはぎが好み!そんなことを知ってか知らずか、おはぎが並んだようである。作り始めたのが遅かったようで、19時頃に帰宅した細君も手伝っておはぎを作ったらしい。よく見てみると、下半分に餡のないおはぎが………細君曰く、自分が作ったのが、それだそうで、餡が足りなくなりそうだったので下の餡を割愛したとのこと。まるで………握りの餡だねぇ(爆)今度は、軍艦巻を作ることをリクエストしておいた。………ホントに作られたら困るのだが(苦笑)
2006.03.20
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飲んで飲んで飲まれて飲んで河島英五「酒と泪と男と女」(詞:河島英五)中国の高速道路にある禁飲酒運転の看板。一目瞭然! ~~~~~今日は、亡父の同僚で、亡父の法要をしても頂いている先生のお寺の彼岸の法要に手伝いに行った。東京は台東区にある寺だ。経路は、京急そのまま都営地下鉄浅草線乗入れで人形町まで行き、東京メトロ日比谷線に乗換えて入谷で降りる。大体、1時間30分程度だろうか。8時30分に自宅を出て、到着したのが10時過ぎ。12時30分から住職(先生)の説経があって、その後13時30分から彼岸会法要という流れ。ここの寺は当日に塔婆の受付をするので、到着してから説経や法要が始まるまでは、塔婆書きをしたり、それを本堂に持っていったりと、手伝い4・5人で手分けしてやる。法要が終わるのが大方14時30分。終わってすぐに住職と副住職(住職の息子、研究所の小生の同僚でもある)が檀家さんに挨拶をするので、その間に手伝いは一服。檀家さんが帰った頃(大方15時)を見計らって、本堂の片付などを行なう。一通り終了するのが、15時40分頃。その後、総代さん方と一緒に後席がある。以前は寺でやっていたのだが、段々と家族の年齢に対する負担も増してしまったので、ここ10年近くは、近所の店で行なうようになっている。もっともよく使っているのが、鶯谷の中華料理店だが、今回もそこだった。いつもならば、酒飲みが多い後席なのだが、今日はその後に用事のある総代さんがいたり、車で来ている手伝いの僧侶がいたりして、酒量がさほど上がらない。さらに、テーブルがいつも1台のところ、今日は2台に別れてしまって、小生の座った側(手伝いの僧侶の席)には実際に飲めるのが、副住職だけになってしまったので、小生が付合って飲むことにした。小生、酒はあまり強くない………というよりは、下戸の口である。亡父なんて、人が真っ赤になるのを楽しみに、むりやり飲ませてきたくらいである。ところが、1人で大瓶2本も空けちゃったもんナァ!ビックリ!そういえば、去年辺りから、急にアルコールに強くなったようである。去年の正月に湯河原の師匠のところに挨拶に行って「えっ? 俺、こんなに飲めたっけ?」と言うくらい飲んで(日本酒2合半)驚いたのだが、自宅で晩酌をするわけでもなく、なぜ、急にそんなに飲めるようになったのか、全く以て不明である。ただ、飲んでその後気を抜くと、一気に眠気が襲ってくるので、その辺りがまだまだかなァ、という具合である。以前は、日本酒半合あるいはビール2杯も飲んだら、息は上がるは、体の節々が痛くなってくるは、という状態だったのだが、それがなくなって、単に眠いだけになることが増えた。斯くして、大瓶2本、自己新記録を立てて、入谷から日比谷線に乗車。………気がつかぬうちに寝るわけである。入谷 → 上野 → 仲御徒町 → 秋葉原 → 小伝馬町 → 人形町という各駅のうち、記憶しているのは小伝馬町まで。「次で乗換え」と思っていながら、寝てしまい、気付いたのは人形町の次の茅場町。日比谷線は2ヶ所で都営浅草線と連絡していて、その次の次の東銀座でも乗換ができるのだが、酔っぱらって寝ぼけた頭ではそこまで気がつかず、1駅、人形町まで戻って浅草線に乗換え。そのまま京急に乗入れて、羽田空港まで行く電車が来たので、品川で乗換えるつもりで乗車。………再び、寝るわけである。起こされたのは、終点の羽田空港。本来だったら、品川で、上手くいけばそのまま逗子まで、そうでなければ逗子から4駅(10分)手前の金沢文庫までの電車に乗換えるつもりが、途中から別路線になってしまう空港線に入ってしまったわけだ。京急本線と空港線の分岐点は京急蒲田、品川から10分程度のところ。羽田空港はさらにそこから5駅、10分程度のところである。ちょうど向かいのホームに京急蒲田から金沢文庫の方に直通する特急が停まっていたので(羽田空港からの電車は多くが品川の方、つまり小生の帰路とは逆方向に走っていく…)それに乗換え、5分ほどある発車までの時間内に再び就寝(苦笑)次に気がついたのは、金沢文庫に到着する2分前のことだった。特急は、金沢文庫からさらに横須賀市・三浦市と三浦半島を南下して行ってしまうので、ここで寝たら今度は横須賀の方に連れて行かれてしまう。さすがになんとか目を覚まして、無事、金沢文庫で向かいのホームの新逗子行きに乗換え。ただし、これも1分足らずの発車前に就寝。さらに気がついたのは、終点の新逗子で乗客がほぼ降りた後だった。よく飲んだら………良く寝たわけである。往復に、僧衣を着ていなかったのが幸いだったが。。。それにしても、ある程度飲めるようになったとはいえ、体質的には下戸のはずの小生、宿酔にならなかったのは、なぜだろう?
2006.03.19
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掲帝 掲帝 般羅掲帝 般羅僧掲帝 菩提僧莎訶玄奘訳『般若波羅蜜多心経』この彼岸の入りは、青空ではなかった。 ~~~~~春の彼岸である。この彼岸で廻るところは、3軒。藤沢の檀家M家と、悪友兼共同研究者のIのおばあちゃんH家、そしてIの実家のI家。午前中に塔婆を書いて、13時30分に出発。まずは、藤沢のM家へ向かう。海岸沿いの国道134号線を松波まで行くのだが、午前中晴れていた彼岸の入りの土曜の所為か、鎌倉の由比ヶ浜に入る頃から激しい渋滞。たいていの場合、稲村ヶ崎のちょっと手前から渋滞が始まるのだが、1.5kmほど早く渋滞が始まっている。そのまま素直に乗っていては、江ノ島まで1時間かかってしまうので、長谷から鎌倉高校まで抜け道を通って行った。M家到着は14時15分。一通りのことを済まして、出発したのは15時20分。これから、横浜は星川のH家に行かなければならない。藤沢からのルートは、藤沢警察署の前を通って、国道1号線に乗り、そのまま横浜新道を通って、途中で環状2号線に乗り星川まで………というルートなのだが、国道1号線が藤沢から戸塚警察署までいつも渋滞しているので、これも抜け道抜け道で、戸塚警察署の向こうに出た。ちなみに………カーナビはVIKSを一つもとってくれず、渋滞の状況が判らない。とにもかくにも、抜け道を通って、渋滞箇所を過ぎてから国道1号線に乗り、H家に着いたのが16時30分。まぁまぁの時刻である。今日は、H家には仕事の都合で悪友Iは来ておらず、H家の主である婆ちゃんと、長女であるIの母親、そしてH家の次男の三人に供養してもらった。それが終わって、ちょっと話し込んで、H家を出たのが18時。今度は井土ヶ谷の向こうにあるI家へ向かう。到着は、19時。IからI家にちょうど連絡があって、現場からの帰路にあるということらしい。雨天のなか、現場に出ていたから泥だらけなので、一旦自宅で着替えてから来るそうなので、Iの到着を待つことにした。20時前にIがやってきたので、早速供養。その後は、I家でIや親父さんと話し込み、22時に辞去。帰宅は22時30分だった。 ~~~~~さてさて、今日の冒頭に『般若波羅蜜多心経』(般若心経)を掲げたのは、この末尾の一節が彼岸とちょっと関係しているからである。この一節は、漢字で書かれてはいるが、実は中国語(漢文)ではなくサンスクリット語の音写である。中村元・紀野一義の訳(岩波文庫『般若心経・金剛般若経』)によればこの一節は、 往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ。となっている。この一節は実のところ難解で、はっきりとした訳がないのだが、多くの訳が「般羅」を「彼岸」に類する言葉で訳している。この経文の経題の「波羅蜜多(paramita)」は彼岸に至ることを意味しているが、同時に「般若波羅蜜多(prajnaparamita)」となると「完全なる智慧」を意味するものとなる。末尾の一節の「般羅」は経題の「波羅」と実は同語で、そうすると「彼岸」と訳される「般羅」は智慧(の世界)を意味するものでもあると言える。「彼岸」というのは「此岸(しがん)」つまり「この世」の対語であるが、同時にこの世の迷いを脱することのできる智慧を得たものの存在する世界、と言ってもいいかもしれない。祖霊を上手く彼岸に渡すためには、残された者が故人の偉勲をたたえ、この世での感謝を捧げることが必要不可欠である。それが祖霊に対するサポートになるのだ。斯くして無事に彼岸に渡ることのできた祖霊は、完全なる智慧を得ることができるのである。それはあらゆる苦しみから脱することができることを意味している。私たちに生を与えてくれた祖霊に感謝するためにも、祖霊を苦から救い出してあげたい。「お彼岸」という年中行事にそんな願いを込めてみたら、も少し彼岸も充実するのではないだろうか。
2006.03.18
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雨は蕭蕭と降つてゐる馬は草をたべてゐる三好達治「大阿蘇」角がないので「ウマ」と言いたいのですが、やっぱりこれは「ウシ」ですね。 ~~~~~一日、論文書き。したがって、ネタがない!ちょうど、今日、近所の写真屋にポジのCD焼付を依頼していたのが出来上がってきたので、夕方、取りに行った。冒頭の写真は、そこからの1枚。1996年に中国は江西省に行ったときのもの。さぁて、明日から、お彼岸だ!
2006.03.17
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中心付近の最大風速がおよそ17m/s(風力8)以上になったものを「台風」と呼びます。気象庁hp「台風とは」21時30分、富士川サービスエリアは激しい風雨の最中にあった。 ~~~~~朝は良く晴れ、午後から激しい風雨。だれが、そんなことになると予想したのか。。。(予報は予報官が出してはいたが)今日は、掛川に行かなければならない。小生の住職の法的手続がまだ済んでいないので、それをしに行くのである。早く起きたのに、準備その他で、出発したのは10時40分。掛川の本寺に、14時から15時までの間に到着することになっている。逗子からは、いつもの通り国道134号線を通って、大磯から国道1号線のバイパスに。有料区間(西湘バイパス)に入る直前の大磯西インターチェンジで降りて、国道1号線の本線に。そして二宮で右折し、県道71号線を北上して、東名高速の秦野中井インターチェンジへ。国道1号線に乗る頃からスモール(旧日本海軍軍人の隠語で「小便」のことを言うそうな)駕したくなったのだが、いつも寄る71号線沿いのファミリーマートに寄りそびれたので、そのまま東名の足柄サービスエリアまで20分我慢(苦笑)することにした。東名に乗ったのは、12時過ぎ。足柄サービスエリアには、目論見通り12時25分に到着。目的を達成し、買い忘れた土産と、小腹が空いたのでパンを1個買って、12時45分に出発。天気はまだまだ適当に晴れた…というか、ちょっと曇り気味の状態。空がかなり暗くなったのは、ここからの下り坂を降りていく途中にある、いくつかのトンネルを抜けたところだった。由比辺りで一旦パラついたものの、牧之原サービスエリアに着くまでほとんど降らなかった。牧之原には13時55分に到着。もう少し早く着いていれば昼食を摂るところだったが、断念しておにぎり2個と自宅用のお土産を買って14時15分に出発。自宅用のお土産は、昨年から狙っていた最中。いつも行きに見て、帰りに買おうと思って試みるのだが、上りの牧之原サービスエリアには売っていないので、残念な思いをしていた。で、今日は、行きがけに買うことにしたのである。フッフッフ、「貴方様のお好きな黄金色のお菓子でゴザイマス」。「相模屋、お主もワルじゃのぅ」。「お殿様、ササ、もう1個」………などと、台詞が脳裏をめぐっているうちに、14時24分、掛川インターチェンジで東名を下りた。ちようど、その時、雨が猛烈に降ってきて、あとは一日大雨の中。本寺には、14時55分に到着。運転する都合上、普段着で行ったので、本寺のすぐ近くの人気のない空き地(川原)に車を駐めて、僧服に着替えた。外は大雨だから、当然、車内で着替えたのである。本寺では、法人登記(お寺は宗教法人、住職は代表役員だから、住職が交替すると所轄の県に法人代表役員の登記をし直さなければならない)の手続について打合わせ。高齢の本寺の和尚、法的手続にちょっと暗いので、後々問題にならないように丹念にしなければならない。結局、細かいことは本寺の檀家の司法書士さんが手続をしてくれているということで、袋井の事務所で司法書士さんと打合わせることになった。15時30分に本寺を辞去。出発間際に、もう終りの白梅が綺麗に雨に打たれているのに気付いたので、数枚写真を撮って出発(使えるのは1枚だけだった…)。途中、近くの兄弟子の寺と、森の大洞院に寄って、細かい情報を仕込んだ。17時20分頃に大洞院を出て、袋井まで約30分。司法書士さんのところで、手続の打合せや書類を作って辞去したのが18時30分。今日の用事は、実はこれだけではない。先月講演したところの知合い(小生を呼んだ張本人)から、資料についての問合わせがあったので、その話をしにここから15分くらいの資料館まで行かなければならない。ちょっと道に迷って、到着したのが18時50分。僧衣で登場したのだが、「似合うなぁ!」と言われて、少々照れくさい。話しが長引いて、出発したのが19時30分。本当は19時15分には出たかったのだが、なかなか話が切れなかった。なぜ「19時15分」かというと、東名高速で17時から20時までの間にインターチェンジを通過すれば通勤割引によって100km以内の区間が半額になるからである。掛川のインターチェンジを20時に入らなければ、間に合わない。急いで車を走らせて、とある観光施設(というか、運動施設)の近隣を通る、割合と新しい道を使って、掛川インターチェンジへ。途中、道の案内が悪くて迷いながら(自治体は観光目的施設を作るのだったら、案内標識をもっときちんとして呉れなきゃ困る!)、インターチェンジを通過したのが19時55分。上手く、通勤割引が適用された(^o^)ハハハ僧衣のままでは運転しづらいので、牧之原サービスエリアに寄って着替え、出発したのが20時30分。帰りの東名は強風・大雨の中。トラックの脇を通ると、跳ね上げられた水しぶきで、一瞬、視界が真っ白になる。その瞬間、心臓の鼓動が急激に早くなる。由比の辺りを通ったときには、海から潮が巻上がり、真横に吹抜けるような状況。とにかく、横風に流されないようにするのにかなり気を遣わなければならなかった。21時10分、一旦、富士川サービスエリアに夕食を摂るべく入ったが、別館(富士川楽座)はすでに閉まっていてレストランに入ることができなかった。仕方がないので、フードコートでラーメンセット700円也を食べることにした。富士川を出たのが21時35分。そこから10分ほどの、富士インターチェンジを一旦降りる。掛川からだと、ここまでが100km圏内の最後になる(86.3km)。すぐに東名に乗直して、大井松田インターチェンジで東名を降りたのが22時25分。ここから国道255号線を南下し、途中から県道72号線に乗り、すでに梅まつりの終わった曽我の梅林の傍らを抜け(もっとも夜で見られなかったが…)国府津に向かう。国府津で国道1号線に乗り、東へしばらく走ると、西湘バイパスの橘インターチェンジ。小生、ついこの前まで知らなかったが、国道1号線―西湘バイパスの連絡は、下りの場合には大磯-大磯西の間のみ無料だが、上りはそれよりさらに西の橘から大磯までが無料である。その橘インターチェンジの傍らには、西湘バイパスの国府津料金所が見えるところがミソである。で、橘以東が無料だと知ったので、当然、ここから西湘バイパスに乗り、東進。東名と比べて道幅が狭く、しかも海岸線を通るので、波しぶきが下から吹上げ、さらに横殴っていく!とにかく、恐い帰路となった。帰宅は23時30分。さすがに、グッタリ疲れてしまい、風呂にも入らずにそのまま寝てしまった。。。 ~~~~~気象庁のデータ(気象観測地点ごとの値)によると、昨日3月16日の風速に関するデータは以下の通り。 御前崎…平均4.9 最大16.7 最大瞬間30.8 静岡……平均1.5 最大 8.3 最大瞬間19.3 三島……平均2.1 最大 8.5 最大瞬間22.0 横浜……平均5.0 最大11.3 最大瞬間23.2
2006.03.16
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たとえば靴。あの男は兵隊に靴をはかせようとしている。司馬遼太郎『花神(下)』(新潮文庫版)今日は靴の記念日だそうです。柚は………とくに意味はありません(笑) ~~~~~昨日と打って変わって暖かないい天気………といいたかったが、風が結構冷たかったねぇ。午前中は車に給油&洗車、そして論文書きをして、午後から横浜へ買物。何度もここで記しているとおり、5のつく日はコーヒー豆が2割引である。2割の差は大きい!それと、明日、掛川まで行かなければならないので、その手土産の購入など。14時頃に出発して、17時頃に帰宅。そして、なにごともなく暮れていく………ああ、そうそう、天気がいいのに洗濯をしなかったって、細君に怒られたっけ(苦笑、というか「クソォ!」) ~~~~~ちなみに「靴の記念日」とは、1870年(明治3年)3月15日に千葉県佐倉の藩士西村勝三が日本で始めての西洋式の靴の工場を築地の入船町に創設したのを記念して、東京靴同業組合が1932(昭和7)年に制定したものだとか。西村勝三に靴を作ることを勧めたのは大村益次郎(村田蔵六)。小生が、司馬遼太郎の最高の作品だと思っている『花神』の主人公である。(大河ドラマでは、長い間、最低視聴率の記録を保持していたが。。。) ※参考サイト 東都製靴工業協同組合の「日本の革靴・一口メモ」 (典拠をしっかり明示してあるので、安心して参考にできる!)
2006.03.15
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梅の花 爰を盗めと さす月か小林一茶『おらが春』(第二十句)寒い日だったけれども、見上げると見事な梅と月との競演。でも、ちょっとピンぼけ。。。 ~~~~~今日は、研究所で年に一度の会員総会の日である。講演会と、パーティーと行なわれる。例年、彼岸も過ぎて、3月下旬に行なわれているのだが、今年はなぜか3月中旬。研究所は、その準備で、通常の事務はほとんど執れない。………そういえば、朝は雪が降ったと母が言っていた。昨日も朝に雪がぱらついたということだから、気象情報の「冬型で寒い」という予報は当っていたのだねぇ。(帰宅して、MITSさまのブログを拝見したら、逗子-鎌倉間が吹雪いていたとあった!!!)帰宅が22時を過ぎることが予想されたので、防寒対策を十分にして出勤。総会・パーティと終わって帰宅したのが22時30分。電車の中で、ぐっすり寝ていた。 ~~~~~風呂に入った後のこと、体重計に乗ったら………表示が出てこない。Pokkoriさんのところで、ちょっと体重談義をしていて、その上、今日のパーティーで大量に余った料理を食べてきたものだから、体重と体脂肪率がどう増えたのか(あるいは予想を裏切って増えなかったのか)知りたかったのだが………
2006.03.14
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国税庁ホームページの「確定申告書等作成コーナー」をご存じですか。平成17年「所得税の確定申告書用紙等在中」封筒近所の大輪の椿。今年は花の色づきが本当にいいなぁ! ~~~~~確定申告をしてきた。昨日準備をして、今日の午前中に市役所にて提出。今年は………源泉徴収票が少なかった。。。3・4年前は、講演料や原稿料で十数枚いったのだが、今年は都合7枚。収入が減っている(^^;;上手く、きちんと給料のもらえるところに転職するためには………真面目に研究するしかないですなぁ(苦笑)そういうわけで、論文を書きながら、詰まったときのブログの記入に付き、今日はここまで。(その割には、結構、未記入日記の補充をしていたりして………よく、詰まっています。。。苦笑)
2006.03.13
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從前一六日休暇ノ處來ル四月ヨリ日曜日ヲ以テ休暇ト被定候條此旨相達候事但土曜日ハ正午十二時ヨリ休暇タルヘキ事明治九年三月十二日太政官達第二十七号ドンと吹いたのは風でした。 ~~~~~強風が吹いて、庭の白梅が見事に散った。紅梅は、まだ残ってはいるが、さほどのものでもない。。。今日は一日、論文書きと確定申告の準備。特にネタがないので、「今日は何の日~毎日が記念日~」というサイトを覗いてみたら、「半ドンの日」とあった。「半ドン」懐かしい言葉だねぇ。で、少し調べてみたら、「半ドン」すなわち土曜日の半日休業は、トップの明治9年(1876)3月12日達の太政官布告に根拠があるそうな。いまや週休二日が官公庁と初等・中等教育の現場にはびこって、「半ドン」は死語なのかもしれない。 ~~~~~「半ドンの日」をGoogleで検索してみたら、沢山ひっかかってきたものの、内容はほとんどが「今日は何の日~毎日が記念日~」で使っている情報全文のコピー&ペースト。中には自治体が、典拠も示さずに引用しているというのもあった!「今日は何の日~毎日が記念日~」の情報もどこかの無断引用なのか、それともこれがオリジナルで他が無断引用をしているのかは知らないが、とにかくWeb情報の流し手の倫理のなさにはあきれるばかり。このような状況が、誤情報の拡大につながったりするのである。ちなみに小生が参照した「今日は何の日~毎日が記念日~」にあった「半ドン」の情報も、使いまわされているうちに誤記が生じて、少しだけ別の情報になったものもあった。これを読んでる全国の学生さん!あるいは、たまたまこれを読んだ全国の学生さん!卒論やレポート、試験の調べ物でWebを安易に使うと、間違えますよ!典拠や引用サイトのきちんと示されていないWeb情報(無根拠情報)は、基本的には信用しない、もしくは私感として参考に留める………というのが、正しいWeb情報との付合いだと思います。なぜなら、元が無根拠なのですから、それは論証の手段にはならないでしょう?それから、数多のWeb情報を発信している皆さん!いかにWebでは匿名が許されるとはいっても、引用・転記に元情報を記さない(あるいはリンクを貼らない)のは、著作権の侵害です。それに、あなたが使っている情報そのものの信用も疑われます。いくら「引用自由」が表示されていても、元情報を記す、最低限のマナーを守ることを心がけてください。あなたが見たり、使ったりしている情報、それは正しいですか?
2006.03.12
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さくら咲いて赤い実のさくらさくら咲いて……山崎ハコ「さくら」(詞:山崎ハコ)段葛には、桜がちらほらと咲きはじめ。 ~~~~~ちょっと風が冷たいが、よい天気。先週に引続き、梅見に出ることになった。もっとも、目的は単に梅見をするだけではなく、腰を痛めた母がインドで無事に歩けるように体を慣らしておくこともその一つにある。今日の目的地は鎌倉。宝戒寺の梅が綺麗だというので、同寺と鶴岡八幡宮に行くことにした。………庭である!なんたって、小中と八幡宮のすぐ近所の学校に9年も通ったから………こんなに鎌倉が変るまでは(笑)昼食をとって、13時15分に出発。逗子駅13時25分の横須賀線に乗れれば御の字、それを逃したら40分まで電車がない。回復途中の母には少々キツイかもしれないが、細君と三人、ちょっと急ぎ足で駅へ向かい、上手く電車に乗れた。5分の乗車の後、鎌倉駅に到着。そこからゆっくりと段葛にはいると、桜がもう咲きはじめ!例年より、早い気がするが………20年近く、この時期に段葛を歩いていないから、記憶も確かではない(苦笑)今日は良い天気の土曜日の割には人出も少なく、三河屋も人混みに邪魔されずに写せた。さてさて、八幡宮の手前で段葛が終わると、すぐに右手(東側)へ。ここから、歩道がなくて歩きづらいが、真っ直ぐ先に宝戒寺がある。入口に差し掛かるまでもなく、遠くからも参道に咲いている梅が分った。宝戒寺で有名なのは、本堂左手のしだれ梅なのだそうだ。だけれども、小生としては、本堂の右脇に見えた紅梅の方が趣味だなぁ。30分ほど境内を散策して、14時30分頃には宝戒寺を後にした。ふりむきざまに見てみると………梅を求めた拝観者で狭い参道が塞がれているようだった。その後、脇道から八幡宮の境内に入り、源氏池を眺めていると、鴨が艦隊を組んでやってくる(笑)写真は、ちょっとの差でベストショットを逃してしまったが、隊列を組んで綺麗な波を立てながらこちらに向かってくる様子は、結構壮観であった。彼方を見やれば、中島で亀がのどかに甲羅干し。よく見ると、立ち上がっているのもいた(笑)その後、源氏池中島の白旗神社へ行き、帰りがけに小町通りでお茶を飲んで、15時30分頃に鎌倉駅。細君は所用があって一旦横浜まで、小生は母と共に帰宅することになった。逗子で少々買物をして、16時頃帰宅。細君の帰宅は17時過ぎだった。 ~~~~~最近、インスタントコーヒーが格段に美味しくなったと知った小生、自室にレギュラーコーヒー以外にインスタントコーヒーも常備するようになった。細君が帰宅してから、インスタントコーヒーを買いに行ったのだが、買って帰宅すると細君が不思議な顔をして小生に「あれ? 帰りは鼻歌はないの?」と訊いてきた。どうやら「インスタントコーヒー、なにを買おうかな?」と考えながら、小生知らずに鼻歌を歌っていたらしい。歌っていたのは「ダバダー、ダー、ダバダー、ダバダバダー」だったそうだ(笑)(そんなもの、店に着くまでに歌い終わってしまうって!………苦笑)
2006.03.11
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奉天作戦の勝敗は、十日夜に決定した。司馬遼太郎『坂の上の雲(七)』(文春文庫版)表参道ヒルズの一隅に遺る同潤会アパートの対角線上には、乃木神社がある。 ~~~~~100回目の陸軍記念日。明治38年(1905)のこの日、旧満州の要地奉天付近に集結した露西亜満州軍と日本軍が十数日間の会戦の結果、露西亜軍が敗走して日本軍が奉天に入城した日である。満州軍総司令官大山巌の訓示では、この奉天付近の会戦こそ「日露戦争の関ヶ原ともいうべき」ものだとされており、陸上戦闘ではこの会戦が決戦としての結果を遺して、満州における日本の軍事的優位が決定した。『日露戦争』(徳間書店、1966。参謀本部編『日露戦争』を抄訳)によれば…明治38年(1905)2月20日11時、満州軍総司令官大山巌元帥の発令により、満州の要地奉天付近に散開し、露西亜軍と対峙していた陸軍部隊(第一軍から第四軍ならびに鴨緑江軍)は戦闘行動を開始。3月9日17時30分、露西亜満州軍総司令官クロパトキン大将が撤退を決意し、総崩れ状態で奉天東北方の鉄嶺へ向けて退却開始。10日15時、第二軍麾下の第四師団の歩兵部隊が奉天に入城。となっている。日露戦争における戦勝国としての地位のひとつを作ったということから、明治39年に祝日として制定された。戦前・戦中は休みだったが、それも遠い昔のこと。陸軍記念日が廃止されて、すでに60年が過ぎた。最後の陸軍記念日は、昭和20年。つまり東京大空襲の日でもある。一説には、米軍は陸軍記念日に帝都への一大空襲をすることによって、日本の徹底的な戦意喪失を計ったとも言われるが、本当のところはどうだろうか?ちょっと、調べ切れていない。それにしても、3月10日に、この日がもと陸軍記念日だったことに言及した新聞記事は生まれてこの方まったく記憶がないが、数年前まではこの日が東京大空襲の日だったことに言及する新聞記事はそれなりに多くあった。それが、今年はほとんど見られないことに気がついた。もしかすると「都民版」などには載っているのかもしれないが、かつて社会面で特集をされた面影はもうない。そういえば、テレビでも見た記憶がない。東京大空襲から61年目。この日に生まれた人も、すでに還暦を迎えた。焦土に留まった青山同潤会アパートも、その姿をほんの少し遺すだけとなった。その遺された建物の対角線上に、第三軍司令官乃木希典を祭神とした乃木神社があるというのは、どういう因縁だろうか?奉天会戦における兵力は、 日本軍 約249,800名 うち戦死戦傷者70,028名 露西亜軍 約309,600名 うち戦死戦傷者60,093名 失踪者29,330名東京大空襲における死傷者・行方不明者数は、8万とも10万とも12万とも言われ、未だにその数は判明していない。
2006.03.10
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It's so FLY-DAY FLY-DAY CHINAOWNはじけるネオンサイン泰葉「フライディ・チャイナタウン」(詞:荒木とよひさ)ゴチャゴチャと、香港のような、香港とはちょっと違うような。。。 ~~~~~今日は結構肌寒い1日だった。いくつか所用があったので、横浜と東京まで出かけることになった。所用その1デパートでホワイトデーの買物をすること。所用その2マイクロ業者に、以前に撮影した資料のフィルムのデュープ(複製)を依頼すること。所用その3殊勲の君に、仕事を手伝ってもらったので、その後の事務処理とお礼をすること。出掛け前、9時40分頃に弟一家が来宅。今日から愛媛にある嫁さんの実家に行くので、出掛けに立ち寄ったのだ。チビの姿はしばらくは見られない。。。小生の方は、出発を11時としていたのだが、諸事をこなしていたら11時40分になってしまった。マイクロ業者と会うのが研究所なので、あまり車で行きたくはないのだが、荷物がゴチャゴチャとあったので車で行くことにした。お茶の水にある研究所、昼間に車で行くときには、首都高速の渋滞を覚悟しなければならない。まずは横浜に寄るので、幸浦から首都高速湾岸線に乗り、みなとみらいで降りて横浜駅東口地下駐車場へ。平日の割には混んでいて、並ぶこと20分、入ったのは12時30分のことだった。そそくさと横浜そごうに上がり、2,000円で1時間30分の無料駐車を確保すべく、ホワイトデーの買物。ついでに昼食を買って(「おこわいなり」3個入304円!…デパ地下でこんなに安く弁当が買えるとは思ってもいなかった!)、車に戻り、弁当を食べて13時40分に出発。東神奈川から首都高速横羽線に乗り、神田まで。いつもだったら、羽田から浜崎橋までと、江戸橋ジャンクションから環状内回りは大渋滞で、ここから2時間は見ておく必要があるが、今日は珍しく、江戸橋ジャンクションまで渋滞がなく、研究所に着いたのは14時30分。1時間以上も、到着が早まった。業者との約束は、16時から17時の間となっていたので、狭~い(苦笑)会議室を占領して、店を広げてすべき事務をあれこれと処理。業者は16時30分に参上した。今回の発注は、小生が研究分担者をしている別機関の科研費によるものなので、その辺りのことを細かく打合せして、終わったのが17時。殊勲の君との約束が17時30分のお茶の水なので、拡げた店の撤収にかかる。研究所を後にしたのは17時30分、ちょうど出たところで彼女からお茶の水に到着したとの連絡があったので、下手に動かず、研究所の下まで来てもらうことにした。で、ちょっと知りたいことがあったので、お台場へ。これまで、彼女と2回お台場に行っているが、その2回ともに「パレットタウン」であった。ところが、テレビなどでよく見るお台場の様子とはここはどうも違う。あれって、板張りのテラスのようなところがよく出てくるけれども、要するにあそこがどこかを知りたかったのである。そこで、今回は「アクアシティ」(リンクは音が出ます)へ行くことにした。到着は18時30分。6階の「えび」の駐車場だった。ちなみに…5階は「たこ」、7階は「いか」の駐車場…「えび」に入ったのは幸運というべきか(笑)6階の駐車場から直接に店内に入れないということなので、一旦、7階の「いか」に上がって(下がったり、上がったり…)店内へ。夕食をとるべくとある和食の店に入って、注文したものが出てくるまでの間に事務処理をして、あとは食事。出たのは20時ちょっと前だった。ここの駐車場は、平日ならば3,000円で2時間の無料駐車券がもらえるそうだが、店の人が気を利かせて(?…客が少なかったからかなぁ、それとも小生の容姿に恐れをなしたからかなぁ…笑)無料駐車券を2枚呉れたので、しばし「アクアシティ」を散策。疑問の場所を彼女に尋ねてみると、それは隣の「DECKS」だということなので、ついでに「DECKS」まで足を伸ばした。………なるほど、ここである。彼女によれば、この中に「中華街もどきのような場所」があると言うので、ついでに行ってみる。冒頭の写真はその「中華街もどきのような場所」…「台場小香港」である。まぁ、ゴチャゴチャした雰囲気は、確かになんとなく香港を彷彿とさせるものがあって、なかなか面白かった。ちょっとした出入口を商店の入口に見立てて、その上に関帝を祠っていたり、やたらチラシの類を壁に貼り付けていたりして、結構細部にも気を遣っている。難をいえば、看板の文字が、日本の字体だということかなぁ…ま、面白いネタも仕込めたし………中国に行きたい欲求はつのったが(笑)、満足のいくところだった。21時に出発して、最寄の駅に彼女を届けて、帰宅したのは23時。ガソリンが、ギリギリで間に合った!!!
2006.03.09
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乾いた空を見上げているのは誰だ上條恒彦と六文銭「出発の歌-失われた時を求めて-」(詞:及川恒平)南京で見た日時計(表) ~~~~~今日はポカポカ良い天気。おまけに、ずいぶんと暖か。布団干しには最高の日………というわけで、頃合いを見計らって布団干し。1日在宅の時は、仕事の合間にあれこれと家事もしなければならない。。。仕事も溜まっているが、Outlookのデータ処理に失敗して古いデータが失われてしまったので、あちらこちらに逃がしているOutlookのデータファイルを点検しながら、データの復元。古いデータがないと、年度末や年度初めの仕事に影響してしまう。。。Outlookは2002年の1月から使っているが、それまでは手帳に予定を控えていたものが、全てOutlook上で処理するようにしたために、却って過去の記録とこれからの予定の紛失が多くなってしまうという皮肉な結果になってしまった。小生の場合、手帳もよく所在不明になるのだが、それでも出てくれば記録が手許に戻る。しかし、電子データは一回不具合が生じると、データそのものが失われてしまうから、昨年末頃からずいぶんと過去と未来が分らずに困った状態が起きていた。年度が終わりに近づいて、春期恒例の彼岸も近づいたこともあって、これでは困るので、今日は結局「失われた時を求め」る1日となった。これから手帳も十分活用しよう。。。(そうすれば、一々パソコンの立ち上がりを待つ必要はないよねぇ) ~~~~~今日の写真は、2001年に南京で見た日時計。19世紀のものかなぁ?ちなみに「日時計」という言葉は割合と新しい言葉で、中国ではこれを古くは「表」と言っていた。時を「計る」のではなく、影によって時を「表す」のである。今日の湘南は快晴。小生の部屋の障子に映る隣家の影が、布団の取り込みの頃合いをよく表していた。
2006.03.08
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一口にいってしまえぬほどの微妙な、妖しげな香りである。 池波正太郎『鬼平犯科帖(一)』(文春文庫版)「暗剣白梅香」一輪でも、梅の香はよく染みる。。。 ~~~~~今日は定例の研究所への出勤日。昨日の会議の結末が定まらぬままで、ちょっと不安ながらも事後の体制構築の準備をしなければならない。とは言っても、結局、大したこともできず、今日は定刻に帰宅。自宅ですべき仕事も溜まっているからねぇ。………つまりは、大したことのない一日(ホッ)。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)梅染(うめぞめ):#b48a76/R:180 G:138 B:118/H:19 S:34 B:71
2006.03.07
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遠く遠く何処までも遠く流れる河で暮れかかる空にあなた想い今日も待っています チャゲ&飛鳥「万里の河」(詞:飛鳥涼)船上からの長江の夕暮れ。長江は、本当に長い! ~~~~~今日は、研究所の役員会がある。ここで、昨年末からうんうんうなされていた、研究所の規程類を審議にかけるのである。ただ、その前に、亡父の提唱録のあとがきを、出版社の人に渡さなければならない。原稿は、結局、徹夜で仕上げた。約束は、13時に御茶ノ水駅の聖橋口。そこで、11時30分に自宅を出た。お茶の水には13時、つまり時間通りに到着。聖橋口の信号の向こうで担当者が待っていたので、横断歩道を渡って、担当者の許へ。それから、小生が人と会うときにいつも使っている喫茶店に入った。数年前までは、「談話室 滝沢」があったのだが、もうなくなってしまったのが残念である。原稿を渡して、出版に関する打合せをして、約1時間。コーヒー1杯で粘られたら、喫茶店も上がったりだよなぁ(苦笑)それから研究所へ。役員会は、近くのホテルで15時30分から。ただし、小生の出番は16時30分頃だというので、それまで別件の仕事もしながら研究所で待機。所定の時刻に、会場のホテルに向かい、役員会の会場の外のソファで待機。ところが………大分、込み入った議題があるようで、待てど暮らせど声がかからない。結局、呼出しがあったのが、行って1時間30分後の18時00分。事前に案と大略は役員の手許に送ってあったので、要点を説明するのみだったが、それでも20分を要した。さらに、議長が採決をしなかったので、議案が通ったのかどうだか判らない。困ったものである。役員会に出席すると、出席者には食事が用意されている。役員会終了後に皆で食べるのだが、その予定時刻が18時30分。ところが、これまたさらに複雑な議案があったらしく、小生が室外に出て待っていてもなかなか終わらない。結局、会議が終了したのは19時30分頃。ホテルの担当者が、予定時刻を過ぎても食事が出せず困っていた。。。小生も、議案が通ったのか判らずに困り、さらに、長引く会議に腹が減って困った(苦笑)♪どれだけ待てばいいのですか、とは万里の河だけではないらしい。。。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)真朱(まそお):#ec6d71/R:240 R:236 G:109 B:113/H:358 S:53 B:93
2006.03.06
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ソーダ水の中を 貨物船がとおる荒井由実「海を見ていた午後」(詞:荒井由実)のどかに貨物船が通り過ぎる。。。 ~~~~~ひさびさに、晴れた休日に家にいるし、梅も見頃だし、ましてや去年は梅見に行っていないし………ということで、一家総出で横須賀市の田浦梅林(田浦梅の里)に梅見に行った。良い天気だから、出掛け前にそそくさと布団を干して、11時頃にいざ出発。まずは、3週間ぶりに亡父の墓参。自宅に近い霊園だから、大方は週に1度、空いても2週に1度は行くのだが、今回は先週が出張で、その前は母の腰痛の関係で行っていない。随分と、しばらくのことである。さてさて、墓参を済ましてから、そのまま東逗子を経由して船越を通って田浦梅林の付近へ。付近のコインパーキングが満車だったので、他にないかと20分ほどウロウロしたあげく、国道16号線を1キロちょっと逗子の方に戻った船越のコインパーキングに12時過ぎに車を駐めた。ここから田浦梅林では正味2キロ弱、歩いて25分程度だろうか。田浦・船越と大道芸のイベントをやっているらしく、大いに賑わっていた。国道16号線をテクテク歩いて15分、そこから住宅街の細い道を10分ほど歩くと、目指す田浦梅林の入口へ。初めて来たのだが、随分と急な階段を10分程度かかって登ると、視界が一面に開け、青空に白梅が見事に映える梅林に到着。ここは、海にほど近いこともあって、梅の彼方に船がよく見える。梅好き、船好きにはたまらないスポットだねぇ。。。1時間ほど梅を楽しんだ後、梅林を後に、急な階段を下りて下界(笑)へ。船越に戻ったのが14時頃。いい運動をしたおかげで、随分と腹が減っている。昼食は、母の提案で、船越から車で15分ほどのところになる、横浜市は六浦のラーメン屋でということになった。そこで、空いていると覚しきルートを選びながら、六浦に急ぎ向かい、やっと昼食にありついたのは14時30分。その後、少々買物をして、帰宅したのは15時20分であった。出掛け前に干した布団は、ちょっと仕舞い時を過ぎていたかなぁ。。。 ~~~~~実は、このあと、明日に渡さなければならない原稿があるため、徹夜を覚悟の梅見だった。この件、あくまでも細君には内緒である。
2006.03.05
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すずめがねおやねでちょんちょんかくれんぼ「かわいいかくれんぼ」(詩:サトーハチロー)見た目に華やか、食べても華やか。 ~~~~~細君の??回目の誕生日昨年は事情があって、母の誕生祝いと一緒にやったが、今年は独立してお祝い。3年前からせがまれている、パシフィコ横浜に入っている「クイーンアリス」で祝膳。細君は、カルチャーがあるので、その終了する15時過ぎに横浜そごうで待合わせして、ついでに小生の春の服装を選んでもらう。その後、みなとみらい線でみなとみらいまで出て、パシフィコ横浜まで。行ってみると、建物の造りが少々複雑でかつ案内がきちんとされていないものだから、「クイーンアリス」に辿り着くのに少々難渋した。17時30分の予約で、17時15分頃到着。待つことしばし、呼ばれて中にはいると、あら可愛いお店だこと!眼下には、1階下のレストランが見下ろせ、細長い店だが開放感がある。言ってみれば、劇場の2階席にいるような感覚。1階下のレストランは2階まで吹抜けになっていて、大きな窓が外に向かって連なっているので、2階の「クイーンアリス」からでもみなとみらいの夜景が楽しめる料理は前菜から始まって、7・8品だっただろうか。フランス料理のコースである。最後に出たデザート(冒頭の写真)は季節のデザート3点盛。ベリーたっぷりで、満足した。ここは、ディナーの予約時間が17時30分と20時30分のふた通り。17時30分の予約は早かったかと思ったが、終わったときには20時前でちょうどよかった。食事をしている最中、外へ出たら大観覧車「コスモクロック」に乗ろうと言うことになったので、まずはクイーンズスクエア1階のスターバックスでコーヒーを買って、コスモクロックへ。行ってみると、よこはまコスモワールドは飲食物持込み禁止ということなので、入口で熱いコーヒーを「フウフウ」というか「ニャァニャァ」言いながら、ようやくこぼさない程度まで飲んだ(もちろん「全猫連」の関係である…合言葉は「ニャオ」)コスモクロックは土曜日の夜にしては空いていて、並んで待つこと20分くらいで乗れた。高所恐怖症の小生、乗ってからすぐに体が硬直細君に笑われながら、夜景を楽しむ。小生と細君の結婚式は、4年半前(あれ? もうそんなに経ったっけ…)にランドマークタワーのロイヤルパークホテル横浜で行なったが、その時に泊まった部屋はコスモクロックの頂上よりさらに高い場所。「あのあたりだねぇ」などと、その階のあたりを二人で見上げているうちに、コスモクロックはゆっくりと下降それでも頂上はゴジラの背のほぼ倍の高さ(ゴジラの身長50m、コスモクロックの全高112.5m)………ゴジラって、案外低い怪獣になっちゃったんだねぇ。。。コスモワールドの閉園は21時。ちょうど、21時頃その場を後にして帰途についた。 ~~~~~我が細君、現在、自称「すずめ」(←あっ、こりゃひよこだわ)。別に、ピーチク・パーチクうるさいわけではないのだが、ちょっとした事情で名乗っている。。。 ~~~~~【今日の色】雀茶(すずめちゃ):#aa4f37/R:170 G:79 B:55(「和色大辞典」による)
2006.03.04
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あかりをつけましょ ぼんぼりにお花をあげましょ 桃の花「うれしいひなまつり」(詞:サトウハチロー)桃の花ではなく、梅の花を出してみました。 ~~~~~毎日つけるということを目標にしながら、割合と溜め込んでしまうブログの日記。只今、看板の偽りを何とか正そうと画策中。。。溜めたものは、おいおい追記することとして、まずは手近なところで今日の日記から復活。3月3日はひな祭り。今日の夕食は………混ぜ寿司だった。しかも、おかずなし!日中は、用事があってお茶の水の研究所に出勤していたが、実はこの研究所の周囲には甘酒屋がいくつかある。帰り際(19時15分!)に気がついたのだが、今日はひな祭りということもあって、甘酒のサービスをしていたようだった。………飲み(いや「酒」だから「呑み」かな?)そびれたぁ。残念である。。。さてさて、今日の研究所の用事は2点。1点は、先週2月22日(水)から28日(火…定例の出勤日)まで、京都に出張(調査)に行っていたので、溜まった仕事を処理すること。もう1点は、その出張で撮った資料のフィルムをマイクロ業者に手渡すこと。両方とも科研費に関わるものだから、予算の執行期限のこともあって、早く処理しなければならないのである。特に、資料写真の方は他機関の科研費研究なので、うちの研究所より執行期限が早いのは目に見えていて、どうやらギリギリではないかと推定される。帰宅して、メールを確認したら、案の定、来週早々に現像・紙焼の見積もりを出せとの指示が研究代表者から来ていた。まぁ、なんとかなるでしょう。。。さてさて、「たのしいひなまつり」の歌では「桃の花」と歌われているが、今の新暦の感覚ではちょっとずれてしまう。もちろんこれは旧暦なら季節が合うのであって、旧暦の場合、早くて春分の日の4日後、遅くても春分の日から33日後にはひな祭りということになる。なぜ春分を基準にいうかというと、原則として旧暦では春分が含まれている月が2月だからである。旧暦の春は、正月から3月。その春の真ん中の月が2月で、春のちょうど中間に当るのが春分である。だから、春分が2月にないとおかしなことになる。簡単に言うとそういうことなのだ。ただし、春分が含まれていればいい訳だから、2月の1日が春分だろうと末日(旧暦は、大の月が30日、小の月が29日)が春分だろうとそれはどうでもいいのであって、あとはお月様の満ち欠けとの兼ね合いで、春分が2月の何日になるのかが決まる。つまり、2月末日に春分があれば、翌月が閏月にならない限り、春分の日の4日後がひな祭り、ということになるのである。我が家の花桃の様子を見てみると、ちょうど春分から4月の上旬にかけて咲いているから、旧暦に合わせる限り、ひなまつりは桃の節句ということになる。さてさて、桃ならぬ梅は、今年の色づきがよく、小生は大満足。なぜかって?小生の本名は、梅の香りを意味しているからである。惜しむらくは、現在手持ちのデジカメがコンパクトタイプであること。フォーカスが合わせられなくて、大分、ボケボケの写真ばかりになってしまった。………せっかくの、梅花華やかな春なのに。。。というわけで、復活(ホントかな?)第1号でした。
2006.03.03
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第二十八祖菩提達磨者、南天竺国香至王第三王子也。(伝)永安道原『景徳伝灯録』巻三、第二十八祖菩提達磨嵩山少林寺背後の達磨峰にて、彼方を見遣る達磨。 ~~~~~一日、昨日の続きで、以前の旅行の未整理分を整理。考えてみたら、昨夏の中国旅行の旅程整理と経理が全然できていない。外国旅行の場合には、パソコンを持ち歩かないから、急いで整理しないと本当は整理しきれないのだが、面倒なのでついつい後回しになっていた。しかし、写真の整理と昨年の自分の経理を確実にしておくためには、もうそろそろしておかなければならない。なんたって、確定申告も近いし、来年度の講義の準備や論文の準備があるのだ。この整理は、直接それらと関係する。それにしても、外国旅行の経理は、実際に日本円でいくら使ったのかを割出さなければならないので、ちょっと面倒。Excelで割合と簡単にできるように工夫はしているのだけれどもねぇ。。。それでも、なんとか整理がついて、ようやく購入した書籍などもリストに整理できた。問題は………その書籍の置場である。これは、後日にまわそーっと(とほっといて、早半年。。。) ~~~~~【今日の色】猩々緋(しょうじょうひ):#e2041b/R:226 G:4 B:27(「和色大辞典」による)
2006.03.02
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かれの生涯そのものが旅であったが、旅日記を書くようなことはあとさきになく、みな旅での金銭出納帳ていどのものであった。司馬遼太郎『花神(上)』(新潮文庫版)調査5日目、雨中の東福寺。 ~~~~~一日、昨日までの出張の残務整理。出張経費の請求を確実にするためには、早急に処理しなければならない。なんたって、研究所に書類を出しても処理に時間がかかるのだ!実際には、下処理は小生が担当者だからすぐにできるものの、決裁にあげてからが時間がかかる!そこで、旅程の整理と経理。小生の思考の傾向では、旅程と経理は同時進行。このブログでは、どこかへ出掛けたときの旅程が割合と細かく(いや、うるさいかもしれない 苦笑)記してあるが、あれは旅行中に細かく行動記録を取っているからできるのである。もともと、小生の旅行記録は金銭出納に関するものだけだった。その出納をみれば、どこをどのように廻ったのかが、大体判るからである。だから、学生の時の旅行の記録(すべてファイル化している…マメだなぁ)を見てみると、切符や宿泊精算書、そして入場券・リーフレットなどと金銭出納メモしかファイルされていない。ところが、もう11年前だろうか、1996年の2月末にK大の訪中団で福建に行ったとき、団の旅程記録を取るように言われ、それから細かく記録を取るようになった。以来、クセが抜けなくなっていて、とにかく細かく旅程を記録している。これは、以後の旅程の勘案に大いに役立っている。もちろん、新婚旅行の記録もずいぶんと細かく取ってあったりもする(苦笑)。国内旅行中は、大体、パソコンを持参しているから、ホテルに戻ってから旅程の整理とその日の経理をしてしまうのだが、帰宅してから再度チェックをして、切符や入場券などと旅行ファイルに整理しておく。その段階で、大抵、旅程や経費の記録漏れが見付かるのである。やはり、旅先では、整理に不十分なところがある。で、他にすることもあるのに、ついでのこととして未整理の旅行のチェックもして、ファイルに未整理だったものを整理。昨日別送した荷物も、今日、無事に到着。両方ともクロネコヤマトだったのだが、発送した営業所が別になっていた所為か、宅急便のピンクの札を付けたホテルからの荷物(中京の営業所かな?)は午前中に、ヤマト便の薄緑の札を付けた撮影機材(西ノ京営業所)は午後に到着。京都からといっても、営業所が違うと、到着時刻も違うのだねぇ。一つ勉強になった。 ~~~~~【今日の色】薄緑(うすみどり):#1d953f/R:29 G:149 B:63(「和色大辞典」による)
2006.03.01
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