近代日本文学史メジャーのマイナー

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analog純文

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2026.03.22
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『透明な夜の香り』千早茜(集英社文庫)

 この方の本も、わたくし初めて読みました。実にいろんな方がいろんな小説をお書きなんだなあと、つくづく思います。
 この筆者は、2022年に直木賞を受賞なさっているんですね。
 本作は、その2年前の作品で、渡辺淳一文学賞というのを受賞なさっています。といっても、「渡辺淳一文学賞」というのがどのような賞なのか、わたくし寡聞にして存じ上げませんので、ちらちらとネットで調べてみました。すると、ウィキにこんな風に書いてました。

 「純文学・大衆文学の枠を超えた、人間心理に深く迫る豊潤な物語性をもつ小説作品が顕彰される」

 なるほど。と思いつつ、でもやっぱりよくわからないなりに、ポイントは「豊潤な物語性」の部分だなと直感しました。(まー、誰でもそうわかりますかね。)

 という予習をして本書に臨みましたが、まず気になったのは、こんな部分でした。(けっこう全編を通してこんな個所がありましたので、その幾つか、短い引用でわかる個所だけ。)

 ……蔓薔薇の根元が濡れ、土の匂いがたちのぼっている。水を得た赤い薔薇はますます鮮やかさを増したような気がした。(文庫本13頁・以下同)

 携帯の画面をひらき、さっきスーパーで撮った写真を眺める。ピントはずれていたが、連絡先の番号はかろうじて読めた。(13)

 (庭仕事をしている年配男性の描写)
 よく着込まれたつなぎの作業服にゴム長靴。(37)

 「じゃあ、四時によろしくな。美人な未亡人だから楽しみに」(52)

 ……いつもの微笑みとは違う、捉えどころのない表情だった。諦めるような、可笑しむような。(106)

 いかがでしょうか。
 もちろんプロの作家ですから、明らかな誤用というのではないとは思います。しかし例えば「水を得た」というのは、「水を得た魚」という慣用句の前半だけを勝手に切り取った表現ではないでしょうか。たまたま書きたいことがそうなった、とはいえんでしょう、やはり。

 同様に、いわゆる一般的な表現としては、ピントは、ずれるんじゃなく外れるのだし、「着込まれた」は一般的にはたくさん重ね着をしたという意味でしょうし(こんな場合は普通は「着古した」ですかね)、「美人な」って、そりゃ、言えないこともないでしょうが、いくらセリフでも「美しい」とか「美人の」までじゃないでしょうか。「可笑しむ」というのも、うーん、いかがでしょう。

 と、まあ、なんか「小姑みたい」なごちゃごちゃと細かくうるさい指摘になってしまったとすれば(まー、やはりそうかもしれませんが、)、わたくしの反省すべきイヤな性格でありましょうか。申し訳ない。

 という感じで、ほぼ全編、気にしながら読んだのではありますが、しかし、そればかりの感想ではありません。なるほどよく頑張っているなあ、上手に書いてあるなあ、独創的だなあと思ったところもたくさんありました。

 これも例えば、独創的ということでいえば、本作の圧倒的な独創性は、嗅覚を描写の中心に置いた物語であるということでしょう。
 実は、これはそもそもがかなり困難な挑戦であるように私は思います。

 嗅覚、それも超人的にナーバスな嗅覚感覚を文字化することは、ちょっと想像すればわかりますが、これはきわめて難しい、と。
 筆者は、まずこれに挑戦しているんですね。それだけでもとても高い独創性だと思います。

 わたくし、本書をその辺に注目しつつ読んでいたんですね。
 すると、あ、そういうことかと思った事柄があります。それは、筆者が、作品の嗅覚の世界を(主人公小川朔の超人的な嗅覚の世界を)、エレガンス・トーンでまとめようとしていることです。
 そもそも舞台が古い洋館であったり、ハーブの話題などが散見されたりしているそれですね。

 では、なぜエレガンスを選ぶのか。
 それはたぶん、超人的な嗅覚の紡ぎだすものが、わざわざ表ざたにするには差しさわりの多い、人間生理の中の隠された部分(多くはエロティックなものかグロテスクなもの)にまともに触れてしまうせいだと思います。

 実際、前半に描かれるいくつかのエピソードはそのようなものであり、それを解いていく推理小説仕立ての物語として読んでいくと、そのエロティックまたはグロテスクな「動機」にやや不自然さがあるようにも思いました。

 だから、とまで断定するつもりはありませんが、本作の後半の中心テーマは、推理小説仕立てのものから離れていったように思いました。
 では、後半何が中心テーマになったのか。

 それは、超能力(異能力)者の苦悩、とでもいうべきものでしょうか。
 超能力者として人間社会に生きる生き辛さが掘り下げられていくように感じました。
 例えばそれは、自らの圧倒的な力と社会モラルの関係、存在自体が否応なしに社会に与える嫌悪感や邪悪な感覚などが中心でしょうか。

 かつて筒井康隆が七瀬シリーズで、超能力者が国家や社会から迫害され抹殺されようとするというテーマを描いていましたが、同種のものが、視点を変えながら本作にもあると思います。

 本作の終盤、あれこれとそんなテーマが詰め込まれ、しかしその落としどころは、私は、本作では描かれていないと感じました。
 と、思ってページを閉じたら、本作には続編があるというではないですか。

 さもありなん、とも思いつつ、また、困難な嗅覚描写に再び挑戦する作者の気概と、他人事ながら、表現者の業のようなものを感じました。


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Last updated  2026.03.22 08:30:35
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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