今でこそ人類は地球上で最も力を持った生物で70億もの人口を誇っていますが、15万年前には、アフリカ大陸の一隅でほそぼそと暮らしていた人類の一つの種に過ぎなかったそうです。
そんな私たちの祖先「ホモ・サピエンス」が、どのような力により他の人類種や多くの動物種を滅ぼし、地上を制覇することが出来たのか?という疑問を投げかけるところからこの本は始まります。
ホモ・サピエンスという名前は知っていたものの、ネアンデルタール人などとの差異などは全然知らない私には、生物史的なロマンがあって面白そうな本だなあ・・・ということで読み始めたのですが、読み進めるほどにぐいぐいと筆者の世界に引き込まれ、読み終える頃には自分が見ているつもりだった「世界」の姿を大きく揺さぶられてしまうという(あるいは引っくり返されてしまう)、凄い本でした。
訳者あとがきに次の文章が書かれています。
読書の醍醐味の一つは、自分の先入観や固定観念、常識を覆され、視野が拡がり、新しい目で物事を眺められるようになること、いわゆる「目から鱗が落ちる」体験をすることだろう。(中略)まさにそのような醍醐味を満喫させてくれるのが本書『サピエンス全史』だ。
全く同感です。
歴史学上の事実を元にした著者の鋭い観察眼による考察・指摘は、今までに私が触れたことのないものばかりで、読んでいく度に目から鱗がぽろぽろとこぼれ落ちていくのを感じました。
読み進めていくうちに、全く違う角度から照らし出された世界の姿が次第に見えてくるんですね。
あるいは、これまでに自分が読んでいた本や触れた知見、体験的に感じていたことが「物事の成り立ちからシンプルに考えると、それはこうなんだ」という本書がもたらすヒントによって再整理され、見たことのない形に変わっていくような体感がありました。
印象的だった内容「ホモ・サピエンスの認知革命と、虚構について語る能力」
本書では、15万年前から現在に至るまでのサピエンスの歴史において、大きく影響を与えたものとして次の3つの革命が挙げられています。
・認知革命
・農業革命
・科学革命
この中で最も私が興味深かったのは「認知革命」でした。
認知革命とは7万年前から3万年前にかけて見られたと考えられている、新しい思考と意思疎通の方法の登場のことだそうです。広く信じられている説としては、偶然の遺伝子の突然変異により(※)、サピエンスの脳内の配線が変わり、全く新しい種類の言語を使って意思疎通をしたりすることが可能になったということだそうです。
(※原則として、動物の行動は基本的に遺伝子にコーディングされている能力の範囲に留まるのだそうです。)
ここで筆者が注目したのは、「虚構について語る」能力でした。
「ライオンはわが部族の守護霊だ」という架空の物事について語る能力が特徴的で異彩を放つと筆者は言います。
なぜ虚構を語る能力が特徴的なのか?その問いに対しては「集団で虚構を共有することで、生物が持っている集団形成の限界を突破できた」と説明します。
社会学的には、サピエンスの本来の能力的には150人程度の集団行動が限界なのだそうです。
それが「虚構」を共有することでその限界を突破し、大規模な集団を形成して行動することが可能になり、他の種に対して圧倒的な優勢を持つことが出来たというのが筆者の仮説です。
虚構というのは社会であったり、国であったり、宗教であったり、貨幣であったりと様々な形を取りますが、筆者はいずれも自然には本来無い、人間の想像の中だけにある存在であると説明します。そして、それらは非常に効率的に作用する機能であり「想像上の現実」として力を持っていると続けます。
この考え方に触れた時、私は脳内に電流がスパークするような錯覚を覚えました。
自分にとって(おそらく多くの現代に生きる人間にとって)存在することが当たり前になっている国や宗教、社会、経済などあらゆるものがサピエンスが作り出した「虚構」であり、「想像上の現実」なのだということを告げられ、自分の世界が大きく揺さぶられたことを実感したからです。
例えるなら、映画「マトリックス」で死から復活したネオの目に世界が0と1というデジタル情報として見えたときのような・・・。
この考え方は実は色々な本で読んだことはありましたが、あくまで個人の考えのレベルであり「本当かなあ?」「そういう事もあるかもしれないけどなあ」と腑に落ちることはありませんでした。
しかしこの本では、生物学と歴史学、社会学など複数の視点から根拠と考察を重ね、客観的な視点から仮説を提案しています。
知識としてだけでなく、体感的に「分かった」とさせるほどの説得力を私は感じました。この本の凄いところです。
それ以外にも本書には目から鱗の内容が多く記載されています。
最後まで興味深く読むことが出来ました。これまで自分が知っていると思っていた歴史や人類の発展とは全く違う視点で綴られた内容とその威力に、恥ずかしい話ですが読破した夜は高揚感で中々寝付けませんでした。
正月休みの間で良かったと思います。
万人に勧められるかどうかは分かりませんが、これは実りの大きな一冊です。
その他、感じたことの追記。
全ての章を通じて、筆者の考察は理性的で客観的だと感じました。
過去や現在を理想的に語るのではなく、事実をあくまで事実として捉え、自然は自然として捉えようとしていると感じました。
そうすることでサピエンスが急激な変化を遂げた原因と、それらがもたらした効果とを解き明かしていくことのみに集中したという印象です。
だからでしょうか。
筆者が何を考え、伝えようとしているのかということが読むだけで伝わってきたと感じました。
また、この本がなぜビジネス書のコーナーに並んでいたのか不思議に思っていました。
学術的コーナーじゃないのか?と本のタイトルと表紙を見た時には思ったものですが、読むとその理由が何となく分かりました。
ビジネス書は、大雑把に言えば「これからの世界をどう生き抜いていくか」というジャンルです。
このサピエンス全史は、学術的でありながら「この世界がどういう構造で成り立っているか」ということを書いた本であり、ビジネスのヒントになるエッセンスが十分以上に詰まった本だからビジネス書だ!という事なんだろうなあ、いうのが私が考えた理由です。
世界を知ることは、そこで生き抜くことの最も基本的で必要不可欠な事です。
この本を読んで世界の見方を変えてみることをお勧めします。