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analog純文

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2026.03.07
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『カメオ』松永K三蔵(講談社)

 この作家の講演会に、ひと月ほど間をあけて、二回続けて行ったいったことがあります。
 ひょっとしたら、そんな講演活動も積極的になさっているのかもしれませんね、

 マスコミなどによく取り上げられているこの著者のお写真は、何といいますか、ちょっとぶすっとした感じで写っているのが多いような気がするのですが、講演会でのお話しぶりはとても気さくな感じでありました。

 ご自身でも講演でおっしゃっていましたが、もっと笑った写真にすべきだったと。というのは、この筆者の、何といいますか、「売り」の言葉のようなものが、「オモロイ純文運動」という活動であるのに、ということですね。

 この「オモロイ純文運動」という言い回しに、わたしはちょっと興味を持ったんですね。多分芥川賞を受賞なさってメディアで結構見聞きする頃からおっしゃっていたと思います。
 拙ブログでもたまに触れていますが、笑いの純文学に、わたくし少し飢えていたんですね。だから、まず一度目この筆者の講演会に行きました。

 ところが、「オモロイ純文」という言い回しはけっこうなされていながら、どんな作品がそうであるのかの具体例をあまり出していただけなかったんですね。
 実はそれをしっかり聞きたいと思って、続いて二つ目の講演会にも行きました。でも、やはり具体例を出していただけなかった。

 お話しなさっていたのは、菊池寛の短編小説でした。ほぼこれだけだったと思います。そして、この小説のストーリーを紹介しながら説明をなさっていたのですが、それがいわゆる「オモロイ純文」なのか、どうも、私にはしっくりいきませんでした。

 ひょっとしたら、わたくしと筆者の「オモロイ」「面白い」の理解が、かなり異なっているのかもしれません。
 講演会で筆者もおっしゃっていましたが、「面白い」とは、価値基準を表すものとしては、幅が広すぎるように私も思います。

 例えば夏目漱石の『吾輩は猫である』は面白いよ、は当然アリだとしても、ドストエフスキーの『罪と罰』は面白いよ、もやはりアリでしょう。(『罪と罰』が面白いとはこの筆者も講演でおっしゃっていましたが。)
 しかしこの二つの「面白い」価値基準語は、具体的に見ていくと評価の仕方がかなり違っているように思います。

 そして、私が「オモロイ純文運動」について、詳しく具体例を挙げて知りたかったのは、前者の「面白い・オモロイ」(漱石の「猫」側)であります。
 (詳しくは延べませんが、本当は「オモロイ」は、「面白い」等よりもはるかに前者側の価値基準語だと思います。)

 ということで、わたくしにとってこの二回の講演は、内容的には肩透かし感がありました。(全体のお話としてはざっくばらんな感じで語られて、それなりに「面白く」はありましたが。)

 で、次に私は、これは著作を読まねばなるまいと思ったんですね。
 で、図書館で調べますと、芥川賞受賞作はすごい数の予約が付いていました。
 もちろん買えばいいのでしょうが、えー、読んでもいないのにこんなことを言うのはよくないですが、山登りっぽいお話、なのかな、と。しかし、山岳小説というのは、ごく個人的な好悪として、苦手っぽいかな、と思ったんですね。で、買うのもなんですし、と……すみません。

 とにかく『バリ山行』の恐ろしい数の予約の末尾に私も一人分加えさせていただいた後で、冒頭の小説の方を見ますと、おや、少ない数の予約しかありません。で、こちらを申し込んだら、結構すぐに順番がきました。

 この事も二回の講演会のどちらかで筆者が触れていましたが、この『カメオ』という小説は、群像新人文学賞優秀作を受賞なさっていますが、この「優秀作」というのは、群像新人文学賞そのものではないんですね、あえて言えば佳作みたいなものだと。(この回の新人文学賞受賞作は、石沢麻依『貝に続く場所にて』で、この作品は同時に芥川賞も受賞しています。)

 なるほど。
 佳作だからという見方はしていないつもりですが、ちょっとスキマの多い作品だなあという感じがしました。その理由の一つ目は、登場人物の出し入れが、展開的な都合のよさだけで進んでいて、特に人間の「亀夫」の退場は唐突すぎないかと思いました。
 それと同様なのかもしれないですが、何とも言い難いのが、やはりエンディングのあり方でしょうか。
 個人的な好みで、私が本作にやや後味の悪いものを感じたのは、私の好みのモラル感の欠如というだけではなく、展開にも手前勝手な都合のよさ(主人公が自分でも何種類かの未来予想をしていて、その中の一番良い展開に終わるという都合のよさ)を感じました。

 とはいえ、例えば本書の帯には「誠実さと善意、ペーソスに満ちた令和の犬文学」と書かれていますが、誠実・善意・ペーソスというのは(私はエンディングにモラル感の欠如を思いましたが)、わたくしも感じたところです。

 その思いが大きかったのは、主人公と犬のカメオの何とも微妙な感情の交流であります。
 このいわく言い難い親近感と距離感は、本作特有のかなりオリジナリティの高いものだと思いました。
 読みながら私も気づいたのですが、この作品は太宰治の「畜犬談」へのオマージュではないか、と。太宰は、犬嫌いから親愛へと彼らしい極端な振り切り方を描きましたが、本作はその幅を小さくして、そして最後まで微妙な犬との距離感を描いています。
 これも、私の好みなのかもしれませんが、「犬文学」としては清々しさを感じました。

 ただ、この筆者のいう「オモロイ」とは、こういったものなのかな、これをオモロイとお考えなのかな(なるほどと理解はしますが)という思いは、ちょっと残りました。


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Last updated  2026.03.07 10:59:01
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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