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2019年04月24日

「震災の日の昼食はラーメン」 —些細なことも長く鮮明に記憶する理由

最終的には、心の働きの脳内メカニス?ムについて述べていきます。

記憶を作り変える?C


—些細なことも長く鮮明に記憶する理由



覚えていたりする。
大地震の起きる前に、よく行く馴染みの店でラーメンを食べたというような記憶だ。
なぜ、こんなことが起きるのか、その理由が見えてきた。

海馬などの1つひとつの神経細胞には数万個のシナプスがあり、これを介して他の神経細胞と連絡して
いる。
複数のセルアセンブリに属する神経細胞は、個々のシナプスでつながる相手が決まっている。
シナプスAでは記憶Aのセルアセンブリと、シナプスBでは記憶Bの神経細胞グループとつながると
いった具合だ。
これを可能にしているのは、特定のシナプスを識別する仕組みだ。

この仕組みで、強烈な体験の前後にあった些細な出来事をいつまでも鮮明に記憶していることを
説明出来る。

特定のシナプスを識別する仕組み

?シナプスから入力があると、そのシナプスのゲートが開き、核に向かって信号が届く。
?信号を受けて、記憶保持に必要なタンパク質PRPが合成される。
PRPは全てのシナプスの入り口近くまで届けられるが、ゲートの開いているシナプスのみ
入っていく。

たまたまゲートが開いていると……
?昼食にラーメンを食べたといった日常的な些細な記憶の入力では、ゲートは開くが、
記憶保持用タンパク質は作られない。
?その直後に、大地震のような強烈な体験があって長期記憶保持用タンパク質PRPが作られると、
大地震体験のシナプスだけではなく、たまたま開いていた日常的体験のシナプスにもPRPが入り込む。
こうなると、本来は数日で忘れるような記憶が、いつまでも保持される。

シナプスタグの実態は?

20年前に提唱されたこの説は、今でも有力だ。
私たちは、その検証を行い、タグの実態を突き止めようとした。

まず、記憶保持用タンパク質の一種である Vesl-1S(Homer-1a) の働きを顕微鏡で追跡した。
そして Vesl-1S は神経細胞の細胞体の部分
で合成された後、全てのシナプスの近くまで運ばれていることを視認した。

シナプスには、情報の送り手側と受け手側になる神経細胞があり、受け手側のシナプスには
「スパイン」というトゲのような突起になっている。
私たちは、 Vesl-1S が全てのスパインの
入り口近くに達するものの、中にまで入っていくのは入力を受けて活動したスパインのみである
ことを見出した。

スパインの入り口にゲート(門)があり、シナプスが活動するとこれが開いて記憶保持用タンパク質
を中に通す。
フライとモリスが想定したシナプスタグの実態は、スパインの入り口にあるゲートだったのだ。
このような仕組みで特定の記憶だけに対応するシナプス特異性が保障され、それぞれの記憶は混線する
ことなく正確に蓄えられる。

ここで先ほどの問いに戻ろう

行動タグに見られる本来は短期記憶で終わるもの(昼食の内容やマウス実験での盃などの新しい物)
が、なぜ長期記憶となったのだろうか。
この謎はシナプスタグで説明できる。
神経細胞では以下のようなことが起きていたのだと考えられる。

まず、昼食にラーメンを食べたことやマウス実験での新しい物など、短期間覚えている程度の弱い
信号が、ある神経細胞のシナプスAに来る。
この入力によって、シナプスAのスパインのゲートは開くが、長期記憶保存用のタンパク質は作られない。

その前後1時間ほどの間に、大地震やマウス実験での隙間だらけの床といった強烈な体験による
強い信号が、同じ神経細胞のシナプスBにはいる。シナプスBからの信号を受け、細胞体で記憶保持用
タンパク質が合成される。

些細なことの記憶を担っていたシナプスAのスパインにも記憶保持用タンパク質が届き、たまたま
ゲートが開いていたためこれを取り込み、シナプス結合が強化される。

短期的なシナプス強化で終わるはずだったシナプスAの強化が長期的に持続するようになり、
ラーメンを食べたことやマウス実験での新しい物の記憶が長期化する。

ゲートの実体やこうしたシナプスレベルでの仕組みが、記憶どうしの連合の仕組みとして一般化
できるかどうかは今後に残された課題である。

新しい技術が研究を進める

ここ10年ほどの記憶研究は驚くべきスピードで進んできた。
新しい実験技術の開発が、従来はアプローチできなかった疑問に取り組むことを可能にしているのだ。
特に、神経細胞の活動を光のオン・オフで制御できるようにした光遺伝学と、今回は紹介しなかっ
たが、超小型内視鏡を用いた脳内の神経細胞活動のリアルタイム可視化技術の登場は大きい。
これらの技術は、今後も脳科学研究に大きなインパクトを与えるだろう。

脳は情報を細胞集団としてのセルアセンブリという形で符号化して処理する。
そのセルアセンブリはシナプスどうしの得意的な結合で形成される。
リアルタイム可視化技術は、それらの現象を目で見える形で提供してくれるが、得られたデータは
膨大なものとなる。
今後は、ビッグデータの数理的な解析が重要になってくるだろう。(了)

著者 井ノ口薫(いのくち・かおる)
富山大学大学院医学薬学研究部(医学)教授。
専門は分子脳科学。
名古屋大学農学部を卒業後、同大学大学院農学研究科で博士号を1984年に取得。
米コロンビア大学医学部、三菱化成生命科学研究所などを経て、2009年より現職。
分子生物学・生化学から細胞生物学・組織化学・電気生理学・光遺伝学・行動薬理学までの
幅広い手法を用いて、記憶形成メカニズムを研究している。
もっと知るには…
『記憶をあやつる』、井ノ口薫著、角川選書、2015年。
『記憶をコントロールする:分子脳科学の挑戦』、井ノ口薫著、岩波科学ライブラリー、2013年。

参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
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タナカマツヘイ
総合診療科 医学博士 元外科学会専門医指導医、元消化器外科学会専門医指導医、元消化器外科化学療法認定医、元消化器内視鏡学会専門医、日本医師会産業医、病理学会剖検医
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