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今し方、手を洗おうと思って、文字どおり手洗いに入ってしまった。。。別段、手洗いに用はなかったのだが、仕方がないので小用をしておいた。これまた、文字どおり用を足したわけだ。本来の目的である「手洗い」は、割込んで足された用を済ました後に、改めて洗面所で済ませまたのではあるが。。。ちょっと、ボーッとしているナァ(苦笑)。(久々に書いたら、こんな日記。。。 皆様、済みませぬ。。。)
2006.04.30
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「ああ、そうですか」蔵六はこのときもそういっただけで、例の寝巻をかつぎ、大野家を去った。 司馬遼太郎『花神(上)』(新潮文庫版)昨夏、本寺の本堂。 ~~~~~昨日同様6時に起床。そして、これまた昨日同様、小テストの採点の続き。今日の朝食は8時に1階のレストランで。8時40分に湯河原の師匠と共に、コンビニに向かう。宿泊費の精算など、いくつかの要用のために、現金をおろすためである。ところが、コンビニにキャッシュディスペンサーが無く、近くの銀行の開くのを待つ羽目になった。旗日の土曜日、平日ならば8時45分には使えるCDが、今日は9時にならなければ使えない。結局、9時になり一番乗りで現金を下ろし(師匠が…)、ホテルに戻り、9時15分にチェックアウト。手伝いに来ていた尼僧と、湯河原の師匠の知合いの雲水1名と共に、本寺へ向かう。午前中は、本堂の片付。葬儀屋の守備範囲に当たるものの片付が昨日できていなかったので、その片付である。昼食を摂って、湯河原の師匠他数人が、奥で香典の整理に入った。小生は、本堂あたりでしばし狛犬を兼ねて休憩。3時頃に整理が終わったようで、諸経費の精算などにはいる。その後、湯河原の師匠と、近隣の住職と、なぜか小生が跡継ぎについて相談。実は、この寺、跡継ぎが居ない。で、前住(つまり、今回葬送された住職)の直弟子はいるのだが、この直弟子が利権で寺のことを考えている一面があるようで、後住に入れたくないと湯河原の師匠と近隣の住職は考えている。そこで、小生が後住の候補に挙がっているらしい。以前、湯河原の師匠がどこまで冗談か判らないが「次の住職」云々と言っていたし、ましてや小生が末寺の住職の話を前住から受けた折、前住も「次の住職」云々と言っていたので、小生には任が重いということを話して、断りを入れてある。この寺、本山の孫末であるが、その本山は明治に入るまで5ヶ寺の塔頭による輪番(1年ごとに交替)で住職を立てていた。その塔頭の一つの筆頭の末寺が、この寺(S寺)の本寺(D寺)で、しかもその塔頭の住職はこれまた輪番となっていて、D寺ほか数ヶ寺の住職がすることになっていた。さらに、そのD寺の住職も輪番で、S寺はその筆頭末寺。つまり、S寺の住職は、D寺住職候補で、本山塔頭の住職候補で、本山住職の候補でもある…と歴史的にはなる。今でこそ、田舎寺であるが、S寺はそのくらい格の高い寺なのである。もっとも現在は、本山の5ヶ寺の塔頭は廃止され、本山住職は独住(1年交替ではない)になっているので、D寺の住職が本山住職の候補と言うことには直接にはならないのだが、それにしても寺格から言って、現在の小生の資格では住職になれないし、素質としても無理である。寺格からすれば、S寺の住職は法式(さまざまな法要のやり方)に通じて近隣の住職にその指導ができなければならないが、小生の場合、もともとが寺住まいではないし、1年2年という長期の修行をしたわけではないので、法式に通じていない。おまけに、宗門の人脈についてはまったくと言っていいほど、無知である。さらには、小生の現職の状況としても、S寺の住職をしながら研究所の仕事と教員の仕事をこなすのは不可能である。諸条件としては、きわめて不適任であるにもかかわらず、しかし、前住の法類(師弟関係における親戚に値するもの)において、他に候補がいないという事情が、ここにある。こりゃ、困ったぞ!少なくとも、今の仕事は不安定で稼ぎも少ないけれども、性に合っていると思うし、やりがいも十分に感じているので、辞めたくはない。家族を養うという点から大学の専任教員になるという努力目標もあるのだが、学究の社会的意味としての目的もあるし、非常勤ながら教育職としての目的もある。研究者として素質(将来性)がなかったり、教員として不適格だという宣告を受けたりすれば、それはそれで諦めがつくとは思うのだが…その点、第3者的なきちんとした評価を受けた記憶がない。科研費の採択があったことは、研究内容の将来性の第3者的な評価だとは思うのだが、それと研究者としての素質は別だろう。教員としては…不埒なところもあるからナァ。。。(ナッコ様、実際に小生の教育を受けている学生の立場として、忌憚ない評価は如何?) ~~~~~S寺を辞去したのは、19時過ぎ。湯河原の師匠の車で、熱海まで送ってもらった。東名の沼津インターを降りてから、ちょっとラーメンを食べて、三島を抜けて熱函道路を通り、熱海まで。熱海の駅には21時30分頃に到着。21時39分の東海道線で大船まで出て、22時46分の横須賀線で逗子まで。帰宅は23時過ぎとなった。熱海での別れ際、師匠が念を押すように「真面目に考えといてよ」と言ったのが、重い。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)璃寛茶(りかんちゃ):#6a5d21/R:106 G:93 B:33/H:49 S:68 B:42【タイトル補足】亡父が教えてくれた、長さの単位の言回し。「キロキロ(km)とヘクト(hm)デカ(dam)けたメートル(m)がデシ(dm)にとられてセンチ(cm)ミリミリ(mm)」なお、かつてはヘクトメートル(hm=100m)、デカメートル(dam=10m)、デシメートル(dm=1/10m)という単位があったそうです。本題とは関係ないのですが、まぁ、気分としては「センチミリミリ」といったところで…
2006.04.29
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謹んで参玄の人に白す光陰虚しく度ること莫れ 『参同契』昨夏、本寺の境内。 ~~~~~6時に起床。昨晩ホテルに着いてから、湯河原の師匠他数名と夕食をとった際、ちょっと飲み過ぎたのが祟って、部屋に入ってすぐに熟睡してしまったので朝風呂に入り、逗子からの往路でこなしていた小テストの採点の続きをする。朝食は7時に1階のレストランで。7時50分に出発し、師匠の車で本寺に向かう。どうやら今日も、ここに泊まるらしいが、部屋は変るようである。1泊のつもりだったので、下着の替えを持ってきていない。。。8時20分に本寺に到着。葬儀は10時から行なわれ、12時に出棺。小生は、本寺に残って、初七日などの準備。15時頃に、火葬場に行った一行が戻ってきて、15時30分に初七日。16時過ぎに終了し、後片付け。若い方々が中心である近隣の和尚のてきぱきとしたはたらきもあって、18時30分には翌日する予定だったところまで片付が終り、小生は再び掛川のホテルへ湯河原の師匠と向かう。昨日は506号室だったが、今日は715号室であった。夕食は、慰労会を兼ねて、焼肉。大テーブルが取れなかったので、二人ずつ一組になって並びの二人席で摂ることになった。小生のパートナーは、湯河原の師匠が声をかけて手伝いにやってきた尼僧。歳は小生より4・5歳上だが、これがよく喋る。中身のある話ならいいのだが、どうも空虚で小生としてはあまり好みではない。仕方なく、相づちを打っていたりしたが、後から師匠に聞いたところでは、師匠も閉口していたらしい。21時過ぎにホテルに戻る。昨晩から今晩にかけての話によると…どうやら、小生は進退について重大な岐路に立たされているようだ。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)滅紫(けしむらさき):#594255/R:89 G:66 B:85/H:310 S:25 B:35
2006.04.28
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汝等比丘、常に当に一心に出道を勤求すべし、 『仏垂般涅槃略説教戒経(仏遺教経)』24日(月曜日)の見舞いの時に咲いていた躑躅。 ~~~~~24日に遷化した掛川の本寺の和尚の通夜・葬儀が、今日・明日にある。亡父の兄弟子だったことや、その亡父が寺を持っていなかったので弟子達の僧籍のことでも世話になったし、はたまた小生を住職にしてもくれたし、いろいろな関係から十分に手伝ってこなければならない。第一、小生は医師の死亡宣告の現場にもいたのである。したがって、今日・明日はA大・K大の講義は休講。準備をして雨中の8時10分頃に家を出発し、8時25分の横須賀線で大船へ。8時48分発の東海道線に乗換えて、小田原でさらに9時37分発のこだまに乗り、掛川へ。10時39分、掛川に到着した頃には雨は上がっていた。ここから、天龍浜名湖鉄道に乗ろうかとも思ったが、時間のこともあるので今回はタクシーにて本寺へ行った。11時頃に本寺に到着。まずは、遷化した和尚に挨拶し、すぐに会場設営や香典返しなどの準備を手伝う。湯河原の師匠は朝っぱら地区の宗門寺院の会議があったので、少々遅れて到着。掛川の地区の和尚や、師匠の指示を受けながら、あれこれしているうちに16時頃から僧侶がわんさか。18時からの通夜には、結局200人ほど集ったようだ。20時30分頃、本寺を出発し、掛川のホテルに宿泊。小生としては、少なくとも明日の葬儀までは居なければならないのだが、本寺に泊まるのか、別の寺に泊まるのか、ホテルに泊まるのかは来てみないと判らなかったので、何も手配をしていなかった。こういうときは、基本的に湯河原の師匠の指示を仰ぐことになっているので、その指示に従って掛川のホテル…ということになった。 ~~~~~16時頃、自宅に電話。朝の9時過ぎから行なわれた細君の手術は終了し、帰宅しているそうだ。あちらの件は、先に一段落ついた。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)暗紅色(あんこうしょく):#74325c/R:116 G:50 B:92/H:322 S:56 B:45
2006.04.27
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Stainless night 魂を奪われた アンドロイドたちがStainless night 悲しみさえ手さぐりで拾い集める夜 聖飢魔II「STAINLESS NIGHT」(詞:デーモン小暮)昨日、夕陽に映えていた丸ビル。きっと、この中も電動だらけなんだろう。。。 ~~~~~細君が手術入院をする。ただし、今日は、K女子大の出講日なので、小生は細君を送っていけない。そこで、小生の母親と、実家の母親とがついていって、ついでに詳細を医師から聞いてくることになっている。小生は、K女子大の帰路に病院へ寄ることにした。10時40分頃、いつもの通り車で出発。ガソリンがほとんどなかったので、途中で燃料補給などしていたら、到着が12時40分頃になってしまった。先週、教科書販売の書店の発注数が少なすぎて献本も入手できなかった、大教場の講義用の星図が手に入ったので、今日使うべきか、ちょっと思案。使えるようだったら使うことにする。いそいそとプリントを刷り、3・4時限目と講義。4時限目は、教場の機材がまったく使用不可能で、カーテンすら開かない。AV機器使用の際に、電動で開閉するようになっているようだ。上下スライド式の黒板もそうだが、何もかも電動というのは頂けない。使用者の側からすれば、手で作動できるものは、手で動かした方が便利なものもあるとはいつも思うことである。で、黒板は使用不能(どうやら下がりきっているか、上がりきっているか、いずれにしろ収納されている!)のために、ホワイトボードが準備されていたが、小さいのが1台こっきりで、大教場の悲しさ、4・5行も書けば目一杯。普段ならば、電動でチンタラ上下する黒板をスライドさせればいいものを、ホワイトボードの両面使用では、こちらもやりづらいし、学生だってたまったものではない。おまけに、ホワイトボードイレイザーにはカバーがないために、手は真っ黒。講義終了後、早速、事務に「あれでは講義にならない!」とクレームを入れた。事務では「台数がないので…」と言っていたが、掲示板代わりに利用しているホワイトボードがいくつもあったりするのだから、それを流用すればいいのである。学生が講義を受ける立場で判断しなければならないのに、「ただ、置いておけばいい」という発想は、教育機関の事務としては問題だろう。終わって、いつもの通りナッコ嬢とお茶。今日はKM嬢も一緒で、卒論の話なり何なり。細君の病院に行くこともあったので、17時30分過ぎには出発。 ~~~~~細君の病院には、19時直前に到着。面会時間は19時までだが、15分ほど細君から様子を聞いて、明朝の手術への励ましをしておく。帰宅は20時30分。明日は、24日に遷化した本寺の和尚の通夜のため、朝から掛川まで行かなければならない。。。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)鉄色(てついろ):#005243/R:0 G:82 B:67/H:169 S:100 B:32
2006.04.26
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0650 起床。入院診察のため病院に行く細君を駅まで送る。0910 出勤。1030 研究所。昨日、幹部が回覧した小生所管の重要書類を探すも見付からず。 主事に電話し、bossが持帰った旨を聞いて、本日の処置を断念。1100 細君より電話。入院は翌日になったので帰宅するとのこと。1530 官庁に科研費書類を提出するために、早めに退勤。1615 学振。1635 文科省。1730 横浜にて買物。1835 K女子大から大教場の設備故障の連絡。 AV機器使用不能、上下交換式黒板稼働せずとのこと。ホワイトボードを置くそうだ。1915 帰宅。
2006.04.25
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0600 細君と朝食。0640 会社に出勤する細君を駅まで送る。0715 本寺の住職の見舞いのため、出発。1100 森町の病院に到着。見舞。先生から状況説明。昼食をとって、一旦、本寺に向かう。1400 至急の呼出しで、森町の病院へ。1427 遷化確認。1715 本寺出発。1740 掛川から新幹線に乗る。1841 小田原で東海道線に乗換え。1920 会社帰りに病院に行った細君より電話。母体のみ健全。7週目だった。1927 大船にて乗換。2010 逗子で夕食後、帰宅。
2006.04.24
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菊花古剣和酒被珈琲泡入喧囂的亭院 唐朝「夢回唐朝」(詞:唐朝)西安華清地にある、楊貴妃の宴のタイル画。「女子大の大教場の講義を彷彿とさせるような」と感じつつ、珈琲をすすりながら出席の処理。。。 ~~~~~一日、中国ロックを聴きながら、出席カードの整理と雑務。このロック「唐朝」というグループのもので、11年前に高校の恩師から教えてもらったものである。なかなかよかったので、それ以来、愛聴している。5年ほど前までは、ときどき、TV番組のBGMでも使われていたが、最近はほとんど聞かない。ちなみに、アルバムは「唐朝楽隊」。最後の曲は「世界歌」である。(なぜか知らねど、曲名は翻訳、サビの歌詞は「英特納雄耐爾」と音写されている 笑) ~~~~~昨夜、湯河原の師匠から、掛川の本寺の和尚の具合がよくないとの連絡を受けたが、細君のこともあるので、明日行くことにした。 ~~~~~【今日の色】(「カナ色大辞典」による)コーヒー色(coffee):#7b5544/R:123 G:85 B:68/H:19 S:44 B:48【冒頭歌詞の邦訳】(仁科共子氏による)菊と剣そして酒は 珈琲で騒がしい庭園に浸けられる
2006.04.23
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23日付で記載した「ああ、不調!」は、20日分でしたので、移動しました。
2006.04.23
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息をとめて心のシャッター押す瞬間世界が止まる 久保田早紀「レンズ・アイ」(詞:久保田早紀・山川啓介)一眼レフデジカメの試写。さて、どこまで使いこなせるようになるのやら。。。 ~~~~~今日から、母は愛知の姉のところへ行く。大抵、新横浜まで小生が車で送っていくのだが、今日もそうである。9時53分の新幹線に乗るというので、8時30分過ぎに出発。道は適当に空いていたので、9時40分頃には到着した。現在、新横浜駅の駅前は工事中で、以前駐車場だったところがもろに工事現場になっている。おかげで不便なこと、この上ない状態。そうでなくても違法駐車が多いのに、それに輪がかかっている(`_´)"それはともかく、母を送ったあと、小生は横浜へ。昨日の夕刻にも行ったヨドバシカメラへ再び参上。実は…昨日、プリンタも買って帰ろうと思ったのだが、箱の大きさに断念したのである。今週初めから調子の悪いプリンタに、小生、とうとう音を上げて購入することにしたのだが、昨日、荷物も多かったし、カメラを買ったこともあって、持てる限界を超えていたのだ。で、昨日買いそびれていたブツを購入。ついでに、家で寝ている細君から、買っておくものを聞出して、野菜やらパンやらを購入し、11時50分頃に横浜を出発。帰宅は12時50分、ちょうど1時間かかった。昼食をとってから、早速、昨日買ったデジカメの試写。いつもながら、試写の相手は植物である。ちょっと躑躅は少なかったが、ハナニラが盛りだったので、これをメインに2・3枚。実際にはパソコンで画像を見なければ、様子が判らないので、とにかく撮り心地のみ感じてみる。夕食は、細君の希望でカレー。ちょっと焦がしてしまった。。。お気に入りリンクのKENT先生の情報だと、今夜はこと座流星群の極大だったようだ。すっかり忘れて、カレーの面倒も見忘れた。。。 コトコトと 煮詰むカレーを 見そびれて 光とともに 煙ながるる 萬兆 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)躑躅色(つつじいろ):#e95295/R:233 G:82 B:149/H:333 S:64 B:91
2006.04.22
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十四や十五の娘でもあるまいに 中島みゆき「信じ難いもの」(詞:中島みゆき)「千代田生命」の看板の再利用。重塗りすれば、何度でも使えるのだなぁ。。。 ~~~~~金曜の講義は今日から本格的に開始。総長に用事があったので、ちょっと早めに到着して総長室へ。秘書室に、用向きと総長の在を訊ねると、まだ来校していないとのことだったので、4時限目終了後に再度訪ねることにして、一旦引取る。昼食後、3時限目の講義。この講義は自著を教科書にした関係で、ほとんど下勉強無しで済ませられる。人数は…ちょっと増えて10人。やりやすい人数だ。GW明けから、当番制で飲物を買ってこさせるようにしようか。。。4時限目は、先週、初回の教場が溢れていたので、教場変更済み。ところが、教場に行ってみると、先週の半分以下しか学生がいない。どうやら、先週の教場に皆で待っているようだ。先週、すでに教場変更の可能性と、掲示に注意するように伝達していたにもかかわらず、である。1回の講義で話すべき内容は預め限られているので、予定通り講義を進めていると、30分を過ぎた頃から、学生達がダラダラと入ってきた。講義は一時中断。ペースを乱された。結局、半数以上の学生が先週の教場で待っていたようだったので、全員が揃ったところで一言「先週掲示に注意しておくよう言ったのに、なぜ見ておかなかった。君達は、小学生や中学生ではない!」ときつく灸を据えておく。終わって、再度総長室へ。亡父の新刊を渡して、少しく談話。この総長、K大に赴任した時には、一部教員の研究室が2人1部屋だったこともあって、亡父と一緒の研究室だった。その頃の話を懐かしそうにしていた。 ~~~~~帰路、横浜のヨドバシカメラによって、今回の科研費で購入することになっているデジタル一眼レフカメラを購入。今回の科研費研究では、これが活躍することになるだろう。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)納戸色(なんどいろ):#008899/R:0 G:136 B:153/H:187 S:100 B:60
2006.04.21
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宋俊が脈をとって、また薬をくれた。 子母沢寛『勝海舟』第二巻(新潮文庫版)A大に行く途中の街路樹のハナミズキは丁度いい具合! ~~~~~昨夕から、細君が体調を崩している。ちょっと心配なのだが、仕事の都合と、稼ぎの少ない亭主を持ったこともあって、細君は今日も出社。無理をしないよう、出掛けに一言添えておく。今日は、小生は夜学の日だから帰宅は23時頃になる予定。くれぐれも、転寝せずに先に風呂に入って寝ているように、言添えることも忘れなかった。 ~~~~~小生自身は12時過ぎに家を出発。ただし、今日はちょっと遅れた。その原因はプリンタの具合がおかしいことにある。ノートは自分だけのものだから、多少印刷が悪くてもなんとかなるのだが、プリントは板書代わりにしていることもあって、読みやすいものにしておかなければならない。ここ数日、上手くプリントができないので、紙とインクと時間を無駄にしているのだが、結局今日もプリンタヘッドのクリーニングに時間を取られたものの、上手くプリントできずにある頃合いでプリントした。急いで電車に乗って…しかも、家を出てから駅に着くまでの3分間のみ、強い風雨の中、風に折られそうになりながらも折りたたみ傘を差して行き、電車に乗って5分後には雨が上がってしまった。14時過ぎにA大の最寄駅で降りたときには「雨なんか降っていたの?」というほど良い天気。街路樹のハナミズキが、陽射しによく映えている。今年のA大は、4・5時限の両方共に聴講生がいるのだが、今日、5時限目に学生に質問をすると、老齢のおじさん聴講生が答えてしまった。学生が答えると、ポイントをあげることになっているし、なにしろ学生自身の勉強になる。それを聴講生に答えられると、ちょっと具合が悪いので、質問するときに「学生諸君、どうかい?」と一言添えることにした。………講義のリズムが狂ってしまう。。。 ~~~~~K大の夜学では、教場のドアに施錠されていて、開始が30分遅れる始末。つくづく、不調な1日であった。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)薄紅(うすべに):#f0908d/R:240 G:144 B:141/H:2 S:41 B:94
2006.04.20
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Have a break, have a KitKat. キットカットのCMコピーこれを作りながら、何度ブレイクしたことか(笑) ~~~~~一昨晩・昨晩と、一昨日に購入したキットカットの箱を改造して、出席カード入れを作成。完成品を早速、大教場の講義で使用。学生達には、使用方法を説明し、ついでに出席カードの一ヶ所に色塗りをしてあるから、回収の際に向きを揃えて箱に入れるよう指示。毎度のことながら、どこの大学でも学生達は出席カードなど「ただ出せばいい」という発想で、向きなど考えてくれないが、整理する方は向きの不揃いのために案外と時間を食ったりする。「ただ出せばいい」のではなく、どうすれば相手の不便にならないのかの配慮がないところに、大学生の幼児性(自己中!)の一面が見られる。後期から、このことについてはきちんと話をすることにしよう。なお、箱の使用方法の説明に加えて、破損したら弁償するよう学生に伝達。弁償の際には、キットカットを未開封のまま渡すように要求。理由は、キットカットを通常の状態で開封されると、カード入れの箱が作成できないからである。………ただし、これは表向き。ちゃーんと、「季節限定バージョンがある場合には、季節限定バージョンにて弁償」するように要求してある。………もちろん、これは半分本音(笑)。だから………これを読んでいる学生さん、どんどん壊していいからね(爆)。 ~~~~~大教場の講義は「文化交流史」で、前期の間は星に関する文化交流の話をすることにしている。ただ、その前提として、人と星との関係を眺めなければならない。でないと、単に物事の交流だけを示すことになり、学問的にも意味がないからだ。そこで、今日は、簡単な宇宙論の話をした。K大の文化人類学で5月末頃に話す内容を、文化交流史の内容に沿うようにアレンジ。宇宙論の背景無しに、星との関係が生じないことを、学生諸君はわかったかなぁ? ~~~~~帰路、「優秀なる」我が諜報部員Pより入電。電車で隣席に座っている女の子の話が漏れ聞こえてきて………「キットカット」「出席カード」という2語が耳に入ったそうだ(笑)。 ~~~~~【今日の色】(「カナ色大辞典」による)チョコレート(chocolate):#6c3524/R:108 G:53 B:36/H:14 S:67 B:43
2006.04.19
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18年度科研費、新規採択!これで4度目、しかもこの3月で前回のが終了しているから、連続ということになる。現在の研究所には平成7年度入所だから、今年で12年目。うち、科研費の採択が、8年度、12~13年度、15~17年度で、今回が18~21年度。これまでが、11年間の在籍で6年間の科研費研究期間。今回ので、15年間の在籍で10年間の科研費研究期間。つまり、昨年度までで在籍期間の半分強。今回の終了時点で、3分の2は科研費研究をすることになる。(終了まで、現在の研究所にいるとは限らないが…笑)しっかり研究しなきゃね。時間がないので、取敢ずメモ的に。。。
2006.04.18
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本編を書く時間がないので、ちょっとメモ的に。1.キットカットの販売価格(4月16・17日、価格はいずれも税込) 東逗子「スーパーM」 92円(4月16日) 逗子「Hドラッグ」 98円(4月17日) 逗子「Kストア」 100円(同上)2.キットカットの箱の大きさ(いずれも外側) 幅 110mm 奥 75mm 厚 15mm3.本日購入のキットカット ノーマルタイプ 3個 ホワイト(メープルシロップ) 1個 フランスブルターニュミルク 1個4.本日摂食(笑)のキットカット ノーマルタイプ 1本 メープルシロップ 2本5.キットカット摂食による推定摂取カロリー 353kcal(=115kcal+119kcal×2)以上………どこが「学林風」なんだぁ?(笑)感のいい方、謎解きをしてみて下さい。(あぁ、腹減った。。。)
2006.04.17
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弟のところの長男坊が、木曜日に緊急入院した。原因はロタウィルス下痢症。幼稚園の入園4日目で、はや病欠。幸い、症状は回復傾向で、明日退院予定。ただし、毎晩付き添っている母親(義妹)が、看病疲れでダウン寸前ということなので、帰宅させるべく母を連れて病院まで。で、母を病院に置いて、義妹を弟の家へ連れて行った。 ~~~~~母の帰宅後、聞くところによると、義妹もロタウィルスに感染していたとのこと。幼児の看病所以に、接触が頻繁で、ついでに体力低下が原因だったらしい。今晩は弟が泊まりだそうだ。
2006.04.16
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国立歴史民俗博物館のある、佐倉城址公園内にある佐倉城は、すぐれた織豊系城郭としての特色を備えています。 国立歴史民俗博物館ホームページ内「天下統一と城」展示案内「III-4 佐倉城」別れの一本枝垂桜。堀田氏が入封していたときにはあったのかなぁ? ~~~~~今日は、佐倉の歴博まで出張らなければならない。一昨年度に採択された、歴博のとある先生が研究代表者をしている科研費研究の研究分担者になっていて、その年度初めの研究会が行なわれるのだ。いつもならば10時とか11時開始なのだが、今回はちょっと遅めの13時30分開始。だから、割合とゆっくり自宅を出ることができる。ルートはいろいろとあるのだが、最近小生がよく使うのが、船橋まで横須賀線-総武快速線で出て、京成線に乗換えて京成佐倉まで行くというルート。京急-都営地下鉄浅草線-京成線と行くのが、自宅からはいちばん近くて安いのだが、最低2回の乗換をしなければならず途中で座れる保障がないことと、乗車時間が2時間以上かかることから、最近は使っていない。歴博は京成佐倉から歩いて15分ほどのところにあるので、どちらにしろ京成佐倉まで出ることにはなる。さて、今日は10時32分逗子発の横須賀線-総武快速線で船橋まで出て、京成線に乗換えて京成佐倉到着が12時30分。京成佐倉に到着する直前に、オランダ風車が見えるのだが、赤や黄色のチューリップの絨毯がまことに綺麗に見られた。どうやら16日までその場所でチューリップ祭をやっているらしく、駐車場には入れない車がズラッと列をなしていた。京成佐倉に到着後、駅前の「ガンジーラーメン」なる怪しい店名のラーメン屋で、昼食をタンメンにて済ます。この店、なんとも変ったメニューで、なにを頼んでいいのかさっぱり判らず、なんとか判断がついたのがタンメンだった(笑)。(それなりに、有名な店のようである)ちなみに、味はあっさり目だったが、出汁がしっかりしているので、決して物足りなさを感じるようなことはなかった。なお、値段もタンメンが税込みで672円だったから、良心的と言えるだろう。歴博には13時15分頃到着。こういうときには小生などは研究者用の入口からはいるのだが、歴博の坂の途中で一般参観者用とルートが枝分かれする。その境目にもう終わりかけだが、なかなか感じのよい枝垂桜が咲いていた。研究会の前に、研究代表者の先生とちょっと打合わせ。その後、17時30分まで研究会。歴博を出たのは18時。駅前の居酒屋で懇親会。飲めないはずの小生が、なぜか中生3杯も飲んでしまって、自分でビックリ!ただし、これが悲劇の種となった。20時55分頃に店を出て、すぐの京成佐倉の改札を通り、ホームに降りると電車が止まっていた。歴博の先生と共にその表示を見て「普通」だと判ったので、すぐさま時刻表を確認したらそれに乗らないと20分ほど待たなければならないことが判明。………ただし、既に時遅しで、時刻表を見ているうちに電車は発車してしまった。。。結局、吹きさらしの寒いホームで20分、特急がくるのを待って、21時24分の特急に乗車。途中、京成船橋で乗換える先生あり、京成八幡で乗換える先生ありで、八幡からは小生一人。帰路は、そのまま青砥まで出て、京成押上線-都営地下鉄浅草線―京急のルートで帰ることにしているので、そのまま乗っているとすぐにアルコールが効き始めて、その先の記憶がなくなった。………目覚めると、電車は京成高砂を出るところ。特急の停車駅順で行くと、京成八幡-京成小岩-京成高砂-京成青砥の順なのだが、アナウンスを聞くと「次は京成小岩」といっている。。。京成小岩!?………ということは、この電車は佐倉の方に向かっている。あわてて、次の京成小岩で下車。時計を見ると、22時41分。寝たままで上野で折返して、ずいぶんと損失したものだ。跨線橋を渡って反対ホームに移ると、上りの電車は22時52分。再び寒空の下で待つことになった。やがて、電車はやってきて、それに乗ると次の京成高砂で向かいに止まっている電車が都営線直通電車だということなので、高砂に着いてすぐに乗換え。その電車は西馬込行きだということなので、今度は泉岳寺にて京急の特急に乗換え。アナウンスを聞くと、その乗換えた特急が、下り方面特急の最終電車だったようだ。その後、金沢八景で再度乗換えて、これまた逗子線の終電で新逗子に着いたのが0時26分。結局、当初の帰宅より40分ほど遅れて、ギリギリ自宅までたどり着くという羽目になった。まぁ、それでも上手く目覚めて、上手く終電に乗れたのでよかったァ(ホッ)。さすがに………小岩から、お江戸・多摩川・川崎・横浜と寝ずに通して新逗子まで。アルコールも吹っ飛んだので、電車の中でパソコンをゴソゴソしていた。水曜日の講義の際の、出席カードの配布・回収方法がちょっと問題になっていたので、その解決を図りながら説明用のプリントを作成。今何時?そうね、大体ね~♪(サザンオールスターズ「勝手にシンドバット」) ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)江戸鼠(えどねず):#928178/R:146 G:129 B:120/H:21 S:17 B:57
2006.04.15
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海の男の 艦隊勤務月月火水木金金 内田栄一「月月火水木金金」(詞:高橋俊策)なんともでっかなものを建てるなぁ。 ~~~~~金曜日の講義の初日。これで、今年度の講義は全て開講する。木曜日は、今年度も昼間にK大が3・4時限目だが、科目は昨年まで2コマ同じものだったのが、今年度から別科目。したがって、2コマ分の内容を準備しなければならない。水曜日のK女子大が2コマ別科目、木曜日のA大が2コマ同科目、K大の二部が1科目、金曜日のK大が2コマ別科目、都合3大学7コマ6科目を水・木・金でこなすのが今年の状況である。K大へは昨年度までは車で行けたのだが、今年度は冒頭の写真の如き新校舎を建築しているので、駐車場の確保ができないということにより、全教職員の車通勤は禁止となった。したがって、今年度は必ず10時30分には自宅を出なければならない。木曜の二部を終了してからの帰宅から、翌朝10時過ぎまでに準備ができなければ、その日の講義は失敗する。土・日・月も勝負だが、実際のところ講義の準備は直前にしないと、別の講義に頭をとられて上手くいかないので、前夜と当日に準備を少し残しておく必要があるのだ。今年は、しんどい。さてさて、今日は10時30分に上手く家を出て、K大には12時過ぎに到着。12時15分から中央講堂で、毎夏一緒に中国に行く先生の講演が、その訪中団のことをテーマにあるので、すぐさま中央講堂へ。12時45分終了のところ、50分頃に終了。すぐさま講師控室に戻って、3時限目用のプリントを刷る。A大と同じく4枚1組で200部。うっかりしていたことに、1月の段階と、3月の段階で、配当学科が変っていることを忘れていて、既にミスプリントの状態(出席カードやレポートなどに学科名をきちんと書くように、実例を挙げている!)。その配当学科の確認をとって、10分遅れであわてて教場へ。ドアを開けたら………知合いの、別の先生が講義をしていた(>
2006.04.14
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蔵六は、化学や物理の概略をおしえてやると、嘉蔵はおどろくべき理解力を示した。 司馬遼太郎『花神(上)』(新潮文庫版)A大の目の前は、今日も綺麗でした! ~~~~~木曜日の講義の初日。昨晩の就寝は3時30分。今朝の起床は8時30分。………まぁ、なんとか5時間の睡眠は確保できている。木曜日は、今年度も昼間にA大が4・5時限目、夜にK大の二部が7時限目。昼頃に家を出て、K大の講義が終わるのが21時10分、帰宅は早くて22時30分ということになる。午前中、A大・K大の準備。まぁ、共に年度初めの注意事項を記したプリントだけでいいので、その年に応じた修正を加えて終り。後は出発までにその他の仕事。12時頃には予定通り準備を終えて出発し、A大到着は14時。駅からの途中、ちょっと綺麗な花を見付けたのだが………名前が判らない。。。さてさて、大学での講義の準備は、年度の初めの試聴期間だから、昨年の実績を踏まえて多少多めと思われる分量のプリントを刷らなければならない。今年の予想人数は、4時限目90、5時限目40。ただ、試聴による入れ替えを考えて、それぞれ120、60と想定し、予備を含めて200枚刷った。4・5時限目を終えて余ったプリントは、各約150枚。。。予想を大きく下回ってしまった。1組4枚なので、残数600………ちょっと多く刷りすぎたかなぁ?(なにが「ちょっと」だ!)講義は昨日のK女子大と同様、学生に履修した場合の講義方針と注意事項の伝達。K女子大では話さないが、他の大学の講義では必ず話す話が他に2つ。一つは一般教養(雑学)の必要性を理解すること。もう一つは「3つの『知』」の話。一般教養の必要性は、2点の内容を含んでいる。まず第1は、学問を身に付ける上での必要性。学問は「知」の体系であり、単独の「知」で成立はしていない。だから、きちんとその学問の内容を理解するためには、幅広い知識の中で位置付けていくことが必要なのである。第2が、個々人の能力形成の上での必要性。個々人の思考・行動は、その教養のあり方に由来している部分がかなりある。その思考や行動は、社会にあっては能力として評価されるものであるが、見方を変えると個々の人格(表現)の中核でもある。つまり、一般教養の集積の具合とその知的操作(応用)のあり方の違いが、個々人の能力の差として表現され、人格(=個性)として表出するのである。所以に、一般教養の習得には最大限の努力が必要である。「3つの『知』」の方は以前にもちょっと触れたが、「知」「痴」「智」の3種である。「知」とは「知識」の「知」。すなわち「知る」こと。単なる知。応用することのできない知。「点」としての知。無機的な知。「痴」とは「白痴」の「痴」。すなわち「愚か」なこと。誤った知。誤って応用される知。※「知」が病んでいる(=異常である)状態が「痴」。知そのものが誤っているか、その扱いが誤っているという意味。「智」とは「智慧(知恵)」の「智」。すなわち「聡い」こと。正しい知。正しく応用される知。「線」「面」としての知。有機的な知。※「知」を話す(=曰う)ことのできる能力が「智」。きちんと理解をしなければ話すこともできなければ、応用することもできない。「智」というのは、結局のところ「生きる(=生き抜く)能力」だと小生自身は考えている。それは、社会に対する自己(あるいは自己の所為)の位置付けや社会における自己(前同)の機能の位置付けをすることのできる能力と考えてもいい。「ひと」の成長は、生物的に見る(=ヒト)のならば体格の増大であるが、ヒト固有のあり方(=ひと・人)あるいは社会的に見る(=人間)のならば「『智』の習得」だといって良い。この「知」は、専門的な「知」、雑学としての「知」、体験・経験上知りうる「知」など全ての「知」であって、決して頭脳的理解に限らないのである。大学の(大学に限らないが)講義は、結局のところ(専門的・限定的な)「知」を与えることと「知」を「智」に変える方法を伝えるだけで、それが本当に自己の「智」になるかどうかは、自助努力によるしかない。一つ確実に言えることは「智」は「知」なくしては成立しないのだから、結局のところ豊富な「知」を得る以上に、直接には単位の修得、遠大に見るのならば自己が生き抜くことはそれぞれできないということになるだろう。以上のことをとにかく理解してもらいたいというのが、初回の必ずのパターンである。さてさて、どれだけ理解してもらえただろうか、毎年、疑問に思いつつの初回である。 ~~~~~A大の講義終了後、そそくさと駅前のロイヤルホストに行って夕食。そして、そそくさと夕食をとり、K大へ。全ての講義修了は、ちょっと早くて20時50分。帰宅したのは22時30分だった。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)苔色(こけいろ):#69821b/R:105 G:130 B:27/H:75 S:79 B:51
2006.04.13
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輝けポーラー・スター私のポーラー・スター北の空 高く 八神純子「ポーラー・スター」(詞:八神純子・三浦徳子)ありゃ、こりゃどこの星だったっけナァ? ~~~~~今年度の講義がいよいよ開始。昨晩、1時30分には寝てしまったので、今日は6時30分には起きて準備。年度初めの注意事項を記したプリントはできているのだが、新規担当科目のノートが不十分。それでも、10時30分には準備ができて、車でいざ出発。12時20分にはK女子大に到着。資料の印刷をしていると、かつて教えた学生が、3時限目にもぐっていいのか聞いてきたのでOKの旨を回答。小生、モグリは大歓迎である。さて、今年前期のK女子大の講義は、3時限目に日本文化史のうち陰陽道の問題として天文や暦のことを扱い、4時限目には文化交流の問題として星の話しをする。似たような内容で設定したのだが、3時限目の話は日本史、4時限目の話は文化人類学に近い。K女子大は文系大学ということもあって、理数的素養が少し足りない学生も多いので、それを補充することも目的の一つである。文系学生、あるいは文系志望の受験生がよくする勘違いに、「理数系が苦手だから文系へ」というのがあるが、それで経済系の大学や学部に進学して統計学なんてやらされて「失敗したァ!」と歎いている学生も多い。「文系」という言葉や、それへの進路指導で、いかに理数系の知識が必要なのかを教わってこなかったのがその原因の一つと言っていいだろう。実際には、学問は総合的な知的操作なのであるから、文理両方のふくよかな知識があって初めて身に付けることができるのだ。小生はどの講義でも、「理科は嫌い」「数学は苦手」という文系の学生にそのことを理解させる機会を持ちたいと思っている。それにしても………4時限目の人数の多さは何だぁ?ザッと見で、220人程度。話には、人数は多いとは聞いていたが、K女子大で60人以上の講義を経験していないから、いささか戸惑う。しかも階段教場で、圧迫感もずいぶんとある。そんな状態で、小生はマイクを使わずに講義。これは、最初から目論んでいたことである。なぜマイクを使わないかというと、理由は3つ。まず1つが、マイクを使うと学生が静かにならない。2つ目が、大きな声で話さなくなる分、講義がボソボソと早口になる。3つ目が、大きな声を出すことで、日頃のストレスを発散させる(笑)。3はともかく、12は講義を進行する上でかなり重要な点になるだろう。小生、かつてA大で350人を前に、半期マイクを使わずに講義をした経験があるのだが、今回、地声で講義をしていささかその時との年の差を感じてしまった。なんと言っても、声の出が悪い。。。腹筋を少し鍛えなければならないことを実感した。講義は、学生に履修した場合の講義方針と注意事項の伝達、そして理数的な知識を得ておく必要性について解説して終り。講義中に飲食はするな、携帯のやりとりはするな、途中で勝手に抜け出すな、欠席したら理由のある限り欠席届を作って持ってこい、大学は易々と欠席届を出してはくれないのだから自分で用紙や内容を考えてオリジナルなものを持ってこい………等々、口うるさいことを学生に伝える。小生としては、卒業後社会人になることを前提に、最低限のマナーやルールを身に付けてもらいたいからうるさいことを言うのだが、学生には本当に「うるさい」と感じるようで、大抵の講義で、初回と次回とで半数が入れ替わる。人数が多いと、講義の締まりがなくなるのは仕方がないとも思うが、それでは学生のためにならない。初回の今日も、最後列の学生が席を離れて見えないようにコソコソとなにごとかをしていたので、怒鳴りつけて退席させた。マイクを使っていない分、後列まで声を届かせると効き目はあるようだ。ただ、そこに体力を使うだけ、ペースが乱れる。。。ペースを乱すことがもう一つ。初めて使う教場、黒板が上下移動式なのにその操作の方法がわからずに、最終的には事務員を呼んでもらい操作の説明を講義中に受ける始末。教場に操作マニュアルの不備、そして黒板の異動を操作するパソコン画面の表示ミス。ついでに、教場の黒板は上下スライド式だが幅がなくて、ちょっと書いたらすぐに上下移動させなければならない。これは完全に設計ミスである。ついでのことながら、苦情をいささか記せば、非常勤講師の数が大幅に増えているのに、講師控室の広さや机は以前のままである。机が2台1組で3組、椅子の数は12脚で、その他に応接セット(2人掛け)。いままで、水曜日の昼休みには7人ほどしかいなかった講師控室に、今日は12・3人。つまり、目一杯座れば座席は確保できるのだが、講義の準備をする机の余裕はない。到着したときにはほぼ満席の状態で、仕方なく応接セットを確保する。それに比べて、隣の事務室の広いこと!いつもながら、教員にはあれこれと要求をする割には、教員が如何に講義を進めやすくするのかについての配慮が全くない。要するにK女子大にとって、非常勤講師は単に講義をする機械的存在に過ぎないのである。さらについでに言うのならば、ここの大学は給与基準表を提示してくれたこともない。他の大学は、「大卒後○年目は×円」という表でもって、きちんと当該年の給与の等級を教えてくれるのだが、それがないのである。もう8年教えているが、給与はまったく変っていない。。。 ~~~~~講義終了後、ナッコ嬢と今春からプロの声優になったKM嬢とお茶。いつものファミレスが改装中だったので、少し離れたファミレスへ。K女子大は全面禁煙なので、3時間30分ぶりに紫煙をあげ、ようやく人心地をつく。18時に出発して、帰宅は19時30分。明日の講義の準備が待っている。。。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)薄鈍(うすにび):#adadad/R:173 G:173 B:173/H:0 S:0 B:68
2006.04.12
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Kのいる静岡の中部第三部隊の営庭では、いま桜が満開だそうである。 阿川弘之『雲の墓標』今年の4月11日は、すでに花も散っている。 ~~~~~天気予報は昨日に引続き、午後から雨。特に、夕刻以降に激しい雨が降るそうだ。その空を見上げながら、研究所へ出勤。科研費は、ちょうど今時期が報告書の取纏めになるのだが、今年度は2件だけで、しかも1件は小生、もう1件も割合と書類をきちんと作ってくれる研究員。昨日小宅に必着にしていた報告書が、その研究員から届いていたので内容を確認したところ、若干のミスがあったので、書直してもらうことになった。今日、書類が揃っていれば、文部科学省(通称:文科省)と日本学術振興会(通称:学振)に提出する、機関作成の書類を準備するはずだったのだが、書直しのため今日は作成できなかった。従って、大した仕事もなく17時30分には帰宅の途についた。この間、15時頃から、一時雨が激しくなる。ただ、気象庁の予報の如き「地面から跳返る」ほどの雨には帰宅するまで遭遇しなかった。途中、横浜によって、明日からの講義に必要な道具を購入。20時ちょっと前に帰宅し、夕食後、講義の準備。水曜日は例年の如くK女子大だが、今年から1科目増えたのでその準備もしなければならない。初回の講義は、常に講義方針の説明であるが、中心は受講の心得を話すこと。ずいぶん以前は口頭で言っていたのだが、「聞いていない」を理由にいろいろなルール違反をする不心得者が、別の大学で割合といたのでプリントで配り始めて6年ほど。「○○したら単位はない!」と文字で宣言するおかげで、不心得者はあまり受講しなくなった。ただ、そのプリントも不足がないように毎年点検し、修正を図る。今年は、満足なものができたかな?あとは、新規科目の講義ノートづくり。ところが………眠気の所為であまり頭が回転せずに、1時30分には就寝。初回の成否の鍵は、明朝に持越しとなった。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)退紅(あらぞめ):#d69090/R:214 G:144 B:144/H:360 S:32 B:84
2006.04.11
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江ノ島が見えてきた 俺の家も近い サザンオールスターズ「勝手にシンドバット」(詞:桑田佳祐)土産は…掘って探すかなぁ。。。 ~~~~~箱根の朝は、曇り空と共に明けた。7時30分頃、朝風呂へ。昨日も今日も、露天風呂しか入っていない。やっぱり、露天の方が開放感があって良いものねぇ。ただし、予報通りの天気なので、昨日は正面に「ドン」と見えた金時山が雲に覆われて見えない。。。8時30分に朝食。9時頃に済まして、宿の散策路を一周。花がまだで、曇っているので、残念ながら眺めは今ひとつ。もう一つ難をいえば、従業員の寮の脇を通ったりするので、その辺でも情緒を損なっている。旅館の裏側が見られるという意味では、面白いのだが。。。チェックアウトは10時過ぎ。今日は、以前から細君が行きたいと言っていた「マイセン庭園美術館」へ。宿から車で5分ほどのところである。つく頃に、雨がポツリポツリ………そこで、ハッと気付いた!小生、車に傘を入れ忘れた!(苦笑)まあ、それはそれとして。。。マイセン庭園美術館、展示は良いものがあったようだが、解説がきわめて不十分。「庭園」といっている割には、庭園そのものも大したことはない。おまけに、従業員の態度もよくない。要するに、収集家が集めたものを単に見せる、というだけのもので、よかったのはマイセンの解説のビデオだけ。これは、一見の価値があった。ああ、そうそう、犬が地面に首をつっこんでいるの(陶器、冒頭の写真)もよかったねぇ(笑)それにしても入館料1,600円は、展示に対してはかなり高額ではないかと思った。それでもじっくりと展示品を見て、出発は11時40分頃。昼食は、桃源台近く、芦ノ湖畔の中華料理店で。芦ノ湖を眺めていると、名物「海賊船」が見える………ん? 「海賊船」だと思っていたら、どうやら違うぞ!船体に「ビクトリア」などと書いてある………アルマダを壊滅させたイギリスの軍艦ではないか!よく見ると、船体一杯にユニオンジャックも描かれている。。。あれって、今でも「海賊船」って呼ばれているのかなぁ?謎を残しながら、昼食を済ませて13時頃に出発。再び仙石原へ出て、宮野木をを抜けて、箱根を下る。宮野木の桜は、今が満開。走りながら、桜を満喫した。富士屋ホテルの前で、国道1号線と合流しちょっと強羅に寄ってから、さらに下る。平日なので、湯本に着くまで道はまったく混んでいなかった。これが休日だったら、まぁ、のろのろと富士屋ホテルから1時間は見ておかなければならないが、今日は15分ほどで下ってしまった。当初、土産は湯本で買う予定だったのだが、上手く駐められる場所がないので、湯本からさらに南下して、かつて箱根駅伝の小田原中継所だった「鈴廣」(ただし、現在改築中のため、道路を挟んだ仮店舗)で土産&夕食のおかずを購入。雨は止み加減。15時頃には出発して、帰宅したのは15時50分。………今回は、とにかく渋滞知らずで、気分のいい箱根路だった。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)茜色(あかねいろ):#b7282e/R:183 G:40 B:46/H:357 S:78 B:72
2006.04.10
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箱根の山は 天下の険函谷関も ものならず 中学唱歌「箱根八里」(詞:鳥居忱)箱根の山は…神奈川県。。。 ~~~~~結局…3時50分に寝て、7時50分に起床した今日は、細君とともに箱根に行く日である。毎年、細君とは2度ほど旅行に行く。10月中旬と2月頃だ。今年は、2・3月に行きそびれて、この時期になった。結婚して変ったことの一つに………毎年、温泉旅館に泊まれるようになったというのがある。一人ではなかなか温泉旅館に泊まれないこともあるし、結婚するまでほとんど温泉旅館には縁がなかった。一人で唯一泊まったのが、普賢岳が噴火した1991年の夏に「雲仙」と名がついているだけで客足が遠のいた雲仙温泉。普段なら、オンシーズンで一人客お断りの名門「九州ホテル」に一人で一泊した。この時の旅行の目的は、雲仙の噴火災害の様子を目にしておくことと、それに伴って現地の人がどのような反応を示しているのかを見ることだった。小生なりに捉えたその様子は、それから数年後、とある本に紹介しておいたので、災害地に行った意味はそれなりにあったと言える。それ以来、温泉旅館に泊まったことは数回。結婚してからは毎年。なんとも嬉しいことである。さてさて、起きてから、まずは原稿の発送準備。そして旅行の準備。一泊だから、そう大したこともなく、パパっと準備して、遅めの朝食をとって10時過ぎには出発。途中、原稿を発送し、ガソリンを入れて、国道134号線を西に。幸いに渋滞は相模大橋を渡るときと、西湘バイパスを早川口で降りるときだけで、後は流れもスムーズだった。箱根の坂を上りながら、気付いたのが桜の様子。下界の湯本あたりでは既に散っていたのが、宮ノ下・強羅あたりの中腹ではちょうどよく、天上の芦ノ湖あたりではまだまだ蕾。山の高さを感じさせる登りであった。さてさて、当初2時間半を見越していた芦ノ湖には12時過ぎに到着。日曜で、天気もよろし芦ノ湖は、車連なり微動だにせず。(↑なぜか、和歌になっている 笑)助手席では、細君が「腹へったぁ」と言い出しているので、すぐさま昼食をとるべく、周辺をウロウロ。箱根は2年半ぶりに来たのだが、大分様子が変っていてなかなか適当な店が見付からず、15分ほどうろついた挙句に、箱根恩賜公園近くの「ブライト」という店へ。パスタを二人で食べた(小生:ペペロンチーノ、細君:ボンゴレトマト)が、味はしっかりしていて、特にトマトソースは酸味もほどよく美味であった。ただ、パスタのゆで加減というか、湯切りの加減が甘くて少しパスタそのものがベタつく感じだったのが残念だった。出発の際………小生が「やっぱり、ここの出発の台詞は『アムロ、行きます』だよね!」というと、細君はキョトン(?。?)店の名前を指し示したら納得していた。さすがは…世代である(笑)。宿は仙石原で16時にチェックインの予定。下調べをなにもしていなかったので、その場の判断で行先を決めることになったが、取敢ず小生の希望で駒ヶ岳ロープウェイに乗ることにして、湖岸を北上。13時40分頃に乗場に到着。駐車場でゴソゴソやっていると、ゴンドラが上がっていった。乗場へ向かうと、15分間隔の運行で次は14時だとのこと。往復のチケットを買って乗場へ向かうと、出発5分前に改札が開き、その場で一組ずつの記念撮影が強制的に撮られた。もっとも、購入は自由だということだが、絵に描いた富士山をバックに、記念撮影をしてもねぇ。。。14時ちょうどのゴンドラは………最初はがら空きだったものの、後から団体さんがゴソッとやってきてすし詰め状態。ちなみに………小生、高所恐怖症で、ロープウェイは実はあまり得意ではない。…なのだけれども乗りたがるところが、我ながら妙である(苦笑)。駒ヶ岳山頂は、箱根神社の奥の院があるところで、観光開発は西武がしているはずなのだが………観光施設は閉鎖で、散策路などもボロボロ。。。人があまり来なくなったためなのかもしれないが、「眺望だけを提供すればいい」という開発側の姿勢が見られて、少々幻滅した。確かに、眺めはよかったのだが、ロープウェイの施設も大分ボロボロだったし、「も少しきちんと手を入れなければ、ロープウェイも赤字だろうね」とは細君と意見が一致。15時のゴンドラで下へ降りて、箱根園で土産物を眺めて、15時30分に出発。仙石原の宿には16時過ぎに到着した。宿は「仙郷楼」、細君が2年半前に泊まりたいと言っていた宿である。予約で、次の間無し10畳の安いプランを組んでいたのだが、部屋はなかなか広く、直近の山側だったものの眺めもそこそこ。小生、寝不足だったので少しばかり体を休めてから、浴場へ。ここの浴場は、大浴場と別棟で露天があるので、露天に入りに行った。露天風呂からの眺めは、正面に金時山が見えてなかなか雄大であった。夕食は18時。先付に出てきた海老が、なんとも可愛らしく飾られていた。料理は、味は十分満足できるものだったが、量も多すぎず少なすぎずでちょうどよかった。なによりも感心したのが、料理を出すタイミング。まるで、部屋の中を見ているのかと思うほど、いいタイミングで出してくれる。細君は「なるほど、人気の宿だということがよくわかる」と言っていた。小生は………なるほど、人気の宿なんだ、と言うことを始めて知った始末。。。2時間ほどの夕食後、しばらくゆっくりしてから再び風呂へ。戻って、テレビを点けるとNHKで「天坑」のことをやっていた。見たかった番組だが、録画予約をしてくるのを忘れたので、途中から見ていた。しばらくすると、細君はテレビのリモコンを手にしたまま睡眠。寝不足のクセして、小生はまだあまり眠くなかったので、しばらくテレビを見ていたが、結局そのまま寝てしまったらしい。テレビは、細君が夜中に消したということである。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)天色(あまいろ):#2ca9e1/R:44 G:169 B:225/H:199 S:80 B:88
2006.04.09
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今も聞こえる あの おふくろの声僕に人生を教えてくれた優しいおふくろ 海援隊「母に捧げるバラード」(詞:武田鉄矢)こら、テツヤ! ~~~~~ずいぶん書けなくて長引かせた論文が、ようやく終盤で徹夜明け。今日は、通称「はなまつり」、正称「降誕会(ごうたんえ)」つまり、お釈迦様の誕生日である。そして、弟のところのチビ(3歳)の幼稚園の入園の日でもある。甥っ子の入る幼稚園は、我が家の近所のお寺がやっている幼稚園。4月8日の降誕会は、こういうときによいきっかけを与えている。入園式は10時からということで、9時30分頃、弟一家が揃ってやってきて、玄関前で記念撮影。その後、いそいそと入園式に出掛けていった。終わって11時頃に再び参上したようだが、小生は仕事に熱中していて気がつかなかった。。。昼が過ぎて14時には細君が散髪に出掛けていった。その15分後くらいから………猛烈に風が吹き、雨も降った!!!まるで嵐の状態。20分ほどすると、俄に雲が晴れ「やれやれ」といったところ。降り続けていれば、細君を迎えに行かなければならないところだった。やがて、15時過ぎに細君帰宅。16時頃に再び猛烈な風雨があって、20分ほど経つと、またカラッと晴れた。。。妙な天気である。今夜は甥っ子の入園祝いで、寿司をとることになっていたので、16時30分頃に、寿司屋に寿司を注文しに行った。その寿司は18時頃に届き、弟一家も再び参上。みんなで祝膳となったが、肝心の主賓は、寿司そっちのけで嵐の如く歌い踊っていた。。。入園式の様子を聞くと、ずーっと泣きっぱなしで周囲の視線を集めていたとのこと。緊張がかなりあったようだ………で、そこから解放されて、気分晴れ晴れと放歌していたらしい。放歌のクセは、どうやら弟に似たのではないかというのは、母と小生の同じ意見だった。これから、どこまで弟に似るのか、興味津々である。 ~~~~~明日・明後日と出掛けるので、今夜中に論文を仕上げて送信しなければならない。目標就寝時間は1時なのだが。。。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)鉄色(てついろ):#005243/R:0 G:82 B:67/H:169 S:100 B:32
2006.04.08
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夜になお ざわめく者よ魔法使いよ 悪魔よあるいは闇の天使よ 小椋佳「いつの日か旅する者よ」(詞:小椋佳)夜に浮かぶ、薄青い桜。 ~~~~~今日は良い天気だったものの、ちょっと肌寒い日でもあった。母の風邪は一向によくならない。腹は、もう治ったのだそうだが。昨日と同様、こちらは一日、部屋で仕事。途中で、民主党の代表選挙を見たが、それ以外はほとんどパソコンと御対面。インターネット検索のついでに、時折ブログを覗きに行っていた。締切を大きく過ぎた論文………ようやく、目処が立った。なんとか、明・明後日には出せそうである。 ~~~~~今回の民主党代表選挙、小沢一郎に決したのは妥当な線だろう。上手くいけば、党勢回復に政権交代。失敗すれば「やっぱり小沢だからなぁ」で片がつく。小生としては、小沢氏の馬力で、政権交代可能な党に実力を伸ばすことを期待するところだが。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)花色(はないろ):#4d5aaf/R:77 G:90 B:175/H:232 S:56 B:69
2006.04.07
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桜の木の爛漫と咲き乱れてる 小暮伝衛門「桜の森」(詞:小暮伝衛門)偶然撮れたのだけれども、グラデーションが綺麗でしょ?でも、ピンぼけ。。。 ~~~~~昨日の雨に対して、午前中は良い天気。インド帰りの母は、体調不良のまま。腹も下していると言うことだ。ギョッとして訊ねてみると、インドを発つ日の朝食で、苺ジュースを飲んだのが原因らしい。一口飲んで「おかしい?」と思ったのだが、そのまま飲んでしまったとのこと。まったく………第三世界には何度も行っているくせに、危険に対する認識が甘くて困ったものである。それでも、朝昼抜いた関係で、夕刻には腹具合は回復したそうだ。ただし、夕食は念のためお粥を食べていたが。こちらは一日、部屋で仕事。昨日、昼過ぎまで外出し、その後自宅で研究所の急ぎの仕事をしていて、締切をとっくに過ぎた論文なかなか書けないでいる。今日も、夕刻まで研究所の仕事にかかっていて、日暮れ頃からやっと論文に取りかかっている始末。行き詰まるから、余所見も結構していて、その所為で遅れているのもあるのだが。。。それにしても、夕食を食べてから6時間………腹減ったぁ。 ~~~~~そういえば、デーモン小暮って「小暮伝衛門」を名乗ったときには、「閣下」と呼ばなくても怒っていなかったなぁ(笑)。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)薄花桜(うすはなざくら):#5a79ba/R:90 G:121 B:186/H:221 S:51 B:73
2006.04.06
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「それは君、人を食っているのさ」と、吉田はからからと笑った。 戸川猪佐武『小説吉田茂』横須賀上空から大磯を望む。 ~~~~~雨天を衝いて、母が、インドから帰ってきた。飛行機はインド時間で離陸したようで(笑)、それでも急いで飛んで成田の到着は30分の遅れに収まったようだ(爆)。行くときにに引きかけだった風邪は、少々悪化しているようである。夕食はお粥。風邪の具合と、インドでカレーなどの濃いものを食べていたこともあって、あっさりしたものになった。 ~~~~~カレー好きの小泉総理が、在職日数1806日で、戦後歴代3位の中曽根総理の記録と並んだそうである。明日には、単独3位となる。NHKの「ニュースウォッチ9」では、小泉首相の政治のやり方を中曽根型だと評していたが、常々小生が感じているのは吉田型ではないかということだ。その理由は3点。1.旧来の党内状況にとらわれない閣僚人事と党内人事。2.強力なトップダウン型の政策展開。3.反小泉派との妥協の拒否。昨秋の総選挙以降は、これに「小泉学校」の開始が加わる。。。吉田茂が自由党総裁であったとき、強力なライバルとして鳩山一郎がいた。三木武吉・河野一郎とのトリオで吉田に対抗。戦前の政党人の自負の許に、「新人」にして急激に勢力を伸ばす吉田に対して、「抵抗勢力」を貫き通し、やがて自由党から分離、民主党に合流するに至る。彼の鳩山は、公職追放のために公党である自由党総裁を降りなければならず、吉田に後を一任した。吉田との約束は、公職追放が解除されたときに自由党総裁を鳩山に譲るというものだったそうだ。しかし、吉田は鳩山の公職追放解除後も鳩山に総裁の椅子を譲ることをしなかった。つまり、鳩山との約束は反故にされたわけである。小泉首相が総裁戦に臨んだとき、亀井静香との政策に関する約束があったそうだが、総理・総裁になった小泉首相は、その約束を反故にしていると昨日の「ニュースウォッチ9」で解説をしていた。鳩山が最終的に意固地になって反吉田を貫き離党したのは、吉田との約束が果たされなかったためだが、先の選挙で亀井氏が反小泉を貫き離党したのも、これと似たようなケースのように思える。その小泉首相は、系列的には反吉田学校系の旧民主党岸派の流れに属している(岸派→福田派→安倍派→三塚派→森派)。旧自由党系(吉田学校)、旧民主党系という線引きは、派閥の系列としては残っていても、合従連衡の様子を見ていると、中曽根首相時代に「中曽根派-田中派」連合ができてから自民党の中では死滅しているような状態だから、「吉田学校」系列か否かという捉え方はいささか時代錯誤のような気もするのだが。ただ、「吉田学校」が官僚出身政治家の集団だとイメージされていることからすれば(実際には旧民主党岸派、中曽根派いずれも官僚政治家派閥)、小泉首相の在職記録は異例のこととなる。 第1位の佐藤栄作は運輸官僚(旧自由党吉田派系)。 第2位の吉田茂は外務官僚(旧自由党吉田派系)。 第3位が小泉首相で党人(旧民主党岸派系)。 第4位の中曽根康弘が内務官僚(旧民主党中曽根派系)。 第5位の池田勇人が大蔵官僚(旧自由党吉田派系)。ちなみに在職1000日を越えたのは、残り岸信介でこれも内務官僚(旧民主党岸派系)。党人出身の首相は、橋本龍太郎(旧自由党吉田派系)が932日で小泉首相以前の最高だった。官僚系統と党人系統の違いはあるものの、吉田と小泉首相との間には、歴史を強く意識している(だろう)という共通点が伺える。その意識は、「やることはやる、評価は後で歴史の中で決まる」という点に尽きる。もちろん、内閣の支持率が政策実行に欠かせないことを知らないわけではないから、小泉首相も支持率を上げたり維持するためにいろいろと方策(言ってしまえば「こすい手」)を使っているが、単なる人気取りの政策だけでは国民に痛みの負担を訴え続けることはできないだろう。彼は、彼なりに国家百年の大計を慮っている。だから、近視眼的で、国民に迎合することしか言わない野党よりも強い姿勢でいられるのだ。いずれにせよ、一国の最高責任者である総理大臣の職は激務である。彼の頭が、在任中に急激に白くなったのを見て、その「本気度」を理解せずにはいられない。評価は、歴史の中で決まるのである。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)紫紺(しこん):#460e44/R:70 G:14 B:68/H:302 S:80 B:27
2006.04.05
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おしりだって洗ってほしい TOTOウォシュレットCMコピー(1982年)思った通り、設置されていた! ~~~~~研究所の用事で、秋葉原のヨドバシカメラへ行った。ちょっと、用事が腹にできたので(笑)、トイレへ向かった。入る前に、ふと思ったこと。「ウォッシュレットの展示販売をしているのだし、新規開店なのだから、もしかするとウォッシュレット設置では?」………大当たりィ!アキバのヨドバシカメラにはウォッシュレットが設置されていた!ただ、各個室を見比べてみると、みな同じ型のウォッシュレットだった。で、さらに思ったこと。「これがねぇ、個室に型番が示してあったり、個室毎に別々の型のものを設置していれば、いい試用品になるのだけれどもねぇ………」つまり、ウォッシュレットなんてものは、いくら展示してあっても、実際に使ってみなければ使い心地が判らないのである。それは、機種の選択に影響するのだ。しかしながら、ウォッシュレットの試用の機会は、店頭でするわけにはいかない。ということは、使い心地を確認するのは、大抵、設置してからなのである。だから、トイレに入ったとき「これはウォッシュレット○○型です」などと個室に張り紙がしてあれば、いい試用の機会となるだろう。………個室のひとときは、いつもながら思考のひとときでもある。なお、設置されていたウォッシュレットは、「ウォッシュレットP TCF581M」型だった。。。 ~~~~~【今日の色】(「カナ色大辞典」による)マリンブルー(marine blue):#006888/R:0 G:104 B:136/H:194 S:100 B:53
2006.04.04
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ああ僕の時計は あの時のまま風に吹きあげられた ほこりの中 吉田拓郎「春だったね」(詞:田口椒子)日中はまだ風も強くなく、お花見日和だったのだが。。。 ~~~~~昨日の嵐が嘘のような良い天気。午前中から気温も上がり、ポカポカ陽気でいい気分である。………こりゃ、春の空というよりは、初夏の空だなぁ。。。そこで、昨日取りに行けなかった、たんまり出してあるクリーニングを午前中に受取りに東逗子のスーパーへ。途中、イトーピアの坂を見ると桜のトンネルになっている。逗子だと、ハイランドの坂と、このイトーピアの坂が、桜ではもっとも見応えがある。まぁ、車の流れがあるから、後で撮影することにして、とにかくスーパーへ。外の駐車場に車を駐めて、スーパーに向かう途中、脇を流れる川(どぶ川なんだけれども。。。)をひょいと見ると、菜の花が満開であった。上手く撮れば、とてもどぶ川の菜の花畑だとは思えないほど、見事な群生!クリーニングは、大量に出したがために受取りに時間がかかるというので、イトーピアの坂まで桜の撮影。冒頭の写真は周囲をカットして車が入らないようにしているが、トンネルを実感させるのはむしろ下の写真かなぁ?んー、信号待ちでどうしても車が並んでしまうのが、残念。。。で、クリーニングを受取って、自宅に戻り、も一度街中に買物に出て、さらに自宅に戻り、その合間に仕事をして、15時過ぎに研究所へ出勤。今日は、18時から研究所で行なっている公開講座のガイダンスがあるので、その手伝いである。日中があまりにもいい陽気だったので、コートを羽織らずにいったのだが、お茶の水に着くと風が強くなって、少し肌寒かった。「こりゃ、失敗」と思っても、もう後の祭。21時を廻ると想定される帰路の覚悟をして研究所へ。ガイダンスは、神田明神の施設を借りて行なったが、その明神様の境内はちょうど花見の真っ最中。よく見てみると、やはり寒いのでコートを羽織った人がそれなりに。夜分は風が強かったので、紙コップや紙皿が、時折、人の間を舞っていた。花見をするのも、楽じゃないねぇ(苦笑)ガイダンスの後、職員の新年度の顔合わせの宴席があって、20時過ぎに解散。研究所に片付に戻って、帰路についたのが21時過ぎ。夜の風は、やはり寒かった。。。。。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)菜種油色(なたねゆいろ):#a69425/R:166 G:148 B:37/H:52 S:77 B:65
2006.04.03
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夜來風雨聲花落知多少 孟浩然「春曉」2月の東福寺の調査と同じく、雨散々。 ~~~~~一日、自室で論文書き。午前中の天気はそうでもなかったが、鈍色の空も夕刻から雨・雨・雨。夜分には雷はビカビカ、風はビュービュー………春の嵐の凄まじいのなんのって。パソコンの電源を切るべきか否か、大分迷ったものの、結局切らずに仕事続行。花は、大分散ったのだろうか。。。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)鈍色(にびいろ):#727171/R:114 G:113 B:113/H:360 S:0 B:45
2006.04.02
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【業務連絡】ハワイイさま3月30日の日記に「懐かしい」という嬉しいコメントを頂いたのですが、肝心のK大の桜の写真を載せていませんでしたので、ちょっと御紹介します(^o^)この桜、入学式まで保てばいいのだけれども。。。なお、桜の背後の建物は本部棟です。小生が中学生のときに建てていました。………既に25・6年は経っているんですねぇ。。。
2006.04.02
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お山もみどりになりましたさくらのはなの段葛 (旧)横浜国立大学教育学部附属鎌倉小学校の入学式の歌(題名・作詞者ともに忘却)実際には、もちょっと明るいのですがねぇ。。。 ~~~~~今日は夕刻より細君の実家に行くことになっている。正月明けに行ったときに話題になった「キムカツ」を食べるためである。17時頃に実家に到着すればいいとのことだったので、15時30分過ぎに自宅を出発。途中、若干の渋滞があったものの、17時ちょうどに到着した。しばらく通っていないが、細君の実家へ行く行路は、水曜日にK女子大に行くときに使う道でもある。もうあと2週間もすれば、また毎週通ることになる。さてさて、今年はあわてて通る道になるやら、ゆったりと通る道になるやら。。。(あわてて通る方に、5000点! 苦笑)キムカツのお店(三裕)の予約では、18時から18時30分の間に着けばいいということだったので、17時30分過ぎに出ることにして、目の前にあった栗最中を一つ頂戴した。ちなみに、細君は、朝食が遅かったこと(9時30分)、昼食も遅かったこと(13時)もあって、あまりお腹が空いていないということだった。小生が、栗最中を食べると「大丈夫? カツ、食べられるの?」と訊いてきたので、当然の如く「別腹だぁ」と答えておいた(笑)。さてさて、17時40分に、両親と義妹を乗せて、合計5名で三裕に出発。途中の(横浜市)環状4号線は桜並木のあるところで、昨日のお江戸の様子だと、こちらもずいぶん見頃のことが想定された。………事実、最高の状態だった!運転手であったことと、夕暮れ時だったので写真に収められないのが、すこぶる悔やまれる。。。その環状4号線を突っ切って、保土ヶ谷バイパスを渡ったところに目的の三裕はある。到着は、18時10分。早速、部屋に通されて、みんなでメニューを見ることしばし。ここのキムカツは、プレーン、黒胡椒、ガーリック、ねぎ、梅じそ、チーズと6種類あって、このうちねぎを除く5種類が選択された。15分ほど待って、キムカツがやってくると、それぞれに旗が立っている\(^o^)/見分けが付くように、ということだと思うのだが、お子様ランチを想像して心ウキウキ。食べてみると………ジューシーだが歯ごたえがない。肉の薄さからすると、しゃぶしゃぶ肉を層にしてカツにしたもののようである。 なるほど、これが噂のキムカツかと、一同であれこれ批評しながら、それぞれの注文品をトレード。小生としては、味の具合では、1位梅じそ、2位黒胡椒、3位ガーリック、4位チーズ、5位プレーン、といった感想である。歯ごたえがあまりないのは、ちょっと残念だったかな。それでも、キムカツを十分に堪能し20時過ぎに店を後にして、再度、環状4号線の今度は夜桜をこちらも堪能しながら細君の実家へ。ちょうど義母が鹿児島へ行ってきたというので、土産にかるかんを頂いた。その時、テレビでやっていたのがTBSのオールスター感謝祭。赤坂ミニマラソンに入ろうという頃だった。見ていると、猫ひろしが大健闘。大して(というか、全く)面白くもない芸人だが、その奮闘振りにみんなで大声援。実況の「猫まっしぐら」には、ちょうどかるかんを頂いたときに細君が口走っていたので、大ウケけした。そういえば、金曜日だったかの読売新聞に載っていた日本テレビの広告に「猫の手も借りたい」と猫ひろしを使ったものがあったが、あれもずいぶんと面白い広告だった。いつもならば21時には退散するところ、その後もみんなでテレビを見ていたので、珍しく22時過ぎに退散。帰路、細君が段葛の夜桜が見たいというので、寄道して散策。23時を過ぎていたのに随分の人だった。さらについでに、その帰路に、鎌倉・逗子ハイランドを通って、こちらも桜のトンネルを堪能。昨日今日と、桜にあふれた二日となった。 ~~~~~【今日の色】(「和色大辞典」による)長春色(ちょうしゅんいろ):#c97586/R:201 G:117 B:134/H:348 S:41 B:79
2006.04.01
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