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先ほどの日記で、娘が夕食を作っている、という箇所が出てきたが、さてシャワーを浴びてビールを飲んだ後、「で、夕食は?」と言うと、「あ、もう食べちゃった!」と言うではないか。なんでも、遊びに来ていた韓国系の友達と一緒に、2人分だけ(!)作って、二人で食べたのだと・・・なんじゃ、そりゃ! ではパパの夕食は???と言うことで、少々頭にきたので、ビールをもう一本追加して飲みながら、日記ももう一つ書くことにした。(って、あんまり関係ないか・・)実は、このところ毎日のように泣いています。いえ、泣く、と言っても、嘆く、という意味の泣くではなく、読んで字の如く、涙を流して泣いています。ちょっと前に、家族が日本へ行っている間、暇なのでDVDを借りてきて映画なんぞを見よう、と思い立ったことを書いたが、未だにそれが続いていて、このところ邦画を中心に、ほぼ一日一本の割りで映画を見ている。そして、なぜか、このところ読んでいる本とシンクロするがごとく、この3,4日、見る映画見る映画が皆、「命」とか「生きる」とかいった言葉がキーワードになりそうなものばかりなのである。あえてそういった内容を選んでいるんではないか、という気がしないでもないが、借りてくる時は、題名の他はほんの2,3行の説明しかなく、聞いたことも無い映画がほとんどなので、そんな内容だとはついぞ期待も予想もしていない場合が多い。ところが、実際見てみると、いったいこの監督がこのテーマを映像化する際に、どこからかインスピレーションが与えられたのではないか、と思うほど、最近読んでいる「宗教」とか「時空の構造」とかいったものに直接・間接に関連しているものが多い。そして、「命」「生きる」というテーマからわかるように、実話を元にしたものからSFチックな物まであるが、その全てが「泣かせる」内容なのだ。かくして、ここ3、4日、毎日違う映画を見てはそのたびにぼろぼろと涙を流している。こんなに集中して映画を見たのは生まれて初めてだと思うが、それと同時に、自分はかくも涙もろかったか、という、一種の新鮮な驚きもある。もしかしたら、それは歳のせいかもしれないが、しかし、これだけ感情移入が簡単に出来てしまうような人間が、なぜ催眠や暗示に全然かからないのだろう、と、映画のあとの感慨から抜け出した後に、ふと考えてしまうリンロンでありました。
2006.07.31
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久しぶりにおじいさんは山へ芝刈りに行ってまいりました。熱中症になりそうな暑さの中、ふらふらと帰宅して、冷蔵庫からアルカリ還元水を取り出し飲んでいたところ、横で夕食を作っていた娘が、突然、「パパ、くさ~~い!」そりゃそうだ。汗びっしょりだから当然だ。「うるさい!パパはこの暑いのに働いてきたんだから。」と言うと、「くさいものはくさ~い! 早くシャワーを浴びてよ!」と来る。こちらは続けてよく冷えたビールを飲みたかったのだが、すごすごとシャワーへ・・ま、娘にこうまで言われては仕方がない。そう言えば、アトランタにはいくつか、日本人コミュニティの新聞があるのだが、その一つにこんな記事が載っていた。だいたい貴重な紙面を割いて書かれているのは芸能界のゴシップ情報とか、どうでもいいのが多いのだが、これもその「どうでもいいような記事」の一つ。----------------------<「お口くさ~い!」 娘から指摘された父親の2割が歯科医に>自分の口臭が気になり歯科医院に行く父親の割合はわずか1.5%だが、娘に口臭を指摘されると5人に一人があわてて通い始める、という調査結果が出た。娘の一言に敏感な父親の実態が明らかになった。この調査はライオンが首都圏に住む娘(15歳から25歳)とその父親(42歳から61歳)111組を対象に実施され、父親の口臭が気になると回答した娘の割合は39.6%に登り、このうち父親と会話している時に感じると答えたのが56%と最も多かった。一方、父親の58.5%も自分の口臭が気になると答えたが、ほぼ半数の49.2%のお父さんは「ガムを噛む」とか、その場しのぎ。しかし、娘に直接口臭を指摘されると37%の父親は歯磨きを一生懸命するようになり、22.2%の父親は歯科医院に通うようになった、と答えた。----------------------------まさに「どうでもいいような記事」だが、読んでいて笑ってしまった。娘に弱い父親、というのは、どうもかなり一般的なようだ。右ならえの典型的日本人の一父親としては、さもありなん、と感じる一方で、自分だけではなかった、とホッとする一面も・・・こんなくだらない記事で毎月10数ページの紙面を埋め尽くしている編集者に敬意を表します。(笑)
2006.07.31
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書きたいことはたくさん有りますが、子供達が夕飯、夕飯と騒いでいるので、どこかへ食べに出かけなければいけない都合上、大幅に割愛します。(笑)またまた、宗教の名を借りた犯罪が起きていますね。真剣に宗教に向き合っている人も、ますます世間の白い目を意識せざるを得なくなり、それが却ってその集団としての団結性(あるいは排他性)を強めたりするんでしょう。こんなことがしょっちゅう起きるので、先日紹介した「脱宗教の無宗教」みたいな考え方が日本では一定の支持を受けるのでしょう。かつての「イエスの方舟」の時にもあった、マスコミの偏向した報道もこういった「常識的」な世間の反応を助長するのでしょう。今回も面白半分、興味本位でいろいろな記事が書かれることは間違いありません。私たちは、人生や死、そして幸福や不幸に関して、習慣や親や世間の影響によって形成された一定のものの見方に左右されがちです。というか、それがある意味「成長」なのかもしれませんが。そして、それは次第に確固たる物のような「信念」という形になり、その「信念」は私たちの見る「現実」にあらかじめ一定の枠をはめて切り取る働きをする。そうした信念を物の見方に当てはめると、これを「ステレオタイプ」と名づけてもいいかもしれない。そしてこのステレオタイプは複雑な理解を絶する現実社会にある手がかりを与えるし、ものの見方の「節約」にもなる、という利点がある。だが、「ステレオタイプ」は同時に、現実をあるがままに見る見方に制約を与えるし、ものを懐疑してみようとする心性を低下させる。宗教と言うものが、現実の現象に対して、強固な「ステレオタイプ」を与えることは当然だろう。それは複雑で不確定な現実に対して、ある安定と指針を与える。それが宗教の魅力でもあるのかもしれない。しかし、それにおぼれると現実を客観的に冷静にありのままを見ることが出来なくなり、因果関係を見失う恐れがあることも確かだ。最近、いろいろな本を読み、この宗教と、それを取り巻く時代背景、あるいは地域性といったものを考えていると、如何にそれぞれが独自の「信念体系」を形成しているか、ということがわかる。極論すれば「なんでも有り」だ。唯一絶対の神を「聖俗分離」的に考える宗教もあれば、宗教と言いながら昨今のスピリチュアルに共通する「神」への昇華を重視するものもあれば・・・-----------------------------------もう夕飯です。子供達の声がやかましくなってきました。では一旦失礼。-----------------------------------う~ん。腹いっぱいです。今日はメキシカンレストラン。私はフローズンマルガリータ、子供達はソフトドリンク。それでお腹一杯食べて、全部で$27(チップ込みで¥3500ほど)。これがメキシカンのいいところ・・・-----------------------------------さて、なんでしたっけ。そうそう、要は、「宗教」と言っても多様であり、ほとんど「なんでも有り」なんです。何万年か前に地球に飛来した(とされる)宇宙人を「神」とする宗教もあるくらいですから・・・そうなると、やはり信じる人は、その人の中で「安定」と「幸福」を手に入れるかもしれないが、外から見て、そんなんでいいの?という世界になってしまう。いろいろと読んでいると、やはり「この世の中には『不思議』はない」とする、とことん追求する姿勢を持っていたいところである。そうすると、この世界(時空)の構造がおぼれ気に見えてくる。その時空の構造の中では、ほとんどの宗教が掲げる神も、シャーマン的な同化も、神がかりも、超能力も、奇跡も、手かざしも、仏の存在も、いや、現世における因縁やらカルマやら、すべてのことが繋がってくる。つまり「この世の中に『不思議』はない」のだ、ということがわかってくる。「信念」というと、普通の使い方では「あの人は信念の人だ」とか「確固とした信念に裏受けられた」とか、良い意味を持つ場合が多いが、こと、この世の中を理解しようとしたら、下手な信念など無い方がいいようだ。自分を「空」にする、というのはもしかしたら、同じような意味を持っているのかもしれない。(この辺の飛躍が、大幅に割愛したという所以です。御容赦!)
2006.07.30
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変な天気だ。360度、周囲は青空に白い雲が見えるのに、我が家の上空だけ暗雲が通過中で結構激しい雨。夜8時前だというのにまだまだ明るい中、かみなりが鳴り、庭の芝に適度な水を撒く。今日もいつもと同じく、書きたいことがいろいろ。今日読んだ本、新着不動産情報・・・あんなことや、こんなことも書きたいが・・でも、ワインで酔っ払ってしまって、どうも書くのが面倒くさい。ということで、娘が夕食の後片付けで洗い物をしている中、PCに向かう。娘のストリングスキャンプ(オーケストラのキャンプ)も今日で終わり、最終日だったのでこの5日間の成果のお披露目コンサートがあった。上さんから頼まれてビデオに撮ろうと準備したのだが、バッテリーチャージャーが見つからない。仕方なく、ブログ用も兼ねて、カメラだけを持って、会場の中学校のジム(体育館)へ。練習風景を撮っていたら、ここでLowバッテリー表示。あ~あ、オヤジ失格である。(かあちゃん、ごめん)と言うことで、練習風景のみの写真とあいなりました。練習風景↓娘のこの手のキャンプへの参加は今年で4年目。レベルがまちまちな様で、演奏は簡単らしく娘は遊びに行っているような感じ。練習中も、自分のバイオリンは全然やらず、友達のそばに行って、他人のチェロをずっと弾いて遊んでいた。↓まあ、一人での演奏とは違って、合奏ならではの楽しみもあるだろうし、レクリエーションや、ペインティングなどの「お遊び」もあるので、これがために参加しているようなもの。自分らでペイントしたチェロを持って、ご機嫌である。↓まあ、回を重ねるほど、年々、成長しているのを感じる。4年前に、始めたてのバイオリンを持ってこわごわ参加したキャンプから、今回のキャンプへの変わり様・・・娘の一年と、自分の一年はどれだけの差を生んでいるのだろう、とふと思ってしまう。
2006.07.29
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先の実例編(1)は既に買い手がついてしまいましたが、今度は、ほやほやの新着でこれから、という物件の紹介です。添付はやはりGenさんからのメールですが、これまた若干補足すると、これはオースティンのダウンタウンにあり、テキサス州立大学の学生向けのアパート、ということになります。このいいところは、なんと、オースティンの市内で、今後この種の大型アパートの新規建設が規制されてしまった、という事実にあります。つまり、需要はありながら、供給側が規制されてしまったので、現在の賃貸レベルが今後上昇することは必死です。ですから、今現在の利回りで計算してマイナスでも、売却時に収益還元法で査定すると、かなりこの購入価格を上回った値付けができる可能性が高いことです。今現在でも適正市場価格より4~5万ドル割安なので、買ったときからEquity(自己持分)がでます。ただし、自己資金量によりますが、基本的に直近ではCFを産み出す物件ではなく、そこそこのマイナスCFを何年か継続して保有していれば、かなり高い確率でキャピタルゲインが狙える、という物件です。ですから、自己資金量が多い人、あるいは、毎月のCFがネガティブでもそれに耐えられる安定収入がある人しかお勧めできませんが。以下、その情報です。こういった情報を得て、買う人は、即座に買います。---------------------------------------------------------- 添付の記事にあるように、Austinの中心のHyde Parkという高級住宅地にある最高のロケーションの物件です。今後も個人的には10%くらいのAppreciationが望めるとおもいます。- 市場価格より10%以上安くコントラクトがとれました。このエリアの物件は1Square Footあたり$225から$250くらいですが、契約額は$202です($415,000 / 2050 Sqt)。- 10%ダウンですと若干月々のネガティブキャッシュフローが出ますが、年間7.5%のAppreciationの計算で、初期投資額を3年後に300%でまわせます。 --------------------------------------------------------------------------------Central Austin Cash Flow DuplexCompletely Remodeled / 10%+ EquityPremium Hyde Park Location where 7.5%+ Appreciation is ExpectedSUMMARY- 714 E 45th St Duplex in Austin Tx is located in the heart of HydePark, the most upscale neighborhood in Central Austin.- Duplex is 2050 Square Foot; o Front Unit: 3 Bed / 2 Bath 1650 Square Footo Back Unit: Efficiency Studio 400 Square Foot- Totally renovated with highend finish.- Your purchase price is $415,000, fair market value is around$460,000, enjoy instant equity!- Expected Lease to UT (University of Texas) students for 2006 is$2800; Expected Lease for August 2007 is $3200.- UT Students properties' lease are from August 1 to July 31st offollowing year and tenants usually "Pre-Lease" around May/June each year ---No need to worry about Vacancy!- This property is only two block from UT (University of Texas)Shuttle (Duval line).http://www.utexas.edu/parking/transportation/shuttle/austin-bus.html- Right in the heart of prestigious Hyde Park neighborhood; blocksto trendy cafィヲ and restaurants (Asti, Hyde Park Grill, Dolce Vita &Mother's Cafィヲ) PROPERTY INFORMATIONContract Price: $415,000Year Remodeled: 20052006 Tax: $3085Duplex is 2050 Square Foot; - Front Unit: 3 Bed / 2 Bath 1650 Square Foot- Back Unit: Efficiency Studio 400 Square Foot- Double vanity, Fire alarm system, Indoor utilities, jetted tub, separateshower, walk-in closet, window treatments, wired for cable, stainlesskitchen, hardwood foloorsInternet Remarks Completely remodeled in 2005. New foundation, roof,plumbing, wiring, windows, insulation + more. 2 car attached garage w/ guesthouse & full bath. Main house 3/2 1650 sqft. Guest house/studio 400 sqft.Fantastic area, minutes from UT & downtown!以上、実例編(2)の紹介でした。これはまだ買い入れ申し込み受付中です。どうですか?グローバルインベスターの皆様! たったの5000万円ですよ!!(笑)平然とやる方、清水の舞台から飛び降りる方、お待ちしております。
2006.07.28
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最近、自分の不動産投資は開店休業状態なのだが、ブログをやっているせいで、何人かの方からメールを頂戴している。その中には、アメリカ在住ですでに不動産投資を始めた人からの相談もあれば、これから投資をしたいのだが、何から始めたらいいかわからない、あるいは、具体的に投資を検討しているが、その際の考え方を教えて欲しい、という方までいろいろである。たまたまオースティンの物件に関して、サンフランシスコのGenさんから紹介があった物件に関して、この中のお一人に送ったメールがあるので紹介しておきたい。若干の修正を加えては居ますし、特に個人的なことには触れていないので、問題はないと思いますが、もし下記の内容でまずいことがあったら御連絡をいただきたい。--------------------------------XXさん新着の物件情報が来たので転送します。私はすでに自己資金及び借入能力いっぱいに借りてしまっているので投資できません。興味があれば御連絡ください。 若干補足説明します。 まず物件の写真はここ↓を見てください。平屋の3ベッドルームです。 Genさんのブログここに書かれている情報に基づいて若干のコメントを以下に記します。 値段の方はまあまあだと思います。私がこの近く(少し南でダウンタウンに近いですが)に買った物件は11万ドルちょっとで月$1050で貸していますが、築1984年と古い家で広さも1100SFぐらいです。本物件は新しく、そして広いので、この値段は魅力ありますね。 CFはキャッシュフローの略、BEはブレークイーブンです。本物件の場合、下記にもあるように、ダウンペイメント(頭金)+クロージングコスト(決済諸費用)の$12000を自己資金と考えると(この金利には目をつぶるとして)、毎月のキャッシュフローは、例えば、月$1100で賃貸できたとして、PITI(ローンの元金+利息+Tax+保険)が$1186ですから、若干足が出ます。さらに管理会社の管理費がレントの6%ぐらいかかるので、実質収入$1100x0.94=$1034に対しては、月々$150ほどのマイナスです。 ただ、このいいところは売主ファイナンスで、売主が金利のいいときに借り入れた5.5%のローンを引き継げるという点で、今時こんな条件で投資物件向けにローンを借り入れることはできません。(今現在、クレジットが良くても7%台後半です)また、この金利が5年間固定されているのも魅力です。 上記のCFは、ローンの元金返済分も入っているので、この分を考えると、実質的なCFはほぼブレークイーブンに近いか、もしかすると若干の利益がでるかもしれません。 あとは、空き室率がどのくらいか、で利回りと最終的なCFは決まります。一年に一ヶ月~2ヶ月空いている、と考えれば十分ではないかと思いますので、そうなると、計算上BEでも、実質はマイナス$2400ほどになります。 となると、この投資は、CFを狙う、というより、言われるようにキャピタルゲインも考えないと合わない、ということです。その点で、このオースティンはまだまだ値上がりが続く見通しであり、かつ、本物件の場合には、現状でも2~3万ドル、市場価格より安いので、すでにEquity(自分の持分)が発生していますので、そのまま売却してもほとんど損は出ないレベルです。これは、最後のExit Strategyに書いてあるように、右から左へ$157000ぐらいの価格で売りに出して、現状でも$15000ほどのキャピタルゲインを固定する、という方法も可能です。(絶対売れる、という保証はありませんが、この価格だったらそれほど待たずに売れるだろう、という予想です。) ローン金利が5年間固定されているので、この5年間リースできれば、年間のキャッシュフローがたとえ、毎年$2400マイナスでも、appreciation(値上がり)益が、毎年$10000ぐらい見込める(値上がりが年7%として)ので、資産価値上昇がマイナスのCFを上回ります。 5年後にこれを売却してもいいし、その時点で、リファイナンスをして、ローンの繰上げ返済をすれば、この物件を保有している間、確実にCFを生むレベルに持ってゆくことも可能です。 その場合は毎月のCFと同時に、継続して値上がりの恩恵を受けられます。一旦こうなると、例え、不動産価格が下がったとしても、賃貸を続ける限り痛くも痒くもないので、冷静に不動産市場の回復を待つことができます。 で、問題は、毎月のマイナスCFに耐えられるか、最悪の場合、空きが継続した時に、どこまで持ちこたえられるか、ということになります。 その場合でも、売却してしまう、というシナリオもありますが、売却コミッションなどを厳密に計算すると、やはり3年は持っていたいところです。説明にもあるように、この地域はまだ開発途上なので、それらが開発されて、周囲の不動産価格が上がるまでは、保有していたいところです。 ざっと、こんな感じですが、これらの判断を、ほとんど2,3時間でする場合が殆どです。本物件の場合、もう買い手がついたかどうかわかりませんが、恐らくもう居ると思います。 現物を見ずに買う、というリスクはありますが、そこは、この紹介者のGenさんの「目」を信じるしかありません。今までのところ、彼の紹介で私が購入した物件は、全て問題はありませんでしたので、そういった実績を信頼するかどうか、ということですね。 では。リンロン88-----------------------------------残念ながら、ここに書いたように、実際一日もかからず、本物件は買い手がついたようです。私ももう少し余裕があれば買いたいところですが、今はじっと我慢の子です。アメリカ不動産投資を考えている人が居るとしたら一言。皆さん、まだ「もう遅い」ということはないと思いますよ。
2006.07.28
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昨日リストアップした本を中心に、これからあれへ、あれからそれへ、と読み漁っています。一つのテーマは「宗教とはなにか」。こんな重たいテーマは、ブログでちょこっと書けるものではないし、それよりも自分自身でまだなんのまとまりも無い。今現在はひたすらインプットしているだけだ。ただ、いつものように、できるだけ広い視野からインプットしたい、とは思っている。つまり宗教を考える、として、今読んでいる本は、大きく分けて「宗教者の書いた本」「学者が宗教を扱った本」「一般の社会人が宗教を考えた本」といった分け方ができようか。始めの宗教者の書いた本、という中には松原泰道の本もあるが、今回読んだ本は「創価学会」が一般の青年向けに書いた入門書というか勧誘書みたいなもので「青年と宗教」 創価学会男子部教学室編 第三文明社ここでは、なぜ宗教が必要か、といった基本的な疑問に対する30問30答という形になっている。2番目の学者が扱ったものでは、以前紹介した「精神世界のゆくへ」とか、昨日の「神の証明」。3番目の一般の人が書いたものでは、やはり昨日紹介した「脱宗教の無宗教」とか「新宗教の神々」などがある。このうち、前者は、徹底的に「無宗教、脱宗教の勧め」である。それも、著者は高校生ぐらいまではキリスト教の家で育ち、10歳で洗礼を受け自ら牧師になることを夢見ていた人間の、180度転換した上での本であるのが面白い。その本の中では、著者が松原泰道に偶然出会い、そこでとっさに聞く場面がある。「伺いますが・・。三界は唯心の所現と言いますが、そえならば神仏も幻想の所産ですか?」泰道は即座に答える。「そうです。」気を強くして、矢継ぎ早に問う。「ではそれ(神仏)は客観的な存在ではないのですね?」答えは、「そうです。」これで、この著者は我が意を得たりとますます「脱宗教、無宗教」というより「反宗教」論を展開してゆく、という面白さ・・・まあ、世の中、いろいろな意見や見方があるものです。いずれにしても、こう矢継ぎ早にいろいろな考え方をインプットすると、それが一度には整理された形で頭に納まらない。つまりインプット過剰なのだ。それでも、これがいつものことで、一度いろいろ読んでから、再度読み直したい、と思ったものを今度はじっくりと読む。そんな中から、その選択と共に、すこしずつ自分自身の考えに影響を与えて行くのだろうから、これはこれでいいのだと思う。
2006.07.27
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秘密実験は進行中ですが、なんの進展もありません。だからと言って、一日中寝てばかりも居られない。(この実験は「寝る」ことが必要なんです。笑)今日は、一軒の芝刈りをこなしたあと、日本で買いこんできた本を読み出した。たった5日間の日本滞在ではあったが、Book Offだけは忘れずに寄り、20冊ほどの本を仕入れてきた。今回の本は、結果的にかなり内容が偏ったものになってしまったようだ。(いつも偏っているかもしれないが)まずは、森田健。女装をする「変なおっさん」です。(笑)年齢が近いせいか、経歴が似ているせいか、この人の考え方というか、この世の中の物事に対するスタンスは、私のそれにかなり近い。ただ、ひとつだけこの著者の気に食わないところは、女装してもまったく不自然でないほど長髪なこと。1951年生まれというから、すでに54歳か55歳、私よりも、3歳ぐらいは上でこの長髪だ!これだけは気に食わない。(笑)それはともかく、いつか日記に書いた「不思議研究所」を主催するソフト会社の社長である著者の、旧著と新著。旧著は「私は結果-原因世界への旅」。本人も言っているが、今となっては、この本に書いた内容は間違っていた、ということになっている。ただ、探求の途上で考えたことをまとめている、という前提で読めばいい。そして、近著の「究極の運命-神とつながれ」。ここに至って、「結果は原因を変える」というところまで行く。とにかく「常識」が通用しない世界を、とことん、「なぜ、なぜ、なぜ」と究明してゆく姿勢は、その原点となった「私はなにものか」という問いと共に、非常に私自身と似通っているのである。以前書いたが、占いをバカにしてまったく見向きもしなかった著者が、その現実を目の当たりにして、自分として体験しよう、と決心し、株に全財産を投入し、半年で2億円、それ以降も驚異的な総額数億円の利益を上げてしまう。その資金で買った不動産も、コイン占いの結果だけを信じて、時価より40%、これまた数億円安く購入してしまう。医者に「子供はできない」と見限られた自分の妹夫婦に、占いの結果出た対策を施して、医者にも「ありえない」と言わせて、子供が出来てしまう。そのままでは倒産間違いなし、という状況で、占いの結果を信じて、見事に会社を立て直してします。そういった経験を経て、「占い」のもつ、「なぜかわからないけれど、結果が出る」ことを「なぜか」と追求してゆく。これは、著者が高校の時に「万有引力の法則」を習って、「なぜ、こういう法則がなりたつのか」という問いをもったそうだが、それに共通するものがある。なぜって、現代の科学は、この世を支配するルールを推定はできても、「なぜこういったルールがあるのか」に関しては、全く無力だからである。話が長くなってしまったので、割愛する。日本で買った本。「神の証明」講談社現代新書 落合仁司著「新宗教の神々」講談社現代新書 西嶋建男著「脱宗教の無宗教」 出版研 水田文雄著★楽天ブックになし(「それでも脱宗教の無宗教」というのがあるが。この続編か)「超常現象の心理学」 平凡社新書 菊池聡著「タオ=道」の思想 講談社現代新書 林田慎之助著「複雑系とは何か」 講談社現代新書 吉永良正著他、10冊ほど。う~ん、偏っているな~。人間、ヒマだとろくなことはない、ということか・・・
2006.07.26
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庭の芝刈りをさせていた息子が血相を変えて飛び込んできた。「鳥を殺しちゃった!」はじめ何を言っているのかわからなかったが、やっとわかった。実は、今日の昼過ぎ、息子が裏庭で、飼い犬のリリーが異常に興奮して何かをしているのを見つける。ふと見ると、小鳥がリリーにかみ殺されそうになっていた、と言う。そこで息子は、リリーを追い払い、小鳥を小さな箱に入れて「どうしよう」と言って、私のところに来たのだった。その鳥は、いつかこの日記でも紹介したことがある、庭の木に巣を作って育てられた小鳥にくちばしが似ていた。そこで、一旦、この小鳥をこの巣に返して様子を見よう、ということになり、すぐに脚立を持ち出し、この元の巣に戻してやったのだった。ところが30分ほどして見ると、巣はもぬけの殻。どこかへ行ってしまったようだ。そのあと、息子は、私に言われて庭の芝刈りをしていた。芝刈りの最後に、エッジングと言って、ナイロン製の紐状のものを回転させて隅の方の草や芝をきれいにそろえる作業をしていた。と、その時、突如、鳥の羽がパッと散ったのだと言う。すぐに機械を止めて、よく見ると・・・・そこには、くちばしの下、あごの辺りをざっくりと切り裂かれた小鳥の死体があった・・・息子は2時間ほどの芝刈りを終えた疲れ、と言うより、ふと気づかずに小鳥を殺してしまったことがショックなようで、終わるなり部屋に閉じこもってしまった。息子は15歳、日本で言えば高校1年。幼い、という形容も出来るかもしれないが、私は、こんなことにショックを受ける感性を大事にしたい、と思う。
2006.07.25
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オースティンの賃貸管理会社から、今月の月報と共に入金があった。先月まではスタート直後だったこともあって、当月の精算が翌月になっていたのが、やっと当月の20日締めでレポートと共に賃貸料の入金が入るようになった。今月の入金は、一戸建て一棟とアパート2棟で管理費・諸経費差し引き後$8600(約100万円)。ただし、アパートの一棟はまだ半分しか入居していない(4室中2室)ので、これが満室になればプラス$2000なはなるので、ほぼ$10600(約130万円)になるはずである。通常の月は、アパートに限って言えば税金・保険の支出はないので、約2000ドルほどのCFになる。これで年一回の税金と保険料を支払うと、ほとんど残りはなく、わずかにCFがプラスになるだけであるが、ローンの返済の中の元金分だけは資産が積みあがっていく、と考えればいいのだろう。話は変わるが、ただ今、専業(でもないか)主夫として、子供2人と犬一匹を世話しているが、子供にこれだけ接すると、なにか一種の修行をしているような気になってくるから不思議だ。「子育ては学びだ」という言葉があるが、言いえて妙である。なにも、子供がすること、考えることから、直接的に「ああ、そういうやり方や考え方もあるのか」という新鮮な驚きを覚えることもあるが、そんな形の学びは残念ながらそれほどない。それよりも、やるべきことをやらない、自分のことをきちんとできない、他人への迷惑を迷惑とも思わない、そういった行動や言動があるたびに親としての対応をするわけだが、これが難しい。彼らのために言っているのか、それとも自分自身が怒っているだけなのか、そこのところをよくよく考える必要に迫られる。たとえ「彼らのため」と言ったところで、それは私が考えることである以上、私の価値観に縛られている。その価値観を0にして、こういった対応はできるはずもないのだが、それでも「ではその価値観は正しいのか」、あるいは、「自分が生きてきた時代や背景に限定してのみ有効ではないのか」という自分への問いかけは事あるごとに湧き出てくる。つまり、子供を育てる、ということが、逆に自分を見つめるきっかけとなる、という意味においての「学び」ということになる。一番いけないのは、自分がふらふらすることだろう、とは思っていても、だからと言って、自分でも疑問符付きの価値観からものを言うことはなかなかできない。それでも親としてはそれを承知でやらなければならないことも多々あるのであろう。こういった、妻が長期間子供と共に居ない、ということが、先日の日記では、子供への影響と言う観点で書いたが、どうしてどうして、子供だけでなく、私自身にとってもなかなか得がたい機会なのかもしれない。
2006.07.25
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今日から娘のストリングキャンプが始まる。来週は、息子のバンドキャンプだ。日本から帰り、子育てに奔走しております。(と言っても、朝夕の送り迎えぐらいですが。笑)先週の日本行き、いつものごとく、本を初め、いろいろと買い込んで来ました。中に、一つ、今までやろうかどうしようか迷っていたものがあるのですが、それを思い切って購入し、これから実験開始です。内容は・・・・・・・秘密です。ただ、今までためらっていた理由の一つが、実は私にはある身体的障害があるので、それによって、この実験がうまく行かないのではないか、と考えられることです。しかし、「うまく行かないかもしれない」ということは逆に言えば「うまく行くかもしれない」と同義語だろう、と、今回、意をけっして購入。いつもどおり、やらずにぐずぐず言っているくらいなら、やってはっきりさせた方がいい、たとえ、それがうまく行かなくとも、それで一つ自分の中でけりがつくんだ、と考えたわけです。当分、これで暇つぶしの種ができました。なんらかの結果が得られた場合にのみ、ブログ上で紹介します。なんの報告もなかったら・・・御推察ください。(笑)
2006.07.24
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今日は、アトランタでただ一軒、4月から空いていた貸家にテナントさんがやっと入居しました。たかが一軒、と言っても、一軒屋なので、賃貸収入から、ローン、税金、保険などの諸経費を引いても年間$6800(約80万円)ほどのキャッシュフローを生むので、これはこれでバカにならない。いつものようにウォークスルーをし、入居時点での内外の傷や汚れ、不具合などを双方で確認し、確認書にサインをして取り交わした。これに基づき、退去時に、通常の使用で劣化した、と考えられるもの以外は、これらの当初からの不具合箇所を除いてセキュリティーデポジットからテナント負担分を決定する。今回のテナントは、以前の日記でも書いたとおり、今までのファミリーとは違って、新社会人4名がルームシェアをする、という形態だ。今日は、この4人のうち、初めて会う2人を含めて3人が立会い、それぞれが、自分が住むことになる部屋を中心にチェック。また、そのうちの一人は、彼女と来ており、冗談で一緒に住むのか?と聞こうかと思ったが止めた。契約では、契約者以外が住んではいけないことになっているので、答えはわかりきっているからだが実態は確かめようもない。しかし、4人で部屋を見て回っていたのだが、事前にこの家を見ていたのは一人だけだったようで、その他の2人は、なかなかいい家だ!と今現在住んでいるアパートと比較してああだ、こうだ、と楽しそうに話している。まるで、これから合宿するような雰囲気で、いかにも楽しそうだ。エキサイティング!とか言っている。アパートに比べれば、リビングルーム、ダイニングルーム、ファミリールームなどの共通スペースが充実しているので、ここにあれを置こう、とか、あそこは何々に使える、とか、引越しを明日から始めるそうだが、フロアの利用プランづくりに余念がない。乗ってきた車はBMWのSUVの最新型だったし、3人とも育ちが良さそうな若者達で、もう一人すでに会っている入居者と合わせて、総じて「真面目な若者達」という印象だ。実は、日本に行っている一週間の間に3件、帰ったとたんに1件、この家の売却についての問い合わせが他の不動産屋さんから留守録に入っており、8月に向けて、もっとも異動する人が多いシーズンだけあって、もしこのテナントが現れていなかったら、ひょっとすると売却の線で話がまとまっていたかもしれない。それらを全て断って貸すからには、今回の賃貸はそれに見合ったものになって欲しい、と思わずには居られない。共同入居者の4人の間で仲たがいして、家賃の支払いが滞る、というのが最も有りそうな事態だが、なんとか無事に契約期間の一年は入居していてもらいたいものだ。
2006.07.23
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う~ん、日本語は難しい。この状況にぴったりする日本語はなんだろうか・・「ひょうたんから駒」「転んでもただでは起きない」それとも「棚からぼた餅」う~ん、ちょっと違う。では、「人間万事塞翁が馬」かな?それとも「怪我の功名」か?事情により、妻だけを日本に残し、子供を連れて帰国して、いま現在子供達と犬2匹(実はまた、知人の犬を預かってしまったのです)との生活が続いている。考えてみると、子供達がこれだけ長く母親と接しないのは、初めての経験ではないか、と思う。私が居ない、という状況は、逆単身帰任していた期間(約8ヶ月)だけでなく、毎年2月に一人で一時帰国しているし、サラリーマン時代はしょっちゅう出張していたから、慣れているだろうけれど、この逆、というのは初めてだ。一時帰国もいつも妻が子供を連れて行くし、私が居ない時に、西海岸まで子供づれで旅行したこともある。(もちろん、私抜きで・・・)つまり、生まれてこの方、母親から長期間離れて暮らしたことがなかった、ということだ。それで、何が起きているか。娘が突如、掃除機をかけ始めた!娘が突如、洗濯を始めた!息子が、なんと朝9時に起きてきた!(もっともこれは、時差ぼけのせいかもしれない)息子が突然、言われもしないうちにピアノを弾きだした!(もっとも、たった10分ぐらいで終わってしまったが・・・)食事のあと、後片付けをさせたら、文句も言わず、息子が皿洗いをしている!(ちゃんと洗ったかどうか、定かではないが・・・)そして、今・・・娘がキッチンで、なんとクッキーを作る、と言い出し、卵をといている・・・!う~ん、貴重な経験かもしれない。これは、日本語で何と言うのだろう?やっぱり「可愛い子には旅をさせろ」かな?
2006.07.22
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帰米して、3日目です。突然、日本に行ったので、帰ってきてから洗濯やら掃除やら、そして今日は食糧が尽きたので、子供たちと買出しに行ってきました。スーパーに連れて行って、食べたいものを買え、という感じです。で・・・、買ったものはばらばら・・・・こんなんで、あと2週間以上もつのでしょうか・・・ところで、皆さんお気づきのことと思いますが、楽天ブログのカウンターの仕組みが変わったようですね。やっと自分自身のアクセスがカウントされなくなり、これで切り番を自分で踏んでしまった、とかいうことはなくなるし、アクセス数もより実態に近いものになります。私のように、一度目標を作って、足りなそうだったら自分でアクセスし続けて帳尻を合わせる、なんていうせこいことが出来なくなりましたが・・・(笑)またまた話は変わりますが、最近、「不動産投資終了宣言」を出してしまって、このブログの一つの柱であった不動産投資について書く事がほとんどなくなってしまいました。あとは退去者がでた、とか、満室になった、とか、そんな、あまり面白くない話題しかありません。しかし、永久に「終了」したわけではなく、「一時凍結」のつもりなので、アメリカはもとより、日本の不動産情報も継続してチェックしています。もしかすると、「これは例外だ~!」とか言って、手を出してしまうかもしれません。(笑)そんな中、今日の日経Bizに「世界の不動産」に関する記事がありました。 これです。世界各国の、過去からの不動産価格の変化をまとめていて、読んでいると、如何に日本の不動産市場が特殊なのか、ということとか、アメリカの不動産はバブルだ!とか言われていても、世界的に見ると、別に突出しているわけではない、ということとか、いろいろなことがわかります。逆に言えば、日本の不動産市場、というのは、世界的な不動産のトレンドから見ると、異常な期間を経て、「世界的に見て普通」な市場に戻りつつあるのではないか、という気がしないでもありません。そして、今金利が騰がる騰がると言ってもまだまだ低利だし、地価上昇と言っても地域限定だし、そういったことを考えると、相対的には「お買い得」感は2005年以前にくらべやや後退したかもしれませんが、まだまだ世界の「普通」には至っていない、という感じがします。アメリカも、一部の地域を除いて、この「世界のトレンド」を見ると、けっして値下がりする危険視が大きいとは思えず、投資の大きな部分を不動産投資に振り向けている私としては心強い分析でした。あとは・・・ここ!って言うときにすぐに動けるように準備をしておく、ということでしょうか。
2006.07.21
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今回の日本。もちろん、いつものように飲み会に次ぐ飲み会、というわけには行かなかったが、ごく身内で何回か会食をした。いとこ同士が集まって行ったのは、ジンギスカン鍋。子供には初めての料理なので、それなりだったかな、と思う。上さんは、例によって「ボカシ」入りです。(笑)毎年一回日本に行くたびに、子供の、特に息子の日本への関心が高くなっている。今回も、一ヶ月以上の日本滞在でぶらぶらしていただけなのだが、帰ってくるなり「なんか、一週間ぐらいしか居なかったみたいだ。」などと言っている。また、言うにことかいて、「大学は東京大学へ行こうかな?」などとのたまう。息子にとっては、日本は遊べる→日本に居るためには大学へ入るのが手っ取り早い→日本でも東京しか知らない→東京の大学と言えば「東京大学」かな?という、至って単純な思考経路である。さらに、追い討ちをかけるように、「なんでパパが日本に帰るときに家族みんなで帰らなかったの?」と、アメリカで子育てをしよう、と悲壮な決心をした両親の思いを逆なでするようなことまで言い出す始末・・・困ったもんだ。
2006.07.20
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突然ですが・・・たった今、アメリカの自宅に戻りました。予定通り、子供2人を引き取りに行っただけの日本行きでした。妻は事情により、もうしばらく日本に留まることに・・と言っても、女房に三行半を突きつけられた、とか、そういうことではありませんので、誤解のないように・・・(笑)今回は、子供2人は、もともと予約していたシカゴ経由のJ○L→AAというコースで、私は直前に取ったためデ○タの直行便で、と、成田まで一緒に行き、息子と娘が日本食コースへ、私が洋食コースへ、とターミナルの中で分かれた後、アトランタで、先についた私が彼らの到着を待つ、という変則的な「引き取り」になりました。子供2人は、もう何度も国際線を経験しているので、まあ大丈夫だろう、とは思っていましたが、2人で喧嘩をしながらも特に問題もなく、シカゴでの乗り継ぎも支障なくクリアしたようで、成長を感じます。逆に、私が乗っているアトランタ直行便が、太平洋上で急病人がでて、途中シアトルに緊急着陸する、というアクシデントがありましたが、それでも子供2人をアトランタで迎える時間には余裕で到着、直行便のありがたさを感じました。しかし、これでこれからは子供だけでの一時帰国も可能な感じです。余裕が出来たことを喜ぶべきか、いつ何時、自分ひとりでも日本に行きたい!などとまたわがままを言い出しかねないことを危惧すべきか・・・微妙なところです。今回の日本は、本当に中5日間ということで、ほとんど何も出来ませんでした。ブログも、昨年末のメキシコ旅行以来の連続休業をさせていただき、久々にパソコンから多少離れた数日間でした。たまには、こういうのもいいもんです。今回お会いできなかったブログ仲間の皆様には、ぜひ次回(多分来年2月)にお会いしたいですね。
2006.07.19
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二日目終了。やはり、今回は、あまりにも時間がありません。せっかく日本に来たのに、今回はほとんど誰とも会えず、話もできず、で終わりそうです。残念。
2006.07.14
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日本到着一日目。昨日、成田に降り立った時に思ったが、「日本は暑い!」。温度そのものはアトランタの方が高いかもしれない。しかし、確実に「不快指数」は日本の方が上だ。曇り空でありながら、この蒸し暑さ。悪いことに、今日は東京方面から埼玉へ行ってきたのだが、今年の最高気温というではないか。もう一つ「不快指数」を高くしているのは、「匂い」。街を歩けば、その場所場所で、実にいろいろな匂いがしてくる。電車に乗れば乗ったで、汗ばんだ乗客ですし詰めの電車の中は、汗臭く、なにかすえた匂いに満ちている。行ったところは病院だったのだが、そこも入り口、談話室、廊下、病室、それぞれが、様々な匂いに満ちている。帰りに寄ったレストラン、駅の構内、ホーム、デパートの中・・・日本は、これほどまでに様々な匂いに満ちていたのか、と今さらながら感じ、気温と湿度の高さと相まって、「不快指数」を押し上げる。そう言えば、昨日、よしおかたろうさんのリムジンで横浜に向かう高速道路上でも、まともにLPガスのにおいが強烈に車内まで侵入してきたな~日本の暮らしやすさがいろいろな面で段々と損なわれてきている気がするのだが、こういったことに敏感になると、ますます、日本の、しかも都会の暮らし、というものに対する生理的な抵抗が強くなってくるかもしれない。
2006.07.13
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無事日本に到着しました。なんと、お断りしたのに、よしおかたろうさんが、お出迎えに来られていて恐縮です。いつものフェラーリで来られていたのかと思ったら、なんとリムジンでした。いったい、パソコンのディスプレーを増やすだけでなく、どこまで散財されているのでしょうか。たろう商店、今後大丈夫でしょうか?(笑)今回の日本は短期出張です。「一応」18日には帰米予定ですので、あまり皆様と交流する時間はとれそうもありません。あしからず。
2006.07.12
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突然ですが、明日(日本時間では今晩)、日本に行きます。急遽、今日行くことになって、今日の明日で、チケットがとれるかどうか心配しましたが、明日朝の便がとれました。12日の晩には日本に着ですが、日記を書く余裕があるかどうか定かではありません。しばらく書き込めないかもしれませんが御心配なく。
2006.07.11
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今日の日記は、もともと「普通の生活」というタイトルのはずでした。でも考えているうちに、全然別な方向へ・・・人間はなぜ、宇宙を目指すのか?人間はなぜ、素粒子の世界を探求するのか?人間はなぜ、自分の歴史の「真実」にこだわるのか?人間はなぜ・・・・今現在でも、世界の貧困を終わらせることができる。今すぐにでも、「いわれない」不平等を終わらせることができる。今すぐにでも、何百万人の餓死者を救うことができる。今すぐにでも、生まれてすぐに死んでゆく子供達を救うことができる。今すぐにでも・・・でも、人間はそうしない。ロケットを打ち上げるのに、何百万人の餓死者を犠牲にし、素粒子加速器を作るのに、何百万人の赤ん坊を見殺しにしている。周りの反対を押し切って、ミサイルの実験を行うのに、国民の貧困に目をつむっている国もある。周りで毎日食うや食わずの生活をしている人がたくさん居る地域で、古跡の発掘に莫大な費用を投じる。人間は、いや、現代の資本主義は、利潤追求をその直接的動機とする、とされる。しかし、上に挙げた多くが、その資本主義の牙城たる米国によって、そしてその他の多くの「資本主義国」によってなされている。これは「利潤追求」であろうか。国の「威信」であろうか。「大国」としての「矜持」であろうか。国民の人気取りであろうか。少なくともその予算配分には100%とは言えずとも、国民の意思が反映されているはずである。「普通の生活」と「波乱万丈な人生」を比べたら、あなたはどちらに魅力を感じるだろうか。あなたの「生活資金」の予算分配は、どちらを指向しているだろうか。人間の行動の動機、というものは、いったい、何に根ざしたものなのだろうか。
2006.07.10
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昨日から、先日預かった犬をまた預かっている。うちのリリーと大の仲良しだし、とても人なつっこいし、頭もいい。それは良いのだけれども・・・・やさしくし過ぎているのだろうか、とにかくいつも私について回る。そしてリリーはこの犬について回る。かくして、私がトイレに行けば、ぞろぞろとついて来る・・・私が書斎に行けば、ぞろぞろ・・・私がPCに向かっていれば、足元に二匹・・・・私が、ちょっと一服、と裏庭のテラスに出れば、ぞろぞろと一緒に外へ出る・・・さ、中へ入ろう、とドアを開ければ、さっと先に入る・・・・昼飯や晩飯をキッチンで作っていれば、足元に寝そべっている・・(これはわからないでもないが・・)さあ寝よう、と寝室へ行こうとすると、ぞろぞろ・・・・朝、目が覚めて、寝室のドアをあけると・・・・そこにはもうお待ちかねだ・・・おいおい、俺のプライバシーはどうなるんだ!!
2006.07.09
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私がリンクしているブログの中には、ブログだけではなくメルマガを発行している方も何人か居る。公認会計士のブログ 「キャッシュフロー 社長の幸せ 応援記」 天野 隆さんもそのお一人です。その天野さんの今日のメルマガで、「社長とは」という文章があった。ここでその一部を抜粋すると、---------------------------------------(ここから)社長業とは何でしょうか? 私はこう定義しています。 会社が借金をする時に自宅を担保に入れる人。 会社が借金する時には連帯保証人が必要です。 通常連帯保証人には社長さんご自身がなります。 会社の金銭消費貸借契約書に連帯保証人として自分の実印を押す時 は手が震えます。 ある金融機関の方からお聞きしたことがあるのですが、この時手が 震えない人がいるそうです。 「手が震えない人はどういう人ですか?」 「タイプは2つあります。1つは器の大きな方です。」 「なるほど!そういう人になりたいものです。もう一つは?」 「よくわかっていない人です。」 そんな人は居ませんからおそらく冗談だったと思います。 社長を意識するのは、この実印を押し、時間と共にかかる金利を 意識した時のようです。--------------------------------------(ここまで)私は、借金を相当額しているが、印鑑を押す(あるいは、アメリカではサインをする)時に、手が震えたか?少なくとも、自分では震えた記憶はない。どちらかというと、「やっと判が押せる」とか「やった!」という感覚の方が強い。では、上記の二種類のうち、どちらの人間か?「器が大きい」のか?どう考えてもそうは思えない。でも残りの一種類は「よくわかっていない人」しかない。天野さんは、これを「冗談だったと思います」と書いているが、本当は手が震えるほど、その本当の意味を考えてこそ、本物の経営者だと言えるのかもしれない。一度押した判、あるいは一度書いたサインで、相当な苦労をしたことがある人にこそ、「震える」ことが可能なのかもしれない。
2006.07.09
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最近、普段TVを見ない私としてはめずらしく、家に誰も居ない、ということもあって、映画をまとめて見ている。一日に一本以上見ているだろうか・・邦画が中心だが、今まであまり見たことがないので、言うなれば手当たりしだいである。本を読むことと、こういった映画を見ることと、同時にやっていると、ふと、情報量ということを考えてしまう。情報量といえば、インターネットを使っている人は経験としてわかっているでしょうけれど、文字というものの情報量は、かなり少ない。人の音声になると多少大きくなり、それが音楽などになると周波数域の拡大とダイナミックスの拡大分だけ情報量が大きくなり、それが画像になるとまた上がる。そして、当然、動画となると、その情報量は文字の比ではない。つまり、一冊の本を読んだ場合と、一本の映画を見た場合を比較すると、読み手・視聴者の受け取る情報量は、映画の方が圧倒的に大きい、というのは殆ど常識になっているだろう。と、なんでこんなことを書いたか、というと、映画を見た後の自分の変化と本を読んだ後の自分の変化を考えると、意外と、この情報量の差に比例しないな、と感じるからである。比例しないどころか、場合によっては、情報量が少ないはずの本の方が、その読後に考えさせられる時間も含めて、下手な映画よりその影響がよほど大きい場合が少なくない。ということは、これを一種のコミュニケションの形態の一つとして捉えた時に、情報量と、その影響、あるいは質、と言い換えたらいいのかもしれないが、それが必ずしも一致しない、ということだ。映像には、その鮮烈な映像、美、心に残る音楽、こういった、映画ならではの、つまり本では伝えようがない部分というのは確かにあるし、それにより、本を読むよりはるかに直截的な影響を受ける場合も当然あるだろう。にもかかわらず、本の方が「読み手への影響」を考えた時に大きい場合がある、ということはどういうことだろうか。情報の量と、コミュニケーションの質、というのは、関連はあるにはあるが、単純な関係ではなく、いろいろな要素が交じり合った複雑な関係にある、ということだろう。その「いろいろな要素」というものには、「時間」というものも含まれるはずだ。自分の中にとりこんで、自分の中で反芻する時間、というものも入る。仏教には、単に「読む」というよりも、もっと時間がかかる「写経」というものもある。これなど、楷書で丁寧に書く事が、やはり大事である、みたいな言われ方をするところを見ると、単に「写す」という以上の要素も入り込んでいそうである。当然、「読む」という行為以上の何者かがそこにあるのだろう。情報量が、コミュニケーションの質を左右するのだったら、現代に生きる人間は、昔の人間に比べたら圧倒的に豊かな情報量に接し、アクセスすることが可能になっているはずだが、では、人間は、昔の写経をしていた頃に比べ、あるいは写経をしていた人間に比べ、少しでも「進歩」しているのだろうか?ここでは「進歩」の定義が問題になってくるので、一概には言えないかもしれないが、少なくとも「人間が人間として生きていく目的に対する理解度の向上」という観点で見たときに、それをこの情報量の差で説明することはできないような気がする。ただ言えることは、私のような平々凡々とした人間にも、こういったことを考える機会が提供されている、という事実に関して言えば、この「現代」の「情報量」の豊富さにその理由を求めることができるのではないか、ということか。この「情報の洪水」を、本当の意味で上手に利用した者が、その恩恵を素直に享受できるのだろう。
2006.07.08
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一日も終わりに近づき、ブログで日記を書いた後、ワインを飲みながら裏庭に出る。ふと、空を見上げる。白い雲、木々をわたるそよ風・・・ふと思い浮かぶ。地球は生きているんだ。
2006.07.07
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ある方に、リンロンさんのブログは文字が多い、と言われました。そりゃ、日記だから・・・、というのはありますが、その方は続けて、それも「文才なんでしょう」なんて書いてある・・・う~ん、文才がないから、だらだらと長くなってしまうんですよね。(笑)先日、自分の書いたものを4月ぐらいから読み返した、って書きましたけど、疲れちゃってとても全部は読めませんでした。(爆)これを「全部読みました!」なんていう人が居るんで驚きです。と言うことで、今日は短く。----------------------------今日、DVDで「三丁目の夕日」を見ました。やっぱりいいな~、「三丁目の夕日」は・・・・---------------------------こんなもんでいかがでしょうか?
2006.07.07
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今の時代、何も60歳過ぎて定年退職した人だけが「投資」に関心を持つわけではない。それどころか、状況を考えたら、「今」という時代は、全ての人がその人の年齢と環境と将来の計画に沿って、「投資」と真剣に向き合うことを求められている。それは「お定まりのコース」に乗っていれば老後まで安心、という戦後のごく「短い」期間にのみ通用した、そしてそれ以外では人類史上、存在したことがなかった「独特の期間」の終焉を意味している。つまり、これが「普通」なのだ、とう意識を持つ必要もある、ということだろう。私も「お定まりのコース」に乗っていたつもりが、急にその「コース」を外れる羽目になり、急遽、というか、その場になって初めて「投資」というものを考え出した人間の一人である。つまり、「お定まりのコース」が存在する、ということ自体が、歴史的に見たら稀なことなのだ、ということを遅まきながら認識した、というわけだ。ということで、「投資」というものを考え始めてからたったの2年と少し、いまだに自分の「投資哲学」や「投資戦略」などと言えるものは出来上がっているわけではない。だから、今はまさに「勉強中」、と言っても過言ではない。今読んでいる本は、野尻哲史著、自分の頭で考える、資産運用トレーニング「投資力」↓である。この本のいいところは、著者が自分の体験としていろいろな「経験」をして、それが公私に渡る「困難」を著者に与えたことから、この本が「リスク」というものを中心に書かれている、という点だろうか。文章がこなれていない、というか、推敲が不十分ではないか、と感じる箇所もあったりして、必要以上にわかりにくい箇所も無きにしも非ずだが、「投資」をいうものに向き合う自分なりのスタンスを考える上ではいい本ではないか、と思う。少なくとも、金融商品の選択だとか、それ以上に株式の銘柄選択だとかを考える前に、自分なりの「投資のスタンス」をある程度確認することが「投資」を始める際には最も重要ではないか、と考える私の考えとは一致している。もう一ついいことは、私が初心者だからかもしれないが、いろいろなデータが掲載されていて、そのデータをどう読むか、という点にかなりのページ数が割かれている点だろうか。発効は2002年なので、動きの早い「経済」に関しての本としては、こういったデータも、その時期とタイミングを考慮しながら見ないといけないが、こういったデータを元に、著者がどういう関連性を見出し、どういう分析を行っているか、ということは、一度見ておくと非常にためになりそうである。データそのものは、今の時代、最新データがいくらでも手に入る。本に出てくる一つ一つのデータに関する分析を踏まえて、では最新データにそれを当てはめたらどういうことが言えるだろうか、と考えることは、自分自身の課題である。経済の本は、それが「本」という形になった時点ではすでにかなり時間が経っているはずだ。そして、そのちょっとした「時間」が下手をすると180度、視点を変えざるを得ないかもしれない変化をもたらしている可能性もある。だから、こういった本の読み方としては、データを分析した「結果」ではなく、著者がそのデータをどういう手順で解釈していったのか、その方法を、あるいは視点を学ぶことこそが重要ではないか、と思う。そういう意味では、初心者の私にとっては意外と(?)、新しい「視点」を提供してくれる本ではありました。
2006.07.06
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会社に勤め、がむしゃらに働いていた時によく思ったものだ。「なんか、放電しっぱなしで、充電する時間がない!」と。だが、今考えると、確かに「勉強」としての「勉強」というものはあまりしなかったし、出来なかったのかも知れないが、日々の仕事の中ではいやと言うほど「想定外」の状況に身を置き、その都度、悩み、考え、行動し、結果を喜び、結果に落胆し、そういった一連の「経験」というものを知らず知らずにさせてもらったのではないか、と思うようになった。まず、自分自身が海外へ、なんていう考えは英語の不得意な私にとっては思いもよらぬことだったし、出張ならまだしも、アメリカに長期出向することになり、赴任早々、200名ものアメリカ人を前に英語でセミナーをやる、なんて想像もつかなかったことだ。これもいくつかある、「悲劇的な結末」になったわけだが・・・(笑)その前も後も含めて、世界20カ国ほどを回らせてもらったのも、全米各地へ何回も出張し、仕事中心とは言え、いろいろな人と出会い、いろいろな場所を見ることができたのも、この「想定外」というものの一つだし、それぞれが自分一人では出来なかった経験と言うものを与えてくれた。飛行機に乗ると、マイレージというものが貯まる。現在までのマイレージは、各航空会社を合計するとおそらく100万マイルを超えているのではないか、と思うほど、あちらこちらに出張させてもらった。結果的に、入社した時は考えもしなかった「海外赴任生活」が13年以上に及び、子供も現地で生まれ、帰るに帰れなくなったというに至っては、想定外どころか、絶対に自分からは選ばなかった選択肢でもあるだろう。でも、今こうして振り返ってみると、その時々の経験が、例え、妻や子供達にいろいろな形で不便やストレスを与え続けたことは有ったにしても、それらを「しようと思ってもなかなか出来ない経験」をすることができた、と前向きに捉えることによって、なにかしらプラスの方向に持っていけるような気がする。今使っているパソコンは、ノートブックパソコンなのだが、内臓の電池はかなり前から使い物にならなくなっている。なぜか、と言えば、電池と言うのは、適度に充電と放電を繰り返して使ってこそ、その本来の寿命通り使うことが出来るのだが、私の場合は99%、デスクトップ代わりに使っていて、その間、常に電源を繋ぎっぱなしであるため、充電状態がほとんどで「放電」がない、とうことによる。人間と言うものも考えてみると似たようなものかもしれない。充電、あるいは「勉強」と称して、本をいくら読んだりセミナーを受けたりしたところで、自分自身、その知識なり考え方なりを「現実」に適用したり、自分なりに咀嚼して実践したりという、一種の「放電」がないと、先の電池と同じで、本来の寿命さへまっとうせず、すぐにへたってしまうのではなかろうか。最近の「充電」状態が続く中、それが今まで自分自身欲しかった「時間」ではあるにしても、その「放電」をどうするのか・・・電池が使い物にならなくなる前に、考えて行きたいものだ。
2006.07.05
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ニュースで、サッカーの中田選手の現役引退の言葉が彼自身のホームページから転載されているのを読んだ。私自身あまりサッカーに興味はないし、ましてや中田選手個人に対する思い入れも別にないのだけれども、このブログに書かれた彼の気持ち(それが多少外向けに装飾されていたにしても)を読んで、素直に感心した。自分の29歳ぐらいの時と比べてみると、大分違うな、ということもあるし、29歳でここまで言える、というのはやはりすごいことだ、と思う。今日、借りてきているDVDで、「ガイヤの夜明け」を見た。「中小企業再生」の話であった。その中で出てきた、いわゆる「中小企業の社長」という人たちが、いかに資金繰りに行き詰まり、自殺まで考えながらも明日への生き残りを掛けて戦う姿・・・私も退職以来、毎月、支給が約束されたサラリーと言う定期的な収入を失っているからには、自分の生活を自分で切り開いていくしかない、というある種の緊迫感が常にある。それでも、こういった人たちに比べれば、この「緊迫感」などまるで比較にならない。「全力疾走」と「散歩」みたいなものだ。先日の日記で、「次の目標」というのを書いた時に、joe-edgecityさんから>>人間て言うのは、勿論、個人個人、能力差が有るのですが、その人が、まだ、自分の能力を十全に、100%使っていない状態で、お気楽に生きていこうとすると、却って苦しいだけだと思います。というコメントを貰った。確かに、ある意味、それは当っていると自分でも思う。別に「全力疾走」することが善で、「散歩」することが悪、ということではない。しかし、「全力を尽くす」ことでしか得られないものも確かにある。サラリーマン時代は、考えてみれば実力以上の肩書きを与えられ、それに付随する責任の重さに愕然としながらも、その責任を全うすべくしゃにむに突っ走ったこともある。考える余裕もなく、つまりは与えられた環境に全力でぶつかる以外に手がなかったような状況を経て、今のこの「平穏」がある。そして、振り返れば、そういった「しゃにむに突っ走る」「全力でぶつかる」ということを通して、如何に多くの経験をしてきたことか!冒頭の中田選手の言葉、そして、中小企業の社長の孤軍奮闘振りを見るに付け、本当に人間と言うのはその与えられた環境をどう自分の中で受け止めるか、それ次第だな、と思う。「全力を尽くす」それでしか得られない何か、それを「意識的に」得たい、というのは「贅沢」だろうか・・・
2006.07.04
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変なタイトルですが・・このところ、時間だけはたっぷりあるので手当たり次第本を読んだり、日系のお店で3泊4日$1という格安のDVDで日本の特集番組や映画などを見ています。そうすると、やはり自分の興味の対象というのが明確になってくるような気がします。どういうことか、というと、映画にしても、スペッシャル特番にしても、あるいは本にしても、面白いものと面白くないものが当然のことながら出てくるわけです。で、なにが面白いと感じるか、というと、結果として、「人間」とか「宗教」とか、あるいはまた「スピリチュアル」な内容を含んだもの、あるいはそういった関係のインスピレーションが得られるもの、ということに落ち着いてくるからです。あまり、所謂「宗教関係」の本は手持ちにないし読んだことも無いのですが、それでも数少ないこういった本を読むと、「次元」という言葉が出てくることがよくあります。いわく、4次元、5次元、6次元、あるいは高次元、というやつです。我々は普通3次元世界に生き、それに時間を加えた4次元、というものはなんとか想像することが出来ますが、加わったその他の「次元」というものに対してなんの説明もないまま、こういった言葉が使われると白けてしまうのは私だけでしょうか。などと思いながら、いろいろ本を読んでいると、この「次元」というのは、もしかしたら「レベル」あるいは「階層」という言葉とごっちゃにしているのではないか、という気がしてきました。「次元」というからには、その新しい、追加された「座標軸」というものがあってしかるべきですが、そうではなく、単に「それよりも高いレベル、あるいは階層」という意味で「高次元」という言葉が使われているような気がしてなりません。昔から、「霊」とか「精霊」とか、あるいはキリスト教的には「天使」とかスピリチュアル系の「マスター」とか、仏教で言えば「菩薩」とか、いろいろな呼び名があるのが、これら「非物理系の存在」に対する呼び名です。そして、それらを束ねるものというか、頂点に存在するものとして「神」とか言われたりします。しかし、この「神」にしても、世界中の神話にはありとあらゆる「神」が現れますし、日本の神道にいたってはそれこそ「八百万の神」です。もっと言えば、神は「全て」に偏在し、部分であり全体であるもの、という定義さえあります。つまり、あなたも私も、そしてうちのリリーも隣の家のネコも、路肩に咲く花も路傍の石も、あるいは「地球」や「太陽」も、一個の生命体として意識を持ち、神を内在する、ということにも繋がってきます。こう考えてくると、「神」と一言で言っても、それは、その言った本人が、あるいは書いている本が何を以って「神」としているのか、という「定義」をきちんとしなければ、見たり聞いたり話したりしている人によって、全く違ったことについて話をしていることになります。フリーページの「神のゲーム」にある、三番目の「存在論的証明」の中で使った「定義」は「この世界を超えて偏在し、全知全能至高至善である存在」でした。「至高」ですから、この定義では「唯一無二」ということになります。その一方で、神=造物主 という定義もあります。つまり、この我々が住む物理世界を「創造」し、人間を人間たらしめた「存在」ということでしょう。この意味で言えば、この神は、どうも、上の「全知全能至高至善」の存在とは異なるようです。「神」は言います。「もし貴方が、私が神か、と問う時、それがあなた方を創造した『何者か』ということを指すのであれば、私は『神』である」と。逆に言えば、この定義に当てはまらない「何者か」も存在し、それを指すのであれば、「私は『神』ではない」ということを告白しているようなものです。まさに続けて、この「神」は告白します。「私を創造した『何者か』もまた存在するのだ」と。神は「創造者」です。我々は生きています。「生きている」ということは「創造」している、ということです。であれば、我々も「神」です。そして、この「神」は「階層構造」を持っているようです。では、「何次元まであるのか?」これも「無限」という表現に落ち着くようです。時間は、単なる「視点」の問題だそうです。永遠の過去から、久遠の未来まで、すべての「時間」は「今」に存在するようです。それで居ながら、この宇宙・森羅万象の普遍の真理は「変化し続ける」こと、のようです。この「変化」を生み出しているのが、すなわち「創造」だということです。私はいったい、何を書いているのでしょうか・・
2006.07.03
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そろそろ、家族が日本へ行ってから2週間になろうとしています。子供達は早くも日本ではあまりやることがないことに気が付いたみたいで、退屈し始めているようですが、これに懲りて、来年からは「行かない!」ってことになるとこちらも助かるのですが。こちらはと言えば、晴耕雨読ならぬ「晴読雨読」の日々を送っております。なにせ、晴れたりしたら気温がぐんぐん上昇、「耕作」どころではありません。大人しく、家で本などを読んでいるに限ります。じゃいつ「耕す」の?と言うと、「曇り」の日、です。(笑)今日は朝からちょっと薄曇りだったので、ここぞ、とばかりに「耕作」に出動してきましたが、なんのことはない、一時間もしないうちに雲はさっといなくなり、11時ごろにはかんかん照りになってしまいました。そして、最高気温は35度を超え、またしても名前どおりの「晴耕」になってしまいました。ふらふらになりながら、12時半ごろ帰宅し、昼飯です。もちろん、この2週間で外食をしなかった、と言えば嘘になりますが、ほとんどは「自炊」。「自炊」と言っても、「作る」というより、あるものを食べる、という自炊ですが。本日の「昼食の献立」は・・・・「ご飯」 (昨晩炊いたもの)「味噌汁」 (もちろん永谷園の生ミソ・長ネギ インスタント)「納豆」 (知人からの頂き物)「たくあん」 (自分の好きな、かつお節風味)「梅干」 (しそ味風味)う~ん、土光さん風味の超健康食ですね~。ただ、これで、炎天下3時間半の庭仕事に十分なエネルギーが補充されるのか心配な献立ではあります。食べ終わって、やはりなにか物足りない、というか、喉が渇いて仕方がないので、買い置きの「野菜ジュースV8」! これです。コップ一杯で一日分の緑黄野菜相当と言うのを、喉が渇いているので三杯も飲んでしまいました。(こちらのV8は缶入りではなく、約1Lのペットボトル入りです。)しかし、お陰で、通常一ヶ月$1000近く行く「飲食費」が、先月半月の独身・自炊生活で$700近くまで減少。月換算で$500前後でしょうか。少しでも、家族が日本でおいしいものを食べ、楽しいことをする費用を、こちらで浮かせなければ・・・・ (けなげだな~・・・・)
2006.07.02
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2006年度6月も今日で終わり。私的には、資産的にも、激動の半年が終わったところで恒例の決算です。PL:06年度最後(だと思う。)の不動産投資を終了し、その影響もあって月間収支$1万強の赤字。本年度1月からの累計で約$5万5千(約630万円)ほどの累積赤字になる。BS:今月きりの赤字と日本のアパート関連減価償却などがかさみ、純資産ベースで先月切りより、約$2万減。円ベースでは円高のため、たったの¥14万円ほどの減少。本年度1月からの累計では、約$9万5千の減少であり、もっとさかのぼって、退職直後の2004年4月末から比べると、なんと$20万以上の減少。しかし、これも日本での追加アパート購入2棟、アメリカの追加不動産購入、一戸建5軒、アパート2棟の購入、という「投資時期」だったために、いたしかたないことか。この2年余りは「投資拡大の時期」という位置づけで、今後の「回収」に期待したい。来月7月より、この「投資拡大期」を終了し、安定成長期に入る(予定)なので、これからが本当の評価ができるでしょう。いずれにしても、退職後2年と2ヶ月。為替変動の影響を除くと、これだけ不動産を増やしてきたためか、純資産減は約2400万円に達する。ここまでやったからには、これからの安定期にはこのベクトルが上向いてくれないといけないのだが。ただ、会計基準を「低価法」でやっている限りはこれは無理なので、自分なりに納得の行く評価基準を定めなければならない。それでも、低価法による評価を元に、今後の活動を考えて行く、というのが筋道なのだろうけれど・・・
2006.07.01
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