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好きなことは?と聞かれると、いろいろ答えはあるけれども、「読書」というのもその答えの一つとしてある。でも「読書」と言うと、次に、いったいどんな本が好きなのか、ということになる。つまり、「好きなこと」の次は「好きなもの」というわけだ。このブログでも読んだ本を時々紹介しているが、基本的に自分が好きなジャンルというのは子供のころの読書の影響か、いまだにある意味「不思議」と「冒険」を組み合わせた内容が好きだ。勢い、中学・高校のころはSFにはまっていたのだが、最近はほとんど読んでいない。にも関わらず、最近でも、よく読む本のどこが面白いのだろう、と考えてみると、意外とこの「不思議」と「冒険」が絡んでいることが多い。SFといってもいろいろな種類があるが、私の好きだったものは「時間」「空間」「次元」「純(また超)知性体」に関係するものが多かった。それも、自分では想像もしなかったような斬新な切り口、アイデア、状況、ストーリー展開などがあるとたまらなく面白く、どっぷりはまり込んでしまう。そしてその傾向は今も変わっていないようだ。今読んでいて、面白い、と思う本は、投資や成功や、ましてや「お金」の本などのハウツー物、実用書、といった本ではない。これらの本も読むことは好きだが、「面白い」という表現とはちょっと違う。「面白い」という本は、昔から何度も読み返したくなり、読むたびに「面白い」と感じる。昔、SFだったものが、今はSFでなく、何になったのか、というと、どうも「人間の意識」というものに関係するようだ。考えてみると、「人間の意識」というものを突き詰めると、SFの好きだったジャンル「時間」「空間」「次元」「超知性体(神)」といったものに必然的にぶつかる。そして、それがScience でありながらFiction ではないので、SFとは言わないが、最近のScienceは、一時代前の常識からしたらそれこそ「作り話」「誇大妄想」と言われかねない領域にまで達している。そこには、昔SFの中だけに見出していた「想像もしなかったような斬新な切り口、アイデア、状況、ストーリー展開など」がこれでもか、というほど出てくるのである。普通言う科学とは実証主義に基づいた、再現性や客観性を重視して万人に認められるまでの厳密性を要求されるが、ここに来て、その科学自体が「主観」を抜きにして語れない領域まで達していることはその一つである。つまり、実験する側の状況によって、本来実験をしている主体者とはなんの関係もない事象の結果が異なるのだ。そして、ますます科学は「あい矛盾する二つの事象が同時に存在する」という神の2文法の存在を認めざるを得ないところまで来ている。私はけっして科学に詳しくないし、たぶん私の科学知識は19世紀のレベルで止まっているのだろうけれど、いやそれだからこそ、最新の科学の知見が導き出す結論や推論を見るにつけ、昔から好きだった「不思議」と「冒険」に結びついてくる。「人間の意識」。21世紀は心の時代になると言われて久しいが、その切り口は、この「人間の意識」そのものの探求とは切っても切り離せないのではないか、と感じている。「好きなこと」と聞かれたとき・・・、あるいは「好きなもの」と聞かれたとき、今の自分なら何と答えるだろうか・・・
2006.05.31
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ただただ疲れました、今日は・・・このところ100度近い(華氏ですけど・・)暑さが続き、昼日中はとてもじゃないけれど、芝刈りなぞやったら日射病か、熱射病まちがいなし、という気候が続いています。ここ2、3日、今日やろうかな、どうしようかな、と逡巡していましたが、ずっと暑いので意を決して、今朝は朝8時半からレント物件の一軒に芝刈りに・・・約2時間で終了した後、シャワーを浴びて、またすぐに今度は今日引越しする前のオーナーと最後の打ち合わせ、兼ウォークスルーをしてまいりました。同時に、手配していたリフォームの業者も来ていたので、リフォームの内容について打ち合わせをしながら、午後いっぱいその家にへばりついていました。今日、元オーナーの引越しは終わり、明日には、このリフォーム業者さんにより、キッチンとバス回りのリフォームが完了します。明後日は、カーペットクリーニングと庭のメンテナンスが入り、いよいよ元もとのテナントさんの入居が6月2日になります。といった感じで、ここ3日間ばかり、この新しい賃貸家屋のメンテナンスと入居準備に集中しなくてはいけないところなのですが・・・明日は、どうしても別件名で、かなりタイトな状況になりつつある物件のフォローをもしなければなりません。これが済めば一段落ですが、はたしてうまく行くかどうか・・・あ、ちょっと意味不明な内容ですが、終了したら(というより、うまくいったら)また報告したいと思います。さあ、明日は、肉体面、知的面、両方で「労働力投入」だ! (これは単に「仕事をする」とも言いますが・・・・)
2006.05.30
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なんの童話だったか、酸っぱいブドウというのがありましたね。確か狐かなにかが、おいしそうなブドウがなっているのを見つけるのですが、ちょっと考えて(少しは何かしたんだったっけ?)から、結局は諦める・・・その時に「あれはきっと酸っぱいブドウに違いない。苦労してとるまでのことはないさ・・」というわけです。つまり、負け惜しみ、ということでしょうか。この童話の「教え」というか、言わんとしていることは何だったのでしょうか・・・--------------------------------------ここはブドウ園です。何人もの人が働いています。ブドウは、そろそろ収穫の時期が近づいており、中にはもう食べられるものも出来てきました。作業する人は、毎日、そのブドウの木に水をやったり、肥料を上げたり、害虫除けを施したりして働いています。一日の作業が終わると、ご褒美に、できたてのブドウを一粒もらえます。また、収穫期も末期になると、その頃には房の重さでだんだんと下がってきたブドウが手で取れる高さになるので、そうなった時は、とれる範囲で自分のためにとっていい契約になっているので、それまでは毎日たった一つぶのブドウで満足し、もくもくと働いている人が大部分です。ところが、なかには仕事をほっぽり出して、地面に土を盛り、その上に乗ってもう少しで届きそうなブドウを必死に取ろうと努力している人間がいます。かと思えば、いろいろ周囲を見渡して、足台になるものを捜したり、中にはその台を自分で作り始めた人も居ます。とにかく、手が届くところまでとっていいのですから、その範囲をできるだけ上げようと必死になっているのです。でも、そんなことをやっていると、毎日もらえるはずの一粒のブドウさえもらえません。でも、当人達は、この土盛りさえ完成すれば、この足台さへ完成すれば、そんな一粒のブドウどころではなく、もっとたくさんのブドウが手に入ることを知っています。だから毎日一粒のブドウを犠牲にしても、やっていることを信じて、未来を信じて、もくもくと作業に熱中します。でも、土盛りは崩れ、足台もこわれて、もう少しで届きそうなところまで行くのに、結局はもとの木阿弥になって、毎日の単調な作業に戻る人が後を絶ちません。それを見て、一度もそんな努力をせずにたんたんと作業を続けてきた人は「それみたことか」といいながら、またもくもくと水や肥料をあげ続けます。中には頭がいい人も居て、もう一人の人間と共同で、一人が肩車をして、もう一人がその上に乗り、ブドウを大量にせしめた人が出てきました。肩車に乗った人は、肩車になってくれた人に、収穫の半分を渡す約束をして協力してもらったのです。それを見て、何人もの人が、我も我も、とペアを組み、同じようにしてブドウを取っていきました。しかし、そうこうするうちに、分け前の分量でもめたり、中にはだまされて、全部持ち逃げされる人も出てきました。そういった人もまた、毎日の単調な仕事に戻っていきました。これを見て、やはり、たんたんと作業をしてきた人は、自分もどうしようか、と迷ったことは棚に上げ、「それみたことか。やっぱり地道に働くのが一番だ」と、毎日確実にブドウをもらって「足るを知る」と言いながら、単調な仕事を続けるのでした。ところが、ありとあらゆる手を考えて、中にはやはり大量のブドウを収穫する人間が出てきたのです。それを見て、ある人は、「あれはきっとまだ熟していない、すっぱいブドウに違いない」。またある人は、「きっと誰かをだましたりして、あれだけのブドウを手に入れたに違いない。でなければあんなに取れるはずがない。自分は清く正しく生きよう」。そしてある日、気が付くと、収穫期が終わりに近づいてきたのに、その房の重さで垂れ下がってきて、手でとれるようになったブドウが、以前期待していたよりも大分少なくなってきています。それもそのはず、工夫をして取れる範囲を拡大した人が真っ先に取ったのは、そういった場所にあったぶどうだったからです。そして、それでもまだ手で届くところにあるブドウをやっと見つけて喜んで取ってみると、その喜びは、絶望に変わりました。それはもう熟しすぎて、なかば腐り始めているブドウだったのです。だから誰もとらずに残っていたのでした。その様子を見ていた、他のたんたんと毎日を地道に働いていた人にも動揺が広がります。もしかすると、自分たちが収穫期の最後に期待していた「大量のブドウ」というのは幻想にすぎないのではないか、っと。では、なんのために、毎日たった一つぶのブドウで我慢しながら働いてきたのだろう?という疑問が湧いてきました。そのお陰で、最近はますます、台を作ったり、人に肩を貸してもらうために交渉したりする人がまた増えてきました。しかし、大部分の人は、それでもやはり、それらが失敗に終わる可能性が高い、と判断し、そして、失敗に終わった人に「それみたことか」と言いながら、また単調な仕事に戻ってゆくのでした。---------------------------------なんていう童話じゃないよな~・・・「リスクとリターン」そして「格差の拡大」、もうひとつおまけに「自己責任」と「やるかやらないか、という違いだけ」というお話でした。私自身は人の肩(人のお金)を借りまくっていますが、本当に大丈夫かな、と思いながら・・・
2006.05.29
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昨年の3月に、「賃貸収入、大台突破!」 という日記を書きました。この時は、日本の3棟目のアパート購入後で、日米の賃貸収入が2000万円を突破したところでした。それ以来、15ヶ月。何度も書いているように、その後も日米共に投資を拡大し、日本でも4棟目のアパートを購入、アメリカでも数軒の物件に投資し、見かけ上の賃貸収入は拡大を続けてきています。この時以降の投資は、はっきり言って全部「自己資金0」であったため、賃貸収入の増加に合わせて、いやそれ以上に借入金の増加があり、レバレッジは上がり続け、すなわちリスク度は高まりながら、実質的な手取り収入は横ばいか、やや減少、といったところです。この「減少」の部分は、資金源であるローンを日米共に固定金利化したため、それまでの変動よりも今時点での金利返済が増えていることにもよります。しかし、見かけ上の、総賃貸収入だけは拡大を続け、今月集計したところ、満室時の年間換算で次の大台3000万を突破したようです。ただし、現在アメリカでの所有物件のうち2軒(フロリダとアトランタ)が、今現在テナントが居らず空きになっており、これを含んでいませんこれを含むと、すでに今年の3月から大台を突破していても良かったのですが、フロリダにはテナントが決まらず、アトランタも、3月末で前のテナントさんが出た後、借り手がまだ見つからず、日本は日本で、入れ替え時期の3月、4月でなかなか満室にならず、という状態が続いていました。しかし、今月から、アトランタの新規賃貸がスタートし、やっと大台にのったところです。来月からは、オースティンの新規賃貸も決まり、フロリダとアトランタが両方決まれば、これだけで3500万円ほどになるはずですが、どちらも「売却」と「賃貸」の両方にリスティングしているので、その結果によっては賃貸収入にはならないので、今回の計算では除きました。一方、今月に入ってからもいろいろと拡大を試みており、その全てがうまく行けば、今年の8月以降には上のフロリダとアトランタの物件を考えなくとも、次の大台の4000万円が見えてきそうです。内訳は、日本の4棟のアパートが年間約1800万円、アメリカの賃貸が、年間約21万5千ドル(¥115円/$換算で、約2470万円)で合計4300万円程度。で、これは、考えようによっては、「収入」というより、「リンロンカンパニー」の「売上高」です。会社としての売上高が、4000万円ほどの個人企業、と言ってもいいかもしれません。規模だけは、もう完全に事業レベルになりそうです。(ただし、赤字ですが・・・)日本はともかく、アメリカの法人化は待ったなしになってきました。予定では来月にも法人を立ち上げることにしています。その経緯は追ってブログに載せて行きたいと思っています。なにか、たろうさんのところといい、ミカオさんのところといい、日米どちらも「法人化」がはやりみたいになってきましたね。(笑)
2006.05.28
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先ほど、夕食を食べた後、暗くなってきた庭のテラスでくつろいでいた。すると、庭の木のあたりでチラっと光るものが・・まさか、まだホタルじゃないよな~、としばらく木々を見ていると・・・一匹や二匹ではない。そこかしこに、あそこでフッ、こちらでフッ、と、明らかにホタルの光が瞬いていた。すでに5月も末、と言っても、まだ5月の末。例年、こんなに早かっただろうか・・・と考えてみたがよく思い出せない。夏のわりと早い時期に、最盛期はうちの庭だけでも何十と言うホタルの乱舞を見ることができる。アメリカへ来て、初めて住んだ家は、近所の裏に小川が流れていたこともあって、それこそ夏になるとホタルがそこらじゅうに飛び交っていて、驚いたものだった。日本では、都市部はもちろん、田舎へ行ってもなかなかこれだけ大量にホタルが見られる場所は限られつつあるのに比べ、ふと購入した家で、いながらにして庭のホタルを鑑賞できるのだ。丁度子供が大きくなり初めだったので、その頃はよく、子供と庭に出て、素手で何匹もホタルを捕獲して、虫かごに入れたりして遊んだものだった。そのころに比べて、なんと生活が変わってきたことだろう・・・それから2度ほど転居したが、今またこの家の庭で、同じようにホタルの乱舞をみることができる・・・ホタルにとっては一瞬の生。この夏だけの命だ。精一杯光り、舞い、その生を生き抜くのだ。宇宙の永遠性からみたら、人間の生も、このホタルの光に似て、一瞬のきらめきにすぎないだろう。だからこそ、その一瞬を、精一杯生きることが、この上なく貴重に思えてくる。来年もまた、このホタルの乱舞を見られるだろうか・・・その時の自分の状況はどう変わっているだろう・・・同じような瞬間・瞬間の貴重さを、その時にも感じていたいものである。
2006.05.27
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昨日の日記で、「心地よい緊張感」という言葉を使いました。実は、書いてから、自分でもいい表現だな、と気に入ってしまいました。(笑)人は、よく適度なストレスというものがある方がいい、とも言われますが、この適度な緊張感、というのも同じようなものでしょう。丁度、「サラリーマンでも大家さんになれる47の秘訣」で有名な藤山さんの2冊目、藤山流「成功の奥義」↓を読んでいて、やはり、この方も、サラリーマン兼業大家から専業大家になってからしばらく、家でヒマをもてあまし、小説を書いたり元の会社の同僚を訪ねたり、図書館に通って片っ端から本を読んだり、どう時間をつぶそうか、ということに悩んだそうです。考えようによっては、これは「贅沢」以外の何者でもありませんが、子供に「お父さんは働きもせず、家でぶらぶらしている!」と言われるのは気分がよくない以上に、子供の教育にとってもよくないかも知れず、本人は本気で悩むわけです。この藤山さんの場合は、「たまたま」友人に出版関係の方が居て、その「大家業」の実績を本にするという話が持ちかけられ、「たまたま」それが時期を得てベストセラーの仲間入りをし、今では講演やコンサルに多忙な「兼業大家さん」に戻ってしまい、それを御自分でも「忙しいが楽しい」変化だとして楽しんでいるところがあります。よく「不労所得」を得て、それで毎日好きなことを好きなだけやりたい、お金の心配をせずに日々暮らしていたい、そういう声があります。私もそのような状況になったことがないので推測の域を出ませんが、そうなった人の話を聞くと、やはりそれだけでは満たされないものがあるようです。それでも「そんな贅沢を一度でも言ってみたい!」というのが普通の人でしょうし、私もある意味そうですが、でも、そうなるのが分かっているんだったら、初めから「お金の心配をせず日々を暮らしたいし、なおかつ、適度な緊張感もその日常に欲しい!」と欲張ってもいいんじゃないでしょうか。このところ、というか、おそらく6月の半ばか7月ぐらいまでは、やることがいっぱいあり、普段はごろごろしているのですが、自分がやらなければならないところはパパッとやり、後は待機、という状況が続きそうです。この間、ずっと「心地よい緊張感」が続き、「不安」というではなく、「心配」というのでもなく、その結果「こうなったらこうしよう」「もしダメだったらこうしよう」という「計画」をきちんと作りながら待っているわけです。そして、もし、現実そういう状況が発生したらあせらずに考えていた「次の手」を打つ、ということができるようにしていること自体がこの「心地よい緊張感」を持続させているように感じます。さあ、あと一月、昨日の日記ではないけれど、今が正念場。静かに、しかし果敢に自分の信じる方向に向かって進みましょう。
2006.05.27
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・・・って、いつも書いているような気がしますが、心地良い緊張感と共に、退職後3年目にいたっても、(過去のブログを読み返すと)毎年「今年が正念場!」。いいことなんでしょうが、度が過ぎると良くありませんね。まだ度が過ぎるとまでは行っていませんが、このところ、一種の綱渡り状態で(もちろん経済設計面で、ですが)、日本も、アメリカも、ともにぎりぎりの(何が?とは聞かないで下さい)状況が続いています。ふと弱気になると、「あ~あ、やっぱり、毎日会社に行っているだけで、定期的に『給料』という収入が入ってきたサラリーマン時代の方が楽だったな~」と思うときもあります。まあ、無いものねだりは世の常で、今の方が良いことはいっぱい有りますが、それに慣れてしまうとマイナス面ばかりが気になってしまうもの。今年の2月、日本での不動産投資家のオフ会で、いや~、本当は苦しいんですよ、と努めて明るく「本音」を言ったのに、ミカオさんからは、「だとしても、仕事もせずに2年も生活しているんだから大したものですよ。」と慰められました。今年は、「仕事」を少しやって、「少し」収入が出てきましたが、経済情勢は逆に厳しさを増しています。まあ、その原因は自分が作り出しているんで、誰を恨むでもなく、ましてや、後悔もしていないんですが、今年を良い形で乗り切れば、退職時に描いた「目標」に近づくところまで来ています。(この「目標」は、ちょこっと、いつかの日記に書いたことがあります。)55歳時、そして60歳時、まだまだ時間があります。でも「すぐ」でもあります。今日の日記は、わからないでしょうが(笑)、つまりは、「今が正念場だ!」ということです。多分、来年の今頃も同じようなことを言っていると思いますが、この緊張感を持続すること自体はけっして悪いことじゃないと感じています。で、早速、昨日読んだ、「非常識な成功法則」を実践することにしました。↓ ↓ ↓ ↓ ↓(あ、「非公開日記部分」に書いているので、読めません。あしからず・・・)
2006.05.26
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乱読シリーズ、x回目です。(まあ、いつも乱読なので回数はわかりません。)今日は、神田昌典シリーズ。昨日から今日にかけて読んだ本はこれ「成功者の告白」。↓そして今日読み始めたのはこれ「非常識な成功法則」↓(まだ全部読み終わっていませんが・・)どちらにしても、神田昌典という人の本を読むのは初めてでしたが、いや~、なかなか面白い!特に、(と言うか、2冊目はまだ読み終えていないんで・・)一冊目の「成功者の告白」。普通の成功法則の本にありがちな精神論やノウハウ本と一線を画した「物語風」。小説として読んでも、すらっと読めてしまう内容ですが、それでいていろいろな成功のポイントが随所にちりばめられています。この本の良かった点は、「小説風」でありながら、その枝葉末節は抜きにして「パターン」に注目している点でしょうか。そのパターンというのは、「成功のパターン」ではなくて、「成功にいたるまでに遭遇する障害のパターン」というのがいいんです。この物語を追っていくと、当然、こんなことは起こるはずがない、とか、自分だったらこうはしない、という点は一杯出てくるでしょう。人それぞれ、実際に起きる事象はさまざまだからです。でも、私自身に限って言えば、アメリカにたった一人で赴任して、現地の部門を立ち上げ、最大時300人ぐらいの組織を率いていた時の記憶と重ね合わせると、本当にそうだなあ、という箇所が随所に出てきます。残念ながら、本にもあった成功の端緒において陥りやすい「浮気」「不倫」という経験はありませんでしたが(笑)、組織が拡大してゆくにしたがって、必然的に、と言っていいほど現れる障害について、その詳細こそ違え、パターンは確かに非常に似通っていました。そして、それに対してどう自分が対処したか、ということを考えながらこの本を読むと、自分のその時の対応が本当に的を得ていたのかどうか、という意味で見直すことにもつながりました。詳細はこの本を読んでもらう他はありませんが、事業の成功と家庭・個人の幸福、という、あいも変わらず自分が求めているテーマにも密接に関連し、いうなれば、「金持ちでも幸せではない」という人間がどうして生まれるのか、ということを実に上手く説明しています。ある面、そこには相反する要素が含まれているからであり、それを認識した上で対処するのと、認識しないまま対処するのでは雲泥の違いが生まれることは想像に難くありません。続いて読んでいる、「非常識な成功法則」も、若干37歳の著者が書いた、ということを差し引いて考えても、本音で「成功」というものを考えた時に著者が思っていること、考えていること、経験して実感したことを素直に書いています。どちらも、今までの「成功法則」にありがちな、「それはわかったけれど、どうするの?」ということに対して、なんらかの示唆を読む人に与えてくれる本ではないか、と思います。では、私はどうするか?まだまだ50歳をちょっと過ぎたばかり。生きることが面白くなってきた、という感じです。どんなことも、自分がしようと思えば出来ないことはない。そう思います。あとは、自分で自分自身に設けている枠をどう取払うか、だけです。それと、やはり、そうある自分を支えている環境、・・・特に妻には感謝したいと思います。そういう本でした。
2006.05.25
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今日はちょっとしたことがあった。内容は個人的な内容に触れるので書けないけれども、結果として後味の悪いものになってしまった。今までの自分の行動、自分の言葉、そういったものに照らし合わせてみて、正直言って特に問題はなかったと今でも思っているが、いや、そう思っているからこそ、今日のようなことになってしまったのだろう。今までの経験や、本を読んで学んだことなど、こういった場合に自分の態度・言動に反映されなければ、単なる知識にすぎない。結果として後味が悪いものになったのは、やはり自分の側になんらかの問題があった、と考えざるを得ない。一つだけ言えることは、今回の小さな問題を通して、今度より大きな件名があった場合には、もう少しは上手く対応できるだろう、ということだろうか。いや、そうでなければ、今回の問題を経験したことがなんにもならない。特に、人の「考え方」がその中に入ってくるものは、こちらが勝手に「こうだろう」と思っているようにはならないのが「普通」だと思っておくに越したことは無い。向こうには向こうの考え方があり、私の知らない状況もあるだろう。こちらが良かれと思ってしたことが裏目に出てしまった場合もあるかもしれない。だから、と言って、それを相手の責任とするのが、いくら「契約」という名の下であっても必ずしも正しいとは限らない。考えてみれば、最後は「論理」で押してしまった。少なくとも論理の上では、絶対にこちらに非はない、という確信からであるが、それでも、そういった「こちらの論理」に立った言動の結果を十分に考えなかった非は否めない。現象としては、「問題」は解決した。しかし、後味の悪さが残った。つまり形を変えて「問題」は残った。まだまだ人間ができていないなあ・・・
2006.05.24
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今日は朝から、ふと目に付いたブログにあった「経営診断」なるものに興味を持ってしまい、終日悪戦苦闘しておりました。先日の日記でも書いたように、来月早々、不動産投資&管理の法人化を考えていますが、法人化する、しないにかかわらず、家計そのものも「事業」としてとらえた場合にどういう状況にあるのだろう、ということに興味があったわけです。幸い、2003年末以来、2004年、2005年と、一応家計簿とバランスシートは自己流ではありますがつけているので、これを「企業」に見立てて、その「経営状況」を診断してみようか、と思い立ったわけです。そのブログから言った先のHPは、「決算書.COM」というもので、ここで「決算すっきりシート」というものが無料でダウンロードできます。なんでも、この方が10年の歳月をかけて開発した、PL、BS、CFから、その会社の経営状態、つまり「儲かっているか」「資金繰りは良いか」「つぶれないか」という3点に関して、過去の決算結果を入力するだけで、たちどころに評価が出てくる、という優れものです。入力は各年度、いたって少なく、20項目足らずです。これらの数字を過去の決算の資料をベースに入力してゆけば、今期までの各種指標の推移から、上記の3点での評価ランク(このシートでは「理想企業」「優秀企業」「普通起業」「これから」「欠損企業」という5段階)で評価が出てきます。うん?これは使えるんじゃないか?と、自分の退職前から退職後の現在に至るまでのBSをもとに、ごく大雑把にでも、この「不動産投資事業」というものを「会社」として捉えた場合の評価はどうなるのだろう、そして、今急速に拡大しつつあるこの投資が、「法人」としてみた場合に「良い方向」に行っているのだろうか、それとも・・・・、というような疑問に対してある一定の回答が期待できるのではないか、と考えたわけです。・・・・・・・・・・ところが、ところが・・・、「いたって少ない、20項目足らず」の数字がまずない!企業だったら決算書があるので、その数字を写せば済むのかもしれないが、こちらはとにかく、「家計簿」に毛がはえた程度の資料しかない。この表を埋めるのに、ああでもない、こうでもない、と、自分の持っている資料・データからなんとかそれらしい数字を捻出するだけでも時間がかかる・・・結局、この日記を書いている時点ではまだ完成できていません。(泣)しかし、この3つの指標は、たとえば銀行が企業を評価する時に見るポイントとも合致しているため、本当のビジネスとして不動産投資を考えた時に、安易にお金を貸してくれるところがあったとしてもそれはそれとして、本来なら、このような基本的な観点で見て、融資を受けられるような「健全性」というものが企業には求められるのだろう。銀行からお金を借りてください、というような「夢」のような状況を、一昔みたいに単に『不動産の含み益』頼みではなく、財務の健全性から産み出したいものです。まあ、そんな理想論はともかくとして、まずこの評価を完成させてみよう。恐らく、かなり「危険」で「不健全」で、上記のランクで言うと「欠損企業」に該当することが見えているにしても、それを「数字」で確認することにはそれなりに意味が在るのだろう、と思う。もう少し、頑張ってみようかな~・・・
2006.05.23
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積読から連日の乱読へ・・・毎日読んでいる本にひとつひとつ感想を書きたいところだが、まとめるとか反芻するとか、そういった「有益」ではあるだろうがそれなりの努力を要することよりも、どうも次々に乱読する、という「安易」な方向へ行ってしまう・・・で、今日の乱読の対象は「天才数学者、株にハマる」。↓株に関する本は、何冊かもっているものの、あまり読む気もせず、これこそ積読状態。どうも、最初に「ウォール街のランダムウォーカー」や「投資戦略の発想法」を読んだ影響が大きいようだ。そして、大抵の、あるいはそこそこの理論を身につけたぐらいでは、テクニカル分析派にしてもファンダメンタル派にしても、長い目で見たときにはインデックス派に「期待値」としてかなわない、ということが実績として示されている以上、それほど「突っ込む」気も無い私としては、インデックス連動でかつ、非課税優遇を受けられる年金ファンドと教育目的ファンドをやっているだけに過ぎない。年率何十%ということは期待できない代わりに、そこそこ5%から15%前後の利回りを毎年確保しているので、これはこれで長期戦を覚悟の上でじたばたしないことにしている。そんな中、この本を読む気になったのは、帯びに書かれていた「本書には、具体的な投資アドバイス、新しい千年紀のトップ10銘柄、今すぐ始める401Kの5つの賢い方法、今すぐやれる3つのよいこと、そういった話は全く出てこない。」というのが気に入ったからだ。(笑)代わりに「本書の目的は、市場で成立している基本的な数学的関係を俯瞰し、解説し、また探求することである。投資と共に、市場にまつわる論点を要約した、新旧のさまざまな問題やパラドックス、パズルの考え方を検討してゆく」という。読んでみるとこれが面白い!コインが続けて2回、表が出た後に、3回目にコインを投げた時に表の出る確率は、と聞いた時に、「それは当然、裏の確率の方が大きいよ!」と自信たっぷりに答えた友人のP氏(ちなみに彼は工学部出身だったはずだが・・・)のような例は論外としても、たとえば「100万円をまず贈与する。そして彼に次の二つの選択肢を与える。(a)もう50万円を無条件でもらえる (b)コインを投げ、表だったらもう100万円もらえ、裏だったら何もらえない。」あなたならどちらを選択するだろうか。「まず200万円を贈与する。そして彼にも次の二つの選択肢を与える。(a)なにもしない場合は、50万円を返却する (b)コインを投げ、表だったら返却なし、裏だったら100万円返す。」この場合は、あなただったらどちらを選択するだろうか。・・・・・・・・・実験すると、上の例の場合は殆どの人が(a)、つまりなにもせずに追加で50万もらう方を、下の例で言うと、殆どの人が(b)のコインを投げる方を選択するという。しかし、冷静に考えればわかるように、この二つの例は、先にもらうか、後で払うかの違いはあっても内容的にも確率的にも全く同じなのだ。それにも関わらず、人はだいたい、片方ではコインの可能性にかけず、もう一方ではコインの可能性にかける、という違った選択をする。こういった心理学的な影響を、いろいろなシチュエーションやパズルで示しながら、人間の直感と純論理的(また数学的)に導き出した確率とが乖離する例を説明する。あるいは「平均値」というものの言葉としての「理解」と実際の乖離、「期待値」と分布、ボラティリティなどなど、日常的に、「投資」の世界で現れる言葉と、その実際を、数字で比較し、如何に人間が誤った判断をしやすいか、という点にもかなり説明の重点がおかれている。確かに、たとえば「日本人の平均収入」や「平均貯蓄高」などで自分は平均より上か下か、と言った場合には、「自分は平均より下だ」とする人が圧倒的に多いのはよく知られている事実である。つまり下は0までしかないが、上はそれこそ天文学的な数字を持つ人まであるわけだから、「平均」というと、その上のグループに引っ張られてしまうわけだ。だからこそ、「最頻値」とか「中央値」とか、もっと言うと「分布」から「分散」の考え方が重要になってくるし、このあたりは皆さん、よく御存知だと思う。しかし、これがひとたび、あるファンドの「平均パフォーマンス」などということになると、このあたりの理解はどこかへ行ってしまい、その「平均」という言葉を「期待値」と同様に思い込んでしまう、ということもよくある話である。また、「95%の確率で一週間のうちに1%儲かるかもしれないが、5%の確率で60%損するかもしれない」と言った場合、儲かる確率は高いが、平均ではマイナスだ、などという話になって???になってしまう。こういった話から、テクニカル分析やファンダメンタル分析の有効性、P/E、P/Bの裏の意味からプット、コールなどのオプションの話、あるいはオプションの理論的な価値の決定方法であるブラック=ショールズオプション公式などなどへ話が展開する。訳者あとがきにも述べられているが、こういった本の中でも特にこの本はそのカバー範囲が、ゲーム理論、カオス、異質的エージェント、複雑系などに話が及んでいるところが秀逸だとされているが、私的には、一章の「数学的な問題と心理学的な問題は切り離せない」というところに、この本の面白さがあると思う。というより、投資の細かな話はよく分からないながらも、このあたりの例と解説は久々の「頭の体操」という以上に楽しむことができた、というのが本音である。こういった人間が陥る「心理傾向」にドンピシャはまってしまう例がこれでもか、と続くと、やはり自分は下手に生半可な知識や理論で株をやるなんていうことは止めて、実績重視でインデックスをやって時々数字を眺めるぐらいが丁度いいのだろうな、と思わずにいられない。でも、しかし、一日は十分に楽しめる本ではありました。
2006.05.22
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今日は期せずして、似通った本を2冊、読んでしまった。題名からしたらそんな内容の本だとは思わなかったのだが・・・・一冊は、森田療法の第一人者である、浜松医科大学名誉教授の大原健士郎氏の著書で、「とらわれる生き方、あるがままの生き方」↓(あれっ!画像が・・・)そして、もう一冊は、ヘルスカウンセリング学会会長の宗像恒次氏の「男をやめる」。↓である。副題は、こちらも「人生をもっと豊かに生きるために」。どちらも、現代人の精神病理学的な面からの分析とその対症療法に関する本であった。こういった本を読んでいつも思うことだが、これを読んで感じたこと、考えたことを書き出したら切りがない。おそらく、一冊の感想で、優に一冊の本が出来てしまうほどいろいろ感じたり考えたりするわけだが、それを書いたところで仕方がない。でも、自分にとってはもしかしたら意味のあることかもしれない。特に、2冊目の「男をやめる」。書き出しが、「ガンとの闘いに破れ、医者から転移・再発を宣告された末期がん患者の中高年男性の面接調査を行ったところ、ある意外な「共通項」が浮かび上がってきた。大方の予想に反して、少なからぬ人々が語ったのは、死への恐怖心ではなく、ある種の安心感だった。『安堵の思い』とでも言ったら良いだろうか。」というものであった。現代の「日本人」が、とりわけ「団塊の世代」を中心として、今なお若い男性を含めて蔓延している「男」として、あるいは「良い子」として自分を押しつぶしてきた人間の様々な病理と、その対策について書かれている。題名の「男をやめる」は、そういった自分の思い込みから自分を解放しよう、という言葉で有るが、一冊目の森田療法が生きる「考え方」をベースにしているのに対し、こちらはある面、本人さえ気が付いていない自分の深部に対する「気づき」をベースにしている。個人的には、森田療法よりもこちらのSATカウンセリングの方が、実際の症例と対処方法も含めて、いろいろ示唆に富む部分が多かったように思う。しかし、人間と言うものは、自分で思っているほど単純でも、画一的でもなく、胎児の記憶からそれが及ぼす生理学的な影響まで含めると、なんと複雑で、かつ完璧なシステムになっていることか・・・
2006.05.21
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日記を書こうかとこのブログを開いてみたら・・・あららっ・・・!アクセスカウンターが突然リセットされて0になっていました。(泣)確か12万1千を超えたぐらいまでは覚えているのですが、どうも日本時間夜中の1時半ぐらいにどうにかなったんでしょう。それから6時間ぐらいの履歴もありません。どなたかのブログで、このカウンターがリセットされていたことが書かれていた記憶がありますが、なにか戻す方法があるとか、ないとか・・・もし知っている人がいたら是非教えてください。まあ、0から再出発するのも悪くありませんが、それでもせっかくの12万アクセスがもったいない・・・日記は全てバックアップがとってあるけれども、こうなると、フリーページなども含めて、どこかにバックアップを取っておいた方がいいのかな、という気になります。皆さんはどうなさっていますか?--------------------------とここまで書いてから気が付いたのですが、最新訪問者履歴は、未だに夜の1時42分まででストップしたままですね。これって、ほっとけば自動的に復旧するのでしょうか・・------------------------------------追記です。マスクMさんからの情報で、管理画面から、アクセス記録表示のページへ行き、その右肩にある「修正する」ボタンを押したら、一応アクセス数は昨晩の数に戻りました。しかし、その後のアクセスはやはりカウントされず、カウンタも変わらず、最新訪問者履歴にもなにも記録されない状態が続いています。で、「それでも不具合が直らないときはこちら」ということで、それをクリックすると・・***************■アクセスカウンタの不具合 (2006.5.12)楽天広場ブログにおけるアクセスカウンタにつきまして数字が突然、ゼロに戻ってしまうという報告を多数いただいております。こちらにつきましては、現在調査中でございます。しばらくお時間を頂戴するかと存じますが、何とぞご了承ください。ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。***************ということでした。これ、5月12日の連絡ですから、こりゃ時間がかかりそうですね~・・・ということで、私のカウンタは昨晩の120889に戻ってそこで止まったままです。この修正時点までの本日のアクセス数は165だったかな?これはどこかへ行ってしまいました。(^^;----------------------------またまた追記です。日本時間午前9時半、カウンターのインクリメントが再開されました。この間の160アクセスは無視されたようで、訪問者履歴は、夜一時半から突然朝の9時半になっていて、その間の記録は脱落した模様です。唯一、「アクセス数推移」だけは、本日166カウント、ということできちんとカウントされていました。ということは、これらのアクセス記録を引っ張ってくるベースが、この楽天ブログの場合、ソフト上で異なっているんでしょう。やっぱり、何事もSimple is Best! ですね。
2006.05.20
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アメリカの株がものすごく下がっています。ダウはピークから今日で5%近く下落しています。昨年末に大部分を処分してしまったとは言え、まだ少しは楽しみのためと、子供の教育資金のために保有しているカレッジセービングが甚大な影響を受けています。(^^;と言っても、もともと大した額ではないので、ここのところの下げで先月末比マイナス$650ほどでしょうか・・・さすがに年金ファンドの方は最低限3%のキャップ付きなので、こういった場合は安心です。だからこそ「年金」なんですが・・・それよりも、この下落の原因が、物価上昇指数の上昇による金利上げ観測の復活にあることの方が私にとっては問題が大きい。「観測」はどうでもいいのだが、これが実際に金利上昇となると、これが影響する。日本は全て最低5年、殆どは10年または20年の固定金利化を終えているが、アメリカはまだ投資継続中のため、そうできていない。と言っても、アメリカのローンでも、総額の85%以上は20年あるいは30年の固定金利になっているのだが、一部、15%弱がまだプライム連動の変動金利になっている。ここが問題だ。一番の対策は、この変動金利部分を一刻も早く返済してしまうこと。それができなければ、その一部でも固定化してしまうこと、だろう。ただ、今これを固定化するとすでに結構金利が上がってしまっている。日本の場合もそうだけれどもやはりこの固定化はこの3月ぐらいがラストチャンスだった気がする。やっぱり、返済を早める、という方向にするしかないかな~と言っても、高々15%とは言え、やはり15%・・・地道に収入を得られる仕事をやって返してゆく、というのが一番素直なんだろうな、と考える今日この頃・・でも、目標がはっきりしているので、やりようはあるはず。さって、どうしようかな~・・・
2006.05.19
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丁度一年前の5月13日に「我が家の騒音公害」というタイトルで日記を書きました。その時に撮った写真がこれ↓もう一年も経ったんですね、あれから・・・早いものです。で、今日は、先日の娘のオーケストラのコンサートに続いて、息子のバンドの「春のコンサート」がありました。やはり先日と同じ、息子の高校が会場です。↓ ところが直前の一週間前ぐらいに、息子から「ソロをやることになったよ。」と言われ、こちらはきがきでは有りません。なにせ、初めに載せた一年前の日記でも書いたように、サックスを始めてからたった1年。他のメンバーは小学校や中学校からやっている連中が多く、その中で、高校に入って初めて吹き始めた息子がなんでソロをやるのか・・・それに普段から全然練習をしない。学校でのバンドと、週一回のレッスン以外にはほとんど家で吹いていない・・・その上、ここ2,3日、ソロ演奏がある、というのに、全然練習しない!!こんなんで大丈夫なんだろうか、と心配しているうちに当日になってしまいました。で、息子が颯爽と、ではなく、のそのそ、っと前に出てくる。↓ そして、そのままソロに突入! とにかく、演奏の上手い下手よりは(まあ、期待しても無理なのですが・・)、なんとか最後までずっこけずに吹いて欲しい、とそれだけでした。(笑)ま、当然、演奏は大したことは無かったのですが・・・、無事に演奏を終えただけでもホッとしました。演奏が終わって、指揮者のディレクターの先生が握手を求めるも、ぼさっと突っ立っているし、普通は観客が拍手をしたらお辞儀ぐらいするものだが、そのままひょこひょこっと席に戻ってしまう・・(笑)まあ、それなりに緊張していたんでしょう。その後のレセプション(軽い飲み物やクッキーが提供される)では、友達に小突かれたり、彼女(?)と思しき女の子に抱きつかれたり・・・・う~ん、青春しているな~・・・
2006.05.18
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4月に購入した2軒。一軒は、ここアトランタで現在、元の売主が西海岸へ移るまで住みたいということでレント中ですが、この方々が5月の30日に退去することになりました。そして6月1日からは、もともとのクライアントであった日本人の方が入居する、ということになっており、5月の29日から31日にかけて、一部改装と壁の塗り替えなどをする予定です。おそらく$2000ほどの経費がかかると思いますが、それを入れても、この物件は表面10%強の利回りがあるので、初年度からキャッシュフローが出る見込みで、これから2年、レントが続く限り保有を継続していくつもり。2年後にリース契約が終わるのですが、この日本人のテナントの方が、それ以上に延長したい、ということであれば、そのまま契約を延長しますし、そうでなければ、その時点での市場の状況により、新規賃貸募集か売却かを決めることになります。そして、4月購入のもう一軒。こちらはテキサス州オースティンです。1月に購入し、売却も賃貸も苦戦しているフロリダのタンパの物件と違って、こちらは募集一ヶ月もしないでテナントが決まりました。入居は6月1日からで、契約は一年ですが、ここの場合は、このテナントさんが出たとしても、賃貸需要が高いとところなので、あまり継続性は心配していません。それでも、このテナントさんを紹介してくれたリース管理会社によると、すでに5年以上、この会社を通じて借りているお客さんなので、できれば一年といわず、二年以上居て欲しいものです。こちらは、アトランタと違い、プロパティーマネージメント会社に管理をお願いする都合上、若干の費用が発生します。しかし今回のレントは、表面で12%ほどのレベルなので、なんとかそれを支払っても、こちらも初年度からキャッシュフローが確保できそうです。あとは・・・アトランタで自分でリスティングしている物件と、そしてタンパでリスティングをしている物件、この両方の、リースか売却か、どちらにしても、それが焦点になってきました。なんとか、こちらも早くけりをつけたいところです。
2006.05.18
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という会社を作ろうか、と言う話が出ています。いや、ただ出ている、というだけですけれど・・・今日、先日「アセットマネージメント」で書いた"Wealth Management Group"との2回目の打ち合わせ。前回は窓口のファイナンシャルアドバイザーを中心に全体を確認した後に、個々の課題についてCPAや他のファイナンシャルアドバイザー、投資アドバイザーなどに来てもらってアドバイスを貰う、というものだった。しかし、私の目的とプライオリティからすると、どうも弁護士の分野が圧倒的に多い、ということで、今回は弁護士との個別相談となった。そして話した内容が、会社設立、生前遺書、信託財産化、Power of Attoney (日本語ではなんと言うんでしょうか、法定代理人、とでもいうのでしょうか・・)の選定などなど、「万が一」を想定した場合の「資産保全」というか、何が起こるにしても、誰が残るにしても、その場合すべてがしっちゃかめっちゃかにならないように事前に打てる手は全て、というもの。聞けば聞くほど、アメリカの国内法のみならず、日本の法律、アメリカ内でも州法の規定の違いなどにより、何もしないととんでもないことになる、ということがよく分かりました。先日「幸せなお金持ち」宣言をしましたので、ここは「お金持ち」として行動する、ということで、大した資産はありませんが、いやだからこそ、それが霧散霧消しないようにするにはどうしたらいいか、という観点です。そして、肝心の「法人設立」。今の状況は、ほとんど待ったなし、になってきました。もう、法人設立のメリットが云々、と言っている状況ではなくなり、Liabilityの観点からだけでも会社設立はMustになってきました。そして、どんな法人形態がいいか、という話の中で、複数の会社を立ち上げ、それを統括する「持ち株会社」すなわち「ホールディングカンパニー」の話が出てきました。現時点ではまだわかりません。少なくとも一つの会社をつくることはもう明確です。そして、ひとつでいいの?という疑問をこれから検討し、もしかしたら複数。そして、全部ばらばらでいいの?という疑問もこれから検討し、もしかしたらホールディングカンパニー。なぜか? ・ ・ ・ ・ ・ (ここは考える時間です。・・・・・ターネックさんのパクリ!笑) ・ ・ ・「格好いいから!!」というのは冗談で、「楽しそうだから!!」というのが近いでしょうか。ま、これも冗談ですが・・・。でも、「リンロンホールディングス」。来月には誕生しちゃうかも・・・
2006.05.17
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今日も、ある不動産屋に連絡するも約束の返事が待てど暮らせど来ない。一度や二度ならまだしも、この子(若い女性です。)は約束を守ったことがない!と、まあ、いらいらしたり、怒ったりしてもなんの得にもならないので、ここは静かに読書をしよう、ということで、今日はジェームズアレン特集。読んだ本は、先日の「原因と結果の法則」に引き続いて、「思いが現実をつくる」と「考えるヒント生きるヒント」↓ 両方とも200ページも無い本なので、すぐ終わってしまいました。いつものように、彼の本はいろいろ考えさせてくれます。また、考え方を具体的に説明してくれているところがいいですね。勢いに乗って、次に読んだのはこれ↓全然違ったジャンルの本ですが(笑)、これも平易なので一気に読んでしまいました。それぞれの本の感想などを書いていたらとんでもないので、一点だけ。「年収300万円・・・」はベストセラーになった本だから読んだ人も多いことでしょう。すでに少し古くなっているが、私としては、これを読んで、同意できるところ、同意できないところ、いろいろありましたが、『考え方』でひっかかるところがある。それが「あとがき」によく出ている。------------------------------------一つだけ書き忘れたことがある。私は仕事柄、お金持ちの人たちとも付き合っている。だから年に何回か、彼らの生活に触れる機会がある。豪邸を見せてもらったり、高級車に乗せてもらったり、自分では絶対行かない高級料理を食べさせてもらったりしているのだ。はっきり言って、豪邸は素敵だし、高級車の乗り心地は格別だ。高級焼肉や高級な鮨は、口の中でとろける。だから金持ちの生活は素晴らしい。ただ、そうした経験をする中で、いつもこころの中で抑えられないのは、「だからどうなの」という感情だ。何の犠牲も払わずに、そうした生活が手に入るのだったら、それはそれで良い。ただ、自分の意見を押し殺したり、自由時間を失ったり、友人を失ってまで手に入れたいほどのものではないのだ。1000円食べ放題の焼肉や一皿100円の回転寿司でも、本当においしい。負け惜しみではない。肩身の狭い思いをして、高級料亭で食事するより、気の置けない仲間と、わいわい言いながら、安い食事をして、安い酒を飲んでいた方が、私はずっと楽しいのだ。きっと、多くの人もそうだと思う。日本は良い国だったと思う。商店街が賑わって、近所のおじさんやおばさんの顔にはいつも笑いが溢れていた。みなが、周りのことを気遣い、一歩引いてお互いを傷つけないような優しい文化があった。それがいつの間にか、自分の利益しか考えない、カネの亡者達に、経済も社会も支配されるようになってしまった。「弱いものは市場から退出せよ」。強者のその声を聞くたびに心が痛む。なんて貧しい心なのだろうと思う。新たな階級社会のなかで、せめて「負け組み」になる人だけでも、人としての心を失わず、手をたずさえて欲しい。それだけが私の望みだ。-------------------------------------このあとがきを読んで、なにが「ひっかかる」のか、よく分かった。皆さんはどうでしょう。そうだよな~、と思う方でしょうか。でも、ベストセラーになったんですよね、この本・・・・・・・そして、なぜジェームズアレンの本のすぐあとにこの本を手に取ったのか、がわかるような気がします。やっぱり、今日の読書は、一貫して「思いは現実をつくる」が主題だったようです。
2006.05.16
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今日も本を2冊ほど読む。その一冊。大田篤氏の「何のためにあなたはいきているのですか」という本。↓題名からしてスピリチュアル系かと思ったが、読んでみると、確かに考え方はスピリチュアル系に共通する部分が多々有るが、著者の主張は基本的に「現実的」だ。その内容は割愛するとして、その中で、日本の状況を憂いた箇所があり、その中に「食糧自給率」の話が出てきた。本そのものがちょっと古いこともあって(2001年出版)、今現在はどうなのだろう、と調べてみた。まずは、朝の朝食だが、洋食の場合と、和食の場合はそれぞれ、 みたいになる。さすがに和食の方が自給率が高いが、ここで、国別に比較してみるとということになる。全体としては40%ぐらいで、注目すべきは100%以上の米国やオーストラリアを除けば、徐々に自給率を改善しつつある各国の中で日本だけは長期低下傾向にある、ということだろう。そして、これはすべての食糧なのだが、肝心の穀物の自給率を見てみると、さらに悲惨だ。↓なんと30%を切っている。これを見たときに考えたこと・・・それは、日本の経済危機が起きた時の状況だ。インフレや金利上昇などは国内だけの問題では済まない。そして、輸入が大半を占めるエネルギーと同様に、いや、エネルギーは節約すればいいが、この食糧の30%以下の自給率、ということが意味することを考えると・・・日本の円が今は一時的に高くなっている。喜ばしいことだ。(少なくとも日本にとって)通貨が強いということは基本的には喜ばしいことだ。なぜならば、ものを世界から買えるのだから。しかし、これがいったん下落し始めると、まともに影響を受けるのが輸入品であり、エネルギーであり食糧だ。円の価値があるからこそ買えていたものが、下手をすると買えなくなる事態も考えられるわけだ。買えはするけれども、その価格が2倍、3倍になってしまう、ということはもっと有りうる話だ。ここまで自給率を意図的(?)に下げて来た国は日本と韓国ぐらいだろう。つまり韓国は良いところも日本を目標にした代わりに、悪いところも日本を真似してしまった。他の国は、と言えば、国家の安全保障に絡む問題だけに、この自給率を必死であげているのが現状だろう。日本の危うさ、というものは、根に膨大な借金があるのは確かだが、その破綻した場合の結果と言うものを一つ一つ考えてみると空恐ろしいものがある。やはり、よしおかたろうさん式に、自宅近辺で食糧を調達することが一番の防衛策なのかもしれない。
2006.05.15
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惑星の配列でしょうか・・、それとも星座でしょうか・・・・月の満ち欠けでしょうか?(あ、これは周期と言っても月ですね。笑)なんの影響かわかりませんが周期的に自分の関心が向く分野が変わります。昨年の前半は、どちらかというと心の内向きなことに関心が強かったのですが、昨年の6月ごろ、つまり不動産ライセンスの勉強を始めたことから、年末、そして今年の前半、ということで、一年近く外向きのことに関心が行っていました。そして最近、また読んでいる本、読みたくなる本が、なぜかまた「人間」そのものに向かっています。ここ一週間ぐらいが特に顕著なんですが、こういう時は、ブログの日記ではいろいろ書いていますが、今ひとつ「外向き」つまり、投資とか不動産とか、そういった方面への関心が薄くなります。たまたま読んでいる本が面白くなり、続けて全然意図せずに他の本を読んでいると、まったく同じような主題が現れたりして、意識せずにそのような方向に入り込んでしまうようです。これはなんなんでしょうか。自然体で、こころが興味を示す方向に、そのまま身を任せればその答えは自ずと出てくる、そんな気持ちでいますが、本当のところはわかりません。日本に居た2月に、ブログで書いたように約40冊ぐらいの本を買い、その前に知り合いの店からタダで20冊ぐらいいただいていて、いまだに「積読」状態だった本がたくさんあります。自分の興味がこういう方面に戻ってきた時、ふとこれらを見渡すと、そこには20冊ぐらい関連しそうな本があるではないですか。ということで、日本から帰ってきてからすでに2ヶ月以上経っているのですが、最近になってようやくこれらの本を立て続けに読み、そうしていると、昔読んだ本がまた読みたくなる、という繰り返しになっています。まあ、しばらくはこのまま興味が赴くままに過ごそうと思います。しかし、日本で買って帰ってきた本を今さらながら見てみると、今になって自分の興味がこちらへ向かう、というのを予測していたかのように、その手の内容が並んでいます。考えてみると不思議なことですね。
2006.05.14
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ここまで不動産投資にのめりこんでいて今さらですが・・・不動産投資って本当に儲かるのでしょうか?(笑)もちろんやっている本人としては儲かる「つもり」で居ることは確かですが。でも、本当に儲かるのでしょうか?(くどい?!)もし、ど素人がちょこちょこってやって儲かるようなら、ちゃんとした企業がスケールを変えてがんがんやっているはずです。まあ、確かに企業として着実に同じことをしているところもありますが、それにしても、会社としての業績は、普通の企業と比べて抜きん出ているわけでもありません。例えばアパート。アメリカでもアパートはたくさん有りますが、その多くは大手のデベロッパーによって開発され、何百戸というオーダーでアパートメントコンプレックスを形成し、その中にはクラブハウス、プール、テニスコートなどのアメニティがあって、そこそこの満室率で運営されています。こういった大手でさえ、その利益率は10%内外だということです。であれば、規模のメリットもない、そして知識と経験においても劣っている素人がちょこちょこと自己資金の範囲でやって、一定の利益を上げる、ということが本当にありうるのでしょうか。また、日本でも、たとえ、全額自己資金だとしても、表面利回り12%ぐらいあったとしても、実質は6~7%になってしまうでしょう。私の場合は、表面約9%ぐらいですが、レバレッジをかけてリスクをとっている分だけ上がって、現在のところ実質13,4%でしょうか。日本の不動産には全くと言って良いほど手をかけていない、時々管理会社と連絡を取り合うぐらいのことしかやっていませんから、これはこれで今現在の資金運用を考えたらいいように思えるのですが、本当に良いのか、ということに関しては少なくとも10年スパンで見ないとわからない、というのが不動産のような気がします。この日本不動産からの収入で、現在は定職も持たず暮らしていることは確かですが、それにしても、退職時の蓄えを食い潰している、という見方すら出来るわけです。ひるがえってアメリカの場合は、まさに10年スパンというより、はっきりと出口が決まって初めて利回りが確定する、という状況なので、実際に売ってみるまでわかりません。計算上、評価が年10%あがった、15%あがった、と資産増加を喜んでいても、実際にその値段で売れる保証は何もないからです。少なくともキャッシュフローはブレークイーブンで持っていれば、少しでも値上がりしたらそれで利回りとして計上できるのではないか、と考えがちですが、これもそうはいきません。売却に当っての諸費用も考えなければいけませんし、そして何よりも、アメリカのようにインフレが定常的にある国においては、その資金で他の運用をした時に比べたてその利回りを上回るか、最低限、インフレ率を上回って初めて不動産投資をしている価値が出てきます。現在、借り手が3月に出てしまって、初めて売却のリスティングをやっていますが、正直言って苦戦しています。今は全国レベルでも、そしてアトランタ近辺でも在庫レベルが上がっており、売るにはあまりいい状況ではないことは重々承知しては居ますが、テナントも同時に募集をかけているけれどもそちらもすぐには見つかりそうもありません。そんな状況で、本当にIRRを検討したときに、不動産投資というのがどこまで個人の投資にとってどれだけ有効なのか、最近はそんなことを「今さらながら」考えています。本当は、そんなことは始める前に検討すべきことなんでしょうけれどね・・・
2006.05.13
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私はあまり不動産以外の投資には手を出していないのですが、世の中、どちらかというと不動産投資というのは脇役であって、株式とか商品とか為替とかが、その開始するに必要な自己資金の少なさ(イメージではあっても)によりマジョリティを占めるのではないでしょうか。確かに、不動産投資というのは労多くして得るものは少ない、と最近つくづく思います。(^^;で、この株とか債権や商品、為替など、こういった投資における必勝法、というのを御存知でしょうか?「そんなものはない」というのが普通の答えですね。でもここに「ある」という人が居るから本なども売れたりするのでしょう。その中の一人、森田健さんという人が居ます。知る人ぞ知る、という感じの人ですが、けっして投資家ではありません。彼は「不思議研究所」というのを主催している本業はソフトウェア開発会社の社長さんでもあります。ただ普通の人と違うのは、「神はいるか、私とはなにか、世界とは、時空とは、私達はどこから来てどこへ行くのか・・・」という「問い」を若いときからそれこそ真剣に発してきただけでなく、「では、自分でそれを確かめよう!」と行動に移しているところです。そして自ら「不思議研究所」というものを設立し、その疑問に正面から挑むべく、世界中を旅して「不思議」現象を探求しています。その彼の軌跡は、先に挙げたホームページにもいろいろ記載がありますが、彼が全くその実証精神からして真剣に考えていなかった「占い」というものに、ふとしたきっかけで触れることになり、その「実証精神」から、自分でそれを確かめなければならない性格もあってやってみた結果・・・占いの結果出た株式の特定銘柄を買って売っただけで、会社を立ち上げてから10年で蓄えた3500万円を全額をつぎ込んで、半年で1億7500万の利益を上げ、そのあとには、やはり占いの結果を信じて競売に参加し、プロの連中が24人も参加する中、紙一重で一等地の不動産を格安で仕入れることが出来た、というお話です。多分、御存知の方も多いと思うのですが、そのことを書いた本「運命を変える未来からの情報」↓を今読んでいます。つまり、未来からの情報さえ得られれば、当然上がる株や商品もわかる、為替の動向もわかる、競売の落札価格もわかる。であれば、「必勝」間違いなし、というものです。本人も「占い」なんて、というところから出発して、それでは自分で確認してみよう、といういつもの行動がこの結果を生んだことから、本人自身が「占い」のばかにできない実効性を認めざるをえなくなる・・・ただ、この著者の方向性は、それで儲けよう、というところになく、あくまでも「その有効性を確認しよう」というところから出ていることは注目に値します。また、「ではなにか事故が起こる、と占いで出た場合、それをわざと避けなかったらその事故は本当に起きるのか?」という実験を試み、これまた事故に遭遇してしまう、という経験もしています。でも肝心なのは、その場合、行動を変えることによって未来を変えることができる、つまり「運命」というのはあって、いわんやそれを予知できたとしてもそれを変えることができる、と結論している点です。これはなにかしら「アガスティアの葉」に通じるものがあります。ただ、この占い、私が感じたのは、「主観」が入る余地が大きい、ということ。同じことをやっても「結果」が出ない人も多い、というより、そういう人が大部分ではないか、という懸念があります。それでも、一発やってみよう、という方にはお勧めの一冊です。(笑)
2006.05.12
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今年も、いよいよ最後になってきました。いえ、子供の学校のことですが。8月から翌年6月の初めまでが一年なので、息子のハイスクール一年目、娘のミドルスクール一年目もあと一ヶ月もありません。今日は、そんなことで娘の学期末のコンサートに行ってまいりました。↓ミドルスクールは6年生から8年生までの3学年ですが、オーケストラには、この3学年で220名ぐらいが所属していて大所帯です。新入生の6年生は、その学年だけでオーケストラを組み、7年生と8年生は、楽器の習熟度によって二つのグループに分かれています。娘は新入生なので、その学年のグループ。このグループだけでも、バイオリンだけで56名もいる!という大所帯ですが、娘はなんと、その1stバイオリンの2ndチェアでした。颯爽と自分のストラディバリウス(我が家ではそういっているだけですが・・)を弾く娘↓体が小さいので1stチェアの子の影に隠れてなかなかうまく撮れません。(^^;来年からは上手なグループとあまり上手でないグループの二つに分かれるのですが、先日オーディションがあり、娘は無事(?)に上手なグループにもぐりこむことが出来ました。なんでも、この学校のこの「上手なグループ」は、昨年ジョージア州の代表に選ばれ、カンサスシティで開かれた全米大会に出場、見事4位になったそうです。そんなハイレベルのグループに入って大丈夫かな?と言うと、いつも否定的なことばかりいう妻は「まあ、来年からはガタッとレベルが落ちるんじゃない?!」なんて言っていましたが、内心は嬉しそうです。まあ、少なくとも好きでやっているので、頑張るだけ頑張って欲しいものです。
2006.05.11
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やはり来ましたね。日経より米連邦準備理事会(FRB)は10日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0.25%引き上げ、年5%とすることを決め、即日実施した。同目標に1%上乗せする公定歩合も0.25%引き上げ、年6%とした。 FRBの利上げは2004年6月から16回連続。いずれも0.25%刻みで、累計では4%の引き上げとなった。足元の米景気は底堅く、物価上昇の懸念がなお残るため、金融引き締めの続行を決断した。 -------------------------大方予想された内容では有りましたが、この結果、銀行の金利変動型ローンなどの基準となるプライムレートはとうとう8%になります。たった2年前の今頃は、史上最低の4%だったことを思うと隔世の感があります。いろいろなニュースを読むと、次回の6月は、今まで続いた利上げは一旦見送るものの、年内にもう一度かあるいは二度の利上げを行う含みを持たせた、と受け取られているようです。となると、今年中に、最悪の場合あと0.5%の利上げがありうることになります。それでプライムレートが8.5%となっても、歴史的にみるとそう高いわけでもありませんが、なにせ、今までの低金利に慣れきってしまっている身には結構高い印象が強いのは仕方がないところですが・・・こういった利上げを見ていると、日本の住宅ローンの利率が最近0.05%上昇した、などという記事が可愛く見えてきます。(笑)しかし、いったん金利上昇期にはいったら、日本とて同じような状況になることは避けられない、と覚悟しておくべきでしょう。日本の場合は、アメリカ以上にデフレと超低金利に長期間慣れきってしまっているので、まだまだ変動金利の方が調達資金コストが安い、と思っている人が多いかもしれませんが、反転したら早そうです。逆に、預金金利や定期預金金利などの利率引上げは、銀行間の競争があるとは言え、それよりもずっと遅く、しかも低いレベルで追随することになるのでしょう。アメリカでもこういった貯蓄性のアカウントの利率は上がってきつつあり、金額や期間の制約がないく、10万ドルまではFDICによる元金保証付きの貯蓄性アカウント(セービングアカウント)ですでに年利率4%以上のものが出てきていますし、譲渡性預金(CD)などになると5%以上の金利がつくところもあります。こうなってくると、CF的にはいくらキャピタルゲインが将来的に見込めるからといってもこれだけ価格が上昇してしまった不動産に投資するよりはずっと安全で確実なリターンが見込めるのではないか、とも考えてしまいます。借入金利の上昇と不動産価格の上昇に伴って、自己資金を抑えた不動産投資はますます収益性を確保するのが難しくなってきている反面、ある程度の自己資金があったら好調な株式へと分散し、生活防衛資金兼、確実な現金収入として利率4%ぐらいのセービングアカウント(これも変動金利なので、今後もっと上昇するかもしれません)にも入れておく、ということでバランスを取るのがいいのかもしれません。・・・・っと、いうような運用ができればいいのだけれでも、現状ではまったく無理だな~・・・・・できることは・・・日本も、アメリカも、一旦投資拡大は休止して、金利上昇の影響を受けやすいローンの返済をまず第一に考える、という「ひたすら我慢」の時期に入ってきたようです。余剰資金が出来たら返済へ、余剰資金ができたら返済へ、そんな期間がこれから数年続くことになるのでしょう。目標は、ちょうど5年後ぐらいのところでの資本構成を考えて設定したいと思います。
2006.05.11
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と言っても日本のではありません。アメリカの不動産を売買したり(まだ「売」はないですが・・)リースをしたりと、今まで何人かの不動産屋さんと付き合ってきました。しかし、はっきり言って、仕事がきちんとしている人は本当に少数です。時間を守らない、約束を守らない、言っていることが前に言ったことと違う、文書にしない、文書にして渡してもちゃんと中身を確認していない、などなど、数え上げれば切りがありません。昨日も、紹介したテナントさんがリース物件に入居しました。そのリースを主体的にやるのは、基本的にはリスティングをしているエージェント側です。私は借主をクライアントとして、借主側に立った交渉をするだけの話のはずだったのですが、あまりにも相手のエージェントがいい加減なので、段々深入りしています。とにかく、入居する前にサインをした契約書すらこちらに送ってこない。要求すると、サインがされている最終ページだけFAXで送られてきて、その他のページはなし!契約時に約束し、契約書にもきちんと文書にして書き入れてある入居条件についても、それは聞いてなかった、オーナーと話をしていなかった、などなど、サインがすでにしてあるにもかかわらず、ぬけぬけとそんな言い訳をする・・・まあ、このエージェントに限らず、とにかく時間にルーズ、約束を守ることにルーズ、というエージェントが余りにも多いような気がします。そう言えば、最近のエージェントの質の低下に危惧を感じているためか、不動産のセールスパースンの資格取得が難しくなる傾向にあるようです。しかし、「難しくなる」と言っても、テストの問題がどんどん細かな内容になってくるぐらいの話であって、この私が考えているような「質」の低くさをどこまでカバーできるのかは疑問です。つまり、この質の問題は、不動産業であるか否かに関係なく、仕事をするための基本ができていない、という部分にあるからです。お客様相手の仕事で、約束を守る、誠実に対応する、などは基本と言うのもはばかるほどの必須条件ではないかと思うのですが、それが出来ていない。不動産の知識の多寡の問題ではないのです。これだけ、質の低いエージェントを見てしまうと、逆に、こんなんだったら、ここはひとつ、誠実に、真摯に、お客様のことを考えて対応する、ということを徹底し、ひとつひとつの案件を丁寧に対応することを心がければ、それだけで実績に結びつき、あとあと、その方々の紹介で仕事が出来る可能性も開けてくるように思います。特に、アメリカ人の不動産屋ではなく、日本人の不動産屋さんから、私の方に流れてきたお客様が相次いだことからも、そんなことをふと考えるこの頃ではありました。
2006.05.10
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私もサラリーマン時代は仕事柄、いろいろな経営書みたいなものを読みました。その中でも松下幸之助の書いた本、というのは古典になっていますが、なかなか深いものがあります。しかし、今日、稲盛和夫さんの本を読んで、初めて幸之助の「別の意味でのえらさ」を知る機会がありました。幸之助の経営哲学にはさまざまなものがありますが、その中で「ダム式経営」というのがあります。これについて書かれた本とか、幸之助本人の書いた本も含めて、私の今までの理解は『ダムを持たない川と言うのは大雨が降れば洪水を起こし、日照りが続けば干上がって水不足を生じ干ばつの被害をもたらす。だからダムを造って水を貯め、天候や環境に左右されることなく水量を一定にコントロールすることが重要だ。経営もそれと同じく、景気の良い時こそ景気の悪い時に備えて蓄えをしておく、そういう余裕のある経営をすべきだ』というものでした。これは確かに幸之助が言っている「ダム式経営」そのものの中身なのですが、こういう考えを幸之助がしたからと言って、これが幸之助のえらさだ、と言えるほどのものではないのです。現に、あれほど「経営の神様」と言われるようになる以前から、松下の発展を見た中小企業の社長は(当時はまだ松下も中小企業でした)、幸之助に講演を依頼することも多々あったようですが、その時の話を聞くと、そのことがよくわかります。話、というのはこうです。----------------------------何百人もの中小の経営者が詰め掛けた会場は、幸之助がその『ダム式経営』の話をすると、不満の声がさざなみのように広がった。『なにをいっているのか。その余裕がないからこそ、みんな汗水たらして悪戦苦闘しているのではないか。余裕があったら誰もこんな苦労はしない。我々が聞きたいのは、どうやってそのダム、つまり余裕を造るのか、であって、ダムが大切だ、などということは誰でもわかっている』というような不満の声でした。そして、その不満の声を代表して、一人が質問します。『ダム式経営ができればそれは確かに理想です。しかし現実にはなかなかできない。どうしたらそれができるのか、その方法を教えてくれないことには話しにならないじゃないですか』ところが、これに対しての幸之助の返答は、しばらく考えた後、こう言ったそうです。『そんな方法は私もしりませんのや。知りませんけど、ダムをつくろうと思わんとあきまへんな。』会場には失笑が広がり、幸之助の答えになったとも思えない言葉に、殆どの人は失望した。----------------------------ところが、ここが、松下幸之助のえらさだったのです。このやりとりを聞いて、それを悟り、体に電流が走るような大きな衝撃を受けて、なかば茫然として顔色を失った人が、少なくとも一人居ました。それが、この本を書いている稲盛和夫だったのです。これは彼の述懐です。当時の幸之助は今ほど神格化されておらず、稲盛氏も一介の中小企業の経営者に過ぎませんでした。そして、稲盛氏にとっては幸之助の講演を聞いたのは、これが初めてだったそうですが、その衝撃の大きさにただただ茫然とした、と書かれているのです。私自身もこの稲盛氏の話を読む前には、ここに集まった他の中小企業の経営者と同じ感覚でしかなかった、と白状せざるを得ません。特に、本で読む限りは、この講演で、稲盛氏が衝撃を受けた、上の問答が書かれているはずもありません。稲盛氏が衝撃を受けた、そして、氏が、「これこそ、経営にとって無くてはならない、重要な真理なのだ」と感じた、「知りまへんけど、ダムを造ろうと思わんとあきまへんなあ。」という言葉など載っては居ないのです。しかし、ここにこそ幸之助の偉さがあったのだ、と今になってようやくわかりました。ダムを造る方法など、人それぞれで、それを一々全員に共通な方法として提示することなど、幸之助にとってもできる話ではなく、また、「ダムを造る」こと自体は、だれもが考え付く事柄であったのかもしれません。ただ、やはり幸之助の偉さは、彼の「考え方」にあったのです。ポツリと言った「思わんとあきまへんなあ」の「思う」ということ自体に、幸之助がどれだけの「強さ」を常に求めているか、ということを認識しないまま、この「ダム式経営」の話だけを聞くことは、ほとんど木を見て森を見ず、の世界でしょうか。同様な幸之助の言葉に、「成功するまで諦めないから、自分は失敗したことがない」という言葉がありますが、それと同根の話だったのです。同じ話、同じ問答を聞いていて、茫然とする程の衝撃を受けた稲盛氏も、やはり、大した人だと思わずには居られません。おそらく、私達の周囲には、日常茶飯事でこのようなことが起きているのでしょう。やはり、人は「意識的に」生きてこそ、本当に生きている、ということになるのでしょうし、物事のきっかけは準備ができた人には自然にもたらされる、ということも、裏を返せば同じことを言っているのでしょう。つまり、「準備」もしていなければ、きっかけも訪れないか、訪れたとしても気が付かないか、のどちらかなのでしょう。「意識的」に生きたいものです。
2006.05.09
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先日、新しい電話兼、FAX兼、PC-FAX兼、レーザープリンター兼、コピアー兼、スキャナーという一台6役の安いマシンを購入しました。これで$150もしないのですから安いものです。今まで時間がかかっていたFAXも断然早くなり、PCからのプリントアウトも白黒なら22PPMということで、今までのインクジェットタイプのプリンターに比べたら格段に早くなりました。ランニングコストも数分の一です!(インクジェット式はインクカートリッジがすぐなくなる!)今日は朝から昨日のレント契約を正式な契約書に落とし込んで、オーナー側とテナントさん側に送ることになっていました。オーナーさんの方へは、FAXでそのまま送ったのですが、テナントさん側はFAXがない、というので、スキャナーで読み込んでPDFファイルにしてE-Mailで添付することに・・・ところが、このスキャナー、買ってから3週間ほど経つのですが、まだ使ったことがなかったのです。で、今日は契約書を書き上げた後(これは2時間ほどで終了)、このスキャンをするためのソフトをPCにインストールして、この契約書をPDFファイルに落とすこと、延々4時間・・・(泣)結果的には出来たのですが、なんで今まで出来なくて、最後はうまくいったのか、がよくわかっていません。(笑)このソフトとWindowsXPの相性が悪いんでしょうか、ともするとすぐにPCがロックアップしてしまいます。ロックしないまでも、「スキャナーとの接続ができません」という表示が何度もでる。結局、ソフトを起動するタイミングと、この機械をスキャナーモードにするタイミング、それにイメージでスキャンするか、テキストでスキャンするか、OCRにするか、あるいは直接メールに載せるか、一旦別のファイルにセーブするか、そういった様々なオプションのどれかが合って、初めてうまく行ったようですが・・・なんと言っても、10回以上、PCがロックアップし、このスキャナーの電源リセットをすること数回、いい加減手当たり次第にやって、やっとうまくいったんで、肝心のうまくいったときの組み合わせも手順も覚えていない・・・(泣)まあ、数十ページもある取り説も読まずにやっているのでなにかまずいことをやっているんでしょうが、それにしてもPCがフリーズするのはまずいんじゃない?などとブツブツいいながら・・半日も機械に遊ばれた日曜日でした。でも、なんとか出来たので、これも「感謝!」ですね!(ちょっと苦しい???)
2006.05.08
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昨日の「感謝」で書いたうちのひとつ・・・新たに依頼されたテナントさんに同行し、賃貸物件の契約に行ってまいりました。オーナーは今はやりの(?)韓国人夫妻。でも、とても親日家で、For Sale か For Rent、となっていた家なのですが、このテナントさんが気に入って、売却はやめてRentにした、ということ。話をしていても、家主側の立場が「非常に」よくわかる私としては、テナントさんの要望をそのままオーナーに伝えるのは気が引けるような内容もありましたが、とにかく、今回はテナントさん側に立った交渉をしました。結果、オーナーさんの理解も得られて、「ほぼ」満足の行く結果になりました。本当に「感謝」!です。今回の私の役割は、非常に限られているとは言え、それでもクライアントさんの要望を極力実現するべくオーナーと交渉する、という点において、いくばくかでもお役に立てたのではないか、と思っています。微々たる報酬ではありますが、人の役にたって、その対価として「報酬」をいただく、ということ自体がやはり気持ちのいいものでありました。このクライアントさんで、ライセンスを取ってから4人目のお客様。ひとつひとつ丁寧に仕事をし、誠実を旨として、口コミだけでもある程度の仕事ができるように頑張りたいと思います。感謝! ・・・・ただ、まだ無事に入居するまでは「報酬」はいただかないことになっていますが・・
2006.05.07
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★今日は円がまた高くなりましたね。感謝です! ・・・すぐに送金しようと思ったら土曜日だったし、そして、それよりも前に、送るだけのお金が日本に無かったのが残念!(笑)★そして、Dow平均が6年ぶりの高値、S&Pもすごい上げ! 感謝! ・・・昨年の12月末に大半のファンドを解約してしまったのが残念!★来週には紹介したテナントさんが入居できることになりました。いろいろあったけれど、最終まとまってよかった。 感謝! ・・・まだ仲介料をいただいていないのが残念!★そうこうしているうちにまた知人の紹介で、新たなクライアントから仕事の依頼があった。 感謝! ・・・結果的には私の捜した家ではなく、このクライアントご自身が見つけてきた物件に決まり、私は契約の精査とオーナーとの交渉だけやればいい、ということになったのが残念!★このテナントさん用に物件を見に行くというと、めずらしく上さんが一緒に来てくれた。感謝! ・・・やはり女性の見る目は違うので、ものすごく助かるのですが、いつもではないのが残念!★毎晩のワインを、一ランク上げました。感謝! ・・・1.5L $7のものから$10のものにしたんですが、なんとなく$7の方がおいしいように感じてしまうのが残念!★バイオリンを新調してから、娘の練習時間が心持ち長くなったような・・。感謝! ・・・犬と遊んだり、お菓子類を食べた後、そのままの手で練習するのが、残念!★最近、と言ってもここ2,3日、あまりやかましく言わなくとも息子が朝起きるように・・。感謝! ・・・ただ、起きる時間が、スクールバス到着10分前、というのが・・・残念!★最近、私が経済的な状況に悩んでいるのを見かねた妻が、とうとうパートで働きだした。 感謝! ・・・ただどうも家計には影響がないようなのが、残念!★うちの飼い犬、リリー。もうすぐ2歳で、さすがに家の中ではそそうをしなくなった。感謝! ・・・ただ、うちの庭ですればいいものを、必ず散歩中に他人に家の庭でするのが残念!★インターネットがこれだけ普及し、実家でも、このブログを読んでこちらの近況を知るようになった。感謝! ・・・ただ、悪いことをするとすぐばれるし、却って心配させることが多いのが残念!毎日、感謝ですね~・・・
2006.05.06
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つい2週間ほど前に、「金持ち方程式」に対する一考察というタイトルで日記を書きました。そこで、「金持ちになる」ということと「金持ちで居る」ということは、その内容もやることも全く違うものだというようなことを書きました。せっかく「金持ち」になったのですから(笑)、早速その「金持ちで居る」ための「現実的な」方法を探るため、その時の日記で書いたWealth Manegement Groupというところに赴き、話を聞いてまいりました。ここは「ファイナンシャルアドバイザー」「会計士」「税理士」「弁護士」や「投資コンサルタント」という名称を持つプロフェッショナル集団です。よく、ロバートキヨサキなどの著書に出てくるように、最新の税務知識、最新の法律の変化、最新の税制の変化を個人で追いかけるのは事実上不可能で、こういったプロ達をいかにうまく活用するか、ということは欠かせないポイントだ、とよく言われることです。そこまで行かなくとも、先日のセミナーを受けて感じたことは、そういった「Security」、つまり日本語では言えば「財産保全」に関しては、今のところなんの手も打っていない、ということでした。そこで、今回は、その取っ掛かりとして、このプロ集団と付き合うことにより、どういったことが可能なのか、どういった観点で、今後のWealth Management、Asset Manegementを進めていったらよいか、について意見を聞く形で時間をとってもらいました。さすがに同じ事務所の中に、これらのプロ達がいることで、話の大筋はファイナンシャルアドバイザーにざっとしたのですが、その点についてはAに聞こう、この点についてはBに聞こう、と、次から次へと、CPA(会計士)や投資コンサルタント、弁護士などに来てもらって、ポイントとなる話を聞くことが出来ました。さすがにそれぞれ、自分の領域をわきまえていて、話の途中でも、たとえば「CPAの立場、税法上の立場からはこうなのだけれども、他の法律上の観点で弁護士のCに確認した方がいい、と言ったコメントが出てきます。そして・・・・そして、全員から異口同音に言われたこと・・・・それは、「一刻も早く、法人化したほうがいい」ということでした。そして、その法人化に基づいて、信託財産化、生前遺言などの諸手続きを進めること、これが「法律」によって律せられ、なおかつ「訴訟社会」でもあるアメリカで「資産保全」を進める上での必須条件であること・・・・これから一ヶ月、会社を起こすことになりそうです・・・・
2006.05.05
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だいそれた日記タイトルですが・・・本当は、今日の日記は全然別のテーマで書くはずでした。なんと言っても「幸せなお金持ち」になって第一日目の日記だったので・・ですが、一粒の星砂さんのブログで二酸化炭素の排出権ビジネスに関しての日記があり、それにちょっと書き込んだのをきっかけに考えてしまいましたので、急遽そちらを書きます。私は、この京都議定書に端を発した二酸化炭素排出権については特に調べたことがあるわけでもなく、一般のニュースとして聞いて知っている、というレベルです。ですから、ここに書くことは、単に「印象」にしか過ぎないのかもしれませんし、よく考えている人に中には、まったく違った考え方が有るのかもしれません。しかし、この排出権ビジネスについて、自分が感じたことだけは、書き残しておこうと思ったからです。このコメントとして私が書いたのは、「これって見かたによっては人を殺す権利を売買しているのと一緒ですよね」というものでした。それに大して、これは「合法的」なものであり、二酸化炭素の排出を抑制することに成功したから、その余剰の排出権を売却して利益を得ることができる、ということだから、ひいては世界の二酸化炭素の排出抑制につながる、したがって、けっして「悪いこと」ではない、という意見があります。つまり、「利益を追求する」→「二酸化炭素の排出権を売れば利益が得られる」→「自分のところの排出量を抑えて、排出権に余剰を産み出す→結果として排出量の抑制に繋がる→いいことという論理でしょうか。なにかおかしい、と思うのは私だけでしょうか。基本的になぜ二酸化炭素の排出を減らさなければならないのでしょう?地球環境の汚染を防止するためですよね。なぜ地球環境の汚染を防止しなければならないのでしょう?このまま汚染が進むと、母なる地球の環境自体が、人間の住める環境ではなくなりつつあるからですよね?ということは、二酸化炭素を排出することそのものが、人間の生存環境を脅かし、我々の子孫の生存さえ危うくしかねない、ということですよね?であれば、二酸化炭素の排出権、というのは大きな目で見れば「人を殺す権利」と同等ではないでしょうか。もし、世界中の殺人事件が増えてきて、これを抑制するために国際条約が締結されたとします。内容は、『各国は、その人口に応じて、殺人を犯すことができる上限を設定する。この上限を超えた国は、それ相応の罰金をはらわなければならない。しかし、その上限まで余裕のある国は、その「殺人権」をその上限に収まりそうに無い国に、相応の「価格」で売ることが出来る』上の排出権の論理と同じで、ここでも「利益追求」という動機から、殺人を抑制して、その余剰となった「殺人権」を他国に輸出して利益をあげることが「合法」で「良いこと」となる・・・なぜならば、その利益追求の動機から「殺人抑制」に繋がるのだから・・・本当でしょうか?殺人抑制の動機が「利益追求」でいいのでしょうか?そこまで、人類は「利益至上主義」になってしまっているのでしょうか?そして、「合法的に」殺人できる権利を売って、その人は自分が殺人を抑制できたのだから「合法的」だし、それで利益を得て何が悪い?と言えるのでしょうか。人類はどこへ向かうのか、真剣に考える必要がありそうです。
2006.05.04
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突然ですが、ブログ、Happy Rich -幸せなお金持ちへの道- は本日を以って終了させていただきます。今まで、たくさんの方においで戴き、いろいろなコメント、アドバイスをいただきまことにありがとうございました。こんなブログが一年半も続き、総アクセス11万を超えるとは、本人も予想だにしていませんでしたがこれもひとえに皆様方のお陰と感謝申し上げます。本当にありがとうございました。・・・・・・・・・・代わりに、と言ってはなんですが、本日より新しいブログHappy Rich -幸せなお金持ちの日記- を開始することにしました。ブログタイトルも更新し、Topページも更新しました。え? 全然変わっていない?そんなことはありません。タイトルは、「幸せなお金持ちへの道」から「幸せなお金持ちの日記」へTopページも、「幸せなお金持ちになればいいんじゃないか!」から「幸せなお金持ちで居ればいいんじゃないか!」、そして「幸せなお金持ちへの日々の奮闘をつづっていきます」から「幸せなお金持ちの日々をつづっていきます」へと、「大幅に」変えました。文字数で言うと「少し」ですが、内容は全然違います。そうです。今日から私は「幸せなお金持ち」になることにしたんです。いや、「なる」という表現はすでに違っていますね。やはり「居る」です。「である」です。「在る」とも書きます。昨日の、自分の日記で、「鏡の法則」を書きました。読んでくださった方も居られると思いますが、私は何度も読みました。そして・・・、自分の姿をそこらじゅうにある鏡という鏡に映して見て回りました。そしてわかったこと・・・・自分はいかに金持ちか、そしていかに幸せか、ということでした。この「認識」の詳細はまた別途、日記で書きたいと思いますが、とにかく、自分はいかに恵まれているか、そして幸せな日々を過ごしているか、ということに愕然と思い至ったのです。だからこそ、今日を以って、自分は「幸せなお金持ち」で「在る」と宣言することにしました。このことは、実は前々からうすうす分かっていました。特に、リンクしている先の一つであるマスクMさんとの対話を通じて、自分としても「在る」ことの重要性を理解はしていました。でも、恥ずかしいですよね、こんな宣言をするのは・・・・さすがだ!なんて言ってくれる人はまず居ないでしょうし、「どうかしたんじゃないか」と思われるのが落ちですが、まあ、この歳まで生きたら面の皮も厚くなり、それなりに「耐性」が出来ていますので(笑)、あまり人にどう言われるか、とか、どう思われるのか、ということは気にならなくなります。でも分かったことは、幸せになる道、金持ちになる道、そんな道はないんじゃないか、ということ。よく、こうすれば、ああすれば、といろいろ言われますが、ワクワクドキドキの毎日や、充実感に満ちた日々を求めても、それが必ずしも「幸せ」や「お金持ち」には結びつかない、ということでしょうか。なぜならば、「幸せ」や「お金持ち」という真実は「自分」にとっての真実であって、他人にとっての真実とはなんの関係もないからです。そして「自分にとっての真実」とは、自分の心にとっての真実です。他人が「これがお前の真実だよ」と教えてくれるものでもありません。であれば、「自分の心にとっての真実はなにか」と考えた時に、鏡に映る自分を見るわけです。すると、「幸せ」な自分が見えてきます。「金持ち」の自分が見えてきます。それを認識していなかったか、認識するようになったか、の違いだけです。ここまで来て、プロフィールの「好きな言葉」にも書いた中村天風の「人生は心一つのおきどころ」という意味がようやく腑に落ちてきたように思います。今日から「幸せなお金持ち」になりました。まだまだなにも分かっておりませんので、いつ何時、またガラッと変えることになるやもしれませんが、当分はこれで行きます。前のブログと同様、今後ともよろしくお願い申し上げます。
2006.05.03
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今日の日記は、何から書き始めて良いかよくわかりません。でもまずは、フリーページの「幸せについて考える」のところに「鏡の法則」を追加したので、是非読んでいただきたいと思います。これは、私のリンク先であるCutiecocoaさんのブログで紹介されていたものを転載させていただきました。私も、子供を持つ親として不覚にも涙が出てきました。人の子の親として、考えさせてくれるお話です。一面では、70年生きてきたあるお父さんの「生涯で最高に幸せな日」の話でもあります。別なある方のブログで紹介されていた「母の貯金」(これもジーンと来るお話です。)とはまた違って、とても素敵なお話です。でも「解説」は邪魔になるだけなので、ここでは書きません。こういった話を「うそっぽい」とか「作り話でしょ」とか言うことは、人それぞれの勝手ですから御自由ですが、私自身は、これは実話だと思いますし、この内容を読んで涙が出たことも、けっしてみっともないことでもなんでもなく、却ってうれしいような気分です。このところ、何冊か本を読んでいるのですが、ここで紹介された本も含めて、私の中ではシンクロニシティではないですが、全て一本に繋がっているように思います。ジェームスアレンの「原因と結果の法則」稲盛和夫の「生き方」天外伺朗の「運命の法則」同じく、天外伺朗の「幸福な人生の秘密」飯田史彦の「人生の価値」中村天風の「運命を拓く」(これ以外に文庫本もあるようです)昨日の日記で、ちょっと書いた、伊那谷のタオイストで詩人の 加島祥造の「タオ」これらの著者により著わされた他の書物も含めて、言っていること、書かれていること、そういったことが、私の中で、何か一つに集約しつつあります。うまくは言えません。しかし、天風哲学の真髄を見ると「タオ」に書かれていることに通じ、やはり天風に影響を受け、現在は仏教に得度した稲盛和夫の書いている内容は、やはり天風やタオに通じるものがある。まったく違った角度から切り込んでいる飯田史彦も、その「生きがいシリーズ」や、この「人生の価値」で、また近代科学の最先端からアプローチする天外伺朗も「D博士シリーズ」を通して、だんだんと「宇宙の流れ」に近づいてくる。この世の中の中には「完全なシステム」というのはない。ただ一つ例外があるとすれば、それは「神」(宇宙と呼ぼうが、エーテルと呼ぼうが、タオと呼ぼうが、呼び方は関係ない。なぜなら「名も無い」ものでありながら全ての名でもあるのだから。)がその意志として創造したこの「世界」を貫く法則であろうか。それは、どんな「法則」か、ということを、上に挙げたそれぞれの書物が、それぞれの切り口で、そしてそれぞれの著者の実体験を踏まえて説明しようとしている。内容がこれだけ共通してくると、やはりそこには共通の「対象」がある、と考えるのが自然だろう。それが「この世界を貫く法則」だ。「原因と結果の法則」にしてもしかり、「カルマ」にしても「因果応報」にしても、すべてはこの「法則」の一部に過ぎない。この法則を「意思」と呼ぶこともある。神が作り上げたそのシステムの完璧さを感じる時、人は「神の意思」を感じる。そして、全ての「人生論」も「成功法則」も、この「神の意思」「宇宙の流れ」の手のひらの上での話しに過ぎない。根本は「全てはひとつ」なのだろう。「個」や「別々」の考えに立脚する限りは、完全なシステムは所詮不可能だ。すべては一つ、個は全体であり、全体が個にも投影する、それ自体がこの世の驚異だ。初めに書いた「鏡の法則」。味わって欲しい。生きることの素晴らしさを。そして、「親」として思う。子供に伝えたいこと。生きる技術? 生きる方法? ファイナンシャルリテラシー?いや、生きることのすばらしさ、だろう。稲盛和夫がその「生きる」に書いている。人生の結果=考えx熱意x能力能力も熱意も、0から100の値を取るとしたら、この「考え」だけは-100から+100までの値を取るのだと。そして人生が価値あるものになるかならないかは、ほとんどの場合、「考え方」に依存するのだと。「思考は現実化する」これはよく言われる成功哲学の根底にあるが、稲盛氏は自らの経験からこれを信じて疑わないという。そして、人生をマイナス方向にもプラス方向にも、どちらにも極大化できるのも、この「考え方」次第なのだ、と。そしてその「考え方」の最大のポイントは「宇宙の法則」を知り、その「流れ」に乗ることにあると。その表現こそ違え、ほとんどの書物、殆どの幸福論や人生論、成功法則の本で書かれていることは、畢竟、ここに通じているように見える。私にとっての全てのパズルのピースは、「神との対話」という盤面のいずれかに収まってゆく。なんのパズルか?「人はなぜ生きるのか?」という問いに対する回答パズルです。
2006.05.02
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「谷神不死、是謂玄牝。玄牝之門、是謂天地之根。綿綿若存。用之不勤。」老子 第6章「成象」よりとか書いても、私にはよくわからないし、現在の殆どの日本人にとってもよくわからないだろう。これが例えば、「谷神不死、是謂玄牝」の部分が、The spirit of valley never dies. It is called the Mystic Female.となると、多少わかるが、これでもなんのこと?ということになる。でも、もともとの漢文より、それの日本語訳よりも、英語訳の方がよく分かる場合もあったりする。その英語訳を意訳すると、その訳者の解釈が入るとは言え、ずっと分かりやすくなる。たとえば、冒頭の文章は、--------------------------道(タオ)の満ちた谷にいる神はけっして死なないのさ。それはすべてを産み出す神秘な女体と言えるものなんだ。その門をくぐってゆくと天地の根っこに達するそこから湧き出るものは滾滾(こんこん)として尽きない まったくタオの命はいくらくんでもいくらくんでもくみつくせないものなのさ。--------------------------------となる。(加島祥造 訳)第22章で、たとえば「夫唯不争、故天下莫能与之争」なんてのも、レ点があっても良く分からないが、これがIt is because he does not contendThat no one in the world can contend against him.になると、多少わかり、これが「訳」になると--------------------つまるところこの人は争わないんだよ。 だからどんな相手からも喧嘩をふっかけられない--------------------老子の全81章をすっと読み通すのは難しいけれど、この「訳」だったら難しくない。と言うより、本当のところは難しいが、表面的には難しくない。そこから英文に戻り、そしてそこから元の漢文にまで戻る、ということをやった方がいい場合もあるようだ。訳者の加島氏は詩人だそうで、この「訳」は彼の「印象」を、彼の「共感」を詩にしているそうだ。「無之以為用」 - And by the non-existence of things we are served.と老子第11章にもあるように、加島氏は、みずから「いれもの」「コップ」たらんとし、自分はその中身をボトル(老子)から読者へ橋渡しをする役割を担い、それさえすめばもう用はない、とする。しかし、それこそ「無之以為用」に違いない。
2006.05.01
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