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「史録 日本国憲法」 児島襄著 文春文庫 509円これはすごい本だなと思う。ブックオフの100円本として買った文庫本なのだが、100円で本当にいいのだろうかという本の中の一冊だ。この本の内容を私が説明しても大したことは書けないので、本の裏表紙に書いてあることを引用する。 ----------------【「日本国憲法」はその誕生そのものが極秘事項とされ、今日なお不明瞭な暗部が匿されている。戦後史の起点として議論されつづける象徴天皇制や戦争放棄など、総司令部の中でさえ意想外とされた条項は一体いかなる過程を経て案出されたのか?日本国政府と総司令部との壮絶な暗闘を通して描き出される憲法改正秘録。】 ----------------この本は文庫本ながら、とても厚い本で、厚さは1センチ8ミリ、あとがきと解説を含めて402ページである。私はまだまだとっかかり部分を読んでいるだあけだけれど、質の高い史録だと思う。この本の冒頭からケーディスが登場する。児島襄さんの視点もケーディスからか。戦後の日本を間接統治していたGHQの内幕に切り込むには、マッカーサー、ウィロビー、ケーディス、この三人を密着取材?しないとダメだなと思う。GHQはそのうち、松本清張が書いた「日本の黒い霧」にも関係してくるのだ。
2004.04.30
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お約束のマダム鳥尾の「おとこの味」の抜き書きです。( )内は私のコメントです。コメントが少々情けないものになっているところは、男としての私の言海です・・・、じゃなかった限界です。 ----------------「女の心理」 英語に、オイリーな感じの男という言葉がある。日本語で言えば、つるっとした男、あるいはぬるっとした感じの男ということである。これを着物に例えると、ペラペラな安手の布地にさわった感じというのかもしれない。 ----------------(alex注 : oilyと言う英語の表現は、脂ぎったと言った意味じゃないのかな? 例えば「風と共に去りぬのクラーク・ゲーブルのような。 または口がうまい・・という意味では? まあ、マダム鳥尾の方が正しいのかも知れない・・・。 泣く子と地頭と・・・特に女性には勝てないと言うのが私の人生哲学だ。)ワタシは着物でもそうだが、男もしゃきっとした感じのない人はキライである。 ----------------(ドキッ! すみません。 ???まだ、あやまることはなかったかな?)かといって、ゴワゴワの手織木綿がよいというのでもない。質実剛健、実用一点張りでは、やはり味気ないからだ。そこでワタシは、男のてざわりは結城紬(ゆうきつむぎ)のような味を持った人が最高だと思う。結城紬は、しっとりとした触感と、しぶい光沢を持ち、着れば着るほど味が出てきて、何年たってもアキが来ない。男も、そんな味のある男こそ、もっとも手ざわりのよい男といえるのではないだろうか。(中略)ワタシは、男のひとの手ざわりをさぐるのに、よく男のひとと食事をする。三度食事をしたら、すべてがわかるが、一回でもおおよその見当はつく。おなかがすいているからといって、相手の思惑など考えずに食べる人とか、くちゃくちゃ、変な音をたてて食べる人など,まずダメである。こういった人は、セックスの場合も同じである。 ----------------(ドキッ!)(相手の思惑など考えずに・・・・。。 ダメなの?)だから、ワタシは、関心をよせる男性ができたら、こちらで食事に誘うか、誘われたらその機会につぶさに拝見させてもらう。 ----------------(つぶさに拝見されても食事のお勘定は男性持ちなの?)学生時代にみじめな下宿生活を送っていた人など、一発でわかる。 ----------------(ドキッ! やっぱり?)どうかすると、首までつきだして食べている。 ----------------(うるさい!)そして、相手の食べるスピードなどいっさいおかまいなしである。こういった男性をみると、ワタシなどついてはいけない。一番肝心な後始末をしてもらえない男性という感じがするからだ。 ----------------(ドキッ! やっぱり? スピード違反はどこでもいけないのだ! それよりも、車の流れに乗らない遅すぎるスピードもいけないのだ! 何を言ってる? このへんは自分でもわからないのだ。 それに一番肝心な後始末といういいかたは・・・。男は後始末処理機かい?)女はそれがイヤだから、そんな恐れのある男性には警戒をはらう。そして、この手ざわりだかは、女のカンで不思議にあたるのである。 ----------------(これからは女性との食事は避けよう。いきなり!で行こう・・・。何が「いきなり」? まあ・・・それは。) ~~~~~~~~~これからマダム鳥尾の「おとこの味」の引用はシリーズでやらせていただこう。女性からの要望も多いようだし。それから「私の読んだ本」の紹介もしたいな。
2004.04.29
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私の信条として「バイアス(偏見)」と「偏向」のかかった日記にはリンクを貼りたくないと思う。もちろん、何がバイアスか?という問題はあると思う。しかし、私の日記を読んでいただいて、偏見があると思われる方はぜひ書き込んで、私にしかるべき注意をして欲しいと思う。と言うのも、私は「偏見」や「偏向」だけは避けたいと誠実に思っている人間だ。冷静に客観的な見方や話し合いをして行きたいと思っている。 ~~~~~~~~~私は偏見や偏向を避けるために、私としてはそれなりに一生懸命勉強している。そのために参考書をかなり大量に買い込んで、60の手習いをやっている。それにできるだけ感情では無く、冷静な理屈で物事を判断して行こうと思っていて、それをある程度までは実行できているつもりだ。 ~~~~~~~~~楽天のいろんなHPの書き込みを読んでみると、それほど勉強しないままに、それまで持っていた政治信条の垂れ流しのような感情論が多い。これには「情けない」と言う気持ちがある。もう少し勉強をして欲しい。私だって勉強をしてずいぶん変わった。ネットでの話し合いで、ものすごく成長した。それは私自身の中で否定しようもない事実だ。インターネットに感謝している。 ~~~~~~~~~「ネットでの議論は意味がない」という人が多いが、私はそうは思わない。それならどこで語り合うのだ?焼鳥屋で話しても同じ事だろう。それよりも、議論というものは相手を屈服させるものだけではない。議論・・・というより「話し合い」の中で、お互いに相手の言い分を吸収すれば、それは収穫ではないかと思う。私はそんな収穫を一杯もらった。理屈では負けても、勝っても、その話し合いの中での相手の言い分というものが、自分の考えの中に豊かなものを注ぎ込んでくれるのだ。議論というものは勝ち負けなんて小さなものだけで論じるもんではない。私はそう思っている。本当に本音で思っている。 ~~~~~~~~~「右翼」とか「左翼」と言う呼び方はしたくないが、「深い思慮」を欠いている人々がそう呼ばれるのではないだろうか?それに、私のネット友達と思っている人達が最近、感情的になって両極にぶれているように思う。本質的に変わったわけでもないのに、単に現象に興奮しているように思う。彼らを好きなだけに、・・・ちょっと・・・と思う。 ~~~~~~~~~今日、書きたいことはこれではないので、あとで書きたい。マダム鳥尾も含め。なんだか私の日記は極度に真面目とおふざけ路線のミックスになってしまっているが、これからはセックス路線もバンバン書こう。文句ある人は早めに文句をつけてください。 ~~~~~~~~~私のライフ・ワークというか?人間の根源というものの一つはセックスだと思うので、おいおい論じたい。私の好きな「アウトサイダー」の著者・コリン・ウイルソンが、オカルトやセックスや性犯罪などの著書を書きまくっているが、私もそんなアウトしダー的な傾向があるのかも知れない。セックス、それは単なる種族保存のための本能なのか?転じて快楽のための、いやそれだけじゃなくて、文化や人間の存在理由のためのものなのか?種族保存の本能から切り離されて、セックスはどこへゆくのだろうか?本能の中で生は欲とか食欲とかそんなものは、わかりやすい。しかし、私達がもてあますだけの本能なのかな? ~~~~~~~~~実はいままでいろんな本を久しぶりに夢中になって読んできて、ついでに酒も飲んで酔っぱらって書いている。今晩は本当に久しぶりにいろんな本をたっぷり読んだ。10冊近く!もちろん、完読ではないけれど、おおよそのの本の内容の見当をつけることができる読み方まではできたな!半分ぐらいまでは読んだ本もある。それをまた、いつかは日記に書こうと思う。
2004.04.28
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敗戦後の日本がサンフランシスコ講和条約で独立するまでは、日本は実質的にGHQに支配されていた。このGHQはその統治期間を通じて日本を「政治的武装解除=Political Disarmament」させようとしていた。※ 「史録 日本国憲法」(児島襄著)(文春文庫)戦後日本を論じる・検証するにはこのGHQというものを研究しなければならないと思いだした。私でも記憶のあるGHQの有力者の名前がある。● もちろん第一にマッカーサー元帥。GHQの最高司令官である。● マッカーサーの分身と言われた弁護仕上がりの副官のホイットニー。● 一兵士からたたき上げて代将にまで昇進した職業軍人、G2、軍事部門である参謀部の第二部長チャールス・ウィロビー。まあ、言ってみればタカ派・コチコチの右翼だろう。● ケーディスGS、政治行政担当の民政局次長「非軍事化・民主化」政策の主導権をもっていた民政局の中心人物。こちらはウィロビーに敵意を込めて「ピンカーズ」と呼ばれていたという。PINK はもちろん、左翼思想の持ち主、共産主義のシンパという意味。もしかれが本当にピンクなら、日本の「非軍事化・民主化」政策推進の中心としてはうってつけの人物である。 ----------------このケーディスには有名な醜聞がある。旧華族の元子爵鳥尾敬光氏の奥様・鳥尾多江、通称「マダム鳥尾」とのおおっぴらな不倫関係である。マダム鳥尾は「GHQの影の女王として君臨した」などと書いてあるものもあるが、果たしてどうだったのだろう?先日偶然、古書店である本を手に取ったら古書店店主から「あっ!それはエッチな本ですよ。いやらしいですよ。」と言われた。題名が「おとこの味」。確かにエッチかも知れない。著者がマダム鳥尾。なるほど~。サンケイ出版社。奥付には昭和26年頃、銀座でクラブ「鳥尾夫人」を経営・・・とある。この頃は私はまだこどもだから、この「鳥尾夫人」に出入りは出来なかった。残念!帯には下記のように書いてある。 ----------------戦後、GHQの影の女王として名をはせた元子爵夫人が、幾多のおとことの体験を肌で綴ったモーレツなる「セックス教書」。「おとこの味」のよしあしを判断するには、まずそれを試飲してみることだ。スタミナのあるおとこ、バイタリティーあふれるおとこに、ワタシは魅力を感じる・・・。(著者) ----------------ちょっと読んでみると、確かにケーディスとつきあった女性だけあってバタくさいところがある。かなり男女間の色事に関して本音で語っている。確かにこれは「いやらしい」本かも知れない。読むのが楽しみになった。GHQ研究はこのへんからはじめてみよう。(オイオイ!)
2004.04.27
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楽天の人達は戦後の歴史にはうといと思うので、敗戦直後から1952年のサンフランシスコ講和条約までの主な出来事を下記に抜き出してみる。 ----------------1950年 (昭和25年)6月25日 朝鮮戦争勃発。米軍が韓国を支援するため出動する。 7月8日 マッカーサー、吉田首相に警察力強化を求める書簡を送る。 8月10日 総理府の機関として、警察予備隊が置かれる。 ----------------1951年 (昭和26年)4月11日 マッカーサー解任。後任にマシュー・リッジウェイ。 ----------------1952年 4月28日 サンフランシスコ講和条約が発効、GHQの支配が終わる。 ----------------これで見るとハッキリしていることがある。1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発した。わかりやすく言うと北朝鮮が韓国に突如侵攻、同じ民族同士が血で血を洗う戦争に突入した。米軍を中心とした国連軍が韓国支援、これに対して中共(共産主義国の中国と言うことで、当時は中国のことをこう呼びならわしていた)が北朝鮮側として参戦した。この背景にはこういう世界情勢の変化がある。 ----------------ドイツ・イタリア・日本の枢軸国が敗戦して第二次世界大戦が終結したものの、今度は資本主義と社会主義との対立が表面化し、激化した。これがいわゆる「冷戦」である。朝鮮戦争はこの冷戦の代理戦争のおもむきもあると思う。 ----------------戦いは一進一退で予断を許さず、国連軍の最高司令官も兼ねていたマッカーサー元帥は原爆の使用を米国大統領トルーマンに進言、これが退けられマッカーサーは罷免され、リッジウェイ中将が後任となった。 ----------------このへんから米国の対日政策の大転換があった。日本の「非軍事化」から「経済復興」へ。「民主化政策」から「民主化の抑制」へ。さらに「非軍事化」から「自前の軍隊を持つ米国の後方基地」へ。 ----------------朝鮮戦争勃発が1950年6月、翌月の7月にマッカーサーは吉田首相に警察力強化を求める書簡を送る・・・。わかりやすく言うと憲法で放棄したはずの戦力=軍隊を作れと命令した。当時は日本はまだ敗戦国としてGHQの統治下にあり実質的に独立国ではない。日本の独立は翌年1951年のサンフランシスコ講和条約の発効まで待たなければならない。GHQが日本を間接統治していた。日本政府はGHQの意向通り警察予備隊という「軍隊」を作った。吉田首相は国会での「警察予備隊は軍隊ではないか?戦力ではないか?」という追及に対して「警察予備隊は戦力無き軍隊である」との珍答弁をしている。
2004.04.26
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今日はズルをして憲法第九条に関しての愚痴浪人さん(法科大学生)のBBSへの書き込みと、それに対する私の返事をコピペして日記に代えたい。なにしろ最重要事項だから。(うまい言い訳を見つけた)愚痴浪人さん 憲法九条ですが、一項で軍備保持を全面的に禁止し、権利面で「交戦権」を否定するのが学会の通説のようです。ただ、あらゆる国家には「自衛権」があるものの、その程度は一国を防衛するのに必要な軍事力を下回るモノでなくてはならないようです。郡民蜂起を鎮圧しうる程度。という警察力より多少マシ程度から、米軍と共同でなら自国を防備しうる程度などなど解釈には幅があるわけですが。自分の国を防衛しうる必要最小限度以下であることは共通しているような気がします。ただ、戦後60年近く過ぎてもはや現実の国際情勢・社会情勢を反映できていない憲法典は改正が必要なのでしょうね。受験生にとっては望ましくないのですが^^; -------------->愚痴浪人さん国際法上、パリ不戦条約で自衛権が認められ、また戦争は侵略戦争・自衛戦争・制裁戦争とに分けられていて放棄したのは侵略戦争だけだという学説もありますね。国連憲章2条3項で国連が必要な処置をとるまでの間の集団的または個別的自衛権を認めていますね。このように自衛権という言い逃れはありそうですが、九条2項で戦力が放棄されているのだから戦力=自衛隊も持てないという説と自衛のための戦力=自衛隊の保持は放棄されていないと言う意見もある。交戦権に於いてもしかり。ここは自衛権を認めるのか?自衛のための戦力の保持を認めるのか?改憲で明確化しないといつまでも論争が続きそうです。 ~~~~~~~~~学説としてはこのようにいろいろあるのだが、憲法制定時に憲法の草稿を作成したGHQの真意(立法解釈)は日本の武装解除であり戦力の放棄であったことは先ず間違いがない。更に日本政府もこれを有権解釈(国家による法解釈)として認めているのだ。昭和21年6月2日、吉田茂首相は、衆議院委員会議において「直接には自衛権を否定して居りませぬが、九条二項に於いて一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したものであります」と述べている。最も学説に法的拘束力があるわけではない。しかし有権解釈には拘束力がある。しかし、憲法制定時のこのような吉田茂首相の発言があっても、その後の変遷で現在は日本政府が自衛隊を合憲と解釈していることにより実効的に合憲となっている。また裁判所は憲法判断を回避している。これらにより、現在の政府の有権解釈が有効となっていると考えざるを得ない。
2004.04.25
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「言海」という近代日本初の辞書には膨大な逸話があるらしい。これは近代日本の成立と同じぐらいにすごいストーリーらしいので、おいおいそれを書いて行きたい。とりあえず言海の言葉の説明がどのようなものなのかだけを紹介してみたい。あるサイトにあった「桜」の説明。【桜】〔木花開耶姫(桜神トス)ノ名ヨリシテ、開耶ノ転カト云、或ハ開麗ノ約カ〕(一)樹ノ名、高サ凡ソ二三丈、皮ニ横理アリ、灰褐紫色ニシテ、光リテ点文アリ、葉ハ、深青ニシテ、鋸歯アリ、清明前後ニ花ヲ開ク、一重アリ、八重アリ、五弁ニシテ、簇リ開ク色、多クハ粉紅ナリ、其艶美ナル、花中ノ第一トシ、花ノ名ヲ専ラニス、殊ニ日本ノ特産ニシテ、外国ニアルヲ見ズ、一重ナルニハ実アリ、さくらんばうトイフ、材の理、密ニシテ、硬、軟、中を得、版木トシテ、最モ良シ、又、皮ヲ裂キテ、わげものヲ綴ヅ。 ~~~~~~~~~「言海」に関する書き込みは明日にでもすることにして、今日はさきごろ買った芥川龍之介の「支那遊記」について書きたい。以前、芥川龍之介の押印が奥付にある「支那遊記」という古い本を購入したと、二回に分けて日記に書いた。1) 「芥川龍之介の印鑑が押してある古い本を千円で買ったが、もしこの本が函入り美麗本なら2万5千円の値が付いている。こういうのはクセになりそうで怖い」03月14日(日)2) 「支那遊記一巻は、畢竟天の僕に恵んだ(或は僕に災ひした)Jounrlist的才能の産物である」 03月15日(月) この「支那遊記」という本には下記の作品が収められている。「上海遊記」「江南遊記」「長江遊記」「江南遊記」「北京日記抄」「雑信一束」この各作品を総合して「支那遊記」としているようなのだが、私は「ひょっとして支那遊記はこれ以降、出版されていないのではないか?という疑問を持って調べてみた。もしそうなら、私がわずか千円で買ったこの本が貴重な価値を持つことになる・・・という現実的な事も考えてのことだけれど。ネットなどでいろいろ調べてみたところ、この答えはイエスでもあり、ノーでもある事がわかった。近くのブックオフに芥川龍之介全集がある。その中に「支那遊記」の中で「上海遊記」だけが入っている。それは確かめた。あれは「岩波書店版」だったか、それとも筑摩書房版だったか?明日行って確かめてこよう。本当は全集をみな買ってしまうのが一番いいのだが。ともかくこれで、「支那遊記」は「上海遊記」以外は再販されていないことがわかった。私の買った「支那遊記」は全体としてそれなりに貴重な本であることがわかった。古本の通販コーナーで探してみたら、この同じ本が売りに出ている。かなりの金額だけれど、私はこの本を売るつもりはない。私は案外貴重な古書に出会う幸運を持っている男かも知れない。こんなに短い古書歴でしかも隣近所の古書店だけの買い物でこんな本を見つけることができたということで。もちろんプロ級の人からすればお笑いかも知れないが、私はあくまでアマ中のアマだから、こういう自己満足でいいのだ。 ~~~~~~~~~ここでちょっと時事ネタをはさみたい。VANさんのBBSに書いたことのほとんどコピペなんだけれど、いわゆる憲法論議がハッキリするシミュレーション(Simulation)をしてみたい。どういうことかというと、一度、「平和憲法擁護派」のみなさんのおっしゃる通り、憲法第九条を忠実に実行するというシミュレーション(Simulation)を、以下にしてみることとする。====シミュレーション(Simulation)======1) 当然、自衛隊は解散になる。自衛艦・戦車・戦闘機などのすべての兵器は中国あたりに売り払う。北朝鮮に拉致被害者と交換に差し出してもいい。2) 借り物でも戦力は持ってはいけないのだから、軍事同盟である日米安保は解約、米軍にも日本全土から即時退去してもらう。3) こうなるとサッパリしますね。日本をまもるのは、、世界に誇る日本の警察だけです。警官の拳銃や警棒があります。外国人犯罪者を逮捕するのは得意中の得意?の優秀な刑事がいます。4) ガードマンがいない宝の山の様になった日本ですが、平和憲法派の人達の説に従えば、「日本に侵攻しようとする国は無い」そうです。それなら安心なのですが、本当は「米軍に守られた日本には侵攻できない」だけなのではないでしょうか?「米軍がいなくなれば話は違うよ」と押し寄せてくるのではないでしょうか?米軍がいなければ戸締まりをしていない家屋と同様ですから、住居不法侵入もやり放題・・・。それに交戦権もないのだから抵抗もしないのですから、「おいしい獲物」だと思いますが・・・。それに日本に侵攻しようなんてするはずの無い周辺諸国が、どんどん軍備拡張をするばかりで、いっこうに日本の美しい「平和憲法」を採用してくれそうな気配も無いことが気がかりになります。5) もし近隣諸国が攻めてきても、交戦権がないのだから無抵抗でいなければいけない。第二次大戦末期にいち早く逃亡した精鋭・関東軍に見捨てられた在満日本人は、ソ連の不可侵条約を一方的に破棄した進攻によって、ソ連軍・中国人に思う存分蹂躙されました。山崎豊子さんの「大地の子」でその一部が描写されていますが、日本国内があんな風になってしまうことも充分予想されます。6) そうなった場合はみなさんどうするのでしょうか?米軍も助けに来ないのですよ。 侵入者のしたい放題です。案外、平和憲法大好きの人々が真っ先に日本から逃げ出すかもしれません。意外に、大嫌いだはずのアメリカへ逃げ出して、安心するかも知れません。ここまで考えてわかるのは :「誰でも平和主義者だ」ということです。だからわざわざ「平和主義者」という言葉を使うことは、あまり意味が無いかもしれない。それより「現実主義者」と「非現実的な理想主義者」がいるだけなのではないでしょうか? ~~~~~~~~~東京犬さんが、今回のイラク人質事件について、「人質がバッシングされるのは世間の枠組みを逸脱したからだ」と書いている。そういう事もあるかもあるだろうが、私は彼ら三人に、ごく初歩的な危機管理意識が無かったことが国民の反感を買ったと思っている。そういうごく常識的な話ではないだろうか?人質達は、今回は明らかに、極度に危険な地域に、極度に危険なタイミングで、なんの備えも無しに出かけた。これが危機管理という意識皆無であることぐらいは全員同意だろうと思う。その責任を問われても当然だと思う。彼らの思いが崇高だったとか、こういう人達を誇りに思うべきだということは一部認めてあげてもいい。それに平時でのボランティア活動なら出来る人達だったろう。しかし、あの状況を読みとる危機管理能力は全く無かった。ただただ、カミカゼ的に突っ込んだ。危険な状況の中で、彼らの目的意識がさらに「燃えた」のかも知れない。そうすればどういう危険に遭遇して、最悪!どういう状況になり得るのか?死亡でも重傷でもあり得る。そういうことを普通の人間なら考えて、思いとどまる。平時ではないのだから。それこそ「世間の皆様をお騒がせする」状況が容易に予測できるはずだ。帰国してみて、国民の反感を知って、ショックを受けていると言うことだが、そういうリアクションを予測する能力も無かったらしい。日本は全国民が同じニュースに一喜一憂する国民なのだ。それに確固とした信念があるのなら、帰国して国民の理解を得るような説明をするという姿勢があるべきだと思う。そんな勇気と能力にも不足していた。そういう事も言えると思う。私は厳しい要求を突きつけているようだが、あの状況で強行する人にはそれぐらいの覚悟と能力があるべきだと思う。人質擁護派の人達の言い分も一部はわかるが、「人質はいいことをしたのだ これでいいのだ」なんて事になるのは間違いだと思う。本当に「これでいい」のなら、彼らに続くボランティアが続々とイラク入りして、続々と人質になり、日本国民は一喜一憂し、日本政府はその対応に追われて機能を失う・・・という状況がまた続いてもいいと言うことだろうか? ~~~~~~~~~彼らの今回の目的だが。高遠さんのイラクの子どもに優しくと言う目的は、自分を慕ってくれる存在を得て、自分の生き場所を得た思いなのだろうと思う。それまでは覚醒剤などの薬物漬けの人生だったらしいから。他に対する憐憫と自己満足の入り交じったものかもしれない。自分の命と引き替えならそれもいいだろうと思う。ただ、劣化ウラン弾の調査は、「今」でなくてもいいだろう。ましてや劣化ウラン弾調査をする人間を写真撮影して、「カメラマンとして名をなそう」というのは功名心だろう。共に、今この時期だけは避けてほしかったと思う。==== 続きは夕方にでも ====
2004.04.24
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昨日は気晴らしに古本屋へ行って掘り出し物・・・に近いものを購入した。店のかたすみに転がっているぼろっちぃ古本が目に付いた。以前に夏目漱石や芥川竜之介の押印のある本を安く購入したと同じケースだ。国語辞書「言海」だった。大槻文彦博士の「大言海」は一時は日本の最大・最高権威の国語辞書だったと言うことで現在も高価ながら復刻再販されているということまでは知っていた。だから「言海」はこの「大言海」のポケット版だろうぐらいに思って値段を聞いた。こののんきな腰痛持ちの古書店主によれば「辞書にはかなりのファンがいて結構売れるので500円」ということだった。そういわれて中を読んでみると語の定義がものすごく古色蒼然としている。奥付を読むと初版が明治三十七年で大正11年四月二十日改版第四百七十三版まで印刷されている。これはすごい。そのまま500円で買った。女には強いがボロボロの古書には弱い私なのだ。 ~~~~~~~~~この古書店主はあまり勤勉な人物ではなくて、(そこがまたいいところなのだが)在庫の本の半分ぐらいは本棚に入らず、売りに来た人から買い上げたまま積み上げられている状態の本が多くて、値段なんか未だ付いていないことが多い。特に私の買う本なんか値段が付いていないものが大半だ。私が「この本、いくら?」と聞くとたいてい「え~!アンタも変わってるな~」と言いながら「こんな値段でどう?」と不安そうに私をのぞき込む。二人の間の駆け引きで本の値段が決まってしまうのだが、ずいぶん安くしてくれることもある。反対に私の方から「この本ならもうちょっと高くてもいいよ」と言う時もある。 ~~~~~~~~~私はこの近所の数軒ある古書店の間では「正体不明の男」として知られているという。分野を問わず、変な本を買い込むという、変ではあるが、この不況下では結構いい客だからだ。「おたくにはやっぱりなかなかいい本がある」なんて、ほめると「あなたも変わった人ですね~。今時、そんなことを言う人はいない」なんて古書店主はいいながら、それでもうれしそうである。しかし、ある日私は、私以上に!!「正体不明の男」と呼ばれている、噂の男が本を売りに来ている正にその現場を私は目撃した。まだ30すぎぐらいの若い男だ。彼が売りに来ているのは、難しい本からオタク・アニメから種々雑多で、読書人として一番大切な「傾向」「方向性」というものが無い!・・・。「アンタという人は自分の読書の分野がないのか!!」っと、自分のことを棚に上げて思わず叱りたくなるような本を毎回どっさり持ってきて、しかもそれは皆、私とちがって読了してしまっているらしい。例によって自信なさげな古書店店主に対して、自分の方から自信満々で適正値段を教えてやりながら売っているのである。これでは主客転倒ではないか!ますます怒りがこみ上げてくる。そのうち、店主は私が買おうとする本の値段までその男に査定してもらってる!オイオイ!これでは主客転倒どころではない。だれが店主なのだ! ~~~~~~~~~自宅に帰って装丁が崩れそうな言海のページをめくってみると、だんだんこの辞書がすごいものであることがわかってきた。奥付を見ると、この辞書は縮刷版らしい。「改訂言海縮刷」と書いてある。正価金壱円八十銭(もちろん元の字体は旧字体)著作者 発行者 大槻文彦東京都北豊島郡日暮里村大字金杉二百五十八番地すごいね~。日暮里村! しかも、その大字だよ~。発行者が大槻博士の他に三人いる。吉川半七東京市京橋区新栄町五丁目三番地東京市だよ~~!(この人は発行所の「吉川弘文館」の社長だろう)林平次郎東京市日本橋区数寄屋町九番地今の数寄屋橋近くに自宅があった人だ。三木佐助大阪市東区久宝寺町四丁目百六番地ここも大阪の中心だ。印刷者武木勝治郎東京市神田区三河町三丁目六番地発行所東京京橋合資会社 吉川弘文館振替口座東京二四四番発行所東京京橋六合館振替口座東京二三七一番 ~~~~~~~~~閑話休題こういうオタク話、面白いという人は一部だろうな~、と思いながら書いている。ちょっと申し訳ないかも知れない。それにしても私の様な高齢者がこんな変なテーマや保守的な主張ばかり好き勝手に書いている web site が、ときどきアクセス数400を越して「昨日のアクセス」というベスト50に入るのだから「変なの!」と思う。この「昨日のアクセス」で上位を占めるサイトをのぞいてみたら、ゲームやアニメの話題のサイトが多い。楽天は若い人が多いようだから、これも当然かな?高齢の人間のサイトなんて私のサイトぐらいか?アクセスを増やすソフトがあって、それを使っている人もいるらしいし、オフ会などでアクセスを増やしているサイトも多い。私のサイトは、そんなある種の目的を持った積極的な姿勢のサイトでは無い。個人が自分で愉しんでいるだけの内向きのサイトだ。BBSに書き込ませてもらったり、逆に私のBBSに書いてくれるネット友達がいて、楽しく交遊出来ればそれで満足。その友達も出来るだけ、変わり者が望ましい。(笑) === 前言をひるがえして 続きは明日書きます ====
2004.04.23
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私は最近京都に行って、あらためて京都という歴史都市の文化の蓄積のものすごさに打たれて(いまさら・・・だけれど)、せっかく近い所に住んでいるのだから出来るだけ京都を見てみようと決心した。小学校から高校まで、遠足と言えば京都か奈良だったから、京都はいやと言うほど行っているのだが、やはり子どもの目と大人の目とは違うな~と思った。(というほどは精神的に成長していないのだが)考えてみると首都圏にお住まいの方々にとっては、「京都観光」と言っても日帰りは無理だし、ましてや何回も行くというのは費用的にも日程的にも、結構旅行という感じになると思う。関西に住んでいると言うことは、この面では大変恵まれている訳で、そのありがたさを充分生かすべきだなと思う。最近、桂離宮や修学院離宮のアルバムを買ったので、実際に見学をしてみたいと思っている。御所には行ったことがあるのだがこの両離宮には行ったことがない。
2004.04.22
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憲法第九条では「戦力と交戦権の放棄」が謳われているのだから、自衛隊の存在そのものが違憲だと思う。百歩譲って、「自衛権」だけは平和憲法で放棄されていないと仮定しても、それ自体、極めて狭い権利で、自衛隊のような強大な戦力を認めることが出来るとは思えない。そんな状況下で、今さら自衛隊のイラク派兵が違憲かどうかなんて意味のない議論だと思う。自衛隊そのものが初めから違憲なんだから。それに今の自衛隊なんて本当に外国の侵略があっても自由に有効に「自衛」出来るような法的整備が無い。実際に侵略があった時には、首相の確信犯的な超法規的強権指令がなければ、自衛的戦闘行為は出来ないのが実際の所。今までの社会党などの革新勢力の絶大な貢献で、自衛隊は張り子の虎になっている。いざ鎌倉となってもいろいろ制約があって、自衛隊は日本を守れない。社民党だけではなくて共産党も、いわゆる平和思考の市民団体も結果的に自衛隊の手足を縛っている。また、集団的自衛権のない軍事同盟(日米安保)は片務契約だから、契約そのものが本来は無効だと思う。実勢的に効力を持ってしまっているが。思いやり予算だけでは、双務契約にはならないと思う。 ~~~~~~~~~要するに改憲して、今、この時点での国民の納得するような憲法を持てばいいのだ。すでに戦後、数十年経過している。第二次世界大戦終結時の、「枢軸国と連合軍」というような世界事情とは、もう次元のちがう世界になっている。枢軸国のドイツ・日本・イタリアの三国ももう「連合国=国連」の「敵国」ではない。ドイツ人は確かに日本人をつかまえては「今度はイタ公抜きで、ドイツ+日本でやろうぜ!」ってことは事実言う。それにイタリアの戦車のシフト・ギアは「前進1段・バック3段」だなんてジョーク、笑ってくれる?でも、もうそんな世の中でないことは誰でもわかっている。今の日本の平和は米軍の軍事力で守られている。日本だけでなく東アジア・東南アジアの平和は在日米軍の存在無くしてあり得なかっただろうと思う。しかしいつまでの日米安保が継続されるという保証があるわけではない。占領軍に押しつけられた憲法は脱ぎ捨てて、自らの衣を着用しなければいけないと思う。 ~~~~~~~~~「護憲」という概念は何を目指しているのだろう?天皇主権の旧憲法は天皇絶対主権の状況下では護憲されなければならなかった。改憲などとんでもないことだった。しかし、国民主権の憲法になったのなら、国民自身が改憲しても何ら不思議ではない。憲法は憲法自体が護られるだけのものでは無い。国民を護るべき基本法なのだ。 ~~~~~~~~~実生活に於いて、自宅の戸締まりをしない社民党の議員がいるとは思えない。自分は自宅の戸締まりをしっかり・ちゃっかり・厳重に、しながら、国家的セキュリティーレベルで国民に、「自衛隊廃止!を叫べ! 周辺諸国を信じろ!」と言うのは、これ以上ない欺瞞ではないだろうか?国民全体のセキュリティーに対して責任を負う国会議員としては完全に失格だと思うが。 ~~~~~~~~~もっともそんなロジックは苦手で、ただひたすらに心情的に平和主義だ・・・という人々もいる。単純素朴・純朴・土俗的平和主義・念仏派・平和大好き主婦カルチャーグループは楽天にもいっぱいいるな~。理屈はよくわからないけれど、心情的に平和~~~!という人達だ。こんなに血を血で洗う凄惨な実戦の中でも、日本が率先して戦力を放棄して交戦権を放棄して、「世界に誇る平和憲法」を遵守して、無抵抗の状態になれば、すべての国々が感銘して感涙にむせびながら完全平和に走り寄ってくれると言わんばかりの純粋な人々だ。 ~~~~~~~~~こういう人達にどう説得すればわかってくれるのか? 私には全くわからない。こんな人達に自衛の重要さをわかってもらう・・・・。これが一番難しいと思う。 ~~~~~~~~~セコムの宣伝塔になりながら実際にはセコム・セキュリティー・システムをオフにしていて、見事に強盗に入られた長嶋さんのような人間離れのした「珍談」はあるが、普通の人は戸締まり・施錠ぐらいはするだろう。少なくとも泥棒が入ってくれば警察に、110番に電話をしようとするだろう。「自衛隊廃止!」というのは、「自分の自宅の戸締まりもしていません」、「八丈島のように泥棒自体がいないのだから戸締まりもしません!」というような、いわば桃源郷の話だ。 ~~~~~~~~~社民党の土井たか子元党首や福島瑞穂党首の自宅に泥棒が入れば、彼女たちがどう反応するのだろう?人間性善説も理論としてはあるものの、パレスティナやイラクでの流血と報復の連鎖の地獄としか思えない現実世界をみるにつけ、そんなものを信ずることは出来ない。あくまで国家レベルでの話だが!、自分勝手なひとりよがりの日本だけの無抵抗主義的平和主義がどんな危険なものか?考えて欲しいと思う。本来国家の最大の機能・責務は国民の生命の保全なのに、それを放棄してなんの国家だ? ~~~~~~~~~もし、あなたの自宅に深夜に外国人の強盗団が侵入して(外国人に限ったわけではないが)、一家全員を惨殺しようとしたならば、どうするのか?私の自宅の近くで強盗殺人があって、しかも犯人は不明で、まだ捕まっていない。だから私も法律の許す範囲内で種々、武器を用意している。もし侵入されれば家族全員、惨殺されるかも知れない。こちらとしても少なくとも、賊の一人ぐらいは最低、相討ちで殺しておきたい。でないと、世田谷の事件のように、犯人の正体も不明なままに迷宮入りになってしまうかも知れない。それではこちらも死にきれない。サムライの子孫としては、それぐらいはしたい。 ~~~~~~~~~睡眠不足で神経がいらだっていて、ちょっと極端なことを書いているかも知れない。
2004.04.21
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どうも自己責任という言葉は responsibility の日本語訳らしい。イラクでの日本人人質事件で「自己責任」という言葉が飛び交った。現に私も使った。人質が解放されて狂乱の数日が過ぎてみて初めて、我々日本人は「個人責任」というキーワードで今回の事件を振り返ることになった。自己責任と言う言葉を、英語で self responsibility で検索してもまともに引っかからなかった。self accountability との関係もあるのかな?とも思ったが。自己責任と言う言葉の定義・意味はこれから日本で構築していってもいいのではないか?と考えたりした。経済・財政問題では最近かなり使用されていた。英米人には自明の事なのかも知れないとも思って、一度聞いてみようとは思った。 しかし、どうも英語では self responsibility とはあまり言わないのではないか?と考え出した。responsibility 、すなわち責任とは、当然その当人に返ってくることで self は当たり前のことらしい。返ってくる責任の所在は個人か?または集団・組織だろう。「集団責任」が常識の日本社会に於いては、単に「責任」だけでは表現的に足りなくて、「自己」という言葉を加えて強調しなければいけなかった・・・。それほど、日本では「個人の自由意志」の概念が無かったのだと思ってもいいのではないか?またこの個人責任という言葉には、個人で取りきれる責任の限界・・・という概念もありそうだ。個人としての自己で責任を取れる範囲。自己の自由意志から発した行為。そんなものがキーワードかも知れない。 ~~~~~~~~~ひとつの参考までになのだが、東京証券取引所のHPで「自己責任」という単語を使用している。 ----------------引用------------------投資する前に-自己責任の原則- 一般的に株式投資は預金と比べて高いリターンが望める一方で、元本が保証されたものではないため、それなりのリスクも伴うものです。そのため、投資を行おうとする場合は、証券会社、リサーチ会社、マスコミ等から様々な情報を収集し、そうした情報に基づいて自らが調査・検討を加え、許容できるリスクを十分勘案したうえで、最終的に自らの責任のもとで投資判断を行うべきものであるとされています。 たとえ、投資した結果が思惑どおりにならず多額の損失を被ったとしても、その責任は他の誰にあるというものではなく、投資判断を最終的に行った投資者自らが負担することになります。証券取引にあたってこうした基本原則は、「自己責任の原則」と呼ばれ、投資者自身に責任が課せられています。 --------------引用終わり---------------- ~~~~~~~~~self responsibility という言葉はあまり使われないようだが on one's own responsibility と言う言葉は成句としてある。研究社の英和大辞典には下記の表現がある。I did it on my own responsibility.自己の責任で自分の一存で独断で小学館のランダムハウス英和大辞典には下記の表現がある。He changed the order on his own responsibility.彼は彼の一存で命令を変更した。これらの場合のニュアンスは単なる自己責任問い言うより、独断で強行するというニュアンスが強いように思う。つまり、はじめから責任自体が自己責任なのだから、ON ONW'S OWN で強調するとさらに意味が極端になるように思うのだがどうだろう? ~~~~~~~~~自己責任という言葉は responsibility の日本語訳ではないかと書いて始まったこの日記だが、on one's own responsibility と言う言い方があるのを忘れていた。これがいわゆる自己責任という言葉の源になる英語表現かも知れない。いずれにしても「個人の自由」というものがそれほど許容されていなかった日本に於いて、それに対比する言葉としての個人の責任=自己責任」と言う言葉がいままでその存在を注目されなかったのも当然かも知れない。集団主義・共同責任から切り離した個人責任・自己責任がこの二三年、急に言い立てられるようになったのにもそれなりの理由・背景があるのだと思う。しかし、まだ未成熟な自由の概念であるからいったん自己責任の責任の所在が問題になると、その揺り戻しで集中的な非難の的になる。やはり日本人は規律・集団行動が本質的には好きなのだ。自己責任を取る勇気はあまり無いと見てもいいだろう。 ~~~~~~~~~自己責任は on one's own risk 「自分自身のリスクに於いて」・・・という言い方の置き換えることが出来る。リスクを取ると、その結果次第で責任を取ることになる。リスクと裏腹、表裏一体のところに責任がある。先に日本では個人の責任という意識が少なくて集団責任・共同責任が責任というものだったと書いたが、それは間違っているとは思わない。日本では組織の中の責任は極めて巧妙精緻なシステムで共同責任になっている。典型的なものに会社の稟議制度がある。なにかのプロジェクトが発案されるとそれは稟議書という形になって担当者(下)から社長(上)まで数多くの印鑑が押されて、責任を負うというリスクが分散される。結果として莫大な企業の損失があっても共同責任であるから一個人が腹を切ると言うことはない。トップであって最高責任者である社長でさえ無傷で逃げ切ることが出来る。バブルがはじけた時に責任を取った経営者はいただろうか?米国では数多くの銀行経営者が有罪になった。共同責任というまやかしのおかげで、日本経済はバブルの責任の所在も原因も明確に追求されないままである。反省と分析がないのだから失敗したシステムはそのまま生き残っている。江戸時代の五人組から始まったのだろうか?村社会という構造からはじまったのだろうか?この共同責任というシステムは。時々腹を切らなければならない武士も居たが、それは共同責任のシンボルとして切腹したものであって、本当の責任の所在が厳しく追及されてのものでは無かったのが大半ではないだろうか? ~~~~~~~~~今の時代の個人の自由意志の一つの発露がNGOであり、ボランティアなのかもしれない。ひょっとすると支援団体などもいて、共同責任は背後にあるのかもしれないが。 ~~~~~~~~~少し前、六本木ヒルズでの自動回転ドアの事故でメーカーとビル側が非難の的になった時に、私は「自己責任」の意識も持つべきだと書いたことがある。もちろん安全管理には最新の注意を払うべきなのは当然なのだが、すべてのリスクを他に転嫁することにも無理がある。個体としの安全性はほぼ完璧な日本車が年間、何万人の交通事故死を起こしている。人生を生きて行くこと自体が数限りない事故とか危険をくぐり抜けて生存して行くことだと思う。責任を追及したり損害賠償を要求しても、それでは返ってこないものがある。それが自己責任と言うものだと思う。 ~~~~~~~~~=== 病人の看護のためこれからは日記をつけることが出来ないかも知れません あしからず ======
2004.04.20
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一昨日の日記で、ヴィエトナムに赴任したことを書いた。ヴィエトナムでの経験については順々にいろいろ書いて行きたいのだが、今日はヴィエトナムで経験した「もう少しで死にそうだった」経験を書いてみたいと思う。当時のヴィエトナムはヴィエトナム戦争の戦火が燃えさかっている時だった。ヴィエトナム戦争とはサイゴン(現在のホーチミン)を中心とする南ヴィエトナムとハノイを首府とする共産主義国家の北ヴィエトナムが、いわば北朝鮮と韓国の様な形で戦争をしていたのだ。ヴィエトナム戦争はこの2国だけの戦争だけではない。南ヴィエトナムの中では北ヴィエトナムと連携したゲリラ組織、いわゆるベトコンが暗躍していたし、南ヴィエトナムを助けるために数十万人の米兵が派遣されて北ヴィエトナムと戦っていた。ベトコンの浸透ぶりはすごくて、特に夜間には活躍した。南ヴィエトナムは「昼間は南ヴィエトナム政府が、夜はベトコンが支配している」と言われていた。 ~~~~~~~~~赴任した夜、宿舎から出て散歩をしてみた。ヴィエトナムはフランスの植民地だったから、サイゴンに限らずヴィエトナムの大都市はフランス式の並木道のある瀟洒な街並みになっている。街灯があまり無いので一部は漆黒の闇になっている。遠くで米軍が夜間を利用して接近してこようとするベトコンを威嚇するために絶えず打ち続けている大砲の響きが「ドーン ドーン」と定期的に響いている。しばらく街路を歩いていると完全武装の兵隊が目についた。近づいてみるとヘルメットに防弾チョッキ、迷彩服、軍靴・・・、それに弾帯を身体に巻いている。手にはM-16ライフルが握られていて、私が近づくと警戒の身振りでライフルを握り治している。そこにはコンクリート製の交番のような施設が作られていて砂袋で周りを囲まれている。それほどの警戒ぶりなのだ。それもそのはず、サイゴンはその前の年、旧暦の正月(ヴィエトナム語ではテト(テット)と呼ばれる)にはベトコンの部隊がサイゴンの中国人街を中心に攻め込んで激しい市街戦を行った。これは俗にテト攻勢とよばれている。ベトコンと言っても同じヴィエトナム人だから一見してわかるわけではない。今のイラクよりわからない。今のイラクならシーア派の街とスンニ派の街が分かれているが、ベトコンは普段の生活は一般人の生活をしているのだから、見分けが付かない。それが夜間に暗躍して時限爆弾・プラスティック爆弾をしかけたりする。だから、このような厳しい警戒になっている。実はこの完全武装のチェック・ポイントの前を恐る恐る通りながら、急に激しい恐怖感に襲われて膝がガクガクして,宙を歩くような感覚になった。あらためてここは戦場だという事を実感した。おまけに宿舎の前は交差点になっていて、そこにチェッキング・ポイントがある。警官や兵隊が常駐していて「怪しい」というものが通りかかると検問する。通りかかるといってもこの交差点を通る人間はほとんどがホンダに乗っている。ホンダというのはミニバイクの代名詞だ。ヤマハのホンダ、スズキのホンダ、カワサキのホンダもあるわけだ。検問されても止まらないホンダがあると、まず「ピーッ!」と笛が吹かれる。それでも止まらないと(意図的であろうと、自分だと言うことに気がつかなかったとしても)問答無用で「バン バン バン」と拳銃またはM-16ライフルが発射される。はじめは威嚇射撃だろうけれど、その内に本当に打つ。宿舎の自室にいてもこの威嚇射撃が一時間に一度ぐらいは行われる。これもそのうちに慣れてしまうのだから、人間というものは恐ろしい。 ~~~~~~~~~この宿舎の前には仏教寺院があって、小乗仏教特有の柿色の衣を羽織った僧侶が出入りしていた。当時は仏教徒が政府と敵対的な関係にあった。そのせいもあってだろうか?ある夜、完全武装の部隊がこの寺院を囲んで何時間も機銃掃射を行った。夜間になると数発に一発入っているえい光弾が赤いアイスキャンデーのように輝きながら寺院の中にすこまれている。このえい光弾は夜間の射撃の弾道を確認するもので、それを修正させる機能をもっている。宿舎の前に出てこの戦闘をのんきに見物していると、それが気にくわなかったのか?兵隊がこちらにも撃ってきて、私の足元に着弾してパッとコンクリートから砂煙がでて宿舎の鉄の扉に当たった。大あわてで扉の中に隠れて覗き穴から観戦?した。この戦闘で死者が出たのかどうか?わからないままだった。 ~~~~~~~~~ ----------続く------------
2004.04.19
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いろいろ事情があって、「死」というものを身近に感じている。人間というものは、普段は「死」というものを現実のものとしては受け止めない。「死」とは。不運な人が遭遇するアンラッキーな出来事・・・のように感じているのではないだろうか?私自身も今までは、だいたいそうだった。ただ、祖父母や親友の死に遭遇した時は、私たちの明るい人生の板子一枚下に、底知れない深さの「死」に代表される本当の人生の実相というものに触れて、心も体も震えた。病院に付き添いとして寝泊まりしてみると、特に病院の夜、燈火が消されて人々というものはすざましい。即物的に言うと「人間の修理工場」の趣がある。燈火が消され、人々が寝静まって、非常灯にひかる廊下の病院は、人生の暗の部分そのものの様な気がした。 ~~~~~~~~~多くの人が多分そうだっただろうと想像するのだが、壮年時代には忙しさに紛れて私たちが私たちの生が、永遠の死と隣り合わせであると言うことを、すっかり忘れている。しかし、そんな私たちも多感な青春時代は違った。「死」というものをリアルに思い詰める。深夜にベッドに横たわりながら、深々とした思いに身をよじった。この「私」という存在が死んでしまったらどうなるのだろう?本当にこの「私」は死ぬのだろうか?私の「死」から永遠の時が過ぎるようだが、「永遠」とはどんなものなのだろうか?私が死ぬとして、人類すべてが死に絶えて、それでも地球は徐々に冷えて行って、やがて膨張した太陽に飲み込まれて無と化すのか?私たちが再び生を与えられて、もう一度、貴重な生を味わうことがありえるのだろうか?ついでだが、「死」と共に、「時間」とか「宇宙」とか「永遠」とか・・・。そういう有限以外のすべて、つまり「無限」の世界に私は限りない畏敬と畏怖を感じる。
2004.04.18
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私が楽天日記をはじめた今年の一月頃に、二回ほど「ヴィエトナムの想い出」というテーマで日記を書いたことがある。その一回は私の先輩が当時の南ヴィエトナムの副大統領にそっくりで、しかも彼たちがあるスポーツクラブの隣のテニスコートで一緒にプレーしたことがあって、観客がみんな吹き出したという話だ。二回目は不肖宮嶋・・・いや、私が新入社員ながらそうそうに戦火の国に放り込まれた所までを書いた。今日はその続きを書こうと思う。 ~~~~~~~~~生まれて初めて国際線の航空機に乗ったものの前夜の徹夜に近い引き継ぎがこたえて、美人のスチュワーデスに感心したのもつかのま、深~い睡魔におそわれて、気がついた時にはマニラ空港に着いていた。ちょ~ど、熱帯特有のスコールが通り過ぎて焼けていた滑走路がみるみる雨にぬれて黒くそまっていった。このマニラ空港では降りる乗客が降りて、乗り込んでくる乗客が乗り込むだけで機はすぐに出発、次のバンコックに着いた。ここで給油などをするらしくてかなりの待機時間があって、私たちはバンコック空港にトランジットとして降りた。しかし、とにかく驚いた。呼吸困難になるほどの湿気と温度なのだ。むっとするどころでは無い。体中の毛穴から汗が噴き出てきた。言っておくが、当時のバンコック空港ですよ。先代のバンコック空港ですよ。空調なんかもなかったんだもの、それは大変でした。第一、 日本から出発した空港だって羽田空港なんだから。第二、 乗った飛行機も複葉機なんだから・・・とまでは行かない。調子に乗るのは止めて先に行きましょう。 ----------------話は突如変わるけれど、ずっと後の話、私が中東出張からの帰路、バンコックからJALに乗り換えた時、バンコック空港から横山やすし+西川きよし、両氏が乗り込んできた。どういう仕事でバンコックにいたのかはわからないけれど、とにかく両氏がバンコックからのりこんできた。二人とも一人づつのお付き風の人を連れて、離れて行動していた。心持ち二人とも、ブスッとした表情だった。まあ、喜劇役者ってほとんど内面(うちづら)が悪くって、家庭などでは暴君で大変だという話を聞いたことがあるけれど、それも昔のことかも知れない。ただ、基本的に外で人を笑わせることに一生懸命であれば、自宅ではぶすっと不機嫌でなのは当たり前かも知れないと思う。私でもきっとそうなると思う。実はそのフライトではそのまま、日本には帰れなかった。ちょうど台風が襲来していて、日本には着陸できないと言うことで急遽、沖縄の那覇空港に着陸、那覇のホテルで一泊してから翌日日本に帰着した。多忙な二人のことだから、おそらくスケジュールに穴が空いたのじゃないかな?と思う。 ----------------バンコック空港では熱帯特有の濃密な空気に口パクパクになりながらも、しっかり名物のタイ・シルクのネクタイを買って機内にもどった。いよいよサイゴン上空にさしかかった。しかしサイゴンの街の上空には、鉛色の雲が重くのしかかっていて(自分ながら陳腐な手垢の付いて表現)、街は雲の切れ目からチラチラとしか見えない。スコールに濡れて鮮やかな赤い屋根と緑の街路樹が見える。機はユラユラ揺れながら降りていって、ついに滑走路にタッチダウンした。出迎えには大南行司という日本系の代理店のヴィエトナム女性が来てくれていた。ここにもスコールが来た後らしくて、空港から宿舎への途上ではすべてが濡れていた。道路も泥だらけだったし、路の両側の建物も湿っていたし、その建物や道路脇にいる人間が半裸で猿のように群れて、濡れて、こちらを見ている。これには軽いショックを受けた。「う~~む! 遙るけくも、来たものかな~」と思った。
2004.04.17
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現行憲法は米国が日本に押しつけたものだとの憲法史観が多数意見だが、この米国というのは具体的にはGHQということになる。GHQとはどう言うものか?勉強してみよう。 ----------------引用------------------日本史小辞典 山川出版社GHQ = 連合国軍最高司令官総司令部1945年(昭和20年)10月、連合国軍最高司令官マッカーサーのもとに総司令部(GENERAL HEADQUAARTERS 略称GHQ)が設置された。総司令部の中でとりわけ民政局・経済科学局は、占領改革に関する政策形成に強い指導力を発揮した。他方、対日占領はドイツの場合と異なり、日本政府の存在と機能を認めた上で実施された。その結果、総司令部の各部局は、日本政府との非公式協議を通して占領政策を形成する側面もあった。 --------------引用終わり---------------- ----------------引用------------------GHQ出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia) 』 GHQとは、General Head Quarters の略で、意味は総司令部である。日本では第二次世界大戦後に占領統治し、様々な改革を行った連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP; General Head Quarters, Supreme Commander for the Allied Powers)のことを指す。日本のポツダム宣言受諾から1952年4月28日のサンフランシスコ平和条約発効の間置かれた。最高司令官はダグラス・マッカーサー元帥。後にマシュー・リッジウェイ中将。 連合軍とはいっても、ほとんどの職員はアメリカ軍人と民間人で構成されていた。GHQ は軍事部門である参謀部と専門部局である幕僚部から組織された。 参謀部 第1部(G1 人事担当) 第2部(G2 情報担当) 第3部(G3 作戦担当) 第4部(G4 後方担当)※特に諜報・保安・検閲を任務とする第2部が大きな発言権をもっていた。 幕僚部 民政局(GS 政治行政) 経済科学局(ESS 財閥解体など) 民間情報教育局(CIES 教育改革など) 天然資源局(NRS 農地改革など)※特に民政局が「非軍事化・民主化」政策の主導権をもっていた。 GHQの統治は、日本の政治機構をそのまま利用し、日本政府に指示・命令する間接統治であった(いわゆる傀儡政権)。日本政府にとって、占領軍の命令は1945年9月20日の勅令「ポツダム宣言の受託に伴い発生する命令に関する件」(ポツダム勅令、新憲法施行後はポツダム政令)に基づき、絶対的・超法規的性格をもっていた。1946年2月には政策決定の最高機関として極東委員会が、4月には最高司令官の諮問機関として対日理事会が設置されたが、実質アメリカによる統治という性格はかわらなかった。 「敗戦国を戦勝国が完全に支配化に置き、統治を行うことは近代国家の時代に入ってからはなかったことである」、とマッカーサーは述懐している。 --------------引用終わり---------------- ----------------引用------------------年表 1945年 8月30日 マッカーサーが厚木飛行場に到着。 9月2日 戦艦ミズーリで降伏文書調印。GHQ司令第一号(陸海軍解体、軍需生産の全面停止等)が出る。 9月15日 東京・日比谷の第一生命相互ビルを接収。翌日からGHQ本部となる。 10月2日 連合国軍最高司令官総本部(GHQ/SCAP)設置。 10月15日 治安維持法の廃止。 11月6日 持株会社解体令。三井、三菱、住友、安田の四大財閥を解体するという政府案をGHQが承認。 12月9日 農地改革を指示。 1946年 1月4日 軍人・戦犯・軍国主義者・政治家などの公職追放を指示。 1950年 6月25日 朝鮮戦争勃発。米軍が韓国を支援するため出動する。 7月8日 マッカーサー、吉田首相に警察力強化を求める書簡を送る。 8月10日 総理府の機関として、警察予備隊が置かれる。 1951年 4月11日 マッカーサー解任。後任にマシュー・リッジウェイ。 1952年 4月28日 サンフランシスコ講和条約が発効、GHQの支配が終わる。 --------------引用終わり---------------- ----------------引用------------------マシュー・バンカー・リッジウェイ Ridgway,Matthew Bunker1895(明治28)年3月3日生1993(平成5)年7月26日没ヴァージニア州フォート・モンロー出身アメリカ陸軍軍人 大将1917(大正6)年 ウェスト・ポイント陸軍士官学校卒第1次世界大戦中は士官学校教官戦後、中国、ニカラグア、フィリピンで勤務第2次世界大戦開戦時、War plans division (War Department)勤務1942(昭和17)年 第82師団長第82師団を歩兵師団から空挺師団に改編1944(昭和19)年6月6日 ノルマンディー上陸作戦コタンタン半島にパラシュート降下第8軍司令官1950(昭和25)年~1953(昭和28)年 朝鮮戦争第8軍司令官1951(昭和26)年4月~1952(昭和27)年4月 連合国軍最高司令官(ダグラス・マッカーサーの後任)1952(昭和27)年 在欧連合国軍司令官1953(昭和28)年 陸軍参謀総長1955(昭和30)年 退役1956(昭和31)年 自叙伝「Soldier」を出版1993(平成5)年7月26日 ペンシルバニア州フォックス・チャペルで死去 --------------引用終わり----------------そうか。リッジウェイは昭和26年(1951年)に、マッカーサーの後任としてGHQ最高司令官として日本に着任したんだ。私はこのリッジウェイ中将が(着任当時は中将のはず)着任した時、お披露目のためか?儀仗兵閲兵のように全国を行進した。私の小学校の前の産業道路も通過した。私たちは全員その道路の両側に立たされて、両手の日の丸を振ってリッジウェイさんご夫妻がオープンカーで行進するのを「大歓迎」させられた。奥さんは美人だった。リッジウェイさんもニコニコして感じはよかった。(そういう問題ではないんだけれど)何が言いたいかというと、昭和26年(1951年)という年になっても、小学生でも日の丸を振ってGHQ最高司令官様を「お代官様」のように敬わなければならないほど、GHQは偉くて、日本人は「ハハー!」と、平伏していたと言うことなんだ。参考までに :日本の太平洋戦争の敗戦は昭和20年(1945年)。「平和」憲法が成立したのは敗戦の翌年の昭和21年(1946年)。マッカーサーが解任され、リッジウェイが着任したのがこの昭和26年(1951年)。こんな状況ですから、平和憲法は日本国民が自ら願って作り上げたものだなんて事、あり得ないでしょう。 ーーーー ◇ ーーーー私が作った憲法中心の年表をお見せしよう。主要年表 1945年=昭和20年 ----------------7. 26 米英中が「ポツダム宣言」を発表。 8. 14 政府がポツダム宣言受諾8. 15 終戦の詔書を放送(玉音放送)。 8. 30 連合国最高司令官のマッカーサーが厚木に到着。 9. 2 東京湾の米戦艦ミズーリ上で重光葵らが降伏文書に調印。 10. 4 GHQが「自由の指令」を発令。連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサが近衛文麿首相に憲法改正を示唆。 10. 9 東久邇宮稔彦内閣に代わり、幣原喜重郎内閣が成立。 10. 11 マッカーサーが幤原首相に憲法改正を示唆10. 11 マッカーサーが幣原首相に「憲法の自由主義化」を示唆。 10. 25 憲法問題調査委員会(松本委員会)が設置される。 11. 22 近衛が「帝国憲法改正要綱」を天皇に奉答。 12. 26 憲法研究会が「憲法草案要綱」を発表。 1946年=昭和21年----------------1. 1 昭和天皇が「人間宣言」を行う。 2. 1 毎日新聞が「松本委員会試案」をスクープ。 2. 3 マッカーサーが3原則を提示、民政局にGHQ草案の作成を指示。 2. 8 日本政府がGHQに松本委員会案「憲法改正要綱」を提出。 2. 13 GHQは要綱を拒否、日本側に象徴天皇などを含むGHQ草案を手渡す。3. 4 松本委員長がGHQ案を基礎にした法案をGHQに提出3. 6 日本政府、GHQとの協議に基づいた改正要綱を発表。 4. 17 日本政府がひらがな口語体の「憲法改正草案」を発表。 5. 22 第1次吉田茂内閣が成立。 6. 20 第90回帝国議会に改正案を提出。 憲法改正論議始まる10. 6 貴族院で修正可決10. 7 衆院で可決10. 29 枢密院で可決11. 3 日本国憲法公布12. 1 「憲法普及会」が組織される。 1947年=昭和22年----------------5. 3 日本国憲法施行
2004.04.16
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植草一秀教授応援団団長として一言述べさせていただきます。コホン!女性軍に告ぐ!!(でも、すぐ逃げ腰)(あんまり本気になってかかって来てはいけませんよ)今日という今日は、日頃、気が弱くて言いたくても言えなかったことを、清水の舞台から飛び降りるつもりで、述べさせていただきます。あのね~!私自身は、日記にも書いたように「知的で清潔な紳士」ですが(どこが?)(おまけに知的は今日の上乗せ)、私とちがって大半の愚かな男たちは、処理しようもない程に猛り狂った、行方の無い性欲(すみません)の処理に身をよじっているのです。(これほど頼もしい男がいるとは思えないか?)思い起こせば・・・、原始時代には・・・、獣の毛皮を身にまとっては、太いこん棒を持って森や草原を鬼神のごとく駆け回り、鹿やマンモスを屠って(ほふって)タンパク質を摂取、満腹で動けなくなれば岩の上でひなたぼっこをしながら「シーシー」と爪楊枝を使い(爪楊枝は当時あったのかな~?)、そこに通りかかるまぶいスケ(すみません)を見つけるや、アラブ顔負けの素早さで誘拐(誘拐って古典なんだな~)しては、○◎X○◎X???(アレー!)・・・○◎X○◎X(ウルセー!)・・・○◎X○◎X・・・。(すみません)要するに~、好き勝手できたのに~~・・・。(すみません)・・・いまはしがないサラリーマン。(すみません)部下を誘って飲む居酒屋では・・・焼酎の梅干し割をあおってルーティーンになっている上司の悪口をクドクドと繰り返して、「要するに俺が一番偉いんだよネ!」と、部下の説得には一応成功?するものの(部下は納得してないよ)、後は歓楽尽きて哀感多し・・・の玄宗皇帝状態。深夜に建て売り住宅に帰れば、楊貴妃ならぬ「立てばゴミ箱、座れば火鉢、歩く姿はガスタンク」という鬼ガワラが怒髪天をつく勢いで、待っているのです。(それで上等じゃないかって?)(すみません)= 「悪妻は哲学者を作る」(ソクラテス)=植草教授や田代まさしなんて、無害で、ほほえましく、つつましい「変態」(すみません)。いたずらっ子のスカートめくりのような幼稚な行為です。ちなみに私は(あこがれの)スカートめくりなどはしたことのない優等生でした。ただし、一部始終を注意深く観察は、しておりました。手鏡でチラチラのぞくだとか(すみません)・・・ビデオ・カメラでそっと撮影なんて(すみません)・・・可愛いじゃないですか。ただし、こんなスケールの小さいことなんか私にはできません せめて手鏡じゃなくて大鏡ぐらい使えよ。(そういうことじゃないって? すみません)女性という存在は、本来は母性の極致、受容・寛容の性であるのに、みなさんの仮借のない潔癖な糾弾にびびり、この世の中には、もう神も仏も無いものかと、私は悲しんでおりまする。(すみません)(すみません)ばかりで(すみません)。 ーーーー ◇ ーーーーこういう記事もあります。ご参考までに。 ----------------イラク: 自衛隊が医療支援活動を再開 イラク南部サマワに派遣されている陸上自衛隊部隊は、4日から中断していた医療支援活動を14日、再開した。医官ら7人がサマワ母子病院を訪問し、日本が贈った新生児保育器10器などの稼働状態を確認したり、医療指導をしたりした。 保育器などの医療機器は外務省の無償資金協力でNPO法人「日本・イラク医学協会」(東京都)が用意し、陸自が同病院に届けていた。陸自によると、トイレの衛生状態が悪いなど環境が悪かった同病院は、以前より格段にきれいになったという。【藤生竹志】毎日新聞 2004年4月14日 21時41分
2004.04.15
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以下は天の邪鬼な私の発言ですから、お見過ごし下さい。 ----------------一部のみなさん、よくも聖人君子ぶって、経済評論家の植草氏を、「変態!変態!」とあざけることができますね。変態、けっこうじゃありませんか。どこまでが正常で、どこからが変態なんですか?あなた方には、心の片隅にも変態が棲んでいないんですか?私なんか、立派な変態ですよ。(いばることは無いか?)「変態性欲ノ心理」(クラフト・エビング)なんて本を持っているし(これは異常性欲研究の古典)、澁澤龍彦やバタイユも読んでいます。私は手鏡派じゃ無いし、ロリコンでも無いけれど、いろんな淫らな事をやってみたいと妄想する。(実績面の方は特に秘す)私は植草さんのように、優秀でも、生真面目でも、小心でも無いが、彼がつつましく手鏡を差し出している姿を想像すると、可愛い!・・・とまで思う。人間の欲望って、なぜこんなに多様なのだろう?人間の多様性こそが美しい。人間の妄想・想像力が芸術を生むし、それが人間の特質。想像力に限界や規制は無いはず。文学を初めとする芸術なんて、人間の変態度をどう描くか?って側面もあるはず。そもそも変態って、人間の尊厳を侮辱する表現だな。変態こそ人間の証明じゃないか。私は変態度がゼロの人間なんかとつきあいたくないな。そもそも、人間に前頭葉がある限り、性本能がある限り、想像力がある限り、淫らな欲望があるのはあたりまえ。私なんか、今まで友達とのつき合いの中で :おたがいの変態度を自慢し合っていた。ブラック・ジョークで笑いあった。「私は征韓論者です!」なんて危ないジョークを飛ばす友人もいた。私も心の中では差別用語を常用している。いちいち「~が不自由な人」なんていってられないよ。今の世の中なんて、実態としては、ストイックさ皆無の、だらしない、痴性に溢れた、デカダンスとよべる程のレベルでも無い世界なのに、表面だけの、錯覚の偽善が横行する。法規範は人間の社会を交通整理するものだが、法に触れていない限り、人に迷惑をかけない限りに於いては、人間は自由。法律は倫理ではないし、道徳でも無い。人間を変えることはできない。人間は鳥の様に翼を持っていないが、精神の翼を持っているはずだ。 ----------------こんなことを言っても、まあ、実際の私は、清潔な紳士ですが。(今ごろ言っても遅いか?)
2004.04.14
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イラク派兵問題で憲法が焦点になっているので、私もこれから憲法を勉強してみようと思っている。今日はその憲法の第九条を下記に記述してみる。 ----------------第二章 戦争の放棄第九条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。(2) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。 ----------------日本国憲法というのはつくづく悪文だな~と思う。GHQが作成した英文の草案を翻訳したものが基本だから当然かも知れない。これを私なりにまとめてみると、下記の様になる。 ----------------第九条1項国際紛争を解決するための下記の手段を、永久に放棄する。1) 戦闘2) 武力による威嚇3) 武力の行使第九条2項1項を実現するために、具体的には下記のようにする1) 軍隊(陸海空軍その他の戦力)を持たない2) 国は交戦してはいけない ----------------第九条1項は理念であって、具体的には2項だと思う。1) 軍隊を持たない自衛隊は軍隊だから、違憲であることは明白だ。2) 国として交戦してはいけない★ 交戦してはいけないのだから、自衛権も否定されていると考えるのが当たり前だろう。第一、軍隊も存在しないのだから交戦もできるわけはないが。★ 傭兵したときはどうなんだろう?★ 米国などの援軍を依頼した場合はどうなんだろうか?★ 「国として」交戦してはいけないのだが、ゲリラ的な市民の侵略軍に対する抵抗は、違憲ではないのかも知れない。 ----------------私としては、一番素朴に素直に、第九条を解釈してみたが、自衛隊は違憲だ。自衛権も持てない。拡大解釈というのは、どこからみても無理がある。 ----------------私は自衛隊は違憲だから廃止すべきだとは思わない。憲法の第九条を改正して、軍隊と交戦権を取り戻すべきだと思う。独立国として正に最低限の要件だと思う。日米安保も廃棄すべきでは無くて、このまま継続すべきだと思う。北朝鮮その他の国の侵略の可能性が現にあるのだから、米軍の軍事力はどうしても日本にとって必要なものだと思う。 ----------------とりあえず、今日は憲法第九条の、「基本の基本」を抑えたということで、あとは憲法の参考書などを読んで、おいおい勉強してみることにする。
2004.04.13
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昨日の続きで英国について書いてみよう。以前書いたように英国/イギリスの正式国名は :グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国 United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandグレートブリテンというのはイングランドと、スコットランド、それにウェールズから構成されている。その内、イングランドはアングロ族とサクソン族の国で、アングロがイングランドになった。サクソン族はロンドン近郊のエセックス(west + saxon)とサセックス(south + saxon)にその名称を残している。ウェールズとスコットランドはケルト人の国だ。それに北部アイルランド(これもアイルランドだからケルト人の地域)を加えて連合王国になる。なおこの北部アイルランドはアイルランド共和国とは、また別の国だ。もちろんイングランドにはイングリッシュしか居ない訳ではなく、ケルト系の各民族が入り込んだり混血している。他の国も同様だ。だから英国内の試合でもイングランドとスコットランドの試合は【インターナショナル・マッチ】となるし、オリンピックやワールドカップにも別の国として出場する。アングロ・サクソンのイングランドとケルト系のスコットランド・ウェールズ・北部アイルランドの間には強い敵愾心がある。もともとイギリスに先に来ていたケルト系の各民族は後でイギリスに侵入して来たゲルマン系のアングロ・サクソンに蹴散らされてイギリスの中心である、今のイングランドを占拠された。中でもウェールズやコーンウォールあたりにいたケルト族のブリトン人は陸地から蹴落とされて、対岸のフランスに逃れて、その場所が今、フランスのブルターニュ(ブリトン)と呼ばれる地方になっている。グレートブリテンというのは、このフランスのブリテン(ブルターニュ)から見て大きかったのか?「グレート・ブリテン」と呼ばれたのだ。フランスのブルターニュ人はラテン系のフランス人と比較するとややイギリス的な性格があるのか?「石頭・融通の利かない堅物」と言われるらしい。それに屋根の瓦が必ずスレート葺きという特色を必ず守っている。スコットランド人に「あなた方イングリッシュは・・・」なんてしゃべりかけると反発される。「私たちはブリッツ(ブリティッシュ)だが、(憎い)イングリッシュなんかじゃ無いよ」という所だ。ロンドンからスコットランドに向かう列車の食堂で食事をすると、いつの間にかおつりのポンドが英国ポンドからスコットランド・ポンドになっている。スコットランドは英国ポンドと同価値のスコットランド・ポンドを発行しているのだ。このあたりにもスコットランド人の負けん気が出ている。北海油田が出た時にもスコットランドはこれはスコットランドのものだと主張したりしているし、スコットランド独立運動も未だに続いている。映画俳優のショーン・コネリーはこのスコットランド独立運動の熱心な賛同者で、自分の出演料からかなり巨額の募金をしている。
2004.04.12
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英国に「マークス・アンド・スペンサー」とスーパー・チェーンがある。このマークス・アンド・スペンサー(以降は“M&S”と略称する)の関連記事に下記のものがある。 ----------------2001年3月30日 マークス・アンド・スペンサー38店舗閉鎖 およそ100年前、ポーランドからの移民であったマイケル・マークスが、当時5ポンドを借りてリーズ市のオープン・マーケットに店を開いた。後にトム・スペンサーがパートナーとなり、それが社名の由来となっている。それが英国最大の小売業になった(現在107年目)。 ダイエーが商品提携で契約し、ワイシャツなどマークス・アンド・スペンサーのブランドで販売したのがおよそ20年前。そのマークス・アンド・スペンサーがロンドン以外のヨーロッパに展開している38店舗を閉鎖、4000名をリストラする。(以下省略) ----------------M&Sは衣食住の全分野を扱っていて、日本のスーパーというよりデパートと言ってもいいかも知れない。三代目当主マイケル・マークス氏(Lord Marks of Broughton)は男爵の爵位を持っている。しかし英国貴族と言っても代々の英国貴族では無い。このマークス家はポーランドからのユダヤ系移民。ユダヤ系でも商業的に成功すると爵位を受けるという例は英国以外にもある。例えば有名なロスチャイルド家(フランスではロチルド家)が男爵家だ。 ----------------このM&Sの3代目の当主 マイケル・マークス卿は、寿子さんという日本人と結婚していたが、その後離婚している。たしか寿子さんがロンドン大学の研究室にいた一年間でマークス卿と知り合って結婚したはずだ。このマークス寿子さんは現在日本に住んでいて大学教授兼作家である。ある講演会の紹介ではこうだ。 ----------------<略歴> 正式名はThe Right Honourable Toshiko Lady Marks of Broughton。1936年、東京に生まれる。早稲田大学政治経済学部を卒業後、東京都立大学法学部博士課程を修了。同大学非常勤講師をつとめたのち、71年にロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの研究員として渡英する。76年、英国一のスーパー・マーケット・チェーンの三代目当主マイケル・マークス氏(Lord Marks of Broughton)と結婚、英国籍と男爵夫人の称号を持つ。エセックス大学現代日本研究所講師を経て、現在は秀明大学(もと八千代国際大学)教授とし日英間を行き来している。又、『日英タイムス』を発行するなど、日英交流の場でも活躍中。 ----------------著書はいろいろあるが、私はブックオフで100円均一で下記の五冊の本を買った。 『ひ弱な男とフワフワした女の国日本』(草思社) 『大人の国イギリスと子供の国日本』(草思社) 『とんでもない母親と情けない男の国日本』(草思社) 『ふにゃふにゃになった日本人』(草思社) 『男たちよ 全面降伏か』(草思社) ----------------なぜ彼女の本を五冊も買ったかというと、彼女の経歴だから面白いことが書いてあるかな?と思ったのと、100円という本の安さだ。私はこの五冊の内、昨晩『ひ弱な男とフワフワした女の国日本』(草思社)という本を昨日、ざっと読んでみた。私の印象ではこのマークス寿子さんの著作には二つのメイン・ストリームがあると思う。1)1936年生まれという年令だけあって、保守的な面があって、この頃の日本に対する批判。2)外国人、しかも一流企業のオーナーで貴族でもある人と結婚していただけあって、海外の文化から見た日本への批判。『ひ弱な男とフワフワした女の国日本』に限って言えば、私からすれば、特に瞠目するような鋭いユニークな意見でも無いと思った。それはなぜかというと、私は高年齢だから保守的なところがあって、マークス寿子さんが若い人の文化などに対して保守的な批判を書いてもほぼ同じ意見だったりする。もうひとつは、私は以前の職業から一般的な日本人より海外体験・異文化体験が多いと思うから、英国に比較して日本を批判しても、それは私にとってそれほど新味のある事ではなかったりする。そういうことが、多分かなり影響していると思う。他の本では日本と英国の比較などで結構注目点があるようだが。 ----------------この人は数年前に一時ブームのようなものがあり、テレビ・ラジオにも出演していたが、日本や若い世代を批判する、いわが「頑固爺さん」ならぬ「頑固婆さん」風だった。ただ、英国がすべての模範のような言い方のように思えて、その点にちょっと引っかかった。私も英国に駐在したことがあって、いわゆる英国的なものはほとんど好きだ。人々はどこの国の人間より穏やかでリーズナブルだし、自然は最高に美しくやさしいし、気候もおだやか。しかし、英国のすべてがいいというわけは無くて、私自身、嫌な経験をしたことがある。 ----------------例えばその一つだが、某空港の税関吏からひどい扱いを受けたことがある。この空港の税関吏の一部はハッキリ言って、外国人の一部を狙い撃ちにしてサディスティックな喜びを感じている連中で、私だけが被害者ではないと思う。それも個人ベースではない。連携した意図的なチームプレイだ。歌手のダイアナ・ロスが全身裸にされて身体検査をされたことがある。その他にも色々トラブルがある。私はある年に、年に一度の休暇に私はイタリア旅行のツアーに参加した。英国に帰ってきて税関で、ローマで買った腕時計を申告した。その時、担当した税関吏の目がギラリと光った。有無を言わせず私を別室に連れ込んで、私のスーツケースの他、持ち物すべて、服のポケットまで強制的に調べられた。時計を自主的に申告したのに、強制検査になった。挙げ句の果てはビデオカメラを一年前に赴任してきた時に申告していなかったとわめきだした。考えてみれば確かにビデオカメラは申告すべきアイテムだった。英国の法律に沿えば、日本国内での購入日から赴任時のロンドンでの入国日まで半年以内だったから申告すべきだったのだ。半年以上経過したビデオカメラであれば申告不要となる。しかし、普通はなかなかそこまで思いつかない。ビデオカメラを申告させられた空港は経験がない。私を憎々しげに検査した係員は、今でも覚えているが金髪のディヴィスという男だが、その後、部屋を出て行ったままで私は一時間ほど、多分わざとそこで放置された。ただ私を監視する意味か?若いインド系の女性係員が私の傍で椅子に座っている。私は彼女に「あなた達はこんな風なサディスティックなやり方をいつもしているのか?」と聞いた。彼女は黙ってうつむいただけだった。まもなくデイヴィスが戻ってきた。「ピンク・ペーパー野郎め!」とつぶやいている。ピンク・ペーパーというのは英国の日経新聞とでも言うべき「フィナンシャル・タイムズ FINANCIAL TIMES」という経済専門の新聞で、日本の駐在員は大抵読んでいる。黄色っぽいピンク色の新聞なのでピンク・ペーパーと呼ばれるらしい。英国はよく知られているように厳しい階級社会の国だ。 ----------------英国ではアングロサクソンとケルトとの民族的対立に加えて、階級間の対立がある。ウェールズにスォンジーという都市があるが、ある本には「ウェールズのスォンジーという小さな都市にも、タマネギをむいた時のように幾層にも重なった階級がある」と書いてあった。そんなものだと思う。「イギリスでは音楽にも階級がある!!」。これは「クラース イギリス人の階級」(ジリー・クーパー著)【サンケイ出版】という本の帯に書いてあったものだ。もっとこの帯を引用しよう。○ 貴族階級は、ハイドン、モーツアルト、バーゼルを好み、上流・中流は、ブラームス、マーラー、シューベルト、ベートーベンを好み、下流・中流は、チャイコフスキー、グリーグ、メンデルスゾーンを好む。○ 階級意識を見事に描いた英ベストセラーの完訳 ----------------音楽にさえも階級があるのだからましてや新聞や言葉、つまり英国英語にはもっともっと階級がある。以前ここの日記に書いたように英国では階級で読む新聞がハッキリ分かれている。このピンク・ペーパーはイングランドでは上流・中流階級の人間の典型である株式取引人や銀行家の巣窟であるシティーに勤める人間が読む新聞だ。私たち日本人の駐在員はもちろん英国の上流階級なんてものじゃないのだが、日本で日経を読む感覚でこのピンク・ペーパーを読んでいる。駐在員としてビジネスに必要な情報がある新聞だから読んでいるだけなのだが、日本人駐在員一般を、彼らは憎むべき「U」と同族と見なしているようなのだ。「U」とは「Upper Classアッパークラス 上流階級」のこと。これに対して非上流階級は「Non-U」と称される。 ----------------この税関吏はあきらかにNon-Uだから、有色人種のくせにピンク・ペーパーを読んでいる風な私を一種の拷問ゲームの相手に選んだのだ。私とこの税関吏との間には激しいやりとりがあった。税関吏の方から「文句があるのなら、あんたは弁護士を呼んでもいいんだぜ」と言い出したが、私が仕事でつきあっている弁護士事務所は英国有数のもので、以前にプライベートで社宅のトラブルに一枚の手紙を書いてもらっただけで10万円近く取られた。そんな高価な弁護士をしかも夜間に呼び出してはどれだけの出費になるかわからなかったから、それはがまんした。それにもう夜も遅いし、旅行からの帰りで疲れていたからとりあえず早く帰宅したかった。その内に開け放した部屋の外を、彼の上司らしい人間が通った。この上司は私たちのやりとりの中身を知っているらしく、デイヴィスに対してウィンクした。彼らは示し合わせてこういう風に厳しい取り調べをして、みんなで楽しんでいるらしかった。英国ならなんでも大好きという英国ファンが多い。私も英国を懐かしむ気持ちは強いが、敢えて厳しい嫌な面もあることを書いてみた。 ----------------このマークス寿子さんの他の本も読んでみるつもりで、他の本では英国と日本の文化比較にやや面白い箇所がありそうだ。ただ今回は『ひ弱な男とフワフワした女の国日本』の中から一部を引用してみたい。以前、私のBBSで「文春問題」で議論が紛糾したことがある。感情を抑制してマナーを持って議論をするのが民主主義の根底だと思う。民主主義というものは話し合いでもあるのだから、その話し合いが感情的な罵倒になっては、相互理解の話し合いではない。マークス寿子さんは、この本の中で次のようなことを書いているがこの箇所には、私もなるほどと思った。特に昨日はかなり感情的な事も書いたので、私も深く反省もしなければいけない。 ----------------引用------------------第3章 しつけなんてもう必要ないのか議論のやりかたになれること。これまでの日本の社会では、議論というものがけんかと同じようにとらえられていれ、歓迎されることがあまりなかった。(中略)しかし、互いに考えていることや感じていることを相手にはっきり伝えるときには、ヒステリックになってどなっていたずらに相手を傷つけたり罵倒したりせずに、毅然とした言葉で自分の意見を述べるというルールに慣れるようにべきである。反対に、相手の意見を聞く時も、ヒステリックになったり高圧的な態度をとるのではなく、理性的に相手のいわんとするところを理解するように勤めるべきで、(以下略)。 --------------引用終わり----------------
2004.04.11
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誘拐された3人はどうも解放されるもようで、これほどいいニュースは近ごろ珍しい。しかし犯行グループはまだ自衛隊撤退を要求しているようだ。私は何度も書いているようにアラブと欧米との対立に巻き込まれることは極度に恐ろしいことで、イラク派兵の是非は軽々に判断できない重い問題だと考えている。しかし、それとは別に、私は自衛隊が恥ずかしいことをしているとは思わない。いわゆる護憲派の人達が口を極めてイラク派遣を攻撃するがそれほどひどいことをしているのだろうか?もし現地で思うような仕事ができれば、現地の人達の信頼を得て、感謝されることも可能性としてあると思う。非常な困難を伴うことだが、その可能性はある。もちろん旧フセイン派あたりは、体制を転覆させたいだけなのだから、住民のためになろうがなるまいが関係ない立場だから、なおも攻撃してくるだろうけれど。確かに米国への追従という流れの中でのイラク派兵であることは確かだが、その仕事の中身は「人道支援(水資源・病院建設)」である。軍隊ではあるが、治安維持のために行っているわけでは無い。日本側の宣伝・説明不足で、現地の人が誤解するのもやむを得ない部分があるのは残念だが、日本人ならその辺の実情は理解しているはずなのだが、それでも小泉非難一色の人々が多い。いずれにしても、もっとアル・ジャジーラあたりを使って自衛隊のタスクとサマワ住民の期待のコメントなどを丁寧に説明するべきだと思っていた。日本の政治家は国民に説明することがヘタだし、その努力をしようともしない。ましてや国際的な発言はほとんど無い。政治・外交は言論・発言が半分を占めるのではないか?これをいい機会に、小泉首相あたりがアル・ジャジーラで犯行グループへの返答も兼ねて、もう一度、ハッキリと自衛隊の仕事を説明してはどうだろう?小泉首相の発言も稚拙でとても国際的に見て雄弁とは言えないが。 ----------------一部のBBSではこの誘拐犯のメッセージが、「まるで私たち日本国民が政府に言いたいことを代弁してくれるような理知的な言葉で素晴らしい」などと書いてあった。卑劣極まる愉快犯の正体が判明してこそはじめて、この声明の意味が問われるはずなのに、この誘拐犯がどんな人物たちなのか? それもわからない内に、そんなことを言うのは先ず早計だろう。それに誘拐犯と日本の護憲平和主義者たちの考え方と同じだと言うのには驚いた。だから、一部に誘拐された3人の自作自演だとかという説がまことしやかに語られる訳だ。しかしこの誘拐犯たち、単に山賊かも知れない。政治的な宗教的な理屈は後付であって、日本政府には金銭を要求しているのかもしれない。私はどうも普通のテロリストと毛色の違う奴らだと感じる。水面下の交渉の様子はまだ見えないけれど。それにしてもどうして日本の護憲・平和主義者たちはそろいもそろって日本嫌いなのだろうか?無抵抗主義的平和憲法を日本に押しつけたGHQ(占領軍総司令部)の洗脳路線が未だに効果的なのか?モスクワのコミンテルン本部から秘密指令を受けて日本転覆を目指して密入国してきた共産党の幹部のオルグが効果的で、結果として日本の軍事力を無力化することが夢という、平和主義者たちを養成したのだろうか?腹立ち紛れに、こんなことまで書いてしまった。 ----------------サンデーモーニングで、田原総一郎に「もし息子さんがまたイラクに行くと言うと行かせますか?」と聞かれた父親が「本人が望むなら・・・」と答えていた。他の機会ではこの父親は「自衛隊!撤退しろ~!」と絶叫していた。今、そんなことを言えた義理か?もう救出しなくてもいいんじゃない?
2004.04.10
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イラクで邦人誘拐事件が起きた。私は軍事力と交戦権を放棄した憲法の第九条を改正して自衛隊を軍隊とすべきだという考え方の人間だ。ただ、イラク派兵の是非に対してだけは、今までどうしてもハッキリした判断がつかないできた。 ----------------これに関して今まで多少の意見は述べた。国連が何もしない状況の中でイラクは放置しておいていいのか?という疑問を感じたし、それを書いた。水不足や病院その他で困っている現地の人達には自衛隊の復旧援助は役に立つと書いた。自衛隊が直接どうのこうのできることではないのだが、このままイラクを放置しておくと、ソマリア同然の無法地帯になって、少なくともシーア派・スンニ派・クルドの三つどもえの、いやひょっとするとシーア派もいくつかに分裂して、イラクが極度の混乱になることはほぼ確実だと思った。 ----------------しかし反対に、イラク派兵の結果、イスラム社会から米国追従と見られ攻撃対象となることも非常に恐ろしいとも書いた。イラク以外の地域に於いても、十字軍の時代の西欧社会vsアラブ社会、キリスト教vsイスラムの対立の再現のような状況になりつつある。以前に悪名をはせたアラブの航空機ハイジャック事件はまだ基本的にはイスラエルvsパレスチナだけの対立ですんだ。しかし今度は、欧米社会vsアラブ社会という、最大規模の地球的規模の対立になるのだから恐ろしい。すでに形を変えた第三次世界大戦に突入していると言っても過言ではない。今、つくづくそう思う。 ----------------日米安保があっても日本は平和憲法を遵守するといってイラク派兵を断る手もあった。しかし、小泉首相は日米関係等を考慮してイラク派兵を強行した。私はいちがいにイラク派兵に反対をする気にはなれなかったが、さりとて積極的に賛成もできなかった。判断ができなかったのだ。簡単に判断ができないほど、国家としての利害が入り組んだ難しく重大な問題だと思う。日本にとって米国は軍事同盟のパートナーで、経済的にも米国市場に依存している。米国との関係悪化は日本にとっては最も恐ろしい。独仏が米国離れをする状況で、逆に米国に恩を売るという思考もあっていいと私は思う。それにイラク派兵に反対する人は、イラク派兵による米国との関係緊密化というメリットには全然目を向けない。もともとイラク派兵にかかわらず、いつも平和平和!戦争反対!の掛け声の護憲派の平和主義者が多いようだ。 ----------------現時点で私自身に判断が下せないと言うこと自体は事実なので、仕方がないと思っている。私個人の判断能力を越えている。私だけの能力の問題ではないと思う。これが小泉首相のように為政者であれば、何らかの判断を下してアクションしなければいけないのだが、一国民である私は、今ここで後戻りできない大決断をしなければならないという公的な立場にはいない。と言うことを考えてみると、やはりこういう状況になると、日頃は気楽そうに見える為政者の「責任」というものは実に大変なものだと思う。一国の、全国民の歴史を変えてしまうのだから。 ----------------日本の民間人というのは,ソフト・ターゲット中のソフト・ターゲットだ。抵抗勢力側のターゲットが、国連→赤十字→米国民間人と、ソフトへどんどん移行する流れの中で、その究極のポイントまで来てしまったと言える。特にこの数日、米軍はファルージャを爆撃したし、聖域のモスクまで攻撃して、最後の一線まで越えてしまった。冷徹な計算ができなくなっているようだ。そういうこともあって、今やイラクはモラルも道理も何もない、完全なゲリラ戦の戦場になってしまっている。それもゲリラ側のもくろみ通り、占領軍vsイラク国民という図式になってしまった。開戦以前の意識の持ち方や準備を含めて、米軍側の愚かさにはあきれ果ててしまう。以前に私は、「米国人は他国人の、特にアジア人などの文化・考え方を(例えば欧州人などに比較して)最も理解できない民族だ」と書いたことがあるが、その思いは今も変わっていない。異文化への取り組み方として、これほど愚かな人達も珍しい。 ----------------「自衛隊の派兵はいけない、民間のNGOなどの形で援助すればいい」という意見もあったが、これには私は反対だった。あんな危険な地域に丸腰の民間人が行けば危険きわまりないので、行くのなら自衛隊しかないだろうと書いた。自衛隊が行けば人的被害が出ないという保証はないが、少なくとも自衛の手だては打てる。それに自衛隊員というのは、万が一のケースでは戦死の可能性もある・・・とうことを覚悟している(はずの)職業、職業軍人だ。 ----------------民間人が世界で最も危険と知れている地域に出向くのは、バグダッドでの「人間の盾志願」と同じで、迷惑行為ではないだろうか?日本大使館員が殺害された時点で日本人の危険性もわかっていたはずだ。無差別に攻撃される、ターゲットになりうると言うことがわかっていなかったとは言わせない。ただ、今回の3人の人達の「素晴らしい人間性」はよくわかるつもりだ。誰だってわかる。人間として最高の人々だと思う。しかし、今この時期に、この状況の中でまで敢えて戦争状態の最高に危険な地域に行くのは半ば自殺行為だし、迷惑行為だ。今晩のテレビ・ニュースで知ったが彼らがイラク入国する寸前に宿泊したホテルの従業員たちも、彼らに「危険だからイラクには行くな」と助言している。おまけに彼ら自身が「イラクに行けば、自分たちは死ぬ危険もあるだろう」とまで、現状の危険さを認識している。繰り返すが、その目的がどれだけ善意であろうと、紛争・戦争状態の所に自分の意志で渡航するからには、「自己責任」で対処してもらうより仕方がない。自己責任だけではすまない。困った時だけ「助けてくれ」と言われてもどうしようもないではないか?「是非救出を!」といっても、どう救出するのか?金銭取引になるのか?おまけに実際の救出作戦では二次災害で死者が多数出るかも知れない。今から思えば、日本政府は早めにイラクへの一般日本人の渡航禁止の処置をとるべきだったと思う。 ----------------今回の邦人誘拐事件において、犯人側の要求通り三日以内に自衛隊を即時撤退させるということはするべきではないと思う。イラク派兵の是非には判断がつかないままだが、現実としてすでに派兵に踏み切っている。もう後戻りはできないと思う。もし本当にそんなことをしたら世界の笑いものになる。スペインが撤退方針を出したのは政権交代という理由があるが、それが日本にはない。せっかく犠牲を払ってキープしようとした日米関係も悪化して、元も子もなくなる。第一、テロに対してひれ伏すことは悪循環に陥るだけだ。テロには妥協してはいけないというのは国際的な合意事項だ。 ----------------日本赤軍事件に関連して福田元首相は「人間の生命は地球より重い」と言って日本赤軍の犯人達を超法規的処置で釈放して国外に逃した。その結果はどうだったか?その赤軍一派が国外で勢力を伸張させた。それがイスラエル空港での岡本公三の大量虐殺事件や、拉致事件への関与を生んだ。 ----------------いずれにしてもこれ以上の苦渋の決断はないが、テロに屈してはいけない。3人の家族がカタールにすぐ飛んで、アル・ジャジーラに出演して犯人たちに、アラブの世論に呼びかけるのがいいと思う。他の手段はおそらく無駄だろう。 ----------------私はロンドンにいた時、イラクの現場でのゲリラの出没に悩んだ本社の指令で有名な「リスク・○○○○ー○」という会社に対策を依頼に訪問したことがある。出てきた相手側の人間の数人は見るからに元英国空挺部隊と言ったおもむきの肉体派の猛者か?それともMI5、またはMI6出身と言ったタイプの頭脳派の人間だったが、驚いたことにはゲリラ(その時は反フセイン勢力=つまり現在のシーア派)を撃退する方法として、こともなげに「火砲で撃退しようか?」と私に聞いたことだ。当時の蟻も漏らさぬフセイン恐怖政治の中で、火砲を使用するなどとは私は思いもよらなかった。「どうしてそんなことが可能なのか?」と聞いた私の質問には彼らは答えようとはしなかったが、あらためてイラクという国を(アラビアのロレンスの夢とは別に)ヨルダンとともに作り上げた英国のイラクにおける浸透力にギョッとした。今回も、米国の協力を受けるのはもとよりだが、英国の諜報機関にコンタクトするのは必須だと私は思うのだが。
2004.04.09
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作家2507さんが「日本語は方言が多いと言われるゲルマン語族よりも方言が多いらしい」とおっしゃったので、ゲルマン語を含めた印欧語の事を書いてみたい。印欧語とは「インド・ヨーロッパ語族」の事である。「ヨーロッパ語族」はわかるが「インド」はどういうことだ?という疑問の声があるかも知れない。実はインドの宗教言語サンスクリット語が欧州語族と親戚関係にあることがわかったので両者をくくって「印欧語」と呼ぶことになった。カルカッタの東インド会社で判事を務めていた Sir William Johnes サー・ウィリアム・ジョーンズという人がサンスクリット語を研究していたら、実に意外なことにこの世界の果ての言葉、サンスクリット語がギリシャ語やラテン語に似ていることを発見したのだ。当時は大発見だったのだが、私が後知恵で今考えてみれば、インド人というものはイランの方から移動した遊牧民のアーリア人がインダス川を越えてデカン高原に侵入して土着の民族、ドラヴィタ人などを征服したのだからインドの主要な言語がアーリア系の印欧語であることは当たり前だと思う。カースト制度もこのアーリア人とドラヴィタ人の住み分けから始まったらしいのだ。もっともインドの言葉が印欧語系と言っても、全部が全部そうであるわけでもない。妹尾河童氏の著書「河童の手のうち幕の内」(新潮社)という雑誌によれば、今から約四十年ほど前のインドの国勢調査で、インド国内には1,652種類の言語があることが判明して、政府当局も仰天したという。「インド人もビックリ」だから例えば10ルピーの紙幣にも1,652種類の言語で「10ルピー」と書いてあるのだ。・・・というのは当然、いつもの私のわかりやすい?ウソで、いくらなんでも紙幣に1,652種類もの言語は印刷できない。その結果の妥協案として1,652種類の言語を代表して、14種の言語がめでたく印刷されているという。私もインドには数回行ったが何しろ汚い紙幣だったのでそこまでは詳しく見ていないのだが、この妹尾河童という人は私を上回る(下回る??)オタクなもんだから、そこんとこを偏執狂的に書き込んでくれている。その14種の言語の名前をこれから書くから覚悟するように!???※ アッサミー語※ グジャラティ語※ カシミール語※ マラティ語※ パンジャビ語※ タミル語※ ウルドー語※ ベンガリー語カンナダー語マラヤナム語オリヤー語※ ラージェスターン語テルグ語※ ヒンディー語私にも※印のついた言語はどこで使われているか?大体見当がつく。しかし、1,652種類っていったい・・・。インドとは実に奥深い謎の国だ。 ~~~~~~~~~ついでにもう一つのインドがらみの語学上の、及び民族学上の大発見がある。ハンガリーと言えばジプシー・ヴァイオリンなどで有名な国だが、インドからの留学生がしゃべる言葉をあるハンガリー人が聞きとがめた。ジプシーの言葉に似ているのだ。いろいろあって、結局ジプシーはインドのある村から放浪の旅に出てついにヨーロッパに到達した立派なインド人であることが学術的に判明した。ジプシーの人達がその出身の村を訪問したら、その村の言葉とジプシー語の会話で70%通じたと言うからすごい。昔ジプシーは、エジプト出身の人達だという説もあって「(イ)ジプト」からジプシーと呼ばれた。あるいはボヘミア(チェコの一部)から来たのでボヘミアンと呼ばれた。チゴイネルとかジタンとかいろいろ呼ばれている。そういえばフラメンコを踊っているジプシー女性のシルエットが箱に印刷されているフランスのエジプト葉の濃い香りと味の煙草に「ジタン」というのがある。ジプシージプシーと気易く呼んだが、今はジプシーという呼び方は禁句で(差別用語と言うことなのかな?)ロマと呼ぶようになっている。なんでもジプシー語で、いやロマ語で、ロマとは「人」と言う意味だそうだ。アイヌ語のアイヌもそうだたんじゃなかろうか?エスキモーも今は言っちゃいけない言葉で「イヌイット」と呼ばなければいけないらしい。似たような濃いフランス煙草にゴロワーズというのがある。ゴロワーズとは、「ゴール人」という、フランスにいたケルト民族の一部族のこと。フランスの大統領にド・ゴールと言う人がいたが、この人など自分の姓が自分の出自を自ら物語っている。先祖がゴール人なのだ。 ~~~~~~~~~語学と民族の話は長くなるので今日はこのへんで打ち止め。
2004.04.08
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昨日の日記で「日本のいい点」というテーマでいろいろ書いたのだが、制限の10,000字を大きく越えてしまった。書き切れなかった部分を本日分として書こう。11) 日本語は最高の言語の一つ英語は実質世界語になったと思うし、非常にロジカルな言語である上に、文法が簡単で習得が容易なところも世界語の要件を備えていると思う。今世界の空港と一流ホテルで英語で用が足せないところは無いはずだ。もっとも英語は簡単だといっても native speaker の英語は成語・熟語・聖書やシェークスピアの下敷きなどの知識がないととてもついて行けないものだけれど、makhさんの言うように native speaker の英語と世界英語というものを分けて考えて、コミュニケーション・ツールとして英語を考えればいいと思う。言語は植民地を持たないと言語人口を増やすことが出来ないと思う。その点で英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語は植民地獲得に精を出しただけあって、巨大な人口を持っている。アラビア語もアラブ圏を持っている。ロシア語もソ連という大帝国のおかげでロシア語を植え付けた。中国語は華僑のせいで各国に進出しているものの、華僑以外が中国語をしゃべるというレベルまでには及ばないでいる。日本は台湾と朝鮮で日本語教育をした。ソロモン諸島などでも日本語教育をしたようで、お年寄りは流ちょうな日本語をしゃべるという。しかし、これ以上日本は植民地を持つという可能性は少ない訳で日本語が世界語になることは難しいと思うが、別に世界語にどうしてもなって欲しいとまでは思わない。会話レベルの日本語は外国人に言わせると案外簡単なのだそうだが、読み書きとなるとそうはいかない。漢字という大きなハードルが立ちはだかる。中国人ならこのハードルが大分、小さくなると思うが、漢字になじみのない欧米人には、漢字に加えて平仮名+カタカナが併存する日本語は読み書きレベルでは難物だろうと思う。欧州などで日本語とはどんなものだと質問されることがあるのだが、平均的日本人は数千の漢字を操る上に平仮名+カタカナという文字もあるのだというと、ひっくり返ってビックリする。それがウソでないことを証明するために漢字をスラスラと書いて行くと、だんだん私を見つめる目が尊敬の色を示すようになる。「日本人は頭がいいからこんなの簡単なんだよ」と煙に巻くことにしているのだが、そういう意味なら中国人も天才と言うことになる。日本語は本来の大和言葉に加えて中国語を輸入したおかげで、極めてリッチな言語になった。万葉集の時代にはまだ平仮名もカタカナも発明されていないので、万葉仮名といわれる漢字で大和言葉を表現した。漢字というのは一字ですごい量の情報を供給するすごい発明だと思う。しかし、漢字にも欠点がある。漢字ばかりでは極めて窮屈だし、助詞などが無いようだし、すべてが情報量の多い漢字である必要もない。かえって情報量が多くなくてもいい部分がある方が、情報に強弱のアクセントがついて読みとりやすいと思う。その意味で平仮名の発明は実に日本語の機能を増大したと思う。その他にもある。例えば今は外来語担当になっているカタカナへの変換だ。coca colaを日本語ならコカコーラとカタカナで表示するだけだ。coca colaという原型をそれほど変えずに素直に表現できる。中国語だと可口可楽となる。ともに原語の発音を真似ているのだが、日本語の方はカタカナなら法則性があってそのまま素直に発音的に近いコカコーラとなるが、中国語ではそうはいかない。同音異語がいっぱいあるからその中から選択して、その上である程度意味も合致したものを選んで、いちいち造語するのだ。カタカナは造語する必要がない。どんな外来語でもほぼ同等のカタカナで変換できるのだ。その意味で、どんなに大量の外来語が入ってきても日本語は平気なのだ。カタカナに変換してしまえば無尽蔵に飲み込めるのだ。中国語のように coca cola を可口可楽と造語・変換して、それを発表して、一般人に認知してもらうようになる長い段階を経る必要もない。それに、まだ本国語に変換されていない外来語でも日本語なら、個人の判断で何語でもカタカナに変換してしまえばいいので、このへんの差は誠に大きい。
2004.04.07
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人間というものは贅沢なもので、自分を取り巻く環境が恵まれたものであってもついグチを言いがちなものだ。そういう私もそのグチの筆頭なのだが、今日はちょっと視点を変えて、日本のいいところと言うものを考えて見ようと思う。私も老後は海外に移住しようか?と考えたものだが、いざ老後になってみると、やはり日本に勝る国は無いと思うようになった。思いつくものを順不同に書く。1) 日米安保があること日米安保があったので軍備費の負担が少なくてすんだ。その分を経済に回して日本は史上最高のスピードで経済大国におどりでた。それになにしろ世界最強、それも断トツの米軍に守られているのだから、簡単に日本に攻めてこようという国もなかった。もっとも米軍が日本を守るつもりでいるのか? それとも、単に東洋における米軍の便利な拠点だという気持ちに過ぎないのかはハッキリわからないところだけれど。米国と軍事同盟を締結している国はどれほどあるものなのだろうか?米国のイラク侵攻などへの非難はあっても、お雇い用心棒としてはこれ以上頼もしいくには無い。2) 資源が無いこと日本は資源が無い。石炭も石油も雀の涙だ。しかし、その分、最も安い資源を外国から輸入することができる。高い補助金を払って無理矢理国内資源に頼ることも必要がなかった。3) 国土が狭いこと国土が狭いから移動も最短ですむ。日本で、特に都会では本来自家用車など必要は無いと思う。これだけ電車網が発達して、本数が多くて、ダイヤに正確な国は無いだろう。4) 人口が多いやはり最高の資源というのは人間だと思う。その資源が国土の単位面積あたりでは最高で、しかも教育程度が高い、文盲率世界最低の、逆に言えばリテラシー最高の日本は世界最高の資源国だと思う。5) 新聞の宅配がある毎日、新聞配達がある国というのは案外少ないと思う。米国は「新聞配達のジミー少年」という歌があるほどで、新聞配達があるが、英国は無かった。大抵の国では新聞は店や駅売りで買うものだ。新聞配達制度は日本の高い識字率(リテラシー)の裏付けがあってのものだろうけれど、国民の文化度に大きく貢献していることは確かだと思う。これは塵も積もれば山となるというか、すごいことだと思う。新聞配達制度のない国の人々と話していると、新聞のおかげで国民すべてが同じ話題を共有している日本と違って、その知識がマダラだなと思うことがある。6) 活字に親しむ人が多い新聞配達制度とも関係があるのだと思うけれど、日本人は活字に抵抗がない。先進国でも都会以外ではあまり活字類を読んでいる人を見ることは少ない。階級社会の欧州では労働者階級の人が新聞や週刊誌を習慣のように読むということは比較的に少ないと思う。7) 本屋が多い本屋の数はその国の文化のバロメーターだと思う。その点では日本は立派に合格点だと思う。昔、私がインドネシアに赴任した時は驚いた。今はそんなことは無いはずだけれど、ジャカルタという首府で本屋が見つからないのだ。人から教えられてやっとジャカルタに一つだけあった百貨店の片隅に本屋を見つけた。その前の赴任地がヴィエトナムのサイゴン(今のホーチミン)で、そこでは本屋が多くあったし、路傍での野外マーケットでも本専門に売っているおばちゃんが結構いた。ヴィエトナムは中国文化の南限で、昔は漢字の国でもあった。一口にインドシナ三国(ヴィエトナム・カンボジア・ラオス)と言って、文化圏としてはダブル部分もあり、異なっている部分もある。ヴィエトナムは廻りのタイ・カンボジア・ラオスなどと共通の東南アジア文明を根幹に持ちながらも中国に数百年征服されて中国文明を大幅に受け入れている。漢字もその一つだし、暦や生活習慣にかなり中国の文化を受け入れている。ヴィエトナムには山岳民族の少数民族がいる。中国の雲南省にも分布している人達だ。それに加えてチャム帝国というものがあった。肌色の黒いオーストラリアのアボリジニと関係があるのではないかともいわれている少数民族でチャム人というのがある。過去にはチャム帝国を築いた。この国がインド文化、ヒンドゥー文化の影響を受けていたともういう。実際にチャム人を知っているが、ヴィエトナム人とは明らかに別人種。頭の毛も縮れている。インドネシアにもパプア・ニューギニアなどのアボリジニーと関連があるのではないかといわれている人々がいる。学生時代に新宿のトリスバーで隣に座った人間を米国の黒人だと思って話していたらインドネシア人だった。縮れ毛に真っ黒な肌でてっきり黒人だと思っていたし、本人もみんなにそう思われるといっていた。タイにも中国系の血と文化の残滓が認められる。バンコックの主要な経済人や政治家の半分以上は中国系だろうと思う。本当は東南アジアには中国文化だけではなく、インドの文化とアラビアの文化が重層的に基盤となっている。タイ・ラオス・カンボジアなどの民族舞踊はインド式だし、その代表的な曲目「ラマヤーナ」は古代インドの伝説だ。アラビア商人もインド洋を渡って東南アジアに根を下ろしていた。大都市にはアラビア人街というものがあって、かってのアラビア商人達の末裔が生き残っているし、その面立ちにはアラビア人だなと思わせるものがある。インドネシア・マレーシア・タイ・フィリピンの回教徒の存在がアラビア文化の名残を示している。え~と、話が横道にそれてしまったのだが、知識の伝達方法の王様はまだかろうじて「本・書物」だとおもう。それに外国に住む場合は、日本語の本や新聞が欲しいままに手に入るということはない。インターネットで読めるものは主要なニュースだけであって、論評や書評や、家庭欄や映画の宣伝までを含めて新聞の全部を読めるわけではない。ましてやインターネットに頼れなかった昔は日本の新聞が恋しかった。旅行中に大きなホテルなどで売っている日本の新聞を買い求めてむさぼるように読む時の幸福感は今でも思い出すほどだ。シチリア(シシリー)島でヴァカンスを過ごしたことがあったが、その田舎町の本屋になんと朝日新聞が売られていて、大喜びで毎日、買いに通った。今は欧米の大都市に日本の書店がある。ニューヨークのマンハッタンなんかは紀伊国屋・旭屋の超大型書店があるし、その他にもいろいろある。しかし、その値段は日本の定価の少なくとも2倍、または3倍ほどするのが問題だ。しかし、僻地だと日本書店など無い。ではどうしたらいいのか?今思いついたのだが、通販という手もあった。例えば日本アマゾンに注文して取り寄せることが出来る。僻地でも平気なのだ。金さえあればこの問題は解決できるわけだ。8) 古本屋の存在新刊本は、金さえ糸目をつけなければ、アマゾンなどの通販店で買うことができる。では古本屋はどうか?これも通販があるのだが。問題は、新刊書の場合にも言えることなのだが、店で本の立ち読みで、その本の「買うべきか否か?」の価値評価をすることができないことだ。新刊書・古本と言ってもそれこそ万巻の書があるわけだから、私がその内容を知っている本なんてごく一部だ。新刊書は新聞広告などのせいか? 大体その中身が見当がつくものだけれど、古本はそうは行かない。片っ端から読んでみないといけない。それなのに古本屋さんの通販では肝心の立ち読み(というか値踏みのためし読み)ができない。これも財産が無尽蔵なら片っ端から通販で送ってもらうという手もあるかも知れないけれど、現実にはそうは行かない。それに古本屋さんが海外に送ってくれるかどうかも保証の限りではない。通販をしていない古本屋さんも圧倒的に多いし。東京でいえば神保町や早稲田などの古本屋街というものがあるけれど、これらの存在だけでも「外国に住んじゃダメ!」という立派な理由になってしまう。9) 食生活が豊富日本人は雑食性だと思う。外国でも大都市には外国料理店というものはあるが、地方にはそうそう無い。それに文化と料理は外国に影響をうけるものだけれど、なかでも日本料理はすごい。日本料理そのものが実質世界料理と言えるものになっている。懐石料理とか寿司とかの日本本来の料理は別として、今の日本の家庭の夕食などは、もはや日本食と言うよりインターナショナルな食事だと思う。カレー・ラーメン・ロールキャベツ・ビフテキ・・・、それにとどまらないし、最近は特に外国料理のレシピが入ってきてさらにすごいことになっている。10) 山地が多い日本の国土は70何パーセントが山地だということを学校で習った。これに対してオランダなんかに山はない。だから同じ人口密度をいっても日本のそれとオランダのそれは実質比較にならないほど日本の人口密度が多いのだ。海に堤防(ダム)を伸ばして干拓して国土を伸張させてきた。「神は土地を作ったが、オランダの国土はオランダ人が作った」とオランダ人がいうのももっともだと思う。韓国の山は丸禿げらしいが飛行機からながめると日本の山は緑だ。将来は地球が温暖化して海面が上昇するようで、南海の珊瑚礁の小国などで水没する国が出てきそうだが、日本はその点大丈夫だ。今のように海岸ベリの平野には住めないことがあるかも知れないが、いざとなれば山に逃げ込んで昔の「山彦」になればいいのだ。または人工エラを発明して水棲動物になって「海彦」になればいいのだ。昔、「アマゾンの半魚人」という映画があったが、なにもあんなイグアナのような顔にする必要もない。この他にもいろいろ書き込んだら文字数が制限の10,000字を大きく超過してしまったので一応ここまでとする。
2004.04.06
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今年はプロ野球(といっても阪神タイガースの試合だが)のテレビ・ラジオ実況を止めようと思ったのだが、やはり見ている。止めようと思ったのは年間140試合を全部見て、その後スポーツニュースを見ていると一日で少なくとも5時間ぐらいの時間を取られることになる。140 x 5時間=700時間/年間これほどの時間があれば、積ん読の山をかなり処理できると思ったのだが・・・。それでも、少々多少は改善?を試みている。○できるだけラジオにする。 ラジオというのは「ながら作業」ができるからいい。○テレビを見ている場合も、阪神の守備の回だけはできるだけラジオにする○試合時間にはできるだけ外出する 古本屋などがいいこれだけ努力しても?やはり、結構見てしまっている。で、今年の阪神はどうか?私は優勝すると思う。対抗馬は巨人・中日だと思う。巨人は投手陣の中継ぎ・抑えが弱体。しかし、これはこの数年、じゅうぶんにわかっているのだから、この弱点を補強しなかった企業努力の不足が理解できない。ペタジーニ・清原という二人は同時に出場できないのだから 1+1=2 ではない。1+1=1 なのだ。ローズはさすがに怖い。小久保も怖い。しかし、野球はやはり投手陣なので、最後にはバランスの取れた阪神が優勝するのではないかと思う。阪神の投手陣では福原がいい。去年復活した時に、これほど進歩した選手は珍しいと思った。後ろ(バックスィング)が小さくなり、前(フォロー・スルー)が大きくなり、バランスがよくなった。この結果、コントロールがよくなり、変化球もキレが増した。これは負傷欠場している間に伊良部のピッチングを参考にしたのだと思うが、これだけ変身した選手も少ない。このお手本にされた伊良部だが全然ダメ!盗塁はされ放題だし、昨年の後半戦・日本シリーズを通じてほとんど勝っていない。昨日の試合でも予想通り。彼の取られた5点以外に他の投手は得点を取られていないし、阪神も4点までは取った。今年は膨大な年俸で一年契約をしたが、こんなすごい金額を彼に払う必要はないと思う。若手を使う為にも彼は切るべきだった。彼との契約を推進したのは星野前監督だという話だが、よけいなことをしてくれたと思う。星野は伊良部を口説いて入団させた義理があるのだろうけれど、それは星野の個人的な感情だろう。星野は日本シリーズでも伊良部を二度も投げさせて日本シリーズ敗戦の原因を作った。「ペナントレースの通りの投手起用だ」と星野は言い訳をしたが、ペナントレースと短期決戦の日本シリーズは別物だろう?だから三度も日本シリーズに挑戦して一度も勝てなかったのだ。冷徹な選手起用で勝負に勝つことが結局選手のためにもなり、選手に強さと喜びを与えることになるのだということを知って欲しいな。(と言ってももう監督ではないわけだが)リガンは今年習得したフォークボールが効果的で、昨年以上に活躍すると思う。ウィリアムズはまだ調子が出ないようだ。昨日投げたオリックスから移籍の牧野は中継ぎに結構使えそうだな。鳥谷は右肩が突っ込む欠点が強制できないので内角が打てない。外角の流し打ち専門になっている。その欠点が矯正できるまで、藤本を起用すべきではないかな?岡田監督が落ち着いた采配ぶり。采配ミスはまだないんじゃないかな?昨日の伊良部起用以外は。
2004.04.05
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巨人vs阪神の3連戦でセ・リーグが開幕した。私は幼少時からの阪神ファンだが、ひどく旧式な阪神ファンであって、この頃のタイガース・ファンではない。試合そっちのけでメガフォンを叩いて大騒ぎなんて、私は絶対にしたくない。好プレーがでた時だけ、手を叩きたい。 ----------------幼稚園の時から父親に甲子園に連れて行かれたので、ほとんど自動的に阪神ファンになったのだが、それなら、同じように阪急ブレーブスの試合も西宮球場に見に行ったのに、それに阪急沿線に住んでいたのに、阪急ファンにならなかったのはどうしてだろう? ----------------阪急ブレーブスというチームには、どうも華がなかったのだろうか?ただ実力は十分あった。米田哲也、梶本隆夫というスーパー・エースがいたのだが、その他の選手の印象は少ない。もっとも、そのもっと昔のブレーブスには黒人のニューベリーという投手とブリットンという三塁手がいて、レインズというショートなどはデビューの年に首位打者となって翌年はすぐメジャー・リーグに転出してしまった。こんな事を書いてもわかる人なんて恐らくいないだろうけれど。 ----------------こう書いてくると、野球観戦というものも私の人生の中でけっこう印象深いものがあると思う。上に書いたように、幼い頃から甲子園で観戦したのだが、これは高校野球と阪神タイガースの試合の両方になる。記憶にある最も古い阪神タイガースの試合では、後に新発足したパシフィック・リーグの毎日オリオンズに引き抜かれた別当薫のプレーを見たような記憶がある。もう一つ確かではないのだけれど。その後、高校野球では和歌山新宮高校の超高校級、前岡勤也を見た。これはハッキリした記憶だ。前岡は当時、超高校級という呼び方をされたすごいピッチャーで、卒業とともに阪神に入団。ハンサムで長身。契約金が当時としては破格の400万円。話題性がすごすぎて、プレッシャーに押しつぶされたのか?練習もしないうちに投げさせられて肩を痛めたかで、結局全く花を咲かせないままに終わった。新宮高校のユニフォームは阪神と同じ縦縞だった。足を上げて投げ込む左腕のフォームには子供心にもオーラを感じた。彼が大成していれば阪神の人気は凄いものになっていただろうと思う、それほどの印象だった。この年は超高校級の当たり年で、前岡レベルの投手が少なくともあと二人はいた。小倉高校の畑に中京商の中山だ。この二人も見たということは、けっこう高校野球に通っていたと言うことだろう。この超高校級達はその年のイベントである全日本としてハワイ遠征に出かけた。高校野球で記憶に残っているのは徳島商の板東と静岡高校の石田。特に板東はエラの張った顔でとても高校球児とはおもえないオッサン風だった。静岡高校の石田は早稲田に入学したのだが大学野球では芽が出ないままで終わった。私の高校時代の級友(野球部のエースだった)も早稲田の野球部に入っていたので戸塚球場には時々顔を出していたが、彼もとても早稲田のレベルにはついて行けないようで彼の顔を見ることは出来なかったし、石田投手もレギュラー組には入っていなかった記憶がある。一度扁桃腺で40度の発熱をしたが、ちょうど早慶戦で、フラフラのまま神宮に連日出かけ、声の限り応援した。考えてみれば今の阪神ファンのことを全く言えない状態だった。言い訳をさせてもらえれば、対抗戦という雰囲気はちょっと特別だから。優勝の提灯行列をして早稲田から飯田橋を往復してから新宿に向かった。当時は優勝すると慶応が銀座、早稲田が新宿にくりだしてビアホールでビールの飲み放題。そのビール代はビアホールのおごり・・・といういい時代だった。新宿コマのあたりで気勢を上げていると、お付きを二人ぐらい連れた立派な年輩の紳士が「優勝したんだな これで飲みなさい」といって一万円札を手渡してくれた。恐らく先輩だったのだろうと思う。大喜びで飲みに行こうとしたら、だれかがその一万円を持って逃げて、大宴会は夢に終わった。それからまだ朝方まで騒いで、アパートに帰ってぶっ倒れて一日中寝たら、翌日はケロリと元気になった。「若か~った、あの頃・・・♪」・・・という事になる。 ----------------難波球場というのがあった。大阪球場とも呼ばれた。南海ホークスのホームグラウンドだった。この球場は観客席が狭かった。特にバックネット裏なんて、奥行きが無くて断崖絶壁から見下ろしているようだった。野村捕手が地味にプレーしていた。阪神の代表の息子さんが小学校の級友で、クラスごと甲子園に招待されたことがある。その時のピッチャーは阪神に入団して初年か?二年目の白面の渡辺省三。ミスタータイガースの藤村富美男。この人はそれほど背が高いわけでもないが、まるでタンクのようなガッチリしたからだ。全身に精気がほとばしっていて、他の選手とはオーラがまるで違った。今の選手のようなスマートさなどとは無縁の、オッサンくささがむんむんした人だった。これにくらべて川上哲治選手はそれほどのオーラを発散していた記憶はない。もともと色白の人が日焼けしたような肌色だった。しかし、しっかりヒットを打っていた。ま、このゲームも、やはり巨人が勝った。 ----------------テレビで観戦した阪神ではやはり、小山、村山の両投手が印象に残る。他にも大崎、バッキーといういいピッチャーがいた。打者でのソロムコ、ラインバックというファイト溢れる外国人選手がいた。それにしてもサード・三宅、ショート・吉田、セカンド・鎌田の内野陣はすごかった。特にショート・吉田。この人ほどのショートは空前絶後だろうな~。南海ホークスの木塚が匹敵するかな?今日は年寄りの単純極まる思い出話に終始しました。
2004.04.04
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今回の文春事件ではじめて「憲法」を読んでみた。小学館から出ている「日本国憲法」という薄い本がある。日本国憲法が大きな活字で書かれていて、読みやすい。ただ、意味のない写真が2ページごとに見開きで入っていてこれがじゃまだけれど。巻末に「大日本帝国憲法(旧憲法)」も掲載されているから便利だ。今回の文春事件では憲法のプライバシー権と表現の自由権が焦点だったが、いままでの憲法をめぐる議論といえば、ほとんど第九条をめぐるものだった。 ----------------第二章 戦争の放棄第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。(2) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。 ----------------これを素直に読めばどうしても自衛隊は違憲だ。日本を占領した連合国総司令部(GHQ)は、日本が二度と世界的な大戦を起こさないように日本から軍隊を取り上げて、なおかつ交戦権も否定した。それがそのままにこの第九条に反映している。これで軍隊もなければ交戦権も無いという赤ん坊状態になった日本だったが、米軍という頼もしい親が日本に居座って(占領して)守ってくれていたのだから、その間はなんの心配もなかった訳だが、その内に世界の雲行きがおかしくなってきた。共産主義諸国と資本主義諸国との関係が対立的になったし、朝鮮戦争が勃発して、米国は日本に軍隊を持つように命令、しかし軍隊を持ってはいけない建前だから名称に工夫を凝らし、こうして自衛隊の前身である「警察予備隊」が発足した。軍隊ではなくて警察であるというまやかしになる。その警察予備隊が自衛隊に改名されたのは、憲法では「自衛権」まで否定されてはいないという考え方に基づくものだろうか?「国の交戦権はこれを認めない」と規定されているが、自衛権は交戦権のらち外なのだろうか? ----------------今でこそ日米は蜜月状態だし、当分はそんな状態が続くとは思われるが、中長期的に考えてみると、日米が果たしていつまでそういう状態が継続するかどうかは誰にもわからない。日米安保条約が延長されない可能性もあるし、延長以前に廃棄される可能性だってあるはずだ。強力な用心棒に去られた後の日本はどうすべきなのだろうか? ----------------話がちょっとズレるが、私は現実主義者だから非武装中立なんて夢物語だと思っている。欧州では少し車で走れば隣国との国境に至る。国境と言っても踏切みたいなものだが、過去にはそこを越えて戦車隊が疾風のように攻め込んできたのだ。朝目を覚ませば窓の外を敵国の戦車隊が進行しているというのも悪夢ではなくて現実だったのだ。ポーランドなどは国土が欧州の真ん中で、地形が平原であることもあって、ドイツとロシアという欧州最強・・・最悪と言ってもいいが、そんな隣国を持っているばかりに、往復ビンタのように侵略と征服を繰り返された国だ。ポーランドという国名が消えたこともある。こんな国で非武装中立を実行したりすることは誰にも考えられない。ポーランドだけでは無く、欧州で非武装中立なんて言い立てても、こんな過去のすざましい侵略と征服の歴史があるのだから、だれも賛成しないだろうと思う。オオカミの前で「私は敵意がありませんよ」と言ったところでなんの効果も無いと同じ事だ。 ----------------こんな笑い話を読んだことがある。あるハンターがライオンを仕留めてやろうとアフリカに向かった。ライオンを探してキャンプをしていると、目の前にライオンがいる。ライフルはちょうど手元にない。一心に神への祈りをしていると、ライオンもお祈りをはじめた。しめた!と思ったハンターがライオンに尋ねた。「やはり、人間を喰うという事は悪いことだと反省しているのかい?」するとライオンが答えた。「いや、食事の前の感謝のお祈りをしているだけなんだ」 ----------------日本も今までは自然の要害である海に囲まれて、直接的な外国の侵略はあまり経験しないままに今日に至った。元寇の役という元+高麗連合軍の来襲だけが唯一の国難だった。しかし、ミサイルの発達や航空機の発達によって、もはや海も万能の軍事的障壁ではなくなった。現に北朝鮮は200発の、中国からは50発のミサイルがその照準を日本に定めているという。専守防衛と言っても、発射されたミサイルを迎撃して打ち落とすことはほぼ不可能だという。こんなミサイル時代の到来で従来の専守防衛という概念も意味を持たなくなったのではないかと思う。とすればこのミサイルが発射に向けて注油されはじめた時点でミサイル基地を叩かないと、北朝鮮が韓国に向かって恫喝したように「(東京およびその他の日本の大都市は)火の海になる」現実の可能性を否定できない。そうしてこのミサイル発射ボタンを押せる、または押す指令を出せる人物は独裁国の独裁者なのだから、だれもこれを止めることはできない。まともに考えれば、この独裁者が日本を破壊した後に、自分だけは安全に生き抜くと言うことは考えられないが、それも「まともに考えれば」という条件での話。彼のみならず、人間がいつも「まともな感覚でまともなことだけを考え、行動する」という事には何の保証もない。まさに日本の命運は某国の独裁者次第なのだと思うと共に、某国との交渉は実に日本の生存に関する最大関心事だし、最も難しいデリケートなものだと思う。今までは対北朝鮮に関しては拉致事件に対する憤激などもあって、強硬論でどんどん行って欲しいと思っていたのだが、現実をよ~く考えてみると、問題はそれほど単純なものではないな~と、つくづく思う。
2004.04.03
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共同通信の記事で面白いものを見つけた。----------引用-----------早大に合格した旭鷲山が入学式に出席~~~~~~~~~~~~~~~~~紋付き羽織はかまの正装で早大の入学式に臨む大相撲の旭鷲山関。(写真)大相撲、西前頭筆頭の旭鷲山昇関(31)=本名ダバー・バトバヤル、モンゴル出身、大島部屋=が1日、東京都新宿区の早大戸山キャンパスで行われた早大の入学式に出席した。旭鷲山関は1992年春場所で初土俵を踏み、95年春場所にモンゴル出身初の関取となった。横綱朝青龍関ら角界で活躍する同国勢のパイオニア的存在。昨年末に早大の人間科学部通信教育課程に合格した。旭鷲山関は紋付き羽織はかまの正装で、同級生たちと一緒に式に臨んだ。---------引用終わり-------旭鷲山関が早稲田の通信教育課程に入学したということは知っていた。それにゆくゆくはその文化を尊敬している日本に帰化したいとまでいっているそうだ。その向学心にビックリするとともに、そんなに日本文化を評価してくれるのかとうれしい気持ちだった。 ----------------今日のスポーツニッポンに関連記事があった。----------引用-----------早大入学式に出席旭鷲山 相撲部強化に意欲的紋付き姿の旭鷲山は「最高の気分、何年かかってもいいから卒業したい」とやる気十分。二児の母である妻・ボヤンビレグさん(24)も今春、文化女子大観光学科に入学。夫妻そろって大学生になった。旭鷲山は3人しか部員のいない相撲部の強化にも意欲的。自らはアドバイザーを務め「部員に胸を出し、トレーニングもいっしょにやりたい。ちゃんこの作り方も教えるよ」と大学生活に夢を膨らませていた。---------引用終わり-------奥さんも文化女子大か?夫婦そろって向学心があるな~。立派。それにしてもモンゴルの人は日本語が驚異的にうまい。横綱の朝青龍なんて、「この頃の若い人」なんかより上なんじゃないかな?蒙古語と日本語は文法的に似ているはずだから有利さはあるだろうけれど、それにしても・・・と、思う。そういえば司馬遼太郎さんが大阪外語の蒙古語科卒。モンゴルでは超有名人らしい。 ----------------周防正行監督の「シコふんじゃった」という大学相撲部に題材を取った面白い映画があった。モデルは立教大学らしいがひょろひょろの部員しかない弱体相撲部がだんだんそれなりに強くなるストーリーで大いに笑わせてくれたが。早稲田もたった3人の部員か。しかし、旭鷲山がアドバイザーになって胸も貸してくれるというのなら(記事では胸を出す・・・となっているが胸を貸すのじゃないかな?)、学生数の多い早稲田のことだから入部する学生がけっこう多いのじゃないかな?私も今、学生だったらちょっと入部してみたいほどだ。
2004.04.02
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本日(4月2日)のスポーツニッポンで重村智計氏(元毎日・現早稲田大学教授)が、彼のコラムでこんな事を書いている。 ~~~~~~~~~引用「重村智計のマル秘取材メモ」「出版禁止に歴史的判決 日本の民主主義は守られた」 ----------------東京地裁は日本の民主主義発展に貢献する歴史的な決定を下した。(中略)。だが「民主主義」の視点から問題を取り上げた論調は決して多くなかった。(中略)これは、日本の新聞やメディア、オピニオン・リーダーの間に「民主主義とは何か」という意識が欠落しているためではないかと危惧される。投稿高裁の根本真裁判長は、決定で「表現の自由は、民主主義体制の存立と健全な発展に必要な憲法上最も尊重されねばならない権利である」と強調した。表現の自由は国民が政府や権力者に反対の意志を表明できる権利であり、民主主義の基本的な価値である。この表現の自由が、「報道の自由」を生み出している。(省略) ~~~~~~~~~引用終わり重村さんは、昨日の私の日記を読んでこのコラムを書いたんじゃないかな~?と思うほど、私と似通った意見だと思う。冗談だが。私も「これは民主主義の危機だ」という視点だった。私は、日本は民主主義がよく機能した、それでいて自国は自国で守れる軍備を持った国になって欲しいと思っている。日米安保は、いつまでも頼りにできるものでもないと思っているからだ。 ----------------重村さんはいつの間にか早稲田の教授になっている。もともと早稲田の出身だし、すわりはいいと思う。彼がまだ毎日新聞社に在籍時代、北朝鮮訪問団の一員としてピョンヤンを訪問した当時の土井たか子党首が、ピョンヤンに住んでいる姪に会うために一日だけ訪問団の行程から消えて、軍用へりで姪に会いに行ったと発言(暴露?)して、大問題になったことがある。彼は一貫して韓国・北朝鮮問題の専門家として知られているし、ご存じのようにテレビにも毎日のように出演して冷静な意見を述べている人だ。根拠も無いことを言うような人にはとても見えない。ただ、つい口が滑ったのではないかと思われる。そんな状況から判断して、私はこれは恐らく事実だと思う。
2004.04.01
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