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analog純文

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2026.04.04
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『首里の馬』高山羽根子(新潮文庫)

 わたくし、本文庫を古本屋で見つけまして、カバーの裏表紙の文章を読んでいましたらいろんな言葉が引っ掛かってきてそれで購入したのですが、まず冒頭に、「問読者」と書いて「といよみ」と読ませるものが主人公の仕事だとありました。

 もちろんその後ろの簡単な説明文を読んだからでしょうが、私は村上春樹の小説にあった「夢読み」を連想しました。
 実際は、本作の中で「問読者」は「夢読み」ほど幻想的な仕事ではないのですが、それが荒唐無稽で、かつやはりとても魅力的な作者の妄想めいたものから生まれていることは、甲乙つけがたいと感じました。

 いま妄想めいたと書きましたが、現代文学の最前線の作品は、この妄想力が最も重要であるような気がします。
 本作を読んでいて(特に中盤あたりまで)、これだけ妄想力を持った方が、これだけの文章力も同時に持ち合わせていてくれた結果がこの佳作なのだと思ったとき、私はその出会いの妙にほとんど感動しそうになりました。

 前半から中盤までの、展開の上の特に三つの妄想的要素は、そんな、天馬空を駆けるような文学的独創性に満ちているように思いました。
 具体的に言えば、まず主人公の二つの仕事(一つはボランティアですが)、沖縄の民俗学の資料館の資料整理係と、上記に触れた「問読者」のこれは正式な仕事、そしてもう一つは、台風の夜に主人公の家の庭に迷い込んだ宮古馬(沖縄種の馬)の三点セットであります。

 この三つの妄想物が、様々な世界の果ての孤独と沖縄の歴史を、つまりは広がりと奥行きを十分に示しながら繋げられ語られていきます。
 また、その文章についても、素朴と平易さを中心にした安定感ある淡々と筆致で、むしろそんな文体のほうがぐいぐいと展開を引っ張っていくように感じられました。(私はそんな文体を読んでいて、ちょっと安部公房の小説を連想したりもしました。)

 そして後半、そんな妄想的異物が読者に何を示そうとしているのか、というところになって俄然クローズアップされるのが、「孤独」という状況でありましょう。

 孤独……、本作のほぼすべての登場人物の属性といってもいいこの状況は、一体なぜ生まれるのでしょうか。孤独と感じる主体の側から述べると、自らについて理解者がいないから、となるのでしょう。本作中にも理解できないものを恐れ排除する人間心理に触れています。

 実は私は、本書はこの孤独状況に対する一つの解法が描かれていると読みました。
 理解できない、また、してもらえないから孤独になるというのなら、理解しないをそのまま受け入れるのが解法だろう、と。
 文中には主人公について、こんな風に書かれている個所があります。

 「じゃあなんで、私がこの仕事に向いていると思えたのですか」
 「……しいていえば、様子のおかしいことを、きちんとおかしいと判断しながら、それでもしっかり受け止めて恐れない人だと思えるからですかね。(下略)

 私はここを読んでいて、これは本書の作者が実際に誰かに言われたセリフじゃないかと思いました。この「私」=主人公の持っているものは、ほとんどそのまま小説家に必要、というより小説家なら自然に持っている一種の性向あるいは価値観だと思うからです。

 誰の文章だったか忘れてしまって申し訳ないのですが、昔こんな言い回しを読んだことがあります。
 小説家になるには頭の良さは必須ではないが、頭の強さは必要だ。悪を悪のままに価値判断せず描くには強い頭が必要だ、と。

 さて、本書に戻りますが、小説家ではない主人公は自らのこの「才能」をどう使っていったのか、それは、受け入れることでした。
 ひたすら受け入れること、それが、本作の中に再三描かれています。一つだけ抜き出してみます。

 この島の、できる限りの全部の情報が、いつか全世界の真実と接続するように。自分の手元にあるものは全世界の知のほんの一部かもしれないけれど、消すことなく残すというのが自分の使命だと、未名子はたぶん、信念のように考えている。これが悪事だというのなら、いくら非難を受けても、なんなら捕まっても全然かまわないという、確かな覚悟もあった。

 この文は、本作の終盤あたりから抜粋しましたが、この後ろには、そんな自らに自信を持ち、誇らしく思っているという表現が続いています。
 また、このひたすらアーカイブするだけの課題という発想は、理解しない=意味を問わないという意味において、これも本書の独創的なエピソードである「クイズ」と、表裏関係として、あるいは理解や意味の矮小化または相対化として取り上げられているようにも思えます。

 と、そのように私はこの物語を読んだのですが、ひとつだけ少し、おや、と思った読後感があります。
 それは、主人公の未名子という若い女性の身内の影がとても薄いことです。彼女が一人暮らしをしていることなどは説明されていながら、彼女が自らの人生の中で大きなハードルを飛び越えようとしているこの孤独の解法に、身内がほとんど影も光も落とさないというのは、わたくし、少し物足りなく思ったものです。
 しかし、それはまた、次の筆者の作品内に秘められているのかもしれませんが……。


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Last updated  2026.04.04 10:28:39
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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