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『たった一人の反乱・上下』丸谷才一(講談社文庫) この小説は、確か3回くらい読んだはずだと思ってちょっと調べてみました。 実は私は、1985年から「読書メモ」をつけているんですね。 以前にも少し触れたような気がしますが、出版社に勤めていた友人に、あれは何か正式名称があったはずですが忘れてしまったのですが、国語辞典の商品見本みたいなもの、つまり外見や本の分厚さは出来上がり商品そのままで、しかし印刷してあるページは初めの10ページほどしかなく、残りの1000ページくらい(この見本は辞書の見本だからですね)が真っ白な本を貰ったんですね。 で、何に使おうかと迷い、そーだ、「読書メモ」を書こうと書き出しました。 そのメモが(名前の通り、本当にメモ程度の読後感想が中心なんですが)、えらいもので、いつの間にか全ページ書ききってしまい、そしてその頃友人は出版社にはもう勤めていなかったものだから、私は二代目の「読書メモ」を貰うことができずに、少々不便に思いながら分厚い目の手帳を買って、買って、それも3冊くらいになった時、私は一代発奮しまして、1985年からの読書メモの内容を全部、半年くらいかかってしこしことエクセルに入力したんですねー。 やー、なかなか、波乱万丈の人生ですなー。(って、何が。) おかげで、冒頭の本を何回読んだかなんてこともわかるんですね。 それ以外にも例えば、私は1985年以降、丸谷才一の本を53冊読んでいるなんてこともわかったりして、……うーん、約30年間に53冊の本を読む作家というのはやはり「フェイバレット」なのかなと思ったりしました。(もうお分かりと思いますが、53冊とありますが、そのほとんどは軽いエッセイ集の再読などであります。) ところが今回、我がエクセル資料によりますと、この小説は再読、つまり2回目の読書なんですね。 ハッと気づいたんですが、そうか初めて読んだのはもっと以前だったんだな、と。 いわれてみればその通りで、今回読んだのは講談社文庫(これも例の108円×2冊本)ですが、初めて読んだのは今も本棚にある厚さ3センチ弱くらいの単行本で、またこの装幀がとても素晴らしかった。(文庫本2冊も同じ装幀なんですが、絵が小さくて、かなり迫力に欠けます。) 私はこの表紙に引き寄せられて買ったような記憶さえ、今も残っております。 というわけで、わがエクセル資料有史以前の読書のため、まったく客観性のない話になってしまいましたが、何が言いたいかといえば、今回3度目の読書でもさすがに面白かった、ということであります。 実は近年、むかーし読んだ本を読み直して、むかーしと同じくらいの感心や感動をするという経験が、なんか、ほぼないような気がして、ちょっと不安というか淋しいというか、そんな思いでいたわけであります。 あわせてこの感受性の磨滅不安に、これもきっと関係があるんでしょうが、近年読んだ同筆者の何冊かの小説(再読本も初読本も)についても、今一つ納得しきれなかった読書経験が続いていたのですが、少しホッとしたわけであります。 で、わたくし、読了後、少し考えたのですが、本書のあらすじは、昔買った単行本の裏表紙に書かれてある「作者のことば」から引用すれば「通産省から天下りした重役も大学教授の娘も物騒な写真が専門の若いカメラマンも主人思ひの女中もそして刑務所がへりの老女も大勢の登場人物がみんなてんでんばらばらに”たった一人の反乱”をおこなふ。」ということであります。 なるほどその通りで、この誰が号令したわけでもないてんでんばらばらの「反乱」のありかたが風俗小説的にとても面白いのでありますが、これらの「反乱」の中でどの「反乱」が一等出来が良いかと考えれば、それはおそらく「主人思ひの女中」の「反乱」でありましょう。 事実、その他の「反乱」を生んだ原因の一つがこれではないかという主人公のうがった考察が作品随所に書かれていたり、そしてなにより一番筆者の実感に近い「現代風俗」がこれではかなったかと、私はふと谷崎潤一郎の『台所太平記』などを思い出しながら考えたのでありました。 ところが作品では「女中の反乱」は作品終盤後景に埋没してゆきます。 仕方ない展開とも思いますが、代わりに前景に出てきた若い女房の「反乱」は、それなりに面白くはありますが、さてどうでしょうか、驚くような意外性ということでいえば、エンディングに向けてやや守りに入った展開ではなかったか、と。 ……いえ、本書が、3度読んでもとても面白かったという大前提の上の話しでは、もちろんあるのですけれども。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2014.08.25
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『大寺学校・ゆく年』久保田万太郎(岩波文庫) 久保田万太郎といえば、私は過去に2回、拙ブログで紹介をしているということを、この度確認しました。あわせて確認してわかったことは、どうも私は久保田万太郎の小説は苦手気味だということでありました。 その理由は、筆者の「人となり」(もちろん、文字からの間接的な情報から私が「勝手」に類推した筆者の「人となり」であり、既ブログをご参照いただければ幸いであります。また、筆者の「人となり」と作品の出来とは、峻別すべきものだとはわかっていつつも。)が三割くらいと、後はいわゆる東京趣味に対する辟易が残り七割(これも自らを省みすれば、田舎者の東京への憧れ嫉妬要素が含まれているかもしれず)でありましょうか。 2回のブログにどちらも、江戸趣味というものもここまでやらねばならないのかと思うと大変なものだ、といった言い回しが出ています。 さて、今回の報告でありますが、今回取り上げた作品は戯曲であります。 そして結論的なことから述べますならば、今回の戯曲からは、私は嫉妬交じりの東京趣味に対する辟易は感じませんでした。なぜなんでしょうかね。 わたくし、ふと、考えたんですけどね、小説と戯曲の各ジャンルについて、小説家の中に両方を書く人と戯曲にはほぼ手を出さない人とがいそうですね。 少し昔の文学史上の小説家からさかのぼって挙げてみますと、武者小路実篤は書きましたが志賀直哉は書きませんでした。菊池寛は書きましたが、芥川は書きませんでした。谷崎は書きましたが荷風は書きませんでした。安部公房は書きましたが大江健三郎は書きませんでした。井上ひさしは書きましたが筒井康隆は、あっ、筒井は戯曲も書いてますね。 ……えっと、わたくしとしては、書く人と書かない人の間に何か法則性があるかと考えたのですが、特に思い浮かびません。思い浮かんだことといえば、純文学の衰退も甚だしいながら、戯曲の衰退もそれに輪をかけて甚だしいのではなかろうかということくらいでした。(もっとも最近の戯曲は、本になった形のものと実際の舞台との間に、とても信じられないような乖離のあるのが「はやり?」のような気がします。) ということで、今回の冒頭の作品には、同筆者の小説作品に私が強く感じていた東京趣味は見えないながら、でもその代り、何と言いますか、実に重心の低い、地味ーーな作品に仕上がったものだと私は思ったのであります。 二作品あるうちの後者の戯曲など、地味なうえに、えっ? これで終わりなの? と思ってしまうような「オープンエンド」(最近この言葉を漏れ聞いたのですが、簡単に言えば、かなり自由度の高い作品解釈を保証する作品のことらしいですね。あわせて聞いたのですが、フランス映画などがその傾向であるそうな)でもありました。 しかし読み終えた当初、私はあまりにあっけなく感じまして、文庫の最後に収録されていた筆者の「あとがき」を読みますと、そこに「当時の、左翼でなければ夜も日もあけなかった文壇の」という表現があることに気が付きました。 もちろん筆者としてはそんな「左翼」とは異なった我が作品という文脈で書いているのだとは思いますが、えらいもので、その当時から半世紀以上(二作品は昭和二年と四年の発表)もたってみると、その「地味」さのなかに時代の影が潜んでいるように感じられそうです。 ところで、「○○でなければ夜も日もあけなかった文壇」という文壇理解は、わたくし、文学史の中で二回読んだように思います。 今回の昭和初年の「左翼文学」と、もう一つは明治中期の「自然主義文学」であります。 文学とは、もとより時代と共に生きるものではありましょうが、同時に「不易流行」を追及するものでもありましょう。 一つの時代の思想潮流がたった一つのもので埋め尽くされるという状況は、それが特に「文壇」であることを考えると、心細いような脆弱さを感じます。 とはいえそれも、現代から過去を鳥瞰したからそう感じるのであって、現代はその弊から逃れえているかと思うと、なるほど、二十世紀後半という時代が、あらゆる価値が相対化された時代であることを考えあわせても、我々が同じ轍を踏んでいる可能性は依然残りそうです。 冒頭戯曲集の読書報告から思わぬ方向に記述が逸れてしまいましたが、例えばリアリズムが、それもすぐれたリアリズムであるほど、結果として様々な角度から時代を映し出すことは、筆者の意図を越えて作品中に現れるものでありましょう。 時代と共に生きることの功罪は、なかなか難しくあるようであります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2014.08.14
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