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長野県・飯島町_story(2638) 2012.2.26階下ではさきほどから賑やかな笑いが起こっている。長女と次女とカミサンの談笑である。次女は農水省の役人らしく日本のお米をたらふく食っているらしい。ぷっくらと太って帰ってきた。八王子で明日から研修だという。この次女はカミサンのcopyのように性格が似ている。お互いにO型を謳歌するがごとく笑い上戸である。長女はツンツンしていたが、さいきんめっきり丸くなった。アラフォーの領域でありつつ、万年大学院生でもある。コロコロとコオロギのように笑う暇があったらさっさと博士論文を書いて巣だっていってもらいたいものだ。庭では”一週間で大きくなる筈”であった”キャベツ”が冬眠から覚めたのかようやく葉っぱが2,3枚増えてきた。ちょうど無給になる4月頃、我が家の貴重な食料源となる筈である。いじらしいものである。アルペインルート:県道15号(はなの道)道の駅 花の里いいじま から南アルプス赤石岳方向曇りの日の南アルプス塩見岳(3052m)から小河内岳(2801.6m)、板屋岳(2646m)、荒川岳(3141m)、赤石岳(3120.1m)の方角であるが、頂上はことごとく雲に隠れているため特定できない。昨夏、往復縦走した山々である。天竜川にむけて傾斜地に家々が輪郭をなす。徒然の記 ミニクラッシックコンサート 2012毎年2月終わりか3月初めに市民響ではミニクラッシックコンサートを開催しているが、今年は4年ぶりに府中の森芸術劇場 ウィーンホールで開催できた。このホール、日本で数多くあるホールのうち、音響の良さでは、大阪のザ・シンフォニーホールなどと、3本の指に入るというお墨付きのホールである。ここで演奏会が出来たということはなかなか意義深い。まぁ。15ケ月前の抽選で決まるが競争率は相当なものである。今日(2/26)は、東京マラソンの日と重なったが、turbo717はマラソンのエントリーを忘れたため出場できず(といっても競争率9倍以上)、ホールの音響の良さに酔いしれていた。今日の演目は・弦楽アンサンブル:G・ロッシーニ:弦楽のためのソナタ第一番ト長調(vn6,Vc2、Kb)・管弦楽アンサンブル:J.D.ゼレンカ:トリオソナタ第2番ト短調ZWV181(ob2,Fg,Vc、Kb チェンバロ)・フルート四重奏:W.A.モーツァルト:フルート四重奏第4番(Fl,Vn,Va,Vc))・トロンボーンアンサンブル:E.クレスポ:低音金楽器の為のブルックナーエチュード、S.フェルヘルスト:A Song for Japan(tb8)・合唱:W.A.モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス、作詞 高野辰之 作曲 岡野貞一 :ふるさと(・・・turbo717の出演)・合奏協奏曲:J.S.バッハ:ブランデンブルグ協奏曲第5番 BWV1050(チェンバロ、Vn,Fl+弦楽合奏)という盛沢山なプログラムであった。全曲あるいは、1,3楽章、や1,2楽章の抜粋であったがたっぷり2時間 超満員のお客様に喜んでいただけたか。アンケートが楽しみである。W.A.モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプスは亡くなる直前の46小節の珠玉の曲である。S.フェルヘルスト:A Song for Japanは、東日本大震災被災者の方々のため世界中のトロンボーン奏者が音楽で応援しようと、立ち上げられたプロジェクトで生まれた新曲である。人間の声に近いといわれるトロンボーンで頑張れ日本を届けたいと思って選んだ曲である。ブランデンブルグ協奏曲第5番はハープシコード、Violin、フルートのsolistが登場する華々しい曲であるが、なかでもハープシコードの長いカデンツアは圧巻であった。普段はViolaを弾くTさんが見事に弾き切った。ふるさとは最初の16小節をsoloとしてソプラノのMさんがホールを鳴り響かせ感動ものであった。彼女も普段はViolinを弾く。合唱団は創立2年で、普段は全員楽器を持つが、みごとな歌唱力で、アヴェ・ヴェルム・コルプスを歌い切った。この市民響(府中市民交響楽団)、エンタテーナー揃いである。感激!Picture1(sketch-direction 148° pm4:10 Sketch point:Central-Alps,Sengaire,Minamikomagatake,Iijima town,Nagano Pref.JapanGPS 35.660853,137.911175(35°39'39.07" N,137°54'40.23" E)標高705mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうちGPS情報(ex. 35.626156,139.227728(°))を、Google Earthのジャンプboxに貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Feb 26, 2012
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長野県・駒ヶ根_story(2511) 2011.10.22久しぶりに新幹線に乗った。橋本(5:36)→新横浜→名古屋→中津川(9:05) 所要時間3時間27分。なんと、車よりも早い!車の場合は3:10-7:30 4時間20分もかかっている。途中休憩1時間を含むため正味はあまり変わらないが。電車の場合は何かと雑音が多い。名古屋からの中央線がいけない。携帯をおばぁちゃんやおじさんが車内で何回もかけている。袋から取り出す携帯のストラップに付いているジャラジャラもうるさい。新幹線はさすがに快適だ。定刻通りに走るため今や世界のびっくり仰天アイテムになっているという。「大阪を出た瞬間に、東京到着時間が告げられた」と興奮気味に話す外人。我々は当たり前であろうが、他国からは驚愕をもって受け止められているようだ。今日もこうだ「三河安城を定刻通り通過しました。10分後名古屋です」という。3分前に再び放送が入る。当たり前の事に慣れっこになっている日本人にすきはないだろうか。何もかもうまく行っている世の中が、地震など災害でひとたび狂い始めたら「右往左往してしまう日本人」に仕上げられてしまっているのではないだろうか?とふと思った。駒ヶ根市から南アルプス am6:20中央が北岳その左は、仙丈ヶ岳その右は、間ノ岳さて、中央道をこの水曜日の朝、走っていたのだが、北岳の南稜線から朝日が登ろうとしていた。西の空には、いわし雲が浮かんでいる。あまりの快晴に駒ヶ根ICを下りてしまったのだ。いつもの駒ヶ池に行くために。途中バックミラーに映った南アルプスの稜線が、逆光になって黒々と浮かんでいる。高度を上げるにつれ、一段とはっきりしてきた。いつもの例として、車を止めるような場所はない。駐車場の空きスペースを間借りさせてもらって元来た道を走った。バックミラーから見えていた場所に戻る。6時20分である。 Picture1(sketch-direction 240°am7:45 Sketch point:Minami-Alps,Komagane-city,Nagano Pref.JapanGPS 35.741364 ,137.895564 (°)(35°44'28.91" N,137°53'44.03" E)標高818mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうちGPS情報(ex. 35.596206,139.335897(°))を、Google Earthのジャンプboxに貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Oct 22, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行 番外編_story(2463) 2011.9.4台風16号和歌山県新宮市、那智勝浦町井関、三重県紀宝町、美浜町、奈良県十津川村での大災害。熊野川氾濫、那智川氾濫など大小の河川で増水が続く。これらの地域は、すべて今回の「熊野古道の旅」で訪れようとしている町々だ。鉄道、道路も寸断されている。9月13日岐阜県中津川市からスタートしたいと思う旅は断念せざるを得ないだろうか?なんという大雨だ。この6日で1600mmも降った上北山村は年間雨量の7割に達するということである。もともと大台ケ原を控えており日本一雨が多いところゆえ河川流域では万全の備えが出来ているのではと思うが、集中した雨には一たまりもない。想定を超える気象現象がここ10年で一層激しくなっているように感じる。如実な現象でいえば、拙宅の車用の「傾斜ブロック」が道路に沿って30mも流される事件が頻発。以前は年1回程度であったものが。固定する紐を取り付けたため昨夜の豪雨には流されずにすんだが・・・。南アルプスでも、山小屋の主が言っていた。天気がこの10年おかしいと。山の頂上が晴れる日が少なってきているのだと。朝晴れていても持つのは午前10時頃までで、その後はガスってくるという。平地がどんなに晴れていてもである。全体的に雨量が多くなったせいかもしれない。地球温暖化で氷山が解けたため、その水が豪雨となって襲ってくるのではないだろうか。こんなとき大地震が重なれば最悪である。万全の態勢はできているだろうか?ほとんどお手上げの状態ではないだろうか。日本を逃げ出さなくてはならない日がやってくるかもしれない。■さて、話が変わって南アルプス・スケッチ紀行 番外編は未掲載のスケッチを何枚か掲載していこうと思う。15回の連載で書き足りなかった事柄をここですこし紹介して行こうとも思う荒川岳(3141m)下、北西部の大カール左Picture1(2011.8.11 13:00)絵の右上の赤い点が高見山裏避難小屋(高見山はその稜線の左の小山)。(実際は屋根は赤くはない。9年前は赤かった。)カールの右側(2011/8/24に掲載) 中央が小河内岳。最右端が塩見岳。左が板屋岳、さらに左に伸びる凸凹の山々が小日影山(2505.3m)、大日影山■南アルプス縦走123kmの旅の絶景スポットを紹介。ルート:三伏峠小屋→小河内岳→板屋岳→高山裏避難小屋→大カール→(荒川岳)前岳→荒川小屋荒川岳(悪沢岳)の北西大斜面の一つ、最西端のカールが絶景。高見山避難小屋(絵で右上の赤い点(実際は屋根のペンキが剥がれ、黒色、北側は赤い色))の右側が板屋岳に向かう斜面。高山(2292.6m)から伸びる尾根を巻きながらこのカールに到着しても標高差600mのカールの大斜面が待ち受けている。ジグザグ回数150回を超える壮大な登り下りの道である。森林限界の箇所から登り1時間ほどは、頭上にカールの最先端が見えても頂上は見えない。もう終わりであろうと思っても新しい先端が見えてくる。何回か裏切られて漸く前岳(3068m)の岩盤に取りつく。しかし登っていて下をのぞきこむとお鉢状の大カールが見えてくるので素晴らしい景色となる。ガレの辺縁部の先は、大崩落地で、落差1200mとこのカールの底よりもなお600mむ低い箇所に落ち込んでいるのである。空恐ろしい空間である。(Picture1 画面左)番外編続く。Picture1(sketch-direction 300°pm1:00 Sketch point:Itayadake-rodge ,320-0° View from Curl_ArakawadakeGPS 35.485728,138.161192(°)(35°29'8.62" N,138°9'40.29" E)標高2850mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。演奏会のお誘い日時 2011年10月2日(日)13:30開場 14:00開演(16:00頃には終演予定)全席自由(無料公演)場所 府中の森芸術劇場どりーむホール ・・京王線・東府中駅から北に10分曲目:ドビュッシー:小組曲フォーレ:組曲「ペレアスとメリザンド」ラヴェル: スペイン狂詩曲/ボレロ 指揮:高橋勇太演奏:府中市民交響楽団13:30開場 14:00開演(16:00頃には終演予定)全席自由(無料公演)turbo717の楽器・・viola
Sep 4, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行 番外編_story(2462) 2011.9.39月1日 封切りの映画 「ライフ-いのちをつなぐ物語-」を観るついでに、櫻井翔主演の「神様のカルテ」を梯子した。2本の映画の間にはわずか5分しかなかった。割引駐車券の再発行などで駈ずりまわった。嵐の櫻井翔が主演の「神様のカルテ」のほうが先であったため涙を拭く暇もなくビルの間を走り回っていたことになる。南アルプスの傷も癒えたということであろうか。その櫻井翔であるが、こんどはEテレで地域医療の現場を訪れる番組・・「櫻井翔の”いま・そこにいる人々”」に登場ということで9月6日(火)を期待したい。小河内岳(2801.6m)より塩見岳(3046.9mm)と山々Picture1 (5時28分)山々とは・・左から仙丈岳(3033m)、甲斐駒ケ岳(2967m)、北岳(3193m)ー間ノ岳(3189m)塩見岳の背後に3000m級の山々が聳える。「俺たちも忘れるでない!」と主張しているようだ。■南アルプス・スケッチ紀行 番外編は未掲載のスケッチを何枚か掲載していこうと思う。15回の連載で書き足りなかった事柄をここですこし紹介して行こうとも思う。本日のテーマは”非日常性”と”山の絵”について・・昨年のフランス-スペイン巡礼の旅(2010/11/28 総集編参照)と今回の南アルプス(2011/8/19 総集編参照)の旅と似ている点は”非日常”という点である。つまりオン(旅の間)のときテンションが上がって、わいわいがやがやと陽気にフランクに付き合っていても、オフ(日常の生活)に戻った後は音沙汰が無くなるという人達が多いという共通点がある。2000m級の山々では会う人同士、声を掛けあい、助け合い、天使のように振る舞うが、平地に降り立てば、普通の「忙しい人」に早変わりしてしまうのである。今回旅の最終段階、三伏峠から登山口までの下山は実に楽しかった。4人パーティーでは青年、ご婦人2人、老人(turbo717)の4人の即席パーティーであった。その内の一人の女性の職業や習い事の曜日を一発で当てたため、全員卒倒! など抱腹絶倒の旅であった。もう一人の山友達の女性が、ぜひ行きたいという府中の演奏会をここで紹介しておきたい。最下段を参照ください。さて、まずい絵も数だけは2400枚以上このblogで紹介しているが、山の絵のturbo717流の描き方はこうだ。1.まず、景色に感動する。2.立ち止まる。リュックから絵の道具を取り出すが、足の立ち位置は変えない。むしろ仁王立ちのまま、一気に筆を運ぶ。3.5色(magenta、blue,yellow、white、black)の3原色+白黒から、「けしき色」を調合していく。 筆先の色が景色の色と合うまで一気に調合。この手加減が最も難しいが面白くもある。 白を除いて、100%の濃さを100とすると100x100x100x100=1億通りの色が出せる裁断である。白は画用紙の白を使うので基本的には要らない。 淡い黄緑であれば magenta=15、blue=53,yellow=98、white、black 濃い緑であれば magenta=59、blue=78,yellow=71、white、black=20 (どの色にも赤の成分が入る。)4.岡本太郎並みに、地球と遊ぶ という感覚で一気に筆を運んで彩色。5.道具を片づけている間に絵具を乾かす。ビニールに包みこんでリュックに仕舞、足の立ち位置を前進。 二足歩行を継続させ、絵を描いたという痕跡を残さない。先を行く人を追いかける。この間5分。こうすることで、登山コースでの標準タイムに影響を与えることなく、絵が何枚でも描けるのである。Picture1(sketch-direction 40°am7:20 Sketch point:Shiomidake from Kogouchidake-peakGPS 35.537767,138.153139(°)(35°32'15.96" N,138°9'11.3" E)標高2801.6mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。演奏会のお誘い日時 2011年10月2日(日)13:30開場 14:00開演(16:00頃には終演予定)全席自由(無料公演)場所 府中の森芸術劇場どりーむホール ・・京王線・東府中駅から北に10分曲目:ドビュッシー:小組曲フォーレ:組曲「ペレアスとメリザンド」ラヴェル: スペイン狂詩曲/ボレロ 指揮:高橋勇太演奏:府中市民交響楽団turbo717の楽器・・viola
Sep 3, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その15・・8/18(木)_story(2461) 2011.9.2完結編8泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。板屋岳中腹のマルバタケブキPicture1 (5時28分)お花畑が早朝の静けさの中に横たわっていた。高山裏避難小屋を出て20分の箇所森の奥まで花が咲いていた。三伏峠小屋を出て2時間。豊口登山口近くのカラマツ林Picture2(13時55分)三伏峠小屋空の即席4人パーティ。バス停まで10分の林2時20分発のバスには間に合った!■ 8/18(木) さて最終日。当初は19日下山予定としたが、コース長を延長し、日程を短縮して、mapのような経路をたどって最終目的地に出発。高山裏避難小屋は朝4時にランプが灯った。バッテリーからの供給で貴重な電気なのに、大サービスである。一方の男性はコンロを室内で点けて料理を始めた。定番のカレーのようである。本日は荒川小屋までで楽勝と踏んでいる。小屋を5時出発。あたりは薄明るくなってきているのでヘッドランプの必要はない。しばらくするとツワブキに似たマルバタケブキの大群落があった。朝もやの中にボーッと浮かんでいた。絵にちゃんとなるかは疑問であったが、この景色を描かずして先を急ぐこともあるまい。と判断しスケッチ(Picture1)3時間ほどで目的の小河内岳(Mt.kogouchidake こごうちだけ)避難小屋に到着。宮崎駿監督そっくりの小屋の主。奥さんとこぎれいな避難小屋に住まわれていた。ボロ屋の高山裏避難小屋(失礼)とは雲泥の差で、新築のような避難小屋であった。あぁ、この避難小屋にこそ泊まるべきであった。1時間ほど話し込んだが面白い話をいろいろ聞けた。もと塩見小屋の主であったが、従業員に小屋を譲り、この避難小屋に移り住んだという。以前にも避難小屋があったが、廃墟と化していたのを少し位置を変えて新築したという。5日ほど前にあったパーティーはこの避難小屋泊まりであり、モルゲンロート(朝焼け)を見たと感激していたと言うと、あれは本当のモルゲンロートではなかったと言う。草原のような傾斜面に映った影であり、本当は遠くの雲に映る影をモルゲンロートというのだと教えてくれた。カレーライスを注文したが、レトルトのご飯であり、量も多く、食べごたえがあった。昨晩の中華丼とは比べ物にならない。調理するような料理は免許が取れないため提供できないのだと。むしろ免許を取ってしまうと、普通の小屋と変わらなくなり、「避難小屋」の目的を脱してしまうのだということも教えてくれた。伊那市にお住いの方である。小河内岳の少し南側を通るリニア新幹線について言及すると、長野県にできる駅の青写真がないが、もし飯田市にできれば人口50万都市という夢があるということである。小生は、リニアモータで一儲けを考えている。真上に穴を開けて、音を聞かせるのはどうだろう。一回100円くらいで「ゴーッ」という迫りくる音を聞かせるのだ。・・興味なさそう!親戚であったか、就活で70社受けても決まらないのは、あなた方が悪い。老人なのに働きすぎだと説教される。、老人が元気すぎるのが問題だ。若い人に仕事を譲るべきだという。小生も反論。若い先生など5名に権限を委譲してきているし、育てもしているが。と言ったら納得してくれたが・・・。口角泡を飛ばして語り合っているうちに1時間もたってしまった。「貴方はいつもそんな口調なのか?」と言われてしまった。少々熱く語りすぎたか!反省。ナナカマドの実Photo1・・2011.8.18 6:54■9月ともなればナナカマド(7回釜にくねても燃えとされる木)赤く紅葉するが、すでに赤い実をつけていた。すでに黄葉Photo2・・2011.8.18 6:54 ■樺類の木々は黄葉した葉っぱを道に散らし始めていた。上を見上げるとまだ緑色だが、いち早く黄色くなった葉から落葉させ、秋を急ぐ感じであった。2000m級以上のやまは8月中旬から紅葉の準備作業をしているのだなと感じた・鳥倉(豊口)登山口にあった岩石説明図 Photo3・・2011.8.10 11:51(出発時撮影していたもの) これに寄ると、チャートとは石英質の殻を持つプランクトンの死骸が深海底に堆積してできたもの。塩見小屋付近の灰白色で硬い岩石。とあった。■前小河内岳近くで、大きな荷物をしょった男性が通りかかった。小河内岳避難小屋に寄ってお茶でも飲んで行ってください。と宣伝したら「パス。!」と即答されてしまった。高山裏避難小屋に行く用事があるのだと。もう17年も通っている友人らしい。薬用焼酎1Lが積まれていると。届け物をするために道を急いでいた。いろいろ怒られましたヨと言うと、「ああ見えても根はとても優しいのだ。」と言う。それはもう分かっていた。さて、三伏峠小屋に着くと、小河内岳避難小屋ですれ違った男性(光岳登山口の池口から遠路ここまでやってきていた人で、ほぼturbo717の復路と同期)が食事中であった。塩見岳から降りてきたばかりの夫婦も、コンロで食事をし始めていた。人数は3名と少ないが、どんどん鳥倉登山口から上がってくる人が絶えない状況。こちらは久々の携帯でblogのup。塩見岳からの夫婦が先に登山口まで下りる。八王子から来た2人が遅れて塩見から降りてくるので、我々が先に行ったことを伝言してくれと言われた。埼玉の小山と言えば分かると。前夜、塩見小屋で同宿だったそうである。ほどなく、その2人と思しき人が降りてくる。一人は昭和17年生まれ、も一人は昭和33年生まれの御婦人。結局、この2人と3人で下山することにした。途中で光岳からの男性を加えて4人でゆっくり登山口へ向かう。ここで負傷。じつは3日前の行程(茶臼小屋→百間洞山の家)で、聖岳ー兎岳の下りのコースで、足を滑らせ、身体が半回転したうえ、したたか腿をうち、頭まで岩石で打ち付け怪我をしていたのだ。その痛みもあったが、おしゃべりし過ぎて、この下山ルートでも左足を滑らせ、立ったまま、木の幹にぶつかる形となってしまったためしたたかろっ骨をぶつけてしまったのである。ろっ骨の場合は今までの経験から全治に1ケ月かかっている。100kmを超える山岳徒歩のため右ひざが上がらなくなっている箇所と加えて合計3か所の痛み。満身創痍の状況で東京の生活を送っている状況である。早く恢復しておくれ。熊野古道が待っているのだから!!南アルプスのスケッチ日記はこれで終了します。番外編などが続くかもしれませんが、長い間のご声援、ありがとうございました。スケッチの軌跡 GPSポイントDrawing1・・GPSほぼコースに沿ってスケッチをまんべんなく行っていた北緯35.3-35.6東経138.08-138.2のごく限られていた範囲を徘徊していたことが分かる。往路、復路の位置をマージし、Excelの散布図(平滑線とマーカー)で描いた。 参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート12:06→鳥倉(豊口)登山口→三伏峠小屋14:558/11(木)晴れ・・三伏峠小屋4:45⇔塩見岳7:15((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋5:00→荒川前岳(3068m)→荒川小屋14:008/13(土)晴れ・・荒川小屋5:00→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋13:258/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋5:25→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋14:308/15(月)曇り・・茶臼小屋6:00⇔光岳9:30((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋5:00→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家14:458/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家5:15→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋13:558/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋5:00→小河内岳(2801.6m)→7:45小河内岳避難小屋(2790m)8:45→11:00三伏峠小屋11:30→鳥倉登山口2:00→2:25(バス)→2:35 鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 180°am5:28 Sketch point:Marubatakebuki Alpine-plant on foot of ItayadakeGPS 35.511422,138.145131(°)(35°30'41.12" N,138°8'42.47" E)標高2511mPicture1(sketch-direction 270°pm1:55 Sketch point:larch,near Torikura-moutain climing gateGPS 35.550744,138.115889(°)(35°33'2.68" N,138°6'57.2" E)標高1886mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Sep 2, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その14・・8/17(水)_story(2460) 2011.9.18泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。高山裏避難小屋から荒川岳北山麓Picture1 (14時50分)地図を見て、中岳避難小屋に行くべきかここで投宿すべきか逡巡している登山者・・結局小生と2人で小屋泊まりとなった。高山裏避難小屋の上の丘から。小渋川、湯折方面を望むPicture2(15時35分)手前左の尾根が「高山 2292.6m」眼下が小渋川支流の板屋沢。絵を描こうとすると、テントの青年たちが、丸太のイスを小屋から運んでくれたり、磁石を貸してくれるなど世話を焼いてくれた。この青年たちとも談笑。絵を描いているといろんなお喋りができて楽しい。■ 8/17(水) 本日も長丁場。百間洞山の家から、高山裏避難小屋か、小河内岳避難小屋(標準タイム・・12時間コース)。12時までに、高山裏避難小屋に着かなければ、この先3時間行程の小河内岳避難小屋は無理である。明日は余裕ある行程なので、無理して小河内岳避難小屋に泊まらなくてもよいのだが、往路でみた牧歌的な雰囲気の小屋にはぜひ泊まって見たいと欲望だけはあった。あとで気づくことになるのであるが。百間洞山の家から次の宿泊場所が小河内岳避難小屋であることは無線で連絡が行っていたのである。待ってくれてもいた。申し訳ないことをした。高山裏避難小屋でなく、小河内岳避難小屋に泊まっていれば、人生が変わっていたのかもしれない。さて、百間洞山の家出発は5時12分。赤石岳までは6年前にも行っているためおぼろげながら覚えている。記憶は百間平の平らな空間や大斜面のトラバースのみで、百間洞から百間平までの220mの岩場の登りは覚えていない。5日前の下りの行程を今は登っている。丘の上に先を行く2人組が見えている。距離が次第に近くなってきた。ご婦人のほうがカメラマン役で高山植物を仔細に撮っている。お先にと、気持ち良い馬ノ背をいく。赤岩を敷き詰めたトラバースの道を登り、赤石岳の急坂に取り組む。往路ではどこかこのあたりでスケッチした筈であるが。赤石岳は近くにあるものの、ガスっていて皆目見えない。6年前と似ている。突然赤石岳避難小屋が見えた。以前は訪れなかったが、今回はおいしいコーヒでもごちそうになろうと戸をたたいた。赤石岳避難小屋Photo1・・2011.8.17 7:24 ■赤石岳避難小屋では、木の実ナナさんに似た女性が、おいしいコヒーを入れてくれた。昨日はモルゲンロート(朝焼け:雲海の上では自分の影が、雲海に映る)が現れ若者15名ほどが山頂で手をつなぎはしゃいでいた、と話してくれた。小屋の主人も、モルゲンロートの大判の写真2枚を見せてくれたり和やかな談笑。これも後で聞いたが、この小屋。男1人で守っており、女性の気配がこれっぽちもなかった と。小生が観たのは夢か幻か?その後彼女でもできたのかしら?と変な憶測を生むことになった。高山植物1Photo2・・2011.8.17 8:02 ■どなたか、これらの花の名前を教えてください。ガスっているって言うことは足元を注視せよとの神のお言葉。何百種類と咲く高山植物を撮影。雷鳥Photo3・・2011.8.17 8:15 ■世界で一番南で住むという雷鳥。ついにめぐり合えた。子供が4匹。小生の前をずっと歩いていた。赤石岳-高山植物2Photo4・・2011.8.17 8:17 荒川岳-高山植物3Photo5・・2011.8.17 10:49 荒川岳-高山植物4ウスユキソウPhoto6・・2011.8.17 10:50 荒川岳-高山植物5Photo7・・2011.8.17 10:58 荒川岳-高山植物6Photo8・・2011.8.17 10:58 ■荒川小屋着9:27.小一時間ほど休息。百間洞山の家からこの荒川小屋を目指している昨日の、「みろくの会」の代表者宛のメッセージを小屋に託す。「turbo717は、小河内岳避難小屋に向かいます。」しかし、スタートが少し遅く、荒川岳山稜部の前岳到着は11:30.大カール底到着が12:09.昼食後出発が12:25と高山裏避難小屋到着目標の12時をオーバーしている。ここから2時間の行程の高山裏避難小屋が本日の終点とせざるをえない。ここからの道が何というか、道なき道で悪路中の悪路。なかなか歩が進まない。高山裏避難小屋は2時。小屋の主人は、長じゅばんにパッチ姿。炭焼き農夫のような出で立ち。泊まらせていただきたいのですが。「あったりめぇだ。」と言いながら、暗い土間に召し入れられる。問答あり。シュラフは持っているか。はい。夕食は? 中華丼1000円を下さい。朝飯にカップラーメンを。合計5500円という。部屋の一角を自由に使えと言う。「今から下の沢に水を汲みに行ってくるから訪問者げいれば待たせておいてくれ。」と言う。なにせ、1人で全てを切り盛りをしている。テン場には2張。現在時点で泊り客3人という、静かな避難小屋であった。その後、ガスコンロ持参の泊り客が1人、ギター製作工房で働く青年1人、百間洞から同じ工程の1人など、合わせて6人がこの避難小屋でお世話になった。百間洞からの一人は、小屋の手前30分の箇所にあった、水場で水を補給していない。このおじさん怒り出し、『もう水はやなねぇからな。自分で下の沢まで汲んできな!』と。実はコース途中にあった水場には、見えずらいがちゃんと「小屋を利用する登山者はここで水を補給すると便利です」と書いてあった。この便利ですという言葉は、もし水を汲んでこないと、往復30分の水場まで自分で水を汲みに行かなくてはならないのだ ということを述べていたのである。しかし、このおじさん 優しいところもあり、小生に、さっきの青年が沢に水を汲みに行くようだったら、声を掛けてくれ。水を上げるから。と言う。小生が、ハキハキ返事をするので、「なかなか返事がいいネ。最近の若い者は返事をしないのだ。まったく困った輩が多い」と嘆く。このおじさん(千葉の人。55日間、山小屋を守る。8月下旬に小屋を閉める)は、小屋の入り口にある1畳ほどの空間にひっそりと棲む!時々そのねぐらから声がする。お茶のお替りあるよ。などと。午後6時の無線タイムのときは、見違えるばかりに元気になり東海フォレスト関連の全山小屋と交信。この時百間洞山の家からは例の「玉ねぎで泣いていました」というアルバイトの学生と交信。この無線は、山小屋間の色んなことを喋りあうコミュニケーションツールであった。本部には聞こえていないらしい。参考:南アルプスー南部map8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 145°pm2:50 Sketch point:Arakawadake-west-north foot、 from Takayamaura-shelterGPS 35.505117,138.142028(°)(35°30'18.42" N,138°8'31.3" E)標高2401mPicture1(sketch-direction 288°pm3:35 Sketch point:Mt.Takayama from upper of Takayamaura-shelterGPS 35.505258,138.141775(°)(35°30'18.93" N,138°8'30.39" E)標高2405mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Sep 1, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その13・・8/16(火)_story(2459) 2011.8.318泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。百間洞山の家から大沢岳山腹を望むPicture1 (15時20分)■ 8/16(火) 南アルプス回想記を書いているうちに8月も最終日となってしまった。速報と合わせると8月10日からずっと南アルプスに籠りきりのblogとなってしまった。スペイン旅行の時の、速報+回想録と似ていて旅を2回楽しんでいることになる。多くの人が、膨大な写真から選りすぐりの写真を掲載しながら文章を綴っている作業であるが、こちらは拙画と数枚しかない写真をフル動員してblogに掲載するという毎日である。これも9月2日には終わってしまう。帰りは怒涛のような勢いで速歩で飛ばしているのであっと言う間に終わってしまう。寂しいことである。さて、茶臼小屋は2階に全員が寝ることになるが、上段と下段に分かれていれ居住性がまったく異なる。つまり上段は、垂直に掛けられた梯子をよじ登り、屋根の梁に頭をぶつけながら、寝ている人の足を蹴飛ばしながら進むという難渋を強いられる。下段は天国である。梯子を使う必要がなく、天井も若干高い。1000円くらいの差をつけてもよさそうであるが、値段は素泊まり5000円と変わらない。団体さんなどで予約が入っており、午後2時という比較的早い時間でも上段を指定されてしまった。受付を行っていた青年は、アルバイトで相模原市中央区にすむ学生であった。垂直に取り付けられた梯子は重力が一気に体重分かかるため疲れている身には相当に応える。ということで、上に登る回数を最小限にするため何かと工夫をする必要がある。歯ブラシなどは手を伸ばせば取れる位置に置いておくなど。夕食だ!と呼ばれたのですっとんで行こうとしたが、まずは屋根裏の梁で頭をぶつけるという洗礼に会い、寝ている人を蹴飛ばしたものだから後で文句を言われ、・・・耳栓をわすれたものだからいびきに悩まされと、小屋の生活もなかなか容易ではない。こういう意味で、次回こそテントデビューをしてやるぞ!と決意したわけである。すでに物色を始めたが人気商品は入荷待ちという状況。軽くて丈夫なのは5,6万円もする。1,2人用では狭すぎて閉所恐怖症になりそうなので2,3人用(1330g)という線で物色を始めた。カミサンと寝ることも考え家族会議をしてみたものの、どうみても山ガール(山ババー)ではなく、太った熊ガールという感じで、未来永劫3000m級の山は無理そうである。茶臼小屋Photo1・・2011.8.16 4:49 ■雲ってきたため、昨日のようなご来光を拝むこともなく、黙々とUターンの道を巻き返す。ちょうど赤い糸を道に置いてきたので、それを巻きながら元来た場所に戻っていく形である。小石一つ記憶になく、こんなところを歩いてきたのかと不思議である。おぼろげな景色はおぼえているものの、行きと帰り、登りと降り、まったく様相を異にする。上河内岳(2803.0m)への行程 草原Photo2・・2011.8.16 5:17 ■この草原が有名な亀甲状土(規模の大きな線状凹地で二重山稜になっている場所。植生のないところには、砂礫が亀の甲のような模様をつくる。中心に小さな礫が集まり、周辺に大きな礫が集まって、亀甲状土とか淘汰円形土とか呼ばれる構造土の一種を形成する。土壌水が凍結融解を繰り返すことによってできた周氷河地形)であり、南部南アルプスにはところどころにあった。幻想的な風景である。少しすると上河内岳への本格的な登りに入る。上河内岳山腹から聖岳Photo3・・2011.8.16 5:37■聖岳山頂は午前5時から7時台までは、薄日が差す天気であった。この時刻に山頂を極めた人たちは、周囲の山々が見えたといっていた。その後は生憎の天気でガスっており、何も見えなかったと嘆いた下山者ばかりであった。上河内岳南岳から兎岳・聖岳Photo4・・2011.8.16 6:47■兎は見方によれば台形の山であるが真横からはおにぎり山のように三角形である。小聖岳近くの断崖に咲く高嶺ビランジPhoto5・・2011.8.16 8:40■6年前の聖岳から、頭から離れない花、高嶺ビランジ。ある女性が、急ぐ人をいさめて、『何をそんなに急ぐ、見るものを見ないと』 と説教していたまさにその花である。数は減ったように感じた。崖っぷちに咲いていた。この時の絵日記参照。聖岳山頂Photo6・・2011.8.16 9:38■砂礫の大斜面はジグザグ110箇所の場所である。今日は曇っていることと、お盆も過ぎたゆえに、人が居ない。大渋滞かなと思ったがturbo717一人だけの砂礫であった。と、ものすご勢いで登ってくる人が居る。ジグザグにして20くらいの差しかない。どんどん間が詰まってくる。山頂までの数10mが勝負どきで、こちらも負けるわけにはいかない。景色に飛び込んできた時点で、Speed的には負けているのであるが、山頂までは追いつかれないようにと必死。山頂で、聞いてみると、奈良から車で易老渡→便ヶ島(たよりがしま)まで来た女性で、標高差2000mの直登を4時間で登ってきた健脚の女性である。これぞ、山ガール中の山ガール。Topアスリートである。カモシカのようなスタイル。今にも走りだしそうな溌剌とした体躯の持ち主。山は2年目という。道の駅で夜を明かし、朝一で登ってきたという。何とも羨ましい。turbo717です。と挨拶(行く先々でこのような挨拶をしているのでこのblogも多くの山関係者がみてくれている筈である)。家に帰ったら相即blogに書き込みがあった。彼女もblogを持っていたので覗いてみたら、花の名前を掲載した愉快な旅日記に、”turbo717”がすでに登場していた。山の出会いというのは一瞬の5秒の出会いでも、何か共通する思いがあり感動させられる。■このガスっていて、今にも雨が降りそうな山頂に、もう一人今まさに年配の登山者が登って来ていた。編み笠を被っている。紐に調整弁を持っているので絶対飛ばないという。聞いていると涙の報告。前々日、荒川岳登攀のパーティーで具合の悪くなった人を椹島まで付き添って送り届け、今まさに聖平小屋に止まってこちらに登ってくるパーティーを待っている部隊のリーダーだと。女6人を含む大部隊で分かる筈。もし逢ったら、リーダー(Kさん)が、聖山頂で待っていると言ってくれないか。雨が降ってくれば下山するが。という伝言を託された。一行の宿泊地は、百間洞山の家である。当方がこれから行く先である。一本道であるため絶対出会う筈。兎岳に咲く高山植物Photo7・・2011.8.16 13:34■兎岳と聖岳の間のコルで、その部隊と出会った。時刻は11時過ぎ。標準タイムより2時間遅いspeedなので、予測では2時ごろ山頂に到着かなとは思ったが今の感じでは1時過ぎにリーダーに会えるはず。リーダーからのメッセージを読み上げると、全女性が顔を輝かせ、リーダーを慕うような目つきで感涙の様子。感動の瞬間であった。山での出会いというのはこういう場面もあるのだなぁと感心。■中盛丸山山頂で会った青年は、光岳の登山口、池口から分け入り、茶臼、百間洞とほぼ小生と同じ日程、コースを北上する。テン泊ながら、帰りのバスまで一緒。百間洞山の家へ13分の場所Photo8・・2011.8.16 14:28■百間洞山の家到着2時過ぎ。女性6人グループで聖、赤石、荒川と3000m峰を漫遊する神奈川の登山グループの方々。((みろく 山の会 横浜)で検索ください)そのうちの一人、水墨画を趣味でやられるという女性が小生のスケッチに付き添われた。展望台から大沢岳を見た(Picture-1)参考:南アルプスー南部map8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 270°pm3:20 Sketch point:Osawadake-mounteinside from Hyakkenbora hutGPS 35.451450,138.127092(°)(35°27'5.22" N,138°7'37.53" E)標高2473mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 31, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その12・・8/15(月ーその2)_story(2458) 2011.8.308泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。三吉平の樹林帯Picture1 (11時40分)茶臼小屋から青薙山を望むPicture2 (16時2分)雲ってきた。ガスが晴れそうになったところでスケッチ。目を上げるとあたりは真っ白。その繰り返しであった。小屋の主人(紺色の作務衣を着ていた)が絵を覗き、薙はハート型だと言う。こだわりの「薙」である。赤薙(あかなぎ)である。薙の上端は1800m。■ 8/15(月) 南アルプスの最南部は樹林帯が多くなってきた。森林限界の2500m以下の山稜なので、シラビソなどの樹木が森林を形成している。平地には降りないもののup-down1000mは覚悟しなければならない山登りも、このあたりはup-down2,300mほどでよく、いわゆるハイキングの領域で楽しい山旅となる。しかも光岳ピストンをしているためスケッチと水だけを持ったごく軽量のナップザック一つであるので鼻歌交じりで歩いているという感じ。アルプス全体がこのように楽しげであれば問題が無いのであるが、道とは言えないほどの岩場を登攀したり、クサリ付きの落差の大きい崩れかけた幅20cmほどの悪路を行くことが多いのである。光岳で会った山ガール(8/29の日記に登場)を追いかける形で茶臼小屋に引き返している。三吉平という樹林帯(Picture1)でスケッチ。易老岳北斜面からは贅沢にも、光岳(2591.1m)(Photo1)を見返すことができた。目の前の仁田岳(:にっただけ 2523.8m)(Photo2)が聳えている。このピークを登攀してもよいが、360度の視界は曇ってきたため無理と判断し、パスとした。この分岐の喜望峰で一人の御婦人がおにぎりをほうばっていた。横顔のため分からなかっただが、この御婦人がなんと追いかけていた”山ガール”であったのだ。速歩でもなかなか追いつけないので遭難でもしたかと小屋に着くまで気になっていたが、後程到着して曰く。『なにやら思いつめたように一点を見据えサッサと歩いて行った』と言うではないか。なんとしたことか。山道の峠で、誰もいない現場で、挨拶しても応えなかった女性である。たぶんおにぎりを頬張っていたため声が出なかっただけなのか?双方の一瞬の感覚とはこういう具合にすれ違うものだ。易老岳斜面から光岳を見返すPhoto1・・2011.8.15 12:41 仁田岳(:にっただけ 2523.8m)を望むPhoto2・・2011.8.15 12:41 茶臼小屋への分岐Photo3・・2011.8.15 14:08 ■もうこの時点で、ガスがかかって目の前に聳えるはずの上河内岳(2803.0m)(昨日のスケッチ参照)が見えなくなっている。ここから7分の茶臼小屋到着14:15.近くの小川で行水をしつつ衣類を全部履き替えて洗濯。小屋から目と鼻の先であるため婦人グループの目が気になる。あたり一面お花畑である。今日も夕食は、マグロの刺身がメーンディッシュ。こんな贅沢な夕食があろうか?参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート→鳥倉登山口→三伏峠小屋8/11(木)晴れ・・三伏峠小屋⇔塩見岳((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋→荒川前岳(3068m)→荒川小屋8/13(土)晴れ・・荒川小屋→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture2(sketch-direction 240°am11:40 Sketch point:Sankichidaira-Forest View during Tekaridake-IroudakeTcyausudakeGPS 35.353881,138.096633(°)(35°21'13.97" N,138°5'47.88" E)標高2211mPicture1(sketch-direction 120°pm4:02 Sketch point:Mt.Aonagiyama from Tyausu-rodge,flower-gardenGPS 35.372333,138.144317(°)(35°22'20.4" N,138°8'39.54" E)標高2433mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 30, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その11・・8/15(月ーその1)_story(2457) 2011.8.298泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文(■で始まる文章)中に配置。茶臼小屋から富士山Picture1 (4時50分)茶臼小屋は富士山の真西にあたる。山の端に富士山が見えるはずである。夕刻に確認。朝方テントから抜け出ると目の前に富士山が赤く燃えていた。逆光であるが光が富士を包んでいるのでろう。茶臼岳から上河内岳(2803.0)、聖岳(3013)を望むPicture2 (6時17分)小屋を6時に出て早や茶臼岳の頂上である。健脚青年の速歩ぶりには舌をまく。中央200名山の上河内岳(2803.0m)左、聖岳(3013m) 頂上部左から前聖岳(3013m)、奥聖岳(2978.3m)、東聖岳(2800m)展望台から光石を望むPicture3 光石まで下り10分という位置。(9時19分)向こうの山(崩落している山)が加加森山(:かかもりやま 2418.9m)展望台にはテン場で会った女性が到着していた。朝早くテントを置いたまま出立したようである。彼女もピストンで身軽であった。光岳頂上近くのセンジヶ原Picture4 (10時33分)光岳小屋でカップラーメンとお汁粉を頂く。霧が湧いてきた。折り返しのスタートである。近くのセンジヶ原をスケッチ。この時間以降すれ違う人達は、光岳小屋泊まりの人たちに違いない。■ 8/14(日) 昨夜2つの出会いがあった。その一つ。我々3人はテントも張り終え、夕食までの時間にたっぷり2時間の余裕があった。雨模様ということもあって小屋の一部であったサロン風の「炊事室」に陣取っていた時だ。一人の女性が入ってきた。これから自炊するがよいかと。正統派である。我われこそ出て行かなければならないが、3人が隅にかたまり、山の話を続けていた。女性はガスストーブを用意したり、カレーのルーを温めはじめた。我われは見るでもないが、ちらちらと女性の一挙手一動を注視していた。大学山岳部出身の男性がついに口を開いた。「あのー一般的には、アルファ米の方を先に作ります。お湯を入れて20分かかるため、先にアルファ米を段取りして、その後他の料理を作った方が、すべてが温かいうちに食べられるという裁断です。」などとだんだんちょっかいを出していく。女性は見るところ「山ガール」で20代後半から30代前半。今回が2度目のテントという。光岳、聖岳ピストンを考えて、茶臼に2日テントを張りっぱなしにしておくとのこと。小生も生のアルファ米なるものをもらって齧りながら次第に話しかけていく。その2.午後5時の食事間に小屋に入ると全員すでに食事中であった。すこし早くスタートしたようである。我われ3人は、一人の女性客と相席となった。山の話に皆はすぐ打ち解けあった。これが後で「神なる存在」となる神々しい方となった。女性は、神戸(新幹線新神戸駅の北にお住まいである)から車で易老渡までやってきていた。明日は光岳に登るという。阪神淡路大震災では実家が倒壊したという。両親はその後も元気であったが最近母が亡くなった、父は90歳を過ぎてまだ元気であるという。比較的被災の少なかった地区であったので、相即おにぎりを下の地区に持っていったりと活躍された。近々宮城に行ってボランティアをするという。お返しの意味もあるが、震災に逢われてなおかつボランティアをしたいと言われる。感涙である。茶臼小屋から朝日を望むPhoto1・・2011.8.15 5:08 ■さて、テントなどを片づけたりゆっくりしていた。朝のスタートを6時と決めて身辺を整理。turbo717は光岳ピストンをするので、リュックを小屋で預かってもらう。山岳部の方は、ここから山を降りる。健脚青年は光岳から寸又峡へと40kmを歩く予定とのこと。どこまで超人なのか? 途中の箇所でガケ崩れが判っているため心配顔。コルまで一気に駆け上がり、茶臼登頂。この間17分。飛ぶように速い。ここでスケッチタイムをもらうため先に行ってもらう。本音はすでに息が切れていたので休息の意味の方が大きい。Picture2.先を追いかける。稜線のお花畑や開けた空間の丘に向かって斜めに上がっていく箇所で、人の声が聞こえる。昨晩夕食で一緒になった女性が降りてきた他の人と話をしていたのだ。喜望峰で強健青年に追いつく。仁田岳(:にっただけ 2523.8m)への分岐である。身軽な小生は光岳往復を控えているので先を急がせてもらう。光岳へのゴーロPhoto2・・2011.8.15 8:382200mから2500mにかけて300mがこんな調子■ 岩がゴロゴロしている場所だから”ゴーロ”と呼ぶのであろうか。要する増水時は滝となるような谷筋を一気に登る。登り切った平地はセンジヶ原という湿原の始まり。亀甲状土が見られる場所でもある。イザルヶ岳分岐に水場があった。光岳小屋Photo3・・2011.8.15 9:03 ■この小屋の入口に、寸又峡へ降りる登山者は小屋に相談とあった。光岳頂上Photo4・・2011.8.15 9:15夢であった光岳にやっと到着。しかし視界が効かない。展望台移動。(Picture3) ■光岳頂上は視界がきかない、その替り近くの展望台へ行けと案内があった。人の声がした。テントの山ガールがすでに到着をしていた。相当早く出てきたようである。光石をスケッチ(Picture3)などをして光岳小屋に到着すると、健脚青年がやってきた。2人で小屋の管理人に、寸又峡への情報を聞きにいく。100mくらい崩落しており、通過に30分かかるという。そこを避けるためには稜線歩きをしなければならない。道なき道であり、ルートハンティングの経験が無ければ無理だという。2万5000分の一の地図。コンパス。高度計の3点が必須であるという。名古屋に帰りたければ茶臼に引き返すか、易老岳から易老渡に下りて林道を19km歩き、下栗の国道152号線に出れば飯田行のバス(1日2便)が拾えるか、あるいはトンネルの脇にある仮眠所で明日のバス便を待てと。この後、この青年に神風が吹いた模様。易老渡に早々と降りた青年は、例の神々しい神戸の御婦人から伝言を持って易老渡を降りた男性に拾われ、温泉経由で名古屋まで送り届けてもらったということである。小生もセンジヶ原で光岳に向かう婦人に会っているので、よもやと思ったが、案の定青年も後でこの御婦人にあい、易老渡で落合いましょうネと言われたということであるが、ご婦人よりも足の速い男性の方に救援の手を託されたのである。山での連携が成功し、健脚青年の「南アルプス完全縦走」の旅は成功裏、Happyに幕を閉じたようである。(この青年は8月21日の週に、女性2、3人を連れて富士山登山をしている筈である。どこまで元気なのか!!小生は月曜日午前10時をもって、復路へと進路をUターンさせた。これより三伏への長い旅が始まる。(続く)参考:南アルプスー南部map8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 100°am4:50 Sketch point:Mt.Fuji, 100° View from Tcyausudake-rodgeGPS 35.372333,138.144317(°)(35°22'20.4" N,138°8'39.54" E)標高2433mPicture2(sketch-direction 32°am6:17 Sketch point:Hijiridake,Kamikouchidake 32° View from Tcyausudake-peakGPS 35.369131,138.140589(°)(35°22'8.87" N,138°8'26.12" E)標高2604mPicture3(sketch-direction 270°am9:19 Sketch point:Tekariishi-rock,270° View from Tekaridake-peakGPS 35.338156,138.087447(°)(35°20'17.36" N,138°5'14.81" E)標高2591.1mPicture4(sketch-direction 63°am10:33 Sketch point:Senjigahara-pleatouGPS 35.339086,138.090294(°)(35°20'20.71" N,138°5'25.06" E)標高2512mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 29, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その10・・8/14(日ーその2)_story(2456) 2011.8.28話が変わるが、今日(2011.8.28(日))は高円寺では「阿波踊り」、原宿界隈では「原宿表参道元氣祭」で賑わった。原宿の元氣祭りは、明治神宮奉納の「スーパーよさこい2011」で、全国からよさこいソーランの愛好グループが集結し、NHKホール前ストリート、表参道の青山側を通行止めにしての隊列、原宿口、文化館、特設のじまん市の5つの檜舞台で100名近い団体が演舞した。まさに圧巻で、この模様の速写スケッチは後日届けよう。今しばらく山岳スケッチが続く。8泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。聖岳頂上から上河内岳(2803.0m)Picture1 (7時24分)聖岳到着の正確な時間がわからないが、すでにこの時間にスケッチを始めているということは7時10分頃に到着して、30分くらいブラブラしていたのではないかと思う。3人パーティを組んでいるのでモタモタもできない。水を飲んだりして寛いでいる間にスケッチを完成させる必要がある。岡本太郎の「地球と遊ぶ」感覚で大胆に色を付けていく。2つの赤い点は、聖平小屋。右側が宿舎棟。冬期避難小屋を兼ねる。左側がヨイレ。上河内岳下、ハイジの丘から茶臼岳(2604m)を望むPicture2 「ハイジの丘」から茶臼岳をスケッチ(13時21分)2人は茶臼小屋でテントを張るために手前の坂を左に降りていく。右側に見えるのが光岳。画面からはみ出したため→で注釈。ハイジの丘から兎岳と聖岳を望む Picture3 曇りだした。吹き飛ばされそうな突風を受けてのスケッチとなった。(13時28分)着彩も大雑把になったが、こんな感じで山が荒れ始める。 ■ 8/14(日) さて、聖岳頂上は天気が良かったのでお祭り騒ぎだ。ほとんどが椹島(さわらじま)からの最短の登山客である。しかし1100mの現地から積算して2000m近く登ってきたからには万歳の2つや3つ叫びたくなるのもわからいでもない。縦走している身にとってはも少し静かに山頂の風景を楽しんでもらいたいものだと思う。見晴らしのよいかぎり360度をスケッチしなければならない仕事を抱えている身にとっては、ガスとの勝負で迅速さを要求されるため大声を上げている暇はないのだ。連れの2人には先に行ってもらう。斜面を追いかけたが、登ってくるひとは本当に辛そうである。一歩一歩気合を入れながら、ゼーゼーと息を切らしている。山を降りる方は、1呼吸3、4歩進んでしまうため、まったく楽である。しかし、下りの方が100倍くらい危険である。登りの場合身体を横から見るとZ字となっているため滑らないし、目が足元に近いため浮石などを目ざとく見つけることができる。下りの場合は、L字でも角度が120度も開いたL字となるためずり落ちる姿勢にあり、浮石を見逃すほどに目と足元の距離が長くなる。このため細心の注意を払わないと、転んだり滑ったりする。中高年では下りが苦手という人が多い。2本ストックの甲羅のほうに手のひらを乗せて制御しながら降りていくと楽であろう。小生たち3人はストックを持たない派であるためより慎重に歩を運ばなければならない。大パーティの出会いで渋滞が起きていた。そこへ合流。小聖岳より聖岳を望むPhoto1・・2011.8.14 8:24 ■水場がガレた場所にちょろちょろと出ていたが、幅10cmの岩場を降りていくようなところで垂直の岩盤。とても危険な場所に水場があるものだ。復路で気づいたが注意書きがあった。「危険なため入るな」と。パスして良かった。6年前はこのあたりに高嶺ビランジが咲いていたが。小聖岳下のお花畑Photo2・・2011.8.14 8:56マルバタケブキ ■ フキの大きな葉っぱからニョキと茎が出ていて先端に黄色い花をさかせていた。9時30分ころ聖平小屋に到着。水を補給しつつ、朝ご飯としてカレーを3人分注文。オレンジの大玉。牛乳やレンジジュースなど。避難小屋での食事のお礼である。上河内岳ー南岳のカールPhoto3・・2011.8.14 11:43 ■上河内岳から茶臼小屋までは気持ちの良いお花畑や亀甲状土があり幻想的な風景。奇岩竹内門Photo4・・2011.8.14 12:40上河内岳下 ■。茶臼小屋Photo5・・2011.8.14 15:41 ■茶臼小屋では3人パーティーのうち2人がテント持参であるため、一方のテントに同居させてもらうこととなった。生まれて初めてのテン泊である。最近は重量1.3kgと超軽量なテントに500g未満のマットなどの優れものがある。テントは重いという常識のためすべて小屋泊とした小生を笑うかのように、団体さん以外は、だいたいがテントである。今回の旅で、最大の収穫は、「テント泊」を今後の考察の一つに加えようとしている自分が居るということであろうか。小屋の目の前のテン場でみんなと一緒に寝るということはそれだけ安全だということである。テン泊のお礼として(1万円ばかりが浮くため大盤振る舞い!である(銀座ではできないが、小屋での大盤振る舞いは知れている。ビール3本!などといたって威勢がよい。)両人に夕食(夕食は、マグロの刺身がメイン!。2000円)を馳走することとした。宿屋の食堂で食事をさせてもらえることとなった。徒然の記 1.竹内門二酸化珪素に富む部分と泥質な部分とが層をなしているチャートの岩塔。岩の表面には、縞模様の浮き彫りがみ見える。高山という過酷な条件下で強い風化と侵食をうけ、泥質な部分が掘られて珪質な固い部分のみが浮き上がってしまった。竹内門のチャートは、一枚の地層が厚くなったり薄くなったりしていることから、堆積後、十分に固結する前に褶曲してしまった。徒然の記 2.亀甲状土地形図に「御花畑」と記載されている場所に、規模の大きな線状凹地で二重山稜になっている場所がある。植生のないところには、砂礫が亀の甲のような模様をつくる。中心に小さな礫が集まり、周辺に大きな礫が集まって、亀甲状土、或いは淘汰円形土とか呼ばれる構造土の一種を形成している箇所。土壌水が凍結融解を繰り返すことによってできた周氷河地形。登山道はこの亀甲状土をもつお花畑の真ん中を通っているため、踏みつけによって植生が失われたり構造土の形状まで変わったりしているので、木道や柵が設置される。 参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 180°am7:24 Sketch point:Kamikouchidake 180° View from Hijiridake peakGPS 35.422581,138.139758(°)(35°25'21.29" N,138°8'23.13" E)標高3013mPicture2(sketch-direction 180°pm1:21 Sketch point:Tyausudake 180° View from Heidi's hill under KakouchidakekGPS 35.374528,138.142494(°)(35°22'28.3" N,138°8'32.98" E)標高2521mPicture3(sketch-direction 0°pm1:28 Sketch point:Usagidake and Hijiridake 0° View from Heidi's hill under KakouchidakekGPS 35.374528,138.142494(°)(35°22'28.3" N,138°8'32.98" E)標高2521mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 28, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その9・・8/14(日ーその1)_story(2455) 2011.8.27話が変わるが、8月18日(木)に帰ってから不順な天気が続く。帰ってきた木曜の夜が一番暑く、それ以降は大雨かあるいは曇りで気温はあまり上がらない。むしろ天候不順のまま、夏が終わろうとしてしまっている。南アルプスで言うと、折り返しの8/16以降、天気が不順で、聖岳、赤石岳、荒川岳も塩見岳もすべての山々の頂上を見ることはできなかった。往路のスケッチが唯一の山景色となっている。描いていてよかったと思う瞬間である。雲間に、スケッチの輪郭をなぞりながら山を想像するといった復路の旅となった。里に下りたって、2人目の孫のお宮参り(亀ヶ池八幡宮)、D判定の再試験者30名学生のうち応えてくれた8名の学生の再評価(中津川)、オケ(ラベル スペイン狂詩曲、ボレロ)の練習(府中)、珊瑚の会でモーツアルトのPiano協奏曲25番、交響曲40番の録音(幡ヶ谷)、10月合宿にむけて「5重奏 K515」の練習開始など、日常的な諸事をこなして今日8月27日を迎えている。8泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。兎岳下より兎岳を見返すPicture1 (5時53分)地形図からは180mくらいしか降りないように見えるが崩落地帯は東に迂回しながらup-downを10回ほど繰り返すので、最低部は200m以上降りているのかもしれない。幾度もコルを通るので、その一つから兎岳をスケッチ。聖岳西北斜面より赤石岳を望むPicture2 中央が百間平 赤石沢が、各山々の襞の部分に名前を変えて奥深く分け入っている。逆に言えば、この斜面に降った雨はすべて赤石沢に集められる。遠くに仙丈、塩見岳など。聖岳頂上Picture3 前聖岳(3013m)には三角点がない。奥聖岳(2978.3m)は35m低いが、三角点を持つため標高が小数点で出ている。 ■ 8/14(日) さて、兎岳避難小屋には結局7名が宿泊をした。、うさぎ年に懸けて「兎岳」に登った4名が朝早く帰って行った。残った我々は朝食の後部屋掃除をして兎岳を降りる。出発時間は5時21分。夜叉神から鳳凰三山、甲斐駒ケ岳、仙丈岳、塩見岳、荒川岳、赤石岳などを巡ってきた強健青年と、大学山岳部でスパルタ教育を受けたという焼津の人と小生の3人による合同チームの出立である。兎岳と聖岳を結ぶ回廊は2700mの山稜。最低部が10か所とおぼしきコルを巻きながら、聖岳の山麓にたどり着く。兎岳斜面より光岳方向(南)を望むPhoto1・・2011.8.14 5:40 上河内岳、茶臼岳、易老岳などが壁のように聳える。大きく左に迂回した光岳が眺望できる。■Googleからもはっきりとわかる赤色チャートの岩盤が露出した大変学術上貴重な現場を通過しているわけである。(Photo2)V字型に切れ込む箇所があるからこそ、岩盤露出という貴重な現場となっている。糸魚川→静岡線の中央構造帯の西の端となる位置に、日本の背骨に、我々が立っているのだ。武者震いがする。断崖に取りついてスケッチ一枚。2人には先に行ってもらうことにする。(Picture1)兎岳ーV字谷Photo2・・2011.8.14 5:52 ■ 「こぶ」毎にこういうV字に切れ込みがあり、生きた心地がしないのである。兎岳のチャートPhoto3・・2011.8.14 6:23 ■赤色チャート盤岩露出地を行く。兎岳ー聖岳のコルが最も危険な個所であった。しかし高度を上げていくと今度は昨日の赤石岳がよく見える場所があった。(Picture2)スケッチする度に置いてけぼりになるが、すぐに追いかけるので、3人パーティーのまま頂上に到着。ジグザグ116回でたいした苦労もなくあっけなく、聖岳の頂上に着く(7時41分)聖岳頂上より赤石岳Photo4・・2011.8.14 7:41 ■もうこの時間には聖平小屋からの登攀者が続々と登頂をはたし歓声の連続。ひとり元気のよい青年が、一期一会と言いながら全員写真を撮ろうとする。しかし、こんな写真あとでもらった覚えがなく、自己満足で終わるのかしら。この青年が大成したらいつかアルバムにでも載る可能は否定できないが。(Picture3)聖岳頂上は、いくつかの小さな山からなる。三角点のある東峰(奥聖岳)が2978.3mである。3000m峰の前聖岳(3013m)をして皆が「聖岳」と呼ぶが正確には、この奥聖、前聖の2つを総称して「聖岳」と言う。100名山の一つであるので、「詣で人」には避けて通れない山である。よってこれからの下山の大斜面が最も危ない。砂礫の大斜面であるため落石の危険がある。聖岳頂上より光岳方向Photo5・・2011.8.14 7:41 手前の山稜が上河内岳(2803.0)■私は「山岳トレイルラン(山岳ランニング)」をしている人を尊敬しない、むしろ軽蔑する。やめてくれと言いたいのだ。石をケチらしながら走ることに何の意味があるというのだ。家族や友人にそういう人がいれば百名山だけも、山岳トレイルランをやめるように説得してもらえないだろうか。焼津人はさらに言う、「高山植物にもよくないと!」参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート→鳥倉登山口→三伏峠小屋8/11(木)晴れ・・三伏峠小屋⇔塩見岳((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋→荒川前岳(3068m)→荒川小屋8/13(土)晴れ・・荒川小屋→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 272°am5:53 Sketch point:Usagidake,North-South ridge of Hijiridake,Southen AlpsGPS 35.426336,138.130825(°)(35°25'34.81" N,138°7'50.97" E)標高2685mPicture2(sketch-direction 0°am6:25 Sketch point:Akaishidake,0°view from Hijiridake-wall,HyakkendaiGPS 35.428781,138.121378(°)(35°25'43.61" N,138°7'16.96" E)標高2818mPicture3(sketch-direction 90°am7:41 Sketch point:East peak View from Hijiridake peakGPS 35.422581,138.139758(°)(35°25'21.29" N,138°8'23.13" E)標高3013mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 27, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その8・・8/13(土ーその2)_story(2454) 2011.8.268泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。百間洞分岐から百間洞方向Picture1 (11時06分)赤石沢のV字谷。手前左側の山が百間平から落ち込む沢や赤石岳からの沢筋遠くに山梨県境の笊ヶ岳(2629m:ざるがたけ)の北側:天上小屋山あたりが眺望できる。椹島(さわらじま)はこの谷筋の南側(右側)にあたる。兎岳頂上より避難小屋、聖岳斜面Picture2 (13時16分)聖岳の大壁面、大崩落地聖岳の赤色チャート盤岩露出地■ 8/13(土) さて、百間洞山の家で牛丼を食したあと、10時スタートとして新道を中盛丸山分岐までブッシュの道を斜めに登ることにした。例の2人連れは難関の大沢岳を登るという。大沢岳は6年前にすでに登っているので、今回は約1時間の節約の新道を取ることにした。分岐のtop(百間洞下降点)に出たが、吹きさらしの丘という感じで、強風が音を立てて吹いていた。赤石沢のV字谷が良く見える。百間洞山の家の展望台そばにあった、大きな薙(なぎ)が左側に見えている(Picture1)大沢岳に登った2人をここで待ってもよいが1時間ほどの遅れとなる可能性があるので、先に進むこととした。小兎(こうさぎ)から兎岳方向Photo1・・2011.8.13 12:34 ■兎岳山頂を仰ぐと、何か多数の人影。大挙して北上するパーティーのようである。12時から1時の時間帯であると、百間洞山の家宿泊の御一行様かもしれない。例のごとく、ジグザグ回数を調べていると、61回の箇所(総計は106回)でこの御一行様と出会った。山の斜面の途中である。20人ほどの団体であった。皆比較的若かった。この道中笑顔の人を見たことがない。皆苦しそうなゆがんだ顔を見せる。そこで号令をかけてみた。もっと笑顔で山を歩いてください。ジグザグはあと61回。滑りやすいので慎重に降りてください!皆笑っていた。よかった。兎岳登攀開始Photo2・・2011.8.13 12:41■兎岳山頂の高嶺ビランジPhoto3・・2011.8.13 13:13 ■頂上は高嶺ビランジの花の楽園となっていた。聖岳には少なくなり、あまり人の来ない兎岳のほうに引っ越したようである。(Photo3)避難小屋は兎岳直下60mほどの場所に昔ながらのボロ屋として建っていたが内装が立派になっていた。床がきれいになり、壁や天井が昔のコンクリの避難小屋の内側に作られてさっぱりとした感じ。1時15分到着の一番客としてすこし掃除をしたり。内装を確認したりしていたら、2時過ぎに名古屋青年。3時過ぎに焼津の方が到着した。目分で8人は泊まれそうな感じ。この2人は夕食の準備をし始めた。アルファ米は熱湯を入れて15分も待たなければならない。その間、カレーのルーは食材を料理し始めた。スープをごちそうになる。こちらはおにぎりを夕食と、朝食にすこしずずかじる予定である。さて、夕刻の4時すぎ、どどっと4人パーティがやってきた。リーダー格のかたが、「泊まらしてくれ!」と強引な口調。今のところは5人分のスペースがあるため断ることはできない。しかしながら寝具など一切持っていないという。中高齢者男3人女1人のかなり無謀と思われる装束である。小屋に最初からあって小生が引いていたマットを提供したりといろいろ準備をしてあげた。彼ら一行はすぐさま小屋を出ていき。兎岳を登頂するすのだと。持ってきた衣類を全部着て寝ていた。食料はパンなど不自由するすることはないぐらい持参していた。■翌日、「高速で2時間弱ということはこの近くの方ですか?」と話を向けると、滔々としゃべり始めた。福井から来た。干支にちなんで山を登っている。ことしはウサギ年なので、ウサギと付く山で日本一高い「兎岳」を登りにきた。よって、我々は(というより私は)聖岳なんか目にないのだと。飯田ICから降りて易老渡から入った。福井県の山で兎にまつわる山は全部登った。来年は辰年なので、竜に関する山を登ろうと思っている。どうも山仲間の他の3人はこの騒ぎに巻き込まれた人達のようである。このように一つの目標をもって山を登るのも面白うそうだ。この男性は三角点の山をルートハンティングをしながら登っておられるようである。「山道」を行くのではなく、道なき道を2万5千分の一の地図や、磁石、高度計などを武器に藪漕ぎしながら進むいわゆる「ルートハンティング」の達人なのかも知れない。山の楽しみ方は深い!参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート→鳥倉登山口→三伏峠小屋8/11(木)晴れ・・三伏峠小屋⇔塩見岳((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋→荒川前岳(3068m)→荒川小屋8/13(土)晴れ・・荒川小屋→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 60°am11:16 Sketch point:Hyakkennbora-branch,Southen-AlpsGPS 35.444903,138.120533(°)(35°26'41.65" N,138°7'13.92" E)標高2699mPicture2(sketch-direction 140°pm1:16 Sketch point:Hijiridake-wall,Hyakkendaira,140° View from UsagidakeGPS 35.428781,138.121378(°)(35°25'43.61" N,138°7'16.96" E)標高2818mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 26, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その7・・8/13(土ーその1)_story(2453) 2011.8.258泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。赤石岳(3120.1m)山頂Picture1 赤石岳山頂はガスが湧いてきて真っ白(7時00分)一瞬の晴れを利用してスケッチするも、前方は見えず。赤石岳避難小屋が微かに浮かぶ。復路で立ち寄っておいしいコーヒーをごちそうになった。赤石岳直下の急坂より百間平Picture2 標高2782mの扁平な高原が「百間平」北アルプスの雲見平のような感がある。大変牧歌的な光景後方に屹立する山たちが2800mの峰を誇る三山左から兎岳(2818m)、中盛丸山(2807m)、大沢岳(2819.4m ギザギザの山)「百間平」からストンと220m下りた向こう側の谷間に「百間洞山の家」がある百間洞山の家のテン場よりPicture3 百間洞山の家及び、大沢岳(2819.4m)の登攀コースを望む登山者が降りていく。■ 8/13(土) 荒川小屋には宿泊客20名ほど、テント場にも同数。けっこう賑わっていた。東へ通過する人たちは、ほとんどが中岳避難小屋(3083.2m)までの高度を稼ぎ明日の行程(荒川岳登攀3141m)を楽にしたいという登山者だ。この小屋で面白いおじさんに会った。山梨県から来たという。軽自動車にオートバイを積んでまずは三伏峠までの登山口となる鳥倉林道の駐車場に止め、次にオートバイで易老渡まで迂回しそこから北上をしている。三伏に到着すれば、その軽自動車で再び易老渡に行きオートバイを回収して帰るのだという。先日の5人パーティーのように車配送サービスを利用する方法など、一筆書き登山にはみんな工夫をしているようである。turbo717のよう車1台の場合は、完全往復という以外に手がないのであるが。そのおじさんさらに工夫点を述べてくれた。山小屋で注文する昼食のおにぎりは、その全部を食べず避難小屋などの緊急の宿泊の食事に回すのだという。小生も木曜日には帰りたいので、いまや何泊を小屋で、何泊を避難小屋でするかなどのバリエーションを添えながらも体力的に長丁場となる光までは無理であろうと、夜な夜な計算をし始める。三伏、三伏、荒川、百間洞、聖、百間洞、荒川、三伏の8泊では光は無理である。三伏、三伏、荒川、聖、光、聖、百間洞、荒川、三伏の8泊では荒川→聖間が行程12時間(本日分)を強いられ無理そうである。今回は、光を外すべきではないかと考えるようになった。そういえば、最初の易老渡10km手前のがけ崩れでケチがついてしまったと少し弱気。実はその後、おそるべき強健2人((一人はすでに登場の名古屋青年、夜叉神からS字状に南アルプス踏破を企てる26歳)、(一人は焼津人で大学山岳部出身))に会ってから、三伏、三伏、荒川、兎避難、茶臼、茶臼、百間洞、小河内避難の8泊で光を攻める 前向きの行程を考え付くのである。この行程はすべてが長丁場となるも、茶臼⇔光 ピストンという軽負荷がポイントとなり行程上の休息の意味をも持つ。荒川小屋から富士山Photo1・・2011.8.13 am5:08 ■さて、朝の出発時富士山を拝んだ。9年前にも拝んでいる。赤石岳へのトラバースの道まではブッシュの中を急登していく。荒川小屋上(赤石岳登山コースから荒川小屋を望むPhoto2・・2011.8.13 am5:14■小屋から絶えず発せられるジーゼルの音が、コースの途中まで追いかけてくる。5時18分に漸く、荒川岳の稜線から溢れ出てきたご来光を拝む。赤石岳登山コース
Aug 25, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その6・・8/12(金ーその2)_story(2452) 2011.8.248泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。大カールから板屋岳(2646m)Picture1 600mの高低差のある大カール。(13時00分)稜線の左に張り出している山が左から除山(2040.8m)、小日陰山(2505.3m)、大日影山(2560m)荒川小屋から小赤石岳(3081m)Picture2 荒川小屋のベンチから赤石岳方向を望む・・見えているのは小赤石岳(3081m)(15時32分)ブッシュを上がりトラバースしていくと大聖寺平(2700m)にたどり着く。ここからこの山魂に取りつき、一気に高度を上げていく。明日のコースを望んだ。赤い小屋が倉庫、この奥にトイレ棟がある。荒川小屋から荒川岳方向Picture3 夕焼けが迫る(18時12分)標高差600mの底にあたる荒川小屋からこの壁面をトラバースしていき稜線に至る。■ 8/12(金) 小河内岳(2801.6m)を過ぎ、大日影山の瀬戸沢の頭(2560m)、板屋岳(2646m)、高山裏避難小屋(2430m)とup-downを繰り返しながら稜線を南下。東斜面は塩見、荒川両山岳に囲まれた比較的緑の多い森林地帯。シラビソ原生林。高山裏避難小屋(2430m)のテン場を底にして次第に高度を上げていく。高山から張り出した東の尾根を巻く形で、磁針は北向きになったり、東向きになったりしながら、揚々のことでカール底面に至る。少し手前にあるクサリ場で、9年前の”遭難事件”を思い出した。クサリが2連になっており、構わず上へ、上へ登りつめてしまったため道を失い、途方にくれた場所である。今回は、1つ目の個所でロープがしてあり、上に行くなというシグナルを発している。道はクサリから90°の角度にちゃんとついているのである。前回はこれを見逃してしまったのである。同じようなミスを犯すものも多かったのであろう。今は大丈夫である。記憶ではすぐカールのガレ場と思ったがなんと、200mくらいはまだナナカマド、ダケカンバのブッシュの中を苦労しながら登らなければならない。森林限界からジグザグ回数137というとんでもない登りが始まる。この回数は復路のとき数えたものであるが以後、ジグザグ回数を載せていく。どれほどの難渋を強いられているか!たとえば足一歩で呼吸一回なのである。6歩登れば息が切れ、暫く休憩という勘定で、この急坂のジグザグをこなしていく。平均して1ジグザグで3m登る勘定。ビルの一階分の高さに当たる。137回のジグザグということはビルにして137階に相当する高度をよいしょよいしょと登っていく勘定である。マラソンなんかでは鍛えられない別の筋肉を必要とする。山登りの練習は山で行うか、砂袋を背負って高層マンションの階段を上り下りすることで鍛えるしか方法がない。これが若ければ、途中休憩することなく、口笛でも吹きながら登るであろう。さて、この頂上は世にも恐ろしい光景が待っていた。荒川の大崩落である。危険地帯は落差1800mの大崩落をわずか10cmの稜線を綱渡りする個所が2箇所。(Photo2)姿勢を低くし、西風を味方にわたりきる。カール西側の山稜Photo1・・2011.8.12 pm12:53 エッジのように切れ込んでいる西側が大崩落地。カール全体の光景はPicture1.荒川岳前岳の大崩落地Photo2・・2011.8.12 pm1:42 てっぺんに「チョン」とあるが荒川岳前岳の標識(photo3)黄色いスプレーで辺縁を縁取る。落差1800mの現場。恐る恐る綱渡りする。モンスターママがいれば「手すりを付けなさい!」となるが崩落が進んでいるため大迂回路を建設する以外に手はないかも。”人口減らし”には貢献しているのであろうか?荒川岳前岳の宙に浮く標識Photo3・・2011.8.12 pm1:44 あと5年すれば、この標識そのものが谷に落下し、「前岳」が無くなってしまう!■9年前に予測したように、荒川岳前岳の標識の足元はその半分がすでに崩落でなくなっていた。あと5年すればこの標識が谷底に落ち、「前岳」がなくなってしまうのではないか。さて、反対側の稜線から、荒川小屋が見え隠れし始めた。500mの落差、こちらはジグザグ187回という長大な壁を下りていく。お花畑が素晴らしい。無数の花が咲いている。シカよけの柵がしてあり、6回これを開け閉めしながら進む。つまり高度2900-2600mに設置されたシカ避けのネットがちょうどコース上に設置されているため出入りの回数が多くなったということである。偶数回でないと柵の外に出ることができない。登山者は何も臆することなくハーネスを外したり閉めたりしながら進んでいく。3時前に荒川小屋到着。どの小屋も9年目と違って真新しい。スタッフの人たちがお風呂にはいれるように浴室を備えたり、衛星TVや携帯電話の施設、水洗、冷凍庫施設などを備え近代的かつ環境配慮の高機能小屋となっている。この荒川小屋は100名山詣での拠点となっている。参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート→鳥倉登山口→三伏峠小屋8/11(木)晴れ・・三伏峠小屋⇔塩見岳((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋→荒川前岳(3068m)→荒川小屋8/13(土)晴れ・・荒川小屋→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 0°pm1:00 Sketch point:Itayadake-rodge ,320-0° View from Curl_ArakawadakeGPS 35.485728,138.161192(°)(35°29'8.62" N,138°9'40.29" E)標高2850mPicture2(sketch-direction 180°pm3:32 Sketch point:Koakaishidake, 180° View from Arakawa-rodgeGPS 35.485728,138.161192(°)(35°29'8.62" N,138°9'40.29" E)標高2633mPicture3(sketch-direction 60°pm6:12 Sketch point:Arakawadake, 60° View from Arakawa-rodgeGPS 35.485728,138.161192(°)(35°29'8.62" N,138°9'40.29" E)標高2633mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 24, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その5・・8/12(金ーその1)_story(2451) 2011.8.238泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。烏帽子岳(2726m)から富士山、前小河内岳(2726m)Picture1 烏帽子岳(2726m)山頂から114度の方向 (5時29分)雲海に浮かぶ富士山。手前の小高い山が前小河内岳(2724m)。荒川三山(左から、東岳(3141m)、中岳(3083.2m)、前岳(3068m))が顔を出した。前小河内岳(2726m)から小河内岳(2801.6m)と牧歌的な小河内岳避難小屋Picture2 前小河内岳(2726m)山頂から180度の方向 (6時22分)丘の上に建つ小河内岳避難小屋・・なんとも牧歌的である。復路にはこの小屋に泊まろうと画策したが、叶わなかった。次回の宿題となった。荒川三山(左から、東岳(3141m)、中岳(3083.2m)、前岳(3068m))奥に赤石岳(3120.1m)。右に(左から兎岳(2818m)、中盛丸山(2807m)、大沢岳(2819.4m))この丘の向こう、その真下をリニア新幹線が通る。小河内岳(2801.6m)から塩見岳Picture3 小河内岳(2801.6m)山頂から40度の方向 (7時16分)左後方が仙丈岳(3033m)、中央三角が甲斐駒ヶ岳(2967m)右のごちゃごちゃが北岳(3193m)と間ノ岳(3189m)の重なり手前の黒い山塊が塩見岳(3047m)稜線が昨日歩いてきた道。手前の稜線が本日歩いてきた道■ 8/12(金)午前5時前 三伏峠小屋を出発。本日のコースは2002.8.25-9.1の中津川―相模原弾丸マラソンコースと同じコース。9年前とは少し異なり、三伏峠小屋から三伏沢へ谷間を降りお花畑を登っていく迂回路を通る。崩落が小屋まで迫っており、昔のコースは危険となったためである。9年前は相当若かったようである。飯田駅から伊那大島駅まで炎天下の国道153号線を走り、さらには天竜川を渡って小渋湖沿いの県道を走って辿り着いた塩湯温泉。総計40km。ここで傷んだ足をほぐし、翌朝、塩川小屋経由の林道18kmを歩いてから三伏峠小屋に至る塩川ルートを取って三伏峠小屋に着いていた。あとは、荒川小屋までは同じルート。国道、県道ではリュックを担ぎ、登山靴を入れたザックを手に持ちながら走っていたというから大変奇妙な形ではなかっただろうか。このときの日記は、「中津川から相模原まで直線走」に詳しい。三伏沢のお花畑Photo1・・2011.8.12 am5:02 ■三伏沢のお花畑(Photo1)を通り抜け、55分の行程の烏帽子岳に向かう。この地点は小屋から近いということもありご来光や富士山を写真に収めるためピストンする登山者も多い地点である。案の定、頂上には三脚が2本。ご来光と富士山を狙っている。頂上はガレの縁となっているので、リュックを担ぐときに注意を要する。身体をひねってしまえば400m下の奈落へまっさかさまである。(Photo2)ここで一人の青年に会った。カメラマンというにはまだ小型デジカメの持ち主ではあるが、今回の目標はご来光と夕焼けであるという。お盆を里で迎えたあと再度荒川岳に入るという。3時間の行程のある小河内岳で再び会ったが、そこでコーヒーを沸かし始めた。山の楽しみ方は個々それぞれ違っている。高山植物や気象現象の写真家、単純に山登り、スケッチ組は稀である。烏帽子岳で一枚(Picture1)、前小河内岳で一枚(Picture2)、小河内岳で一枚(Picture3)を描いている間もその青年とは一緒であった。牧歌的な雰囲気のある小河内岳避難小屋へ暖を取りに降りて行ったようである。6日後にその避難小屋を訪れたとき小屋の主から、「スケッチする人」のことをその青年から聞いたと告げられた。「もうそんな前になりますか?」という会話。この主、宮崎駿監督とそっくりさんであった。この牧歌的な避難小屋へは今回の旅では泊まれなかった。現在まだ生後2ケ月の孫娘をつれてこの小屋に泊まりたいものである と言っておいた。(8/18)話が戻るが、相模原では朝の始動が午前8時となっている。山では4時起き、5時出発となっているので、7時には最初のピークを制覇しているのである。都会ではなんと怠惰な生活を送っていることかと嘆かわしい。もっとも、山では就寝が午後7時半とめちゃめちゃ早いので午前3時起きでも7時間半寝ていることになり、寝すぎの感はいなめないが。烏帽子岳の崩落Photo2・・2011.8.12 am5:35 ここでリュックを担いでフラフラとしたら最後!■Photo3はPicture2とほぼ同じ時刻で三伏峠の方向を振り返った光景である。朝日が射している。Photo4は同時刻の富士山。今回の旅ではどこでも朝10時までが勝負であった三伏峠への朝日Photo3・・2011.8.12 am5:41 前小河内岳から富士山を遠望Photo4・・2011.8.12 am5:41 ■三伏峠から荒川前岳のコースには人がほとんど歩いていない。百名山詣でのコースから外れるためで、逆に空いていてお勧めである。続く。参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート→鳥倉登山口→三伏峠小屋8/11(木)晴れ・・三伏峠小屋⇔塩見岳((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋→荒川前岳(3068m)→荒川小屋8/13(土)晴れ・・荒川小屋→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 114°am5:29 Sketch point:Mt.Fuji_Maekokawachidake-peak,114° View from Eboshidake-peakGPS 35.553450,138.154058(°)(35°33'12.42" N,138°9'14.61" E)標高2726mPicture2(sketch-direction 120-180°am6:22 Sketch point:Mt.kogouchidake, 120-180° View from Mae-kogouchidakeGPS 35.545056,138.159389(°)(35°32'42.2" N,138°9'33.8" E)標高2784mPicture3(sketch-direction 40°am7:16 Sketch point:Mt.Shiomidake 40° View from KogouchidakeGPS 35.537767,138.153139(°)(35°32'15.96" N,138°9'11.3" E)標高2801.6mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 23, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その4・・8/11(木ーその2)_story(2450) 2011.8.228泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。先頭に絵をまとめて置きます。写真は本文中(■)に配置。塩見岳東峰(3052m)から三角点のある西峰(3046.9m)、天狗岩、権右衛門山(2682m)Picture1 塩見岳東峰(3052m)から330度の方向 (7時46分)塩見岳東峰(3052m)から荒川岳の大山塊Picture2 塩見岳東峰(3052m)から180度の方向 (7時51分)主峰は荒川岳(悪沢岳)東岳(3141m)、その右のコルは3000m地点。その右の峰が荒川岳中岳(3083.2m)、端が前岳(3068m)東岳と中岳の間の大きな沢が、魚無沢。最右端の前岳のギザギザの山の向こうが大崩落地。直下の緑のベルトが大カールで600mの落差。明日8/12に登攀するコース。天狗岩下から塩見岳Picture3 天狗岩から110度の方向 (9時30分)天狗岩から三伏峠小屋方向Picture4 天狗岩下から220度の方向 三伏峠小屋方向 (10時19分)気持ちの良い斜面で昼寝をしていた。登山者は近くを天狗岩に向けて登って行く。右の大きな沢が三伏沢 黒い森の上に並行する2本の直線が三伏峠小屋(2580m)沢の左側の大きな山腹が烏帽子岳(2726)の山麓最左端の山が小河内岳(2801.6m 標識は「こごうち」、mapには「おごうち」)三伏峠小屋から塩見岳の夕焼けPicture5 手前の標識のある山が三伏山、その向こうに塩見岳(左が天狗岩)(午後6時35分)■ 8/11(木)午前7時半 塩見岳頂上から360度を堪能している。岩陰に潜んで、風を避けながらのスケッチ。途中で弁当のおにぎりを半分ほど食す。朝食を4時15分に食べたのですでに腹は空いている。塩見岳西峰(3046.9m)の方が東峰(3052m)と較べ若干低いが三角点があるため、塩見岳の公式標高(3046.9m)となっている。三伏峠から3/18に登山した多くの登山客はガスのため、この西峰で折り返したということである。この旅では、午前10時頃までが勝負であった。東峰から見た甲斐駒ケ岳ですら一瞬にして雲に隠れ、仙丈のみが顔を出す(Photo1)雲に隠れないうちに、西峰(Picture1)、荒川岳(Picture2)を急いでスケッチ。塩見岳東峰から仙丈Photo1・・2011.8.11 am7:39 ■ 塩見岳を後に来た道を引き返す。天狗岩あたりのコルで、塩見岳を見上げる(Picture3-photo2 繋がります。)三伏峠小屋、烏帽子岳、小河内岳をスケッチ(Picture4)天狗岩を見上げるPhoto2・・2011.8.11 am9:45 塩見岳南側樹林帯■ 小屋に帰り着いて、宿泊の手続きをする。連泊なるも朝から予約は受け付けない。ちゃんと帰ってきたことを確認する。天気が悪くなれば、塩見岳山腹にあった塩見小屋に泊まることもありうるからだ。ピストンでも軽装は慎まなければならない。このピストンで水1Lでは足りなかったことを反省。三伏峠小屋の水場は15分くらい下った箇所にある。ポンプで水を貯水していた。小さな小屋の中では熊避けのラジオが鳴っていた。洗濯したり、裸になって行水をしていたら次の登山者がやってきた。青年であったので安心した。冷水はなんと気持ちがよいことよ。しかし洗ったものが乾くという保証はない。・・この旅では毎日洗濯をしては乾かぬうちの冷たい服を着て旅をしていた。すぐ汗をかくのでたいして辛くはない。ヨーロッパの夏の巡礼と似ているが、こちらのほうはパリパリに乾いていた。参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート→鳥倉登山口→三伏峠小屋8/11(木)晴れ・・三伏峠小屋⇔塩見岳((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋→荒川前岳(3068m)→荒川小屋8/13(土)晴れ・・荒川小屋→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 330° am7:46 Sketch point:Shiomidake-West peak,330° View from Shiomidake-East peakGPS 35.573186,138.183714(°)(35°33'20.6" N,138°8'20.74" E)標高3052mPicture2(sketch-direction 180° am7:51 Sketch point:Mt.Arakawa 180° View from ShiomidakeGPS 35.573186,138.183714(°)(35°33'20.6" N,138°8'20.74" E)標高3052mPicture3(sketch-direction 110° am9:30 Sketch point:Mt.Shiomi 110° View from TenguiwaGPS 35.575681,138.177517(°)(35°34'32.45" N,138°10'39.06" E)標高2794mPicture4(sketch-direction 220° am10:19 Sketch point:Mt.Eboshi 220° View from TenguiwaGPS 35.575681,138.177517(°)(35°34'32.45" N,138°10'39.06" E)標高2794mPicture5(sketch-direction 30° pm6:35 Sketch point:Afterglow of Mt.Shiomi 30° View from Sanpukutouge-koya,Oshima-vill.Nagano Pref.JapanGPS 35.575681,138.177517(°)(35°34'32.45" N,138°10'39.06" E)標高2794mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 22, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その3・・8/11(木ーその1)_story(2449) 2011.8.218泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。塩見岳東峰(3052m)から仙丈、甲斐駒、間ノ岳Picture1 塩見岳東峰(3052m)から30度の方向中央が甲斐駒ヶ岳(2967m)、右が間ノ岳(3189m)奥が北岳(3193m)、左が仙丈ヶ岳(3033m)塩見岳東峰(3052m)から富士山、蝙蝠岳Picture2 塩見岳東峰(3052m)から120度の方向遠くに傘雲がかかった富士山、手前右黒が、蝙蝠(こうもり)岳(2864.7m)、左奥が黒河内岳(2717.6m)8/11(木)は塩見岳ピストンである。朝食を4時15分頃食べて4時30分にはザックとヘッドランプの軽装で山小屋を飛び出した。満天の星も、日の出の頃には影をひそめ静寂があたりを覆う。4時39分には最初の頂、三伏山(2615m)に到着。まだ地面は真っ暗である。本谷山(2657.9m)を降りると美しい樹林帯に分け入る。塩見小屋(2700m)あたりが森林限界。急に目の前が開ける(Photo1)Photo1・・6時38分 森林限界付近 塩見岳に寄り添うようにそそり立つ天狗岩が見えてきた(Photo2)(Picture2)天狗岩を見上げるPhoto2・・6時51分 岩場の急坂 超危険地帯の岩盤がやってきた。塩見岳西峰の垂直岩盤である。(Photo3)塩見岳西峰の岩盤Photo3・・7時11分 岩場の急坂 よくルートを確認しながら先人の残したマークに従って慎重に歩を運ぶ。塩見岳東峰到着 7時30分。本日の仕事(登攀)はこれで終了。・・・と商売!商売!全方向のスケッチが待っているのだ。日差しもよく、風が無い場合は、何時間頂上にいても気持ちがよいものである。おそらく、9時ころまではスケッチをしたり、登山者の記念撮影班をかって出たり、話をしたりして忙しかったことを思い出す。続く。参考:南アルプスー南部map少し余談になるが、リニア予定線は何と、小河内岳の近くを通る。標高2790mあたりにある「小河内岳避難小屋」の主(塩見小屋の創設者である)は伊那市の方であるがリニアが通るまでは生きられないと弱気。少しはっぱを掛けさせてもらったが(8/18)・・。飯田市に駅ができれば人口50万都市との夢もあるがいたって冷静。相模原市と中津川市を直線で結ぶと、大月にあるリニア実験線を通る。相模原市と中津川市を直線で結ぶことは昔から想定されていたと判断する。逆に品川と名古屋を直線で結ぶと、富士山の真下を通る。これを避けた狙いもあろう。直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、聖岳(3013m)、光(てかり)岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート→鳥倉登山口→三伏峠小屋8/11(木)晴れ・・三伏峠小屋⇔塩見岳((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋→荒川前岳(3068m)→荒川小屋8/13(土)晴れ・・荒川小屋→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 30° am7:36 Sketch point:30° View from Shimodake,Shizuoka City,Shizuoka Pref.JapanGPS 35.573186,138.183714(°)(35°33'20.6" N,138°8'20.74" E)標高3052mPicture2(sketch-direction 120° am7:41 Sketch point:120° View from Shimodake,Shizuoka City,Shizuoka Pref.JapanGPS 35.573186,138.183714(°)(35°33'20.6" N,138°8'20.74" E)標高3052mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 21, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その2・・8/10(水))_story(2448) 2011.8.208泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。旅での徒然を記します。下栗の里から聖岳、上河内岳Picture1 易老渡への道をUターン。途中車を止めて下栗の里をスケッチ。この背後に民家が点在三伏峠下から塩見岳(3052m) 手前の山は三伏山 左の山が本谷山(2657.9m)Picture2 鳥倉登山口から3時間ほどで三伏峠に至る。その直下で塩見岳を遠望。やっかいなことに、南アルプスでは、塩見岳と光(てかり)岳の2座が未踏破であった。南部南アルプスの北端と南端の山々である。これを制覇するためには体力のあるうちがよいと考え決行に及んだ。以前のように中津川在住であれば地元からのアクセスという形でトライできたが、今回は相模原からのアクセスである。学校へいくのと同じく、家を午前3時に飛び出した。易老渡からまずは光岳を制し北上する予定であった。飯田ICを降り、矢筈トンネルを抜け、152号を南下し、下栗の里から易老渡(いろうど)に向かう。この林道は19.2kmと長大である。しかし村はずれから3kmもしないうちに交通規制にあってしまった。易老渡へまだ10kmもある地点である。早朝の土砂崩れで道が塞がっているという。車を止めて、リュック歩行で突破しようとしたが、土砂崩れは続いている。止まっていた他の車は渓流釣りの人のものだという。崩落現場を突破できたとしても、午前8時からの時間で、10kmの徒歩と、易老渡から易老岳→光岳小屋のコースタイム7時間を考えると、真夜中になってしまうことが判明。大迂回して、9年前(中津川→相模原 160km横断マラソン・・荒川岳、伝付峠、下部温泉、本栖湖→山中湖をrunning)に泊まった大鹿村の鹿塩温泉に一泊をして、北部の塩見岳から攻めるコースに大変更を余儀なくされるのか?頭は計算を始めた。しかし、下栗の里はNHKでも紹介されたように深い谷底を見下ろす山の上に仙人のような生活をしている部落である。部落途中3kmの箇所で見えた聖岳の光景をスケッチしておかなければならない。(Picture1)さて、国道152号線を大鹿村方向に北上し始めた。この国道北部と南部が杣道でつながっているのみで、実際には車でいけないことが分かった。道はどんどん狭くなり、あぜ道のように細くなり、ついには車が詰まってしまった。Uターン。しらびそ峠から地蔵峠へ巻く林道のみで152号線がつながっているようであるが、これとて30数キロの林道走行を余儀なくされる。今日の泊りを塩川沿いにある塩川小屋に決めて、電話する。漸くつながった女将から、この塩川ルートは土砂崩れで通れなくなっているという。そのため小屋も営業を行っていないというか細い返答。しかしここで重要な情報を得た。鳥倉林道なら現在通行は可能で、バスも通っているとのこと。そこで、矢筈トンネルを飯田方面に戻り、天竜川沿いを北上することにした。漸く鳥倉林道のゲートに到着したのは午前11時となっていた。しかし、ここから三伏峠までは最短の3時間で登れる。三伏峠小屋泊に照準を定めて登山を開始した。こんな状況で1日目はさんざんな目にあっての登山開始となった。計画の大幅修正は山の上で考えることに。今は1600mのゲートから2600mの三伏峠小屋まで1000mの登攀をすることに集中せねばいけない。登り3時間、下り2時間のこのコースは南アルプスの稜線に最も便利に登れる人気のコースであり、双方向に登山者が多い。カラマツの美しい樹林帯にはおもわず足を止めたくなる。小鳥のさえずりと、樹林に身を置く自分。午前中の喧騒を忘れてしまう。(Photo1)カラマツ樹林帯Photo1 鳥倉登山口からすぐの箇所。カラマツの樹林帯がきれい。行程標識が1/10から10/10まで付いており、5と6の間に水場があった。9/10くらいから塩見岳が見えた。(Picture2)参考:南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算(負荷係数)コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート→鳥倉登山口→三伏峠小屋8/11(木)晴れ・・三伏峠小屋⇔塩見岳((3046.9m 東峰3052m)ピストン)8/12(金)晴れ・・三伏峠小屋→荒川前岳(3068m)→荒川小屋8/13(土)晴れ・・荒川小屋→赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋8/14(日)晴れ・・兎岳避難小屋→聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋8/15(月)曇り・・茶臼小屋⇔光岳((2591.1m)ピストン)ここからUターンの開始8/16(火)ガス・・茶臼小屋→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋→小河内岳(2801.6m)→小河内岳避難小屋(2790m)→三伏峠小屋→鳥倉登山口→(バス)→鳥倉林道ゲートPicture1(sketch-direction 90° am8:38 Sketch point:Hijiri Dake,Simoguri,Iida City,Nagano Pref.JapanGPS 35.380686,138.000844(°)(35°22'50.47" N,138°0'3.04" E)標高870mPicture2(sketch-direction 64° pm2:54 Sketch point:Shiomi Dake,Sanpukutoge,Ooshika Vill,Nagano Pref.JapanGPS 35.555722,138.139094(°)(35°33'20.6" N,138°8'20.74" E)標高2541mGoogle Earthを楽しむ方法Blogに掲載されている画像はすべて場所名、方位、時刻、GPS情報と標高を付けています。このうち、Google EarthにGPS情報を貼り付けて検索ボタンをクリックすると、スケッチした場所に飛ぶことが出来ます。
Aug 20, 2011
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南アルプス・スケッチ紀行(回想録その1・・総集編)_story(2447) 2011.8.198泊9日の南アルプスの南部の3000m峰を渡り歩いてきた。今回は駐車の都合上、塩見岳-光(てかり)岳の往復縦走となった。総括・・前半は天候に天恵まれたものの後半は曇りとなりほとんど頂上が見えなかった。岳人との沢山の出会いがあった・・感謝達人との出会いも多かった このコースでの達人例・・・26歳男性(テント)・・夜叉神峠から鳳凰三山→甲斐駒ケ岳→仙丈岳→間ノ岳→塩見岳→荒川岳→赤石岳→聖岳→光岳→寸又峡温泉まで45kmの徒歩の予定(林道崩落のため易老渡から名古屋に帰ったかしら?)・・実は8/13の途中から8/15の行程を一緒に歩いた。 四国からの男女(5名)・・黒戸尾根→甲斐駒ケ岳→仙丈岳→間ノ岳→塩見岳→荒川岳→赤石岳→聖岳→光岳・・(車の搬送サービス(7万円)利用で完全に一筆書き)コースの特徴・・・いわゆるアルプス街道(百名山歴訪のコース)は道が爽快、他のコースは難渋(特に百間洞ー聖岳、高山裏避難小屋ー前岳)じつに長時間を掛けて全峰を制覇する達人もいれば、百名山1座、2座を日帰りから2泊三日でこなす人達(圧倒的な数)各大学のワンゲル部の活動拠点として南アルプスが選ばれている・・・比較的空いている山稜を長時間長距離を掛けての縦走に適している?団体は山小屋、1人から少人数パーティはテントが圧倒的山岳トレイルランニング(1日で長時間コースをrunning)が盛ん・・これには否定的な意見が多い・・短パン+Tシャツ+runningシューズ姿で軽装なるも、転倒対策などしていない姿のため外目には無謀と映る。飛び散った石が高山植物を痛める(高山植物監視員からのコメント)、登山者との接触事故の心配、夜間走行などの無謀な行動のため山小屋では対応困難など(避難小屋の管理人から)。総集編・・・今回の行程mapを掲載します。回想録のリンクを作成しましたので適宜ジャンプ下さい。回想録2 8/10(水)晴れ・・(飯田IC→易老度(いろうど)の手前10kmで土砂崩れ→天竜川沿いを松川に北上→大鹿村→)鳥倉林道ゲート12:06→鳥倉(豊口)登山口→三伏峠小屋14:55回想録3 8/11(木)晴れ・・その1 三伏峠小屋4:45→塩見岳7:15((3046.9m 東峰3052m)回想録4 その2 塩見岳10:00((3046.9m 東峰3052m)→途中 昼寝 三伏峠小屋14:00回想録5 8/12(金)晴れ・・その1 三伏峠小屋5:00→カール回想録6 その2 カール→荒川前岳(3068m)→荒川小屋14:00回想録7 8/13(土)晴れ・・その1 荒川小屋5:00→赤石岳(3121.1m)回想録8 その2 赤石岳(3121.1m)→兎岳(2818m)→兎岳避難小屋13:25回想録9 8/14(日)晴れ・・その1 兎岳避難小屋5:25→聖岳(3013m)回想録10 その2 聖岳(3013m)→上河内岳(2803m)→茶臼小屋14:30回想録11 8/15(月)曇り・・その1 茶臼小屋6:00→光岳9:30((2591.1m)回想録12 その2 光岳10:30((2591.1m)→茶臼小屋14:00回想録13 8/16(火)ガス・・茶臼小屋5:00→聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→百間洞山の家14:45回想録14 8/17(水)ガス・強風・・百間洞山の家5:15→赤石岳(3121.1m)→荒川小屋→荒川前岳(3068m)→高山裏避難小屋13:55回想録15 8/18(木)ガス・強風・・高山裏避難小屋5:00→小河内岳(2801.6m)→7:45小河内岳避難小屋(2790m)8:45→11:00三伏峠小屋11:30→鳥倉登山口2:00→2:25(バス)→2:35 鳥倉林道ゲート番外編1 9/3 塩見岳を再び番外編2 9/4 カールを再び番外編3 9/5 赤石岳を再び南アルプスー南部map直線距離・・106.45km総高低差・・16691m・・・鞍部と山頂の差を累積走行換算1・・直線距離+高低差*1・・123.14km走行換算2・・直線距離+高低差*10・・273.36km・・・1mの高度差を平地10mに換算コース標準時間・・81.20H・・実際66.31H(スケッチ、食事など休憩時間を含む)スケッチ・・34枚(明日から数枚ずつ掲載していきます)著名な山岳名・・・塩見岳(3046.9m 東峰3052m)、荒川前岳(3068m)、赤石岳(3121.1m)、、聖岳(3013m)、光岳(2591.1m)宿泊・・8泊の内訳・・山小屋・・5(三伏峠小屋x2、荒川小屋、茶臼小屋、百間洞山の家)、避難小屋x2(高山裏避難小屋、兎岳避難小屋(無人))、テント(茶臼小屋テン場)経費・・9000*5小屋+5000*1避難小屋+その他(テン泊費用+間食費用など)=7万円リュック・・50L 12kg
Aug 19, 2011
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木槿(ムクゲ)の庭_story(2437) 2011.8.91ヶ月ほど前から、玄関脇に木槿が咲いている。2月下旬の豪雪で、枝が道路際に大きく傾いているため落花を道路に散らしている。ふと上を見ると白い花が咲いている。絵として描いてほしいと一月も悲鳴を上げていたが、今日やっと描くことができた。最初は白い花だったものが、最近はピンクに染まるようになってきた。朝方はおちょぼ口のような時もあるが、気温が高くなると100%開花して小さな緑の葉っぱ達を背景にくっきりと浮かぶ。玄関に咲くムクゲ徒然の記 南アルプス縦走往復の記アルプスを縦走する場合、車だと行ってきて戻らなければならないため長丁場の往復となってしまう。うまい手はある。同時に2台の車で目的は「アルプス縦走」としよう。AさんとBさんが同時に麓とおぼしき中間点まで行き、車を交換してAさんが北から入山、Bさんが南から入山し、途中で出会った場所で車のキーを交換すればOne Wayの縦走だけで済み、期間が半分と経済的であるまたは1台の車に2人乗る。一方を南の山麓に置いておき、他の一人は車で北端まで飛ばす。下山はこの逆である。これもOne-Wayで経済的。ただでさえ少ない南アルプス登山。うまくは日程がとれないため、今回も一人旅だ。では下記日程で行ってまいります。易老渡→易老岳(2354m)→光岳(2591.1m)→易老岳(2354m)→茶臼岳(2604)→上河内岳(2803.0)→前聖岳(3013m)→兎岳(2818m)→中盛丸山(2807m)→赤石岳(3120.1)→小河内岳(2801.6m)→塩見岳(3046.9m)(Uターン)塩見岳→小河内岳(2801.6m)→赤石岳(3120.1)→中盛丸山(2807m)→兎岳(2818m)兎岳→前聖岳(3013m)→小聖→易老渡と何百kmという壮大な南部・南アルプス縦走の旅を計画した。太字が百名山。しかも明日である。蜂さわぎは皮膚科に行って薬をもらってきたので楽になってはいる。気力・体力!!しばらくの期間(約9日間)blogは、携帯がつながれば携帯からのupとなります。ご容赦のほど。
Aug 9, 2011
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北杜市からの便り_story(1478) 2009.1.26今日はこの景色を拝むため2時間も待った。なにせいつもこの場所を通る時間は午前4時から5時。あたりは真っ暗である。日の出時間の7時近くを待たなければ、山の形すら見えない。零下8度くらいの冷え込み。2時間の仮眠は冷えこむ。外に出てスケッチするも、絵の具は3秒もすると、シャリシャリと音を始める。水分がシャーベット状に凍りだすからだ。パレットに溶く絵の具もやばい。もう原色のままで塗ったほうが早い。格闘している間、一気に太陽が昇りだした。それを受けて、甲斐駒ケ岳が輝き出した。八ヶ岳PAから朝焼けの甲斐駒ケ岳中央の岩稜が、甲斐駒ケ岳(2967m)、右が、鋸岳(2685m)左が、アサヨ峰(2799m)。甲斐駒ケ岳(2967m)を負ぶうように垂直の壁が左側にくっついているが、これが「摩利支天(2800m)」北杜市は今晩の「鶴瓶の家族に乾杯」のロケ地である。JR小海線の甲斐小泉(かいこいずみ)に、「三分湧水」があるがそこもロケされていた。「三分湧水」から南4kmに、中央道の八ヶ岳PAが位置する。絵は八ヶ岳PA(250° am7:10 Google Earth 地名=北杜(ほくと) スケッチpoint 35.827419 ,138.370897 (単位は°)(北緯、東経表示では、35°49'38.71" N,138°22'15.23" E))(Google Earthの検索ウィンドウ(ジャンプ先)に、10進度数、あるいは北緯,東経(E,Nの文字も)を入力(ドラッグしてコピーし貼り付け)しますと、その場所に地球儀が周り拡大表示されます。都心部ではくっきり映りますが、山岳部では、ぼやけます。高度が下がっていくとき、クリックすれば止まります。)
Jan 26, 2009
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甲斐駒ケ岳_日の出_story(1115) 2008.1.29早朝の駒ケ岳NHK TVの「おはよう日本」で、最上川の風景が映されていた。冬景色は水墨画のような落ち着いたたたずまいとなっていた。鳳凰三山、北岳、駒ケ岳、鋸岳は横一直線に並んで見える中央道のBestPosition日の出は麓では7時過ぎとなるが、高い山の山頂は10分前くらいから刻々と日に染まっていく。八ヶ岳PA(下り線)から甲斐駒ケ岳(朝 6:57)水墨画風今日は、駒ケ岳であるが、水墨画風に表すと上図のようになる。色彩がほとんど無い早朝は、しいてカラー着色を必要としないのではないかと。川霧の発生の瞬間なんかももう水墨画である。暖かい水面に冷たい外気が触れ、蒸気となって湧き上がる冬の気象現象である。八ヶ岳PA(下り線)から甲斐駒ケ岳(朝 6:57)カラー着色鳳凰三山(地蔵岳(2764m)、観音岳(2840m)、薬師岳(2780m))北岳(3193m)、甲斐駒ケ岳(2967m)、鋸岳(2685m)は横一直線に並んで見える中央道のBestPosition。日の出は麓では7時過ぎとなるが、高い山の山頂は10分前くらいから刻々と日に染まっていく。なかなか見事な変化である。その一瞬をとらえようとした。暖かい車の中にあった、パレットは、外で水を入れられ、氷点下の雰囲気にバリバリと凍りだした。シャーベットのようにざらついた、色を絵筆に掬い上げ、日本画のような粉の絵になった。 絵は(240° am6:57 Google Earth 地名=北杜 スケッチpoint 35.827419 ,138.370897 (単位は°)(北緯、東経表示では、35°49'38.71" N,138°22'15.23" E))(Google Earthの検索ウィンドウ(ジャンプ先)に、10進度数、あるいは北緯,東経(E,Nの文字も)を入力(ドラッグしてコピーし貼り付け)しますと、その場所に地球儀が周り拡大表示されます。都心部ではくっきり映りますが、山岳部では、ぼやけます。高度が下がっていくとき、クリックすれば止まります。)
Jan 29, 2008
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韮崎から鳳凰三山_story(975) 2007.9.11
Sep 11, 2007
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釈迦堂の庭_story(864) 2007.5.24 rev1(赤字の部分を追加・・2007.5.25pm9:40)
May 24, 2007
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長野県阿智村_story(840) 2007.4.30今日は、阿智村から聖岳を望む。
Apr 30, 2007
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タカトウコヒガンザクラ満開-高遠の山里その2_story(825) 2007.4.15長野県伊那市高遠町と中央アルプス
Apr 15, 2007
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甲斐駒ケ岳_季節の変遷story(760) 2007.2.9快晴の朝、甲斐駒ケ岳を眺望する機会に恵まれた。中央道の小淵沢付近を午前6:00-6:50の時刻に通ることが多い。12月ー1月の時期は、まだ駒ケ岳は闇の中であったが、2月になって、この時間帯に、日の出時刻を向かえ、駒ケ岳頂上に日が射す状況をつぶさに観察できるようになった。里はまだ真っ暗であるためしばらく車の中で暖をとっているとあたりが明るくなってくる。盆地の稜線に太陽が顔を出すころに、もう車を西へ向かわせている。バックミラーにあっと驚く真っ赤な太陽が指す。まぶしいというより衝撃的な光である。2007年 2月9日 2007.2.9 am6:53の甲斐駒ケ岳(八ヶ岳SA下り線 方角243°)日の出前。あたりはまだ暗い感じです。目の前の窪地にJRの線路があり、列車が甲府方面(画面の左)へかすめて行きました。さて、見張るかす、甲斐駒ケ岳。定点観測していながら毎回少しづつ見る角度が違うため、違う稜線を描くという按配である。目指すは、黒戸尾根(中央駒ケ岳の直下の峰)。麓に2つの駒ケ岳神社を要し、それぞれ登山コースの出発点となっている。この2つのコースは1450mの稜線で出会い、あとは一気に黒戸山(2254m)まで登りつめる。駒ケ岳頂上(2966m)へはさらに700m余を直登するという凄まじい登山。この全貌が眼前にある。道は、隠れていない。逆に言えばこの登山コースは振り返れば、常に小淵沢を見下ろせるという感じで、八ヶ岳の眺望もでき、非常に恵まれた環境で、視界が広がって最高の登山コースながら、難渋を要求するため、一般受けしない登山コース、すなわち”空いている登山コース"で、健脚向きには人気のコースである。右側、大きな丸い山は。日向山(1660m)や、鞍掛山(2047m)、その上のごつごつとした山稜が、鋸岳(2685m)。この特徴あるノコギリのような複雑な山頂はどこからでも確認でき、この稜線の先にある甲斐駒ケ岳が確認できるランドマークのような感じである。さて、雪がすくない現在、秋からの光景を供覧します。絵は(243° am6:53 Google Earth 地名=柿平(kakidaira) スケッチpoint= 35.861269,138.350350) ものです。 2006年 12月12日 2006.12.12 am7:20の甲斐駒ケ岳と北岳(八ヶ岳SA下り線 方角215°)雪が積もったようです。初冬ながら寂しげな駒ケ岳です。左側には、孤高の山、日本第2位の北岳(3192m)が顔を覗かせています。(なんか”僕忘れていない?”と言わんばかりです)2006年 11月16日 2006.11.16 am6:48の甲斐駒ケ岳(八ヶ岳SA下り線 方角230°)冠雪した山肌に、朝焼けの赤い感じが強調されています。2006年 10月22日 2006.10.22 am5:53の甲斐駒ケ岳(八ヶ岳SA下り線 方角250°)山では、晩秋にあたる時期。もう登山シーズンが終わり、厳しい冬を迎える準備です。このように同じ山を描いていると、なにか、峰々、山の稜線のすべてに愛着が湧いてくるようで、夏にまた登るときにはこの景色を想いながら登ってみたいという願望が湧きます。Google Earthのpositionを掲載しています。North,Eastは+、South、Westは-(マイナス)記号を付けて検索します。Search ウィンドウに 北緯(南緯),東経(西経)をいれてください。)ダイレクトに、緯度、経度(10進数で)をいれますと、全世界のある場所(たとえば自宅)にピンポイントで飛んでいけます。拡大されすぎの場合は高度を上げて見るか、途中でクリックして標高が下がるのを止めてください。
Feb 9, 2007
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旅の記録を絵で物語っている者でございます。初冬の甲斐駒ケ岳と北岳_story(701) 2006.12.12 もう「千一夜(絵)物語」がもう700夜になりました。早朝からの快晴の11日に山を訪れて見ました。甲斐駒ケ岳です。11/16から約1ケ月ぶりの山々です。この日の絵日記と比較してみると、秋の華やぎが去って、いつもの落ち着いた色合いの山肌を見せています。常々疑問に思っていることですが、絵と写真と すこし、いやかなり違うぞという点。少し比較してみました。絵の場合というより、人間の場合は、視点を移動させていきますので、好き勝手な絵が出来てしまうという難はあるものの、形状を把握するため拡大視や凝視により、より詳細に見ることができます。写真ではどうか。これはまたく異なります。写真は一発でコントラストを決めてしまいますので、人間のように、ここをもっと見たいというような目を細めて見るという行為をしてくれません。しかも視点一つ。よって視点を変えながら、沢山の写真をとる必要があります。人間の場合は、木の向こうにあるものにも、焦点をあてて見ることができます。写真は木に焦点があってしまうため、木の向こうを詳細に見ることができないという差があります。 12月11日の甲斐駒ケ岳絵は初冬の甲斐駒ケ岳と北岳(215° am7:20)を八ヶ岳PA下り線から眺望したものです。富士山に次ぐ日本第2位の高峰、北岳(3193m) が、真っ白く聳えていましたので、甲斐駒ケ岳と北岳を2つ絵に入れるため横向きの縮尺を縮めています。左の山の上に孤高のように聳えている山が北岳です。正面が、黒戸尾根 甲斐駒ケ岳(2967m)の左に付いている垂直の岩稜が摩利支天(2820m)です。左の山までの深い切れ込みが、仙水峠で、左(南)へ立ち上がって栗沢山(2714m)、アサヨ峰(2799m)へと続きます。いわゆる早川尾根です。下の絵は2006年11月16日の甲斐駒ケ岳(230° am6:48)を望んだものです。 11月16日の甲斐駒ケ岳
Dec 12, 2006
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仙丈ケ岳-北岳一周(その7 最終回)_story(595) 2006.8.19(1日2日分の日記を書いてきましたのでやっと今日に間に合いました。)お盆休みに駆け足で、南アルプス北部を一周してきました。この絵日記を、少しゆっくり報告します。本日の日記は、その第7日目ー最終回です。今日の日記の部分・・北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠今回の山の日記は今日(8/19)で終わりです。最初からですと、8月13日から読んでください。バットレスの一端を覗き見た後は、いよいよ下山です。広河原発、北沢峠に向かうバス(南アルプス市営バス)は12:20発。北沢峠着12:45.北沢峠からは伊那市営バスがpm1:00と非常に乗継がいい時間帯です。(この後は、2:20発。北沢峠からは4:00発となります) これに間に合うようにさらに、広河原で簡単な昼食を取りたいと、am11:20着を予定。このため現在時間(am7:30)からは、4時間弱。 快晴の状態であるが、登ってくる人は合計50名ほど。北岳には何回も挑戦している人も多く、ほとんど天候に裏切られ、1勝5敗などと口々に言っている。 午後の天気がわるいと、その分地面の水分が蒸発せず、今日のように朝が快晴の場合は、水蒸気が一気に湧き上がり、pm10:00ともなると、ガスがかかてくるこの繰り返しが多い。午後も晴れ渡るということがなければ、翌日朝遅くまでの快晴というのは望めない。 今日も、am10:00すぎるあたりから、雲が稜線までかけあがる様がうかがえ、バットレス近辺がすでに雲の中にかくれ、山頂は見渡せなかった。 全体に午前快晴、午後曇りの行程であった。味噌汁3杯の人(昨日の日記 参照)は、小太郎山(2725.1m)の往復をし、広河原最終バスpm5:00で甲府の方へ向かうとのこと。夫婦での楽しい旅をされていた。 北沢峠からの帰りのバスで気分が悪くなった青年がいました。途中介抱のため、バスを降ろし、安静を保ちながら、救急車を呼ぶというハプニングがありました。仙丈ケ岳への登攀途中、軽い高山病になったということです。あなどるなかれ。厳しい山でした。 終わり。北岳-北壁-バットレス北岳_肩ノ小屋上の絵は北岳山頂から北壁のバットレス(北20° am7:20)を眺望したものです。スケッチは足元の草むらを踏み抜くと谷底まで落下する場所で、立ちくらみがするくらい恐ろしい場所でした。バットレスは頂上直下1000mの大岩壁となっています。大樺沢に残る雪渓が真下に見えます。雲海の空たかく聳える山は八ヶ岳で、とくに赤岳が天を貫いています。この左側には、甲斐駒ケ岳、遠方に浅間山の煙。下の絵は肩ノ小屋下(草スベリ上)から北岳(南187°am8:36)を眺望したものです。左のコブが北岳(3192.4m)その右の平坦が標高3000m。ここに肩ノ小屋の屋根部分が見えます。着色忘れました。青色のはずです。茶色の部分が、肩ノ小屋 直下の急斜面でクサリ場となっています。下の平坦部分は高原歩きが楽しめる場所です。北アルプスの槍などもここから見渡せました。この部分から、白根御池小屋までの急斜面がお花畑で、「草スベリ」と名付けられています。爽快な斜面で、雄大なお花畑が楽しめます。白根御池小屋(2300m)から、広河原(1500m)までは樹林地帯で、根っこをよじ登る箇所が数千回。800mの落差です。下りも登りも大変な場所です。つづく。(1日の行程を日記では、2,3倍して(牛歩のごとく)書いてきました。初めて詠まれるかたは、8/13の分から詠んでみてください。)事典草スベリ北岳東面の登山道のうち、おおよそ白根御池―小太郎尾根稜線までをいいます。 草スベリのお花畑: シナノキンバイ、クルマユリ、イブキトラノオなどの高山植物が茂り、草を滑るような状態だったことから名前が付いたらしい。今は裸地が増えて見る影もない。雪崩の通り道でもあり、過去に何回か大規模なものが発生している。1999年春先の雪崩は、白根御池小屋を押しつぶし、小屋前にできたデブリが高さ数メートルになった。冬の登山はこのコースを使わない。 出展:南アルプスNET・・・南アルプスの北部(甲斐駒ケ岳から塩見岳まで)はこのサイトの情報が豊富(バスの時刻表も調べられます)です。参考地図:長野県-山梨県 南アルプス北部上の図はYahoo_map+turbo717編集青・・1日目,3日目・・戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠(往復)赤・・1日目・・北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m)→大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m)ピンク・・2日目・・両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘橙・・3日目・・ 北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原橙紺・・広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠赤・・ガイドブックのコース青・・人数が激減するコース太字が、今回(7日目の日記)の部分。1日目:中津川→中央道→伊那IC→高遠→戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m) →大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m) 2日目:両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘3日目:北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠
Aug 19, 2006
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仙丈ケ岳-北岳一周(その6)_story(594) 2006.8.18お盆休みに駆け足で、南アルプス北部を一周してきました。この絵日記を、少しゆっくり報告します。本日の日記は、その第6日目です。今日の日記の部分・・北岳山荘→北岳(3192.4m)山の日記を続けます。北岳山荘は150名という満員で、食事は3回に分けて提供されました。その第1回目はam4:30 2回目は40分遅れのam5:10 3回目はam5:50.因みに夕食が第1回目はpm5:00 2回目は50分遅れのpm5:50 3回目はpm6:40でありました。なんと最終到着者はpm6:30.山小屋では、すべての人を受け入れるというのが原則ですが、遅くてもpm4:00までには到着しておきたいものです。上記1,2,3回は、到着の順番により先着50名づつ、割り当てられるようです。日の出時間はam5:02(8/15時点)です。北岳までの所要時間は1時間20分ですので、御来光を頂上で拝むためには、山荘を3時40分発という行程で、当然ヘッドライトを灯しながらの登頂となります。北岳山荘前のテラスからでも十分御来光は拝めますので、この場所で御来光を待つことにしました。沢山の人が、起きだして来てカメラを設営したり忙しい立ち居振る舞いとなりました。明るくなりだし、富士山が雲海の上に凛々しく聳えていました。妙高(45°)の方角からの御来光があり、快晴のなか、歓声があがりました。2回目の食事は、上がったばかりの太陽を受けながらの食事となりました。今日の快晴を思ってか、全員には笑顔がありました。味噌汁を共に、3杯お変わりをした人とはこの後3回も、合うということになりました。さて、登頂を開始したのは、am5:40頃でしょうか。am7:01には頂上でスケッチをしていました。大きな岩の塊をよじ登るという感じですが、垂直というわけではなく、至る所にある梯子を辿っていけば登頂が果たせるというイメージです。両俣小屋からの北岳直登ルートがずっと見えており、そのすごさに息を呑むほどです。頂上から北の方角、肩の小屋への中間地点が北岳直登ルートの終着点ということで、登頂のためには、さらに南に100mほど登らなければなりません。まあ無駄の無いルートです。いつか挑戦をしたいルートの一つです。バットレスという北岳名物の垂直の岩場は頂上の直下にあり、しっかりとは見えません。下の絵がその一端です。北岳山荘テラスからの富士山北岳山頂から、間ノ岳上の絵は北岳山荘テラスからの富士山(東90° am5:08)を眺望したものです。手前の山が鳳凰三山(地蔵、観音、薬師)。谷が野呂川。尾根が吊がね尾根。雲海と鳳凰三山の間には甲府盆地が見えています。絵では黒い部分です。下の絵は北岳山頂から間ノ岳(3189.3m)(南186° am7:01)を眺望したものです。すぐ右側の台形の大きな山が塩見岳(3046.9m)つづく。(1日の行程を日記では、2,3倍して(牛歩のごとく)書いていきますので、お付き合いください。)事典南アルプスNET・・・南アルプスの北部(甲斐駒ケ岳から塩見岳まで)はこのサイトno情報が豊富(バスの時刻表も調べられます)です。参考地図:長野県-山梨県 南アルプス北部上の図はYahoo_map+turbo717編集青・・1日目,3日目・・戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠(往復)赤・・1日目・・北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m)→大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m)ピンク・・2日目・・両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘橙・・3日目・・ 北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原橙紺・・広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠赤・・ガイドブックのコース青・・人数が激減するコース太字が、今回(6日目の日記)の部分。1日目:中津川→中央道→伊那IC→高遠→戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m) →大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m) 2日目:両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘3日目:北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠
Aug 18, 2006
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仙丈ケ岳-北岳一周(その5)_story(593) 2006.8.17お盆休みに駆け足で、南アルプス北部を一周してきました。この絵日記を、少しゆっくり報告します。本日の日記は、その第5日目です。今日の日記の部分・・三峰岳(2999m)→間ノ岳(あいのだけ:3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘山の日記を続けます。 三峰岳(みぶだけ)でワンゲルのパーティーと別れ、間ノ岳へ向かいました。この稜線は東西にわずかに1kmと狭い稜線で、農鳥岳をいだく東の尾根と、塩見岳をいだく西の尾根を結ぶ稜線となています。岩頭がいくつか天を刺し、カール状のくぼ地が南に開ける、絶景です。お花畑もいくつか広がり、心地よい風が昇ってきます。 ここでマラソン登山をしている人に出会いました。背中に2.5リットルの栄養剤を入れたポリタンクを担いだだけの軽装です。広河原から三峰岳を往復しているとのことでした。 走っていってしまいましが、しばらくすると、ザワザワと小石が落ちる音が聞こえました。カモシカかな と思いましたが、さきほどのマラソン登山の人が道を間違え岩頭に取り付いているではありませんか。 大声をあげて、正しい道を誘導してあげました。 間ノ岳へ到着すると、人が増えました。ここは北岳と間ノ岳を往復するする人たちで賑わう場所です。北岳、間ノ岳、農鳥岳を含めた三山を白根三山ということもあって、登山をする人が多いようです。 カメラをわすれたり、荷物をわすれたり、結構この道は、往復する人で、混みあう道でもあります。 北岳山荘ではほぼ満員(300人)の状況でした。夕焼けがきれいでした。間ノ岳北岳夕焼け 上の絵は間ノ岳(南180° pm1:50)を眺望したものです。 北岳山荘に荷物を置いて、間ノ岳往復をする人も多い中、画中の男性は、逡巡していいます。行こうか、行くまいか。 この地点からは1時間で行けるのですが、午後のこの時間、雲が絶えず発生し、見る間に目の前が真っ白になることも多く、このスケッチは一瞬の天気の状態です。5秒もしないうち、雲がかかってきました。坂道を降りる男性は、昨日の日記で登場した、『北岳直登』の男性です。登山歴5年ですが、山に取り付かれた男。農鳥岳に向かいます。下の絵は北岳山荘から北岳(北0° pm6:6:33)を眺望したものです。 ずっと、霧がかかっていましたが、夕食後外に出てみると、雲が切れて夕陽を浴びている北岳がありました。 スワ大変と、スケッチブックを取りに宿に戻り、丘にあがって書いたものです。翌日は、過去最高の天気の北岳登頂となりました。つづく。(1日の行程を日記では、2,3倍して(牛歩のごとく)書いていきますので、お付き合いください。)事典北岳標高3,193メートル。富士山に次ぐ日本第2位の高峰で南アルプスの最高峰。白根山とも呼ばれている。ヒメヤナギラン、キタダケソウ、キタダケキンポウゲなど固有の高山植物が多い。盗掘が続き、山梨県高山植物保護条例制定のきっかけとなった。登山道、山小屋は整備されている。東面は標高差約600メートルの大岩壁でバットレスと呼ばれている。近代登山の普及とともに初登はんが争われ、積雪期は桑原武夫ら京大グループ1925(大正14)年。バットレスは無雪期に高橋健治ら京大隊1927(昭和2)年。積雪期に立大隊1934(昭和9)年が初登はんした。山梨県南アルプス市。1997(平成9)年、山梨百名山に選定。日本百名山。出展:南アルプスNET・・・南アルプスの北部(甲斐駒ケ岳から塩見岳まで)はこのサイトno情報が豊富(バスの時刻表も調べられます)です。参考地図:長野県-山梨県 南アルプス北部上の図はYahoo_map+turbo717編集青・・1日目,3日目・・戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠(往復)赤・・1日目・・北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m)→大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m)ピンク・・2日目・・両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘橙・・3日目・・ 北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原橙紺・・広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠赤・・ガイドブックのコース青・・人数が激減するコース太字が、今回(5日目の日記)の部分。1日目:中津川→中央道→伊那IC→高遠→戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m) →大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m) 2日目:両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘3日目:北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠
Aug 17, 2006
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仙丈ケ岳-北岳一周(その4)_story(592) 2006.8.16お盆休みに駆け足で、南アルプス北部を一周してきました。この絵日記を、少しゆっくり報告します。本日の日記は、その第4日目です。今日の日記の部分・・両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)両俣小屋の食事は、イワナ尽くしのメニューで堪能しました。山の日記を続けます。 両俣小屋の前を流れる野呂川は、この少し上流で、左俣沢と右俣沢に分かれます。右俣沢の上流に大滝(標高:2200m)があり、イワナ釣りはここまでの範囲で楽しむようです。 山への登頂ルートは2つあり、その一つが「北岳直登ルート」で、約1000mを水平距離3000mで登っていくコースで、難度の高い登攀が余儀なくされます。しかし、仙丈ケ岳を含めた南アルプス縦走には欠かせないコースとなっています。 もう一方が、今日紹介する、三峰岳(みぶだけ)への登攀で、塩見岳へ至る縦走や、北岳一周コースをとる場合のルートとなります。両俣小屋から「野呂川越」に登り詰めると、こんどは方角を南にかえて、三峰岳(2999m)への登りのためのコブを何個か越えていく必要があります。仙塩尾根は「野呂川越」で稜線をくの字に折れ曲げているだけで、コブの連続は変わりません。しかし、2500mの高度に至ると、突然視界が広がりますので、今しばらくのがまんです。 鈴を鳴らしながら北に下りてくる人をみかけました。相当ながい間鳴っていましたので、ジグザグのコースだったのでしょうか。「ずっと、鳴っていましたヨ」と声を掛けると、「『しんどい。しんどい』と鳴いているように聞こえませんでしたか?」と詩的なことを言って両俣小屋のほうに歩を進めていきました。また「クサリ場があったのに、ガイドブックには書いていない」とも。 この鈴は、はたしてクサリ場でかなり時間を取られたための”鳴り”のようでした。下の絵はそのクサリ場を上がった直後の場所から三峰岳(みぶだけ)を見たものです。クサリ場は森林限界であったようです。ここから稜線全体を見ながらさらに急峻な登りとなります。”岩頭”というべき岩が折り重なって屹立している箇所が何箇所かあり、その一つが三峰岳となっています。 間ノ岳から、三峰岳に向かうパーティがありました。6人の大学のワンゲル部に所属する仲間たちです。稜線を歩く弾んだ声が聞こえてきました。影絵のように黒いシルエットが真っ青な空を背景に行軍している様は、そのまま映画になる風景でした。 このパーティの人たちと、まさに三峰岳の頂上(2999mでケルンを積んで3000mに達している涙ぐましい頂です)の猫の額のようなくぼ地で、談笑しました。 なんと、北沢峠の長衛荘を起点として、仙丈ケ岳→両俣小屋→北岳直登→間ノ岳→三峰岳へ至ってきたというつわものです。すすべてテントですので、その重量やいかに?さらに熊沢小屋→塩見岳→赤石岳→聖岳と南アルプスを縦走するチームであったわけで、その目標の高さに驚きました。女性2人、男性4人のパーティで笑顔が最高でした。野呂川の朝三峰岳上の絵は両俣小屋近くの野呂川(北西320° am5:22)をスケッチしたものです。山に向かうのは、野呂川の左俣沢を遡上し、北岳直登に向かう登山者です。この人の後姿は、明日の日記の絵にも現れます。ということ北岳近くでも再会しています。下の絵は尾根から三峰岳を眺望(南180° am9:40)したものです。上の絵からは4時間が経過しています。この登りに1時間を要しました。頂上が2999mの三峰岳です。つづく。(1日の行程を日記では、2,3倍して(牛歩のごとく)書いていきますので、お付き合いください。)事典両俣小屋野呂川上流の右俣、左俣合流点から350メートルほど下流の左岸にある山小屋。標高は約2,000メートル。収容30人。 南アルプス市両俣小屋 1982年8月の台風による増水被害で傾き、建て替えられた。人気の登山コースから外れているため、両俣の自然と小屋番の人柄にひかれた固定ファンが多い。小屋番の星美知子さんは、台風と闘った際の「41人の嵐」、小屋番20周年を記念した「両俣竜胆の記」を出版している。キャンプ指定地で40張り可能。 出展:南アルプスNET・・・南アルプスの北部(甲斐駒ケ岳から塩見岳まで)はこのサイトno情報が豊富(バスの時刻表も調べられます)です。参考地図:長野県-山梨県 南アルプス北部上の図はYahoo_map+turbo717編集青・・1日目,3日目・・戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠(往復)赤・・1日目・・北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m)→大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m)ピンク・・2日目・・両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘橙・・3日目・・ 北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原橙紺・・広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠赤・・ガイドブックのコース青・・人数が激減するコース太字が、今回(4日目の日記)の部分。1日目:中津川→中央道→伊那IC→高遠→戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m) →大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m) 2日目:両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘3日目:北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠
Aug 16, 2006
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仙丈ケ岳-北岳一周(その3)_story(591) 2006.8.15お盆休みに駆け足で、南アルプス北部を一周してきました。この絵日記を、少しゆっくり報告します。本日の日記は、その第3日目です。今日の日記の部分・・仙丈ケ岳(3032.6m)→大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越(2300m)→両俣小屋(約2050m) 両俣小屋(標高2000m)の前を流れる野呂川では、岩魚がたくさん釣れています。山の日記を続けます。 仙丈ケ岳から大仙丈ケ岳、仙塩尾根の方角(南下)へは、登山びとが激減するコースです。「馬鹿尾根」と悪口をたたかれる仙塩尾根のせいかも知れません。これを改め「面白尾根」とでもすればよいのかも。 仙丈ケ岳(3032.6m)の最高峰から、野呂川越(2300m)までの傾斜には、大小20余りのコブがあり、これを越えていくわけで、「もうこれで終わりだろう」と思われるコブ(上り、下り)が期待を裏切り、まだ先にコブが見るという面白さがあります。 伊那荒倉岳(2519m)や、横川岳(2478m)といった確かな”コブ”を越えた箇所に、「野呂川越(2300m)」という峠のような場所があります。約4時間の根気の要る樹林帯コースですので、1人では潰れてしまうコースかもしれません。 このコブを越える面白さは、何と言っても、つねに、北岳を樹林から眺められるということに尽きるのではないでしょうか。左手(東)には、野呂川が北上し、右手(西)は、三峰(みぶ)川が南下するという稜線をほぼ真南に下っていきます。 野呂川越えが一番の鞍部になっており、ここから両俣小屋まで、約300mを下ります。女性2名がここでビバークを決意していました。理由を聞くと、両俣小屋へ下りたものの、早朝の登攀に山の斜面が迷いやすく自信がないため、Uターンしてここに戻ってきたとのこと。たしかに、早朝・真夜中の登攀では巨木の生い茂る斜面の登攀は難しいのではないかと感じました。それほど、幾つもコースが取れそうな、山道ですので、テープなどの増設を希望します。特に大きな岩を迂回する途中の道には、沢山の踏み跡がありました。山小屋到着が夕刻5時近辺となってしまいました。少し行程が長すぎたようです。仙塩尾根Map両俣小屋上の絵は仙塩尾根(南東152° pm1:22)行程地図をグレーススケールで示したものが、下図です。下の絵は両俣小屋(南180° pm6:30)で小屋の近くにはテント場があり、小屋前のテーブルにその人たちも含めて沢山の人が集っていました。それでも、小屋の主人は「ほかの小屋では超満員と聞いているのに、ここは空いている」と嘆いていました。しかし、目の前の野呂川は、釣りでは「岩魚」の名所で、フライなどを楽しむ人たちが、「野呂川出合」というバス停から2時間半を徒歩でこの川に入ってきていました。静かな山荘、キャンプの楽しさ・・を満喫するには、両俣小屋が最高と感じました。つづく。(1日の行程を日記では、2,3倍して(牛歩のごとく)書いていきますので、お付き合いください。)事典仙塩尾根野呂川の両俣から仙丈ケ岳に登る場合、仙丈ケ岳から両俣に下る場合、あるいは仙丈ケ岳から三峰岳を経て塩見岳をつなぐコースとして利用されている。ばかばかしいほど長い登り(下り)が続くことから名前が付いた。「仙塩」は、仙丈ケ岳と塩見岳をつなぐ尾根であることから付いた。出展:南アルプスNET・・・南アルプスの北部(甲斐駒ケ岳から塩見岳まで)はこのサイトno情報が豊富(バスの時刻表も調べられます)です。参考地図:長野県-山梨県 南アルプス北部上の図はYahoo_map+turbo717編集青・・1日目,3日目・・戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠(往復)赤・・1日目・・北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m)→大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m)ピンク・・2日目・・両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘橙・・3日目・・ 北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原橙紺・・広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠赤・・ガイドブックのコース青・・人数が激減するコース太字が、今回(3日目の日記)の部分。1日目:中津川→中央道→伊那IC→高遠→戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m) →大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m) 2日目:両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘3日目:北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠
Aug 15, 2006
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仙丈ケ岳-北岳一周(その2)_story(590) 2006.8.14お盆休みに駆け足で、南アルプス北部を一周してきました。この絵日記を、少し詳しく報告します。本日の日記は、その第2日目です。太字は今回報告分。括弧( m)は標高を表しています。 仙丈ケ岳は、日帰り1周登山が多く、長衛荘(2036m)や、大平山荘(1960m)、仙水小屋(2130m)をベースにして軽装で登山を楽しむ人が多い山です。また体力に自信がなくても、折り返し地点には、仙丈小屋(2900m)、馬の瀬ヒュッテ(2640m)、藪沢小屋(2500m)などの小屋があり、安心です。 山容は、「馬の瀬尾根」で立ち上がり、頂上に3つの頂(小仙丈ケ岳、仙丈ケ岳、大仙丈ケ岳)を擁し、「仙塩尾根」でなだらかな傾斜を降りるいう大きな台形を成す山で、この山塊は、どこからでも、特に伊那谷(天竜川)や、中央道(伊那IC-阿智IC間)では、全容が常に一望できる山でもあります。 日本第二の北岳をも、その背面に隠すだけの高さを誇っている山でもあります。常々登りたいと、今回一念発起して挑戦してきました。 北沢峠(2030m)から一気に1000mの登山ということで、頑張りが必要ですが、そこを耐えれば、森林限界から顔を出すことができます。降りてくる人の爽やかな笑顔と、登る人の苦渋に満ちた顔が対照的で、「もう少しよ」と、何回声を掛けられて励まされたか。これがなければ、とっくに引き返したくらいです。仙丈ケ岳馬の瀬尾根 上の絵は小仙丈ケ岳から仙丈ケ岳を眺望(南西240° am9:21)したものです。北沢峠7:00登攀開始で、2h21m経過しています。なんと、3人の絵描きが仙丈ケ岳南面のカールをスケッチしていました。手前の3名がその人達です。下の絵は仙丈ケ岳から仙丈小屋、馬の瀬尾根、林間に馬の瀬ヒュッテを眺望(北0° am10:30)したものです。小仙丈ケ岳9:40登攀開始で、0h50m 経過しています。仙丈ケ岳を登攀したあとは、小仙丈ケ岳に戻るか、絵の中央にある仙丈小屋を経て、馬の瀬尾根あるいは、右(東)にまき、藪沢・小仙丈ケ岳分岐までもどって、北沢峠に下りて行きます。今回は、さらに大仙丈ケ岳に向かい、北岳を目指します。つづく。(1日の行程を日記では、2,3倍して(牛歩のごとく)書いていきますので、お付き合いください。)事典優雅な山容から南アルプスの女王と呼ばれ、豊富な高山植物で彩られる。南アルプスの氷河遺跡がある山として有名。山梨、長野県境にあり標高3,033メートル。緩やかな尾根で山頂近くに薮沢および大仙丈、小仙丈の典型的な3つのカール地形があり、この3つのカールとU字谷は氷河のクシダンゴ地形とも呼ばれ、付近には氷河の作用によって形成された多量の岩片とすり跡が存在する。地質はジュラー三畳紀層と考えられる粗粒ないし中粒の砂岩が主体で、これに薄層の粘板岩、チャートを挟み、地層の一般走向は北20度東で、東に50度前後の傾斜を示す。山梨県南アルプス市、長野県伊那市。1997(平成9)年、山梨百名山に選定。出展:南アルプスNET・・・南アルプスの北部(甲斐駒ケ岳から塩見岳まで)はこのサイトno情報が豊富(バスの時刻表も調べられます)です。参考地図:長野県-山梨県 南アルプス北部上の図はYahoo_map+turbo717編集青・・1日目,3日目・・戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠(往復)赤・・1日目・・北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m)→大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m)ピンク・・2日目・・両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘橙・・3日目・・ 北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原橙紺・・広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠赤・・ガイドブックのコース青・・人数が激減するコース太字が、今回(2日目の日記)の部分。1日目:中津川→中央道→伊那IC→高遠→戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m) →大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m) 2日目:両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘3日目:北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠
Aug 14, 2006
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仙丈ケ岳-北岳一周(その1)_story(589) 2006.8.13駆け足で、南アルプス北部を一周してきました。この絵日記を、少し詳しく報告します。本日の日記は、その第1日目です。総括としては、この小旅行で感じた山行き・・・マナーが大変向上しました。全員がすこし上品になったようだ。・平日の疲労を残したままの翌日登山や、夜行早朝登山という例(サラリーマン登山)が少なくなったようで、安全登山の例が多いようです。(高齢者が多くなった影響です)・女性同士の登山や子供連れ登山例が多い。(たくましくなりました)・マラソン登山例(2.5リットルの栄養ドリンクを肩に担いだだけの軽装(口には時々ホースをくわえる)で、広河原→北岳→間ノ岳→三峰岳(2999m)を数時間で往復(tubo717風の登山例が増えています・・しかし混んだ縦走路では危険)・スキーと似ていて、バスから降りて(スキーの場合は車→リフト)いきなり1000m余りを登頂(スキーの場合はいきなり滑降)例・・ほとんどの人(登山教育の必要性)。・人気のないコースは10人/1日くらいと、人数が激減。ガイドブックに依存した登山例(逆に言えば安全)(100,200,300名山の本に首っ引きな登山客が多いようです)色々な人が多く、登山例が多様化してきたカナかなと感じました。半分の行程(青)は100名山めぐりの基本ルートですので混雑しています。残りの半分(赤)は人数が激減するコースで、静かな山行きを望む人にはお勧めのルートです。太字は今回報告分。また仙丈ケ岳は一周コースを取る人が大半のようです。一周コース・・北沢峠→大平山荘→藪沢→馬の瀬ヒュッテ→仙丈ケ岳(3032.6m)→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→北沢峠 1日目:中津川→中央道→伊那IC→高遠→戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m) →大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m) 2日目:両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘3日目:北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠参考地図:長野県-山梨県 南アルプス北部上の図はYahoo_map+turbo717編集青・・1日目,3日目・・戸台口→仙流荘→(南アルプス林道バス・伊那市営)→北沢峠(往復)赤・・1日目・・北沢峠→藪沢・小仙丈ケ岳分岐→森林限界→小仙丈ケ岳(2855m)→仙丈ケ岳(3032.6m)→大仙丈ケ岳(2876m)→仙塩尾根→伊那荒倉岳(2519m)→横川岳(2478m)→野呂川越→両俣小屋(約2050m)ピンク・・2日目・・両俣小屋(約2050m)→野呂川越→三峰岳(2999m)→間ノ岳(3189.3m)→中白根山(3055m)→北岳山荘橙・・3日目・・ 北岳山荘→北岳(3192.4m)→肩の小屋(3000m)→草スベリ→白根御池小屋→広河原橙紺・・広河原→(南アルプス林道バス・南アルプス市営)→北沢峠甲斐駒ケ岳 絵は小仙丈ケ岳へ至る森林限界から北方の甲斐駒ケ岳(2967m)を眺望したものです。甲斐駒ケ岳(2967m)の右側のコブが「摩利支天」の岩稜です。岩石をおんぶしている形ですが、方角によっては、このコブが確認できず、山と同化してしまいます。一段低い山が双子山(2649m)で、右側の窪んだ箇所が仙水峠で、この谷の半分より上方に仙水小屋があり、仙丈ケ岳を登頂した後、甲斐駒ケ岳を登頂する人たちのベースキャンプになっている小屋です。手前の山から森林限界までの山が小仙丈ケ岳に至る稜線です。森林限界をすぎるとやっと、稜線を歩くという感じで開放感にあふれる瞬間です。アルプスを縦走する・・・2500m以上の稜線(ハイマツや岩石の道)を歩く・・ということになるのですが、最も辛いのが、森林の中を、しかも急坂を登攀するという行程で、ここで、幾人もが、『もうダメだ』と引き返したくなるのが、この森林の中を登攀する行程です。今回ある青年が、この森林中で蒼白となり、(軽い高山病と思われます)下山を余儀なくされました。つづく。1日の行程を日記では、2,3倍して(牛歩のごとく)書いていきますので、お付き合いください。
Aug 13, 2006
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諏訪湖_南岸の森_story(523) 2006.6.3本日は新宿区と文京区を行き来していました。みずみずしい緑。山の緑はこれからです。南アルプス北端は、諏訪湖の南岸の森。この地は、中央道のなかでも、一番春の訪れが遅く、最も秋の訪れが早い地帯にあたります。広葉樹林帯で、ほとんどは、ブナ、コナラ、クヌギ、樺、いちいなどなど。曇りで丘の頂までは見通せませんでしたが、あたりはすっかり新緑。こういう里山を歩き回ることが出来ればさぞ楽しいであろうと、想像します。この森の南側、諏訪湖から国道152号線を杖突峠を越えて、18kmも南下すれば高遠です。コヒガンザクラの名所です。ここを更に南下し、秋葉街道をへ入り、美和湖を越えて、20km東に行ったところが北沢峠。甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳への起点になります。夏山の基地ですので、わくわくしてしまいます。あと2ケ月 待ちたいとおもいます。諏訪湖南岸の森絵は、中央道_諏訪湖SA(上り線:諏訪市)(南180° pm5:00)のメルヘンチックな諏訪の森。この時期、木 一本一本 が見え、葉が一枚一枚見えるほど、若々しい季節でした。
Jun 3, 2006
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高遠の思い出_story(481) 2006.4.24本日は、高遠の桜 追憶編です。その1・・高遠城址公園・・・桜雲橋(おううんきょう)が空堀にかかります。この橋の下にも道があり、少数ですが、歩く人を見かけました。つまりこの空堀に降りることが出来ることを意味します。はたして、ロープで塞がれた場所もありますが、南北2箇所からこの堀に降り立つことができました。ミズバショウなどが植わる池の際から橋を見上げると、景色全部が桜で埋まります。その2・・白兎橋(はくと橋)で、公園の南に位置し、南郭(みなみぐるわ)と、法幢院郭(ほうどういんぐるわ)を結ぶ橋で、丘陵の谷をまたぐ形となっています。この橋からは、直下に県道と三峰川があり、向うは高遠の町で、遠く伊那市中心街(10km)、中央アルプス(20km)を眺望できます。雲でなかなか見えない前駒ケ岳の雄大な山ろくを見渡すことができます。V字型の谷の両方から桜が迫りますので、圧巻です。空堀から桜雲橋(おううんきょう)白兎橋(はくと橋)から遠く伊那市方面上の絵は、空堀から桜雲橋(おううんきょう)の眺望(南0° pm6:01)です。堀では、橋がかかる場所が盛り上がっていますので、景色の向こう側が下り坂になるため桜の梢の部分が重なり、景色がよくなるという按配です。ライトアップも橙色と白色でやわらかい桜の色を浮き立たせる演出です。下の絵は、白兎橋から伊那市の眺望(西260° pm4:53)です。なんと、景色の中央の台地(高遠町-瀬戸)に、立派な枝垂桜があり、贅沢な光景です。高遠の今後予定・・ぼたん祭り2006.3.31 高遠町は長谷村とともにに伊那市に合併。新伊那市が誕生しました。
Apr 24, 2006
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高遠の思い出_story(480) 2006.4.23本日は、高遠桜のお話(その2)。仕事の帰り、高遠に寄って見ました。中央道・伊那・高遠ICを降りて、10kmほど西に走るか、または諏訪ICからR152を杖突峠を越え、20kmほど南下した場所に高遠城址はあります。よく通るコースですが、桜の季節に通ったことがありません。しかし今年はうまく都合がつきました。タイミングもよかったようです。昨日の日記に続き、今日が2日目の日記です。高遠の桜、コヒガン桜 1500本が、高遠城址に植えられ、、城址自身が立体的な山城の趣であるがゆえに、堀、坂、丘、平地、崖 山地・・その全てが桜で覆われ、山全体が桜で覆われているという感じに見える天下一の桜です。南郭(みなみぐるわ)と笹郭(ささぐるわ)に挟まれた空間絵は、県道を見下ろす山地に植えられた桜(南220° pm4:25)を眺望したものです。時々、氷が降るといった寒い1日でした。三峰川を望む要塞のような絶壁にも桜が植えられ、逆光にあって幹すべてが黒々とシルエットになりその数、何百本にも見え壮観です。事典:立て看板のいくつかを転記しています。高遠閣(登録有形文化財)・・高遠閣は昭和8年当時、高遠城址公園内に開館を建て、町民の集会や観光客の便に供することが町の発展のため有意義ではないかという愛町の思いから、東京高遠会の有志の発案により、日本画家池上秀畝氏、出版業矢島一三氏、鉱山業廣瀬省三郎氏、弁護士小松傳一郎氏の四名の寄付により、当時の町長廣瀬常雄の協力のもと棟梁竹内三郎氏を中心に建築が進められ昭和11年12月6日に完成しました。この建物は間口14間(25.4m)、奥行9間(16.4m)、峯高間(18.2m)、木造建築2階、入母屋造、鉄板萱(建築当時はこけらか萱)の大規模建物で、大正・昭和初期の希有の建物として平成14年8月21日に国の登録有形文化財として登録され、長野県天然記念物桜樹林の中に高くそびえる赤い屋根の威容は、遠方からも眺められ史跡高遠城址(昭和48年5月26日国指定)のシンボルとなっています。高遠城址この城は三峰川と藤沢川の合流する要害の地に、天文16年(1547)武田信玄が、山本勘助等に命じて築かせた平山城です。構成は本丸を中心として東に二の丸、三の丸、南に南郭、法憧院郭、西は一段低く笹郭、勘助郭となっています。これらは深い空堀によって隔てられ、周囲には高い土塁が築かれ、石垣は殆ど使用されていません。
Apr 23, 2006
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甲斐駒ケ岳_中央道遠望_story(348) 2005.12.4北側からの眺望。山の眺望から山頂名を言い当てよう!(鋸山がさっぱりわかりません。誰か教えてください。)晩秋から初冬にかけての快晴の朝、中央道を快走!小淵沢ICと長坂ICの間にある、八ヶ岳PA(下り線)からの甲斐駒ケ岳眺望です。双葉SAから、八ヶ岳PAの間は、中央道下り方向ですと、右に八ヶ岳、左に鳳凰三山((薬師岳2,780m、観音岳2,840m、地蔵岳2,764m)、甲斐駒ケ岳(2967m)、鋸岳(2685m)が眺望できます。特に、甲斐駒ケ岳の摩利支天は、南側にへばりつく断崖絶壁の瘤ですが、見る方角で垂直のこぶのように見えたり、甲斐駒ケ岳の山稜に溶け込み、わからなくなったりと、変化が面白いです。 絵は、八ヶ岳PAからの甲斐駒ケ岳眺望(200-270° am6:21)です。朝日を受けた、北岳と甲斐駒ケ岳-摩利支天(左側の絶壁)アサヨ峰(2799m)(この向こうに北岳(3193m)が顔を出しています)→甲斐駒ケ岳→駒津峰→双子山→六合目石室→三ツ頭→熊穴沢ノ頭→中ノ川乗越→鋸岳第二高点→鋸岳第一高点(2685m)三角点ピークなどです。岩登りの装束を必要とします。甲斐駒ケ岳からの左下に降りる峰が、黒戸尾根です。
Dec 3, 2005
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恵那山物語早秋の恵那山 2005.9.9本日は、月川温泉(つきかわ温泉(1軒) 屋号はげっせん)の庭に咲く『ほおずき』ほおずきについての随想です。 月川温泉 庭に咲くほおずき)絵は、月川温泉(つきかわ温泉 屋号は げっせん )の玄関に沢山咲く(千成?)ほおずきです。恵那山の北、富士見台高原からの帰り道、月川温泉に立ち寄りました。月川温泉は、中央道の園原IC(名古屋方面からのみ出入り口)から2km。東京方面からは、飯田ICから15km。昼神温泉を通り過ぎ、園原ICの箇所で、園原川沿いに分け入ります。「そのはらヘブンスキー」場が近くにあります。野熊の里:月川(げっせん)(つきかわおんせん)の玄関には、西洋ダリアでしょうか、紫、黄色のあでやかな植栽が目を惹いていました。また、そのそばに、ほおずきが、ひときわ赤く彩りを添えていました。玄関前の畑には、ほおずきが輪郭をつくるほど沢山植わっており、そのどれもが、この時期、赤い袋を誇っていました。たぶん千成ほおずきで、地下茎で増殖させたのではないでしょうか。広大な庭には、花桃の木が、沢山植えられており、春の満開時は見事です。ほおずきP.alkekengi L.var.franchetiiは日本、朝鮮半島、中国北部に野生する多年草。観賞用に栽培するときは1年草としてあつかっています。ホオズキの名前は、ホオとよばれるカメムシの一種がよく付くことからきたといわれます。またアカカガチという古い名もあり、『古事記』には八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の目をホオズキにたとえて、アカカガチの名が記されています。横に伸びる地下茎が長く発達し、繁殖力はたいへん強いです。草丈は60cm-90cmになり、葉は広い卵型で、へりに大きなノコギリ状の切れ込みがあります。6月から8月に葉腋(ようえき)から3,4cmの柄が出て1個ずつ花が咲き、花冠は輪状で浅く、5裂します。花が終わると筒部がしだいに伸びて長さ4,5cmの角ばった袋になり、球状の果実をすっぽりつつんで赤色に熟します。地下茎は酸漿根(さんしょうこん)とよばれ、利尿剤、せきどめ、解熱剤などの民間薬になります。つくり方は種子を撒くよりも、地下茎を株分けして春か秋に植えつけるとよい。日当たりのよい場所で、やや湿り気のあるところならよく育つ。センナリホオズキ・・千成ホオズキ・・P.angulata L.(アングラータ) 熱帯アメリカの原産で、日本や台湾に帰化した1年生の植物。東京の浅草観音で、毎年7月10日にホオズキ市が開かれて有名だが、鉢植えにして吊り篭に入れて売られます。学名のアングラータは、「稜角のある」という意味で、このホオズキの袋は肩が張っていて、先端は尖り、10本前後の稜がはっきりとついています。草丈は30cmくらい。 園原文化碑地域文化財保全事業として阿智村がすすめてきた史跡「園原の里」の整備事業が、第三年度の「古典文学碑」五基の建設によって完了しました。村では、古代をしのぶしるべともなることをねがっています。 1.凌雲集の漢詩碑 2.万葉集東歌の歌碑 3.李花集の歌碑4.源氏物語箒木(ははきぎ)の歌碑 5.新古今集箒木の歌碑 6.園原碑7.万葉集防人の歌碑 8.有賀光彦歌碑 9.朝日松の歌碑10.広拯院(こうじょういん)遺跡碑 11.源仲正名月の歌碑 12.芭蕉・卓池の句碑 13.熊谷直一翁 月川温泉長野県下伊那郡阿智村智里。無色透明、無味無臭の湯。花桃の里。春は周囲に爛漫とピンクや赤の花桃が咲き誇る桃源郷となります。
Sep 9, 2005
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恵那山物語早秋の恵那山 富士見台高原 2005.9.8本日は、富士見台高原(長野県・岐阜県 県境・恵那山北麓)についての随想です。この高原、東京から林間学校に来るほどの人気のスポットです。じつは、この富士見台高原から100名山のうち23座が見える場所として有名です。神坂峠が、東山道以前の古代から使われていたのは、神坂峠遺跡(1569m)からも知ることができます。この峠から北へ3kmほどのところが高原になっており、笹が生い茂るなだらかな丘陵になっています。 絵は、富士見台高原(1739m)のコル(1680m)から東南(140°)方向。眼下に萬岳荘(ばんがくそう)を望んだものです。正面左が神坂山(1684.2m)、正面が編笠山(1327m)、日の出山(1071m)などです。実際の高原風景は手前の笹の高原の左方向(北)です。笹に覆われた、起伏のゆるい高原は、グライダーを飛ばして、リモコンで操縦するのに適しているということで、たくさんの愛好家が訪れていました。グライダーの着陸に、笹の絨毯がちょうどいいとのことです。笹や、すすきの原っぱなどを求めてグライダーを飛ばしに行くということです。補助プロペラが付いた自走式のもと、風のみたよるグライダーの2種類があるとのことで、滑空時間を競うようです。大空をあおぎ小さくなっていくグライダーを皆が追っていました。萬岳荘(ばんがくそう)・・阿智村と中津川市が共同で管理・運営を行っています。本格的ログハウスで、冬期には閉鎖されますが、非難スペース(空き部屋)が用意されており、使用可能です。現在写真展(中津川市中村在住)が開かれています。この高原の花による、はち蜜も売られています。買って帰りました。100名山23座富士見台からの360°のパノラマ・・・西北・・御嶽山(3067m)、乗鞍岳(3026m)、笠ケ岳(2897m)、奥穂高岳(3190m)、焼岳(2455m)、常念岳(2857m)北・木曽駒が岳(2956m)、空木岳(2864m)、赤岳(八ヶ岳)(2899m)、北東・甲斐駒が岳(2967m)、仙丈ケ岳(3020m)、鳳凰山(2840m)、北岳(3192m)、間ノ岳(3189m)、東・塩見岳(3047m)、荒川岳(3141m)、赤石岳(3120m)、聖岳(3011m)、光岳(2591m)南・恵那山(2191m)西・伊吹山(1377m)、荒鳥山(1523m)、白山(2702m)です。恵那山・山頂からは何も見えない・・という登山家にはぜひ、足を伸ばして富士見台高原まで行っていただくことをお勧めします。100名山しか登らないという頑固な人は別にして。この恵那山は花の100名山に入るように植物の宝庫です。142科、1124種の植物が観察されています。垂直分布では、低地丘陵帯から亜高山帯までの植物が確認されています。
Sep 8, 2005
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恵那山物語早秋の恵那山 富士見台高原_東山道 2005.9.7本日は、神坂峠を通る東山道についての随想です。恵那山登山が普通の人にはあまりのもきつい登山のようですので、ハイキングという気持ちで歩けるコースはないものかと、探してきました。ありました、東山道です。腐葉土の道を踏みしめて歩ける7kmほどのコースです。 東濃と伊那を結ぶ、古道、東山道が恵那山の麓をかすめて通っており、ハイキングコースとなっています。阿智村、園原(そのはら)の神坂神社から富士見台高原までのハイキングコース。途中、中央道の恵那山トンネルの真上を通ります。山頂近くに萬岳荘(ばんがくそう)がありますので、途中の休憩に使用できます。富士見台高原へは、このハイキングコ-スのほかに、ヘブンそのはら・富士見台高原ロープウエイ(800m→1410m)と展望台リフト(1420m→1590m)、シャトルバスによる3kmの行程 で萬岳山荘へ至ることができます。ここから100mの登りで、富士見台高原へ到着できるという大変便利なコースで、富士見台高原を歩く人の大半はこのロープウエイの客です。下山時にハイキングコース(東山道)を使うという手もあります。絵は、中央道の恵那山トンネルの真上にあたる、東山道の風景です。阿智村側。(西270°)腐葉土の道が足に優しいという感じです。道は手前から右をまわり、正面の山肌を縫って左にコースを取ります。笹が茂る道は、陽光がまぶしく、実に静かな空間です。落葉樹の森ですので、10月下旬の紅葉の頃が楽しみです。さて、この東山道、阿智側の麓は、ハイキング以外に大変賑わっています。神坂神社から、伝教大師像(最澄:さいちょうの銅像)までの約2kmのコースは、大勢の観光客が訪れる観光名所になっています。神坂神社から、伝教大師像までの約2kmのコース・神坂神社(標高1050m)・・東山道、神坂峠の阿智側登り口に位置します。表筒男命(うわつつのをのみこと)・中筒男命・底筒男命(そこつつのをのみこと)の三海神(住吉様)が祀られています。境内には栃や杉の巨木があって樹齢2000年以上もあるといわれています。・箒木(ははきぎ)・・一般的には、檜の老木で、先端がほうき(箒)のように広がった木をいいます。ここでは、源氏物語の「箒木の巻」のテーマとして都人の心を掴み、古典文学にその名を留めています。故郷の母を想う客女姫の目に箒木はまるで母が手招きするように映ったという歌が詠まれています。 光源氏送り歌・・箒木の心をしらで園原の 道にあやなくまどいぬるかな 空蝉返し歌・・・・数ならぬ伏屋に生ふる名の うさにあるにもあらず消る箒木・月見堂(広拯院:こうじょういん:拯=水に沈む人を助ける=広く慈悲をあたえる)・・月見堂は伝教大師(最澄)が建立した広拯院の跡地といわれ、広拯院遺跡の石碑がります。伝教大師が東国への布教を計画して弘仁8年(817)東山道を下りました。美濃の坂本から神坂峠を越えて阿智駅までの道程は予想以上に困難なものであることを体験、しかもその道中の長いのに難渋し、峠の両側に広済、広拯の2つの院(布施屋)を設けてた旅人の便に供しました。・東山道(古くは、あずまやまじ と発音)・駒つなぎの桜・・義経駒つなぎの桜・ともいわれ、源義経が、奥州に下ったとき馬をつないで休んだといわれる桜。・暮白の滝・・園原川にそそぐ滝。滝の正面には、これを見下ろす櫓があります。「かわらけ投げ」ができるように土器のお皿(100円)が置かれています。願い事を書いて、谷に投げ入れます。このような名所がびっしりありますので、観光客がひきもきらないわけです。歴史散策によいコースです。ハイキングコースはこれらの歴史散策を終えて、ようよう、登山口に到着します。
Sep 7, 2005
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恵那山物語早秋の恵那山 2005.9.6本日から3日間 恵那山を随想します。今回の登山は、初めて神坂峠まで、車であがり、植物観察と、登山道の確認を兼ね、山頂までの7.5kmを5時間、鳥越峠経由で車道まで下るという行程を4時間をかけるというゆっくりとした行程でした。 絵は、神坂峠ルートでの恵那山登山ルートを下山に振り返って描いたもの(南西225°)です。この雲がどんどん沸いてきて、最終的には激しい雷雨となりました。右の薙ぎが、天狗薙。コースは急登ながら、ササが生い茂る山道。潅木との混成。気持ちのよい登山道。山頂では、仙台からの”100名山オンリー”という旅人に会いました。明日は「白山」といい、黒井沢に車を止めてのピストンでした。この恵那山山頂、最高地点は2191mで、非難小屋のすぐ上の岩場あたりです。三角地点は2189.3mで、祠があり、”恵那山山頂”の標識が立っております。山頂は、1.5kmくらいほぼ平坦な稜線で、45度の角度で北西から東南に伸びています。神坂峠からの登りは、南西方向225°の方向に登るため、山頂近辺で直角にコースが曲がります。くの字型の山稜をしていますので、この恵那山どこからみれも同じように台形に見えます。中津川駅(西側)から見上げても台形、神坂峠(北側)からみても台形なのは、このくの字を両側から見ているからです。今回の発見は、「どうだんつつじ」の大木(直径8cm、高さ4mほど)が神坂峠コースから山頂までづっと続いていたということで、5月に登れば赤い花が楽しめたのではないかと思ったことです。また早秋ながら、木々が部分的に色づき始めていたという点です。ある木などは、どうしてここが と思うほど固まって赤く色づいていました。さて、今回の登山では、夕刻にまたがる登山でしたので、例にもれず雷雨に見舞われてしまいました。急遽、丘を行くコースを諦め、鳥越峠から車道まで250mを下りるコースを選びました。ところが車を取りにいくため、逆にそこからの神坂峠までのランの必要がありました。雷が遠ざかったと思ったのですが、すぐ上をいきなり落雷です。頭の上に遮るものがない林道で、車の鍵を手に持ってのランは、生きたここちがしない激しいものでありました。全身ずぶ濡れになりながらも、スケッチブックは守られたようです。恵那山随想9月初旬の恵那山。天候に恵まれず、つねに雲のなかにあった。晴れたのはごくわずかな午前中。午後の下山では雲が下界から湧き上がり、恵那山を振り返るとと白いガスのなかにかすんでしまった。天狗薙(テングナギ)が標高1800mを最高地点として1550mまで250mのがけ崩れ。うば薙(ウバナギ)が、1570mから900mまで実に670mのがけ崩れ。温川(ぬるま)川まで下りおちる。神坂峠ルートはこの大きな2つの薙を迂回するように、稜線をぬって登るルートである。100名山とはいえ、山頂では檜などが生い茂り何も見えないと不評ではある。櫓を立てればとの意見も聞く。しかしこの山の醍醐味はこの山稜の途中風景なのである。このルートを少し紹介します。恵那山登山ルート・黒井沢ルート(中津川市)・・2000年の大水で破壊された林道も2004m完全に修復されて13kmの林道を黒井沢まで進むことが出来る。途中恵那市方向を見下ろす実に壮大な景色と、中央トラバースでの苔むした原生林が見もの。・前宮ルート(中津川市)(恵那神社からの新しいルート:2002年に、42年ぶりに開通。)川上(かおれ)で、湧き水をもとめることができる。車の場合は有料。林道からすぐに恵那山に登山できるコース。健脚でも5時間はかかるコースではあるが、恵那山全体を実感できるコース。こちらにも大きな薙ぎがあり、砂防工事が進められている。1700mから1050mまでの南西向き薙ぎを大きく迂回するコースながら、その雄大な裾野になかなか恵那山が近づかないもどかしさもつかの間。神坂峠ルートと合流して苔むした原生林を歩むその爽快さ。・広河原ルート(阿智村)では、もっとも短距離ながら富士見台高原やスキー場をつねに見ながらの急登。・神坂峠ルートは、自家用車で1550mの峠まで登れる快適さから、人気のコース。車があればどんな時間にでも登り始めることができる便利さ。(その他)冬場のルート(一部ラッセル必要)・・前山(1350.7m)から恵那山を辿る最短ルート。中津川駅から、東南(120°)に見える恵那山をそのまま登るルート。直線10km。夏場にもこのルートが開かれればと考えるが落合川最上流部に大きな薙(1920m→1300m:現在砂防工事が進行中)があり危険地帯あり。迂回するルートをとれば、最も便利なコースとなる。この場合は中津川駅から歩いて登れます。
Sep 6, 2005
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地図が古かったの巻き鳳凰三山_登山記録(その4)2005.9.1本日は黒戸尾根から登った壮絶な登山記録の第4日目です。コースは、山梨県・北杜市・白州町→尾白川渓谷駐車場→竹宇駒ヶ根神社→笹ノ平→刃渡り→五合目小屋→黒戸山(2253.7m)→屏風小屋(廃屋)→七丈第二小屋→甲斐駒ケ岳(2967m)→駒津峰→仙水峠(2264m)→栗沢山(2714m)→アサヨ峰(2799.1m)→早川尾根の頭(2463.4m)→早川尾根小屋→白鳳峠→高嶺(2778.8m)→地蔵岳(2764m)賽の河原→観音岳(2840.4m)→薬師岳(2780m)→リターン→観音岳(2840.4m)→鳳凰小屋→燕頭山(つばくろあたまやま:2104.5m)→西ノ平→モジリ峠→フォッサマグナ露頭北精進ケ滝入り口→精進ケ滝林道→大武川林道→迷い→尾白川渓谷駐車場 上の絵は、薬師岳(2780m)から南西方向(225°)を見た、間ノ岳(3189.3m)、農鳥岳(3025.9m)、遠くに塩見岳(3046.9m)など3000m級の山々を眺望したものです。薬師岳山頂は、鬼ごっこができるほどの広場と、くぼ地を挟んで、奇妙な岩がごろごろする2つの山頂があり、岩のほうがめだっていますので、地蔵岳同様、尖がって見える山です。下の絵は、観音岳(2840.4m)からから北西方向(300°)を見た、甲斐駒ケ岳(2967m)を中心に、アサヨ峰(2799.1m)から高嶺(2778.8m)の方向を眺望したものです。この絵のように1000-2000mの登攀を行って山稜に到達した後は、比較的道の確保が楽なコースも多いようです。森林限界が2300m-2400mとしますと、その上はハイマツなどの潅木か、岩だらけの道ということもあって、さらにガスっていなければ、視野が効くからです。やっかいなのが、森林地帯と下界のリゾート地帯です。迷い込んだら最後抜け出すのが、一苦労。たとえば、観音岳(2840.4m)→鳳凰小屋こコースで、地蔵岳に回って、日当たりのよい砂礫部を行けばよかったものを、近道ということで、森林地帯に入り、300mくらい降りるというコースは、暴風雨などで倒れた木々が道をふさぎ、自分が道を迷っているのではないかという恐怖感がわくほど、孤独で長い道のりでした。 たとえば、燕頭山(つばくろあたまやま:2104.5m)→西ノ平までは、700mのダウン。1000回くらい繰りかえしながらの、ジグザグの降り道。これはいいとして西ノ平→モジリ峠→フォッサマグナ露頭北精進ケ滝入り口までのコースで、道なき道を行ったり来たり、エネルギーを消耗。磁石持参ながら、現在位置がわからない。周りに似たような山がおおく、特定するのが難しいものであった。たとえば、精進ケ滝林道→大武川林道→迷い→尾白川渓谷駐車場は、かいもく分からない道であった。遠回りでも、尾根伝い国道20号まで降りていけばよかったものを近道しようとおもったのでよくない。何キロあるいても、道は山に沿った道ばかりで、いったい自分がどこを歩いているのかさっぱりわからない。終には、別荘に踏み分け、勇気をだして、「自分は今どこに居るのか」を聞いてみた。吠える犬を押さえ、よく事情を聞いてくれたものだ。車で送ってくれると言う。準備の間、服を全部変えて、車に乗り込む。感謝。
Sep 1, 2005
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ケーナを吹く小屋の主の巻き鳳凰三山_登山記録(その3)2005.8.31本日は黒戸尾根から登った壮絶な登山記録の第3日目です。コースは、山梨県・北杜市・白州町→尾白川渓谷駐車場→竹宇駒ヶ根神社→笹ノ平→刃渡り→五合目小屋→黒戸山(2253.7m)→屏風小屋(廃屋)→七丈第二小屋→甲斐駒ケ岳(2967m)→駒津峰→仙水峠(2264m)→栗沢山(2714m)→アサヨ峰(2799.1m)→早川尾根の頭(2463.4m)→早川尾根小屋→白鳳峠→高嶺(2778.8m)→地蔵岳(2764m)賽の河原→観音岳(2840.4m)→薬師岳(2780m)→観音岳(2840.4m)→鳳凰小屋→燕頭山(つばくろあたまやま:2104.5m)→西ノ平→モジリ峠→フォッサマグナ露頭北精進ケ滝入り口→精進ケ滝林道→大武川林道→迷い→尾白川渓谷駐車場 絵は、この早川尾根小屋での一夜を絵にしたものです。前日(20050830)のお話で、コースのマーキング(道に迷わないように赤いテープや、ペンキ書き)について書きました。実は、小屋の主の仕事として、小屋に至る道の補修や、こういったマーキングがあり、サービス精神で沢山付けたところ、ベテラン登山家からクレームが出たというではありませんか。この話を聞いて、泊まった2人とも、憤慨してしまったというわけです。今日は、この早川尾根小屋でのお話。「写真を撮るな」という前置きがあり、ペルーのフォルクローレ(民族音楽)をケーナーという縦笛で、宿泊客を癒してくれました。ランプの明かり一つでの、演奏、まことに魅力的なものでした。絵の奥にも畳の部屋があり、コの字形にストーブを囲んでいるという小屋で、質素なものですが、夜露を凌ぐだけで十分だとする登山家には最高の環境かもしれません。そこへ、秘密の曲が流れる・・・!エキゾチックでした。このケーナ、「コンドルが飛んでゆく」などで鳴らされる楽器で、オカリナ同様、誰でもやってみたいと思う楽器の一つです。買い求めて、2,3日もすると、音がでないため、放り出すというパターンで、我が家にも通販で買ったいろいろな楽器がころがっています。しかし、再びやってやてみたい楽器です。事典:フォルクロ-レ(folklore)アンデス山脈地方の民族音楽.アンデス山脈一帯の国々(コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンなど)の国々の曲を指すことになります。特徴的な楽器を使用して曲が構成されています。楽器がフォルクローレなのかもしれません)。ケーナ、サンポーニャ、チャランゴなど独特な楽器を用います。ケーナ(Quena)南米の民族楽器を代表する楽器。長さ35センチくらいの円筒形の筒に吹き口を削り、表に6個、裏に1個穴をあけた楽器です。この簡単な作りにも関わらず、高く澄んだ音色で、3オクターブもの音域があり、多くの曲で主役を受け持つことになります。ケーナを作るのによく使われるのは、カーニャという南米の葦ですが、木製のものや、竹、骨などでできたものもあります。竹や塩ビ管などは日本でも簡単に手に入りますから、ケーナが吹けるようになったら、自分オリジナルのケーナを作ってみるのもいいでしょう。 一般的なケーナは、G管で、(ソラシドレミファ#ソ)の音が出ます。ケーナより少し長いものがケナーチョ(Quenacho)で、ケーナより低い音が出ます。ケナーチョはD管(レミファ#ソラシド#レ)です。ケナーチョはケーナより長いため穴を押さえるのも一苦労です。そのほかにもいろいろな長さ(調)のケーナがありますが、ケーナでは穴を半分押さえることによって半音を出せるので、あまり使われません。
Aug 31, 2005
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ああ、道しるべ欲しいの巻き鳳凰三山_登山記録(その2)2005.8.30本日は黒戸尾根から登った壮絶な登山記録の第2日目です。コースは、山梨県・北杜市・白州町→尾白川渓谷駐車場→竹宇駒ヶ根神社→笹ノ平→刃渡り→五合目小屋→黒戸山(2253.7m)→屏風小屋(廃屋)→七丈第二小屋→甲斐駒ケ岳(2967m)→駒津峰→仙水峠(2264m)→栗沢山(2714m)→アサヨ峰(2799.1m)→早川尾根の頭(2463.4m)→早川尾根小屋→白鳳峠→高嶺(2778.8m)→地蔵岳(2764m)賽の河原→観音岳(2840.4m)→薬師岳(2780m)→観音岳(2840.4m)→鳳凰小屋→燕頭山(つばくろあたまやま:2104.5m)→西ノ平→モジリ峠→フォッサマグナ露頭北精進ケ滝入り口→精進ケ滝林道→大武川林道→迷い→尾白川渓谷駐車場 前日の地図でいいますと、山梨県・北杜市・白州町→尾白川渓谷駐車場→竹宇駒ヶ根神社→笹ノ平→刃渡り→五合目小屋→黒戸山(2253.7m)→七丈第二小屋までの行程(上の青字)は、登り一筋の行程です。「刃渡り」というのは、ナイフエッジを上にした岩の大きな壁面の、まさにその矢先を歩くもので、究極の稜線は、幅10cmというものです。まさに刃を渡る恐ろしさを経験せねばなりません。右を向けば1000m直下に大武川が、左を向けば1000m直下に尾白川渓谷が目に飛び込んでくるという凄まじいものです。ここで帰ってしまう人も多いのでは。ここで、びびっていては駒ケ岳に到着できません。屏風小屋(廃屋)から七丈第二小屋は、生きた心地のしない垂直の階段を登り、ロープを持つという登攀が続きます。なにせ2000mの登攀をわずか7kmという短い距離で高度をかせぐものですからその凄まじい登りは想像余りあるものです。せっかくたどり着いた、七丈第二小屋も、ヘリポートがこの雨で使えないとあって、ラーメンのみの夕食となってしまいました。この小屋に、尾白川渓谷から沢登りをして登ってきたという驚愕の登山家が2人。千丈滝などの瀑布をいくつもかいくぐらなければならない壮絶な登りであったとのこと。朝食もラーメンであったが、翌日は、あと600mの登攀が残っているため雨の中を出発。テント場に1人。なんと少ない人口であろう。ここ黒戸尾根は。相変わらず、岩の道がつづく。道を誤れば、魔利支天(まりしてん)の大岩壁へと出てしまい、眼下1500mの奈落の底へ。どうみても進めない岩壁があり、逆さになって岩場を持たなければ上に登れない場所があります。そこを嫌がると、魔利支天の魔の岩壁が待っているというシナリオです。絶体絶命!(穂高ー槍ケ岳にもこういう所がいっぱいあり、2,3人のパーティーでないと、手探りのポイントが見つからないケースが多いです)ようよう頂上につくと、祠がたっており、卒塔婆のように見えるいくつかの塔が何個もたつ。ヒューと一陣の風が。ガスでなにも見えない。一歩足を踏み外すと、奈落の底へ。人っ子一人いない頂上。道理。早朝の6時頃で、メインルートの北沢峠方面から登ってくる人がまだ到着していない時間である。甲斐駒ケ岳(2967m)→駒津峰へ降りてやっと、多数の人達に出会うことが出来ました。駒津峰→仙水峠(2264m)→栗沢山(2714m)→アサヨ峰(2799.1m)→→早川尾根の頭(2463.4m)の区間は、これも人気が若干少ないのか、ふみ跡の少ないコースです。赤い布やマーキングがもっともっと必要なコースである。これも後できくと、あまりマーキングが多いと、ベテラン登山家からクレームがあるということである。おかしな話である。turbo717は30cm毎に道にマーキングが欲しいくらいである。直角に曲がるコースがよくあるが、ほとんどは真っ直ぐに行ってしまう踏み跡が残っており、次第に細くなっていく。いかに多くの人が道を迷っているかである。細くなっていき、道がなくなって初めて、道に迷ったことに気づくわけであるが、ガスっておればわからないため、潅木をどんどん進んでしまい幾人も帰らぬ人となっているのではないかと思います。絵は、早川尾根の頭(2463.4m)から早川尾根小屋を見下ろし、眼前に高嶺(2778.8m)と地蔵岳(2764m)のオベリスクを望んだものです。この早川尾根小屋でのお話は明日。事典:アサヨ峰(2799.1m)山梨県南アルプス市と北杜市武川町の境。鳳凰山の地蔵ケ岳から仙水峠へ続く早川尾根のピーク。浅夜、朝与とも書く。登山者は比較的少ない。北沢峠から仙水峠、栗沢山を経るコースと、広河原―広河原峠(2344m)コース、鳳凰山からの縦走路がある。山名の由来だが、山村正光は「車窓の山旅」の中で、辻本満丸が調べたものとして「野呂川の谷から見て最初に日が当たるのでアサ日岳と言われていたのが、日の一画が抜けてアサヨになった」と紹介している。 1997(平成9)年、山梨百名山に選定。
Aug 30, 2005
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鳳凰三山_登山記録(その1)2005.8.29本日は黒戸尾根から登った壮絶な登山記録の第一日目です。コースは、山梨県・北杜市・白州町→尾白川渓谷駐車場→竹宇駒ヶ根神社→笹ノ平→刃渡り→五合目小屋→黒戸山(2253.7m)→七丈第二小屋→甲斐駒ケ岳(2967m)→駒津峰→仙水峠(2264m)→栗沢山(2714m)→アサヨ峰(2799.1m)→早川尾根の頭(2463.4m)→早川尾根小屋→白鳳峠→高嶺(2778.8m)→地蔵岳(2764m)賽の河原→観音岳(2840.4m)→薬師岳(2780m)→観音岳(2840.4m)→鳳凰小屋→燕頭山(つばくろあたまやま:2104.5m)→西ノ平→モジリ峠→フォッサマグナ露頭北精進ケ滝入り口→精進ケ滝林道→大武川林道→迷い→尾白川渓谷駐車場 絵は、釜無川を挟んで対岸の明野村から眺めた甲斐駒ケ岳、鳳凰三山を眺望した図です。(南西-225°)です。明野村の高台には、明野ふれあいの里があり、ひまわり農場などもあります。並行して広域農道が標高1000mくらいの箇所を走っています。その場所から眺めれば、今回のコースが全て眺望できます。右端のギザギザは鋸岳(2685m)です。そのすぐ左の尖っている山、甲斐駒ケ岳(2967m)です。その左にいくつかの山稜(栗沢山(2714m)→アサヨ峰(2799.1m)→早川尾根の頭(2463.4m)→高嶺(2778.8m))があり、鳳凰三山が続きます。左のグループの山々です。地蔵岳(2764m)→観音岳(2840.4m)→薬師岳(2780m)。手前に尖っている山が地蔵岳(2764m)です。不思議なことに、薬師岳も尖っていますので、この鳳凰三山は尖っている山々の総称という感じがします。手前の右側の尾根が、今回の黒戸尾根です。鳳凰の左に千頭星山(2138.5m)→甘利山(1672m)の尾根があります。この絵には描かれていません。左側グループの一番手前の尖った山・地蔵岳(2764m)から、蒼然な燕頭山(つばくろあたまやま:2104.5m)への下りさらに、里までの下りの何10kmも及ぶ林道が横たわります。行程図を参照ください。右から左に一周する感じのコースで、特に下りは、20時間くらい歩いたという壮絶な、下りでした。事典:黒戸尾根山頂までの標高差2200m。長い急登、途中刃渡りがあります。最低鞍部の屏風小屋(使用不可)の前を通り過ぎると、屏風岩の梯子が垂直に立ちはだかります。暫く梯子と鎖の連続です。
Aug 29, 2005
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高山植物_タカネビランジ本日は南アルプス特産の高山植物_タカネビランジ(高嶺ビランジ)のお話です。 絵は、小聖岳に咲くタカネビランジを描いたのものです。南アルプスの登山では、特に人気のナデシコ科の植物です。雨の行程やガスっていても、足元に咲くこの花を見落とすことはなく、どこに咲いていても、「あっ、タカネビランジ!」と皆から声がでるほどです。花が、こんもりと30cmばかりの束となって群がって咲いていますので、見逃すことはありません。ただ、この小聖岳(2662m)では西斜面の崖っぷちに咲いていますので、撮影でも危険な箇所です。このあと、兎岳山頂(2818m)でも見かけました。鳳凰三山(北部南アルプス-地蔵岳、観音岳、薬師岳)でよくみる花でもあります。日記_2005.8.11の《事典》を再掲します。事典:ビランジkeiskei Miq.var.minor Ohwi si Ohashiナデシコ科山中の岩場などに生える多年草で、本州中部の特産。茎は群生し、斜めに立ち上がり、高さ20cmくらい。葉は披針形で先端は鋭く尖る。7月から9月にかけて、細長い花柄(かへい)の頂に直径2.5cmくらいの淡紅紫色の美しい花が咲く。タカネビランジ(高嶺ビランジ)(var.akaishialpina Ohwi ei Ohashi):南アルプスの高山帯(鳳凰三山など)には、草丈が低く、花が単生し、直径3,4cm、がくに軟毛がある。学名に赤石アルプスとあるように日本の南アルプス特産の植物のようです。明日から、乗鞍青年の家に2,3日用事で行きます。今後、高山市内、飛騨市内の花の景色や、中央アルプス、上記鳳凰三山などを描いていきます。早いものです。ススキなどの秋の絵が描ける季節となってきます。楽しみな季節になってきそうです。
Aug 20, 2005
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南信濃村_神楽の湯本日は長野県・南信濃村立の超人気温泉・神楽の湯のお話です。 絵は、神楽の湯・露天風呂(上)、大風呂(中)、ロビー(下)を淡い色調で描いたのもです。温泉を描く場合は、お風呂に入りながら構想を頭で描き、出てから筆記するのですが、今回は数日前の記憶から思い起こしていますので正確ではなく、ぼやっとした感じになってしまいました。記憶には、露天風呂の一角に檜造りのコーナがお湯の中で繋がっておりユークなものでした。この温泉、沢山の内湯や、露天となんと言っても遠山川をはさんで見る南アルプスの山麓が見事です。何時間入っていても尽きない楽しさがあります。サウナは他とちがって、遠赤外線を出すタイプです、温度は高くないのに汗がほとばしるという不思議な効果があるサウナでよくある精神的にがんばる!というタイプでないため非常に楽です。水風呂も石造りで大きく(中の絵の一番前の風呂)、入りやすいものでした。(16℃に設定されています。)一番の驚きは、この温泉がものすごい人気で、引きも切らない来場者があり、フロア(下の絵・・檜の組天井で雄大です)では、笑顔で迎えてくれるスタッフが大勢いて、大変気持ちのよいのもです。何度でもいって見たくなりました。泉質・・塩分の味がします。飲用の蛇口もあります。 源泉43度の高濃度塩化物温泉。 この地の40km北にも、大鹿村の塩原・鹿塩、塩湯などの温泉がるところから一帯に塩分の要素が多い地域のようです。 ナトリウム・カルシウム塩化物温泉 サウナ、水風呂 大浴場、桧の風呂、寝湯風呂、露天風呂、打たせ湯(2)事典:神楽の湯この南信濃町は、日本を東西に分断する中央構造線(九州→四国→紀ノ川→櫛田(くしだ)川→豊川→天竜川)が赤石構造線(天竜河口から天竜二俣を通って北上する赤石構造線)と合流する場所にあり、さらに、糸魚川ー静岡構造線(フォッサマグマの西の端の線:中央構造線とは諏訪湖で交差。フォッサマグマの東の端が新潟・柏崎ー千葉構造線)の上に位置するという特殊な、地質学的には大変貴重な重層地域にあたります。断層帯でいいますと、遠山川断層と赤石断層が交差している箇所に当たります。この地域独特の断層の上からは、天然の「気」が発生しているといわれています。全国でも珍しい43度の高濃度塩化物温泉。神事を大切にするこの地にあって、まさに神からの宝物です。遠山の霜月祭り旧暦の霜月冬至の頃は、陽が短く、万物の生命力が衰えるといわれます。村にある十数か所の神社では湯立神楽が演じられます。村人は神々との交流によって、生命力の復活蘇生を祈ります。
Aug 19, 2005
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地形図_コンパス本日は、山でつかう地形図とコンパス(磁石)のお話をしましょう。コンパスは外国の巨大な美術館・博物館(王立美術館、メトロポリタン美術館、ニューヨーク歴史博物館など)でも利用できますので、あると便利です。迷路のような大きな建物では、ときどき自分がどこにいるか分からなくなることがあるからです。 絵は、国土地理院の1:50,000(飯田)とフィンランドsuunto製のコンパスです。このコンパスの手前の赤い矢印が重要です。目標物を計測するとき、目線にこのマークに合わせ方向を測ります。磁針の目盛りはローターになっており、常に磁北を360°(N)に合わせることができます。コンパスの値を読み取ってください。turbo717の絵には、最近目標物に角度を示すようにしています。山などでは、コースタイムを併記した地図(1:40,000や、1:50,000)をほとんどの人がもっていますが、国土地理院の1:25,000や1:50,000の地形図を持っている人をあまり見かけません。コースタイム付きの地図も重要ですが、赤線などの下に小山のピークの情報などが隠れてしまっている場合があります。シンプルな地図も必要です。1:25,000の地形図では標高10mに1本の割で等高線が引かれていますので、高度を上げるにしたがって周りの様子が違ってくるわけで、それを地図から読むことがでます。低山を散策する場合など、ぜひ1:25.000を持参して地図を読むのに慣れてください。さて、高山での2,3日の縦走などでは、1:25,000の地図では枚数が嵩みますので、1:50,000でしのぐことができます。この場合は標高20mに一本の等高線ですので、若干粗くなります。ただし、3000級の山になりますと等高線だけでも1200mの登山口からでは90本の等高線がぎっしり引かれていることになり、目がくらむほどです。崩落地、岩盤などの情報がきっちり描かれていますの、ぜひ地図と対照しながら歩いてください。大きな書店では、1:25,000や1,50,000の地図が売られています。また山頂などで周囲の山々をみて名前を知るためには、1:200,000の地図など1,2枚用意しておくと参照できます。最近は、山頂に方位盤がおかれて参照できるようになっているケースも多いのですが。つぎにその地図を読むために、コンパスが欠かせません。丸いもので結構ですが、絵のように若干方位を指し示すための柄が付いている長方形型がより正確に測れます。すこし上等のものを求めると、北緯、南緯での磁針と真北の補正角度が印刷されています。これは、磁石の方位が真北よりも数度西に傾いています。これは地球をイメージしますと、若干右に傾いていることを想像ください。この右に傾いている地球にあわせて地図が作られています。しかし、磁針はおかいまいなく磁北を指しています。東京では6度の補正が必要です。この6度というのが、山でいいいますと、1つ山を間違えるに十分な幅ですのですので、注意が必要です。(こだわる必要がないとインターネットで書き込みがありますが)注意:地磁気の影響を受けますので、地表から1メートル以上離して使ってください。火山岩地帯では、地球磁場とまったく違った方向を指すことがありますので、注意が必要です。乗り物でも影響を受けます。磁針の色はメーカによって異なりますが、磁北が赤、磁南がfont color="#000000">黒の磁石が多いようです。角度の読みがロータのよに回るようになっているコンパスでは、磁北を360°(N)に合わせることができます。今ここに、「赤石」という国土地理院の1:50,000の地図があるとします。塩見岳から光(てかり)岳をすべてカバーしていますので、大変好都合な地図です。(富士山では頂上が地図の境界となっているため、4枚もっていかなかればなりませんが)まずこの地図の左右いづれかの縁を磁針にあわせます。(地図が北向き作られているからです)この段階で地図は磁北を向きます。aboutであればこのままでも十分です。さらに正確を期すためには、経度に合わせた補正を行いましょう。おもむろに、6-7度ほど地図を右方向に回転させてください。こんどは地図が真北を向くはずです。普通の方向を測るように、地図の方向を測定すると、磁針の読みは352-353°を指しています。この地図をもとに、山々の方位を測ってみてください。3000m級の山々はよく見通せるため、現在地からの方位が読めます。現在地がわかっている場合。、AポイントからB 山をめがけてコンパスを当てます。コンパスの赤(磁北)に360°(N)をロータで合わせます。コンパスの方位が読めます。方位280°が読めたとしましょう。コンパスを地図(このときの地図は、地球の真北に向かって置かれています)の上にそのままの角度でおきますと目指す山の名前を知ることができます。現在地が分からない場合。離れた、2つの山の名前が分かっているとして、それが地図上にあるとしましょう。この山の方位を現在地から観測します。読み取った方位を地図上に線を引きます。線の交点に自分がいることが分かります。(三角形になる位置が正確ですので、一直線にならないように山を選択してください。)何回か違う山で確認します。双耳峰の場合でもコンパスがあればどちらの峰が見えているのかなど詳細な情報を得ることができます。表計算ソフトや手計算で、現在位置(高度)から見える山の先端を計算できます。現在位置から高度が分かった段階で、視野に見える山の端が計算できます。30cm以上の定規があれば、前聖岳から赤石岳まで、地形図に直線を引くことができます。ちょうど荒川岳の山頂が赤石岳の山頂と重なっていることがわかります。つまり、聖岳山頂からは、荒川岳山頂が見えません。高さが20mしか違わないからです。奥聖岳まで歩を進めれば、方向がづれますので、荒川岳山頂できます。このように地形図とコンパスを使うと、山がもっと面白くなります。町歩きも楽しいものですよ。
Aug 15, 2005
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